2015年09月22日

進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド

樋口真嗣
三浦春馬、長谷川博己、水原希子、本郷奏多
壮絶な戦いの中、巨人に飲み込まれてしまったエレンだったが 自らが巨人となって復活。ほかの巨人たちを駆逐する。やがて元の姿に戻ったエレンは、巨人の仲間であるとの疑いから囚われの身になってしまう。そこへ新たな巨人が姿を現して…

前篇の衝撃から1ヶ月強、後篇の公開であります。
良くも悪くも話題作ですから。早めにチェックしておくべきですな。この手の作品は。

というわけで見に行って来たわけですが。困った、困った。
困ったことに、何かを記せるほどのロクな印象が残っていない。ぶっちゃけると、そういうこと。

わたくしの前篇の感想をあらためて見返して見ると、ストーリー展開は少々稚拙だけど、樋口監督らしい特撮映像はわたくし好みであったと。
巨人が人を喰らう描写も、良い意味でグロさや恐怖を感じられたと。そんなトコロ。

ですが この後篇は…
何と言うか“起・承・転”の前篇に対し、コチラは“結”のみに主眼が置かれている印象。
本来なら壮大なスケールを誇っていいような この世界観に対し「これこれこうだ」とセリフで説明。しかも胡散臭い芝居をしながらだ。
全然こちらに入っても来ない、訴えかけてこないし、映画としての求心力も弱い。

その後は 罪な青臭さで裏切りに遭ってドタバタすると。そんで内輪もめ的に喧々諤々してると巨人が出てウガーってなって。
ほんでドカーンとなったら…ハイ、おしまいって。なんやねんこれ!?

もう一度言うが、もっとスケールの大きな話ではないのかと。ホントの諸悪はいずこに?という話まで言及しながらこの有り様。
この映画の着地点というのは巨人がどう、人類がどう、世界の終わりがどう…ではなく、壁の穴を修復するだけの話だったのかい?と。

そして そこに至るまでも説得力の無い設定を軽々しい演技で語るのみなので、とてもじゃないが共感とかできませんわ。

もうひとつスケール感につながるかもだけど、前篇であんなに描かれていた巨人の怖さや不気味さ。(怪獣映画にありそうな)多くの人々がパニックで逃げ惑う映像。こういうのが全く無くって。
かくも恐ろしい存在である巨人。そこに勝ち目のなさそうな戦いに挑む戦士。前篇はまだそれらの特撮で魅せる部分に伝わるものもありました。
しかし今回は(気持ちの悪い)巨人はほとんど出てこず。結果 数少ない登場人物たちが、穴の開いた壁の前で延々文句言い合うだけだと。
参っちゃいました。

聞いた話ではこの「進撃の巨人」は何がしかの力によって、前篇・後篇の公開に分けられたんだとか。撮影直前まではそうではなかったとのこと。
つまり2部制にした方が、それだけ売り上げは見込めるわけで。それもあってか 各90分という短めの尺の2部制となったんですかね。

結論としては映画会社が果たした方針に対し、監督も脚本家も はたまた役者陣も、(作品で)その壁をブチ破れなかったんでしょうか。
あるいはエレンのように「そうじゃない」といって、そこには向かっていかなかったのかな。

といったところではありますが、あえて良かった点を挙げるとするならば、やはり石原さとみのテンションの張り具合(よくぞ生きててくれた)。
そして桜庭ななみちゃんが可愛かったことですね。

最後に。
プロローグのシーン。幼少のエレンが注射をされる場面で「お兄さんで実証済み」みたいな話があるんだけど。
シキシマが兄だったりとか?

DSC_0286.JPG
こんな(ひどい)のはじめて〜!!
posted by 味噌のカツオ at 01:27| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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