2013年10月15日

そして父になる

是枝裕和
福山雅治、尾野真千子、真木よう子、リリー・フランキー
ひとり息子が自分の思うような子に育っていないと不安を感じる良多。そんな良多と妻・みどりの元に病院からの連絡があり、息子が出生直後に他人の子どもと取り違えられていたことが判明する。
血のつながりか、これまで過ごしてきた時間かという葛藤の中で、それぞれの家族の心は揺らぐ…

6年間大切に育ててきた息子が病院内で取り違えられていた他人の子どもだった…というケース、実際にあるようですね。
その当事者となったら いったいどんな心境になるのか、またどんな行動を起こすのか。想像もつかんわ。
なにせ わたくし、独身・子ども無し・一人暮らしなもので。

そんなことはさておき、是枝監督はこういったテーマに着目するのが上手いなという印象。と同時に、子どもたちを撮るのも上手ですよね。
近ごろでは いわゆる“子役”のレベルも確かにアップしています。でも是枝監督の場合、子どもに演技をさせるというよりも、ホントにナチュラルにフィルムに納めていかれます。
しかも一人じゃなくて複数の子どもたちをね。

ノウハウというか手法があるんでしょうが、それにしても演技とドキュメンタリーの境い目あたりをいってるのが絶妙です。

上手いと言うなら 子どもたちの両親を演じた4人も見事。
個人的にはざっくりとしたママの真木よう子はかなりのリアリティ。「あ〜こんなママいるいる」ですよ。

そんなハッキリとした わかりやすいキャラクターは良いのだけれど、それが あまりにもステレオタイプな印象も。
福山雅治が演じたのは自分が考えたレールに子どもを乗せ、とことん思ったような教育を強いるパパ。さらには他者(大人)とのやりとりに於いても、自分の信じたやり方を押し付けようとするエリートサラリーマン。
一方のリリーさんは、子どもたちをのびのびと遊ばせ、また彼らと同じ目線で生活することを知っている3児の父親。

おそらく多くの方が前者のサラリーマンよりも、後者の電気屋さんのが付き合いやすいし 子どもだってなつくだろうなと思いますわね。その設定が結構ベタ過ぎな気がして。
欲をいえば、そこに何がしかの意外性があった方が もっと人間味が味わえたんじゃないかな。そこまで求めちゃってはやっぱ欲張りですかね?

でも そんなクールでドライなパパが「自分のやり方は間違っていたのか?」と、少しづつ変化を見せていくのがこの映画の肝だからねぇ。
ベタだけど それが全てなんかな。

ともかく当然ながら後半はそういった流れになっていくわけですが、正直わたくしにはストレートに響いてはこなかったなぁ。
なんかウソくさい〜などと言っては元も子もないんだけれど、こういうタイプの大人って そう簡単には変われないからね。
もちろんきっかけなんかはあったとしても、あんなカタい大人が変わっていくのは時間をかけていってじゃないと。本当の意味で変わることできないですよ。
厳し過ぎる見かたかな?(苦笑)

さて、じつはわたくしがこの映画で最もショックだったのは法廷のシーン。取り違えの真相が語られる場面。
生まれたばかりの赤ちゃんを取り違える 病院側のミスがあったのかと思いきや…「えぇーっ!!」ですよ。

たとえ時効とはいえ、これはこれで大問題じゃん。
いや〜時効になっているから何も無しでなくって、そのケースだけで一本映画できそうなんだけど。

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苦、そして父になる
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2013年10月02日

地獄でなぜ悪い

園 子温
國村 隼、堤 真一、長谷川博己、二階堂ふみ、星野 源
池上組との抗争を繰り広げる武藤組。組長の武藤は妻の出所祝いに、娘・ミツコの主演映画を企画する。
その企画に巻き込まれた通りすがりの青年・公次。そして公次に引き寄せられた映画マニアの平田らが集い、事態はとんでもない方向に展開してゆく。

過去いくつか園監督の作品も見ていますが、今回はバラエティーに富んだ 豪華なキャスティングが実現しております。
さらには紹介されているストーリーも、コメディとして魅力を感じるものになっており、思いのほか多くの観客が足を運んでいるように思いますね。
ただし一見そうは思えたとしても、あくまで監督は園子温。独特のアプローチで物語は展開していきます。

正直 あまりにムチャクチャでバカバカしいお話であり、出演者の演技もかなりなものなので、キャストやストーリーだけに惹かれて来た客や、過去に園監督の“洗礼”を受けていない人たちからすると「なんじゃこりゃ!?」と思うかもしれません。
もちろんわたくしは園監督の作品も好きですから、この世界観もすんなり受け入れられました。いや むしろ大好物なぐらいですよ(笑)
タランティ−ノが好きな方、北野武のバイオレンスが平気な方であれば大丈夫でしょうが…

その園監督。近年は 実際にあった事件や事象に着想を得たオリジナルストーリーを作っておりましたが、今作に登場するエピソードの元にあるのは なんと監督自身の経験だそうで。
とんでもない映画のゲリラ撮影隊も、ヤクザの娘に巻き添えを食っちゃう青年も自身がモデルなんだとか。

正直 あまりにムチャクチャでバカバカしいお話なんだけど、監督の実体験というリアリティに裏打ちされた部分もあるそうで。
それぞれ別のエピソードを、絡め絡めてひとつの物語に合わせてあるので カオス度合いは確かに高いけど、同時にものスゴいパワーとかストレスを解き放っているような印象もあります。

街の不良のケンカをフィルムに納めるという初期衝動を手にした高校生が、数年後にヤクザの殺し合いを撮影する機会に恵まれるというスペクタクル。
別のアプローチではあるがCMアイドルの少女に魅了された男たちの邂逅。そして身代わりとなった愛する妻に向けた男の仁義。

いろんなのがゴチャゴチャに絡み合うなかで、夢とか希望とか愛だとかもミックスされて到達する至福の時。
いや〜もぅ泣けたね〜。ここまで突き詰めちゃうと泣くしかなかった。美しかった〜(笑)

もちろん真っ当な感覚でちゃんとした映画を見たい人からすれば「なんじゃこりゃ」にしか見えないかもしれない。タイトル通りにとれば地獄絵図かもしれない。
でも無駄な人間はひとりもいない。全ての人間が意思をもって“映画作り”に邁進するという光景はとても美しかったですよ。
時には公的権力の妨害が迫るかもしれない。それでも、たとえ打たれてたとしても貫いて、人生で最高の一本を作り上げる。
これはものづくりをする人にとっては最高のエクスタシーなんじゃなかろうか。
そんなことを伝えてくれる映画なのかなと思いました。

堤真一と長谷川博己のエキセントリックな演技も見ものですが、やはり國村隼さんの存在感は素晴らしかったですね。
さて、正直言って通りすがりに巻き込まれる公次は いなくても成立するようにも思ったのですが、それよりも情けなオーラをまとった星野源という役者は魅力あるんだよなぁ。
現在は病気で休業中らしいのですが、ふたたび…みたび、カムバックを待っております。
posted by 味噌のカツオ at 20:35| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月31日

三姉妹 〜 雲南の子

ワン・ビン
標高3,200メートル。雲南地方の村に暮らす3姉妹。母親は家を去り父親も出稼ぎで不在なため、近くに住む伯母さん家族やおじいさんの手伝いをする代わりに食事を分けてもらう生活。
ワン・ビン監督が そんな彼女たちの日常を追ったドキュメンタリー。

これは一見すると とても退屈な映画…と言えるのかもしれません。

ナレーションは無し。会話の字幕こそあれど、状況を説明するような説明も最小限。
ただただ延々とそこに流される映像を眺める観客。

さらに言うなら、生活する最小限のものが存在するだけで、娯楽とか余暇とか そいういった概念のものは皆無。
一見すると とても退屈な映画…と言えるのかもしれません。

ところが、そう見えて実は…ということもありません(笑)
ホントに小さな小さな村の、小さな小さな少女の日常を追っただ、それだけの映像なのです。

ファーストシーンから見ていて「こんなところで暮らしているの?」「そんな靴履いてるの?」「服変えないの?」「それが寝床なの?」などなど。
自分が思ってた以上に‘以下’の暮らしをしていることに驚きました。

でも時が流れていくうちに、何か「これが当たり前」的な感覚も出てきまして。
初めは「こんな場所でホームステイなんて、無理だよぉ」とか言ってたのが、次第に慣れてきちゃうようなね。
やがて彼女たちの日常に すぅーっと馴染んでるような気になったりして。唯一、小屋の中から無数の ヤギだかヒツジだかがゾロゾロ出てきたときにはちょっと驚いたけど(笑)

あらためて思うのは人が目にする‘映像’にはフィクションもあればドキュメントもあります。
本来であればドキュメンタリーってありのままを伝えるもの…と思うんだけど、結局 ナレーションや編集次第でボクたちの意識を引っ張っていってたりするんだなと。されていたんだなと。

それらと比べてこの作品は、やはり意思を汲み取りにくいのですわ。
あまりにも ありのまま過ぎちゃって。例えば こんな暮らしをする人々に手を差し伸べない政府が憎いとかそういうのもなく。
これが楽しそうとか、ワクワクするとか。あえて言うなら、意思を汲み取りにくいってかな。

それでも、唯一 みんなで食事をする場面には あたたかみを感じたかな。
でもそれだって、人がいることのあたたかみなのか、一人でほおばるジャガイモとの比較なのか、光に映る湯気や息の加減なのかはわからないんだけど。

結局これは とても退屈な映画…と言えるのかもしれません。
でも偏りすぎた意思だとか悪意だとか。そういうのを見せられることを考えたら、とてもピュアで美しい映像でした。

撮影当時、長女・英英(インイン)10歳。次女・珍珍(チェンチェン)6歳。三女・粉粉(フェンフェン)4歳。
この子たちも時間とともに成長していくんだろうけど、はたしてどんな大人になるんだろうか。いや〜どうもこうも、ありのままでいいのかもしれないよね。

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ゴメン、正直 弟たちと思ってた(苦笑)
posted by 味噌のカツオ at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月29日

スタンリーのお弁当箱

アモール・グプテ
パルソー、ディヴィヤ・ダッタ、ラフール・シン
クラスの人気者スタンリーは、家庭の事情によりお弁当を持ってこられず、教室をそっと抜け出し、水道水を飲んで空腹を我慢していた。
しかし彼を見かねたクラスメートたちは、自分のお弁当を少しずつ分けていた。ところがそれを見つけた教師が「弁当を持ってこない生徒は学校に来る資格がない」と叱りつけ教室から追い出してしまう。

わたくし お弁当、大好きです。お弁当の中には小さな世界が、宇宙が広がっていると言っても過言ではないでしょう。
いや、ちょっと言い過ぎた。

でも蓋を開ければそこにどんな ごはんがあって、どんなおかずが、どんな色彩が、そしてどんな味わいが…
やっぱり宇宙ですよ(笑)

日本では古くから ごはんと梅干の日の丸弁当なんてのがあったり、今ではコンビニや持ち帰り弁当のチェーンがあったり。それはそれで種類も豊富。
でもこの映画の中に登場するインドの子供たちのお弁当ってのもね、文化というか特色があって興味深かったですよ。

小学校の低学年ぐらいなのかな。日本であれば小っちゃくてかわいくて。どうかするとキャラ弁とかもありそうだけど。
ここに登場するのは肉体労働者向けのランチジャーみたいのに アルミ製の器がいっぱい入ってて、中にはカレーはもちろん、様々なおかずがいっぱい。
へぇ〜小学生で毎日こんなの食べてるんだと思うと幼少時代をインドで過ごしたかったなとか思ったり(苦笑)

まぁそもそも日本では給食というシステムが確立されてるので、このような食文化、そしてこの映画のようなストーリーは難しいだろうけど。

さて この映画、通常の作品とは違って 子供たちの学校の休みの度にワークショップをする中で撮影していったという異色作。
一般の子役ではなく素人の子供たちがその対象だったということですが、その分のイキイキした表情がよい意味でフィルムに残っていると思いました。

ただ 他の教師の弁当を盗み食いし、子供たちの弁当を搾取することを生甲斐にしている教師という存在が全く理解できなくて。
しかもその教師が「弁当を持ってこない生徒は学校に来る資格は無い!」と言い放ち、主人公の少年は学校に行かなくなるという展開。

なんだかあまりにリアリティを感じられなくてちょっと醒めちゃったわ。
せっかく魅力的な子供たちや おいしそうなお弁当が出てるのに、そこだけ学芸会以下な設定に思えてしまって。
あの教師の存在によって、台無しと言っても過言ではないでしょう。
いや、ちょっと言い過ぎた(笑)

最後にもうひとつ。
じつはその悪い教師がこの作品の監督で、主人公の少年は監督の御子息らしいじゃないですか!それにビックリだ!!
posted by 味噌のカツオ at 18:32| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月31日

シュガーマン 奇跡に愛された男

マリク・ベンジェルール
ロドリゲス
1970年代、2枚のアルバムをリリースするも、商業的な成功を得ることなくひっそりと消え去っていったロドリゲス。
しかし彼の残した作品は人知れず海を渡り、アパルトヘイト下の南アフリカで革命的な大ヒットとなる。
なぜに南アフリカでロドリゲスの作品が受け入れられたのか?そして彼はどこへ行ってしまったのか?

製作国はスウェーデン・イギリスとされていますが、舞台となっているのは南アフリカ。
2010年3月、「第9地区」に「インビクタス」と南アフリカとアパルトヘイトがテーマとされた映画が立て続けに公開されていました。

とても遠い国の話であるし、過去の歴史の物語でもあるのですが。わたくしの知るレベルであれ 当時のアパルトヘイト・人種差別・経済格差などを鑑みると、より面白く見られる作品でありますね。
抑圧された人々が「シュガーマン」などの曲を口ずさむことで思いを共有し、機運が高まり…すなわち革命の原動力になったんだと。

今の時代、ネットやツイッターを介して人が集まり‘●●革命’みたいな運動も起こるんだけど。
個人的にはですよ、どこかに野次馬根性みたいな 面白そうだから行ってみよう的な‘ライト感’も覚えるんですよね。寄せ集めとも言えるかな。

一方で反アパルトヘイトって日本で見受けられる‘●●革命’よりも根深い問題であっただろうし。
そしてここに登場する 意思を共有する音楽というのは、言わば‘お経’みたいなもんだと思うんですよ。より思想に直結しているような。
単なる流行歌・ヒットソングとは違って、国歌とも違って、人々の中に根付いた作品だったんでしょう。

それだけ影響力の大きな音楽が、異国・アメリカで しかもまったく注目もされることのなかったモノであるということが何よりも滑稽な話で(苦笑)

南アフリカどころかアメリカに於いても誰も知られていないミュージシャン・ロドリゲス。
彼はいったい何者なのか?(死亡説もあるなかで)彼は今も生きているのか?

大半が証言者のインタビューなので、言葉を受け止める集中力が必要だし。正直言って映画として グイグイ引き込まれた風ではなくて。後半も怒涛の展開というより、ゆったりと物事か動いていく感じ。
ただ ゆったりとでありながら、そのうねりはとてつもなく大きなもので。映画を見ながら そのグルーヴに乗っかって押し上げられていく印象が たまらなく心地良かったですね。

これは間違いなく奇跡的なエピソードではあるんだけど、そこにいるのは神でもなければ 偉大な指導者でもなく。ホントに等身大のひとりの男であったというのが素晴らしい。
そんなジワジワと心温まるドキュメンタリー。見てよかったです。

原題は「SEARCHING FOR SUGAR MAN」。直訳で「シュガーマンを探して」となりますが、実は「シュガーマン」というのは曲名でありまして。
実際に探すべき対象は ロドリゲスというミュージシャンなのでげす。

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「サトウさんを探して」
posted by 味噌のカツオ at 12:36| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月04日

ジャンゴ 繋がれざる者

クエンティン・タランティーノ
ジェイミー・フォックス、クリストフ・ヴァルツ、レオナルド・ディカプリオ
元歯科医で賞金稼ぎを生業にするシュルツは、今回のターゲットを知っているという黒人奴隷・ジャンゴと出会う。その標的は かつてジャンゴから妻を奪い去った憎き相手。
ジャンゴはその復讐心と 生き別れた妻との再会を果たすべく、命がけの旅に出る。

今年のアカデミー賞に作品賞などにノミネート。結果 タランティーノが脚本賞。シュルツ役のクリストフ・ヴァルツが助演男優賞を受賞しました。
そんな評価がどうであれ。。。

タランティーノ好きなわたくしとしては大満足の一本でした。
もはや世間の評価は関係ないのだな。タランティーノ監督が‘らしい’作品を作り上げてくれたことが嬉しい と(笑)
タラ監督はこんなテイストの、こんな表現のものしか撮れないのか〜という輩もおるかもしれませんが、ファンとしたらソレに痺れるし ソレがカッコイイと思ってしまうんだわ。

1960年代に量産された西部劇。が その当時には黒人のガンマンなんて発想は無かったんじゃないじゃないかな。
まぁどんなシチュエーションであれ、タラ監督の手にかかれば それ相等の世界観に仕上がっていくわけでありまして。

徐々にネタバレ含む話になっていきますが。。。
まずは冒頭、ツカミのところでズッドーン!というのがあり、中盤はヒリヒリするような会話劇。この‘役を演じながら’の駆け引き、騙し合いというのが意外とわかりやすくてね。
何だか あの食事の席を共にして、一緒にドキドキしたような思いですよ。

そして突如始まる銃撃戦。そぅ、コレがなくっちゃタランティーノじゃないですよ〜というやり過ぎ感。
この中で重要な登場人物が命を落とすんですが、その際の溜めの無さったら。普通の映画ならもっと もったいぶった演出にするだろうに、ここの展開は一気呵成。その分のインパクトあります。

わたくしが一番 やられたのは その後の場面。
ふたたび奴隷とされ運ばれていくさ中、口八丁で見事立場を変え、銃を受け取った瞬間のズドーン!ですよ。
ホントに油断してたときにきたので、なんかわからんけど一気に涙があふれてきて(笑)
そして彼女の元に駆けつけ「俺だ ベイビー」。これ もぅ最高のヒーローでしたね。超感動!!

そんなベタベタなヒーロー像を作り上げるのも、タランティーノ流の味付けがなされてるから、より印象深いんだろうね。
もちろんラストにはドカーン!と大爆発で。フルコースごちそうさまでした。

アカデミー助演男優賞のクリストフ・ヴァルツは前作の「イングロリアス・バスターズ」でもランダ大佐役で同賞を受賞してまして。タランティーノ作品とは よほど相性がいいんでしょうか。
主演のジェイミー・フォックス、怪しげな奴隷頭のサミュエル・L・ジャクソンも印象深いけれど、思いのほか良かったのがレオナルド・ディカプリオ。

正直 彼の場合どんな作品でも どんな役柄でもレオ様っぽさが付いて回ってね。いつまでも「タイタニック」の好青年でもないと思うんだけど。
が 今回演じたのが初の悪役だそうで。良い意味でいやらしさ、胡散臭さ、傲慢さがマッチしてたんじゃないでしょうか。
この人、基本は悪役顔だと思うのはわたくしだけかいな?

全体を通じて、所々に入ってくるスローの演出が個々の場面を印象的なものにしています。
一方で エグい描写もインサートされてるし、血しぶきもバンバン飛びまくるし。決して万人受けはしないでしょうが、お好きな方には このクールさとクレイジーさがサイコーな作品です。
タラちゃんバンザイです(笑)

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サミュエルのヘアスタイルに注目(笑)
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2013年03月03日

ゼロ・ダーク・サーティ

キャスリン・ビグロー
ジェシカ・チャステイン、ジェイソン・クラーク、ジョエル・エドガートン
アメリカ同時多発テロ事件の首謀者とされるオサマ・ビンラディン。その捜索チームに 人並み外れた情報収集力と分析力を誇るCIAアナリスト・マヤが加わる。
捜査が行き詰まる中、同僚たちが自爆テロの犠牲となって命を落としてしまう。それを機に マヤの中の何かが一線を超えていく。

2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件から、10年後の2011年5月2日のビンラディン暗殺までを映画化。

歴史の1ページを…とはよくありますが、まさに近年の出来事を、このようなカタチで映画にしたというのは これまでなかったですね。
実際に企画が始まったのは、ビンラディンが殺害される以前だったとか。それがあったことで、脚本も書き換えたという、それぐらいの近代史なんですな。

この国際的なテロ犯罪の首謀者を追い詰めていったのが、若き女性分析官というのも意外でした。
そのストーリーをに挑んだのは、かつて「ハート・ロッカー」でアカデミー監督賞を受賞した女性監督・キャスリン・ビグロー。

いずれも男性優位の世界の中で活躍する女性ですが、だからといって あまりそういうことを意識する要素はなかったかな。
映画としてのエンターテイメント性よりも、そこで起こっていた出来事を、着実に淡々と映像化していった印象。
ただし約2時間40分という上映時間の前半は、ヤマ場もなく若干退屈かも。

が 同僚の女性が自爆テロに巻き込まれたところから、マヤの雰囲気も変わりグッと緊張感も高まりました。

全く手がかりのない中、どのようにして その居場所を特定していったのか。ホントに危険と隣り合わせながらの粘り強い捜査は見応えアリ。
そして突入に至るまでの長い長い日々と 登場人物それぞれの思い。またビンラディン殺害後の行動についても、見るべきものがありました。
ただの殺害だけでなく、資料を押収し、墜落したヘリをその場で爆破。報道だけではなかなか伝わってこない そのような一面がね。

そんな物語を駆け抜けて、ラストシーンにマヤが見せた表情。これを どう受け止めればいいんだろうか、何を考えればいいんだろうか。
それは彼女の表情でしか汲み取ることはできないし、見た人によって感じ方も様々なんだろうね。

おそらく、彼女の使命としてはビンラディンを追い詰めていくことなのは確かで。国×国という面で、その作戦を遂行するのがCIAのマヤの職責だったのでしょう。
が 前述の通り、同僚が殺されたことで 彼女の執念というべきか、ある種の私念もそこに加わっていったように思います。
一度に5,000名の命が奪われた過去より、身近な存在の命の方が 突き動かされるものがあるということですかね。

そのうえで。突如目の前に現れて、家族の命を奪っていった異国の兵士に対して、あの子どもたちは何を思うんだろう。
もしかしたら、新たな‘復讐心’を植え付けたということかもしれないし。
その連鎖を生んだだけのことかもしれないわけで。。。

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深夜0:30を指す軍事用語が「ゼロ・ダーク・サーティ」
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2013年03月01日

世界にひとつのプレイブック

デビッド・O・ラッセル
ブラッドリー・クーパー、ジェニファー・ローレンス、ロバート・デ・ニーロ
妻の浮気が原因で心のバランスを崩し、すべてを失ったパット。実家で両親と暮らしながらリハビリ中だった彼が、近くに住むティファニーと出会う。彼女もまた 事故で夫を亡くし、心に傷を負っていた。
そんなティファニーは希望を取り戻すためダンスコンテストへの出場を決意。半ば強制的にパットをパートナーに指名する。

タイトルに‘プレイブック’という言葉がありますが、日本人にとっては それが何を意味するのか、瞬時にはわかりかねますね。
辞書によれば「脚本集・戯曲集」「アメフトのチームのフォーメーションを図解したノート」とのこと。

実際、ストーリーの中にもアメフトが絡んできますので、後者ニュアンスで考えれば良いのかな。
ゲームに勝つためのノウハウというか、攻略本とか…それだとゲームっぽくなっちゃうか。
でもそういうことらしい。

正直言いますと、なにかハッキリとはわからんかったのですわ。いろんなことが。
心がバランスを崩してエキセントリックな行動を取ってしまう人って、今の時代 決して少なくはないんでしょう。かといって「身近におる」という人が多いとも思えないし。
どこまでが滑稽な行動で、どこからが笑えない状況なのか…

そしてアメフトというスポーツが日本ではメジャーでは無いため、その昂揚感もストレートには受け止めにくい。
ダンスの経験者じゃない主人公・パットが、どれぐらいの努力を重ねたのかは描かれていない。
「より高く」とはニューヨークの〜とか言われても さすがにピンとこない。

時に説明じみてたり、時に丁々発止やりあう会話の妙味も、セリフが多くて(字幕の展開も)早いものだから 大雑把にしか理解できなかったかな。

全般的に ハッキリとはわからないんだけど、ザックリとはわかるものだから、その点でラストシーンだけはグッとくるものがあったりなんかして。
起承転結・積み上げられた感動じゃなくって、ラストの点だけの感動。なんか しっくりこなかったんよね。

感情という部分は世界共通なんでしょうが、そこに至るまでのキーワードが共感を得ることができなくて。
決して悪い作品とは言わないけれど、どこか日本人には合わない作品って気がするかな。ライフスタイルとか、そういうレベルでね。

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続編は「プレイブック PART2」で
posted by 味噌のカツオ at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月30日

さよならドビュッシー

利重 剛
橋本 愛、清塚信也、ミッキー・カーチス、吉沢 悠
ピアニストを目指す16歳の少女・遥。ある日、祖父と いとこのルシアとともに火事に巻き込まれ、全身に大やけどを負いながらも 奇跡的にただ一人生き残る。
リハビリを重ね、ふたたびピアニストを目指していく遥の周辺で、次々と不可解な出来事が起こる…。

第8回「このミステリーがすごい!」の大賞に輝いた同名小説の映画化。
原作の中山七里さんは岐阜出身。そしてCBCの企画協力ということもあって、本来の舞台である名古屋でロケも行なわれております。

さて、「ミステリーがすご〜い!」とか言われても、イメージとしては音楽によるサクセスストーリーという印象もあって、イマイチ ピンこなかった。
ところがラストまで見ていくと、確かに「すごい!」と思ってしまったわけですわ。ただし、余計なことを言うならば…ミステリーがすごいけど、サスペンスは弱いってかな(苦笑)

この手の作品は音楽がモチーフとなっているので、演奏シーンというのが非常に重要だと思います。
その点ではこの映画は素晴らしかったですよ。遥がピアノを弾く決心をした場面。あの岬先生こと清塚信也の演奏は、わたくしも何だか涙出てきましたし。それだけ訴えかけるものがありました。
もちろんクライマックスの遥の演奏シーンも。ちなみにコチラの音源も清塚信也が弾いていたそうですが、やはり心に響いてきましたね。

その清塚信也はピアニストとして吹替え演奏の経験はあるそうですが、役者として演じるのは始めてで。
見る人によっては それがクサい芝居に見えたことでしょう。でも わたくし的には、それぐらい突き詰めちゃってる演奏家・アーティストって、どこか浮世離れしてる面があったり、凡人の感覚とは少しズレた部分があったりするもので。
そういう意味で違和感は感じなかったし、それどころかレッスンの中で語る彼の言葉ひとつひとつが、目から鱗というべきか。説得力あったんですよねぇ。

アレが脚本としてのセリフなのか、本当に演奏に役立つ理論なのか どっちかはさておき、見入って 聞き入ってしまったのは事実。

橋本愛ちゃん…さん…は どの作品を見ても落ち着いた役が多いですね。年齢の割りにキャピキャピした面を全く感じさせない。
失礼ながら、素直にキレイとかカワイイとか言いにくいんだけど。でも見ていて吸い込まれそうな魅力ありますわ。
「表情が常盤貴子さんっぽい」と感じる瞬間がチョイチョイありましたね。

原作の評価、役者の魅力、そして演奏のクオリティ。いずれも高いアベレージの要素がクライマックスで融合していく感覚。それらが とても悲しい物語に乗っけられていて。
ツッコミどころも無いわけじゃないけれど、それらを差し引いても、じんわりと涙を誘う良作だったですよ。

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さよなら土瓶蒸しぃ
posted by 味噌のカツオ at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月14日

シェフ! 三ツ星レストランの舞台裏へようこそ

ダニエル・コーエン
ジャン・レノ、ミカエル・ユン、ラファエル・アゴゲ
長年 三ツ星を守り抜いてきたレストランのベテランシェフ・アレクサンドルは大ピンチを迎えていた。次の品評会で星を1つでも失えば、店の運命は終わりと告げられたのだ。
そんな折、天才的な舌を持つペンキ塗りの男・ジャッキーと出会う。アレクサンドルはジャッキーを招き入れ、レストランを守るために立ち上がるのだが…。

今やドラえもん役としての印象も強いジャン・レノが主演。
決してそれ以外の‘売り’とか‘引き’があるわけでもないと思うんだけど、なぜか評判が評判を呼び 見事にスマッシュヒットなのであります。
わたくしが見に行った回も 客席の入りがよく、所々で笑い声も漏れ聞こえるほどウケてましたですよ。

オーナーとはソリが合わないものの、自身の名前の付いたレストランのシェフであるアレクサンドル。
そして舌の味覚は天才的でありながら、思い描くような職に付けず、ペンキ塗りで生計を立てているジャッキー。
そんな二人が力を合わせて 新たなメニュー作りに励むのかと思えばさにあらず。

アレクサンドルは新しいメニューやアイデアを創造できないスランプ状態で、ジャッキーは新入りでありながらアレクサンドルにも意見をする、良くも悪くも融通の利かない男。
そんなアクの強い二人が絡み合えばコミュニケーションの取り方も自ずと極端になり、そのやりとりの滑稽さが 徐々に良質の笑いを引き出していきます。

いや アクが強いと言えば、それ以外の登場人物もみな個性が際立っていてね。そんな彼らなものだから、無駄を省いた状況で次から次へと おかしな場面にかみ合わない展開が起こりまして。テンポ良くその世界観に乗せられましたですね。
そんな 緩めで微笑ましい笑いの連続が、高評価に繋がっているんでしょう。

ライトな感覚で楽しむには丁度いい。カップル、夫婦、友達同士、どんなシチュエーションで見ても受け入れられそうな映画。でもお料理好きな人ならより楽しめるかも。

楽しめると言えば・・・アレクサンドルは「料理を作る楽しさを忘れている」と言われ、ジャッキーは「アナタが楽しんで作ってるだけ」と言われ。
それぞれにあてはまる要素ではあるのだけど、その点 どちらかに偏りすぎてもいけない・・・っちゅうことなのかな。
コメディタッチな物語の中で、ふと考えさせられるポイントでしたね。

途中 鴨料理の研究で妙な形状の料理が出てきたり、ライバルとなるシェフの店で不可思議な食べ方とか出てきます。かなりおかしいです(苦笑)
ただわたくし見ていないのですが「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」というドキュメンタリー映画の中に、それに近いような取り組みが紹介されているカモ。
そっちの作品も気になってきちゃったな。。。

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いただきました!星3つです!!
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2013年01月10日

007 スカイフォール

サム・メンデス
ダニエル・クレイグ、ハビエル・バルデム、レイフ・ファインズ、ジュディ・デンチ
MI6の情報が入ったディスクが奪われ、それを取り返そうとしたボンドだったが、犯人と格闘の末 谷底に転落して行方不明になってしまう。
後にMI6本部が爆破され、さらに奪われた情報がネット上に出回り、MI6の局長Mは窮地に追い込まれる。

007が誕生して50周年記念となるこの作品。シリーズとしては第23作となるそうです。
が この「007」というキャラクター。時代というべきか歴史というべきか、わたくしよりも ちょっと上の世代の映画ファンのほうがなじみがあるんじゃないかしらん。
ちなみに わたくし、これまでそのシリーズをちゃんと見たことはありませんで、これがシリーズで初鑑賞となります。

そもそもはスパイなんですよね。ただ冷戦とかの時代ならいざ知らず、現代ではスパイっちゅうモノの存在意義ってのも薄れてきてるような感じが無きにしも非ず。
イギリスに実在するという‘MI6’イギリス秘密情報部。そこでの指揮権であったり存在について問われる設定というのがあるんですが、考えようによっては バットマンがじつは市民から疎ましく思われているなんてのと近いような印象。

さて今作品に於いて、ボンドの生まれたルーツである館が登場したり、MI6組織内での古い手法と最新のITのせめぎ合いがあったり。
シリーズの歴史とか時代とか、あるいは伝統がひとつのテーマとして描かれてるんですがね。前半はITを駆使したり秘密兵器を用いるQという男の存在があり、後半はボンドカー・アストンマーティンやら彼の生家が登場したり。

それだけ時代の移り変わりとテクノロジーの進化が描かれつつ。でも そこに乗っかってる人間・ボンドはそんな50年も年齢は重ねていないんだろうなと 余計なこと考えたりだったんだけど(苦笑)
ここに登場するジェームス・ボンドっちゅうのが50年前からの同一人物なのか、映画の役者と同様に別の方が‘007’を襲名していってるのか!?

それはそれとして。アクション映画として ものスゴ見応えありましたね。
とくに冒頭のイスタンブールでのシーン。連なってる家々の屋根の上をバイクで爆走するアクション。走っている機関車に詰まれたショベルカーで天井バリバリやっちゃう場面。
そういった発想ってのも驚かされますし、映画として映像の迫力は素晴らしかったです。見応えありました。

そしてもうひとつ、ダニエル・クレイグの好演というのも大きいね。
正直それまで日本ではなじみの無かった彼が「6代目ボンドです」と言われてもピンとこなかった(それまでちゃんと見てきたわけでもないけど)。が その「007シリーズ」以外の作品も含めて俳優としてカッコいいんだよね。アクションもしっかりこなすし ふとした渋さも持ってるし。

一方の敵役のハビエル・バルデムも薄気味悪くて良かったですねぇ。そぅそぅ「ノーカントリー」出てた人や。
そういう存在があってこそ、この手のストーリーってのは盛り上がるわけですから。

とにもかくにも わたくしのようなシリーズ初心者でも すんなり楽しむことができて。娯楽作品として及第点。
ずっと見てきたオールドファンなら より楽しめるのかな。

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ジェームス・凡人
posted by 味噌のカツオ at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月02日

人生の特等席

ロバート・ロレンツ
クリント・イーストウッド、エイミー・アダムス、ジャスティン・ティンバーレイク
長年に渡り大リーグの名スカウトとして腕を振るってきたガス。しかし年のせいで視力も弱まり、球団からの信頼も危さが見え始めていた。
そんなガスは人生最後のスカウトの旅に出るのだが、彼をサポートするべく ガスにわだかまりを感じ続けている娘のミッキーがやって来る。

監督としても非常に評価の高いイーストウッドの作品ですが、今作は自身がメガホンを取ったわけではありませんで。
いわゆる‘御弟子さん’が監督を務め、イーストウッドは主演というポジション。しかも俳優として登場するのも「グラントリノ」以来4年ぶりだとか。
とはいえ、その作風としてはイーストウッド監督の作風に近いのではないかという印象。

そりゃまぁ確かに自分で監督やろうにも(今日現在)本人82歳らしいじゃないですか。
さすがにそこまでの労力は・・・という気もしますわね。

映画の冒頭の場面。トイレで小用を足しながら自身の‘ムスコ’を励ますような言葉を投げかけます。
主人公がそういう年代なんだということを印象付けつつ、本編では相も変わらず頑固で偏屈なジジィ然とした態度でね。

先の「グラントリノ」の際もそういうキャラではありましたが、もぅ十分いい歳なんだから そんなに意地張らんでも〜と思うわけだ。
その点ではイーストウッドと維新の石原さん(80歳)がオーバーラップしてきます。いずれも同類項の80歳代。

さて、ストーリー的には あまり共感を得ない設定ではあります。
野球のスカウトマンがドラフト1位指名を決めるべく、どこか牧歌的な草野球(?)を見に行ったり。同一球団内のスカウトマンで足の引っ張り合いがあったり。
テーマを伝える意味での組み立てとしてはそう言うものなんでしょうが、決して身近な物語ではないのかな。

にもかかわらずですよ。なんというか デジタルなものとアナログなものの対比があったり、父と娘の葛藤があったり、優しさに裏打ちされたダークサイドの真実があったり。
見せ方の妙とでも言えばいいかな。それとなく観客の感情をリードしていきますよね。

後半の部分。野球の新人選手が輝けるか否かというのはシーズン入ってみないとわからないものなんだけど、あんなカタチでバッターとピッチャーを対戦させてカタルシスを得るというのはよく考えたもんだと微笑ましく見届けましたですよ。

その所々気になる箇所もあるにはありましたが、作品全体を通じて 古き善き時代のアメリカ映画という雰囲気が滲み出てましたね。
イーストウッドという‘人物’だけでなく、ベースボール、田舎のモーテル、親父たちの友情みたいな様々な要素が合わさってのことでしょう。
裏返して言えば、今どきなかなか無い作風なんだけど、気持ちがホッコリなれるような映画でした。

ちょっと惜しいのは「人生の特等席」というタイトル。あまり しっくりこないなぁ。
現題の「TROUBLE WITH THE CURVE」は、直訳で「カーブでのトラブル」と。んーそれもちょっと。
ストレートに「父と娘の〜」とか、いっそシンプルに「スカウトマン」とかでよくないかい?

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人生の優先席
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2012年09月30日

ソハの地下水道

アグニェシュカ・ホランド
ロベルト・ヴィエツキーヴィッチ、ベンノ・フユルマン、アグニェシュカ・グロホウス

1943年のポーランド。下水修理と空き巣稼業で家族を養う男・ソハは、ナチスの迫害
から地下に逃れんとするユダヤ人たちに出会う。
地下水道のことを知り尽くしているソハは、彼らを地下に匿って見返りに金銭を得る
ことを思い立つ。しかし月日の経過と共にソハの心にも変化が訪れ、無償で彼らを守
ろうとするのだが…

歴史にはホント疎いわたくしですが、ナチスによるユダヤ人迫害という事実はそれと
なく知るトコロでありまして。
これが別に歴史を学んだという訳でもなくってね。要は それらをテーマにした映画
が毎年のように公開されてたりしますのでね。

近年、それぐらい多くの作品が作られているということは、多くの人々が史実を憂い
ている証でもありましょうし、年月を経る中で これまで語ることがどこかはばから
れていた事実関係が世に出てきているということなんでしょう。

この作品も実話がベースになっているということでして。映画の冒頭 数分だけで
も、目を覆いたくなるような描写があったりもします。
また映画のラストに記されておりますが、この作品の元となっている人々は、実際に
は14ヶ月に渡り地下に身を潜めていたとのこと。言葉をなくしますね。

ということを書きつつなんですが・・・わたくし的に この手の作品は映画として見る部
分と事実関係として受け止めるべき点とで評価が語りにくいんだけどね。

実話がベースにあったとして、これが再現フィルムなのか あるいは映画として何か
しらの脚色があるのかで悩ましいわけで。内容を全てそのまま受け止めるのも微妙に
思います。
映画的には、微妙に多い登場人物たちの個性や、人間関係(肉体関係も含む)やらわか
りにくいトコもありまして。

また冒頭のやりとりから考えて この人は悪いヤツだと思っていたのが実は主人公
だったりして(苦笑)
その後の心の機微も少々ついていけてないとこありました。

この手のテーマの作品は、わたくしにとってはついていくのがやっとなので、なかな
か楽しむとか味わうとかまで余裕無いなぁ。
というのが率直な感想です。
posted by 味噌のカツオ at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月28日

最強のふたり

エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ
フランソワ・クリュゼ、オマール・シー、アンヌ・ル・ニ、オドレイ・フルーロ
不慮の事故で全身麻痺になってしまった大富豪・フィリップ。彼の介護者の面接に現
れた黒人青年・ドリス。実際には働く気のなかったドリスであったが、フィリップは
彼を仮採用として大邸宅に招き入れる。
相入れないふたりであったが、衝突を繰り返しながらも互いを受け入れ、やがて友情
が芽生えていく。

フランスでは3人に1人が見たというこの作品。さらには世界各国でも大ヒットを遂げ
ているとか。
日本でもちょっとしたロングラン上映になりながら客足も好調で。わたくしが見に
行った回でも、おっちゃん&おばちゃんらで盛況でしたね。
いかにも‘いいお話’そうだしね。

事故で首から下を動かすことができなくなってしまった大富豪。そして彼の世話人と
して雇われたスラム育ちで節操の無い黒人青年。
そんな全く相容れないであろうデコボコなふたりが紡ぎだす愛すべきストーリー。

そういうシチュエーションの物語ってありがちにも思うけど・・・
なんでしょうね、嫌味が無いというか、妙な清々しさがあるというか。変に気負って
いない点もその良さだろうけど、どうかすると淡白にも思えます。
それでも そんじょそこらの作品と違う後味があるんだよね。

わたくし的に印象に残ったのは、大富豪・フィリップの表情。
体が動かないんだから表情でしか演技のしようがないのはそうなんだけど、そのひと
つひとつから伝わってくるものがあるんだよね。
まぁ‘大金持ち’と聞いちゃうと、どうも いけすかないヤツにも思えるんだけど、
ドリスの下ネタやブラックユーモアに応じてみせる笑顔が素晴らしかったですねぇ。

一方の介護者・ドリスの口の悪さに横柄な態度も、なぜか憎みきれないモノに思えま
した。
わたくし、ボビー・オロゴン見て‘イラッ’とくる事あるんですが(笑)、ドリスの一
挙手一投足からはえもいわれぬヒューマニズム感じました。
ちなみに ドリス役を演じたオマール・シーはコメディアンでもあるとか。そういう部
分での表現力とか上手さは持ってるのかもしれないですね。

作品中、クラシック音楽とダンスミュージックだったり、絵画なんかを通してフィ
リップの価値観や意識が変わっていく描写があります。
おそらく高尚なものには それ相等の価値というものが付随しておるのでしょうが、
もっと物事の見方を変えていくこと、いろんな価値観を認めていくことで人の器も大
きくなれる気がするし、何より楽しさも増していくんじゃなかろうかと。
お金で決められる価値と、プライスレスで楽しめる価値観。

様々なクラシックの名曲が演奏された後、「俺のオススメだ」といってドリスがアー
ス・ウインド&ファイアーの「ブギー・ワンダーランド」で踊りだすシーンに、ちょい
と感動しちゃいました。
もともとアース〜が好きなのもあるけれど、ひとつの象徴的な場面にも思えたので
ね。

フランス映画であるこの作品の原題は「Intouchables」というもの。ちなみに英語の
「Untouchable」の意味は‘触れてはいけない’とか、‘触るのもいやな・けがらわし
い’となりますか。
邦題の「最強のふたり」とは少々印象が違うけど。

ちなみに監督・脚本もエリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュという二人の共作
だったりするそうです。

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ド,ド,ドリスの大爆笑〜♪
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2012年09月02日

白雪姫と鏡の女王

ターセム・シン
ジュリア・ロバーツ、リリー・コリンズ、アーミー・ハマー
白雪姫は国王である父を亡くし、継母の女王によって城に幽閉されていた。しかし城にやってきた隣国の王子と互いに恋に落ちていく。
が王子との政略結婚を狙う女王は白雪姫を森へと追放。森で7人の小人と出会った白雪姫は、自らの幸せを勝ち取るため、女王に戦いを挑む。

ちょっと前に「スノーホワイト」が公開されてまして。とにかく今年は‘白雪姫’の当たり年(?)ということで。
残念ながら そちはわたくし未見なので、単純に比較とかはできませんで。

しかも非常に疲れてたカラダで見に行ったこともあり、所々で記憶が抜けています。ウトウトしっぱなしでした。
でも その集中力が持たないということは、失礼ながらその程度の作品だったということで。

そもそも長きに渡って語り継がれている白雪姫ストーリーをアレンジしようとするならば、それとなく大胆な手法は必要でしょう。
でもジュリア・ロバーツはちょっとコメディタッチで、白雪姫と小人たちはギャングだったりバトルしたりちょっとダークで。
あぁコメディタッチといっても そないに笑えるような要素も乏しいっちゅうのがまた痛い。

物語の設定から衣装や映像はとても美しいのですが、後半のパーティの場面では何やらみなさんエキセントリックなコスプレ状態。この変化の効果も薄くてわたくし的にはもったいなく思えまして。
もともとみんな変わった格好してたのならそれで見られるし、何もないところから突然奇抜な世界観になればインパクトもあるだろうし。
この絢爛豪華→奇抜で独創的という変化が もったいなかったなぁ。
言いがかりか知らん!?

一部レビューではエンディングはインド映画風とも書かれてまして。
言うなれば、いろんなテイストを詰め込みすぎて、それが一本のスジとして成立していないと。まとまりの無い印象になっちゃったですかね。

そんななかで密かな注目点は白雪姫を演じたリリー・コリンズ。
濃いぃ眉毛にグッと視線も集まりますが、見ようによっては現代のオードリー・ヘップバーンとも言えなくも無い。
彼女の放っている‘お姫様らしさ’はひとつの見どころではありますね。

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白雪姫と鏡餅の女王
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2012年07月22日

スープ〜生まれ変わりの物語〜

大塚祐吉
生瀬勝久、小西真奈美、刈谷友衣子、松方弘樹
妻と離婚後、娘との関係が悪化していた渋谷健一。彼は出張中に上司の綾瀬由美と共に落雷の直撃を受け、死後の世界で目を覚ます。
そこで‘伝説のスープ’を飲めば前世の記憶は消え去り、生まれ変わることができるとの噂を耳にする。が 娘のことが気がかりな渋谷は、記憶をなくさずに生まれ変わる方法を探ろうとする。

この世とあの世とを舞台にしたオハナシ。
この世に未練を残して絶命してしまった者が、その思いを伝えるべくゴーストとして甦ったり、誰かに乗り移ったりとか。そういう発想は今までにもありましたが、これは‘生まれ変わりの物語’なのであります。

あの世側のパートで語られる「スープを飲むと生まれ変われる」という設定は正直微妙な気もします。
何故にスープなん?しかも必ず生まれ変わるという確実性も乏しいときたもんで。

さらには滑稽な登場人物らに囲まれて、変テコな旅を続けるというくだりも、安っぽいコメディ路線みたいだったですね。
生瀬さんにしろ古田新太さんにしろ、上手な人が出てるんだから、もうちょっとやり様があったのでは?と。
とにかくこの辺りのパートは、シンプルにストーリーを追って見ていくのがよいかな。

そして後半は輪廻転生してからのオハナシ。でも生まれ変わったら みな赤ちゃんからやり直しになりますので、いろいろ時系列とか大変じゃないか?と思いましたけど。そこのところは上手い具合に構成されてましたね。前半とは全く違うテイスト。

この手のテーマであればね、人と人が思いを伝え合う場面って様々なシチェーション作れるだろうけどね。いやぁ、そりゃ確かに父と娘の関係性なら あの場が最もグッとくるんじゃないですか(笑)
ちょっときちゃいましたね。こちとら娘がおるわけでもないのに(苦笑)

ただその後、健一と由美のラブストーリーに持っていこうとするのは余分かな。あるいは伏線が弱いといえるかも。
トータルでね、決して悪い作品ではないけれど、所々‘惜しい’って印象だったですね。

さて、一応 生瀬勝久さんの初主演という触れ込みでありますが、チョイ役も含めてキャスティングが豪華に思えましたね。
あの世のエピソードはもちろん、アフターエピソードのパートでも 今後伸びてきそうな若い役者さんが出ていましたし。
その点はホント幅広かったですよ。
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2012年07月08日

少年は残酷な弓を射る

リン・ラムジー
ティルダ・スウィントン、ジョン・C・ライリー、エズラ・ミラー
自由奔放に生きてきた作家のエヴァはキャリアの途中で子供を授かった。ケヴィンと名付けられたその息子は、なぜか幼い頃から 母親であるエヴァにだけ反抗を繰り返す。
やがて美少年へと成長したケヴィンは、エヴァの人生そのものを破壊してしまう恐ろしい事件を引き起こす。

母・エヴァ、息子・ケヴィン。そしてその家族を追った物語。
見た人によってミステリー、サスペンス、ホラーなどなど印象が違ってくるのも面白い。

大きな事件がターニングポイントになっていまして、それ以前とそれ以降が交互に展開。
でもエヴァのヘアスタイルを見ていけば、時系列を混同することはありません。そういう意味では作品としては見やすい構成になっています。
そして何より、スクリーンに写し出される物語や空気からヘヴィーなエネルギーが伝わってくるので、グイグイと引き込まれちゃいましたね。

予告編を見た段階では何とも予想しにくい映画に思えました。実際に見ていても出来事としては特段変わったことはやっていないハズ。
それでも強烈な印象を受けた要因は、やはり そこにある人の感情が故のことなんでしょう。

シンプルな感想としては、ケヴィンはいったい何を考えていたのか。なぜ生後間もなくから母に反抗をしていたのかとなりますが。。。
一説にはまた別の見方もできるそうで。

ここではケヴィンの悪意を描いたようになっていますが、実はエヴァの悪意がその裏にあるんじゃないかと。
子供ができたことで仕事を辞めたエヴァ。が彼女の心の奥底では「本当はライターとしてもっと仕事をしたかった」と「この子さえいなければ」という思いがあって。
しかも産まれてきた子どもは あやしても全く泣き止まない。やっと寝付いたかと思えば帰宅したダンナが子どもを起こす。

ケヴィンが産まれる前、エヴァとフランクリンのベッドシーンでの会話からすると、もしかしたら‘家族計画’外の妊娠だったのかな?なんて気もするし。

ケヴィンは終始エヴァを睨み付けているように見えるけど、実際にエヴァの方に悪意があったからこそ そう見えていただけなのかもしれない。
冤罪で捕らえられた人を「コイツは犯罪者だ」という先入観で見ることで、相手が悪人にしか思えなくなるのと一緒で。
逆の例えで言うなら「コイツ、俺に気があるな」と思っちゃうと、相手がドンドン綺麗に見えてきちゃうと。妄想なのに。

そしてもうひとつの悲劇の要因が、ケヴィンが必要以上に頭のいい子どもだったという点。
ちょっとした天才児だった彼だからこそ、その悪意を汲み取ったうえで、(良くも悪くも)母と対峙することができちゃったんじゃないかな。幼児にして。

後半、妹をバカ呼ばわりしてジュースを持ってこさせる場面もどこかキツい印象受けますが、兄妹ってそういうやりとりある気がする。
妹が大ケガしたのに そ知らぬ顔でライチを噛む場面も、見ようによっては腹が立つし、どうかすると天然にも思える。
いや、それを言うなら救急車を呼んであげた事実は映像ではなく会話の中だけというのは、監督すら観客の目からケヴィンを落としいれようとしている編集ではないですか(苦笑)

さて、親の愛情を正しく受けられなかった子どもが非行に走るというエピソードも聞くには聞きますが、やはりアレはやり過ぎか。
とか言いつつ、日本でも常軌を逸した少年・若者の犯罪って現実に起きてるわけで。

それに頭の良過ぎるヤツが周りを見渡して見たときに、全部がバカ人間に思えて全部壊したくなることってあると思うんだよね。
そうやって一つひとつ考えていくと、この映画も とてもリアリティが増していきます。
単なるスクリーンの中の出来事ではなく、母と子にまつわる、どこにでも起こりうるエピソードなのかも・・・ですね。

しかしまぁこの映画のゾクゾク感は、ケヴィン役の素晴らしさに尽きますね。
エズラ・ミラーの、それこそ矢で相手を射抜くような視線がたまらない。それに幼児期の子もボールに見向きもせず母をジッと睨み続けたりして。

そして常に画面に置かれている赤い色も観客の意識を高揚させる効果を担っておりました。
赤色を見るとケヴィンの視線が思い出されてきてちょっとコワイよ(苦笑)

余談ですが、原題の「WE NEED TO TALK ABOUT KEVIN」は直訳で「我々は、ケビンについて話す必要があります」とされるそうです。
もっともっと彼 本意に立ってあげるべき・・・とも受けとれるかな。

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ケヴィンはいても警備員はいなかった?
posted by 味噌のカツオ at 14:04| Comment(0) | TrackBack(1) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月25日

臍帯

橋本直樹
於保佐代子、柳生みゆ、滝沢涼子、さくまひろし
ひとりの女が、とある ごく普通の家庭を遠巻きに見つめている。ある日彼女は その家族の一人娘に声をかけ、連れ去ってしまう。辿り着いたのは仄暗い小さな小屋。
それは、自分を捨てた母親への壮絶な復讐の始まりだった…

辞書によれば「臍帯」とは・・・
『胎児と胎盤とをつなぐ ひも状の器官。中に2本の動脈と1本の静脈があり、母体から養分や酸素を胎児に送り、胎児から母体に老廃物や二酸化炭素を送り出す。へそのお。せいたい』

大きく捉えれば、母と子を結ぶ命綱・・・ということになりますか。

この作品で描かれているのは、母親に捨てられた ひとりの娘による復讐劇。
簡単に‘復讐’と言ってしまうとアレですが、そこに流れる時間のこと、そして映像表現を思えば‘念’というものを感じますね。
復讐にかける情念。

静かなイントロダクションの後、ドラマが動き出す場面。
女子高生が女子高生を誘拐するという構図にちょっと驚きはありましたが、正直それ以降は流れが止まってしまった感じで。
ミカが何かを成し遂げんとしているのはコチラもわかりますが、結果的にそれがどのようなカタルシスとして昇華されるのかはピンとこなかった。

「あんたの一番大事なモノを壊してあげる」
とは言うものの、何も事態の解り得ない綾乃がそうされてしまうのが果たしてどうなのか。
食事も水も言葉も与えられないまま 放置されてしまう5日間。ミカ自身も放置(捨てられて)されたというのはそうですが。。。

結果として具体的なことは何もないままに、小屋を出る二人。そして母との対峙というラストシーンへと向かうわけですが。
母親も この事態をどう受け止めたのか、残念ながらわたくしには伝わってこなくて。

「八日目の蝉」なんてのもありましたが、繋がっているのかいないのか、なんとも形容しがたい親子の絆で。
捨てた親、捨てられた娘。逆に 意思を持って捨てた親が子を求め、一方の娘は親の愛情を感じないままが当たり前と育ったと想像してしまうのは勝手なのかな。

ここに登場するのは皆 女性というのも影響してるかもしれないし。
娘ではなく息子であれば、もっとドライなドラマになっていたんじゃないかと。

そしてこの作品は海外の映画祭への出品や受賞という実績があるそうで。
たとえば日本より貧しい国で、実際に‘捨て子’という事例が多い国の方が、より感情的に理解を得られるのかも。

出演しているのは(失礼ながら)さほどメジャーな役者さんたちではありませんが、ミカ役・於保佐代子の目力は相当な迫力ありましたし、綾乃役の柳生みゆ も説得力ありました。
その点は素晴らしい出来映え。

あとは全般的な暗い映像が見づらさになってしまうこともあるんだけど、この作品ではイイ感じで集中力を高める効果になってましたよ。
そして物語の途中とラストのワンカットに登場する赤ちゃんの表情が とてつもなく不安気で。絶妙な印象を残してくれてましたね。

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お母さんにさ会いたい
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2012年05月20日

ジェーン・エア

キャリー・ジョージ・フクナガ
ミア・ワシコウスカ、マイケル・ファスベンダー、ジェイミー・ベル
早くして両親を失い、孤児院でつらい思いをしながら育ったジェーン・エア。学校卒業後、ジェーンはソーンフィールド館の家庭教師として働くこととなる。
屋敷の主・ロチェスターは気難しく冷たい雰囲気の男であったが、徐々に心を通わせるうち、二人は互いに惹かれあっていく。

起伏に富んだ主人公の生い立ち。おかつラストには衝撃的な秘密が潜んでいるというラブストーリー。そんな原作が発表されたのは1847年。今から165年も前のこと。

当時にしてみれば、そりゃあもぅ結構センセーショナルなもんだったでしょう。んで それが今こうしてみても十分に見応えがあるというのがすばらしい。
そういう時代背景と共に作られていますが、設定を現代に置き換えても成立するんじゃないかしらん!?
やりようによっちゃ、サスペンスホラーぐらいに昇華できるかもしれんし。

実際 映画だけでなくテレビドラマも含めて過去何度も映像化されているらしく、それだけ題材として魅力はあるんでしょう。
ただ真摯に描くとするならば、ぶっちゃけ映画では厳しいのかも。

主人公は愛情を受けられない幼少期を過ごし、寄宿学校では理不尽な扱いを受け、その後に自ら道を切り開き大きな屋敷に仕える様になり、その屋敷の主人と恋に落ち・・・と その人生は長きに渡って紡がれております。
日本でもそれぐらいのストーリーであれば3世代ぐらいで演者を変えて表現したりするもので。
そういう意味で、2時間あまりの映画では その全てを表現するのは厳しいトコロ。

今作では当然ながら屋敷に仕えるようになったあたりからを中心に作られております。そのパートだけでも十分にスキャンダラスな内容だけどね。
それはそれで見応えのある、考えようによっては‘純愛’ストーリーですよ。

ただ惜しむらくは、冒頭の映像がいったい何を指しているのかピンと来ない。
結果的にアタマのやり取りがあった後に本編があって、後半にまたそのアタマに戻るという展開がね。
英国ではスタンダードとなっている物語であっても、初めて触れるわたくしにとっては、その表現方法が見る側として何やらゴチャゴチャ。ちょっと残念。

それなら「母なる証明」のやはり冒頭部分で。オモニが踊るシーンぐらいに留めてあればね。あれはあれで味わい深い絵であったし、コチラもそれぐらいに見せられるシチュエーションでもあったので。

本年度のアカデミー賞・衣装デザイン賞ノミネート作でもあってその点 見るべき部分もあります。そして「アリス・イン・ワンダーランド」のミア・ワシコウスカは この世界観にマッチしてると思えます。
でも、ほんのちょっと惜しいかな・・・という印象でした。わたくし的には。
あなただったらどう見ますか!?

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ジェーン!カムバーック!!
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2012年04月08日

四月物語

岩井俊二
松たか子、田辺誠一、藤井かほり
四月。東京・武蔵野の大学に通うため、北海道から上京した卯月は、慣れない土地で独り暮らしを始める。
変わった性格の友人やアパートの隣人ら、個性の強い人々との触れ合いの中次第に心を開いていく卯月。
だが、そんな彼女も大学の志望動機を聞かれた時だけは、思わず言いよどんでしまう。

1998年の春に公開された作品。えーっと、14年前ですか。
松たか子さんの初主演作品。彼女の初々しさもそうですが、田辺誠一さんや津田寛治さんも若いなぁ(笑)

東京の大学進学の決まった主人公・卯月(うづき)が、地元の北海道から上京する場面からはじまります。
で、駅で見送る家族たちのキャスティングが意外というか・・・そのまんまというか・・・

そして桜の舞い散るなか、東京のアパートで、キャンパスで新生活が始まります。
大好きな本屋さんに通い詰めたり、友達に誘われるままに釣りのサークルに入ったり、隣人の女性とぎこちなくもご近所付き合いをはじめたり。

ホントに 春、四月。何もかもが新しく始まっていくワクワク感とトキメキが真空パックでフィルムに保存されているという感じだね。
見ているコチラもそんな気持ちになっていきます。

上映時間は67分と非常に短いので、グイグイとストーリーを転がしていくモノでもなく。
とにかく松たか子さんの綺麗さと恋心。それを味わう映画ですね。

こういった手法・・・というか表現方法は岩井俊二監督の十八番ですわな。
映画ファンの中には この人のアンチ派も多いですが、でもこの空気感にやられちゃうことは否めない。
まぁこの作品、嫌いじゃないですよ。わたくしは。

さて、劇中劇として「生きていた信長」という作品が登場します。
織田信長役を江口洋介山。明智光秀が軽相撲紀伊石井。そして斎藤利三を伊武雅刀刀。
米米CLUBファンのわたくし的には、「役者をやるのは抵抗がある」と言ってた石井竜也が出演している作品としても印象に残っていますね。

2012年に見直ししてみて、初々しさと懐かしさを覚えましたね。
posted by 味噌のカツオ at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする