2017年11月19日

GODZILLA 怪獣惑星

静野孔文、瀬下寛之
(声)宮野真守、櫻井孝宏、花澤香菜、梶 裕貴
半世紀に渡る怪獣との戦いの末、人類は地球脱出を計画。人工知能によって選別された者たちが恒星間移民船・アラトラム号でくじら座タウ星eにたどり着いたが、人類の生存には適さない環境であることが判明。
彼らはふたたびの帰還を決め、長距離亜空間航行で2万年の歳月が流れた地球に戻るが、地上の生態系の頂点にはゴジラが位置していた。

2016年公開の「シン・ゴジラ」が大多数の予想を上回るヒットとなり、間違いなく“ゴジラ”というコンテンツが復活となった感ありますが。
あれから1年強が過ぎて、初のアニメ版ゴジラの公開となりました。

何やら未来の地球を舞台として、ロボットアニメ系のキャラクターが巨大ゴジラと戦うという。予告編から受けるそのイメージが ややアレだったんだけど。
果たしてそのデキは…

ぶっちゃけ予告編から受けていたイメージは まさにその通りではあったのだけど。
できれば もうちょっと設定を理解しておかないと受け止めにくいかな。
いや、わかっていても必然性が薄いような…

序盤の展開はある種の人間ドラマ。
それで引っ張って 怪獣出現シーンまでの“溜め”をつくる構成はよくありますが。

今作に於いてのそれが厳しかったのが、わりとスパスパ早口でSF展開のままでグイグイ進ませた点かな。
まさに「シン・ゴジラ」でも ほぼほぼ早送りな会議の場面が次々流されておりましたが。
あの場合は登場人物の役、肩書き。政治としての流れとして理解できたんですよ。

しかし ここでは妙な設定で、聞いたことのない物語上のワードで、話を広げてしまうのでなかなかついていけない。
また 物語上の主人公には戦う理由があるんだけど、それらもあまりに設定上過ぎて、思い入れをもてないまま佳境に入ってしまうので。厳しかったですね。

基本 宇宙服というかみんな没個性なコスチュームだし。
終盤は被り物で髪型すらわからんくなっていっちゃうし。

ざっくりとした設定では、地球にゴジラが出現。このままでは人類が滅亡してしまうと地球を脱出。別の安住の地を求めるもそれに値する惑星は見つからず。
20年が経って帰還したところ、地球では既に2万年の時が流れていたと。しかも まだ、ゴジラが生息していたと。
そんな感じですか。

こっちが思う以上に年月が経っていたって…猿の惑星じゃないんだから。しかも2万年って。
そういう意味では しんどいなと思ったわけですが。。。

この映画の唯一の救いが、ゴジラの描写でした。
これが思ってた以上に迫力があったんですよ。
ビジュアルも その咆哮も。

正直「コワい」とまで思わせてくれましたからね。それに関しては間違いなく素晴らしかったです。

ただし厳しいことを言わせてもらうならば。
ゴジラって原爆のメタファーだったり、「シン・ゴジラ」では東日本震災を思わせるイメージもあったり。
そういう意味合いを持って描かれてたと思うんですよ。

それが今作では ちょっとハッキリとしなかったというか。
そもそもの出現シーンが回想でしか描かれていないからね。
そういう意味で「ゴジラじゃなくてもいいじゃないか」という声が沸き上がっても仕方ないのかなと。

そんな思いも覚えつつでしたが。
果たして 少ない人類とドデカいゴジラとの戦いがどうなるか〜というところで映画は、To be continued.

このアニメ版ゴジラは3部作となるそうで。
続きはまた半年後なんだとか。

ん〜続き、見に行くか?

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怪獣はクセえ
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2017年11月10日

おじいちゃん、死んじゃったって。

森ガキ侑大
岸井ゆきの、岩松了、光石研、水野美紀、美保純
吉子の祖父が亡くなり、葬儀のため祖父の長男・昭夫、次男で吉子の父である清二、長女・薫とそれぞれの家族が久しぶりに集合する。
準備に追われる中、祖父の3人の子は、みっともないほどの本音をさらけ出しては兄弟ゲンカに。また吉子も ある後ろめたさを抱え込んでいた。

見に行くきっかけは 気になる女優さんである岸井ゆきの 初主演ということで。
それなら どんな内容でも、どんなテーマでも行きましたと。いうトコですが。

いやいや それはさておき、これはこれで今の邦画に於いて十分に佳作と言える作品でしたよ。

森ガキ侑大(ゆきひろ)監督はCM畑の人なのかな。長編映画としてはこれが初監督。
舞台となるのは熊本県人吉市。

主人公・春子と彼氏がSEXしてる時に電話が鳴り。
行為を中断して電話に出た春子がそのことを知らされます。

そして やおら部屋の窓から下を見下ろし、下にいる父親に叫びます。
「おじいちゃん、死んじゃったって。」

おおぅ、家族のいる家の2階で、昼間っからやってたのか。
ということはさておき。

父親(光石研)と共に病院に向かうと、迎え入れたのは父の兄(岩松了)。
事前にチェックしていなかったんだけど、凄いキャスティングだな(笑)

それきっかけで、バラバラになっていた家族…親族一同が集まってきます。
学校、仕事、離婚 などでバラバラに暮らしていた家族たち。

余計なこと言う長男。実は会社を辞めていた次男。ひとりでクールに成功を収めている長女。
そして いかにも現代チックであり、バラバラの個性を持つ孫たち。
極めつけは、ばあちゃんが認知症であると。

物語の中で「おじいちゃん死んじゃったのに、誰も悲しい顔しないね」って。
実際 通夜だの葬儀だののループに入ると、結構忙しく段取りしなくちゃいけなくなって。それは悲しみと向き合わせないためであると。必要以上に落ち込ませないようにするためとも聞いたことがあります。

その反面。現代のようなライフスタイルだと、ジジババと孫たちでは 関わる機会自体がなくて。関係性もどんどん希薄になるから、悲しさとも距離ができるような気がするね。

そもそも お葬式って(冠婚葬祭自体が)古い風習とも思えるよね。
我々の日常生活でも仕事でも娯楽でも。いくらも新しいテクノロジーが入ってきてるけど、葬式はずっと変わらないというか。

今どきの若者でも、いっぱしの引きこもりでも、キャリアウーマンでも。いざとなれば その古いしきたりに組み込まれるのも、見ようによっては滑稽に見えなくもなくて。

それこそ昔から 葬式をテーマにした映画、コント、いろいろあるわけで。
んで 今作は単なる“お葬式あるある”なコメディではなく、ある種 新しくも古めかしい家族のつながりを提示してくれてたと思います。

「こんな家族なら、全部花火で吹き飛んじゃえ」なんてファンタジックなシーンも印象に残ったし。
でも一夜明けたら笑顔で一枚の写真に収まることができる。それでこそ家族なのかもしれないですね。
posted by 味噌のカツオ at 22:57| Comment(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月09日

ポンチョに夜明けの風はらませて

廣原 暁
太賀、中村 蒼、矢本悠馬、染谷将太
ただ何となく毎日をやり過ごしている又八、ジン、ジャンボの男子高校生三人組。仲間の中田と共に卒業式乗っ取りライブを計画。だがその直前、ジャンボの父親の愛車を無断で借り、高校生活最後の旅に出る。
道中、ハチャメチャな体験をする3人。果たして彼らの行く先は?そして中田の待つ卒業式に間に合うのか?

「淵に立つ」「アズミ・ハルコは行方不明」で見て いい役者やな〜と思っていた太賀くん。
そして「ちはやふる」で肉まん食ってた良いキャラクターの矢本悠馬くん。

わたくしが気になってる若手俳優が共演ってことで。これは押さえておくべきでしょ〜と見てきました。
あぁ「ヒメアノ〜ル」や「貞子vs伽椰子」の佐津川愛美も出てるね。

一応原作あるんだなと。
あまり事前情報を入れずに見に行ったんだけど。そんなにストーリーとかも気にせず、コイツらと同乗した感覚で見て正解なのかな。

タイトルの「ポンチョに夜明けの風はらませて」って、なんのこっちゃと思う人もいるのだろうが。
一定の年齢以上であれば、アニメ「母をたずねて三千里」の歌のフレーズというのは思い浮かぶわね。
ただし、この映画は“母をたずねる”お話ではありませんで。

一流大学を受験しながら不合格となってしまったジン(中村蒼)。親父の車をボロボロにしてしまい まさに合わす顔が無い状況のジャンボ(矢本悠馬)。なんでジャンボというニックネームなのかは…!?
そして自分がどこへ向かうのか。あるいはどこから来たのかも見えない又八(太賀)。

三者三様、良い個性を持っていて。決して強くもないし、かといってバラバラでも無い3人が、行き当たりばったりの旅に出ると。
途中 破天荒なグラビアアイドルの愛、内気な風俗嬢マリアも巻き込んで、手の届く範囲内でのやりたい放題。

あることに 熱い思いを注ぐ又八だけど、傍から見てると、絶対そんなことはないと。そして やっぱりな〜という展開(笑)

たいして深みも無く。基本思いつきとその場のノリでのワチャワチャ。全然ドラマチックでもないが、良くも悪くも 実に高校生チックというか。

言い方は悪いけど、見ていて さほど得るものもないし。3人が何かを得たとも思えない。
でも 何も得なくても、その場その場で 心の底から笑いあっていたのは間違いなくて。

そして卒業式を越えたらそれはそれで、どこかに向かわなくっちゃならないし。
でも今はまだ、皮の剥いていないバナナみたいなもので。

一方、ただ一人ギターを練習していた中田くんは、体育館で、あるいはラジオのメッセージで。小さな何かを動かしていたように思います。

いずれにせよ、どっちもどっち。
漂うのも抗うのも、青春ってそんなもの…なんて感じはあるよね。

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丘を越え 行こうよ 口笛 吹きつつ
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2017年11月08日

キングコング対ゴジラ

本多猪四郎
高島忠夫、浜 美枝、佐原健二、藤木 悠
TTVの桜井と藤田は、視聴率アップのため“巨大なる魔神”を追って南海のファロ島を訪れた。その頃、北極海調査を行なっていた原潜シーホークは奇怪な氷山と遭遇、その中からは休眠していたゴジラが現れた。
やがてゴジラは日本に上陸。麻酔で眠らせて運ばれてきたキングコングも目覚め、両者の対決が実現する。

1962年公開。『ゴジラの逆襲』以来7年ぶりとなる(当時に於いての)復活ゴジラであり、ゴジラ初のカラー作品でもある。
日米モンスター対決は大ヒット。1970年に『東宝チャンピオンまつり』で再上映。
しかし この際、短縮版への編集時にオリジナルネガをカット。
その後 一部のネガが行方不明に。

あれから約40年。度重なる捜索の結果、全てのネガが見つかって再編集が行われました。
フィルムのキズや汚れ、音声の調整。そしてデジタル4K版として、当時の“初号試写”のクオリティに限りなく近づけることに成功。

アニメ版のゴジラ公開を前にして 行われた上映を見てきました。
ただし、行った劇場は4K対応ではないんだけどね。

とは言うものの。
ホントに映像にも音にもノイズなどはなく。
デジタルリマスターのレベルには素直に驚き&感激。

そもそも わたくしが生まれるより10年も前に、このような企画の発想が生まれ、実際に作品として作られていたなんて。
それだけでも驚きだよね。

わたくしも それなりにゴジラ映画は見ておりますが。
よくよく考えたら、これまで「キングコング対ゴジラ」って見てなかったんだね。
今回がまさに初鑑賞。

当初のゴジラって おそろしいモンスターだったのが、シリーズを重ねるにあたって 子供たちのヒーロー的なキャラクターとなり。
なんなら“シエー”のポーズやったり、ミニラと漫画みたいな会話とかしてたりなかったっけか。
今作は その中間の時期となるのかな。

決してゴジラが笑いを取るようなことは無いけれど。
人間のパートの方はいささかユルめ。

当方、わりとまっさらな感覚で見始めて、そのユルさに緊張感もユルくされちゃいました。
見るスタンスとして、決してそんなに“頑張らなくても”良さそうだね。

今となっては息子さんたちが活躍中の高島忠雄さんのハジけた芝居も印象的。若かりし頃の浜美枝さんもメチャ美人(今作きっかけで“007”への出演オファーが)。
活きた…いや、生きたタコを使った大ダコのシーンはある種、微笑ましかったね。
もしかしたら公開当時には 相当ドキドキさせたかもだけど。

ファロ島の原住民たちが独特の歌と踊りでキングコングを迎えます。
その踊りが 結構な人数で(特撮で増やしたとの記述もあり)、揃ってるんだよね。
思わずインド映画のダンスシーンを思い出しちゃうレベル。

そしていよいよゴジラとコングの対決。
途中 自衛隊が高圧線を使った100万ボルト作戦でゴジラを牽制。しかしコングは帯電体質となり、ゴジラに触れるとビリビリ!って。
まるで冬場に車のボデイに触れて静電気がビリビリってなるヤツみたい(笑)

確かにアレ、セーターとか着るとなりやすいけど、コングは全身 毛むくじゃらだもんね。説得力あるわぁ。

終盤に両者は熱海へ。そして海辺の熱海城を挟んで向かい合い。
もはや見てる側としたら「絶対アカンで。お城は壊したらアカンで」という心境。
しかし、まさにバラエティでいうところのお約束。二人してお城をグジャグジャに(ほぼ爆笑)

そのまま熱闘風呂に…いや、錦ヶ浦の海にドボン!!
これにて両者の対決はドローということに。

ぶっちゃけ“これぞ!”という名場面登場には至らなかった感もありや、なしや。
でもこの戦いに関しては、マッチメークの勝利。両者の対決を日本マットで実現させたプロモーターの手腕が称えられて然るべき。
もはや「アリ×猪木」のレベル。
これでいいのだ。

前述の通り、これが1962年に作られていたということだけでもスゴイと思うし。
そして2020年には『ゴジラVSコング』として、アメリカでリマッチが行われるということで。夢あるよね。

今度こそ、両者が輝く名シーンの登場に期待しましょう。待ってるからね。
posted by 味噌のカツオ at 00:13| Comment(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月07日

IT/イット “それ”が見えたら、終わり。

アンディ・ムスキエティ
ジェイデン・リーバーハー、ビル・スカルスガルド、フィン・ウルフハード、ソフィア・リリス
とある田舎町で相次ぐ子供の失踪事件。内気な少年ビルの弟も、ある大雨の日に外出し、血痕を残し消息を絶った。自分を責めるビルの前に 突如“それ”が現れ、彼は得体の知れない恐怖を抱えてしまう。
しかし 同じ恐怖と遭遇した仲間たちと共に、ビルは“それ”に立ち向かうことを決意する。

「ホラー版 スタンドバイミー」なんて話が事前に聞かれておりまして。
実際に今作もスティーブン・キングの原作なので、決して不思議ではないことだわね。

冒頭。雨の降る日、紙で船を作る弟。彼が地下の納戸にニスを取りに行くんだけど。
大人の感覚で言うならなんちゅうことないんだけど。確かに子供の頃って“電気の付いていない部屋”ってだけで、得も言われぬ“怖さ”感じてたね。
この映画の場合 怖そうなBGMも流れてるから余計にだけど。

兄に水はけのニスを塗ってもらった紙の船を、雨水の流れに浮かべます。
しかし船は勢いよく流れ、通りの排水溝へ。そこで少年は怪しげなピエロと出会ってしまいます。

今作に登場するピエロって何なんだろう。
恐怖心の象徴なのかな。

でも“恐怖”という感情が具現化されたもの〜という側面を越えて、なにやらガッツリ姿現していたからなぁ。
ホラーのテイストを纏った青春ストーリーを越えて、これ ホントにホラーなんじゃね?
ジェイソンやらフレディやら、そっち系なんじゃ…ないのかな?
どうなん?

キツイいじめとかボコられるとかもあるけど、腹にナイフで…って傷害事件じゃん。
ある種 恐怖のピエロよりこっちのがイヤだなぁ。

子供たち中心のストーリーで、チョイチョイ出てくる大人はこれまた どっかイカれてて。
この街では27年周期で子供たちが犠牲になる事案が起きていると。

もしかしたら それを察知してる大人が、子供たちが外へ出ないように、強引な態度をとっているとか…でもないのか。

そもそも“イット”って何のことなんだ?
アメリカでは鬼ごっこの鬼役を“イット”と呼ぶそうじゃないですか。
じゃあやっぱり“イット”って恐怖の象徴じゃなくて、ホントに恐怖のピエロのことなのかな。

最後にピエロに子供たち総出で闘いを挑むシーンは「ガンバの冒険」でイタチに一斉攻撃を仕掛けるネズミたちがオーバーラップ。
やっぱり実像なのかな。

でもスティーブン・キングの世界観であるなら、やはり“それ”は恐怖の象徴で。“それ”を乗り越えて成長していくテーマなのではないかな?

ずっとそんなこんなで、ある意味 煮え切らないまま見終えてしまったわたくし。
世間の評判は割りと上々なんだけど、今の段階ではモヤモヤが残ってるわ。

高評価をしてる人たちはこの作品をどういうスタンスで楽しんだのか。
わたくし的には ちょっと分かり得ないんだよなぁ。

で、ホントにパート2もやるの?

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「“それ”が見えたら、終わり」って、アキラ100%?
posted by 味噌のカツオ at 01:17| Comment(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月04日

ゲット・アウト

ジョーダン・ピール
ダニエル・カルーヤ 、アリソン・ウィリアムズ、ブラッドリー・ウィットフォード
ニューヨークで写真家として活動している黒人のクリスは、週末に恋人の白人女性ローズの実家に招かれる。歓待を受けるが、窓に映った自分を凝視する黒人の家政婦。深夜に庭を猛スピードで走り去る黒人の管理人を目撃し、クリスは動揺する。
翌日、パーティーに出席した彼は白人ばかりの中で一人の黒人を見つけるのだが…

低予算ながら初登場1位を記録するなど全米公開時には大ヒットとなった作品。しかし日本では普通に小規模公開。
予告編などから、アメリカで根強く残る黒人への人種差別モノという雰囲気は伝わりますが。。。

冒頭、黒人の若者が住宅街で白い車につきまとわれる描写があります。
アメリカでは赤や黒などハッキリしたカラーの車は多いものの、白い車って ほぼ無いと昔聞いた覚えがあります。

この時点で“白い車”というだけで不穏な雰囲気を感じながら。
その後に映し出される“モノクロ写真”たちも、被写体の白と黒が印象的。
さらに黒人の主人公が髭を剃っている場面。その肌に、これみよがしに白いシェービングクリームが塗られていきます。

これだけわかりやすい導入部も無いかな(苦笑)

そんな主人公が白人の彼女の実家に向かい、初めてその家族と会うことになります。
「恋人が黒人であることを伝えたのか?」と問う彼。彼女は「ウチの家族はオバマ支持者よ」と返します。

途中、道に飛び出してきた白い鹿と車が接触。そんなトラブルに見舞われながら到着した実家で、彼は歓迎を受けます。
そして予告通り「オバマを支持する」なんて話も聞かされます。

さらに、母親からは「タバコを吸うの?催眠術でやめることもできるわよ」なんて話も聞かされます。
ここまでの展開は 実に不穏で、何がしかの怪しさを覚えつつ、裏読みしつつ見ましたが。
結論から言うと、これらはガチでした(笑)

怪しさで言うのなら、家政婦として働く黒人女性。深夜に全力疾走する黒人の管理人が実に謎めいていて。
個人的には…こんなヘアスタイルの黒人女性って始めて見たな〜と。それも不気味さの一因だったけど。

翌日に行われたパーティには多くの白人が集まって。かと思えば、一見若そうだが やけに覇気のない黒人男性がひとり。
ところが この男がカメラのフラッシュに突如激高。

もう 怪しさ、不可思議さがどこかしこに散りばめられながら、ズンズン物語は進みます。
そうしてずいぶんと終盤まできて、やっと(?)タネ明かしパートになるわけですが。

正直 なんとも言えない…ちょっと思ってた方向と違う真相に、良くも悪くもビックリ(苦笑)

物語のキーともなるちょっとキモい主人公の親友が登場するんだけど。
彼が密かにこぼしていた「アイツ、白人連中に捉えられて“性の奴隷”にされちまう」って論が意外とアレでまたビックリ(苦笑)

正直 見終わった直後の感想は“どストライク”でもなくって。
いくらか消化不良だったんだけど。

その後に解説を聞いて、いろんなトコが合点がいきました。
監督のジョーダン・ピールは冗談抜きにコメディアンなのだとか。

アイデアの大元はコメディであり。笑いと恐怖は表裏一体であるという特性をうまく生かした作品だったんですね。

人種差別的な側面が描かれ、主人公もとてもコワい思いをさせられるんだけど。
ある意味で彼らは“黒人礼賛”のスタンスもあって。「オバマを支持する」のはホンネだったのかとあらためて思わされました(苦笑)

余談ですが、当初のラストシーンは別バージョンだったそうで。
それはそれでブラックな着地点だったという。

もしヒラリーが大統領選に勝っていたら、そっちっだったとか。ウワサですがね。
DVDリリース時には そのバージョンも収録されるのかな。
posted by 味噌のカツオ at 20:51| Comment(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月02日

彼女がその名を知らない鳥たち

白石和彌
蒼井 優、阿部サダヲ、松坂桃李、竹野内豊
15歳年上の男・陣治と共に生活している十和子。下品で地位も金もない陣治の稼ぎに依存しながら、妻子持ちの男・水島との情事に溺れていった。
そんな中、8年前に別れた黒崎が失踪したと聞かされる。黒崎への思いを断ち切れていなかった十和子は、陣治が黒崎の失踪に関わっているのではないかと疑いを持ち始める。

原作は沼田まほかる による同名小説。
同じく今年公開の「ユリゴコロ」も沼田まほかるの作品だとか。
そちらも気になってたんだけど見られなかったんだよなぁ。

そして監督は「凶悪」「日本で一番悪い奴ら」などの白石和彌。

ざっくり言うと、沼田まほかるは愛すべくダメ人間の描写が上手く。
白石和彌は愛すべくダメ人間を映像化してみせる手腕に長けていると。
そもそも企画として、相性のいいマッチングなのかもしれませんね。

簡単に“愛すべくダメ人間”なんか書いちゃったけど。
今作の登場人物らは、どうかすると“愛らしい”部分は無いのかなぁ。

全否定はできないけど、決して関わりたくないようなタイプのキャラしか登場していないというか。
そういう意味で、登場人物を介しての作品への感情移入はしにくいね。
見る側として基本は傍観者。

そんなキャラクターたちを見守りつつ、徐々に作品的にはミステリータッチにもなっていきます。
不自然で不可思議な点が多いけど、実際は何があったのか。その本意はどこにあるのか。

陣治と十和子に関して言うならば、冒頭と中盤とラストでは二人に抱く印象がじんわりと変わっているかと思います。
それがこの映画の面白い点でもあり、キモでもあるんだけど。

そのうえで ちょっとアレかなと感じてしまうのは、展開として面白いし、感情を揺さぶられたところもあるんだけど。
100%やられた〜という域までいかないというか。前述の通り 全面的な感情移入がしにくいというトコなのかな。

人の良さ、都合の良さ、悪意、浅はかさ。そして純粋すぎる正直さ。
人なら そういう面あるよね〜というのが図星だったり、痛いトコ突かれてることの裏返しなのかもしれないけれど。

そんなどこか生々しい主人公を演じた蒼井優と阿部サダヲは素晴らしかったですね。

そして全編にナチュラルな暗さを描く白石和彌監督の作風が活きてます。
ホント、この人の作品は明るい雰囲気は登場しませんな。
そういう意味で、らしさが味わえます。

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あの日見た鳥たちの名前を彼女が知らない。
posted by 味噌のカツオ at 00:48| Comment(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月30日

ミックス。

石川淳一
新垣結衣、瑛太、広末涼子、瀬戸康史、永野芽郁
“天才卓球少女”と称されながら、平凡なOLとなった多満子。しかしバラ色の人生目前で、卓球選手との恋愛に挫折して帰郷する。
亡き母が経営していた卓球クラブは もはや憩いの場と化していたが、多満子はクラブの再建と打倒・元カレを誓い、元プロボクサーの萩原とペアを組み、全日本卓球選手権の混合ダブルスへの出場を目指す。

「エイプリルフールズ」(2015年)の石川淳一監督&古沢良太脚本による作品。製作はフジテレビも関わってるのね。

なんとなくこの手の作品って“チャラさ”を感じて(?)足を運びにくいんだけど。
思いのほか 好反応なので見に行ってきましたが、ズバリ言って、楽しめました。
全体のバランスの良さなのか、予想以上に面白かったです。

幼少時に母から卓球のスパルタ指導を受けていた主人公の多満子。
ですが その子ども時代がガッキ―の子ども時代ではなく、どうにも某卓球選手の幼少時にそっくりで。ビジュアルが。
誰が主演かは関係なく、もはや それが全国民の描く“卓球少女”の図なんでしょうな(笑)

序盤の展開は実に小気味良く、観客を乗せてくれます。
基本コメディタッチな作りではあるけれど。変に欲張った笑いの取り方ではなく、「どうぞ笑ってください」「おもしろいでしょ(笑)」的に笑いを押し付けてくる感覚ではなくて。
加減が良いんだろうね。

多満子と萩原の「押し倒したから」「そっちが立ったから」といったやりとりの軽さ。
ペアを組む昔の卓球仲間を呼びました〜の後、一瞬でドアを閉めるトコだとか。
そういう小さい笑いの散りばめ方が上手いなと思いました。

個人的には蒼井優演じる楊さんの態度がサイコーで。
あのしゃべり方、麻婆豆腐の置き方には泣けましたね。笑い過ぎて。

そんなコメディであると同時に、卓球をテーマにしたスポーツのサクセスストーリーでも無くはないが。
それよりも軸となっているのは、いろんな生き方をしているみんなの物語。

恋、夫婦、親子、学校、仕事…いろんなことを織り交ぜながら、見せてくれて。
局面が変わっていく際に多満子が歩きはじめる描写があったり。萩原が道路を作る仕事をしている点も、そういったことを感じさせてくれます。

みんないろんなことに悩んだり つまずいたりしても、歩みを止めることはできないし、なんならその道は自分で切り開いていくものなんだなんてね。

キャストも多いし、その分のサイドストーリーもあれこれ絡みつつ、キレイに問題点を回収してる感じも良かったですし。
大げさな感動の押し売りではなく、いい物語に触れられたと。そんな後味を残しくれて。
やっぱり加減が良いということに尽きるのかな!?

主演のガッキーは、正直言って、カワイかった。
あざとさではなくナチュラルにカワイかった。

対する瑛太さんは、あくまでわたくし的な印象ですが。
ロバートの秋山を8頭身にしたら こういう雰囲気かなと思ったりして。

ガッキーを支える存在として広末涼子さんがいるんだけど、わたくし的にはヒロスエも全然ヒロインでイケるやん〜とは思うのだが。そうか、もはやアラフォー世代なんだもんね。そういう役どころなのか。
そんなヒロスエが髪にスプレーして“戦うスイッチ”オンにする描写がたまらなくシビレました。

遠藤憲一と田中美佐子演じる夫婦にも ある設定があるんだけど。
ちょっと見せ過ぎかな。写真さえあれば…映像として見せるのは過剰なサービスだったかな。

あとはガッキーのライバル・恋敵を永野芽郁が演じましたが。ガッキーから男を寝取る女となると、やっぱそれぐらいカワイイ子じゃないと説得力なくなるもんね。

それ以外にもトレンディエンジェルの斎藤さん、声聞かないとわからない生瀬勝久さん。
ホントに贅沢なオールスターキャストで楽しめましたし。

SHISHAMOの挿入歌・主題歌もマッチしていました。
とにかく満足度の高い娯楽作品に仕上がっておりましたです!!

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卓球教室の先生が柔道着
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2017年10月22日

猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)

マット・リーヴス
アンディ・サーキス、ウディ・ハレルソン、スティーヴ・ザーン
猿と人類の全面戦争が始まってから2年。シーザー率いる猿の群れは森の奥地に砦を築いていたが、ある日、奇襲によってシーザーの妻と息子の命が奪われてしまう。
仲間たちを新たな隠れ場所に向かわせたシーザーは、人類の軍隊のリーダーである大佐に復讐するため、オランウータンのモーリスらと共に旅立つ。

往年の名作「猿の惑星」へと至る3部作。「創世記(ジェネシス)」「新世紀(ライジング)」に続く今回の「聖戦記(グレート・ウォー)」です。
本来なら 前2作もおさらいしておいた方が楽しめるはずでしょうがね。

いきなり物騒な戦いのシーンから始まる今作ですが。
森の中で 猿たちの砦に奇襲をかける人間たち。ホントに戦争映画のような戦いの場面ではありますが。
一般的な兵士の視点ではなく、ドローン映像といいますか、攻め込んでいく様子を上空から捉える視点はなかなか斬新。

“グレート・ウォー”というだけあって、期待値も高まりました。
が、正直 その直後から失速という感は否めない。

猿たちと人間の戦いが激化。
新たな住処を見つけて戻ってきたシーザーの息子ブルーアイズ。ところが そこへ攻め込んできた人間たちによって妻とブルーアイズが殺されてしまいます。
シーザーは次の住処へと仲間たちを送った後、大佐への復讐を誓い 側近らと復讐の旅に出ます。

ここまでの展開はわかるけど。
今作に於いて、息子ブルーアイズは戻ってきた早々に犠牲となっているので、イマイチ(見る側として)復讐心が燃えにくいというのもあったし。
そもそも そんな大胆な攻撃を、えらそぶってる大佐が行うのかという疑問も。それは部下の実行部隊がやるもんじゃね?
殿様が直々に敵の大将の首を獲りに行くなんてハナシ聞いたことないから。

敵陣へと向かう道中。人の住む小屋での銃撃。ウイルスにより言葉を話せなくなっていた少女を小屋の中に置き去りにはできず、ともに旅を始めるのだが。
あの少女も猿たちが親の仇だと 薄々わかるんじゃないかと。それでも行動を共にする心境って…

雪の舞い散る山中。敵陣に辿り着くもシーザーが囚われの身に。
他の猿たちと共に奴隷のごとく壁作りを強要されます。何やら現米大統領の政策を匂わせる展開。

近く北軍がやってくるが、それらを受け入れない目的で壁を作っているとのこと。単純に、何で?
人間と猿の覇権争いの世界で、人間同士の争いがこのようなカタチで描写されることの意味合いは?

奴隷となっている猿の群れを救出できないか…というトコロで“都合よく”地下道を発見。これを使えば助かるぞ。
その計画実行のため、さっき仲間(?)となった少女がシーザーの檻に行き、水や食料を渡すんだけど。
人間の見張りは気付かなかったのか。結構大胆な行動だったのになぁ。

そしてついに救出作戦を実行。
地下道に水が漏れだしていたけど大事には至らず(?)。
しかし、ちょうどこのタイミングで北軍が攻め込んできた!!

かなりの大部隊。上空からヘリでの容赦ない攻撃。
何のために壁作ってたん!?

こっち側の軍も対抗するが、大佐は姿を現さず。
いったいどうしたのかと思いきや、ウイルスにやられてベッドに伏せる大佐。
日常生活の中でインフルエンザに感染しちゃうなんてことあるけども。おい、ずいぶんとえらそぶってあんたが、そんな退場の仕方しちゃうんだと。薄々感じてはいたけれど。

最終的にはシーザーがドッカーンとやって、北軍が「ウォー!」。
でもドッカーンの衝撃で雪崩が発生。残ってた人間はみんなドサー!!
猿たちは身体能力を発揮して気に上って「ウェーイ!」。

そして猿たちと一人の少女は安住の地で、新たな生活を始めます。
で「猿の惑星」第一作目につながっていくのかな。

「聖戦記(グレート・ウォー)」とのタイトルが付いてはいますが、猿と人類との大局ではなく、シーザーの抱いた大佐への個人的な復讐劇が中心。
また舞台の大半の時間が彼らの基地でのやり取りに終始されていて、とてもミニマムな世界観に感じられました。

にもかかわらず 140分という尺であるため、どうにも中盤の中だるみありましたわね。
正直 気持ちの盛り上がる仕上がりとは言いにくいデキだったですね。

ただし、あの猿の姿、その表情、人間との絡みはすべてCGで作られたものであるという。
その描写は素直に素晴らしかったです。

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シーザーサルダ
posted by 味噌のカツオ at 18:31| Comment(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月15日

ドリーム

セオドア・メルフィ
タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイ、ケヴィン・コスナー
1960年代初頭。アメリカは国家の威信をかけて、ソ連遅れを取っていた有人宇宙飛行計画に乗り出す。
NASAの頭脳として重要な役割を担った3人の黒人女性、キャサリン、ドロシー、メアリー。差別や偏見と闘いながら、彼女らも計画の成功のため奔走し続けていた。

アカデミー賞の 作品賞、脚本賞、助演女優賞にノミネート。全米で大ヒットとなり 興行的にも成功を収めた作品。
これまた実話をベースとした物語でありまして、エンディングにはモデルとなった3人の写真も登場します。

原題は「Hidden Figures」。直訳では「隠された人たち」というものであり、Figuresには“数字”との掛け言葉でもあるとか。

日本公開にあたって原題ではわかりにくいとして「ドリーム 私たちのアポロ計画」というタイトルが用意されまして。
ところが実際に作中で描かれているのが“マーキュリー計画”であるにもかかわらず“アポロ計画”とはなんなん?とのツッコミが入り、サブタイトルが消されて「ドリーム」というタイトルで日本公開となりました。

まぁ宇宙計画だから“アポロ”ならニッポンジンにもわかるだろうという考えがあったのかな。それ自体がアホくさいけど。
どの結果 落ち着いた「ドリーム」だけでは、これはこれでイメージ付きにくいんだけど。
なんか変な さじ加減。

そんな日本の配給会社なのか誰かは知らんけど、微妙なことになっておりますが。
唯一の救いは、作品自体が高評価を得られるものであるという点ですかね。

前述の通り、アカデミーでも評価を得て、日本での見た観客の満足度も高水準。

ただし。
わたくし的には、それほどでもなかったというのが正直なところ。
目を奪われるような描写も、グッとくるシーンも、いくらか弱かったかなと。

ストーリーの軸となるのは3人黒人女性。
その中でも中心となるのは天才的な数学者のキャサリン。

彼女が計画に際してとても重要な部署に回されるんですが、当初は正当な評価もされず。卓越した技術力(計算力)も発揮できず。そして有色人種であることでの周囲の対応。
いずれも恵まれない状況下にあると。

やがて彼女を受け入れてくれる人、理解を示してくれる人が“点”として現れて。ケヴィン・コスナー演じるボスの配慮(あるいはソ連への対抗心?)により、それまで日の目を見ることのなかった実力を発揮していきます。

そのストーリー展開はわかるんだけど。
その計算力の優れた要素。どんな公式を用いて難局を乗り越えたのか。他者ができずに彼女が成し得られた計算とはどんなものだったのか…というのが、伝わらなくって。
ようは、ちゃんと計算ができたということなんだろうけど。

新たな必殺技をあみだした。新たな細菌を発見した。人類史上最も早く走った…のような結果が提示された感じではなく。
そういう意味で、彼女が認められた要素というのがぼんやりしているがために、何がしかのカタルシスを得られなかったという思いが残りました。

映画に於いては、これまでにも黒人への差別をテーマにした作品。同じく実話をベースにしたものも数多く制作されております。
これまで わたくしが見てきたそれらの作品と比べるならば、痛快さとか、感情を高ぶらせるものは弱かったかなと。

また1960年代のNASAでそういう動きがあったにもかかわらず。
2017年の大統領が何を訴えかけているのかと。それを思うと虚しさが残るというのが率直な気持ちでしてね。
それとこれ(作品のデキ)とは関係ないけども。

作品の作りは丁寧で、程よい軽妙さもあって楽しめる作りなのは間違いないけれど。
「これで良かった」と言い切るのには抵抗があるんだな。
ホントに私論ではあるけどね。

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NASAには差別はNAISA
posted by 味噌のカツオ at 22:25| Comment(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする