2015年08月26日

最後の1本 〜ペニス博物館の珍コレクション〜

ジョナ・ベッカー、ザック・マース
シグルズル・”シッギ”・ヒャールタルソン、パゥットル・アラソン、トム・ミッチェル
世界で唯一の“ペニス博物館”。様々な動物のペニスが展示されているのだが、そこに足りていないのがヒトのペニスの標本。
そこで館長のシッギが呼びかけたところ、2人の男性が名乗りを上げる。はたして、ペニス人類代表は誰になるのか。

このペニス博物館の館長であるシッギさん。ひょんなことから様々な動物のペニスを収集し始めます。
当初は自宅に保管していたんだけど、どうにも邪魔だと思われたのか(?)奥さんから「博物館を作って展示すべし」との助言を受け、現在に至ると。

やがて病気がちになり、健康に不安が生じ始めたシッギさん。本当の意味で この博物館の完成には人間のペニスを展示してこそ。
自分が元気なうちに“最後の一本”を入手しておきたいとのことで、広く提供者を募ります。

状況次第ではタイやモロッコあたりで コロコロ転がってたりとかするんじゃないの?とも思うけど、そう簡単な話でもないのかな。
そこへ「提供しましょう」と二人の男性が名乗りを上げます。一人は地元アイスランドの著名人でもあるパゥットル氏。そしてもう一本…いやもう一人は 自分のナニに“エルモ”と名付けたアメリカ人のトム氏。

が 最後の一本を入手するには、様々な条件や本人の意向などが絡み合い、一朝一夕にはいきません。
死後の提供、あるいは生前の贈与(?)。法的な長さ(12.7cm)基準。はてはエルモのゴリ押しなんて問題も。

「最悪の場合、自らが提供をするのがベターなのか」と。月日を重ねる中、シッギさんはそこまで追い込まれていきます。
はたして、ペニス人類代表の一本は いったい誰になるのか!?

ドキュメンタリーとしては、じつにノーマルな作品であるとは思います。
ただテーマがテーマだなというのもありますし、哀愁漂うパゥットル氏の姿、トム氏のエルモ愛、そしてそれに振り回されるシッギさん。三者三様のスタンスも見どころではあります。
でも ところどころにトホホなエピソードもチョイチョイ。

石膏での型取りが毛が絡まって失敗したり。象徴的に星条旗のタトゥーを入れるなんて発想にも驚き、また実際彫ってるシーンにも驚き。ましてや“がわ”の方かと思いきや“アタマ”の方だったので驚き…いや なんかムズムズしちゃうだな(苦笑)

そんなバカバカしいような、痛々しいような。ときに誇らしいようなエピソードを含んだドキュメンタリーではあります。
そのうえで 疑問点もいくつかありまして。

展示されているモノの中には 骨状のモノもあれば しっかりと身のついたモノをホルマリン漬けにしたものもありました。
あるいは よく茹であがったモノを切り裂き、中の骨状のモノを撮り出す場面も。
でも専門医の話では(人のモノには)骨はありませんと語る場面もあって。
その辺りの違いについては もっと知りたかったですね。

それから…このような展示物は、民俗学や生命誕生の神秘にも迫る…そんなモノのようにも思うんですよ。
ですが ここにあるのはオス側のものばかりで。メス側のそういったものがあって、それらが一対となってこそ、何かが見えてくるんじゃないかと。
ろくでなし子さんみたいな人が動けば、そういう展示の博物館もできるのかもしれませんね。

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珍しいコレクション
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2015年08月23日

ナイトクローラー

ダン・ギルロイ
ジェイク・ギレンホール、レネ・ルッソ、ビル・パクストン
定職を持たないルイスが、たまたま出くわした事故現場で ナイトクローラーと呼ばれるパパラッチの姿を目にする。さっそく自らもカメラを手に入れ、カメラに収めた映像をテレビ局に売ることに成功。
しかしテレビ局からは より刺激的な映像を求められ、それに応えるべく ルイスも過激な手段を取りはじめる。

アメリカでは様々な事件現場にカメラを持って出向き、イチ早く現場を撮影し、テレビ局に売るという“報道パパラッチ”なる職業があるんですな。
よく凶悪犯が車でハイウェイを逃走し、その様子を上空からヘリで追い続ける…なんて映像も見ますが。それらも報道パパラッチによるものなのかな。

日本ではスマホの動画、車のドライブレコーダー、あるいは防犯カメラの映像がニュースに登場します。が、それら報道パパラッチ専門で〜という人はおらんやろね。
逆にいえば、それほど犯罪の起こらない平和な国である証拠かな。

主人公はそもそも無職の男・通称ルー。それがナイトクローラーの存在を知ったことで、見よう見まねで そこに参入していくと。

ビギナーズラックというべきか、いきなり捉えた映像がそこそこの値段で売れまして。味を占めて次々に現場へと挑戦していきます。
とはいえ初めの映像も、ルール無視(そもそも知らない)で被害者に接近したのが、買い手の女性ディレクターの志向にマッチしたってのもあるけれど。

そして次第に、よりセンセーショナルな映像を押さえるべく、彼の行動もエスカレートしていくわけですが。
車の事故で倒れている被害者を、ヘッドライトが当たる、いわば被写体が見やすい位置まで引きずり撮影するルー。

カメラを頭上高く差し上げて撮影するその姿を、映画ではルーのバストショットで、なおかつカメラが映らない手首までで映してありまして。
これが まるで新たな発見をしたかのような、何かに勝利したかのような、バンザイにも見えるんだよね。

そのようにして“一線を越えた”ルーの手法は過激の一途をたどり。
大金をせしめ、その一方で助手がひどい目にあうという。そんなことになっていきます。

何と言ってもルーのキャラの不気味さが際立ちますね。
ギョロ目でどこか笑みを含んだような口元。女性ディレクターを食事に行く場面ではイマイチ 何を考えているのかつかめず。
どのような経歴の男なのかはわからないけれど、駆け引きや状況判断力に異常に長けていたり。
これは金になると思えば 突き進むことも、ビッグマウスも、人の命もいとわない。

そんな彼が仕掛ける罠、そしてラストシーンの(事業)展開。なかなか後味の悪いものでしたね。
ですが、ひねくれた見方をするならば痛快とも思えてしまうのがタチ悪いんだけども。

そんな印象を放ちつつも、走る車や夜の情景をスタイリッシュに見せるものだから。そこに騙されちゃってるトコもあるかもだけど、映画としては考えさせられながらも 見応えのある一本になっております。
予想以上に見て良かったと思える作品です。

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無いと苦労らー
posted by 味噌のカツオ at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月12日

人生スイッチ

ダミアン・ジフロン
リカルド・ダリン、ダリオ・グランディネッティ、エリカ・リバス
ひょんなきっかけから窮地に立たされる人々。結果 人生につまずいたり、とんでもない不運に見舞われてしまったり…
そんなブラックなユーモアを交えた6つのオムニバス作品。

製作としては アルゼンチンとスペインの合作。
原題は「WILD TALES」。直訳すると“ワイルドな補欠陪審員”ということですか!?

ざっくりとした印象としては「世にも奇妙な物語」とか「笑ゥせえるすまん」とか、不条理なように見えて 実際にありえるかも〜なんて思わせてくれるストーリー。

飛行機内で乗客全員のある共通点が発覚する「おかえし」。
小さなレストランで親の仇の男と遭遇してしまうウェイトレス「おもてなし」。
一本道でボロ車を追い越し軽快に走っていた男。しかしパンクが発生し修理しているところで件のボロ車が追いついてくる「エンスト」。
車の駐車違反がきっかけで家族も仕事も失ってしまった男「ヒーローになるために」。
息子が起こしてしまった交通事故。息子かわいさのあまり、父親の取った行動とは「愚息」。
夢にまで見た結婚パーティの会場で、あろうことか新郎の浮気が発覚してしまう「HAPPY WEDDING」。

それぞれ尺は様々。とくに初めの2本は わりと短めなので、導入部としてももってこい。
それ以外も小気味よく物語が進むので、ノッていきやすいです。

な〜んて時間的な面だけではなく、一本ごとのテイストの違いがあることで全く退屈せずに引き込まれましたし。全作ともクオリティの高さは実感できると思います。
が「驚愕&爆笑」とチラシにこそ謳ってあるものの、手放しで爆笑というモードには、わたくしは入りにくかったかな。

だって大半の作品で人が死んだりするからね。人の心の滑稽さやおかしみこそ感じこそすれ、笑うトコまでいってはホントに悪趣味だと思っちゃうな。
まぁそれは宣伝文句に対する文句であって、作品の好みでいうなら わたくし的には好きなテイストでしたわ。

冒頭の「おかえし」。まるでコントのような「ぼくも」「わたしも」的なトコロから、一気に卑屈な設定変換。つかみとして見事でした。
ただ最後の老夫婦とヤツの関係は?…ってのは気になったけど。
まぁまぁつかまれましたよ。

「エンスト」の世界観だって実際、大いにあり得るシチュエーションだから。じつに怖い怖い。

また「ヒーローになるために」は、おそらく そちらのお国でも問題になっているであろうテーマなのかな。
そんな相手に立ち向かい、見事に刺し違えて見せた男。SNSを中心に議論が広がったなんてラストが、なんとも現代的なリアルヒーロー像に仕上げてますね。

さて以下は思いっきり余談なのですが。
今現在プロレス界で 地味に流行り始めている「トランキーロ」という言葉。スペイン語で「焦るなよ」の意味なんだけど。
「おもてなし」と「HAPPY WEDDING」のなかで、リアル「トランキーロ」が聞けて、ちょっと嬉しかったのです。
プロレスファンとして(笑)

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スマホ対応手袋の花嫁
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2015年08月11日

進撃の巨人 ATTACK ON TITAN

樋口真嗣
三浦春馬、長谷川博己、水原希子、本郷奏多
百年以上前、突如現れた巨人たちに大半の人類は喰われ文明は崩壊。生き残った者たちは巨大な壁を築き、その内側で暮らし始めた。
そこでの生活に苛立ちを覚え、壁の外の世界に憧れるエレン。そんな彼の眼前で突如壁が破壊され、想定外の巨人たちが侵入。人々は次々に食べられていく。

人気コミックの実写化というのは、多少の賛と多大な否が渦巻くのは当然のこと。
またこれだけ有名になると、今度は思い入れの深いor浅いでも見方や受け止め方が微妙に変化するもの。

わたくし、当然ながら「進撃の巨人」というタイトルは知ってますし、作品の概要も知っております。が(幸か不幸か!?)原作は読んでいませんし、アニメ版も見ておりません。

そのうえでの“進撃体験”となったわけなんですが。
結論からいうと、素直に楽しめました。わたくし的にはアリでしたね。実写版「進撃の巨人」は。

当初から「特撮作品」としてのアプローチもあったこの作品。冒頭で あの「東宝」というマークが出てきただけで、ゴジラシリーズなどで育ってきた わたくしの受け入れ態勢が整った感はあったけどね。
始まって間もなく登場する 超大型の筋肉標本のような巨人の迫力はありましたが、それに続いて登場した複数の巨人たちには、違った意味で驚きました。

何より ここに現れるのは巨人なんですよね。変に作られた怪獣よりも、規格外の大きさを誇る人間という。そのシンプルな存在感から受ける 必要以上の怖さ。
また それらを演じた役者さんたちのアクの強さったらないですよ。あんな集団がおったらただでさえ怖いのに、さらに巨人なんだから。

松本人志の「大日本人」にも大きな人が出てたけど、そこまでアレではない設定。
往年の「ウルトラQ」にも巨人というのが登場したはずなんだけど。それにも近いか?いや薄気味悪さでいえばそれ以上かも。

そして その個性を活かす“特撮”という技術も見入ってしまいました。
作られたリアリティを表現するなら最先端のCGやVFXも有効でしょうが、大きな不気味な人間を際立たせるなら、日本の誇る特撮の技というのが打って付けだったんじゃないかな。
このあたりは だいぶ好みの問題はあるけれど。

巨人に関していうと、それらが人を捕食する描写についても賛否が大きく語られていますね。エグ過ぎるとか グロいとか。
わたくし個人的には 人が引きちぎられても、そこそこの血しぶきが飛んでもそんなにショッキングではないのだが。
確かにこのあたり、スプラッターとかが苦手な人にはダメなんだろうね。

この人が人を喰らうシーンが嫌悪感を抱かれる一因には、どちらにも感覚が近づけられるのがある気がします。
ようは食べられる側の感覚だけでなく、食べる側の感触もわかるという部分なんだけど。
ジュラシックなんちゃら的な、恐竜が人をかじるのとは 微妙に感じ方が違うはずなんだよね。なんとなくだけど。
そんなこんなで巨人の登場するくだりはイイ感じで楽しめたわけなんですが。

欲を言えば、物語全体の展開がいくらか急テンポだったり、稚拙な印象というのは拭えないかな。悪く言うと安っぽいとなっちゃうんだけど。
登場人物の行動パターンがどこか安易という感じでね。もうちょっと重厚なスタンスが欲しかったです。

それと関連付く要素ではあるんだけど、そんな軽率な動きを見せるキャラたちにはさすがに感情移入がしにくくなってしまったか。

キャスティングとして 桜庭ななみちゃんがカワイイのは合格として「なんで食いしん坊キャラなん?」とか「なんで武田梨奈がお色気キャラなん?」とか解せない部分も。
そんな中にあって、石原さとみが これまで見たことないようなテンションで演じておられまして。またそれが良い方に出てたですね。

そんなこんなでツッコミだすと…いや、語りだすと他にも言いたいことチョイチョイあるけれど。
とりあえず“わたくし的な特撮ファン”としての目線では満足いたしました。あとは後篇を待つべきかな。

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瀧さん、巨人役ではなかったんだ。
posted by 味噌のカツオ at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月06日

フレンチアルプスで起きたこと

リューベン・オストルンド
ヨハネス・バー・クンケ、リーサ・ローヴェン・コングスリ、クラーラ・ヴェッテルグレン
スキーリゾートへバカンスにやって来たスウェーデン人のファミリー。彼らがレストランのテラス席でランチを食べていたところ、人工的な雪崩が発生。周囲は雪煙に覆われ、一時的に視界ゼロとなってしまうものの大事には至らず。
ところが、その際の ある出来事がきっかけで、家族の関係が気まずいものになってしまう。

スキーリゾートに訪れたある家族に起きたアクシデントを通じ、様々なことを考えさせられる映画。
ジャンル分けするならば…ドラマであり、ブラックなコメディであり。やぁ男にとってはほぼほぼホラーかも(苦笑)

冒頭、電話を気にするそぶりからして 夫は普通に仕事のできる男性なのでしょう。
その分 普段は家族とどっぷり向き合う機会の少ない人が、慣れない(?)家族サービスをしようとなると、こういうこともありうるのかな。

雪山のオープンなテラスでのランチタイム。
人工的に小さな雪崩を起こすことで、大きな危険を回避する取り組み。しかし思いのほか大きな雪煙がそこを覆い尽くします。
母親は娘を抱きかかえ、息子に手を伸ばし 机の下に避難。一方の父親はスマホと手袋を抱え、ひとり駈け出してその場を逃げていきます。

テラスまるごと白い世界に包まれるものの実害は無く。やがて煙が晴れていくと、テラスにいた人々は「やれやれ」といった体で食事を再開します。
そこに「驚いたね〜」といった感じで一人戻ってくる父親。

次のシーン。会話も無くスキーで山へ向かう家族たちの姿。明らかに雰囲気が…

やがて妻は夫を責め、夫は皆無事だったんだからとかわす。子供たちは子供たちで そのイヤな空気を察知。
5日間のリゾート。2日目の昼に起きた出来事をきっかけに、その後の時間はギクシャクしたモノになっていくと。

設定としてはとてもいたたまれない感じ。とてもヒリヒリするんだけど、会話や行動の端々からは笑いも込み上げてきます。
このシチュエーションをどうするべきかと観る人、それぞれにゆだねられるトコロもありますが。

ぶっちゃけ、それ以降の展開が思いのほか地味目で。
劇的な出来事、感情の転換とかには乏しく、ずっとジメジメした雰囲気一辺倒で引っ張られていく印象が長いかな。

家族スキーの最終日。母の姿が見えなくなるくだり。帰りのバスで遭遇する体験。
この辺り、正直「あー」と思いつつ何も起こらないという展開。

時として、画面が雪に覆われ 白一色になる描写が長く続きます。
そこで何を思い、何が現れてくるのか。

それらのシーンに込められたメッセージをどう解釈するべきか。ですかね。

斬新ながらも、実際に自身がその立場に置かれる可能性は十分にあり得るオハナシ。
いろいろ考えさせられるのは、その際の行動か、あるいはその後の言い訳か?

あとホテルの従業員のおっさんの存在も、使いようによってはもっとシニカルに表現できたんじゃないかな?

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動画なんか撮るんじゃなかった…
posted by 味噌のカツオ at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする