2013年01月30日

さよならドビュッシー

利重 剛
橋本 愛、清塚信也、ミッキー・カーチス、吉沢 悠
ピアニストを目指す16歳の少女・遥。ある日、祖父と いとこのルシアとともに火事に巻き込まれ、全身に大やけどを負いながらも 奇跡的にただ一人生き残る。
リハビリを重ね、ふたたびピアニストを目指していく遥の周辺で、次々と不可解な出来事が起こる…。

第8回「このミステリーがすごい!」の大賞に輝いた同名小説の映画化。
原作の中山七里さんは岐阜出身。そしてCBCの企画協力ということもあって、本来の舞台である名古屋でロケも行なわれております。

さて、「ミステリーがすご〜い!」とか言われても、イメージとしては音楽によるサクセスストーリーという印象もあって、イマイチ ピンこなかった。
ところがラストまで見ていくと、確かに「すごい!」と思ってしまったわけですわ。ただし、余計なことを言うならば…ミステリーがすごいけど、サスペンスは弱いってかな(苦笑)

この手の作品は音楽がモチーフとなっているので、演奏シーンというのが非常に重要だと思います。
その点ではこの映画は素晴らしかったですよ。遥がピアノを弾く決心をした場面。あの岬先生こと清塚信也の演奏は、わたくしも何だか涙出てきましたし。それだけ訴えかけるものがありました。
もちろんクライマックスの遥の演奏シーンも。ちなみにコチラの音源も清塚信也が弾いていたそうですが、やはり心に響いてきましたね。

その清塚信也はピアニストとして吹替え演奏の経験はあるそうですが、役者として演じるのは始めてで。
見る人によっては それがクサい芝居に見えたことでしょう。でも わたくし的には、それぐらい突き詰めちゃってる演奏家・アーティストって、どこか浮世離れしてる面があったり、凡人の感覚とは少しズレた部分があったりするもので。
そういう意味で違和感は感じなかったし、それどころかレッスンの中で語る彼の言葉ひとつひとつが、目から鱗というべきか。説得力あったんですよねぇ。

アレが脚本としてのセリフなのか、本当に演奏に役立つ理論なのか どっちかはさておき、見入って 聞き入ってしまったのは事実。

橋本愛ちゃん…さん…は どの作品を見ても落ち着いた役が多いですね。年齢の割りにキャピキャピした面を全く感じさせない。
失礼ながら、素直にキレイとかカワイイとか言いにくいんだけど。でも見ていて吸い込まれそうな魅力ありますわ。
「表情が常盤貴子さんっぽい」と感じる瞬間がチョイチョイありましたね。

原作の評価、役者の魅力、そして演奏のクオリティ。いずれも高いアベレージの要素がクライマックスで融合していく感覚。それらが とても悲しい物語に乗っけられていて。
ツッコミどころも無いわけじゃないけれど、それらを差し引いても、じんわりと涙を誘う良作だったですよ。

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さよなら土瓶蒸しぃ
posted by 味噌のカツオ at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月14日

シェフ! 三ツ星レストランの舞台裏へようこそ

ダニエル・コーエン
ジャン・レノ、ミカエル・ユン、ラファエル・アゴゲ
長年 三ツ星を守り抜いてきたレストランのベテランシェフ・アレクサンドルは大ピンチを迎えていた。次の品評会で星を1つでも失えば、店の運命は終わりと告げられたのだ。
そんな折、天才的な舌を持つペンキ塗りの男・ジャッキーと出会う。アレクサンドルはジャッキーを招き入れ、レストランを守るために立ち上がるのだが…。

今やドラえもん役としての印象も強いジャン・レノが主演。
決してそれ以外の‘売り’とか‘引き’があるわけでもないと思うんだけど、なぜか評判が評判を呼び 見事にスマッシュヒットなのであります。
わたくしが見に行った回も 客席の入りがよく、所々で笑い声も漏れ聞こえるほどウケてましたですよ。

オーナーとはソリが合わないものの、自身の名前の付いたレストランのシェフであるアレクサンドル。
そして舌の味覚は天才的でありながら、思い描くような職に付けず、ペンキ塗りで生計を立てているジャッキー。
そんな二人が力を合わせて 新たなメニュー作りに励むのかと思えばさにあらず。

アレクサンドルは新しいメニューやアイデアを創造できないスランプ状態で、ジャッキーは新入りでありながらアレクサンドルにも意見をする、良くも悪くも融通の利かない男。
そんなアクの強い二人が絡み合えばコミュニケーションの取り方も自ずと極端になり、そのやりとりの滑稽さが 徐々に良質の笑いを引き出していきます。

いや アクが強いと言えば、それ以外の登場人物もみな個性が際立っていてね。そんな彼らなものだから、無駄を省いた状況で次から次へと おかしな場面にかみ合わない展開が起こりまして。テンポ良くその世界観に乗せられましたですね。
そんな 緩めで微笑ましい笑いの連続が、高評価に繋がっているんでしょう。

ライトな感覚で楽しむには丁度いい。カップル、夫婦、友達同士、どんなシチュエーションで見ても受け入れられそうな映画。でもお料理好きな人ならより楽しめるかも。

楽しめると言えば・・・アレクサンドルは「料理を作る楽しさを忘れている」と言われ、ジャッキーは「アナタが楽しんで作ってるだけ」と言われ。
それぞれにあてはまる要素ではあるのだけど、その点 どちらかに偏りすぎてもいけない・・・っちゅうことなのかな。
コメディタッチな物語の中で、ふと考えさせられるポイントでしたね。

途中 鴨料理の研究で妙な形状の料理が出てきたり、ライバルとなるシェフの店で不可思議な食べ方とか出てきます。かなりおかしいです(苦笑)
ただわたくし見ていないのですが「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」というドキュメンタリー映画の中に、それに近いような取り組みが紹介されているカモ。
そっちの作品も気になってきちゃったな。。。

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いただきました!星3つです!!
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2013年01月10日

007 スカイフォール

サム・メンデス
ダニエル・クレイグ、ハビエル・バルデム、レイフ・ファインズ、ジュディ・デンチ
MI6の情報が入ったディスクが奪われ、それを取り返そうとしたボンドだったが、犯人と格闘の末 谷底に転落して行方不明になってしまう。
後にMI6本部が爆破され、さらに奪われた情報がネット上に出回り、MI6の局長Mは窮地に追い込まれる。

007が誕生して50周年記念となるこの作品。シリーズとしては第23作となるそうです。
が この「007」というキャラクター。時代というべきか歴史というべきか、わたくしよりも ちょっと上の世代の映画ファンのほうがなじみがあるんじゃないかしらん。
ちなみに わたくし、これまでそのシリーズをちゃんと見たことはありませんで、これがシリーズで初鑑賞となります。

そもそもはスパイなんですよね。ただ冷戦とかの時代ならいざ知らず、現代ではスパイっちゅうモノの存在意義ってのも薄れてきてるような感じが無きにしも非ず。
イギリスに実在するという‘MI6’イギリス秘密情報部。そこでの指揮権であったり存在について問われる設定というのがあるんですが、考えようによっては バットマンがじつは市民から疎ましく思われているなんてのと近いような印象。

さて今作品に於いて、ボンドの生まれたルーツである館が登場したり、MI6組織内での古い手法と最新のITのせめぎ合いがあったり。
シリーズの歴史とか時代とか、あるいは伝統がひとつのテーマとして描かれてるんですがね。前半はITを駆使したり秘密兵器を用いるQという男の存在があり、後半はボンドカー・アストンマーティンやら彼の生家が登場したり。

それだけ時代の移り変わりとテクノロジーの進化が描かれつつ。でも そこに乗っかってる人間・ボンドはそんな50年も年齢は重ねていないんだろうなと 余計なこと考えたりだったんだけど(苦笑)
ここに登場するジェームス・ボンドっちゅうのが50年前からの同一人物なのか、映画の役者と同様に別の方が‘007’を襲名していってるのか!?

それはそれとして。アクション映画として ものスゴ見応えありましたね。
とくに冒頭のイスタンブールでのシーン。連なってる家々の屋根の上をバイクで爆走するアクション。走っている機関車に詰まれたショベルカーで天井バリバリやっちゃう場面。
そういった発想ってのも驚かされますし、映画として映像の迫力は素晴らしかったです。見応えありました。

そしてもうひとつ、ダニエル・クレイグの好演というのも大きいね。
正直それまで日本ではなじみの無かった彼が「6代目ボンドです」と言われてもピンとこなかった(それまでちゃんと見てきたわけでもないけど)。が その「007シリーズ」以外の作品も含めて俳優としてカッコいいんだよね。アクションもしっかりこなすし ふとした渋さも持ってるし。

一方の敵役のハビエル・バルデムも薄気味悪くて良かったですねぇ。そぅそぅ「ノーカントリー」出てた人や。
そういう存在があってこそ、この手のストーリーってのは盛り上がるわけですから。

とにもかくにも わたくしのようなシリーズ初心者でも すんなり楽しむことができて。娯楽作品として及第点。
ずっと見てきたオールドファンなら より楽しめるのかな。

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ジェームス・凡人
posted by 味噌のカツオ at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月02日

人生の特等席

ロバート・ロレンツ
クリント・イーストウッド、エイミー・アダムス、ジャスティン・ティンバーレイク
長年に渡り大リーグの名スカウトとして腕を振るってきたガス。しかし年のせいで視力も弱まり、球団からの信頼も危さが見え始めていた。
そんなガスは人生最後のスカウトの旅に出るのだが、彼をサポートするべく ガスにわだかまりを感じ続けている娘のミッキーがやって来る。

監督としても非常に評価の高いイーストウッドの作品ですが、今作は自身がメガホンを取ったわけではありませんで。
いわゆる‘御弟子さん’が監督を務め、イーストウッドは主演というポジション。しかも俳優として登場するのも「グラントリノ」以来4年ぶりだとか。
とはいえ、その作風としてはイーストウッド監督の作風に近いのではないかという印象。

そりゃまぁ確かに自分で監督やろうにも(今日現在)本人82歳らしいじゃないですか。
さすがにそこまでの労力は・・・という気もしますわね。

映画の冒頭の場面。トイレで小用を足しながら自身の‘ムスコ’を励ますような言葉を投げかけます。
主人公がそういう年代なんだということを印象付けつつ、本編では相も変わらず頑固で偏屈なジジィ然とした態度でね。

先の「グラントリノ」の際もそういうキャラではありましたが、もぅ十分いい歳なんだから そんなに意地張らんでも〜と思うわけだ。
その点ではイーストウッドと維新の石原さん(80歳)がオーバーラップしてきます。いずれも同類項の80歳代。

さて、ストーリー的には あまり共感を得ない設定ではあります。
野球のスカウトマンがドラフト1位指名を決めるべく、どこか牧歌的な草野球(?)を見に行ったり。同一球団内のスカウトマンで足の引っ張り合いがあったり。
テーマを伝える意味での組み立てとしてはそう言うものなんでしょうが、決して身近な物語ではないのかな。

にもかかわらずですよ。なんというか デジタルなものとアナログなものの対比があったり、父と娘の葛藤があったり、優しさに裏打ちされたダークサイドの真実があったり。
見せ方の妙とでも言えばいいかな。それとなく観客の感情をリードしていきますよね。

後半の部分。野球の新人選手が輝けるか否かというのはシーズン入ってみないとわからないものなんだけど、あんなカタチでバッターとピッチャーを対戦させてカタルシスを得るというのはよく考えたもんだと微笑ましく見届けましたですよ。

その所々気になる箇所もあるにはありましたが、作品全体を通じて 古き善き時代のアメリカ映画という雰囲気が滲み出てましたね。
イーストウッドという‘人物’だけでなく、ベースボール、田舎のモーテル、親父たちの友情みたいな様々な要素が合わさってのことでしょう。
裏返して言えば、今どきなかなか無い作風なんだけど、気持ちがホッコリなれるような映画でした。

ちょっと惜しいのは「人生の特等席」というタイトル。あまり しっくりこないなぁ。
現題の「TROUBLE WITH THE CURVE」は、直訳で「カーブでのトラブル」と。んーそれもちょっと。
ストレートに「父と娘の〜」とか、いっそシンプルに「スカウトマン」とかでよくないかい?

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人生の優先席
posted by 味噌のカツオ at 01:03| Comment(0) | TrackBack(1) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月30日

ソハの地下水道

アグニェシュカ・ホランド
ロベルト・ヴィエツキーヴィッチ、ベンノ・フユルマン、アグニェシュカ・グロホウス

1943年のポーランド。下水修理と空き巣稼業で家族を養う男・ソハは、ナチスの迫害
から地下に逃れんとするユダヤ人たちに出会う。
地下水道のことを知り尽くしているソハは、彼らを地下に匿って見返りに金銭を得る
ことを思い立つ。しかし月日の経過と共にソハの心にも変化が訪れ、無償で彼らを守
ろうとするのだが…

歴史にはホント疎いわたくしですが、ナチスによるユダヤ人迫害という事実はそれと
なく知るトコロでありまして。
これが別に歴史を学んだという訳でもなくってね。要は それらをテーマにした映画
が毎年のように公開されてたりしますのでね。

近年、それぐらい多くの作品が作られているということは、多くの人々が史実を憂い
ている証でもありましょうし、年月を経る中で これまで語ることがどこかはばから
れていた事実関係が世に出てきているということなんでしょう。

この作品も実話がベースになっているということでして。映画の冒頭 数分だけで
も、目を覆いたくなるような描写があったりもします。
また映画のラストに記されておりますが、この作品の元となっている人々は、実際に
は14ヶ月に渡り地下に身を潜めていたとのこと。言葉をなくしますね。

ということを書きつつなんですが・・・わたくし的に この手の作品は映画として見る部
分と事実関係として受け止めるべき点とで評価が語りにくいんだけどね。

実話がベースにあったとして、これが再現フィルムなのか あるいは映画として何か
しらの脚色があるのかで悩ましいわけで。内容を全てそのまま受け止めるのも微妙に
思います。
映画的には、微妙に多い登場人物たちの個性や、人間関係(肉体関係も含む)やらわか
りにくいトコもありまして。

また冒頭のやりとりから考えて この人は悪いヤツだと思っていたのが実は主人公
だったりして(苦笑)
その後の心の機微も少々ついていけてないとこありました。

この手のテーマの作品は、わたくしにとってはついていくのがやっとなので、なかな
か楽しむとか味わうとかまで余裕無いなぁ。
というのが率直な感想です。
posted by 味噌のカツオ at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月28日

最強のふたり

エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ
フランソワ・クリュゼ、オマール・シー、アンヌ・ル・ニ、オドレイ・フルーロ
不慮の事故で全身麻痺になってしまった大富豪・フィリップ。彼の介護者の面接に現
れた黒人青年・ドリス。実際には働く気のなかったドリスであったが、フィリップは
彼を仮採用として大邸宅に招き入れる。
相入れないふたりであったが、衝突を繰り返しながらも互いを受け入れ、やがて友情
が芽生えていく。

フランスでは3人に1人が見たというこの作品。さらには世界各国でも大ヒットを遂げ
ているとか。
日本でもちょっとしたロングラン上映になりながら客足も好調で。わたくしが見に
行った回でも、おっちゃん&おばちゃんらで盛況でしたね。
いかにも‘いいお話’そうだしね。

事故で首から下を動かすことができなくなってしまった大富豪。そして彼の世話人と
して雇われたスラム育ちで節操の無い黒人青年。
そんな全く相容れないであろうデコボコなふたりが紡ぎだす愛すべきストーリー。

そういうシチュエーションの物語ってありがちにも思うけど・・・
なんでしょうね、嫌味が無いというか、妙な清々しさがあるというか。変に気負って
いない点もその良さだろうけど、どうかすると淡白にも思えます。
それでも そんじょそこらの作品と違う後味があるんだよね。

わたくし的に印象に残ったのは、大富豪・フィリップの表情。
体が動かないんだから表情でしか演技のしようがないのはそうなんだけど、そのひと
つひとつから伝わってくるものがあるんだよね。
まぁ‘大金持ち’と聞いちゃうと、どうも いけすかないヤツにも思えるんだけど、
ドリスの下ネタやブラックユーモアに応じてみせる笑顔が素晴らしかったですねぇ。

一方の介護者・ドリスの口の悪さに横柄な態度も、なぜか憎みきれないモノに思えま
した。
わたくし、ボビー・オロゴン見て‘イラッ’とくる事あるんですが(笑)、ドリスの一
挙手一投足からはえもいわれぬヒューマニズム感じました。
ちなみに ドリス役を演じたオマール・シーはコメディアンでもあるとか。そういう部
分での表現力とか上手さは持ってるのかもしれないですね。

作品中、クラシック音楽とダンスミュージックだったり、絵画なんかを通してフィ
リップの価値観や意識が変わっていく描写があります。
おそらく高尚なものには それ相等の価値というものが付随しておるのでしょうが、
もっと物事の見方を変えていくこと、いろんな価値観を認めていくことで人の器も大
きくなれる気がするし、何より楽しさも増していくんじゃなかろうかと。
お金で決められる価値と、プライスレスで楽しめる価値観。

様々なクラシックの名曲が演奏された後、「俺のオススメだ」といってドリスがアー
ス・ウインド&ファイアーの「ブギー・ワンダーランド」で踊りだすシーンに、ちょい
と感動しちゃいました。
もともとアース〜が好きなのもあるけれど、ひとつの象徴的な場面にも思えたので
ね。

フランス映画であるこの作品の原題は「Intouchables」というもの。ちなみに英語の
「Untouchable」の意味は‘触れてはいけない’とか、‘触るのもいやな・けがらわし
い’となりますか。
邦題の「最強のふたり」とは少々印象が違うけど。

ちなみに監督・脚本もエリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュという二人の共作
だったりするそうです。

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ド,ド,ドリスの大爆笑〜♪
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2012年09月02日

白雪姫と鏡の女王

ターセム・シン
ジュリア・ロバーツ、リリー・コリンズ、アーミー・ハマー
白雪姫は国王である父を亡くし、継母の女王によって城に幽閉されていた。しかし城にやってきた隣国の王子と互いに恋に落ちていく。
が王子との政略結婚を狙う女王は白雪姫を森へと追放。森で7人の小人と出会った白雪姫は、自らの幸せを勝ち取るため、女王に戦いを挑む。

ちょっと前に「スノーホワイト」が公開されてまして。とにかく今年は‘白雪姫’の当たり年(?)ということで。
残念ながら そちはわたくし未見なので、単純に比較とかはできませんで。

しかも非常に疲れてたカラダで見に行ったこともあり、所々で記憶が抜けています。ウトウトしっぱなしでした。
でも その集中力が持たないということは、失礼ながらその程度の作品だったということで。

そもそも長きに渡って語り継がれている白雪姫ストーリーをアレンジしようとするならば、それとなく大胆な手法は必要でしょう。
でもジュリア・ロバーツはちょっとコメディタッチで、白雪姫と小人たちはギャングだったりバトルしたりちょっとダークで。
あぁコメディタッチといっても そないに笑えるような要素も乏しいっちゅうのがまた痛い。

物語の設定から衣装や映像はとても美しいのですが、後半のパーティの場面では何やらみなさんエキセントリックなコスプレ状態。この変化の効果も薄くてわたくし的にはもったいなく思えまして。
もともとみんな変わった格好してたのならそれで見られるし、何もないところから突然奇抜な世界観になればインパクトもあるだろうし。
この絢爛豪華→奇抜で独創的という変化が もったいなかったなぁ。
言いがかりか知らん!?

一部レビューではエンディングはインド映画風とも書かれてまして。
言うなれば、いろんなテイストを詰め込みすぎて、それが一本のスジとして成立していないと。まとまりの無い印象になっちゃったですかね。

そんななかで密かな注目点は白雪姫を演じたリリー・コリンズ。
濃いぃ眉毛にグッと視線も集まりますが、見ようによっては現代のオードリー・ヘップバーンとも言えなくも無い。
彼女の放っている‘お姫様らしさ’はひとつの見どころではありますね。

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白雪姫と鏡餅の女王
posted by 味噌のカツオ at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

スープ〜生まれ変わりの物語〜

大塚祐吉
生瀬勝久、小西真奈美、刈谷友衣子、松方弘樹
妻と離婚後、娘との関係が悪化していた渋谷健一。彼は出張中に上司の綾瀬由美と共に落雷の直撃を受け、死後の世界で目を覚ます。
そこで‘伝説のスープ’を飲めば前世の記憶は消え去り、生まれ変わることができるとの噂を耳にする。が 娘のことが気がかりな渋谷は、記憶をなくさずに生まれ変わる方法を探ろうとする。

この世とあの世とを舞台にしたオハナシ。
この世に未練を残して絶命してしまった者が、その思いを伝えるべくゴーストとして甦ったり、誰かに乗り移ったりとか。そういう発想は今までにもありましたが、これは‘生まれ変わりの物語’なのであります。

あの世側のパートで語られる「スープを飲むと生まれ変われる」という設定は正直微妙な気もします。
何故にスープなん?しかも必ず生まれ変わるという確実性も乏しいときたもんで。

さらには滑稽な登場人物らに囲まれて、変テコな旅を続けるというくだりも、安っぽいコメディ路線みたいだったですね。
生瀬さんにしろ古田新太さんにしろ、上手な人が出てるんだから、もうちょっとやり様があったのでは?と。
とにかくこの辺りのパートは、シンプルにストーリーを追って見ていくのがよいかな。

そして後半は輪廻転生してからのオハナシ。でも生まれ変わったら みな赤ちゃんからやり直しになりますので、いろいろ時系列とか大変じゃないか?と思いましたけど。そこのところは上手い具合に構成されてましたね。前半とは全く違うテイスト。

この手のテーマであればね、人と人が思いを伝え合う場面って様々なシチェーション作れるだろうけどね。いやぁ、そりゃ確かに父と娘の関係性なら あの場が最もグッとくるんじゃないですか(笑)
ちょっときちゃいましたね。こちとら娘がおるわけでもないのに(苦笑)

ただその後、健一と由美のラブストーリーに持っていこうとするのは余分かな。あるいは伏線が弱いといえるかも。
トータルでね、決して悪い作品ではないけれど、所々‘惜しい’って印象だったですね。

さて、一応 生瀬勝久さんの初主演という触れ込みでありますが、チョイ役も含めてキャスティングが豪華に思えましたね。
あの世のエピソードはもちろん、アフターエピソードのパートでも 今後伸びてきそうな若い役者さんが出ていましたし。
その点はホント幅広かったですよ。
posted by 味噌のカツオ at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月08日

少年は残酷な弓を射る

リン・ラムジー
ティルダ・スウィントン、ジョン・C・ライリー、エズラ・ミラー
自由奔放に生きてきた作家のエヴァはキャリアの途中で子供を授かった。ケヴィンと名付けられたその息子は、なぜか幼い頃から 母親であるエヴァにだけ反抗を繰り返す。
やがて美少年へと成長したケヴィンは、エヴァの人生そのものを破壊してしまう恐ろしい事件を引き起こす。

母・エヴァ、息子・ケヴィン。そしてその家族を追った物語。
見た人によってミステリー、サスペンス、ホラーなどなど印象が違ってくるのも面白い。

大きな事件がターニングポイントになっていまして、それ以前とそれ以降が交互に展開。
でもエヴァのヘアスタイルを見ていけば、時系列を混同することはありません。そういう意味では作品としては見やすい構成になっています。
そして何より、スクリーンに写し出される物語や空気からヘヴィーなエネルギーが伝わってくるので、グイグイと引き込まれちゃいましたね。

予告編を見た段階では何とも予想しにくい映画に思えました。実際に見ていても出来事としては特段変わったことはやっていないハズ。
それでも強烈な印象を受けた要因は、やはり そこにある人の感情が故のことなんでしょう。

シンプルな感想としては、ケヴィンはいったい何を考えていたのか。なぜ生後間もなくから母に反抗をしていたのかとなりますが。。。
一説にはまた別の見方もできるそうで。

ここではケヴィンの悪意を描いたようになっていますが、実はエヴァの悪意がその裏にあるんじゃないかと。
子供ができたことで仕事を辞めたエヴァ。が彼女の心の奥底では「本当はライターとしてもっと仕事をしたかった」と「この子さえいなければ」という思いがあって。
しかも産まれてきた子どもは あやしても全く泣き止まない。やっと寝付いたかと思えば帰宅したダンナが子どもを起こす。

ケヴィンが産まれる前、エヴァとフランクリンのベッドシーンでの会話からすると、もしかしたら‘家族計画’外の妊娠だったのかな?なんて気もするし。

ケヴィンは終始エヴァを睨み付けているように見えるけど、実際にエヴァの方に悪意があったからこそ そう見えていただけなのかもしれない。
冤罪で捕らえられた人を「コイツは犯罪者だ」という先入観で見ることで、相手が悪人にしか思えなくなるのと一緒で。
逆の例えで言うなら「コイツ、俺に気があるな」と思っちゃうと、相手がドンドン綺麗に見えてきちゃうと。妄想なのに。

そしてもうひとつの悲劇の要因が、ケヴィンが必要以上に頭のいい子どもだったという点。
ちょっとした天才児だった彼だからこそ、その悪意を汲み取ったうえで、(良くも悪くも)母と対峙することができちゃったんじゃないかな。幼児にして。

後半、妹をバカ呼ばわりしてジュースを持ってこさせる場面もどこかキツい印象受けますが、兄妹ってそういうやりとりある気がする。
妹が大ケガしたのに そ知らぬ顔でライチを噛む場面も、見ようによっては腹が立つし、どうかすると天然にも思える。
いや、それを言うなら救急車を呼んであげた事実は映像ではなく会話の中だけというのは、監督すら観客の目からケヴィンを落としいれようとしている編集ではないですか(苦笑)

さて、親の愛情を正しく受けられなかった子どもが非行に走るというエピソードも聞くには聞きますが、やはりアレはやり過ぎか。
とか言いつつ、日本でも常軌を逸した少年・若者の犯罪って現実に起きてるわけで。

それに頭の良過ぎるヤツが周りを見渡して見たときに、全部がバカ人間に思えて全部壊したくなることってあると思うんだよね。
そうやって一つひとつ考えていくと、この映画も とてもリアリティが増していきます。
単なるスクリーンの中の出来事ではなく、母と子にまつわる、どこにでも起こりうるエピソードなのかも・・・ですね。

しかしまぁこの映画のゾクゾク感は、ケヴィン役の素晴らしさに尽きますね。
エズラ・ミラーの、それこそ矢で相手を射抜くような視線がたまらない。それに幼児期の子もボールに見向きもせず母をジッと睨み続けたりして。

そして常に画面に置かれている赤い色も観客の意識を高揚させる効果を担っておりました。
赤色を見るとケヴィンの視線が思い出されてきてちょっとコワイよ(苦笑)

余談ですが、原題の「WE NEED TO TALK ABOUT KEVIN」は直訳で「我々は、ケビンについて話す必要があります」とされるそうです。
もっともっと彼 本意に立ってあげるべき・・・とも受けとれるかな。

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ケヴィンはいても警備員はいなかった?
posted by 味噌のカツオ at 14:04| Comment(0) | TrackBack(1) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月25日

臍帯

橋本直樹
於保佐代子、柳生みゆ、滝沢涼子、さくまひろし
ひとりの女が、とある ごく普通の家庭を遠巻きに見つめている。ある日彼女は その家族の一人娘に声をかけ、連れ去ってしまう。辿り着いたのは仄暗い小さな小屋。
それは、自分を捨てた母親への壮絶な復讐の始まりだった…

辞書によれば「臍帯」とは・・・
『胎児と胎盤とをつなぐ ひも状の器官。中に2本の動脈と1本の静脈があり、母体から養分や酸素を胎児に送り、胎児から母体に老廃物や二酸化炭素を送り出す。へそのお。せいたい』

大きく捉えれば、母と子を結ぶ命綱・・・ということになりますか。

この作品で描かれているのは、母親に捨てられた ひとりの娘による復讐劇。
簡単に‘復讐’と言ってしまうとアレですが、そこに流れる時間のこと、そして映像表現を思えば‘念’というものを感じますね。
復讐にかける情念。

静かなイントロダクションの後、ドラマが動き出す場面。
女子高生が女子高生を誘拐するという構図にちょっと驚きはありましたが、正直それ以降は流れが止まってしまった感じで。
ミカが何かを成し遂げんとしているのはコチラもわかりますが、結果的にそれがどのようなカタルシスとして昇華されるのかはピンとこなかった。

「あんたの一番大事なモノを壊してあげる」
とは言うものの、何も事態の解り得ない綾乃がそうされてしまうのが果たしてどうなのか。
食事も水も言葉も与えられないまま 放置されてしまう5日間。ミカ自身も放置(捨てられて)されたというのはそうですが。。。

結果として具体的なことは何もないままに、小屋を出る二人。そして母との対峙というラストシーンへと向かうわけですが。
母親も この事態をどう受け止めたのか、残念ながらわたくしには伝わってこなくて。

「八日目の蝉」なんてのもありましたが、繋がっているのかいないのか、なんとも形容しがたい親子の絆で。
捨てた親、捨てられた娘。逆に 意思を持って捨てた親が子を求め、一方の娘は親の愛情を感じないままが当たり前と育ったと想像してしまうのは勝手なのかな。

ここに登場するのは皆 女性というのも影響してるかもしれないし。
娘ではなく息子であれば、もっとドライなドラマになっていたんじゃないかと。

そしてこの作品は海外の映画祭への出品や受賞という実績があるそうで。
たとえば日本より貧しい国で、実際に‘捨て子’という事例が多い国の方が、より感情的に理解を得られるのかも。

出演しているのは(失礼ながら)さほどメジャーな役者さんたちではありませんが、ミカ役・於保佐代子の目力は相当な迫力ありましたし、綾乃役の柳生みゆ も説得力ありました。
その点は素晴らしい出来映え。

あとは全般的な暗い映像が見づらさになってしまうこともあるんだけど、この作品ではイイ感じで集中力を高める効果になってましたよ。
そして物語の途中とラストのワンカットに登場する赤ちゃんの表情が とてつもなく不安気で。絶妙な印象を残してくれてましたね。

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お母さんにさ会いたい
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2012年05月20日

ジェーン・エア

キャリー・ジョージ・フクナガ
ミア・ワシコウスカ、マイケル・ファスベンダー、ジェイミー・ベル
早くして両親を失い、孤児院でつらい思いをしながら育ったジェーン・エア。学校卒業後、ジェーンはソーンフィールド館の家庭教師として働くこととなる。
屋敷の主・ロチェスターは気難しく冷たい雰囲気の男であったが、徐々に心を通わせるうち、二人は互いに惹かれあっていく。

起伏に富んだ主人公の生い立ち。おかつラストには衝撃的な秘密が潜んでいるというラブストーリー。そんな原作が発表されたのは1847年。今から165年も前のこと。

当時にしてみれば、そりゃあもぅ結構センセーショナルなもんだったでしょう。んで それが今こうしてみても十分に見応えがあるというのがすばらしい。
そういう時代背景と共に作られていますが、設定を現代に置き換えても成立するんじゃないかしらん!?
やりようによっちゃ、サスペンスホラーぐらいに昇華できるかもしれんし。

実際 映画だけでなくテレビドラマも含めて過去何度も映像化されているらしく、それだけ題材として魅力はあるんでしょう。
ただ真摯に描くとするならば、ぶっちゃけ映画では厳しいのかも。

主人公は愛情を受けられない幼少期を過ごし、寄宿学校では理不尽な扱いを受け、その後に自ら道を切り開き大きな屋敷に仕える様になり、その屋敷の主人と恋に落ち・・・と その人生は長きに渡って紡がれております。
日本でもそれぐらいのストーリーであれば3世代ぐらいで演者を変えて表現したりするもので。
そういう意味で、2時間あまりの映画では その全てを表現するのは厳しいトコロ。

今作では当然ながら屋敷に仕えるようになったあたりからを中心に作られております。そのパートだけでも十分にスキャンダラスな内容だけどね。
それはそれで見応えのある、考えようによっては‘純愛’ストーリーですよ。

ただ惜しむらくは、冒頭の映像がいったい何を指しているのかピンと来ない。
結果的にアタマのやり取りがあった後に本編があって、後半にまたそのアタマに戻るという展開がね。
英国ではスタンダードとなっている物語であっても、初めて触れるわたくしにとっては、その表現方法が見る側として何やらゴチャゴチャ。ちょっと残念。

それなら「母なる証明」のやはり冒頭部分で。オモニが踊るシーンぐらいに留めてあればね。あれはあれで味わい深い絵であったし、コチラもそれぐらいに見せられるシチュエーションでもあったので。

本年度のアカデミー賞・衣装デザイン賞ノミネート作でもあってその点 見るべき部分もあります。そして「アリス・イン・ワンダーランド」のミア・ワシコウスカは この世界観にマッチしてると思えます。
でも、ほんのちょっと惜しいかな・・・という印象でした。わたくし的には。
あなただったらどう見ますか!?

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ジェーン!カムバーック!!
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2012年04月08日

四月物語

岩井俊二
松たか子、田辺誠一、藤井かほり
四月。東京・武蔵野の大学に通うため、北海道から上京した卯月は、慣れない土地で独り暮らしを始める。
変わった性格の友人やアパートの隣人ら、個性の強い人々との触れ合いの中次第に心を開いていく卯月。
だが、そんな彼女も大学の志望動機を聞かれた時だけは、思わず言いよどんでしまう。

1998年の春に公開された作品。えーっと、14年前ですか。
松たか子さんの初主演作品。彼女の初々しさもそうですが、田辺誠一さんや津田寛治さんも若いなぁ(笑)

東京の大学進学の決まった主人公・卯月(うづき)が、地元の北海道から上京する場面からはじまります。
で、駅で見送る家族たちのキャスティングが意外というか・・・そのまんまというか・・・

そして桜の舞い散るなか、東京のアパートで、キャンパスで新生活が始まります。
大好きな本屋さんに通い詰めたり、友達に誘われるままに釣りのサークルに入ったり、隣人の女性とぎこちなくもご近所付き合いをはじめたり。

ホントに 春、四月。何もかもが新しく始まっていくワクワク感とトキメキが真空パックでフィルムに保存されているという感じだね。
見ているコチラもそんな気持ちになっていきます。

上映時間は67分と非常に短いので、グイグイとストーリーを転がしていくモノでもなく。
とにかく松たか子さんの綺麗さと恋心。それを味わう映画ですね。

こういった手法・・・というか表現方法は岩井俊二監督の十八番ですわな。
映画ファンの中には この人のアンチ派も多いですが、でもこの空気感にやられちゃうことは否めない。
まぁこの作品、嫌いじゃないですよ。わたくしは。

さて、劇中劇として「生きていた信長」という作品が登場します。
織田信長役を江口洋介山。明智光秀が軽相撲紀伊石井。そして斎藤利三を伊武雅刀刀。
米米CLUBファンのわたくし的には、「役者をやるのは抵抗がある」と言ってた石井竜也が出演している作品としても印象に残っていますね。

2012年に見直ししてみて、初々しさと懐かしさを覚えましたね。
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2012年03月26日

SHAME シェイム

スティーブ・マックイーン
マイケル・ファスベンダー、キャリー・マリガン、ジェームズ・バッジ・デール
仕事もソツなくこなし、N.Y.の高級マンションに暮らす独身男のブランドン。しかし彼はセックス依存症であり、行きずりの女や風俗嬢とセックスに明け暮れ、帰宅後にはPCでアダルト動画を閲覧。果てはオフィスのトイレでのマスタベーションにまで至る始末。
ある日、そんなブランドンのアパートに、恋愛依存症で自傷癖のある妹・シシーが転がりこんでくる。

タイトルの‘SHAME シェイム’には・・・『恥ずかしさ、羞恥心、ひどいこと、困ったこと』そんな意味があるそうです。

作品のテーマというか核になっているのは主人公のセックス依存症。
近いものであるなら薬物、アルコール、パチンコなんてのもありますか。
でもカラダの病気と違い、メンタルなものというのはハッキリとした治療法が確立されているものでもなく。克服するのは簡単なものではありません。

そういった問題を真正面から取り扱った作品であるので、当然セックスシーンも多く出てきますし、自慰行為の場面も多々ございます。
でも前述のような‘依存症’の問題として扱われているので、何か普通の映画の‘ラブシーン’とか‘濡れ場’という趣でもなかったですね。
自慰行為中の真剣な表情も含めて。

こういうシーンも、描き方次第でエロさが無くなるとも思いましたし、その分 演じる側はもっと恥ずかしいんじゃないかと余計な心配してみたり。

さて、ちょっとネタバレ的な話にもなっていきますが・・・
ストーリーが過ぎるにつれ、主人公・ブランドンと妹・シシーのキャラクターや相容れない兄妹の関係に比重が傾いていきます。
セックス依存症の男の行く末という点よりも、過去に何があったのかな〜ということの方に意識が強くなっていきましたね。

普通の兄妹関係がどんなものか一概には語れないけれど、時に反目し合い 妹の行動を兄が疎ましく思う場面があるかと思えば、すごくオープンであったり体の触れ合うスキンシップも見られたり。
このふたりが心に病を負うきっかけがあるとするならば、ひょっとしたら近親相姦のような過去があったのかなと。
そんな詮索も思考をかすめたのですが・・・

とあるレビューの中で「性的虐待があったのでは?」という説も。
確かに『私たちは悪い人間じゃない、悪い場所にいただだけ』というセリフや、戸惑い彷徨い続けた兄が地下クラブにたどり着き、そんな相手としてしまったり。
それに両親の影というのも描かれないし。

シンガーである妹がバーで歌うシーンが、割りと前半に登場します。かなり長い尺で。
その歌唱力や表現力にも惹かれる点はありましたが、歌詞とかにも何がしかのメッセージがあったのかな。
歌い終えた後、兄が涙目になっていたこと。今さらながら気にかかっています。


どうかすると淡々と見入ってしまうような作品だったんだけど、後半・・・見終わったぐらいにジワジワくる感じ。嫌いじゃないかな、こういうのも。

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ローマ字読みすると、写メだね
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2012年03月18日

シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム

ガイ・リッチー
ロバート・ダウニー・Jr、ジュード・ロウ、ノオミ・ラパス
オーストリア皇太子が遺体で発見された。皇太子が殺害されたと推理したホームズは、ワトソンと事件の鍵を握るジプシーの占い師・シムと共に大陸を横断して捜査を進める。
しかし事件の首謀者であるモリアーティ教授は、ホームズらに次々と攻撃をしかけていく。果たしてホームズたちはモリアーティ教授の陰謀を止めることができるのか?

ロバート・ダウニー・Jrとジュード・ロウがホームズ&ワトソンを演じるシリーズの第2作目。前作から2年ぶりの登場です。
その彼らと絡むジプシーの占い師を「ミレニアム」シリーズでリスベットを演じていたノオミ・ラパスが出てたましたねぇ。
何ぶん リスベットのキャラの濃さ、印象の強さもあるので、こうやって他の役で見られることに妙な興味深さも。

このシリーズでわたくしが「おもしろい」と思うのは、ホームズのいわゆる洞察力というヤツ。
自身がピンチに陥った際に‘こうすればこうなる。そこで相手が攻めてきたら、自分はこう返す’というイメージをスローも交えて先に見せるという。
その後 実際にはものスゴいスピードで相手をやっつけちゃう。の描写、めちゃくちゃ好きですわ(笑)

ただ‘これはどうやっても勝ち目が無い’なんてイメージが湧いてきたり・・・そん時はパワードスーツを着込んでしまえば最強なんだけど。
ありゃ、別の映画とゴッチャになってるか?

とにかく映像の美しさ、アクションの展開と豪快さ。そしてセットや衣装や小道具も含めての細かな作りこみ。また その当時の文化なんかも垣間見えてね。
とにかく「これぞスクリーンで楽しむべき映画」というようなクオリティ。見応えアリですよ。

ですが、どうしてもわからない部分もありまして。特に序盤の会話劇の部分。
何を言い合っているのか、どこまでがストーリーに関わって、どっからが英国風のジョークなのかも正直チンプンカンプン。
字幕の担当者が悪いのか、はたまた 漫才のような言葉の掛け合いゆえに止むを得ないのか。それとも ただ単に わたくしの理解力が乏しいだけなのか。
それが惜しいのよねぇ。

でもね、それでも2時間通して見終わった時の満足感は高めで。良いもん見た〜って気にさせてくれます。
あぁ、最後の最後で「?」は付くんだけど。。。(^-^;)


舞台は1840年でしたっけ。
戦争を軸にして、銃弾と包帯。その両方の需要を見込んで一人で儲けようとするヤツがいると。現代でもそんなウワサありますからね。リアルに。
皮肉なハナシだわ。
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2012年03月15日

スクリーム4:ネクスト・ジェネレーション

ウェス・クレイヴン
ネーヴ・キャンベル、デヴィッド・アークエット、コートニー・コックス
マスク姿の殺人鬼による連続殺人事件から10年。生き残ったシドニーは作家となり成功を収め、本のPRのため故郷へと戻ってくる。
が それを機に2人の女子校生が惨殺される事件が発生。やがてシドニーの周囲の人々が次々と狙われていく…。

1996年に大ヒットしたホラー映画の「スクリーム」。
そのヒットの要因のひとつが、それまで‘定番’とされていたホラー映画のセオリーを、登場人物がネタとして提示した事。
それを前提にやることで、定番を崩すこともできるし 定番ネタを踏襲して「ほらキターっ!」ともできるし。

「13日の金曜日」やら「エルム街の悪夢」やら、恐ろしいモンスターが登場して若者たち(主にブロンドの美女)が犠牲になっては〜という展開を覆し、ホラー映画の‘ネクスト・ジェネレーション’のポジションを作り上げました。

その後 パート2、パート3が公開。しかしナンバーが増すのと反比例して勢いはトーンダウン。
その点は過去のシリーズものの定番と同様の流れだね(笑)

そして10年の時を超え、パート4が公開。サブタイトルには‘ネクスト・ジェネレーション’の文字。これはこれでストーリー内でのキーワードにもなっております。

冒頭の場面から‘らしい’展開をかませてくれまして、わたくし的には良いツカミだと思うし、素直にスクリームの世界に誘われた感じ。
主演はもちろん このシリーズでスターとなったネーヴ・キャンベル。加藤ローサちゃんみたいな雰囲気で好きな女優さんですけども、さすがに若干のおばちゃんっぽさも・・・
でもイイ女であるのは確か(笑)

主人公がオトナになっちゃったけど、そのいとこの娘が高校生ということで、ちゃんとハイスクールも舞台として登場します。
それもホラーには欠かせない要素なわけだしね。

登場人物が増えるごとに、次は誰が殺されるのか?いったい犯人は誰なのか?の面白味は増していって。
一方で保安官のデューイは電話を受けて移動するばかりで 全然役に立っていないなとあきれたり(爆)
映画部のふたりはMr.ビーンとピースの又吉に似てるなと見入ってしまったり。
どうでもいいことも含めて、予想以上に楽しめましたわ。

前作から10年。それだけ時代は進んでいって。
登場するアイテムだって家の中どこでも電話のできる子機の時代からケータイ電話へと移り変わり。今では一般人でも簡単に生中継を行なう事ができるツールも登場して。
なるほど、それに伴って また様々なこと考えるヤツもでてくるんだろうな〜ってね。

そんなところにも‘ネクスト・ジェネレーション’という言葉の意味合いを感じわたくしでした。

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面長のパンダではありません
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2012年03月03日

サラの鍵

ジル・パケ=ブレネール
クリスティン・スコット・トーマス、メリュジーヌ・マヤンス、ニエル・アレストラップ
パリで暮らすアメリカ人女性記者ジュリアは、夫の祖父母から譲り受けたアパートに、1942年の迫害事件でアウシュビッツに送られたユダヤ人家族が住んでいた事実に直面する。
その家族の足跡を辿るジュリアだったが、その当時に自分のアパートで起きていた悲劇を知ることに・・・

日本人として、なかなかこういったユダヤ人迫害という史実を、受け止める・・・理解する・・・というのは難しいことかもしれません。
広く捉えるならば ニュースの中や身近なところでも、国籍や肌の色。あるいは世代に貧困による差別は存在します。
しかし この映画に描かれている出来事は、1942年という時代背景も重なり、我々の想像以上の苦しみや悲しみであったのだと思います。

主人公・ジュリアはアメリカ人の女性記者。
夫の祖父母から譲り受けたアパートが、ユダヤ人迫害事件の舞台のひとつであった事を知り、誌面に掲載する取材も兼ねその歴史を辿っていきます。
その最中、10歳で収容所をから逃亡したサラという少女の存在を知り、彼女の人生に迫ります。
果たしてサラは今どこで何をしているのか・・・

もう一人の主人公であるサラ。
今から60年以上前の1942年。突如訪れたユダヤ人一斉検挙の朝。
彼女は弟を納戸の中にかくまい、鍵をかけてしまいます。もちろんすぐに戻れることを信じて・・・

2つの物語が交互に織り込まれるので、この手の見せ方を嫌う人はしんどいかもしれませんね。
でも、それ以上にしんどいのは この物語の行方であってね。

家族、競輪場で隣に居合わせながら脱出した女性、収容所から共に脱出した少女、それを見逃した警官、そしてサラを受け入れ育ててくれた農場の夫婦。
翻弄されながらも紡がれていく10歳のサラの数奇な運命。そして一人旅立っていくサラのその後。

彼女が生涯 心に抱えていたであろう悲しみや後悔。またその家族の歴史が、ジュリアの手によって明かされていき、それを望むと望まざるとにかかわらず、彼女の息子に受け継がれていくと。
とてもとても長い物語だけど、それだけの時間と関わった人々の思いを経ないと、彼女の思いと弟の魂は・・・
そしてジュリアの娘にも、その物語は受け継がれるわけで。

サラの苦悩とジュリアの葛藤とが絡み合い、見ていてもつらいストーリーではありましたが、ラストのレストランのシーンには ひとつの過去を乗り越えたような思いと未来を感じることができまして。胸が熱くなりましたです。

とにかくメリュジーヌ・マヤンス演じる10歳のサラの姿が素晴らしい。
出だしの笑顔もかわいらしかったし「弟はいない」と言ってのける凛とした態度も印象的。
あと 鍵を握り締めたまま意識が遠のいていく場面。良い描写ではないのだけど美しい映像でした。

テーマとしては重いのだけれど、素直に「見てよかった」と言える作品でしたよ。

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ルーシーって、だれ?
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2012年03月02日

サウダーヂ

富田克也
鷹野毅、伊藤仁、田我流、尾崎愛
中心街では‘シャッター通り’も増加してきた山梨県甲府市。不況の土木建築業界で働く精司。そこに作業員として派遣されてきた保坂。そして猛。
仕事帰りにタイパブに通う精司は、一時タイに住んでいた保坂と意気投合。妻が怪しげな商売に手を出し始め、ますますタイ人のホステスにのめり込む。
HIPHOPグループの猛は、そんな精司らの姿に違和感を覚え、外国人を敵視する。

この「サウダーヂ」はキネマ旬報誌にて、2011年邦画ランキング6位に選ばれた作品。
タイトルの「サウダーヂ・Saudade」というのは山王団地という言葉が訛ったものではなく・・・ポルトガル語で‘郷愁’を意味するもの。
また‘憧れ’や‘情景’といったニュアンスも含まれるそうです。

舞台となっているのは山梨県甲府市。物語のキーワードは 土方、HIPHOP、ブラジル人、タイ人、過疎、世代、天然水、etc・・・

そこに暮らす様々な人々を追ったヒューマンストーリー。ちなみに山梨に於いて活動する空族(kuzoku)というグループの製作で、出演者も その街に暮らしている人たちが中心だとか。
その分、一つひとつの事象がとてもリアルに受け止められます。言葉なんかも方言を交えてね。
言ってる意味はわからんけど、ニュアンスは伝わるぞ みたいな。

実際に映画を見た人の中にも 似たような体験をした人、聞いた人もいるでしょう。実家がそんな感じだったとか、よくそんな会話するとか。この空気感が手に取るようにわかるとか。

ぶっちゃけ ストーリーの中には コレといったドラスティックな出来事は起こりません。でも当然 時系列と共に変化は起こります。
その過程を2時間47分という長い時間をかけて、じわじわと体験させてくれる映画です。
で何やらこの‘じわじわ’というのも曲者(くせもの)という気がしてね。

高い温度の炎が体に触れると、表面の皮膚が火傷を負ってしまいます。が こたつみたいな熱を体に長時間当ててしまった際に発症する低温火傷って、皮膚の内面が火傷を負ってしまうんですよね。
表面だけであれば皮膚の移植など わかりやすい対処法もありますが、じわじわを肉体を蝕む低温火傷の方がタチが悪いなんて聞きます。

このストーリーに描かれている‘変化’というのもそれと同様で、その街で日々を生きているうちに、じわじわと取り返しのつかない状況に陥っているような。
映画としてのダイナミズムは乏しいかもしれませんが、だからこそリアルなヒリヒリ感を味わえるんだと思います。

とにかく じっくり、じわじわと変化していく日常を追っただけあって尺は長めの2時間47分。
グイグイとまでは言わないものの、観客の身近な出来事かのごとく、無理なく見入ってしまうのでそんなに長くは感じなかったし。

人はどこからやってきて、どこへ行くべきなのか。
国、国籍だけでなく、職業であったり趣味であったり。もちろん男女の関係も当てはまるかな。郷愁・憧れ・情景などの要素を考えさせられつつ。
でも長い人生の中の ほんのひと夏だけしか描いていないのでね。彼らがこれからどこへ向かっていくのか。
そんな映画体験のできる一本でした。
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2012年02月21日

セイジ 陸の魚

伊勢谷友介
西島秀俊、森山未來、裕木奈江、津川雅彦
今から20年前の夏。学生最後の夏休みに、一人自転車旅行に出かけた“僕”は衝突事故を起こし、旧道沿いの寂れたドライブイン“HOUSE475”に連れて行かれる。
そこで出会った寡黙な雇われ店長・セイジや、個性溢れる常連客たちに囲まれ、“僕”は住み込みで働くようになっていた。
が、そんな日々を切り裂くような凄惨な事件が起きてしまう。

俳優の伊勢谷友介が8年ぶりにメガホンを握った監督第2作。
この「セイジ」という物語は、辻内智貴のベストセラー小説が原作とのこと。

予告編を見ても、ストーリーはちょっとわかりにくそう。ただし 人の心は描かれている感じかな・・・そんな思いで見てまいりましたが、実際にそんな作品でしたね(苦笑)

いや、一応ストーリーの流れはあるし、メッセージ的なこともわからなくは無いけれど、表現方法が・・・言うなれば 親切ではなかった〜というトコでしょう。

一部のレビューでは「出演者らのインタビューなどで事前に情報を得ていないと伝わりにくい」とも書かれておりました。
全てを観客に委ねちゃうようなアート系作品という訳でもないので、やはり作り手と観客のコミュニケーションが正しく取れないという面では少々不満の残るところ。

とは言うものの、決してつまらないわけでも、見所が無かったわけでもなくてね。
流れる雲や 森のような自然の映像はキレイだったし、舞台となる‘HOUSE475’も魅力的。
西島秀俊に森山未來ら出演者の演技も素晴らしい。久々に日本のスクリーンに登場した裕木奈江のなまめかしさにも目を奪われました。


個人的に この作品が少しばかり変わって見えたのは、所々に‘微笑み’が散りばめられていたこと。
結構 こういったトーンの作品って、主人公のキャラクターが何かしら心に重い思いを抱えてて決して笑わなかったりするもので。
全体の雰囲気もとことんダークで、重く淀んだ空気に支配されがち。

だけど、セイジも旅人も朴訥としたセリフの言葉尻にわずかな笑みを浮かべる表情がありまして。それが少しの心地良さにつながっていたように思います。
なので、その分 後半の悲しい事件や、セイジの取った行動に愕然とさせられましたね。いや、そこでもセイジからは微笑みが見て取れたのだけれど。。。


信仰とか神とか何を信じるとか、それは人それぞれだろうけど。
必ずしも偉大なものでなくてもね。身近でも その人が信じられる存在が心にあればそれで良いんでしょう。

確かに見てる最中はわかりにくさ、伝わりにくさもあるかもしれないけど、ほんの少し時間をおけば、きっと何かが心に残っているんような。そんな映画でした。
見てよかったと言える作品のひとつです。

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主人公が千原・兄でなくて良かった
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2012年02月03日

しあわせのパン

三島有紀子
原田知世、大泉洋、余貴美子、(声)大橋のぞみ
東京から北海道の月浦に移り住み、春夏秋冬・四季を感じながらのんびりと小さなパンカフェ“マーニ”を営む りえと尚の夫婦。
尚がパンを焼き、りえがそれに合うコーヒーを淹れ、料理を作る。そこには毎日、色々なお客がやってくる。

この手の作品は、どうしても荻上直子監督の「かもめ食堂」や「めがね」なんかとイメージが被りますね。
今の時代に‘欲しい’テイスト。いわゆるスローライフって感じの。
その一連の作品は、ゆったりとした空気感とともに、食事や飲み物がものスゴ惹かれるものがありまして。

この作品も同様に、カフェで提供される飲み物や食べ物の 見た目の美味しさもそうですが、それ以上に体の中からあたためてくれたり 癒してくれそうな。そんな魅力が詰まっております。
2001年に公開された「ショコラ」という、チョコレートが まるで魔法のように人々を幸せにする〜なんて作品があったんですが、そんなのもちょっと思い出しましたね。

ストーリーは りえと尚の営むカフェに訪れる四季とお客様たちを描いたもの。
いずれも男女、ふたり、そして 愛というのがベースですかね。あとは わけあうこともあるか。

いやぁもぅ、いやらしいくらいに嫌味のない、さわやかで やわらかなタッチで物語が進みますのでね。
やっぱり大好きなパートナーと一緒に見に行くと、この作品を より味わうことができるんでしょうね。

正直 真っ白な雪の中に原田知世さんが佇んでたらキレイなのはわかりきっているんだけど、実際にそんな映像を見て「やっぱりキレイだ」と言うしかない様な(苦笑)
欲しいところに玉を放り込んで、こちらもそれをしっかりキャッチしてるみたいな感覚やわ。
でも それはそれで心地いいのですよ。

カフェに訪れた人たちが、それぞれ幸せを見つけていけるのは、りえと尚の過去にも何かがあったからなんでしょうかね。
ふたりの始まりに何があったのかなんて、そんな野暮なことは聞かないけど。

だからこそ自分たちがこしらえていった幸せを、今度は お客様たちとわけあっていくことに、またしあわせが増えていくのかな。
そして 心が疲れたとき、何かに迷っている時にこの映画を見れば、我々も その幸せを。。。

さて、この映画のナレーションは子羊さんかと思っていたんですが・・・あれっ違うの?次のお客さまなの?(笑)

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しあわせノーパン
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2012年02月02日

灼熱の魂

ドゥニ・ヴィルヌーヴ
ルブナ・アザバル、メリッサ・デゾルモー=プーラン、マキシム・ゴーデット
双子の姉・ジャンヌと弟・シモン。その母親・ナワルが永眠し、公証人より遺言が読み上げられる。その内容は、所在がわからない自分たちの父と兄に手紙を渡してほしいというもの。
やがて二人は母の祖国を訪れ、知られざる母の壮絶な過去を紐解いていく。

この作品、映画ファンの中でも結構話題になっていましたし、キネマ旬報のベストテンで2011年・洋画部門の第9位という高評価。
で、遅ればせながら見に行くことができました。

チラシなどで概要をチェックしたこと自体がだいぶ前で、いわば予備知識ほぼ無しの状況での鑑賞。
後で理解したのですが、衝撃作であり ジャンルとしてはサスペンスということになりますかね。

亡くなった母の遺言書を公証人より受け取る双子の姉弟。そこから物語は始まりますが・・・
2つの旅がクロスした描写、時系列、いくつかの言語(さらに字幕)、宗教観の対立、そして覚えられない登場人物の名前(苦笑)。
さまざまな要因の中で、脱落しちゃいそうにもなりましたが、なんとかストーリーに付いていくことができたかな。

で仮に付いていくことができたとしても、ラストに明かされる真実の部分に付いていけなくなっちゃう人も出てくるかもしれないですね。
その運命というか宿命というか、これを受け止めることは容易では無いし、タイトルではないが まさに魂を揺さぶられてしまうかな。

確かに物語の核心に大きな衝撃を孕(はら)んだ物語なのですが、ただそれだけではなくサスペンスとしての作りも高いので、映画としての評価にもつながっているのだと思います。
わたくしかなり昔に見た「オールドボーイ」という作品もこれに近い印象がありまして、思わず「それはアカンやろ・・・」と言いたくなるようなアレなんですがね。

その核心の部分についてなんですが、足の踵に黒い点のある少年が やはり幼い子供を狙撃する場面を見て、ピンときちゃいまして。
謎解きの部分より早く「そういうことか」と思っちゃったんですが、まぁその時点で泣けてきましたわ。ホントに見ていて、心 複雑やったなぁ。

このオハナシは別に実話というわけではなく、ギリシャ神話だか何かから着想を経たものらしいです。
サスペンスとしてはもちろん素晴らしいのだけど、でもこの展開を受け止めるには、見る側の心もしっかりしていないとたいへんかもね。

Shaku-Tama.jpg
熱燗の魂
posted by 味噌のカツオ at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする