2016年10月07日

Every Day

手塚 悟
永野宗典、山本真由美、倉田大輔、こいけけいこ
ある朝。晴之の目の前に、交通事故で昏睡状態にあったはずの恋人・咲が現れる。「時間を1週間もらった」と話す咲は、いつものように弁当を晴之に渡す。
当たり前だった2人の日常が、特別なものとなって始まる。

あらすじを読んで 面白そうだったので見てきました。
それこそ事前に設定を理解していないと、冒頭のやり取りは意味不明になりそうだけど。

スクリーンを見て「あっ」と思ったのが主演の永野宗典。
「サマータイムマシン・ブルース」に出てたなぁ。確かにチラシにもヨーロッパ企画に在籍し〜って書いてあったね。

この作品を見ていて何気に感じたのがキャストの自然さ。
咲のお父さん。会社の同僚たち。みんな クサさのかけらもなく。めちゃナチュラル。
特に咲さんの振る舞い。やさしさが滲み出ていて、どんどん愛おしくなっていきましたわ。

ただ、その中にあって、主演の永野宗典が気になっちゃった。
うまい。うまいんだけど、どうしても舞台役者っぽさが出てるような。
あるいは ひとつひとつのリアクションやセリフが ちょっとづつ面白く見える。

やぁ、実際にそういうノリのサラリーマンの方もおるかもですが、この役柄、シチュエーションのなかにあっては、もうちょっとだけ抑え気味でも良かったんじゃないかな。

あとはオフィス内での弁当のやり取りだとか、離婚式のくだりなんかが いくらか雑に思えてしまったこと。
そしてチョイチョイ登場するお弁当が どれも同じように見えたり、あまりおいしそうでないというのはマイナスかな。わたくし目線で言うと。

そういうトコロに手を抜かないからこそ、説得力が増すと思うんだな。

一方で、BGMに使われているピアノがキレイでしたね。
音楽を担当した haruka nakamura さんの曲を手塚監督が聴いたことが、今作の始まりだったとのことで。これは間違いなく 映画支えた音楽でありましょう。

それから白いページをめくっていく演出も 効果的に配されていましたね。そこにあった写真もキレイで印象に残ります。

そして本編の終盤のやりとり。
大前提、僕らは悲しい方向性を感じながら、あの二人の会話を聞いていると。
正直 もしかして…との期待をほんのちょっとだけ感じながら。

そんな切ないストーリーでした。
でもでも、あえて厳しく言うならば、なんか惜しいかな。
もうちょっと深められたんじゃないかなと。
求め過ぎかな!?

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離婚式のブーケの意味合いって?
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2016年10月05日

A2 完全版

森 達也
オウム真理教(現アーレフ)の信者たちにカメラを向け、オウム事件の本質に迫った「A」(1998年)。その続編として公開された「A2」(2001年)。
それから15年の時を経て、当時カットされた映像を加え“完全版”としての再上映。

2016年公開、森達也監督の新作「FAKE」公開に合わせての“完全版”上映。
追加されたのは、麻原の実の娘が登場する約5分ほどのシーン。当時は未成年であり、諸々の影響を考慮してカットされたとのこと。

わたくし「FAKE」は見ましたが、この「A」及び「A2」は見ておりませんで。
企画としてオウム真理教に関するドキュメンタリーというのは知ってましたが。。。

事前に「FAKE」を見てたので「あぁそういうことか」とすぐに理解できましたが。
ただ単に「憎きオウム真理教の全容とは?」というスタンスで見てたら、余計に「???」だったかもですね。

そうであろうとなかろうと、見る人によっては「オウム擁護の映画だ」としか思わんだろうけども。

映像に記録されているのはオウム信者の日常。ただし映し出されているのは、テレビで 報道で知るそれとは違う、等身大のその姿。
そして まるで魔女狩りかのごとく、プラカードを掲げる人々の姿。

オウム真理教は教祖の意向で、次々と危険な行動に走りました。
まさに狂信的であるからこそ、行いの善悪の判断がつかない…いや、教義の下であっては善なのだろうけど。

でも今(撮影は2000年か)そこにいるのは、ただ純粋に修行を行う若者たちであって。
それに対し「オウムは出ていけ」と唱える人々。

「じゃあ話し合いましょう」と向かい入れても「そんなことはどうでもいいんだ」とグダグダな人々。

かと思えば 知らず知らずのうちに打ち解け合う姿も。
「オウムは認めないが、あんたたちは好きだから」と。
その交流を目の当たりにしつつ、報道はしないメディア。

大学で同じサークルだった信者と新聞記者。
自分はなぜここで修行しているのか迷いを見せる信者。一部の事実を見ぬふりして報道を続けることに向き合う記者。

松本サリン事件の被害者でもある河野さんとオウムの対話の場面。報道記者を前にしながら、オウムが社会性を保っていくにはどうするべきか。河野さんがそれを信者に指南しているように見受けられました。

いろいろと印象に残る映像の数々。時に微笑ましく、時に考えさせられ。
そんなドキュメンタリー作品でありました。

これはオウムに関わらずで。
どこぞの国の政策がイカれていても、末端の人民には如何ともしがたいこともあるように。

だから教祖が犯罪を指示していたとしても、ただ修行をしている若者に罪はないとも思うんだ。思うんだが。
国籍は選べないが、宗教は選んで信じたものなんだよね。

なぜ そのような危険思想があった教団に傾倒するのか。
そこはやっぱり首をかしげてしまうのですが。
それはそれとして疑問ではあります。

と同時に、都合のいい事実だけを発表する警察。
意にそぐわない事実は報じないマスコミ。
理解も思考も止まった住民。

それはそれで危険なことだと。認識はしております。

最後に。このフィルムに残されたことだけがリアルであると受け止めるわたくしは…
森達也教に洗脳されてるのかもね(笑)
posted by 味噌のカツオ at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月01日

オーバー・フェンス

オーバー・フェンス
山下敦弘
オダギリジョー、蒼井優、松田翔太、優香
家庭を顧みず妻に愛想をつかされた白岩は、東京から函館に戻り、職業訓練校に通いながら失業保険で暮らしていた。白岩は訓練校の同期の代島に連れていかれたキャバクラで、風変りなホステス聡(さとし)と出会う。
どこか危うい彼女に白岩は急速に惹かれていくのだが…

佐藤泰志の小説を原作とした“函館三部作”と称される三つの作品。熊切和嘉監督の「海炭市叙景」、呉美保監督の「そこのみにて光輝く」、それに続くのが今作でありまして。
原作は1985年に発表されたもので、佐藤泰志自身、東京から故郷の函館に戻り 職業訓練校に通っていたとのこと。
ノンフィクションとは言わないまでも、自身をモデルとしたうえでの創作なのかもです。

その三部作とされるものを、アラフォー世代の実力派の3人の監督が映画化してるのも面白いですな。

こう言ってしまうとなんですが。
ラストまでいってもズバーンとくる感じには乏しいし、あくまで長い長い人生の中の、とあるワンシーンと思えなくもない。
でも、でもでも、いろんなことを考えさせられる、いろんなことを感じられる2時間弱であるのは間違いない。

あまり事前情報を入れずに鑑賞したんだけど。
冒頭、タバコを吸いながら“微妙な距離感を漂わせつつ”世間話をしてるシーンから なんかムズムズ。
どこかゆるい空気感のまま、グイグイとは言わないまでも、自然と作品の世界観に馴染んでいきました。

でも もちろんそのままで終わるはずもなく。

オダギリジョー演じる白岩にも、蒼井優の演じる聡にも、それぞれの物語があって。
それらが全面晒されるわけではないところが、なんかリアリティありましたね。

ダチョウの求愛を真似て見せる聡は、ズバリそのもの、愛を求めているんだろうけれど。
かといって愛を与えると噛みついてみせるという。

いや もしかしたら、それが(その場では)本当の愛ではないことを理解してるからこそなのだろうが。

でも正直 映画を見ながら考えたですよ。
「すぐヤレる女」と聞いても、メンヘラ?な一面が見えたなら…いくかなぁ、いかんかなぁ。

んで白岩はいくんかぁ〜と思ってみてたんだけど。
結局彼も温和な表情を見せてはおりながら、じつは 突然キレてしまう一面があったり。大切な人を悲しませた…ような過去があって。

心の病とまでは言わないけれど、そういった迷いや弱さを受け入れられる人、理解できる人じゃないと、この作品を楽しめないかな。

オダジョーさんが何とも言えない雰囲気をまとっている姿が何ともたまらない。
そして蒼井優の壊れっぷりと愛らしさは、女としてはキツいけど、女優としては素晴らしかった。

職業訓練校の仲間たちのナチュラルな会話がまた心地よかったり。
代島役の松田翔太は個人的にはベストアクト。いいヤツなんだろうが、ちょっと怪しい的な(笑)

なんというか、白いボールがすべてを越えて彼女の元に届いたとしても。
あの点差を逆転することはできないのか。
それでも。。。

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学生なんすけど、一緒に競輪行きません?
posted by 味噌のカツオ at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月22日

怒り

李 相日
渡辺 謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野 剛、妻夫木聡
ある夏の暑い日に八王子で夫婦殺人事件が起こった。被害者の血で書かれた「怒」の文字を残し、犯人は逃亡。その行方はいまだ知れず。
事件から一年後、千葉、東京、沖縄に素性の知れない3人の男が現れた。やがて犯人は顔を整形していることがわかり、彼ら3人は周囲の人々から疑いの眼差しを受けることに…

あの「悪人」の原作・吉田修一と監督・李相日のコンビであると。
そりゃ結構な内容だろうなとは思いましたが。それプラス、役者陣の熱演がさらにクオリティを高めていました。
主要キャストはもちろんですが、そこに名前の無い池脇千鶴の存在感。高畑充希の儚げな雰囲気。あと沖縄の高校生役の佐久本宝(新人とのこと)も良かったですよ。難しい役どころなのにね。

映画の結論から書きますが…真犯人については書きませんが(笑)
タイトルは「怒り」だけども。怒りを越えて、誰もが幸せにならなきゃいけないんだなと。

そんな言葉も決して正しくはないだろうけど、主要登場人物が多いので、怒り、悲しみ、絶望、希望…いろんなことを平均的に突き付けてこられた感じでね。

ここで言う「怒り」そのものだけでも、誰に対しての怒りなのか。何に対しての怒りなのかも様々なので。
そして 信じることも試されます。

あらためて予告編の映像も見たけれど、デキが素晴らしいね。
その予告でも流されていた複雑な表情、涙、叫び、そしてセリフも、それぞれ凄く意味があるなと。

映画として見応えがあるのは間違いないけれど。やすやすと万人におススメはしにくい映画でもあるね。
見ていて辛くなる、気分悪くなるようなシーンもあるし。
でもわたくしにとっては見て良かった作品でありました。


さてさて、物語の大きな枠組みとして凄惨な殺人事件が関わっています。ですが、終盤までは それなくても成立するだろう〜というぐらい、3つの物語が同時進行していきます。
殺人事件ナシでもどころか、千葉、東京、沖縄 それぞれが1本の映画になりそうなぐらいの重みがあって。

ラストにそれらの感情が一気に押し寄せてくるんだけど、少しづつアプローチを違えることで、よりヘヴィーに感じられるところあるかな。

千葉編では池脇千鶴のナチュラルさと「自分の娘が幸せになれるわけないと思ってるんじゃないの」というセリフがズキューンときました。

東京編は何と言っても妻夫木聡と綾野剛のラブシーン。なんとなく妻夫木君にフレディ・マーキュリーのシルエットを感じちゃったり。
でもこの二人の関係はとてもピュアで、美しかったですね。それだけに優馬から母も恋人も奪ってしまうのは、酷な気がしたね。

そして沖縄編。ひとつ驚いたのは、高校生が普通に(?)泡盛飲んでつぶれてる描写について。今どきオトナがタバコを吸う絵すら敬遠されるのに。こんな“実状”を晒していいのかしらん?
それからこれも大きなポイントなんだけど。僕らが普通に耳を傾けている沖縄問題に対して、イチ高校生に「親がこういう活動するのはウザい」的なことを語らせるのかと。
一般的には基地“問題”として報道をされてはおりますが、実際には“そんなでもない”という声もあるのかと。

ところがところが、そんな印象を大きく覆す事件が起こります。これは物語上の事件でもあり、映画的にも事件ですよ。
広瀬すずちゃんにこんなことさせるのかと。あのシーンは辛さと共に驚きもありましたわ。
本人も撮影頑張ったと思うし、よく事務所もOK出したもんだ。

でもそれが女優になっていくということなのかもね。

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真犯人は…タツヤ(-_-;)
posted by 味噌のカツオ at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月12日

イット・フォローズ

デヴィッド・ロバート・ミッチェル
マイカ・モンロー、キーア・ギルクリスト、ダニエル・ゾヴァット
19歳のジェイはある男性と関係を持ったところ、あるものをうつしたと告げられる。
「それ」はうつされたものにしか見えず、捕まれば死が待ち受けている。また性行為で他者にうつすことができるが、相手が殺されると自分に戻ってくる。
果たしてジェイは「それ」の恐怖から逃げきることができるのか。

映画ファンの間では たいへん話題となっていた作品ですが、公開館も少なく、気付けば上映も終了しておりまして。
やっとこさで、DVDにて鑑賞。

恐怖が性行為でうつされる。ほぼほぼ大人は登場しない。
いわゆる「ティーンズ・ホラー」ではありますが。決してホラー ホラー した作風というわけでもなく。

その点で ホラー映画を期待した客の反応はイマイチだけど、その分 一般の映画ファンに響いたという。

確かに、性行為の場面も全然セクシャルではなく。追いかけてくる「それ」も近年のゾンビみたく攻撃性が強いわけでもなく。
それやったら何がオモロいねん?と言いたくなるのも事実ですわ。

なので事前に多少はテーマの予備知識を持ったうえでじゃないと、山場の無い 面白味の無い映画かも。
それに うつるとか死ぬとか。また自分に戻ってくるだとか。そういう(都市伝説的な)ルールを気にせずに見た方が、伝わりやすいのかもね。

本国アメリカでは かのタランティーノも高評価を叫び。観客の間では「この作品の本当のメッセージは何ぞや?」という部分でいろいろ議論が交わされ。
それについて監督がコメントするにまで波及。

一般的な見方としては、これは性病についてのメタファーであろうと。「気軽に性行為を行ってしまう若者たちに向け、啓発的な部分もあるのでは?」と。
まぁ実際に そう見た方が合点はいき易いですが。

一方で監督が語ったのは「これは生と死と愛の物語である」と。

「生死感」であるならば、主人公らに忍び寄る「それ」とは いわゆる“死”のことであろうかと。誰も、自分も気付かないうちに「それ」は迫ってくるものであって。
終盤に 肉体的痛み、精神的痛み。死を受け入れる痛みなども語られていて。

序盤に学校の授業で語られている内容と併せて、この作品のヒントであるとのことですが。
勉強が苦手なわたくしにはスッと理解できるはずもなく(苦笑)

わたくし的に今作で気になったのは水の存在。
プール、海水浴場。あるいは「それ」が水をしたたらせていたり。
どことなく“母体の羊水”や“聖水”を想起させたりもするわけで。

あと性行為でいうなら、ライトなSEXと本当の愛を伴ったSEXの違いなんてのも、うすうす気になったんだけど。
うつすためではなくって、本当の愛を確かめる行為であれば「それ」から逃れられるとか。
願わくばジェイとポールからは「それ」が消えていてほしいなと。

個人的に、気になる彼女が他の男とやっちゃった話をするのって、いたたまれないな〜と。見ててめちゃヒリヒリ感じたんだけどね。
そんなトコロからも、愛を感じられる作品かな?

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そ〜れ それそれ お祭りだ〜
posted by 味噌のカツオ at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月04日

イレブン・ミニッツ

イエジー・スコリモフスキ
リチャード・ドーマー、ヴォイチェフ・メツファルドフスキ、パウリナ・ハプコ
女たらしの映画監督。監督と面接をする女優。嫉妬深い女優の夫。刑務所から出てきて間もないホットドッグ屋。バイク便の青年…救命士の女性…
とある街に暮らす11人の男女(と1匹の犬)。彼らの午後5時から5時11分まで。わずか11分の間にそれぞれの人生が絡み合い、やがて迎える結末とは!?

様々な人々に起こる、ある一日の午後5時から5時11分までの出来事をモザイク状に構成…というのが事前情報。

爆弾テロ事件をいろんな登場人物の視点から描いていく「バンテージポイント」という作品がありました。
ひとつの事象でも、それぞれのポジション、立場で見えるものが変わってくるというスタンスの映画。

今作も そういうイメージで見に行ったんですが。
これがなかなか難解で。

登場人物のキャラ、相関図、時間軸も イマイチわかりづらい。
その11分後に どんな着地点が待っているかもわからない。
ほとんど接点のない人たちがバラバラに登場。作中ですれ違ったり絡んだりする感じも少ない。

そんなバラバラなキャラクターたちが…最後の一瞬で関わり合いを持つ…と言っちゃうとネタバレかしら!?
その流れというのがピタゴラスイッチ的とか言っちゃうと元も子もないのだが(笑)

確かに最後に全てが交わるカタルシスが無いとは言わないけれど、それぞれの登場人物の物語に目を引くようなやりとりも少ないので、そこに至るまでは少々退屈かも。

描かれた時間は11分間。登場するホテルの部屋は11階の11号室。
主要キャストは11人と。11という共通項がある中、犬は1匹なんだね。
でも その1匹が「ワン」と鳴くことで“11”は保たれてる!?

などとアホなことはさておき。

その状況を捉えた防犯カメラの映像のようなラストのカット。
それが引きの映像になり、もっと多くのカメラの映像が、さらにもっと多くのカメラの映像が…

どうでしょう。11人の男女が絡み合った大きな事故も、カメラが示す通りほんの小さな出来事でしかないのかな。
大局的に見ると、ほんの些細な、気にならない程度の出来事なのかな。

とある監視員が見ているモニター画面に黒い点が付着したり。絵描きさんのキャンバスに黒い沁みが付いたり。
ラストカットのモニター映像にも一部映し出されていないカメラがあって、そこが黒い点になってたけど。

それらすべてが、気になることなのか、気にするべきことなのか。
でもそこで何かが起きていることは事実なんだよね。

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ホットドッグ食べたい
posted by 味噌のカツオ at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月26日

あなた、その川を渡らないで

チン・モヨン
チョ・ビョンマン、カン・ゲヨル
韓国の小さな村の川のほとりで生活している98歳のおじいさんと89歳のおばあさん。
結婚76年目を迎え、今も仲良く毎日を過ごしている二人の暮らしを、15ヶ月間に渡って密着したドキュメンタリー。

ハードでアグレッシブで、ちょっとダークな側面に感情が込められた…そんな韓国映画も良いですが。
こんなハートフルなドキュメンタリーもあるんですな。そりゃそうか。

韓国では口コミで人気が広がって、国内で10人に1人が観たといわれるほどのヒットになったそうな。

登場するのは98歳のじいちゃんと89歳のばあちゃんの夫婦。
序盤からビックリしたんだけど。掃き集めた落ち葉を いきなり投げつけるじいちゃん。そして それにやり返すばあちゃん。さらには、いきなりはじまる雪合戦。
いい歳して、いたずら好きやなじいちゃんやなぁ〜と(笑)

それ以外にも、お出かけのシーン。食事のシーン。ばあちゃんトイレ&歌うじいちゃんってのもありましたか(笑)

いずれの映像からも二人の仲の良さが伝わってきます。
あたたかい雰囲気が。互いを思いやる優しさが。終始 ふたりを包んでいます。
そんな映像を見て、嫌に思うことはありませんわね。

と同時に、数点の子ども用パジャマを購入する場面は、胸にこみ上げてくるものがあります。
長い年月、いろんな時代背景があったとは思いますが、二人が乗り越えてきた出来事もあるんだなぁ。
飼っていたワンちゃんとの別れもね。

気がつけば、咳が止まらなくなってきたじいちゃん。
思うように体も動かせなくなり。なぜか雨降る窓際で寝込んでるのか謎だったけど。

いつ じいちゃんが旅だっても良いように、じいちゃんの服を燃やすばあちゃんの行動。
それには そういう意向があるんですな。

最後に元気だった頃のじいちゃんの映像がでるんだけど、あぁやっぱり かなり細くなってたんだ。

もう100になろうかという高齢で。人はいつしか旅立つこと。
それは当然だけど、当然だけど。

見てたみんながばあちゃんと同じ気持ちだったんじゃないかな。

基本、あの おうちでの映像で、これといった大きな事件が起きるわけで無し。
ムダにナレーションとか、過剰なBGMとかもなく、シンプルに二人を映し出した構成が、その美しさを際立たせてたように思います。

ところで、韓国の高齢者で、普段から あんなキレイな民族衣装みたいの着てる方は多いのかしらん?

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夫婦っていいね
posted by 味噌のカツオ at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月06日

AMY エイミー

アシフ・カパディア
エイミー・ワインハウス
2003年にリリースされたデビューアルバム『Flank』が大きな評価を得た後、続くセカンドアルバム『Back to Black』が全世界1200万枚のセールスを記録。
カリスマ性と抜群の歌唱力でファンを魅了しながら、2011年に27歳の若さで亡くなった歌手エイミー・ワインハウスの波乱の人生を追ったドキュメンタリー。

第88回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞作品。
正直、わたくし的にはイマイチ響いてこない系だったんだけど。
受賞作でもあるし、評判もよいので行ってきましたが。案の定、わたくしとは合わなかったですな。

ぶっちゃけエイミー・ワインハウスは知らなくって。もちろん曲を聞けば「あぁこれか」とは思うのだけど。

これまでにもミュージシャンのドキュメンタリーやヒストリームービーはいろいろありました。
そこで こっちにヒットする要素としては、その物語であったり、楽曲の良さであったり。

もちろん エイミーのシンガーとしての才能、歌唱力が素晴らしいのはわかりました。
でもでも、厳しいことを言うならば。それをつぶしたのは、ある意味で自業自得による部分が大きいんじゃないかと。

彼女がそうなってしまったのは、ダメな男に傾倒していったこと。そしてドラッグにおぼれていったこと。それに尽きると思うんですよ。
なんか、それを見せられて、わたくしは何を思えばいいのやら…と。

かわいそうなエイミー?バカなエイミー?

日本だと そのまんまのりピーさんが元ダンと一緒に気持ちよい事しちゃって。
その後、今もって、名前を出すのもはばかられるトコもあって。

汚名返上ができない世界もどうかと思うけど、やっぱりそっちに走ってしまうのは、その人がアカンと思ってしまうんよね。

もう一点。彼女が素晴らしい作品を残していないとは言わないけれど、活動期間の短さから、それなりの“カリスマ”にまではなっていなかったんじゃないですか。パパラッチがまとわりつく“セレブ”ではあったろうけど。
そういう点でも、思い入れをもって映画にのめり込むことができなかったんだよね。

ライブのボイコットシーンなんてのもあったし。
とにかくトータルそういうことがありつつ、どこか美談っぽくなっちゃってるのが、違和感やったね。

しかしまぁ海外では薬物中毒、大量摂取、などで命を落とすミュージシャンも多いですよね。
前述ののりピーさんでもないけれど、昨今の日本では一度の過ちでも即アウト。その後の活動に大きな悪影響を残しますが。アチラではそこまでは無いのかな。
お国柄っちゃあ そうなんでしょうが。

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♪AMYCDEFG〜
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2016年06月29日

エクス・マキナ

アレックス・ガーランド
ドーナル・グリーソン、アリシア・ヴィキャンデル、オスカー・アイザック
世界最大の検索エンジンの会社でプログラマーとして働くケイレブは、ネイサン社長の別荘に1週間滞在するチャンスを得る。
しかしそこに現れたのは女性型ロボット“エヴァ”であった。ケイレブはエヴァの人工知能のテストに協力をすることに…

「28日後...」や「わたしを離さないで」の脚本家、アレックス・ガーランドの初監督作品。第88回アカデミー賞視覚効果賞受賞作。

ですが 名古屋地区での上映は、現状1館のみという寂しさ。
これもひとえに、有名な役者さんが出ていないから…なんですかね!?

そう言われても 仕方がないくらい(ホントはそんなことないと思うが)キャストは少数で。
舞台は都会から離れた大自然の中にある 美しい別荘。

密室空間、わずかなキャストである分、物語は深く作られております。

“抽選で選ばれ”カリスマ社長の別荘へ招かれた 有能なプログラマー。
その別荘で社長は密かに人間そっくりなアンドロイドを開発。しかし重要なのは見た目の姿形だけではなく、そこに搭載された人工知能(AI)の性能。

アンドロイドと会話をすることで、AIの完成度を確認する“チューリング・テスト”のため、そのプログラマーは“選ばれた”のであった。

ネタバレ込みで言っちゃいますが。この展開を見ながらある予想を立てておりました。
そうです、ホントはケイレブもアンドロイドで。これは彼をテストするためのテストなのではないかと。

だから、彼がカミソリの刃で自身を傷つけたときは、驚きましたですね。
まさかまさかの大流血で。

となれば、これは誰が誰を試しているのか。
やがてハッキリしていくんだけど。

下衆な例えをするならば、タチの悪い経営者に囲われてるホステスのお姉さんが、うまい具合に客を惚れさせて。
「キミのためだったらなんだってする」と言ったところで金を巻き上げてドロンしちゃったような。

そんな構図だね。
夢も希望もありゃしないだ。

でもコチラは あくまで人工知能の話であって。
おそらく、たぶん、AIを組みあげたのはネイサン社長なんでしょう。
しかし、どうやら、そのAIの“知恵”が 社長を上回ってしまったと。

もちろんコチラは あくまで映画の話であって。
現実にそんなことは〜と言いたいところだけど。世界中でチェス、囲碁、将棋では人工知能が人間を負かしちゃったりしてるんだから。
今は その1分野のみでしょうが、ゆくゆくは どうなることか。

そう考えると、なかなかシュールで怖いストーリーですよね。

エヴァの思考は社長を越えてしまったようだけど、キョウコのダンスは 社長と同等だったな。
まてよ、社長もあそこで酔いつぶれてなかったら、エヴァに隙を突かれることなかったのか!?どやさ!?

さて、アカデミー賞視覚効果賞受賞というわりには 肌を剥がす描写とかはイマイチだったような。
なんて考えていたんだけど。そんなツッコミを忘れさせるぐらいに、エヴァがあまりに自然に存在してたんだな(苦笑)
posted by 味噌のカツオ at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月13日

海よりもまだ深く

是枝裕和
阿部 寛、真木よう子、小林聡美、樹木希林
15年前に1度だけ文学賞を受賞したことのある良多。現在は「取材にため」として探偵事務所に勤めている。元嫁・響子はそんな良多に愛想を尽かして離婚。11歳の息子・真悟の養育費も満足に払えないでいた。
ある日、たまたま良多の母・淑子の家に集まった良多と響子と真悟は、台風のため翌朝まで帰れなくなる。

一部で「物語が凡庸でつまらない」と書かれたレビューを見て少々不安になりましたが。
この映画を“凡庸な〜”としか感じられない人こそ、凡庸な人生しか送ってきていなくって。感受性が乏しくなっちゃってんじゃないでしょうか。

いや、わたくしだって全くもってドラマチックな人生なんかではないけれど、この映画には共感するところが多かったし、なんなら耳が痛かったり、時に笑えたり。あるいは心にグサグサくるものがあったりで。
決して派手じゃないし、大きなうねりもないし。

でも多くの人の等身大に近いものを、伝わるように仕上げて見せる監督の手腕にやられました。
キャスティング、キャラクター作り、演技、そしてなんといっても脚本ですかね。

ホントに家族の間で交わされている様な会話であり、それでいて緻密な人間描写が散りばめられていて。
台風の日にちょっとワクワクしたり。そんな中を公園の遊具に行く姿に「男の子ってバカだね」と思ったり。

そんな、ちょっとした人の可笑しみとかに触れては、いちいちニヤニヤさせられたね。

そういえばセリフの中に「アレ」という言葉がよくでてきましたね。
阿部寛演じる良多がことあるごとに「アレして」みたいに言ってて。どうかすると他の登場人物も「アレ」とか言ってて。

あのクセのあるしゃべり方、良多だけでいいじゃん〜と思う反面。
家族の中にひとりでも あんなのがいると、口癖が移ることもあるもんね。それでなのかな。
そんな良多が会話の端々に「アレ」を多用しちゃうのは、それで会話が成立しちゃうような。そんなコミュニティの中にしか生きていない証拠なのかも。

真っ当な考え方のお姉ちゃんの存在感。これが小林聡美さんにピッタリで。
そして樹木希林さんも、これぞ現代のお母ちゃん的。

親子というつながりがあって。親はいつでも子どもが心配して。
子どもは なるべく親に心配かけないよう振る舞ってしまう。

母は父と死別して。でもそんなに愛してたとは思っていない。
あるいは良多と響子のように、いろいろあって夫婦は壊れてしまうこともある。

それに比べると親子って絶対なのかな。
いやいや、やっぱり夫婦も尊い関係でしょ。ただし、維持していくには それなりの努力であったり、何かを犠牲にするぐらいの覚悟はいるんだろうね。

気付けば一貫性の無いままにツラツラと書いちゃったけど。
とにかく 親子、夫婦、家族、夢、現実…

いろんなことに関して考えさせられる2時間だったですね。
かつての小津安二郎や山田洋次など、小さなコミュニティの中に日本人らしさを表現した監督もおられますが。

是枝監督はそれらのテーマを、きちんと現代の文化の中に落とし込んで描いてるのかな。そんなことを思いました。

個人的にですが。
真木よう子さんに にらまれたり、罵声を浴びせられるのがタマラナイという男性、意外と多いんじゃないかしら。
あれはハマリ役ですよ。

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ラジオのテレサ・テンにもグッとくるよね
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2016年06月06日

マンガをはみだした男 赤塚不二夫

冨永昌敬
赤塚不二夫、赤塚りえ子
「天才バカボン」「おそ松くん」など数々の傑作を生み出した漫画家・赤塚不二夫の生誕80周年を記念して製作されたドキュメンタリー。
アニメを軸に、本人の肉声や彼を知る関係者の証言、プライベート映像などを通じ、作品以上に破天荒な人生を解き明かす。

マンガという文化が日本に根付いてずいぶん経つわけで。今現在、様々なマンガが描かれて出版されておりますが、そのルーツをたどっていくと、ほぼほぼトキワ荘に行きつくような気がしますね。

そんなトキワ荘出身(?)の漫画家の中でも赤塚不二夫さんは「天才バカボン」なんかを通じて、わたくしもそれなりに影響受けております。
影響という意味では、今現在でも「おそ松さん」経由で影響は広がっていると言えるのかも。
マンガじゃないけど、タモリさんもそうなのかな?

ドキュメンタリーというわけで、その足跡を辿っていく展開。
幼少時は満州で過ごしたものの、終戦を経て日本へ。手塚治虫のマンガを見て漫画家を目指したと。

トキワ荘時代から数多くのアシスタントと共に数本の連載をこなし、ギャグマンガの第一人者に。
しかしアシスタントらの独立や「天才バカボン」のマガジン・サンデー移籍事件などで混迷。

ちなみに この混迷期の証言VTRは、その証言者もこまめに変わったり、編集も雑な感じで。
こっちも見ながら混迷状況になっちゃったけど。

晩年はそのムチャクチャな遊び方をしたり、バカやったり、エロいことやったり。
作品はもとより、本人の振る舞いそのものが とんでもなかったみたい。

あと多くの方の証言に出てきた「レッツラゴン」という作品。
それこそ面白いとか面白くないとか、バカだとかそういうのを突き抜けた作品として、これまた多大な影響を与えたとされるとか。
なるほど、一瞬ピカソも例えに出てくるんだけど。それぐらい、読者のウケとか世間体を気にするでなく、己の作品を残せたというのは幸福なことですよね。

そんな赤塚不二夫の人生だったわけですが。


とてもとても・・・な言い方をしてしまうと、この映画は赤塚さんのヒストリーを追ってはおりますが。
製作者側が、赤塚不二夫に、バカになりきれていない気がします。

証言インタビューで「根は真面目な人だった」なんて言われたりしてますが。
ん〜“真面目”ってのは誰もが持ってる最低限の資質なわけであって。やっぱり基本はムチャクチャな人だと思うんですよ。

例えば 挨拶ができるとか、税金を納めてるとか、後輩の面倒見がいいとか。それは真面目なことではなく、普通だと思うんですよ。
だったら「根は真面目な人だった」なんて証言は一切入れず、とことんバカをやりたがる人だったと。誰かを笑わせるために、率先して笑われてたとか。

少なくとも赤塚不二夫のヒストリーに求めるのは そっちの面だけでいいじゃないですかと。
わたくしが知りたかったのは赤塚さんがどれだけバカだったのか(バカにはしてませんよ)ということであって。普通のことは極力カットでいけたんじゃないかな。

そういう描き方でよかったような気がします。

赤塚不二夫は偉大な作品を残しましたが。
この映画に関して言うなら「これでいいのだ」とはちょっと言いにくい仕上がりかなぁ。。。
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2016年04月27日

アイアムアヒーロー

佐藤信介
大泉 洋、有村架純、長澤まさみ、吉沢 悠
平凡な毎日を送る漫画家アシスタントの鈴木英雄。そんな彼の恋人が突如凶暴化して襲いかかる。その場は なんとか逃げ延びたものの、気付けば街中が謎の感染によって人々が変貌を遂げた“ZQN(ゾキュン)”であふれかえっていた。

“JZ”ですよ。ジャパニーズ・ゾンビムービーですよ。
死者が生き返る。感染で人間が凶暴化する。設定は いろいろありますが、ゾンビをテーマにした映画が世界中で蔓延しております。
テーマとして 扱いやすいんでしょうかね。

日本でもいくつか作られているゾンビモノですが、この「アイアムアヒーロー」は海外の映画祭でいくつも受賞をしてるんだとか。
その割には イマイチ宣伝されていないないなぁ。やっぱテレビ局が製作に絡んでいないとアレでしょうか(苦笑)

コミックが原作という事なんですな。読んでないので そこんところは知らんけど。
でも 事が起こって、徐々にえらいことになっていってる〜という感じはよく出てました。
いきなり目の前に人が落ちてきたり、車にはね飛ばされたり。

タクシーに乗って高速道路を疾走。走行中の車から落ちそうで落ちない。さらにはバンバン激突で大クラッシュ!!
スゲー!!

正直 日本の映画でここまでのカーアクションはなかったですね。
おそらくこのシーンも海外でロケをやっているんでしょう。アウトレットでのロケも含めて、日本ではこんな迫力のある絵は撮れないよね。

それ以外にもゾンビモノには付きものの血しぶき飛び散る映像もなかなかのデキ。終盤、おびただしい数のゾンビが横たわり、全てが血まみれになっている情景も、よくぞここまで作り込んだなと。
見る側も グロい映像にそこそこ耐性がないと、結構キツイんじゃないかな。
それぐらいスゲー!!

とまぁとにかく映像は非常によくできておりますが。
その反面、所々で雑な描写がチョイチョイとインサート。そして最後まで見終わるとストーリー性の弱さとか演出の甘さというか。
それが気になってしまいました。

英雄のケータイが飛んでいき、比呂美のスマホは意味ありげに電池切れ。だからといって本筋にはあまり影響なかったり。
そんな比呂美が英雄と親しげになる理由が見い出せなかったり。

かと思えば 比呂美が半分ZQN化。しかもメチャすごいパワーで英雄を助けます。だけど それ以降は寝てるか座ってるだけで。
もしかしたらギリギリのところで 再びあのパワーが?あるいは発症して襲ってくる?
いつ、いつ・・・って 無いんか〜い!

もうちょっとトランプのジョーカー的役どころだと思ってたけど、結果 座ってるだけやった。じゃあ ほぼほぼいなくても成立するやん。あの娘。
なんだったんだ?

元陸上選手のZQNが走り高跳びで屋上まで来るのは「やっぱりか」と思ったけども。
ZQNって頭が破裂したら死ぬ(?)んでしょ。だったら あんなに頭を陥没させるのは変じゃね。
頭から落下するという“おもしろシーン”を入れたいがために あんなことさせてるんだと思うけど、あんだけ頭打ったら割れてるよね。

終盤、絶体絶命という状況下で 英雄は銃を撃ち続けます。ZQNを一匹ずつ撃ちます。撃ちます。撃ちます。
これが結構長い。しかもバリエーションもなく、ただひたすら撃つだけ。その先が無い。
んで最後、弾がなくなり、バーンってやるんだけど。「そんだけか!」と。
もうちょっとヒヤヒヤさせるタメとか煽りとかできなかったのか。

がんばったよ。がんばったんだけどね。
それで これまでイケてなかった英雄が、真の意味でヒーローになった…と言われても、どうも腑に落ちない。
映画的な盛り上がりとか、変化とか、成長とかが ほとんど感じられないかな。

細かいツッコミどころ、他にもあるにはありますが。そういう隙を作らずに、ストーリーのドラマ性をもうちょっと立ててあったらなぁ。
とにかくカーアクションやグロ描写が見応えあっただけに、あまりにも惜しいです。


ちなみに2014年に撮影が行われたとのことで。
ここに出ている メイプル超合金は、ブレイク前のお姿なんですな。どこに出てるかは…だいたいわかるかな?

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東テレまでがニュース速報に!!
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2016年04月06日

あやしい彼女

水田伸生
多部未華子、倍賞美津子、小林聡美、志賀廣太郎
頑固でおせっかい。周囲から煙たがられてばかりの73歳の瀬山カツばあちゃん。ふと目にした写真館に吸い寄せられたカツだったが、写真を撮り店を出ると、20歳のときの若々しい姿のカツになっていた。
そこで失われた青春を取り戻すことを決意。カツは初めて思い通りの人生を歩み始める!

2014年の韓国映画「怪しい彼女」の日本版リメイク。
オリジナル版は主人公が美人じゃなかったのでスルーしてたけど、評判が良いみたいなので見に行ったところ、メチャメチャ面白かった作品でありました。

そもそもリメイクというのは難しいもので。
オリジナルが“良かった”からリメイクするんでしょ。わざわざ 再構築するんだったらオリジナルよりショボかったら何をかいわんや。
でも元の方のハードルが高いわけだからね。

だから難しいんですよ。だから この日本版もさほど期待していなかったんですよ。
ところが、やられましたねぇ。面白かった。泣けた。素晴らしかった!

韓国版のインパクト大なヒロインに対抗するのは多部未華子ちゃん。
前述の通り美人ではなかった韓国版の主人公。それに対するのが多部ちゃんというのは・・・ごうかーく!!

北川景子や桐谷美玲ではこのイメージは背負えなかったでしょう。
多部ちゃんみたいな子による顔芸や表現力。だからこそ「中身は70の婆さんなんだな」と思わせてくれましたし。

この作品、歌も重要な要素なんだけど、多部ちゃんの歌はただ上手いだけでなく、聞く人に響くそれになってたからね。
キンコンカンコン〜!鐘いっぱ〜い!ごうかーく!ですよ!

大まかなストーリーラインはほぼ一緒。
家族の関係、人間関係、歌が伝える思い。そういった辺りはもちろん変わらないから。
ただ大きく違うのは暮らしの中にある歌という文化。

韓国版の作中で歌われた曲がどんなに良いものであっても 日本人のウチらはそういう意味での感傷には浸れないもの。
ですが コチラは日本版。我々も知っているメロディが上手に使用されていました。

“SASAYA Cafe”で歌われた「見上げてごらん夜の星を」。そして「真赤な太陽」も良かった。
中でも圧巻は「悲しくてやりきれない」の場面。あのキャラ、歌声、インサート映像。説明なしでそのまま号泣。
とんでもない名シーン誕生やったね。

あとショッピングモールで親子に語り掛けるシーンも。
何だかわかんないけどもらい泣きしたよ(笑)

歌だけではなくBGMの使い方も良かったです。
銭湯でのぼせて 介抱されて 名前を問われて どこから来たのか〜という流れに対し、曲を上手く合わせていってましたね。ホント良く作られてました。

人の感情を動かすのに、泣かすよりも笑わせる方が難しいなんてことも言いますが、経験上 水田監督はお手のモノなんでしょう。
ホントにサラリと面白シーン、設定を入れてきて。

多部ちゃんのコメディエンヌ性であり、要潤さんのとぼけっぷりであり、志賀廣太郎さんのやられっぷりであり。
思わず声を出して笑ってしまう。そんな場面のクオリティも高かったです。

言わずもがなですが、小林聡美さんの安定感も抜群で。
終盤の病院で母に感謝を伝えるシーンは沁みましたよ。

最後に、毒舌で頑固でおせっかいなトラブルメーカーな婆ちゃん役の倍賞美津子さん。
何が驚いたって、冒頭いきなり“アリキック”を見舞うなんて。
ここ、プロレスファン的に反応せずにはいられなかったです。

さすがにこんな荒唐無稽な物語を名作と呼ぶのは憚られるかもですが。
多くの観客の感情に訴えかける作品であるのは間違いないです。
おススメです!!

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♪たまごかけごはん〜
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2016年02月15日

オデッセイ

リドリー・スコット
マット・デイモン、ジェシカ・チャステイン、クリステン・ウィグ
火星での有人探査中の嵐で行方不明となったマーク・ワトニー。他の乗組員はワトニーが死亡したと思い、火星を脱出するが、彼は生きていた。
自身の科学知識とポジティブ思考で生き延びようとするワトニー。一方、NASAは大胆な救出ミッションを計画していた。

ちょっと前にも宇宙空間に取り残された「ゼロ・グラビティ」という映画がありましたな。
こう言っては何ですが、アチラはずっと宇宙空間で もたくさしてるだけの印象もあって、わたくし的にはイマイチでした。
でもこの「オデッセイ」は楽しめましたね。かなり楽しかったよ。

いずれの作品にも言えるけど、今どきの宇宙映画は無重力空間の映像が さも当たり前のように登場します。
こういうのは日本の映画界にはない映像スキルですわね。

それはそれとしてこの映画ですよ。
もちろん大方のあらすじは知ったうえで見始めたんですが、意外にも始まってすぐにトントントーンと その辺りまで展開。
となるとこのあと、どんな展開を見せるのかなと気になったわけですが。

正直言ってしまうと、めちゃくちゃドラスティックという風でもなく。
もちろん 残された仲間の救出という命題こそありますが、取って付けたようなピンチとか、誰かを追い込むような、見ていてしんどいという表現はありません。

それでも映画としては非常に面白かった。
あえて言うなら心地よいとか、そんな感じかな。

設定上、流れるBGMが70年代とかのディスコナンバーとかで。
ワトニーは「悪趣味だ」などと憎まれ口叩いてたけど、やぁこれはこれで思わず体を動かしたくなるような曲ばかりで。

そして太平洋ひとりぼっちならぬ火星ひとりぼっちでありながら、持ち前の知識のスキルとポジティブ思考でサバイバルしていく様が とてもいい。
状況、立場、愚痴、計画。いろいろ語る“ひとりごと”も、総じて前向きな感じになってたしね。
唯一、肥料を作るシーンだけが「うわっ」と思ったけど。

どんな作品作りをする人でも 根底には「今まで誰も見たことのないものを作る」という意識はあると思うんですよ。
んでこの作品。宇宙を舞台にした救出劇というテーマにして、こんな雰囲気に仕上げるというのは、確かに今までになかったかなと。

こういう作品ですから救出は成功するんだろうなと。最後にみんなで「ヒューヒュー!」するんだろうなというのはあるわけで。
そのゴールへ向かうプロセスを、他の作品よりちょっとポップなアプローチにしてみたと。
そういうスタンスで、ほぼほぼ全編 気持ちよく見ることができましたと。
非常に心地よい作品でありました。

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おでっせいでっせ
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2016年01月21日

アンジェリカの微笑み

マノエル・ド・オリヴェイラ
リカルド・トレパ、ピラール・ロペス・デ・アジャラ、レオノール・シルヴェイラ
カメラが趣味の青年イザクの下宿に 富豪の邸宅ポルタシュ館の執事が現れ、若くして死んだ娘アンジェリカの最後の写真を撮ってほしいと依頼を受ける。
白い死に装束で横たわる美しいアンジェリカにイザクがカメラを向けると、アンジェリカは突然目を開きほほ笑み掛ける。
その日からイザクは 死んだはずのアンジェリカのことが頭から離れなくなってしまう。

『2015年4月2日、106歳で亡くなったマノエル・デ・オリベイラが101歳の時に撮り上げた幻想譚』
というこの作品。
なんとも幻想的なイメージとアンジェリカの微笑みに惹かれて見てきました。

が、わたくしとは合わなかったですね。
率直に言うと、眠たかった。。。

基本的に細かい設定や状況の説明はありません。
アンジェリカに何があったのか。今何が起きているのか。
セリフも ただ言葉が発せられているという感じで、会話という風ではない。

となれば、それなりに集中力を持って臨むことが求められる作品。
であるのに、わたくし、眠たかった。

というわけで、ぼんやりとした感覚でしか見られなかったですね。

アンジェリカは望まない結婚を強いられて。何がしかの病かで夭逝してしまったと。
残された夫は悲しみに暮れるも、残された彼女の表情からすると、決して苦しんだわけではなく。なんならこの別れが解放された証だったのかな。

そこへイザクが現れて、まさに運命の出会いを果たす。
ただしそれが“たまたま”彼女が亡くなった後だったと。

そんな二人が惹かれあい、愛を確かめるとするならば、そうなるしかなかったと。
そんな表面的なことしか感じられなかったわけであります。

などと書いてたら、また眠たくなってきちゃったな。

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アンジェリカの爆笑
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2015年11月04日

ヴィジット

M・ナイト・シャマラン
キャスリン・ハーン、ディアナ・デュナガン、ピーター・マクロビー
休暇を利用して、シングルマザーである母方の祖父母の家を訪れた15歳と13歳の姉弟。優しく穏やかな二人に温かく迎えられ一週間を過ごすことに。
が、夜になり部屋の外から異様な物音が聞こえてくる。やがて恐怖のあまりそのドアを開けてしまうのだが…

M・ナイト・シャマラン監督作品。
映画ファンからは“一発屋”と ありがたくない称号を受け、次々と微妙な作品を発表し続けておったのですが、この「ヴィジット」に関しては近年の作品とは少々仕上がり具合が違うとの評価が。

シャマラン監督の復活劇。見るっきゃないでしょ!
というわけで味わってきました。

確かにいい感じです。怖さ、不条理さ、そして程よい驚きを提供してくれるクライマックス。
これまでの「はぁ〜なんじゃこりゃ!」とか「そんで、何が言いたかったの?」みたいな“すかし感”はないですかね。スリラーとしてよくできています。

映画の宣伝文句として「奇妙な3つの約束とは?」などと書かれておりますが、厳密にはそのような約束は出てきませんで。
そういう言葉で引っ張らなくても、しっかりと謎に引き込まれましたし。

怪しげな言動、深夜の奇行、アメリカ版の貞子登場にも驚かされました。
でも よくよく見てみると登場人物 みなそれぞれにクセというか性癖たるものがあったりで。

その辺りがどのような伏線となり、どのように回収されるのか、注目して見ていたんだけど。

この作品はP・O・Vの形式で撮られておりまして。カメラを通した主人公の目線を観客も共有すると。
臨場感やリアリティを増す手法であると。が、それを逆手にとって リアルではないホラー系の作品によく用いられる手法。
なわけで そういう作品が既に多々作られておりますので「今さらシャマランがP・O・V?」という声も多いです。

確かにこのスタイルとしては十分に後発組ですわね。
でも その分、怖い映像は撮れてはおりますが、別にP・O・Vを駆使した新しさはなかったのかも。

さてさて、この映画にはいろんなキーワードが散りばめられておりまして。
離婚、家族、親子、認知症、潔癖症、ラップ、映画、役者、お菓子、ゲーム、etc…

そしてある事件とトリックが絡んでくるんだけど。
正直 それなりの驚きはあるんだけれど、どうも解せない部分もあって。

「ムムム…」と うがった見方もしつつ、物語として写された表面的なことではなく、何かあるんじゃないかと。
何があるかはよくわからないんだけれど、シャマラン監督の仕掛けた罠なり遊び心なりが…

ちょっと解説とか、ヒントとかほしいなぁ。
でも表面的な怖さや緊張感だけでも十分に楽しめたけれどね。

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ちょっとあの子にヴィジッと言ってやって!
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2015年08月06日

フレンチアルプスで起きたこと

リューベン・オストルンド
ヨハネス・バー・クンケ、リーサ・ローヴェン・コングスリ、クラーラ・ヴェッテルグレン
スキーリゾートへバカンスにやって来たスウェーデン人のファミリー。彼らがレストランのテラス席でランチを食べていたところ、人工的な雪崩が発生。周囲は雪煙に覆われ、一時的に視界ゼロとなってしまうものの大事には至らず。
ところが、その際の ある出来事がきっかけで、家族の関係が気まずいものになってしまう。

スキーリゾートに訪れたある家族に起きたアクシデントを通じ、様々なことを考えさせられる映画。
ジャンル分けするならば…ドラマであり、ブラックなコメディであり。やぁ男にとってはほぼほぼホラーかも(苦笑)

冒頭、電話を気にするそぶりからして 夫は普通に仕事のできる男性なのでしょう。
その分 普段は家族とどっぷり向き合う機会の少ない人が、慣れない(?)家族サービスをしようとなると、こういうこともありうるのかな。

雪山のオープンなテラスでのランチタイム。
人工的に小さな雪崩を起こすことで、大きな危険を回避する取り組み。しかし思いのほか大きな雪煙がそこを覆い尽くします。
母親は娘を抱きかかえ、息子に手を伸ばし 机の下に避難。一方の父親はスマホと手袋を抱え、ひとり駈け出してその場を逃げていきます。

テラスまるごと白い世界に包まれるものの実害は無く。やがて煙が晴れていくと、テラスにいた人々は「やれやれ」といった体で食事を再開します。
そこに「驚いたね〜」といった感じで一人戻ってくる父親。

次のシーン。会話も無くスキーで山へ向かう家族たちの姿。明らかに雰囲気が…

やがて妻は夫を責め、夫は皆無事だったんだからとかわす。子供たちは子供たちで そのイヤな空気を察知。
5日間のリゾート。2日目の昼に起きた出来事をきっかけに、その後の時間はギクシャクしたモノになっていくと。

設定としてはとてもいたたまれない感じ。とてもヒリヒリするんだけど、会話や行動の端々からは笑いも込み上げてきます。
このシチュエーションをどうするべきかと観る人、それぞれにゆだねられるトコロもありますが。

ぶっちゃけ、それ以降の展開が思いのほか地味目で。
劇的な出来事、感情の転換とかには乏しく、ずっとジメジメした雰囲気一辺倒で引っ張られていく印象が長いかな。

家族スキーの最終日。母の姿が見えなくなるくだり。帰りのバスで遭遇する体験。
この辺り、正直「あー」と思いつつ何も起こらないという展開。

時として、画面が雪に覆われ 白一色になる描写が長く続きます。
そこで何を思い、何が現れてくるのか。

それらのシーンに込められたメッセージをどう解釈するべきか。ですかね。

斬新ながらも、実際に自身がその立場に置かれる可能性は十分にあり得るオハナシ。
いろいろ考えさせられるのは、その際の行動か、あるいはその後の言い訳か?

あとホテルの従業員のおっさんの存在も、使いようによってはもっとシニカルに表現できたんじゃないかな?

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動画なんか撮るんじゃなかった…
posted by 味噌のカツオ at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月09日

オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分

スティーヴン・ナイト
トム・ハーディ、ルース・ウィルソン、オリビア・コールマン
妻と二人の子供に恵まれ、建設会社ではエリート社員として評価されているアイヴァン・ロック。仕事を終え、愛車のBMWで自宅へと走り出すのだが、一本の電話がかかってくる。やがて彼は自宅とは離れたロンドンへ向かうハイウェイへとハンドルを切った…

一風変わったワンシチュエーションムービー…と言っていいのかな。
全編に渡って、一人の男が高速道路を走りながら 電話越しの会話を続けるというもの。
クレジットには数名の名前が載っていますが、登場するのはトム・ハーディのみで、あとは全て電話にて声のみの出演。

「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」なんて こじゃれたタイトルではあるけども、原題は「LOCKE」ととてもシンプル。人名の“ロック”の意味。
主人公がアイヴァン・ロックの名前であると同時に、イギリスでは哲学者で政治思想家のロックを指すとも。

この映画の主人公・ロックはそんな大そうなものではなく、建設現場の監督であることが会話の中からわかります。
また彼が置かれた状況、そして人間関係も。

ぶっちゃけ この物語の核である、とても大きな問題は冒頭のところで明かされます。
その前提での会話劇。かと言って映像も大きな変化もないので。

途中、仕事の件でアクシデントも発生しますが、起承転結の転とするには やや弱いかな。
なので眠たくならないかと言われれば、まぁそうでしょうといったところではありますが、主人公は一生懸命運転してるので寝ちゃ失礼。
なんやかやとラストまで付き合ってしまいます。

さて、車の運転。しかも高速道路上。
進む道はただひたすら真っ直ぐしかありません。
まさに 人が進む道というのもそれと似たようなものです。なんならインターを下りていくことも、他のルートもあるのかもしれません。それでも己の行く先へ向かって進まなくてはなりません。

そんなことを思いながら この映画を見ていくと、さすがにちょっと切なく感じましたね。
良くも悪くも人生を現した物語。

ほんの一夜の過ち。それがこんな事態を巻き起こし、家族を失い、仕事も失い。
そんなときにスピーカーを通じて聞こえる あの泣き声。

どんな理由があろうと、どんな状況であろうと、新たな生命の誕生には全ての未来や希望が込められていることは否定できない。
とても複雑な思いのする映画ではあるけれど、それについては祝福されるべきなんですよね。。。

この映画(眠たいなりに)思いのほかすんなり馴染めたんですが。
洋画だったら たいがい右走行の左ハンドルなんだけど、舞台となっているイギリスって、車の走行が左側で車も右ハンドルなんですね。

ほんの些細なことだけど“画”として妙にしっくりきてたのは、そういうトコにも遠因があるのかな!?
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2015年06月26日

イニシエーション・ラブ

堤 幸彦
松田翔太、前田敦子、木村文乃
1980年代後半、バブル期の静岡。奥手な大学生・鈴木は、友人に誘われて参加した合コンで歯科助手のマユと出会う。
華やかな彼女に釣り合う男になろうとヘアスタイルやファッションを変えていく鈴木。そして迎えたクリスマス。二人は予約したホテルで幸せな時を過ごすのだが…

今から10年ぐらい前に発表された小説が原作。
純粋なラブストーリーかと思いきや、最後の最後で驚愕のミステリーへと趣を変えるという。その当時も読んだ方たちの間で話題になったそうです。

一部では「これこそ映像化不可能やろ」という声もあったそうですが、そういった“トリック”や遊び心で観客を弄ぶ(?)事に長けた堤幸彦がその物語をどう仕上げたのか。

率直に言って、わたくしはとても、とても楽しめました。
見ている中で「おや?」と思うトコロ、不自然な点もいくつかありましたが、終わってみれば「なるほど。そうでしたか」と。素直に楽しめました。

ネタバレ厳禁なので、見終わってから様々なサイトのレビューなんかも読みましたが…
多くの方が面白かったと語る中で「途中でわかった」だの、あれやこれやとツッコミ入れてる感想も。

そもそもソコが肝の映画であって。宣伝もソレを売りにしてPRしてるわけで。
そんな作品は端からに「騙されてたまるか」「暴いてやる」というスタンスで見ようとすること自体がナンセンスですな。
そこは娯楽として肩の力抜いて。それで引っ掛かるか、それでも気付いちゃうか。
それでいいんじゃない。

エンターテイメントの楽しみ方に貧困なかわいそうな人なのかも(苦笑)

さてさて、この映画の肝はソコだとは書きましたが、それはそれとして楽しめる要素もありました。
わたくし、この映画の登場人物とは3〜4歳ぐらいしか歳の差がないはずで。

要はここに出てくるアイテム、音楽、行動パターンなんかが普通に懐かしくって。その都度 微笑んでしまいまして。
それはそれで満足感を味わえましたし。

んで あの決定的な瞬間に あの曲がかかるなんて、あざと過ぎるわ〜とさらにニヤリ。
そのままの勢いで謎解き突入。それもまた乗せられて心地よかったけどね(^-^)

主要キャストは2人の(?)タックンと2人の女性。
木村文乃さんは まさに職場恋愛に陥りたくなる美女という感じでハマってました。

一方の前田あっちゃんも、バブル期のカワイ子ちゃん然としていて。気持ち20年前に戻ってときめきましたわ(笑)
ファッション、ヘアスタイルもさることながら、セパレートの水着姿は当時のアイドルみたいで胸キュンやったね。

ネタバレチックに語るなら、マユちゃんの行動はそれとなく理解できるね。
彼と遠恋になっちゃって、そのタイミングで合コンに誘われてと。実際それぐらいのペースで合コンあったし。
ただ、惚れるタイプがだいぶちゃうやん〜ってのは引っかかったけども(-_-;)

さて、この映画のコピーに「あなたは必ず2回観る」というのがありましたが。
もしもう一度見るとするならば…SideB → SideA → 謎解き…の順番で見るのもアリかも。なんてね。

素直に騙されました。面白かった!!

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ご両親は「男女7人〜」に出ておられたんだ…
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2015年06月25日

海街diary

是枝裕和
綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず、大竹しのぶ
鎌倉で暮らす三姉妹の元に、15年前に姿を消した父親が亡くなったという知らせが届く。山形で行われた葬儀の場で彼女らは母親違いの妹・すずと初めて対面する。
長女の幸は身寄りをなくしたすずに鎌倉で一緒に暮らさないかと持ち掛ける。二つ返事で「はい」と答えたすずを迎え入れ、鎌倉での四姉妹の暮らしが始まった。

いちいち書くまでもありませんが、素晴らしすぎる四姉妹のキャスティング。これはすずちゃんじゃなくても同居したいと思いますわ。
ちなみに冒頭から長澤まさみのサービスカットもありますし、病院に勤務する綾瀬はるかの看護師姿はそれだけでもごちそうだし(笑)
と、どこか下世話な思いも入り混じりつつ。。。

しかし決してキャスティングだけで引っ張ろうとしているわけでもなく。意外と言っては失礼ですが、映画としても味わい深い雰囲気のある作品に仕上がっておりました。
テイストとしては是枝監督らしいナチュラルな雰囲気と、古き良き“小津映画”の持つ日本っぽさの融合ですかね。

すっかり疎遠になっていた父の訃報が届き、葬儀に出席した三姉妹。
確かにあんな奔放な生き方をしてきた父親だったら、まともに向き合うことできないでしょうし。ましてや浮気相手との間にできた(異母)妹と同居なんて、考えられないですわ。
ただし 後にわかることだけど、長女は それ相当の状況に身を置いているわけで。そこを飲み込むと、四女を受け入れるというのも 決して無茶な提案でもなかったのかも。

また全体的なストーリー展開は 必要以上にドラマティックなことであるとか、映画らしいアクシデントは皆無。
でもそういう部分とは別に引き込まれる要素、ありましたね。

寂びれるほどの田舎でもなく それほどの都会でもない鎌倉という街で暮らす四姉妹。年齢や仕事も趣味嗜好もまちまちである、等身大の女性たちの姿を上手く描いてます。
仕事のこと、恋のこと、家族のこと、近所付き合いのこと。それらを嫌みなくインサートしてみせることで、なんだかコチラも親戚のおじちゃんぐらい親身になる気分で見入ってしまいましたし。
三人というバランスは 2対1 に陥ることもありますが、これが四人になることで、家族の安定感が増していくと。そんなことも思いましたね。

さて、人以外にも気になる部分として…
桜、扇風機の音、梅酒、雨、そんな季節を感じさせることがありました。
古い家屋、背比べ、縁側、浴衣、花火、そんな日本を感じさせるものも一杯登場しました。
そして丼、定食、カレーライス、トースト、それら魅力的な食についても目を奪われました。

物語が(お漬物と同様に)薄味であったり、悪人らしい悪人も登場しません。その分、上記のようなサイド的な部分が より効果的だったです。

おじさん的には 2時間ちょっとの全編、どこを切っても美人さんが拝めるというのは素直にうれしいところ。
ですが女性から見ても、服の貸し借りやマニキュアの塗り合いっこなんて姉妹関係の良さだったり、すずちゃん言うトコロの女子寮っぽさも憧れたりするんじゃなかろうか!?

あとはメインキャストの4人だけでなく、風吹ジュンさん、樹木希林さん、大竹しのぶさん。あとリリー・フランキーさんも。各登場人物のナチュラルな素顔感も見事。
この映画の魅力をけん引していく要因でありましたよね。

この作品、カンヌのコンペ部門に出品されましたが、残念ながら受賞までは叶わず。
日本的な良さが伝われば 海外の映画祭でも評価を得ることはできるのだろうけど。
この作品の場合、日本的というよりも日本人的な感じはしますね。日本人だからこその経験してきたことや感覚に訴えかけるものだったように思います。

とてもさわやかな後味がね。わたくしも日本人として、見て良かったと言える作品でした。

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“アレ”って便利な言葉だよね(笑)
posted by 味噌のカツオ at 00:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする