2013年03月14日

遺体 明日への十日間

君塚良一
西田敏行、佐藤浩市、柳葉敏郎、筒井道隆
2011年3月11日、巨大な地震により発生した津波が岩手県釜石市を襲い、多くの方が犠牲となった。
やがて遺体安置所となった体育館に 次々と遺体が運ばれてくるのだが、警察や市の職員も戸惑いを隠せないでいた。そこへ、かつて葬儀関係の仕事に就いていた相葉が、安置所のボランティアとして働くことを願い出る。

この作品のラストに「死者・行方不明者は19,000名以上」という字幕が映し出されます。
地震の影には それだけ多くの人々の悲しみがあり、また家が崩れ、津波が押し寄せ、原発が停止し…と次々に影響は広がっていきました。
おそらく様々な舞台設定で東日本大震災をテーマにした映画というのが、今後とも製作されることはあるのでしょうね。

そしてこの作品は、地震が起きて間もなく 多くの遺体を収容することとなった廃校後の中学校体育館での物語。
ベースとなっているのは、ノンフィクション作家・石井光太による遺体安置所を題材としたルポルタージュ「遺体 -震災、津波の果てに-」。

本来の映画とは起承転結のあるエンターテイメントですが、ここでは その体育館に次から次へと運ばれてくる遺体と、行方不明となった家族や仲間を探しに来る人たちの姿を、淡々と描き出しております。
終始、スクリーンは重苦しい雰囲気ですすみ、我々観客はただただ その光景を見守るだけ。

当初 この体育館の立会いとなった市の職員らは、泥だらけの遺体が運ばれてくる状況に、何もできずに ただ立ち尽くすのみ。いや、自分もその立場であったら同じかもしれないですよ。
そんな中にあって 黙々と検案を続ける医師、検歯を続ける歯科医。そして以前に葬祭関連の仕事をしていた民生委員の相葉の存在により、少しづつ周りの状況にも変化が訪れます。

相葉は自身の経験から、ひとりひとりのご遺体に言葉を語りかけます。「冷たかったでしょう」「がんばったねぇ」「もうすぐ家族が迎えに来てくれるからね」と。
それを見た市の職員の一人が「僕たちには言葉がある」「亡くなられた方に向けても語りかけることができる」〜と少しづつ前向きになっていくんですね。

その一方で あまりに大きすぎる悲しみに直面し、心を閉ざしかけた人が立ち上がるのに 言葉を要しなかったんですよね。
なんだろう。悲しみに暮れる相手を言葉で励ますということは、物語として 映画の一場面としてあるとは思うんですが、そうではなくて。
たとえ長い時間がかかっても、自らの心で現実を受け止めて、立ち上がって動き出すということ。
深いリアリティを感じると共に、余計に胸が締め付けられるような思いでした。

映画って所詮は役者が演じるものなんですがね。このような現実にあった、いや まだ進行形といっても過言では無い悲しみを演じるってどんなもんだろう…って考えたんだけど。
志田未来演じる市の職員が「なんでこんな小さい子まで…」と取り乱すように涙する場面を見て、演じるとか役作りとか抜きにして そういう風になるよねって。
それはきっと多くの人が同じ思いとなるであろう出来事なので、観客にもストレートに伝わる感情だと思いました。

一時は足の踏み場も無くなるほどの状況でしたが、棺や火葬場の目処もつくんだけど まだまだ発見された方々が運ばれてくるのだろう…そんな遺体安置所の10日間。
映画として 決して希望の見えるラストではありません。でも本当の希望を見い出すのは、現実世界の我々の務めなんですよね。

わたくしごとき 何もできることはありませんが、せめて こんな映画があるんだということだけでも発信させていただきたい。

DSC_0250.JPG
主演が西田敏行さんでよかった
posted by 味噌のカツオ at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月15日

悪の教典

三池崇史
伊藤英明、二階堂ふみ、染谷将太、林 遣都
蓮実聖司は‘ハスミン’というニックネームで呼ばれ、生徒に慕われる高校教師でありながら、自身の目的のためなら殺人もいとわない生まれながらのサイコパス(反社会性人格障害)だった。
校内でのトラブル、自身に降り掛かる障害を取り除くため、平然と殺人を犯していく蓮実。が 彼自身のささいなミスを隠すべく、蓮実が導き出した解決策はクラスの生徒全員の殺害だった。

「教師が生徒を皆殺し」というプロットを聞きまして、いったい何がどうして そんな事態になっちまうのか…と、ちょっと期待してた作品です。
伊藤英明が そんな殺人鬼をどう演じるのか。そして二階堂ふみ、染谷将太、林 遣都ら チカラのある若い役者さんがどんな芝居を見せてくれるのかも注目しておりました。

正直、前半はイマイチ乗り切れなかったですなぁ。思わず「えっ!?」と食いついてしまうような描写もありましたが、相対的にはテンポが悪さみたいのが気になりましたね。

しかし‘ハスミン’が覚醒して以降、グッと求心力が増しました。
ところが、グンとそれらを上まわるほど エゲツないシーンが続きまして。さすがのわたくしも辟易してしまったほど(苦笑)
アメリカで時々発生する学校での銃乱射事件って こんな感じっぽいのかなとか思いつつで。

あぁ恐るべしは三池崇史監督か。
いやいやこのサイコパスな主人公を演じきった伊藤英明も見事でしたよ。
ハスミンの引き締まった表情は、非常に凛々しかった。んでその眼差しが生徒たちに向けられていることが非常に恐怖感高まったし。

とにかく容赦の無さは素晴らしかった。命乞いやら説得するようなセリフを挟む余事なく、一方的に殺しまくってて。
ここまでやり切っちゃうのは、伊藤英明の事務所的に大丈夫やったんやろか?と心配になるほど。

そして やられていく生徒さんたちも いちいち上手かったですね。リアリティありましたよ。いやいや、別に人が銃で打たれて死ぬところを見たことはないけども。
(必要以上に)華やかに飾られた文化祭の装飾の中で、この惨劇が繰り広げられるというギャップ。キツイ映像でしたね。
「バトルロワイヤル」が公開された時も それはそれでセンセーショナルでしたが、今現在の映像を作り出す技量というのはこれほどまでにUPしているわけなんですな。

ただ‘お涙頂戴’やらセンチメンタリズムの付け入る隙を与えなかった分、非常さは高まったけど ドラマ性としては少々弱かったかも。全般的な印象として。

見た人によって「この作品はアリかナシか」評価は真っ二つに分かれるでしょうね。
「海猿」を引きずったまま見ちゃうと そのギャップについていけないだろうし、一方でここまで作り上げた役者&スタッフの技量は大したもんだとも。
それから なんでそんなにお尻出すのかと…(笑)

ハスミンの物語はまだ続いていくんでしょうが、はたして映画としての続編はありえるのかな?

DSC_0113.JPG
東大? To Die!
posted by 味噌のカツオ at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月08日

黄金を抱いて翔べ

井筒和幸
妻夫木聡、浅野忠信、桐谷健太、西田敏行
幸田は大学時代の友人・北川から、銀行の地下にあるという240億円相当の金塊強奪計画を持ちかけられる。
それぞれの役割りを担う6人が計画を進めんとしていたが、彼らの周囲で次々と事件が発生。やがて彼らの意外な過去や裏切りが浮上していく。

ベストセラー作家・高村薫の原作を井筒和幸監督が惚れこみ、今回 映像化されたこの作品。
ちなみに同小説が発表されたのが1990年というから、結構な寝かせ具合と言えましょう。

展開としては、6人の男たちの織り成す犯罪群像劇とでも言うべきか。それぞれの物語を背負った登場人物たちなのでありまして。
彼らのキャラクターをなぞりつつ、銀行の地下に眠る大量の金塊を盗み出さんとするのがメインのクライムストーリー。

個人個人の過去や関係性、あるいは罠・トラブル・裏切り…それらが絡み合う部分は、本当に計画が上手くいくものか、次はどんな障害が起こるのかと、なかなか見応えありました。
しかし肝心の銀行に乗り込んでからは、まぁまぁこの手の映画にはありがちなアクシデントぐらいで、そんなにドキドキしなかったんだなぁ、これが。
失礼ながら 映画としては後半失速という印象は拭えなくて。

ジイちゃん(西田敏行)の抱えてた秘密が明かされた時も、そんなに驚けなかったし。それまで伏線も張られていなかったし、それより金塊!ってモードだったから。こちらは(苦笑)
北川(浅野忠信)の家族が狙い打ちされたのは 結構ショッキングな描写だったんですが、それも後に続かない悲しみで。
嫁さんが「2人目ができたみたい…」という話と、おたふく風邪で精子がやられるという話は 繋がらないのかな?というのも気になりました。

どうなんでしょう、原作ではこういった辺りは もぅ少し掘り下げられているのかな?

そんな いくつか気になったことを挙げさせてもらいましたがね、基本的にわたくし 井筒監督の作風って お好きなんですよ。
大阪の空気とか味わいを知り尽くした監督が、その街の持つ面白味を所々に散りばめてありまして。

その最たるものが チョイチョイ絡んでくる大阪のおばちゃんたち。
ハードボイルドなやり取りの中に、当然のごとく会話を挟むおばちゃんたちの存在感が、大阪らしさと妙なリアリテイを演出してたように思いますわ。

作品中、トラックを襲撃するくだりのトコで、車が爆発するシーンがあるんだけど、この爆発のタイミングがちょっとビックリで。
あれ、今の妻夫木くんギリギリやったぞーと思ってね。ちょっとした見せ場ですよ(苦笑)
DSC_0107.JPG

シネコンで「エクスペンダブルズ2」かかってたね
posted by 味噌のカツオ at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月02日

アルゴ

ベン・アフレック
ベン・アフレック、アラン・アーキン、ジョン・グッドマン
1979年11月、アメリカ大使館にイランの過激派が突入。混乱の中脱出した6人の外交官は、カナダ大使の私邸へと身を隠す。
この事態に対し米の国務省はCIAに応援を依頼。要請を受けた人質奪還のプロであるメンデスは、架空の映画を企画し 6人をロケハンにやってきたスタッフに仕立て上げ、脱出する作戦を立てる。

1979年にイランで起きたアメリカ大使館人質事件を、ベン・アフレックが監督・製作・主演を務めて映画化したというこの作品。
物語のいきさつとしては、イラン国民の支持を得ていなかったパーレビ前国王が、ガン治療の名目で米国へ渡ったと。しかしイラン側は「パーレビを引き渡せ」としたものの米側はそれを拒否。
そこでエキサイトした過激派がイランのアメリカ大使館になだれ込み・・・ということです。

大使館内では52名が人質となったが、6名のアメリカ人外交官が脱出に成功しカナダ大使の私邸に身を隠し、その奪還のために呼ばれたCIAのトニー・メンデスをベン・アフレックが演じます。

結論から申しますと、人質は無事にアメリカに渡ります!
まぁ実話をベースにしているのでその点はそうなんですがね(笑)
基本、この手の映画って実話を越える物語に昇華できないことも多くて、個人的にはあまりのれないんですが、いやーこの作品は結構ドキドキしながら 見入ってしまいましたね。
結論がわかってるにもかかわらず(笑)

世の中 恐い映画っていっぱいありますが、モンスターや殺人鬼の登場するような恐さと また違いましてね。
民族間にある‘過激派’とされる人の恐さ・殺気みたいなものが、しっかり表現されていると思いました。

すぐ隣にいる人、目の前にいる人たちが いつ‘豹変’して襲ってくるかもしれない。銃口を向けるかもしれない。
そのギリギリの危さの上で、上映中にピーンとした緊張感が続いておりましたわ。

これ結果的に成功したから良かったものの、架空のカナダ人映画スタッフの振りをするという、一見グダグダになりそうな作戦。
かなり無理繰りだとは思いますが、そこにある状況と時間のなかで命がけで遂行する姿が映画らしいエンターテイメントになっておりましたね。
搭乗手続きから離陸の瞬間まで、どこまでリアルでどこから演出かはさておき、見応えあったのは確かです。

シュレッダーされた資料の中から、モンタージュのごとく脱出した6名の写真を合わせていくなんてのも面白かったですね。

作品としても良かったですが主演としてのベン・アフレックも、良い意味で抑揚を押さえたキャラクターで良かったと思います。
キャラクターといえば。エンドロール時に実際に脱出した6名の写真が登場するんですが、いや〜映画の出演者らは 実にそっくりなビジュアルに作り上げられていたということがわかります。笑えるほどにクリソツで。
まぁ「猿の惑星」のメイク担当した人も作戦に入ってるから、そのあたりはお手の物か(笑)
DSC_0084.JPG

♪アルゴ〜 アルゴ〜 わたしは元気〜
posted by 味噌のカツオ at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月07日

アウトレイジ ビヨンド

北野 武
ビートたけし、西田敏行、三浦友和、小日向文世
熾烈な下克上抗争を経て、関東の頂点を極めた暴力団「山王会」は政界にまで影響力
を広げていた。刑事の片岡は「山王会」の壊滅を目論み 関西最大の「花菱会」と対
立させるべく、裏で策略を仕掛けていく。
そんな中、獄中で死んだと思われていた元山王会配下の組長だった大友が出所する。

‘全員悪人’というのが この「アウトレイジ」の売り文句でもありますね。
じつは先日「ドラマや映画でヒーローが生まれないのは絶対的な悪役がいないからで
もある」なんて話を聞きまして。
ひと昔前は悪役商会さんみたいな顔立ちからして悪そうな専門の役者さんがおった
り、主人公を徹底していじめる汚れ役が存在したりしてたけど、ご時世なのか何なの
か。今はそういうキャラクターっていないですよね〜とそんな話。

しかーし!この作品に登場するのは まさに全員悪役。
西田敏行さんや塩見三省さんなんかも どこか人の良さが見え隠れする役柄が多いけ
ど、ここでは徹底した感じで容赦が無いワル役でしたね。
やぁなんかここまでやられると見ていて気持ち良かったですわ。

元々の親分を裏切ったことに対しての復讐。そして強大化し過ぎた組織が叩かれると
いうシンプルなストーリーライン。
場合によっては前作を未見でも、あるいは忘れちゃってても十分についていけると思
います。

この手の作品って、ヤクザを美化してるような風にも受け止められちゃう部分もある
んですが、そこは一つの映画として見てもらいたい。
そういうエンターテイメントの表現としては、いい具合の緊張感が終始張り詰められ
ていてね。これは近年にない感覚で。

室内で3〜4人の男が「なんだコラー!」「ふざけんなバカヤロー!」とか言い合う
場面を個別に撮ってるんだよね。
画面には一人しか映っていない状態。これで一人ひとりのセリフが際立つ効果もあっ
たし、全体の集中力も高まっておりました。

とにかく強面(コワモテ)のベテラン俳優の皆さんがアップになると、そこに刻まれた
シワの一本一本が味わいとか深みを出していてよかったです。
そんな中に近ごろの映画で、ヤンキーやらチンピラみたいな役柄でも活躍してる桐谷
健太に新井浩文なんかも入っていてね。それちょっと嬉しかったです。
ひと昔前の悪党だけでなく、若手も絡ませることで、映画としての未来も感じました
よ。

あと そんな悪党どもの中にあって、高橋克典の存在がカッコ良かったわ。できれば
セリフもほしかったです。
次回作(?)ではキーパーソンになってくるのかな!?

さてさて 全体を通して見てね、面白いかどうかと問われれば 素直に面白かったとは
言い難いトコではあります。ストーリーに捻りがないという点なんかを考えるとね。
その一方で、2時間に渡ってここまで張り詰めた空気を維持していたのは素晴らし
かった。それが見終わって一種のカタルシスとして感じましたですよ。わたくしは。
そんな見応えのある一本でした。

DSC_0043.JPG
ネジネジ中尾がネクタイしてたよ
posted by 味噌のカツオ at 01:14| Comment(1) | TrackBack(1) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月18日

アベンジャーズ(3D)字幕版

ジョス・ウェドン
ロバート・ダウニーJr、クリス・エヴァンス、マーク・ラファロ、クリス・ヘムズワース
ニック長官率いる国際平和維持組織の基地で研究されていた四次元キューブが、地球支配を目論むロキによって奪われてしまう。
キューブの力で異世界の軍隊を呼び込み、攻撃を仕掛けんとするロキに対し、ニック長官は“アベンジャーズ”結成を決意。最強ヒーローたちを召集するのだが、彼らはチームを組むことを拒否する。

説明不要なまでのアメコミヒーローがズラリ勢ぞろいの超豪華企画。
これは‘面白かった’とか‘楽しかった’とか言わないと「映画ってもんを知らんのか」などと罵られそうですが・・・わたくし的には、尺が長い割には退屈なものでしかなかったなと。

いやいや、子供の頃から仮面ライダーやウルトラマンとか見てきたわたくしですから。ヒーローたちが力をあわせて〜という設定にもトキメキますし、逆に敵の怪獣・怪人がいっぱい出てきてもドキドキしたもですよ。
しかしなぜかこの「アベンジャーズ」にはイマイチ揺さぶられるモノがなかったのですよ。あぁ。。。

その理由は、おそらく、ここに登場したヒーローたちの単体の‘主演作’を1個も見ておらんのですわ。ハルクもアイアンマンもソーもキャプテンも。
んーアメコミヒーローで唯一見たのは「ダークナイト」なんですが、あの人はこのお祭り騒ぎに合わなさそうだしね(爆)

とにかく単品のソレを見ていないので、ヒーローらそれぞれの背負ったバックボーンやキャラクターを理解できていなかった。やっぱりこれは痛いでしょうね。

野球を全く知らない人がプロ野球のオールスター戦を見ても感情移入の仕様が無いし、あのピッチャーとあのバッターは同じ高校出身だけどセとパに分かれて・・・云々の楽しみもできませんから(苦笑)

などと突き詰めていくと、決してこの作品が悪いんじゃなく、わたくしの方が「お呼びでない・・・」ということのようですな。
こりゃまた失礼しました〜(>o<)

いや、でもやっぱりわたくしのようなビギナー層も楽しめてこそ映画じゃないのかい?と思うのだが。
どうも会話の一つひとつに着いていけず。当初バラバラだった各々の思いが徐々に意思統一していくなんて「マジンガーZ対デビルマン」の時代からあった流れだし。
バトルシーンもそれぞれがバシバシやるシーンが延々続く印象で、そこにも真新しさは見い出せず。

やっぱり「ダークナイト」を見た直後では、ストーリー展開もアクションの部分も、どうにも乗り切れなくて。
良く言えばお祭り感覚の‘明るさ’なんだけど、わたくし的には‘軽さ’だったのですわ。

結局のところわたくしには合わない、見る資格のない今作でしたが、アメコミヒーローが好きな方に無条件に楽しみたい方には満足できる一本であると。それは断言しますわ。

あ、上映スケジュールがたまたま3Dだったんだけど、3Dである必然性も感じられなかったなぁ。
とことん合わない映画でしたわ(^-^;)

A-BEN-G.jpg
オベンジョーズ
posted by 味噌のカツオ at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月24日

おおかみこどもの雨と雪

細田 守
宮崎あおい、大沢たかお、黒木華、西井幸人
大学生花は、おおかみおとこと運命的な恋に落ち、やがて雪と雨という姉弟を授かる。都会の片隅で正体を隠しながら暮らす4人であったが、突然 父が命を落としてしまう。
2人の幼いおおかみこどもを抱えた花は、自然の残る田舎に移住することを決意する。

「時をかける少女」「サマーウォーズ」の細田守監督の最新作。となれば 自ずとそれらと比較したくなっちゃうんですが・・・
先の2作品は日常の中から徐々に非日常の方へと向かっていた感じだったけど、こちらは‘起’が非日常で そこから日常へ向かっていってるような。そんな印象を持ちましたですね。

何気ない形で花とおおかみおとこが出会い、じんわりと恋になっていく。
決して‘家族’に恵まれていなかったおとこ。そして花について、その辺りのバックボーンは語られていなかったけど、映像から察するに・・・
そんな二人だからこそ、より‘家族’を求めてたのかな。「わたしが‘おかえり’って言ってあげる」なんてセリフは個人的にキュンとくるツボでした(笑)

そして自らの境遇をカミングアウト。しかしそれを受け止め、受け入れる花。
でも、あれ以上描写が進んでたら かなりマニアックな映像に・・・(苦笑)

そして二人のこどもが産まれたものの、父親は亡くなってしまいます。
このおおかみこどもをどのように育てればよいのか?おそらく人目の少ない場所のほうが のびのびさせてあげられる・・・というのは確かで。半分野生だし。
そんなわけで残された家族3人、田舎へと居を移します。。。

子どもなんて何をやりだすかわからない。どんな動きをするか読めない。その点では人間もおおかみこどもも差異はないんじゃなかろうか。
また広い視野で考えれば、時々おおかみになってしまうというのも(極端ではあるが)個性と言える気もするわけで。
もっと広く捉えれば、異国とのハーフの子どもも似たような苦悩を抱えてるかもしれないわけだし。

やがて成長していく中で、先を見据えて どんな人生を歩むのか。本人が考えなくっちゃならない。
その点は、最近では香川照之さんとも少々ダブって見えまして。俳優として実績を積んできたけど、元々流れている血に従い、今後は歌舞伎の世界へ向かっていくという。

少々話がズレたかな。
ここでは おおかみおとこの子どもという設定にはなっていますが、根本としては結構 身近なテーマなんですよね。
無駄に大局に構えたり説教臭くなっていない辺り、ジブリの作品よりとっつき易いと思いますよ。

この独身・子どもナシのわたくしが見ても胸が熱くなるシーンもありましたから。
今現在、やりたい放題のヤンチャな子どもを育ててる方、近い将来 このように独立していくのかな〜なんて年頃のお子さんをお持ちの方であれば、たまらない映画でしょうね、これは。
どうですか?どこのおおかみの骨ともしれない先生に付いて行くとか言われちゃった日にゃ。そら心配しますわ(笑)

展開としてはとてもシンプルなので、インパクトだとか どんでん返し的なダイナミズムには乏しいと言わざるを得ないか。
ただし、その分 映像の美しさは絶品だし、花役の宮崎あおいの声・キャラクターが素晴らし過ぎます。
やっぱりこの人は大した女優さんですよ。

さて、子どもと言うのは親は選ぶことはできません。
でもその前段階。夫婦・恋人となるパートナーは互いの意思があってこそ。たとえ相手が変わった境遇の生まれ育ちであろうと、その意思を持って努力をすれば幸せはつかめるんだと。
ぜひ、宮崎あおいさんも花ちゃんみたいな幸せをつかんで欲しいものです。次こそは。

OO-gaki.jpg
おおかみこどものアメとムチ
posted by 味噌のカツオ at 21:50| Comment(1) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月03日

オレンジと太陽

ジム・ローチ
エミリー・ワトソン、デヴィッド・ウェンハム、ヒューゴ・ウィーヴィング
ソーシャルワーカーのマーガレットは、見知らぬ女性から「私が誰なのかを調べて欲しい」と訴えられる。
彼女は4歳の頃に多くの子どもたちと共に、イギリスからオーストラリアに送られたという。やがて調査を始めたマーガレットは、強制的な‘児童移民’が行なわれていた事実を知ることに…

なんともしっくりこないストーリーなのではありますが、これが実話を元にしたお話で。
ってか原作が「からのゆりかご−大英帝国の迷い子たち」という、 この作品の主人公であるマーガレット・ハンフリーズの著書だとのこと。
驚きであります。

19世紀から1970年代に渡って、イギリスは施設に預けられた子どもたちらをオーストラリアに送り、強制労働や虐待を行なっていたという。
その数たるや13万人ものぼるそうで。

(実在の)マーガレットが調査を行い、離れ離れとなっていた かつての子どもたちと その家族を再会させていったと。
そしてその活動とともに、悲しき事実が広く伝えられるようになり、2009年にはオーストラリアの首相が。2010年にはイギリスの首相が事実を認め、正式な謝罪を行なったと。

それがこの事件の、そして映画のあらましであります。

実話をテーマにしたものであり、尚且つ 今もって原作者の戦いが続いている問題で。
そういったことを映画化した点は意欲作とも言えますし、それだけにデリケートなものでもあって。

見た人の評価としては、こんな悲しい出来事が、しかもつい最近まで行なわれてたという驚き、そして憤り。
わが国にあっては北朝鮮の拉致事件とも重ね合わせて、よりその思いを深めた意見を目にしました。

で わたくし個人的な感想としては、もう一歩、もう半歩でも踏み込んだ話も期待したかった。
なぜこのようなことが起こったのか。具体的に誰がどのように主導して この‘児童移民’がシステム化されていったのか。誰が得をしていたのかがピンとこなかったし。

実の両親のスタンスはいかがなものか。
何かを得るために子どもを送り出したのか、政府に拉致をされたのか。
ちょっと その点が曖昧な感じで。

言い方は悪いけど、ただの悲劇としてしか、‘かつての子どもたち’の思いだけからしか描かれていなかったなと。
本質は もっともっと根深くて、もっともっと多くの人の感情も絡んでくるのだと思うからこそ。もう少し広い視野で多面的な背景も知りたかったなと。

あとは この子どもたちがどのような経緯で解放されたのかも気になったし。
決して悪い作品でもないし、甘っちょろい問題でもないのだけれど、だからこそもっと深い部分を知りたかったです。
というのは、下世話な感情なのかな?
でもそれが素直な思いです。

ORE-TAI.jpg
俺んちに居たいよう
posted by 味噌のカツオ at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月22日

アリラン

キム・ギドク
世界的映画監督のキム・ギドクのセルフムービー。
撮影中に起きたとある事件や後輩の裏切りなどに直面し、映画を撮る事が出来なくなってしまったキム・ギドク。
3年間に渡って 猫と共に山間の寂しい町で隠居生活に近い暮らしを送ってきたキム自身が、自問自答を繰り返すその様子を映し出す。

冒頭。延々と流れるキム・ギドクの日常。
山の中の小さな小屋。なぜかその小屋の中にテントを張り、寝室としているのが滑稽で。
小屋の中にあるストーブで湯を沸かし、飯を食い、ラーメンをすする。
トイレに行く際には小さな鍬(くわ)のようなものを持参(笑)
そして足元では一匹の猫が鳴きながらエサを待っている。

やがて監督がカメラに向かい語りだす。
「これはドラマでありドキュメントであり、そしてファンタジーでもある」と。

変な例えだけど、監督は映画に対してインポになってしまったようだ。
全くダメなわけではなく、本当はどうにかしたいと思いつつ。それに こんな映画を撮りたいという構想もしっかりと持っている。
だのに、それができないんだね。

監督はそこに客観的な自分を登場させ「なぜそうなんだキム・ギドク」と問題点をえぐりながら糾弾。
それを受けて もう一人の監督が、それに答えていく。手法としては‘自問自答’というヤツ。しかも饒舌というか、流暢にしてえらく長い。

正直 見る側としてそれを全て受け止めるのは大変かな。言語の違いによるニュアンスとか字幕のために端折られた部分もあるかもしれないし。
でもそこにはジワジワ伝わってくるものもありまして。

続いて質問者ではなく影の自分が登場。そのシルエットを写しながら問いかけ、またそれに答えていく。
そして涙をこぼしながら自身を剥き出しにしていく。

この作品のタイトルにもある「アリラン」は朝鮮の代表的な民謡で。
‘上り坂 下り坂’という歌詞などに良い時があれば悪い時もある〜といった具合に人生を表現した歌で。「自らを悟る」という意味もあるらしい。
ただし日本人のわたくしは その深い部分でのメンタルは伝わり切らないわけで。ちょっともどかしかったけど。

監督が映画を作れなくなったのは「悲夢」の撮影中、女優さんの命を奪いかねない事故に遭遇したことがあってとのこと。
そういう話を聞くと「監督失格」の平野監督のケースなんかも思い出しましたが。さすがにアレは映像に残っちゃってるし。助けられなかったことなので。
それに比べると観客目線でいえば少々弱いのも確か。それもあってノリ切れなかったのは致し方ないか。

やぁ本当にこの作品に関してはね、最初に監督が語った「これはドラマでありドキュメントであり、そしてファンタジーでもある」というスタンスで見るしかないのかな。
その先に存在するであろう本当の答えは、監督が次回作を発表した時に。その作品の中から読みとるのが理想ですよね。

ARI-RUN.jpg
気の毒なキム・ギドク
posted by 味噌のカツオ at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月14日

アーティスト

ミシェル・アザナヴィシウス
ジャン・デュジャルダン、ベレニス・ベジョ、ジョン・グッドマン
1927年。大スターのジョージは、拍手喝采を浴びていた新作の舞台挨拶の場で新人女優・ペピーと出会う。
やがてハリウッドではサイレントからトーキーへと移り変わり、ジョージの何げないアドバイスを受けたペピーはスターへと上り詰めていく。

2011年アカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演男優賞、音楽賞、衣装デザイン賞の5冠を果たした作品。
受賞暦もそうですが、現代に於いてモノクロのサイレント映画ということでも話題になっております。

描かれているのは1930年の前後。
それまで音楽と映像そして字幕のみのサイレントと呼ばれる方式だった映画の世界に、セリフ同時に出す事のできるトーキーという方式が登場。
映画会社は「これからはトーキーの時代だ」と、サイレント映画は製作しない方針を決定。

しかし主人公はサイレントにこだわりを持ち、自主制作でサイレント作品を監督するも大コケ。さらに不況のあおりを受けて財産もなくなり、嫁さんにも逃げられるという。。。

新しい映画の方式と言いますと、近ごろでは‘3D’なんかが出てきておりますが、さすがに一部にとどまってまして。なかなか現代ではそこまでイメージが重なるほどではないけれど。
でも当時のサイレントからトーキーというのは、まさに劇的な変化だったのでしょう。

映画の冒頭、劇中劇内で捉えられた主人公が拷問を受けながら「話すもんか!」と秘密をしゃべるもんかなんてやりとりがあったり。
離婚をせまる嫁さんから「そんなに話すのが嫌なの?」という問いかけが別れ話とトーキー作品との掛け言葉になってたり。
そんな遊び心がシンプルで楽しい。

でもシンプルという意味では ストーリーの起承転結もまさにそうで。
モノクロ&サイレント。さらには今のような家電やケータイ電話もない時代背景。いろんな表現を削ぎ落とした物語なので、必然的にちょっとしたアクションや心の動きが、スクリーンを通して観客に響いてまいります。
ワクを狭めたところでの表現なので、より繊細に伝わってきます。

あと もしかしたら、昔のヒット曲なんかを聞いたときに、今時やらないような音楽性が逆に新しく感じられたりするのと近いのかな。
とにかくこれはこれで、どこか新鮮なスタイルのように見えてきたのも事実。

映画のNo.1を決めるアカデミーの作品賞がコレということに違和感を覚える声もありますが、決して悪い作品ではないし物足りなさも感じないし。そして映画というジャンルの歴史へのリスペクトも含めて、このような結果だったのかな・・・なんてね。

あと特筆すべきは主人公にピッタリ寄り添っていたワンちゃん。色合いも含めてチャップリンの「犬の生活」と思い出しましたけど。
本名・アギーというこのワンちゃん。カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールにちなんだ「パルム・ドッグ賞」を受賞しているそうな。
が、10歳になるアギーはこの「アーティスト」を最後に引退したしたとのこと。

でもトレーナーさんによると、ここまでくるのにも何百時間やら何千時間ものトレーニングを経てきているそうなので。アギーも余生は隠居生活ですかね。。。

A-TEST.jpg
ホクロかと思ったら鼻クソやった
posted by 味噌のカツオ at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月24日

ALWAYS 三丁目の夕日'64

山崎 貴
吉岡秀隆、堤 真一、小雪、堀北真希、薬師丸ひろ子
昭和39年、オリンピック開催を控えた東京。
ヒロミと結婚し、高校生になった淳之介と3人で暮らす小説家の茶川。しかし新人小説家の作品に人気を奪われ、連載打ち切りの危機に陥っていた。
鈴木オートに住み込みで働く六子は、以前診療を受けた医師・菊池に恋心を抱く。しかし菊池についての悪い噂が聞かれ、六子の気持ちは揺れ動く。

1作目の公開が2005年11月。続編が2007年11月。そこから中4年ひらいてのシリーズ3作目です。
ちなみに設定上は前作が昭和34年(1959年)だったので、5年後のオハナシとなりますか。

あらたな登場人物こそあれど 基本のキャストは変わっていないので、その点 見る側もすんなりと入れますね。
そして何より、この昭和の風景そのものが、見るものを安心させるような雰囲気を醸しております。

当然シリーズの流れを押さえてた方が より楽しめましょうが、年配のお客様たちが‘ポン’と単発で鑑賞されても それなりの満足感を得られるであろうホームドラマといった作り。

その先にあるのは 出産、結婚、そして夢に向かっての旅立ち と、見た人をシンプルなまでに心地良く、しあわせな気持ちにさせてくれます。
その分、映画としてのダイナミズムには欠けるかもしれないけど、やっぱ このシリーズの観客が期待するのはこういう着地点なんでしょうね。
ただ その物語の濃さにしては、2時間25分という上映時間は少々長くも感じますが。

3作目でもあるので、それぞれのキャラクターもしっくりと無理なく演じてくれてますし、その中でも六子ちゃんの垢抜けてなさは堀北真希にしか出せない味わいがあると思いますよ(笑)

そんなシリーズ3作目にして、なんと初の3D化。とは言いつつも、わたくしが見たのは もちろん2D版。
で、ぶっちゃけ3Dの必然性が感じられる場面というのは、残念ながら無いに等しい。

菊池(森山未來)が鈴木(堤真一)に殴られてふっ飛ぶシーンがそれっぽいのか!?
それ以外は上空からみた東京タワーと、模型のプロペラ飛行機が3Dらしく感じられるのかもしれないけれど、きっと必要ないでしょうね。そのような演出は。なくても十分楽しめると言うべきかな。

このシリーズの売りはあくまで古きよき時代に生きた人たちの物語ですから。昭和の街並みや真新しい東京タワーもひとつの見せる要素なんでしょうが、正直「あぁ3Dで見たかった」と思わせるような、言わば必然性は感じなかったですよ。
果たして実際に別料金払ってまで3Dで見た人はどんな感想を持つのかな?

余談ですが、個人的にエンドロール時の 俯瞰の映像が良かったです。
あれはあれで時代背景とか、人の生き方を表してる気がしたので。

ALWAYS_64.jpg
次回作は「三丁目で69」とかどうですか?
posted by 味噌のカツオ at 10:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月21日

51 世界で一番小さく生まれたパンダ

塩浜雅之
(ナレーション)長谷川潤、徳山宰極
通常の3分の1の大きさ、体重わずか51グラムという 超未熟児のパンダが生まれた。中国語で“五一”という意味の“ウーイー”と名付けられたそのパンダの成長を追いながら、パンダの生態にせまるドキュメンタリー。

舞台は中国の成都パンダ研究基地。
ここは野生に近い環境を作り出し、パンダの繁殖なども行ないながら、人口飼育をしている施設なんだとか。

そもそもパンダさんは双子の赤ちゃんを産むことが多いとか。しかしながら母パンダは1頭しか面倒をみない習性があり、残された1頭は施設の研究員が救い出し、その成長をサポートしております。
‘体重51グラムの超未熟児パンダ’というのがタイトルにもなっているんですが、通常のパンダの赤ちゃんは150グラムというのが標準的な大きさなんだそうで。

映画の中では出産を控えて落ち着かない母パンダの様子なんかも写っているんですが、それで出てくるのが缶コーヒーより小さい150グラムの赤ちゃんパンダというのはまたなんとも。
実際 母パンダは体重100kgとかありそうなのに、そんなんでもデリケートになったりするんやね(苦笑)

とにかくそんなパンダたちのデリケートな生態というのも紹介されておりまして、パンダ界にも想像妊娠や育児放棄みたいなこともあるとか。なるほど。

そんなことはさておき、51グラムで生まれたウーイーも 気付けば他のパンダたちと同じようにすくすくと成長しまして。ここからの映像はホントにかわいいのだわ(^-^)
同じ頃に生まれた子パンダたちが、小さな柵の中でコロコロ転がりまくってたり、その柵を乗り越えようとして飼育係の方といたちごっこ状態になってた場面なんか、歩き始めたくらいの人間の赤ちゃんと似たようなもんだったね。

ひっくり返った格好で哺乳瓶のミルクを飲む場面もそうでした。もうパンダ好きにはメロメロになっちゃいそうな映像が続きます。
やがて子パンダたちも成長し、少しづつ大人になっていきます。
とまぁ映画としてはそんな感じの構成。

正直、問題提起的なのは前半にちょっと出てただけのような。
タイトルこそ「世界で一番小さく生まれた〜」と謳ってはいますが、それによる苦労はあるようなないような!?
気付けば かわいいパンダのプロモーションビデオっぽい印象が残っただけで。

ドキュメンタリーとしては、もう少しばかり 見る人に何かを考えさせる要素も欲しかったかなぁ。
素直にパンダ好きな方は満足できるかもしらんけど。。。

51_PANDA.jpg
♪世界にひとつだけのパンダ
posted by 味噌のカツオ at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月05日

愛のむきだし

園 子温
西島隆弘、満島ひかり、安藤サクラ、渡部篤郎
クリスチャンの家庭に生まれた男子高校生のユウは、神父の父・テツと2人で幸せな生活を送っていた。しかし父は愛人との関係を経て性格が一変。テツはユウに対し毎日「懺悔」を強要する。
そんなある日、ユウは運命の女・ヨーコと出会い恋に落ちる。一方 ヨーコは女装した姿のユウ(通称:サソリ)に恋をする。
しかしユウとヨーコの背後には、謎の新興宗教団体の魔の手が近づいていた。

「冷たい熱帯魚」「恋の罪」「ヒミズ」と ここ一年で、いずれもヘビーな3作品を発表している園子温監督。
その園監督の2009年公開作品。

衝撃的な内容と237分(3時間57分)という上映時間も話題になったものであります。
わたくし、当時は見られなかったのですが、今回正月休みで時間の余裕もあったのでDVDにて鑑賞いたしました。

簡単なストーリーを読んだり、盗撮、懺悔、同性愛、新興宗教そして勃起・・・そういったキーワードを目にすると、製作者の自己満の域を出ないアングラ志向のカルトムービーを連想してしまうんですが、コレがまったくそんなことはなく。
それらの素材を配しつつも見応えのあるエンターテイメントに昇華するのが園監督の真骨頂。

約4時間という尺の長さも当初は気になりましたが、さほどムダなシーンがあるでもなく、その分 登場人物たちのバックボーンが描かれてあるので必然なのかなと。
いやそれどころか、展開が面白いので長さは気にならなかったですね。
逆にヨーコの洗脳が解けるまでの期間なんかは「描写不足かな?」とすら思えるたし。

園監督の知り合いだった盗撮師が 新興宗教に入った妹を脱会させたという経験を基に製作されたストーリー。
大の大人が思惑通りに新興宗教にハマっていくくだりを、普通の感覚だったら「ありえない」と思ってしまうかもしれません。

ただ今のご時世に於いてもカルト教団に傾倒していく若者や、ネズミ講を信じてしまうヤツもおるし。なんなら 振り込め詐欺もソレと一緒でしょう。
普通ではありえないような事例があるわけなので。この作品に描かれるエピソードは決して滑稽だとは思わないですね。逆に妙なリアリティすら感じたですよ。
それから かつてのオウムが格安パソコンを手がけて運営資金を稼いでいたように、カルト宗教がバックで突いて…いや、バックに付いてAV業界でひと稼ぎしてても不思議ではないなと思いましたわ。

しかし前半部分(DVD上巻)を見た段階で「この とっ散らかっちゃった物語をどう着地させるんだろうか?」と全く読めませんでしたが、後半はまた怒涛の展開で楽しめました。
ホント、巡り巡ったうえでたどり着いたラストシーンのピュアな感情。4時間分の達成感(?)と共に感情があふれてきて、胸にこみ上げるものがありましたよ。
前述の繰り返しですが、しっかりと見応えのあるエンターテイメント作品。ただし 決してライトな作風ではないので、ある程度の映画ファンでないと着いていけないかもですね。
それからBGMの使い方も効果的で絶妙でした。

主演の西島隆弘(AAA)は本格的な演技はそこまで経験していないであろうに、見事に演じ切っておられました。
そして熱さと押さえたトーンを併せ持つ渡部篤郎もハマリ役でした。渡辺真起子演じるその女房・カオリは かなりイッちゃってるキャラだったのが0(ゼロ)教団に入ってからはえらく存在感消えましたね。これも新興宗教の恐ろしさなんでしょうか?

そして教団の布教に務めるコイケ役の安藤サクラ。今まで見てきた彼女のなかで最も違和感なく、またある種の美しさすら感じました。
コレはわたくしの最高の褒め言葉です。

最後にヨーコ役の満島ひかり。こちらも撮影当時はまだ経験多い女優さんではなかったでしょうが、ホントに素晴らしかったです。
先に見ていた「悪人」での今ドキの女の子っぽい印象が先行していたんですが、こんな役も演じていたんですねぇ。
ヨーコの性格と この作品の世界観を取り込めていないとあそこまでの芝居はできないであろうけど、完璧でしたね。
パンチラを超えた(パンモロぐらいの)見せ方も含めて、「お見それしました!」と言いたいです。

そして満島ひかりちゃんみたいな娘が「お兄ちゃん!」と語りかけることも、わたくし的にはツボだったりします。
案外そういう男子って潜在的にいるハズじゃね?
園監督ったら、わかってるよねぇ(笑)

I_Muki.jpg
神父と新婦は結ばれないのだわ
posted by 味噌のカツオ at 10:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

永遠の僕たち

ガス・ヴァン・サント
ヘンリー・ホッパー、ミア・ワシコウスカ、加瀬亮
自動車事故で両親を亡くし、自身も臨死体験をした少年・イーノック。それ以来 彼は、第二次世界大戦で戦死した特攻隊員の幽霊・ヒロシの姿が見えるようになっていた。
見知らぬ人の葬儀に参列することが趣味のイーノックは、病によって余命わずかと診断された少女・アナベルと出会う。

「ピュアで奇妙で、衝撃的なまでに美しいラブストーリー…」というのがチラシの宣伝文句。
死を身近に見つめている若い男女。そしてそこに絡んでくる戦死した日本人の幽霊。

そういうのを目にすると単純に「どんな物語なんだろうか」「ピュアな生死観が表現されてるのかな」。。。
いろんなこと思うんですが、ただひとつ心配事もありまして。
それはガス・ヴァン・サント監督作品だということ。

というのも、わたくしこの監督の作品が合わないんですねぇ。
世のレビュー記事などで評判の良い作品であっても、まったくと言っていいほど楽しめない。何も感じ取れない。「エレファント」「パラノイドパーク」とかがまさにソレで。
そんな一抹の不安も抱えつつ見てまいりました。

その結果・・・やっぱりアカンかった。ウトウトしてしまいました(-_-)

おそらくストーリーに魅力が無いとか、登場人物の個性がどうとか そういうんじゃないと思う。
あくまで監督の作風とか演出、表現のスタイルが わたくしに退屈なオーラを投げかけてきてるようで(爆)


釈然としない状況下で両親と別れてしまい、尚且つ臨死体験までしたイーノック。
まるで不思議の国からやって来たかのような独特の感性を持つアナベル。
そして その二人の恋を影ながら(霊ながら)みつめるのがヒロシ。

アメリカ映画でありながら(でも舞台はポーランドらしい)、その表現の中に 日本兵の幽霊が登場しているんですね。
命の尊さを計るにおいて 日本人の‘カミカゼ’というのは、世界的にみてもそれだけ特異な存在といえるのかな。
自分自身 戦争を知っているわけではないんですが、でも 愛を超えてお国のために命を差し出すそのスピリットは、しっかり描かれていたように思います。
イーノックとゲームの興じる際には特攻服であったのが、アナベルをエスコートする際には、何だか当時の日本の象徴様の装束に感じられたのも皮肉なものでありました。

一部でイーノックの行動や発言に共感できなかったというものも目にしましたが、彼なりに揺れてこその言動であろうし、両親とは違う大切な命との別れを経験していくことで、少しづつ大人になっていったと。そう思っていいラストだったのかな。

でも わたくし的には、睡魔とのせめぎ合いやったわ(-_-)

A-Boku.jpg
まるで睡眠ガスだね
posted by 味噌のカツオ at 02:00| Comment(0) | TrackBack(1) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月04日

忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー 感度サイコー!!!

鈴木 剛
忌野清志郎、仲井戸麗市、トータス松本、間寛平
2009年5月、58歳の若さで急逝した日本を代表するロックスター、忌野清志郎。彼が中心となり大阪の地で3度にわたり開催された「ナニワ・サリバン・ショー」。
今回 新たに撮影された映像と共に、伝説のライブが映像作品として甦る。

この作品は2001年、2004年、2006年と 過去3回にわたって大阪城ホールにて行なわれた「ナニワ・サリバン・ショー」の映像版。
基本的にはCD化・DVD化されていないとのことで、結構貴重な映像でもあります。

忌野清志郎さんと 仲間のアーティストたちが様々なセッション(コラボって言い方は違う気がする)を行なっています。
過去3回分のライブで尺は結構あったと思うんですが、何組かのアーティストにしぼってしっかりと演奏を見せてくれてます。

演奏が収録されていないアーティストもいっぱいで。
カットされちゃったアーティストの皆さんには申し訳ないが、ブツ切りのダイジェストで見せるより、‘ライブ感’という意味ではコレでよかったと思います。

近ごろの映画館では 舞台のお芝居を撮影したものや、プロレスを3D撮影したもの。そして漫才やコントのライブ中継など様々なものが上映されたりします。
つまりこれはそのライブ・コンサートの劇場版でありまして。おそらく おウチのDVDプレーヤーでは体感できない大画面と音響で感じることができる。
実際の会場とは また違った迫力と感動も得られるんじゃないかな。


オープニングの‘うさんくさい’煌びやかさに魅了され、「頑張れ!うしろのヤツら!!」という歌声に励まされ(笑)
「ナニワ・サリバン・ショーのテーマ」にシビれ、仲井戸麗市との共演に涙があふれました。

キヨシローの独特の声や歌い方、誰にも真似できないまさに‘一芸’ですわ。
時にやさしく、時に攻撃的で。そして垣間見せるオチャメなテイスト。その全てのパフォーマンスがいちいちカッコイイ。あえて言うなら‘感度サイコー!!!’ですよ。

現実問題としてキヨシローはいないのかもしれないけど、間違いなくスクリーンの中に 躍動するキヨシローがおりました。ホンモノが。
前述の通り、おウチのDVDでは感じられない‘ライブ’があるはずなので、ぜひ映画館で体感する作品ですね。
キヨシローのファンだけでなく、多くの音楽ファンに見て欲しいと。そう思います。


「ナニワ・サリバン・ショー」は大阪のラジオ局・FM802がサポートしておるわけなんですが、実際キヨシローの曲にも‘ラジオ’がフューチャーされてたりします。
「雨上がりの夜空に」にも‘♪お前についてるラジオ〜’というフレーズがあったり「トランジスタラジオ」はそのまんまだし。そして最後の名曲と言われる「Oh! RADIO」の存在も。
個人的に今 ラジオに関わってる者として、それも嬉しく感じています。

N-S-S.jpg
ハニワ・サリバン・ショー
posted by 味噌のカツオ at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月28日

息もできない

ヤン・イクチュン
ヤン・イクチュン、キム・コッピ、イ・ファン、チョン・マンシク
手荒い手法で借金の取り立てをして日々を送るサンフン。ある日 やたらと気の強い女子高生・ヨニと出会い、互いに通じる感情を抱き合うようになっていく。
全く立場の違うサンフンとヨニだが、それぞれが家族との関係に問題を抱えていた。

2010年キネ旬・外国映画ベストテン第1位。2010年映画館大賞第2位
その他 海外の映画祭でも様々な賞に輝いてるこの作品。
DVDではありますが、やっと見ることができました。

この作品のクレジットではヤン・イクチュンの製作・脚本・監督・編集・そして主演ということになっております。
今作の脚本でシナリオコンペの賞金を獲得し、さらに諸々資金を調達。そのうえで作品を完成させたという事ですから、まさにイクチュンの思い、情念を注ぎ込んだ作品といえるでしょう。

冒頭からいきなり殴る映像。
見てて・・・というより、聞いていて「バシッ」という音ではなく、「ミチッ」といったような どこか粘着質な音が、より生々しさと痛みを伝えます。

とにかく前半は そんな暴力を描いたシーンの多いこと。
いろんな意味で見ている側もどこか痛々しく感じるし、見るに耐えないという方も出てくるかもね。
そういった点も含めて、韓国映画というのは容赦ないね。徹底してます。

正直サンフンの振り上げる拳に嫌悪感をいだきました。なぜそんなことをしなきゃならない?
それが仕事の相手(借金してる相手)であっても、そして こんな自分にしてしまった直接の原因である父親に対しても。
見ていて心がヒリヒリしっぱなしでした。

が一転。その忌み嫌っていた父が血を流した瞬間に「絶対に死ぬな!生きろ!」と叫び「俺は息子だ!俺の地を全部抜いて親父にやってくれ!」という、あの場面はたまらなかったですね。
理由とか理屈とか関係なく込み上げるものがありましたよ。

そんなサンフンと似て非なるトラウマを抱えている女子高生のヨニ。年齢も立場も違ううえに、互いにその境遇なごは語ることなく、それでも必然といった感じで共鳴しあっていきます。
彼女の存在があったからサンフンの意識にも変化があったのでしょうが。。。

ただヨニの弟とサンフンの関係や、ヨニの母とサンフンの関係も鑑みると、より複雑な思いにかられてしまいますね。
その辺りの部分はズシンとした印象も残しますが、同時にピュアな感情も見え隠れするわけで。。。

正直 見てる間、そして見終わっても この作品がなぜにそれまでの高評価を受けているのか。ストレートには受け止めにくかったですね。
でも一つひとつの場面を思い起こしていくうちに、ジワジワくるのも確か。
ライトなユーザーにはちょっとヘヴィーだけれども、映画好きには やはり気になる一本でしたね。
うん、見てよかったです。

IKI-DEKI.jpg
息子もできない
posted by 味噌のカツオ at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月17日

アジョシ

イ・ジョンボム
ウォンビン、キム・セロン、キム・ヒウォン、キム・ソンオ
都会の片隅でひっそりと質屋を営むテシク。そんなテシクを慕う隣人の少女・ソミ。
ある日、クラブダンサーであるソミの母が犯罪組織の麻薬を盗んだことから、母娘 共に拉致されてしまう。
また、ソミの母が盗んだ鞄が質に入っていたことから、テシクも組織に狙われることに。。。

ウォンビンがカッコイイ。ものスゴ カッコイイ。
前半、髪の毛の長い彼の佇まいは 木村拓哉っぽい感じで。
そして復讐に燃える後半。髪の毛を短くした印象は木村一八っぽいような。チュートリアルの徳井さんみたいにも見えたかな。
えっ、何かビミョーって!?まぁとにかくカッコイイんだわ(笑)

前の作品である「母なる証明」とは全く違うキャラクターなわけで。
そのいずれも見事に演じてるのが素晴らしいですね。

個人的には役者として惹かれるところもあるんだけど、韓国での彼の評価はどんなもんなんでしょ。
日本だと‘韓流ブーム’とかと一緒に語られちゃうから 見方も少々難しいトコなんだけど。

とにかく そんなカッコイイお兄さんにここまでのアクションを見せられると、映画としての見応えも大アリで。
また この手の韓国映画の作り込みというか畳み掛けはホントに容赦なくってねぇ。

そこで描かれている被害者たちの扱いもとことんキツいものだし、その映像描写も徹底してるし。
まぁ何ともエゲツない。

国民が総じてソコソコの生活を送る事のできる日本では考えられないけど、確かにちょっと貧しいアジアの諸国では、んー実際にこのようなことがありえるんでしょうね。
母親は場合によっては‘女性’としての使い道もあろうし、一緒に引っ付いてきた子供も またそれはそれで。。。

こんなにダークなテーマを日本では扱うことはないし(できないし)、またその主演をイケメン俳優がやるということもありえないだろうし。
そういう面も含めて、どこか斬新で見応えがありましたわ。

それからウォンビンだけでなく、少女を演じたキム・セロンもいいね。
こちらも以前に見た「冬の小鳥」と同様に、独特の存在感を見せ付けてくれます。

ちなみにこの作品は、韓国で2010年度の観客動員 No.1の大ヒットだったとのこと。
ウォンビンの色気とクール過ぎるアクションシーン。そしてビシビシ伝わってくる怒りや悲しみなどの感情も、その大ヒットの要因なんじゃないでしょうか。
まぁ内容は幾分エグくて(R15+)、公開館数も少ないんだけど、わたくし的にはズッシリとした見応えのある一本でした。

ちなみに‘アジョシ’とは韓国語で‘おじさん’という意味。
邦題を そのまま直訳で「おじさん」にしてたら・・・(笑)

ajiyoshi.jpg
うちの近所に味美(あじよし)って地名もあるよ
posted by 味噌のカツオ at 23:52| Comment(0) | TrackBack(1) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月04日

あんにょん由美香

松江哲明(演出・構成)
松江哲明、林由美香、ユ・ジンソン、入江浩治
2005年に34歳で急逝した女優・林由美香。彼女が密かに出演していた韓国産AVの製作秘話を辿りつつ、林由美香という人物にせまる。

わたくし、この林由美香という方を全く存じ上げません。
しかし この女優さんにまつわる作品(映画)が製作され続けていることは知っています。

で それを知ることで、林由美香という女優が存在したこと。彼女が若くして亡くなったことを知っていったわけで。
全く存じ上げない女優さんのドキュメントと言われても正直ピンとこないんですが、それと共に なぜ亡くなったあとも彼女をテーマにした作品が世に送り届けられ続けるのか。
そこにはとても興味があります。

この「あんにょん由美香」の製作は2009年。
彼女の死後 発掘された『東京の人妻 純子』というビデオ作品。
韓国のスタッフが日本で撮影したエロ映画。登場人物は日本人・韓国人が入り混じってますが、なぜかセリフは日本語。しかも少々滑稽な。

その出演者やスタッフを探し出し、当時の状況や製作秘話を収録。それは日本だけにとどまらず、実際の韓国人の監督にまでインタビュー。
それとは別に、彼女のことを知る‘過去の男たち’の証言を交え、この作品に なぜ彼女が出演したのか、そして林由美香の人となりまで迫ろうという企画。

とはいうものの、ぶっちゃけ・・・『東京の人妻 純子』という作品の持つトホホ感がそれなりに強くて、それを軸に物事を進めちゃうと 結局のところ林由美香という人物像にまでは及ばないのかな。
個人的に期待していたのは前述の通り、なぜに彼女がそんなにも愛されたのかという点で。

正直‘サブカル’チックな視点で「こんな韓国製のエロビデオがありました」という事の面白味以上のものは響いてこなかったですかね。惜しい。
ただし、インタビューを受けた 彼女を知る人たちの言葉や思いにウソがないことは伝わってきました。
ほんのちょっとだけですが、わたくしも林由美香という女優に興味を持てましたね。

ちなみに林由美香さんは わたくしとは同学年であるらしい。でも恥ずかしながら(?)お世話になったことはないかな。たぶん。。。
posted by 味噌のカツオ at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月02日

エンディングノート

砂田麻美
砂田知昭
サラリーマンの砂田知昭は、40年以上勤めた会社を67歳で退職。が その後に受けた健康診断で胃ガンが発見される。
‘余命半年’とも宣告された知昭さんは、自らの死についてのマニュアル‘エンディングノート’を作成する。

がん告知後の砂田知昭さんを、その娘である砂田麻美が追い続けたドキュメンタリー。
クレジット的には「製作・プロデューサー:是枝裕和」「撮影・編集・監督:砂田麻美」となっています。

ちょっと大げさかもしれませんが、かつてこれまで人の‘死’に向き合った作品には出会わなかったですね。
いや、ひょっとすると様々あったのかもしれませんが、少なくともここまでパーソナルで、また その瞬間までを捉えたものはなかったでしょう。


人はこの世に生を受けたなら、必ず死を迎えます。すなわち この作品は誰にでもある物語ともいえます。
自分の家族が、あるいは自分自身がいずれそのような状況にもなっていくわけで。

‘その時’を前提として、ここまで自己プロデュースした知昭さんもスゴいですし、それらをカメラに収め続けた麻美さん。またそれを認めた(付き合った?)家族・親族のスタンスも素晴らしい。
大きな理解と強い心がないとできないことです。
いや 監督のインタビューによると、実際 カメラを向けられない時もあったそうです。

カメラを回すのは知昭さんがOKの時のみ。そしてカメラを回すという事は麻美さんどこかで客観的になることが求められていたわけで。
そんなエピソードを知ったことで、この作品であり 人の生き様というものを、よりリアルに感じられました。

じつはわたくし、知昭さんが入院されてからは、何だかずっと微笑みながらスクリーンに釘付けになってました。
微笑んでいないとボロ泣きしちゃいそうだったし、かといって悲しいとか かわいそうで泣くという風でもなくって。
しいて表すなら、互いを想い合う純粋な家族愛が美しすぎて。そこに泣きそうでしたよ。

それから末期でかなり肥大化した がんでありながら、痛みを伴わなかったのが救いやったですね。

中途半端なフィクションよりもドキュメンタリーの方が、思いが伝わりやすいのは確かでしょう。
が この作品は被写体である知昭さんが(最期の最期まで)ユーモアにあふれ、見てて退屈させません。

監督の撮り方も編集も見事なもので。ナレーションの被せ方もいくらか滑稽で(笑)じつに上手い作りになっております。

テーマ的な面だけでなく、映画としても見応えのある仕上がりで。正直こんなに良い作品だとは思いませんでした。
クオリティの高さからいっても、口コミが広がって公開館数も増えていってね。多くの人に見てもらうことが、知昭さんへの供養にもなる気がします。。。

ED-NOTE.jpg
クローズドノートとごっちゃになりそう(苦笑)
posted by 味噌のカツオ at 01:44| Comment(1) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月01日

オーロラの彼方へ

グレゴリー・ホブリット
ジム・カヴィーゼル、デニス・クエイド、ショーン・ドイル
ニューヨークにオーロラが出現した1999年。ジョンはかつて父が愛用していた無線機を見つける。
すると無線機からふいに男の声が聞こえてくる。それは30年前に殉職したはずの父の声であった。。。

この作品は2000年の公開当時も非常に楽しめた、印象に残った作品でありました。

ただし今回見たのはテレビで放送したものでありまして。
オリジナル‘117分’に対し‘93分’と大きくカットてまして。さらに日本語吹替え版でもありました。
その分 しっくりこない点や見ていても集中力をそがれる面もあったけどね。

わたくし元々‘タイムトラベル’や‘タイムパラドックス’といったテーマのものは好きなんです。
そんな中でも この「オーロラの彼方へ」はファンタジックなストーリーであり SFチックであり。そしてサスペンス要素もありつつ、ラストには感動も待っていまして。
多くの人にオススメできる1本であるのは確かです。

オーロラのいたずら(?)によって、現代の主人公(息子)と30年前、殉職してしまう2日前の父親とが、無線機によって交信をしてしまいます。しかし息子の与えた助言により父は殉職を免れると。
おかげで父親は一命を取り留めたものの、それによって運命が変わり、母親が無残なカタチで命を落としてしまうことに。
そこでさらに それを食い止めようと、父と息子が30年の時を超えて協力し合っていきます。

過去を変えると そのことが現代に影響を与えるという特性を上手に生かしてまして。
'69年の父がメッセージとして机に文字を焼き付けていく場面や、事件の証拠の品を 誰の目にも付かないところに隠し、30年後の息子に届けるというシーンも面白かったわ。

クライマックスでは30年前の格闘と現代での格闘がシンクロして、危機一髪で父が助けにやってくると。
それが距離だとか困難だとかではなく、30年分の時を超えてというのが、また感動的で。
6歳の時点で生き別れた父親と30年越しに抱き合う場面にも涙ナミダ。。。

時を越えての交信という事 自体は現実には無いことですが、時の行方や運命が ひょんなことで変化していくという事には、何かしらのリアリティを感じるんですよね。不思議なことに(苦笑)

そういうテーマや設定をエンタテインメントとして見せつけてくれるという意味でも、この作品は夢のある 映画らしい映画だと言えると思います。
是非 多くの人に触れてほしい一本であります。

ちなみに原題は 周波数という意味の「Frequency」。
「Frequency Modulation」というと FM放送という意味にもなるそうです。

Oh_Ro-Ra.jpg
ヤフーの株 買っとけ(笑)
posted by 味噌のカツオ at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする