2016年03月09日

これが私の人生設計

リッカルド・ミラーニ
パオラ・コルテレージ、ラウル・ボヴァ、マルコ・ボッチ
建築家として世界中で活躍し、新たなステップとして故郷のローマへ戻ったセレーナ。公営住宅のリフォーム案が公募されていることを知るが、男性社会のイタリア建築業界では彼女が採用されるとは思えず。
そこで自分は助手で設計者は男性だと偽って応募するのだが…

元々はノーマークだったんですが、シネコンでの上映時間のタイミング、そして見た人の評判をチェックして見てきました。

一応ジャンルはコメディとのことで。こちらもフワフワって感じで見始めたんだけど。
冒頭から主人公の生い立ちがマシンガンのように襲い掛かりまして。気付けば現代。

ところが本筋の流れになっても、なかなかその勢いは変わらずで。ガンガンきましたね(笑)

要点としては、とにかくよくしゃべる。圧倒的にセリフが多い。
それからカメラのカット割りも多い。ひとつの場面でも一人ひとりが話すごとに…いや、なんならワンセンテンスごとにカメラが変わっていきます。
その相乗効果もあってか、なんだか映画のテンポ、リズム、転がり方も早い。
だいぶ その勢いに持っていかれます。

さらには、ちょこっとずつオモロイことや、滑稽な設定がインサートされるので、当然ながら退屈せずに楽しめました。

セレーナがバイク盗まれるシーン。叔母の極度のマイペースっぷり。住宅で出会うばあちゃんの一方的さ。
彼女のアルバイト先のレストランの経営者フランチェスコがバーでいきなり踊り出し「あぁそっちなのね」とわかるくだり。
彼の友だちの極端さもニヤニヤ笑えてしまいます。

ある意味 定番なドタバタコメディー的な感じもありつつ、安易なお涙頂戴や大団円に走らないのはやや意外。
でも彼女の等身大の前向きな思考は見てて気持ちがいいし、人は老若男女 何かしら隠し事を抱えているという、はばかられかねない真実を堂々と提示するのも痛快。

もしかしたらハートに訴えかける〜ではなく、勢いだけで突っ走ってる映画なのかもしれないけど、でも それがこの映画の魅力であるのは間違いないです。

「これが私の人生設計」のタイトルで公開されていますが、事前の映画祭内では「生きていてすみません!」の邦題だったとか。
まぁわからんでもないけれど、勢い的には「生きていて〜」の方がしっくりくるかもね。

イタリアらしい早口と強引さで 何がおもろいのかわからんけど、見終わったら不思議な爽快感がを覚えるこの作品。
うん、素直に見て良かった1本でしたよ。

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あの叔母には隠し事無いか!?
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2016年03月04日

キャロル

トッド・ヘインズ
ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ、サラ・ポールソン
1952年、ニューヨーク。デパートでアルバイトをするテレーズの前に、娘へのクリスマスギフトを探すキャロルが現れる。
気品に満ちた美しさとミステリアスな雰囲気を醸すキャロルに心を奪われたテレーズ。彼女がクリスマスカードを送ったことで、二人は会うようになり、互いの悩みを知ることに…

今年のアカデミー賞で受賞こそならなかったものの、主演女優賞や助演女優賞などにノミネートされた作品。
アカデミー賞にかかわらず、口コミの評判がよくて女性客でいっぱい。

ただ、わたくしが見たレビューにチョイチョイ“百合映画”みたいな書き方をされていて。
ここに見に来ている客が みな百合なのか?と思わなくもなかったり(苦笑)

とは言うものの、変に同性愛を前面に打ち出した(戦略として)いやらしい作品ではなく。
確かにある二人の女性が愛し合う物語にはなっていますが、そもそも“憧れ”や“好意”が高じてそうなっていくような。ほんとに純粋な愛を感じられる映画でした。

舞台が1952年のニューヨークということで、その当時は同性愛は“病気”と見られていたそうで。
なので周囲の視線や受け止め方。あるいは自身にも罪の意識や葛藤があったのかもしれませんね。
今でこそ“性的マイノリティ”という言葉をつけたうえで認知はされてきていますが。

この映画で描かれる二人の関係が あざとくなく、すんなり見入ってしまう要因とは、ズバリ“品”なんじゃないかな。

ケイト・ブランシェット演じるキャロルの表情、振る舞い、佇まい、いずれも品があるんですよね。
彼女の方から若い女性をたぶらかそうという雰囲気がチョビットでもチラついてたら、その時点で“ただの”同性愛ムービーになってたんじゃないでしょうか。

一方、テレーズ役のルーニー・マーラは不意にオードリー・ヘップバーンを彷彿とさせる瞬間があったりで。これもまた品があるんですよね。

同性愛というのは本当の意味での肉体的快楽を得られないと思うんですよ。だからこそ、より心であったり、想いであったりが際立つんじゃないかな。
だから本当に純粋な恋をしたことのある方なら、この映画の中の二人を応援したくなるだろうし。

そんな二人の愛の物語とテレーズのキャリアも含めた成長の物語。
これは女性客にウケるはずだわと。

ちなみに男性のわたくしが見ても、キャロルの存在は不思議な魅力があって。
そしてルーニー・マーラのヌードシーンの美しさは見入ってしまいましたし。

単なる恋愛映画?
いやいや、退屈させない素晴らしい作品だったですよ。

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♪クリスマスキャロルが〜
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2016年01月05日

クリード チャンプを継ぐ男

ライアン・クーグラー
シルヴェスター・スタローン、マイケル・B・ジョーダン、テッサ・トンプソン
ボクシングの王者であったアポロの息子・アドニス。彼が生まれる前に父は亡くなっていたものの、心の中にある衝動のままにプロのボクサーを目指す。
そこでアドニスは、父のかつてのライバルだったロッキーを訪ね、トレーナーになってほしいと申し出る。

ボクシング映画の金字塔「ロッキー」。1976年からスタートして2006年の「ロッキー・ザ・ファイナル」までシリーズ6作品に渡り、多くの映画ファンに愛されてきました。

格闘ものですから、もうこれ以上肉体を酷使することは不可能ですわ。
ところが!見事なアイデアで「ロッキー」を継続させることになったと。

それがロッキーがトレーナー役になるというもので。
おぉそれならリアリティあるやん。見てみたいやん。
しかも かつてのライバル・アポロの(訳ありな)息子を指導するとは。

また そのアイデアをちゃんと見応えのある作品に仕上げたのもお見事ですね。

クリードを主人公として、タイトルから「ロッキー」という冠も無くすと。
もちろん正統なシリーズではあるけれど“露骨に”ロッキーで売ろうとはしていない。
「あのアポロの息子か?」と そのビッグネームで商売をしようとしていた劇中のエピソードとはえらい違いだねww

ストーリー展開も特別なひねりはないし、オハナシのメインとなる対決もどっちが勝っても〜と思えるものであって。
となれば演技や映像、そして観客の感情を震わせるような要素が大事になってきますわな。

こういったボクシングの映画ってヒーローもののバトルと違って「ファイヤーパーンチ!」的な必殺技炸裂〜みたいな盛り上げはできないわけで。
となれば その枠の中でどれだけファイトシーンを際立たせるかとなるんだけど。

大きく2つの場面。中盤で同ジムの選手との対戦の際、1ラウンド以上を超至近距離からのワンカット映像で見せてくれます。
これは今までのボクシング映画にない見せ方ですよね。

そういうトリッキーな表現を中盤に配しつつ、クライマックスの闘いでは一転。
様々なポイントを拾える表現に収めるという、そのバランスも良かったですね。

左目がふさがってしまい、ドクターのチェックでストップされそうになりながら、それを回避する“トリック”があったり。
そして何より、極限状態で解き放つ「俺は過ちなんかじゃない」というパッションで、一気に目頭熱くもなりました。

今どき“スポ根”というジャンルは流行らないかもしれませんが、ボクシングへの情熱を通して自己の存在を確かめる物語となっているのは、現在の映画だからこそでしょうね。

あくまで本筋はアドニスのものであって。ロッキーはサポートするポジションではありますが、世代交代というのはまさにあってしかるべき問題でもありますし。
そして心広く、なんなら仏か?と言いたくなるようなスタンスのロッキーの枯れ方も絶妙だったと思いました。

親の七光りでもないけれど、ロッキーという看板を外し、今後「クリード」として続編が進んでいくのかそれはわかりませんが。
少なくとも これはこれで見るものに訴えかける作品になっておりますので。
誰が見ても損はない一本だと思います。

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ボクシングを教えてくり〜ど
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2015年12月30日

神様なんかくそくらえ

ジョシュア・サフディ、ベニー・サフディ
アリエル・ホームズ、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、バディ・デュレス
ニューヨークで路上生活を送る少女ハーリーにとって、同じ境遇のイリヤだけが心の頼りだった。そんな彼女が彼への愛を証明するため、手首をカミソリで切ってしまう。
仲間から別れることをすすめられるハーリーは、もう一つの支えであったドラッグに溺れていく。

東京国際映画祭でグランプリと監督賞を受賞した作品。
ニューヨークの若きホームレスたちを描いた物語なんですが…

主人公であるハーリー役のアリエル・ホームズは実際にホームレスだったそうで。そんな自身の実情をまとめた小説が原案となっています。
そんな元ホームレスが、ひょんなことから いまや女優として活躍していると。ちょっとしたアメリカンドリームだとか言うと安っぽくなるけども。

この作品に出てくるキャラクターにはモデルとなる存在が実際におられたり。
この映画に出演してるけど、役者ではなく現役のホームレスだったりと。
なかなか変わったカタチで製作された映画なのであります。

そんなわけで、ある意味 ニューヨークで若くして路上生活をしている(強いられている?)若者のリアルでもあるのかな。

いわゆる“物乞い”をするシーンもあれば、仲間内でYoutube見ながら盛り上がってる場面もあったり。そして普通にドラッグが横行してたり。
こっちが考えてるホームレスのイメージとはかけ離れてる感はありつつ。

恋愛や嫉妬や、人の感情は大差はないのかな。
ずいぶんとエキセントリックではあるけども。

とまぁ振り返ってみても、ズバン!と感情移入できたかというと、そうとも言い切れずで。
予想だにしなかった展開もあるにはあったけど、普通の若者要素、ドラッグに溺れる要素、映画としての非日常感、いずれも響きにくいというか。

そんな印象だからこそ、終盤のケータイ電話が花火になる場面にハッとさせられたりもするんだけど(笑)
でもそれだけかな。厳しい言い方しちゃうと。

この作品で特筆すべきは 何気に音楽がクールで。中には日本のシンセサイザー奏者・冨田勲さんの作品も使われておりまして。
ただこれについても わたくし的には、音楽が放ってるパワーと映像とがバランスが取れていないようにも思えたんだよね。

いろいろ正直な感想を書きましたが、間違いなく言えるのは東京国際映画祭でグランプリと監督賞を受賞した作品ということでありますので。

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とんでもねぇ、あたしゃ神様だよ
posted by 味噌のカツオ at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月21日

コードネーム U.N.C.L.E.

ガイ・リッチー
ヘンリー・カヴィル、アーミー・ハマー、アリシア・ヴィキャンデル
東西冷戦の最中の1960年代前半。長年の対立関係にあるCIAのナポレオン・ソロとKGBのイリヤ・クリヤキンは、国際犯罪組織撲滅のため合同任務に乗り出す。
組織への手掛かりとなる失踪したドイツ人科学者の娘を守りながら、核兵器の大量生産を阻止すべく2人のエージェントが奔走する。

2015年、数あるスパイムービーの中でも 正直イマイチ ピンとこない作品ではあるかな。
そもそもは1960年代の人気テレビシリーズ「0011ナポレオン・ソロ」がベースになっているとのこと。

しかしそう言われましても、1971年生まれのわたくしは、正直その元ネタというのを存じ上げませんで。
そして主演の二人は『マン・オブ・スティール』のヘンリー・カヴィルと、『ローン・レンジャー』のアーミー・ハマーということですが、これまたわたくし未見の作品。

そんなこんなで、少なくともわたくしには“引き”の弱い作品。ですが、招待券をいただいたので鑑賞してまいりました。

ところが!開始早々のカーチェイス。意外な形で米ソが手を組むという展開。そして大きく走り出す物語。
気づけばグイグイ引っ張られ、すっかり入り込んでしまいましたね。

2人のスパイが活躍する いわゆるバディムービー。
当初は反目し合うというのはよくある設定ですが、そもそも(その当時の)米ソの関係性というのは、それだけでも必然となってわかりやすい設定かな。

世界的犯罪を未然に防ぐという目的で、それぞれの組織から果たされた任務。
その前にあっては協力が必要なんだけど、それでも互いのライバル心はジリジリ燃え盛り。

金網を破って潜入する場面。鍵を開けて敵方に潜入する場面。それぞれが それぞれの得手不得手を突いて優位性を見せつけんとしたり。
任務のため別々の部屋に宿泊しつつ、互いに盗聴器をいくつも忍ばせていたりとか。
一筋縄ではいかない両者が、上手く表現されておりました。

さらには全編を通してウィットに富んだセリフやユーモアセンスも楽しく。
60年代のファッションや振る舞い、そして映像も含めてオシャレであったりして。

個人的にはクリヤキンがボートで逃げ回る中、助けに行かず車の中でワインとサンドをたしなむソロの図がサイコー。
必死な姿と どこか優雅な情景。バックのBGMの使い方も含めて素晴らしかったです。

あとサラリと触れるなら、拷問マシンの悲劇も…申し訳ないが笑えましたね。

さて ストーリーとしても、終盤になって意外な裏切り事案が発生したり、ひとつを乗り切れば また別の難問が…といった具合に、見るものに驚きを与える。そんな山場が連続で押し寄せて。その点でも見応えありです。

そしてエンディングになって やっとこさ「コードネーム U.N.C.L.E.」というワードが登場。
もしかしたら その流れでもって、続編の公開もあるのかな?

前述の通り、当初は“ピンとこない”であり、期待して〜という程でもないスタンスでしたが。
確かに こういうタイプの仕上がりであれば、もっと見てみたいと思いますよ。
見て良かった一本です!!

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ヒロシです…か?
posted by 味噌のカツオ at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月03日

グリーン・インフェルノ

イーライ・ロス
ロレンツァ・イッツォ、アリエル・レヴィ、アーロン・バーンズ
環境保護を訴える学生グループが、不正なアマゾンの森林伐採の実態を訴えるために現地を訪れる。しかし あまりに過激な行動のため、政府によって強制送還されてしまう。
ところが帰路の途中、飛行機にエンジントラブルが発生。生存者らは救助を求めるのだが、彼らを待ち受けていたのは食人族だった。

1981年、わたくしが10歳のころに話題となった映画「食人族」というのがありました。
それをモチーフに「ホステル」の監督が作った“食人エンターテイメント”だと!?

どうにも真面目に映画を見てしまうわたくしには「ホステル」はなんじゃこりゃ?という印象しかなかったんだけど。
今頃になってようやく「ホラーとコメディは表裏一体」であることを学びました。

別にこの作品がコメディと言い切るわけではないけれど、この監督らしい、あるいは定番ホラーらしい滑稽な描写も見て取れますな。
でも十分に怖い…というか、痛々しいという感じでもあるか。

前半は起承転結の“起”としてたいへんわかりやすい作り。のちに必要となる伏線をキチンと提示してくれます。
そしてひと悶着あっての飛行機事故発生。

この事故原因についても経緯が説明されるので、その点も好感。
ただ 肝となる悪夢の前に、意外にもこの墜落で多くの犠牲が。

と思いきや、確かに あまりウジャウジャ囚われても、その後に“退場”させていくのめんどいもんね。いい感じで人数を絞ります。
そして問題の原住民・ヤハ族との遭遇。

いきなり一人が犠牲になるんだけど。さすがに あのいたぶられっぷりは、目をそむけたくなるぐらい痛々しかったね。
その手の場面はいい感じでグロかったですよ。

かと思えば、大事なところをタランチュラに襲われそうになったり、突然の腹痛でブリブリ始まったり。
必然性の薄い下品さも微笑ましかった。

となれば、あとはエロい要素も欲しくなるんだけど、その点は残念ながら及第点以下。
本来ならもうちょっと主人公の露出も欲しかったけど、白塗りの下乳レベルで終わってしまい愕然。
だけど あの娘、監督さんの実妻だというから、さすがにそれは見せてくれないか。

とにかく、文化も言葉も違う民族に、生きたまま切り刻まれる恐怖は味わえました。
文明が大自然や独自に存在する民族を脅かす反面、ネットやSNSはそのエリアでは全く役に立たないというメッセージ的要素。
そして最終的に生き残るのは処女であるというホラーの定石も見せつけられました。

傑作とまでは言いませんが、そこそこ楽しめるB級ホラーとしては一級品でしたね(苦笑)

ちなみにアイツがもし生き延びてたとしたら…アイツもチェリーなんかな!?

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原住民らの髪の毛がツヤツヤで驚いた
posted by 味噌のカツオ at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月25日

恋人たち

橋口亮輔
篠原 篤、成嶋瞳子、池田 良、安藤玉恵、光石 研
通り魔殺人によって妻を失った男。退屈な日常に突如現れた男に心が揺れ動く平凡な主婦。学生時代からの親友に思いを寄せる完璧主義者でゲイの弁護士。
人それぞれが日常の中でもがき苦しみながら、ささやかな希望を探りだしていく。そんな姿を描き出す。

「ハッシュ!」「ぐるりのこと。」などの橋口亮輔監督作品。
率直に言うと「恋人たち」というタイトルが必ずしも作品の大観を現しているような感じではないかな。

主に3人の登場人物を通して 人生における辛さ、苦しさ、迷い、悩み…なんかを提示。
それぞれ状況や環境なんかはだいぶ違うんだけどね。

そんな主要キャストたちは、それぞれがオーディションで選出した役者たち。
全くではないにせよ、大きな作品や役柄を演じたことのない、言わば“新人”とされる方々。

その分 変な先入観もなく。また本名と役名が同じだったりもするので、作中のキャラを素の感情も通して演じておられるのか、とにかくリアルであるのは確か。
演技経験が少ないにしても、ホントに見応えありますね。もちろん監督の演出も大きいだろうけど。

自分にとっての本当の幸せを与えてくれた妻を通り魔殺人で奪われた男。
しかもその犯人は、今の日本の裁判制度では裁けないという司法判断が。

そしてそこに立ち向かうために、全てを捧げたが故、前に進めない状況。
その傷口に塩でも塗り込むような。回り全てがそんな風にしか見えない。
軽々に“共感”なんて言えないけれど、すごくわかるエピソードでした。

弁当屋のパートの主婦のパートでは、何から何までベルトコンベアのような日常に驚きつつ。
あれよあれよと 良からぬ環境に巻き込まれていく様は、ある種の怖さも覚えました。

そしてゲイのエリート弁護士。その志向もなかなか理解をされないものなのかもしれませんが、それ以上に周囲の人たちの感覚を読めていないってのは…そもそも弁護士としてどうなん?とも思ったけど。
見ていて なかなかイラっとしたわけですが。

ただ 彼が足を骨折したきっかけが…ハッキリとは明かされてはなかったけど、その業界における 恨みや妬みによるコトだったんかな。

妻を殺された男。もしかしたら義理の姉の経験が、何かのきっかけになるのかなと思いきや、そこは深まりませんでした。
また自暴自棄になった挙句、人としてバカな道へ行こうとしたら、もっとバカにされる結果しかなくて。

そんな彼を救ったのは、上司の男。ハンディキャップを抱えているものの、そうなった原因が(ウソかホントか)なかなかのもので笑ってしまったけど。
とにかくそんな上司が極限状態の彼にかけた言葉「殺しちゃダメだよ。殺しちゃうと、こうやって話せないじゃん」って。

あの場面、もし自分がその立場だったら 何を語ればいいんだろうか。何を言えばいいのか。試されているような気にもなりました。
もちろん セリフだけではなく、それぞれの人柄や話し方で変わってきちゃうものだけど。

あそこは単にドラスティックな言葉ではなく、ジワジワと沁み渡っていくあの言葉が…だったんだね。

結局わたくし的には軸となる3人ではなく、あの場面の上司に一番共感できたかな。
自分自信、そんなハードな環境に落ちたことが無い中で、逆に第三者としてどう振る舞えるかの方がきちゃったね。

映像として終始 重苦しい色ばかりだったけど、ラストの青い空、白い部屋、黄色いチューリップでわずかに救われたかな。
決して どストライクではなかったけれど、「きみはいい子」と同様、考えさせられる映画でした。

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皇室ねぇ。。。
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2015年11月12日

グラスホッパー

瀧本智行
生田斗真、浅野忠信、山田涼介、波瑠、村上淳
渋谷のスクランブル交差点での事件により、恋人を失ってしまった中学校教師の鈴木。事件の真相には裏社会の組織の存在があることを知り、鈴木は潜入を試みる。
その組織から命を狙われる自殺専門の殺し屋・鯨。鯨への復讐を誓うナイフ使いの殺し屋・蝉。やがて彼らの運命が交錯していく。

伊坂幸太郎の原作。映画化されたものでしか知らないわけですが、往々にして、日常の中に存在しそうな突拍子もない設定の下で、カオスのような出来事がひしめき合いつつ、ラストでは全ての霧が晴れていくような。そんな印象があります。

この物語も御多分に漏れずで。
冒頭、ハロウィンで浮かれる東京・渋谷のスクランブル交差点。そこへドラッグでイカれきったヤツが、車で突入。多くの死傷者を出すという事件が。

このあたり、結構な嫌悪感でもってスクリーンと向き合ってましたわ。
それぐらいこういう惨劇のニュース、度々目にしますし、映像としてもなかなかリアリティを感じさせるものに仕上がってましたので。
いい意味で“イヤな映像”を見せつけられる始末。
その反面、映画の期待感は上昇。

ところが…
ピュアな復讐劇を模索する中学校教師とは別で、2人の殺し屋が登場。
現実離れした方向性。まぁまぁそういうこともありましょう…と見ておりましたが。

だんだんこちらの許容範囲を越えてきちゃったかな。
率直な感想は「なんじゃこりゃ?」と。

何か浅野忠信があそこまでキャラづくりしてやってると、あまりシリアスにみえないんだよね。どこか半笑いの表情に見えて、赤塚不二夫を感じちゃうってか。

山田涼介クン、ナイフの使い方やアクション時の体キレに期待はしたものの、あの押し入った相手たちのやる気のなさに幻滅。食い止めよう、反撃しようというそぶりのカケラも見えないやられ役たち。
あとはしゃべり方もダサかったね。演出がひどいなと。

ダサいでいうなら菜々緒さんも。ただギャーギャー言ってるだけで全く魅力のないキャラ。あんなカバンに、あんな雑に銃を入れますか?
そういうのを見せつけられると、リアリティもなくなる。

そして吉岡秀隆も そもそもナヨナヨっとしたしゃべり方が好きではないんだけど、そのうえでヒゲとかを生やしたりしてるから、よりバランスの悪さが漂ってしまって。

ただ村上淳さんは軽めのハードボイルドっぽいのが、良くいえば往年の「探偵物語」の松田優作さん的なカラーがあって。唯一良いキャラだったですね。

全般的には、鈴木のパートと鯨のパートがバラバラな印象。それが思いもよらないカタチで交じり合うならまだしも、なんだか「そりゃそうなるわな」としか思えなくて。
だってみんなが寺原に関わってんだからね。意外性がなかったよね。

また廃工場のアジトもやけに小さなセット組で。狭さ、わざと錆びてます感、ビシャビシャが過ぎる雨漏り。全部 安っぽく見えたわ。
やっぱクライマックスのバトルは、本物の工場でやらないと迫力出ないっしょ。

そしてラスト。アソクミさんが語るこの顛末の真相。なんかいらんように思うんだよね。
もちろん物語としては、それが無いと成立しないんだけど。蛇足のような場面にしかなっていない。
謎の組織が関わっているのなら、もう謎のままでやり過ごすことでしょ。

ただし 謎の組織のボスが、あの指輪の少年だというのなら話は別だけど。。。

正直な話、生田斗真くんはいい仕事できそうだし、今作のキャスティングは非常に幅広いんだけど、結局は監督がアレなんかな。
わたくし的には「脳男」も同様な印象だったので。

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お仕事は押し屋
posted by 味噌のカツオ at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月14日

GAMBA ガンバと仲間たち

(声)梶 裕貴、神田沙也加、大塚明夫、野村萬斎
一度も見たことのない海を見ようと走り出した町ネズミのガンバとマンプク。港で船乗りネズミらの宴に紛れ込むが、そこに子ネズミ忠太が現れる。
白イタチのノロイに襲われた島の仲間を助けてほしいという忠太に対し、ただ一匹 立ち上がったガンバ。だが島へ向かう船にはボーボ、ヨイショ、ガクシャ、イカサマ、マンプクも乗り込んでいた。

40〜50歳台の人でテレビアニメ「ガンバの冒険」の影響を受けた人は多いことでしょう。
かくいうわたくしもその一人。

ガンバること、友情、チームワーク、個性。そういうことを刻み込まれました。
中には白イタチ・ノロイの怖さがトラウマという方もおられるかも。

もしかしたら今回の「GAMBA ガンバと仲間たち」は、40〜50歳台の大人が今の子供たちを連れて、親子で一緒に楽しめるアニメ映画なのかもしれません。
ただし、どうしても そのタイトルと裏腹に今回のキャラのビジュアルについては“これじゃない感”が付きまとってしまう。

違う。本当のガンバはコレだ!とかつてのアニメを強く押したくもなりますが…
厳密にいうと 原作は「冒険者たち ガンバと15ひきの仲間」というもので。

とにかく言いたいことはいっぱいあるが、グチグチ言う前にまずは見るべし!ということで。

そもそも思い入れのあるガンバたちのキャラ造形を…と言う以前に、最近の この手のアニメの質感が好みではないんだよね。
毛の一本一本まで滑らかな動きを表現できるアニメよりも、もっとベタっとしたマンガチックなテイストのほうが受け入れ易いと思うんだけど。。。

何やらエグゼクティブプロデューサーに「スパイダーマン」や「X-MEN」などのアヴィ・アラッドを迎えたとかで。
もしかしたら世界公開とかの目論みがあるんでしょうかねぇ。

それを思うと今作のキャラはピクサーとかのそれに見えなくもない(見えちゃいけないか)。
そして時に仰々しく、時にキャラの動きありきのBGMの使い方も日本的では無かったし。
あと登場キャラと対比された 大きな缶詰やらスクリューキャップのフタだとかは「トイ・ストーリー」そのものだったね。

物語の展開として「海を見に行こう!」からノロイとの決闘まで全てまとめて仕上げたのはある意味でお見事。
ただしチビッ子たちの集中力の兼ね合いなのか(?)上映時間は120分ではなく90分なんよね。

そこにこれだけの流れを詰め込むとなると、全てのキャラ付けが浅くなってしまうので、イマイチ感情移入ができない。
あるキャラが命を落とすことになっても「あら〜」って感じで泣くまでには至らない。

主役が輝くには悪役のアクの強さは必要。その点 野村萬斎さんがノロイの声を担当するというのに期待したんだけど。
どうも悪いヤツっぽさはあっても、それ以上の恐ろしさ目を合わせただけで持っていかれる〜的な妖しさ。あるいは色気までは纏えませんでしたね。
一部では「カマっぽい」という声はあったけど。

そのノロイとガンバの戦いもあっさりだったし。潮路さんもムチャするしで(苦笑)

とまぁ散々な感想になっちゃってますが、常に前向きで勝気なガンバのスタンスを熱く感じる部分があったのも事実で。
90分という枠の中で表現するとなると、こういう仕上がりになるのも止むを得ないか。


以下はホントにテレビアニメ版への思い入れありきのことなんだけど。
今回のガンバでは“しっぽ”というものが全く、これっぽっちもフィーチャーされていない!!
以前のアニメ版では「しっぽを立てろ!」という合言葉をはじめ、全ての感情から状況からを しっぽを引き合いに表現しておったんですよ。

またそれぞれが 太いしっぽ、長いしっぽ、紐のようなしっぽ、短いしっぽ。しっぽ自体に特徴があり個性があって。
しっぽは人間には分かり得ない、このネズミたちのアイデンティティなんですよ。

そのしっぽについて触れないなんて。なら これはネズミたちの物語である必要もないのでは…?

そう、あの時の「ガンバの冒険」への思い入れあっての印象なのだが、このしっぽがあるかないか。わたくしにはとても大きなポイントなんだよね。

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ガクシャア
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2015年10月07日

心が叫びたがってるんだ。

長井龍雪
(声)水瀬いのり、内山昂輝、雨宮 天、細谷佳正
幼い頃の出来事をきっかけにしゃべることを封印された成瀬順。彼女の高校で行われる“地域ふれあい交流会”の実行委員として、クラスメイト3人と共に順も選出されてしまう。
出し物として担任が提案したのはミュージカル。誰一人乗り気にならない中、しゃべれないはずの順が その思いを伝えるべく突然歌い出す。

「あの花」のスタッフが再結集して制作されたアニメ作品。
言うても「あの花」自体をそんなに詳しくは知らなかったんだけど。ただ ちょっと前に放送された「あの花」ドラマ版を見て、こちらも興味が湧いたというトコロでして。

映画のシリーズものって、ナンバーが増えるにつれてクオリティが落ちると言われますが、こういう(成功を納めた)チームが新たな創作に取り組むってのも、結構ハードルの高いもので。
とは言うものの、この作品は思ってた以上に良かったですよ。いや、素晴らしかったですよ。

早々から描かれるお城だの王子様だのが登場するスキット。(オトナ目線で)バカバカしくも(子供のスタンスで)ピュアとは言えますが、正直「大丈夫か?」と思わんでもなかったけど(苦笑)

高校生になってからのパートでは、いろんな意味で 誰もが経験したことあるような場面であったり、自身が あるいは身近な誰かがぶつかったであろう悩みなんかを提示しつつ。
ひとつの目標に向けて高まっていく展開が見事でした。

部活、家族、トラウマ。恋愛に関しては 現在・過去・未来に渡って描かれてて。
地域ふれあい交流会(学園祭じゃないってのも絶妙)というクライマックスに向かっていくと。
それだけの要素を絡めつつ、ごちゃごちゃした印象もなくて。

若者の成長を見せるのに、部活なり選手なりが、壁を越える努力をするのはよくありますが。
自分の中にある殻を破って、言葉を発しよう、思いを伝えようという形で見せるのも
今どきだなと思ったりして。

でも舞台の当日になって「やっぱりイヤだ」とゴネるオンナは正直キツいなとも思ったけどさ…w

それはさておき、終盤で順が歌いながら登場するシーンはしびれましたし、「悲愴」と「オーバー・ザ・レインボー」のミックスとか、音楽的にも鳥肌立つような作品になってましたしね。
そして登場人物たちの恋の行方についても、良い意味でトリッキーな着地点が用意されてて。
意外性と納得感のバランスとれていたんじゃないでしょうか。

などと つらつらと書いてみたわけですが。
イイもん見たという思いは間違いないんだけど、これぞ〜というドカーンというポイントがあったようには思えない。
それよりも 彼ら彼女らのひとつひとつの行動や思い、あるいは言葉がキラキラと散りばめられているとも言えるのかな。
ホント、全般的な満足度の高い作品だったですかね。

ただひとつだけ気になったのが順のお母さん役の吉田羊さん。正直 違和感ありまくり。
ただし決して彼女の上手い下手のことではなく、“声優”とされるキャストの中に“女優”という存在が混じることの表現の差…なのかな。
たぶん昨今のアニメ映画のように、いわゆる俳優さん中心でアフレコしているのであればそうは思わなかったでしょうが。

なんだか わかるような わからんような。微妙な違いがあるんでしょうね。

さてさて、(オタ系ではなく)一般の観客を惹き付けるアニメ作品というと、ジブリには敵わなかったわけですよ。
しかし宮崎駿氏が長編作品を卒業され、と同時に細田守監督が新たな旗手として目されている昨今ですが。
いやいや〜もうその次が きちゃってるんじやないの?と。そんなことを感じながら見入ってしまいました。

ジブリや細田氏のようなファンタジー路線ではなく、ギリギリでヒリヒリを感じさせる青春ドラマとして受け入れやすのではないかな。今の時代にはね。
というわけで、予想以上の良作でありましたよ。
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2015年10月06日

共犯

チャン・ロンジー
ウー・チエンホー、トン・ユィカイ、チェン・カイユアン、ヤオ・アイニン
男子高校生のホアン、リン、イエは、通学途中に 同じ高校の女子生徒の変死体を発見する。それまでは関わりの無かった3人だったが、彼女の死の真相を突き止めるべく、妙な連帯感を覚えながら行動を共にするのだが…

昨年の東京国際映画祭でも上映され、非常に評判の高い台湾映画。
一人の女子高生の死を巡り、三人の男子高校生が死の謎を探ると。ところが中盤、ある出来事から映画の趣が大きく変わっていきます。

その死の真相を探るというサスペンスタッチの展開が、現代的な青春ストーリーとしての観客に突きつけられる〜というべきか。

ですが 結論、わたくし的にはイマイチ響いてこなかったです。
わたくし自身の体調もアレだったかもですが。

後々レビューなんかを読んでみても、何が起きてどうなっていくのか〜という展開は見た通りだったので、決して理解できていない訳ではないと思うんだけど。

オープニング映像 そして序盤の導入部を見る限り、わたくし好みの印象もありつつ。
でも彼らの行動がイマイチ ピンとこないまま「あぁそうですか」的な感じにしか受け取れなくって。
まぁ合わなかったとしか言えないかな。

それから女子がカワイイとか 男子がイケメンという書き込みも見たんだけど「ん?そうか?」と、こちらも疑問符が付きつつ。

映画的に暗いイメージの物語なので、当然ながら誰も笑顔とかないし。
それもカワイイ&イケメンに思えなかった一因であるかもだけど。

エンドテーマについても様々なレビューとは逆の印象で。
なんで日本のバンド flumpoolが、しかも中国語バージョンで歌っているんだと。映画の余韻が台無しだなどと意見を目にしたんだけど。

わたくしは そんな日本のバンドが歌っているとは知らなかったし、字幕に写される日本語訳の歌詞が「いいじゃん」と思いながら見ていたので。

ん〜やっぱり、わたくしとは とことん合わない映画だったとしか言えませんな。

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お京はん
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2015年09月26日

カリフォルニア・ダウン

ブラッド・ペイトン
ドゥエイン・ジョンソン、カーラ・グギノ、アレクサンドラ・ダダリオ
超巨大地層“サン・アンドレアス断層”の横ずれから大地震が発生し、カリフォルニア州に甚大な被害をもたらした。
レスキュー隊のパイロット・レイは取り残されていた別居中の妻を救出。そしてサンフランシスコに取り残された娘をの下へ向かわんとするが、地面には深い亀裂が広がり、大津波が襲い掛かる…

原題は「San Andreas」。
カリフォルニア州。太平洋岸に1300kmにわたってのびるサン・アンドレアス断層が横ずれを起こし、巨大地震が発生するというストーリー。

当初は日本公開は5月30日の予定でしたが一旦延期。理由については今なお残る東日本震災の影響とも、4月25日に発生したネパールでの大地震の影響とも言われますが、本当のところはよくわかりません。
ですが この9月12日に公開となりました。

地震、そして津波が襲うというディザスタームービーのジャンルではありますが、見た感想としては ロック様大活躍のヒーロー映画といった趣だったですね。
一般的なレビューを見ると、大迫力の映像やら家族愛やらに感動してる声も多々ありましたが、わたくし的にはコレっぽっちもヒットせずで。

始まって間もなく、地震予知の研究員がダムでその傾向をチェックしていたところ(つかみってヤツですか)大きな地震が発生します。
そこでダムにヒビが入り、あっという間にダムが崩壊。どえらいことになってしまいます。

その後も断層に沿って地震が起きていくんですが、研究員によれば「これよりもっと大きなのがくる」と。って、ダムが壊れる以上にデカいのって!?
結局 都市部を直下型地震が襲い、次々にビルが崩れていきます。

そりゃスゴイ。そりゃスゴイんだけど、ボロボロ壁が崩れ去り、ビルのフロアがひしゃげたり。あまりにその現実感の無さに ほぼほぼポカ〜ン状態。
であるのに、主人公の嫁さんただ一人、夫であるロック様に助け出されます。

その後も揺れが襲うんだけど、とにかくダムが決壊してビル崩壊がのっけからなので、「次は?今度は?」という それ以上の“ヤバい感”がなんか増幅していかない。

またイントロダクションの救出劇の場面から「ムチャするなぁ」の印象。
はてはヘリでもって崩れるビルをかいくぐり、ガレキが当たって側面ボロボロになったりして。またグルグル回りながら激突落下とか。大丈夫か?を通り越してアウトでしょとしか思えない。

船着き場で海面が下がり「津波が来るぞ」と。しばらくして大きな津波が押し寄せ、サーフィンか?ってな勢いでその波に乗るボート。
やがて津波に飲み込まれ、街全体が水没。えらいこっちゃ。

んだけど、津波って押し寄せてる波のあとに、もう一回引き波が返っていくんだけど。それはなかったんだね。
津波の被害じゃなくて地盤沈下だったのかな?そんな細かいツッコミ所もいっぱい

いずれもとてつもない被害の映像なんだけど、どれもスゴイ映像を見せたいがためって感じで。それらの映像からは、ホントの意味での怖さは覚えなかったなあ。
どうしても日本人として、本物のそれが身近に存在してしまったわけだし。
だから映像に関しては「よくこしらえました」としか見られなかったわ。

そしてそれらの上に成り立つ人間描写も弱いと言わざるを得ない。
離婚問題を抱えた夫婦と、ピンチに陥る娘ってのは米映画では定番中の定番で。それらに ちょっとイヤなヤツが関わるのもそう。
んでまたそのイヤなヤツが 何のタメもなく突然フレームインしてきてプチッと退場ってのは、あっさりし過ぎでビックリ。

あとは ひとつの事象として、人的被害も大多数で高層ビルは全て使用不可の取り壊しとなると、被害額はいかほど〜と。
こういっては何だが、一組の家族の作られた美談に感動するよりも、被害の大きさに途方に暮れてましたよ。わたくしは。

とにかく、大地震についてのリアルな映像を目の当たりにしている以上、この映画からリアリティを感じられず。結局 感情移入もでき無かったと。
でも、ひねくれていない方が見たら大迫力映像の素敵なファミリームービーなんじゃないでしょうかね。
なんだか他人事だな(苦笑)

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超巨大断層が床ずれ!?
posted by 味噌のカツオ at 02:09| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月13日

キングスマン

マシュー・ボーン
コリン・ファース、サミュエル・L・ジャクソン、タロン・エガートン
ロンドンにある高級スーツ店「キングスマン」は、実はどこの国にも属さない最強のスパイ機関であった。キングスマンのスパイであるハリーは、新たなスパイの候補生として、かつての同僚の息子であるエグジーをスカウトする。
そんな中、IT富豪のヴァレンタインは前代未聞の人類抹殺計画を進めていた。

わたくし的に期待はしていなかったんだけど、評判がいいので見てきました。
これは後で知ったことなんだけど「キック・アス」の監督なんだ。それならそうと言ってくれれば…(^-^;)

冒頭、スクリーンに映るのが 回るカセットテープ(「スパイ大作戦」由来なのかな?)。そこからの映像がまたカッコいいこと。
「期待していなかった」とか言いつつ、最初のシーンで「これは当たりだわ」と確信してしまったわたくし。当然ながら、その後もグイグイと見入ってしまいました。

そもそも“スパイ映画”という作品は多々ありまして。「007」「ミッション・インポッシブル」など誰もが知るヒットシリーズもあります。
この作品は それらをリスペクトするスタンスがあり、また「これが映画だったら…」なんてセリフにもある通り、“映画であること”の前提で楽しませてくれてますね。

主人公であるところのスパイ・ハリーをコリン・ファースが演じているんですが、いかにもイギリス紳士然とした雰囲気はそのままに、これまで見たことのないアクションにも挑戦。これが実に新鮮でした。
またスパイに付きものと言える 秘密の武器・アイテムの存在も、古くからのスパイもののファンには嬉しい設定。
一方で、イギリス人があんなアンブレラを持ち歩くのか?という疑問もあったけども(苦笑)

それに相対する敵役にはサミュエル・L・ジャクソンが登場。
いかにもなしゃべり方、そしてキャップを斜めに被るあのファッション。オーダーメードスーツとの対比だけでなく、歳いくつやねん!?とツッコミたくなる 見事なキャラクター。
キャラであればソイツと行動を共にしてる足がキレッキレのあの女もインパクトあったですな。

劇中でも語られてるけれど、こういう悪役の放つ存在感が主人公を際立たせてるという良い例であります。

普通に考えたら荒唐無稽かもだけど、映画としてはアリでしょう。世界を巻き込む恐るべき計画。それを阻止せんとする正義のスパイ。
ちょっと驚かされたのが、後半で“主人公”にある変化が起こります。そのままストーリーは進みますが、よくよく考えてみると コレは結構大胆な演出だと思いました。

演出の点では「おや?」と思わせるような場面もチョイチョイ。
前半、奪った車で走り去りフレームアウト。ところがそのままバックで再登場。なんだと思ったらパトカーと遭遇してバックのまま逃げてきてたとか。
そのあたりの引き込み方も面白かったです。

でも最大の見せ場はバトルシーンですかね。
序盤のバーでの華麗さ。そして教会での大乱闘に、ラストのバトルでは、カメラワーク・スピード感・そしてBGMで見事にスタイリッシュな映像を見せてくれます。
実際は 血が飛び散って、銃弾が飛び交って、かなり残虐な絵ではあるんだけど、それ以上に「カッコいい」と思わせる手法はさすがに「キック・アス」の監督でありますね。
あとは威風堂々と執り行われる花火大会。えらい場面ではあるんだけど、思わず笑わずにはいられませんでした。

パラシュートの問題やら犬のJBの処遇などやや甘いかなと思わんこともなかったけれど。
映像、音楽、ストーリー展開、会話の妙なども含めて、大満足の一本。

世界的に大ヒットしているという事なので、続編とかもありえるのかな?
でも構成としては、ビッグダディが途中で退場して、その後はキック・アスの成長物語メインで進むのと同じと考えれば。。。

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キング、すまんのぅ
posted by 味噌のカツオ at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月04日

きみはいい子

呉 美保
高良健吾、尾野真千子、池脇千鶴、富田靖子
新米教師の岡野は 良かれと思ってした行動がことごとく裏目に出て、児童たちからも信用を得られないでいた。
夫が単身赴任中で3歳の娘とふたり暮らしの雅美は ママ友の前では体裁を繕いつつ、娘に手をあげてしまう。
独居老人となったあきこは、登下校時に挨拶をしてくれるひとりの小学生とのふれあいに喜びを見出していた。
そんな同じ街に暮らす人々を描いた群像劇。

同じ街に暮らす人々が織りなす3つの物語。
一応 地続きではあるけれど、ストーリー的ガッツリ絡むわけではなく。

その3つの物語、それぞれ思うところ感じるところあるんだけど、一瞬一瞬で その感情の向かうベクトルが違います。
見る側もそれぐらいの器で受け止めないと大変。

若干 痴呆の始まってしまったような独居老人と、自閉症(と思われる)小学生との交流。
そこに とある伏線を持った母親が現れます。

独身・子供なしのわたくしですが、育児って大変だろうなとは容易に想像がつきます。さらに、障害を持った子供であるならなおさらかな。
現実ではそれはそれとして普通に暮らしているように見えるけど、富田靖子演じるその母親のように、実際には人知れず張り詰めたものと背中合わせでいるような気がしますね。

またそれを氷解することができるのは、やはりあのお婆ちゃんみたいな人なのかな。
まぁあの婆ちゃんは その母親を救ってあげようなんて意識はないままだったとは思うけどね。


小さな子供を抱えたママ友たち。公園で集うと あんな雰囲気になりますわね。
しかし、家に帰るとそんなママが豹変。子供の粗相が原因なのかもしれないけど、それは躾の域を逸脱した…
でも、子供を怒鳴り散らし引っ叩きまくりつつ、直後に一人になって自責の念に駆られるという。

でありながら、娘はよそのママから「ウチの子になる?」と聞かれると、自分のママにしがみついていくんだよね。あんなに怖い思いしてるはずなのに。
例えは変だけどDV夫とかもそれに近いのかな。嫁さんに手をあげつつ、直後に優しく接して。受けた方は、それを過度の愛情とはき違えてしまうみたいな。
でもこの場合、親子だからなぁ。血がつながってるからなぁ。
いや幼児は 他の世界とか価値を知らないからなおさらか。

しかしこのパートの尾野真千子はスゴかったね。あの怒鳴り方はかなりリアル。そして 子役の女の子も、よくぞあんな“演技”をしたもんだ。
最初の虐待、ワンカメの長回しのシーンは正直 見ていられなかった。いやぁ“作品”だから向き合ったけど、それでもキツかったわ。
周りでは涙してるお客さんもおられたし。

そして もう一方の池脇千鶴の大らかなママっぷりも、これはこれでリアルでした。
そんな彼女が、尾野真千子を抱きしめる場面は堪らなかった。さすがにわたくしも涙こぼれました。


新米の若い男性教師。様々な出来事が教室で起こるわけですが、それらに対し いちいち親からの苦情電話が入ってくる。世に言うモンスターペアレンツ、学級崩壊。
でも それらを見ていて、自分だったらどんな行動を取るのかと問われると…難しいね。
まぁ電話が来る前提の上で、納め方 諌め方を知ってる学年主任がいたり。楽観的にやり過ごしてくれる同僚がいたり。

自身が悩む中で姉(?)の言葉に励まされ、甥っ子(?)からの抱擁に活路を見い出します。

正直、彼の恋人との会話の口調から、良いことも悪いことも イマイチ響かない現代っ子、ゆとり世代なのかなと思ったり。
しかし いくらか思い切った“宿題”を児童たちに果たすことで、きっかけと言うか手応えを感じられたのかな。
教師としての成長という希望の光が差したですかね。


それぞれの物語。いずれも 大人になるにつれて見失ってしまう心を、子供の存在を介在することで呼び起されるような。
それで世界が変わるとは思えないけれど、今自分の目の前で直面している闇を照らすことにはなりますかね。
とても 小さな小さなことかもしれないけれど、結局 日常ってそれがすべてですから。

呉美保監督。「そこのみにて光り輝く」も素晴らしかったけど、この作品も、ジワジワとした後味残しますね。


様々な感想を見ていると、それまで引き気味だった新米教師が走り出し、自ら問題に飛び込んで行かんとするラストシーンに希望を感じたとの記述を目にしました。
うん、まぁ彼の行動からそれを感じるのは間違っていないけれど。

彼の家のポストに突っ込まれたチラシの量を見れば、その扉の奥がどうなっているのか…
別の絶望感とか、遅かったのかなとか。
心が痛かったです。

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池脇千鶴と高橋和也が夫婦なん!?
posted by 味噌のカツオ at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月03日

国際市場で逢いましょう

ユン・ジェギュン
ファン・ジョンミン、キム・ユンジン、オ・ダルス
幼い頃、朝鮮戦争の戦渦に巻き込まれ、父と末の妹と生き別れてしまったドクス。残された母と妹弟と共に避難民として釜山の“国際市場”で暮らすことに。
ドクスは父との約束を守るため、家長として家族を守るため、時には命の危険にさらされながらも激動の時代を生き抜いていく。

はじめに現在という時間軸を立てつつ、本編では この数十年の近代史と家族史を描いていく。

冒頭、一匹の蝶々が街と人の中を紡いでいくシーンが「フォレスト・ガンプ」っぽいとの感想がチラホラ。
所々で様々な文化を作り上げる偉人とすれ違うなんてエピソードも「フォレスト・ガンプ」になかったっけか?

でもわたくしは「ALWAYS 三丁目の夕日」の紙飛行機のシーンを思い出しましたけどね。
また戦後の復興を目指さんとする時代や、闇市がルーツとされるような国際市場の情景もまた同様で。

時代を感じさせるという意味では、子供たちが「ギブミーチョコレート」といって米兵さんを追いかける情景というのは、日本だけではなく韓国にもあったんですな。

とにかく序盤から泣かせる場面がありまして。
どことなく「火垂るの墓」を彷彿させる兄と妹のショット。かと思えばその妹の姿が消えてしまい。さらには妹を探さんとした父親も生き別れに。
この辺り、映像のクオリティも高くてね。早々からウルウル状態。
ですがこの映画、それだけの単なるお涙頂戴物語というわけではなく。

幼なじみとして長い付き合いとなるダルグの滑稽さ。恋人となるヨンジャと出会い、混合パーティーでみんなが見せる騒ぎっぷり。
これらがまた見ていて気持ちよかったんですね。

一口でいうなら物語のメリハリが効いているとも言えるけど。
あくまでイメージの印象。

日本人って基本は奥ゆかしいって感じあるけれど、韓国や中国の方って腹が立てばグワっと一気に怒るし、悲しいときには信じられないぐらいの号泣をされます。
ようは感情の起伏が極端というべきか。ハッキリしてるんよね。

それと同じくこの映画の展開も、ハッピーな情景から これでもか〜というまでの危機的な状況まで、次から次へと変わっていきます。それでいて合間合間に少々のユーモアも息抜き的に入ってたりして。
多くの味わい深いエピソードが描かれていますが、それぞれがテンポよく進行していくのでわかりやすいです。

父との約束を守り、家族を守り続けてきた主人公ドクス。本当はドクス自身にも夢があって。もしかしたらその夢に一歩近づけるかというところで その夢を手放し、家族のために人生を捧げます。
でも年老いて振り返った時、その歩んできた人生をどう思うのか。そしてあの人がいたなら どんな言葉をかけてくれるのか。

清々しいラスト。そして人生の余韻を味わうかのようにエンドロールで席から立てなくなっちゃうような。そんな素敵な映画でありました。

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“しじょう”ではなく“いちば”です
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2015年04月21日

がむしゃら

高原秀和
安川惡斗
“悪の女優魂”のキャッチフレーズでリングに上がる女子プロレスラー・安川惡斗。
中学時代のいじめ、レイプ、自殺未遂を経験し、人生を諦めかけていた時、一人の医師の言葉に救われ、やがて演劇と出会う。その後プロレスに転身するも、相次ぐケガや思いもよらぬ病にも襲われる。

この「がむしゃら」に関しては、結構良い評判を耳にしておりました。
ただでさえプロレスファンでもあり映画好きでもあるわたくし。それなりの期待もありつつ。
また地元の劇場で、高原監督と惡斗選手のトークショーも行われるとのことで、そのタイミングで見てまいりました。

事前の情報で「いじめ、レイプ、自殺未遂」というキーワードは晒されている状況。
当時中学生だった女の子に そんな仕打ちが降りかかる…というのはとてもショッキングなことでもあり、ドキュメンタリー的な“ヤマ”になる出来事ですが、この映画はそれらを安っぽい売りにはしていませんでしたね。

確かに それらについて本人が語る内容は、かなりヘヴィーではあります。
ただドラマチックという意味では、その後の展開もなかなかのものがあるわけで。
かといって ただ「苦労してきたんだね」なんて安いものではなく、努力とか戦いに裏打ちされたものであって。引き込まれていっちゃいますね。

彼女が復帰戦を目前にして「すごくいろんな人に支えられている」と語る場面。その時にちょっと気付いちゃったんだけど。
周りの人が誰かを支えるって、その本人が重ねてきた努力とイコールなんだろうな。

何もせずに「つらい」「苦しい」と言ってるだけのヤツなんて、誰も手を差し伸べたりしないよ。
惡斗選手ぐらい頑張ってる人になら「喜んで!」と支えてくれる人が出てくるんでしょう。
そんなことを思い知らされました。

世界にはプロレスをテーマにしたドキュメンタリーやドラマも存在します。
ですが それらは「プロレスには筋書きがある」とか「ウラがある」とか暴露系のものが大半でした。それで「これがプロレスの真実だ」とのたまうような。
だけど この映画には、そういうものとは別の「プロレスの真実」であり「プロレスラーの真実」というものが描かれています。

なぜプロレスラーはそうまでしてリングに立つのか。プロレスラーはいったい何と戦っているのか。
惡斗だからそれが伝わりやすいのか、そういう競技だからこそ惡斗は輝けるのか。

表裏一体となったテーマだけど、そういう作品に仕上げた監督の手腕も見事です。
プロレスファン、映画ファン のみならず、心が折れそうになったことのある方、病気と闘っている方など、いろんな人が見ても何かを感じられるんじゃないかと思います。
ドキュメンタリー映画としてのクオリティも高いですよ。

さて、それだけの出来事と向き合ってきた惡斗だからこそ、全編を通じて「生きたい。活きたい。」という思いはビッシビシと伝わってきます。
その反面、良いことも悪いことも どんなエピソードを語るにしても、彼女は笑っているんだよね。それが心からの〜ではなく、とても乾いた笑い。

「もともとそういう子なんだよ」と言われりゃそれまでだけど、どうもわたくし的には まだまだ自身を他人事として見てる感がするんだけどね。

あぁ、でもリング上でのパフォーマンスからはそれを感じないか。
それこそが安川惡斗がプロレスラーである証なんだろうね。

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がむしろ
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2015年01月29日

金日成のパレード/東欧の見た“赤い王朝”

アンジェイ・フィディック
朝鮮の建国40周年記念式典に招かれたポーランドの取材班によるドキュメンタリー。

製作が1989年ということもあり、決してタイムリーな作品というわけではありませんで。
当該劇場で使えるチケットの期限が迫っていたので見てきました。
とはいうものの、意外なことに そこそこ客は入ってましたよ。

作品的には北朝鮮から招待を受けたポーランドの取材班によるドキュメンタリーとなってはいますが、さすがにそこは北のお国。
検閲的なチェックはされているとのこと。必要以上に余計なものは写されていない模様。

さて、1989年と言うと今から25年前ですか。そんな大昔、金日成(キム・イルソン)体制下の北朝鮮の内部映像と言われても、どやさ と思わなくもない。
でもその一方で、かのお国の事情であれば、25年という歳月が流れていたとしても、国家の性格と言う意味においては大きな変化はないんじゃなかろうか。

作品中で目を奪われるのが、その建国40周年記念式典と思しき映像。
非常に大きな競技場で繰り広げられる踊りであったり組体操的なパフォーマンス。かなりの練習を重ねないとできないであろうクオリティ。
そしてボードを使用した人文字も規模の大きさ、細かい表現力まで圧巻です。

そしてパレードの映像ではこれまた尋常ではない数の人たちが、高々と上げた手を振り闊歩されております。
また(ディズニーで言うトコロの)フロートもでかくて、仕掛けが楽しく、作り込みも細かくて。

かなりの予算、エネルギー、情熱がないとできないことをやってました。
それはそれで素晴らしいのですが。

それを趣味やエンターテイメントとして行うのではなく、国家の取り組みで行うという部分には、少々違和感も覚えなくもないんだけど。
ようは国民総出で関わるということは、自由がないことの裏返しのようにも見えちゃうと。

登場する人たちの語りに、必ず「偉大なる首領様」だの「親愛なる指導者」だのが登場するってことの意味合いが、どうにもムズ痒いところで。
あまりに型通りすぎて不自然だと。抑圧されている感がハンパない。

ただし かのお国の皆さんは、それが当然で生活してきているわけだし、かといって外を見る機会がそもそも無いようなので。
疑問の持ちようも無いのかもだけど。

さて、このドキュメンタリーと同時上映扱いで「北朝鮮・素顔の人々」というのも見られました。
こちらはさっきまでの華々しさとは一転、北朝鮮のスラムのような、貧しい地域でくらす人々の隠し撮り映像で構成されています。

これはこれで「こんなひどい現実もあるのか…」と言うのは簡単だけど。でも このような社会の中の格差は北だけでなく、世界の様々な地域にあることですからね。
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2015年01月09日

96時間 レクイエム

オリヴィエ・メガトン
リーアム・ニーソン、マギー・グレイス、ファムケ・ヤンセン、フォレスト・ウィテカー
ヨーロッパの犯罪組織を壊滅させた元CIA捜査官ブライアンは、再び娘キムと元妻レノーアとの絆を取り戻そうとしていた。
そんな矢先、レノーアが何者かに殺害され、殺人容疑がかけられてしまう。ブライアンは“特殊スキル”を駆使しながら警察の追跡をかわし、事件の黒幕に迫っていく。

人気の「96時間」シリーズの第3作。「タイムリミットが96時間」という1作目の設定から邦題が「96時間」となってますが、その後は96時間は関係なく。
そもそも“奪われた”を意味する「TAKEN」が原題。まさかシリーズ化されるとは思っても無かったんですかね。

1作目では娘が誘拐され、2作目では元妻と娘がさらわれ。それに続いて父親が巻き込まれる展開と言えるのかな。
でも今回は元妻が犠牲になってしまうという、驚きの導入部。
ただサスペンス要素のポイントでもあるので 殺害シーンはナシ。いきなり殺されちゃってるので、悲壮感とか真犯人への憎悪は置いてけぼり。割と大事な登場人物だと思うけど、その扱いの軽さは違う驚きが。

そこから始まる本筋としては、ご存知 最強親父のブライアン・ミルズが嫁さん殺しの疑いをかけられ、警察の追ってから逃れつつ、自分と娘に迫る陰謀を暴いて反撃を開始すると。そういう事ですわ。
基本的な起承転結がとてもわかりやすい。そして夫婦としては別れているが、父、母、娘らの信頼関係も親切に提示ております。

シリーズを通して描かれていますが、親父さんは どんな逆境に置かれても ありとあらゆるアイテムと知恵を使い、切り抜けてみせるという元CIA捜査官。そのパワフルさが大きな見どころ。
そしてその娘も その都度事件に巻き込まれては、ハードな親父の姿を目の当たりにして鍛えられてきたのか。しっかり覚悟ができてるようで、それもまた面白い。
ただイマイチ美人じゃないのが…それは好みの問題か。

立駐にしろ崖にしろ、あんな大爆発に巻き込まれて、無事だったのかいな?引田天功か?とか。あんなにバンバン車がぶつかりながらエアバッグ開かんのか?とか。
細かいことは気にせずに、ストーリーの中に身をゆだねてドキドキして、どんでん返しに驚いてみるべき映画ですね。

ラストで、お前が刑務所に入っても数年後には出てくるだろうが、その時は…みたいなやりとりあるんだけど。
リーアム・ニーソン、現在62歳なんだよね。数年後でもこんなド派手なアクションやれんのか!?

今さらながら このシリーズはリュック・ベッソンが脚本&製作を担当しているんよね。
チラシには「シリーズ最終章」みたいな文言も躍ってますが、またパート4とかあっても面白いものできるんじゃないかな。

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白ブリーフなのに黒幕?
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2014年12月31日

海月姫

川村泰祐
能年玲奈、菅田将暉、片瀬那奈、長谷川博己
オタ女子集団「尼〜ず」の面々が集まる、男子禁制のアパート天水館。そこに暮らすクラゲオタクの月海はひょんなことから出会った蔵子を天水館に招き入れてしまう。が、蔵子の正体は女装美男子の蔵之介だと知り激しく動揺。
一方、水面下で天水館取り壊しを狙う計画が動き始めていた。

この監督の過去作は「のだめカンタービレ」「こち亀」「ひみつのアッコちゃん」「L・DK」とコミック原作モノが多数。
ということもあって、それらを実写化するノウハウとかツボは心得ているのかな。

その第一のポイントは、マンガ上のキャラクターと演じる役者を如何にシンクロさせるかに尽きますね。
ビジュアルはもちろん、そのキャラがどんな動きやしゃべり方をするのかとそういうトコですよ。
まぁわたくし自身は それらのコミックは読まないので、原作イメージをどうのこうの言えはしません。

でも この「海月姫」を見た原作ファンから不満の声はあまりないようで。その時点で映画として50%ぐらいは成功してるようなもんじゃないですか。
原作を知らないわたくしでも、その点は普通に楽しめました。

能年ちゃんは「カラスの親指」を見て、できる女優と思ってました。もちろん一般的に「あまちゃん」の印象も強いので、今回のようなコメディタッチの作品はバッチリです。
逆に(良いのか悪いのか)シックな恋愛モノのヒロインとかのイメージが湧かないんだよね。
そんなん思うの、ワシだけかなぁ(苦笑)

尼〜ずの面々も見事な役作りで。原作→映画の逆で、映画→原作で移行しても違和感ないぐらいじゃないかな。
もっと言うならハッキリと顔が映らないキャラに池脇千鶴。存在感薄いキャラに篠原ともえって、映画ファン的には なんだかもったいないと思えてしまうぐらいですよ。

また長谷川博己、片瀬那奈、速水もこみち なんかも、負けてない演じっぷり。役者陣にハズレなしです。

そして何と言っても蔵子を演じた菅田将暉が結構キレイで。メイクした顔だけじゃなく、本物の女性も顔負けの足の細さも驚きました。
結構な減量をして撮影に入ったそうなので、その点も素晴らしかった。

ただ、惜しい…と思わせるポイントもいくつかありまして。
ぶっちゃけ、ストーリーにしろ演出にしろ、作り込みが雑すぎるんだよね。

まず蔵子は ほぼほぼ女性として登場しているにもかかわらず、しゃべりが普通に男だとか。
展開も大半がご都合主義だとか。マンガがベースなので、その辺りマンガチックでも…と言うには あまりにザックリし過ぎだし。
ドライヤーのくだりなんかも 持ってきただけで次の場面ではもう乾いちゃってるし。
ってか、あのトラブル自体が微妙だな。

そのクライマックスとなるファッションショーの場面。
「海月姫」と銘打ちながら、結局 輝くのは蔵子であったり。いくつか登場するドレスも、取り立てて魅力的にも思えず。音楽映画でライブシーンがショボかったら見てても盛り上がらないし。そういう感覚だよね。

また、その後の月海のメイクにしても(基本かわいいから)取り立ててかわいくなったようにも思えずで。
前半は普通に楽しめたんだけど、どうも後半は“ここぞ”という部分がストライクじゃない感じなってきちゃって。惜しいなと思ったわけであります。

しかしまぁ公開時期からして、これはこれで戦略通りの正月映画というものでね。
細かい設定にツッコミを入れるでもなく。この時期にしか映画館に足を運ばないライトユーザーに向けては、わかりやすくて楽しい映画になっていると思います。
作品にはいろんな役割があるものですから。。。

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じぇじぇじぇ!
posted by 味噌のカツオ at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月24日

ゴーン・ガール

デヴィッド・フィンチャー
ベン・アフレック、ロザムンド・パイク、キャリー・クーン
一見、幸せそうに見えるニックとエイミー夫婦だったが、結婚5周年を迎えた朝、突如としてエイミーが姿を消してしまう。
家には争った形跡や血痕が見つかり、警察やマスコミからニックに妻殺害の嫌疑がかけられる。さらにニックには不利な証拠が見つかり…

まぁ洋画にもいろんなジャンルあるけれど、わたくし苦手なの多いなとあらためて悟りました。
「スターウォーズ」的なスペース・オペラもの。ハリポタみたいなファンタジー。それからアメコミ系もそそられない。
そんな中で“見たいなぁ”と思ってしまうのが、後味の悪そうなサスペンス。

まさにソレ系の巨匠デヴィッド・フィンチャー監督の最新作。見てまいりました。

サスペンスと言っても純然たるそれというわけでもなくて。
妻が失踪したというのに、残された夫は その事態に大して焦りを見せない。
どころか違う方向性での、後ろめたさを含んでのイライラをチラつかせます。

そしてこの中途半端な立ち位置の夫をベン・アフレックが好演。
この どこか冷めたような消極的さが似合います。

序盤に あの“人生ゲーム”が登場するんだけど。何かの象徴なんでしょうか?
というところで、ネタバレ無しでは書けないような展開へ入り込んでいきますが…

失踪騒ぎが起こるまでの間、実際の妻には何をしていたのか。そして失踪の真相まで。ここのパートがまた面白い。

日記というツールを使った あの積み重ね方。
実に時間のかかる下準備だけど、本当の離婚裁判に於いても ああいう日々の証拠となるモノはかなり有効みたいですよ。
なんちゅうか、ガチでこういったことを計画してる奥様には、参考になったかもですわね(苦笑)

しかし、思わぬミスで計画の変更を余儀なくされ。それが 更なる悲劇と、何とも言えない着地点へと導いていくわけですね。
あそこでアイツに電話して あんな風になっちゃって。まさかまさかのベッドシーンから「いったいどうするつもりだ?」と思ったら、堂々の帰還と。まさかあれをチョイスするとは、やられたわ〜あの「くそアマ」に(笑)

しかしまぁ過去に振り回された男たちのエピソード。ふと席をはずした隣人のドリンクへの小さな復讐。なんかそれはそれで一貫してるよね。

彼女自身、幼い頃から両親の書いた童話のモデルとして主人公として、“完璧なわたし”でしか生きてきていないんでしょう。
だからその延長線上でこんなことになっちゃって、そしてこれからもそうやって生きていくのかな。

一応は夫婦間の極限の駆け引きではあるけれど。実際は あの妻のやり方と、もうひとつ言うならメディアのエゲツなさによって、夫は振り回されただけにも見えるけど。

ラストシーン。「これが結婚というもの。これが夫婦の現実」と語られるんだけど…
こんなんを提示されて、互いに目を合わせないまま、大きくうなずく夫婦もいるのかな?そして独身の人は結婚に躊躇しちゃうのかな?
いろんな意味でコワい映画でしたね。その分の見応えはあったけど。

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御恩がある
posted by 味噌のカツオ at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする