トーマス・ジェーン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ローリー・ホールデン
激しい嵐の過ぎ去った日。スーパーマーケットまで買出しへと出かけたデヴィッドとビリーの父子。
やがて窓の外を濃い霧が覆い尽くし、建物の外へ出たものは 霧の中の何かに襲われていく。
今年はヘヴィーなアメリカ映画が多いです。
それらに込められたメッセージは ある人に言わせると、近年米国がしかけた戦争に向けての 形を変えたアンチテーゼだとも。
霧の中に潜む"何か"が明らかになった時には「そうきたか」と。ちょっと「クローバーフィールド」なものがあったですね。
ただし それらは概念的なもので、実社会には存在しないんだよね。そして本当の恐怖は自分たちの心の中から出てきているというもので。
いやいや、よくよく考えたら その"何か"も、結局は一部の人間が引き金になっていたんだっけか。
この映画は「ショーシャンクの空に」「グリーンマイル」と同じく スティーブン・キングの原作、フランク・ダラボン監督の作品。
お好きな方はそれだけで「あぁなるほど」と思うかもしれません。
命の意味、人と人の関係、神への信仰。。。いろいろ感じるストーリーになっています。
ただし、わたくしは日本人なモノで神への信仰や聖書の部分は感覚として受け止め方が違ってきちゃうかもしれないけどね。
それでも十分に極限状態での人間の感情心理は伝わってきました。
ほんの数十人の群集でも 一人ひとりの考え方や行動は違うわけで、何かに先導されて気持ちが変わっていくこともあるわけで。
何が正しいことなのかはちょっと難しいんだけど・・・
ラスト15分の展開は原作とは違い、ダラボン監督の案によるもの。しかし原作のキングも「そっちのほうがいい」と認めたそうな。
でもでも、辛すぎる。厳しすぎる。なんだか見ていられなかったですよ。
このラストは さすがに全米公開時には様々な議論を呼んだらしい。そりゃそうだわ。
プロレスファン的には クリス・ベノワの件を思い出しちゃったなぁ。
少々安っぽいんだけど、どんな霧の中でまわりが見えなくても、何かを信じることも大切かなって。
信じていれば止まっていてもいいんじゃないかと。
無理に止めることはないんじゃないかと。
最近のニュースと照らし合わせてそんなことも考えましたよ。
これは確かに今の世界の縮図なのかもしれません。それなのに見終わった時の後味は悪いです。非常に悪いです。
(主人公の立場で)希望を打ち消したラストシーンのあと、エンドロール時に無機質に響くエンジンやプロペラの音がジワジワと蝕んできます。
そんな感じですが、劇場を出た後に何も残らないようなのとは違ってね。
心の底から見てよかったと言える作品であることは間違いないです。
でもラブラブカップルのデートには向いてないね。
カップルはミストよりもミスドに行きましょう



あれこれとレビューをみていてわかったこと。
あれだけ頑張っていたと思っていた主人公・デヴィッドの選択が、かなりの災いを招いていたことに気づかされました。
今思えばゾッとしますね。
薬を手に入れるために薬局へ行ったために犠性になったものもいれば、無理に車で逃げようとする中で命を落としたものも。
そしてあのときに命からがらボンネットに乗った銃を手にしたがために、その後の悲劇が…
残っていた4発の銃弾で迫られた極限での選択。
これらは一見勇気に満ちたデヴィッドの選択ではあるけど、必ずしも最良とは言えないものだよね。
息子・ビリーとの約束。「怪物に僕を殺させないで」は確かに守ったんだけど、そんなクソのような約束は反故にしてしかるべきだったんだな。
そのラストシーン。
大半の方が「(フィクションであるなら)あの終わり方も良い」というものでした。
そして「あまりに希望がみえなくて辛かった」とも。
ところが、あそこで終わって希望が見えないのは確かなんですが、実際には軍によって救助された人々もそれなりにいるんですよね。
もっと言えば、デヴィッド自身が生き残ったという部分はもしかしたら希望なんですよ。
この先デヴィッドが生きていくとしたら、自らが引き金を引いた命も背負わなくちゃいけないんですよ。
例えるなら、殺人犯罪を犯したものが 服役して更生して社会に出たならば、被害者のそれも背負わなくてはいけないのと近い気がします。
そこに希望が無いのだとしたら、それこそ戦争と同じ。生か死かだけだよ。
それとは反対にデヴィッドたちが不安視していた 狂信的な女性。
わたくしも前半は「この女を黙らせろ!」と思っていましたよ。
でも、もしかしたら彼女を信じて しばらくスーパーにとどまっていたほうが命は助かったのかも。食料もあるわけだし。
良くも悪くも人々をまとめ上げ、不思議と巨大昆虫に襲われずに生き延びた彼女が"銃弾"で絶命するというのも皮肉な話。
あぁ〜いろんな見方や感じ方のできる作品やなぁ。。。