2013年03月14日

遺体 明日への十日間

君塚良一
西田敏行、佐藤浩市、柳葉敏郎、筒井道隆
2011年3月11日、巨大な地震により発生した津波が岩手県釜石市を襲い、多くの方が犠牲となった。
やがて遺体安置所となった体育館に 次々と遺体が運ばれてくるのだが、警察や市の職員も戸惑いを隠せないでいた。そこへ、かつて葬儀関係の仕事に就いていた相葉が、安置所のボランティアとして働くことを願い出る。

この作品のラストに「死者・行方不明者は19,000名以上」という字幕が映し出されます。
地震の影には それだけ多くの人々の悲しみがあり、また家が崩れ、津波が押し寄せ、原発が停止し…と次々に影響は広がっていきました。
おそらく様々な舞台設定で東日本大震災をテーマにした映画というのが、今後とも製作されることはあるのでしょうね。

そしてこの作品は、地震が起きて間もなく 多くの遺体を収容することとなった廃校後の中学校体育館での物語。
ベースとなっているのは、ノンフィクション作家・石井光太による遺体安置所を題材としたルポルタージュ「遺体 -震災、津波の果てに-」。

本来の映画とは起承転結のあるエンターテイメントですが、ここでは その体育館に次から次へと運ばれてくる遺体と、行方不明となった家族や仲間を探しに来る人たちの姿を、淡々と描き出しております。
終始、スクリーンは重苦しい雰囲気ですすみ、我々観客はただただ その光景を見守るだけ。

当初 この体育館の立会いとなった市の職員らは、泥だらけの遺体が運ばれてくる状況に、何もできずに ただ立ち尽くすのみ。いや、自分もその立場であったら同じかもしれないですよ。
そんな中にあって 黙々と検案を続ける医師、検歯を続ける歯科医。そして以前に葬祭関連の仕事をしていた民生委員の相葉の存在により、少しづつ周りの状況にも変化が訪れます。

相葉は自身の経験から、ひとりひとりのご遺体に言葉を語りかけます。「冷たかったでしょう」「がんばったねぇ」「もうすぐ家族が迎えに来てくれるからね」と。
それを見た市の職員の一人が「僕たちには言葉がある」「亡くなられた方に向けても語りかけることができる」〜と少しづつ前向きになっていくんですね。

その一方で あまりに大きすぎる悲しみに直面し、心を閉ざしかけた人が立ち上がるのに 言葉を要しなかったんですよね。
なんだろう。悲しみに暮れる相手を言葉で励ますということは、物語として 映画の一場面としてあるとは思うんですが、そうではなくて。
たとえ長い時間がかかっても、自らの心で現実を受け止めて、立ち上がって動き出すということ。
深いリアリティを感じると共に、余計に胸が締め付けられるような思いでした。

映画って所詮は役者が演じるものなんですがね。このような現実にあった、いや まだ進行形といっても過言では無い悲しみを演じるってどんなもんだろう…って考えたんだけど。
志田未来演じる市の職員が「なんでこんな小さい子まで…」と取り乱すように涙する場面を見て、演じるとか役作りとか抜きにして そういう風になるよねって。
それはきっと多くの人が同じ思いとなるであろう出来事なので、観客にもストレートに伝わる感情だと思いました。

一時は足の踏み場も無くなるほどの状況でしたが、棺や火葬場の目処もつくんだけど まだまだ発見された方々が運ばれてくるのだろう…そんな遺体安置所の10日間。
映画として 決して希望の見えるラストではありません。でも本当の希望を見い出すのは、現実世界の我々の務めなんですよね。

わたくしごとき 何もできることはありませんが、せめて こんな映画があるんだということだけでも発信させていただきたい。

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主演が西田敏行さんでよかった
posted by 味噌のカツオ at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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