2016年07月18日

シング・ストリート 未来へのうた

ジョン・カーニー
フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、ルーシー・ボイントン、ジャック・レイナー
1985年のダブリン。大不況により父親が失業し、荒れた公立校に転校させられた14歳のコナー。
街で見かけたモデル志望のラフィナの美しさに惹かれ「僕のバンドのPVに出ない?」と口走ってしまう。慌ててバンドを組んだコナーは、ロンドンの音楽シーンを驚愕させるPVを製作することを決意する。

監督は「ONCE ダブリンの街角で」や「はじまりのうた」など音楽が関わる作品を手掛けてこられたジョン・カーニー。

そのジョン・カーニー監督の半自伝的映画とのことらしいのですが。
監督は1972年生まれとのことで。1971年生まれのわたくしとはモロ同世代。
だ・か・ら、この作品に描かれている時代背景、文化、そして音楽は直撃世代でありまして。

そりゃあもう、たまらない作品でございましたよ。

舞台となっている1985年。
いわゆるMTV(三重テレビじゃないよ)が勢いを増して、MVというツールとともに注目が広がっていった時期でした。
音楽が映像を伴っていくことで、音楽的センスだけでなく、ビジュアル面、あるいはMVのクオリティも競われはじめた頃でした。

主人公コナーは両親の関係が悪化することで、学校を変わることを余儀なくされ、また移った学校が非常に環境が悪かったと。
学校に居場所を見つけられない、また両親のケンカで家でも落ち着けない。そんな彼の唯一の楽しみが、兄と一緒にロンドンのMVをテレビで見ることだったんですね。

わたくし自身にもバンドやってたアニキがいて。
当然アニキの聞く音楽をこっちも耳にするもので。そういう影響って少なからずありますわね。

このコナーのお兄さんってのが またセンスがあって。
もちろん音楽の面だけでなく、青春の扉をひとつひとつ開くサポート役だったのも素晴らしい。

ひょんなスケベ心(?)からバンドを組み、PVを撮ることとなったコナー。
あの最初の曲の衣装のチョイス。誰ひとり“そういう”ことの理解していない中、各々の自宅にあった一番派手な服を持ち寄った感がまたお見事。
そんな場面を始め、当時のアーティストを揶揄ゆるようなセリフや音楽の話題で、結構 劇場の中に笑いも起こっていました。

「カバー曲なんてダサいぜ」とオリジナルの製作に挑むコナーたち。
今バンドが置かれている状況、コナーの思い、それらを作品に盛り込んでいく過程も面白かったし。
歌詞の表現や音楽のスタイルも、じつに当時を思わせる“らしい”曲調。

そんな、80年代っぽいオリジナルと、実際に当時流行っていた曲が交互に流れるのも嬉しい演出で。

オリジナル曲も増えて、学校で行われるパーティでギグ(この言い方すら涙モノ)をやろうぜと。ここからのラストまでの畳みかけにもいろんな名場面が詰まってて。

彼女が一人で空き地でデモテープを聞き涙ぐむシーンなんか、そのままカセットテープのCMになりそうだったし。
「ここでバラードは盛り下がるぜ」「いや、やろう」。「ここでこんな曲やったらもう演奏できなくなるかも」「もうどうなってもいいよ」。
そんなやりとりも未来を信じていればこそだし。

そして「サイコーなヤツだぜ」と歌詞を送り、コナーと彼女の旅立ちをもろ手をあげてサポートするアニキの姿なんてのもイカしてるわ。
この辺りの終盤の展開、おもいがけず もう目がウルウルきちゃって。
いやぁたまんなかったなぁ。

そもそもシング・ストリートが最初に音を出した時の不安定感にヒヤヒヤしつつ。
新たな作品も作りながら様になり。気付けば その音も洗練され、ビジュアルも垢抜けて、ハートも強くなっていって。

わっかりやすい成長の物語でありながら、そこにあざとさを残さないのは監督の手腕なんでしょうか。
またまた良い作品に出会えました。シング・ストリート、サイコーの1985に乾杯です!

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“人生”という名のバンド、あったよ
posted by 味噌のカツオ at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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