2018年01月22日

青春夜話 Amazing Place

切通理作
深琴、須森隆文、飯島大介、安部智凛
ひょんなことから出会った青井深琴と野島喬。4歳違いで時期は異なるが同じ高校出身とのことで意気投合。
喬は深琴を夜の母校へと誘い出し、誰もない学校でやり残した青春に復讐しようと盛り上がる。

文化批評家として多くの著書も発表している切通理作の初監督作品。

名古屋・シネマスコーレで1週間レイトショーの最終日。
マイクなどもセットされて、どうやら舞台挨拶的なのもあるみたい。

75分の本編終了後、切通監督と深琴が登壇。
素人感丸出しのコメントがあり、今作とは別で深琴主演の短編作品のプロデューサーと監督も登場して、そちらの作品「天使の歯型」も上映されました。
その後も まとまりのない(苦笑)トークがあってという。そんな上映回に足を運んできました。

閑話休題。
「青春夜話 Amazing Place」についてですが。
見た目的にも決してイケてない男女が出会って意気投合。
あらすじ的には「過去への復讐」となっているわけですが…

その衝動はわからなくはないけれど。
だからこそ 学校モノであったり、スク水のモノであったり、いろんなシチュエーションに特化したAVが出回るわけでね。
それを具現化ということなんでしょうが、ツッコミどころがあり過ぎて、ノリきれなかったですね。

大前提としてこの二人は如何ほど経験あるのかしらん。
彼はDTというわけでもないのかな。彼女はいきなり口撃って なかなかの経験者なんですか。
彼の学生服を着ないこだわりの真意は?
といった ところから。

彼女はオフィスに気になる上司がいたみたいだけど、それって あのズル剥けの方なんですか?
そもそもズル剥け好きなら彼ともアリなのはアリかもだけど。

一般的に ズル剥け上司がモテモテキャラってのが「?」だったり。
学校の用務員のおっさんのエピソードも共感するポイント無かったし。

全体にもっとダサいなかにウブなエロがあるとか、逆にアナーキーにもっと行き過ぎるぐらいに行くとか。
もっと妄想力を突き詰められたんじゃないかと。

要は中二病感満載な稚拙な方にいくか、“ロマンポルノ路線”で人間味を出すか。
そういう振り切りがあってよかったんじゃないかと。

あと付け加えるなら、女優をもっとかわいく撮れなかったかな〜とは思いました。
ブサいとは言わないけど、もっと引き出せたんじゃないかな。


という上映がありまして。
さっきスクリーンであんなことやこんなことしてた娘が(舞台挨拶で)目の前にいるのか〜ってのは 少しだけ“ジュン!”ときちゃいました。

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学校でしゃせい大会したよね
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2017年12月01日

全員死刑

小林勇貴
間宮祥太朗、毎熊克哉、六平直政、入絵加奈子
家族思いのタカノリは、組長の父テツジと母ナオミを借金苦から救う為、兄・サトシと共に近所の資産家一家の現金強奪を実行する。
しかしあまりにお粗末な計画の末、資産家の息子を殺害。一人殺すなら全員殺すも同じこととばかりに、タカノリたちは次々と殺人を犯していく。

2004年に福岡県大牟田市で発生した4人殺害事件。加害者の親子4人は全員死刑の判決を下された。
その実行犯である次男の獄中手記を原作に映画化。

「冷たい熱帯魚」のスタッフが再集結〜みたいな書き方もされていて。また一段と期待も高まっていたわけですが、果たしてそのデキは!?

大前提として この作品の原作となった実際の事件があり。実際に被害者もでており。加害者側は全員死刑の判決が下されるほどの事件であって。
そういうものを こんなカタチで映画というエンターテイメントに昇華してしまうのはいささか不謹慎な気もしないではないが…

それを言っちゃったら戦争映画なんて撮れなくなるし。
そこは一旦飲みこんで受け止めていきましょうと。

ファーストカットが いきなり「おっ!」と思わせてくれるものだとか、そういうことはさておき。
それ以外でも 所々で絵の見せ方や音楽の使い方がカッコよかったりして。

そんな引っ掛かり、取っ掛かりはありつつ、オハナシ的には思ったほどの起伏はなく。
いや、チョイチョイ人が死んでるんだけど、こっちの心まで ぶっ殺(さら)うとこまではいかず。

なんだか この加害者一家のキャラクターがそこそこぶっ飛んでたり、微妙にマヌケだったり。
事実 こんな調子だったのか、映画としての演出なのかは知らんけど。

そのキャラのマヌケ感と 殺人事件の恐怖感が一体化しなかったというべきなのかな。

前述の「冷たい熱帯魚」なんて、ホントに普通の生活して、普通の近所付き合いしてたはずが、気付けばとんでもないところに引き込まれていたとか。
遺体の解体を飄々と鼻歌交じりにやっちゃってるような、それらの異常性がゾクゾクやられちゃったと思うんですよ。

それと比較してしまうと、中途半端な印象になってしまうかな。
わざわざ比較しなくてもイイっちゃイイけど。でも宣伝文句として「冷たい熱帯魚」云々とわざわざ書いてあるからね。

間宮祥太朗も、「ケンとカズ」に引き続きの毎熊克哉も、役者としては及第点だけど、一本の映画としてのグルーヴ感は正直味わえなかったね。

チラシの裏面を見たらこんな文言が載っていたよ。
『なぜ、こうなったのか』ってね。

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薬をつぶす“すりこ木”のカタチが…
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2017年11月27日

シンクロナイズドモンスター

ナチョ・ビガロンド
アン・ハサウェイ、ジェイソン・サダイキス、ダン・スティーヴンス
同棲中だった恋人の家から追い出され、故郷の田舎町に戻ってたグロリア。そこで幼なじみのオスカーと再会し、彼のバーで働くことに。
そんな矢先、ソウルに巨大怪獣が出現。テレビに映し出された映像に騒然とする中、その怪獣と自分の動きがシンクロしていることに気付く。

巷での評価は決して高くはないけれど、いやいや 思いのほか楽しめましたし。ついつい見入ってしまいましたよ。

不評の一つの遠因として「思ってたのと違った」的な意見が出てまして。
そんなもん、怪獣やロボットが闘うことがメインではないことぐらい事前に理解できそうだけど。「パシフィック・リム」の路線ではなかろうと。

それでは どんな展開を見せてくれるのかなというところでしたが、都落ちした主人公が地元に戻って昔の仲間たちと再会し、ある意味での自分のルーツであり、ある意味で社会の問題点と向き合うというべきか。
基本はアン・ハサ演じる彼女の成長物語で。と同時に地方なのか バカ男特有なのか。そんな事例と向き合うことになります。

ラジオで聞いた映画評では主人公の名前がグロリア(成長)。男の名前がオスカー(映画界で例えるなら権威でしょうか)。それらがソウル(魂)でぶつかり合うと。
それだけで 何かいろんなものが伝わってきますね。

この作品、グロリアに対するオスカーという男が出てくるんだけど。コイツの行動を見ていてね。

確かに子供の頃、砂場で山とか川とか橋なんか作っては、怪獣になったつもりで踏みつぶして、壊して遊んだりしてたよなと思い出したり。
久々に会った女の子の気を引くために、世話を焼いたり、プレゼントを送ったり。
彼女が他の男としゃべってるのを見ては横やり入れてみたり。

その意識があったりなかったりするけれど。思い起こしてみれば、ケチな行動とってるもんですよね。イケてない男って。
そりゃいくつになってもくすぶってるもんだわな。

本来は 主人公である女性の成長物語なんだけど、見ようによっては 男のバカさ加減にも気付ける映画だね(苦笑)

アン・ハサ好きとしては、彼女のダメカワ(ダメ女風だけどかわいい)加減がいい感じ。大半のシーンに映ってるし。あとは最後の逆襲シーンも痛快だったし。
決して大傑作とまでは言わないが、見たら見たなりに楽しめる映画でした。

ちなみに原題の「COLOSSAL(コロッサル)」は“巨大な”という意味で。
それを思うと、今作の「シンクロナイズドモンスター」はなかなか上手いなと思いますね。

ナチョ・ビガロンド監督、そもそもはオタクなスペイン人でもあるそうなので、日本の怪獣モノがお好きなんだとか。
インタビューによると、中でも松本人志の「大日本人」に影響を受けたと語っております。面白いもんだね(笑)
でも そのラインは越えてると思いますので。また監督の次作も楽しみにしてますよ。

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飲酒運転はダメよ
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2017年10月22日

猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)

マット・リーヴス
アンディ・サーキス、ウディ・ハレルソン、スティーヴ・ザーン
猿と人類の全面戦争が始まってから2年。シーザー率いる猿の群れは森の奥地に砦を築いていたが、ある日、奇襲によってシーザーの妻と息子の命が奪われてしまう。
仲間たちを新たな隠れ場所に向かわせたシーザーは、人類の軍隊のリーダーである大佐に復讐するため、オランウータンのモーリスらと共に旅立つ。

往年の名作「猿の惑星」へと至る3部作。「創世記(ジェネシス)」「新世紀(ライジング)」に続く今回の「聖戦記(グレート・ウォー)」です。
本来なら 前2作もおさらいしておいた方が楽しめるはずでしょうがね。

いきなり物騒な戦いのシーンから始まる今作ですが。
森の中で 猿たちの砦に奇襲をかける人間たち。ホントに戦争映画のような戦いの場面ではありますが。
一般的な兵士の視点ではなく、ドローン映像といいますか、攻め込んでいく様子を上空から捉える視点はなかなか斬新。

“グレート・ウォー”というだけあって、期待値も高まりました。
が、正直 その直後から失速という感は否めない。

猿たちと人間の戦いが激化。
新たな住処を見つけて戻ってきたシーザーの息子ブルーアイズ。ところが そこへ攻め込んできた人間たちによって妻とブルーアイズが殺されてしまいます。
シーザーは次の住処へと仲間たちを送った後、大佐への復讐を誓い 側近らと復讐の旅に出ます。

ここまでの展開はわかるけど。
今作に於いて、息子ブルーアイズは戻ってきた早々に犠牲となっているので、イマイチ(見る側として)復讐心が燃えにくいというのもあったし。
そもそも そんな大胆な攻撃を、えらそぶってる大佐が行うのかという疑問も。それは部下の実行部隊がやるもんじゃね?
殿様が直々に敵の大将の首を獲りに行くなんてハナシ聞いたことないから。

敵陣へと向かう道中。人の住む小屋での銃撃。ウイルスにより言葉を話せなくなっていた少女を小屋の中に置き去りにはできず、ともに旅を始めるのだが。
あの少女も猿たちが親の仇だと 薄々わかるんじゃないかと。それでも行動を共にする心境って…

雪の舞い散る山中。敵陣に辿り着くもシーザーが囚われの身に。
他の猿たちと共に奴隷のごとく壁作りを強要されます。何やら現米大統領の政策を匂わせる展開。

近く北軍がやってくるが、それらを受け入れない目的で壁を作っているとのこと。単純に、何で?
人間と猿の覇権争いの世界で、人間同士の争いがこのようなカタチで描写されることの意味合いは?

奴隷となっている猿の群れを救出できないか…というトコロで“都合よく”地下道を発見。これを使えば助かるぞ。
その計画実行のため、さっき仲間(?)となった少女がシーザーの檻に行き、水や食料を渡すんだけど。
人間の見張りは気付かなかったのか。結構大胆な行動だったのになぁ。

そしてついに救出作戦を実行。
地下道に水が漏れだしていたけど大事には至らず(?)。
しかし、ちょうどこのタイミングで北軍が攻め込んできた!!

かなりの大部隊。上空からヘリでの容赦ない攻撃。
何のために壁作ってたん!?

こっち側の軍も対抗するが、大佐は姿を現さず。
いったいどうしたのかと思いきや、ウイルスにやられてベッドに伏せる大佐。
日常生活の中でインフルエンザに感染しちゃうなんてことあるけども。おい、ずいぶんとえらそぶってあんたが、そんな退場の仕方しちゃうんだと。薄々感じてはいたけれど。

最終的にはシーザーがドッカーンとやって、北軍が「ウォー!」。
でもドッカーンの衝撃で雪崩が発生。残ってた人間はみんなドサー!!
猿たちは身体能力を発揮して気に上って「ウェーイ!」。

そして猿たちと一人の少女は安住の地で、新たな生活を始めます。
で「猿の惑星」第一作目につながっていくのかな。

「聖戦記(グレート・ウォー)」とのタイトルが付いてはいますが、猿と人類との大局ではなく、シーザーの抱いた大佐への個人的な復讐劇が中心。
また舞台の大半の時間が彼らの基地でのやり取りに終始されていて、とてもミニマムな世界観に感じられました。

にもかかわらず 140分という尺であるため、どうにも中盤の中だるみありましたわね。
正直 気持ちの盛り上がる仕上がりとは言いにくいデキだったですね。

ただし、あの猿の姿、その表情、人間との絡みはすべてCGで作られたものであるという。
その描写は素直に素晴らしかったです。

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シーザーサルダ
posted by 味噌のカツオ at 18:31| Comment(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月08日

サーミの血

アマンダ・シェーネル
レーネ=セシリア・スパルロク、ミーア=エリーカ・スパルロク、マイ=ドリス・リンピ
1930年代、スウェーデン北部で暮らす先住民族、サーミ人は差別的な扱いを受けていた。
寄宿学校に通う少女エレ・マリャはスウェーデン人のふりをして夏祭りへ忍び込み、ある少年と恋に落ちる。やがて今の暮らしから抜け出すため、エレは、彼を頼って街に出る…。

世界中にはいろんな人種差別があって。民族間のいさかいがあって。
でも人類の歴史が進むごとに そういうことは良く無いという論調が上がるのですが、みんながそれにうなずくのですが、無くなることは一向にありません。
なんなら減っていってるという感覚も得られにくいように思います。

この作品の舞台はスウェーデン。その北部に暮らす少数民族・サーミ人の物語。
北欧のラップランド地方でトナカイを飼い、独自の言語を持つ彼らは いわれなき差別を受け、一般のスウェーデン人よりも劣る“生き物”といった扱いをされていたと。

露骨な差別こそないものの、今現在もサーミ人はそういった暮らしをしているそうで。
そういう民族があることを わたくしは全く知らなかったし、そんな北欧の少数民族の歴史や事情を 日本人が知る由もないでしょう。

そういうことを学べるという意味でも 見て良かった映画でありましたし。
ちなみに監督もサーミ人であり、中心となる姉妹は実のサーミ人の姉妹(もちろん映画・役者の経験はありません)で、今でもトナカイを追って暮らしているとか。

他のサーミ人キャストも、本当のサーミ語が話せるという点から、実際のサーミ人がキャスティングされているそうです。

物語はひとりのサーミ人少女が 差別であり、厳しい扱いをされることを嫌い、 スウェーデン人として暮らしていこうと。
言わば 自身の人生を切り開いていこうとするものであります。

そのための苦難・苦労があり。そして それは大切なものを“捨てる”行為でもあって。
主人公が そうしていった後で、本当の幸福を得られたのか。それはここでは…

見た観客がどう感じるかにゆだねられるところだとは思いますが。

正直なことを言えば、わたくしも見ている間は よくわからない点がいくつもあったんだけど。
様々なサイトでの解説などを見て納得した部分も多々あります。

差別や迫害を受けた主人公が、それらと同様に、まるで差別をする側の理論で「こんなところにはいられない」とする部分に、見ていて不快だという意見もありました。
いじめられるのが嫌だから、いじめる側に立ちたいというべきか。

でも それはあまりにも少女だったからなのかもしれませんし。
彼女が もう少し大人であれば、別の方法や、解放の道筋を模索できたかもしれませんで。

見たところでスッキリとする作品ではないけれど。
前述の通り、世界の中のひとつの出来事に触れられたことに、大きな意義はあった作品でしたね。

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こういう暮らし(妹)のが短命なのかな?
posted by 味噌のカツオ at 22:20| Comment(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

スイス・アーミー・マン

ダニエル・シュナイナート、ダニエル・クワン
ダニエル・ラドクリフ、ポール・ダノ
ひとり無人島で助けを求めていた青年ハンク。絶望の淵で自ら命を絶とうとしたそのとき、波打ち際に男の死体が流れ着く。
しかし体内に溜まったガスが浮力となることに気付いたハンクが死体にまたがると、ガスがオナラとして放出され、ジェットスキーのように発進!ハンクは無人島脱出を試みる。

最初に今作のチラシを見てもなんとも思わなかったのに、予告編で見たトンデモ映像に引き込まれ、超・気になってた作品。

冒頭、男が無人島で自殺を試みるシーン。すると目の前の波打ち際に打ち上げられたスーツ姿の男。
慌てて駆け寄るも、彼はどうやら“どざえもん”。再び男は自殺をしようとするが、スーツの男が小刻みに震え出します。

どうやら、体内に溜まったガスがオナラとして放出されていると。そしてその勢いで海を進み始めます。
「これだ!」と感じた男は死体にまたがり、ジェットスキーよろしく、無人島から旅立ちます…

タイトルバック『Swiss Army Man』!!

と、ここまでの展開で結構笑えましたし。
そのタイトルの出し方も、妙なゾワゾワ感(笑)

わたくしは存じ上げなかったのですが、いわゆるサバイバルアイテムでもある“十得ナイフ”のことを“Swiss Army Knife”と呼びますと。
そして このスーツの男が 意外にも様々な使い勝手が宜しく、それで十得ナイフに例えるカタチで『Swiss Army Man』というタイトルなのだとか。

結局 一人と一体(!?)は、またも浜辺に打ち上げられるわけですが。そこに(つまんで食べると指がオレンジ色になる)お菓子の袋を見つけ、「人がいるはずだ」と男ハンクは死体を抱え森の中へ。

そこで遭遇する危険、危機、孤独、サバイバル。それらを乗り越えようとする際に死体が大活躍。
ぶっちゃけ、マーライオン方式放出される水がキモかったけど(笑)

やがて、なんでか その死体の声が聞こえるようになり、自らを「メニー」と名乗ります。
その死体のメニーがハンクのスマホの壁紙写真の女性に目を奪われ、異性に目覚めたことで話がややこしくなり、と同時に生きる希望にも目覚めます。
果たして一人と一体の運命は…ってハナシなのですが。

予告編のトンデモ映像を見て感じた謎は、本編を見てもやはり謎であって(爆笑)
そもそも死体のオナラでジェットスキーという設定なので、そういうもんだと思って見るしかないね。

あとは そもそも「プープー」「ブリブリ」鳴り続けるオナラがまたおかしくて。
その音がサントラに入ってるのかは知らんけど。

それから体の一部がコンパスのように指針を指し示すんだけど。アホやなぁと思いながら見つつ、それはそれである種の整合性、あるのかな!?

最初のシーン。もう死にたいと。無人島で孤独に耐えられないと嘆く主人公が、実は そもそも孤独を背負っているようなところもあって。
いろいろ考えるとシュールな面もあるのかな!?

いろんなことを考えさせられつつ。でも基本はトンデモ・オナラ映画として見てもいいのかな。
上映中もお客さんから結構笑い声が聞こえたしね。

そして あのダニエル・ラドクリフが、冷たくなった死体役をこれほどまでに熱演するとは。
それだけでも見ものでございます。

もちろんライト層にはウケないだろうけど、普段から孤独を感じている人や、おバカな発想、下ネタのお好きな人にはハマる映画ですよ。

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メニーは海へ、さよオナラ
posted by 味噌のカツオ at 01:09| Comment(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月19日

三度目の殺人

是枝裕和
福山雅治、役所広司、広瀬すず、吉田鋼太郎
解雇された工場の社長を殺し、死体に火を付けた容疑で起訴された三隅。自ら自供し、30年前にも殺人の前科があり、ほぼ死刑が確定しているような裁判だった。
やむを得ず弁護を任された重盛だったが、会う度に三隅の供述が変わり、動機が希薄な点にも違和感を覚え始める。

あまりにも面白すぎて、いろいろレポートやインタビューなんかも読みましたが。
弁護士・重盛と被疑者・三隅の戦いでもあるし、リアルに福山と役所の演技バトルでもあったみたいですね。

裁判というのはアメリカでは「神に誓って…」的な要素もありますが、日本の司法に於いては神はおりません。
と同様に、この映画では是枝監督すら(撮影しながら)真実がわからなくなっていったという…

それ聴くだけでも また面白い。

法廷ものって検察と弁護士の駆け引きであるとか、事件の真相を明らかにするため どんでん返しが起きるとか。それでこそ映画というエンターテイメントになるんだけど。
この作品では そういうアプローチはしておらず。

実際の裁判でも、そんな“大岡裁き”みたいのはありませんと。
法廷とは「真実を究明する場ではなく、利害関係を調整する場」という“真理”のもとで企画・製作されたのだと。

これまでの裁判をテーマにした映画とは一線を画し、よりリアルであるとも言えるし、とてつもない問題提起のようにも…
それでいて、エンターテイメントとして、映画として完成されている作品だと思います。

冒頭の吉田鋼太郎さんの軽妙なリズムに乗せられる感じで引き込まれ、事件のあらましがわかっていきますが。
時間経過と共に変わっていく三隅の供述。そこに加わっていく外部からの証言。
さらに 夢なのかイメージなのか、インサートされていく映像。

それらが示されていくごとに 事件の真相が見えてくるんだけど、それと反比例してそれらが信じられなくなるという不思議な感覚。

福山が以前演じた父親役では 当初は育児・子どもの教育に向き合えない節を見せつつ、次第に父親になっていく役どころったわけで。
それと同じく ここでも序盤はあくまで勝利至上主義の弁護士で。真実よりも 有利な結果を導き出すことに重きを置いていた男だったのですが。

ここでは三隅に翻弄されるうち、次第に真相に辿り着こうという思考に変わっていくというもので。

映画ってそういう変化で登場人物の成長だったり、真相を知ることでカタルシスを得る側面もあるわけですが。
この作品でも、山場のシーン。その決定的な向き合い方をするシークエンスがあるんだけど。

普通の映画であれば「そうだったのか」となりそうなところ、ここではそんな風に思わせてくれません。
結局またモヤッとさせられるという。

わたくし的に、ちょっと前にテレビで冤罪の死刑囚のドキュメンタリーなんかも見ていたので、ここで扱われるストーリーも ずいぶんとヒリヒリと見たわけですがね。
多くの人からすると そういうことよりも、実際はどうなのかがわからないのでつまらないという。そんな評価になるみたいですね。

全て提示されるもの受け止めてOKかNGかを判断はすれど、映画を見て考えるというトコまで至らない風潮。
この手の映画って受け入れられにくいんだなぁ。

表面上のウソかホントかだけでなく。感情、プライド、駆け引き、情念が渦巻いているので、メチャメチャ展開に釘付けになりましたわ。
見応えありまくり。

福山雅治、役所広司、広瀬すずは言うに及ばず。キャストはみな素晴らしかったし。
斉藤由貴なんかは、今 不倫騒動で話題となっているけど、それって映画の宣伝ためだったのかと言いたくなるほどに…ある意味ベストなキャスティングやね(苦笑)

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名古屋市役所に役所さんは来なかった
posted by 味噌のカツオ at 17:23| Comment(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月17日

散歩する侵略者

黒沢 清
長澤まさみ、松田龍平、長谷川博己、笹野高史
行方不明の後、別人のようになって帰ってきた夫。仕事もせず ぶらぶらと散歩する夫から「地球を侵略しに来た」と告白され妻は戸惑う。
一家惨殺事件を追うジャーナリストが、一人の青年と出会う。彼から「自分は侵略者で仲間を探している」と告げられ、半信半疑ながら密着取材を申し入れるのだが…

“散歩”という言葉の持つゆるやかさと、“侵略者”という言葉の持つ危機感。
タイトルからして「?」と思わざるを得ない作品。ではその作品で何が語られているのかしらん!?
ただし 黒沢清監督作品って、一筋縄ではいかないのよね。

実際今作もそうで。
まるで人が変わってしまった夫。会話の馴染まない若者。それらは ただの変わり者というわけではなく。地球人の持つ価値観を持ち合わせていない宇宙人であるという設定。
ゆくゆくは地球を侵略するべく、人間の体を借りて 地球人について調査していると。

そうか、宇宙人が人間の体に入り込んでいるんだね。
それ すなわちウルトラマンと一緒やね。
って本質、全然違ったけど。

まぁ地球人としての矜持を持ち合わせていないので、理解し得ない行動や会話が出てくると。それがそのままストーリーの本筋となっていくと。
さらに そんな侵略者を突け狙う(笹野高史率いる)政府(?)の一団も登場。
またまたカオス。

地球の侵略を企む宇宙人は、まず地球人を知るために、概念を奪い去ってしまいます。
「家族」「仕事」「自分」などなど。またそれらの概念を奪われてしまった人間は、その概念の欠落してしまった人間となってしまいます。

わたくし自身、そうやって概念を奪われた人と会ったことないのでアレだけど、仕事という概念を奪われるとああなるのかな?
何かイマイチ ノレない感がある。

そもそも冒頭のくだり。女子高生が道を歩いていて、その後ろから迫るノロノロ運転のトラックが急ブレーキして、あんなクラッシュ起こしますか?
そういうリアリティを感じられない中で、ストーリーにのめり込んでいく感じになれなかったんだけど。

物語的には ああなって、こうなって、最終的には あの概念を奪ったことでこうなってしまったということなのかな。
今作で描かれている概念。わからないでもないけれど。

この作品、元々は劇団イキウメの舞台を映画化したものであると。
概念を奪うであるとか、地球を侵略しに来た宇宙人であるとか。それら荒唐無稽な設定を“表現”するのって、そもそも舞台の方が向いているような気がします。

舞台であれば見せ方の奥行きも必要ないし、これは そうです…という体で、見る側も受けられますから。
それが映画となると、“ごっこ”では済まない。形としての映像化が求められますからね。

どうも映画作品として、わたくし的には響かなかったわけですが。
ただ 役者さんたちは、みな良かったと思いました。

キッツイ長澤まさみ、まるで宇宙人のように何を感じて何を考えているのか掴めない松田龍平。
世間を斜に構えて見ている様な長谷川博己。

あと人が変わったような前田あっちゃんの上手さも印象に残りました。

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概念が無いねん
posted by 味噌のカツオ at 20:21| Comment(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月11日

新感染 ファイナル・エクスプレス

ヨン・サンホ
コン・ユ、キム・スアン、チョン・ユミ、マ・ドンソク
ソウルからプサンへ向かう高速鉄道KTX。その車内で突如起こった感染爆発。逃げ場のない列車内で次々に凶暴化していく乗客たち。
偶然乗り合わせたある父と幼い娘、妊娠中の妻とその夫、学生たちが、生き残りをかけて決死の戦いに挑んでいく…。

この作品は 日本公開のかなり前からチラシが出ておりまして。
一見するとゾンビモノであると。電車の車内でソレが発生。つまりは逃げ場のない車内の中でってことでしょうと。それぐらいは想像がつきますわね。

でもゾンビってある意味で使い古されちゃってるテーマでもあるし。邦題が「新感染」ってベタだよねと思ってしまったり。
そのくせ、えらく評判がいいんだよね。

ってなわけで 念のため、鑑賞をしてきたわけですが。
さすがは韓国映画。日本じゃ無理だろってレベルのダイナミズムと、クライマックスの畳みかけ。
見事にやられましたね。超・見応えありでしたね。

ダラダラしないイントロダクション。そしてすぐさま舞台は ソウル発プサン行きの高速鉄道KTX車内に。
あっという間に車内に“疑わしい”女が乗車。凶暴化したゾンビに映画的な“溜め”が通用するはずもなく、一気にパニックに。

ここまでの展開自体、高速鉄道並みに早かったね。
おそらくケチな邦画だったら もっとジワジワからの「ジャーン!」ってやりそうだけど(苦笑)

そんなパニックスタートの早い分、以降は 途中の停車駅、車内、トイレ、空き缶など様々なアイデア駆使して見せ場を作ってくれてます。

さらに 上手いと思わせてくれたのが、まさに老若男女・登場人物たちのキャラクターによる人間関係の作り方。
まぁまぁモブ系かなと思ったキャストが重要な動きを見せたりするので、その都度 心動かされます。

主人公はぶっちゃけ いけ好かない。「なんやねんコイツ」と思うんだけど、わざとらしさを思わせることなく 成長させていくんですよね。
そしてパッと見 パパイヤさんかと思うようなガッシリとしたおっちゃんの頼もしさったら。

そして これ見よがしにユニフォーム姿でバット持参の高校球児。
仲がいいのか悪いのか わからない年配の姉妹。そして なぜかもぐりこんでるホームレス男。

みんな その流れの中で見せ場があり、しっかりと感情移入できるんですよね。
「コイツらをこの車両に入れるな」という くだりもイライラさせられたし。

外部からプサンは無事だとの情報がありましたが、実際は本当は大丈夫なのかと。そんな風に見ていたけど、そこまで すんなりたどり着けず、さらなるアクシデントに見舞われて。
この映像は?CG? なんにせよ結構な迫力で。

それに続く、ゾンビたちが磁石に付く砂鉄のようにつながっていく描写もたまらなかったし。

やっとこれで…というところで さらにどんでん返しで。
父親を信頼していなかった娘を、あんな風に心変わりさせるのも やられたって感じだし。その父親のラストをシルエットだけで映すのも上手いなと思ったし。

元々アニメ作品の監督による 初の実写映画とのこと。
あまり韓国製のアニメって評価を聞かないので、クオリティというかそのあたりのレベルはわかりませんが。
間違いなく、今作に於いて そのポテンシャルは発揮されております。

ゾンビパニック、アクション、そしてキッチリと響く人間ドラマ。めちゃ引き込まれましたわ。
ちなみにフランスでのリメイクが決まっているとか。やっぱりTGVが舞台となるんですかね。

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でもダジャレっぽい邦題は気になるかなw
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2017年07月10日

セールスマン

アスガー・ファルハディ
シャハブ・ホセイニ、タラネ・アリシュスティ
小さな劇団で、劇作家アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」の舞台に出演していたある夫婦。引っ越し後 間もない自宅で、夫の留守中に妻が何者かに襲われてしまう。
事件を表沙汰にしたくない妻と、犯人を突き止めようとする夫。そんな二人の感情にズレが生じてしまい…

セールスマンと聞くと、何かを売り歩く人、会社員の印象が先に立ってしまいますが。
この作品タイトルの「セールスマン」というのは、劇作家アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」に由来するものでして。

とは言うもの、不勉強なものでして、その元ネタとなっている舞台を存じ上げませんで。
また 今作の中でも それについての詳しい説明はなく。

それらの前段が無いままこの作品と向き合うのが、良いのかどうなのかは言いにくいけども。
でも その前提で見るしかないんだけども。

人の感情というものには大きな差異はないだろうけども、舞台となっているイランの状況。国の態勢などは意識して見るべきでしょうね。
妻が事件を公にしたくないと思ったのにはそれなりの理由があるということで。

それから“あんな人”が、あんなことをできるのかという疑問もありつつ、そこは目をつぶるとして。

とある事件が起こり、サスペンスチックな展開を経て、ある事実が明かされていきます。
と なったところで、また新たな急展開。これまで被害者と思われた側が、別の試練を背負わされてしまう…と。

アスガー・ファルハディ監督の作品はこれまでにも見てきてはおりますが。
今回ちょっと思ったのは、ファルハディ監督の作風って、小学校の時に見た“道徳”の授業のVTRみたいで。

このような場合、あなたならどうする? あなたはどう考えますか? と問われるような。
今作はまた そのスタンスがより強いような。

もちろん それを見た観客がアレコレ考えてこそ映画の存在意義であるし、それこそが監督の表現の仕方でありますからね。

それとは別にですが。この作品は今年のアカデミー賞で外国語映画賞を受賞いたしました。
ですがイラン人(など)に関して入国ビザの発給を制限するアメリカの向こうを張って、監督らは授賞式への参加をボイコット。

まさに監督が作品を通じて様々な問題を問い掛けるかの如く、自らの姿勢をもって 問題提起をしてみせました。世界に向かってね。

それでこそ、それこそが、ファルハディ監督というエピソードであると思います。

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笑えないセールスマン
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2017年07月09日

ジーサンズ はじめての強盗

ザック・ブラフ
モーガン・フリーマン、マイケル・ケイン、アラン・アーキン
平穏な余生を過ごしていたウィリー、ジョー、アルバートの3人。しかし長年勤めていた会社の合併により、年金を止められてしまう。
なんとしてでも今までの生活を取り戻し、愛する家族と仲間たちとの余生を続けるべく、彼らは銀行強盗を計画するのだが…

テレビ東京では 北大路欣也、泉谷しげる、志賀廣太郎のドラマ「三匹のおっさん」が話題になりました。
ええ歳こいた おっさんが世直し的な活躍をするというお話でしたかね。

一方、こちらの映画は3人の名優が銀行強盗をしちゃうぞという物語。
資料によると マイケル・ケインが83歳。アラン・アーキンが82歳。モーガン・フリーマンが80歳とのこと。

えぇっマジっすか!?その割にはみなさんメチャお元気で。
でもマイケル・ケインが83歳で孫が あんなティーンというのは年齢の段階的にどやさ!?とは思いましたが。
もしかしたら役どころは もうちょっと若い設定なのかしらん?

基本コメディ路線で。実際に 微笑ましく笑える場面もチョイチョイあって。
ただし、銀行強盗するということについては、基本犯罪なので。その点どうなんだろうかと思いましたが、ギリギリ セーフだったですかね。
社会の巨悪に、ジジィたちが立ち向かていく風になってましたから。

もちろんコメディなので あまりに目くじら立て過ぎても、映画としての楽しみはまた別かな。

ぶっちゃけ少々 中だるみした箇所もなくはないけれど。
じいさんたちそれぞれの事情にも深みがあるし、全般的な伏線の貼り方と、それらのキレイな回収の仕方がされるので、あれこれ注視しておくのが良いかもね。

しかし冒頭のあの場面が、あんなところにつながっていくとは。
楽しませ方がオトナな映画だよねと。
そんな風に思いましたが。

それと相反するように、日本側の 邦題の付け方のダサさは微妙っちゃあ微妙で。
ちなみに原題は「Going in Style」というもので。
なんだかなぁ。

小規模公開ではありますが、上映時間も100分切るぐらいで、気楽に楽しめる展開でね。
見て良かったですよ。
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2017年06月17日

STOP

キム・ギドク
中江 翼、堀 夏子、武田裕光
2011年3月11日の東日本大震災により福島第一原発に重大事故が発生。原発から5km圏内に住んでいた若い夫婦は、妊娠中の妻の赤ちゃんへの影響も考え、東京への移住を決意する。
そんな中、謎の政府の役人が現われ堕胎を強く迫り、2人は激しく動揺してしまう。

奇才キム・ギドク監督の最新作ですが。東日本大震災と福島第一原発の事故に対し危機感を覚えた監督が、それらをテーマにした作品を作りたいと。

「SHARING」の時にも思ったんですが、創作に携わる者であれば、それをテーマに何か作品を、思いを残したいと思うのは間違いないと。
そしてギドク監督自身は、これまでにもメッセージ性の強い作品を残してきている方なので、今作の企画というのはわかるのですが。

韓国でもメジャーでは作れない(作らない?)監督が、日本を舞台に、しかもこのようなテーマで〜というのはさらにハードルが高くって。
単身日本に乗り込んで、10日間で完成させたそうです。

そう聞きますと「たいそうなこっちゃね」と単純に思いますが、どうやらわたくしが思ってる以上に異常な状況で作られたようで。

ホントに別のスタッフのいない中、監督・脚本・撮影・録音・編集 そして配給まで、自身一人で行ったとか。
つまり役者は日本人だけど、あとはギドクただひとり…ということで。

そのせいもあってか、わたくしが思ってた以上に 作品のクオリティは雑で。
じっくりした場面でも(手持ちカメラで)映像がぶれるし、新宿のロケでは 雑踏の中にまぎれてセリフが聞き取りにくくなるし。

聞いた話では 今作を上映できる劇場がなかなか無かったそうなんだけど。
どうかすると、テーマ的な意味合いではなく、作品のデキとして 上映に値しないという判断されてたんじゃないの?なんて勘ぐっちゃうほど。

でも 確実に感じたのは、ある種のパッション。
粗削りながら ほとばしる情熱は間違いなく映像から感じられたわけであります。
と チョビットだけ褒めつつ。

実際には そのパッションを差し引いても、映画の展開のうえだからと割り引きして見ても、アカン部分が多すぎで。

人として そんな行動とらないよとか。どうしてそんな思考に至るの?だとか。
電気を遮断するために たった2人で鉄塔を倒そうと。でも疲れたからビール飲んで休もうとか。そういう「えっ?」となる部分も多々あって。
妊娠中の奥さんは「アンドウミキ」と呼ばれているのに、福島の家の表札は別の名前だったり。

好きな監督でもあるので、なんとか好意的に受け止めようという思いもありましたが…
う〜ん、やっぱダメだな。
しょうがない?残念?

さてさて。
このような事故があった場合、様々な情報が噂が人々の間を駆け抜けます。
原発に関わる危険性もアレコレ伝え聞きます。かと思えば必要以上に危機感を募らせて風評被害というのもついてまわります。

ただし僕たちは 言わなくても良いようなことを「ワーワー」叫ぶのも良くないし。
変に頭でっかちになったりして、聞かなくてもよい声を聞いてしまうのも、ある種不幸なことかもしれません。

そんなことも感じたラストシーンでありました。

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でもパチンコ屋は節電してもいいかも
posted by 味噌のカツオ at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

SHARING

篠崎 誠
山田キヌヲ、樋井明日香、高橋隆大、木村知貴
3・11の東日本大震災から3年。震災の予知夢を見た人々に関する調査を行っている社会心理学教授の川島瑛子は、今なお震災で亡くなった恋人の夢を見続けていた。
一方、大学の演劇学科に通う水谷薫は、311をテーマにした公演の稽古に追われている。そんな彼女も この芝居をはじめてからある不思議な夢にうなされていた。

ストレートに向き合おうとすると いくらか難しい映画ではあります。

時系列、登場人物の関係性、彷徨う男。
震災と予知夢について調査する教授。被災者と同化しようとする学生。

それができるのか、できないのか。

実際に予知夢を見ていたとしても、今さらそれを伝えられないし、確かなものでもない。
自分が被災者となって表現するにしても、実際に被災していない以上、想像力でそれになるしかない。

作品に登場する様々なパーツを見た人それぞれが結びつけていって。結局は脳の中でしか正解が無いように思えます。

それが繰り広げられるキャンパスも、迷路のような作りだったり。芝居の稽古場が丸見えだったり。
芝居の内容、役者の感情もそう。

教授のやろうとしていること、今 悩まされていること。それに至る動機。

決してわかりやすい作風じゃないので、それらを結び付けるにしても 各々でカタチが変わってくるだろうからね。

いつの時も映画って、ヒットするとか注目されるとか関係なく、多くの作品が撮られています。
日本で作られた映画を余すことなく認識することは不可能で。ましてや鑑賞することは不可能で。

それだけの映画は多く作られている事実は、それだけの作家がいることの証であり。
あの震災を経験してしまった以上、映画、演劇、ドラマ、音楽…いろんなものを創作する人は、アプローチの仕方は問わず、やはりそれをテーマにしたものを残したいだろうし。
意識せずとも それ以降で作風に変化がでることもあるわけで。

またそれを見聞きした観客は、それでまた考えるわけで。

上手くは言えませんが、あの震災が残したものは、あまりにも大きいな。

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シェアせざるを得ない
posted by 味噌のカツオ at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

スプリット

M.ナイト・シャマラン
ジェームズ・マカヴォイ、アニャ・テイラー=ジョイ、ベティ・バックリー、ジェシカ・スーラ
クレアの誕生パーティーに招待されたケイシー。その帰り際、突如車に乗り込んできた男によりクレアとマルシアと共に拉致されてしまう。
密室で目覚めた3人は、扉の向こうから男と女性の会話を耳にするのだが…

ボウリングでピンが両端に残った時に「スプリット」とは言いますが。
直訳すると「分裂すること」の意味なんですね。

この映画に登場するのは 自身の中に23の人格を擁する男。
潔癖症の冷徹な男。優雅で品のある女性。どこかやんちゃな9歳の少年。ちょっとオネェ系で心病みがちなデザイナー。
言うても23人分の人格が総出でくるわけではないけど。

見ていて元々の自分は誰だっけ?とか思いつつも。
ちょっと面白いのは、それらの人格が理解しあって共存しているところ。

彼のカウンセラーの女性が そのあたり語ってくれますが、それぞれの人格によって個性や肉体の機能(力が強くなったり 特定の持病があったり)も変わってくると。実際の医療的にもそういうものなのかな。知らんけど。
それらの人格が肉体に現れるのを“照明”と言ってたのも独特やね。

そんな多重人格のメカニズムであり、何がしかのきっかけで〜という部分をキチンと説明してくれるので、その点で作品に乗っていきやすかったです。

しかし23の人格たちが最も恐れているモノ。それがビーストという存在。
ビーストとは何者なのか。直で言うと“野獣”なのだけど。

そのビーストへのいけにえが必要であると。
それで3人の女性が誘拐されるという話になるわけですが。

普通の映画なら、そんな多重人格の狂人と女子高生3人組が闘うとなりそうだけど。
今作でちゃんと向き合えるのはたった一人で。

そして なぜ彼女がそうなのかと。なぜ彼女の下着姿が拝めないのかと。これまたちゃんと意味合いが明示されるので、そこは素直に「なるほどな」と 合点がいきました。

シャマラン監督の作品って結構 強引な着地点にするモノもありまして。
かつての「アンブレイカブル」では不死身の男が登場して。大きな災難に見舞われるが何故か生き残るという。
んじゃなぜ生き残れるのか…

それは、彼が特殊な体だったから…という。
もうちょっと道理とか、説明とかないんかと。

それに比べると 今作での彼女の過去…いや、なんなら現在も そうなのかという。
果たして彼女は救われたのか、それとも 今後も苦しんでいくのかと。
そんな余韻を残すラストは映画として面白かったです。

しかし 物語はそこで終わらず。
超 意外過ぎる「To Be Continued」を置いていきますので。
これは映画ファン的に面白かったですわ。

シャマラン作品で、珍しく ちゃんとしたドキドキを味わえました。

多重人格よろしく、24に分割されたエンドロールもなるほどねと。
それから ひとりでいくつもの人格を演じ分けたジェームズ・マカヴォイも もちろん素晴らしかったですよ!

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シャマランもアベンジャーズ化?(笑)
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2017年05月03日

人生タクシー

ジャファル・パナヒ
ジャファル・パナヒ監督がタクシー運転手に扮し、乗車した様々な客の姿を通して、テヘランに生きる人々の人生模様や、リアルなイラン社会が浮かび上がってくる。

イラン政府への反体制的な活動を理由に、2010年より“20年間の映画監督禁止令”を受けてしまったジャファル・パナヒ監督。
しかし2011年には、自身の新作映画の構想について語る映像が「これは映画ではない」というタイトルで海外流出(?)され、話題となりました。

今作はパナヒ監督が…いや、パナヒおじさんがタクシー運転手のフリで客を乗せ、そこで たまたま交わされた会話であり 人間模様を、録り溜めた映像。

なんか「これは映画じゃないからいいでしょ?」とお上に掛け合ったようだが、結局“NG”をくらって国内上映には至らず。
ところが これまた何故か海外流出され、2015年のベルリン映画祭で金熊賞の受賞のほか、様々な映画祭で高評価を得てしまったという映像。

冒頭。パナヒおじさんのタクシーに乗車するのは 死刑制度について議論する教師と路上強盗。
ちょっとヒリヒリする会話であると同時に、なんで別々の客が乗ってるの?と。
乗り降りのタイミングは?料金はどうなるの?

本気で そんなことを気にしてたら、こっちが“乗り遅れ”てしまうので そのあたりはスルー。

それでも車が走っていても構わず周辺を歩く歩行者の姿に「ぶつかるぞ」とヒヤヒヤ。
そうこうしてると、事故に遭ったという血まみれの夫と その付き添いの妻が乗車して病院まで。

そんな滑稽な客から、不思議な行動パターンの客。謎の会話。
あまり大きく動かない物語。
ひたすら読まされる字幕。
そしてやってくる睡魔。

ということで、わたくし的にはイマイチ 作品にノリきれなかったですね。
もうちょっとイラン、テヘランの状況であり、パナヒ監督のストーリーなりが分かっていたら、もうちょっと受け止め具合も違っていたのかも。

これみよがしに 自国以外の映画作品の(海賊版)DVDをチラつかせたり。
国内で映画を上映するルールを、皮肉っぽく“子ども”に語らせるのも…なんかね(苦笑)
そういうの、キライじゃないけれど、わたくしの眠気を超えるまでではなかったな。

さて そういった作品自体よりも、パナヒ監督が今後どのような“仕掛け”をしてくるのか。
そっちの方が楽しみだな。

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おすすめがメル・ギブソンって(笑)
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2017年05月01日

スウィート17モンスター

ケリー・フレモン・クレイグ
ヘイリー・スタインフェルド、ヘイリー・ルー・リチャードソン、ブレイク・ジェナー
情緒不安定な母親と優秀で人気者の兄と暮らすネイディーン。17歳にしてキスも未経験で イケてない日々を過ごしている。しかし たった一人の親友と信じていたクリスタが、寄りによって大キライな兄と恋に落ちてしまう。
ただ一人取り残されたような気持ちになった彼女は、あるとんでもない行動に出るのだが…

主人公は17歳のこじらせ女子。
こちとら40代半ばのおっさんですが。それでも“面白い映画”と聞いたなら、一応押さえておかなくてはと。
そんな感じで見たけれど、割りと前半から笑えるポイントもあって。

この世には2種類の人種がいて。アニキのように自分中心で自己顕示欲が強いようなのと、これらが絶滅することを望んでいるのと…って。
こういった表現から引き込まれちゃったですね。
わたくしは後者のタイプだけどね。

男子・女子はさておき、誰もが17歳だった頃があって。
時に青臭くって、時に知ったかぶって。エッチなことに興味はあるけど、エッチを突き進むほどの勇気は無くて。
そのくせ 誰もいないところで とんがってみたり、「わたしバカだ」と後悔で頭を抱えたり。

チョイチョイ心当たりがあったりして。憎めない主人公なんだよね。

今作 主演のヘイリー・スタインフェルドは、女優であり歌手でもあるのか。
ちょいポチャなスタイルで、決して美人じゃないけれど、見る角度だったり、時折見せる表情がとても魅力的。

日本のドラマで“イケてない主人公”とか言いつつ 結構カワイイ子がキャスティングされたりして。
「全然ブサじゃないじゃん」とかで反感をかうことあるけれも。
そこのところ、彼女は ちょうどいい感じで(失礼か?)。

だから そんな彼女の不遇な面に共感を覚えて。
映画として楽しめるんだよね。

ただ、ただし、最終的には超豪邸住まいで才能もある彼の存在が…なのでね。
そこのところは、まぁまぁ…そっとしておくべきか。

邦画で女子の共感を呼ぶとされる「アズミ・ハルコは行方不明」というのがありましたが。
あそこまでいくと わりと現代チックなものになりがち。

それに対してこちらの方が、広い年代に引っ掛かる要素があるように思いますね。
予想以上に見て良かったといえる一本でした。

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タカミザワさん似の母親
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2017年02月22日

ザ・スライドショーがやってくる!「レジェンド仲良し」の秘密

伏原正康
みうらじゅん、いとうせいこう
1996年から 20年間にわたり開催されている「ザ・スライドショー」。
みうらじゅんが全国で撮影した写真をスクリーンに映し、いとうせいこうが突っ込むという。そのステージの模様とインタビューを交えて、これまでの歴史を振り返る。

「ザ・スライドショー」。わたくしは実際に会場で見たことは無いのですが、DVDで何作か見ておりまして。
どんなイベントなのかは一応知っております。

この企画が始まって20周年ということで実現した 今回の映画版。
過去の名場面と みうらじゅん、いとうせいこう それぞれ別収録のインタビューの模様とで構成された94分。
あぁ過去だけでなく、2016年開催の最新版の映像も入ってたけどね。

もちろん 面白いのはわかっていますが、こうやってあらためて見ても、やっぱり面白いわ。映画館内でも結構 笑い声が起きてたからね。
中でも「8人の食いしん坊」で始まるアレは超ワロタわ。

そういう“ネタ”の面白味と同時に。
それぞれがインタビューで語ったことが また興味深かったですね。

はじめて会った頃の相手の印象にはじまり、このイベントの自身の役割・スタンス、何が求められて どう応えていくべきか。
互いの考えが大方一致してたもんね。

そもそも こういう関係性って…だいたいわかってるじゃないですか。感覚的に。いいオトナなんだから。
それをわざわざ言葉にして説明するのって 気恥ずかしいと思うんだけど。

でも そういう部分を越えた恥ずかしい二人だけの写真なんかも登場して。
それがまた笑いを誘ったんだけどww

とにかく。いとうさんはツッコミであると。
みうらさんはボケであると。

でも本当は みうらさんがツッコミの立場で発見したものを写真に撮りつつ、それをここで見せる側となることでボケの立場になると。
そういった 部分にまで言及しているのが新鮮でしたね。

さてさて、実際の「ザ・スライドショー」は開催のペースが伸びてきているようで。
ネタが溜まったら行われるとかなんとか。

どうしても首都圏にいないとそれらの情報も得にくいし、チケットも取りにくいんだけど。
やっぱり会場で見てみたいなぁ。

でも今回のような映画版がイケるのであれば、ライブビューイングみたいので見ることができたらいいんだけど。
いずれにせよ みうらじゅんさんのネタの集まり具合によりますかね。

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入場時にもらったマグネット、いらんわ〜(笑)
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2017年02月14日

サバイバルファミリー

矢口史靖
小日向文世、深津絵里、泉澤祐希、葵わかな
東京に暮らす平凡な家族、鈴木家。ある朝、目を覚ますと突然全ての電化製品が停止。それは鈴木家だけでなく、近所中で同じことが起きていた。
復旧のめども立たず、困り果てた父は東京脱出を決断。生き残りを賭けたサバイバルライフがはじまる。

矢口監督の作品ということで、少々ハードル高めの期待で見に行ったのですが。
くぐっちゃいましたね。ハードルの下側。

少なくとも お客さん誰も笑っていなかったし、エンドロール始まって みんな即行で帰っちゃったし。

序盤の電気がつかなくなったくだりは 結構ドキドキでどうなるんだろうかと見守り。
西へ向かって自転車で走りだしてからは その過酷さを見守り。

終盤のブタとの出会い、犬との出会い。これらは どう受け止めるべきかわからず終い。
そして一応の着地点に辿り着くのだけども。

結局のところ笑えるポイントも無かったし、訴えかけるものもなかったなぁ。
現実的な状況に即している反面、ポンと跳ねる展開が無いというか。

停電の状況があって。何やら“電池”もダメということになって。
それに準じてガスも水道もダメになって。

だからああなる。それでこうなる…といった展開の中に、驚きが無い。
途中に登場した時任三郎と藤原紀香は それとなくサバイバルのライフハックに長けていて。

その一方で、小日向さん演じるお父さんにそれはなく。家族の信頼を得られず、通天閣で決定的なこと言われちゃうんだけど。
それ まさにその通りで、小日向さんが何もできないオヤジってこと、端からわかってるじゃん。

だったら三浦友和さんみたいに、誰が見てもよくできた親父かと思いきや、実はグダグダみたいなほうが良くないですか。

前述のブタやら犬やらに遭遇するパートも、「スゥイング・ガールズ」でのイノシシ登場のバカバカしさ欲しかったなぁ。

何か そういった物足りなさの数珠つなぎの結果、全体がぼんやりしちゃったのかもですね。

軸となるテーマとしても 電気にまつわる文明からの脱却なのか。
ダメオヤジの威厳を取り戻す、家族の再生の物語なのか、人としての成長を見せたいのか。それもぼんやり。

密かに気になっていた停電の原因というのが、太陽フレアによるものと 報道されまして。
実際にそこまでの影響が出るのかは未知数ですが、可能性としてあることなんですよね。
でも その設定って、面白くはないよね。

なら 地下に潜伏していた宇宙人が地球上の電気を吸い取って…とかにしちゃった方が卑怯で良かったんじゃないかな?

本作のイマイチな理由の一つは 役者陣の弱さもあるんじゃないかな。
メインとなる鈴木家も小日向文世さんは当然なんでもこなせるでしょうが、深津絵里さんは決して生かし切れていなかったし、泉澤祐希、葵わかなの二人はコメディ要素も、いや役者としての経験も乏しかったと。どうしても映画としての説得力は弱まるよね。

映像の中で気になったのは、全てが止まってしまった街の描写に高速道路の情景。
「どうやって撮影したん?」と思いきや、実際に環八や東名高速などを封鎖してロケを行ったとか。
スゴイな、よく許可取れたな(笑)

でも映画撮影で封鎖されて遠回りを余儀なくされたドライバーがいたとして。
その作品が こんな感じでは、ちょっと複雑じゃなかろうか?
そんな心配もしたくなりました。

以上、結構 厳しく書いたけど。見る人が見れば面白いんだと思います。
ただ わたくしには合わない映画でした。

ちなみに、大地康雄さんがいた家って、「ウッジョブ」で出てきた家とは違うよね?

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ズラあってもなくても大差なくない?
posted by 味噌のカツオ at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月23日

新宿スワンU

園 子温
綾野 剛、浅野忠信、伊勢谷友介、椎名桔平
新宿バーストの勢力拡大のため横浜へ送り込まれたスカウトマンの白鳥龍彦。しかしそこは横浜ウィザードのタキが支配する、難攻不落の王国だった。
警察やヤクザとも裏取引をするタキの謀略で窮地に追い込まれる龍彦たち。やがて新宿と横浜は全面戦争へと突入していく。

中心のキャストは前作そのままで製作された続編。
新しく追加となってるキャストも意外と豪華な顔ぶれで。

その前作から約1年半で公開というのは 余程1作目の手応えがあったのか。けっこう早いスパンに思えますね。
映画のテイストそのままに、勢いを感じるのも確かですが。

あえて言うなら それだけ早い分、作り込みが弱いのは否めない。

確かに1作目は思いのほか作品のパワーにあふれてて。イケイケ的に面白かった印象は残ってます。
ですが今回は、その良さがずいぶんと薄まってたなぁ。

前作の良さってアツくて 時におバカで 純真な龍彦のキャラであり、それを演じてる綾野剛も良かったんだけど。
今回はキャストが増えて龍彦の真っ直ぐさに焦点が当たりにくかったこと。

そしてメインストーリーとなる“新宿×横浜”というのも、観客として 正直のめり込ませる要素にまで高まっていなかったなぁ。

ツッコミどころとしては 広瀬アリスの踊りのダサさが ほぼほぼ罰ゲームレベルでたまらないとか。
あれが勝負の決めてとかだったら驚くが、それほどの重要度ではないのでひと安心。

そして終盤出番のなかった上地雄輔の存在感も謎やったなぁ。
なんなら この人、横浜高校出身じゃなかったけ?(苦笑)

独特の存在感を放っていた浅野忠信と綾野剛のバトルシーンは なかなかムチャしてて面白かったです。二人ともケガとかしていないか心配になったし。

そんなこんなで気になる点もチョイチョイありましたが、見るべきところがなかったとは言いません。
ただし それらが大きなうねりとなって映画としてのパワーを生みだせていたかと言われると、弱かったね。

強いて言うなら もったいないという思い。
得てして続編はパワーダウンしてしまうものですが、やっぱ惜しいなぁ。

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不思議な踊りのアリス
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2017年01月11日

人生フルーツ

伏原健之
津端修一、津端英子、ナレーション・樹木希林
愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンの一隅にある、雑木林に囲まれた一軒の平屋。そこで自給自足に近い生活を営む建築家の津端修一氏と妻の英子さんの日常を追ったドキュメンタリー。

近年 良質のドキュメンタリー作品を劇場公開させている東海テレビの製作。
じつは わたくし、名古屋在住でありながら、この地元 東海テレビの一連の作品を見てきておりませんで。
結構 映画ファンの間では注目されてるのにね。

登場するのは90歳の修一さんと 87歳の英子さん。
自宅の庭で様々な野菜や果実を育て、それらを収穫し 調理し、自給自足に近い生活を営んでおられるという。

もうひとつ目を奪われるのが その住まい。
修一さんはそもそも建築家であり、師であるアントニン・レーモンドの自邸に倣って建築したのだとか。
わたくしも建築の分野はかじったこともありますので。このようなデザインの家には目を奪われてしまいます。

さて、こうまでして映像に残されるお二人ですから。
その日常の暮らしぶりの中にも、驚きやら 気付きやらがいっぱいで。

何よりも、その元気っぷりったら。お二人とも 姿勢正しくスタスタと歩かれて。修一さんは ちょっとしたお出かけには自転車を利用。
その年齢で自転車を普通に乗りこなすんや!!

健康の秘訣は何なんでしょう。畑仕事で足腰鍛えられてるのか、外のものではなく 自分たちでこしらえたもの、決まったお店で購入したものを自炊して食べてるから?
これっぽっちも添加物とか摂取していないでしょうしね。何よりよく食べることは基本かも。

それから笑顔を絶やさないこと。ふとした心配り。チョットしたことであっても、夫婦間であっても感謝を伝え合うこと。
自分たちでできることは自分たちでやること。料理、食事だけではなく、お孫さんのために“おうち”も作っちゃったってのは驚いた。

あとは真っ直ぐな信念を持ち続けることですか。
わたくしのようなモノには到底及ばない点が、いろいろあるんだろうなぁ。

個人的には台北に渡って、かつてお世話になった友人からいただいた“印鑑”をお返しする場面にグッときてしまいました。

映画の序盤に果物も登場しますが。正直言って「人生フルーツ」というタイトルは、この映画の全体の流れを表しているように思えないんだけど。
強いて言うならば。繰り返し伝えられるナレーション。

「風が吹けば枯れ葉が落ちる。枯れ葉が落ちれば土が肥える。土が肥えれば果実が実る」

やがて果実の実った木の葉が次の肥料となり。ずっと、それが続いていくのでしょう。
もちろん人もそうなのでしょうが。

修一さんは 人生をかけて自分が得てきた信条を、ある場所に委ねて残していきます。
また今後 長い年月をかけて、その思いが実を結ぶ時が来るのでしょうね。

以下余談ですが。
内容はいくらか異なるけども、なんとなく趣として「あなた、その川を渡らないで」が浮かびました。
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