2014年11月13日

嗤う分身

リチャード・アイオアディ
ジェシー・アイゼンバーグ、ミア・ワシコウスカ、ウォーレス・ショーン
存在感の薄い さえない男サイモン・ジェームズは、向かいに住む同僚ハナの部屋を望遠鏡で覗くことが楽しみな男だった。
そんなサイモンの職場に彼と瓜二つのジェームズ・サイモンが入社してくる。やがてジェームズはサイモンの生活を浸食し始め、その“存在”の全てを奪い去られる恐怖を感じ始める。

ヤバいかな〜と思いながらも、予告編の映像がキレイだったので見てきました。
率直な感想は、絵はキレイだったけど、内容はヤバかったなと。
そのまんまじゃん(爆)

設定としてこれは今なのか過去なのか。舞台となっているのはどこなのか、何の職業なのかよくわからない。
もちろんストーリーはありますが、そこには二人の自分が存在したり、理解不能な行動を取る登場人物たちとやはりよくわからない。

当然作る側も、ただただトンチンカンなものをこしらえているわけではなく、それなりの意味を持って作っているのだろうけど。
そういうのがバチッとハマるときもあるけれど、この作品はちょっと合わなかったな。

映像の中には自然光を使った場面がないとか、光と陰とで表情を見えにくくしてる絵があったり。
なんかそういうのを見ると、主人公の心理に迫った夢の中のお話。夜の間に見てる夢の世界なのかなと思ったりして。
であれば整合性の無いやりとりも合点がいく。

ところがこの映画には原作があって。
それがロシアの文豪ドストエフスキーの「分身(二重人格)」なんだとか。
となると夢ではなく、もっと普通にドッペルゲンガー寄りってことなのか。

そんなこんなで考えてたけど、残念ながら自分なりの答えは見いだせず。
まぁそんな作品もあるでしょう。

でも主演のジェシー・アイゼンバーグは自然に目を奪われる役者だったかな。
ただそれも 映画の中に2人存在してたせいかもだけど。
そしてミア・ワシコウスカ可愛らしさも再認識。

あとは劇中歌として60年代の日本の歌謡曲が使われているのがちょっとしたポイント。
これが違和感なく雰囲気にマッチしてましたね。ジャッキー吉川とブルーコメッツの「ブルーシャトー」とか坂本九の「上を向いて歩こう」とか。
ちなみにエンディングには韓国の歌謡曲が使われてまして。

一部には「日本語曲も韓国語曲も一緒くたか!?」と憤慨してるレビューもあったけど、ワシだってアメリカ人だろうがスウェーデン人だろうがオランダ人だろうが…
どこの人が歌ってるかはワッカリマセ〜ン。

日本の映画でも洋楽使うことあるわけだし。
あくまでそこはフィーリングでいいんじゃないですか。

DSC_1588.JPG
嗤う身分
posted by 味噌のカツオ at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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