2015年04月07日

妻への家路

チャン・イーモウ
コン・リー、チェン・ダオミン、チャン・ホエウェン
1977年。文化大革命が終結し、20年ぶりに解放されたルー・イエンシー。しかし自宅に戻ってみると、妻のフォン・ワンイーは あまりに長く夫を待ち続けた心労から、夫の顔の記憶を失ってしまっていた。
果たして、妻の記憶が戻る日は来るのだろうか?

中国の文化大革命の時代。それに翻弄された一組の夫婦。いや、その娘も大きく関わっていましたね。
ただ わたくし自身、文化大革命とは何ぞや?いったい何が行われていたのか?
恥ずかしながら全く存じ上げませんで。

この映画を見てから、なんとなくいきさつや時代背景を知ったというトコです。

「資本主義文化を批判し、社会主義文化の創生を」という政治・社会・思想・文化の改革運動。とされるものの、実質は中国共産党の権力闘争であった。

これに於いて、夫であるルー・イエンシーも長く囚われの身になっていたと。
しかし隙を突いて収容所から逃亡。密かに妻の下へ向かわんとするわけですが…

実は これによって大きな影響を受けたのが娘であると。一連の父の行動によって、彼女は夢への道を奪われることになってしまうんですね。
さらには娘と母との関係にも溝ができてしまいます。

やがて時代が流れ、父の拘束も解かれ、20年ぶりに帰ってくるわけですが…

複雑な父・母・娘の家族関係がベースにあって。
長い時間の影響もそうなんですが、思い出の写真を娘が切り取ってしまったのかな?そういう影響も関わってるのかもだけど。

とにかく映画としては、とても切ない感じでありまして。
例えば痴呆症の患者さんに対して、思い出の音楽を流すことで、多少なりとも記憶が呼び起されるというのもありますわね。
そんな感じで父のピアノが奏でられたり、思いが綴られた手紙を読み聞かせたりするわけなんですが…

その、痴呆であったりアルツハイマーであったり、病に苦しむ人は多いですよ。
それでも、相手が自分を認識してくれなくっても、家族は家族であって。介護をしながら、共に生きるケースもありますわね。
一方で 方さんのように、大切な人がそこにいないこともあるんじゃないですか。
それに対して この夫婦は、記憶の一部分が欠けてはいるものの、なんとか寄り添っているわけで

人それぞれに幸せのカタチってあるとは思うけど、この映画のラストシーンは、ある意味での幸せなワンシーンと言えるのかもしれません。
もちろん、十分に切ないけれど。

序盤から雨のシーンが多かったけど、ラストは静かな雪でしたね。
雨 以上に冷たい雪だけど、ベッチャベチャに体に滲みて重苦しくなる雨より、寒くてもハラリと払い落とせる雪の方が良い場面もあるのかな。

余談ですが、娘の丹丹ちゃん。良かったです。

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水餃子が食べたくなりました
posted by 味噌のカツオ at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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