2017年02月20日

くも漫。

小林稔昌
脳みそ夫、柳英里紗、沖ちづる、平田 満
29歳の中川学は長年のニート生活を経て、父親のコネでようやく教育現場の職を得る。初めて人生の歯車が合い始めた高揚感と抑えきれない性欲から、風俗店へ繰り出した。ところが、No.1風俗嬢のサービスで絶頂を迎えた瞬間、くも膜下出血を発症してしまう。

中川学原作の同名ノンフィクション漫画の実写映画化。
主演はタイタン所属のピン芸人 脳みそ夫(のう みそお)。何ちゅう名前や(笑)
でも 程よくイケていない主人公のキャラを見事に体現してて すごく良かったですよ。

一方、風俗嬢を演じた柳英里紗がかわいらしかったですね。こんな風俗嬢おったらたまらんわね。

そして もう一人主人公の妹役の子が美人で目を引きましたね。
どんな子?と思いきや、元はシンガーソングライターであり 今作のエンディングテーマも歌っている沖ちづる という方らしい。

あと女医役で「特捜戦隊デカレンジャー」のデカイエローだった木下あゆ美。
名前はわからないけど職業案内所のオペレーターの方も印象に残ってて。
とにかく女性キャストがキレイな人が多くて、目を奪われましたわ。

主人公はニートとされていますが、どのような経緯があって…というのもちゃんと描かれていますし、ただ単にダメな救いの無いヤツという感じでもなくて。
でもその方が“助かってほしい”と思わせる意味では良かったかな。

ニート、教職、風俗店、病人と良くも恥ずかしくも立場が変化する主人公。
その中でも“風俗店で倒れた”という部分の後ろめたさがストーリーの“キモ”のようになっていまして。

確かにそれは恥ずかしいけども。客観的な見方をすると、それよりも命の危険すらある病からの生還という部分と対にするにはバランスが悪いようには思ったけどね。
超第三者意見としては、風俗で倒れたんか知らんけど、生きてて良かったやん〜という感じ。
あるいは 映画として、そこの駆け引きがもっと面白くできてたら、もっと笑えたかな。

実際にたいへんな体験談でしょうけども、もうちょっと面白ポイントや浮き沈みのメリハリあった方が盛り上がったわけで。
それが乏しいので、少々冗長に思えたトコロもありました。

テーマが興味深いだけに、その辺りはちょっともったいなかったかな。

でも くも膜下出血の怖さを、まるで“ゆるキャラ”のように視覚化したのは素晴らしいと思いました。
あのキャラクター「くもマン」っていうんだね。
熊本の人気者のアイツみたいな名前なんやな(苦笑)

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靴へのこだわりがスゴいww
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2017年02月07日

虐殺器官

村瀬修功
(声)中村悠一、三上 哲、梶 裕貴、石川界人
テロの脅威に対抗すべく徹底した情報管理が進むアメリカ。一方、その他の各地では紛争が激化。
それらの紛争には「虐殺の王」と呼ばれるジョン・ポールが関わっているとされ、アメリカ軍の特殊部隊大尉クラヴィス・シェパードは特殊暗殺部隊を率いて、彼の行方を追跡していく。

32歳の若さで肺がんによりこの世を去った伊藤計劃(いとうけいかく)のデビュー作「虐殺器官」をアニメ化。

小説についてのファンも多く、このアニメ化も ある意味“待望の”という文句がついても大げさではないほど。
んで原作を読んでいないと、“手ぶら”で予備知識ナシに この作品を見るのも〜という声も。

ちなみに わたくしは原作は未読で。
サラリとあらすじをチェックしてもイマイチ分からなかったけど。
そんなスタンスで本編を見たわけですが。

うん、理解し得ないながらも わかるのはわかりました。
眠たくなることなく、ラストまでついていけました。

途中「シン・ゴジラ」か?とツッコミたくなるぐらい、グイグイという印象もありましたが(苦笑)

なんというか 興味深い世界観を わかりにくいワードで、セリフで伝えてくるから。それを頭で「こういうことかな」と変換するのが必要で。
なので 食らいついてはいけましたが、本当の意味で作品世界を堪能できたかと問われれば、それはまた難しいわけで。

結果的に面白かったかと聞かれれば「興味深い物語だった」と答えたくなる。って感じだったかな。

ちなみに R15+指定(15歳以下の鑑賞には成人保護者の同伴が必要)なんですね。
これだけの少年に銃を持たせて それらを次々に撃っていく描写は、アニメとは言え 大胆な表現だと思いました。

また“911”から始まるアメリカ起点の物語を、日本人の作家が書いているってのも意外だったかな。

さて物語のキーになるジョン・ポールという登場人物がおるんだけど。
まさかビートルズ由来の名前じゃないよね。
posted by 味噌のカツオ at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月05日

風に濡れた女

塩田明彦
永岡 佑、間宮夕貴、テイ龍進、鈴木美智子
都会から逃れ、世捨て人のように生活する高介は港で不思議な女・汐里と出会う。「アンタは私にロックオンされたんだ」と捨てゼリフを残し去っていった汐里。
後日、行きつけのカフェでウェイトレスとして働く汐里と再会した高介は、次第に彼女に翻弄されていく。

「日活ロマンポルノ」の45周年を記念した「ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」の一作。
わたくし自身は 当時のロマンポルノというの知りませんので、これが初鑑賞となりましょうか。

エロい観点で言うならば。
ちゃんと楽しめましたですよ。

一時期に比べれば、昨今のラブシーンなんてキレイなものでね。
それに今の役者さんって(決定的なこと言うなら)脱がないですから。
主演女優がおっぱい出すなんて、ありえないもんね。

そのご時世にですよ。時に生々しく、時にときめきつつ、行為におよぶ場面を 大きなスクリーンで見られるのはたいへん良いもので。ジュンときてしまいますね。

その一方で。
ちょっと映画の世界観には入っていけなかったですね。正直。

もうちょっと人間心理とかちゃんとしてて。
その中で ぶっ飛んでたり、滑稽だったり、可笑しみが感じられたりならいいのだけれど。

お芝居の、劇団のテイストが入ってきちゃうと、それ 端から変な行動をとるんじゃん…という見方になっちゃうんだよね。
舞台で表現するために決められた変な設定って。面白くない。ギャグとかも笑えない。
なんなら趣味嗜好、好みの問題だろうが。

なので、作風としてノッていけなかったのは正直なところ。

でもそんなエキセントリックな行動やアクロバティックな“戦い”も、ある意味ではロマンポルノらしさなのかもですな。

好みの問題で言うならば。
主演の間宮夕貴さんもイイ女だけど、個人的には劇団の助手役のメガネっ子(中谷仁美)の方がね。
小柄でショートカットで一見おとなしそうで。あの子の方が気になるんだけど〜と。

と思いきや、ちゃんと彼女も絡みのシーンがあったので、満足しつつ うらやましがりつつで(苦笑)

そんなことを思いながら感想をチェックしてたら、そっちの子の方が好みだという声もチラホラ見かけて。
やっぱり 男の思うこと、望むこと。そんなもんだよねと思った次第。

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ヤルか食うかどっちかにしなさい
posted by 味噌のカツオ at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月31日

ザ・コンサルタント

ギャヴィン・オコナー
ベン・アフレック、アナ・ケンドリック、J・K・シモンズ、ジョン・バーンサル
田舎町のしがない会計士クリスチャン・ウルフに舞い込んだ、大企業からの財務調査依頼。彼は重大な不正に気付くが、なぜか依頼は一方的に打ち切られる。
その後 何者かに命を狙われるウルフ。 実は彼は、世界中の危険人物の裏帳簿を仕切る裏社会の掃除屋でもあった。

原題は「THE ACCOUNTANT」。意味は会計士。そして邦題の「THE CONSULTANT」は顧問や相談役となるんだけど。
確かに日本人としてイメージしやすいのは後者ですわな。
この邦題の付け方、絶妙だね(笑)

あらすじを読んだ時点では、一見 なんの変哲もないイチ会計士が、夜な夜な裏社会の悪を退治していく的な。よくあるストーリーだと思ってました。
ところが見た人の感想をチェックすると、どうやら そんな単純な感じでもなさそう。
気になって見てきましたが、確かにこれは面白かった。

イメージとしては表の顔と裏の顔を使いわける“密かなスーパーマン(バットマン?)”だったんだけど。じつは あらすじ上には書きにくい主人公の設定がありまして。
それは主人公が“高感度自閉症”というもの。

冒頭の映像からすると「障がい者を変に描いてる」と受け取られかねないかな。
でもそうではなくて。

高感度自閉症、知的障害、多動症、アスペルガー、etc…
それぞれ特徴、特性は違っていて。

高感度自閉症は他者とのコミュニケーションが苦手であったり。その反面 何かに秀でた才能を持つ者も多かったり。
この主人公でいうなら 数学についてであったり、芸術のセンスに特化しておられるのかな。

戦闘能力については、完全に仕込まれたもので。それは兄弟して あの父親の血を受け継いでいる証なんだろうけど。

この作品の面白味は とにかく謎が多いこと。そして それらの伏線を確実に回収していくことで得られるカタルシス。
プラス、まさに意外な真相もそれに拍車をかけております。

ただし、その謎要素が複数すぎて(苦笑)
また提示の仕方として時間軸や相関図が やや複雑で。
その辺り 注意深く追っていかないと大変かも。

終盤には銃撃戦もあります。そもそもコミュニケーション力が乏しいせいか、“情”を感じさせずズバっと撃つシーンなんかも。
でも それらの殺人スキルのアクションがメインではなく、人間ドラマとして楽しませる作品。

映画ファンであれば満足度高いんじゃないかな。
監督自身は続編の製作にも意欲的らしいし。
こんな作品であれば、続き見てみたいね。

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モハメド・アリも発達障害だったそうな
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2016年12月30日

この世界の片隅に

片渕須直
(声)のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞
昭和19年(1944)、18歳のすずは広島から呉へとお嫁に行くことに。戦争の影響で、配給物資も減っていくがすずは工夫を凝らし、食卓をにぎわせていた。
昭和20年(1945)、戦火は呉にも広がり空襲の続く中、すずが大切にしていたものが失われ。そして夏がやって来る

こうの史代の同名マンガを片渕素直監督がアニメ映画化。
そしてクラウドファンディングによって製作資金を募り、多くの支援を受け完成しました。
バックに大きな資本が着いていないこともあって(?)公開館数は少なめ。でも見た人の満足度の高さで、クチコミで、じわじわと支持を広げていっております。

主人公は 時に空想の中で遊び、絵を描くことが大好きなすずさん。彼女の幼少の頃から物語は始まります。
「あんたはぼーっとしとるけん…」という ゆったりしたセリフとは裏腹に、序盤はテンポよく進行。
バケモノに出会ったかと思えば 座敷わらしにスイカを勧めて。まるで恋心のようなものを覚えつつ、広島から呉へとお嫁に行くことに。

ちょっとしたエピソードのおかしさ、微笑ましさ。言うなれば四コマ漫画のようでもあり。

どんな相手かもわからない。どんな暮らしかもわからない。
そんなところへ当然のごとく嫁に行くのも、その当時ならあることなのか、はたまた すずがぼーっとしてるからなのか(笑)

さやしい家族。ちょっと厳しいお義姉さん。食べるものや着る物にも影響が出はじめる中、そこに生きる人々は 工夫を凝らし、笑顔を絶やさず。
クサい言い方だけど、心は豊かだったんですね。

やがて戦艦なども立ち寄る港町・呉には他国の攻撃も激しくなり。寝る間も奪われるほどに空襲警報が発令され。
あまりの多さに「空襲にも飽きた」と言えるまでに。

なんて憎まれ口を叩ける間はいいけれど。
その中で すずは大切なものを奪われます。
命、肉体、日常、笑顔…

「このまま ここにはいられない」と一旦 広島へ戻ろうとするすず。
8月6日には地元の祭りもあるから…

僕らは敗戦国の人間として、生まれながらに 戦争というものが いかに惨たらしくて、辛くて悲しみを残すものか。映画やドラマ、教育の中で教え込まれて生きてきました。
一方で 今作はあからさまに戦争の是非を問うような、そんな作品ではありません。
是か非か。それで言うならもちろん…ですが。

でも もはやその当時の戦争を経験してきた人は少なくなってきました。
それを伝え聞いた人が、また伝えていくという現実。時代はまた次の段階にきてるのかもしれませんね。
ストレートに戦争の悲惨さを訴えるのではなくなってきてしまったと。

この映画に描かれているのは、そんな時代に、そんな町に暮らした人々がいたことであって。
戦争ではなくとも 天災、災害、さまざまな争い。それらと向き合いながら、日常を生きている今の時代にも通じる作品だと思いました。

すずさんのいたあの当時でも、わたくしたちが暮らす今の時代でも。
そこが それぞれの世界の片隅なわけで。

映画としても素晴らしい作品であり、日本映画として普遍的な一本であるのでしょうね。

いっぱい笑えて、何度もこみ上げてくるシーンもあったけど。
手を振るラストはこらえきれなくなりました。

あと すずさんを演じたのんさんについても。
よくぞ彼女をキャスティングしたなと思いましたし、この作品で彼女の表現力を(今まで以上に)思い知らされました。

すずさんも大切なものを奪われてしまったわけですが、のんさんも名前を失ってしまったわけだし。
そういう重なる部分もあったわけで。

アニメ作品のアフレコって、映像に(ある意味での)魂を吹き込むことでもあるわけで。
のんさんだからこそ、すずさんが生きたというところ、あるでしょうね。

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ただただ、素晴らしかった
posted by 味噌のカツオ at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月04日

コロニア

フロリアン・ガレンベルガー
エマ・ワトソン、ダニエル・ブリュール、ミカエル・ニュークヴィスト
フライトでチリを訪れたドイツのキャビンアテンダント・レナは、ジャーナリストで恋人のダニエルと再会を果たす。しかし突然のクーデターにより ダニエルが軍部に連行されてしまう。
レナはダニエルを救うため、慈善団体施設“コロニア・ディグニダ”に潜入する。

昨今では「実話を元にした…」なんて宣伝文句をよく見かけますが、この作品もそのようで。

ことが起こったのは1973年9月11日。
現地の情勢を取材するべく潜入していたダニエル。CAとしてチリを訪れ、恋人のダニエルとの逢瀬を楽しんでいたレナ。
しかしクーデターによりダニエルが連行され、彼を救うためにレナはコロニア・ディグニダへ潜入していきます。。。

という話らしいのですが、作中ではダニエルはジャーナリストという感じではなく、イチ活動家に見えまして。
なので、導入部を見ていて若干「?」と感じてしまいました。

場面 場面でダニエルがカメラに固執する描写があったので、今にして思えば ジャーナリストという設定は生きていたんだなと。

そしてもう一点。
コロニア・ディグニダという施設。実は 性的虐待の罪でドイツを追われ、チリで“教皇”として根を張ったナチスの残党の男が設立したものであると。
その設定を理解していいまま鑑賞したので、主人公が 信念のままにそこに潜入し、その実態を目の当たりにしていく展開を、わたくし自身も共有した感じになっていまして。

なので…コワかったですねぇ。不気味でしたねぇ。

端的に言ってしまえば“カルト”であり、だからこその洗脳であり、集団としてのコワさが際立っています。が…
それ以前に さらなる展開が待っていまして。

この二重構造が作品の気味の悪さを際立たせておりましたね。

監督のフロリアン・ガレンベルガーは、2000年に第73回アカデミーで短編映画賞を受賞しているとか。
であっても今作の劇場公開の規模は大きくはなくて。
ですが 見応えのある作品であるのは確かです。

そして あらためて。
実話ベースという点に向き合うと、もう一度コワさを感じちゃうよなぁ。

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機長の長髪と本編の関係は!?
posted by 味噌のカツオ at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月25日

映画 聲の形

山田尚子
(声)入野自由、早見沙織、悠木 碧、小野賢章
小学生・石田将也は聴覚障害がある転校生の西宮硝子へ無邪気な好奇心を持つ。しかし とある出来事をきっかけに周囲から孤立。そして硝子は転校していってしまう。
それから五年が経ち、二人はそれぞれ別の場所で高校生になっていた。あの時 伝えられなかった想いを抱えていた将也は、硝子の元を訪れる。

原作者が岐阜県大垣市の出身ということで、作品中でも大垣市の街並みが垣間見えております。
そんなわけで わたくし、本場(?)大垣のシネコンまで行って見てまいりました。

途中で主人公たちが映画を見に行く場面があって。「それって、ココのことやろ」と、妙な感覚になったり。
周りの地元のお客さんなんかは、それ以外の場でも ザワッとした雰囲気があってね(笑)

それ以外でも養老天命反転地やナガシマスパーランドなどは そりゃそうだよねと思ったし。
大垣の子がナガシマでバイトするかね?という疑問はさておき。。。

そんな舞台となった地で見られて良かった…という思いは省いても。
この作品を見られて良かったなと。

感情としては ヒリヒリした部分も多かったけども、良い部分も痛い部分も含めて、感情を揺さぶられたのは良かった証拠です。

あまり事前情報を入れないままの鑑賞で。序盤の小学生時代のパートは、リアルでキツかった。
そもそも成熟していない小学校のクラスルームというコミュニティに、“耳の聞こえない子”が入ってきたらそうなるわなと。キレイごとでは進まない感じね。

そして将也がいじめの加害者として、ただ一人 吊し上げられる展開。
担任の「石田、お前だろう!」という行動は頼もしく思えたけど、よくよく考えれば、じゃあ今までちゃんと指導してきたのか?と感じたり。

周囲のクラスメートからも「石田が悪い」という感じでまとまっていくんだけど、確かに露骨にヒドイことを言ったり手をあげていない中で。将也のポジションがそうなっていくのは…そうしたもんだろうなと。
気付かないうちに いじめの構図って出来上がっていくんだよね。

創作の中で こういう描かれ方って 今まで見たことなかったけど、それこそがリアリティがあって。
見ていてツラかったり、映画としても少々イヤな気分にもなりました。

一方の硝子は それでも「友達になりたい」と言い続けるのは何故だろうかと。
他の子とは違うから、ハンディがあるから、ニコニコし続けて やっと一緒を保てないということだったのかな。

将也の行動により母が硝子の母に侘びを入れに行きます。
そこで何が語られたかはわかりません。なぜ母の耳から血が出ていたのかも よくわかりません。銀行からお金を出していたのはわかりました。
それらの“ぼんやりとした”記憶って、確かに将也とってはなかなかの傷として残るだろうね。

そのまま 他者との関わりができないまま(しないまま)の5年間を経て、将也と硝子は再会をします。
そして新たな仲間とのつながりもあり、今どきのケータイなどの発達もあって すんなりとかつての仲間たちも物語に入ってきます。

ここからが本筋というべきか。過去、幼いがゆえに、また 離れ離れになって語られなかったことが結びついていって。
それでも 全ての歯車がキチンと噛み合わず、微妙なギクシャク感を保ったままなのが、見る側の心に引っかかっていくのかな。

シチュエーションとして聴覚障害の存在に いじめ問題が介在しているけど、ストーリーの軸はあくまで人と人のコミュニケーションのことであって。
それぞれのキャラの思いや 物事に対する向き合い方がバラバラで。だから より考えさせられたり、受け入れられたり。そういったところなのかな。

そんな中でわたくし的には、周囲の人たちと目を合わせられない(×印でそれを表現するのがまたスゴイ)将也の感覚よくわかるし。
徹底的に硝子と相成れない植野直花。時に暴言を浴びせ 時に手も出してという。コイツはキツイなと思ってたら、最後の最後にちょっと手話の仕種するのをみて「ウワアァ〜」ってなったり。

最後に ちょっとだけアラをツッコむとするならば、終盤の花火の場面。
あんなガラ空きな花火大会あるか〜と。もっと人で混雑してるやろうと(苦笑)
そして結絃が将也にカメラを取りに行ってもらうんだけど。
常にカメラを首からぶら下げてる子が、花火大会に手ぶらで行くこたぁないやろうと。
いちばん写真撮りたくなるんちゃうかと。だから物語がつながるわけなんだけども、やっぱ そこだけは不自然な設定だと思っちゃったね。

まぁそんな小さいことには目をつぶって。129分の間 ダレることなく作品にのめり込めましたし。
とにかく 感情を揺さぶられたわけでありました。いい映画でした。

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“にゃんにゃん倶楽部”にゃあ やられましたな(笑)
posted by 味噌のカツオ at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月14日

クハナ!


秦建日子
松本来夢、久志本眞子、加藤清史郎、風間トオル
6年生の西田真珠が通う、廃校が決まっている小学校。そこにジャズプレイヤーだったという教師がやってきた。
それを契機に、真珠たちはジャズのビッグバンドを結成。活動予算の工面、同級生の思わぬ転校など、さまざまな出来事を乗り越えながら練習を重ね、バンドはコンテストの県大会を勝ち進む。

舞台は三重県桑名市。実際に桑名でロケもされていたこともあり、全国に先駆けて東海地区で先行公開。
見た人の評判がとても高い。

地元製作の映画なので知った顔が出演してるのかもしれませんし。子どもたちが頑張るストーリーなので、そりゃ見たら胸アツになりましょう。評価も高くなりましょう。
そんな中で 実際のデキはどうなのかと。そんな目で見てきたわけですが。

いやいや〜これは公平に見て、普通に面白かったですよ。
結論から言うと、登場人物が多いんだけど、皆 良い芝居しておられます。

ご当地ムービーって、素人さんや売れてない地元の役者さんを使った結果、セリフが棒読みだらけだったり。ギャグが異様に寒かったりするんだけど。
その辺り、ハズしていないです。

冒頭、家族5人のやりとりから会話がスムーズで。その時点でこれはイケると。
見てる側に恥ずかしいと思わせる拙さはコメディとして一番アカンのですが、それがひとつもなくって。そこをクリアしてるのは素晴らしい。

子どもたち同士の場面でも、まったく演技を感じさせない自然さ。
長めのワンカットのシーンでも絶妙な間とリアクションで、小学生の無邪気さがしっかり伝わってきました。

中にはキャラのオモロい子もいてて。「ないわ〜」が口ぐせの子も、終盤までアレで押してたけど全然ウザくなく笑えたし。
超内気なあの子はいつになったら心ひらいてくれるのかとドキドキしたり。

そして何より 先生役の風間トオルさんがバツグンに上手い。
最初の練習の場面。ピアノの周りにみんなを並ばせ“演奏”をさせるシーンも良かった。
あれはちょっと邪道な手法かもだけど、この作品のテーマである「楽しい」を感じさせるのに十分。
またそれが終盤にも効いてくるトコでもあって。

子どもたちが主役でありながら、おっぱいネタやスナックでのシーンなんかも入れ込んでるのも、いい意味で日常を感じさせてくれていました。
また あずきバーが出てきて「地元やなぁ」と思わせつつ、その食べたバーで缶を鳴らすシーンなんかも印象に残ってて。
そういった、ちょっとしたところに気を利かせた演出も見どころ。

クライマックスの大会では、演奏は上手いけど感じの悪いチームとすれ違い「桑名?岐阜県?」とか言わせつつ、それがどこの地域のチームなのかには言及しないという。
悪モノをつくらない点も好感。

そしてクハナの演奏シーンはしっかりと観客が見たい、聞きたいようなものに仕上がっていて。感動よりも楽しいという。
言ってしまえば「スウィング・ガールズ」でもあった手法だけど。こういうハッピーエンド、わたくしは好きですわ。

そりゃもう展開としたらこれ以上詰め込むのは難しいんじゃないかな。
そのうえで、素晴らしい演技に裏打ちされた共感できる笑いで楽しませてくれて。
いいもん見た〜という思いにさせてくれました。

そして、エンドロール後のひとネタも、なんかちょうどいい具合の着地点だったですよ。

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こども転校
posted by 味噌のカツオ at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月13日

グランド・イリュージョン 見破られたトリック

ジョン・M・チュウ
ジェシー・アイゼンバーグ、マーク・ラファロ、モーガン・フリーマン
派手なイリュージョンショーで不正搾取された金を奪うマジシャン集団、フォー・ホースメンが復活。あるハイテク企業の不正を暴露せんと新たなショーを仕組んだが、天才エンジニアのウォルターにより阻止されてしまう。
ウォルターに追い詰められるフォー・ホースメンに一発逆転は果たせるのか?

2013年公開「グランド・イリュージョン」の続編。
前作も見ておりますし、直前にテレビ放送されたバージョン(一部カット)も予習としてチェックしたうえでの鑑賞。

おや?と思ったのは 紅一点メンバーが変わったこと。
実際には演じていたアイラ・フィッシャーの妊娠でキャストチェンジ。フォー・ホースマン的にはメンバーチェンジでもあります。
あと前作でフォー・ホースマンを追っていたメラニー・ロランも今作は出ておらず(残念)。

それ以外は1作目と同じキャストで。ジェシー・アイゼンバーグはロン毛でも坊主でもエエ男やね。

マジシャン、メンタリスト、スリ…といったチーム。武器としては「人を騙す」テクニック。
それらを駆使してのイリュージョンショーはそれだけでもドキドキ。
ステージに至るまでの展開は見ていてワクワク。
なのですが。

今作の最初に行われるハイテク企業の不正を暴くショー。
これはこれで 彼らの見せ場だとは思ったんだけどね。
結果的にハリーポッターに邪魔されて失敗に終わるんよね。
ん〜なんか不完全燃焼。

フォー・ホースマンがピンチになる展開はまたチャイナで。
昨今の大作では必ずそこを経由するんだね。なんてことは語られないぐらい当たり前の光景になってるね(笑)

それに逆襲を誓って計画されたスーパーイリュージョン。
なのですが、これ気がつけば普通のアクション映画で、敵との駆け引きでよくあるバトル…と思いきや、じつは〜〜〜でした〜〜〜!!
って、なんかわたくしが期待してたのとちょっと違う気がする。

いちいちカッコよかったり、いちいち派手だったり。所々に見せ場はありました。そして中盤に出てくるカードをパスして回るシーンはなんかも面白かったけど。
振り返ってみると大がかりな“イリュージョンショー”としてのトキメキは得られなかったかな。

1作目では華麗に悪を懲らしめる。黒い金を弱者に還元する…というカタルシスあったんだけど。今回はそこが決着でもないからね。

そして前作のもうひとつのドラマとして、本当の黒幕の正体が明かされて「おぉ〜」とうならされまして。
ある意味で映画全編を通して騙されてた感を味わえたけど。
今作での そのパートは、なんだかなぁ〜(苦笑)

確かにシリーズ化をしていくことでクオリティが下がるのはよくある話で。
このシリーズ、なんと3作目も製作が決まっているとか。

またちょっと微妙になるの?
いや、たとえそうであったとしても、続きは見てみたい。

いろいろツッコミは入れたけど、やっぱこれはこれで見応えある作品にはなってると思うし。何よりフォー・ホースマンというチームのキャラクターには魅力あるからね。
パート3に期待しちゃいましょう。

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手品師vs魔法使い
posted by 味噌のカツオ at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月05日

神様の思し召し

エドアルド・ファルコーネ
マルコ・ジャリーニ、アレッサンドロ・ガスマン、ラウラ・モランテ
腕利きの心臓外科医トンマーゾは、周囲からは面倒がられ、との仲は倦怠気味。それでも優秀な医大生の長男が医師を継いでくれれば満足…だったのだが。
あろうことか息子は「神父になりたい」と宣言。息子はピエトロ神父に“洗脳”されているとニラんだトンマーゾは、信者を装い教会に潜入する。

中心となるのは腕利きの心臓外科医と過去にちょっと訳ありな神父さん。
予告編を見る限りでは「医療こそが人の命を救う」「神を信奉することで心は救われる」という主張がぶつかるのかという印象。
でもそこまでガッチガチな設定でも無かったですね。

確かに先生は堅物ではあるけれど、それなりの理解もバイタリティもあるキャラで。
でも そうやってステレオタイプな堅物にしなかったことにより、人としての“遊び”の部分もできて。それゆえ、コメディ要素は程よく引き上げられてたんじゃないでしょうか。

先生の家族たちも、周りの人間も それとなくクセのある感じ。
なので 会話もリアクションもしかり。あるいはカメラの切り替わりといった見せ方も含めて、全般的にコント具合は総じて高め。
結構 笑い声も起こっていましたしね。

ただし そもそも堅物過ぎず、受け入れる態勢のある先生なので。両者の心が通い合っていくパートはジワジワという感じ。
要はストーリー的には大きなヤマ場には乏しいかな。

そんなことを思っていたら、最後にやってきますね。ドンと。
先生がエレベーターで電話を鳴らし、どこからか着信音が聞こえるという描写がグッときてしまいました。

あとは奇跡が起こるのを祈るしかないと。。。

そういった流れの中でね、ハッキリとした結末は明示されずに終わるわけですが。
まぁそういうことなのかなと、見た人が想像することで良いと思います。

上映時間も87分とコンパクトで。
その尺の中でもしっかりと喜怒哀楽を味わえる佳作でありました。

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腕利きの医師でもトンマーゾ
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2016年08月30日

君の名は。

新海 誠
(声)神木隆之介、上白石萌音、長澤まさみ、市原悦子
千年ぶりとなる彗星の来訪を一か月後に控えた日本。田舎町に住む女子高生の三葉は、東京で暮らす少年になった夢を見る。一方、東京在住の男子高校生・瀧は、見知らぬ山奥の町で自分が女子高校生になっている夢を見る。
やがて入れ替わってしまっていることを受け止めた三葉と瀧は、互いを意識しあっていくのだが…

今年の邦画の秀作ラッシュに また一本仲間入り。「君の名は。」です。
「シン・ゴジラ」なんかは公開までは「どやさ?どやさ?」感はあったけど、こっちは「新海誠がハズすわけねぇ」ってぐらいに期待は高まりつつ。
そして、公開後の評価もじつに高くって。期待して観てきました。

若い男女。ストレートなラブシーンは無くても、愛を感じさせてくれて。
それでいて すれ違う二人。なかなか真正面から向き合えない。
それが切なさであり、愛の深さに感じられたり。
監督、お得意の手法。

もひとつ言うなら、意外と“宇宙”ってのもキーワードになったりするよね。
そういう意味では今作、新海誠の王道路線とも言えるんだけど。

冒頭から独特のイントネーション。方言?
なんとなく わたくしの住む東海地方っぽさを感じました。
実際に 岐阜県飛騨地方がベースなようで。途中で名古屋駅で乗り換えシーンがあったり、特急ワイドビューひだ とか出てきて「おっ!」っと思ったけど。

本筋は男女の高校生が入れ替わってしまうという。大林宜彦の「転校生」とは全然テイストは違うけど。
日常の中のそんな状況が、前半では軽妙に進みつつ。

作中のカットでしきりに使われる 敷居の上の扉、あるいは電車の扉のカットが気になってはいたんだけど。
それが何故なのか、何を意味するのか。明かされていくことで、ちょっと辛くなっちゃいました。

もう、涙出てくるわ 胸が締め付けられるわで。

ファンタジックな設定の中に迫りくる悲しみ。
名前もわからない誰かに突き動かされ。そして名前もわからない誰かのために必死になる姿。

終盤はクラクラしっぱなしでした。

ひとつの町が無くなってしまうという。
それが地方の小さな集落であったとしても。
見ていてとてもつらかった。

こういうストーリーの発想のベースにあるのは おそらく、間違いなく、3・11なのでしょう。
「シン・ゴジラ」も同様な見られ方もしてますが。

こと今作に於いては、多くは美しく表現されるであろう彗星がそれであったり。
宗教的な立ち位置から、悲しみを越えて政治の方面に軸が移ったり。
そんなことも含めて、胸に刺さるものがあったり、考えさせられました。

ただし どうしてこのふたりだったのかについては現状ではわからないんだけど。
だけど、誰しも誰かと出会う相手なんて、そもそもわからない誰かなんだから。
そうしたもんか。

もちろん映像の美しさは間違いないし。
数々の音楽を担当したRADWINPSの曲ともマッチしてます。

すごくギュンギュン引き込まれる映画であるし、見応えはあるんだけど。
どこかでやっぱり、かすかな胸の痛みを覚えます。

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名前はすきだ
posted by 味噌のカツオ at 01:10| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月25日

月光

小澤雅人
佐藤乃莉、石橋宇輪、古山憲太郎、美保 純
ピアノ教師のカオリは、教え子のユウの父親・トシオから性的暴行を受けてしまう。この事件により、過去の忌まわしい記憶までも蘇ってくるカオリ。一方ユウもまたトシオから性的虐待を受けていた。
誰にも相談できず苦しんでいたカオリとユウ。やがてカオリはユウの願いを叶えようとある決断をする。

自分は男ですから、本当の意味で女性の気持ちはわからないでしょう。
もっというなら、性的被害に遭われた女性の苦しみを、本当の意味で理解するのは無理なのかもしれません。

でも、それらを取り扱った映画、ドラマ、書籍、証言…何かしら感じることはできるのかも。
そんな思いもあっての鑑賞でしたが。

とにかくテーマはそういうことだと思うのですが、映画のデキとして、見ていられなかったという印象。
端的に言うなら、ちょっと詰め込み過ぎなのでは?

リアルに、この作品の主人公のような反応をしてしまう被害者もおられるのかもしれません。でも、リアルに受け止められない展開も多くって。

こういった映画に於いての主人公はいくらか悲劇的で良いと思うんですが。
いきなり教え子の父親とのキスシーンは“なんだ?”と思ってしまいます。

それにはそれなりの過去があるようなのですが、その後も積極的に不倫行動をしてしまうのはどうなの?
その相手の母親は 二人の関係を知りつつ、彼女に息子のピアノの指導を依頼するって、その設定、気持ち悪過ぎ。歪み過ぎ。

メトロノームのカチカチ音でフラッシュバックを起こして、それきっかけで その子がケガするってのも。なんだか取って付けた事件だし。

その後、彼女が性的被害に遭い、じつは過去に幼い頃にも 被害に遭っていたことが分かります。
そんな女性が そこまで積極的におっさんを求めるものなのか?山中ですれ違ったおっさんをナイフで脅してキスするとか、まったくわからない。

確かに大変な思いをしたのだろうが、それで背中に あんな痣ができるもの?
その後のシャワーシーンも体を洗いたくなるのはあるでしょうが。背中を見せながら、表情も捉えてください〜なカメラワークは疑問。
それなら顔を突っ伏して、背中でシャワーを受けるとかのが伝わってこないかな。

そして彼女の母親も、娘が辛い過去を語っているのに「わたしも必死で働いていたのよ」って。信じられない反応だし。
そんな心の通っていない母親と車で走りだすラストシーンも、本当は上辺だけじゃないかと思ってしまったし。

その主人公とは別に、加害者は自身の娘にも性的暴行を行っておるのですが。
これ、血のつながってる親子なの?それはそれで また違うテーマになってしまうわけで。

もしそうでなかったとしても、2つの性犯罪を絡めることで、そのテーマ性も混沌としちゃって。
大事なことを伝え切れなくなっていやしませんか。

とにかく登場人物“全員”おかしな行動、言動があるので、なんとも軸が置きにくい。

そして映画としての見せ方も、妙に光と影を意識してるのか、ムダに逆光で暗い中のシーンがあったり。
とても大きな満月が出ているのに、メッチャメチャ暗い映像になってたり。
妙なところで 音量を大きくさせたり。

いずれも不安感や不安定感を狙ってのことなのかもだけど、その技の使い方が決して効果をUPしてるとは感じませんでした。

結局、これは誰に向けてのことなのか。
ピアノ教師なのか、性的被害を受けている少女なのか。
あるいは性犯罪者。被害者の家族。水を汲みに来た通りすがりのおっさん。

とにかく詰め込み過ぎで、わたくしには ちゃんとしたメッセージとして伝わってきませんでした。
もっと余計なものを 削ぎ落して、真っ直ぐに訴えるべきではないのかな。
大切なテーマであるだけに、とても残念に思います。

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ピアノソナタ第14番
posted by 味噌のカツオ at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月24日

奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ

マリー・カスティーユ・マンシオン・シャール
アリアンヌ・アスカリッド、アハメッド・ドゥラメ、ノエミ・メルラン
貧困層が暮らすパリ郊外のレオン・ブルム高校の新学期。歴史教師アンヌは、多様な人種の生徒たちが集められた落ちこぼれ学級を担当することになる。
アンヌは生徒たちに、全国歴史コンクールへの参加を生徒たちに提案。しかし「アウシュヴィッツ」という難しいテーマに彼らは反発する。

原題は「Les Héritiers (後継者たち)」。「奇跡の教室」という邦題の付け方はいかにも…とは思いますが。
でも、さすがに「後継者たち」では伝わらないか。

そもそもは、今作にも生徒役で出演しているアハメッド・ドゥラメが書いたシナリオに監督が興味を持ち、実際に製作が決まったという。
これはこれで“奇跡のシナリオ”とも言えるけどね(笑)

日本に限らず、不良クラスが何がしかに打ち込むことで、更生したり生きる意味を見つけていく物語はありますが。

モデルとなっているクラスは 貧困層が多く暮らす地区で、人種も違えば宗教やら考え方も違う生徒の集まりで。
「レジスタンスと強制収容についての全国コンクール」で優勝したんだとか。

今回の映画では「アウシュヴィッツ」という、やはり強制収容にまつわることがテーマとなります。
当初は生徒たちの意識も方法論もバラバラで。

しかし収容所から生き延びたレオン・ズィゲル氏から生の証言を聞くことで、彼らの中で何かが変わり、一丸となってコンクールに向かっていきます。

なんちゅうか日本的に考えたら、原爆で苦しんだ被爆者が、その後の世代に語り継いでいくことが大切なように。
それぞれの国で、悲しい記憶や繰り返してはいけない悲劇というのが存在するんだなと。そんなことも感じました。

さてさて、物語としてはそういったものですが。正直 映画としては、いくらか淡々とし過ぎだったかな。
どうしても わたくしのような日本人では、人種や思想がバラバラの若者がクラスに集うことが、皮膚感覚では分かり得なかったり。
会話の“あや”もそうだし、途中で外れてしまう生徒、逆に途中から合流する美人さんの描写も弱いかなと。

軸となるのが生徒たちなのか、アンヌ先生なのか、証言者のズィゲル氏なのか。
ナチスの行ってきたことも、もっと詳しく語られてる映画もあるから。
その辺りもね。

ちなみにレオン・ズィゲル氏は2015年1月に亡くなられているとのことで。
この映画で語るシーンは、今となっては、また違った重みを持つことになりました。

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「退屈な授業はしないつもり」
posted by 味噌のカツオ at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月23日

言の葉の庭

新海 誠
(声)入野自由、花澤香菜、平野 文、前田 剛
靴職人を目指す15歳の高校生タカオは、雨の日の1限は授業をサボり、庭園で靴のデザインを考えていた。
ある日、タカオはそこでユキノという女性と出会う。雨の日の午前だけの交流を繰り返しながら、タカオとユキノは少しずつ打ち解けていく。

本編は46分。当初は配信&販売用として製作されたのだが、2013年に劇場公開。
新海監督の「君の名は」公開を控えて、まだ見ていなかったのでDVDにて鑑賞。

舞台(のモデル)となっているのは新宿御苑の屋根のあるベンチ。
ふいに出会った二人。ミステリアスなところから、次第に相手のことを理解していくうち、心の距離も近づいていくというのはあること。

タカオが目指す靴職人という夢と、心が追い詰められ 歩き出すことができなくなってしまったユキノ。
彼女が前へ向かって一歩を踏み出すためには…
人が歩くためには、靴が必要。

そんな風にストーリーに意義を持たせるのは素晴らしいですね。

やがて彼女がどんな存在なのか。それが明かされ、タカオの心が揺れていきます。
そしてクライマックスの階段での場面。

語る側も受け止める側も痛みを伴う言葉。それを越えて心を通い合わせる二人。
二人とも泣いてるけど、わたくしも、涙、涙。
やられましたわ。。。

厳しいことを言うなら。
15歳の高校生の言葉にほだされ、泣きすがる27歳の女性教師。
アニメだから美しく見ることができたけど、実写のドラマだったら ちょっとやり過ぎ感漂う設定だったかもね(苦笑)

でも、着地点が安易な恋愛感情ではなく、人として歩むことのなので。
やっぱり夢を叶えたタカオとユキノのストーリーも気になるよね。
もちろん それ以降まで描いちゃ野暮だけど。

そして これは書くまでもないけれど。
映像の美しさは群を抜いています。

本編の8割が雨の設定ということらしいですが。
アニメーションで ここまで美しく雨を描くのは、想像を絶する研究と労力が必要だったこと。想像に難くありません。
逆説的に言えば、アニメーションだからこその リアルを越えたリアリティ描写に成功してるのかな。

エンディングの「Rain」は、大江千里の作品を秦基博にわざわざカバーしていただいたという。これも世界観にハマっておりまして。
いや、もしかしたら この曲あってのこの物語だったのかも?

決して長くはない尺の中に 見応え、聞き応えの詰まった作品。
見て良かったです。
posted by 味噌のカツオ at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月17日

きみがくれた物語

ロス・カッツ
ベンジャミン・ウォーカー、テリーサ・パーマー、マギー・グレイス
水辺の家に引っ越してきたギャビー。隣人であるトラヴィスの振る舞いを良く思ってはいなかったのだが。本当の彼のやさしさに触れ、二人は互いに惹かれあい、やがて結ばれる。
二人の子供にも恵まれ、幸せな暮らしを送っていたトラヴィスとギャビーだったが、突然の事故に遭いギャビーはこん睡状態に陥ってしまう。

『「きみに読む物語」などの原作者として知られるニコラス・スパークスの小説を実写化したラブストーリー』とのこと。
それにあやかっての この邦題なのでしょうが。原題は「The Choice」というシンプルなもの。直訳なら“選択”ですわね。

冒頭、そして終盤に語られるのが、人は人生の様々な局面に於いて“選択”を迫られるという。まさそれがテーマですか。

一見ナンパなイケメン男・トラヴィス。そしてそこの隣家に引っ越してきた少々強気な女・ギャビー。
観客としても 始めは「こんな軽い男、イヤやな」と思うし。彼女の方には別に彼がいてるし。

映画だから最終的にはそうなるんでしょ〜ってのは意識しつつも、なかなか正式に結ばれない二人に 普通にヤキモキ。

作中でも語られている通り、彼は始めて彼女を見たときから意識をしていて。周りの友人からも「未来の嫁さんだ」とはやし立てられるほど、ある意味お似合いの二人。
そして物語がだいぶ進んで、やっとこさ結婚。

しかしここからが早かった。
あっという間に嫁さん妊娠。次の場面ではちっちゃな女の子が。そして気付けば女の子は成長し、もうひとり赤ちゃんが。
子どもをベビーシッターに任せ、夫婦二人でのデートを…といったところで大きな展開が。

ギャビーが事故に遭い、寝たきりになってしまいます。
まったく意識を取り戻さない彼女。事故から90日経過してから意識を取り戻す可能性は1%であると。事故以前の彼女の意志もあり、これ以上は延命処置を行うべきではないと医師から選択を求められます。

さてさて、様々な“あらすじ”を読むと この辺りまでの表記がなされています。って書いて無いのラストシーンだけじゃんってね(苦笑)
いや、それとは別にトラヴィスは目覚めないギャビーの耳元で 物語を読み聞かせ続けるとの文言も。

えっ、そんな献身的に語り掛けるシーンなんかあったっけ?
子どもたちに絵本を読み聞かせるってのはあったけど。

本来の原作では その行動がより美しく描写されてるのかな。
でも 今回の映画では全く無しという大胆な構成になってます。
でもでも 今回の映画に限っていうなら、確かにそのくだりはなくても成立しております。

そしてここからはネタバレありで、まさかまさかのラストシーン。

悲し気な展開から、一気にお墓の前で佇むトラヴィス。
しかし、なんとそのお墓は彼の母親のもの。
「なんや、まだ死んでないのか」と。

そして彼女が残したモビールが不自然に揺れ出して。虫の知らせとばかりに病院へと走り出すトラヴィス。こっちも泣く準備万端です。
そんな彼が駆け込んだ病室には、笑顔のギャビーが。
「おぉっ、意識戻ったんやぁ」。

ちょっと前の韓国映画みたく、無理くりなお涙頂戴はアレだけど。そもそも不幸話を求めてるわけでもないけれど。
通常この流れであればなぁと、逆のパターンを想像してたもんで。
ハッピーエンドなんだけど、ちょっとビックリという(苦笑)

たいへん失礼なことを考えて見ちゃってました。
申し訳ない。

(まさに)いい意味での予想外のラストも含めて、しっかりとステキなラブストーリーを味わえましたですね。
それは間違いない。

んで チョビットいちゃもんつけるなら。
作中、2頭のワンちゃんの存在があたたかみの象徴的に登場する一方。

ネコちゃんは余計なトコで体調悪くなりやがって〜という。そんな登場の仕方なんよね。
ネコ好きなわたくし的には、そこだけが歯がゆいのよね〜(笑)

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監督の名前、無駄が無くていいね
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2016年08月16日

ケンとカズ

小路紘史
カトウシンスケ、毎熊克哉、飯島珠奈、藤原季節
自動車修理工場で働きながら、裏では覚せい剤の売買をしているケンとカズ。ケンには妊娠中の恋人が。そしてカズには認知症の母がおり、そのためにも金を稼ぐ必要があった。
しかしカズが危険な行動を取り始め、元締めのヤクザに目をつけられ、追い詰められていくことに。

長編デビューとなる監督。無名の役者たち。明らかな低予算。
いわゆる どインディー映画ではありますが、ジワジワと高評価が拡散されていっている作品。

見終わって振り返ってみても、地方都市、自動車修理工場という舞台は地味だし、(覚せい剤売買が日常とは言わないが)そんなに気をてらったようなストーリー展開でもありません。
それでもこれは そんじょそこらの作品とは違う何かを感じました。

あえて言うなら圧倒的な緊張感ですか。
上映時間のほぼほぼ全編に、重苦しく鈍い空気が漂ってます。

その空気に飲み込まれて、グイグイと物語に引っ張られていく感じ。
決して多くは無い登場人物。小さな世界観。「お前、それはヤバいだろ」という行動。
そしてひとつひとつ、ズレていくバランス。

それが低予算だからこそなのかはアレですが、小さな世界であるがゆえに コアな描写を突き詰めて、それが(良い意味で)悪い方向へ誘っていくような。

ケンとカズ、それぞれに背負ったものがあるんだけども。
カズと母親との関係。いや、幼いころのそれについては、他の映画でも描かれることはあるものだけど、この映画に関しては なんだか、より痛々しく伝わりました。
それがあってのカズなのかと。

それからラストの展開。
「プリン食べなよ」とか言ってる その引っ張り方ですらヒリヒリ。
そしてただ一人生き残る男。

これはこれでイヤな結末でもあるんだけど。
別に必ずしもハッピーエンドを期待しているわけでもないからね。特にこんな世界の物語だしね。

何だかわからないけれど、秀作が次から次へと生まれてきている今年の日本映画。
ここにまた そんな一本が生まれましたと。

さてさて、映画は監督のものというならば、この監督が次の作品を撮れるように。この映画の興行的成功を願いたいです。

余談ですが、この作品への小堺一幾さんのコメントがしっくりきたので載せときます。
『アリ地獄から見上げる青空は、美しい。』

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DVBBA
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2016年08月11日

ゴーストバスターズ

ポール・フェイグ
クリステン・ウィグ、メリッサ・マッカーシー、ケイト・マッキノン
かつて旧友アビーと幽霊研究本を共同発表していた物理学者エリンは、幽霊の調査依頼を受ける。そこでアビーを訪ねると、彼女は相棒ホルツマンと共に幽霊の研究を続けていた。
そして3人は依頼のあった幽霊騒動の起きた屋敷へ出向くと、本物の幽霊に遭遇。その存在を確信した三人は、“幽霊退治”を行う会社「ゴーストバスターズ」を立ち上げる。

1984年、ニューヨークに現れた幽霊を退治しようと奮闘する男たちを描いた「ゴーストバスターズ」。そして続編となる「ゴーストバスターズ2」は1989年の作品。
そして今回は約30年ぶりのリブート版となります。

物語としては関連性は無いので、これはこれでも楽しめますが。
より楽しもうと思ったら、前作も見た方が良いのだろうね。

細かい設定やカメオ出演。あと最近のリバイバルものは 昔からの映画ファン向けという面もあるので、「ゴーストバスターズ」に関わらず、いろんな名作を元ネタにしたセリフもチラホラ。

この企画が発表されて、主人公が全員女性ということが明らかになり、予告編などが出始めたところで“これじゃない感”なのか否定的な声も多かったと聞きますが。

ちなみにわたくしは主題歌の「ゴーストバスターズ」は大好きですが、前作にそんなにこだわりはないスタンス。
逆にアメリカの娯楽作品は一定のクオリティで仕上げてくるでしょ〜という、面白くて当たり前ぐらいの期待はしつつで。

基本線はゴーストが現れて、それを捕まえるという物語。当たり前だけど。
なぜ主人公が女性なのかって部分に明確な理由は感じなかったけど。

でも中心となるエリンとアビーの(見た目)普通のおばちゃんっぽさ。メカ担当のホルツマンのちょっとやんちゃな感じがまたよろしい。そしてひょんなことから仲間入りするパティ。
このチーム4人のやりとりが軽妙な雰囲気は出てたし、おバカなケヴィンのキャラが生きてたからこれはこれで良かったです。
日本のスーパー戦隊ものみたいに男女混成だと、それはそれで微妙だしね。

もしかしたら映像の作り込みという意味では「ピクセル」に負けるかもだけど。
馴染みのあるコンセプト、昔懐かしいロゴマーク。そして思わずノッてしまうテーマ曲。シンプルに楽しめましたよ。

なんならゴーストを捕まえるのはポケモンGOを彷彿とさせ。日本で復活したゴジラのように街を破壊する映像にときめき。“核”をそんな風に扱うのね〜ということに驚き。でした。

ニューヨーク市としては彼女らの活動を表だって認めることはできないけれど、裏ではちゃんと評価、援助を行うという構造。でもじつは彼女らの存在は、民間レベルで評価されている…みたいな。
日本人のウチらにはわからないけれど、もしかしたら こんな設定も何かのメタファーだったりするのかなと。

気になるようなマイナスポイントはなかったし。ちょこちょこっと笑えるシーンもありましたし。
あえて言うならサプライズ感は乏しいかもだけど、娯楽映画として十分に及第点。

さて、エンドロール後のラストシーンを見ていると続編もあるのかな?と思ったりするわけですが。
どうせだったらアメリカを飛び出してだよ。日本で貞子と伽椰子を捕まえてほしいなと…いらん期待もしちゃいますが(^-^;)

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I ♥ GB
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2016年07月05日

葛城事件

赤堀雅秋
三浦友和、南 果歩、新井浩文、若葉竜也、田中麗奈
美しい妻との間に2人の息子も生まれ、念願のマイホームを建てた葛城清。しかし家族を抑圧的に支配するようになり、一家のバランスは崩壊。長男は会社をリストラされ、次男は引きこもり生活。
それでも清は己を変えることなく、やがて さらに大きな問題が起こり…

先日見た「クリーピー 偽りの隣人」と同様に、この作品も登場人物みんな どこかおかしいと…そんな感覚もなくは無かったけど。
圧倒的にこちらの方が見応えありました。

主なキャストは決して多くは無いけれど、みな素晴らしい演技でありまして。
主演の三浦友和さんは当然ですが、ワシが子供の頃は“二枚目・青春スター”と言われた当時を思えば、ここまでの役柄は よりズシリと響いてきます。

葛城家。まず、次男は死刑囚であると。
そして 次男と獄中結婚をした女性が現れます。
そこから現在に至るまでの物語が明かされていきます。

この家族が こんな結末に至ってしまったのは、やはり父親の存在なんでしょう。
冒頭のやり取りからすると、家族を失って自暴自棄になったのかと思いきや、もう子どもが幼い頃からそうだったんだなと。端的に言うなら抑圧的であると。

ただ それが全ての原因とは言えないかな。
ちょっと気になったのは、食事シーンがとても多い映画なんだけど、全てと言っていいのかな、コンビニ弁当、カップ麺、外食、出前。
すなわち家庭の味ってのが(映画の中では)存在していないんだよね。それも結構気になったんだけど。

ただ夫に愛想をつかした妻と次男が家を出て。そこに長男が訪ねてくる場面は、ぎこちないながらも家族を謳歌しようとする気持ちは感じられましたが。
それもやはり父親の存在でもろくも崩れ去るんだけど。

そして抑圧されて育った子どもたち。
長男は結婚はしたものの、仕事に於いて営業仕事や再就職の面接など、他者と関わることができなくて。
息子から決定的な一言を聞かされ、最後の決断に至ってしまいます。

次男もやはり他者と関わることができないのか 引きこもりの人生で。
窓から近所のおばちゃんたちを見下ろし「ヒマなのかねぇ」とつぶやく引きこもり青年。

彼が父親とふいに交わした会話でとても気になったものがありました。
「コンビニに行ってた」「何もほしいものがなかった」

今の若い人に夢が無いとか、目標が無いという言い方もあるけれど。
社会全体がコンビニみたいに モノがあふれてるはずなんだけど、自身がなりたいもの、手に入れたいものが定まらない。どうにも動き出せない。そして引きこもり。
なんか、そんなメタファーだったのかな。

そして事件を起こした次男と獄中結婚をする女性。
その行動の衝動は、罪を犯した人の心に向き合いたいと。反省や人間らしさを導きたいようだったけど。
結局その行動がエゴにしか見えなくって。彼女の語る言葉、全てがキレイごとにしか思えなかったね。
でも ああいう思考の人って、いそうだなと。
そんなキャラ造形をしちゃうのも凄いなと。

葛城家は目に見える何かがあって、こんな末路を辿っていったわけではなく。
長年にわたってひずんでいって、気が付いたら取り返しがつかなくなってしまっていたと。

炎を浴びた火傷はまだ手当てができるけど、ジワジワを熱を帯びた低温火傷って治療が難しいって。
なんかそんな印象。

さてさて、一点だけ気になったのが、次男が凶行に及ぶシーン。
駅の構内で刃物を振り回すわけですが、誰一人として逃げない。その状況をジッと見てたのが違和感がありました。

なんなら観客は「死刑になるようなことをやったんだな。あのデカいナイフで」ってのはわかるので。また最後の面会の際に、自分がどんな人間なのかをしっかり言葉にしてみせるし(とても良いシーンでした)。
だから あの凶行の映像、無くてもよかったんじゃないかな。

見終わって、とても後味の悪い。でも考えさせられる。今年は そんな日本映画が多くって。
これもまたそんな一本でしたが、見て良かった作品です。

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最後の晩餐はコーラとなりました
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2016年07月04日

帰ってきたヒトラー


デヴィッド・ヴェンド
オリヴァー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ、フランツィシカ・ウルフ
70年の時を越え、現代にやってきてしまったアドルフ・ヒトラー。その姿をたまたま見つけたテレビマンが“そっくりさん”として彼をスカウト。
さっそくTVショーに登場したヒトラーだが、その振る舞い、発言が受け入れられ大人気に。やがて大衆の心を掴み始めていくのだが…

あのヒトラーが現代によみがえったら〜という発想は確かに面白い。アイデアの勝利かと思いきや…
実際、映画のデキとしても予想以上に楽しめました。

もちろん 偉人が(凡人であっても)タイムスリップして現代に現れることはありえません。
でもでも この“映画内”に於いて、この人はホンモノのヒトラーさんなんですね。

その御人を リストラされて後がないテレビマンが“お笑い芸人”として“ものまねタレント”としてスカウト。
テレビ局に売り込むべく、ヒトラーさんを連れて全国行脚。ヒトラーが現代の国民と触れあう姿を撮影していきます。

ところが、この映画は完全なる劇映画ではなくって。
このくだり、ホントに民衆の中に入り込んでいって撮影がされています。
この“役柄のまま”街に出ていく描写は、サシャ・バロン・コーエン(イギリスのコメディアン)がカザフスタン人のふりしてアメリカをレポートする「ボラット」みたいな印象で。

当然ながら 現実には どこの誰かが時を越えて現れるなんてことはあり得ません。
なので、カメラを向けられた人々は“空気を読んで”ヒトラーとコミュニケ―ション。
直々にヒトラーに伝えたいことを伝え、時には議論を戦わせ、あるいは触れあって。そんな映像の数々。

見る側の印象として、こういう提示の仕方をされるとは思っていなかったので、たいそう興味深い仕上がり。

一方のヒトラー総統は、相当 頭の優れた方だったのでしょう。
ここが2014年であることを認識し、新聞を読み、進められるがままにインターネットに接続。ウィキペディアであらゆる情報を入手。
そのうえで、現代へのメッセージを発していきます。

しかしまぁ世には様々な問題があるんだとは思いますが。
少子化や難民の問題。政治政党への不信感などなど。

結局のところ ドイツにしろ、イギリスにしろ、似たような問題があるんですね。なんならアメリカだって、日本だって同様かも。
そこで問題提起をしたり、指導力を発揮する存在ってのが、やはり共通して世界中で求められているのでしょう。

わたくし的には この“劇映画”が一つの着地点を明示しているとは、特段は感じませんでした。
でも 現代に於いて、圧倒的な指導者・先導者の存在は必要なのかもしれないと。
ある種の閉塞感をブチ破るためには、そういう人があってしかるべきと。

しかし、歴史に於いて 行き過ぎた思想家が人々を導くではなく、人々の思いから押し出された存在が指導者となる。
だがしかし、その指導者があまりに力を持ちすぎると、やがてその思考(志向)が独裁者となっていくんだなと。
そんなことを考えさせられました。

まぁヒトラーとまではいかずとも、今の日本に田中角栄が現れたら どんなことを言うのか。
そんな妄想までしちゃいました。

ちなみにヒトラーを“堂々と”演じきったオリヴァー・マスッチさんは 決して有名な役者さんではなく、ヒトラー然として振る舞える実力派舞台俳優なんだとか。
このキャスティングが、成功の一大要因だったのは間違いないですね。

なかなかの佳作。見て良かったです!!

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ヒトちゃん ペ!
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2016年06月28日

クリーピー 偽りの隣人

黒沢 清
西島秀俊、竹内結子、川口春奈、東出昌大、香川照之
元刑事である犯罪心理学者の高倉は、かつての同僚・野上から、6年前に発生した一家失踪事件の分析を依頼される。
その高倉が妻・康子と共に引っ越した新居の隣人・西野は どこかつかみどころのない男だったが、その娘の澪も交えた家族づきあいがはじまる。
そんなある日、澪は高倉に「あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です」と告げる。

同名の小説が原作の作品。タイトルの“クリーピー”とは「ゾッとするような」や「身の毛がよだつ」という意味の形容詞。

予告編でも 怪しさや謎な部分が伝わってきておりましたが、結論からすると そのまんまで。
序盤から香川照之演じる西野の怪しいことったら。ただ会話がしにくいだけでなく、真顔なのでちょっと勘弁って(苦笑)
一見 普通なんだけど実は…というパターンではなく、終始なのでね。

一方、本来の主人公である犯罪心理学者の高倉。
ちょっと困ってしまったのが、どうやら この男も真っ当な感覚から少々逸脱してまして。
海外での犯罪事例はダイナミックだと嘲笑したり、犯罪被害者に話を聞くのに「趣味です」と言い放ったり。
どうにも感情移入をしにくい男であって。

その妻である康子は、かろうじて真人間と一部ではあったのだけど、わたくしからすると それも腑に落ちなくて。
隣人がどのように不可解なのかを なぜ夫に伝えないのか?ヤバいと薄々感じながらシチューをおすそ分けに行くのもどうかと思ってしまう。

もっと言うなら、元同僚の野上も何考えてるかわからんし。
同じ区画のもう一件の隣人も不快感極まりないし。

結局見る側のスタンスとして、誰にも感情移入がしにくくなってしまって。
ただの「怪しい隣人に翻弄される夫婦の物語」ではないのだなと。

もっというなら 警察の連中もどうしたものか!?
何かウラがあってのおっちょこちょいなのか、ただのバカばっかなのか。

今作の宣伝文句にも使われているセリフ「あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です」は そこだけ切り取るとたいへんにセンセーションですが。
本編では その一言で何かが動き出すという事も無いように思えて。
ん〜なんか惜しい。

そうなってくると あとはいろいろアラ探し系になっちゃうんだけど。
西野家の あの部屋は雰囲気はあるけれど、見ようによってはショッカーのアジトっぽくって。普通の家にあんな部屋を作れるのか!?

西野は「僕が犯罪者になっちゃうでしょ!」と自分では手を下さない主義らしいが、すんなり引き金ひいちゃってるし。
そしてラストもあんな不用意に拳銃を渡しちゃうのかと。その結果・・・

全編通して映画らしいイヤ〜な空気が支配してて。それはわりとお好きなのですが。
登場人物全員がこんなだとは。先に言ってくれればそのつもりで見たんだけど(苦笑)

ちなみに原作は もっと登場人物の関連がハッキリしてて、事件としても成立してるようなのだが。
この映画、わたくし的には誰にも感情移入ができなかったなぁ。

その反面、100%キライとは言えない魅力があるのも事実だから困っちゃう。
それから 香川照之さんの“変なおじさん度”が(役者として)素晴らしかったです。

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「あの人、お父さんじゃありません。お母さんです」
posted by 味噌のカツオ at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする