2016年09月26日

ハドソン川の奇跡

クリント・イーストウッド
トム・ハンクス、アーロン・エッカート、ローラ・リニー、オータム・リーサー
2009年1月15日、真冬のニューヨーク。その上空で旅客機が事故により全エンジンが完全停止。しかしサレンバーガー機長の瞬時の判断で、ハドソン川への着水を敢行。乗員乗客155名全員無事という奇跡の生還を果たす。
一躍 国民的英雄として称賛を浴びる機長だったが、彼の判断を巡り、国家運輸安全委員会の追及が行われることに。

“名匠”イーストウッドの新作は、2009年に起こった USエアウェイズ1549便不時着水事故、通称“ハドソン川の奇跡”の映画化。
主人公は旅客機の機長なのですが、トム・ハンクスはそのイメージ打って付けですな。わたくしの印象ではね。

バードストライクにより全エンジンが停止。マンハッタン上空850メートルという低さで空港に戻るのはリスクが高い。そこで最善の策としてハドソン川への着水を決意。
その着陸の技術も素晴らしく、乗員乗客155名全員無事に着水に成功したという。

もちろんそれだけでも十分なドラマですが、今作はその後に そんな危険なことをせずとも、近隣の空港に戻ることも可能だったのではと。
奇跡のヒーローから一転、乗客を危険に導いた機長として、国家運輸安全委員会から審問を受けることになっていくと。

そこまで書いても、映画としては 決してそんなに壮大なストーリーではないかな。
それに状況が大きく変わっていく際のポイントも驚くような“ひらめき”ではないし。
ただし その顛末の見せ方、構成が素晴らしく、なおかつ96分というコンパクトな尺に収められていることもあり、見終わると実にスッキリ。
それも含めてイーストウッド監督の手腕と言うべきか。

さて 当然ではあるけど、映画の山場となるのは着水から救助までの“再現フィルム”パート。
もちろん史実としてわかっている以上「助かるのかしら?」というドキドキはないのだけれど。
それでもね、見ていて思わず目頭が熱くなる感覚を覚えたんですよ。

乗員乗客ら、そして救助にあたった人たちの「全員無事に助け出す」という姿勢。その描写がたまらなかった。

ニューヨークという街…そして飛行機…とても辛い出来事を乗り越えてきているんですね。
それらを体感してきた人々の思いと言っても良いのかわかりませんが、少なくともわたくしには“9・11より成熟したNYの心”を感じてしまったんですね。あの救助シーンにね。

今作のエンドロール・キャストの中に“himself”もしくは“herself”という表記がいくつかありました。
すなわち、実際に当時の事故に関わった本人が、今回の映画にも 本人役で出演されておると。
それもまた、この映画のリアリティにつながっているのかな。

さすがはイーストウッド作品。
大作感はなくとも、しっかりと「素晴らしい洋画を見られた」という思いを残してくれますね。

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“Hudson”ってゲームメーカーあったよね
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2016年09月25日

映画 聲の形

山田尚子
(声)入野自由、早見沙織、悠木 碧、小野賢章
小学生・石田将也は聴覚障害がある転校生の西宮硝子へ無邪気な好奇心を持つ。しかし とある出来事をきっかけに周囲から孤立。そして硝子は転校していってしまう。
それから五年が経ち、二人はそれぞれ別の場所で高校生になっていた。あの時 伝えられなかった想いを抱えていた将也は、硝子の元を訪れる。

原作者が岐阜県大垣市の出身ということで、作品中でも大垣市の街並みが垣間見えております。
そんなわけで わたくし、本場(?)大垣のシネコンまで行って見てまいりました。

途中で主人公たちが映画を見に行く場面があって。「それって、ココのことやろ」と、妙な感覚になったり。
周りの地元のお客さんなんかは、それ以外の場でも ザワッとした雰囲気があってね(笑)

それ以外でも養老天命反転地やナガシマスパーランドなどは そりゃそうだよねと思ったし。
大垣の子がナガシマでバイトするかね?という疑問はさておき。。。

そんな舞台となった地で見られて良かった…という思いは省いても。
この作品を見られて良かったなと。

感情としては ヒリヒリした部分も多かったけども、良い部分も痛い部分も含めて、感情を揺さぶられたのは良かった証拠です。

あまり事前情報を入れないままの鑑賞で。序盤の小学生時代のパートは、リアルでキツかった。
そもそも成熟していない小学校のクラスルームというコミュニティに、“耳の聞こえない子”が入ってきたらそうなるわなと。キレイごとでは進まない感じね。

そして将也がいじめの加害者として、ただ一人 吊し上げられる展開。
担任の「石田、お前だろう!」という行動は頼もしく思えたけど、よくよく考えれば、じゃあ今までちゃんと指導してきたのか?と感じたり。

周囲のクラスメートからも「石田が悪い」という感じでまとまっていくんだけど、確かに露骨にヒドイことを言ったり手をあげていない中で。将也のポジションがそうなっていくのは…そうしたもんだろうなと。
気付かないうちに いじめの構図って出来上がっていくんだよね。

創作の中で こういう描かれ方って 今まで見たことなかったけど、それこそがリアリティがあって。
見ていてツラかったり、映画としても少々イヤな気分にもなりました。

一方の硝子は それでも「友達になりたい」と言い続けるのは何故だろうかと。
他の子とは違うから、ハンディがあるから、ニコニコし続けて やっと一緒を保てないということだったのかな。

将也の行動により母が硝子の母に侘びを入れに行きます。
そこで何が語られたかはわかりません。なぜ母の耳から血が出ていたのかも よくわかりません。銀行からお金を出していたのはわかりました。
それらの“ぼんやりとした”記憶って、確かに将也とってはなかなかの傷として残るだろうね。

そのまま 他者との関わりができないまま(しないまま)の5年間を経て、将也と硝子は再会をします。
そして新たな仲間とのつながりもあり、今どきのケータイなどの発達もあって すんなりとかつての仲間たちも物語に入ってきます。

ここからが本筋というべきか。過去、幼いがゆえに、また 離れ離れになって語られなかったことが結びついていって。
それでも 全ての歯車がキチンと噛み合わず、微妙なギクシャク感を保ったままなのが、見る側の心に引っかかっていくのかな。

シチュエーションとして聴覚障害の存在に いじめ問題が介在しているけど、ストーリーの軸はあくまで人と人のコミュニケーションのことであって。
それぞれのキャラの思いや 物事に対する向き合い方がバラバラで。だから より考えさせられたり、受け入れられたり。そういったところなのかな。

そんな中でわたくし的には、周囲の人たちと目を合わせられない(×印でそれを表現するのがまたスゴイ)将也の感覚よくわかるし。
徹底的に硝子と相成れない植野直花。時に暴言を浴びせ 時に手も出してという。コイツはキツイなと思ってたら、最後の最後にちょっと手話の仕種するのをみて「ウワアァ〜」ってなったり。

最後に ちょっとだけアラをツッコむとするならば、終盤の花火の場面。
あんなガラ空きな花火大会あるか〜と。もっと人で混雑してるやろうと(苦笑)
そして結絃が将也にカメラを取りに行ってもらうんだけど。
常にカメラを首からぶら下げてる子が、花火大会に手ぶらで行くこたぁないやろうと。
いちばん写真撮りたくなるんちゃうかと。だから物語がつながるわけなんだけども、やっぱ そこだけは不自然な設定だと思っちゃったね。

まぁそんな小さいことには目をつぶって。129分の間 ダレることなく作品にのめり込めましたし。
とにかく 感情を揺さぶられたわけでありました。いい映画でした。

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“にゃんにゃん倶楽部”にゃあ やられましたな(笑)
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2016年09月22日

怒り

李 相日
渡辺 謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野 剛、妻夫木聡
ある夏の暑い日に八王子で夫婦殺人事件が起こった。被害者の血で書かれた「怒」の文字を残し、犯人は逃亡。その行方はいまだ知れず。
事件から一年後、千葉、東京、沖縄に素性の知れない3人の男が現れた。やがて犯人は顔を整形していることがわかり、彼ら3人は周囲の人々から疑いの眼差しを受けることに…

あの「悪人」の原作・吉田修一と監督・李相日のコンビであると。
そりゃ結構な内容だろうなとは思いましたが。それプラス、役者陣の熱演がさらにクオリティを高めていました。
主要キャストはもちろんですが、そこに名前の無い池脇千鶴の存在感。高畑充希の儚げな雰囲気。あと沖縄の高校生役の佐久本宝(新人とのこと)も良かったですよ。難しい役どころなのにね。

映画の結論から書きますが…真犯人については書きませんが(笑)
タイトルは「怒り」だけども。怒りを越えて、誰もが幸せにならなきゃいけないんだなと。

そんな言葉も決して正しくはないだろうけど、主要登場人物が多いので、怒り、悲しみ、絶望、希望…いろんなことを平均的に突き付けてこられた感じでね。

ここで言う「怒り」そのものだけでも、誰に対しての怒りなのか。何に対しての怒りなのかも様々なので。
そして 信じることも試されます。

あらためて予告編の映像も見たけれど、デキが素晴らしいね。
その予告でも流されていた複雑な表情、涙、叫び、そしてセリフも、それぞれ凄く意味があるなと。

映画として見応えがあるのは間違いないけれど。やすやすと万人におススメはしにくい映画でもあるね。
見ていて辛くなる、気分悪くなるようなシーンもあるし。
でもわたくしにとっては見て良かった作品でありました。


さてさて、物語の大きな枠組みとして凄惨な殺人事件が関わっています。ですが、終盤までは それなくても成立するだろう〜というぐらい、3つの物語が同時進行していきます。
殺人事件ナシでもどころか、千葉、東京、沖縄 それぞれが1本の映画になりそうなぐらいの重みがあって。

ラストにそれらの感情が一気に押し寄せてくるんだけど、少しづつアプローチを違えることで、よりヘヴィーに感じられるところあるかな。

千葉編では池脇千鶴のナチュラルさと「自分の娘が幸せになれるわけないと思ってるんじゃないの」というセリフがズキューンときました。

東京編は何と言っても妻夫木聡と綾野剛のラブシーン。なんとなく妻夫木君にフレディ・マーキュリーのシルエットを感じちゃったり。
でもこの二人の関係はとてもピュアで、美しかったですね。それだけに優馬から母も恋人も奪ってしまうのは、酷な気がしたね。

そして沖縄編。ひとつ驚いたのは、高校生が普通に(?)泡盛飲んでつぶれてる描写について。今どきオトナがタバコを吸う絵すら敬遠されるのに。こんな“実状”を晒していいのかしらん?
それからこれも大きなポイントなんだけど。僕らが普通に耳を傾けている沖縄問題に対して、イチ高校生に「親がこういう活動するのはウザい」的なことを語らせるのかと。
一般的には基地“問題”として報道をされてはおりますが、実際には“そんなでもない”という声もあるのかと。

ところがところが、そんな印象を大きく覆す事件が起こります。これは物語上の事件でもあり、映画的にも事件ですよ。
広瀬すずちゃんにこんなことさせるのかと。あのシーンは辛さと共に驚きもありましたわ。
本人も撮影頑張ったと思うし、よく事務所もOK出したもんだ。

でもそれが女優になっていくということなのかもね。

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真犯人は…タツヤ(-_-;)
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スーサイド・スクワッド

デヴィッド・エアー
ウィル・スミス、ジャレッド・レト、マーゴット・ロビー、ジョエル・キナマン
世界崩壊の危機が到来。政府は 死刑や終身刑となった悪党たちを集め、減刑と引き換えに自殺に等しい任務を強制する集団スーサイド・スクワッドを結成。
人類の危機を救うため、彼ら“最凶悪チーム”を戦いの最前線へと送り込む。

アメコミ系ムービーもアレコレ公開されておりますが、昨今では様々なキャラクターのコラボした作品が多いですね。
マーベルの「アベンジャーズ」は もはやそれがシリーズとなってますし。今年はDCコミックの「バットマンvsスーパーマン」も大きな話題となりました。

この「スーサイド・スクワッド」はDCコミックに登場した悪役が一堂に会して地球のために?それぞれの夢のために?戦うという。
ありそうでなかったこの発想。確かに なんか面白そう。

ではありますが、正直 日本での反響は中ヒットという手応えなのかな?

先の戦いを経て、今はスーパーマンはいないという世界。
バットマンの敵だったキャラが多いのかしらん。実際にバットマンも今作にチョイ役で登場してます。

悪役オールスターズといわれると それなりに興味は湧きますが。よくよく気付けばジョーカー以外は知らないキャラであり。その肝心のジョーカーは このチームには入っていないし(苦笑)

日本人的には“悪役が主役”というのも受け入れがたいのかな。
ダークヒーロ―というカテゴリーもあるけれど、バットマン自体がダークヒーロ―という側面あるしね。

なんて小難しいこと言ってはおりますが。
そういうことヌキに見てみれば、それぞれのキャラも立っているので 十分に楽しめましたよ。

何よりエロ・キュートでスタイル抜群なハーレイ・クインには目を奪われちゃいますわね。
ウィル・スミス演じる百発百中のデッドショットも頼もしい感じはあったけど。

それぞれの物語もサラリと踏襲しつつ、どのようにしてこのチームが誕生するのか。彼らは何を守って何と戦うのか。
その見せ方がスマートでわかりやすかったです。

ただし“悪党チーム”と謳っている割には、みんな そんなに悪党に感じられなかったり。
結局もっと悪という存在が出てきちゃうので、そもそものお題目が薄まっちゃうかな。
それぞれのキャラクター自体、バットマンのような特別な人間なのか、スーパーマンのような特殊な存在なのか。それらを気にしちゃうと話が成立しなくなっちゃうか。

それからカタナというキャラも気になったね。なかなかのビジュアル。日本代表(?)がここにいるのはちょっと嬉しい。
ただし、あの日本語の微妙さはなんとかならんかと。それに仮面を外している絵もなくていいだろと思ったけどね。
安っぽい濡れ場以上に仮面を脱ぐ必然性がなくないか?

いろいろツッコミたくなる感はあるけども。
基本的にはオールスターお祭りムービーとして、ドッカン ドッカンやってくれればいいのかな。この手の映画は。

また次作につなげるシーンもラストにあるでよ。

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あいつよりキミの方が“プリンプリン”だよ
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2016年09月14日

クハナ!


秦建日子
松本来夢、久志本眞子、加藤清史郎、風間トオル
6年生の西田真珠が通う、廃校が決まっている小学校。そこにジャズプレイヤーだったという教師がやってきた。
それを契機に、真珠たちはジャズのビッグバンドを結成。活動予算の工面、同級生の思わぬ転校など、さまざまな出来事を乗り越えながら練習を重ね、バンドはコンテストの県大会を勝ち進む。

舞台は三重県桑名市。実際に桑名でロケもされていたこともあり、全国に先駆けて東海地区で先行公開。
見た人の評判がとても高い。

地元製作の映画なので知った顔が出演してるのかもしれませんし。子どもたちが頑張るストーリーなので、そりゃ見たら胸アツになりましょう。評価も高くなりましょう。
そんな中で 実際のデキはどうなのかと。そんな目で見てきたわけですが。

いやいや〜これは公平に見て、普通に面白かったですよ。
結論から言うと、登場人物が多いんだけど、皆 良い芝居しておられます。

ご当地ムービーって、素人さんや売れてない地元の役者さんを使った結果、セリフが棒読みだらけだったり。ギャグが異様に寒かったりするんだけど。
その辺り、ハズしていないです。

冒頭、家族5人のやりとりから会話がスムーズで。その時点でこれはイケると。
見てる側に恥ずかしいと思わせる拙さはコメディとして一番アカンのですが、それがひとつもなくって。そこをクリアしてるのは素晴らしい。

子どもたち同士の場面でも、まったく演技を感じさせない自然さ。
長めのワンカットのシーンでも絶妙な間とリアクションで、小学生の無邪気さがしっかり伝わってきました。

中にはキャラのオモロい子もいてて。「ないわ〜」が口ぐせの子も、終盤までアレで押してたけど全然ウザくなく笑えたし。
超内気なあの子はいつになったら心ひらいてくれるのかとドキドキしたり。

そして何より 先生役の風間トオルさんがバツグンに上手い。
最初の練習の場面。ピアノの周りにみんなを並ばせ“演奏”をさせるシーンも良かった。
あれはちょっと邪道な手法かもだけど、この作品のテーマである「楽しい」を感じさせるのに十分。
またそれが終盤にも効いてくるトコでもあって。

子どもたちが主役でありながら、おっぱいネタやスナックでのシーンなんかも入れ込んでるのも、いい意味で日常を感じさせてくれていました。
また あずきバーが出てきて「地元やなぁ」と思わせつつ、その食べたバーで缶を鳴らすシーンなんかも印象に残ってて。
そういった、ちょっとしたところに気を利かせた演出も見どころ。

クライマックスの大会では、演奏は上手いけど感じの悪いチームとすれ違い「桑名?岐阜県?」とか言わせつつ、それがどこの地域のチームなのかには言及しないという。
悪モノをつくらない点も好感。

そしてクハナの演奏シーンはしっかりと観客が見たい、聞きたいようなものに仕上がっていて。感動よりも楽しいという。
言ってしまえば「スウィング・ガールズ」でもあった手法だけど。こういうハッピーエンド、わたくしは好きですわ。

そりゃもう展開としたらこれ以上詰め込むのは難しいんじゃないかな。
そのうえで、素晴らしい演技に裏打ちされた共感できる笑いで楽しませてくれて。
いいもん見た〜という思いにさせてくれました。

そして、エンドロール後のひとネタも、なんかちょうどいい具合の着地点だったですよ。

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こども転校
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2016年09月13日

グランド・イリュージョン 見破られたトリック

ジョン・M・チュウ
ジェシー・アイゼンバーグ、マーク・ラファロ、モーガン・フリーマン
派手なイリュージョンショーで不正搾取された金を奪うマジシャン集団、フォー・ホースメンが復活。あるハイテク企業の不正を暴露せんと新たなショーを仕組んだが、天才エンジニアのウォルターにより阻止されてしまう。
ウォルターに追い詰められるフォー・ホースメンに一発逆転は果たせるのか?

2013年公開「グランド・イリュージョン」の続編。
前作も見ておりますし、直前にテレビ放送されたバージョン(一部カット)も予習としてチェックしたうえでの鑑賞。

おや?と思ったのは 紅一点メンバーが変わったこと。
実際には演じていたアイラ・フィッシャーの妊娠でキャストチェンジ。フォー・ホースマン的にはメンバーチェンジでもあります。
あと前作でフォー・ホースマンを追っていたメラニー・ロランも今作は出ておらず(残念)。

それ以外は1作目と同じキャストで。ジェシー・アイゼンバーグはロン毛でも坊主でもエエ男やね。

マジシャン、メンタリスト、スリ…といったチーム。武器としては「人を騙す」テクニック。
それらを駆使してのイリュージョンショーはそれだけでもドキドキ。
ステージに至るまでの展開は見ていてワクワク。
なのですが。

今作の最初に行われるハイテク企業の不正を暴くショー。
これはこれで 彼らの見せ場だとは思ったんだけどね。
結果的にハリーポッターに邪魔されて失敗に終わるんよね。
ん〜なんか不完全燃焼。

フォー・ホースマンがピンチになる展開はまたチャイナで。
昨今の大作では必ずそこを経由するんだね。なんてことは語られないぐらい当たり前の光景になってるね(笑)

それに逆襲を誓って計画されたスーパーイリュージョン。
なのですが、これ気がつけば普通のアクション映画で、敵との駆け引きでよくあるバトル…と思いきや、じつは〜〜〜でした〜〜〜!!
って、なんかわたくしが期待してたのとちょっと違う気がする。

いちいちカッコよかったり、いちいち派手だったり。所々に見せ場はありました。そして中盤に出てくるカードをパスして回るシーンはなんかも面白かったけど。
振り返ってみると大がかりな“イリュージョンショー”としてのトキメキは得られなかったかな。

1作目では華麗に悪を懲らしめる。黒い金を弱者に還元する…というカタルシスあったんだけど。今回はそこが決着でもないからね。

そして前作のもうひとつのドラマとして、本当の黒幕の正体が明かされて「おぉ〜」とうならされまして。
ある意味で映画全編を通して騙されてた感を味わえたけど。
今作での そのパートは、なんだかなぁ〜(苦笑)

確かにシリーズ化をしていくことでクオリティが下がるのはよくある話で。
このシリーズ、なんと3作目も製作が決まっているとか。

またちょっと微妙になるの?
いや、たとえそうであったとしても、続きは見てみたい。

いろいろツッコミは入れたけど、やっぱこれはこれで見応えある作品にはなってると思うし。何よりフォー・ホースマンというチームのキャラクターには魅力あるからね。
パート3に期待しちゃいましょう。

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手品師vs魔法使い
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2016年09月12日

イット・フォローズ

デヴィッド・ロバート・ミッチェル
マイカ・モンロー、キーア・ギルクリスト、ダニエル・ゾヴァット
19歳のジェイはある男性と関係を持ったところ、あるものをうつしたと告げられる。
「それ」はうつされたものにしか見えず、捕まれば死が待ち受けている。また性行為で他者にうつすことができるが、相手が殺されると自分に戻ってくる。
果たしてジェイは「それ」の恐怖から逃げきることができるのか。

映画ファンの間では たいへん話題となっていた作品ですが、公開館も少なく、気付けば上映も終了しておりまして。
やっとこさで、DVDにて鑑賞。

恐怖が性行為でうつされる。ほぼほぼ大人は登場しない。
いわゆる「ティーンズ・ホラー」ではありますが。決してホラー ホラー した作風というわけでもなく。

その点で ホラー映画を期待した客の反応はイマイチだけど、その分 一般の映画ファンに響いたという。

確かに、性行為の場面も全然セクシャルではなく。追いかけてくる「それ」も近年のゾンビみたく攻撃性が強いわけでもなく。
それやったら何がオモロいねん?と言いたくなるのも事実ですわ。

なので事前に多少はテーマの予備知識を持ったうえでじゃないと、山場の無い 面白味の無い映画かも。
それに うつるとか死ぬとか。また自分に戻ってくるだとか。そういう(都市伝説的な)ルールを気にせずに見た方が、伝わりやすいのかもね。

本国アメリカでは かのタランティーノも高評価を叫び。観客の間では「この作品の本当のメッセージは何ぞや?」という部分でいろいろ議論が交わされ。
それについて監督がコメントするにまで波及。

一般的な見方としては、これは性病についてのメタファーであろうと。「気軽に性行為を行ってしまう若者たちに向け、啓発的な部分もあるのでは?」と。
まぁ実際に そう見た方が合点はいき易いですが。

一方で監督が語ったのは「これは生と死と愛の物語である」と。

「生死感」であるならば、主人公らに忍び寄る「それ」とは いわゆる“死”のことであろうかと。誰も、自分も気付かないうちに「それ」は迫ってくるものであって。
終盤に 肉体的痛み、精神的痛み。死を受け入れる痛みなども語られていて。

序盤に学校の授業で語られている内容と併せて、この作品のヒントであるとのことですが。
勉強が苦手なわたくしにはスッと理解できるはずもなく(苦笑)

わたくし的に今作で気になったのは水の存在。
プール、海水浴場。あるいは「それ」が水をしたたらせていたり。
どことなく“母体の羊水”や“聖水”を想起させたりもするわけで。

あと性行為でいうなら、ライトなSEXと本当の愛を伴ったSEXの違いなんてのも、うすうす気になったんだけど。
うつすためではなくって、本当の愛を確かめる行為であれば「それ」から逃れられるとか。
願わくばジェイとポールからは「それ」が消えていてほしいなと。

個人的に、気になる彼女が他の男とやっちゃった話をするのって、いたたまれないな〜と。見ててめちゃヒリヒリ感じたんだけどね。
そんなトコロからも、愛を感じられる作品かな?

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そ〜れ それそれ お祭りだ〜
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2016年09月05日

神様の思し召し

エドアルド・ファルコーネ
マルコ・ジャリーニ、アレッサンドロ・ガスマン、ラウラ・モランテ
腕利きの心臓外科医トンマーゾは、周囲からは面倒がられ、との仲は倦怠気味。それでも優秀な医大生の長男が医師を継いでくれれば満足…だったのだが。
あろうことか息子は「神父になりたい」と宣言。息子はピエトロ神父に“洗脳”されているとニラんだトンマーゾは、信者を装い教会に潜入する。

中心となるのは腕利きの心臓外科医と過去にちょっと訳ありな神父さん。
予告編を見る限りでは「医療こそが人の命を救う」「神を信奉することで心は救われる」という主張がぶつかるのかという印象。
でもそこまでガッチガチな設定でも無かったですね。

確かに先生は堅物ではあるけれど、それなりの理解もバイタリティもあるキャラで。
でも そうやってステレオタイプな堅物にしなかったことにより、人としての“遊び”の部分もできて。それゆえ、コメディ要素は程よく引き上げられてたんじゃないでしょうか。

先生の家族たちも、周りの人間も それとなくクセのある感じ。
なので 会話もリアクションもしかり。あるいはカメラの切り替わりといった見せ方も含めて、全般的にコント具合は総じて高め。
結構 笑い声も起こっていましたしね。

ただし そもそも堅物過ぎず、受け入れる態勢のある先生なので。両者の心が通い合っていくパートはジワジワという感じ。
要はストーリー的には大きなヤマ場には乏しいかな。

そんなことを思っていたら、最後にやってきますね。ドンと。
先生がエレベーターで電話を鳴らし、どこからか着信音が聞こえるという描写がグッときてしまいました。

あとは奇跡が起こるのを祈るしかないと。。。

そういった流れの中でね、ハッキリとした結末は明示されずに終わるわけですが。
まぁそういうことなのかなと、見た人が想像することで良いと思います。

上映時間も87分とコンパクトで。
その尺の中でもしっかりと喜怒哀楽を味わえる佳作でありました。

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腕利きの医師でもトンマーゾ
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2016年09月04日

イレブン・ミニッツ

イエジー・スコリモフスキ
リチャード・ドーマー、ヴォイチェフ・メツファルドフスキ、パウリナ・ハプコ
女たらしの映画監督。監督と面接をする女優。嫉妬深い女優の夫。刑務所から出てきて間もないホットドッグ屋。バイク便の青年…救命士の女性…
とある街に暮らす11人の男女(と1匹の犬)。彼らの午後5時から5時11分まで。わずか11分の間にそれぞれの人生が絡み合い、やがて迎える結末とは!?

様々な人々に起こる、ある一日の午後5時から5時11分までの出来事をモザイク状に構成…というのが事前情報。

爆弾テロ事件をいろんな登場人物の視点から描いていく「バンテージポイント」という作品がありました。
ひとつの事象でも、それぞれのポジション、立場で見えるものが変わってくるというスタンスの映画。

今作も そういうイメージで見に行ったんですが。
これがなかなか難解で。

登場人物のキャラ、相関図、時間軸も イマイチわかりづらい。
その11分後に どんな着地点が待っているかもわからない。
ほとんど接点のない人たちがバラバラに登場。作中ですれ違ったり絡んだりする感じも少ない。

そんなバラバラなキャラクターたちが…最後の一瞬で関わり合いを持つ…と言っちゃうとネタバレかしら!?
その流れというのがピタゴラスイッチ的とか言っちゃうと元も子もないのだが(笑)

確かに最後に全てが交わるカタルシスが無いとは言わないけれど、それぞれの登場人物の物語に目を引くようなやりとりも少ないので、そこに至るまでは少々退屈かも。

描かれた時間は11分間。登場するホテルの部屋は11階の11号室。
主要キャストは11人と。11という共通項がある中、犬は1匹なんだね。
でも その1匹が「ワン」と鳴くことで“11”は保たれてる!?

などとアホなことはさておき。

その状況を捉えた防犯カメラの映像のようなラストのカット。
それが引きの映像になり、もっと多くのカメラの映像が、さらにもっと多くのカメラの映像が…

どうでしょう。11人の男女が絡み合った大きな事故も、カメラが示す通りほんの小さな出来事でしかないのかな。
大局的に見ると、ほんの些細な、気にならない程度の出来事なのかな。

とある監視員が見ているモニター画面に黒い点が付着したり。絵描きさんのキャンバスに黒い沁みが付いたり。
ラストカットのモニター映像にも一部映し出されていないカメラがあって、そこが黒い点になってたけど。

それらすべてが、気になることなのか、気にするべきことなのか。
でもそこで何かが起きていることは事実なんだよね。

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ホットドッグ食べたい
posted by 味噌のカツオ at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする