2015年01月03日

サンバ

エリック・トレダノ 、 オリヴィエ・ナカシュ
オマール・シー、シャルロット・ゲンズブール、タハール・ラヒム
アフリカからフランスへきて10年。料理人を目指していたサンバだったが、ビザの失効により国外退去命令を受けてしまう。
そんな彼の前に移民支援ボランティアのアリスが現れる。燃え尽き症候群で大企業を休職中だったアリスは、明るさを忘れないサンバに興味を持ち…

「最強のふたり」の監督&主演というのが話題になっております。
あえてそちらを“前作”といたしますと、映画の構造は似た感じになってますね。

人間描写を軽いコメディタッチにした楽しさと、一方で じっくりと腰を据えて考えたくなる問題提起が内包されています。
ただ前作と比べると、ちょっとそのまんま素直に受け止められないところがあるわけで。
これは制作側は何も悪くなくて。ようは、ただただ日本には合わないというだけです。

「最強のふたり」の場合、事故で全身麻痺になってしまった大富豪というキャラクター自体がわかりやすく、感情移入もしやすかったですよね。
それに対し今作で登場するのは、いろいろ“過ぎて”心が疲れてしまった女性(途中で うつ病と言われる場面も)。そして国外退去命令を受けないよう、ひっそりと日雇いで働く移民の男。

やはり車イス生活なら見た目から苦労も共感できるけど、なかなか今の日本では 心の病は理解されにくいし。
また島国ニッポンに於いては、移民の問題は ほぼほぼ無いわけですから。

この映画は 多くの人に「今、世界にはこんな問題も起きているんですよ」というアプローチではなく、あくまで それらの要素をフランスでの日常とユーモアを交えて描いています。
結局 平和な日本でそれを見せられてもイマイチ響いてこない。

そして それらの下地がわからないからか、はたまた文化的な違いか、もしかしたら翻訳に問題があるのか、イチ映画として見ていても退屈な印象で終わってしまいましたです。
日本人にはあまりにかけ離れた問題点。また登場人物のコミュニケーションの取り方もかなり大雑把な感じで。
二人が心を通い合わせて、信頼とか恋愛感情が芽生えるようなくだりも 見ていてピンとこなかったし。
字幕を全部読んでも、細かいニュアンスとかそういうのが伝わってこないかな。

長い目で見れば、いや もしかしたら近い将来、日本でも移民の問題が社会の中で今以上に身近なものになるかもしれません。
でもやっぱりそれはそれ、国の置かれた状況も 国民のお国柄も違うので、この映画のようなスタンスとはまた違うものになりそう。

駄作だと一刀両断はしないけど、日本向きではないのは確かだと思います。
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2014年11月30日

ザ・レイド GOKUDO

ギャレス・エバンス
イコ・ウワイス、アリフィン・プトラ、オカ・アンタラ、遠藤憲一
上層部からマフィアへの潜入捜査を命じられた警官ラマ。囚人を装って入った刑務所で、マフィアのボスの息子ウチョとつながりを持ち、“出所後”ウチョの手引きで組織へと迎えられる。
しかしインドネシアの裏社会で勃発した抗争劇に巻き込まれたラマは、特殊な殺し屋たちとの闘いを余儀なくされる。

遠藤憲一、松田龍平、北村一輝という日本人キャストが出演という事で気になってたんですが、予告編を見たところ なかなかのアクションシーンが面白そうだったので見に行ってきました。
遠巻きに聞いた話では、これがシリーズのパート2であると。わたくしはそちらは未見。

冒頭の静かな描写から約10分。突然はじまる刑務所内でのバトルシーン。いやぁこれを見ただけで衝撃でしたね。
動きを制約されるような小さな個室で 1vs大勢でのドッタン バッタン。
それから刑務所内の運動場で繰り広げられたバトルロイヤル。これも凄かった。

まず基本的な動き、体のスキルが素晴らしい。
そして刑務所内という、本来であれば武器やアイテムの出てくる余地のないシチュエーションで、これだけ魅せるのも素晴らしい。

冒頭の狭い空間ってアクションが制約されてしまいそうだけど、それを逆手に取り 壁や人間をアイテムとして使ってみせるのがね。
続く運動場では 雨の中、ぬかるんだ泥にまみれてのバトルだったけど、その泥で足を取られやすいという設定も駆使。
あとは先ほどとは違って広いスペースがあるんだけど、広いが故にカメラフレームの外から飛び込んで来たり、上からの映像だったり。そういうカメラワークも見事でした。

中盤から登場する金属バット男にダブルハンマー女というキャラクターも面白い。
ノックの要領でボールを打ち込んで相手を攻撃なんて、ゴレンジャーの怪人以来じゃないか!?

カーアクションのシーンもオリジナリティあふれてましたね。
カーチェイス、銃がらみ、さらには狭い車内での肉弾戦を同時並行で見せるとは。

これらのアクションの共通して感じたのは、若干エゲツない やり過ぎ感と、痛みの伝わる受け身ですな。
走ってる車から落とされるだけでもアウトだろうってとこに、足の上をタイヤが轢いていったり。
ぶっ飛ばされた相手が激突するのが壁や床ではなく、机の角や手すりだったり。しかも背中じゃなくて顔とかね。

すなわちアクションの見応えプラス、誰でも想像できる痛み。この二重奏。
良く考えられてるわ。思わずニヤニヤしちゃったよ(笑)

これらの痛々しいシーン、どうやって製作したのか。
特撮、CG、いろんな技術あるけれど、これはこれで技法があるんだろうね。
ホントに銃をぶっ放したり、顔面から机の縁にホントに突っ込んでいくのが一番手っ取り早いんだろうけど(苦笑)

とにかく、ハリウッドが目を付けるだけのクオリティのアクションは素晴らしかったです。
しかし、1作目を見てる人に言わせると「前作の方が…」という意見も。
マジかいな!?さすがに そっちも気になるわ。

さて 1作目との比較でいうならば、ストーリーが少々わかりにくいという面もあったみたい。
確かに内面とか登場人物の相関関係が「はて?」という部分はあったですね。

そして大きな不満としては、悪そうな3人の日本人が登場しながら、微妙に生かされていない。
これらが ただのコワモテの役者ならいざ知らず、単独で主演張れる3人ですから。なんかお飾りのような、特別出演みたいな扱いは実にもったいない。
インドネシアに暗躍する日本のGOKUDOではなく、戦争に絡んでほしかったなぁ。

そんな感想持ったんだけど、何やらこの映画、パート3も計画されているらしい。
そして そちらには本格的に日本のGOKUDOが関わるかも…とのこと。
これは期待したいね。でも2年後?3年後になるのかな?

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ごくどうさまでした。
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2014年11月08日

シャンティ デイズ 365日、幸せな呼吸

永田 琴
門脇 麦、道端ジェシカ、ディーン・フジオカ、村上 淳
青森から上京してきた海空はテレビで見たヨガインストラクターのKUMIに釘付けとなり、彼女の教室へと通い出す。しかし男にだまされ、有り金を失った海空はKUMIの家に同居することに。
いつしか二人はヨガを通してかけがえのない友達となるのだが…

映画館に行くと 手当たり次第にチラシを集め、ひと通りの あらすじなどをチェックしております。その時点で、絶対に見に行くことはないだろうな〜と思ったのがこの作品。
あらすじだけでなく、ヨガというテーマ、キャスト、監督と気になるポイントがゼロだったのでね。

ところがどっこい、見た人の満足度がえらく高いのを知り前言撤回。これは見に行かなくては…と足を運んできました。

言うなれば 女二人の友情物語?
スポーツを介したり青春を感じさせる友情ものや事件が絡むバディムービーなど、男同士が主人公ってのはよくあるけど、女性が主人公で その手の作品ってあまり記憶ないよね。

まずは門脇麦演じる海空(みく)。青森から東京に出てきた大らかな(大雑把な?)田舎娘。
そしてもう一人は映画初出演の道端ジェシカが演じるKUMI(くみ)。モデルでヨガのインストラクターなどもこなす役なんですが、実際にヨギー(ヨガをする人)でもあるとのこと。

そんなスタイリッシュな存在のKUMIの前に現れた海空。明らかに住む世界が違うぞ〜ってぐらいの振る舞いに当初は嫌悪感を覚えるものの、どこか気になる存在となり、結果的に海空はKUMIの家の居候となります。

とにかく海空のすっとこどっこいっぷりが結構なもんなんですが、思いのほかクサくなくて。冒頭のあの導入部が失敗してると、コントっぽい雰囲気が全体に支配しかねないので。
また門脇麦の青森弁(字幕付き)の訛りが見事。一応チェックしてみたんですが、彼女 東京出身なんですね。やぁ〜あのセリフ回しは素晴らしいです。

方やKUMIは「わたし失敗しないので」なんてセリフが似合いそうなキャラクター。
美人で雑誌の表紙を飾り、ヨガを教えるなんて、男子からすると ちょっと気軽に声かけにくそうな女性。
でも同性からは憧れを抱かれるような…ってなんとなく伝わるかな。

そしてそんな二人の間に存在するのが梅之助というゲイの男。
これ村上淳さんが演じているんですが、その立ち居振る舞いも非常にナチュラル。メチャメチャ上手いですよ。

まずは この3人の個性、そして演技も自然なのでグイグイ引き込まれますね。

そして起承転結がストーリーにも好感ですね。
映画なら映画なりの事件というものがあって然るべきなんですが、肝となるのは 男女の駆け引きのもつれであり、女性モデル同士の間に生まれる嫉妬心であり。
決して突飛なものでもなく、もしかしたら日常でも感じられるような程度に収めてあります。
ただ学校の先生の件は 少々蛇足ではとは思ったけどね(苦笑)

映画のラストとしては、女性二人の信頼関係、ステップアップ、そして幸福感に満ちた満足度の高いものとなり壮観なヨガシーンとなるのですが…
その後にまた趣向を凝らした演出があるので最後の最後までお楽しみに(^-^)

そのシチュエーションから、基本は女性目線で こじゃれたテイストの映画かと思いきや、全くあざとさも鼻につくような場面もなく、沁みる映画だったですよ。
ちょっと疲れがたまってる人、日常の小さな悩みを抱えてる方。最後までお付き合いいただくと、ほんのり心が軽くなれるかも。
これだから映画は見てみないとわかりませんね。おススメの一本です。

さて、ここからは余談ですが…
ヨガのインストラクターって 体の動きだけでなく、呼吸方法から心の在り方まで語っていくんですね。それを聞いていたら一種の催眠術みたいって思ったんだけど。
でも それにならって肉体を動かし、催眠にかかるというのも大切かもしれませんね。
結局は 前向きな姿勢を言い聞かせることだから。それはそれで良いことですよ。

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まさか、ラスト5分で迷走?(笑)
posted by 味噌のカツオ at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月31日

サスペクト 哀しき容疑者

ウォン・シニョン
コン・ユ、パク・ヒスン、チョ・ヨンハ、ユ・ダイン
北朝鮮特殊部隊の元工作員・ドンチョルは、妻子を殺して逃走した犯人を追って脱北。韓国で運転代行業をしながらその行方を追っていた。
そんなある日、親身になってくれていたパク会長の殺害現場に居合わせ、死に際に眼鏡を渡される。やがてドンチョルは会長殺しの容疑をかけられ、国家に追われることに…

原題は「The suspect」。
念のためサスペクトの意味を調べましたら…
動詞では「疑う」「感づく」。名詞だと「容疑者」。形容詞としては「疑わしい」。
ということらしいです。

上映前の予告はなく、そのかわり主演のコン・ユのコメントが。要約しますと…
「もっと予算があったらハリウッドの「ボーン」シリーズみたいにすんごいことできたんだけど。それでも一生懸命に作ったんで、楽しんで見てちょ!」ということをおっしゃられてました。たぶん。

韓国映画は ここ最近見た中ではハズレないんよね。それもあって この作品も、単館ではありますが前評判が良いので期待して見てきました。
んで 率直な感想は、わたくしとは合わなかったなぁ。

まず良かった面についてですが、非常に深い設定がなされていて、ストーリーも裏切りに逆転にと目が離せない展開。ドキドキが止まらないですよね。
そしてアクション。筋肉はじける場面もあり、非常に男臭いバトルのシーンもアツい。

さらに度肝を抜くのがカースタント。めちゃめちゃ狭い裏路地をバックで爆走。ガッツンガッツンと容赦なくやりまくってますから。「ルパン三世」に爪の垢でも煎じて飲ませたいぐらいのパフォーマンスを見せてくれます。

ちょっとツッコませていただくなら、本編前の前フリで控えめな発言を聞かせつつ、ハリウッド顔負けの超絶アクションをやってのけるという。「なかなかやってくれるじゃん」と。そう思わずにはいられません。

と一通り褒めたところで逆に気になった点を。
非常に深い設定と捻った展開であるがために、正直ついていけない(爆)
事前にあらすじを見てはいたんだけど、もっと主人公…そして主要キャストの立ち位置と過去がわかっていないとしんどいかも。

それぞれがどんな立場で、今どんな問題が起きているのか。
またそれらが進みつつ 裏切り行為、二重スパイ、本当の悪玉。これらの存在が整理できていないと。

また一見 見応えのあったアクションシーン。
えらく寄りのカットを多用して、バチバチとカットが切り替わるので ぶっちゃけ何をやっているのか?体のどの部位を攻撃しているのかが分かりにくい。
「何かすごいぞ」感もあるにはあるんだけど、素直に楽しめないかなぁ。
往年のジャッキー・チェンのそれとは比べらんないかな。

カーアクションも同様。
相当にやり過ぎちゃってるんだけど、カット割りが激しすぎて損をしているところありますよ。いやぁまぁ十分に凄いんだけれども。

最終的には それとなく見終えることはできるんだけど、137分という上映時間に ちょっと詰め込み過ぎでは?
カーアクションも2回あったしね。

そんなこんなで、わたくし的には素直に楽しめきれなかったという印象。
そうやって集中力を欠いた結果、わ〜この人 遠藤憲一に似てる。この人 メガネはずすと山口智充・ぐっさんみたい。あの人とこの人とで吉本のジャルジャルできるんじゃない?
などなど余計なことが気になっちゃいました。

結論。広い意味で見応えがあって凄いんだけど、わたくしは合わなかったなと。
そういうところでございました。

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メガネかけて寝てた m(@o@)m
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2014年10月16日

ジャージー・ボーイズ

クリント・イーストウッド
ジョン・ロイド・ヤング、エリック・バーゲン、マイケル・ロメンダ、ヴィンセント・ピアッツァ
ニュージャージー州の貧しい町で生まれ育った4人の青年たち。そこから抜け出すため、彼らはバンド「ザ・フォー・シーズンズ」を結成。
天性の歌声と曲作りの才能、そして素晴らしいチームワークで音楽界に不滅の伝説を打ち立てていくのだが…

そんじょそこらの爺さんたちはマナー守らん、我を通す、聞き分けが無い。結構困った存在が多いんですよ。

もしかしたらイーストウッド監督(現在84歳)も頑固なじじぃなのかもしれません。
でも もしかしたらその頑固さで自身の感性を押し通し、結果 このような名作を量産しているのかもしれませんね。

昨今では「イーストウッド監督ならハズレ無し」と思われてはおりますが…
この映画の元になっているのはトニー賞も受賞した同名のミュージカル。
とはいえ、今作はミュージカル映画というわけではありません。

キャストがスクリーンから観客に語り掛けるなんて演出もありますが、基本はストレートにフォー・シーズンズの足跡を追っていきます。
フィクションであればいろんな山場があったり見せ場を作ったりできますが、実話の映画化はそれなりの作り込みしかでなくなるんですよね。

そのうえで どれだけエンターテイメントとして高めていけるのかが難しいんだけど。それを感じさせずにやってみせるのがイーストウッド監督の上手さなんでしょうか。

基本 突拍子もない出来事はなくって。バンドであれば、音楽業界で生きていくなら起こり得るであろうエピソードが中心。
そして主人公に訪れる悲しいエピソードも必要以上にお涙頂戴にはせず。あくまでその後の歌唱シーンのための前フリのようで。

しいて言うなら「スクリーン上で必要以上な演出をしなくとも、観客だって解っているでしょう」というスタンス。作る側も見る側もオトナのスタンスなのかな。

そんな監督と観客の距離感と共に大きな柱となるのが音楽ですね。
多くの方が耳にしたことあるであろう名曲たち…と言えばそうなんですが、これらはオリジナルではなく 今回のキャストが歌っているんですね。
しかも、歌も別録音ではなく そのままライブ音源で収録しているとのこと。

そういう部分が この映画の息吹となってるような気もしますね。
ライブシーンのひとつひとつがホントに活き活きしているのはそのせいだと思います。

ちなみに 今作のキャストの大半が、ミュージカル・舞台版でそれぞれ演じていた役者たちで、映画は初めてという方が多かったそうで。
それでも変にミュージカルテイストの映画にしなかったこと、ならなかったことも素晴らしいです。

そしてバラバラとなっていたメンバーが集まり、20年ぶりだかに観客の前で歌うというシーン。
それぞれが歳を重ねていっているにもかかわらず、歌いだしたとたんに往年のビジュアルに戻るという。手法としてはファンタジーだけど、その感覚というのはリアルだよね(^-^)

さて、エンディングにきてやっとミュージカルチックな場面が登場。
個人的にあの世界観も好きなので、見ているだけでハッピーな気分になりましたよ。

名曲というのはこういう形も含めて受け継がれていくものなんですね。
そしてそれを演じたキャストの皆さん、監督のイーストウッドにも 心から拍手を送りたくなる。そんな映画でした。

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まさか「タモリ倶楽部」が関わっているとは…
posted by 味噌のカツオ at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月22日

猿の惑星:新世紀(ライジング)

マット・リーヴス
アンディ・サーキス、ジェイソン・クラーク、ゲイリー・オールドマン
前作のラストから10年。人類はウィルスによってほぼ死滅。驚異的な進化を遂げた猿たちは、森の奥で平和なコミュニティを築いていた。
しかし生き残りをかけた人類のグループが 森の中で猿と遭遇したことにより、一触即発の危機が勃発してしまう。

前作「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」から3年の時を経て公開されました。かの名作「猿の惑星」(1968年)の前日譚的シリーズのパート2。

実は先に「金曜ロードショー」でジェネシスをやってたので、それで軽くおさらい。
映画ファンとして“猿の惑星”という題材はもちろん好きですよ。でも前作は 正直言ってアニメのような猿のCG映像が好みではないし、ストーリーもそういうことですか…と思ってしまうようなものだったですわ。
が 今回のライジング。その2点が格段に良くなっていましたね。

「GODZILLA ゴジラ」の時にも感じたことだけど、今どきのCGって技術は向上してるけど質感がウソくさいんですよ。
凄くきれいな絵だけど、そこに存在してるように思えないみたいな。

ですが今作の猿たちは その毛並みや肌の質感から(表情などの)微妙な表現力が良くなってましたね。
体格や行動が 良くも悪くもリアリティから少し離れていたような。まさに好みの問題になってくる部分だけど。

ただ難点を言えば、それぞれの猿の関係性や性格がいろいろあるんだけど、暗い映像になると誰がどの猿か混同することがあったかな。服着てないからさ、区別が付きにくい瞬間があったのね(苦笑)

そしてストーリー。前作のジェネシスが研究やら薬品だの理屈に裏打ちされていたのが、今回は思考・思想によるところが多く、すなわち より感情移入しやすくなっていたり善意と悪いの違いがしっかりと打ち出されておりまして。
しかもそれらを猿にゆだねているというのもまた面白い。

そもそもこれはSF映画ではあるんだけど、ペットを飼ったことある人なら この感覚わかるんじゃないかな。
犬でもネコでも、どうかすると爬虫類だって、一匹づつそれらの性格があったり、エサを与える人にはとても忠実だったり。
そんなことを鑑みても、この荒唐無稽な世界観でも受け止められるものになっているんですよね。

「人は人を殺すが、猿は猿を殺さない」という格言が この物語の大きなキーとして存在してます。でも それをはみ出していく猿がでてくるんだよね。
猿が言葉を持ち、心も進化するという展開に於いて、もしかしたらアイツが最も進化した猿だったのかもしれない。
かと言って そこまでいってしまう人間の進化が果たして正しいのかというと…
そんな いろんなことも考えさせられる映画でした。

さて、映像もストーリーもレベルの高いものを提供しているのは確かです。その一方で、木と木の間を 事も無げにピョンピョン駆けていく描写とか、物理的に無理のあるシーンは気になりますね。ちょっとだけ。

「猿の惑星もここまできたか」的な感慨を持ってシーザーとコバのバトルシーンを見てました。設定もドキドキするし 見せ方のクオリティも非常に高いです。
でも必要以上にぶっ飛んでいったり大きく落下しつつ平気とかいうのが、見ていて ほんのちょっとリアリティから遠のくんだな。スーパーマンとかアベンジャーズではなくて猿なんだからさ〜ってね。

いろいろ書きましたが、ホントに“惰性を含んだシリーズもの”という雰囲気は決してなくて。
今どきのSF作品でこれだけ見応えあるのは珍しいんじゃないかな。

これなら続きも気になってきますが…次作はまた3年後とかになっちゃうのかねぇ!?

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馬が猿に反逆する「馬の惑星」も見てみたい
posted by 味噌のカツオ at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月24日

ソウォン/願い

イ・ジュンイク、オム・ジウォン、キム・ヘスク、イ・レ
ある雨の朝。8歳の少女ソウォンは、通学途中に酒に酔った男に襲われ、心身共に生涯消すことができない傷を負ってしまう。
ソウォンの証言で容疑者は確保されたが、事件の記憶が蘇ってしまった娘に、父ドンフンは近づくこともできなくなる。

最近の韓国映画ではこういった実際にあった事件をテーマにした作品がチョイチョイあるようですね。
歴史を変えるような事件、多くの被害者を出した犯罪…ではなく、非常にパーソナルで、イチ個人やひとつの家族が苦悩するという。そういう作品が多いような気がします。

この作品も実際に起きた幼女暴行事件とその裁判の顛末を描いたものとのこと。
大変失礼な言い方にはなるかもしれませんが、そのモデルとなった方が実在する以上、あまり無茶な結末ではなかろうと。

展開としては 大変悲しい事件に巻き込まれた家族が、希望を見つけて立ち上がっていく姿を描いているんだろうと。
それをわかったうえで、望んだうえで観客も足を運んでいるんだろうなと思ったわけであります。
そしてわたくし自身もその中のひとり。

映画という創作にあって、確かに予想通りの起承転結。無茶なサプライズはありません。

ただ そうは言いながらも、胸の締め付けられるような思いでしたね。
8歳の少女が受けるにはあまりにもひどい犯罪。
そして法廷の場面も厳しいものでした。

主人公の少女は凄く頑張った。でも“悪いおじさん”がなぜこんなことをしたのか。8歳ではわからないであろう、いわゆる欲望という動機と向かい合う時がいつかくるのかな。
それもまた辛いことだよね。

そしてその頃には、悪いおじさんは、また…ってこともありえるんだから。
なんだかなぁ。。。


小さい劇場でしたが、評判が伝わっているのかほぼ満席。
ただし、年配の方の姿が多かったです。

わたくし的には、映画の設定と同様なアラサー〜アラフォー世代の親御さんにこそ見ていただきたい。そして考えていただきたい作品だと思うんだが。
そういう意義のある映画であるとね。

でも…やはり実際問題として、直撃世帯の親が見るにはヘヴィー過ぎる内容かもしれないな。直視できないかもね。


最後に。
あるレビューにあったのですが、この映画の元となった事件がどんなものか調べてみたら、何やら映画よりももっと酷い状況だったと。調べるんじゃなかったとのコメントが載っていました。
ますます辛くなるなぁ。

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ゆるキャラって、大切だね
posted by 味噌のカツオ at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月14日

サンシャイン 歌声が響く街

デクスター・フレッチャー
ピーター・ミュラン、ジェーン・ホロックス、ジョージ・マッケイ
銀婚式を間近に控えたロブとジーンの元に、息子のデイヴィー、そして娘・リズの恋人・アリーが兵役を終えて帰還を果たす。
しかし大きな幸福感の中で催された銀婚式のパーティーの最中、ロブに隠し子がいたことが発覚。リズはアリーのプロポーズを断り険悪な雰囲気に。デイヴィーも新恋人と大げんかとそれぞれの関係に危機が訪れる。

「スコットランド版のマンマ・ミーア!」「とにかくハッピーになれる!」「映画評サイトのRotten-tomatoesで96%が絶賛」と これでもか〜というぐらいの宣伝文句が載っておりまして。こりゃ期待しないわけにはいかないぞ…とハードル高めで見てきました。

しかしファーストシーンに驚かされました。それが非常に渇いた戦地の映像だったので。
ついつい「見る作品間違えちゃったか!?」とハラハラしますが…心配ご無用、すぐにミュージカルシーンになっていきますので。

が、その安心もつかの間。なんちゅうか迷彩服の野郎二人が歌い踊る様は、ミュージカル映画の華やかさには欠けるかな。
家族や恋人の元への帰還というシチュエーションではあるが、何気に負い目もありつつだしね。

やがて物語が進むにつれ、それぞれのパートナーとの間にすれ違いが生じ、全編が険悪な雰囲気に。

様々な困難を乗り越えないと“愛”は実らないというそんな感じがするのと同時に、ミュージカルが苦手な人にとっては この辺りの展開は、乗り越えるべき場面でございますね。
個人的にこういう作品のミュージカルシーンを否定はしませんが、デイヴィーとイヴォンヌが カフェでポップな曲に乗せて口論するのは違和感あったなぁ。

さてさて こういう映画でもございますので当然ながら、次第に各々が諸問題を克服しハッピーエンドへと向かっていくわけで。
そのクライマックスシーン。美しい街並みの中、今どきのフラッシュモブチックに歌と踊りの輪が広がっていくあの世界観は見ていて楽しかったですよ。
これほどまでにファーストシーンとラストシーンのギャップがある映画も珍しいかもです(笑)

でも厳しいことを言うならば、起承転結もワクワク感も、映画より舞台の方が受け止めやすい構成ですわね。
実際に英国で大ヒットしたミュージカルの映画化らしいですから。

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ドッキリのプロポーズも罪なもんだね
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2014年06月13日

女子―ズ

福田雄一
桐谷美玲、藤井美菜、高畑充希、有村架純、山本美月
名字に色が入っているという理由で集められた5人の女子。チャールズ司令官の指令により、世界征服を狙う怪人たちと戦うことを命ぜられた…それが戦隊ヒーロー“女子―ズ”。
しかし女子は何かと忙しく、なかなか5人が揃わない。そんな彼女たちが地球を守れるのか!?

「勇者ヨシヒコ」や「HK/変態仮面」を世に送り出した福田雄一監督作品。
とにかく今が旬のかわいい女子を5人そろえたというだけでも素晴らしい。カワイイ女子が見られれば、もはや内容なんかどうでもいい。
とまでは言い切れないが、ぶっちゃけ この5人も事務所もよくこんな企画に出演OKしたな(苦笑)

でもやっぱりそもそもは企画の勝利でもありますか。いわゆる“戦隊ヒーロー”というカテゴリーは誰でも知ってるわけで。
それを女子5人にしてしまうのもそうだし、一般的な女子というのも共感を得やすいかな。まぁストーリー細部をみると、とてもじゃないけど共感を得るまでにはないかもだけど!?
それでも この作品のスタンスであれば「あるある」「わかるわかる」と思えちゃうよね。

もう一つ、(ネイビーはさておき)それぞれのカラーによるキャラクター設定も、程よく表現されていたのも良かった点ですね。クールなブルーとかガッツリしたイエローとか。

そんな中 わたくし的なツボは、後半にレッドが仲間を呼び集めに行くあたり。
イエローとの歩道橋のやりとりのシュールさ。ブルーの20世紀少年。グリーンのツッコミ辛い芝居へのこだわり。ネイビーの恋愛事情…
あの辺りはクスクス笑えました。。。

そうだ、クスクス笑いだ。
決して爆笑まではいかないんだけど、クスクス笑えるというのが この映画の愛すべき“ゆるさ”であります。
確かにそれはそれでいいけれど。

惜しむらくは、ここにあるのは男子目線による女子事情という感じから抜け切れていないような〜というトコかな。
ホントに女子が女子の裏側や本音を描くとしたら、もうちょっと えげつない要素も入ってくるのかもしれなですわね。

戦隊ヒーローもののパロディでありコメディ路線ということを思えば、その部分も もう少し踏み込むのもアリかなと思ったり。でもそれを突き詰めちゃうと力を合わせて戦うのが難しくなっちゃうと思ったりで。
結局 福田監督の作風であるならば、これぐらいの加減でちょうどいいのかな。
わたくしとしては、カワイイ女子効果で ほぼほぼ満足だったんだけどね。

余談ですが、わたくしが見に行った回は女性のお客さんが異常に多かったんだけど。
このキャストに この設定。女子のお客様のニーズあるのかな?
あるいはたまたまレディスデーだったからのことなのか!?

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うんこ〜うんこ〜
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2014年05月28日

青天の霹靂

劇団ひとり
大泉 洋、柴咲コウ、劇団ひとり、風間杜夫
39歳。売れないマジシャンの晴夫の元に、ホームレス生活だった父親が亡くなったとの連絡が入る。遺骨を抱え、父に人生と自らの未来を重ね涙する晴夫。
そこへ突如一閃の落雷が直撃し、その衝撃で40年前へとタイムスリップしてしまう。そんな中 マジシャンとして浅草ホールを訪ねた晴夫は、若き日の両親と出会う。

“人気芸人”として紹介されてますが、ぶっちゃけ劇団ひとりって、あまり好きじゃないというか。そもそも芸人なん?あまりオモロイと思った記憶が無いのですが。。。
ただ芸人的視点はさておき、何かしらの“才”を感じさせるというのは否定しません。

既に「陰日向に咲く」が映画化されておりますが、この「青天の霹靂」も原作は劇団ひとり。
そして今回は自身が初の監督、そして(共同ではあるが)脚本も担当されております。あぁもちろん出演もしてますね。

冒頭の導入部は まさに自身の経験らしいですね。
自分よりも後輩のヤツが、クソ面白くもないくせにテレビに出てはチヤホヤされて。かと言って面と向かっても、全く嫉妬なんかしてません〜と強がってしまう。
こういう人気商売をしてたら そういう思いも意地もあるだろうなと。それを芸人ではなく手品師に置き換えたということですな。

自分はこれからどうなるのか、自分は何のために生まれてきたのか。
そんな状況でとことん打ちひしがれた主人公が、やがてタイムスリップという非現実の世界に入っていきます。
本当だったら混乱を喫しても不思議ではないけれど、元の世界に帰ったところで自分には何もないと割り切り、その世界で生きていこうとするのに妙な説得力ありましたね。

そして決して信頼できなかった父親。自分を捨てた母親と出会い、自分の出自と向き合うこととなります。

上映時間は96分。決して長くはありません。そこで組み立てられる起承転結は実にコンパクトにまとめられていて、とても見やすいです。
欲張ろうと思えば もっとゴテゴテに盛ったオハナシにもできたかもしれません。でもそれをやると、たぶんクサくなりすぎるでしょうね。
感動の押し売りが鼻につく映画もあるなかで、この あざとくなり過ぎない点がとても好印象。

でありながら、一番根っこにあるものはサラリとしつつも、設定とかセリフとかはしっかりしてるので確実に響いてきます。
もちろん そこに至るまでのネタだったりエピソードで笑いも取ってますから、そのうえでの“泣き”はより引き立つわけで。
さすがにわたくしもグッときちゃいましたよ。

ですが最後の最後に“オチ”のような展開も用意されておりまして。
普通に泣ける映画を期待する向きには「あれはいらん」となるのでしょうが、わたくしとしては“芸人・劇団ひとり”なりの照れ隠しなのかなと、好意的に見ております。
ああいう着地点を用意しておかないと、ただのイイ話でしかない…みたいなこっ恥ずかしさが残るっちゅうか(苦笑)

さて ここで特筆すべきはやはり大泉洋さんでしょう。
芝居上手いのは当然ですが、実際に長回しで本格的なマジック&カードさばきを披露してましたもんね。あれは相当練習してないとできないっしょ。ただただ脱帽。
そして支配人役の風間杜夫さんがいい存在感を放っておりました。

とにかく このあっさりテイストを物足りないと思う人もおるかもしれませんが、これぐらいだからこそフランクに観客の心にスッと染み込んでくるんだと思います。
“芸人・劇団ひとり”はそれほどでもないけれど、“映画監督・劇団ひとり”には次回作とか期待しちゃいますよ(笑)

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「手は1個でも口は3個」それが手品
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2014年05月16日

そこのみにて光輝く

呉 美保
綾野 剛、池脇千鶴、菅田将暉、高橋和也
ある出来事をきっかけに仕事を辞め、何もせずに生活していた達夫は、パチンコ屋で拓児という青年と出会う。拓児の住むバラックには、寝たきりの父親、その世話をする母親、そして姉の千夏がいた。
やがて達夫と千夏は互いに惹かれあうのだが、達夫は千夏の衝撃的な事実を知り…

41歳で自ら命を絶った作家・佐藤泰志が遺した唯一の長編小説を呉美保監督が映画化。
あまりそそられるストーリーでもなさそうだし、映画館で予告を見た覚えもなくってスルーしていたんだけど、非常に評価が高いようなので見に行ってきました。

率直な感想としては、見て良かったというよりも、映画好きには引っかかっちゃう物語ですよ。

「綾野剛がなんぼのもんじゃい!」という思いは少なからずありました。でも「白ゆき姫殺人事件」が思いのほか良かったので、もしや〜との期待も。
でも今作では「白ゆき姫〜」どころか、これまでにないような色気ありましたね。いい役者です。

そして共演となる菅田将暉。今まで見た覚えはないので、彼もピンとこなかったんだけど。でも パチンコ屋でのファーストシーンからなんか…なんかでしたね。
彼の演じた拓児はホントやかましくていい加減で、できればお近づきにはなりたくないんだけど、ずっと一緒にいると目が離せなくなる魅力があるんだよね。

そして池脇千鶴ですよ。これから褒め言葉を書きます!!
決して街ですれ違っても振り返ってしまうような、見まごうほどの美人ではない。30歳を過ぎたその体は幾分かぽっちゃり予備軍で。いや、後ろ姿からすると女優としてはちょっとキツイかなってぐらい。それ相当の肉付きになっておられます。
ただ、ただ、あの若干うらぶれた雰囲気に、あの体型。んー38歳以上の男性であれば、8割ぐらいの人が「いい」と言っちゃうんじゃないかな。
「何?8,000円?買ったー!!」ってね(笑)

高橋和也もね、いかにもローカルな有力者っていやらしさを漂わせて良かったです。
後見人ってのをチラつかせるあの野郎。「ミレニアム」のリスベットみたいにひどい目に合わせてやりたいと。イラついたわ。

とにかく終わってみれば、キャストの芝居でありキャラクター・存在感が素晴らしかったです。

“終わってみれば”というのは、実は ほぼほぼ中盤まで見ていてピンとくるものがなかったんだよね。展開がスローであり、(本質が)わかりにくい状況もあって。
でも、何でしょう。世界の、いや日本においても対局とは無縁であろう函館の小さな街の片隅で。とても不幸であり貧困である状況の中から、それはそれはリアリティが感じられて。

もちろん貧乏だから、不幸だからかわいそうなんて単純なことじゃないですよ。
どんな状況であれ生きるということとか。そこにも光が差し込んでくる余地があるんだと。

この映画のラストシーンですべてが解決してるわけでもないし。かと言って希望が見えるとも思えません。
だからしいて言うなら、タイトルにもある“光”なのかな。

光なんていとも簡単に遮られることもあるし、輝き続けようとするならそれなりのエネルギーも必要で。
でもハッキリとしたゴールではない、この危うさこそが映画の余韻となっていくんですかね。
つまりは“映画好きには引っかかっちゃう物語”であると。

いろんな登場人物の物語に決着がついていないんだけど、たぶんみんな ものすごく幸せになるとは思えなくて。
それ以上でもそれ以下でもなく。

でもそう感じさせるリアリティが堪らない作品。
見ておくべき日本映画であります。
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2014年04月03日

白ゆき姫殺人事件

中村義洋
井上真央、綾野 剛、菜々緒、蓮佛美沙子
人里離れた山中で美人OL・三木典子が殺害された。同僚らの証言から、被害者と同期入社で行方がわからなくなっている城野美姫に疑惑の目が向けられる。
テレビディレクターの赤星は、周辺取材をしつつ状況をツイッターに投稿。テレビ報道とネット上の両面から 噂が一人歩きしていく。

監督は「アヒルと鴨のコインロッカー」や「ゴールデンスランバー」の中村義洋。そして原作は湊かなえ。

湊かなえと言ったら、伊坂幸太郎、東野圭吾と並んで、映画化されている作品も非常に多い作家さんです。しかもハズレがない(笑)
上記の三者は どなたも人間模様がとても入り組んだ物語を作りまして。それでいて ラストにはしっかりドラマをおさめつつ、感情にも訴えかけるストーリーを書かれますよね。

この映画もそんな印象はあるのですが、これまでありそうでなかったものが“キー”になってきます。それがツイッターとテレビのワイドショー。
どちらも情報発信に長けたものではありますが、使い方次第では非常にやっかいになり得ます。

「人の噂も七十五日」と言いまして、世間の噂は長く続かず しばらくすれば忘れられる…と考えられています。
確かに長さでは大差はないかもだけど、瞬間的な広がりの勢いはひと昔前とは比べ物になりませんわね。
SNSやメディアの恐ろしさがよくわかります。

この映画で表現されているもう一つの恐ろしさ。それが人。そぅ人です。
ひとつの事例に対して、様々な登場人物の証言というのが出てきます。

かつて その人の立っていた場所によって、物事の見え方が変わってくるという映画がありましたが、こちらはもっとシュールで現実的。
つまりは各個人が持っている先入観によって、証言の内容が微妙に変わっていくんですね。
同じ人の行動や言葉を、どんなスタンスで受け入れて理解するか。これでイメージが変わってきてしまいます。

さらに、端からウソをいうヤツ、都合の悪いことは言わないヤツ。いろんなのがおりますから、思い込みやら間違った解釈で さらに真実がゆがめられて報道されていくことに。

エンターテイメントとして見る分にはオモロイけど、実際の世の中もこんな感じで進んでいってるわけですから。
それを解って映画を見ている人も、現実には同様の振る舞いをしてしまうはずなので。気を付けなければいけません(苦笑)

映画の序盤の電話しながらツイッター投稿をする場面。
会話とツイッター上の本音とが同時進行されていって、見るのに神経使いますが、それ以降は大丈夫だったですね。

有名な原作者・監督に負けず劣らず、キャストらもみな上手で。少々複雑なストーリーも違和感なく楽しめました。
中でも、表情を押えて“地味な先輩”を演じた井上真央ちゃん。キレイ過ぎないけど どこか気になる存在を演じられるのは見事なもんですよ。

最後の最後になって、あの二人が顔を合わせる場面があるというのも皮肉な話で。それにも 思わずニヤリとしちゃいました。
決してシュールに偏らず、笑えてしまう描写もあって、しっかりと楽しめた映画です。

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あとは雅也のことだけが気がかりで…
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2014年03月12日

それでも夜は明ける

スティーブ・マックイーン
キウェテル・イジョフォー、マイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーバッチ
1841年。ニューヨークで家族と共に暮らしていたバイオリン奏者のソロモンは、突如誘拐され 奴隷として南部のニューオーリンズへ売り飛ばされる。
白人たちの非道な仕打ちを受けながら、いつか家族と再会することを信じて耐え忍ぶソロモン。やがて12年の歳月が流れ、奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスと出会う。

今年のアカデミー賞に於いて 作品賞、助演女優賞(ルピタ・ニョンゴ)、脚色賞 の3部門で受賞した作品。
原題は「12YEARS A SLAVE」というもので、直訳すると「奴隷の12年間」という感じかな。作品のイメージを駆り立てるという意味では「それでも夜は明ける」は実に日本人向けなタイトルです。

舞台となっているのが1841年ということなので、173年前の実話がベースの作品。えぇっ、そんな大昔!?ってことにちょっとビックリ。

自由黒人としてアメリカ国内で普通の生活をしていた男が、突如拉致されて12年に渡って奴隷にされてしまうという悲劇。
134分の上映時間中の大半が不条理な内容というべきか。心を痛めるような展開もあれば、本当に目を覆いたくなるような拷問の場面なんかも。
一応 最後まで希望を捨てなかった男が ほぼ奇跡的に助けられ、元の家族と再会を果たすわけなんですが…
どうもラストシーンまで見てもストレ−トな感動とか涙という印象でもなく。素直に“良かった”と思えるでもなく。

主人公の男はラストでそういうことになりましたが、あの農場で別れた他の奴隷たちはどうなてしまうのかと(もちろんどうにもならないんだろうが)。
後に奴隷制度への反対運動を行ったとありましたが、映画のラストシーンはあくまで再会までなので。

それに現代の日本人からすると、自由黒人とか黒人奴隷という制度自体をどう受け止めて良いのか解りかねる設定でもありまして。

大きな農場などでは基本的な“労働力”としての黒人奴隷が必要だったんでしょう。
ただ主(あるじ)となる人間次第で、普通に労働者として扱われたり、酷い迫害を受けたりのようで。紙一重なところもあったのかな。
その点は現代のブラック企業問題とかに置き換えられるのかもしれないね。

この映画にある“12年間の奴隷生活”ってスゴく厳しいことなんだけど、どうもその重みが伝わりきってこないんですよ。拷問や迫害のそれはあっても年月の長さを感じない。
んで これも日本人的感覚でしょうが、季節が…ないんだよね。

灼熱の真夏での労働とか、厳冬の空の下での作業とか。日本であれば そういった“絵”として時が流れてるを感じるんだけど。
主人公のビジュアルも そんなに歳くったとか、過酷な労働で肉体が衰弱していったみたいな変化も乏しくて。
その点、普通に見ちゃったのも惜しいかな。

起承転結がハッキリしてて、問題提起も内包した実話ベースの作品。近年のアカデミー賞らしい映画ではあります。
ですが、もしかしたら 最高の賛辞を贈りたくなる作品は別にあるんじゃないか…と、ついつい余計な思いを巡らせたくなっちゃうかな(苦笑)

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ブラピおいしい
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2014年02月13日

スノーピアサー

ポン・ジュノ
クリス・エヴァンス、ソン・ガンホ、ティルダ・スウィントン、エド・ハリス
温暖化を防ぐために使われた化学薬品の影響で、地球は氷河期へと突入。わずかな人類の生き残りは、一年で地球一周を走る列車“スノーピアサー”に乗り込んだ者だけであった。
が 前方の富裕層から後方の貧困層に住み分けられた車内。カーティスは平等な社会を目指し、仲間と共に革命を目論む。

韓国でちょっと異質な(?)作品を送り出し続けたポン・ジュノ監督。
制作は“韓国・アメリカ・フランス”となってまして、主な登場人物がアメリカ人でフランスのコミックが原作という異色作。

しかしまぁ韓国人の監督で(オスカー俳優を含む)これだけのキャストをよく集めたなと。日本人でそれぐらいできる人っておるのかな?
良い悪いはともかく、そういう挑戦のできる野心家はいないような気がする。

あらすじを読んで予告編の映像を見ていたら、大方の予測はつきます。
この列車は地球を意味するのだろうと。それがなぜ、どのようないきさつで、どこへ向かっているのか…みたいのを期待して見てきました。

まぁ率直な感想は、イマイチわからなかったなと。イマイチ響いてこなかったなと。
いろんな設定、伏線、謎が張り巡らされているんだけど、しいて言うなら それらがひとつひとつクリアされていったところで、驚きとかカタルシスとかを得られない感じ。
「はぁ〜そうなんだ」みたいな印象より上をいかなかったと。

メッセージ性もエンターテイメント性ともに同様で、琴線に触れるような衝撃がないと、見て良かったと思えないですよね。

ある意味 自分の映画を見る感性が乏しいだけかもしれませんが、他者のレビューなどを拝見しても「あぁそういう解釈か」とまで分析してる人はおりませんで。

一本の直線である列車が、丸い地球を表しているのだろうという前提で わたくしなりに見てたら、あの お寿司を出す水族館の車両は日本のことなのかなと。
一方的に偏った教育で、いざとなれば銃でダダダ!の車両はアチラの北のお国のメタファーなのかと思えたんだけど。
あとは究極的に地球を動かすのは今の子供たちなんじゃなかろうかとか。

もしかしたら それ以外の車両や登場人物にも、何かしらを投影させていたりしたのしれませんが、イマイチわからなかったなと。イマイチ響いてこなかったなと。そういうトコであります。
あるいは解ったとしても「おもしろい」までは辿り着かなかったのかな。

迫力のある列車の映像なんかはとても見応えあったし、車両ごとの個性的な描写の数々もキライじゃありません。
でもトータルで考えたら、ちょっと乗れなかったな。
この列車には…いや、この映画には。

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主食は羊羹なのですか?
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2014年01月30日

ジャッジ

永井 聡
妻夫木聡、北川景子、鈴木京香、豊川悦司
落ちこぼれ広告マンの太田喜一郎はクセモノ上司の大滝一郎に押し付けられ、テレビCMの世界一を決める国際広告祭の審査員を務めることに。
ところが広告祭で自社制作のちくわのCMが賞を取らなければ会社をクビにされることに。喜一郎は同性ということで妻役となった同僚の大田ひかりと共に奮闘する。

CMプランナーとしてソフトバンクの「ホワイト家族」などを手がける澤本嘉光が脚本を務め、CMディレクター出身の永井聡が初の長編映画の監督を担当。

かつてはミュージックビデオを手掛ける方が映画を作ったというのもありました。
映像を撮るという部分では同じですが、CMや音楽のビデオと映画とでは尺も過程もかなり違うんじゃないかな。ある意味 異業種監督と言ってもよさそうな。

でもそういう方って既存の映画監督とは似て非なる感性を発揮して、映画ファンの斜め上を行くような。そんな面白味があるんですよね。

というところでこの作品。正直このチラシは何でしょうと。
大方のイメージでは見てはアカンやつに思えちゃう安っぽさ。

ところがどっこい、見た方の満足度は高いと来ておりまして。
得てしてこういう作品は拾い物が多いんですよ。そのひらめきを信じて鑑賞してきました。

結果、こいつは大アタリ(笑)
面白かったです!!

のっけから登場する腰を振るキツネ。このナンセンスの世界に「ニャーニャー」をかぶせる展開。いったい何がしたいのか。
海外の国際広告祭で通用するテクニックはペン回しと最高の料理を食べに行く姿勢。はて?
大滝一郎(オオタキ・イチロウ)の身代わりでサンタモニカへ行く羽目になった太田喜一郎(オオタ・キイチロウ)。
そんなオオタクンも海外では日本文化の象徴“オタク”と呼ばれちゃう。

本筋のストーリー展開に、ありえないエピソードが乗っかることで笑いを誘い。そうして貼って行った伏線を後に回収していくと。
要は、ありえない伏線をありえないやり方で回収しちゃう。ありえないことで2重に笑いを取る。

その奥にクリエーターとは、人の正しさとは、そんな要素もサラリと入れ込んでくる。見事なもんですよ。

しかしまぁ今の時代、ネットの情報やSNNを通して不可思議なことが世界規模で話題になったり、小さなことが注目されることはあるんだよね。
そう考えれば、きつねうどんを食べて「ニャーニャー」がブームになることも、強ち絵空事とも言い切れないのかな(笑)

近年の妻夫木くんは情けない役だったり三の線だったりが似合いますね。どんどん のび太化していってる証拠かな!?

さて、作り手のバックボーンが15秒や30秒で完結するCMの世界なので、それもあってか この映画ではコンパクトな笑いがいくつも散りばめられている感じ。
クドカンさんや三谷幸喜さんなど、おかしく笑える映画も多々ありますが、これはまた違った面白味がありました。
結構おすすめの作品ですよ!!

でも このチラシで損してるよね(苦笑)

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松本さんも昔は16歳だった(笑)
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2014年01月10日

セッションズ

ベン・リューイン
ジョン・ホークス、ヘレン・ハント、ウィリアム・H・メイシー
幼少時に患ったポリオが原因で、30年以上も首から下が動かない状態にあるマーク。それでも詩人としてジャーナリストとして、ポジティブな人生を送っていた。
そんな彼が心身ともに女性を愛したいと願い、セックス・セラピストのセッションを受けることを決意する。

冒頭に モデルとなったマーク・オブライエンの実際の映像も登場します。いわゆる実話がベースとなっている作品。
作中に登場するポエムも、実際のマークが作ったものだそうです。

病気が原因で首から下が動かない。そして重度の呼吸障害もあり、巨大な呼吸器の中で一日の大半を過ごさなくてはならない。
体はそんな状況でも、常に前向きで会話をすれば気の利いたジョークもどんどん飛び出す。そんな主人公。

体は動かなくても 心は普通の男性と同じ。いや 体がそんなだからこそ、恋多き男でもあるのかな。だからといって恋心を抱いても、なかなか肉体的快楽を得るまでには至らない。
そこでイザというときに困らないよう、マークはセックス・セラピストのセッションを受けることにします。

そんな風にストーリーは展開していきますが、このセックス・セラピストとは何ぞや?ということですよ。
これがどうやら、性行為の経験の無い相手にセックスとはどういうものかをレクチャーする職業みたいなんですね。もちろん実践も交えながらで。
あくまでレクチャーが目的であって、風俗嬢とはまた違うものなんですね。

アメリカ映画では 心が疲れてしまった人たちと会話をしたり、関係がが行き詰ってる夫婦に対してアドバイスをしたり。様々なセラピーを行う場面を見かけます。
それらと同様に、こんな性行為に対するセラピーというのもあるんですね。驚きました。

何が驚くって、そのセラピーを担当する女性が主婦だということ。
それこそセックスレス?と思わせる夫に、言うこと聞かない世代の息子を抱えた主婦ですよ。そんな女性が依頼を受けて、セラピーとして性行為を行うわけですわ。
ぶっちゃけ主人公の性以上に、セラピストさんの性が気になっちゃったりして。
はぁ〜いろんな職業ってのがあるもんだ。

かなりの割合でそちらの驚きもありまして、ストーリーがなおざりになりかけましたが。。。

なんだか本スジの方は特に面白いとか驚いた感は乏しいかな。
言ってしまえば、童貞男が頭でっかちになりすぎて(頭とは脳みその方のことよ)、行為がなかなかうまくいかないってのはあり得る話なので。
体に障害はあるけれど、恋をしたい。好きな人を抱きしめたい。挿入したい…は一緒ですわね。

しいて言うなら、見せ方が雑にも思えたかな。
うまく言えないけど、もうちょっと心の動きとかわかりやすくしてあってもいいのかな。「えっ、そうなの?」みたいな印象がチョイチョイあったように思うし。
それからマークの体が動かない分、もっと心を描き出してほしかったかな。露骨に もっとえげつなくね。
あれじゃまだまだですよ。

このような障害者の性の問題に触れる映画は今までなかったですかね。
その点は斬新だけど、あたしゃやっぱりセラピストさんの夫婦関係が気になっちゃうなぁ(苦笑)

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もしもおばあちゃんのセラピストだったら…
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2014年01月07日

受難

吉田良子
岩佐真悠子、淵上泰史、伊藤久美子、古館寛治
修道院で育った汚れなき乙女・フランチェス子。なぜ男女は付き合い、セックスをするのかという疑問にぶつかり、悶々とする毎日を送っている。
そんな彼女の陰部に突然、人面瘡ができてしまう。事あるごとに「おまえはダメな女だ!」と口汚くののしる人面瘡だったが、彼女は人面瘡に“古賀さん”と名付け、共同生活を送り始める。

直木賞候補となった姫野カオルコの小説を映画化。
修道院で育ち、男性からは言い寄られることもなく、純粋無垢のままの主人公・フランチェス子のオ××コに、人面瘡ができてしまう。
そんな設定の作品。

フランチェス子が自分のお股を覗き込んだり鏡に映したりすると、その人面瘡とやらがおるんですが。。。
ヒゲ面で鼻筋のところに割れ目があったりして。そのビジュアルたるやシュールさとエグさのバランスがなんとも(苦笑)

そもそもフランチェス子は「わたしとSEXしてください」と男子に訴えても相手にされないという存在。
全く使用価値のないオ××コに、その人面瘡ができちゃって。そいつが「おまえはダメな女だ!」としきりに彼女を罵倒するわけですよ。
ホントならうるさく思ったり、おちんこだ…いや、落ち込んだりしそうなんだけど、ちょっと変わりもののフランチェス子は そいつに名前を付けて、言わば同棲生活みたいになっちゃうんだな。

まぁそういうことなんだけど。。。

フランチェス子さんは男性から全く相手にされないという設定。しかし そういう役柄にしては岩佐真悠子はカワイイと思うんだよね。
彼女自体、女性としてニーズあると思うんだけど。それをモテない女子というキャラに据えることに説得力がない。

逆にフランチェス子が憧れる男性役こそ「えっ、どこがいいの?」という感じで。設定と登場人物に微妙なギャップがあって感情移入がしにくかったですわ。

一方の人面瘡“古賀さん”も、ストーリー上すごく重要な存在なのに、キャラとして弱い。
演じた古館寛治も嫌いじゃないけど、この役、この声としてはなんか薄いなぁ。
終始ベラベラしゃべって言葉数は多いんだけど、悲しいかな何も響いてこない。

古賀さんが狂言回しみたいな役割にもなってくる以上、一方的にののしるだけでなくて、もっと展開をリードしちゃっても良かったし。そうでなくても何かを気付かせる要素とか、喜怒哀楽を揺さぶる言葉が欲しかったなぁ。
マツコさんやミッツさんの言葉みたいに「お〜なるほど〜」とか、説得力ある部分ももっと欲しかったな。

それ以外にもね、フランチェス子には男性の機能をダメにさせるナゾの能力があるんだけど、この設定も物語の中でポイントとするには弱い。とってつけたようなモノじゃないですか?

多くの“おひとりさま女子”とか恋愛に臆病な若者たちに訴えかけるものが作れそうな設定だけど、ちょっと惜しい仕上がりの思えたね。
どうでしょ、女性が見たら共感する要素あったんですかね?

それはそれとして、唯一よかったのは岩佐真悠子のヌードのシーンですね。
これも見せ方として言いたいことはあるけれど、見られたのは良かったです(苦笑)

余談ですが、枯れ木が揺れてたり寂しげな海辺とか明らかに冬の映像なのに、バックで蝉の声が響いてるのはどうなんでしょ。
そうまでして夏の設定にしなきゃアカンのか?

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おまん、古賀さん?
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2014年01月06日

少女は自転車にのって

ハイファ・アル=マンスール
ワアド・ムハンマド、リーム・アブドゥラ
サウジアラビアに暮らす10歳の少女ワジダは、男友達と自転車競走をするため自転車を買うことを決意。しかし母親から許しはもらえず、自分でお金を貯めて買おうにも、自転車代の800リヤルには程遠い。
そんな折、学校でコーラン暗唱大会が開催され、優勝者には1000リヤルの賞金が出ると知ったワジダは、迷うことなく大会に立候補する。

舞台となっているのは中東のサウジアラビア。監督はサウジアラビア初の女性映画監督。
そこに“映っている”のは、人、男性、女性。車、自転車、テレビゲーム。商売、仕事…人が生活するうえで当たり前の物事ばかり。

ただし、そもそもこの国には法律により映画館の設置が禁じられているとのこと。
また女性が車の運転をしたり自転車に乗ったりするのは御法度であり、女性が外出する際には肌や髪の毛を見せてはならないと。
さらには暮らしの中にはコーランの教えが密接に存在していたり、家族の枠組みも一夫多妻制があったり。。。

監督は現在のサウジアラビアの姿であり、問題点を10歳の少女の存在を通して提示しておりまして。
“映っている”ものこそ変わらずとも、社会のルールとして“描かれている”ものは大きく異なっているという。そのあたりを認識したうえで見ないことには、ホントの意味でこの作品を受け止めることは難しいのかもしれませんね。

でも どうなんでしょう。実際に女性が生きていく中で、そういった決まりや縛りってどのくらい厳しいのかな。
(女性の)校長先生も生徒である少女たちには厳しく指導をしていたけど、「実は自宅に男を連れ込んでいたのでは」なんて描写もあったりして。
どうやら それらに反したからと言って、縛り上げたり吊し上げたり〜とまでではないみたいだし。それに10歳の少女が主人公の物語で そこまでヒドい絵を入れることもないだろうけど。

そうなんだね、あくまで主人公は10歳の少女。見る側として必要以上にヒリヒリと構えることもないのか(苦笑)
確かに問題提起という要素も大きなテーマであるけど、それも理解しつつも肩ひじ張ることなく。一人の少女とその母親。一人の少女とその友人の少年。一人の少女とその社会。
そんなスタンスで見るのがいいのかもしれないですね。

ちなみに後日談として聞いた話では、この作品が世に出て以降、サウジでも女性の自転車ぐらいは〜というように変わってきているそうです。
そうやって長い年月を経ていく中で、様々な作品などでメッセージを発信していくことで、社会も少しづつ変えていけるのかもしれないですね。

さてさて この映画のラストシーン。少女が心から欲しかった自転車をプレゼントされ、軽快に街の中を走る映像にこちらも笑顔で見終えることができます。
ただし、いくつもの車が走り抜ける大通りの向う側までは…という。
今現在のサウジアラビアとは、まだ そういうところなのでしょう。

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ハンドルの先のヒラヒラが懐かしかったね
posted by 味噌のカツオ at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月20日

ゼロ・グラビティ

アルフォンソ・キュアロン
サンドラ・ブロック、ジョージ・クルーニー
地表から600km離れた宇宙で船外でミッション遂行中のマットとライアン。そこへ破壊された人工衛星の破片が襲い掛かり、二人は無重力空間に放り出されてしまう。
スペースシャトルも大破し、酸素も残りわずかという状況の下、果たして二人は無事に生還できるのか?

日本公開前からウワサがウワサを呼び、大きな注目を集めていたこの作品。
実際に見た人の評価も高いようで。

舞台は宇宙空間。登場人物はわずか2人。ストーリーはシンプル。上映時間はコンパクトな90分。
ただし、わたくし自身が 若干眠気をはらんだまま見に行ってしまったもので。結果 随分と集中力を欠いた鑑賞となりました。

上映形式として3D・吹き替え版と、2D・字幕版があって、わたくしが見たのは後者の方。
ジョージ・クルーニー演じるマットは たいへんおしゃべりなキャラクターで、前半は結構な会話劇でして。正直なかなかそれに着いていけないところもありました。
さらに、映像的にも おそらく3Dが活きるものだと思われます。
そんなわけで なおさら眠気が増していった次第。

そのうえでの感想です。

映画の冒頭から危機が襲い掛かり、その後は一難去ってまた一難。なんだか大小を問わず出来事がひっきりなし。
なんというか登場人物が2人(ほぼ1人)なので、それで展開を作ってるようにも見えちゃって。なんだか忙しく感じちゃったね。

ちょっとネタバレになりますが、最終的に地球へと戻ったライアン。
ポッドから海中へ。そして宇宙服を脱ぎ やっとのことで地球の大地を踏みしめます。
ただ、地球に帰還した宇宙飛行士って、重力の違いもあって すんなりと自力では歩けないようなイメージあるんだけど。
しかも海中であれだけ動くのって普通でも大変じゃなかろうか…とツッコミたくなったんだけど(苦笑)

とまぁなんやかや言っておりますが、映像に関しては理屈抜きでスゴいです。
キュアロン監督が以前に撮った「トゥモロー・ワールド」もたいがいスゴかったけど、これはまた信じられないような映像体験でありました。

この無重力状態の映像を人工的に撮影するってどうしたらできるんでしょうか!?
あんなもん、いっそのこと全員で宇宙に行って、実際の無重力空間で撮影した方が手っ取り早いと思うんだけどなぁ(苦笑)

というわけで、わたくし自身のコンディション的に内容面ではイマイチ乗り切れなかったのですが、とにかく映像は素晴らしかった。
もっと言うなら、3DでありIMAXなんかで見たらさらなる感動を覚えるんじゃないでしょうか。
わたくしは2D版だったけど、ぜひそちらをおススメいたします。

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露にやられた米が中にすがる…
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2013年11月06日

蠢動 しゅんどう

三上康雄
平 岳大、若林 豪、目黒祐樹、さとう珠緒、脇崎智史
享保の大飢饉より三年、山陰の因幡藩は落ち着きを取り戻したかのようにみえた。
しかし 幕府から派遣された剣術指南役の松宮が不審な動きをしているという知らせが届き、城代家老の荒木は 用人の舟瀬に松宮の動向を探ることを命じる。

ウワサに寄れば、監督が私財を投げ打って資金を捻出。そのうえで30年前に製作した作品をセルフリメイクしたというから驚き。

ひとつは この物語であり、時代劇というものへの思い入れというのもありましょう。そしてもう一点、自分が見たいと思える時代劇がないという。
そういったスタンスとのことで、とにかく監督の情熱というか情念がこもった映画なのであります。

ちなみにわたくし自身は「時代劇だから云々…」ということもなく、面白ければよいというそれだけ。
で、この作品はなかなか良いデキという評判を得て見に行った次第。

前半から中盤、大半が会話劇でありまして。必用以上にドラマチックな展開や大きな動きはありません。舞台背景ならではの地味な感じ。
しかもその当時の会話であり言い回しが登場するので、内容が手に取るように伝わるかと問われたら 正直しんどいところ。
できれば通訳か字幕が欲しくなるような(苦笑)

そんな中、原田、香川、荒木など、登場人物の名前がシンプルだったのが救い。おかげで人物を追いつつ、ストーリーも追うことができた点はあります。

そして訪れるクライマックス。
雪山での殺陣のシーンがそれなんですが、いやはや〜これがなかなかカッコよかったんですよ。
誰も足を踏み入れていない深雪の上に駆け込みながら、刀を振り回す様。シビれましたですねぇ。

言ってしまえば ありがちなチャンバラですよ。1人対多人数でありながら、一斉に飛び掛ってはいかないですし。
そういうリアリティも乏しいし、血しぶきが飛び散る事も無いのでエンターテイメントとしても弱いのかもしれない。

でも歩くのすら疲れてしまいそうな雪の中で、バタバタと闘うその姿。ひと目で寒さが伝わってくるような過酷な雪山の中での息使い。
そういったパーツを含んだ映像には、これでもかーと情熱が詰まっておりました。

さらにこの作品、全編通じてBGM、音楽というのが全く使用されておりません。そこで唯一流れるのが太鼓の音色。これがまた雰囲気を高める役割り、果たしておりました。

あとは時代劇を多く経験してきたベテラン役者の皆さんの存在感。効いてましたね。
若い人たちは所々で雑なトコ?荒っぽいトコ?も見られましたが(苦笑)

結果的には思いのほか満足のいく仕上がりで。なかなかオススメとまでは言いにくいのだけれど、愛すべき作品であることは間違いありません。
少なくともわたくし的には「いいもの見た」と感じられるものでありました。

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蠢動という字は、三人日虫虫重力と書きます
posted by 味噌のカツオ at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする