2016年08月30日

君の名は。

新海 誠
(声)神木隆之介、上白石萌音、長澤まさみ、市原悦子
千年ぶりとなる彗星の来訪を一か月後に控えた日本。田舎町に住む女子高生の三葉は、東京で暮らす少年になった夢を見る。一方、東京在住の男子高校生・瀧は、見知らぬ山奥の町で自分が女子高校生になっている夢を見る。
やがて入れ替わってしまっていることを受け止めた三葉と瀧は、互いを意識しあっていくのだが…

今年の邦画の秀作ラッシュに また一本仲間入り。「君の名は。」です。
「シン・ゴジラ」なんかは公開までは「どやさ?どやさ?」感はあったけど、こっちは「新海誠がハズすわけねぇ」ってぐらいに期待は高まりつつ。
そして、公開後の評価もじつに高くって。期待して観てきました。

若い男女。ストレートなラブシーンは無くても、愛を感じさせてくれて。
それでいて すれ違う二人。なかなか真正面から向き合えない。
それが切なさであり、愛の深さに感じられたり。
監督、お得意の手法。

もひとつ言うなら、意外と“宇宙”ってのもキーワードになったりするよね。
そういう意味では今作、新海誠の王道路線とも言えるんだけど。

冒頭から独特のイントネーション。方言?
なんとなく わたくしの住む東海地方っぽさを感じました。
実際に 岐阜県飛騨地方がベースなようで。途中で名古屋駅で乗り換えシーンがあったり、特急ワイドビューひだ とか出てきて「おっ!」っと思ったけど。

本筋は男女の高校生が入れ替わってしまうという。大林宜彦の「転校生」とは全然テイストは違うけど。
日常の中のそんな状況が、前半では軽妙に進みつつ。

作中のカットでしきりに使われる 敷居の上の扉、あるいは電車の扉のカットが気になってはいたんだけど。
それが何故なのか、何を意味するのか。明かされていくことで、ちょっと辛くなっちゃいました。

もう、涙出てくるわ 胸が締め付けられるわで。

ファンタジックな設定の中に迫りくる悲しみ。
名前もわからない誰かに突き動かされ。そして名前もわからない誰かのために必死になる姿。

終盤はクラクラしっぱなしでした。

ひとつの町が無くなってしまうという。
それが地方の小さな集落であったとしても。
見ていてとてもつらかった。

こういうストーリーの発想のベースにあるのは おそらく、間違いなく、3・11なのでしょう。
「シン・ゴジラ」も同様な見られ方もしてますが。

こと今作に於いては、多くは美しく表現されるであろう彗星がそれであったり。
宗教的な立ち位置から、悲しみを越えて政治の方面に軸が移ったり。
そんなことも含めて、胸に刺さるものがあったり、考えさせられました。

ただし どうしてこのふたりだったのかについては現状ではわからないんだけど。
だけど、誰しも誰かと出会う相手なんて、そもそもわからない誰かなんだから。
そうしたもんか。

もちろん映像の美しさは間違いないし。
数々の音楽を担当したRADWINPSの曲ともマッチしてます。

すごくギュンギュン引き込まれる映画であるし、見応えはあるんだけど。
どこかでやっぱり、かすかな胸の痛みを覚えます。

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名前はすきだ
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2016年08月26日

あなた、その川を渡らないで

チン・モヨン
チョ・ビョンマン、カン・ゲヨル
韓国の小さな村の川のほとりで生活している98歳のおじいさんと89歳のおばあさん。
結婚76年目を迎え、今も仲良く毎日を過ごしている二人の暮らしを、15ヶ月間に渡って密着したドキュメンタリー。

ハードでアグレッシブで、ちょっとダークな側面に感情が込められた…そんな韓国映画も良いですが。
こんなハートフルなドキュメンタリーもあるんですな。そりゃそうか。

韓国では口コミで人気が広がって、国内で10人に1人が観たといわれるほどのヒットになったそうな。

登場するのは98歳のじいちゃんと89歳のばあちゃんの夫婦。
序盤からビックリしたんだけど。掃き集めた落ち葉を いきなり投げつけるじいちゃん。そして それにやり返すばあちゃん。さらには、いきなりはじまる雪合戦。
いい歳して、いたずら好きやなじいちゃんやなぁ〜と(笑)

それ以外にも、お出かけのシーン。食事のシーン。ばあちゃんトイレ&歌うじいちゃんってのもありましたか(笑)

いずれの映像からも二人の仲の良さが伝わってきます。
あたたかい雰囲気が。互いを思いやる優しさが。終始 ふたりを包んでいます。
そんな映像を見て、嫌に思うことはありませんわね。

と同時に、数点の子ども用パジャマを購入する場面は、胸にこみ上げてくるものがあります。
長い年月、いろんな時代背景があったとは思いますが、二人が乗り越えてきた出来事もあるんだなぁ。
飼っていたワンちゃんとの別れもね。

気がつけば、咳が止まらなくなってきたじいちゃん。
思うように体も動かせなくなり。なぜか雨降る窓際で寝込んでるのか謎だったけど。

いつ じいちゃんが旅だっても良いように、じいちゃんの服を燃やすばあちゃんの行動。
それには そういう意向があるんですな。

最後に元気だった頃のじいちゃんの映像がでるんだけど、あぁやっぱり かなり細くなってたんだ。

もう100になろうかという高齢で。人はいつしか旅立つこと。
それは当然だけど、当然だけど。

見てたみんながばあちゃんと同じ気持ちだったんじゃないかな。

基本、あの おうちでの映像で、これといった大きな事件が起きるわけで無し。
ムダにナレーションとか、過剰なBGMとかもなく、シンプルに二人を映し出した構成が、その美しさを際立たせてたように思います。

ところで、韓国の高齢者で、普段から あんなキレイな民族衣装みたいの着てる方は多いのかしらん?

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夫婦っていいね
posted by 味噌のカツオ at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月25日

月光

小澤雅人
佐藤乃莉、石橋宇輪、古山憲太郎、美保 純
ピアノ教師のカオリは、教え子のユウの父親・トシオから性的暴行を受けてしまう。この事件により、過去の忌まわしい記憶までも蘇ってくるカオリ。一方ユウもまたトシオから性的虐待を受けていた。
誰にも相談できず苦しんでいたカオリとユウ。やがてカオリはユウの願いを叶えようとある決断をする。

自分は男ですから、本当の意味で女性の気持ちはわからないでしょう。
もっというなら、性的被害に遭われた女性の苦しみを、本当の意味で理解するのは無理なのかもしれません。

でも、それらを取り扱った映画、ドラマ、書籍、証言…何かしら感じることはできるのかも。
そんな思いもあっての鑑賞でしたが。

とにかくテーマはそういうことだと思うのですが、映画のデキとして、見ていられなかったという印象。
端的に言うなら、ちょっと詰め込み過ぎなのでは?

リアルに、この作品の主人公のような反応をしてしまう被害者もおられるのかもしれません。でも、リアルに受け止められない展開も多くって。

こういった映画に於いての主人公はいくらか悲劇的で良いと思うんですが。
いきなり教え子の父親とのキスシーンは“なんだ?”と思ってしまいます。

それにはそれなりの過去があるようなのですが、その後も積極的に不倫行動をしてしまうのはどうなの?
その相手の母親は 二人の関係を知りつつ、彼女に息子のピアノの指導を依頼するって、その設定、気持ち悪過ぎ。歪み過ぎ。

メトロノームのカチカチ音でフラッシュバックを起こして、それきっかけで その子がケガするってのも。なんだか取って付けた事件だし。

その後、彼女が性的被害に遭い、じつは過去に幼い頃にも 被害に遭っていたことが分かります。
そんな女性が そこまで積極的におっさんを求めるものなのか?山中ですれ違ったおっさんをナイフで脅してキスするとか、まったくわからない。

確かに大変な思いをしたのだろうが、それで背中に あんな痣ができるもの?
その後のシャワーシーンも体を洗いたくなるのはあるでしょうが。背中を見せながら、表情も捉えてください〜なカメラワークは疑問。
それなら顔を突っ伏して、背中でシャワーを受けるとかのが伝わってこないかな。

そして彼女の母親も、娘が辛い過去を語っているのに「わたしも必死で働いていたのよ」って。信じられない反応だし。
そんな心の通っていない母親と車で走りだすラストシーンも、本当は上辺だけじゃないかと思ってしまったし。

その主人公とは別に、加害者は自身の娘にも性的暴行を行っておるのですが。
これ、血のつながってる親子なの?それはそれで また違うテーマになってしまうわけで。

もしそうでなかったとしても、2つの性犯罪を絡めることで、そのテーマ性も混沌としちゃって。
大事なことを伝え切れなくなっていやしませんか。

とにかく登場人物“全員”おかしな行動、言動があるので、なんとも軸が置きにくい。

そして映画としての見せ方も、妙に光と影を意識してるのか、ムダに逆光で暗い中のシーンがあったり。
とても大きな満月が出ているのに、メッチャメチャ暗い映像になってたり。
妙なところで 音量を大きくさせたり。

いずれも不安感や不安定感を狙ってのことなのかもだけど、その技の使い方が決して効果をUPしてるとは感じませんでした。

結局、これは誰に向けてのことなのか。
ピアノ教師なのか、性的被害を受けている少女なのか。
あるいは性犯罪者。被害者の家族。水を汲みに来た通りすがりのおっさん。

とにかく詰め込み過ぎで、わたくしには ちゃんとしたメッセージとして伝わってきませんでした。
もっと余計なものを 削ぎ落して、真っ直ぐに訴えるべきではないのかな。
大切なテーマであるだけに、とても残念に思います。

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ピアノソナタ第14番
posted by 味噌のカツオ at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月24日

奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ

マリー・カスティーユ・マンシオン・シャール
アリアンヌ・アスカリッド、アハメッド・ドゥラメ、ノエミ・メルラン
貧困層が暮らすパリ郊外のレオン・ブルム高校の新学期。歴史教師アンヌは、多様な人種の生徒たちが集められた落ちこぼれ学級を担当することになる。
アンヌは生徒たちに、全国歴史コンクールへの参加を生徒たちに提案。しかし「アウシュヴィッツ」という難しいテーマに彼らは反発する。

原題は「Les Héritiers (後継者たち)」。「奇跡の教室」という邦題の付け方はいかにも…とは思いますが。
でも、さすがに「後継者たち」では伝わらないか。

そもそもは、今作にも生徒役で出演しているアハメッド・ドゥラメが書いたシナリオに監督が興味を持ち、実際に製作が決まったという。
これはこれで“奇跡のシナリオ”とも言えるけどね(笑)

日本に限らず、不良クラスが何がしかに打ち込むことで、更生したり生きる意味を見つけていく物語はありますが。

モデルとなっているクラスは 貧困層が多く暮らす地区で、人種も違えば宗教やら考え方も違う生徒の集まりで。
「レジスタンスと強制収容についての全国コンクール」で優勝したんだとか。

今回の映画では「アウシュヴィッツ」という、やはり強制収容にまつわることがテーマとなります。
当初は生徒たちの意識も方法論もバラバラで。

しかし収容所から生き延びたレオン・ズィゲル氏から生の証言を聞くことで、彼らの中で何かが変わり、一丸となってコンクールに向かっていきます。

なんちゅうか日本的に考えたら、原爆で苦しんだ被爆者が、その後の世代に語り継いでいくことが大切なように。
それぞれの国で、悲しい記憶や繰り返してはいけない悲劇というのが存在するんだなと。そんなことも感じました。

さてさて、物語としてはそういったものですが。正直 映画としては、いくらか淡々とし過ぎだったかな。
どうしても わたくしのような日本人では、人種や思想がバラバラの若者がクラスに集うことが、皮膚感覚では分かり得なかったり。
会話の“あや”もそうだし、途中で外れてしまう生徒、逆に途中から合流する美人さんの描写も弱いかなと。

軸となるのが生徒たちなのか、アンヌ先生なのか、証言者のズィゲル氏なのか。
ナチスの行ってきたことも、もっと詳しく語られてる映画もあるから。
その辺りもね。

ちなみにレオン・ズィゲル氏は2015年1月に亡くなられているとのことで。
この映画で語るシーンは、今となっては、また違った重みを持つことになりました。

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「退屈な授業はしないつもり」
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2016年08月23日

言の葉の庭

新海 誠
(声)入野自由、花澤香菜、平野 文、前田 剛
靴職人を目指す15歳の高校生タカオは、雨の日の1限は授業をサボり、庭園で靴のデザインを考えていた。
ある日、タカオはそこでユキノという女性と出会う。雨の日の午前だけの交流を繰り返しながら、タカオとユキノは少しずつ打ち解けていく。

本編は46分。当初は配信&販売用として製作されたのだが、2013年に劇場公開。
新海監督の「君の名は」公開を控えて、まだ見ていなかったのでDVDにて鑑賞。

舞台(のモデル)となっているのは新宿御苑の屋根のあるベンチ。
ふいに出会った二人。ミステリアスなところから、次第に相手のことを理解していくうち、心の距離も近づいていくというのはあること。

タカオが目指す靴職人という夢と、心が追い詰められ 歩き出すことができなくなってしまったユキノ。
彼女が前へ向かって一歩を踏み出すためには…
人が歩くためには、靴が必要。

そんな風にストーリーに意義を持たせるのは素晴らしいですね。

やがて彼女がどんな存在なのか。それが明かされ、タカオの心が揺れていきます。
そしてクライマックスの階段での場面。

語る側も受け止める側も痛みを伴う言葉。それを越えて心を通い合わせる二人。
二人とも泣いてるけど、わたくしも、涙、涙。
やられましたわ。。。

厳しいことを言うなら。
15歳の高校生の言葉にほだされ、泣きすがる27歳の女性教師。
アニメだから美しく見ることができたけど、実写のドラマだったら ちょっとやり過ぎ感漂う設定だったかもね(苦笑)

でも、着地点が安易な恋愛感情ではなく、人として歩むことのなので。
やっぱり夢を叶えたタカオとユキノのストーリーも気になるよね。
もちろん それ以降まで描いちゃ野暮だけど。

そして これは書くまでもないけれど。
映像の美しさは群を抜いています。

本編の8割が雨の設定ということらしいですが。
アニメーションで ここまで美しく雨を描くのは、想像を絶する研究と労力が必要だったこと。想像に難くありません。
逆説的に言えば、アニメーションだからこその リアルを越えたリアリティ描写に成功してるのかな。

エンディングの「Rain」は、大江千里の作品を秦基博にわざわざカバーしていただいたという。これも世界観にハマっておりまして。
いや、もしかしたら この曲あってのこの物語だったのかも?

決して長くはない尺の中に 見応え、聞き応えの詰まった作品。
見て良かったです。
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2016年08月22日

桃太郎 海の神兵

瀬尾光世

戦時下の1945年(昭和20年)に海軍の依頼で製作・公開された作品。上映時間は74分。
行方が分からなくなっていたオリジナルネガが1982年に松竹撮影所の倉庫より発見され、1984年に再上映。
そして今回、4Kスキャンし2Kでのデジタル修復が行われての公開となりました。

第二次世界大戦末期、海軍の依頼で製作。瀬尾監督が実際に海軍落下傘部隊に体験入隊をして、それらもベースになっているとのこと。

国策映画ということではありますが、決してシビアな現実を伝えるようなものではなく。アニメで、桃太郎が隊長役で、動物たちが“登場人物”となって描かれております。
終盤には戦闘シーンもあるにはありますが、あからさまなプロパガンダという雰囲気はなく。「海軍、頑張ってますよ」というメッセージではあるかな。

動物たちがミュージカルチックに歌う場面もあって、一見ファミリー向けムービー。また起承転結のある物語ではなく。
修復されたとはいえ、いくらか音声が聞き取りにくい部分もあったし。そもそも 子どもたちが声をあてている(先録りかもだけど)ので、セリフの拙い感じも残っててね。
失礼ながら 少々眠たくはなりましたがね(苦笑)

そんな背景もそうですが。
今から70年前に、これほどまでのクオリティのアニメ映画が作られていたことに驚きますわ。
当時高校生だった手塚治虫がこの作品を見て、漫画家・アニメ作家への夢を決心したというのもうなずけます。

映画史、アニメ史、なんなら日本の歴史の中にあっても貴重な資料となる作品。
見られて良かったですわ。

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ポパイもカメオ出演!?
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2016年08月17日

きみがくれた物語

ロス・カッツ
ベンジャミン・ウォーカー、テリーサ・パーマー、マギー・グレイス
水辺の家に引っ越してきたギャビー。隣人であるトラヴィスの振る舞いを良く思ってはいなかったのだが。本当の彼のやさしさに触れ、二人は互いに惹かれあい、やがて結ばれる。
二人の子供にも恵まれ、幸せな暮らしを送っていたトラヴィスとギャビーだったが、突然の事故に遭いギャビーはこん睡状態に陥ってしまう。

『「きみに読む物語」などの原作者として知られるニコラス・スパークスの小説を実写化したラブストーリー』とのこと。
それにあやかっての この邦題なのでしょうが。原題は「The Choice」というシンプルなもの。直訳なら“選択”ですわね。

冒頭、そして終盤に語られるのが、人は人生の様々な局面に於いて“選択”を迫られるという。まさそれがテーマですか。

一見ナンパなイケメン男・トラヴィス。そしてそこの隣家に引っ越してきた少々強気な女・ギャビー。
観客としても 始めは「こんな軽い男、イヤやな」と思うし。彼女の方には別に彼がいてるし。

映画だから最終的にはそうなるんでしょ〜ってのは意識しつつも、なかなか正式に結ばれない二人に 普通にヤキモキ。

作中でも語られている通り、彼は始めて彼女を見たときから意識をしていて。周りの友人からも「未来の嫁さんだ」とはやし立てられるほど、ある意味お似合いの二人。
そして物語がだいぶ進んで、やっとこさ結婚。

しかしここからが早かった。
あっという間に嫁さん妊娠。次の場面ではちっちゃな女の子が。そして気付けば女の子は成長し、もうひとり赤ちゃんが。
子どもをベビーシッターに任せ、夫婦二人でのデートを…といったところで大きな展開が。

ギャビーが事故に遭い、寝たきりになってしまいます。
まったく意識を取り戻さない彼女。事故から90日経過してから意識を取り戻す可能性は1%であると。事故以前の彼女の意志もあり、これ以上は延命処置を行うべきではないと医師から選択を求められます。

さてさて、様々な“あらすじ”を読むと この辺りまでの表記がなされています。って書いて無いのラストシーンだけじゃんってね(苦笑)
いや、それとは別にトラヴィスは目覚めないギャビーの耳元で 物語を読み聞かせ続けるとの文言も。

えっ、そんな献身的に語り掛けるシーンなんかあったっけ?
子どもたちに絵本を読み聞かせるってのはあったけど。

本来の原作では その行動がより美しく描写されてるのかな。
でも 今回の映画では全く無しという大胆な構成になってます。
でもでも 今回の映画に限っていうなら、確かにそのくだりはなくても成立しております。

そしてここからはネタバレありで、まさかまさかのラストシーン。

悲し気な展開から、一気にお墓の前で佇むトラヴィス。
しかし、なんとそのお墓は彼の母親のもの。
「なんや、まだ死んでないのか」と。

そして彼女が残したモビールが不自然に揺れ出して。虫の知らせとばかりに病院へと走り出すトラヴィス。こっちも泣く準備万端です。
そんな彼が駆け込んだ病室には、笑顔のギャビーが。
「おぉっ、意識戻ったんやぁ」。

ちょっと前の韓国映画みたく、無理くりなお涙頂戴はアレだけど。そもそも不幸話を求めてるわけでもないけれど。
通常この流れであればなぁと、逆のパターンを想像してたもんで。
ハッピーエンドなんだけど、ちょっとビックリという(苦笑)

たいへん失礼なことを考えて見ちゃってました。
申し訳ない。

(まさに)いい意味での予想外のラストも含めて、しっかりとステキなラブストーリーを味わえましたですね。
それは間違いない。

んで チョビットいちゃもんつけるなら。
作中、2頭のワンちゃんの存在があたたかみの象徴的に登場する一方。

ネコちゃんは余計なトコで体調悪くなりやがって〜という。そんな登場の仕方なんよね。
ネコ好きなわたくし的には、そこだけが歯がゆいのよね〜(笑)

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監督の名前、無駄が無くていいね
posted by 味噌のカツオ at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月16日

ケンとカズ

小路紘史
カトウシンスケ、毎熊克哉、飯島珠奈、藤原季節
自動車修理工場で働きながら、裏では覚せい剤の売買をしているケンとカズ。ケンには妊娠中の恋人が。そしてカズには認知症の母がおり、そのためにも金を稼ぐ必要があった。
しかしカズが危険な行動を取り始め、元締めのヤクザに目をつけられ、追い詰められていくことに。

長編デビューとなる監督。無名の役者たち。明らかな低予算。
いわゆる どインディー映画ではありますが、ジワジワと高評価が拡散されていっている作品。

見終わって振り返ってみても、地方都市、自動車修理工場という舞台は地味だし、(覚せい剤売買が日常とは言わないが)そんなに気をてらったようなストーリー展開でもありません。
それでもこれは そんじょそこらの作品とは違う何かを感じました。

あえて言うなら圧倒的な緊張感ですか。
上映時間のほぼほぼ全編に、重苦しく鈍い空気が漂ってます。

その空気に飲み込まれて、グイグイと物語に引っ張られていく感じ。
決して多くは無い登場人物。小さな世界観。「お前、それはヤバいだろ」という行動。
そしてひとつひとつ、ズレていくバランス。

それが低予算だからこそなのかはアレですが、小さな世界であるがゆえに コアな描写を突き詰めて、それが(良い意味で)悪い方向へ誘っていくような。

ケンとカズ、それぞれに背負ったものがあるんだけども。
カズと母親との関係。いや、幼いころのそれについては、他の映画でも描かれることはあるものだけど、この映画に関しては なんだか、より痛々しく伝わりました。
それがあってのカズなのかと。

それからラストの展開。
「プリン食べなよ」とか言ってる その引っ張り方ですらヒリヒリ。
そしてただ一人生き残る男。

これはこれでイヤな結末でもあるんだけど。
別に必ずしもハッピーエンドを期待しているわけでもないからね。特にこんな世界の物語だしね。

何だかわからないけれど、秀作が次から次へと生まれてきている今年の日本映画。
ここにまた そんな一本が生まれましたと。

さてさて、映画は監督のものというならば、この監督が次の作品を撮れるように。この映画の興行的成功を願いたいです。

余談ですが、この作品への小堺一幾さんのコメントがしっくりきたので載せときます。
『アリ地獄から見上げる青空は、美しい。』

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DVBBA
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2016年08月14日

ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン

アレックス・ギブニー
ジェームス・ブラウン、ミック・ジャガー、アル・シャープトン
貧しい少年時代を過ごしたジェームス・ブラウンは、音楽活動を通して道を切り開き、やがて“ショービジネス界で最も働き者”と呼ばれるほど、音楽シーンに君臨していく。
未公開映像と全盛期のライブ映像などでJBの音楽性と人生に迫るドキュメンタリー。

2006年に他界した“JB”ジェームス・ブラウンのドキュメンタリー。
先日は27歳で亡くなったエイミー・ワインハウスのドキュメンタリーも見ましたが。

JBは1933年〜2006年、73年の生涯。
単純に年数も長いですし、その分 様々な記録も多いうえに、それらを管理する「ジェームス・ブラウン・エステート」全面協力を得て制作されたとのこと。
彼と関わってきた人たちのインタビュー。そして現存する映像や資料も登場すると。そういった部分にも期待して見てきました。

さて、JBの物語といえば 昨年「ジェームス・ブラウン〜最高の魂(ソウル)を持つ男〜」が公開されております。
これはこれでジェームス・ブラウンの良い部分も悪い部分も含め、その生き様を観客に提示した作品だったと思います。

そちらに比べると今作は、こういっちゃなんだけど、やや薄口な仕上がりだったかな。

あちらは言うなれば“再現ドラマ”でもあるのでそれなりの起承転結はあってしかるべきでしょう。
んで こちらは、黒人の差別問題・人権問題に踏み込んだところが大きいような。もちろん 彼の人となりにも触れてはおるけど。

なんちゅうか“バンドにドラムスを5セット並べた”というエピソードよりも、「お前の楽器はドラムスだな。お前の楽器は、そうドラムスだ」とみんなに言って回るシ-ンの方が単純にオモロイって感じなんだけど。

反面「〜最高の魂(ソウル)を持つ男〜」のほうで忠実に再現されていたライブシーンも、こちらはホンモノだよ〜というアドバンテージはあるけどね。
あの時のJBのステップ、歌声、汗、髪型…いずれも 今見てもシビれます。完成されすぎてて 超カッコいいです。

それらの映像を目の当たりにすると、それ以降のアーティストの多くがJBの影響を受けているんだなというのも実によくわかります。
誰が何と言おうと、ジェームス・ブラウンは素晴らしいアーティストであり、エンターテイナーだなと。

あとは映画として。構成上のいろいろはあるんだろうけども、彼の生きてきたヒストリーと呼ぶには、いくらか中途半端には思いますね。
結局ここで紹介されているのは その生い立ちから、言わば全盛期みたいなところまでだもんね。

「〜最高の魂(ソウル)を持つ男〜」の冒頭は まさに彼の犯した“過ち”から始まることを思えば、ちょっとこちらはキレイ過ぎないかなと。
もうちょっと 晩年に触れても良かったんじゃないかと。
そこは映画として物足りなく感じました。

でも前述の通り、彼のパフォーマンス映像が見られるのは意義あることなのも確かで。
時代背景が違うとはいえ、こんな存在は もう生まれないんだろうな。

JBは最高で最強だとの思いを強くしました。

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元ネタはゴージャス・ジョージだったんだね
posted by 味噌のカツオ at 14:17| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月11日

ゴーストバスターズ

ポール・フェイグ
クリステン・ウィグ、メリッサ・マッカーシー、ケイト・マッキノン
かつて旧友アビーと幽霊研究本を共同発表していた物理学者エリンは、幽霊の調査依頼を受ける。そこでアビーを訪ねると、彼女は相棒ホルツマンと共に幽霊の研究を続けていた。
そして3人は依頼のあった幽霊騒動の起きた屋敷へ出向くと、本物の幽霊に遭遇。その存在を確信した三人は、“幽霊退治”を行う会社「ゴーストバスターズ」を立ち上げる。

1984年、ニューヨークに現れた幽霊を退治しようと奮闘する男たちを描いた「ゴーストバスターズ」。そして続編となる「ゴーストバスターズ2」は1989年の作品。
そして今回は約30年ぶりのリブート版となります。

物語としては関連性は無いので、これはこれでも楽しめますが。
より楽しもうと思ったら、前作も見た方が良いのだろうね。

細かい設定やカメオ出演。あと最近のリバイバルものは 昔からの映画ファン向けという面もあるので、「ゴーストバスターズ」に関わらず、いろんな名作を元ネタにしたセリフもチラホラ。

この企画が発表されて、主人公が全員女性ということが明らかになり、予告編などが出始めたところで“これじゃない感”なのか否定的な声も多かったと聞きますが。

ちなみにわたくしは主題歌の「ゴーストバスターズ」は大好きですが、前作にそんなにこだわりはないスタンス。
逆にアメリカの娯楽作品は一定のクオリティで仕上げてくるでしょ〜という、面白くて当たり前ぐらいの期待はしつつで。

基本線はゴーストが現れて、それを捕まえるという物語。当たり前だけど。
なぜ主人公が女性なのかって部分に明確な理由は感じなかったけど。

でも中心となるエリンとアビーの(見た目)普通のおばちゃんっぽさ。メカ担当のホルツマンのちょっとやんちゃな感じがまたよろしい。そしてひょんなことから仲間入りするパティ。
このチーム4人のやりとりが軽妙な雰囲気は出てたし、おバカなケヴィンのキャラが生きてたからこれはこれで良かったです。
日本のスーパー戦隊ものみたいに男女混成だと、それはそれで微妙だしね。

もしかしたら映像の作り込みという意味では「ピクセル」に負けるかもだけど。
馴染みのあるコンセプト、昔懐かしいロゴマーク。そして思わずノッてしまうテーマ曲。シンプルに楽しめましたよ。

なんならゴーストを捕まえるのはポケモンGOを彷彿とさせ。日本で復活したゴジラのように街を破壊する映像にときめき。“核”をそんな風に扱うのね〜ということに驚き。でした。

ニューヨーク市としては彼女らの活動を表だって認めることはできないけれど、裏ではちゃんと評価、援助を行うという構造。でもじつは彼女らの存在は、民間レベルで評価されている…みたいな。
日本人のウチらにはわからないけれど、もしかしたら こんな設定も何かのメタファーだったりするのかなと。

気になるようなマイナスポイントはなかったし。ちょこちょこっと笑えるシーンもありましたし。
あえて言うならサプライズ感は乏しいかもだけど、娯楽映画として十分に及第点。

さて、エンドロール後のラストシーンを見ていると続編もあるのかな?と思ったりするわけですが。
どうせだったらアメリカを飛び出してだよ。日本で貞子と伽椰子を捕まえてほしいなと…いらん期待もしちゃいますが(^-^;)

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I ♥ GB
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2016年08月06日

AMY エイミー

アシフ・カパディア
エイミー・ワインハウス
2003年にリリースされたデビューアルバム『Flank』が大きな評価を得た後、続くセカンドアルバム『Back to Black』が全世界1200万枚のセールスを記録。
カリスマ性と抜群の歌唱力でファンを魅了しながら、2011年に27歳の若さで亡くなった歌手エイミー・ワインハウスの波乱の人生を追ったドキュメンタリー。

第88回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞作品。
正直、わたくし的にはイマイチ響いてこない系だったんだけど。
受賞作でもあるし、評判もよいので行ってきましたが。案の定、わたくしとは合わなかったですな。

ぶっちゃけエイミー・ワインハウスは知らなくって。もちろん曲を聞けば「あぁこれか」とは思うのだけど。

これまでにもミュージシャンのドキュメンタリーやヒストリームービーはいろいろありました。
そこで こっちにヒットする要素としては、その物語であったり、楽曲の良さであったり。

もちろん エイミーのシンガーとしての才能、歌唱力が素晴らしいのはわかりました。
でもでも、厳しいことを言うならば。それをつぶしたのは、ある意味で自業自得による部分が大きいんじゃないかと。

彼女がそうなってしまったのは、ダメな男に傾倒していったこと。そしてドラッグにおぼれていったこと。それに尽きると思うんですよ。
なんか、それを見せられて、わたくしは何を思えばいいのやら…と。

かわいそうなエイミー?バカなエイミー?

日本だと そのまんまのりピーさんが元ダンと一緒に気持ちよい事しちゃって。
その後、今もって、名前を出すのもはばかられるトコもあって。

汚名返上ができない世界もどうかと思うけど、やっぱりそっちに走ってしまうのは、その人がアカンと思ってしまうんよね。

もう一点。彼女が素晴らしい作品を残していないとは言わないけれど、活動期間の短さから、それなりの“カリスマ”にまではなっていなかったんじゃないですか。パパラッチがまとわりつく“セレブ”ではあったろうけど。
そういう点でも、思い入れをもって映画にのめり込むことができなかったんだよね。

ライブのボイコットシーンなんてのもあったし。
とにかくトータルそういうことがありつつ、どこか美談っぽくなっちゃってるのが、違和感やったね。

しかしまぁ海外では薬物中毒、大量摂取、などで命を落とすミュージシャンも多いですよね。
前述ののりピーさんでもないけれど、昨今の日本では一度の過ちでも即アウト。その後の活動に大きな悪影響を残しますが。アチラではそこまでは無いのかな。
お国柄っちゃあ そうなんでしょうが。

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♪AMYCDEFG〜
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2016年08月02日

シン・ゴジラ

庵野秀明、樋口真嗣
長谷川博己、石原さとみ、竹野内豊、高良健吾
東京湾アクアトンネルが崩落する事故が発生。政府は緊急の会議を招集。その席で内閣官房副長官・矢口は巨大生物による事故の可能性を提言するが、一笑に付される。
しかし 海上に巨大不明生物が出現。やがて首都に上陸し、甚大な被害を及ぼし、日本政府はその対応迫られる。

2014年に世界的にヒットしたアメリカ版の「GODZILLA ゴジラ」。
その公開後に発表になったのが、2016年に12年ぶりに日本製のゴジラが復活というニュースでした。

正直「GODZILLA ゴジラ」に煮え切らないものを感じていたこともあり、これはこれで素直に歓迎。
数百億とも言われるアメリカ版の制作費に対し、予算で敵わないのであれば 頭をフル回転させて、日本でしか作れないゴジラ映画を見たいと。そんな期待を込めておりました。

それから1年半。ついにベールを脱いだ「シン・ゴジラ」。
まずは、素晴らしかった。とにかく見応えありましたよ。
怪獣映画として素晴らしいのではなく、映画として素晴らしい出来になっていると思いました。

東京湾の海底トンネルで事故が発生。政府が集まっての会議が行われ、正直 どこかゆるい雰囲気を感じさせるその場が、事態が動くとともに、(当然ながら)後追いで政府も対応を協議。
しかし、責任の所在や決断力の曖昧さで、みるみる事態が悪化。

その場で適切な対応を行えなかったがために、その後に更なる被害が…という感じ。
ストーリーとしてそれは理解できますが、要は そこまで政府内や様々な場で行われる会議というヤツを、イチイチ見せることでの緊張感。
また事態の変化を見守るうち、ネット上には巨大生物と思しき動画がアップされていくなんて現代のリアリティ。

そしてそれらの状況を、テンポよく紡いでいくことで、進行度の早さと焦燥感が表現され、観客としてはグイグイと物語に乗せられていきます。

この映画の基本スタンスは、今ゴジラが現れたら日本はどう対応するのかという、壮大なシミュレーション。
今回の有事に際し、専門家、奇人変人、はみ出しもの、鼻つまみ者が収集されてチームが作られまして。これはこれで面白味ありますわ。
そのチームによる分析で明かされるゴジラの生態。そして対処方法が検討されていきます。

それとは別にアメリカが動き、アジアが影響を受け、フランスも反応し…
まさに この辺りも「なるほど〜」とうなずいたり、「そりゃそうなるわな」とニヤニヤしながら見入ってしまいました。

事の顛末としては、未曾有の自然災害に見舞われた街であり、東京に原発があって それが異常をきたしたらであり、もしも核兵器を使用するとなればであり。
それらを乗り越え、関係各所と連携を図り、日本という国家がいかにして存続を目指すのかの軌跡でもあります。

そのモチーフは かの震災と原発の事故。広島と長崎の記憶。日米安保や憲法の扱いなど。
それらをゴジラというフィルターを通して問題提起しているとも言えます。

結局それらをテーマに置くことって日本でしか描けないことだと思うんですよ。
だからこそ僕たちは考えさせられ、共感を得られるわけで。

もしかしたら「インディペンデンスディ」がUSAバンザイと叫んでも、日本人は本気でノレないのと同様に。この作品を他国の人が見ても、本質の部分についてはピンとこない可能性はありますね。

かの「GODZILLA ゴジラ」も、前半は“それらしい”問題提起をしつつ、後半は怪獣同士のドッカンドッカンで評価を得たいわけじゃないですか。
それに比べると 今作のゴジラ殲滅パートは地味といえば地味。鉄道ファンは「あっ!」と思うかもだけど(笑)

そして全編CGで製作されたゴジラのベースとなるモーションキャプチャーを、狂言師の野村萬斎が担当。
この発想から表現も、どんだけ制作費があってもたどり着けないであろう、日本独自の〜という部分の象徴ではないでしょうか。

これまで怪獣は“着ぐるみ”じゃないと認めない…という、頭のカタいスタンスだったわたくしも、今回のゴジラはCGであっても大満足。
その佇まい、迫力、リアリティ、非の打ち所がない仕上がりです。

さて、一部では今作の石原さとみのキャラに賛否が出ておりますが。
イーオン仕込みの英語の発音でチョイチョイ「ガッジーラ!」がインサートされるのは、少々難解なワードや堅苦しそうな会議場面の数珠つなぎで力み過ぎそうな世界観のなかで、程よい箸休め効果があって。
浮いていないとは言えませんが、悪くはないと思ってますよ。

それとは別に気になった点は、矢口がなぜに荒唐無稽な“巨大生物説”にこだわったのか。
普通に考えたら、あの場であのような発言はそぐわないようにも思うけれど。

それから なぜゴジラが東京に?という点。
生物的に考えれば、やはり核保有施設のある場所に反応するなど、何がしかの理由が欲しいところだけど。
強いて言うならば、ゴジラの存在自体が日本に向けられた“念”のようなものだとするならば、首都を狙うのはありえる話だけど。

とまぁアレコレ書きつつも、映画としてのクオリティは非常に高い。
んで一時期のゴジラ映画は、怪獣好きな少年需要を見込んだ作品であったわけですが、今作は小中学生が見ても イマイチわからないものになっていると思われます。

ある意味“その当時の”少年ファンがオトナになり、作る側になって実現させた創作だといえるかも。

でも1954年の第一作の当時は、そもそも映画というものが大人の娯楽であって。
そんな大人たちが「ゴジラ」を「おそろしいもんだ」と見ていたはずなんですよ。

それらを合わせて考えるならば、この2016年の「シン・ゴジラ」は「あの日に子供だった オトナたちの映画」であるのかもね。

とにかく、今の日本が誇ることのできる作品となっています。
素晴らしい!!

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自衛隊にできるのは攻撃だけではない…ね。
posted by 味噌のカツオ at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

セトウツミ

大森立嗣
池松壮亮、菅田将暉、中条あやみ
高校2年生の内海想と瀬戸小吉。放課後に河原で話をしながら、内海が塾に行くまでの暇つぶしている。
そんなふたりの“しゃべり”による青春ストーリー。

上映時間は75分。
基本的には川べりで2人の高校生がただただ だべってるというもの。

とても面白い。
なにがどう面白いかというと・・・まったくと言っていいほど覚えていない。

でも そんな、その場だけで交わされて消えていく会話の面白さ、バカバカしさ。
誰もがそんな他愛もない時間ってヤツの大切さを知ってるはずなので。

無理なく笑えます。

ネタの運びや笑いの取り方は漫才っぽいのだけど、あくまで感覚としては漫才では無くて、日常会話のそれで。
まぁ関西人は日常会話自体が漫才みたいとも言われるけどね。

でも主演の2人に関して言うならば、そのシナリオを日常だべりの体(てい)で演じるのって、結構難しいと思うんだよね。
それをナチュラルに、見るものを楽しくさせながら表現してみせたのは、やっぱ素晴らしいですわ。
あと いい感じで季節感を織り交ぜてるのも印象的やね。

厳しいことを言うならば、わざわざ映画というフィールドでなくても。
テレビでも成立するんじゃないの〜とは思うけど。

無理やり擁護するならば、スクリーンで このゆるい笑いを体感することの贅沢さと。そんなところかな。
映画館で上映されるもの、それすなわち、映画という事でね。

面白かったです!

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“セトナイカイ”じゃないのね
posted by 味噌のカツオ at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする