2016年06月16日

世界から猫が消えたなら

永井 聡
佐藤 健、宮崎あおい、原田美枝子、奥田瑛二
突然の頭痛に襲われ、病院に駆け込んだところ、脳の腫瘍により余命わずかだとの診断を受けた僕。そこへ僕と同じ容姿をした“悪魔”が現れ、身の回りの大切なものと引き換えに一日の命をくれるという。
そして悪魔は「まずは電話を消す」というのだが…

大ヒットベストセラーの映画化。
「感動した」「泣けた」という声が多く、たいへん好評なんですが。
結論から言うなら、わたくしは泣けませんでした。もっと言うなら、映画としてもそんなに感じるものがなかったですね。
残念ながら。

佐藤健は確かに上手いと思います。しかも二役やってますしね。
それに輪をかけて、濱田岳も素晴らしい。わりとオタク系なキャラであって、そんなに他者と目を合わせないような役ではあるんだけど。それでも感情とか、意志が伝わってくるもんね。

それ以外にも、宮崎あおい、原田美枝子、奥田瑛二というキャスティング。
それらは間違いないです。

それにプラスして、猫ちゃんたちも素晴らしかった。
自転車の前かごで(E.T.みたく?)あんな風にしてる猫は初めて見ました。かわいかったよぉ。

それはそれとして。わたくしには響かなかったのです。
何がアカンかったのか探りを入れてみました。

ちなみに原作本は読んではおりません。
んで原作のあらすじをザッと読んだところ、当然ながら 所々マイナーチェンジをしてあるのはわかりました。
元は猫がしゃべったりするそうですが、そういうのは省いたりとかチョイチョイしてあるようで。

そのうえで気になったところなんだけど。
そもそも あの悪魔のキャラがイラッとしちゃったんだな。健くんの芝居は上手いと思うが、受け入れ難かった。こりゃもう好みの問題。

あと「電話を消そう」と言った次の日にみんなが普通に電話しててビックリしたんだけど。
しばらくして気付いたのは、翌日に電話を消すということだったんだね。こりゃもうコチラの勘違い。

そして元カノ登場。煮え切らない会話。さらに別れた後もお母さんとは会ってたって…そんなことあるか?
だんだんストーリーから わたくしの心が離れていきます。

そして いよいよ悪魔が電話を消すわけですが。握りしめていたスマホが砂のように無くなっていきます。ほぼホラー描写。
やっぱ、一晩寝て 目覚めたら電話のない世界って風がよかったなぁ。これも好みの問題か。

そして突然インサートされるアルゼンチン旅行。エピソードとしては衝撃的なんだけど、突然すぎて。
そしてブエノスアイレスのイグアスの滝に至っては“観光ガイドVTR?”というか。
「生きてやる!」の叫びと共に、取って付けた感が拭えず。

終盤の回想シーン。グダグダの家族旅行はさておき、旅館に子猫入れて大丈夫なのかと。そりゃホテルも断るわなと。

確かに大切なものを失うことで、大切なものに気付くというテーマはわからんでもない。
でもそれ以上に日常として、文化として、電話が無い、映画が無いという状況がイメージできなさすぎて。
電話が無いのにどうやって救急車呼ぶの?とか。アイツとコイツが出会えていなかったとか言う前に、世界が成立してないよね。

そして大切なものに気付いた僕は、結局 今日、30歳で亡くなるんだよね。
そんなことをイチイチ考えてたら、感情移入できませんでしたわ。

ん〜こういうスタンスだったら実写よりもアニメの方が ハマるんじゃないかなと漠然と思ってみたり。
ホントに申し訳ない。感動した人、泣けた人、それぞれあってよいけども。
とにかく わたくしには響かなかったですわ。

ちなみに監督は「ジャッジ」作った人だと知ってビックリ。
あれはメチャ面白かったのになぁ。

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一瞬のロールキャベツ
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2016年06月12日

シチズンフォー スノーデンの暴露

ローラ・ポイトラス
エドワード・スノーデン、ローラ・ポイトラス、グレン・グリーンウォルド
ドキュメンタリー映画の監督ローラ・ポイトラスの元に“シチズンフォー”と名乗る人物から暗号化されたメールが届く。
それは国家安全保障局(NSA)が米国民の通信データを秘密裏に収集している、という衝撃的な告発だった。

第87回アカデミー賞、長編ドキュメンタリー賞受賞作。
国家による違法なプライバシー侵害行為。その事実を暴露したのが、かつてCIAとNSAに所属していた29歳のエドワード・スノーデン。

2013年6月。ローラ・ポイトラス監督は旧知のジャーナリストであるグレン・グリーンウォルドとともに、スノーデンの滞在する香港へ。
グリーンウォルドの動きは早く、取材したそばから記事をUP。
瞬く間に世界中を巻き込み、大反響を巻き起こした。

この話題は確かに見た覚えはあります。
そんなこんなで、実際どんなことがあったのか。それを確認するべく見に行ったわけですが。

わたくしには全くダメでしたね。
ほぼほぼ何も伝わってこなかったです。

もちろん国民のプライバシー侵害は大変なことかもなんですが。
具体的に どのような経緯で、誰が何を、どんな目的で〜的なのがなくって。

取材する側も 何を聞き出しているのかがわからず。
確かに告発者と対面してはおるのですが、インタビューという風でもなく。
なんだろう、あまり具体例を挙げても、それはそれで別のの問題が生まれる可能性もあるのかな。

眠気もかわしつつ、ある程度はついていけてたんだけども、残念ながら全く伝わってこずで。
あと しいて言うなら、BGMなんかは無くってよかったかな〜とは思ったけど。

なので以下余談でお茶を濁しますが。
このような最先端の情報戦であったりサイバー犯罪に関わるような輩って、ぽっちゃり丸顔で黒縁のメガネで。
ネルシャツを着こんで、微妙な色合いのリュックを背負ったオタク系お兄ちゃんのイメージなんですが。

ここに登場するスノーデン氏は 結構なイケメンですやん。
なんですのん。思ってるのとぜんっぜん違いますやん。
それにがっかりしたわ。

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絶妙な非常ベル
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2016年05月03日

ズートピア

バイロン・ハワード、リッチ・ムーア、ジャレド・ブッシュ
(声)上戸 彩、森川智之、三宅健太、高橋茂雄、玄田哲章
動物たちの楽園ズートピア。ウサギとして初めて警察官になったジュディが、ひょんなことから連続行方不明事件を追うことに。街で出会ったキツネの詐欺師ニックが その手がかりを持っていることがわかり協力を依頼。
しかし その事件が、さらなる大きな陰謀へとつながっていく。

これまでにもディズニーの作品に携わってきた3人が共同監督。さらには7人がかりの共同脚本とのことで、ディズニーの本気度?あるいは本気の遊び心が込められていると言っても過言ではないでしょう。

とにかくそんな作品ですから「誰が見ても間違いない!」と言いたいとこですが、ひねくれもののわたくしには、どうも首をひねりたくなる描写もチラホラ。

たとえば導入部で親が子どもの夢を引き留めるよな発言にはちょっとビックリ。
あれこそ心配性の親心とも言えるけど、ちょっと悪しき親のエゴっぽくも見えてしまいました。

小さいことだけど、ジュディがトレインに乗り込む際に大きさに合わせた3種類の扉が〜なんてシーンがあったんだけど、ズートピアに到着したら普通に大きな扉から下りてきたりとか(苦笑)

警察署長のスイギュウが一方的にジュディの可能性を閉じ込め、さらには難事件を48時間以内に解決できなければクビだというパワハラ展開。あぁ恐ろしい。
なぜそんなに厳しく当たったのか、理由らしい理由は説明無いので、ただチビのスケは鼻クソほどにしか思っていないのでしょう。
あのスイギュウ署長に軽くイライラ。

また「お昼までに駐禁200件挙げてやる」というジュディの容赦のなさを見せられると、キツいなぁと。
終盤には列車を操縦して大破させるわ、博物館を抜ければ早いといって(警察バッジの無いまま)侵入するわ。
いろいろとアカンやろと。

かつて「ポニョ」を見たときと同様、社会のルールを踏みにじった上での美談作りに思えて、どうにも乗り切れませんでした。
そういう倫理を振りかざすと、エンターテイメントを楽しめなくなるという面もありましょうが、個人的にはちょっとダメなのですわ。気になって。

基本的に展開が早いですね。“溜め”という言葉を知らんのか〜ってぐらいの勢いで進んでしまうので、物語全体の深みとかは味わえなかったね。
その分 ナマケモノのパートはオモロかったけど。

さて この世界観のモチーフについてはチョイチョイを見聞きしてわかりました。
人種のるつぼとも言われるアメリカなら、なお楽しめる設定でもあるんだね。

近年のディズニーアニメではそういったメッセージを盛り込んで、大人が楽しめる…というか 大人じゃないとわからないテイストに仕上げる傾向があるとか。

基本、子供の集客が見込まれるアニメ映画ですが、当然ちびっこだけで映画館にはやって来ません。大人が子どもを連れてくるのが常。
であるなら、割りと大人目線で映画を作っておけば、大人も普通に見られるし、子どもは派手な映像見てたらそれだけでもイケるもんね。
このスタンスは「映画 クレヨンしんちゃん」とも理論は同じ。とはいえ、圧倒的に違う部分も感じます。

こちらは“大人が普通に見られる”作品ですが、クレしんの場合は“大人が童心に帰って楽しめる”ものじゃないかと。そのアプローチの仕方が大きく違うような気がします。
しいて言うなら「トイストーリー」は感情移入という部分では後者の部類に入るでしょうけどね。

とにかく、多くの方が どうやら絶賛されているようですが、わたくしには合わない作品でありました。
ただし、ラストシーンの大オチはオモロかったけど。

いろいろ難癖つけましたが、上戸彩の吹替え版はすごく良かったです。
声質のイメージも合ってたし、感情表現も上手いな〜と思いましたよ。

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動物にはサバンナがよく似合う
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2016年04月21日

スポットライト 世紀のスクープ

トーマス・マッカーシー
マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムス
2002年1月。米国の新聞「ボストン・グローブ紙」が報じた、カトリック教会の神父による児童への性的虐待と、それを隠蔽してきた組織への追及。
《スポットライト》という名の特集記事を担当する記者たちは、いかにして教会というタブーに切り込み、暗闇の中の真実を照らし出したのか。

先のアカデミー賞で作品賞と脚本賞を受賞した作品。
いろんなトコで書かれてますが、実話をベースにしていることもあり、作品としては地味。

ボストンの地方紙「ボストン・グローブ」の特集記事「スポットライト」の記者たちが、これまで公になることのなかった教会のタブーに切り込んでいきます。
その過程の中心となるのは、取材であり会議であり。

さすがに字幕版での会話劇は文字を追うのに必死、内容を理解するのに必死、人名が出て「誰だっけ」と思い返すのに必死。
正直、完璧に脳内処理は追いつきませんわ(苦笑)
その結果 ところどころウトウトきちゃったりもしますし。

あと日本人として、教会の神聖さ。“神父様イコール神様”といった感覚も言葉や道理ではわかっても、100%は理解しきれない気がします。

でも、そういうハンディはありつつも、わたくし的に記者たちへの感情移入はギリギリできました。作品として楽しめましたよ。

当然の流れではありますが、取材対象者に話を聞けたときや、新たな資料を苦労の末GETできたときは、こちらも同様に高揚感ありましたし。
ただ これらの事例が報道されれば…と何年も前に資料が送られていたと。その資料がどこでSTOPしていたかという話にドキッとさせられたですね。

途中 9・11の同時多発テロの映像も出てきます。記者たちもそちら優先という話もありながら、見てて大勢には影響なかったような。
でもアレをインサートすることで、リアルな時代背景をなんとなく思い起こすという。そんな効果はありましたね。

この映画とは直接は関係ないけれど、昨今の日本では新聞発のスクープは生まれなくなったと聞きます。
たいがい“週刊誌”が何がしかをブチ上げて、それらの後追い記事を新聞が掲載するというのがスタンダードになってきています。

インターネットなんかが普及してきた今の時代、ただでさえ新聞の存在価値が問われたりもしますが。この映画のようなアツい紙面作りというのは、もう過去のことなのかな。
それこそ以前見た「クライマーズ・ハイ」の記者たちなんか命がけで記事書いてた印象残ってるもんね。

この映画を見た新聞記者が「週刊誌に負けてたまるか」と、発奮材料となる映画と思えば、なかなか面白いんだけどなぁ(苦笑)

あらためて。マーク・ラファロ、マイケル・キートンら、スポットライトチームの演技はやっぱり引き込まれるものありました。
紅一点のレイチェル・マクアダムスもメチャ キレイだったし。

感情移入という部分では、記事が掲載されて、読者からの反応がどうなのか・・・なんてラストまで、ひとつの達成感を味わえましたが。
でもやっぱりアカデミー賞で作品賞という看板の前には、どうしても地味な印象は付いてまわるかな。
審査の基準も様々だしジャンルも全く違うけど「マッドマックス」を押さえての作品賞だからね(苦笑)

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バチカンのバカチン
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2016年02月29日

サウルの息子

ネメシュ・ラースロー
ルーリグ・ゲーザ、モルナール・レヴェンテ、ユルス・レチン
1944年10月、アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所。ハンガリー系ユダヤ人のサウルは、屍体処理に従事する特殊部隊・ゾンダーコマンドとして働いている。
ある日、ガス室で息子らしき少年を発見した彼は、直後に殺されてしまったその少年の弔いをしようと収容所内を奔走する。

今年のアカデミー賞で外国語映画賞を受賞。
ここに至るまでにも非常に高い評価を得ている作品。
あらすじなどはザックリとしか入れずに鑑賞。映画の冒頭“ゾンダーコマンド”の存在についての説明が。

そして本編。
非常に見にくい映像。もちろん演出の上ではあるが。
一人の男の顔のみにピントが合わされ、それ以外の映像、音声、いずれもわかりにくくされている。

わかりにくいからこそ、より情報を得ようと こちらの神経はより集中力を増す。
やがて ここがどこで、今 何が行われているのか、わずかながらに把握をする。
いや 待てよ、なんか話が違わないか?

そして遠く聞こえる壁を叩く音、悲鳴、断末魔。
その真実を理解することで、自分がとんでもない場にいることがわかります。

そう“いることが”という、まさに自分がその当事者である感じにされるんですよね。

近頃はPOV方式という、カメラ視点の映像を見せることで、観客との同一性を図る演出があります。
ただし、あれも多用されてることもあって、いくらかのあざとさも同居してたりするんよね。

それに比べると、今作での演出。
主人公の顔(表情)を映すことでの同一性、そしてここが感情を持てない空間であることも伝わってきます。
また周囲の状況にピントを合わせないことも、直視できない状況であることがわかります。
単なる映像の見せ方だけでなく、ホントにイヤな思いと共に観客に実感させる映像体験でした。

ただ ストーリーの本筋となるサウルの埋葬へのこだわりについては、正直 共感ができず。
いろいろ解説を聞けば、なんとなしに飲み込めなくもないのだけれど、見ている間は「なぜそこまで」「この場所では無理あるやろ」と思わずにはいられなかったし。
細かいことを言えば死後硬直とか起こらないのかと。そういうのは気になりましたが。

そのサウルの行動とは別に、その場で行われていたことであり、これから行われるであろうことを思うと、やっぱり反吐が出そうになるし、胸クソ悪い印象しか残らない。
でも こんな史実を元に作品を作り、伝えていくことが映画の文化的役割でもあるんでしょうね。
気ぃ悪いけどね。

伝えていくといえば…
ラストシーンに登場した あの少年も、自身が森の中で見た出来事を、家族や次の世代へと伝えていったりしたのかな。

いろいろ書きましたが、ヘヴィーではあるけども、映画としてのクオリティは高く、見ておくべき映画であるのは確かです。
posted by 味噌のカツオ at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月18日

さらば あぶない刑事

村川 透
舘ひろし、柴田恭兵、浅野温子、仲村トオル
横浜港署の鷹山と大下の両刑事はブラックマーケットに踏み込むもターゲットを取り逃がしてしまう。
そんな中、世界の裏社会で縄張りを拡大している中南米マフィアが横浜のマーケットにも進出。定年退職を5日後に控えた2人は それを阻止するべく、刑事人生最後の闘いに挑む。

1986年にテレビシリーズがスタート。過去にドラマが77本。劇場版は6本制作されていると。
その前作から10年。ついにタカ&ユージが定年退職を迎えるという設定の、まさにシリーズ総決算。

テレビ版に関して言うなら、わたくしは高校時代でありまして。それこそ日曜の夜の放送で、翌 月曜日には学校で「昨日の“あぶデカ”見た?」的な。そんな勢いで どハマリしていた世代。
ただし、劇場版は全く見ていないんですね。自分でもなんでか知らんけど。

とにかく10年ぶりの新作にして(今度こそ?)完結に至るという。しかも定年退職というリアリティが良いじゃないですか。って本編にはリアリティ少ないんだけどさ(苦笑)

一応 2作作られたテレビシリーズのラストが1989年3月ということなので。もしかしたら 27年ぶりの あぶデカ体験だったかもです。

しかーし!冒頭から その世界観であり、かつて見てきた あぶデカらしさがそのままで。一気に引き込まれましたね。
言うても単なるノスタルジーではなく、今見ても素直に面白いしカッコいい。思ってた以上にやられました。

ちょっと前にドラマで見た柴田恭兵さんは もっと髪も白くて、言うなれば「さすがに老けたなぁ」と思ったもんですが、なぜかこの作品では当時と変わらない印象で。
変わらないというのは舘ひろしさんも同様。

そしてこの二人が並び立つと、自然と「あ〜これだこれだ。この雰囲気だ」と思わされて。
そもそも この2人のキャスティングってどうして決まったんだろうとか。いろんなこと考えちゃったりして。

その昔「俺たちは天使だ!」とか「プロハンター」とか。あるいは「探偵物語」もそうでしょう。あの頃の日テレのドラマシリーズに共通してた、ヨコハマを舞台にした洒落た雰囲気とウィットにとんだ軽妙な掛け合い。こういうのメチャ影響受けてきてるからね。
今回の あぶデカでもそのテイストはしっかり踏襲されていて。それがものスゴ心地よい。

ちゃんとストーリーは展開しながらも、間に挟まれる まるでコントのようなやりとりが邪魔をしていない。
シビアな犯罪と ちょいチャラな会話で。言わば緩急をつけながら進行されているのかな。だから肩ひじを張り過ぎることなく、のめり込んでいけるんだろうね。

そしてタカのバイクアクション。ユージのランニング。やり過ぎな銃撃戦にカーアクションと。それら あの頃と変わらぬ見せ場もたっぷりです。
そう、あの頃と変わらないのであれば再放送でもいいんだけど、そうじゃない。

大前提として定年を迎える刑事であり、実際に演じる2人は60歳代の半ばなんですよ。それが、あの当時と同じことを演じているわけですから。素晴らし過ぎますよ。
また敵役として登場する吉川晃司もね。「下町ロケット」とはガラリと立ち位置違うけど、カッコいい悪役を演じておられました。

この30年で時代背景も大きく変わってしまって。刑事ドラマはもっとまともであることを求められてきてると思うんですよ。
だから見る人によっては 懐かしくもあり、ただ荒唐無稽にしか見えなかったり いろいろだとは思うんだけど。
こういうテイストの、余計なことを気にせず、理屈抜きに楽しんでいいドラマ…今の時代には無理なのかなぁ。

そういえばマーシーさんが柴田恭兵さんのモノマネをする際に(実際にそんなセリフがあったかどうかはさておき)「関係ないね」というフレーズを使ってて。
今回の劇場版では 確かに「関係ないね」というセリフ、出てましたね。字幕でww

とにかく あの頃、リアルタイムで経験してるわたくしにとっては最高の一本でありました。

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タカさんの本名は鷹山敏樹
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2016年02月05日

最愛の子

ピーター・チャン
ヴィッキー・チャオ、ホァン・ボー、トン・ダーウェイ、ハオ・レイ
ある日突然姿を消した3歳の息子ポンポン。両親は必死で愛する息子を探すが、有力な手がかりも無く、その消息はつかめない。
それから3年後。ある情報から 中国北部の村で生活していることを突き止め、息子を奪い返しに行くのだが…

当然ながら あらすじは読んでいるので、まず どんな事件が起きるのかは知っております。
そのうえで、あれよあれよと その状況になっていく冒頭部分。この段階から引き込まれました。

とにかくポンポンちゃんが かわいらしい。そして(両親の)環境としては少々複雑だけど、それに順応して過ごしてます。
友達に誘われてふいふいとお出かけ。父の店に来た若者グループ。一旦は断ったが結局受け入れて。
もしかして断っていたら そういうことにならなかったのかも…とか。

そんな 些細な部分からもヒリヒリした感じが伝わってきました。

前半は子供を誘拐されてしまった父と母の物語。
中国では そういった事件も多いようで、そんな被害者らのグループなども登場します。

そして中盤。過疎の村に息子がいるという情報を聞きつけ、村に乗り込んだ両親はついに息子を取り戻します。
ところが事件から3年。すでに息子は今の生活に馴染んでおり、実の父母のことは覚えておらず、それぞれの中に戸惑いが。

続く後半は この3年間、ポンポンと その妹を育ててきた“もう一人の”母のストーリー。

道理からすると この女を擁護することはできないんだけど、最後の最後で発覚する ある事実が、複雑な思いを突き付けてきます。

(現状は変わってきているかもですが)中国の現状・事情、いろんな問題を孕んだ作品です。
誘拐という犯罪。そして 一人っ子政策の弊害(二人目を産むのには許可が必要)。親子の問題、夫婦の問題、不妊という問題。
それらのテーマが見事に提示されていて。いろいろ考えさせられます。

昨今の映画では「実話を元にした物語」というワードが ひとつの“売り文句”なってますが。
この作品のチラシや事前情報では そういう話はありませんで。

ところが 本編終了後に、このストーリーのモデルとなった方々が登場しまして。これが実話ベースであったことを知らされ…いや、思い知らされます。

しかし それだけに終わらず。そのモデルとなった方々と、この作品のキャストらが実際に会う映像というのも収められております。
なんか この場面、見ていて涙が込み上げてきました。

チラシには「実話を元に〜」という表記はなかったけど。
記載のあった「あらゆる感情のスイッチがすべて押されてしまう、最高のドラマ。」という文言には偽りなし。
考えさせられる名作です。


さて この映画、キャストもいろいろ魅力的で。
ポンポンの父親役のホアン・ボーは、なんかいい声してるなと。見た目も 路地の商店主然として良かったです。
が、エンディングに映った姿は意外にも役者らしい雰囲気があって。よくよく見ると古田新太さんっぽいのかな。

あと支援グループのリーダー・ハン役のチャン・イーさんは ちょっと大泉洋さんに見えなくもなかったし。

そしてもう一人の母親であるヴィッキー・チャオは誘拐した側であるんだけど、なんか昔アイドルだった女優さん的な雰囲気で。変にひいき目に見たくなるような女優さんでしたね。

最後にハンのパートナー役の女優さんはキティ・チャンという方だとか。
体重がリンゴ3個分ということはないでしょうが。。。

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認知症でも母と子なんだよ
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2016年02月02日

残穢(ざんえ)―住んではいけない部屋―

中村義洋
竹内結子、橋本 愛、佐々木蔵之介、坂口健太郎
「部屋で奇妙な音がする」。小説家である“わたし”に届いた女性読者からの手紙。好奇心から彼女と共に その“音”のするマンション について調べていくと、かつてその地に住んでいた人たちが自殺や殺人などに関わっていたことが判明。
果たして それらの事件をつなぐものの正体とは!?

いわゆる“Jホラー”と呼ばれるジャンル。独特な日本テイストの怖さのアプローチという作品。
またそれらに準ずるようなカタチで、主に女子中高生をターゲットとしたような、ブレイク前のアイドルが主演するホラー作品ってのもあります。
なんにせよ、一連のホラー作品って根強いニーズはあるもので。

この「残穢」もウワサで聞くにはずいぶんと怖いものであろうかと。
しかも竹内結子と橋本愛が出演。監督は次々と良作を発表している中村義洋となれば さすがに気になります。

ところが…あえて言うなら、観客が望むような作風ではなかったですね。
とても怖いホラーストーリーではなく、ホラーの謎に迫るドキュメンタリー風ミステリーというべきか。

この嫌な雰囲気は何が原因なのかというのを探っていくオハナシ。いきなり「ワッ!」的なビックリさせる驚かしもありません。

だ・か・ら、怖くはありません。
もっと言うなら、そもそも面白くもありません。

ドキュメンタリーであるなら、ふつうに心霊スポットを取材に行って 予期せぬラップ音が入ってたり、思いがけないアクシデントが〜っての方がドキドキできるし。
恐怖の理由を探っていくにしても、これ、作りもんやから。実際に不可思議な現象に悩んでいる方のお宅に取材に行って〜というものには敵わないでしょう。

であるなら、創作ものとしての落としどころや 納得のさらに上をいく衝撃がないと、物足りないわね。
かと思えば、最後の最後で普通のホラーの序盤に出てくるようなエピソードをラストに“付け足す”のは、この作品の格下げ以外の何物でも無いように思いました。

さて、かわいいアイドルが恐怖映画に出て「キャー!」というのもよくあるんだけど、この作品に登場するのは 竹内結子さんと橋本愛さん。

二人ともお綺麗な方であるのは承知ですがね。
竹内結子さんは あか抜けない作家という役どころなんですかね。ぼやけたメガネかけて、なんだかパッとしないキャラで。
ん〜どうせなら断然美人な小説家にするか、やり手であり好奇心の塊みたいな作家とか。いずれにせよ惹かれる部分が無いんだよね。

そして橋本愛さんなんかはちょっとミステリアスな美人さんで行けると思うんだけど、これまた普通な女子大生のキャラなんよね。
とにかく序盤のようにロングヘアならいいのに、髪をしばっちゃうと これまた引きが弱くなってしまう。

この2人を生かせてないのはもったいない。

こっちは美人さんが好きなんだから。
女優さんがキレイに撮れていることも良い作品の条件ですから。
その点でも 物足りないと言わざるを得ない。

単なる驚かしではなく、怖さを追及するような展開には期待できたんだけど、う〜ん惜しいなぁ。

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残穢というよりも残念
posted by 味噌のカツオ at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月26日

ザ・ウォーク

ロバート・ゼメキス
ジョゼフ・ゴードン=レヴィット、ベン・キングズレー、シャルロット・ルボン
パリの大道芸人フィリップは、世界最高層のワールド・トレード・センタービル建設のニュースを知る。いつかこのツインタワーの屋上にワイヤーを架けて歩く...
そんな狂った夢に囚われた彼だったが、念入りに下準備を重ね、ついに決行の日と定めた1974年8月6日が訪れる。

かの9・11テロで破壊され、今となっては現存しないWTCことワールド・トレード・センタービル。
そのツインタワーの屋上にワイヤーを張り、綱渡りを敢行した男の物語。

地上110階。その高さは411メートルと言われております。
ちなみに東京スカイツリーのふたつの展望台が350メートルと450メートルですから。
その高さというのが如何ほどのモノなのか。だいたい察しがつくんじゃないでしょうか。

モデルとなっているのはフランス人の大道芸人フィリップ・プティ。
ただし、今作で演じているのはアメリカ人のジョゼフ・ゴードン=レヴィット。
フランス語、あるいはフランス訛りの英語も学び、プティ本人から綱渡りの指導も受けて撮影に挑んだとか。

彼の柔らかな表情が作品全体の雰囲気も高めてる感じありますね。日本で言うなら堺雅人さん的な雰囲気あるね。

構成としてはジョセフ演じるプティがニューヨークの自由の女神像の上でいきさつを語るわけですが。
そもそも自由の女神ってフランスからアメリカに送られたものなんよね。まさに。

先日 このオハナシのドキュメンタリー版である「マン・オン・ワイヤー」を見て“予習”をしておりまして。
それと照らし合わせてみると、わりと細かなエピソードまで 上手く再現してあるようですね。

そう“再現”という言葉を使いましたが、これはまさに再現ドラマというジャンルかもしれません。
「マン・オン・ワイヤー」では当事者の言葉が使われてはおりますが、インタビューが中心となっておりますので“肝心な”映像表現としては弱くなってしまいます。

そこで その証言を元に、実際にはどんなことが行われたのか。丁寧に再現してみせたのがこの映画。
近年の技術があれば それなりの映像は作ることはできますわね。でもこの作品中では変に過剰な表現は用いず、あくまで“静”をベースにクライマックスの映像構成を行っております。緊張感がヒシヒシと伝わってまいります。
当然ながら見応えはバッチリ。こちらもドキドキ、手に汗握る感覚。
そして高所恐怖症の者にとっては直視しかねるという…(苦笑)

やがてプティが綱渡りを終えた後、そのワイヤーが緩む場面を見て 我々の緊張感も解けるような作り。
後日プティがWTCの屋上に上る許可証をいただいたと。その期限が“永遠”となっているとの描写があります。

その反面、永遠だったはずのWTCが今となっては…
そんなことを考えさせてくれる演出も 映画として見事だと思います。
現実としてはとても悲しい話だけどね。

シンプルなストーリー展開。見応えのある映像。
そして夢への挑戦(厳密には犯罪だけど それでも多くの方々が拍手を送ってくれたわけだし)なんてテーマも ほんのりと伝えてくれるこの作品。

数少ない3D鑑賞向きな映画でしょうね。
とか言いつつ、わたくしは2Dで見たんだけど(^-^;)

余談中の余談ですが、綱渡りの師匠筋となる方のお名前が「オーマンコスキー」というものでして。
ある意味「ボボブラジル」を超えましたね。

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綱渡り感覚でWCという経験はあります
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2016年01月11日

ストレイト・アウタ・コンプトン

F・ゲイリー・グレイ
オシェア・ジャクソン・Jr、コーリー・ホーキンス、ジェイソン・ミッチェル
1986年、カリフォルニア州コンプトン。全米屈指の危険な街に暮らす5人の若者が、ヒップホップグループN.W.A.を結成する。
日常に感じる不満や怒りをビートとリリックに乗せ、彼らは瞬く間に絶大な人気と支持を集める。
しかし、名声を得て社会現象にまで発展した彼らに、様々な苦難が降り掛かる。

ヒップホップグループ「N.W.A.」の軌跡を追った作品。
一見“ドキュメント?”と思ってた方もおられるようですが、劇映画であります。

N.W.A.が活躍したのは1986年から90年代の初頭。
彼らの出身地であるカリフォルニア州コンプトンは 非常に危険な街とされ、多くの犯罪はおろか警察による黒人への虐待などがまかり通っていたという。

そんなコンプトンの実情を音楽に乗せぶつけることで多くの人々が共感。
そころがそれは地元・コンプトンだけでなく、全米にまで広り、彼らは若くしてアーティストとしての成功を納めます。

しかし若さゆえなんでしょうか、契約にまつわる条項やギャランティの配分などに不明瞭な点が明るみに。
当初は勢いで突っ走ってきたものの、やがてそれがメンバー間・スタッフ間への不信になり、幹となっていたメンバー2人が脱退。
そしてグループとしての体を成さなくなってしまう…と。

彼らのスタイルは「ギャングスタ・ラップ」と評されていましたが、あえて言うなら ありのままの日常を歌ったものでもあるということなんですね。
それに則ってというべきか、分裂した後も作品の中で互いをディスり合うなんて場面はアレはアレで面白かったですが。

時は流れ、そういった確執を越え、メンバーは再結成への道を探りだすわけなんですが…

わたくしヒップホップを知ってるわけではないのですが、言わずもがな、作品中に使用される音楽はメチャメチャかっこいいです。
音楽を扱った映画で 説得力のある音楽が使用されるのは、単純に説得力UP致します。

ストーリーはほぼほぼ間違いはないそうなんですが、(当然ですが)カットされてるエピソードや映画向けに脚色されている部分もチラホラあるそうで。

それはそれとして。
この作品、全米で音楽映画という枠を超えて イチ映画として大ヒット。日本での満足度も高く、こちらでもヒットとなっております。
実際に見に行ってみると 必ずしもヒップホップ・ラップに長けてるとは思えない一般の観客も多数。

それはすなわち、伝説のグループの〜ではなく、映画として見応えのある〜という仕上がりになっているからこそでしょう。
警察の目が光る中で「Fuck the Police」をプレイするシーンは こっちも“観客”としてテンション上がりまくりでした (^O^)

物語の後半、ロス暴動にまつわる描写がありまして。
グループの動向と同時に そういった時代性を感じられることについても、よりリアリティが増した部分でありました。

オリジナルメンバーに似た役者がキャスティングされている点も話題ですが、中でもアイス・キューブの役を自身の息子でもあるオシェア・ジャクソン・Jrが演じているのも面白いですね。

とにかく、N.W.A.を知らなくても、映画として しっかり見入ってしまうこの作品。
じつに見応えありましたよ。

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プロレスファン的にNWAとは…
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2015年12月18日

007 スペクター

サム・メンデス
ダニエル・クレイグ、クリストフ・ヴァルツ、レイフ・ファインズ、レア・セドゥ
少年時代を過ごした“スカイフォール”で焼け残った写真を受け取ったボンドは、その写真の謎を解明するため単身メキシコとローマを訪れる。
やがて悪の組織スペクターの存在を確信し、ついに追い求めてきた敵と自分自身との恐るべき関係を知ることになる。

約3年ぶりとなる、007シリーズの24作目。
ダニエル・クレイグのボンドとしては4作目となります。

そもそも今年はスパイ映画の当たり年(?)でして。
「ミッションインポッシブル」のような人気シリーズに「キングスマン」「コードネーム U.N.C.L.E.」といった新興勢力。
また正月映画として「ブリッジ・オブ・スパイ」というのも控えております。

そんな中に合って、歴史と伝統のシリーズである「007」。
「ゼロゼロセブン?」いや「ダブルオーセブン」というのがよろしいかな。
でもチケット買う際には ついつい「ゼロゼロセブン」って言っちゃうんよね(苦笑)

それはさておき。
正直言って 面白味や真新しさでは「キングスマン」や「コードネーム〜」には敵いませんわ。でもその分、トラディショナルな雰囲気と(シリーズ)固定ファンを持っているのが強みでしょう。
特に今作は、007の生い立ちから 過去のキーワード。随所に挿入された過去作へのオマージュなどが散りばめられているので、ファンにとっては「ニヤリ」とする要素も多いかと思います。
ただし…

旧シリーズ(そもそも50年の歴史があるんだけど)を見てきていない、わたくしのような新参者にとっては、ストレートに味わえないという部分もありますわね。
当然 アクションシーンも迫力はあるし、深みのあるストーリーで目が離せない展開でもあるけれど。

でも その展開に応じてメキシコ、ローマ、オーストリアなど世界を巡る攻防。それはそれで豪華ですが、少々話が飛んでしまう感もあったり、結果2時間半という上映時間の長さにもつながっているのかも。
その分の見せ場も確かに多いけど、本質としては わりと私的なこじんまりしてると言えなくもなくて。

こう言っちゃうとなんだけど、ラストまで見ても爽快感とかカタルシスとかを観客としてストレートに味わえない…みたいなね。

中盤から登場する今作のボンドガールであるレア・セドゥがちょっとイイ女に見えまして。
でもボンドとチュッチュはすれど、何が見えるという訳でもなく。そこはもったいなかったな。
このレア・セドゥは「アデル、ブルーは熱い色」で青い髪の少女を演じてたと知って、ちょっと驚き。
ん〜やっぱ気になる女優さんやわ。

というわけで、駄作とまでは言わないけれど、ジェームズ・ボンドのことをもっと知って、せめてダニエル版のシリーズを予習しておくと より楽しめるってことかな。

前述の通りスパイ映画の“新興勢力”も台頭してくる中で、これからの“007シリーズ”の立ち位置は果たしてどうなるのか!?

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タコが出てきてもオクトパシーではないね
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2015年12月10日

杉原千畝 スギハラチウネ

チェリン・グラック
唐沢寿明、小雪、ボリス・シッツ、
アグニエシュカ・グロホウスカ
日本の外交官でありインテリジェンス・オフィサー(諜報外交官)でもある杉原千畝は、語学力と情報網を武器に、ソ連との北満鉄道譲渡交渉を成立させた。
後に念願の在モスクワ日本大使館への赴任が決まるもソ連から入国を拒否され、リトアニア・カウナスにある日本領事館での勤務を命じられる。
やがて第二次世界大戦が勃発。ナチスに迫害された大量のユダヤ難民が、ヴィザを求めて日本領事館へ押し寄せる…

かつて映画化もされた「シンドラーのリスト」で、迫害を受けていた多くのユダヤ人が救われたエピソードというのは知られるトコロとなりました。
そして日本人のなかにも それど同様に、ユダヤ人を救った人物がいたと。それが この杉原千畝さん。

ただし、当時の状況としては日本政府の意向に反した行動でもあったため、氏の存在自体が無かったことにされていました。
しかし時は流れ、正当な評価として(言わば)名誉回復に至ったのは、没後14年目にして生誕100年となる2000年(平成12年)のことであったと。
つまりは、それまで氏のことは正当に語られることはなかったわけなんですね。

その後、その功績について端的に見聞きすることはありましたが、今回こうして、映画というカタチで知ることができました。

監督はチェリン・グラックというアメリカ人の監督。
ですが この方、和歌山県出身で 長いこと日本で暮らしておったそうで。
映画への関わりも、日本とアメリカの合作のものなどに多く携わっておられます。
なのでこの手の作品も得意と言っても過言ではないのかな。

さて、その名前であり、多くのユダヤ人を救ったことは知っていても、その詳細はわかってはいないし、そもそもわたくし歴史とかがたいへん苦手でして。
ぶっちゃけ この作品も、多くの国が関わり、様々な国の多くの登場人物が出てきて。しかも会話は(唐沢さんももちろん)字幕でということになりますので、それらを追いながら理解するのは少々たいへんでしたね。

ほぼほぼ“あきらめ”かかっておったんですが…
なんでしょう、構成なのか展開の上手さなのか、こんなわたくしにでも流れはちゃんとわかりました。着いていくことができました。

そのうえでの客観的な印象なんだけど。
史実に忠実なんでしょうが、取り立てて派手なことは起こりません。映画として あざとい見せ場がある作りでもありません。
良くいえば真摯であり、悪く言えば エンターテイメントとしては物足りないかな。

それに連動しましてですが、彼の最大の功績である“命のヴィザ”を発行して人々を救った行いというのがクライマックスというわけではありません。ましてや山場〜といった演出もしておりません。
あくまでターニングポイントとして描かれている印象。

その代わり、その後の彼であり、その後の日本なども含めた大局としての映画になっているので、派手さはなくとも ひとつの史実として味わうことはできますね。

そもそもが広く語られることの少なかったテーマでもあるので、その奥にある真実をうかがい知るという意味では良い作品でした。
繰り返しにはなるけれど、多少の物足りなさはあるけれど、ムダに大げさにしてウソくさくなるよりは…これでよかったのかな。
第二次大戦前後の歴史に興味のある方には特におススメですね。

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スギハラっちゅうねぇ
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2015年11月23日

新幹線大爆破

佐藤純彌
高倉 健、山本 圭、織田あきら、宇津井健、千葉真一
1500人の乗客を人質にとった新幹線の爆弾脅迫事件が発生。爆弾は走行中の新幹線の速度が、時速80キロ以下になると爆発するという。犯人の要求は現金500万ドル。
捜査本部と犯人との掛け引きが展開されながらも、新幹線は速度を維持したまま、終点の博多へ向かい走り続けていく。

“午前十時の映画祭”での上映。
作品としては今から40年前、1975年(昭和50年)の作品です。

1500人の乗客を乗せた東京発、博多行の新幹線に爆弾が仕掛けられたと。
物語の中では「あぁそうですか。んじゃ、いったん停車して調べましょう」というくだりがあるように、当時は度々そのような いたずら・嫌がらせの類は多かったんでしょうかね。

ところが、その爆弾は“スピード”を80km以下に落とすとスイッチが入り、ふたたび80km以下になると爆発するというシロモノ。つまり停車はできないと。

なので停車予定の駅にも止まることなく、博多まで向かいます。
ギリギリの速度で時間を稼ぎつつ、約9時間のタイムリミットの中、犯人との交渉 そして爆発物の処理に向けて、警察や新幹線運転指令室が奔走するという。

上映時間は2時間半。なかなかの大作でありますし、その分の見せ場もたっぷりあります。
ただ撮影当時「新幹線を爆破なんて縁起でもない」と国鉄からの撮影協力を得ることができず、それ相当のセットを組み、外観は模型を使ったという苦労もあったとか。
でも その時代を鑑みても決して安っぽい作りにはなっておりません。

それどころか同等の爆弾を使って蒸気機関車が爆破されるシーンがあるんだけど、これがちょっとビックリ。ホントに機関車が火を噴いちゃってるんでね。
それ以外にもバイクとパトカーのアクションシーンも“よくぞ!”と思わせるぐらい迫力のある絵になっております。

テーマはシンプルながら、次から次に危機が迫ってくる展開にドキドキ。
大事な図面が焼失してしまうというアクシデントに思わず唖然。
停車しない、状況も説明されない乗客たちがパニックとなるシーンもよくできております。

惜しむらくは、犯人サイドの動機の部分が新幹線とは連結…いや、直結していない点は弱いかな。
ドラマとして感情移入がしにくくなってしまうわね。

主演の高倉健さん。爆弾犯ではあるんだけど、カッコいいのは否定できませんな。
そして常に毅然としたスタンスで、指示交渉を行う宇津井健さんも堪りません。

他にも千葉真一さん、小林稔二さん、竜雷太さん、渡辺文雄さんなんかも印象的。名前の無いチョイ役ですが志穂美悦子さんに多岐川裕美さんの姿も。
さらに、特別出演として丹波哲郎さんの存在感がハンパなかったです。

とにかく40年前でありながらも 決して雑な作りはしておりませんで。今鑑賞しても十分な見応えはあります。
ただし多少のツッコミどころは目をつぶるにしても、やや後半は盛り上がりに欠けると言えるかもしれません。ドカーン!!となるわけじゃないですし。
でも健さんのラストシーンはメチャカッコ良かったけどね。

2時間半という尺でも 飽きることなくグイグイ引き込まれましたから。
見て良かったと言える、隠れた名作。

20年後にはリメイク版で「リニア大爆破」ができるんじゃないですか?
知らんけど。
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2015年11月18日

シネマの天使

時川英之
藤原令子、本郷奏多、ミッキー・カーチス、石田えり
広島県福山市で122年に渡り親しまれてきた映画館・大黒座。まもなく閉館を迎えんとしていたある日、劇場で働く明日香は 館内で奇妙な老人と出会う。しかしその老人は謎の言葉を残し、忽然と消えてしまった…
映画製作への思いを馳せるバーテンダーのアキラ。閉館を決めた支配人。多くの思い出を抱えた常連客たち。そして ついに閉館の日がやってくる。

舞台となっているのは現存した映画館 シネフク大黒座。1892年に芝居小屋としてオープンし、その後映画館に。幾度かの危機を乗り越えながら、2014年の8月に惜しまれつつ閉館。

取り壊し間際の大黒座で撮影され、実際の閉館セレモニーや劇場を壊していく映像も収められております。
なかでも館内に重機が入っていくシーンは、何とも言えない非現実感が。

とにかく関係者や観客たちの大黒座への思いを、せめて映像に残さんと。同時に映画館で映画を見ることの尊さを訴える。そういうトコロから始まった企画なんでしょう。
広島県福山市のご当地ムービー、ローカルムービーとしての側面もありますかね。

名のある役者さんも多く登場しますが、ローカルな方々と思しきキャストも多い…のかな。知らんけど(苦笑)
ぶっちゃけ この手のローカルな作品って、地元の有名人とかを出演させるのはよくありますわ。でも そういう人たちって確実にセリフが棒読みだったり、動きがわざとらしかったりするもので。
そういうの見せられると「ローカルやのぅ」と微笑ましくも、覚めてしまうところがあるんよね。

ですが、ですが、この映画。ネイティブ(!?)と思われる出演者も みな及第点の演技されてまして。これによって、作品のクオリティがグッと高くなったですよ。
地元のための思い出作り映画から、ちゃんとした作品といえるものになっておりましたね。

そしてもう一点、映画というものに対する思いも よく伝わってきました。
映画館には天使が住みついているという設定。ファンタジックではあるけれど、うん、映画ファンとしては「そうあってほしい」感もわかるんですよ。

さらには その役をミッキー・カーチスさんが演じるという。“天使”という概念を程よく捻るキャスティングが絶妙。
そんなミッキーさんの語り口やボディランゲージも相まって、この映画の深みが増したといっても過言ではないでしょう。

まぁまぁ、映画を作りたいとか言ってる若者については「グチグチ言ってねぇで まずはペンを持て!」と言いたくなりました。
夜の館内を懐中電灯もって歩く場面は「なんで蛍光灯点けないの?」とツッコミたくもなりました。
でも それぐらいは“映画の演出”として目をつぶりましょう。

ストーリーもめちゃくちゃ凝っているわけでもありません。決してドラスティックなどんでん返しもありません。
それでも、映画というもの、映画館というものへの慈しみが全体に流れているみたいで心地よかったです。

エンドロールのところで近年に閉館した“映画館”の写真が写されてたんだけど。このエリアでは かつての名古屋ピカデリーが紹介されてましたね。
ほんのり胸がアツくなりましたわ。

予想以上に見て良かったと。映画ファンとしての思いです。
あと、主演の藤原令子ちゃん。良かったです。男性目線で(^-^;)

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えぇっ、仙人ってそんな感じなん!?
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2015年11月03日

サイボーグ009VSデビルマン

川越 淳
(声)福山 潤、浅沼晋太郎、M・A・O、早見沙織
悪の組織『ブラック・ゴースト』により改造されたゼロゼロナンバーサイボーグたち。あるとき、001=イワンが悪魔の出現を察知する。一方、悪魔と融合したデビルマンこと不動明はデーモン族による魔の手と闘いを続けている。
そんなデビルマンと009=島村ジョーが遭遇。思わぬ闘いが勃発してしまう。

全然こんな企画があるなんて存じ上げませんで。何気に手に取ったチラシで知って驚いた次第。
思えば子供の頃に「マジンガーZ VS デビルマン」なんてのを見てときめいてた世代としては、こういうの気になっちゃいます。

やっぱり作者が同じだと、こうやって同じ作品にキャラクターを…って、まてよ。
009は石ノ森章太郎で、デビルマンは永井豪じゃなかったっけか!?
それでもこういうのってできちゃうんだ。。。

でもあらためて思い起こせば「ルパン対コナン」とか、最近では「天才バカヴォン〜蘇るフランダースの犬〜」なんてのもあったですね。
ちなみに永井豪先生は石ノ森先生の「009」のアシスタントをやっていたなんて縁もあるんだとか。
そんな2つのキャラクターによる作品。

9人のサイボーグと悪の組織“ブラックゴースト”との戦い。そしてデビルマンとデーモン族との戦い。大きな2つの線が交差しつつ、ベビーフェース同士だけでなく ヒール同士もコラボする設定。
さらに別のサイボーグたちも絡んでくるんですが、それらも興味深いキャラだったりするし、決してストーリーが雑になることはなかったですね。
もちろん序盤には009とデビルマンが直接 拳を交えるという見せ場もありますよ。

しかし「サイボーグ009」ってのも じつに久しぶりに見たもので。
誰が004で 誰が008で…誰がどんな特徴があったっけ?というのも思い出しながら。そして「あぁそうだった そうだった」とか言いながらで。
また各々のスキルを掛け合わせるチームワークの見せ方。加速装置をオンにする際の映像描写もカッコ良かったですわ。

ただテレビアニメで育った者としては、原作寄りのデビルマン、あるいは飛鳥了については少々距離があるのも事実。
また「アベンジャーズ」よろしく ここに至るまで、それぞれの作品もあるようで。それらもチェックしておいた方が、より楽しめるのかも。

そして そもそもが30分のOVAという企画の作品らしく、OP〜本編〜ED、2本目のOP〜本編〜ED、3本目の…という構成がチョビット気になりましたね。
劇場で上映するバージョンとして、間のOPとEDはカットしておいてよかったんじゃないかな。

トータルで見て“大傑作”とは言いませんし、かといって“ガッカリ”とも思いません。
あくまで これはこれとして夢を感じられる1本であり…3本立てであり。でしたよ。

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ジョーは“まむらー”
posted by 味噌のカツオ at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月13日

先生と迷い猫

深川栄洋
イッセー尾形、染谷将太、北乃きい、岸本加世子
妻に先立たれ、ひとり淡々とした日々を送る元校長の森衣。彼の家には、生前 妻が可愛がっていた野良猫のミイが毎日のように来ていたのだが、猫嫌いの森衣はそれを快く思ってはいなかった。
しかし突然その姿が見えなくなり、心配に思った森衣は町内を歩き回り、ミイを探し始めるのだった。

ネコ好きでもありイッセー尾形さんのファンでもあるわたくし。当然ながらこの映画を見ないわけにはいかない…という程の意気込みで(?)鑑賞してきました。

ぶっちゃけたことを言うならば、結構眠たくなりましたね。
でも決してつまらないというわけではなく。しいて言うなら ゆったりとした物語のペースであり、作品全体に流れる ゆるさに裏打ちされた眠気なんだと思います(苦笑)

一応これはこれで映画ですから。脚本もあり演出もあるんでしょうが、動物の登場する作品にはそれなりの苦労があると思います。
そもそも監督の“言った通りに”動いてくれる保証はないわけで。

にもかかわらず、ネコちゃんもワンちゃんもいい芝居してるんですよね。
しかも動物だけのワンショットではなく、人とからむ場面でいい動きをしてるもんだから、これにはより感心いたしました。

そしてその動物たちに負けず劣らず自由に動いて見えたのがイッセーさん。
“校長先生”のキャラクター設定はあるのでしょうが、何やら今までのイッセーさんの一人芝居の登場したキャラクターのテイストもチラチラ入ってたみたいで。
他の役者さんではこの味は出せないんじゃないかな。

もっと言うなら 後ろ姿、立ち居振る舞い、またその佇まいにほんのり感じる面白オーラは、なんとなくチャップリンのそれに近いのかな〜とも。

この映画には原案となった作品がありまして。
近所に住みついているノラ猫を見かけなくなり、その行方を探すうちに、それまで関わりの無かった近隣の方との交流が生まれるというノンフィクション。

見かけなくなったネコを探す展開は同様でしょうが、そこに夫婦の物語を絡めたのは映画版のオリジナルなのかな。
ラストは物語としてハッキリとしたことは描いていない感じで。映画というよりも舞台の演出っぽく見えました。

そこが煮え切らないという声もあるようですが、前述の通り それほどガツンという出来事もないので。
もうこの町の住人の一人ぐらいの感覚で、ゆるく同化して ちょっぴりしんみり的な雰囲気味わうぐらいでいいのかもですね。

どうせだったら「ミイが来ると嫁さんを思い出してしまう」という感情は、ラストにグッと絞り出す感じで良かったんじゃないかなと。
なんであれを大前提として提示しちゃったんだろうか。

そんなこんなで、さすがに大満足とは言わないけれど、これはこれ…じゃないですかね。この雰囲気、キライじゃないですよ。

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あの少年も、言わばノラだよね
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2015年09月22日

進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド

樋口真嗣
三浦春馬、長谷川博己、水原希子、本郷奏多
壮絶な戦いの中、巨人に飲み込まれてしまったエレンだったが 自らが巨人となって復活。ほかの巨人たちを駆逐する。やがて元の姿に戻ったエレンは、巨人の仲間であるとの疑いから囚われの身になってしまう。そこへ新たな巨人が姿を現して…

前篇の衝撃から1ヶ月強、後篇の公開であります。
良くも悪くも話題作ですから。早めにチェックしておくべきですな。この手の作品は。

というわけで見に行って来たわけですが。困った、困った。
困ったことに、何かを記せるほどのロクな印象が残っていない。ぶっちゃけると、そういうこと。

わたくしの前篇の感想をあらためて見返して見ると、ストーリー展開は少々稚拙だけど、樋口監督らしい特撮映像はわたくし好みであったと。
巨人が人を喰らう描写も、良い意味でグロさや恐怖を感じられたと。そんなトコロ。

ですが この後篇は…
何と言うか“起・承・転”の前篇に対し、コチラは“結”のみに主眼が置かれている印象。
本来なら壮大なスケールを誇っていいような この世界観に対し「これこれこうだ」とセリフで説明。しかも胡散臭い芝居をしながらだ。
全然こちらに入っても来ない、訴えかけてこないし、映画としての求心力も弱い。

その後は 罪な青臭さで裏切りに遭ってドタバタすると。そんで内輪もめ的に喧々諤々してると巨人が出てウガーってなって。
ほんでドカーンとなったら…ハイ、おしまいって。なんやねんこれ!?

もう一度言うが、もっとスケールの大きな話ではないのかと。ホントの諸悪はいずこに?という話まで言及しながらこの有り様。
この映画の着地点というのは巨人がどう、人類がどう、世界の終わりがどう…ではなく、壁の穴を修復するだけの話だったのかい?と。

そして そこに至るまでも説得力の無い設定を軽々しい演技で語るのみなので、とてもじゃないが共感とかできませんわ。

もうひとつスケール感につながるかもだけど、前篇であんなに描かれていた巨人の怖さや不気味さ。(怪獣映画にありそうな)多くの人々がパニックで逃げ惑う映像。こういうのが全く無くって。
かくも恐ろしい存在である巨人。そこに勝ち目のなさそうな戦いに挑む戦士。前篇はまだそれらの特撮で魅せる部分に伝わるものもありました。
しかし今回は(気持ちの悪い)巨人はほとんど出てこず。結果 数少ない登場人物たちが、穴の開いた壁の前で延々文句言い合うだけだと。
参っちゃいました。

聞いた話ではこの「進撃の巨人」は何がしかの力によって、前篇・後篇の公開に分けられたんだとか。撮影直前まではそうではなかったとのこと。
つまり2部制にした方が、それだけ売り上げは見込めるわけで。それもあってか 各90分という短めの尺の2部制となったんですかね。

結論としては映画会社が果たした方針に対し、監督も脚本家も はたまた役者陣も、(作品で)その壁をブチ破れなかったんでしょうか。
あるいはエレンのように「そうじゃない」といって、そこには向かっていかなかったのかな。

といったところではありますが、あえて良かった点を挙げるとするならば、やはり石原さとみのテンションの張り具合(よくぞ生きててくれた)。
そして桜庭ななみちゃんが可愛かったことですね。

最後に。
プロローグのシーン。幼少のエレンが注射をされる場面で「お兄さんで実証済み」みたいな話があるんだけど。
シキシマが兄だったりとか?

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こんな(ひどい)のはじめて〜!!
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2015年08月26日

最後の1本 〜ペニス博物館の珍コレクション〜

ジョナ・ベッカー、ザック・マース
シグルズル・”シッギ”・ヒャールタルソン、パゥットル・アラソン、トム・ミッチェル
世界で唯一の“ペニス博物館”。様々な動物のペニスが展示されているのだが、そこに足りていないのがヒトのペニスの標本。
そこで館長のシッギが呼びかけたところ、2人の男性が名乗りを上げる。はたして、ペニス人類代表は誰になるのか。

このペニス博物館の館長であるシッギさん。ひょんなことから様々な動物のペニスを収集し始めます。
当初は自宅に保管していたんだけど、どうにも邪魔だと思われたのか(?)奥さんから「博物館を作って展示すべし」との助言を受け、現在に至ると。

やがて病気がちになり、健康に不安が生じ始めたシッギさん。本当の意味で この博物館の完成には人間のペニスを展示してこそ。
自分が元気なうちに“最後の一本”を入手しておきたいとのことで、広く提供者を募ります。

状況次第ではタイやモロッコあたりで コロコロ転がってたりとかするんじゃないの?とも思うけど、そう簡単な話でもないのかな。
そこへ「提供しましょう」と二人の男性が名乗りを上げます。一人は地元アイスランドの著名人でもあるパゥットル氏。そしてもう一本…いやもう一人は 自分のナニに“エルモ”と名付けたアメリカ人のトム氏。

が 最後の一本を入手するには、様々な条件や本人の意向などが絡み合い、一朝一夕にはいきません。
死後の提供、あるいは生前の贈与(?)。法的な長さ(12.7cm)基準。はてはエルモのゴリ押しなんて問題も。

「最悪の場合、自らが提供をするのがベターなのか」と。月日を重ねる中、シッギさんはそこまで追い込まれていきます。
はたして、ペニス人類代表の一本は いったい誰になるのか!?

ドキュメンタリーとしては、じつにノーマルな作品であるとは思います。
ただテーマがテーマだなというのもありますし、哀愁漂うパゥットル氏の姿、トム氏のエルモ愛、そしてそれに振り回されるシッギさん。三者三様のスタンスも見どころではあります。
でも ところどころにトホホなエピソードもチョイチョイ。

石膏での型取りが毛が絡まって失敗したり。象徴的に星条旗のタトゥーを入れるなんて発想にも驚き、また実際彫ってるシーンにも驚き。ましてや“がわ”の方かと思いきや“アタマ”の方だったので驚き…いや なんかムズムズしちゃうだな(苦笑)

そんなバカバカしいような、痛々しいような。ときに誇らしいようなエピソードを含んだドキュメンタリーではあります。
そのうえで 疑問点もいくつかありまして。

展示されているモノの中には 骨状のモノもあれば しっかりと身のついたモノをホルマリン漬けにしたものもありました。
あるいは よく茹であがったモノを切り裂き、中の骨状のモノを撮り出す場面も。
でも専門医の話では(人のモノには)骨はありませんと語る場面もあって。
その辺りの違いについては もっと知りたかったですね。

それから…このような展示物は、民俗学や生命誕生の神秘にも迫る…そんなモノのようにも思うんですよ。
ですが ここにあるのはオス側のものばかりで。メス側のそういったものがあって、それらが一対となってこそ、何かが見えてくるんじゃないかと。
ろくでなし子さんみたいな人が動けば、そういう展示の博物館もできるのかもしれませんね。

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珍しいコレクション
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2015年08月12日

人生スイッチ

ダミアン・ジフロン
リカルド・ダリン、ダリオ・グランディネッティ、エリカ・リバス
ひょんなきっかけから窮地に立たされる人々。結果 人生につまずいたり、とんでもない不運に見舞われてしまったり…
そんなブラックなユーモアを交えた6つのオムニバス作品。

製作としては アルゼンチンとスペインの合作。
原題は「WILD TALES」。直訳すると“ワイルドな補欠陪審員”ということですか!?

ざっくりとした印象としては「世にも奇妙な物語」とか「笑ゥせえるすまん」とか、不条理なように見えて 実際にありえるかも〜なんて思わせてくれるストーリー。

飛行機内で乗客全員のある共通点が発覚する「おかえし」。
小さなレストランで親の仇の男と遭遇してしまうウェイトレス「おもてなし」。
一本道でボロ車を追い越し軽快に走っていた男。しかしパンクが発生し修理しているところで件のボロ車が追いついてくる「エンスト」。
車の駐車違反がきっかけで家族も仕事も失ってしまった男「ヒーローになるために」。
息子が起こしてしまった交通事故。息子かわいさのあまり、父親の取った行動とは「愚息」。
夢にまで見た結婚パーティの会場で、あろうことか新郎の浮気が発覚してしまう「HAPPY WEDDING」。

それぞれ尺は様々。とくに初めの2本は わりと短めなので、導入部としてももってこい。
それ以外も小気味よく物語が進むので、ノッていきやすいです。

な〜んて時間的な面だけではなく、一本ごとのテイストの違いがあることで全く退屈せずに引き込まれましたし。全作ともクオリティの高さは実感できると思います。
が「驚愕&爆笑」とチラシにこそ謳ってあるものの、手放しで爆笑というモードには、わたくしは入りにくかったかな。

だって大半の作品で人が死んだりするからね。人の心の滑稽さやおかしみこそ感じこそすれ、笑うトコまでいってはホントに悪趣味だと思っちゃうな。
まぁそれは宣伝文句に対する文句であって、作品の好みでいうなら わたくし的には好きなテイストでしたわ。

冒頭の「おかえし」。まるでコントのような「ぼくも」「わたしも」的なトコロから、一気に卑屈な設定変換。つかみとして見事でした。
ただ最後の老夫婦とヤツの関係は?…ってのは気になったけど。
まぁまぁつかまれましたよ。

「エンスト」の世界観だって実際、大いにあり得るシチュエーションだから。じつに怖い怖い。

また「ヒーローになるために」は、おそらく そちらのお国でも問題になっているであろうテーマなのかな。
そんな相手に立ち向かい、見事に刺し違えて見せた男。SNSを中心に議論が広がったなんてラストが、なんとも現代的なリアルヒーロー像に仕上げてますね。

さて以下は思いっきり余談なのですが。
今現在プロレス界で 地味に流行り始めている「トランキーロ」という言葉。スペイン語で「焦るなよ」の意味なんだけど。
「おもてなし」と「HAPPY WEDDING」のなかで、リアル「トランキーロ」が聞けて、ちょっと嬉しかったのです。
プロレスファンとして(笑)

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スマホ対応手袋の花嫁
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2015年08月11日

進撃の巨人 ATTACK ON TITAN

樋口真嗣
三浦春馬、長谷川博己、水原希子、本郷奏多
百年以上前、突如現れた巨人たちに大半の人類は喰われ文明は崩壊。生き残った者たちは巨大な壁を築き、その内側で暮らし始めた。
そこでの生活に苛立ちを覚え、壁の外の世界に憧れるエレン。そんな彼の眼前で突如壁が破壊され、想定外の巨人たちが侵入。人々は次々に食べられていく。

人気コミックの実写化というのは、多少の賛と多大な否が渦巻くのは当然のこと。
またこれだけ有名になると、今度は思い入れの深いor浅いでも見方や受け止め方が微妙に変化するもの。

わたくし、当然ながら「進撃の巨人」というタイトルは知ってますし、作品の概要も知っております。が(幸か不幸か!?)原作は読んでいませんし、アニメ版も見ておりません。

そのうえでの“進撃体験”となったわけなんですが。
結論からいうと、素直に楽しめました。わたくし的にはアリでしたね。実写版「進撃の巨人」は。

当初から「特撮作品」としてのアプローチもあったこの作品。冒頭で あの「東宝」というマークが出てきただけで、ゴジラシリーズなどで育ってきた わたくしの受け入れ態勢が整った感はあったけどね。
始まって間もなく登場する 超大型の筋肉標本のような巨人の迫力はありましたが、それに続いて登場した複数の巨人たちには、違った意味で驚きました。

何より ここに現れるのは巨人なんですよね。変に作られた怪獣よりも、規格外の大きさを誇る人間という。そのシンプルな存在感から受ける 必要以上の怖さ。
また それらを演じた役者さんたちのアクの強さったらないですよ。あんな集団がおったらただでさえ怖いのに、さらに巨人なんだから。

松本人志の「大日本人」にも大きな人が出てたけど、そこまでアレではない設定。
往年の「ウルトラQ」にも巨人というのが登場したはずなんだけど。それにも近いか?いや薄気味悪さでいえばそれ以上かも。

そして その個性を活かす“特撮”という技術も見入ってしまいました。
作られたリアリティを表現するなら最先端のCGやVFXも有効でしょうが、大きな不気味な人間を際立たせるなら、日本の誇る特撮の技というのが打って付けだったんじゃないかな。
このあたりは だいぶ好みの問題はあるけれど。

巨人に関していうと、それらが人を捕食する描写についても賛否が大きく語られていますね。エグ過ぎるとか グロいとか。
わたくし個人的には 人が引きちぎられても、そこそこの血しぶきが飛んでもそんなにショッキングではないのだが。
確かにこのあたり、スプラッターとかが苦手な人にはダメなんだろうね。

この人が人を喰らうシーンが嫌悪感を抱かれる一因には、どちらにも感覚が近づけられるのがある気がします。
ようは食べられる側の感覚だけでなく、食べる側の感触もわかるという部分なんだけど。
ジュラシックなんちゃら的な、恐竜が人をかじるのとは 微妙に感じ方が違うはずなんだよね。なんとなくだけど。
そんなこんなで巨人の登場するくだりはイイ感じで楽しめたわけなんですが。

欲を言えば、物語全体の展開がいくらか急テンポだったり、稚拙な印象というのは拭えないかな。悪く言うと安っぽいとなっちゃうんだけど。
登場人物の行動パターンがどこか安易という感じでね。もうちょっと重厚なスタンスが欲しかったです。

それと関連付く要素ではあるんだけど、そんな軽率な動きを見せるキャラたちにはさすがに感情移入がしにくくなってしまったか。

キャスティングとして 桜庭ななみちゃんがカワイイのは合格として「なんで食いしん坊キャラなん?」とか「なんで武田梨奈がお色気キャラなん?」とか解せない部分も。
そんな中にあって、石原さとみが これまで見たことないようなテンションで演じておられまして。またそれが良い方に出てたですね。

そんなこんなでツッコミだすと…いや、語りだすと他にも言いたいことチョイチョイあるけれど。
とりあえず“わたくし的な特撮ファン”としての目線では満足いたしました。あとは後篇を待つべきかな。

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瀧さん、巨人役ではなかったんだ。
posted by 味噌のカツオ at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする