2015年09月07日

野火

塚本晋也
塚本晋也、リリー・フランキー、中村達也、森 優作
第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。敗戦が色濃くなる中、結核を患った1等兵の田村は野戦病院行きを命ぜられる。しかし多くの負傷兵を抱える病院には相手にされず、元の部隊からも追い出され、照りつける太陽の下で空腹と孤独と戦いながら島をさまようことに…

戦後70年。そして安保法案の是非が問われている今。
単館上映ながら、若者を中心に 非常に話題になっているという作品。先日、NHK「ニュース9」でも取りあげられたほど。

テーマとしては戦争の悲惨さ。作品を通じて戦争について考えてもらうという事なんでしょうが。
とはいえ、数多の戦争映画のように ストレートに戦争の悲惨さを描くのではなく、パーソナルな視点でそれが表現されています。

この映画に限っていえば、(厳密には)そこがどこなのか、なぜこのような状況下に置かれているのか。どこへ向かおうとしているのかも ほぼほぼ語られてはおりません。
戦地に残され、もはやその存在は浮遊霊のように、行くあてもなく さまよう兵士。
そんな兵士の過酷な状況や心情を通して、戦争の何たるかを問うています。

ただ わたくし自身が少々集中力を欠きながら鑑賞したこともあり、また公開1ヶ月も過ぎ なんとなしに情報が入ってきちゃってることもあってか、正直さほどの衝撃は受けなかったですね。
厳しいことを言うならば、低予算ながら でき得るこ最大限のことをやっているんだなと。余計なことを思わせたりで。

終盤の 深夜に一気に移動を…というところで敵軍の集中砲火に遭ってしまうという場面。
光と影、音、そしていくらかグロい描写で表現されているんだけど。敵軍の存在が映されない分、想像力も働く一方で 妙に寓話的に感じられたりもしてしまって。
それまでが 暗い映像が多かったこともあり、悲惨さプラスαが見えちゃったんだよね。

そしてその後の展開。
極限状態のなかでサルの(とされる)肉を口にさせられ、それで命をつなぐことになるわけですが。
ただ前述の通り ちょっとそこそこ事前情報のある状況で、はたしてこれが何を表すのか。センセーショナルな表現なのか、異常な行動であるのか。あるいは だから戦争は反対なのか。
いくらか 受け止めに困る要素でもあったですね。

あと こまかいことをツッコむなら、冒頭で咳き込みながら肺を患っているとした主人公が、ろくな養生も受けないまま、たいそうな過酷な状況下でありながら その後は病気を感じさせる描写がなかったのもちょっと気になりました。

一方で、リリー・フランキーの醸す独特の雰囲気、中村達也の存在感は間違いなく映画のクオリティを高めておりました。

厳しいことも書きましたが、このような映画って変に山場を作っちゃってエンタメ寄りになっては戦争の厳しさが伝わらない。ドキュメントで事実関係を追うだけではハートに刺さりにくい。
いち個人の目の前で起きた、あるいは巻き込まれた 等身大の過酷さや恐怖を届けてこそ。

ただわたくし的には決してストライクではなかったのですが。
結果、今どきの若い人たちが戦争について思いを馳せ、何かを考えるきっかけとなったのかな。

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のびのびた
posted by 味噌のカツオ at 01:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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