2012年05月22日

ポテチ

中村義洋
濱田 岳、木村文乃、大森南朋、石田えり
空き巣の今村と恋人の若葉は、プロ野球選手・尾崎のマンションへ忍び込む。しかし何かを盗むでもなく部屋でくつろぐ今村。
すると突然電話のベルが鳴り、尾崎に助けを求める女性からのメッセージが。そこで今村と若葉は、尾崎の代理として女性の元へと向かうのだが…

伊坂幸太郎原作、中村義洋監督のコンビで仙台を舞台にした映画というのがいくつか作られておるのですが、これもその流れをくむモノでありまして。
一説によると、東日本大震災をきっかけにして製作の話が持ち上がったとか。ただし作中からは震災に直結するメッセージなどは あまり感じられなかったのですがね。

とにかく震災を受けて「今こそ何かを作りましょう」と作家やスタッフを緊急招集。
原作は「フィッシュストーリー」に収められた短編の一本から。上映時間も68分と、本当にある種のスピード感をもって作られたようです。

その分‘練りに練られた’という風でもないし、ヘビーなものでもないけれど、起承転結がコンパクトにまとまってて、ライトに楽しめる一本だったですよ。

本当はコンソメ味のポテチ食べたかったけど、間違って塩味食べたら それはそれでおいしかったと。
野球の代打要員なんてレギュラー選手と違ってそんなに目立たないかも知れないけれど、いつそのチャンスが訪れてもいいように、普段から努力は怠っていないんだと。
同じ年の同じ日に同じ病院で生まれても、ひょんなことからその運命がねじれていくもので。もしもそこが違うフィールドであっても、みんなみんな頑張っているんだよと。

それが運命なのか偶然なのか、はたまた仕組まれたものなのかはさておき、みんなその上で頑張ってんだよね。
ちょっと滑稽な表現も含めつつ、そんなことをライトに爽やかに見せてくれる物語。
ひと言で表すなら後味がすごくいい。そんな感じやね。

濱田岳はどうなんでしょ。優しいのか弱いのか、パンチ不足な気もするし。ほなコンソメパンチでも食べさしますか(笑)
声質も影響してとても細い印象なんだけど、でもそれが彼なりの味わいですかね。

あとは大森南朋の怪演っぷりも見どころですかね。
浮世離れというか なんとも不可思議な価値観の男を演じておられて。作品のいいアクセントになっておりました。

そして空き巣の先輩である中村専務というのが出てくるんだけど、これがなかなかの大根で。この人は何者だ!?と思いきや・・・まぁそういうことかと。
ただ ラストにキャッチした場面は微笑ましかったけど(笑)

それから竹内結子さんもエキストラ的に出てるというウワサ聞いたんだけど・・・
んー発見できなかったなぁ。残念。

PoTeTiN.jpg
ポテチン
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2012年05月20日

ジェーン・エア

キャリー・ジョージ・フクナガ
ミア・ワシコウスカ、マイケル・ファスベンダー、ジェイミー・ベル
早くして両親を失い、孤児院でつらい思いをしながら育ったジェーン・エア。学校卒業後、ジェーンはソーンフィールド館の家庭教師として働くこととなる。
屋敷の主・ロチェスターは気難しく冷たい雰囲気の男であったが、徐々に心を通わせるうち、二人は互いに惹かれあっていく。

起伏に富んだ主人公の生い立ち。おかつラストには衝撃的な秘密が潜んでいるというラブストーリー。そんな原作が発表されたのは1847年。今から165年も前のこと。

当時にしてみれば、そりゃあもぅ結構センセーショナルなもんだったでしょう。んで それが今こうしてみても十分に見応えがあるというのがすばらしい。
そういう時代背景と共に作られていますが、設定を現代に置き換えても成立するんじゃないかしらん!?
やりようによっちゃ、サスペンスホラーぐらいに昇華できるかもしれんし。

実際 映画だけでなくテレビドラマも含めて過去何度も映像化されているらしく、それだけ題材として魅力はあるんでしょう。
ただ真摯に描くとするならば、ぶっちゃけ映画では厳しいのかも。

主人公は愛情を受けられない幼少期を過ごし、寄宿学校では理不尽な扱いを受け、その後に自ら道を切り開き大きな屋敷に仕える様になり、その屋敷の主人と恋に落ち・・・と その人生は長きに渡って紡がれております。
日本でもそれぐらいのストーリーであれば3世代ぐらいで演者を変えて表現したりするもので。
そういう意味で、2時間あまりの映画では その全てを表現するのは厳しいトコロ。

今作では当然ながら屋敷に仕えるようになったあたりからを中心に作られております。そのパートだけでも十分にスキャンダラスな内容だけどね。
それはそれで見応えのある、考えようによっては‘純愛’ストーリーですよ。

ただ惜しむらくは、冒頭の映像がいったい何を指しているのかピンと来ない。
結果的にアタマのやり取りがあった後に本編があって、後半にまたそのアタマに戻るという展開がね。
英国ではスタンダードとなっている物語であっても、初めて触れるわたくしにとっては、その表現方法が見る側として何やらゴチャゴチャ。ちょっと残念。

それなら「母なる証明」のやはり冒頭部分で。オモニが踊るシーンぐらいに留めてあればね。あれはあれで味わい深い絵であったし、コチラもそれぐらいに見せられるシチュエーションでもあったので。

本年度のアカデミー賞・衣装デザイン賞ノミネート作でもあってその点 見るべき部分もあります。そして「アリス・イン・ワンダーランド」のミア・ワシコウスカは この世界観にマッチしてると思えます。
でも、ほんのちょっと惜しいかな・・・という印象でした。わたくし的には。
あなただったらどう見ますか!?

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ジェーン!カムバーック!!
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2012年05月18日

レンタネコ

荻上直子
市川実日子、光石 研、田中 圭、小林克也
子どものころから人間よりも猫に好かれてきたというサヨコ。彼女は猫を乗せたリアカーを引きながら、寂しい人に猫を貸し出す「レンタネコ」という一風変わった商売を行なっていた。

独特の作風でファンの多い荻上直子監督の最新作は、自身も大好きな猫をフューチャーした作品。
寂しい心を抱える人々に猫を貸し出す‘レンタネコ’という、なんとも不思議な物語。でも・・・でも・・・猫好きなモノとしてはものスゴときめく設定だったり(笑)

これまで様々な癒されるスローライフムービーを撮ってきた荻上監督ですが、まさに今回は猫によって そのテイストを構築してるところはありますね。

とは言うものの、当然 猫100%で映画は成立しない。
そんな猫を会した人間ドラマとしても十分に楽しめましたわ。

大まかには「寂しい人の心にポッカリと空いた穴を、猫が埋めてくれる」という3つのストーリーとエピローグ。
ほんわかした雰囲気と、市川実日子のマンガみたいにベタっとしたわかりやすさが、少なくともわたくしとは合いましたね。

ちなみに これを見る前に たまたまドーナツを食べていたこともあり、あのドーナツの食べ方は変に感動しちゃったよ(笑)

とにかく猫がいっぱい出てきますし、人が演技をしているその奥の方で2匹の猫が取っ組み合いしてたり、何気ないところで ふいふいとフレームインしてきたり。猫たちの演技?ってか存在感は絶妙。
いてほしいところに猫がいて、ありのままの猫の生態が見られて。猫たちが車座になってカリカリか缶かを問う総会のシーンとかに妙な説得力を感じたり。

当然ながら製作者側の猫への愛情はしっかり感じられますし、猫好きの痒いところに手の届く・・・みたいな。
わたくし言う所の‘ネコモノ’映画数あれど、これは非常に満足度高し。


これはちょっと言い過ぎになるかもしれないけれど・・・と前置きで。
どうしても小林克也演じる謎の隣人だけが浮いてましたね。

これまでの荻上作品なら、ここは もたいまさこさんが出てきて当たり前だと期待しちゃうんだけど。
出演が叶わなかったのか、狙いがあってのことなのか。ただ少し残念だったかな。

余談ですが、このお話の登場人物は吉岡、吉田、吉川、吉沢という役名です。何ゆえ?

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ふさふさの歌丸師匠
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2012年05月09日

テイク・シェルター

ジェフ・ニコルズ
マイケル・シャノン、ジェシカ・チャステイン、シェー・ウィガム
小さな田舎町で妻子と暮らすカーティスは、たびたび大災害の悪夢に悩まされるようになる。
その恐怖は日ごとにリアルさを増していき、近いうちに地球規模の天災が発生すると思い込んだ彼は、避難用のシェルターを作り始める。
しかし周囲の家族や友人らは、彼の行動に全く理解を示すことはなかった・・・

尋常ではなく巨大なハリケーン。とてつもなく群れを成す黒い鳥たち。そして黄色く粘着質の雨。
度重なる悪夢にうなされる主人公。いつしかそれは単なる悪夢ではなく、ある種の‘予知夢’のように感じていく・・・と。

何やら腕に大ケガを負う夢を見て。うなされて目覚めたら、腕が変な風に体の下敷きになっていて、痺れて全く感覚がなかったとか。
そんなことって、わりとよくありせんか(苦笑)

この映画もそんな感じなのかな〜って見ておりましたが、どうやらカーティスの母親も妄想などに苛まれて、今では施設で暮らしていると。いわゆる心の病を患っている状況。
となると、彼にも同様の症状があっても不思議では無いのかな。

そして 耳の不自由な娘・ハンナを守らんとする夢は見るものの、(良くも悪くも)そこに嫁さんは出てこない。
もしかしたら彼の心に影を与えているのは、じつは嫁さんの存在なのかと考えたり。
そんな風に見ておったんですが。。。

彼自身、これは妄想であることを受け入れつつも、やがて訪れるであろう災いに恐怖する。
不安感と現実。自身の心の中の虚と実が混沌とすることはあっても、ここまで周囲に影響を与えては、やはりそれは病なのかもしれない。

やがて町に嵐の夜が訪れ、家族3人でシェルターに避難。
まるでシェルのように、貝のように心を閉ざすカーティスだが、その扉をふたたび開くことは果たして出来るのか・・・


何だかスティーブン・キングとかシャマラン監督の作品みたいに、謎とか未知なる物と心を融合させたような物語で。
個人的にはこういうの好きなので、結構 引き付けられながら楽しませていただきました。
終わってみれば 何のことは無いシンプルなストーリーとも言えなくもないけれど(苦笑)

ところが その後に訪れるエピローグによって、またちょっと複雑な落とし方になっちゃったような。
仮に彼が正しかったとしても、バカンス地に彼のシェルターは無いわけで。
救いようのない・・・助からない・・・だよね(苦笑)

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テイク・シェーッ
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2012年05月08日

バトルシップ

ピーター・バーグ、
テイラー・キッチュ、浅野忠信、ブルックリン・デッカー、リーアム・ニーソン
ハワイ沖。各国の護衛艦が大規模な軍事演習を敢行する最中、沖合に正体不明の巨大な物体が出現。
それは、地球からの呼びかけに応じて飛来したエイリアンの母船だったのだが、彼らは突如として未知の武器で攻撃をし始めるのだった。

‘ユニバーサルスタジオジャパン’でもおなじみの、ユニバーサル映画が100周年記念作品として製作されたのがこの作品。
そんなお題目を掲げながら、特に「ユニバーサル映画100年の歴史」なるニオイを全く感じさせないことの潔さ。正直、おどろいた(苦笑)

何かもっと‘記念碑’的なね、あの映画の あのキャラクターとか、そういう遊び心ナシで。普通のエイリアンモノと言ってもいいような作り。

ぶっちゃけ、この手の作品って近年 見飽きたような印象もあるのだわ。
趣向は様々だけどエイリアンと地球人が登場するとか、あまりにも強大なエイリアン相手にチマチマと戦いを仕掛けて、最後には勝つとか。
多すぎないかい!?

さて、この作品。いきなり だらしない男がバーでイカシたねえちゃんを口説きにかかるという、意外なイントロダクション。
シネコンだったら「劇場を間違えちゃったかな?」思っちゃいそうな始まりで。
まぁすぐさま海軍のお話に突入はするんだけども。

その後は予想通りの展開で。ベタというか何ちゅうか、安上がりで大味でご都合主義のドンパチ。
そう、スクリーンの中でドンパチなりつつも眠たくなってきたりして。

ところがっ、主人公たちが艦を失った際に希望を見い出したのが、展示用として碇泊していた戦艦ミズーリ。
全てアナログで大した装備もなく船を出すにも一苦労というシロモノ。

しかし その展示船に勤務していたかつての海軍のオジィたちが「やったろか!」という感じで戦いに向かうわけですわ。
それこそ究極の‘ご都合主義’ではあるんだけども、そこに わたくしが欲しかった「ユニバーサル映画100年の歴史」的な味わいを見い出せまして。

この業界の今があるのは、それ相等の時代に沿った人たちの活躍があるわけで。
まさにそれらをリスペクトした思いを感じられて、一気にワクワク感が増したのでありました。
言うてしまえば「インディペンデンスディ」にも通じるようなテイストではあるのですが(苦笑)

最終的には・・・ってか全般的に期待通りの起承転結でもあるので新鮮味や驚きはないけども、「予想通りを味わえた」という意味では及第点かな!?

お約束の爽快感と映像の迫力を味わいたい方にはもってこいでしょう。
もちろんツッコミどころも満載なので、その前提で楽しむべし!!

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ボトルシップ
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2012年05月03日

オレンジと太陽

ジム・ローチ
エミリー・ワトソン、デヴィッド・ウェンハム、ヒューゴ・ウィーヴィング
ソーシャルワーカーのマーガレットは、見知らぬ女性から「私が誰なのかを調べて欲しい」と訴えられる。
彼女は4歳の頃に多くの子どもたちと共に、イギリスからオーストラリアに送られたという。やがて調査を始めたマーガレットは、強制的な‘児童移民’が行なわれていた事実を知ることに…

なんともしっくりこないストーリーなのではありますが、これが実話を元にしたお話で。
ってか原作が「からのゆりかご−大英帝国の迷い子たち」という、 この作品の主人公であるマーガレット・ハンフリーズの著書だとのこと。
驚きであります。

19世紀から1970年代に渡って、イギリスは施設に預けられた子どもたちらをオーストラリアに送り、強制労働や虐待を行なっていたという。
その数たるや13万人ものぼるそうで。

(実在の)マーガレットが調査を行い、離れ離れとなっていた かつての子どもたちと その家族を再会させていったと。
そしてその活動とともに、悲しき事実が広く伝えられるようになり、2009年にはオーストラリアの首相が。2010年にはイギリスの首相が事実を認め、正式な謝罪を行なったと。

それがこの事件の、そして映画のあらましであります。

実話をテーマにしたものであり、尚且つ 今もって原作者の戦いが続いている問題で。
そういったことを映画化した点は意欲作とも言えますし、それだけにデリケートなものでもあって。

見た人の評価としては、こんな悲しい出来事が、しかもつい最近まで行なわれてたという驚き、そして憤り。
わが国にあっては北朝鮮の拉致事件とも重ね合わせて、よりその思いを深めた意見を目にしました。

で わたくし個人的な感想としては、もう一歩、もう半歩でも踏み込んだ話も期待したかった。
なぜこのようなことが起こったのか。具体的に誰がどのように主導して この‘児童移民’がシステム化されていったのか。誰が得をしていたのかがピンとこなかったし。

実の両親のスタンスはいかがなものか。
何かを得るために子どもを送り出したのか、政府に拉致をされたのか。
ちょっと その点が曖昧な感じで。

言い方は悪いけど、ただの悲劇としてしか、‘かつての子どもたち’の思いだけからしか描かれていなかったなと。
本質は もっともっと根深くて、もっともっと多くの人の感情も絡んでくるのだと思うからこそ。もう少し広い視野で多面的な背景も知りたかったなと。

あとは この子どもたちがどのような経緯で解放されたのかも気になったし。
決して悪い作品でもないし、甘っちょろい問題でもないのだけれど、だからこそもっと深い部分を知りたかったです。
というのは、下世話な感情なのかな?
でもそれが素直な思いです。

ORE-TAI.jpg
俺んちに居たいよう
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2012年04月25日

ももへの手紙

沖浦啓之
美山加恋、優香、西田敏行、山寺宏一
事故で父を亡くし、ももと母・いく子は瀬戸内の汐島に移り住む。
心ない言葉をぶつけ、仲直りしないまま亡くなってしまった父への思い。そして慣れない生活に戸惑うももだったが、ある日イワ、カワ、マメという不思議な妖怪たちと出会う。

あちらこちらに書かれておりましたが、この作品の設定は「となりのトトロ」とよく似ていると。
わたくしもトトロは見ましたが、もぅずいぶんと前のことだし、細かいことは覚えていないので、そこんところはさほど気にならず。

それどころかジブリ系は表現がひねくれてたり、なにか説教臭かったりして・・・それに比べれば、コチラはわかりやすくていいんじゃなの?
と そんな思いで見ておりました。

またここに登場するのがトトロさんみたいな愛らしいキャラではなく、妙におどろおどろしい姿なのも どっちかといえば好感。

とはいうものの イワ、カワ、マメのちょいとワケありな3妖怪は、ズバリ性格がひねくれてまして。
こんなんと‘同居’しとったらイチイチ腹が立つなと。

それぞれ結構ワガママだし、腹が減ったといっては農作物を勝手に食い荒らすし。おまけに気になったものは盗むし。

はるか昔、まだ人間と妖怪が同じ世界に暮らしていたころは、もしかするとそういうことはあったのかもしれない。でも そんなに人が困るようなことまでしてたのかな。
たとえばお地蔵さんの前にあるお供えのまんじゅうを食べたとか、薪(たきぎ)をちょいとくすねたとか。そういう軽いいたずら程度だったんじゃないの?

この作品中では かなり迷惑なこともしておられまして。少なくとも故人の形見の品を盗んだり壊したりなんて言語道断!!
ちょっとそのあたりは行動の自省だとか、事後の反省とかしてほしかったかな。

後半、たいした能力の無い彼らが他の妖怪たちと力を合わせて、主人公たちを助けるシーンもあるにはありまして。
今の日本にあるべき姿のようにも見えつつだったけどね。

妖怪たちの話はさておき。
ももとお父さんの関係については、こってりし過ぎない様な描写に止まっておりまして。
下手にクサい演出に持っていかず、一番大切な思いだけを伝えた点がね。逆に心に沁みました。
そういうコミュニケーションが得意では無いお父さんのキャラにも沿ってましたし。
そして ももとお母さんとの関係も、これからを感じられて。

起承転結、そんなに特筆すべき点は無いように見えながらも、それとなく小学6年生の女の子の成長ストーリーとして、さわやかな後味でね。
シンプルに「見てよかった」と言える作品でしたよ。

MOMO-T.jpg
へのへのももへのじ
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2012年04月22日

アリラン

キム・ギドク
世界的映画監督のキム・ギドクのセルフムービー。
撮影中に起きたとある事件や後輩の裏切りなどに直面し、映画を撮る事が出来なくなってしまったキム・ギドク。
3年間に渡って 猫と共に山間の寂しい町で隠居生活に近い暮らしを送ってきたキム自身が、自問自答を繰り返すその様子を映し出す。

冒頭。延々と流れるキム・ギドクの日常。
山の中の小さな小屋。なぜかその小屋の中にテントを張り、寝室としているのが滑稽で。
小屋の中にあるストーブで湯を沸かし、飯を食い、ラーメンをすする。
トイレに行く際には小さな鍬(くわ)のようなものを持参(笑)
そして足元では一匹の猫が鳴きながらエサを待っている。

やがて監督がカメラに向かい語りだす。
「これはドラマでありドキュメントであり、そしてファンタジーでもある」と。

変な例えだけど、監督は映画に対してインポになってしまったようだ。
全くダメなわけではなく、本当はどうにかしたいと思いつつ。それに こんな映画を撮りたいという構想もしっかりと持っている。
だのに、それができないんだね。

監督はそこに客観的な自分を登場させ「なぜそうなんだキム・ギドク」と問題点をえぐりながら糾弾。
それを受けて もう一人の監督が、それに答えていく。手法としては‘自問自答’というヤツ。しかも饒舌というか、流暢にしてえらく長い。

正直 見る側としてそれを全て受け止めるのは大変かな。言語の違いによるニュアンスとか字幕のために端折られた部分もあるかもしれないし。
でもそこにはジワジワ伝わってくるものもありまして。

続いて質問者ではなく影の自分が登場。そのシルエットを写しながら問いかけ、またそれに答えていく。
そして涙をこぼしながら自身を剥き出しにしていく。

この作品のタイトルにもある「アリラン」は朝鮮の代表的な民謡で。
‘上り坂 下り坂’という歌詞などに良い時があれば悪い時もある〜といった具合に人生を表現した歌で。「自らを悟る」という意味もあるらしい。
ただし日本人のわたくしは その深い部分でのメンタルは伝わり切らないわけで。ちょっともどかしかったけど。

監督が映画を作れなくなったのは「悲夢」の撮影中、女優さんの命を奪いかねない事故に遭遇したことがあってとのこと。
そういう話を聞くと「監督失格」の平野監督のケースなんかも思い出しましたが。さすがにアレは映像に残っちゃってるし。助けられなかったことなので。
それに比べると観客目線でいえば少々弱いのも確か。それもあってノリ切れなかったのは致し方ないか。

やぁ本当にこの作品に関してはね、最初に監督が語った「これはドラマでありドキュメントであり、そしてファンタジーでもある」というスタンスで見るしかないのかな。
その先に存在するであろう本当の答えは、監督が次回作を発表した時に。その作品の中から読みとるのが理想ですよね。

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気の毒なキム・ギドク
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2012年04月21日

MY HOUSE

堤 幸彦
いとうたかお、石田えり、村田勘、木村多江
都会の公園の一角に建てた組み立て式の家で暮らす鈴本さんとスミちゃん。鈴本さんは自転車で収拾して回ったアルミ缶を換金し、さまざまな不要品を駆使してそれなりの生活を送っていた。
同じ街に暮らす成績優秀な中学生ショータや潔癖症の主婦トモコらと、鈴本さんがある事件をきっかけに交錯していく。

「トリック」や「SPEC」「ケイゾク」などトリッキーというか独特の妙な演出を用いる堤幸彦監督が、そういった手法・技法を全く抜きにして、自身が‘本当に撮りたかった’作品というのがこの「MY HOUSE」。

先日 アカデミー賞受賞でも話題になった「アーティスト」を見まして、今回は試写でこの「MY HOUSE」を鑑賞。
たまたまでしょうが、モノクロの作品が続きました。

監督の出身地でもある名古屋でロケが行なわれておりまして。
名古屋在住のわたくしは、このモノクロで映し出される名古屋の街並みがちょっと新鮮で。
だいたい見覚えのある場所が出てたりするので、それはそれでリアリティも感じられたかな。

だったらあのHOUSEは若宮の高架下に作るべきなんてことは申しません(苦笑)

空き缶などの廃品を回収して生活を賄ってはいるものの、決して浮浪者というわけではなく。
結構しっかりした‘小屋’を建てて、1ヶ月ぐらいで別の地に移るという、言わば‘遊牧民’のような感じやね。
何と呼ぶべきか。決してホームレスでは無いわけだし。

先にいっときますが、彼らは人生の落伍者ではなく、これはひとつのライフスタイルなんですよね。
欲しいのは安定したシェルターではなく、今の生き方なのであって。


さて、そんな彼らと対比するように、成績優秀でエリートコースを歩む中学生が。そして潔癖症で一心不乱に掃除や手洗いをする主婦が描かれています。
人のあり方としては どちらも極端なんだけど。

ただし社会の中の存在としたら空き缶をひらうおっさんより、勉強のできる人のほうが高く見られがちで。
でもその背負わされているもの(亀の甲羅じゃないよ)や、過剰に潔癖症な心理は端から見ているとえらく窮屈で。

また一方では手をつけられなかった料理を無下に廃棄したり、方や質素な食材でもみんなで「おいしい、おいしい」と言いながらいただくとか。
まさに両天秤。

命の問題であったり、生活の中の知恵であったり。いったい何が‘豊かさ’なのかと。
わかりやすく問題提起というべきか、表現がされています。

単純に かの中学生や主婦がイカレてて、鈴さんのライフスタイルが美しいというのであれば、今の世の中に鈴さんのような人がわんさといるはずで。
じゃあなぜそうならないのか、そうしないのかとも考えられるわけですからね。

そんな中で、ラブホを3つも経営して安定した生活をしてる社長が、「空き缶ならあげるよ。その代わり、ワシが食いっぱぐれたら仲間にしてな」というセリフも良かったですね。
それは広い意味での‘理解’であり、そうなる人の‘覚悟’も見えましたしね。

とにかく堤監督にしては とてもシンプルな作品で。だからこそ伝わることもアリ。考えさせられることもあって。
なかなかの佳作です。見て損はないですよ。

MAI HAUSU.jpg
ゴルゴの人は さいとう・たかを
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2012年04月15日

キリマンジャロの雪

ロベール・ゲディギャン
アリアンヌ・アスカリッド、ジャン=ピエール・ダルッサン、ジェラール・メイラン
マルセイユの港町に暮らすミシェルと妻のマリ=クレール。幸せな生活を送ってきた二人だったが、夫がリストラにあい、強盗に押し入られるという事件まで起こる。
その後、強盗犯はミシェルと共にリストラされた元同僚の青年であることを突き止めるのだが・・・

ヘミングウェイの短篇を原作とした 同名「キリマンジャロの雪」(1952年)というアメリカ映画があるそうですが、こちらはそれとは全く別の作品。
1966年にフランスで大ヒットした同名曲から引用したものだとか。そしてこちらはフランス映画であります。
またストーリーについては、ビクトル・ユゴーの長編詩「哀れな人々」に着想を得て描かれた人間ドラマであるそうです

港町・マルセイユの造船工場なのかな。不況にあおりを受け、労働組合として大規模なリストラを敢行。
しかしそのリストラ対象の人選は‘平等に’クジ引きで行なうと。

労組の委員長である主人公のミシェルは そのクジの中に‘平等に’自分の名前も投入。そして自らもリストラ対象者となってしまうわけで。
それは確かに平等で、ある意味 美しき志ではあるんだけど、結果それがこの物語の始まりとなっていきます。

夫・ミシェルと、しっかりと支えあえる妻・マリ=クレール。
職場の同僚でも合った弟夫妻。そして子供たちとかわいい3人の孫らもあたたかく傍らに寄り添い、仕事こそ失ったものの これまでの蓄えで生活しながら、新たな職を探さんとするミシェル。

ところ、そういう雰囲気を一気に変える出来事が発生してしまいます。この辺りの描写は あまりに唐突でビックリだったけど。でも現実に何かが起きるときとは 得てしてそういうもので。
それに言い方は悪いけど、映画的には非常に眠気覚ましなほどの衝撃も。映画とはそういうもんだな(苦笑)

イチ熟年夫婦の心優しき物語で。長く寄り添った二人が、言葉を交わさずとも同じ所にたどり着くと。
それはそれで良いお話だけど、やはり子供たちや弟夫妻の立場で見たら、複雑だよね。被害者として。

果たして今の時代に、この主人公たちのように慈悲深い思になれるのか。
また この夫婦のごとく、語り合わずして(素直には表し難い)同じ境地になれるのか。

やぁそれができるのも、この監督が主人公たちと同じマルセイユの港町で育った 同世代人だからなんでしょうね。
映画とはそういうもんだな(苦笑)

見終わって ほんのりとあたたかみの伝わってくる作品でありました。

KIRI-YUKI.jpg
スパイダーマンが事件解決してくれた
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