2015年09月26日

カリフォルニア・ダウン

ブラッド・ペイトン
ドゥエイン・ジョンソン、カーラ・グギノ、アレクサンドラ・ダダリオ
超巨大地層“サン・アンドレアス断層”の横ずれから大地震が発生し、カリフォルニア州に甚大な被害をもたらした。
レスキュー隊のパイロット・レイは取り残されていた別居中の妻を救出。そしてサンフランシスコに取り残された娘をの下へ向かわんとするが、地面には深い亀裂が広がり、大津波が襲い掛かる…

原題は「San Andreas」。
カリフォルニア州。太平洋岸に1300kmにわたってのびるサン・アンドレアス断層が横ずれを起こし、巨大地震が発生するというストーリー。

当初は日本公開は5月30日の予定でしたが一旦延期。理由については今なお残る東日本震災の影響とも、4月25日に発生したネパールでの大地震の影響とも言われますが、本当のところはよくわかりません。
ですが この9月12日に公開となりました。

地震、そして津波が襲うというディザスタームービーのジャンルではありますが、見た感想としては ロック様大活躍のヒーロー映画といった趣だったですね。
一般的なレビューを見ると、大迫力の映像やら家族愛やらに感動してる声も多々ありましたが、わたくし的にはコレっぽっちもヒットせずで。

始まって間もなく、地震予知の研究員がダムでその傾向をチェックしていたところ(つかみってヤツですか)大きな地震が発生します。
そこでダムにヒビが入り、あっという間にダムが崩壊。どえらいことになってしまいます。

その後も断層に沿って地震が起きていくんですが、研究員によれば「これよりもっと大きなのがくる」と。って、ダムが壊れる以上にデカいのって!?
結局 都市部を直下型地震が襲い、次々にビルが崩れていきます。

そりゃスゴイ。そりゃスゴイんだけど、ボロボロ壁が崩れ去り、ビルのフロアがひしゃげたり。あまりにその現実感の無さに ほぼほぼポカ〜ン状態。
であるのに、主人公の嫁さんただ一人、夫であるロック様に助け出されます。

その後も揺れが襲うんだけど、とにかくダムが決壊してビル崩壊がのっけからなので、「次は?今度は?」という それ以上の“ヤバい感”がなんか増幅していかない。

またイントロダクションの救出劇の場面から「ムチャするなぁ」の印象。
はてはヘリでもって崩れるビルをかいくぐり、ガレキが当たって側面ボロボロになったりして。またグルグル回りながら激突落下とか。大丈夫か?を通り越してアウトでしょとしか思えない。

船着き場で海面が下がり「津波が来るぞ」と。しばらくして大きな津波が押し寄せ、サーフィンか?ってな勢いでその波に乗るボート。
やがて津波に飲み込まれ、街全体が水没。えらいこっちゃ。

んだけど、津波って押し寄せてる波のあとに、もう一回引き波が返っていくんだけど。それはなかったんだね。
津波の被害じゃなくて地盤沈下だったのかな?そんな細かいツッコミ所もいっぱい

いずれもとてつもない被害の映像なんだけど、どれもスゴイ映像を見せたいがためって感じで。それらの映像からは、ホントの意味での怖さは覚えなかったなあ。
どうしても日本人として、本物のそれが身近に存在してしまったわけだし。
だから映像に関しては「よくこしらえました」としか見られなかったわ。

そしてそれらの上に成り立つ人間描写も弱いと言わざるを得ない。
離婚問題を抱えた夫婦と、ピンチに陥る娘ってのは米映画では定番中の定番で。それらに ちょっとイヤなヤツが関わるのもそう。
んでまたそのイヤなヤツが 何のタメもなく突然フレームインしてきてプチッと退場ってのは、あっさりし過ぎでビックリ。

あとは ひとつの事象として、人的被害も大多数で高層ビルは全て使用不可の取り壊しとなると、被害額はいかほど〜と。
こういっては何だが、一組の家族の作られた美談に感動するよりも、被害の大きさに途方に暮れてましたよ。わたくしは。

とにかく、大地震についてのリアルな映像を目の当たりにしている以上、この映画からリアリティを感じられず。結局 感情移入もでき無かったと。
でも、ひねくれていない方が見たら大迫力映像の素敵なファミリームービーなんじゃないでしょうかね。
なんだか他人事だな(苦笑)

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超巨大断層が床ずれ!?
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2015年09月13日

キングスマン

マシュー・ボーン
コリン・ファース、サミュエル・L・ジャクソン、タロン・エガートン
ロンドンにある高級スーツ店「キングスマン」は、実はどこの国にも属さない最強のスパイ機関であった。キングスマンのスパイであるハリーは、新たなスパイの候補生として、かつての同僚の息子であるエグジーをスカウトする。
そんな中、IT富豪のヴァレンタインは前代未聞の人類抹殺計画を進めていた。

わたくし的に期待はしていなかったんだけど、評判がいいので見てきました。
これは後で知ったことなんだけど「キック・アス」の監督なんだ。それならそうと言ってくれれば…(^-^;)

冒頭、スクリーンに映るのが 回るカセットテープ(「スパイ大作戦」由来なのかな?)。そこからの映像がまたカッコいいこと。
「期待していなかった」とか言いつつ、最初のシーンで「これは当たりだわ」と確信してしまったわたくし。当然ながら、その後もグイグイと見入ってしまいました。

そもそも“スパイ映画”という作品は多々ありまして。「007」「ミッション・インポッシブル」など誰もが知るヒットシリーズもあります。
この作品は それらをリスペクトするスタンスがあり、また「これが映画だったら…」なんてセリフにもある通り、“映画であること”の前提で楽しませてくれてますね。

主人公であるところのスパイ・ハリーをコリン・ファースが演じているんですが、いかにもイギリス紳士然とした雰囲気はそのままに、これまで見たことのないアクションにも挑戦。これが実に新鮮でした。
またスパイに付きものと言える 秘密の武器・アイテムの存在も、古くからのスパイもののファンには嬉しい設定。
一方で、イギリス人があんなアンブレラを持ち歩くのか?という疑問もあったけども(苦笑)

それに相対する敵役にはサミュエル・L・ジャクソンが登場。
いかにもなしゃべり方、そしてキャップを斜めに被るあのファッション。オーダーメードスーツとの対比だけでなく、歳いくつやねん!?とツッコミたくなる 見事なキャラクター。
キャラであればソイツと行動を共にしてる足がキレッキレのあの女もインパクトあったですな。

劇中でも語られてるけれど、こういう悪役の放つ存在感が主人公を際立たせてるという良い例であります。

普通に考えたら荒唐無稽かもだけど、映画としてはアリでしょう。世界を巻き込む恐るべき計画。それを阻止せんとする正義のスパイ。
ちょっと驚かされたのが、後半で“主人公”にある変化が起こります。そのままストーリーは進みますが、よくよく考えてみると コレは結構大胆な演出だと思いました。

演出の点では「おや?」と思わせるような場面もチョイチョイ。
前半、奪った車で走り去りフレームアウト。ところがそのままバックで再登場。なんだと思ったらパトカーと遭遇してバックのまま逃げてきてたとか。
そのあたりの引き込み方も面白かったです。

でも最大の見せ場はバトルシーンですかね。
序盤のバーでの華麗さ。そして教会での大乱闘に、ラストのバトルでは、カメラワーク・スピード感・そしてBGMで見事にスタイリッシュな映像を見せてくれます。
実際は 血が飛び散って、銃弾が飛び交って、かなり残虐な絵ではあるんだけど、それ以上に「カッコいい」と思わせる手法はさすがに「キック・アス」の監督でありますね。
あとは威風堂々と執り行われる花火大会。えらい場面ではあるんだけど、思わず笑わずにはいられませんでした。

パラシュートの問題やら犬のJBの処遇などやや甘いかなと思わんこともなかったけれど。
映像、音楽、ストーリー展開、会話の妙なども含めて、大満足の一本。

世界的に大ヒットしているという事なので、続編とかもありえるのかな?
でも構成としては、ビッグダディが途中で退場して、その後はキック・アスの成長物語メインで進むのと同じと考えれば。。。

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キング、すまんのぅ
posted by 味噌のカツオ at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月04日

きみはいい子

呉 美保
高良健吾、尾野真千子、池脇千鶴、富田靖子
新米教師の岡野は 良かれと思ってした行動がことごとく裏目に出て、児童たちからも信用を得られないでいた。
夫が単身赴任中で3歳の娘とふたり暮らしの雅美は ママ友の前では体裁を繕いつつ、娘に手をあげてしまう。
独居老人となったあきこは、登下校時に挨拶をしてくれるひとりの小学生とのふれあいに喜びを見出していた。
そんな同じ街に暮らす人々を描いた群像劇。

同じ街に暮らす人々が織りなす3つの物語。
一応 地続きではあるけれど、ストーリー的ガッツリ絡むわけではなく。

その3つの物語、それぞれ思うところ感じるところあるんだけど、一瞬一瞬で その感情の向かうベクトルが違います。
見る側もそれぐらいの器で受け止めないと大変。

若干 痴呆の始まってしまったような独居老人と、自閉症(と思われる)小学生との交流。
そこに とある伏線を持った母親が現れます。

独身・子供なしのわたくしですが、育児って大変だろうなとは容易に想像がつきます。さらに、障害を持った子供であるならなおさらかな。
現実ではそれはそれとして普通に暮らしているように見えるけど、富田靖子演じるその母親のように、実際には人知れず張り詰めたものと背中合わせでいるような気がしますね。

またそれを氷解することができるのは、やはりあのお婆ちゃんみたいな人なのかな。
まぁあの婆ちゃんは その母親を救ってあげようなんて意識はないままだったとは思うけどね。


小さな子供を抱えたママ友たち。公園で集うと あんな雰囲気になりますわね。
しかし、家に帰るとそんなママが豹変。子供の粗相が原因なのかもしれないけど、それは躾の域を逸脱した…
でも、子供を怒鳴り散らし引っ叩きまくりつつ、直後に一人になって自責の念に駆られるという。

でありながら、娘はよそのママから「ウチの子になる?」と聞かれると、自分のママにしがみついていくんだよね。あんなに怖い思いしてるはずなのに。
例えは変だけどDV夫とかもそれに近いのかな。嫁さんに手をあげつつ、直後に優しく接して。受けた方は、それを過度の愛情とはき違えてしまうみたいな。
でもこの場合、親子だからなぁ。血がつながってるからなぁ。
いや幼児は 他の世界とか価値を知らないからなおさらか。

しかしこのパートの尾野真千子はスゴかったね。あの怒鳴り方はかなりリアル。そして 子役の女の子も、よくぞあんな“演技”をしたもんだ。
最初の虐待、ワンカメの長回しのシーンは正直 見ていられなかった。いやぁ“作品”だから向き合ったけど、それでもキツかったわ。
周りでは涙してるお客さんもおられたし。

そして もう一方の池脇千鶴の大らかなママっぷりも、これはこれでリアルでした。
そんな彼女が、尾野真千子を抱きしめる場面は堪らなかった。さすがにわたくしも涙こぼれました。


新米の若い男性教師。様々な出来事が教室で起こるわけですが、それらに対し いちいち親からの苦情電話が入ってくる。世に言うモンスターペアレンツ、学級崩壊。
でも それらを見ていて、自分だったらどんな行動を取るのかと問われると…難しいね。
まぁ電話が来る前提の上で、納め方 諌め方を知ってる学年主任がいたり。楽観的にやり過ごしてくれる同僚がいたり。

自身が悩む中で姉(?)の言葉に励まされ、甥っ子(?)からの抱擁に活路を見い出します。

正直、彼の恋人との会話の口調から、良いことも悪いことも イマイチ響かない現代っ子、ゆとり世代なのかなと思ったり。
しかし いくらか思い切った“宿題”を児童たちに果たすことで、きっかけと言うか手応えを感じられたのかな。
教師としての成長という希望の光が差したですかね。


それぞれの物語。いずれも 大人になるにつれて見失ってしまう心を、子供の存在を介在することで呼び起されるような。
それで世界が変わるとは思えないけれど、今自分の目の前で直面している闇を照らすことにはなりますかね。
とても 小さな小さなことかもしれないけれど、結局 日常ってそれがすべてですから。

呉美保監督。「そこのみにて光り輝く」も素晴らしかったけど、この作品も、ジワジワとした後味残しますね。


様々な感想を見ていると、それまで引き気味だった新米教師が走り出し、自ら問題に飛び込んで行かんとするラストシーンに希望を感じたとの記述を目にしました。
うん、まぁ彼の行動からそれを感じるのは間違っていないけれど。

彼の家のポストに突っ込まれたチラシの量を見れば、その扉の奥がどうなっているのか…
別の絶望感とか、遅かったのかなとか。
心が痛かったです。

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池脇千鶴と高橋和也が夫婦なん!?
posted by 味噌のカツオ at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月03日

国際市場で逢いましょう

ユン・ジェギュン
ファン・ジョンミン、キム・ユンジン、オ・ダルス
幼い頃、朝鮮戦争の戦渦に巻き込まれ、父と末の妹と生き別れてしまったドクス。残された母と妹弟と共に避難民として釜山の“国際市場”で暮らすことに。
ドクスは父との約束を守るため、家長として家族を守るため、時には命の危険にさらされながらも激動の時代を生き抜いていく。

はじめに現在という時間軸を立てつつ、本編では この数十年の近代史と家族史を描いていく。

冒頭、一匹の蝶々が街と人の中を紡いでいくシーンが「フォレスト・ガンプ」っぽいとの感想がチラホラ。
所々で様々な文化を作り上げる偉人とすれ違うなんてエピソードも「フォレスト・ガンプ」になかったっけか?

でもわたくしは「ALWAYS 三丁目の夕日」の紙飛行機のシーンを思い出しましたけどね。
また戦後の復興を目指さんとする時代や、闇市がルーツとされるような国際市場の情景もまた同様で。

時代を感じさせるという意味では、子供たちが「ギブミーチョコレート」といって米兵さんを追いかける情景というのは、日本だけではなく韓国にもあったんですな。

とにかく序盤から泣かせる場面がありまして。
どことなく「火垂るの墓」を彷彿させる兄と妹のショット。かと思えばその妹の姿が消えてしまい。さらには妹を探さんとした父親も生き別れに。
この辺り、映像のクオリティも高くてね。早々からウルウル状態。
ですがこの映画、それだけの単なるお涙頂戴物語というわけではなく。

幼なじみとして長い付き合いとなるダルグの滑稽さ。恋人となるヨンジャと出会い、混合パーティーでみんなが見せる騒ぎっぷり。
これらがまた見ていて気持ちよかったんですね。

一口でいうなら物語のメリハリが効いているとも言えるけど。
あくまでイメージの印象。

日本人って基本は奥ゆかしいって感じあるけれど、韓国や中国の方って腹が立てばグワっと一気に怒るし、悲しいときには信じられないぐらいの号泣をされます。
ようは感情の起伏が極端というべきか。ハッキリしてるんよね。

それと同じくこの映画の展開も、ハッピーな情景から これでもか〜というまでの危機的な状況まで、次から次へと変わっていきます。それでいて合間合間に少々のユーモアも息抜き的に入ってたりして。
多くの味わい深いエピソードが描かれていますが、それぞれがテンポよく進行していくのでわかりやすいです。

父との約束を守り、家族を守り続けてきた主人公ドクス。本当はドクス自身にも夢があって。もしかしたらその夢に一歩近づけるかというところで その夢を手放し、家族のために人生を捧げます。
でも年老いて振り返った時、その歩んできた人生をどう思うのか。そしてあの人がいたなら どんな言葉をかけてくれるのか。

清々しいラスト。そして人生の余韻を味わうかのようにエンドロールで席から立てなくなっちゃうような。そんな素敵な映画でありました。

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“しじょう”ではなく“いちば”です
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2015年04月21日

がむしゃら

高原秀和
安川惡斗
“悪の女優魂”のキャッチフレーズでリングに上がる女子プロレスラー・安川惡斗。
中学時代のいじめ、レイプ、自殺未遂を経験し、人生を諦めかけていた時、一人の医師の言葉に救われ、やがて演劇と出会う。その後プロレスに転身するも、相次ぐケガや思いもよらぬ病にも襲われる。

この「がむしゃら」に関しては、結構良い評判を耳にしておりました。
ただでさえプロレスファンでもあり映画好きでもあるわたくし。それなりの期待もありつつ。
また地元の劇場で、高原監督と惡斗選手のトークショーも行われるとのことで、そのタイミングで見てまいりました。

事前の情報で「いじめ、レイプ、自殺未遂」というキーワードは晒されている状況。
当時中学生だった女の子に そんな仕打ちが降りかかる…というのはとてもショッキングなことでもあり、ドキュメンタリー的な“ヤマ”になる出来事ですが、この映画はそれらを安っぽい売りにはしていませんでしたね。

確かに それらについて本人が語る内容は、かなりヘヴィーではあります。
ただドラマチックという意味では、その後の展開もなかなかのものがあるわけで。
かといって ただ「苦労してきたんだね」なんて安いものではなく、努力とか戦いに裏打ちされたものであって。引き込まれていっちゃいますね。

彼女が復帰戦を目前にして「すごくいろんな人に支えられている」と語る場面。その時にちょっと気付いちゃったんだけど。
周りの人が誰かを支えるって、その本人が重ねてきた努力とイコールなんだろうな。

何もせずに「つらい」「苦しい」と言ってるだけのヤツなんて、誰も手を差し伸べたりしないよ。
惡斗選手ぐらい頑張ってる人になら「喜んで!」と支えてくれる人が出てくるんでしょう。
そんなことを思い知らされました。

世界にはプロレスをテーマにしたドキュメンタリーやドラマも存在します。
ですが それらは「プロレスには筋書きがある」とか「ウラがある」とか暴露系のものが大半でした。それで「これがプロレスの真実だ」とのたまうような。
だけど この映画には、そういうものとは別の「プロレスの真実」であり「プロレスラーの真実」というものが描かれています。

なぜプロレスラーはそうまでしてリングに立つのか。プロレスラーはいったい何と戦っているのか。
惡斗だからそれが伝わりやすいのか、そういう競技だからこそ惡斗は輝けるのか。

表裏一体となったテーマだけど、そういう作品に仕上げた監督の手腕も見事です。
プロレスファン、映画ファン のみならず、心が折れそうになったことのある方、病気と闘っている方など、いろんな人が見ても何かを感じられるんじゃないかと思います。
ドキュメンタリー映画としてのクオリティも高いですよ。

さて、それだけの出来事と向き合ってきた惡斗だからこそ、全編を通じて「生きたい。活きたい。」という思いはビッシビシと伝わってきます。
その反面、良いことも悪いことも どんなエピソードを語るにしても、彼女は笑っているんだよね。それが心からの〜ではなく、とても乾いた笑い。

「もともとそういう子なんだよ」と言われりゃそれまでだけど、どうもわたくし的には まだまだ自身を他人事として見てる感がするんだけどね。

あぁ、でもリング上でのパフォーマンスからはそれを感じないか。
それこそが安川惡斗がプロレスラーである証なんだろうね。

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がむしろ
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2015年01月29日

金日成のパレード/東欧の見た“赤い王朝”

アンジェイ・フィディック
朝鮮の建国40周年記念式典に招かれたポーランドの取材班によるドキュメンタリー。

製作が1989年ということもあり、決してタイムリーな作品というわけではありませんで。
当該劇場で使えるチケットの期限が迫っていたので見てきました。
とはいうものの、意外なことに そこそこ客は入ってましたよ。

作品的には北朝鮮から招待を受けたポーランドの取材班によるドキュメンタリーとなってはいますが、さすがにそこは北のお国。
検閲的なチェックはされているとのこと。必要以上に余計なものは写されていない模様。

さて、1989年と言うと今から25年前ですか。そんな大昔、金日成(キム・イルソン)体制下の北朝鮮の内部映像と言われても、どやさ と思わなくもない。
でもその一方で、かのお国の事情であれば、25年という歳月が流れていたとしても、国家の性格と言う意味においては大きな変化はないんじゃなかろうか。

作品中で目を奪われるのが、その建国40周年記念式典と思しき映像。
非常に大きな競技場で繰り広げられる踊りであったり組体操的なパフォーマンス。かなりの練習を重ねないとできないであろうクオリティ。
そしてボードを使用した人文字も規模の大きさ、細かい表現力まで圧巻です。

そしてパレードの映像ではこれまた尋常ではない数の人たちが、高々と上げた手を振り闊歩されております。
また(ディズニーで言うトコロの)フロートもでかくて、仕掛けが楽しく、作り込みも細かくて。

かなりの予算、エネルギー、情熱がないとできないことをやってました。
それはそれで素晴らしいのですが。

それを趣味やエンターテイメントとして行うのではなく、国家の取り組みで行うという部分には、少々違和感も覚えなくもないんだけど。
ようは国民総出で関わるということは、自由がないことの裏返しのようにも見えちゃうと。

登場する人たちの語りに、必ず「偉大なる首領様」だの「親愛なる指導者」だのが登場するってことの意味合いが、どうにもムズ痒いところで。
あまりに型通りすぎて不自然だと。抑圧されている感がハンパない。

ただし かのお国の皆さんは、それが当然で生活してきているわけだし、かといって外を見る機会がそもそも無いようなので。
疑問の持ちようも無いのかもだけど。

さて、このドキュメンタリーと同時上映扱いで「北朝鮮・素顔の人々」というのも見られました。
こちらはさっきまでの華々しさとは一転、北朝鮮のスラムのような、貧しい地域でくらす人々の隠し撮り映像で構成されています。

これはこれで「こんなひどい現実もあるのか…」と言うのは簡単だけど。でも このような社会の中の格差は北だけでなく、世界の様々な地域にあることですからね。
posted by 味噌のカツオ at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月09日

96時間 レクイエム

オリヴィエ・メガトン
リーアム・ニーソン、マギー・グレイス、ファムケ・ヤンセン、フォレスト・ウィテカー
ヨーロッパの犯罪組織を壊滅させた元CIA捜査官ブライアンは、再び娘キムと元妻レノーアとの絆を取り戻そうとしていた。
そんな矢先、レノーアが何者かに殺害され、殺人容疑がかけられてしまう。ブライアンは“特殊スキル”を駆使しながら警察の追跡をかわし、事件の黒幕に迫っていく。

人気の「96時間」シリーズの第3作。「タイムリミットが96時間」という1作目の設定から邦題が「96時間」となってますが、その後は96時間は関係なく。
そもそも“奪われた”を意味する「TAKEN」が原題。まさかシリーズ化されるとは思っても無かったんですかね。

1作目では娘が誘拐され、2作目では元妻と娘がさらわれ。それに続いて父親が巻き込まれる展開と言えるのかな。
でも今回は元妻が犠牲になってしまうという、驚きの導入部。
ただサスペンス要素のポイントでもあるので 殺害シーンはナシ。いきなり殺されちゃってるので、悲壮感とか真犯人への憎悪は置いてけぼり。割と大事な登場人物だと思うけど、その扱いの軽さは違う驚きが。

そこから始まる本筋としては、ご存知 最強親父のブライアン・ミルズが嫁さん殺しの疑いをかけられ、警察の追ってから逃れつつ、自分と娘に迫る陰謀を暴いて反撃を開始すると。そういう事ですわ。
基本的な起承転結がとてもわかりやすい。そして夫婦としては別れているが、父、母、娘らの信頼関係も親切に提示ております。

シリーズを通して描かれていますが、親父さんは どんな逆境に置かれても ありとあらゆるアイテムと知恵を使い、切り抜けてみせるという元CIA捜査官。そのパワフルさが大きな見どころ。
そしてその娘も その都度事件に巻き込まれては、ハードな親父の姿を目の当たりにして鍛えられてきたのか。しっかり覚悟ができてるようで、それもまた面白い。
ただイマイチ美人じゃないのが…それは好みの問題か。

立駐にしろ崖にしろ、あんな大爆発に巻き込まれて、無事だったのかいな?引田天功か?とか。あんなにバンバン車がぶつかりながらエアバッグ開かんのか?とか。
細かいことは気にせずに、ストーリーの中に身をゆだねてドキドキして、どんでん返しに驚いてみるべき映画ですね。

ラストで、お前が刑務所に入っても数年後には出てくるだろうが、その時は…みたいなやりとりあるんだけど。
リーアム・ニーソン、現在62歳なんだよね。数年後でもこんなド派手なアクションやれんのか!?

今さらながら このシリーズはリュック・ベッソンが脚本&製作を担当しているんよね。
チラシには「シリーズ最終章」みたいな文言も躍ってますが、またパート4とかあっても面白いものできるんじゃないかな。

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白ブリーフなのに黒幕?
posted by 味噌のカツオ at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月31日

海月姫

川村泰祐
能年玲奈、菅田将暉、片瀬那奈、長谷川博己
オタ女子集団「尼〜ず」の面々が集まる、男子禁制のアパート天水館。そこに暮らすクラゲオタクの月海はひょんなことから出会った蔵子を天水館に招き入れてしまう。が、蔵子の正体は女装美男子の蔵之介だと知り激しく動揺。
一方、水面下で天水館取り壊しを狙う計画が動き始めていた。

この監督の過去作は「のだめカンタービレ」「こち亀」「ひみつのアッコちゃん」「L・DK」とコミック原作モノが多数。
ということもあって、それらを実写化するノウハウとかツボは心得ているのかな。

その第一のポイントは、マンガ上のキャラクターと演じる役者を如何にシンクロさせるかに尽きますね。
ビジュアルはもちろん、そのキャラがどんな動きやしゃべり方をするのかとそういうトコですよ。
まぁわたくし自身は それらのコミックは読まないので、原作イメージをどうのこうの言えはしません。

でも この「海月姫」を見た原作ファンから不満の声はあまりないようで。その時点で映画として50%ぐらいは成功してるようなもんじゃないですか。
原作を知らないわたくしでも、その点は普通に楽しめました。

能年ちゃんは「カラスの親指」を見て、できる女優と思ってました。もちろん一般的に「あまちゃん」の印象も強いので、今回のようなコメディタッチの作品はバッチリです。
逆に(良いのか悪いのか)シックな恋愛モノのヒロインとかのイメージが湧かないんだよね。
そんなん思うの、ワシだけかなぁ(苦笑)

尼〜ずの面々も見事な役作りで。原作→映画の逆で、映画→原作で移行しても違和感ないぐらいじゃないかな。
もっと言うならハッキリと顔が映らないキャラに池脇千鶴。存在感薄いキャラに篠原ともえって、映画ファン的には なんだかもったいないと思えてしまうぐらいですよ。

また長谷川博己、片瀬那奈、速水もこみち なんかも、負けてない演じっぷり。役者陣にハズレなしです。

そして何と言っても蔵子を演じた菅田将暉が結構キレイで。メイクした顔だけじゃなく、本物の女性も顔負けの足の細さも驚きました。
結構な減量をして撮影に入ったそうなので、その点も素晴らしかった。

ただ、惜しい…と思わせるポイントもいくつかありまして。
ぶっちゃけ、ストーリーにしろ演出にしろ、作り込みが雑すぎるんだよね。

まず蔵子は ほぼほぼ女性として登場しているにもかかわらず、しゃべりが普通に男だとか。
展開も大半がご都合主義だとか。マンガがベースなので、その辺りマンガチックでも…と言うには あまりにザックリし過ぎだし。
ドライヤーのくだりなんかも 持ってきただけで次の場面ではもう乾いちゃってるし。
ってか、あのトラブル自体が微妙だな。

そのクライマックスとなるファッションショーの場面。
「海月姫」と銘打ちながら、結局 輝くのは蔵子であったり。いくつか登場するドレスも、取り立てて魅力的にも思えず。音楽映画でライブシーンがショボかったら見てても盛り上がらないし。そういう感覚だよね。

また、その後の月海のメイクにしても(基本かわいいから)取り立ててかわいくなったようにも思えずで。
前半は普通に楽しめたんだけど、どうも後半は“ここぞ”という部分がストライクじゃない感じなってきちゃって。惜しいなと思ったわけであります。

しかしまぁ公開時期からして、これはこれで戦略通りの正月映画というものでね。
細かい設定にツッコミを入れるでもなく。この時期にしか映画館に足を運ばないライトユーザーに向けては、わかりやすくて楽しい映画になっていると思います。
作品にはいろんな役割があるものですから。。。

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じぇじぇじぇ!
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2014年12月24日

ゴーン・ガール

デヴィッド・フィンチャー
ベン・アフレック、ロザムンド・パイク、キャリー・クーン
一見、幸せそうに見えるニックとエイミー夫婦だったが、結婚5周年を迎えた朝、突如としてエイミーが姿を消してしまう。
家には争った形跡や血痕が見つかり、警察やマスコミからニックに妻殺害の嫌疑がかけられる。さらにニックには不利な証拠が見つかり…

まぁ洋画にもいろんなジャンルあるけれど、わたくし苦手なの多いなとあらためて悟りました。
「スターウォーズ」的なスペース・オペラもの。ハリポタみたいなファンタジー。それからアメコミ系もそそられない。
そんな中で“見たいなぁ”と思ってしまうのが、後味の悪そうなサスペンス。

まさにソレ系の巨匠デヴィッド・フィンチャー監督の最新作。見てまいりました。

サスペンスと言っても純然たるそれというわけでもなくて。
妻が失踪したというのに、残された夫は その事態に大して焦りを見せない。
どころか違う方向性での、後ろめたさを含んでのイライラをチラつかせます。

そしてこの中途半端な立ち位置の夫をベン・アフレックが好演。
この どこか冷めたような消極的さが似合います。

序盤に あの“人生ゲーム”が登場するんだけど。何かの象徴なんでしょうか?
というところで、ネタバレ無しでは書けないような展開へ入り込んでいきますが…

失踪騒ぎが起こるまでの間、実際の妻には何をしていたのか。そして失踪の真相まで。ここのパートがまた面白い。

日記というツールを使った あの積み重ね方。
実に時間のかかる下準備だけど、本当の離婚裁判に於いても ああいう日々の証拠となるモノはかなり有効みたいですよ。
なんちゅうか、ガチでこういったことを計画してる奥様には、参考になったかもですわね(苦笑)

しかし、思わぬミスで計画の変更を余儀なくされ。それが 更なる悲劇と、何とも言えない着地点へと導いていくわけですね。
あそこでアイツに電話して あんな風になっちゃって。まさかまさかのベッドシーンから「いったいどうするつもりだ?」と思ったら、堂々の帰還と。まさかあれをチョイスするとは、やられたわ〜あの「くそアマ」に(笑)

しかしまぁ過去に振り回された男たちのエピソード。ふと席をはずした隣人のドリンクへの小さな復讐。なんかそれはそれで一貫してるよね。

彼女自身、幼い頃から両親の書いた童話のモデルとして主人公として、“完璧なわたし”でしか生きてきていないんでしょう。
だからその延長線上でこんなことになっちゃって、そしてこれからもそうやって生きていくのかな。

一応は夫婦間の極限の駆け引きではあるけれど。実際は あの妻のやり方と、もうひとつ言うならメディアのエゲツなさによって、夫は振り回されただけにも見えるけど。

ラストシーン。「これが結婚というもの。これが夫婦の現実」と語られるんだけど…
こんなんを提示されて、互いに目を合わせないまま、大きくうなずく夫婦もいるのかな?そして独身の人は結婚に躊躇しちゃうのかな?
いろんな意味でコワい映画でしたね。その分の見応えはあったけど。

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御恩がある
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2014年11月21日

紙の月

吉田大八
宮沢りえ、池松壮亮、大島優子、小林聡美
銀行の契約社員として働く梅澤梨花は、夫との関係に空虚感を覚え始めていた。ある夜、顧客の孫である大学生の光太と出会い、不倫関係に陥っていく。
やがて梨花は、光太が学費のために借金をしている事を知り、顧客から預かった現金を横領してしまう。

原作は角田光代、そして「桐島、部活やめるってよ」の吉田大八が監督。
この作品自体は原田知世主演でNHKでドラマ化もされており、信頼のおける話題作とも思えます。

ザックリとした流れとしては、銀行で外回りをしてる主婦が(今どき言わない)若いツバメと恋仲になり、彼がお金に困っているということで、銀行の金を横領。その結果…
とまぁよく考えられそうな展開。

ある意味ではとても普通であり、リアルであるとも言えましょう。でもどこかのタイミングで飛躍し過ぎてるように思えます。もったいない。

確かに一瞬で恋に落ちるなんてこともありえますよ。だから ふとしたタイミングでホテル入っちゃうこともあるかもです。
例えば めちゃくちゃイケメンとか、何気に優しい人とか、酔った勢いとか。でも そういうアレでもなく。
ましてや顧客様のお孫さん。結構な年下。視線が不審。わたし旦那おる。。。

となると いきなりホテルってのは、どうにも説得力の無い展開としか思えない。
やはり映画という物語である以上、そこの心の揺れ動きがもっと示されないと、どうにも感情移入しにくいです。

そして横領に関しても同じくで、これまた説得力が乏しい。
ちょっとゴメンなさい〜って集金の1万円で建て替えることはありえましょう。いくらかの犯罪は“出来心で…”などと称されます。
でも二人の関係が そこまでのリスクを越えるものだったのかまでは甚だ疑問。
自分の貯金を崩して渡すならまだしも、職場で横領はないでしょ。

その後に豪遊しまくるというエスカレートの仕方も、あまりにも…な。

そして(おそらく)その梨花の行動の初期衝動とも言えるような、学生時代のエピソードもなんだか微妙で。
そのまま20年のブランクを経て紐づけるには、いくらか乱暴なような。

もしそうであっても、その20年の間に「ならぬものはなりませぬ」と、それぐらいの改心はできていないか?
ラストシーンについても言いたいことはありますが、とにかく映画全体として 煮え切らない印象だったですね。

一方、キャストについては非常に好感。
特に大島優子は一番印象に残ってるかな。

そもそもAKB48という女の園出身の彼女。あれだけの女が集っていれば、良い部分も汚い部分も踏みしめて笑顔を届けていたことは想像に難くないです。
そんな彼女ですから、一般的なOLの更衣室で展開されるウラ&オモテ話を表現するのは打って付けだったんじゃないですか。
素晴らしいキャスティングであり、また彼女も見事に期待に応えてます。

存在感でいえば小林聡美さんも同じく。そして主演の宮沢りえさんもしかり。ラストへ向かうこの二人のやりとりは見応えありますよ。
各キャストの芝居についてはこれっぽっちも文句はありません。

ですが 非常に失礼にはなりますが、宮沢りえには若かりし頃の健康的なイメージのが残っているもので。やはり「老けたなぁ」という思いもぬぐえない。
もっと言うなら、普通の主婦の役であったとしても、アラフォーであったとしても、主人公はもっと美しくあってほしかったですね。

あと梨花が罪を犯そうとする際にノイズ音が聞こえるのが、ちょっとツボだったです。
さて 余談ですが、舞台設定として我々の知らない銀行のカウンターの奥のことを丁寧に良く描いてると思います。
思わず「そうそう」と言ってニヤリと微笑んでしまうかも。前半は。

でも後半で「こんなこと誰もがやってます」というくだりについては…どうなんだろうと思いましたね。
そういう“調整”が本当に普通にありがちなことなのか。もしそうでなかったら、現役の銀行マンの怒りを買うんじゃないかしらん!?

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フリンとごっこ
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2014年09月24日

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー

ジェームズ・ガン
クリス・プラット、ブラッドリー・クーパー、ヴィン・ディーゼル
銀河を駆け巡るトレジャーハンターのピーターは惑星の廃墟でパワーストーンのオーブを入手。そのオーブを換金しようと立ち寄ったザンダー星で暗殺者に狙われ大暴れ。逮捕投獄されてしまう。
しかしそこで出会った仲間らとある計画を実行に移す。

「アベンジャーズ」でもおなじみの「MARVEL」コミックのヒーローもの。
ん、ヒーローものってくくりはちょっと違うかもだけど“いかにも”な作りであるのは確かですね。

主人公は9歳当時、母の死の直後に未確認飛行物体に誘拐されてしまった男。すなわち地球人なわけだ。
がそれ以外のキャラクターは異星人だったり改造人間だったり。

なんとも形容のしにくい存在感だったり、肌の色が緑だったり青だったり。そして口汚いアライグマも。
ちなみに超人ハルクの頃から、アメリカのモンスターの肌が緑色なのは定番なんでしょうね。
あとチーム全体のバランスは「不思議の国のアリス」とかそんな印象も近いような。

とにかくそんなキャラクターたちが、序盤は反目しつつも次第にわかり合って大きな戦いに突入していくという。その流れは「アベンジャーズ」のそのまんま。
ってか起承転結、ほぼそういう作りになるのは当然だけどね。

正直、イイもんも ワルもんも解りにくい造形。固有名詞も馴染みの無いアレで頭のなかゴッチャになりますが、見ていくうちに慣れてくるかな。
それなりに楽しめる作品ではあります。

という ところですが、わたくし個人的にアメコミヒーローとかに熱くならないし、「スターウォーズ」とかにもハマっていたわけではないので、この手の宇宙戦争は心の底からノレるかっちゅうと…

もう一つ の見所…いや聴きどころとして、70年代を中心とした往年のヒットナンバーがフューチャーされているというのがあります。
が、これも半分ぐらいしかわからなくって。決してわたくしの どストライクな選曲でもなかったのですわ。

決してつまらなかったわけではないけれど、多くの映画ファンや音楽ファンが感じるような喜びを共有するまでには至らなかったですね。残念ながら。

でも映像やメカについては細部にまで作り込みが行われていて、そういう見応えはありました。
あとアライグマの映像も 実によくできておりまして。これなら「アライグマの惑星」だって撮れちゃうかも〜といえるベル。
若干 キャラの名前などわかりにくい点はあれど、トータルとしては そんなに気を張らずに楽しめる映画ではあるのは間違いないです。

早くも続篇の製作も決まっている(作中にも帰ってくると言ってます)ので、それも見据えて お好きな方はぜひどうぞ。

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カーディガンズ・オブ・ギャラクシー
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2014年08月11日

ガス人間第1号

本多猪四郎
三橋達也、土屋嘉男、八千草薫、佐多契子
不可思議な銀行強盗事件が頻発する。警察は一人の容疑者を逮捕するが、そこに真犯人を名乗る男・水野があらわれる。
犯行の様子を見せようと水野は警察と共に銀行へ向かうが、水野はガス人間と化し人々の前から姿を消してしまう…

東宝が製作した「変身人間シリーズ」という企画がありまして。
『美女と液体人間』(1958年)、『電送人間』(1960年)、そしてそれに続くのが この『ガス人間第一号』(1960年)とのこと。

本多猪四郎監督で特技監督が円谷英二となると、特撮を駆使した怪獣映画のイメージも濃くなりがちですが、この作品は「怪奇空想科学映画シリーズ」というカテゴリーで企画されたと。
怪獣モノというよりも『ウルトラQ』に近いという解説も。
なるほど。

“ガス人間”という存在はSFですが、ストーリーやテイストはサスペンススリラー。
さらにはラブロマンスも…いや、そんないいもんじゃないか。純愛、一途な悲恋ですかね。

そもそもガス人間の誕生にも生き様にも悲哀が滲んでおりますから。

ホント、特撮のテクニックは素直に素晴らしいものがありますが、それだけではなく。
そもそものドラマが、映画として素晴らしいものであります。

そしてもう一つ特筆すべきは、ヒロインである日本舞踊の家元・藤千代。そしてそれを演じた八千草薫さんの存在感。
美しく妖艶で、凛としていて。見た目だけなら沢尻エリカ様チックのキレイさですが、もっと人として奥行きがあるんですよね。

そんな藤千代が紡ぎだすラストシーンにも、とても重いものを感じずにはいられませんでした。

“ガス人間”というキャラクターにとらわれてしまうとアレですが、かの名作「ゴースト」だって普通ではありえないような設定を取り入れたラブストーリーなわけで。
それらと遜色ない作品を、1960年当時に送り出していたという事も驚きです。
見て良かった作品です。
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2014年08月02日

GODZILLA ゴジラ

ギャレス・エドワーズ
アーロン・テイラー=ジョンソン、渡辺 謙、エリザベス・オルセン
1999年の日本。ジョーは原発の事故により妻を亡くしてしまう。
それから15年後、米軍の隊員であるジョーの息子フォードは、父が原発跡地に不法侵入し警察に逮捕されたという知らせを受け、身柄を引き受けに向かう。
やがてジョーとフォードは、侵入禁止区域に於いて、思いも寄らぬ光景を目にする。

ついに公開されたハリウッド版の「GODZILLA ゴジラ」です。
冒頭の部分。この怪獣映画にジュリエット・ビノシュがどんな役回りで関わるのか疑問に思っていましたが、結果的に関わっていなかったので それはそれとして。

今から60年前に日本に降臨したゴジラというキャラクター。紆余曲折あり今現在、圧倒的な存在感と存在意義を持って君臨されております。
一方で、かつてアメリカで作られた「GODZILLA」というタイトルの映画があったんですが、その存在もめんどくさいことになっているように思います。

そりゃあ以前のアメリカ版「GODZILLA」に比べたらそりゃあもう素晴らしいデキですよ。
でも そもそも日本で生まれた「ゴジラ」と比べるなら…厳しい言い方かもしれんけど、中途半端って思いますね。

確かにテーマとして、人類が開発した破壊兵器等々も出てくるので、60年前の第一作と対にして語る人もおるけど、実際の内容は期待してたものとは違ったなぁ。

人間にとっては表裏一体の核燃料があり、それが我々以外の生命体に影響を与えるのは良いです。
生物の生態として、雌雄が種を残すために求めあうのは本能であり、十分理解できます。
ただ…

その人が生み出したエネルギーの残骸が影響を与えるのがゴジラではなく、別の怪獣ってこと自体が「えっ!?」って感じで。
情報統制もされていたようで、ゴジラと敵の怪獣が戦うってことは見て初めて知ったんだけど。この展開はいわゆる後期のヒーローとしてのゴジラなのかな。

ムートーは生物の本能で行動してたように見えたけど、ゴジラの行動原理がイマイチ ピンとこない。
そいつらが地球の人類の生態系を崩しかねないから、ゴジラがそれらを退治しに来るってことなんですか。
そして悪役を退治して、名も名乗らずに海に帰っていくと。
ゴジラって何様?神様?人間の味方なの?

ちょっとそこが理解できなかったことで…わたくし的には腑に落ちなかったですね。

造形、ビジュアル、映像も評価高いですね。それ自体は否定しません。よくできております。
でも やっぱりフルCGのゴジラは、何か違うんだよね。あえて言うなら“質感”って部分なのかな。
まぁこれは好みの問題なので、ずっと相容れないことかもしれないけれどさ。

それから全編を通した構成として非常に疲れました。
上映時間 2時間4分なんだけど、実質 ゴジラが登場するまでのドラマが1時間ぐらい。ちょっと長いかなぁ。それに付き合うのに結構疲れちゃう。

かと思えば後半は、ドラマ性はほぼ皆無。ゴジラらがドッカンドッカン暴れるド迫力の映像。
と書けば 響きは良いけど、これも延々と続くようで ちょっとクドいかな。それだけ濃い映像を長々見せられると、これはこれで結構疲れちゃう。

なんかドラマ性とゴジラ映画の見せ場を絡み合わせた構成のが、2時間流しやすいんじゃないのかなぁ。

そんな中で密かに嬉しく響いたのが渡辺謙さん台詞で、「We call it GODZILLA」ではなく「We call it ゴジラ」とそこだけ日本語で呼んでいたのは点で。
またそれが渡辺謙さんのこだわりだったというのも嬉しい話でしたね。

見ての通り大きな予算をかけ、見応えのある大作であるのは間違いない。でも 思い入れがあるから、またちょっと厳しく見ちゃうわけで。
何だかゴジラという存在に求めたい要素が、ちょっと違ったですわ。

コミックスが実写化されたとき、原作のファンが「ちょっと違う」とつぶやいてしまう感覚って こんな感じなのかね!?
でも 続編の製作も決定したとのことで。それはそれとして、期待だけはさせてもらいます。

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ゴジラ対キック・アス
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2014年07月13日

ゴジラ対ヘドラ

坂野義光
山内 明、木村俊恵、柴 俊夫、麻理圭子
海で相次ぐ船舶事故。それを写したTVカメラには奇怪な怪物の姿が捉えられていた。数日後、その怪物が駿河湾に出没。この怪物こそ、ヘドロの中で誕生した怪獣へドラだった。
工場の黒煙を吸い、スモッグを発生させ人を死に追いやるヘドラ。するとそこへゴジラが出現。強敵ヘドラとの一騎打ちがはじまる。

1971年の夏休みに公開されたゴジラシリーズの第11作。
Wikipediaなどによれば、当時はテレビが普及率を伸ばしていったことで映画業界が非常に厳しい時期であったと。それに伴い人気のゴジラシリーズも制作費の削減を余儀なくされていたとのこと。

そんな状況下で作られたこの作品。
それまでにはなかった方向性とアイデアを盛り込んだ結果、興行的に成功をおさめ、多くの子供たちにインパクトを与えたと言われております。

前作までは複数の怪獣が登場する作りだったのが、今作はヘドラのみ。そういったところから予算の厳しさを感じ取ることができます。
あとゴジラ自体の造形も着ぐるみ然とした印象もあったり、鳴き声(遠吠え)も使い回し的な。抜いてるなってね(苦笑)

そして作風についても ゴーゴー喫茶のような当時の文化をフューチャーしていたり、動物・生物がモチーフの怪獣ではなく環境問題から生まれた怪獣であるというのも 当時としては独特なものだったようです。
と同時に、それまでにないアプローチだったからこそ、様々なインパクトであり もっと言うならトラウマを与えたという作品であるんでしょう。

主題歌として使われている「かえせ! 太陽を」もサイケデリックで。
「♪水銀 コバルト ナトリウム〜 ナマリ 硫酸 オキシダン〜」という歌詞もじつにストレート。「レインボーマン」の「死ね死ね団のテーマ」ぐらい強烈ですよ。

こういう分析が正しいのかどうかはわからんけど。
子供たちにウケるもの、人気の出る要素ってのは それはそれであるんですよ。
その一方で、子供だましを超越した本気度とか熱度は世代を超えて伝わる…いや、子供たちも何かを感じ取るんじゃないですかね。

個人的には灰色のヘドロがドロドロとゴジラを覆い尽くしていく描写は、素直に“汚い”と思ったしわけで。そこは怪獣も人間も関係なく ただただ“イヤだ〜”ってね(苦笑)
正直 低予算の作品としての雑さに荒っぽさは隠しきれませんが、公害問題をベースにしたテーマ性や、怪獣ヘドラの存在感もドキドキしちゃうものであるし。

今でこそ公害が問題視されることも少なくなってきましたが、人間の慢心が厄災を招くという点については不変ですよね。
だから今見ても「異色の名作」として語られているんでしょうね。
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2014年07月06日

ゴジラ

本多猪四郎
志村 喬、河内桃子、宝田 明、平田昭彦
太平洋沖で船舶遭難事故が発生。生存者の証言からそれが巨大生物によるものだと判明。その生物は海底に潜んでいたものの、何度も行われた水爆実験により目覚めたゴジラであった。
やがてゴジラは地上へと上陸。一夜にして東京は破壊され、火の海と化してしまう。

コチラは今から1954年の、言わばシリーズの第一作。
それから60年の年月を経て、間もなく公開される ハリウッド版「GODZILLA」を前に予習の意味も込めてビデオで見ました。

やぁやぁ確かに昔の映画ですよ。現代の作品に比べれば雑であったりアラも無いとは言えないです。
でも1954年にこれだけの“特撮”映像を作り上げたというのはスゴいことですよ。

極端かもしれないけど、ビルや街並みが破壊されていくシーンは 今見てもドキドキできちゃいますから。

わたくしが子供の頃に見ていたのは 怪獣映画のゴジラでした。
でも 今この時代に一作目のゴジラと向き合うと、そこに託されたテーマ・メッセージを感じることができますね。

水爆実験の影響で怒りと共に目覚めたゴジラ。要はそういう存在であり そういうキャラクターですよ。
でも その発想というものは、世界で唯一 原爆による悪夢を…いや違う、現実を突きつけられた日本でしか生まれなかったんじゃないかな。

実際 この映画が製作されたのは終戦から8年しか経過していない時期であり、ゴジラの猛威で傷を負った人々の映像というのは、戦争によって傷を負った人たちのそれとオーバーラップしてしまいましたから。

この映画にはゴジラという恐ろしい怪獣が登場しますが、そのゴジラの姿を消したら 間違いなく戦争映画にしか見えないんじゃないかなと。
だからといって軽々に「ゴジラは反戦映画だ」と言い切るつもりはないけれど、この怪獣映画はもっともっと世界中がシビアに向き合う要素のある作品だと思いました。


ラストのシーンでは、そういったグローバルなテーマとパーソナルな切なさも相まって。素晴らしい映画ですよ。
なんだか「アルマゲドン」の元ネタ?って感じもあったりなかったりで。

余談ですが、菅井きんさんも登場してます(^-^)
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2014年06月22日

gift

宮岡太郎
遠藤憲一、松井玲奈
ホストに騙され借金を抱えたキャバクラ嬢の沙織。返済のためにスリまで行っていたが、輸入食品会社会長の篠崎に捕まってしまう。が篠崎は警察へ行く代わりに「お前の100時間を100万円で買う」とアルバイトを持ちかける。

この映画は「Mシネマ」という“地域発信映画”を制作・上映していくという企画で制作されました。
これはその第一回作品で、愛知県発の作品。なんと上映は愛知県内(7スクリーン)のみ。好評であれば、順次拡大ロードショーとなるらしい。ふへ〜(苦笑)

訳ありのお金持ちと 訳ありのキャバ嬢が、とある理由により東京を目指して車を走らせる〜というロードムービー。
でも そのスタート地点が愛知県ではない(長野県?)ってところが違和感っちゅうか、イマイチ乗り切れない。(元々そういう意図の企画らしいが)
製作経緯からして低予算であるのはお察しします。主演の2人以外は失礼ながら名前のある人は皆無ですし。

正直 この手の企画作品はパッとしなくって。厳しいんよね。
でも、そんなセオリーを覆してほしいといいますか。良くも悪くも見届けてやろうというスタンス込みで見てきました。

結果、率直な感想は、アタリやったですね。
確かにツッコミたいところもなくはないけれど、しっかり及第点以上ですよ。

展開がやや強引だったり、安っぽかったりしますが、その主演の2人と そこから感じられる雰囲気が実にイイ。
強面で時に子供のようにわがままで、それでいて時折みせる優しさがたまらない遠藤憲一さん。
そしてアイドル的スマイルを封印して、過去のある女性を演じた松井玲奈ちゃんも良かったですよ。

それぞれに過去があったり、この旅にも悲しい理由があったり。
基本的には終始 切なく重苦しい空気が支配してます。暗めの映像、小雨、雪、湿った道路、季節がその思いに張り付いています。
だからこそ、ふいに小さな希望が顔をのぞかせ瞬間とか映えますし、夕暮れ時に沙織が篠崎の腕を組んで歩く絵が非常に美しくて印象に残ります。

決して派手さはないし、奥行きにも乏しいかもしれません。
でもだからこそ、ストレートに伝わりやすい映画に仕上がってる気がします。

今どきの映画と比べると“弱い”かもしれませんが、必死こいて失敗してる映画なんかより全然良い作品です。
当初はピンとこない企画と思いましたが、ぜひ全国展開してほしいですね。

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愛知の次はギフと…
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2014年06月12日

グランド・ブダペスト・ホテル

ウェス・アンダーソン
レイフ・ファインズ、トニー・レヴォロリ、エイドリアン・ブロディ、ジュード・ロウ
1932年。グランド・ブダペスト・ホテルには伝説のコンシェルジュと呼ばれるグスタヴ・Hがいた。そんな彼の常連客であったマダムDが殺され、遺言によりグスタブは莫大な遺産を手にするが、同時に殺人容疑もかけられてしまう。
そこでグスタブはベルボーイのゼロとともに、ホテルの威信をかけて謎ときに挑む。

超豪華キャストによる謎解きミステリーであり、ポップな映像や美術も話題となり、世界中で大ヒットとなっているこの作品。
とはいうものの、わたくし的には正直そそられる要素は薄かったんですが、せっかくなので(?)見に行ってきました。

平日の午後でしたが、わたくしが見に行った回は100人ちょっとの劇場が満席。まさに空席ゼロ。
何がそんなに観客を引きつけてるのか、イマイチわからなかったんだけど。

単刀直入に言いましょう。わからず。
残念ながらわたくしには、楽しめる要素はなかったですわ。
ファーストシーンに登場したおじさんが誰なのか。やや人が少なくなったホテルのシーン、隆盛を誇っていたころのシーン。。。
もうこの時点で誰が誰なのか、時系列もサッパリわからず。間違いなく乗り遅れてしまいました。

さらには、字幕が最後まで読み切らないうちに変わっていってしまう場面も多々あり。重ねて乗り遅れ感がマシマシ。
そりゃあ字幕のひとつふたつスルーしたところでストーリーを追い切らないってこともないでしょうが、やっぱり集中力が持たなくなってきちゃうね。

結局 誰が誰に向かって語り掛け、誰が誰の立場なのかわからず。誰がイイもんとワルもんなのかもしっくりこないままの100分間。で…終わってしまいました。

ファーストシーンに登場したおじさんが誰で、ジュード・ロウが誰で、食事しながら話を聞いた相手が誰で等々。事前にキャスト、相関図、時代設定を予習していかないと、わたくしみたいにほとんど楽しめずに終わってしまいます。
あと、ついでに時代背景も意識しておくと、よりこの映画の伝えたいことがわかるかもしれませんね。
特にラストの電車内のシーンからすると、実はとても悲しい真実があるように思えますし。

というところですが、わたくし的には合わない作品だったので、これ以上の感想が書けないっす。
以上。

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エンドロールで踊るおじさんがカワイイ
posted by 味噌のカツオ at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月07日

渇き。

中島哲也
役所広司、小松菜奈、清水尋也、妻夫木聡
元刑事・藤島のもとに、別れた妻から「娘の加奈子の行方がわからなくなった」と連絡が入る。
再び“家族”を取り戻すべく、藤島はなりふり構わず娘の行方を追うが、その知られざる素顔が露わになるにつれ、藤島の激情も暴走をはじめる。

「告白」から早4年。中島哲也監督、待望の新作ですが…
事前のチラシなどに載っていた 劇薬、悪夢、凶暴 などのワード。そして あらすじを見ていて「ちょっとヤバいかな」と思いました。
たぶん悪い方向へと進んでいく作品なんでしょうが、この監督の場合 徹底的にやるのでヤバいかなと。結果、予想通りの印象。

「下妻物語」「パコと魔法の絵本」などはファンタジー要素があったから良かったけど「告白」は監督流のテイストながら、基本線はダークな復讐劇でしたから。
そして今回。もっともっと濃い口でキツい内容の物語なんですね。

先に知っておかないと少々わかりにくいけど、構成は現在と3年前(加奈子の高校時代と中学時代)の二重構造の映像になってます。
しかし、それぞれに描かれてる出来事がいずれも気分悪いものでねぇ。

もっと言うなら親父さんがムチャクチャな人格で、その娘も結構なバケモノで。
それだけに飽き足らず、ぶっちゃけ登場人物全員がクソであり、歪んだ行に関わっていて。
殺人、ドラッグ、いじめ、自殺、レイプ、浮気、隠蔽とか、ありとあらゆる悪い要素が登場します。
んで そんな胸クソ悪いストーリーをスタイリッシュな映像と音楽で上手いこと流し続けるから、目を背けるタイミングの無いまま ずっと見ちゃうんですよ。

ホントに ほぼ全編そんな感じなのでサラッと見つつも、後味はものすごく悪いです。
お米の代わりに鉛を使ったお茶漬けみたいなもんで。一見サラサラとお腹の中に流し込んでしまうんだけど、明らかに消化できんぞ〜ってな感じ。

「告白」も後味悪かったけど、まだギリギリでエンタ−テイメントしてたんじゃないかな。
それに比べて今作は かなりヘヴィーであり、なおかつエンターテイメントとして楽しめる要素はほとんどなく。さらに落としどころであり着地点が見いだせなかったです。
なにぶん このキツさを2時間で一気にぶつけてきますから。ハード過ぎてラストシーンまで集中力が持たなかったところもあるんだけど(苦笑)

園子温監督の「冷たい熱帯魚」なんかも かなりエグい描写多かったけど、悪人のストレートなおぞましさとか、物語として決着をつけている点とか。見応えはあったからね。
あとは「悪の教典」。あれも嫌悪感あったけど、それともまた違うんだよなぁあ。

人の内面にある悪とか正義とか、愛とか憎悪とか、描く術はいろいろとあります。でもこの映画の中の加奈子は「これは夢だから何がどうなってもいいの」と言ってしまってるので、理性も理屈も超越しちゃってるのかな。
だとするならば、この映画からヒューマニズムを見出すのは至難の業と言えるんじゃないの。

果たしてこの映画、観客はどういう心境で受け止めるべきか悩ましいですわ。
ちなみにR-15だけど、これ高校生に見せて大丈夫やろか(笑)

そんなハードでキツい映像作品ですが、ホントにキャストの皆さんはようやったなと。
役所広司さんも かなりズケズケと悪いことやって、ボコボコとやられちゃってるし。
とにかく素晴らしい演技をしておられた役者さんたちには悪いけど、やっぱこの映画はキツいなぁ。

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耳カッターはギャー!!
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2014年05月25日

キカイダー REBOOT

下山 天
入江甚儀、佐津川愛美、長嶋一茂、鶴見辰吾
日本政府はロボットの平和利用を目的としたARKプロジェクトを計画。しかし実験中に光明寺博士が非業の事故死を遂げ、対立する研究員の神崎らは本来の目的から逸脱したプロジェクトを実行に移す。
神崎は光明寺博士の残したデータを奪うため、博士の息子・マサルと姉・ミツコを狙うが、二人の前に良心回路を内蔵したロボット、キカイダーが現れる。

「仮面ライダー」の翌年にテレビシリーズがスタートした「キカイダー」。もちろんいずれも原作は石ノ森章太郎。
それぞれに改造人間の苦悩や善と悪の感情の葛藤が描かれており、根本には石ノ森氏のテーマ性やメッセージ性がうかがわれるものであります。

というわけで現代に新たに創造された「キカイダー REBOOT」。
そのビジュアルは“ギャバン”のようなメタリックヒーロー系でカッコよかったですね。もちろんハカイダーもしかり。

前半の説明チックな会話は気になりますが、そこは大目に見ましょう。
日本政府の主導で秘密裏に行われているプロジェクトなので大っぴらにはできないことで。そして博士の残したデータに目を付けて〜ということなので、姉弟がターゲットになるのもしょうがないです。
でも印象としては えらくこじんまりとしたミクロな世界に思えちゃいますね。

結局そのあたりがアメコミヒーローのダイナミズムに及ばない点と言えなくもないが。
さらに二人が命を狙われているのにも関わらず、ゲームばっかりやってる弟を残して「留学しまーす」って、姉ちゃん どんだけ危機感ないんだ(苦笑)

一方のバトルシーン。序盤のヘリポートのシーンは正直言って高所恐怖症のわたくしは違う意味でドキドキしっぱなし。それはそれとして。
キカイダーもハカイダーも たいした武器とか無いようで。基本 殴ったり蹴ったり投げ飛ばしたりに終始。かと言ってCGの予算もないので見せ場に乏しいと言わざるを得ない。長い。

ドラマ部分でも冗長に映るやり取りがあったし、バトルでもそんな印象が残りまして。
であれば もっとコンパクトにリズム感のある展開もできたんじゃないかな。そう考えるとちょっと惜しいかな。

そんな中、機械、良心回路・心、正義、悪に葛藤しながら戦うキカイダーの表情が、悲しげで泣いているように見えた瞬間がありまして。
青いマスクの黄色いラインが ふと涙のように見えたんだけど。偶然かもしれませんが、そういうことを感じ取れただけでもなんか良かったなと思えました。

さて、女性アンドロイドを演じた高橋メアリージュン。
ハーフなんですかね?セリフが若干カタコトだったんだけど、わたくし的にはそれがアンドロイドチックで良かったです。こういうの嫌いじゃないです。
あと 光明寺博士役の長嶋一茂さんが予想外に上手だったとも付け加えておきます。

最後に、ジローとマサルが交わす会話の中で「お笑い好き?」「ドリフが好き。シムラーウシロー!」などというやり取りがあります。
ちょっとシリアスな状況から、あまりに唐突な展開で頭抱えそうになりましたが…

実は1972年当時に「キカイダー」が放送されていたのは毎週土曜日の20:00〜20:30。つまり「8時だよ全員集合」の真裏だったんですね。
それをモチーフにしたドリフネタだったんでしょうね。一応これはこれで必然性のあったんだな。
でも「だっふんだぁ」は?

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エレキギターのアンプは自分自身?
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2014年05月02日

映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん

高橋 渉
(声)矢島晶子、ならはしみき、藤原啓治、こおろぎさとみ
マッサージに行った父ひろしが、なぜかロボットになって帰ってきた。何でも家事をこなすロボとーちゃんに しんのすけは喜び、母みさえは戸惑う。
しかしロボとーちゃんは、父親たちの復権をたくらむ「父ゆれ同盟」の陰謀で、やがて父親革命が起こり 父親たちが暴動を始める。

子供はもちろん、大人が見ても楽しめるアニメ映画「クレヨンしんちゃん」シリーズの第22弾。
過去、テレビでオンエアしたのは見たことあったけど、今回初めて映画館で見てきました。

ぶっちゃけワクとしては、しんちゃんをはじめとする野原家の面々が騒動に巻き込まれててんやわんや…といったものですよ。
その中で、どんなストーリーで見せ場を作り、楽しませるか。
結果的に、十分に楽しかったけどね(^-^)

多少シリアスな場面でも飛び出すしんちゃんらしいバカバカしいギャグ。
そして適度な下ネタも素晴らしいと思います。
「父よ、勇気で立ち上がれ同盟」略して「父ゆれ同盟」としちゃうなんて、ただ 言いたいだけやろってね(笑)

また公園で繰り広げられるモンスター●●に、居場所のない親父たち。
この辺りは、社会風刺のようなテイストもあります。

そしてクライマックス。とーちゃん・ひろし&ロボットのひろしに対抗するキャラがまたアホらしい。
その元ネタはロボットっぽい動きをするひろしという、そういうことなんですか(笑)
しかも こぶしの歌声が必殺技ってのも見事な設定です。

そうやって振り返ってみると、なんだか映画のいろんなテイストがごちゃ混ぜになってますね。
じつはインドでは、ドラマ、恋愛、ホラー、サスペンス、カーアクション…と様々な要素が入っていないと映画じゃない〜と言われちゃうとか。
まさに このしんちゃんも、そんなお楽しみが詰め込まれつつ、父と息子の物語という軸がぶれていないから良いのかな。

普段はおバカなしんちゃんが、家族を守るべく、苦手を乗り越えていく場面。ちょっとしたそんな頑張りも見せてくれるのも映画版の良さで熱くなります。
そして、なんといっても「子供の存在が親のパワー」といったセリフには、ハート鷲掴みにされましたよ。
独身・子供なしのわたくしですらそんなんですから、子連れで鑑賞してる親にしたらその比じゃないでしょうね。きっと。

冒頭とラストで語られることですが「どうして男はいくつになっても合体ロボットが好きなんだろ」というのも素直にうなずいちゃったし。
腕相撲勝負がちょいちょい登場したり。

親子というよりも、基本は“父と息子”を描いたものなんでしょう。母は少しおいてけぼり?
うん、これはこれでよろしいじゃないですか。

この際“母と娘”は思いきって「プリキュア」に任せるぐらいのスタンスでいいんじゃないかな(笑)
posted by 味噌のカツオ at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする