2017年06月04日

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篠崎 誠
山田キヌヲ、樋井明日香、高橋隆大、木村知貴
3・11の東日本大震災から3年。震災の予知夢を見た人々に関する調査を行っている社会心理学教授の川島瑛子は、今なお震災で亡くなった恋人の夢を見続けていた。
一方、大学の演劇学科に通う水谷薫は、311をテーマにした公演の稽古に追われている。そんな彼女も この芝居をはじめてからある不思議な夢にうなされていた。

ストレートに向き合おうとすると いくらか難しい映画ではあります。

時系列、登場人物の関係性、彷徨う男。
震災と予知夢について調査する教授。被災者と同化しようとする学生。

それができるのか、できないのか。

実際に予知夢を見ていたとしても、今さらそれを伝えられないし、確かなものでもない。
自分が被災者となって表現するにしても、実際に被災していない以上、想像力でそれになるしかない。

作品に登場する様々なパーツを見た人それぞれが結びつけていって。結局は脳の中でしか正解が無いように思えます。

それが繰り広げられるキャンパスも、迷路のような作りだったり。芝居の稽古場が丸見えだったり。
芝居の内容、役者の感情もそう。

教授のやろうとしていること、今 悩まされていること。それに至る動機。

決してわかりやすい作風じゃないので、それらを結び付けるにしても 各々でカタチが変わってくるだろうからね。

いつの時も映画って、ヒットするとか注目されるとか関係なく、多くの作品が撮られています。
日本で作られた映画を余すことなく認識することは不可能で。ましてや鑑賞することは不可能で。

それだけの映画は多く作られている事実は、それだけの作家がいることの証であり。
あの震災を経験してしまった以上、映画、演劇、ドラマ、音楽…いろんなものを創作する人は、アプローチの仕方は問わず、やはりそれをテーマにしたものを残したいだろうし。
意識せずとも それ以降で作風に変化がでることもあるわけで。

またそれを見聞きした観客は、それでまた考えるわけで。

上手くは言えませんが、あの震災が残したものは、あまりにも大きいな。

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posted by 味噌のカツオ at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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