2016年01月27日

ブリッジ・オブ・スパイ

スティーヴン・スピルバーグ
トム・ハンクス、マーク・ライランス、アラン・アルダ
米・ソ冷戦下の1950〜60年代。保険関連の弁護士ドノヴァンは、ソ連のスパイであるアベルの弁護を引き受ける。
一方で米軍偵察機の乗組員パワーズがソ連に捕らえられ、ドノヴァンは秘密裏にアベルとパワーズの交換という任務を委ねられる。

冒頭からのロシアのスパイが逮捕されるくだりの紙一重(?)の攻防。
米軍パイロットがどのようないきさつで囚われてしまうのか。
こういった辺りの見せ方はとても興味深いものです。

そして裁判を通じて男同士の友情のような感情を通い合わせる二人の物語。
またそれを演じたマーク・ライランスとトム・ハンクスもいいですね。

その昔「ダイ・ハード」シリーズでブルース・ウィリスはど派手に巻き込まれる主人公として有名でしたが、トム・ハンクスは「ターミナル」や「キャプテン・フィリップス」など、静かに巻き込まれるキャラが似合っちゃいますね。
なんか人の良さがジワジワくるような。

スティーヴン・スピルバーグの監督作品としては「リンカーン」以来 約3年ぶり。
万人が楽しめるエンターテイメント作品の製作もしつつ、埋もれがちな歴史を通じて多くの観客にメッセージも送り続けているスピルバーグ監督。

もちろんこれは後者より。良質な人間ドラマの映画ではありますが、さすがにそこはスピルバーグ。いくらかカタくなりそうな物語であっても、観客を飽きさせないようなアプローチで魅せてくれます。

またこれらはコーエン兄弟が脚本に関わってるからかもですが…
正直ストーリーとしては地味。映像も全体的に暗め。雪の舞う映像なんて、それだけでも喧騒を奪われるような静けさを感じますし。
終盤、本当に交渉が成立するのか〜というタメがあっても、ぶっちゃけ結末はそうなるであろうとして見てるわけだし。

それでも心のどこかでドキドキを感じたり。
列車の車窓から見えたものだけで、文化であり平和でありを映し出してくれるのなんか、見事ですよね。

あとは舞台が1950〜60年代ということで、(CGなんだろうけど)それらの街並みを再現したり、小道具や車などの美術についても見入ってしまった作品でもありました。

エンディングに 主要な登場人物のその後についての文言が流れましたが…
中でも弁護士ドノヴァンは J.F.ケネディ大統領から任命を受け、キューバに囚われた数千人もの人質解放の交渉に成功しているんだとかなんとか。。。

そっちの案件の方が映画の題材としては盛り上がりそうだけどね(苦笑)

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壁ってああやって作ったんだね
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2016年01月26日

ザ・ウォーク

ロバート・ゼメキス
ジョゼフ・ゴードン=レヴィット、ベン・キングズレー、シャルロット・ルボン
パリの大道芸人フィリップは、世界最高層のワールド・トレード・センタービル建設のニュースを知る。いつかこのツインタワーの屋上にワイヤーを架けて歩く...
そんな狂った夢に囚われた彼だったが、念入りに下準備を重ね、ついに決行の日と定めた1974年8月6日が訪れる。

かの9・11テロで破壊され、今となっては現存しないWTCことワールド・トレード・センタービル。
そのツインタワーの屋上にワイヤーを張り、綱渡りを敢行した男の物語。

地上110階。その高さは411メートルと言われております。
ちなみに東京スカイツリーのふたつの展望台が350メートルと450メートルですから。
その高さというのが如何ほどのモノなのか。だいたい察しがつくんじゃないでしょうか。

モデルとなっているのはフランス人の大道芸人フィリップ・プティ。
ただし、今作で演じているのはアメリカ人のジョゼフ・ゴードン=レヴィット。
フランス語、あるいはフランス訛りの英語も学び、プティ本人から綱渡りの指導も受けて撮影に挑んだとか。

彼の柔らかな表情が作品全体の雰囲気も高めてる感じありますね。日本で言うなら堺雅人さん的な雰囲気あるね。

構成としてはジョセフ演じるプティがニューヨークの自由の女神像の上でいきさつを語るわけですが。
そもそも自由の女神ってフランスからアメリカに送られたものなんよね。まさに。

先日 このオハナシのドキュメンタリー版である「マン・オン・ワイヤー」を見て“予習”をしておりまして。
それと照らし合わせてみると、わりと細かなエピソードまで 上手く再現してあるようですね。

そう“再現”という言葉を使いましたが、これはまさに再現ドラマというジャンルかもしれません。
「マン・オン・ワイヤー」では当事者の言葉が使われてはおりますが、インタビューが中心となっておりますので“肝心な”映像表現としては弱くなってしまいます。

そこで その証言を元に、実際にはどんなことが行われたのか。丁寧に再現してみせたのがこの映画。
近年の技術があれば それなりの映像は作ることはできますわね。でもこの作品中では変に過剰な表現は用いず、あくまで“静”をベースにクライマックスの映像構成を行っております。緊張感がヒシヒシと伝わってまいります。
当然ながら見応えはバッチリ。こちらもドキドキ、手に汗握る感覚。
そして高所恐怖症の者にとっては直視しかねるという…(苦笑)

やがてプティが綱渡りを終えた後、そのワイヤーが緩む場面を見て 我々の緊張感も解けるような作り。
後日プティがWTCの屋上に上る許可証をいただいたと。その期限が“永遠”となっているとの描写があります。

その反面、永遠だったはずのWTCが今となっては…
そんなことを考えさせてくれる演出も 映画として見事だと思います。
現実としてはとても悲しい話だけどね。

シンプルなストーリー展開。見応えのある映像。
そして夢への挑戦(厳密には犯罪だけど それでも多くの方々が拍手を送ってくれたわけだし)なんてテーマも ほんのりと伝えてくれるこの作品。

数少ない3D鑑賞向きな映画でしょうね。
とか言いつつ、わたくしは2Dで見たんだけど(^-^;)

余談中の余談ですが、綱渡りの師匠筋となる方のお名前が「オーマンコスキー」というものでして。
ある意味「ボボブラジル」を超えましたね。

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綱渡り感覚でWCという経験はあります
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2016年01月21日

アンジェリカの微笑み

マノエル・ド・オリヴェイラ
リカルド・トレパ、ピラール・ロペス・デ・アジャラ、レオノール・シルヴェイラ
カメラが趣味の青年イザクの下宿に 富豪の邸宅ポルタシュ館の執事が現れ、若くして死んだ娘アンジェリカの最後の写真を撮ってほしいと依頼を受ける。
白い死に装束で横たわる美しいアンジェリカにイザクがカメラを向けると、アンジェリカは突然目を開きほほ笑み掛ける。
その日からイザクは 死んだはずのアンジェリカのことが頭から離れなくなってしまう。

『2015年4月2日、106歳で亡くなったマノエル・デ・オリベイラが101歳の時に撮り上げた幻想譚』
というこの作品。
なんとも幻想的なイメージとアンジェリカの微笑みに惹かれて見てきました。

が、わたくしとは合わなかったですね。
率直に言うと、眠たかった。。。

基本的に細かい設定や状況の説明はありません。
アンジェリカに何があったのか。今何が起きているのか。
セリフも ただ言葉が発せられているという感じで、会話という風ではない。

となれば、それなりに集中力を持って臨むことが求められる作品。
であるのに、わたくし、眠たかった。

というわけで、ぼんやりとした感覚でしか見られなかったですね。

アンジェリカは望まない結婚を強いられて。何がしかの病かで夭逝してしまったと。
残された夫は悲しみに暮れるも、残された彼女の表情からすると、決して苦しんだわけではなく。なんならこの別れが解放された証だったのかな。

そこへイザクが現れて、まさに運命の出会いを果たす。
ただしそれが“たまたま”彼女が亡くなった後だったと。

そんな二人が惹かれあい、愛を確かめるとするならば、そうなるしかなかったと。
そんな表面的なことしか感じられなかったわけであります。

などと書いてたら、また眠たくなってきちゃったな。

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アンジェリカの爆笑
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2016年01月15日

MONDAY

SABU
堤 真一、松雪泰子、西田尚美、大河内奈々子
見知らぬホテルの一室で目覚めた男。二日酔いに頭を押さえつつ、自身の記憶を辿ろうとするが何も思い出せない。気を静めるために胸ポケットからタバコを出すと、一緒に“お浄め塩”が。
やがて彼の脳裏に断片的な記憶が蘇っていくのだが…

2000年公開の作品。当時ものすごい面白かったという印象が残っていて、縁あって(DVDにて)16年目の再鑑賞。

ちなみに主演の堤真一さんは舞台から映画やテレビへ進出し始めていた、言わばブレイク直前ぐらいの頃。ただしSABU監督の作品にはずっと出てはおられたので、その辺りは勝手知ったる間柄だったと思います。

100分のうち ずっと登場するのは堤さんのみで、それに対して様々な役者さんらが絡むんだけど、おなじみの役者さんたちがズラリ ズラリ。
安藤政信、大杉漣、麿赤兒、野田秀樹、田口トモロヲ、寺島進、松重豊、津田寛治、根岸季衣…

当時からウレてたのかどうかは現在は何とも言えませんが。
でも役名の無いところでは大森南朋さんの姿も。何気にお父様の麿赤兒も出てるんだけど。

酔っ払って記憶の無い男がホテルで目覚めます。そこにあった新聞の日付を見ると、どうやら今日は月曜日。
そして胸ポケットから出てきた“お浄め塩”から次第に記憶を思い出していきます。

浄めの塩…もちろんお葬式からなんだけど。その後も時系列を追いながら、断片的に様々なシチュエーションへ移り変わっていきます。
冒頭の印象からあえて言うなら「ショートコント集」的な趣もあり。
その都度 その都度 笑えます。

最も滑稽だったのは ただひとり踊るシーンなんだけど。
あれ、ちゃんと振り付けあってのものなのか、堤さんのアドリブの動きなのかはわかりませんが、必見です。

ただ終盤が微妙な感じになっていっちゃったかな。
もっと思いっきり悪ノリのコメディでいくか、とんでもないヒーローになるか。の方が面白い?わかりやすい?

でも映画ですから。誰が見てもわかるもの作っちゃっても面白味はないですからね。

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「MONDAY」は「モンダィ」作でもある
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2016年01月14日

ピンクとグレー

行定 勲
中島裕翔、菅田将暉、夏帆、柳楽優弥
大人気スター俳優・白木蓮吾が6通の遺書を残し、突然自殺をしてしまう。第一発見者は親友・河田大貴。
そんな幼な馴染みの死により、一躍世間の注目の的となる大貴だったが、次第に自分を見失っていく。
やがて、大貴は蓮吾の死の真実を知ることとなるのだが…

NEWSの加藤シゲアキ原作。しかしアイドルとあなどるなかれ。これがなかなか面白い小説で…という話だけは聞いておりました。ただし原作は未読。
そしてこの映画版。かの行定勲が監督を担当。そして62分の衝撃という宣伝文句。

果たしてどうなるものか。。。

というわけでの鑑賞後。気になる点も多々あったので、原作を購入して読んでみました。
ぶっちゃけ原作と映画版、くらべてみました。

シンプルに小説の方が好みかな。

映画版を見た加藤シゲアキの感想は結構アレンジしてあるなと。
一方、行定監督のコメントは そのままやっては原作に勝てないと。
まぁそうやろうね。

幼なじみ、二人の物語。
小学生、高校、そしてひょんなことから芸能事務所に入りモデル・役者として仕事をしていきます。
しかし一人は順調にトップスターへと駆け上り、もう一人は鳴かず飛ばずのまま。やがて…距離が…できてしまう。

映画として、やや衝撃的な出だし部分から二人の物語が紡がれていき、映画の中盤。その62分の衝撃が来るんですが…確かにこれはやられましたね。
なかなか予想外の展開。

そんなとんでもない山場のあと、映画はグレーな世界に突入。
ただし物語としては かなり冗長。

そしてエンディング。これがなかなか中途半端で煮え切らない。
やるなら もっとやっとかないと。それが動機と言われても説得力のカケラもない。

そのモヤモヤを払拭せんと原作を読んだんですが、こちらは真っ直ぐで良かったですわ。
答え合わせのような終盤。いろんな面での苦悩の重さに、ちょっと泣けましたから。

菅田将暉演じる男のクソ具合がたまらなくイライラ。夏帆ちゃん演じる女も良くも悪くも“女優”全開で。
そうやって書くと悪口っぽいけど、コレ超 褒め言葉ですから。
二人ともお見事すぎる役作り。スゴイ役者ですよ。

原作もいい。役者も見事となると、やっぱこれは監督であり演出に対してのモヤモヤだったかな。
あぁいうトリッキーな見せ方は堤幸彦にやらせておけと言いたくなるほど驚きはありましたが、ソコだけだったかもですね。

トータルで考えれば、映画としては見て良かったというのは間違いないです。
ただ原作のパッションに追いつけていないのが もったいないですね。
ちょっと、惜しい感じ。

ここからは余談ですが。劇中劇の学園ドラマで(わたくしのお耳が確かなら)「主人公の ときつかぜわたるが…」というセリフがあったんだけど。
“ときつかぜわたる”って とんねるず主演の映画「そろばんずく」で憲武さんの役名が“時津風わたる”だったんだよね。

たまたまなのか、引用なのか。
ちょっと気になりました。
超余談。

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ピン子とGLAY
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2016年01月13日

映画ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年

高木 淳
(声)TARAKO、中川大志、劇団ひとり、渡辺直美
花輪君のお願いで、世界5カ国から来た子どもたちが クラスメイトの家でホームステイをすることに。
「どうしても まる子の家に滞在したい」というイタリア人のアンドレアに 初めは戸惑うまる子だったが、彼が日本へ来たかった理由を知ってしまい…

アニメ版の放送開始25周年を記念しての劇場版第3作。
こう言ってはなんだけど「ドラえもん」や「しんちゃん」の劇場版みたいに突拍子もないものはできませんわね。まる子は。

確かに有名タレントが吹き替えをやってるとか、主題歌が別バージョンになってるとかはありますが。
だからって「こんなんテレビで拡大版でやりゃいいじゃん」なんてことを言い出しては元も子もないわね。

ここは素直に 映画館で見られる まる子の世界に浸るべきでしょう。
嫌やったら見に行かなきゃいいだけで(苦笑)

でもこの作品は原作者・さくらももこ みずからが脚本を担当しているので、正当な映画版と言ってもいいんじゃないのかな。

要点としては世界の子供たちとまる子たちのふれ合い。
みんなが暮らす清水の町を飛び出し 大阪・京都への旅行。
そしてアンドレアくんの思いを成就させると。そんな感じ。

のっけから「ボクは、マルコが、スキです」というセリフには唸らされました。そうだね、イタリアであればマルコは馴染みありそうだもんね www

そしてまる子たちが向かった大阪。
「たこ焼き食うなら この店が美味しいで」「花月行くんなら割引券あげるわ」「その人やったら隣のおっちゃんが知ってるで」。
普通やったら なんでそんなに優しいの?と言いたくもなりそうだけど、大阪人の気の良さは ある意味リアリティ。
そうやって話がつながっていく描写は まるで「探偵ナイトスクープ」かのごとくで www

そして終盤。上手く物語がつながっていってのエンディング。
必要以上のミラクルや やり過ぎ感もなく。その分 すんなりと良いオハナシとなっていて。
演出が過剰すぎると逆に嘘くさくなっちゃうから。それを思えば この展開は わたくし的には好感。素直にいいもん見たな〜と思えましたよ。

大原櫻子が担当した「踊るポンポコリン」と挿入歌の「キミを忘れないよ」。
世界の子供たちが歌う歌。そしてエンディングのウルフルズと 音楽もとても効果的だったですね。

特に「キミを忘れないよ」は物語とリンクしてて思わずウルウル。
わたくしの泣きポイントとしては、味を受け継いだスパゲッティを食べるところもね。

泣いて笑って ほんのちょっとノスタルジー。
ちびまる子ちゃんらしい映画版だったと思いますよ。

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カウス・ボタン、仁鶴、寛平も…
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2016年01月12日

マン・オブ・スティール

ザック・スナイダー
ヘンリー・カヴィル、エイミー・アダムス、マイケル・シャノン、ラッセル・クロウ
滅亡を間近にした惑星クリプトン。ジョー=エルは 未来を託した息子を宇宙船に乗せ、地球へと送り出す。
マーサとジョナサンの夫婦に育てられたクラークは、自身が持つ特殊な能力に苦悩をしていた。やがて成長した彼は、地球を守るという自らの使命に気付くのだが…

世界的に多くの方が知っているであろう“スーパーマン”のリブート作品。
間もなく公開される「バットマンvsスーパーマン」の予習も兼ねまして、公開から2年半経ってDVDで鑑賞。

タイトルは「マン・オブ・スティール」鋼鉄の男ですか。
胸にSのマーク(実際は“希望”の紋章)があるので“スーパーマン”と称されると。
しかしまぁスーパーマンという名称もキャラも、率直に言っちゃうと今の時代にはそぐわない感じもしますわね。

ヒーローのスタイルいろいろあると思うんだけど、せめて仮面をかぶっているとか コスチュームが凝っていたりとか。
顔面剥き出し。マッチョで全身タイツ。しかも赤パンにマントなんて。カッコよかぁないよね(言い切った)。

今作では青タイツに赤パンではなく、黒系で素材も違った感じにアレンジはされていましたが。まぁ…ギリかな。
比較するなら日本の仮面ライダーは、今でも見入ってしまうコスチュームだし。
それを思うと現代に月光仮面をやるとしたら…どんなもんができるのかな(苦笑)

作品の冒頭からしばらくは、スーパーマンの赤ちゃん時代。
彼がどうして地球へ来ることになったのか。そのいきさつが描かれています。
この辺りが一般的なヒーローモノ・スペースファンタジーモノみたいな感じで、なかなか面白かったですね。

先に言っちゃうと生みの親であるラッセル・クロウ。育ての親であるケビン・コスナーが素晴らしい。名優 二人の存在感が抜群です。
でも中盤から登場するクリプトンの親父さんは、死んでるはずなのに“イキイキ”し過ぎだよね。
「意識だけ残した」言われても。。。

そして先日見た「コードネーム U.N.C.L.E.」のヘンリー・カヴィルがスーパーマン役なんだけど。
顔のイメージとしてはハマってると思います。なんならアゴの割れ具合もイメージっぽいし。

ただ、彼が地球に来てからの物語については、そんなに面白いものではなかったかな。
ほぼほぼは好みの問題かもだけど。

悪のゾッド将軍が地球に現れ、いきなり女性記者がアチラの船に乗り込むのも溜めがないなと思ったり。
そしてスーパーマンと米軍とで戦うことになるんだけど。

そもそもクリプトン星人って地球では無敵なんよね。
とんでもない素早い動き。どれだけ撃たれても効かない。どれだけ叩きのめされても立ち上がれちゃう。
そういうのと米軍が戦ってても「勝ち目ないんだ」と割り切れちゃうし。

スーパーマンとゾッドのバトルも 不死身同士なので「やられちゃうかも」「これはピンチだ」というドキドキ感は全く味わえません。
それよりも「こんなにムチャクチャして。壊滅状態やん」という心配しか残らない。

まぁまさにソレこそが「バットマンvsスーパーマン」へ繋がる要素なのかもだけど。
少なくとも この作品に限っていえば、正義と悪との戦いも、ただドカドカやってるだけにしか見えず。

もちろん映画ですから ちゃんと決着はつくんだけどさ。
その後のエピローグでは、スーパーマンの“世を忍ぶ仮の姿”が登場するんだけど。
そんな微笑ましい会話より、地球の復興の方が…と思わざるを得ないんだが。
それでなくても地球規模でやられてたからなぁ。

とまぁツッコミどころが多々あれど、いいなと思えるシーンがあれば救われるんだが、それも乏しく。
とにかく全編が暗く思い印象なので、見終わってもドヨ〜ンとしたまま。残念ながら。

じゃあ この後。
「バットマンvs〜」はどうなるのか。期待していいのかしらん。

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見えすぎちゃって〜困るの〜
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2016年01月11日

ストレイト・アウタ・コンプトン

F・ゲイリー・グレイ
オシェア・ジャクソン・Jr、コーリー・ホーキンス、ジェイソン・ミッチェル
1986年、カリフォルニア州コンプトン。全米屈指の危険な街に暮らす5人の若者が、ヒップホップグループN.W.A.を結成する。
日常に感じる不満や怒りをビートとリリックに乗せ、彼らは瞬く間に絶大な人気と支持を集める。
しかし、名声を得て社会現象にまで発展した彼らに、様々な苦難が降り掛かる。

ヒップホップグループ「N.W.A.」の軌跡を追った作品。
一見“ドキュメント?”と思ってた方もおられるようですが、劇映画であります。

N.W.A.が活躍したのは1986年から90年代の初頭。
彼らの出身地であるカリフォルニア州コンプトンは 非常に危険な街とされ、多くの犯罪はおろか警察による黒人への虐待などがまかり通っていたという。

そんなコンプトンの実情を音楽に乗せぶつけることで多くの人々が共感。
そころがそれは地元・コンプトンだけでなく、全米にまで広り、彼らは若くしてアーティストとしての成功を納めます。

しかし若さゆえなんでしょうか、契約にまつわる条項やギャランティの配分などに不明瞭な点が明るみに。
当初は勢いで突っ走ってきたものの、やがてそれがメンバー間・スタッフ間への不信になり、幹となっていたメンバー2人が脱退。
そしてグループとしての体を成さなくなってしまう…と。

彼らのスタイルは「ギャングスタ・ラップ」と評されていましたが、あえて言うなら ありのままの日常を歌ったものでもあるということなんですね。
それに則ってというべきか、分裂した後も作品の中で互いをディスり合うなんて場面はアレはアレで面白かったですが。

時は流れ、そういった確執を越え、メンバーは再結成への道を探りだすわけなんですが…

わたくしヒップホップを知ってるわけではないのですが、言わずもがな、作品中に使用される音楽はメチャメチャかっこいいです。
音楽を扱った映画で 説得力のある音楽が使用されるのは、単純に説得力UP致します。

ストーリーはほぼほぼ間違いはないそうなんですが、(当然ですが)カットされてるエピソードや映画向けに脚色されている部分もチラホラあるそうで。

それはそれとして。
この作品、全米で音楽映画という枠を超えて イチ映画として大ヒット。日本での満足度も高く、こちらでもヒットとなっております。
実際に見に行ってみると 必ずしもヒップホップ・ラップに長けてるとは思えない一般の観客も多数。

それはすなわち、伝説のグループの〜ではなく、映画として見応えのある〜という仕上がりになっているからこそでしょう。
警察の目が光る中で「Fuck the Police」をプレイするシーンは こっちも“観客”としてテンション上がりまくりでした (^O^)

物語の後半、ロス暴動にまつわる描写がありまして。
グループの動向と同時に そういった時代性を感じられることについても、よりリアリティが増した部分でありました。

オリジナルメンバーに似た役者がキャスティングされている点も話題ですが、中でもアイス・キューブの役を自身の息子でもあるオシェア・ジャクソン・Jrが演じているのも面白いですね。

とにかく、N.W.A.を知らなくても、映画として しっかり見入ってしまうこの作品。
じつに見応えありましたよ。

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プロレスファン的にNWAとは…
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2016年01月06日

母と暮せば

山田洋次
吉永小百合、二宮和也、黒木 華、加藤健一
長崎で助産師として働く伸子のもとに、3年前に原爆で亡くしたはずの息子・浩二がひょっこり現れる。
どこか奇妙な再会ではあるが、心から望んでいた息子との会話に伸子は話を弾ませる。しかし浩二は、将来を約束した恋人の町子のその後が気になっており…

1945年8月9日。長崎に原子爆弾が投下され、多くの犠牲が出てしまいました。

当然ながら戦争も経験していない。住んでいる地域も決して近くはないわたくし。
そんな自分の元に入ってくるハナシというのはどうしても広島のことが多いわけで。

それから3日後、長崎も原爆の被害を受けているのに、正直 知らなさすぎるよね。長崎のこと。
なぜにそういうバランスになっているのかは 何とも言えないけれど。

どこかで超巨大地震が発生。それから間もなく 別の地域でやはり大きな地震が起こっても、後者の方はさほど大きく報道されにくくなってしまうと。
それと似た感じなのかな。

閑話休題。
この作品は その長崎が舞台。
普通に家を出て電車に飛び乗り、医師になるべく学んでいた浩二の学校も、原爆で大きな被害を負ってしまいます。

ちょっとした疑問なんだけど、広島であのようなことがあった3日後の長崎は あんな感じだったのかな。動揺とかそういうのはなかったのかな?
教室の黒板に英語が書かれてたけど。敵国の文字を使う事…医学という学びの場ではあるけれど、それはOKだったのかな?

そんな疑問はありつつも。
それから3年後。遺骨でも身に着けていたものでも、何がしか息子につながるものを求めていた母。
それを諦めたところへ、息子が姿を現します。平たい言い方をするならば幽霊という事なのかもだけど。

そこで繰り広げられる物語。
会話でもって3年間の空白を埋めるであり、母の現状を思いやる息子の思いであったり…

確かにテーマとしてはいいなと思いますし、中心となる3人の演技は素晴らしいですよ。
ただ ほぼ全編にかけての“会話劇”なんですよね。

ある程度 それぞれの関係性を知るうえでの会話は当然なんだけど。あまりにも会話でのキャッチボールが長すぎだったり、回想してる話なのは承知だけど どこか説明セリフっぽいクドさがあったり。
正直 冗長な印象は残ってしまいます。
その結果の上映時間130分とするならば、もうちょっと端折って2時間以内に収められなかったのかと。

また展開される場の大半が伸子の家というのもありますね。
ひとつの家の中で 延々と繰り広げられる会話劇。なんだか映画では無くて舞台のお芝居を見てるみたいで。ちょっと違和感。

というトコなんだけど…
そもそも今作の原案として(追悼メッセージもありました)井上ひさし氏の「父と暮せば」という舞台があったそうなんですね(後に映画化)。
その舞台の姉妹編的な企画という事もあっての演出なのかな。

そしてもう一点。山田洋次監督の演出がしっくりこないんですよ。
いや演出の良し悪しというよりも、このテーマに合っていないのかな。
寅さんシリーズ などにあるような軽妙さや人情味が、この映画内に於いては正解ではないような気がします。

細かく言うのは難しいですが、思わず微笑んでしまうような作品であればアリだろうと。そういう雰囲気が気になりました。あくまでわたくし的にではあるけれど。

そしてラストシーンも少々戸惑いがありますかね。
こういう流れであれば、これしかないなとは思うけど。
ただ そこで浩二の口から発せられる「あなたは…」という呼びかけ方に対し これじゃない感が拭えなかったんだけど。
あれはいったい誰が誰に向かっての呼びかけなのかがねぇ。。。

気になる点をずいぶん挙げましたが、前述の通りテーマとしては大切なことではあるんだけど、イマイチ乗り切れなかったというのが正直なところ。

山田洋次監督はもう80歳台なんですか。
やぁでもアチラの方ではイーストウッド監督がいくつになってもハイクオリティな作品を生みだしておられますから。

ここは次回作の「家族はつらいよ」に期待しちゃおうかな。

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ハハハ〜と暮せられれば
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2016年01月05日

クリード チャンプを継ぐ男

ライアン・クーグラー
シルヴェスター・スタローン、マイケル・B・ジョーダン、テッサ・トンプソン
ボクシングの王者であったアポロの息子・アドニス。彼が生まれる前に父は亡くなっていたものの、心の中にある衝動のままにプロのボクサーを目指す。
そこでアドニスは、父のかつてのライバルだったロッキーを訪ね、トレーナーになってほしいと申し出る。

ボクシング映画の金字塔「ロッキー」。1976年からスタートして2006年の「ロッキー・ザ・ファイナル」までシリーズ6作品に渡り、多くの映画ファンに愛されてきました。

格闘ものですから、もうこれ以上肉体を酷使することは不可能ですわ。
ところが!見事なアイデアで「ロッキー」を継続させることになったと。

それがロッキーがトレーナー役になるというもので。
おぉそれならリアリティあるやん。見てみたいやん。
しかも かつてのライバル・アポロの(訳ありな)息子を指導するとは。

また そのアイデアをちゃんと見応えのある作品に仕上げたのもお見事ですね。

クリードを主人公として、タイトルから「ロッキー」という冠も無くすと。
もちろん正統なシリーズではあるけれど“露骨に”ロッキーで売ろうとはしていない。
「あのアポロの息子か?」と そのビッグネームで商売をしようとしていた劇中のエピソードとはえらい違いだねww

ストーリー展開も特別なひねりはないし、オハナシのメインとなる対決もどっちが勝っても〜と思えるものであって。
となれば演技や映像、そして観客の感情を震わせるような要素が大事になってきますわな。

こういったボクシングの映画ってヒーローもののバトルと違って「ファイヤーパーンチ!」的な必殺技炸裂〜みたいな盛り上げはできないわけで。
となれば その枠の中でどれだけファイトシーンを際立たせるかとなるんだけど。

大きく2つの場面。中盤で同ジムの選手との対戦の際、1ラウンド以上を超至近距離からのワンカット映像で見せてくれます。
これは今までのボクシング映画にない見せ方ですよね。

そういうトリッキーな表現を中盤に配しつつ、クライマックスの闘いでは一転。
様々なポイントを拾える表現に収めるという、そのバランスも良かったですね。

左目がふさがってしまい、ドクターのチェックでストップされそうになりながら、それを回避する“トリック”があったり。
そして何より、極限状態で解き放つ「俺は過ちなんかじゃない」というパッションで、一気に目頭熱くもなりました。

今どき“スポ根”というジャンルは流行らないかもしれませんが、ボクシングへの情熱を通して自己の存在を確かめる物語となっているのは、現在の映画だからこそでしょうね。

あくまで本筋はアドニスのものであって。ロッキーはサポートするポジションではありますが、世代交代というのはまさにあってしかるべき問題でもありますし。
そして心広く、なんなら仏か?と言いたくなるようなスタンスのロッキーの枯れ方も絶妙だったと思いました。

親の七光りでもないけれど、ロッキーという看板を外し、今後「クリード」として続編が進んでいくのかそれはわかりませんが。
少なくとも これはこれで見るものに訴えかける作品になっておりますので。
誰が見ても損はない一本だと思います。

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ボクシングを教えてくり〜ど
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2016年01月03日

マン・オン・ワイヤー

ジェームズ・マーシュ
フィリップ・プティ、ジャン=ルイ・ブロンデュー、アニー・アリックス
1974年8月7日。フランスの大道芸人が、ニューヨークのワールド・トレード・センターのツインタワーを、命綱なしで綱渡りに挑戦。関係者の証言や再現フィルムを交えて その真意に迫る。

2009年製作。第81回アカデミー賞ドキュメンタリー長編賞ほか、数多くの映画賞を獲得した作品。
同テーマを取り扱った劇映画「ザ・ウォーク」がまもなく公開というわけで、その予習(?)も兼ねてDVDにて鑑賞。

舞台となるのはワールドトレードセンター(WTC)。かの同時多発テロによって破壊されてしまい、今となっては残っていない建物なのですが。
その2つのタワー間にワイヤーをかけ、 地上411メートルの高さでの綱渡りという挑戦。

大道芸人であるフィリップ・プティは実際のWTCが建設されるより前、“こんなものが建設されます”という新聞記事を見て この挑戦を思い付いたんだとか。
その後に大道芸人としての腕を磨き、建設中から完成後まで多くの調査・下調べを敢行。
他の施設で同様の挑戦を行い、度々逮捕されながらその時を待っておりました。

そして協力者らと共に実行に移します。
実際の映像が多く残っているわけではないのは残念ではありますが、フィリップさん本人がテンション高く語ってくれるのでそれはそれで面白味はあるかと。

そのフィリップさん、準備段階で不安があったり、当日は睡眠も取れていない中で綱渡りに挑戦したそうなんだけど。
でもいざ綱の上に乗ってしまったら 笑顔も出て、地上411mで8往復ぐらいされたそうで。

綱の上では怖いもん無し。
そんな性分の方も世の中にはおられるんでしょうな。

さて このプランは偉業であり犯罪で。犯罪でもあって偉業でもあって。だからドキュメンタリー映画のテーマになったんでしょうがね。
ぶっちゃけ映画として面白いかと言われればそれほどでも無いのかな。

筋立ての展開をちょっといじってるので、説明がないとわかりにくいかも。
それから起承転結 全般に於いてあまりにすんなり行き過ぎて、こっちが心配したりハラハラしたりする要素に乏しいんですね。

実際には関わった面々のメンタルに多少のズレがあって、場合によっては仲間が崩壊して実行に至らないかもというポイントだったり。
機材を搬入するさ際に警備員とニアミスがあったにも関わらず、何事もなくスルーできてしまったり。

ドキュメンタリーではありますが、その辺りの緊張感をもう少し強調したほうが、より楽しめたんじゃないかな。
それがないので、映画としてはやや退屈な印象も。

ただし、この大きな“まつり”を終えたあと、このチームのそれぞれの去就というのが決してすんなりではありませんで。そのあたりが じつに一興であります。

最後に。監督をされたジェームズ・マーシュさんは「博士と彼女のセオリー」(2014年)の監督でもあるんだよね。こちらは長軸の物語であって。かなりスタンスの異なるものを手掛けられていたことに驚きました。

このドキュメンタリー版でひと通りの概要は見させていただいたので。
事前の情報では非常に評判のいい「ザ・ウォーク」がどんな仕上がりになっているか。期待しております。

あぁ忘れてた。ワシ高所恐怖症なので、落ち着いて見られないだろうな〜という自信はあるけどね。
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2016年01月02日

DENKI GROOVE THE MOVIE? 〜石野卓球とピエール瀧〜

大根 仁
石野卓球、ピエール瀧、砂原良徳、CMJK
2014年に結成25周年を迎えた電気グルーヴ。これまでのライブ映像や関係者へのインタビューを交え、唯一無二の存在感を放つ電気グルーヴの歴史を総括する。

わたくしの電気歴は初期の頃ですね。アルバムはインディーズ版の「662 BPM BY DG」から「VITAMIN」まで持ってます。
時にムチャクチャで悪趣味で楽しい感じの方向性から、「VITAMIN」で大きく一気にテクノ寄りでの一つの完成形を見せたところですな。

映画としてはそれ以降のストーリーもそうですが、自分が聴いていた時期の知られざるエピソードも興味深かったですね。

証言者として登場したCMJKが丸くなってたことに驚き。長く電気として活動してた まりんの証言に「こんなにしゃべるんだ」とやっぱり驚きつつ、まりんなりの電気愛も感じられ。なんか癒されました。
その まりんによる「Shangri-La」のウラ話。そういう流れを知ったうえで あの曲を聞くと こっちまで「この曲ヤバいわ」と言わずにはいられなかったし。
その後の海外進出のくだりも興味深かったです。

世界的に評価の高い DJ卓球さんの姿を見てると、本来はそういうプレイヤー志向なのかなと思うんですよ。でも それとは裏腹に、電気では積極的に歌ものとかもやっておられて。
んで 気持ちよさそうに歌ってる姿を見ると、それがなんか嬉しかったり。

そして悪魔のようなニッコニコのスマイルで客をアジテートする瀧さんのパフォーマンスも目が離せません。
そして今回見て気付いたのは、この二人の声も好きなんだなと。
まさにこの二人でこそ、電気グルーヴなんですな。

電気グルーヴを表現する際 テクノという言葉が使われるんだけど、スタート時はもうちょっとバンドっぽかったり、HIPHOPっぽかったり あるいはラップだったり。
ん〜なんだかどれも正解であり、どれもしっくりこないようにも思えて。

おそらく活動時期によってスタイルの変化があるからなんだろうけど。
でも それでありながらコレっぽっちも「ブレてる」と思わせないということは、音楽のジャンルとか くくりを越えた存在が電気グルーヴだからなんでしょうね。

たぶん おそらくそれに似たことやってるミュージシャンは多いのかもしれないけど、電気に 卓球さんに 瀧さんには及ばないんだろうね。
それぐらい完成されてますよ。電気のパフォーマンスは。

こうやって25年のストーリーを見ていて再認識したこと、思い知らされたことが多々ありました。
もひとつ言うなら、それを可能にしたのは大根監督の手腕によるところも大きいですわね。
とにかく、これはドキュメンタリーのジャンルでありながら、見る価値のある映画であります。

膨大な資料映像、そして新録インタビューのなかから、ファンにとっては堪らないヒストリーであり、そうでない方にとっても伝わりやすい構成へと仕上げられておりました。
また各アルバムジャケットや、かつてのメンバーショットの見せ方に大根監督らしい技法も垣間見えましたから。

かつてのファンとして、この作品とも前後して最近のライブ映像とかも見たんだけど。今現在はデビュー直後の暴れっぷりとはまた違う魅力がビシビシ伝わってきました。
卓球さんと瀧さんには いつまでもカッコイイ電気グルーヴあってほしいですし…

ステージを降りたら いくつになっても悪ノリしまくるオトナであってほしいですな。

余談ですが、公開日である2015年12月26日は卓球さんの48歳の誕生日でして。
♪Happy Birthday ステキなプレゼント おめでとう自分〜
ってかな…ww

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「富士山」って、三・三・七拍子だったんだな
posted by 味噌のカツオ at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする