2012年06月19日

私が、生きる肌

ペドロ・アルモドバル
アントニオ・バンデラス、エレナ・アナヤ、マリサ・パレデス
最愛の妻を亡くして以来、完ぺきな肌の開発に打ち込む形成外科医のロベル。彼の自宅の一室には、まさに亡き妻にそっくりの美女が幽閉されていた。
彼女は一体何者で、どのような宿命のもとにロベルと巡り合ったのか…

変態映画。
そうやって言い切っちゃうと元も子もないのだけれど。何がどう変態なのかっちゅうと・・・
監督が変態、主人公が変態、この作品の持つニオイに誘われて(?)鑑賞してしまった観客も変態。
もちろんわたくし自身も。

でも正直、見終わった後に 何かを語りたくなるような。観客に訴えかける‘何か’を内包しているのは間違いないです。
この作品を「見てよかった」「面白かった」という評価が意外にも高いということは・・・映画ファンの心のどこかに眠ってる変態があるんじゃないかしら。

映画の中盤、あのパーティの場面。彼女と並び立った彼の体格が小柄に思えたんだけど、それがそういう部分でリアリティにつながるとは。そこもやられました。
最初に行なった‘手術’については、いわゆる‘アベサダ’じゃないけど一種の復讐と思ってました。
でもその後も開放されること無く月日の流れを追うにつれ、どんどん引き込まれちゃいましたね。この狂気の世界。

なぜに‘彼女’が幽閉されているのか全くわからない前半部分と、そこに辿り着いていく過程を見ながら「キ●ガイ博士」というワードがなんども浮かんできたけれど。
さらにその奥に浮かんできたイメージ。これ例えとしてどうかとは思いますけど・・・「仮面ライダー」でしたね。
ショッカーによって拉致されて、改造人間とされてしまった本郷猛。しかし脳改造をされる直前に脱出・・・というヤツ。

だからこの作品にシンパシー感じたなんて言うつもりは無いけれど、構図としては近いんじゃないのって(笑)

しかしまぁそうやって変態とか仮面ライダーとかぶった切るのは簡単なんですが、それと同時に気になった要素もありまして。
劇場に貼られていたこの作品に関するポップに監督のコメントが出てたんです。

要約しますと、それらの表面的なことより 最も描きたかったのは主人公の感情の欠如だったと。
「精神を病んだ者たちの定義とは、彼らが‘他人’の立場になれないことである」
他人の痛みを感じたり想像したりできないこと・・・と。

なるほど なるほど。
これはこれで身近であり、すごく大事なテーマだからこそ、何かを語りたくなってしまったのかな。
まぁだからといって その表現行為は常軌を逸してるのだけれど(苦笑)

展開はかなりイッちゃってますが、エグい映像はそんな出てこないので、コテコテの映画ファンだけでなく、一般の方でも案外すんなり見ることはできましょう。
そのうえで何かしら心に残るモノがあるはずで。

ただ それは決して心地良いものじゃなくて、心の澱(おり)みたいなもんだけど。
わたくし的にも‘残る’一本でした。

Ha-Da-.jpg
全身タイツフェチにもオススメ
posted by 味噌のカツオ at 00:46| Comment(0) | TrackBack(1) | ワ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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究極ともいえる
Excerpt: 19日のことですが、映画「私が、生きる肌」を鑑賞しました。 妻を亡くした形成外科医ロベル 彼はある人物を監禁して完璧な人工皮膚を移植、亡き妻へと作りかえてしまい・・・ ペドロ・アルモドバル監督作品..
Weblog: 笑う社会人の生活
Tracked: 2012-06-30 09:16