2016年12月30日

この世界の片隅に

片渕須直
(声)のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞
昭和19年(1944)、18歳のすずは広島から呉へとお嫁に行くことに。戦争の影響で、配給物資も減っていくがすずは工夫を凝らし、食卓をにぎわせていた。
昭和20年(1945)、戦火は呉にも広がり空襲の続く中、すずが大切にしていたものが失われ。そして夏がやって来る

こうの史代の同名マンガを片渕素直監督がアニメ映画化。
そしてクラウドファンディングによって製作資金を募り、多くの支援を受け完成しました。
バックに大きな資本が着いていないこともあって(?)公開館数は少なめ。でも見た人の満足度の高さで、クチコミで、じわじわと支持を広げていっております。

主人公は 時に空想の中で遊び、絵を描くことが大好きなすずさん。彼女の幼少の頃から物語は始まります。
「あんたはぼーっとしとるけん…」という ゆったりしたセリフとは裏腹に、序盤はテンポよく進行。
バケモノに出会ったかと思えば 座敷わらしにスイカを勧めて。まるで恋心のようなものを覚えつつ、広島から呉へとお嫁に行くことに。

ちょっとしたエピソードのおかしさ、微笑ましさ。言うなれば四コマ漫画のようでもあり。

どんな相手かもわからない。どんな暮らしかもわからない。
そんなところへ当然のごとく嫁に行くのも、その当時ならあることなのか、はたまた すずがぼーっとしてるからなのか(笑)

さやしい家族。ちょっと厳しいお義姉さん。食べるものや着る物にも影響が出はじめる中、そこに生きる人々は 工夫を凝らし、笑顔を絶やさず。
クサい言い方だけど、心は豊かだったんですね。

やがて戦艦なども立ち寄る港町・呉には他国の攻撃も激しくなり。寝る間も奪われるほどに空襲警報が発令され。
あまりの多さに「空襲にも飽きた」と言えるまでに。

なんて憎まれ口を叩ける間はいいけれど。
その中で すずは大切なものを奪われます。
命、肉体、日常、笑顔…

「このまま ここにはいられない」と一旦 広島へ戻ろうとするすず。
8月6日には地元の祭りもあるから…

僕らは敗戦国の人間として、生まれながらに 戦争というものが いかに惨たらしくて、辛くて悲しみを残すものか。映画やドラマ、教育の中で教え込まれて生きてきました。
一方で 今作はあからさまに戦争の是非を問うような、そんな作品ではありません。
是か非か。それで言うならもちろん…ですが。

でも もはやその当時の戦争を経験してきた人は少なくなってきました。
それを伝え聞いた人が、また伝えていくという現実。時代はまた次の段階にきてるのかもしれませんね。
ストレートに戦争の悲惨さを訴えるのではなくなってきてしまったと。

この映画に描かれているのは、そんな時代に、そんな町に暮らした人々がいたことであって。
戦争ではなくとも 天災、災害、さまざまな争い。それらと向き合いながら、日常を生きている今の時代にも通じる作品だと思いました。

すずさんのいたあの当時でも、わたくしたちが暮らす今の時代でも。
そこが それぞれの世界の片隅なわけで。

映画としても素晴らしい作品であり、日本映画として普遍的な一本であるのでしょうね。

いっぱい笑えて、何度もこみ上げてくるシーンもあったけど。
手を振るラストはこらえきれなくなりました。

あと すずさんを演じたのんさんについても。
よくぞ彼女をキャスティングしたなと思いましたし、この作品で彼女の表現力を(今まで以上に)思い知らされました。

すずさんも大切なものを奪われてしまったわけですが、のんさんも名前を失ってしまったわけだし。
そういう重なる部分もあったわけで。

アニメ作品のアフレコって、映像に(ある意味での)魂を吹き込むことでもあるわけで。
のんさんだからこそ、すずさんが生きたというところ、あるでしょうね。

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ただただ、素晴らしかった
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2016年12月29日

ねむれ思い子 空のしとねに

栗栖直也
(声)井上喜久子、田中敦子、平田広明、松田健一郎
産院から自宅に向かう車で事故に遭い、両親を亡くした織音。19年後、ある事件で逃亡を続ける織音は 謎の組織のエージェント・ユリに捕えられる。
逃亡の手助けと引き換えに、実験用宇宙ステーションへと連れて行かれた織音を待っていたのは、20歳の姿をした母だった。

栗栖直也監督がほぼ一人で、7年がかりで制作した3DCGアニメ。
尺としては50分と決して長くはないんだけれど、一人で製作ってスゴイね。

でも一人であるからこそ、思う存分 自身の世界観を表現できるとも言えるし。
なんなら今を ときめいちゃってる新海誠監督だって「ほしのこえ」を一人で製作。それが評価を受けて、徐々に大きな作品を生み出していったわけで。

もうひとつ栗栖監督と新海監督の共通項があるとするならば、宇宙に関わるSFベースの物語ってのもありますか。

一方で栗栖監督が独特なのは、3DCGアニメという手法。
言うなればテレビゲームなんかで見られるようなキャラ造形ですかね。

それとなく繊細なリアリティ表現もできるのですが、正直 好みの別れる表現方法かも。
ぶっちゃけ わたくしはそっち側で(苦笑)

アニメならアニメならではの表現でいいと思うし。
この3DCGアニメって、幾分か感情移入がしにくく思えるし。

特に、わたくしに限っていうなら、エンドロール時の母が娘の出産に至るまでのダイジェスト映像が登場するんだけど、あぁいうのが よりウソ臭く見えてしまうんだよね。
映画という作り物である上に、アニメという作り物なのであって。エンドテーマの流れる中 吹替えも無いから、余計に魂が込められにくい部分なわけで。

ストーリーは、生後間もなく両親を亡くしてしまった娘が19歳になり、宇宙ステーションで母親と再会するという。
ざっくり書くと「どういうこと?」って話なんだけど。

実際の印象としても 展開として雑な印象が出てきてしまう。
もうちょっとわかりやすいようにしてほしいような、要所要所に必然性が欲しいような。
確かに見る側の想像力が試されてるのもわかるけど。今作に限っていうなら、それをやるにしても50分では厳しいかなと。

そのせいなのか。ベースとしての母と娘の物語はわかるんだけど、こちら側に響いてこないところはあるよね。
比べちゃ悪いけど、新海監督の「ほしのこえ」はもっとシンプルだったんじゃないかな。設定も想いも。

ただし100%の断罪は致しません。
設定などに於いて魅力的であるのは確かで。
でもやっぱり 一人で作る限界はあるでしょう。だって7年っちゅうたら、時代も技術も変わってきちゃったりする長さだからねぇ。。。
そういう意味で、なんか惜しい作品でした。
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2016年12月27日

ドント・ブリーズ

フェデ・アルバレス
スティーブン・ラング、ジェーン・レヴィ、ディラン・ミネット、ダニエル・ゾヴァット
訳あって盗みを重ねる3人の若者が、事故で娘を亡くし、多額の示談金を受け取った盲目の老人宅へ忍び込む。ところが この男、退役軍人としての“腕”を持ち、どんな“音”も聴き逃さない異常者だった。
当初は簡単な仕事だと思っていた若者たちが、暗闇の中で追い詰められていくことに…

決してメジャーな作品ではないけれど、全米ではジワジワ評判が広がって今年の夏の大ヒットとなったという作品。

日本でも公開館数は多くは無いけれど。その分 わたくしの見に行った回は満席状態。
冬休み需要で高校生だか大学生だか若者がいっぱい。

それだけ客がおったら 上映中に会話が聞こえたり、集中力を削ぐような客もチラホラ出そうなもんだけど。
まったくそれがありませんで。

ひとつは 映画としての緊張感が張り詰めていた事実であり、もう一点、作中の設定として 声を出せない、なんなら Don't Breathe“息もできない”作品だったからでしょう。

わたくしの率直な感想は…泣けました。
ただし初めてでした。怖くて泣けてきたのは(笑)

こちらから相手は見えている。向こうは見えていない。でもこっちの存在には気付いてる。
それだけでも怖いのに、地下室の真っ暗闇の中に場が移っちゃったら。こっち敵わんやん(涙)

オバケやモンスターの怖さとは違って、狂気を孕んだ人間とストレートに向き合う怖さ。
ところが、その直接対決の怖さに加え、別要素の“胸クソ悪さ”も迫ってきたり。意外な展開がチョイチョイ差し込まれるので。
(悪い意味で)ものスゴ楽しかったですわ。

基本的には一軒の家だけで、わずか88分で。これだけの見応えあるのは素晴らしいっす。

サスペンス系であり、ホラーの要素もあり。
一応おススメですが、怖いのダメな人にはホントにダメだと思うよ(^-^;)

ちなみに続編も企画されてるってウワサなんだけど、どうなるやら!?

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体液軍人とはよくいったもので
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2016年12月14日

アズミ・ハルコは行方不明

松居大悟
蒼井 優、高畑充希、太賀、葉山奨之、石崎ひゅーい
地方都市在住で27歳の会社員 安曇春子。独身で恋人もいない彼女が突然姿を消した。やがて街には彼女の捜索願いをモチーフとしたグラフィティアートが拡散され、JK集団が無差別で男を襲う事件も頻発。
なぜ春子は行方をくらましたのか。ふたつの事件と春子との関連はあるのか?

安曇春子が行方不明になる映画です。
そらそやけども。

わりと時間軸がバラバラに描かれているので、映画慣れしてない人は ついていけなくなるかな。
わたくし的には その辺りで戸惑うことは無かったけどね。

もうひとつ言うなら、基本 女性が話の軸の映画なので、男性客からのウケとか共感は薄いかも。
ただし、見終わってから 様々なレビューを見て、合点がいくところはありました。

結局のところ、安曇春子が行方不明となったというよりも。
アズミ・ハルコのアイデンティティが行き場を無くしてしまったと。そういった感じなのかな。

自分、家族、仕事、地方都市、そして男。
どこにも居場所が無くなってしまって…

最終的には、ハルコのとびっきりの笑顔で映画は終わるんだけど。
本音を言えば、そこに居続けることが決して良いとは思えなくて。
ですが、今の時代はそうなんだよね。

実際、女性が共感を得る作品というのはよくわかります。
その分、男性が監督だというのが意外だよね。
原作は女性だけどもさ。

蒼井優さんは前作の「オーバーフェンス」同様、地方都市の痛々しくもリアルな女性像を見事に演じられてまして。
やっぱスゴイ女優だと再認識。

高畑充希ちゃんって こんなキャラクターのイメージなかったので、新鮮でもアリ、驚きもアリ。
ベッドの上でのウザすぎる かまってちゃんっぷりが。思いのほか良かったです。
でも、キスシーンはナシなのね。

街中にグラフティアートを仕掛けるユキオ。地方在住ながら「何かデカいことやりてぇ」感がヒシヒシ。
友達にはなれないけど、キャラとしては輝いてたね。彼、いい役者だな〜と思ってたら…

「淵に立つ」に出てた太賀くんだったんだね。
事前には気付いていなかったけど、やっぱ彼の芝居 好きやわ。
今後に期待したい役者さんです。

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ハムスター探してますって…
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2016年12月12日

変態だ

安齋 肇
前野健太、月船さらら、白石茉莉奈、奥野瑛太
大学のロック研究会を経て ミュージシャンになった男。その後 結婚し一児をもうけ、幸せな家庭を築きつつも、学生時代から続く薫子との関係を断ち切れずにいた。
ある日 地方の雪山で行われるライブに薫子とともに出かけるが、その客席に妻がいることに気付いてしまう。

原作は みうらじゅんが2014年に発表した短編小説。そしてソラミミストとしてもおなじみの安齋さんが初の映画監督に挑戦。

尺は短めの75分。基本全編モノクロではありますが、とても重要な場面だけ(?)カラーになってくれます。ありがたいことです(笑)

学生時代、無理やり入部させられたロック研究会。
わけもわからず、ただギターを弾いていた男。

しかし先輩が音楽を辞めてしまい、それならば〜と自らが奏でた曲が 意外にも人の心を捉えることになり。やがてプロのミュージシャンとして活動をしていきます。

やがて結婚して子供にも恵まれ、一見幸せな家庭を築いた彼には裏の顔があり。
それは変態プレイに興じることであると。

亀甲しばりにボールギャグ。様々なカタチで責められてる男。
前日には妻を責めていたにもかかわらずで。

みうらじゅんさんのコメントに「生まれつきDNAに組み込まれたものだったのか?」との文言があります。
そこから察するに、変態とは何ぞやと問うたのでしょうか。

事実 縛られて鞭で打たれること、誰もが受け入れるものではありません。
しかし受け入れるどころか、求めるものも中にはおります。
まさにこの男がそうなんだけど。

一方で、男は誰に教わったわけでもなく、美しい曲を奏でることができました。
それが持って生まれた才能とするならば、変態という嗜好も ある意味持って生まれた才能であるのかも…
そのような考えの下、この作品が生まれたのでしょうか。

吹雪の中、雪山で繰り広げられる終盤の展開。
変態性と生を問うものだったのでしょうか。

シュールであったと片付けるのは どこか逃げのような気もして。
ハッキリ言って よぅわからんというトコではありますが。

考えてもごらんなさい。
これまでの日本の名作と呼ばれた作品の中にも 常人では理解しがたいものもあったはずで。

それが文学だと代々残っていくものだとするならば。
今作はみうら文学の金字塔とも言えるのではないでしょうか。

決して万人ではないにせよ、この作品を名作と呼ぶ人は存在することでしょう。
そう言える人こそが、変態なのかもしれません。

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才能、変態、そして熊
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2016年12月09日

めぐり逢わせのお弁当

リテーシュ・バトラ
イルファン・カーン、ニムラト・カウル、ナワーズッディーン・シッディーキー
お昼どき“ダッバーワーラー”が弁当を配り歩くインドのムンバイ。その中のひとつ、主婦イラが夫のために作った弁当がサージャンのもとに届けられる。
夫との会話からそのことに気付いたイラが、サージャン宛の手紙を忍ばせたことで、二人は弁当を介して心を通わせていく。

2013年の映画。製作はインド・ドイツ・フランスとなっていますが、舞台はインドのムンバイ。

そこにはダッバーワーラーと呼ばれる弁当配達人たちがおりまして。
午前中に各家庭や飲食店で弁当を受け取り、自転車や電車を乗り継いで、それぞれの職場へ弁当を届けるというお仕事。

食後にはふたたび弁当箱を回収。電車や自転車を乗り継ぎ、空の弁当箱を返却すると。
一見すると「効率悪そう、めんどくさそう」にも思えますが、誤配送の確率はわずか600万個に ひとつという。確立されたシステムであることが分かります。

この映画では その誤配送がきっかけで、とある主婦と とある男が、コミュニケーションをとるというおハナシ。

主婦のイラは小学生の娘と夫との3人家族。
保険会社の会計係をしているサージャンは、妻に先立たれ早期退職を間近に控え、今は一人暮らし。

イラは弁当の誤配に気付くが、自分の作った弁当を(夫と違い)美味しく、キレイに食べてくれるサージャンに弁当を作り続けます。手紙を添えて。
また その手紙に返事を書くサージャン。

そうこうするうち、互いに心を開き合い、わかり合い。
イラはサージャンと合うことを計画します。

イマドキ、見ず知らずの相手とネット上で知り合い、チャットなんかで意気投合。じゃあ合ってみようか…なんてこともありますが。
それと似たような感じではあるかな。超アナログだけど(笑)

女は現状に不満を持ち。何がしかの刺激を求めている感じもあるのかな。
しかし“おっさん”は、自分がおっさんであることに、やや引け目を感じているというリアリティ。

結論言っちゃうと…
映画の中で二人が出会うことは無いんだけど。
おっさんの方は彼女をこっそり見てるという。
一方的だし、いやらしい対応だなとも思うが、これまた控えめなおっさんのリアリティで。

映画のエンディングのその先に、二人がどうなるのかは観客に委ねられ。見た人それぞれが思いを馳せればいいわけだけど。

今のご時世、不倫ってやつには大そう厳しくなっていますが。
妻と向き合う気の無い夫も 全くもって褒められたものでなく。

そんなイラの心を 揺さぶる?導く?実の母と上の階に住むおばさんの存在が 素晴らしいアクセントになっていて。うまい作りに仕上がっています。

正直 多少のモヤっと感は残りますが、アレコレ考えさせるのも映画の楽しみのうち。
見る人の年齢や立場で感想は変わってくるだろうけどね。
アナタならどうする!?
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2016年12月06日

SR サイタマノラッパー

入江 悠
駒木根隆介、みひろ、水澤紳吾、奥野瑛太、杉山彦々
レコード屋もないサイタマ県の片田舎に暮らすヒップホップグループ“SHO-GUNG”。仕事もないニートのラッパー・IKKUは自分たちの曲でライブをすることを計画するが、かつての同級生・千夏との再会をきっかけに、メンバーたちの夢はバラバラになっていく。

2008年製作。後にシリーズ化もされる その1作目。DVDにて鑑賞。

見ての通り低予算で。有名な役者はでておりませんで。
あぁ男子ならたいがい知ってる女優さんがひとりおりますか。
あの場面は 今回収録したのか、あるいは既存のDVDからの引用か。どうでもいいことが気になりましたが。

舞台は 何の変哲もない地方都市。北関東はサイタマ県の片田街。
冒頭からラップ歌ってて。全く何も持っていないわけじゃないんだね。彼ら。
ただ そこを起点にしようと思うと、どうしてもハンディはあるんだろうけど。

とにかく その閉塞感であり、突き抜けない感じ。よくわかります。
ただし、それが全て街のせいなのかといえばそうではなく。
現に東京に出て行くという選択肢はあるわけで。

結局、イマイチ踏み出せないヤツらがウダウダとしてる物語。ほぼほぼね。

かろうじて、なんでもいいから動き出そうとした先が、少々お堅い面々の前で。頑張ってる若者としてラップを披露する場面がね。何とも寒々しいというか、痛々しいというか。
そんなとこで「税金払わねぇ、年金払わねぇ」とか歌われてもねぇ(苦笑)
でも アレは名シーンだと思います。

正直、ここに登場する彼らが何かを突き抜けられるようには到底思えず。
そんなくすぶってる状況を延々見せられ。結局は仲間はバラバラになり、主人公もバイトを始めると。

しかし そんな場所で仲間と再会。あふれだす感情が言葉となり、ラップを始めるんだけども。
さすがにここは、響きましたね。

この映画が支持される理由というのがよくわかりました。
それまでは もっと社会性を表現するべきだとこだわってたけども、じつは伝えるべき言葉は そこにあったんだなと。
これもまた、さっきとは全く違う意味合いでの名シーンでしたね。

地方都市で 何かを夢見ながら、飛び越えられずにいる若者ってスゴく多いと思います。
バンド、演劇、お笑い。いろんな表現を夢見つつ、くすぶってるの、多いと思います。

まぁそんなヤツは東京へ出ても、それがゴールで結局 何もできずに終わるパターンも多いんじゃないかな。

とにかく、いろんなアプローチはありつつ。テーマがヒップホップだからこそ。
漠然とではあるけど、そんな風に感じました。

さて、結構 長めのワンカットが多かったり。さらにそこにラップもあったり。
こういうのって役者の技量が問われるよね。でもその点も素晴らしかったです。
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2016年12月05日

俺たち文化系プロレスDDT

マッスル坂井、松江哲明
マッスル坂井、大家 健、HARASHIMA、男色ディーノ
2015年秋に後楽園ホールで行われたDDTと新日本プロレスの対抗戦「HARASHIMA & 大家健 対 棚橋弘至 & 小松洋平」のタッグマッチ。
その裏側に迫ったドキュメンタリー。

わたくしプロレスファンとして、この試合が行われた経緯もそれとなく知ってますし、その試合も動画で見ております。

プロレスの試合も毎年ベストマッチが様々なマスコミ・メディアで選出されるもので。
確かにリング上でアツい戦いがベストマッチであることは間違いありませんが。この試合はそこに至るまで、そして試合終了のゴングが鳴ったその後まで含めて。
唯一無二の最高にプロレスだったと思います。

普通、リングでアツい戦いを終えたもの同士、何がしか相通じるものが芽生えたりするんだけど、HARASHIMAと棚橋には大きな溝が生まれてしまいました。
それぞれ別の団体に所属する選手ということもあり、なかなか接点もなく。業界的にもそのまま うやむやに流されそうになったわけですが。

他団体だから 関わることも無いけれど。でもモヤっとしたままでいるのもイヤだよねと。
リングで生じたことはリングでしか解決できないと、マッスル坂井、男色ディーノ、大家健の3人が仕掛けます。

マッスル坂井、男色ディーノ、大家健の3人がそこに一石を投じます。

わたくし的には その再戦が実現したのは ある意味奇跡だと思うし。
しかしその上に乗っかって、なおかつDDTの世界に踏み込んで 凌駕してみせた棚橋は超プロフェッショナルだと思いましたし。
さらに その場でそれを受け入れた観客のセンスも絶妙だったはずだし。

この作品のチラシには「プロレスで解決しようみたいな、んな訳ねえから。」とありますが。
そんなつもりはなくとも、結果的にプロレスが解決に導くこととなったんですね。

ホントにプロレスって生き物で。試合が、選手が、観客の心が ひとつになることもあれば、ならないこともあるから。
でありながら 彼らは勝負に出て、見事勝利を収めるわけで。
そんな奇跡に触れられる映画といっては言い過ぎだろうが。

その顛末と共に、“人”にもフォーカス当たっていますので。
プロレスを知らない人でも楽しめるかな。

いや、普段プロレスに触れない人が観るべきでしょう。
“ジャンル”の枠を超えて、多くの人に触れてもらうのがドキュメント映画の意義のはずだから。

以下 個人的に。
今回取りあげた題材がDDTと新日本の対抗戦だったんだけど。
“文化系プロレスDDT”を謳うなら、新日本は抜きにして もっとDDTそのものの活動に寄っても良かったんじゃないかな。
元来の、純粋なDDTらしさを見てみたいという興味も含みつつ。

世間一般ではプロレスは八百長だとか、台本があるとか言われますが。
それはさておき、プロレスにドラマがあるのは事実です。

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Dramatic Dream Theater
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2016年12月04日

フルートベール駅で

ライアン・クーグラー
マイケル・B・ジョーダン、メロニー・ディアス、オクタヴィア・スペンサー
2009年、新年を迎えたばかりのサンフランシスコのフルートベール駅で、22歳の黒人青年が、警官に銃で撃たれ死亡した。
その前日である 2008年12月31日。彼はどのように過ごし事件に至ったのか。

2013年制作のアメリカ映画。
サンダンス映画祭で作品賞と観客賞をW受賞後、2014年3月に日本公開されました。
公開からずいぶんと時間は経ってますが、DVDにて鑑賞しました。

実話を元にした作品というものは、昨今ではとても多く作られております。
そしてモデルが現代に近い出来事であればあるほど、詳細な資料があり、写真があり、なんならまだ本人が存命であることも。
この映画にあっては主人公は命を奪われてしまっておるわけですが、実際の動画が残されておりまして。

たいがい本編の終了後、その後の経過と共に写真や映像が映し出されるわけですが。
今作では、冒頭に その実際の動画が流されます。

見る側の緊張感をグッと引き上げたところから映画が始まる構成。
それがとても効果的だと思いましたね。

その日は母の誕生日。
娘と遊び、
家族と少しケンカをし、
友人と笑いあった。
僕の人生、最後の日だった。

というチラシの文言そのままですが。
悪く言うなら、遅刻がたたって仕事をクビになり、やむを得ず密売で稼ぐべきか…と。そんな一面もあるんだけど。
家族思いで、仲間思いで。なんとか仕事について、パートナーとも籍を入れて人生を立て直そうとしていた矢先の悲劇。

いや、単なる悲劇じゃないかな。
その民族に根付く何がしかの“意志”であり“悪意”みたいなのを感じてしまいます。

聞いた話ですが、当の警官は相手を失神させる銃(劇中に出てきた黄色いヤツかな?)と間違えて、実弾を発射してしまったと。
そんな過失もあり、11か月で出てこられたそうです。

もう何とも言いようがないんだけど。
公開からずいぶんと時間は経ってますが…いや、事件があった2009年からはもっと経ってますが。
今もって何も変わっていない印象があるよね。

あとは、映画を見た人 それぞれがどう思うか。
実状と照らし合わせてどう思うかですよね。

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8年が過ぎても…
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2016年12月02日

ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気

ピーター・ソレット
ジュリアン・ムーア、エレン・ペイジ、マイケル・シャノン、スティーヴ・カレル
20年以上仕事一筋に生きる女性刑事のローレルは、ステイシーという若い女性と恋に落ちる。年齢、性別、偏見などを乗り越え、二人は一軒家を購入し一緒に暮らすことに。
しかしローレルにガンが見つかり、余命半年と宣告される。彼女はステイシーのために遺族年金を残そうとするが、同性のパートナーへの受け取りは法的に認められなかった。

一応 どんなテーマでどんな設定なのか、入れてから見るべきかな?
冒頭、おとり捜査で麻薬犯を捕えるシーンは普通にクライムストーリーのそれで。
この後 主人公がどんな犯罪組織から狙われるのか…という印象。

ですが、つづいてバレーボールのレクリエーションかと思えば、よく飲み込めない会話のやり取りから、ローレルとステイシーが“デート”に至ると。

まず主人公は刑事ですが そっち方面の話ではなく。ローレルとステイシーが仲良くなるのはレズビアンであること。なおかつ歳の差があるので、見てる方としては 多少あらすじを知ったうえでないと混乱するかもですね。

同姓の歳の差カップル。世間からの偏見を気にしつつ、家を買い、犬を飼い、“パートナー”として暮らし始めます。
ところがローレルがガンを患っていることが分かり、せめて自身の遺族年金をステイシーが受け取れるようにと訴えますが、同性のパートナー同士でのそれは法的に認められなかった。

そこでローレルのバディであった男性刑事や同姓愛者である活動家らが、制度改正を求めローレルのサポートに立ちあがり、郡政委員と相対するわけですが。

実話がベースであり、尺や展開もコンパクトにまとまっていて見やすいのはいいんですが。わたくし的には ノリきれない流れでもあったかな。
登場人物の想いに一体感が得られなかったのが気になりまして。

ローレルが求めるのはあくまで平等な権利。ステイシーも当初は 権利よりも病に打ち勝つ方にモチベーションが向いてましたね。
多くの同性愛者を束ねる活動家は、なんならローレルを“ダシ”にして同性婚を見据えているようで。
真摯にローレルの力になろうとする かつての相棒の刑事ですが、それ以外の同僚は なかなか重い腰を上げない感じもあって。
見ていて結末に向けてグイグイ勢いが増す風にはなかったなぁ。

郡政委員にも温度差があって。それはいいんだけど。
その郡政委員の裏について触れる部分も「これで大逆転!」というカタルシスには乏しく。
5人のうち1名が欠席したことで「満場一致はない」ということだったのに…あれれ〜って感じで。

感想の中には感動したという声もあるにはありますが。
正直、スッとしなかったですね。わたくし的には。

ただし、エンドロール前に映された モデルとなった実際の二人の笑顔には、グッとくるもの、ありましたね。

余談ですが、今作に製作としても名を連ねているエレン・ペイジは、自身が同性愛者であることをカミングアウトされているそうです。
スティーヴ・カレルがどうなのかは知らないっす。

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ジュリアン・ムーアの髪型も見どころ
posted by 味噌のカツオ at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする