笑福亭鶴瓶、瑛太、余貴美子、八千草薫
とある山あいの過疎の村に 若い研修医がやってくる。その診療所では、伊野というただ一人の医師が東奔西走しながら、村人たちの医療を一手に担っていた。
西川美和監督作品。
前作の「ゆれる」が もう3年前なんだということにちょっと驚いた。
その西川監督の特集をNHKで見ました。
「鶴瓶さんは非常に良い人に見られるけど 実は問題行動(露出騒動か?)も多い」というようなことを言っておられました。
実際の鶴瓶さんは 人だかりがあれば「サイン書こか?」と自ら近寄っていったり、同じくNHKで放送中の「鶴瓶の家族に乾杯」なんかを見ても、人懐っこさの塊みたいな方。
そんな過剰な程のコミュニケーション力と、微妙な問題行動を併せ持つ鶴瓶さんは、この伊野という男にはハマリ過ぎるくらいにハマっていましたね。
この作品は鶴瓶さんなくして成立しなかったことでしょう。
それぐらいの存在感を示していましたね。
全然関係ないけど 井川遥さんのキレイさにちょっと引き込まれましたわ。
ドラマとかによく出てた頃は「癒し系美女」などともてはやされつつも、視聴率の取れない女優とか酷い言われ方してました。
でも 何か久々に見た井川遥さんも、この作品に(この役柄に)マッチしていたと思います。なかなかの存在感でしたよ。
さて、ストーリーはまた西川監督の世界というべきか、人間の可笑しさとか優しさとか、決して一方向ではない描き方で。それがまた滑稽なもんでしたね。
社会性とかの問題で考えたら 免許がないのに医療行為を行なうというのはアカンことですわ。でも そんな人間でも「神より仏より伊野先生」というまでに受け入れられている現実。
過疎の村に医師が不足しているという現実の問題も横たわる中で、倫理観をどこまで受け入れるべきか。
「病は気から」なんて言葉もあるように、たとえそれがニセモノであっても、信頼を置ける人の診察を受けてお薬を(いっぱい)飲んでいたら健康でいられるのかもしれません。
伊野はなぜこの村でニセ医者となったのか。元々 かづ子さんへはどんな想いがあったのか。
そこかしこに悪意と善意が裏表で存在していたのかな。
それぞれの場面で それぞれの感情が顔をもたげて。
それで伊野という男が形成されてきたのか。
様々な感じ方や受け取り方もあって人それぞれに解説ができるのかもしれないけど、作品の中では明確に説明されてはいません。
監督からの問い掛けで、登場人物たちの心の動きや善悪、全てが観客に委ねられてる感じがしますね。西川監督の手法・作風といってしまえばそれまでですが。
最初の場面中、伊野の「免許もってないねん」というセリフに注目してる映画評がありました。
う〜ん、それ読んで気が付いたけど、いきなりスゴイ投げかけがあったんだね(笑)
PS
八千草薫さんの役名は「かづ子」というものだったんですが、これは桑原和子さんから引用したものなんでしょうか?
教えてください「神様ー!!」
Deer Doctor (しかいしゃ)

