2017年01月29日

ねぼけ

壱岐紀仁
友部康志、村上真希、入船亭扇遊、秋山勇次
噺家の三語郎は、真剣に落語と向き合わず、飲んだくれてばかりのだらしない毎日を送っている。ついには弟分の恋人に手を出し 最悪の事態に。
苛立ちを募らせた三語郎は、彼の成功を願っていた恋人の真海を傷つけてしまい、彼女は姿を消してしまう。

落語をテーマにした映画というのもチョイチョイ存在しますが、意外と見てきていなかったなと。
いわゆる人情噺「替り目」をモチーフに、映像作家・写真家として活動する壱岐紀仁が長編初監督。

主演は監督とは公私ともに交流のあった友部康志。
言い方は悪いが デブでブサイクで、落語は好きだが芸として真剣に向き合うことなく。その苛立ちを酒で誤魔化すという。そんなキャラクター。

落語のネタに出てくるダメな男って、それでもどこか憎めなかったり、しょうがねぇなぁ感があったりしますが、この三語郎というヤツはそれすらも無く。
なんだか ジトーっと、イヤーな感じでストーリーに付き合わされまして。

それまで三語郎の成功を信じ、何があっても彼をサポートしてきた恋人の真海だったが、三語郎が彼女の心の拠り所であった“あるもの”に手をかけたことで、ついに愛想をつかして故郷に戻ってしまいます。

こんな どうしようもない男ではあるが、そこに手を差し伸べるのが師匠の仙栄亭点雲。
しかも芸でもって それをするというのがまた良かったですね。

紆余曲折あり、三語郎と真海はふたたびよりを戻すわけですが…

落語の映画ですので、実際に落語を聞かすクライマックスがあるわけですが。
いくらか そこに至る展開は唐突な気もしましたが。

それはさておき、その落語のシーンは、さすがに泣けましたね。

本来 寄席で見る落語は楽しむこと、笑うことを期待しますが。落語とはそれだけでもないんだね。
いやいや、十分に笑わかせつつ 涙を誘う人情噺という。これも落語の芸のひとつです。

映画の中でそれを見せる場合、芸が弱くては映画としての説得力も無くなる危険性あるんだけども。
もう十分でした。素晴らしかった。

それを役者として演じて見せた友部康志がお見事でした。

ただし映画として ちょっと欲を言うならば、せめて前半部だけでも いくらかの笑い、ユーモアが欲しかったね。
せっかく落語を取り扱う映画なんだから、そういう要素があった方がより楽しめたかと。

はっきりと理解することができなかったんだけど、人の魂は海に帰るという神話があるんですかね。
それと同じく、ワカメの入った味噌汁という海に魂に見立てた卵がありや…なしや…と。

安易な受け止め方だったらごめんなさいね。。。

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女房の鏡
posted by 味噌のカツオ at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする