2017年03月26日

わたしは、ダニエル・ブレイク

ケン・ローチ
デイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ
大工として働く59歳のダニエルは、心臓の病を患い医者から仕事を止められる。しかも複雑な制度に翻弄され、国の援助を受けられない。
そんな中、シングルマザーのケイティと二人の子供の家族を助けたことから、交流が生まれる。しかし、厳しい現実が彼らを追いつめていく。

ケン・ローチ監督は 今作により、カンヌ国際映画祭で二度目の最高賞・パルムドールに輝きました。
そもそも既に引退を表明していたケン・ローチ監督が、そのような高評価を得る作品を作ったこと。なにより、引退を撤回してでも 今伝えなくてはならないテーマがあったということですが。

引退を撤回といえば、日本では長編作品は撮らないと言っておった宮崎駿監督も、ここにきて企画が進行しているなんて話も聞かれます。
引退するしないは 各々の決断。それ以上でも以下でもありませんが。わたくし的には 良い映画が見られればそれはそれで嬉しいことだったりするんだけどね。

大前提として この映画、イギリスが舞台となっていて。
そこでの制度や人のライフスタイルは、日本と重ね合わせるには いくらかの違いもあるので。

100%同じ目線で“痛みを”理解することはできないかもですが。
そのうえで…終始 座りの悪いというべきか、苦々しい状況というのは“痛いほど”伝わってきました。

特に、フードバンクでシングルマザーのケイティが、突然 缶詰を開けた場面。
一瞬「えっ、どうした?」と思ったのですが、ただ ホントに限界であったがための衝動であったのかと。
そして周りのみんなが「何も悪いことではない」と見守ってくれる温かさ。

そんな ささやかながら、誰かを思いやる姿勢に 胸が押しつぶされそうな思いでした。

この映画を見ていて、あまりにもマニュアルチックで、融通の利かない、こころの通わない 役所の対応には憤りを覚えるばかりですが。
現実のイギリスでも実際にこんな感じで、なんならもっと“非道”とも言えるケースも存在するとかで。

そういった現状への異議と そこで生きていかんとする人の心。
「尊厳を失ったら終わりだ」という言葉の重み。「わたしは、ダニエル・ブレイクだ」と記される あの場面、あの訴え。込み上げてくるものがありました。

それこそがケン・ローチが復帰を決め、訴えなければならなかったメッセージであり。
それを真摯に映像化してみせる監督の手腕もまた素晴らしいものであります。

やっとのことでダニエルが辿り着いた「申し立て申請」の手続き。
「これなら大丈夫だ」と弁護士さんと思しき方が受け止めてくれたのですが。

始めは気付かなかったけど、その弁護士さん、車いすやったんですね。
ダニエルのような社会的弱者を守ろうとするのがハンディのある方だということ。

思い起こせば、序盤にケイティの家の近くにいた犬も 後ろ足が片方無かったような。

そういった何気ないところにも、複雑な思いを感じずにはいられませんでした。

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だれもが、ダニエル・ブレイク
posted by 味噌のカツオ at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする