2018年06月22日

デッドプール2

デビッド・リーチ
ライアン・レイノルズ、ジョシュ・ブローリン、モリーナ・バッカリン
最愛の彼女ヴァネッサを取り戻し、お気楽な日々を送るデッドプールの前に、未来から来たマッチョな機械人間ケーブルが現れる。
謎の力を秘めた少年の命を狙うケーブル。その少年を守るため、デッドプールは、特殊能力をもったメンバーによる“エックス・フォース”を結成するが…

前作から2年ぶりとなる続編。
デッドプールのキャラクター。このシリーズの作風なんかもわかっているので、ずいぶんと入っていきやすかったです。

このキャラの面白味として、余計なことまで しゃべりまくるというのがありますが。
字幕による制限というか限界というのもあると思って、今回は吹き替え版にて鑑賞。

そういう意味での伝わりやすさは あったとは思いたいのですが。
デップ―の吹き替えを担当していた方が、正直 ハマり役とは思えなかった。

元々デップ―のキャラが持っているアクの強さ。じんわり滲み出る悪意。あるいはいやらしいまでのテンションの高さ。けしかけるような しゃべりのリズム感。
下手とは言いませんが、何かの要素ひとつでも突出してたら良かったかな。

これまでにも洋画の吹き替えも担当されているようなので、普通の男性であれば、普通のヒーローであれば悪くはないが。
申し訳ないが、デップ―とはシンクロできてはいなかったと。難しいことではあるけどね。

あらためて本編。
ぶっちゃけ、眠たかった。眠たかった。
序盤にショッキングな展開もあるのだけど、そんなに重くはなく。
さらにイマイチ必然性の感じられないカタチで物語が転がっていて。

なんだろう。デップ―の言う通り 脚本がダメなのかと(苦笑)

でしたが。意外と“X・フォース”のあたりから面白くなり始めまして。
チームが その初陣を飾るというパラシュート降下のシーンで驚きまくり。
これはアカンやろう〜と。目が覚めましたわ(笑)

続く護送車でのバトルシーンも見応えアリで楽しめましたし。
終盤の展開はね、未来から来たサノス…じゃなかった、ケーブルの粋な優しさが描かれていて。
普通の映画なら ありがちなシークエンスではありましょうが。デップ―からのメッセージ性も保ちつつで良かったんじゃないでしょうか。

そもそもは「X-MEN」シリーズでもあって、みな“ミュータント”としての特殊能力があるんだけど。
ちょっと驚いたのはアフロヘアの女性・ドミノ。その能力は 普通の人より幸運なところとか言ってたんだけど。

とんでもないピンチが迫る中で、あれだけ幸運を引き寄せて危機を回避できるとは。それは確かに特殊能力だわと。
こんな人がチームに一人いたら強いよね(笑)

ただし その設定、映画的にはご都合主義みたいな展開に見えるけど。そもそも幸運の持ち主ってんだからしょうがない(笑)

あと日本人として参加してた忽那汐里。セリフとしては“一種類”しか言っていなかったけども、この“画”のなかにはしっかりおさまってたので。
なんなら もうちょっと出番多くても良かったんじゃないかとも思いました。

さて、ひと通り終わった後のオマケ映像(?)
ケーブルのあの装置を使ってね。時を越えて自身の過去を清算していく(?)ところはね。虚実の絡んだデップーらしいラストだったなぁ。
そのいきさつを知ったうえで見ると、ちょっと泣けちゃうよね。
素直に いいもん見させてもらいましたわ。

果たして これ、パート3まで続いちゃうのかしらん!?

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わたくしは「氷の微笑」が一番笑えた
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2018年05月21日

ミッドナイト・サン 〜タイヨウのうた〜

スコット・スピアー
ベラ・ソーン、パトリック・シュワルツェネッガー、ロブ・リグル
太陽の光にあたれない“XP”という難病を患っている17歳のケイティ。彼女の唯一の楽しみは、毎夜ギターを片手に駅前まで行き、通行人に相手に歌をうたうことだった。そんなある夜、彼女はチャーリーと出会う。そして病気のことを隠したまま、次第 に二人は恋に落ちていく。

実際にXP(色素性乾皮症)という病気は存在しまして。
今作中では太陽の日差しに当たると 皮膚がんを発症したり、震え・痙攣というような神経障害などを引き起こすということで紹介されています。
実際には ケース・バイ・ケースで様々な症状があるんでしょうが。

ちなみに同様のテーマの作品で、ブレイク前のブラッド・ピットが、太陽の光に当たると死んでしまう先天性造血性ポルフィリン症という病気を患らう青年を演じていた『リック』という映画もありました。
参考までに。

2006年、YUI の主演で制作された映画「タイヨウのうた」のリメイクである作品。
ちなみに 同時期には沢尻エリカ主演でドラマ版も放送されていたそうですが。
わたくしは YUIの映画は見ているので、ストーリー的な部分は知ったうえでの鑑賞。

作品としては なんというか、わりとありがちなアメリカのライトな青春ムービーという雰囲気です。
92分の上映時間で小気味よくテンポよく。小難しいことはさておいて進んでいく展開。

主人公はこんな病気で。こんな親友がいて。こんな風に気になる人がいて。
彼女には とことん優しいお父さんの存在がいて。登場人物にも“めんどくさい”キャラクターは存在しなくって。
唯一の障害は 彼女の病気ということになりますな。

夜の駅で出会った二人が 互いに惹かれあって付き合うわけですが。
そりゃあ付き合う相手に 何から何まで全部晒すこともないかもだけど。

さすがに その病気のことはちゃんと言うべきじゃないのかと。とても冷静な助言はしたくなりましたし。
わざわざ太陽の下行くのであれば、夏場のおばちゃんの日焼け対策みたいに、ガード万全な恰好すればいいだろうとか。
いろいろツッコミたくなっちって。

事前に「泣けた」というような感想も目にしてはいましたが、わたくし的にはそこまでは至らなかったよね。

ただ、終盤のシーンで、カーラジオから不意にある曲が流れてきて。それをある人と共有する描写があるんだけど。
そもそもCDやらダウンロードやら、自分の好きなときに好きなものを聞けるのも音楽ではありますが。

そうやって突然ラジオから、誰かがかけた 自分の好きな曲と偶発的に出会えると。ちょっと得した気分と言うか。なんか嬉しい気分になれるもの。
そういったシンプルなことに「いいなぁ」としみじみ思ったわけでありまして。
そんな曲との出会うシチュエーションにはグッとくるものがありました。

全般的な印象として、必要以上にベタベタとした恋愛ドラマとして描かずに、サラリと描いてくれたところは良かったですね。

主演のベラ・ソーンは元々女優としてだけでなく、歌手としても活動されているとのことで、今作はハマり役だったのかな。
一方 相手役は名前からお分かりの通り、アーノルド・シュワルツェネッガーさんのご子息とのことです。

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ケイティのお父さんは伊吹吾郎似
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2018年05月06日

タクシー運転手 〜約束は海を越えて〜

チャン・フン
ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジュンヨル
ソウルのタクシー運転手マンソプは、高額報酬につられて ドイツ人記者ピーターを乗せて光州に向かう。
見事に検問をくぐり抜け、二人は光州に入るが そこには予想もしていなかった光景が広がり「危険だからソウルに戻ろう」と言うマンソプの言葉を聞かず、ピーターは撮影を始める。

1980年5月、韓国で起きた光州事件…といわれても さすがにピンとはこなくって。一応ネットの百科事典で“予習”しての鑑賞。
非常戒厳令が敷かれ、メディアへの情報統制がされるなか ドイツ人記者がタクシーで現地へ乗り込んで取材を敢行。後に現場で何が行われていたかを明らかにしたという 実際の事案を映画化。

「JSA」や「グエムル 漢江の怪物」などでもおなじみのソン・ガンホ演じるタクシー運転手が主人公。
しかしこの運ちゃん。なんとも いいかげんなおやっさんで。

大家の奥さんに家賃滞納を責められ、大家の旦那に借金を頼むというムチャクチャぶり。
今回の本筋である ドイツ人記者を事件の現場まで連れて行くという業務も、同僚が受けた依頼をかすめ取ってのことであって。

まぁそれだけ見聞きすると“ひどいヤツ”でしかないんだけど。
なんというか あえて例えるなら、寅さんであるとか、こち亀の両さんであるとか。

利己的で楽天的なそぶりも見せつつ、どこか憎めない飄々とした雰囲気を纏ってて。
そんな主人公・マンソプの立ち居振る舞いに、とことん笑わされながら 引っ張られちゃうんだよね。

口八丁なやり方でドイツ人記者・ピーターを乗せ、ソウルから光州へ。
軍の厳しい検問もすり抜け、なんとか現地に辿り着き。そこで活動する学生と知り合ったかと思えば、同業である現地のタクシー運転手たちとはひと悶着あったり。
しかし天性の明るさで出会った人々に溶け込み、マンソプとピーターは現地での取材に向かうわけですが…

この辺りから 映画のテイストがジワジワ変わってまいります。
悪い意味で、嫌な思いで、現実と向き合うことを余儀なくされます。
前日まで普通に語り合っていた学生らに銃が向けられ、マンソプとピーターもギリギリの状況まで追い詰められることに。

映画に限らずですけど、普段 笑いや笑顔を振りまいてる人が やけにシビアな状況になるというのは、とても胸が痛くなるもので。
今作でのマンソプも、前半のコメディタッチな振る舞いから一転。あのようなシチュエーションに“放り込まれる”のは、見ていてホントに辛かったです。

ぶっちゃけ この中盤からの展開は涙無しには見られなくって。
以下ネタバレにもなってきますが。

一旦は ひとり残してきてしまった娘のためにも早く帰ろうと、ひとりソウルへとタクシーを走らせますが。
途中で立ち寄った食堂で耳にした“現実”。不意に振る舞われた“おにぎり”。
それらにほだされ、ふたたび光州に戻りピーターたちと再会。

さらに厳しい“現実”と向き合いつつ、なんとか「ここで実際に起こっていることを伝えてほしい」との思いを乗せ、ピーターとともにソウルに向かいます。
しかし案の定 全ての道に検問が設置されており、通り抜けることは不可能だと打ちひしがれるのですが…
この難局をクリアする場面なんかもね、ある種の思いと魂を感じる瞬間。胸にグッとくるものがありました。

『紆余曲折』を経て、マンソプは無事に“お客さん”を目的地まで乗せ、約束を交わしてピーターを見送ります。
やがてピーターが取材した記事が世界に届けられ、時を越えて その報道の意味と意義はひとつの評価を受けるのですが。

彼が本当にそれを伝えたい相手との“約束”は果たせないまま…となってしまいます。

あらためまして。作中の『紆余曲折』の部分に関しては、見ていて さすがに「おやおや?」と思ったわけで。
シビアに考えたら「そら ないわ〜」ではあるけど、エンタメで見れば「イケイケ〜!」だし。

正直 戸惑った描写となっておるのですが。
わたくし的には それがあっても、それを差し引いても。良しと思えましたので(苦笑)
決してマイナスではありません。

まさに 笑い、涙、怒り、社会的メッセージに、アクションと。
映画というエンターテイメント要素が 絶妙に盛り込めれた傑作。

あえてツッコむとするならば「予告編を見た限りでは こんなにいい映画だとは思わんかったぞ!」と。
そういう趣旨でモノ申したい(苦笑)

韓国映画の傑作がまた一本誕生しました。

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果たせなかった理由は wikiに載ってました
posted by 味噌のカツオ at 22:56| Comment(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月17日

ちはやふる ー結びー

小泉徳宏
広瀬すず、野村周平、新田真剣佑、上白石萌音
3年生に進級した千早たち競技かるた部。2人の新入部員を獲得し、高校生活最後の全国大会に向けてのスタートを切るが、千早は卒業後の進路を未だに決められず。太一ら他の面々も大きな悩みを抱えながら生活を送っていた。

2016年に公開された「上の句」と「下の句」。確か公開と同時に続編の製作が発表になったのかな。
あれから2年が経って 今回の「ー結びー」ということで。映画としては今回が完結編となります(原作は継続中)。

現実の時間軸と同じく、前作で1年生だった千早らが3年になったという設定。
名人戦・クイーン戦 という個人戦が今作のイントロダクションとして描かれていますが、本筋は高校の全国大会に絞った物語になっています。

競技かるた部に新1年生が入部。その一方で、自分の進路も見据えて かるた部とは距離を置く太一。
そんな太一が出会って支持するようになった ちょっと変人(?)な最強の名人・周防。
そして福井でかるた部を立ち上げ、全国大会を目指す新(あらた)。

各々のキャラクターとストーリーラインを上手く配しつつ。
それらを上手い具合に全国大会の場につなげていく展開の妙が素晴らしい。

そして競技かるたのポイントを紹介しつつ、勝敗の行方にも興味をもたせるわけですが。
一般的なスポ根モノであれば いろんな駆け引きに、技、プレイで見せ場を持たせるんだろうけど。

基本「札を取る」という行為のみで成り立ってるかるたを、手に付けたカメラの映像やハイスピードカメラを駆使して、結構なスペクタクル映像に引き立てています。
これも スゴイ見どころのひとつ。

また本来は1対1の勝負でもある かるたですが、団体戦をクライマックスとしたことで、チームの物語 = 友情ストーリー にしてみせたことも正解だったと思います。

わたくし的にはメンバー表を提出しに行った奏(上白石萌音)の指が腫れ上がって…という あのくだりを余計な説明を語ることなく、サラリと伝えて見せたのが印象に残ったシーンでしたね。

もちろんそれ以外にも 肉まんくん、机くん も愛すべきキャラクターだし、松岡茉優演じるクイーンも(良くも悪くも)存在感示してたし。
時には いかにもマンガチックな絵を作って楽しませてくるのも良かったし。

そんな今作を より味わうには前作の「上の句」「下の句」の予習はしておくべきですな。
登場人物の個性・関係性を入れておく意味合いと、前作に描かれたシーンやアイテムが伏線となり、今作につながってくるなんて手法もやっておられるのでね。

あとは百人一首の札の持つ意味合いなんかも理解できていれば、もうワンランクもツーランクも上の感動を得られること間違いなし。

とまぁそれだけの見せ場があって、ドラマ性、テーマ性に富んでいながら、きちんと交通整理をしたうえで(決して長すぎない)128分に収めた監督の手腕もお見事。
さらに見終わった後には ちはやたちの成長も感じつつ、広瀬すず、野村周平、真剣佑ら若手俳優たちのリアルな成長も感じられるわけですから。
なんとも奥深い映画体験ができるわけです。

さて、映画のシリーズモノって一般的には数を重ねるごとにクオリティが下がりがちですが。これは明らかに 今作の方が超えてきてますね。
ただしこれで完結となるわけで。ちょっともったいないと思うぐらいですわ。

間違いなく、邦画として今年ベスト級の作品。大満足の一作であります。

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カルタ映画
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2018年02月04日

デトロイト

キャスリン・ビグロー
ジョン・ボイエガ、ウィル・ポールター、ジャック・レイナー
1967年夏、デトロイトで暴動が発生。その2日目の夜、州兵集結地の付近で銃声が鳴り響いたという通報が入る。
デトロイト警察、ミシガン州警察、ミシガン陸軍州兵、地元の警備隊がアルジェ・モーテルの別館に乗り込むが、数人の警官が捜査手順を無視して、モーテルの客たちに不当な強制尋問を始める。

「ハート・ロッカー」「ゼロ・ダーク・サーティ」の女性監督キャスリン・ビグロー。
それらでも実在するハードなテーマを緊張感溢れるカタチで映像化してきました。

そして本作で描かれたのは1967年、社会への不満を抱く黒人たちが暴動を起こし、多くの犠牲者を出したアメリカ史上最大級の事件と言われる“デトロイト暴動”。

映画としては どのような経緯から暴動が発生し、何が行われ…そして肝となってくるのが、暴動のさなかに起きた“アルジェ・モーテル事件”ということですね。

黒人に対する厳しい取り締まり。それに反発する人々。そして(なぜか)それが暴動・略奪に発展。
事態を収束せんと動く警察。そして民間の警護隊という存在もあるのかな。

警察組織としても道理として、行き過ぎた行為には眉をひそめる向きもあるけれど。大きな組織の中には“差別主義”と言いますか、過激な方法論で職務にあたる者も存在して。

アルジェ・モーテルとは、そもそもがいろんな犯罪の温床と言いますか。ゴロツキが出入りしていたという話も目にしましたが。
そこにいた宿泊客(?)のいたずら心が警察を刺激して、結果取り返しのつかない事態へと発展していくわけですが。

外出禁止令の出ている夜の街に響く“銃声”。「警察は狙撃犯がいる」とアルジェ・モーテルを包囲。そこにいた者を並べて「銃を出せ」と尋問。
しかし そこで実際になり響いたのは銃ではなく、レースのスターターが鳴らすようなおもちゃの銃であって。誰も銃は所持していなかったと。

それでも執拗に尋問を止めない警察。その中で 一部のものが警察の手によって命を落とします。
やがて事態は収束することとなり、後に 実際その場で何が行われていたのかの検証・裁判となっていきます。

とにかく重々しい(悪い意味での)臨場感はあるのですが、個人的にはイマイチ乗り切れなかったというのが正直なところ。
なぜ あそこで捕らわれた者 誰一人も“真相”に言及しなかったのか。実際に使用されたおもちゃの銃は発見されなかったのか。

その辺りが昇華しきれず、モヤモヤっと引きずったままラストまでいってしまいました。

黒人たちや売春婦(思い込みだけど)に厳しいアイツにもイラっとするし、裁判の行方も何をかいわんやで。
コーラスグループのドラマティックスのストーリーに至るまで感じるところは多々あるにはあったけど、あの証言が現場でなされなかった点が納得できず。という引っ掛かりが残ってしまいました。

あらためて振り返ってみると、映画としての作りはとても真摯で。時代背景込みで心に迫る複雑な思いと緊張感。これは間違いなく表現されていましたが。
ただし、映画として面白かったかと問われると…そうまでは言えず。

今年のアカデミー賞でも おそらく目玉になるだろうと目されていたのが、結局評価を得られずで。
その理由が 昨今の差別問題やセクハラ・パワハラ問題とも関連付けて議論されていないことを鑑みるならば、率直にエンターテイメントとしては弱かったとの印象ではないでしょうか。

もちろんテーマ性も高いし、作りとしては申し分ないのだけれど。
心に爪痕を残したかというと、それほどでもなくて。どうにも惜しい作品だったかな。

余談ですが。あの悪い警察を演じたウィル・ポールターにはホントにイラッとしましたし。
裏を返せばそれだけ役者として見事だったわけで。これに関しては 手放しで素晴らしかったと言いたいね。
もう二度と見たくないとも思ってますわ。もちろん役柄の話ですよww
posted by 味噌のカツオ at 14:23| Comment(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月26日

DESTINY 鎌倉ものがたり

山崎 貴
堺 雅人、高畑充希、堤 真一、安藤サクラ、中村玉緒
ミステリー作家・一色正和のもとに、年若い亜紀子が嫁いでくる。二人が暮らす鎌倉には 人間ばかりでなく、幽霊や物の怪、魔物に妖怪、神様、仏様、死神、貧乏神までが住んでいた。
ある日、大金持ちの殺人事件の捜査を依頼される一色先生。彼は魔物や幽霊が関係する事件の折には警察に協力する名探偵でもあった。

『三丁目の夕日』の作者でもある西岸良平のコミック『鎌倉ものがたり』を、日本に於けるVFXムービーの第一人者である山崎貴監督が実写映画化。
補足として。VFXとは《visual effectsの略。effectsの発音をFXと表記したもの》と載ってました。

主演のミステリー作家に堺雅人。年齢の離れた新妻役に高畑充希。担当編集者に堤真一。
堺雅人の見ていないところで堤真一と高畑充希がイチャイチャしてる印象があるんだけど。
それはパラレルワールドでの出来事として。。。

何度も予告編を目にしていたので、クオリティの高い冒険ファンタジーであることは予想つきました。
んで実際、とても楽しめました。

その予告でも見ている通り、手違いで嫁さんが死んじゃって。
彼女を追って作家先生が黄泉の国まで行くというストーリーを意識しつつ。

ところが実際の前半は、もうちょっと設定を紹介しがてら、夫婦のいろんなエピソードの数珠つなぎで。後半になって黄泉の国が登場するという流れ。
原作コミックスのエピソードを抜き出して構成してるそうで。それでブツ切りエピソードになってるのは納得。

それからやはり山崎監督の持ち味といえば、これまで見たことのないようなVFX映像ということになるのですが。
その点も素晴らしいですね。よくぞここまで変わったキャラクターたちを普通に動かすなと。
そして後半の黄泉の国というのもね。やぁスゴイなと。

そしてクライマックスのバトルシーン。
「想像力で戦え」というセリフもあるんだけど。そもそも黄泉の国は 見る人によって違ってきてるものなんだとか。
ところがそこは作家先生ですから。想像力には長けた人でしょうから。そうきたかと。

そして いよいよピンチという時に、こちらの想像通りにあぁなって こうなるという。
よくできたお話でした。

これだけの人気俳優たちが、コメディもこなし、アクションシーンもあり。
そして妖怪、魔物、物の怪たちの造形も見ていて楽しいし。

また山崎監督のVFXじゃないと表現できないであろう世界も見られますし。
『三丁目の夕日』同様、お腹いっぱいとなるであろう。満足度は高い仕上がりになっていましたよ。

そう、満足度の高い仕上がりだったですよ。
でも これほどまでに作り込まれているのに、不思議と「いいもん見た〜」という感慨に浸れなかったのはわたくしだけやろか?

確かに いろんなことが起きているけど、どこか薄っぺらいというか。
それこそ予告編の時点で「千と千尋だよね」というのも見え隠れしてたし。
イチイチ重箱の隅をつつきたくなるような 設定ややり取りがあったり。

そういうアラの積み重ねで胸に響くものも響かないということになるのか。
でも それもこれも、全部ひっくるめて山崎貴クオリティ全開というべきなのかもしれないね。

今作のわたくし的ヒットは死神役の安藤サクラさんで。
なかなか正体不明で怪しげで。始め出てきたときは誰だか分らなかったので、余計に驚きもあったけど。安藤サクラは良かったです。

ただし、顔面をはずす描写はいらんかったな。
きっと そういうトコなんだろうな。

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きゃばくらものがたり
posted by 味噌のカツオ at 00:07| Comment(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月11日

探偵はBARにいる3

吉田照幸
大泉洋、松田龍平、北川景子、リリー・フランキー
相棒の高田が持ち込んだ行方不明になった女子大生の捜索という案件。探偵たちが調査を進めていくと、モデル事務所の美人オーナー・マリにたどり着く。
やがてモデル事務所の実態、背後に浮上する組織の存在が明らかになり、探偵たちは大きな事件に巻き込まれていく。

「探偵はBARにいる」「探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点」に続く4年半ぶりのシリーズ3作目。ですがタイトルは「探偵はBARにいる3」でサブタイトルは付けていないのね。

前2作の橋本一から変わって吉田照幸が監督を担当。
橋本監督は刑事ドラマなんかを多く手掛けていましたが、今作の吉田監督はNHKの社員として番組に携わり、映画では「サラリーマンNEO劇場版(笑)」「疾風ロンド」を製作。もうNHKは辞めてるのかな?
とにかくコメディの線が濃い感じはするけども。

実際にこれまでシリーズが築き上げてきたハードボイルド感はベースにありつつ、最もコメディの質は高かったように思います。

行方不明となった女子大生の捜索という依頼が あれよあれよとヤバい方向に進み始めて。
その都度 探偵が厳しい局面に陥るんだけど、そこにちょっとばかりのユーモアを挟み込んできて。

言うなればその加減こそが このシリーズのテイストであり、踏み込んで言うなら「僕らが期待しちゃう大泉洋」を見せてくれるという。良し悪しはさておき、そんな面白さ。

特に今回は松田龍平演じる高田の存在が前面に出てたようにも思えましたね。
そもそも この作品って「あぶない刑事」や「相棒」のような“バディ”モノではないんだよね。
2人の探偵というではなく、探偵と助手という主従関係がハッキリしてる風でもなく。ぶっちゃけ高田の存在ってどういう立ち位置かアレだし。

ちょっと思ったのは 探偵のピンチにさっそうと現れ、背中合わせのままに敵を迎え撃つ姿が とてもWライダーでしたね。1号2号彷彿としました。
まぁそれはそれとしてで。

ただし過去作よりも高田の“意思”がわかるシーンがありますし。
ラストのバトルで相手をペンギンみたいにしちゃう奇策はオモロかったです。

舞台となるのは当然ながら札幌、ススキノ。
やぁ“冬の”であり“雪の”というのもセットですか。

そして本スジのヒロインは北川景子なんですが。
普通にキレイかったし。回想シーンでの“美少女感”も良かったですね。

彼女の持つ“クールビューティー”然とした雰囲気はこの作品には合うよね。舞台が冬の札幌なんだから。
太陽のような南方系の女優さんではイメージ合わないもんね。

ただし 全般的なストーリーは少々地味だったようにも思えたかな。
事件は起こりますが、エグい感じではなく。事件に至った動機の部分も 地味というか。
近年では「相棒」の劇場版なんか、巧妙なトリックや意外な協力者が絡んでいたりするもんだけど。

それらと比べると、作り込み感は薄め。
だからこそ やるせない涙につながるのだろうけど。
それを差し引いても、心にグッとくるまではなかったか。

それでもこのシリーズが持つ心地良さ、らしさは十分に味わえますので、結果 満足のいくデキでしたよ。
いろいろと大変だとは思うけど、4作目にも期待したいです。

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うにいくら丼ならしょうがない
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2017年10月15日

ドリーム

セオドア・メルフィ
タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイ、ケヴィン・コスナー
1960年代初頭。アメリカは国家の威信をかけて、ソ連遅れを取っていた有人宇宙飛行計画に乗り出す。
NASAの頭脳として重要な役割を担った3人の黒人女性、キャサリン、ドロシー、メアリー。差別や偏見と闘いながら、彼女らも計画の成功のため奔走し続けていた。

アカデミー賞の 作品賞、脚本賞、助演女優賞にノミネート。全米で大ヒットとなり 興行的にも成功を収めた作品。
これまた実話をベースとした物語でありまして、エンディングにはモデルとなった3人の写真も登場します。

原題は「Hidden Figures」。直訳では「隠された人たち」というものであり、Figuresには“数字”との掛け言葉でもあるとか。

日本公開にあたって原題ではわかりにくいとして「ドリーム 私たちのアポロ計画」というタイトルが用意されまして。
ところが実際に作中で描かれているのが“マーキュリー計画”であるにもかかわらず“アポロ計画”とはなんなん?とのツッコミが入り、サブタイトルが消されて「ドリーム」というタイトルで日本公開となりました。

まぁ宇宙計画だから“アポロ”ならニッポンジンにもわかるだろうという考えがあったのかな。それ自体がアホくさいけど。
どの結果 落ち着いた「ドリーム」だけでは、これはこれでイメージ付きにくいんだけど。
なんか変な さじ加減。

そんな日本の配給会社なのか誰かは知らんけど、微妙なことになっておりますが。
唯一の救いは、作品自体が高評価を得られるものであるという点ですかね。

前述の通り、アカデミーでも評価を得て、日本での見た観客の満足度も高水準。

ただし。
わたくし的には、それほどでもなかったというのが正直なところ。
目を奪われるような描写も、グッとくるシーンも、いくらか弱かったかなと。

ストーリーの軸となるのは3人黒人女性。
その中でも中心となるのは天才的な数学者のキャサリン。

彼女が計画に際してとても重要な部署に回されるんですが、当初は正当な評価もされず。卓越した技術力(計算力)も発揮できず。そして有色人種であることでの周囲の対応。
いずれも恵まれない状況下にあると。

やがて彼女を受け入れてくれる人、理解を示してくれる人が“点”として現れて。ケヴィン・コスナー演じるボスの配慮(あるいはソ連への対抗心?)により、それまで日の目を見ることのなかった実力を発揮していきます。

そのストーリー展開はわかるんだけど。
その計算力の優れた要素。どんな公式を用いて難局を乗り越えたのか。他者ができずに彼女が成し得られた計算とはどんなものだったのか…というのが、伝わらなくって。
ようは、ちゃんと計算ができたということなんだろうけど。

新たな必殺技をあみだした。新たな細菌を発見した。人類史上最も早く走った…のような結果が提示された感じではなく。
そういう意味で、彼女が認められた要素というのがぼんやりしているがために、何がしかのカタルシスを得られなかったという思いが残りました。

映画に於いては、これまでにも黒人への差別をテーマにした作品。同じく実話をベースにしたものも数多く制作されております。
これまで わたくしが見てきたそれらの作品と比べるならば、痛快さとか、感情を高ぶらせるものは弱かったかなと。

また1960年代のNASAでそういう動きがあったにもかかわらず。
2017年の大統領が何を訴えかけているのかと。それを思うと虚しさが残るというのが率直な気持ちでしてね。
それとこれ(作品のデキ)とは関係ないけども。

作品の作りは丁寧で、程よい軽妙さもあって楽しめる作りなのは間違いないけれど。
「これで良かった」と言い切るのには抵抗があるんだな。
ホントに私論ではあるけどね。

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NASAには差別はNAISA
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2017年09月18日

ダンケルク

クリストファー・ノーラン
フィン・ホワイトヘッド、ダミエン・ボナール、アノイリン・バーナード
1940年。フランス北端の海辺の町ダンケルクに追いつめられた英仏40万の兵士たち。
ドイツ軍の侵攻が迫る中、イギリスでは軍艦だけではなく民間船までもがダンケルクへ向かい、史上最大の救出作戦が始動していた。

クリストファー・ノーラン、初の実話ベースの実写化。もちろん映画ファンなら押さえておくべき作品かなと思うわけですが。劇場で席に座って気がついた。

この映画のことを知らなすぎる。あらすじもキチンとチェックしていないし、こちとら歴史に疎いもんだから、史実としてのダンケルクでの撤退作戦も そもそも理解できていない。
それなのに いきなり鑑賞して楽しめるのかと。そんな疑問を抱えつつ始まったわけですが。

ベタな邦画のような説明もなければ、そもそもセリフ自体も少なめ。
であっても、今がどんな状況で、おそらくこんなことが起こっているのだろうと。その点はついていけましたね。
さすがの映像表現力。

ただし事前にわかっておくとより楽しめただろうと思う設定が(キャプションで登場するけれど)海岸での1週間。民間船の1日。戦闘機の1時間の物語であること。
それを同時並行で見せつつ、要所でクロスしていく感じなのかな。

過去作でもそうらしいけど、ノーラン監督はリアリティを追求しまくる作風で、3Dを使わず実際にとんでもないセットを作ったり、撮影用に強大な畑を作ったり、無重力状態を作りあげたり。
そこで よりリアルな映像を撮影していくと。

今作に於いても、よくもこんな…と思わされる映像の迫力は素晴らしかったです。船であったり、橋の銃撃であったり。特に戦闘機は機内も、見上げる映像もハイクオリティで。
もうひとつ言うなら、音ですね。爆撃や銃撃の音は ほぼほぼガチで怖かったし、なんなら嫌悪感情すら覚えましたし。

これまでにも戦争映画を見て、良くも悪くも緊張感を体感することありましたが、間違いなくこの作品もそういった思いはありました。
が その反面、ドラマ性が やけに薄いなというのが正直なところ。

物語の主軸がコレというよりも、陸・海・空、様々なパートがあっての群像劇というべきか、登場人物の立ち位置があるんです。
んで、群像劇であればそれぞれにもストーリーをつけそうなものだけど、ここではグイと感情移入をできるほど、人物をクローズアップしていないんですね。

映画の作りとして様々なシチュエーションでの危機を 時間軸を違えて(106分で)見せるので、ドラマ性よりも映像のスゴさが印象に残るのはしょうがないのかな。

これまで目にした大半の戦争映画は、冒頭に“つかみ”の戦闘シーンがあって。それから主人公がどんな思いで、何を背負って戦地にいるのかが語られ。クライマックスの戦火の中、主人公は生き残れるのかと。
映像にドキドキして、ドラマにハラハラするものが多かったと思うんですよ。

だからそれを思うと、どうしても感情を揺さぶられるところまではいかなかったなと。率直な感想であります。

無理やり結論付けるなら。
映像が示す通り戦争ってとことんシビアだけど。誰かが助かって、家族の元に帰って来られて良かったとか。そこに英雄がいただとか。そういった美談に昇華するものでもないのかなと。
そもそも無いにこしたことはないのかなと。戦争なんて。
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2017年05月07日

帝一の國

永井 聡
菅田将暉、野村周平、竹内涼真、間宮祥太朗
4月。赤場帝一はある夢を胸に、国内屈指の名門校である海帝高校へ入学する。その夢とは、総理大臣になり自分の国を作ること。
海帝で生徒会長をつとめたものには、将来の内閣入りが確約されると言われており、2年後に控えた生徒会長選を見据え、帝一も野望への第一歩を踏み出した。

映画にはコミックス原作の映画も非常に多くて。
この後にも名のあるコミックスの実写化作品がズラリと並んでおります。
今作もそんなコミックス原作の一本で。

ただし わたくしはマンガは読まないので、今作がどのように人気なのか、支持されているのかまではわかりませんが。
それよりも映画「ジャッジ」の監督の新作であると。そちらに引っ掛かって見てまいりました。

要は、内容とか設定とか知らんかったんだけど。
いやいや、それでも十分に楽しめましたわ。

ゆくゆくは総理大臣となり、自分の国を作るという野望を持った帝一が、その手始めとして 名門高校で生徒会長を目指すという。それだけといえば それだけのことのなのだが。
そこで行われるのは ただの学園ドラマだけでなく、まさに政治ドラマ的な面白がり方もできるんよね。

んで主人公とライバルの闘争という図式だけでなく、ルーム長と副ルーム長という2人を立てることでバディ感を醸すことにも成功しているし、2年生という先輩をメインの対立軸とすることで、主人公の自由度が増しているように思えました。

そんな政治ドラマ的生徒会選挙に 程よいバカバカしさを重ねてあるんだけど。
全般的に ハズしていないのも素晴らしい。

ギャグのセンスに役者たちの上手さも相まってのことだろうけど、実際に思わず声出して笑っちゃうシーンもしばしば。
特に、帝一と父親がテストの点数を発表していく場面のすさまじさ(笑)

もはやあれは菅田将暉と吉田鋼太郎の役者としてのハイテンションバトルとして面白かったけどね。

今の時期もいろんな作品が公開されております。
中には大きなスクリーンで見るなら、もっと派手なアクション映画がいいって声もあるだろうけど、これはこれで満足度の高いバカバカしさで。
わたくし的には見て良かった作品です。


というところで、以下余談として。

なんだかエリートという前提でありながら 傍から見てるとバカかと思えたり。
法被にふんどしでウロウロする描写なんかもそうなんだけど。

わたくしが子供の頃に読んだ 小林よしのり氏のマンガ「東大一直線」が頭によぎりました。
それも好きな一因かも。

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永野芽郁のギタープレイが…♪
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2017年04月30日

タレンタイム〜優しい歌

ヤスミン・アフマド
マヘシュ・ジュガル・キショール、パメラ・チョン
ある高校で、学内で催される芸能コンテスト“タレンタイム”が開催される。
ピアノの上手な女子学生、二胡を演奏する優等生らが、宗教や民族の違いによる葛藤を抱えながら、タレンタイム当日を目指す。

2009年に製作されたマレーシア映画。
作品自体は評価は高かったものの、監督のヤスミン・アフマドが完成後に51歳の若さで脳内出血で急逝。

それから8年の時が流れ、晴れて日本での劇場公開となりました。

さて、そもそもマレーシア映画と言われても…なんならマレーシアと言われても…あまり予備知識もなく、手応えとして少々つかみにくいところはあるのですが。
それに加えて、作品内の設定が、やや ややこしい。

女性高校教師が“タレンタイム”の開催を提案。
そのタレンタイムとは、学校内でのいわゆる音楽コンクール。

腕のあるものたちが選ばれ、演奏を披露します。
当初は一部の教師も出場することになっていましたが、なんとなくなくなります。

物語は そのタレンタイムに出場することになった生徒たち、そしてその家族らによる群像劇。

さて、問題はここからなのですが。
その登場人物が、マレー人、インド系、中華系、お父さんがイギリス人? となんだか複雑なうえ、ヒンドゥー教にムスリム(イスラム教)と、各々の生い立ちから宗教の違いまで。
さらに 裕福な家庭、悲劇を背負った家庭、さらには母親が入院中という生徒まで。

その辺りは 決してハッキリと説明されないし、そのルーツの違いや宗教観など、日本人にはすんなりと分かりずらいものであるのは確かで。
また字幕だからわからないけど、どうやら マレー語、タミル語、英語、広東語が登場しているとか。

かと思えば、挨拶も返さない 不愛想なバイクの少年は、これまたある“病”を抱えていたりして。

そのいろんなわからない設定、わからない相関図を ぼんやり見ているうちに、だいぶ眠たくはなってきたけども。
果たして そんなバラバラな登場人物たちがわかり合うことができるのか。
その前に、わたくしが この作品世界をわかることができるのか!?

そんなところでしたが…
そのバイクの彼が 何故に不愛想なのかがわかったり。
タレンタイムの直前に不幸に見舞われた彼が演奏を披露する際に、ひそかにライバル心を持っていた子が二胡でサポートする場面であるとか。

ほんの17〜18歳という高校生でありながら、とても重い状況や環境と向き合うことを余儀なくされる。そんな描写には胸を締め付けられる思いがいたしました。

国境を越えて、言葉を越えて、思想も越えて。
感情とか 音楽なんかは、あっさりと国境を越えて伝わるものがあるんだなと。
とてもあたたかい映画。まさに“優しい歌”でしたね。

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マツコさん似の女性教師
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2017年03月17日

チア☆ダン 女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話

河合勇人
広瀬すず 、中条あやみ、山崎紘菜、天海祐希
県立福井中央高校に入学したひかりは、中学からの同級生の孝介を応援したいためだけにチアダンス部へ入部する。
しかし顧問の早乙女が掲げるのは全米大会制覇というもので。早々に退部者が出る中、チームメイトの同級生・彩乃の存在もあり、チアダンスに打ち込むひかり。全米大会制覇を目指し、チアダンス部の挑戦がはじまった。

わりと評判良いみたいで。
タイトルからして起承転結は予想はできるわね。んで実際にそんな展開だったし。
広瀬すずの明るい女子高生姿を見てて、昨年の「ちはやふる」を連想せずにはいられない。

そんな感じで見始めたのが、これホントになんかイイじゃない?
それどころか所々でウルウルきちゃって。
なんだかやられちゃいましたわ。

今の時代にガッツリとしたスポ根路線というのは、なかなかうまくいかないかな。
それよりも これぐらいのスタンスの方が現実的で。共感を得られるのかも。

早々に語られるチアダンスとはどんな競技か。そして ここにいる部員がどんなキャラなのか。
この辺りの導入部が上手くて。観客はまんまと見知らぬ競技の部員に同化させられたような。そんな感じで。

それからコメディ要素の部分が また上手やったなと。
あの先生また同じこと言ってるな〜という見せ方だったり。県大会の2年越しの天丼だったり。
あと ネタのフリがあって、オチた後を引っ張らず、スッと次のシーンに進めてしまう潔さ。こういうのが気持ちよかったですわ。

広瀬すずって、それらのコメディパートも意外とイケるんだよね。“おたま”を持ってフニャフニャ踊るトコなんかたまらなかったし(笑)
もちろん天海祐希さんも 普段からハキハキとしたコメント力あるの見てますからね。

その天海さんが演じた先生役。あらすじ的にはスパルタ鬼教師と書いてあるんだけど、そういう風には感じられなかったよね。
でも この作風に於いては、これぐらいのスタンスで正解だと思ったな。変にステレオタイプの堅物先生過ぎたら、ちょっと浮いてただろうね。

それ以外のキャストも個性光ってましたね。
そこにいるだけでニッコリしちゃう 富田望生演じるぽっちゃりの子とか。

今まで一人で踊ってて 笑顔を作れなかった子なんかは多くの共感を得られるんじゃないかな。
んで その子を演じた山崎紘菜にはなんだか視線を奪われまして。今後オファーが増えそうな予感。

物語としては、彼女たちが順調にステップアップを果たし、全米大会にまで上り詰めるわけですが。
ここで 最強に厳しい判断が待ち受けていて。

わたくし自身 似たような経験もしてきているので、すごくよくわかるんですよ。あの先生の決断が。
ここまで頑張ってきた彼女たちにもショックだったり、先生にとっても大変なことなんだよね。

でも そこで「端っこでもセンターのつもりで!」という言葉が生きてきたり。
「あの子、笑顔だけは…いや、笑顔だけじゃない」というヤツがいたりするんだよね。
あの辺りは超共感せずにはいられなかったし。だからこそ泣けてきてたまらんかったですわ。

そんな苦境を経て…知ってるから書いちゃっていいでしょう。彼女たちは優勝の栄冠を勝ち取ります。
その歓喜の場面でもウルっときたのだが。

よくよく思えば、近頃のこういう系統の映画って「優勝まではできなかったけど、何じゃ大切なものはつかんだ」的な着地点が多いような印象があって。
リアルでは優勝を手にできない人の方が圧倒的に多いですから。そんな結末の方がシンパシー感じる人は多いのかもですね。単純に。

でもね。映画として見るうえでは「ヤッター!1位だー!」という場面を見るのも、素直に気持ち良かったですわ。
というわけで。結構広い年代の人が見ても案外共感を得られそうな。そんな気がします。

最後に、中条あやみ演じた彩乃が ああいうことになって。素直に喜べるのかなという疑問もあったけど。
いやいや、だからこそCAという夢を叶えたよ〜というエピローグで救われました。
最後の最後まで上手い映画やなぁ(笑)

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明るく、素直に、美しく!!
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2017年01月28日

沈黙 -サイレンス-

マーティン・スコセッシ
アンドリュー・ガーフィールド、リーアム・ニーソン、窪塚洋介、浅野忠信、イッセー尾形
17世紀、江戸初期。幕府による激しいキリシタン弾圧により、宣教師フェレイラが捕らえられ棄教したとの知らせを受け、弟子ロドリゴとガルペは、マカオ経由で長崎に潜入。弾圧を逃れた“隠れキリシタン”たちと出会う。
しかし幕府の取締りは厳しさを増し、ロドリゴたちも捕らえられてしまう。。

原作は遠藤周作の小説「沈黙」。そして監督は「ウルフ・オブ・ウォールストリート」「シャッター アイランド」などの巨匠マーティン・スコセッシ。
江戸時代初期の日本に於けるキリスト信仰がテーマ。

チラシには『「人間にとって本当に大切なものとは何か」を描き出す渾身の超大作』とあります。
宗教・信仰ということをそこに置きますと、難しいものではありますね。ぶっちゃけ。

ちゃんと勉強をしてこなかったわたくし。
それらの歴史的背景も、遠藤周作の伝えたい思いもわからないところで 素のまま感じるしかないのですが。

何かを信じることは尊いことではありますが、自身の思いと相反するものを封じ込めるのも違うとは思います。
今のトランプ大統領の行っていることも やはり眉をひそめてしまう部分はありますが。

でもトランプ氏のやってることは政治であって。宗教やそういう類での弾圧とはまた意味合いが違ってきてしまうかな。

結局 人それぞれが“オレ様教”という言い方もアリなわけで。
自分はキリスト教を信じる。日本人は仏教だ。いやイスラムだって。
あるいは キチジローのように神に背くようなことをしつつ、その都度 告悔(こっかい・自分の罪を告げること)を繰り返しては、みそぎをしてOKというのもそれな気がする。

なんとなくだけど、この作品は そのいずれも否定はしていないのかな。
場合によっては 己の中の信仰こそと唱えているようにも。

たとえばキリスト教の宣教師が日本で拷問にあうという、単純に“イイもん”と“ワルもん”を配した方がわかりやすいわけで。
決して それだけをクローズアップした作風でもないので、エンターテイメントとしては物足りないかもしれない。
バランスが良いとも言えるけど、悪く言うと“無難”なおさまりでもあるわけで。

んで最終的にはね、誰にも心根を告げず、自分の中にだけ信じたものがあったという意味で“純愛”という言葉を使ったら安っぽくなるかな?

製作国はアメリカ。日米の合作というカタチではありませんで。
日米 多くの役者さんが登場しておりますが、ひと昔であれば このような場合、日本人キャストが弱かったり 超・大根だったりしたもんですが。

日本人キャストがいずれも良かったですね。
まぁ海外の作品で活躍されてる方も多かったけどね。

浅野忠信さんは十分に怪しさ纏ってたし、イッセー尾形さんも飄々とした威厳を見せつけてくれましたし。
塚本信也さんらの海での拷問シーンは…ガチだよね(苦笑)

そんななかで窪塚洋介さんの存在感は異質で。だからこそ光っていました。

特筆すべきは時代劇としての描写も素晴らしく、衣装や江戸の街並みも 違和感なくアラもなくで。
聞いた話では 多くのシーンが台湾で撮影されたとのこと。
台湾にあのセットこしらえたんかね?

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隠れ仕切担
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2017年01月16日

たかが世界の終わり

グザヴィエ・ドラン
マリオン・コティヤール、レア・セドゥ、ヴァンサン・カッセル、ナタリー・バイ、ギャスパー・ウリエル
人気劇作家のルイは「もうすぐ死ぬ」と家族に伝えるため、12年ぶりに帰郷する。
母、妹、兄、そして初対面となる兄の妻。ぎこちない会話に阻まれ、そのことを打ち明けることができないルイ。やがて兄の激しい言葉を合図に、それぞれが秘めていた思いが噴出する。

第69回カンヌ国際映画祭でグランプリに輝いた作品。

主要キャストはわずか5人。
いずれも名のある役者たちですが、単純に“豪華キャスト”とは言い切りにくい。どこかクセあるなあって印象の方が強いかな。

自身の死期が近づいてきていることを伝えるため、12年ぶりに故郷へ帰る主人公。
出発の飛行機で離陸を待っていると、不意に後席の子ども(?)に目をふさがれ…

そして辿り着いた“家”には 近くて遠い母、兄。通じ合いそうだが過去を持たない妹と義姉。
しかしよく見てみると、本当は誰もが分かり合っていないように感じられて。

そこには5人の親族がいるはずなのに、カメラは常にワンショットで。
そんな所からも コミュニティとしての家族ではなく、とてもパーソナルな個の集合体のように思えました。

この映画はこれだけで一応の起承転結の体を成しておるのですが。
全てを語るのは野暮なことと認識したうえでですが。その“起”以前の物語が見えないので、正直 全てを飲み込むのは難しい。

んで、とてもデリケートなテーマでもあって。そもそも論になっちゃうけど、字幕では伝わりきらないよね。
たとえ映像で表情はわかっても、言葉のイントネーションなど、ネイティブでないと伝わりにくいニュアンスはあるでしょう。
昨今では字幕も文字制限があったりして、台詞そのものが ざっくりとしたものにされてしまうわけだし。

基本 会話劇である以上、そういう意味での伝わりづらさは否めないですかね。

実際のところ、兄と弟の間に何かあったのか。
思い出の中の彼女と何かがあったのか。
でもルイはゲイという話もあったし。

本来なら 最も近しい存在として描かれる家族ではあるけれど、近しい存在のハズだからこそ、時として残酷な関係になってしまうものなのかな。
お互いに本心では わかっていながらもね。

命の終わり、イコール世界の終わり。
でもそれよりも家族と向き合うことの方が…

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まさかの♪マイアヒ―
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2017年01月02日

ちょき

金井純一
増田璃子、吉沢 悠、藤井武美、和泉ちぬ
和歌山市の商店街で美容室を営む直人。5年前に先立った妻の仏壇にコーヒーをあげ、仕事へ向かう直人。
妻・京子は美容室の2階で書道教室を開いていた。そこに通う7歳の少女サキを 二人は自分の娘のように可愛がっていた。
それから10年後、直人の美容室に高校生となったサキから電話がかかってくる。サキは視力を完全に失っていた。

和歌山の商店街…その裏通り的な場所にひっそりと存在する小さな美容室。このロケーションがたまらない。

レコードとコーヒーが好きな直人。そして住民たちからも好かれる直人。
5年前に先立たれた妻への変わらぬ思いが、彼のやさしさのベースなのかな。

彼の元にかつて娘のように可愛がっていたサキからの電話が。
普段通りのやさしさで彼女を受け入れる直人。

10年ぶりに再会したサキは視力を失っていた。
もうひとつ言うなら、17歳になっていたってことだよね。

やがて学校を出て 新たな進路、新たな一歩を踏み出さなくてはならないサキ。

わたくし的には彼女の思いが、伝わりきらなかった。
今後の暮らしのために直人が必要だったのか。そもそも直人への淡い想いがあったのか。妻が亡くなっていることを知っていたのかも。

ある出来事により視力を失ったサキ。その時点で彼女の過去も止まっているとも言えるけど。
直人からすれば、あの日小学生だった女の子が、成長して自分を頼ってきて。

「一緒に暮らそう」にはどんな思いがあるのか。
やっぱり娘として受け入れるのかな。彼とすれば他の誰かと再婚なんて考えられないけれど、サキならば妻も受け入れてくれるとの思いもあるのか。

なんとも言い切ることのできない感覚が残ってしまって。
やや消化不良な部分もあるのだけど。

戸惑いの一因であるのが、チラシにあるビジュアルで。
その写真の中のサキは赤い服を着ているんだけど。

実際の映画の中のサキは赤を纏うような女性じゃないんだよね。
それとも この写真は、映画の後日談の情景として割り切っていいのかな。
いずれにせよ この赤色は自分の中ではミスリードな要素になってしまったですわ。

やさしくて、物静かで、ふんわりとした映画の雰囲気と、チラシのビジュアル。
登場人物たちに秘められたホントの思い。

わたくしの中でそれらが同期できなくって、ちょっと戸惑っちゃったなぁ。

でも吉沢悠さんはもちろん、今作が初主演という増田璃子さんも素晴らしい雰囲気を醸していたことは間違いないです。

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ウルフじゃいじめられるよね
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2016年12月27日

ドント・ブリーズ

フェデ・アルバレス
スティーブン・ラング、ジェーン・レヴィ、ディラン・ミネット、ダニエル・ゾヴァット
訳あって盗みを重ねる3人の若者が、事故で娘を亡くし、多額の示談金を受け取った盲目の老人宅へ忍び込む。ところが この男、退役軍人としての“腕”を持ち、どんな“音”も聴き逃さない異常者だった。
当初は簡単な仕事だと思っていた若者たちが、暗闇の中で追い詰められていくことに…

決してメジャーな作品ではないけれど、全米ではジワジワ評判が広がって今年の夏の大ヒットとなったという作品。

日本でも公開館数は多くは無いけれど。その分 わたくしの見に行った回は満席状態。
冬休み需要で高校生だか大学生だか若者がいっぱい。

それだけ客がおったら 上映中に会話が聞こえたり、集中力を削ぐような客もチラホラ出そうなもんだけど。
まったくそれがありませんで。

ひとつは 映画としての緊張感が張り詰めていた事実であり、もう一点、作中の設定として 声を出せない、なんなら Don't Breathe“息もできない”作品だったからでしょう。

わたくしの率直な感想は…泣けました。
ただし初めてでした。怖くて泣けてきたのは(笑)

こちらから相手は見えている。向こうは見えていない。でもこっちの存在には気付いてる。
それだけでも怖いのに、地下室の真っ暗闇の中に場が移っちゃったら。こっち敵わんやん(涙)

オバケやモンスターの怖さとは違って、狂気を孕んだ人間とストレートに向き合う怖さ。
ところが、その直接対決の怖さに加え、別要素の“胸クソ悪さ”も迫ってきたり。意外な展開がチョイチョイ差し込まれるので。
(悪い意味で)ものスゴ楽しかったですわ。

基本的には一軒の家だけで、わずか88分で。これだけの見応えあるのは素晴らしいっす。

サスペンス系であり、ホラーの要素もあり。
一応おススメですが、怖いのダメな人にはホントにダメだと思うよ(^-^;)

ちなみに続編も企画されてるってウワサなんだけど、どうなるやら!?

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体液軍人とはよくいったもので
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2016年06月23日

デッドプール

ティム・ミラー
ライアン・レイノルズ、モリーナ・バッカリン、エド・スクライン
特殊部隊の傭兵として活躍したウェイド・ウィルソン。今では今は悪党を痛めつけては金を稼ぎ、相性バッチリの恋人との結婚も決まっていた。ところが突然 末期ガンだと診断され激しく落ち込んでしまう。
しかし ある組織からガンを根治できると聞き、彼らに同行して人体実験を受けるのだが…

字幕版にて鑑賞してきました。
そもそも昭和の“仮面ライダー”や“ウルトラマン”育ちなもので。正直 アメコミヒーローがそれほど得意では無いのですが、これはこれで面白そうだったので。

このデッドプールという男。初めは“スパイダーマンのにせもの”かと思ってたんだけど。実際、何者かというのは見ていればわかります。

いったいなぜこんなに強いのかというのは、特殊部隊出身ということやね。
いったいなぜこんなによくしゃべるのかは、性分としか言いようがないか。
でも多少の基本情報として、ミュータントという存在。そして「X-MEN」のキャラクターってのは知っておいた方が、映画を“より”楽しめたのかな。

さて、序盤の橋の上でのバトルシーン。おしゃべりも交えて楽しくエグく。
まさに このキャラクターを知らなくても、見応えのある作りになってます。
やぁホントやんちゃなヒーローだね。いや、ヒーローではないのか。

ところが。その後、なぜこんなキャラになってしまったのかという回想シーンを経ていくと、ちょっと印象変わります。
ただ口が悪い乱暴者なわけじゃないんだ。ホントはいいヤツやん。映画としては純愛やん。
思ってたのとちょっと違う路線入っていくけれど、これはこれでいい感じ。

人間関係でもあることですが、第一印象と その後に知る人となりで、さらに魅力が増すなんてね。
そんなところも この作品の魅力なのかも。

あと映画ファンには様々な作品をモチーフにしたセリフや行動なんかも多々あるので、その辺りをチェックするのも楽しいよね。
わたくしは「127時間」のくだりが お好きです。

さて、ちょっと気になったのが この映画のバトルシーン。
さすがに不死身の、無敵のミュータント同士が戦うと、なんでもありを越えたなんでもあり加減で。

ボッコボコに殴る蹴る、ナイフが刺さっても戦い継続。まあ何があっても死なないってのがわかってるので、その意味でのドキドキ感は乏しくなりがち。
もちろん何がしかの決着はつくのだろうが…と思っていたら“ズドン!”ってのがあったけど。

えっ、アレでホントにやっつけたん!?
それまでのドッタンバッタンではそんな感じ無かったのにね。

そんなこんなで少々思い切った攻撃をするシーンがあって、「R15+」作品になってます。15歳未満の入場・鑑賞を禁止です。
R15+なら「ヒメアノ〜ル」と同じじゃん。全然こっちのが軽いと思うけど。
それでも中学生は見られないのか。なんだかねぇ。

全編通して音楽もノリがよかったり、しゃべりもテンポ良かったりはしますが。
クールさでは「キックアス」のヒットガールに軍配。まぁ好みの問題だけどね。

そして第四の壁を越えて観客に語り掛ける描写も随所にみられるんだけど、裸眼ではなくマスクの白目で見ているので、カメラ目線感がやや伝わりにくくなってます。そして今回は字幕版だったので、ニュアンスがストレートに伝わりにくくって。
その分 ややハンディだったか。

でもアメコミ不得手なわたくしにも十分及第点の楽しさであり、その楽しさはエンドロールのその後まで続くので。
客電つくまで、なるべく席は立たないように。

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ワム!最高!(笑)
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2016年05月23日

ディストラクション・ベイビーズ

真利子哲也
柳楽優弥、菅田将暉、小松菜奈、村上虹郎
愛媛県松山市の港町で暮らす泰良と将太の兄弟。ケンカに明け暮れていた泰良は、ある日突然姿を消してしまう。
北原裕也は路地裏でケンカをしている泰良に興味を持ち「おもしろいことしようや」と声をかける。二人は無差別に暴行を働き、車を強奪し、乗り合わせていた少女・那奈も巻き込んで走り出す。

何やら映画ファンの間でちょっと「ざわついてる」感のある作品。
確かにコイツは…

中心となる柳楽優弥、菅田将暉。いずれも今 テレビドラマでも活躍してて。
そちらでファンになった人なんかがこの映画観たら人間不信にでもなっちゃうんでないかな(苦笑)
それぐらいの衝撃あったけど。

柳楽優弥演じる泰良(タイラ)はひたすらケンカをしています。
冒頭こそ多人数にボコられるシーンなんだけど、それ以降は誰か相手を見つけては ただひたすらにボコボコにして、されて。

ターゲットを決めたら後をつけていって襲い掛かるとか。ほぼほぼ野生の動物なみ。マジ街中ですれ違っても絶対に目を合わせたくないヤツ。
しかも街のチンピラ相手にも臆せずに…いや、嬉々として殴りかかるとは。
こんなキャラ、今まで存在しなかったよね。

それでなくても この行動の目的が見えない。誰よりも強くありたいとか、焦燥感とかそういうのを感じさせず。
唯一語ったのが「楽しけりゃええけん」とは。

一方、その泰良と行動を共にするのが菅田将暉演じる裕也。
初めは なんか“調子のいいヤツ”と見てたんだけど。泰良と組んでから本領発揮。
すれ違う女性をボコる蹴とばす。やぁなんなら女しか殴っていない。

わたくしもいろんな映画見てきましたが。訳あって女に手を出すシーンはあっても、無差別に女性をボコるヤツなんて見たことない。
んで クズとしか言いようがない。映画だと、作りものだとわかっていても、こんなに嫌悪感が湧くとは我ながら思わなかった。

事前の予告編でどんな感じの作品でどんな展開なのかは入ってはいたけれど。それ以上の進展はなし〜といってもいいのかな。
彼らの行き付く先というのも決して…

とにかく衝撃的な作品ではあるんだけど、本質を読み解くのはなかなか難しいよ。
そのうえで気になったところとしては、おそらく、たぶん、東京ではちょっと成立しないのかな。
愛媛県松山市という地方都市だからこそなのかもしれない。

そして泰良と裕也の服が入れ替わるというのは、何がしかの意味合いがあるのかな。
あと演出面では全般的にセリフが聞き取れません。セリフ以上に他の音がかぶせてある場面があったり、泰良は終始 言葉を必要をしていないからね。

そんな印象に残ったところもありつつ、でもやっぱり泰良が何を考えているのかは やっぱりわからない。
だから怖いし、だからシンパシーも感じてしまう。

しかし柳楽優弥のダークヒーローっぷりは凄かったです。役者として。ホントまざまざと見せつけられたって感じがします。
弟役の村上虹郎は この中にあってはさすがに弱かったかな。でも目つきの悪さは あの兄あっての弟だと見えました。
最後に余談ですが、菅田将暉の顔面は高畑充希とちょっと似てるね。

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破壊する赤ちゃんたち
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2016年05月05日

ちはやふる -下の句-

小泉徳宏
広瀬すず、野村周平、真剣佑、松岡茉優
強豪・北央学園に勝利し全国大会出場を決めた瑞沢高校競技かるた部。千早は かつての仲間・新にその報告をするが、帰ってきた言葉は「俺、かるたはもうやらん…」。
ショックを受ける千早だが、最強のクイーンと呼ばれる詩暢の存在を知り、彼女に勝って新に「強くなったな」と言われたいと、懸命に仲間たちと練習に打ち込むが…

“上の句”から間1ヶ月を置いて公開の下の句です。
上の句が なかなか佳作だったこともあり、今回の下の句に期待したのは 物語のクライマックスと今作から登場の松岡茉優。

その点で言うなら、 松岡茉優は良かったです。
テレビのバラエティに出てても非常に反応のいい子なので表現力ってのは備わっているのでしょう。その良さなのか何なのか、キャラクターもビジュアルも大満足。女優として素晴らしいですね。

ただし、もう一点のクライマックス感は やや弱いと言わざるを得ないかな。
物語の軸となるのはチームワークの大切さと“君はひとりじゃない”ですね。

でもそんなのはこれまでの数多の映画・ドラマ・音楽 等々で伝えられてきてるメッセージなわけで。
だったら それをどれだけスマートに訴えかけられるか〜なんだけど。

まぁ今の瑞沢高校競技かるた部だけでなく、幼い頃の3人もチームだよと。さらには対戦相手の詩暢までも その括りに入れるのは良いでしょう。
でもそこまでの積み重ね方が、イマイチ響いてこなかったかなぁ。

千早・太一・新の絆は前作でもまぁまぁわかってることだし。
意外性とかどんでん返しとかについては弱かったですね。

今回は完全に“上の句”あっての“下の句”という設定なので、登場キャラや相関図の説明は一切なし。
「もちろん前作は見てるよね」というスタンスであって、上の句を見てない人からは まるっきり感情移入できない構造。
それはそれでは ある意味潔いとも言えるけど。

でもひとつの物語を二つに分割した分 中身が薄まっちゃったような。
いろいろおいしいキャラ揃ってるのに、各々の見せ場が少なかったもんね。

でも全体に流れるコメディ感は嫌いじゃないですよ。
マンガチックな絵作りであったり、(笑いで最も重要と言われる)緊張と緩和の切り替えとかは素直に楽しめましたです。

ぶっちゃけ どんな映画でも1作目よりも落ちるものですから。2作目って。
それを差し引いたら、これはこれで…と思ってたら。

過日3作目の製作が決まったとのニュースが。
大丈夫かいな!?(苦笑)

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ちはやふるにつみきみほ
posted by 味噌のカツオ at 01:12| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月29日

太陽

入江 悠
神木隆之介、門脇 麦、古川雄輝、村上 淳、古舘寛治
21世紀初頭。ウイルスにより人工は激減。生き残った人類は 健康で高い知能を持つ一方、太陽の下では生きられないノクス。太陽の下、貧しいながらも自由に生きるキュリオに分かれて生きていた。
2つの世界で生きる人間たちの行く末は、対立なのか融和なのか…

あらかたの設定、SFテイスト、舞台でも上演された作品。
それらはチェックしたうえでの鑑賞。

特異な環境ではあるけれど、それをどのように理解するか。
韓国と北朝鮮。社会主義国と共産主義国。あるいは映画そのままに近いけど、都会と地方の集落とか。

いろいろ考えて照らし合わせながら、この映画の向かうべき方向を考えていたけれど。どれも似て非なるような。

いつか あそこに行きたいと願っていた少年はそれが叶わず。
なんとも思っていなかった少女が そこに安住の地を見つける。
因果なものにも思えるけれど、案外似たような事例は身近にありそう。

ところが少年は 誰もなしえなかった新たな融和という希望を見い出す。
登場人物は決して多くは無いけれど、いろんな思い、願い、そして可能性が見て取れる映画なのかもしれません。

キュリオからノクスへ変わるには、人工透析よろしく赤い血を紫に入れ替え、そして一瞬の痛みを伴うものらしい。
それが可能なら、逆にノクスからキュリオになることもできるのかな?

でも太陽があろうがなかろうが、裕福な暮らしから わざわざ貧乏になろうって発想は出てこないかな。

派手な展開なんかは無いわりに、退屈することなく。グイグイと物語に引き込まれました。
ただ、個人的には あのレイプシーンは必要なかったかなぁ。

それだったら、あの一件で彼女が妊娠してしまって。その後にノクスとなった母がキュリオの子供を産んでしまうとか。
そうなったらどうなんだろうという展開も想像してたのでね。

ストーリーとは関係なくですが、神木くんを麦ちゃんが19歳の設定で“子ども扱い”というのは ちょっと無理があるように見えました。
あと神木くんの演技のやりすぎ感っちゅうか、少々浮き気味だったですね。
もちろん作品として悪くはないんだけども、ちょっと気になっちゃったかな。

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ずっとここにいタイヨウ
posted by 味噌のカツオ at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする