2015年01月13日

滝を見にいく

沖田修一
根岸遙子、安澤千草、荻野百合子、桐原三枝
幻の滝見学と温泉のツアーに参加した7人のおばちゃんたち。ガイドと共に滝を目指して山登りを始めるのだが、不慣れなガイドが道に迷って行方不明に。
取り残された彼女たちは、携帯電話も通じない山中でサバイバルを余儀なくされる。

「南極料理人」や「横道世之介」などが話題の沖田修一が監督&脚本を手掛けたオリジナル作品。
演技経験のない素人を含む 40歳以上の女性7人を、オーディションによってキャスティング。
果たして この実験的な取り組みがどんな作品に仕上がったのか?見てまいりました。

基本が素人さんということで、その点 こちらも少々構えて見てしまいますが、“名前の知らない役者さん”的な感じで、それほど違和感はナシ。
まぁ言ってしまえば 確かに芝居がかったところもあるかもですが、作品自体が舞台演劇でもやれそうなものだったので。その芝居くささも自然に受け入れられたですよ。

7人のツアー客には初対面の人もおります。その同じツアーに参加してるのがどんな人なのかわからないなか、お喋りをしていくうちに連帯感が生まれるもの。
映画の中での それを見ているうちに、観客もツアーの参加者のスタンスになっていくと。結果、物語にもスッと入っていけるんですよね。

女性って結構 感覚で行動することありますわね。打ち解けられる相手とはすぐに仲良くなるし、合わない人とは なかなか合わない。でも ちょっとしたきっかけで近づくと、信頼関係は案外強いみたいな。
そんな おばちゃんらしさみたいなものが、わずか88分の上映時間の中に すんなりと表現されております。

また登場する7人の“持っているもの”が活かされていく部分も楽しいし、「こうしよう」と決めたあとの潔さもまたよくて。
“遭難”は大変なことだけど、みんなが知恵を出し合ったり、気が付けば(なつかしい)草相撲や縄跳びで盛り上がる様は、みんなキラキラと輝いてましたし。
山道に迷いながら、元の場所に辿り着いて下山するのか〜というところでする決断には そうきたかと。ハッとさせられました。

山の中という大自然の中にあっても、おばちゃんたちのナチュラルさ、自然さは強いなと。
その強さがあるから、物語になるんだよね。

滝というのは、そもそもが大きな山のいろんなところから湧き出ている水なんですよ。
それら わずかな水が集まって流れができて川になり、高い山地で滝になるんですよ。

このおばちゃんたちも少ない人数だったらもっと心細かったかもだけど、7人が集まってこれだけタフになれたのでしょう。

なかなか ゆるい雰囲気も漂わせつつの、やさしい、やわらかい、いや、微笑ましい映画だったかな。面白かったですよ。

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電気グルーヴを見にいく
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2014年12月28日

チェイス!

ヴィジャイ・クリシュナ・アーチャールヤ
アーミル・カーン、カトリーナ・カイフ、アビシェーク・バッチャン
父親のサーカスで生まれ育ったサーヒルだが、銀行から融資を断られ、父は失意のまま拳銃自殺する。
時は流れ、サーヒルは自らがサーカスを率いるトップスターとなるのだが、その裏で 父を追い詰めた復讐として、銀行の金庫破りというもう一つの顔を持っていた。

「きっと、うまくいく」などのアーミル・カーン主演と。なかなか評判も良さそうなので見てきました。
ある程度の設定は知ったうえで見始めましたが、イントロダクションで一人の少年が登場。

リングと腕時計を質屋に預け、ささやかなお金を受け取ります。「あぁ恵まれていない子なのか」と。
そんな少年がなんと不良どもに絡まれ、お金を奪われそうに。ところが軽業師よろしく不良たちを手玉に取って逃走。いったい この子は何者だ?
そんな“掴み”がなかなか痛快です。

じつは この少年、サーカスの団長の息子で。銀行の融資を受けなければサーカスが続けられないと、そういった設定につながっていきます。
しかし、融資が叶わなかったことで団長は自殺。。。

そして数年後、大人になった かつての少年は“父の命を奪った”復讐心から、銀行強盗を行うと。
この一行に限って言えば「半沢直樹」と同じシチュエーションなのだ(笑)

そこから始まる本編は 結構なトンデモ描写の連続。
銀行から逃走するシーン、警察から逃れるべくバイクで爆走するシーン。これがかなり荒唐無稽ではありますが、映像がキレイなのでエンターテイメントとして見応えありますね。

見応えというなら序盤のタップ・ストンプを交えたダンスシーンも素晴らしい。
ヒロインが登場するシーンでは サーカスのセットを作っている現場を舞台にしているのも見事。
さらに、サーカスと銘打ってはいるものの、シルク・ドゥ・ソレイユを彷彿とさせるようなパフォーマンスを繰り広げます。
この辺りは映画の枠を飛び出して、舞台の映像化の領域。これも楽しかったです。

そして、それらのハードなアクションやダンスを主演のアーミル・カーンが実際に演じていることにも驚き。
アーミルについていうなら、40代後半にして あの肉体を作り上げた事、またキャラクターの演じ分けにも挑戦されていて。ここまでやられたらかなわんですね(笑)

さて、そういった見せ方の作り込みはいいんだけど、全体のドラマ性に関しては少々間延びするきらいもあり。やや求心力が弱いようにも思えました。
かと思えば、そのドラマの幕引きの方法もビックリで。正直 しっくりこなかったなぁ。

この作品の邦題は「チェイス!」ですが原題は「Dhoom:3」というもの。本来は あのインドの刑事2人組を主人公にした「Dhoom」シリーズなんですな。
ウチらはどうしてもアーミル・カーンを中心に見てしまうんだけど、彼はシリーズの中の適役としてキャスティングされていたということみたい。(扱いは十分に主役級だけど)

でもアーミルの存在があるから世界公開する仕上がりになったのは事実だと思います。
ただし、ホントにどうでもいいことですが、所々でアーミルとMr.ビーンの顔が被って見えちゃいましてねぇ。特に、バカキャラで首をかしげる仕種は、それにしか見えませんで(苦笑)

でも楽しさ、サービス精神、ボリューム感はインド映画らしさ満載でしたね。
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2014年12月01日

デビルズ・ノット

アトム・エゴヤン
コリン・ファース、リース・ウィザースプーン、デイン・デハーン
1993年初夏。ウエスト・メンフィスで児童の猟奇殺人が発生。やがて様々な不審人物が取り沙汰されるが、警察は16歳から18歳の若者3人を容疑者として逮捕する。
しかし私立探偵のロンは事件の成り行きに不自然さを感じ独自に調査を開始。被害者の母親パムも矛盾点の多い裁判に戸惑いを覚える。

実際に起こった事件を映画化したサスペンス。
あらすじそのままではありますが、1993年にアメリカの田舎町ウェスト・メンフィスで3人の児童が、靴紐で手足を縛られ惨殺されるという事件が発生。

犯行当日に現場近くのレストランで血まみれの黒人男性が目撃されたり、被害者と顔見知りの若者が捜査線上に上がるが、結局警察が逮捕したのは16歳から18歳の若者3人。
一人は軽度の知的障害があり、やがて犯行を自白。一人は“悪魔崇拝者”であり、もう一人はその友人。
非常に雑然と、時に不明瞭なまま裁判は進められ、陪審員の評決は彼らが有罪というもの。

しかし弁護人をサポートする私立探偵のロンは警察の捜査や裁判の行方に不自然さを覚え、被害者の母親の一人パムは 裁判の中で浮かび上がる捜査の矛盾などに戸惑いを覚える。

またパムの再婚相手の男性からも釈然としない行動や言動があったり、別の被害者の父親は息子に体罰を与えたりしていたと。
映画を見る観客の立場からは、全てに疑いを不信感が付きまといます。

結局“映画としては”先の少年たちが有罪となって終了。
エピローグとして 後日談も紹介されます。されるのだけど…

クライマックスというか本筋は彼らの裁判の場面なんですね。
冷静に見て、どうやら彼らは冤罪のように思えるわけで。じゃあ真相はどうなんだろう?という部分には踏み込んでいないわけで。映画としては。

「この裁判は怪しい」という主張はわかります。なんなら その前提でお金払って客席に座ってます。
つまりは“茶番劇のような裁判”がメインというそれだけの映画なんですよ。

事件から20年が経過した現在「この裁判は怪しい」という、それだけではなんか物足りないんですよ。
事実の裁判として(真偽のほどはさておき)結論が出ている中、「あれは間違いで真相はこうなんだ!」という仮説をぶち上げるのは危険ですが。それが無理でも決定的な“冤罪”の証拠を提示するぐらいできないと、映画の主張としては弱い気がしますね。

「まるで犯人は彼らだと決めつけたうえで裁判が進んでいるようだ」なんてセリフも出てきます。
まさに日本の刑事事件では 過去にそういう事例も多かったようです。昨今、かつての判決が覆される案件もあります。
問題点は理解しています。じゃあ…そこで もう半歩踏み込んだ内容でないと。

裁判のシーンがメインの映画ってチョイチョイあります。
この映画も大半は裁判のシーンです。でもその誤った裁判という前提で そのシーンを延々と垂れ流すのは、問題提起としては中途半端かなと。そう思った次第。

映画というエンターテイメントが、どこまで足を踏み入れていいのかは難しいところですが…
内容ではなく、スタンスとしてスッキリしない部分を感じたね。

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判事がチャック・ウィルソンに似てたのだわ
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2014年11月03日

天才スピヴェット

ジャン=ピエール・ジュネ
カイル・キャトレット、ヘレナ・ボナム=カーター、ジュディ・デイヴィス、カラム・キース・レニー
10歳にして天才科学者としての頭脳を持つスピヴェット。双子の弟が死んで以来、家族間にも彼自身にも ぽっかり穴があいてしまっていた。
そこへ最も優れた発明家に授けられるベアード賞受賞の報が入り、彼は授賞式に出席するため、一人でワシントンへ旅立つことに。

監督のジャン=ピエール・ジュネ、わたくし的には「アメリ」の印象が強いですね。
この作品は「アメリ」ほどではないにせよ、ほんの少しのファンタジーテイストとダークなベースの上にありながら、ヒューマニズムを伝えてくれる。そんな映画です。

主人公は10歳の少年で、そんな彼が家で同然で旅に出ると。その点に関しては映画的な設定だし、随所で空想を絡めたユーモアも入っております。
でも全体を通して見て、ジュネ監督にしては割りとストレートなアプローチだったかな。

その分、変化球を受け止める態勢を取りつつ、意外なストレートに若干の戸惑いがあったことも事実(苦笑)
その設定とか前フリから予想してたイメージほど悲観的でもなくて。かといって圧倒的なハッピーを感じるほどでもという。

ざっくりとまとめるなら「あなたが思っている以上に、あなたは想われている」なんて言葉で表現できるのかな。

さて ちょっとした余談だけど、映画の中に スピヴェット少年がお母さんの日記を持ち出して、旅の途中の汽車の中で読むというシーンがありました。
昆虫の研究に没頭して、普段は本音を見せることのない母の心のうちに触れるという。そんな場面です。

こういう演出って、アルファベットの国だからまだ成立するのかなと。そんなことが頭をよぎってね。
日本人の日記の中には、漢字・ひらがな・カタカナが登場します。10歳の子供が大人の日記を見ようとしたら まだ教わっていない漢字とかもあるんじゃないかなと。

書かれた文の漢字を飛ばして ひらがなだけ読むという、安っぽいコントありますやん。そんなアレですわ。
もちろんアルファベットであっても知らない単語も出てくるかもだけど、日本ほど読めないってことはないんじゃないかと。

映画の本筋には全く関係ないんだけど、ふとそんなことが気になっちゃったもので。

最終的に映画のことで閉めるとするならば、サイエンスについては天才であっても、人としての心・感情については皆同じなんだってかな。
あとは“T.S.SPIVET”という名前を“天才スピヴェット”と置き換えるセンス。嫌いじゃないっすよ。

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10歳…テンサイ…天才
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2014年10月13日

太陽の坐る場所

矢崎仁司
水川あさみ、木村文乃、三浦貴大、森カンナ
地元を離れ、東京で行われた高校のクラス会。話題の中心は、当時クラスの女王のような存在だった響子ではなく、今や女優として活躍する今日子であった。
しかしクラス会に現れない彼女をめぐり、それぞれの高校生の頃と現在の思いが交錯する。

水川あさみさんはキレイだと思います。木村文乃さんは 今期待してる女優さんです。そしてこの作品のあらすじを読んで、面白そうだと。そんなこんなで見てまいりました。

しかーし!!
これは久々に裏切られた作品でしたなぁ。予想以上ですよ。いや、この場合以下というのか!?

全編を通じてリズム感が乏しいですね。基本、BGMはナシ。所々で安っぽい再現フイルムの心理描写で使うような音は入ってますが。
大半がマイナス思考のまま、音楽もなくその流れが続くので、見ていてついていくのがしんどくなります。

そして、やたらとワンショットの映像が多いんですよ。
二人が会話をするのにも、一人が映って切り替わり、また一人が映って切り替わり…というシーンが気になったわ。
それによってセリフが間延びしていき、流れがブツ切りとなってしまうので、結果リズム感が悪くなるばかり。この演出は明らかに失敗だと思うわ。

そんなテンポであるうえに、登場するエピソードのつかみどころがないんですよ。
ローカルタレントがいる。映画に主演する女優がいる。高校の頃にこんなことがあった。同窓会でこんなことがあった。
それらの淡々とした出来事が ポツポツと点在するだけで、これまたイマイチ流れができてこない。

で もっとも致命的だったのが、魅力的な人が誰一人もいないということ。
役者さん 女優さんが、カッコよく あるいは美しく撮られていることが、わたくしなりの良い映画の条件なんですが、水川あさみも木村文乃も「えっ、こんなだっけ?」と思えてしまうほど。
後々考えてみると(過去と現在の二重構造でもあり)出番自体も少ないし。

両者ともひたすら暗くって。キー局から声がかかる地方タレント、若き人気女優という役柄に見合うような輝きをひとつも感じませんで。キャラクター設定の説得力が無さすぎでしょう。

またそれぞれの高校時代を演じた子たちだって、ぶっちゃけ演技やセリフが拙いのはしょうがないですよ。
でもそれを差し引いても、若者らしい輝きが全くない。
ある意味逆に、こんな映画も珍しいなと驚きです(苦笑)

響子と今日子だけではなく、そこそこ登場人物がからむ群像劇っぽくもあり。
学生時代に陥りがちな自意識の高さとコンプレックス。それが少々歪んだバランスのまま現在まで引きずられている…と。
それらの要素を もっと上手く扱えていれば、「桐嶋、部活やめるってよ」的なシンパシーを感じられたんじゃないかと。めちゃもったいないよね。

さて。鑑賞後、チラシを見て驚かされたんですが、そもそもこの原作は“ミステリー”なんですか!?
「太陽の坐る場所」というタイトルもそう。(ほぼほぼ結論でしょと言えるような)冒頭のスキットからしてもそう。
演劇チックなアプローチの作品だとばかり思ってたんだけど。

とてもじゃないが、ミステリーという印象はなかったですよ。
なんでこうなっちゃった!?

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クラス会ってそんなに頻繁にやる?
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2014年09月20日

テロ,ライブ

キム・ビョンウ
ハ・ジョンウ、イ・ギョンヨン、チョン・ヘジン、イ・デヴィッド、キム・ソジン
国民的アナウンサーのヨンファは不祥事によりテレビ番組からラジオ番組担当となっていた。
そんな彼の生番組に脅迫電話がかかってくる。イタズラだとして電話を切ったところ、背後のマポ大橋が爆発。そこでヨンファは犯人との通話を生放送し、自身のキャリア復権を図ることに。

映画ファンの間でそれとなく評価されている作品。ちょっとこれは押えておきべきかと観てきました。

主人公はテレビのニュースキャスターから“左遷”されてラジオの担当になったという設定。
一応 本編とは関係なく言っておかなくっちゃいけませんが、決してラジオはテレビの下に存在するものではありません。確かにテレビの方が目立つメディアなのかもしれませんが、ある意味テレビの視聴者よりラジオのリスナーの方が濃さや密度は上なんです。
そこのところの設定についてはラジオに関わる人たちに対して失礼だと思いました。

伝える側が目指す放送のスタイルの違いはあっても、テレビのがラジオより全てにおいて優れているわけではないとは言っておきます。

閑話休題。
この映画の舞台はラジオのスタジオ。状況は様々変化していきますが、基本は密室劇。
冒頭、いかにもやる気のない主人公の態度が数度の爆発音で一変。あっという間に物語の熱度が高まります。

閉ざされた空間。生放送のリアルタイムで動く事件。主人公は爆弾の恐怖を背負って身動きの取れない状況。そして姿の見えない犯人。
そんな要素が積み重なって、間延びすることも無く、展開にグイグイとはまっていきます。

基本 ラジオブースのみの映像でありながら、中継の映像や他のテレビの映像を入れ込んだり、登場人物も入れ替わりで多くの人を関わらせることで上手く世界観を広げていきます。
テレビ界の仕組み、会社の中の人間関係、男と女、そして政治まで。

確かに詰め込み過ぎでゴチャっとする部分もあるし、いきさつとして無理が感じられる点も否定はしません。
でも終盤に それらを封じ込めるぐらいの事態が押し寄せてきます。

その辺りは かなりの力技なのですが、あっという間にエスカレートしていってそのまま、事件の真相も一気に明かされるという畳みかけ。
さらに感情をグラグラ揺さぶられながら、衝撃のラストシーンまで。

とにかく 全てが成功しているとは言い切れないまでも、非常によく考えられている脚本であることは間違いないです。
しかも これが単なるサスペンスというものではなく、政治や社会へ向けたテーマも入っているからまた面白いんですよね。

また一説によれば あのラストのシーン。バックには韓国の国会議事堂が映っているとのこと。
さすがに これは日本人ではわからない描写だけど、そういう演出を知らされると ますます目から鱗。風刺が効いてます。

98分の上映時間中、ほぼ出ずっぱりのアナウンサー役のハ・ジョンウ。
状況に翻弄されまくりながら様々な表情を見せてくれますが、それが時としてフルタチっぽく見えたり、あるいはアズミっぽくも見えたりして。そう考えるとアナウンサーらしかったよね。お見事です。

ホントに前半の緊張感から後半のやり過ぎ感まで一気に突っ走って。
正直 今年観た映画の中では最も「えらいもん見たな」という思いを味わえたような気がする。
こんなに面白い作品なんだから一人でも多くの方に見てほしいけど、あまりに上映館数が少なすぎってのがちょっと不満ですわ。

あぁ“テレビからラジオへ左遷”って不満もあったね(苦笑)
とはいえ おススメの一本です。

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ジョンウ・ハ
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2014年09月06日

TOKYO TRIBE

園 子温
鈴木亮平、YOUNG DAIS、清野菜名、竹内 力
様々なトライブ(族)が互いの縄張りを守り、バランスを保ちながら存在していた近未来のトーキョー。
しかしブクロWU-RONZを率いるメラは、何かと敵視していたムサシノSARUの海と衝突。その戦争はやがてトーキョー中に派生。各地のトライブを巻き込んだ一大バトルへと発展していく。

園子温監督の作品はその都度追いかけておりますが、なんとなく設定だったりタッチであったりがあまり好みではなかったのでそんなに期待していなかったのですわ。
実際に見た人の感想も賛否…というよりも好き嫌いで評価が大きく分かれておりました。

否定的な意見の要旨としては、ストーリーが無い、ラップ中心だが下手なのが混ざってる、ただ不快。といったところ。そのうえで 大きな期待を込めずに鑑賞。
確かに上記の意見は間違っていない。納得。

しかし、それはさておいて感じたのは「この感じたまらん」ということ(笑)
感覚的にはタランティーノ作品に近いのかな。やってることがぶっ飛んでいたり、現実感のない世界を描いているんだけど、それらが無理なくバランス・調和が取れていて、そういった意味での違和感がない。
かつて「パコと魔法の絵本」を見た時も思ったんだけど、これだけゴチャゴチャした(現実にはない)世界を見事にまとめ上げたもんだと感心。

人によっては“ツッコミどころ”となるんだろうけど、わたくし的には いい意味での“引っ掛かる要素”がいくつも存在してまして。
公共放送の朝ドラでも人気の鈴木亮平が「HK」を彷彿とさせる下品さでスクリーンを闊歩。ナチュラルにアレと思われる窪塚洋介の怪演。そして竹内力の完成されっぷりは素で心配になる程。

普通の芝居もありますが、ストーリーの多くをラップで紡いでいきます。
ミュージカルとは歌が中心ですが、それをラップでやってみせた発想はありそうでなかったわ。

ストーリーテラー役の染谷将太が微妙だったのは否定はしません。他にもアヤシイ点もあったけど、良くも悪くも“味”として受け止められたですよ。
ところが、そんな中にあって YOUNG DAIS のラップは(当然だけど)さすがでしたね。だからこそ登場人物として際立ってたわけで。

園監督の特色として挙げられるのが、無名の若手女優をヒロインとして起用するというのがあるんだけど、今回登場したスンミ役の清野菜名がまたいいんですわ。吉瀬美智子っぽい顔立ちがチョーかわいい。
同じく園監督のこだわり(?)のパンチラアクションに目を奪われ、さらには体の一部のピンク色具合が素晴らしい。素晴らしすぎるといっても過言ではないです。アレは。

そのスンミと共に見事なアクションを披露したヨン(坂口茉琴)も謎めいていいですね。動き、ハート、存在感。キャラも女優としても気になったわ。
あとは中川翔子。しょこたんがあの恰好で出てきたら 全部わかったうえで微笑んでしまったですよ。キル・ビルではなくリーなんですよ。
でも最後は血煙として消えていくのもカッコよかったな。

架空の近未来の世界。設定としても展開としてもムチャクチャと言ってしまえばそれまで。
おまけにこの戦争がなぜ始まったのかというスキットはしょうもなさの極みですよ。一言でいえばバカ。
ただし そのバカバカしさの裏側に、監督の平和へのメッセージもあったので納得しましたよ。わたくしは。

全編通して音楽PVみたいという感想もあったけど、よどみなく2時間のPVを仕上げるのはかなり大変だと思いますし。
何より園監督の作風の幅の広さにはあらためて脱帽。作り手として懐深いわ。

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練馬ザファッカーはガチ
posted by 味噌のカツオ at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月06日

テルマエ・ロマエII

武内英樹
阿部 寛、上戸 彩、北村一輝、宍戸 開、市村正親
斬新なテルマエ(浴場)を作ったことで名声を得たルシウスの元に、次々と新たな浴場を作るよう依頼が訪れる。アイデアが浮かばずに頭を悩ませるルシウスだったが、再度日本と古代ローマを行き交うことで難題をクリアしていく。
そんなさ中、ローマ帝国の平和推進派と武力行使派対立に、ルシウスも巻き込まれていく。

前作が大ヒットとなり、思いもよらない(?)続編が実現。
いろいろスケジュール調整も大変だったことでしょう。というわけで2年ぶりの第2弾であります。

しかも今回の舞台となるコロッセオを含むオープン・セットを実際に建造したというんだから、先の大ヒットによる収支が予想以上だったことは間違いない。
だからといって その予算を新たなキャストなどに使うでなく、セットに注ぎ込んだのは正解じゃないですか。実にスケールの大きな映画に思えますから。

自分の記憶の中では「テルマエ・ロマエは面白かった」という記憶が残っていますが、実際に1作目の感想を見てみれば「確かに面白かったが、後半は尻つぼみ。トータルすると惜しい」と記されておりました。
それを受けてのパート2の感想は…全く同じかな(苦笑)

前半の古代ローマと現代日本をタイムスリップして、ルシウスがいちいちカルチャーショックを受けるシーンは ホントに面白かったです。クスクス笑えました。
が やはり後半、少々シリアスな展開になっていくと、見るべき要素がほとんどないような。

それでも、それでもですよ。きっと後々になって振り返ってみれば、きっと「テルマエ・ロマエIIも面白かった」という記憶が残るんだろうね。
その前半の“貯金”だけで良い印象を与えられるのだとしても、全編つまらない映画に比べたら、これはこれで大したものだと思います。

やぁ〜でもよくよく考えたら、セットに注ぎ込んだ予算を、もっと脚本チームに充てても良かったのかも(苦笑)

おっと、新たなキャストを投入せず〜とは書いたけど、グラディエーター役のアケボニウスやコトオウシュヌスらは予想外にカッコよかったですね。あれは良かった。
そして何より、あれだけの体を作り、あれだけのトボケた演技のできる阿部寛は素晴らしいです。北村一輝の色気ある佇まいも良かったです。
市村正親、宍戸開のセリフ回しのゆるさは気になりましたが、基本はコメディ映画なのでスルー。

惜しいのは上戸彩ちゃんのサービスカットをもうちょっと長く見たかったなというぐらいで。
今回もライトに楽しめる娯楽作品として成功ですわね。

でもさすがに3度目はないだろうなぁ。

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テルマ・エロマエII
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2014年05月21日

チョコレートドーナツ

トラヴィス・ファイン
アラン・カミング、ポール ギャレット・ディラハント、アイザック・レイヴァ
1979年のカリフォルニア。歌手を目指すショーダンサー・ルディと弁護士・ポールのゲイカップルは。母親に見捨てられたダウン症の少年マルコと出会う。
やがて3人は共に暮らしていくが、ポールはゲイであることで仕事を解雇され、マルコは家庭局の施設に連れて行かれてしまう。

ゲイのカップルがダウン症の男の子を引き取って…とザックリ書いてしまうと、なかなか突飛な設定と思われそうですが、ベースとなった事例があるそうです。

今でこそ 日本では“オネエキャラ”とかいわれて認知もされていますが、1980年以前なんて とてもじゃないけれどゲイをカミングアウトなんてできなかったでしょうし。
それにダウン症ということについては、なかなかこれまで語られることも、映画・ドラマのテーマになることもなかったですよね。
ぶっちゃけ若干のタブー感を覚えなくもないし。

物語として取り上げるには…演じられないって面もあったんじゃないでしょうか。
俳優が役作りをしてダウン症児を演じるということにリアリティが生まれないとか。あるいは揶揄してるように思われかねないとか。

そんな難しさをクリアできたのはアイザック・レイヴァくんの存在あってかな。実際に彼はダウン症であるそうで。
ダウン症の子って、落ち着きなくって 他人の思ったようにしてくれない子も多いけど。
かと思えば 中には絵をかいたりピアノを弾いたりする子もいて。

んで このアイザックくんは職業俳優になるのが夢だったそうで。今作ではそれが叶い、ホントに素晴らしい演技と存在感を見せてくれますよ。
そしてアラン・カミングも実際にバイであることを公言するミュージカル俳優であるとか。
そういうキャストあってこそ実現した作品だったんですね。

ダウン症、ゲイカップル、そして後半には黒人の方も登場します。いろんな偏見にさらされる人たちが紡いでいるオハナシ。
でもそれらは決して好き好んで そう生まれてきたわけじゃない。

でもドラッグに溺れたり、裁判をコントロールするのも人の意志の元にあるものであって。
本当の意味で蔑むべきは何なのかと考えちゃいますよね。

物語の波としては非常にシンプル。ささやかな幸福と厳しい現実。
膠着状態なのか あるいは光が差すのかと思ったところで、一気に突き放されます。
間違いなく映画を見てる全員が「ちょっと待って、そりゃないよ!」の心境。

そしてラストシーン。ルディの歌声とポールの手紙が重なって、涙なしでは見られない結末を迎えるわけですが。この辺りの畳みかけ、演出は見事でした。最後のほんの数分でグッと涙があふれてきます。
すごくツラいんだけど、映画としては確実に訴えかけてくるものがある。そんな愛の物語です。

「ANY DAY NOW」というのが原題。意味としては“今すぐにでも”という感じなのですが。
いや、そうじゃなくて…「チョコレートドーナツ」。これ、すごくいいタイトル乗せましたね。
珍しく良い邦題だと思いましたよ。

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口パク?気づいてたよ
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2014年05月07日

とらわれて夏

ジェイソン・ライトマン
ケイト・ウィンスレット、ジョシュ・ブローリン、ガトリン・グリフィス
心に傷を負ったシングルマザーのアデルと13歳の息子ヘンリーの前に、脱獄犯フランクが現れる。危害は加えないという彼の言葉を信じ、2人はそのまま自宅で彼を匿うことに。
やがて、家や車を修理し、料理を作り、野球を教えるフランクにアデルとヘンリーは心を通わせ、ついに3人は人生を変える決断を下す。

劇場で予告編を見ても わたくし的にはほとんど引っかからなかったこの映画でしたが、見てきました。
何ゆえ引っかからなかったかといえば「とらわれて夏」という邦題。なんだか「どうぞ、美しい映画をご堪能ください」としたあざとさがチラついちゃって(苦笑)
もうひとつ言うなら、GWの時期にジワッと暑い夏の映画もどうかな〜という季節感。
どちらも どうでもいいっちゃいいんだけど。

じゃあなぜそんな映画を見に行ったのかとなると、真実を確認しようと。ホントにあざといタイトルなのかってね(笑)
そもそも邦題で損こいてる映画もチョイチョイあるからね。

んで、結果…見に行って良かったというのが率直な感想。
ストーリーもいいですし、構成も良かったですし。そして主要キャストの3人も素晴らしっかったし。

単純な言い方をしてしまうと、コワモテの脱獄囚が母と息子2人暮らしの家に押しかけ、気付いたら脱獄囚と寂しげな母が恋に落ちちゃう〜としたもので。
でも2人は露骨に“渇いていた”わけではなくて。

男はなぜ囚われの身になっていたのかというストーリーがあり、母はなぜ こんなに不安定な寂しい女になったのかという、それぞれのいきさつがうまくインサートされていきいます。
観客もいい感じで深まっていくんですよ。

そして、ただ影のある男女の悲恋であれば綺麗事で過ぎていたかもしれませんが、そこに13歳の少年が存在したことで、よりヒューマンドラマとしての深みが増したんじゃないですか。
13歳の少年というヤツは、わかっていないけど気付き始めてるし、父親の存在と男の在り方を理解し始めてる年齢なんだよね。そこが絶妙。
これが少女では違うと思うし、5歳ではダメだし18歳でも違うんだな。

あと付け加えるならば、ストレートな性描写なしで、ここまで物語を高めた手腕も見事だと思います。

似たタイプの映画では、昔見た「マディソン郡の橋」とかあったね。あちらは結局は罪なハナシに思えたけど、これは罪(事故?)の償いを越えて、長い時間を越えて辿り着く本当の家族愛のストーリーです。
今にして思えば、バケツいっぱいの桃を持ってきてくれた隣のおっさんが運命のキューピッドだったかと思うと感慨もひとしお!!

イマイチ引っかからないなんて先入観にとらわれず、見に行って正解でした。
でもやっぱり、「とらわれて夏」という邦題はすわりが悪いね(苦笑)

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邦題「不思議なピーチパイ」でどやさ!?
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2014年02月26日

ダラス・バイヤーズクラブ

ジャン=マルク・ヴァレ
マシュー・マコノヒー、ジャレッド・レト、ジェニファー・ガーナー
1985年ダラス。電気工でロデオカウボーイのロンは、HIV陽性で余命が30日だと言い渡される。
しかしアメリカでは認可を受けた治療薬が少ないことを知り、代替薬を求めてメキシコへ。その効果を体感したロンは、代替薬を密輸し非合法組織ダラス・バイヤーズクラブを設立。
ウワサがウワサを呼び代替薬を求める人で長蛇の列ができるようになるが、そんな彼に司法当局は目をつける。

この作品も御多分に漏れず実話をベースにした作品。ホントに最近多いよね(苦笑)

1980年代の半ば。エイズという病が広がり始めた時代。治療薬についても少しづつ研究が進みながらも、国や医師の間でも臨床試験を行ってからでなければ その薬は認可できないという状況。
たとえお上がそんなんでも、HIVに感染した患者は生きなくてはならない。一日でも長くね。
そんな生きるための戦いを描いた作品です。

主人公のロンは SEX・ドラッグ・アルコール漬けのロデオカウボーイ。
彼がひょんなことから病院にかかり、たまたま行われた血液検査でHIV陽性で余命30日と宣告を受けます。
「エイズなんて同性愛者がなるもんだ」と強がっていたら、避妊具無しの性交渉や注射器の使い回しでも感染することを知り愕然。「心当たりあるやん」ってなもんで。

そこで承認前の薬を入手しては やみくもにアルコールで流し込み、心が折れないようドラッグの助けも借りて日々をやり過ごしていく。
しかし心無い周囲からの偏見に勝てず、一時は自分に向かって銃を手にするも…最後の希望とばかりに国境を越えメキシコへ。そこにはHIVの働きを止める薬が存在しており、実際に服用することで余命と言われた期間も越え、ロンは生き続けます。

アメリカでは未承認であるそれらの薬をロンは大量に国内に持ち込み、HIV対策の遅れをとる国の間隙を突き商売をスタート。
が個人で未承認の薬の売買はできないので、患者から会費を取り 無料で薬を提供する…これがダラス・バイヤーズクラブなわけだ。

新薬の認証と効能。製薬会社の利益と処方する医師との癒着。
医療現場の進歩の裏で、そういう現実が横たわっているという話は報道で聞いたことがあります。
たいして効きもしない薬であっても医師が処方箋を出し、それが売れることで製薬会社が儲かると。そして医師にはそれ相当の見返りがあると。

ロンはそれらを出し抜く形で自らのビジネスを発展させていきます。しかし当然ながら出る杭は打たれるわけで。
様々な機関が彼を訴え、その都度 罰金や追徴金を巻き上げられ、資金繰りも厳しくなっていく現実。
そんな中でロンが口にした言葉「金がないなら車を売ってしまえ」。そして「お金の無い相手にもできるだけの薬を渡してやれ」とも。
ここまで来ると、自身が生きるためであったり儲けのためではない 別の感情が存在していることに気付かされます。

ここでふと思い出したのが序盤のロンのその姿ですよ。
あれだけ自堕落な生活を送っていた男が、あれだけ金儲けに走っていた男が、気付けば同じ病に苦しむ者を救うことが、彼のライフワークになっていたんですね。

そのロンが亡くなったのは「30日だ」と余命宣告を受けてから7年半も後のこと。
なぜそこまで生きることができたのかといえば、世界中からかき集めた薬の効果とともに、多くの患者を守るために戦う“気”のようなものがあったからじゃないかと。そんなことを思った次第です。

これも語りつくされてはおりますが、マシュー・マコノヒーがあの痩せ細った体を作ったというのが驚きです。この役をやるために21kgの減量を行ったとか。
さらには後半の裁判の場面。それまで以上に頬がこけていたりしてさらに病弱な表情に。
普通の人なんか“痩せる”だけでも上手くいかないのに“役作り”で…役者というのはそういう事ができるんですか!?
誰でもってわけでもないでしょうけども。

いやもう一人おりました。ロンのパートナー…ビジネスのパートナー・レイヨン役のジャレッド・レト。彼もまた18kgの減量で撮影に挑んだとか。
しかもニューハーフの役で。女装姿のスカートからのぞく足の細いこと。ほんで時々普通に可愛らしく見えるんだから大したもんですよ。
あらためて“役作り”でそんなんできるんですか!?ですよ。

そんな役者魂に裏打ちされた生命力ほとばしるアツい映画。
素直に見て良かったと思える一本です。

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スーダラ・ヤバイースクラブ
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2014年02月09日

小さいおうち

山田洋次
松たか子、黒木 華、吉岡秀隆、倍賞千恵子
東京郊外のモダンな赤い三角屋根の小さなおうち。旦那様・雅樹、奥様・時子、坊ちゃんが穏やかに暮らす平井家で、田舎から出てきた純真な娘・タキは女中として働く。
しかしある日、雅樹の部下である板倉という青年が現れ、時子の心はあやしく揺れ動く。

「男はつらいよ」でおなじみの山田洋次監督。82歳にして82本目の作品になるんだとか。

映画は ばあちゃんが亡くなるというところから始まります。何やら「永遠の0」とかぶる設定だけど(苦笑)

生前。生涯独身を貫いてきたばあちゃんが自叙伝を書き、それを読んでは批評をしていた又甥。しかし ばあちゃんの自叙伝は、ある出来事以降を書くことなく終わってしまっている。
が ひょんなことから事態が動き始め、亡きばあちゃんの思いが、残された人々によって明かされていきます。

昭和11年の東京。戦中と言っていい時代設定ですかね。
たいがい その当時を舞台にした映画って、戦争は悲惨なもので そこに生きる人々も貧しくつつましやかに暮らしていたとなるものです。
バリバリの戦後生まれのボクだって「欲しがりません勝つまでは」みたいなイメージで考えちゃうんだけど、この映画はそこから違いましたね。

この「小さいおうち」に登場する平井家は、女中さんと共に親子3人で普通の暮らしをして、着るものなんかもおしゃれな感じの家庭。
そして映画の核となってくるのは 戦争どころか“恋愛事件”なんですよね。

恋愛というものをどう描写するのか。この映画はその辺りがスゴくイイんですよ。
タキちゃんが時子の想いに気付く帯のエピソードとか。人妻が着物を着て出かけて 少し髪を乱して帰ってくるとか。少し汗ばんだ額だとか。

そこで実際に何が行われたのかはわからないんだけど、想像力でエロチシズムを刺激させるという表現。
そして物語はあくまでタキちゃん目線で。その家に仕える女中さんの立場でありながら、見てはいけないものを見てしまったと。気付いてはいけないことに気付いてしまったと。
今どきの映画にはないこのドキドキ感を共有させるというのが絶妙なんですよ。

この映画の予告編で、タキちゃんと時子のとあるワンシーンをそのまま見せるものがありました。
その予告編を見ても これがどんな映画なのか、どんなキャストが出演しているのか全く分からなかった予告編。
でも 事前にあれを見たうえで実際の作品を見て。あのワンシーンがどれだけの重みを持っているのかがヒシヒシ伝わってきました。
そのやり取りを受けて、あの手紙が書かれることとなります。

まるでタイムカプセルのような役割となってあの当時と現在とをつなぎ、それぞれのそれからが明かされていくのですが…
その中で“不倫”という単語が出て、ちょっとドキッとさせられました。
とても艶っぽく思えた“恋愛事件”も、今の時代で“不倫”と言ってしまってはドライなもんだなと。

「わたしは長く生き過ぎた」といって涙にむせぶばあちゃんの真意は、映画の中では明確には提示されないのかな。
でもその分、受け止めがいのある想いなのだと思いました。

本筋は“恋愛事件”のストーリーですが、それらの人々を引き裂くこととなった戦争という存在も、心に引っかかりました。
特に、あの おうちが砲撃を受けて煙に包まれていく場面は涙なくしては見られなかったです。

それ以上の映像を出さないことでその奥のドラマを想起させる。やはりここでも観客の想像力に訴えかけてきます。つらかったですよ。
いずれにせよ、予想以上に響いてくる作品でありました。

さて、失礼を承知で言えば わたくし的に 松たか子さんは時々イマイチに見える女性であり、吉岡秀隆は決して惹かれる男でもないんだけど。
それでも この作品の中では、それぞれが魅力的に描かれておりました。
役者の演技力もそうでしょうし、監督の手腕でもありましょう。

そして黒木華さんがまたいいんだ。まだ23歳らしいんだけど、派手さはなくとも不細工なわけでもない。「この人なら任せられる」と思わせる女中さんの役はハマり役でした。

最後に、寅さんの妹のイメージの強い倍賞千恵子さんが、ものの見事におばあちゃんだったのはショックだったです。
これもどこまでリアルで どこからが役作りなのか?だけど、一流の女優ってもんを見せてもらった気がしました。

あっ、ばあちゃんの家にかかってた 小さいおうちの絵は、だれが書いたんだろう?

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2階建てで縁側のある“小さい”おうち
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2013年09月09日

タイピスト!

レジス・ロワンサル
ロマン・デュリス、デボラ・フランソワ、ベレニス・ベジョ、ミュウ=ミュウ
ドジで不器用な田舎娘・ローズは保険会社のルイにタイピングの才能を見出され、彼からある提案を受ける。それは当時のステイタスであるタイプライター早打ち大会への出場。
優勝することを目標に掲げたルイのコーチにより、ローズはその実力を高めていく。

『「アーティスト」「オーケストラ!」のスタッフか結集』というチラシの文句。そして予告編のカラフルな映像を見てしまったら さすがに興味が湧いちゃうよね(^-^)

舞台となっているのは1950年代のフランス。
女性の社会進出が叫ばれ始めたこの当時、花形職業のひとつが秘書であり、その技量のひとつのバロメータがタイピングの技術だったわけですね。
そんな時代背景の中で生まれたのがタイプライター早打ち大会。そこで勝利することがタイピストたちのステイタスであり、当然その影にはバックアップする秘書の雇い主、そしてスポンサーが存在すると。

こういった図式ってのは いつの時代でも、どんなジャンルでも似たようなものでしょうが、この映画に於いてはテーマが「タイピング」ってのがね。
現代のパソコンでもキー打ちは ひとつの技術として存在するけども、タイプライターという機械を中心に置くことがノスタルジックで なお且つオシャレですよ。
そのタイプを打つ音なんかもリズミカルで楽しい要素を下支えしてくれてるみたい。

さらには ここに登場するタイプライターも事務的な ふかみどり色のものだけでなく、ピンク色だったりしてかわいらしいんだよね。
また色でいうなら、どの指でどのキーを打つかを分けるため、爪ごとに塗り分けられたマニキュアもじつにキュートだったり。

ダメダメな主人公の女子が鬼コーチの指導の下でスキルを高め、大会を勝ち抜いて優勝を目指す。
まさに日本でいう所の‘スポ根モノ’のフォーマット。もちろん恋バナも絡んできます。

すなわち映画好きでなくとも どのようなストーリーで、どのような展開で、結果どうなっていくっちゅうのはだいだいわかるでしょう。
でもそれらを嫌味なく楽しませてくれてこそ。その点この作品は及第点だと思います。

主人公のローズはトリンドルちゃんみたいなかわいらしさ。でもただかわいいだけでなく、時々田舎臭くも見えまして。
この100点じゃない具合がちょうどいいと。そぅ感じちゃうのはわたくしだけか!?
とにかく、リラックスして楽しめる良作だったですよ。

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1本指打法!(笑)
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2013年05月17日

図書館戦争

佐藤信介
岡田准一、榮倉奈々、栗山千明、石坂浩二
国家によるメディアの検閲から本を読む自由を守るべく生まれた組織・図書隊。かつて自分と本を守ってくれた隊員に憧れ、図書隊に入隊した郁。しかし現実は鬼教官・堂上の厳しい指導に耐える日々。
そんなある日、図書隊とメディア良化隊が衝突。新人隊員の郁もその前線へと立つことに…

小説、コミック、アニメと様々なカタチで作品化されている「図書館戦争」が初の実写映画化。
わたくし、さほど詳しいわけではないけれど、それとなく気になっていたので、少々遅めではありますが見てまいりました。

2時間ちょっとの上映時間の中で、要点はしっかり押さえられた作りだったと思います。これなら知らない人が見ても、設定がわかるんじゃないでしょうか。
ただし設定は飲み込めても、図書館を 書籍を守るのに銃撃戦が行なわれるという点には違和感を覚えたわたくし。

広い意味で‘表現の自由を守る’という部分にはリアリティを感じるけど、それが‘戦争’というモノにまで昇華されていくコトに無理があるというか、必然性を感じなかったんですよ。
表現の自由はさておき、そこに戦争を絡めたのは 作者が軍事オタクだからであって。その感覚がちょっと鼻についたというべきか…

ところが、後半を見ていてひとつ気になることにも気付きました。
図書隊は自衛組織であって、相手が攻撃してきて始めて発砲できると。しかも威嚇射撃はしても、敵を傷つけるような攻撃はしないようにしていると。
明らかにモチーフは日本の自衛隊であり、実際に自衛隊も映画の撮影については 協力やアドバイスをしてるはずです。

正直 自衛隊の活躍する映画って、怪獣や異星人と対するか せいぜい災害派遣での活動程度がこれまでのものだったはず。
が ここではメディア良化隊という やはり軍事組織と地上戦を展開するんです。自衛隊が他の軍隊と 銃を向き合せたらどうなるのか。
そんなような設定があっただけでも、とても新鮮に見えたわけですよ。わたくしには。

さらに対敵国ではなく戦国時代の国取り合戦でもなく、現代(近未来)の同一民族でドンパチやりあうという部分にも見入ってしまったわけです。
あぁこういう映画は無かったなぁ〜って。

よくよく見ていくと、図書隊・良化隊 双方の動きやセリフなど細かい部分で、リアリティを感じられたんですよ。
いや、わたくしは軍事のことはわからないので、正しくは軍事LOVEの思いとでも言うべきか。

やがては各々登場人物のキャラクターやセリフや行動からも伝わってくるものありまして。この組織、みんないいヤツばっかりじゃん!そんなん思ってしまったわけです(笑)

原作ファンが選出したキャストである榮倉奈々は、おっちょこちょい加減と色気の無さがイメージそのもの。
一方の岡田准一は役者として上手いなと。そして圧倒的にカッコよかった。

それ以外の演者もみな素晴らしかった。
軍事モノとしても興味をそそられた。後半のアクション映画のようなバトルも見応えあり。テーマ性も申し分なし。
終わって見れば 満足度の高い仕上がりになっておりましたね。

我ながら、ここまで引き込まれていくとは思わなかったですよ。実に見てよかったです。

余談っぽくはなりますが、後半に新聞社の号外により、警察に苦情が集まったという部分で…
「そんなもの一過性よ。でも、だからこそ私たちは書き続けるの」というセリフも、入れてくるなぁ〜と思わずにはいられませんでした。

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児玉清さんは相当な読書家だったそうです
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2013年05月14日

探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点

橋本 一
大泉 洋、松田龍平、尾野真千子、渡部篤郎
探偵行きつけのショーパブの従業員・オカマのマサコちゃんが殺害された。
警察の捜査も進展しない中、自ら真相を探ろうとする探偵。しかし「マサコちゃんは政界の闇に触れて殺された」との噂とともに、ススキノの誰もが口を閉ざしていく。

前作から一年半。待望の続編公開です。
続編というのは どうしてもクオリティが下がってしまうというのが世の常。
そもそも2作目が偉大だと、より期待感も高まって、2作目に過剰な期待をもってしまうものですから。

などと分析しつつ…
結論から申せば、やはり前作ほどの満足感は得られなかったですなぁ。
いや、遠く及ばなかったと言っていいかも。

しっかり見ていくとですよ。釈然としない点、本筋とは関係のない場面とかが多かったなと。
ちょいちょいインサートされる小さいギャグ的なのは良いとしても、探偵がオンナにうつつを抜かすエピソードとか、室蘭からの帰り道にマシンガンで付け回されるとか。
その辺り、必然性がないんじゃないのかな?

それから今にして思えば、政治家が口封じの為の現金を…というのも「なんで?」と思えてしまう。
実際は薄い事件なのに、余計なものを足していって足していって、2時間まで膨らませたような。
薄いというなら 真犯人のボロの出し方も、動機も薄かったと言わざるを得ないし。

あとは依頼を受けた段階で 被害者と依頼人の関係性に言及しないのも不自然。
政治家は多少黒い部分があっても、こんなに期待を背負っているんだと 多くの封書をぶちまけました。
それとの対比で、バイオリニストにはたった一人の期待が支えている〜みたいな対比があるのかと思いきや、そういう方向には流れなかったし。
なんだか微妙。

全体にもっと深く、もっと生々しく、作り込むことできたんじゃなかろうかと思いますわ。もったいない。

大泉洋と松田龍平。ちょっとくすんだススキノの輝き。機嫌の悪いポンコツの車。
良い素材は揃っていそうなんだけど、仕上がりきらなかったような感じ。返す返すもったいない。

こうなりゃ(発表されていないけど)次回作に期待しましょうかと(苦笑)

個人的な欲を言えば、雪の残る いかにも寒そうなススキノの絵も欲しかったなぁ。
あと このサブタイトルは「踊る大走査線」狙いなのか!?

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いない? いない? BARにいた〜
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2013年04月29日

ドリフト

モーガン・オニール、ベン・ノット
マイルズ・ポラード、ゼイヴィア・サミュエル、サム・ワーシントン
サーフィンに親しんで育ったアンディとジミーの兄弟は、旅暮らしのカメラマンJBと出会い、その生き方に影響を受ける。やがてサーフショップを開設し、ビジネスが軌道に乗った矢先、2人にトラブルが襲いかかる。

サーフィンをテーマにしたオーストラリア映画。
タイトルの「ドリフト」だけ聞くと車?カーレース?そんなイメージなんだけど、「ドリフト=漂う」ことだそうで。
すなわち、海の波間であったり 人生の生き方として‘漂う’という意味合いなのであります。

舞台設定は1972〜73年ぐらいなのかな。現代のようなサーフィンが始まったのが60年代頃からだそうで、サーフィン熱が高まってきている時代を再現している作品です。

二人の監督によって製作されているのですが、モーガンがドラマ部分の担当。一方のベンはサーフィンのアクション担当と役割分担したうえでの2人体制だったとか。

撮影は2011年の8月から9月ということですが、これ南半球ではウインターシーズンでして。
サーフィンって夏のスポーツのイメージがあるけれど、絵作りとして より良い波を捉えるべく冬の撮影になったのだとか。寒そう(苦笑)

ストーリーとしては二人の兄弟と それらを取り巻く人々によるエピソードであり、その点 観客が取り立てて驚くような仕掛けが用意されてるわけではありません。
落ち着いてこの映画の世界観を味わう…そんなスタンスで見るべき映画なのかな。

ただし、その当時の時代性や雰囲気を理解している人が見れば 良い意味でのノスタルジーも感じられるでしょうし、実際にサーフィン愛好家が見れば サーフィンのシーンのリアリティも楽しめるかもしれないですね。

あともう一点。この主人公の兄弟が素晴らしくイケメンでしてね。
お兄さんはオージー版の福山雅治で。弟はジョニー・デップを小柄にしたような印象で。
ぶっちゃけ この映画の最大のトピックは主演の二人がイケメンすぎるってことじゃないかしらん!?

その点だけに絞ってみても、ぜひ多くの女性に見て欲しい映画ですよ。

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ド、ド、ドリフト大爆笑!!
posted by 味噌のカツオ at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月28日

図書館戦争 革命のつばさ

浜名孝行
(声)井上麻里奈、前野智昭、沢城みゆき、イッセー尾形
続発するテロ事件の手法と小説の内容が似ているとして、メディア良化委員会による作家狩りの標的にされた小説家・当麻蔵人。
緊急召集された図書隊の郁と堂上は当麻の身辺警護を任されるのだが、良化隊との戦いのなかで堂上が重傷を負ってしまう。

有川浩さん原作の人気小説である「図書館戦争」。刊行されたのは2006年の2月。
その後シリーズ展開があり、テレビアニメ化され、劇場版アニメが公開され、この2013年4月に実写映画として公開されます。

2012年6月に公開された劇場版アニメも公開時から若干気にはなっていたのだけれど、この実写版の公開に合わせて 下見がてらDVDにて鑑賞いたしました。

「図書館戦争」の概要はなんとなく知ってはいたつもりなんだけど…ぶっちゃけストーリーにすんなり乗っていけず。
う〜ん、面白くないとまでは言わないけど、自分の預かり知らない場所でストーリーが展開していって。
そんなこんなで見終わったわけであります。

それから Wikipedia で調べたところ。。。
小説「図書館戦争」は4巻が出版されていて、テレビアニメでは主に1〜3巻までのエピソードが。そしてこの劇場版アニメは4巻がベースになっていると。

つまり そもそもの原作を知っている人、もしくはテレビアニメで追ってきた人が基本のターゲット層だったみたいだね。あちゃ〜。
なので この作品についての感想も評価はいかんともしがたいところ。
せいぜいイッセー尾形さんが声優として出演してたことに驚いたぐらい。

まぁ実写版を見る前哨戦と思えば、その役割りは果たせたかなと。
ちなみに実写化に際して最も興味を持ったのは そのキャスティング。

「読者が選ぶ誌上キャスティング」において 堂上=岡田准一、笠原=榮倉奈々がそれぞれ1位に選出。
今回まさにその二人が演じるということなんよね。これはこれでちょっとした夢の企画なわけだ。

確かにこうしてみてると、そのイメージわかるな〜と妙に納得。
さらに、柴崎役の栗山千明は原作者による執筆当時からのイメージなんだとか。なるほど。

幾分シュールに振り切ってもおかしくないようなテーマをラブコメ的に包んであるんだけど、その手法が嫌味なく わざとらしくなくて。それも この図書館戦争シリーズの良さなのかもしれないですね。
申し訳ないが わたくし自身は、今作である「図書館戦争 革命のつばさ」を素直に楽しめたとはいえないかもだけど。実写版の予習という意味では 見ておいて良かったです。
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2013年01月22日

テッド

セス・マクファーレン
マーク・ウォールバーグ、ミラ・クニス、ノラ・ジョーンズ
友達のいない少年・ジョンはプレゼントでもらったテディベアに、本当の友人になれるよう天に祈りを捧げる。するとテディベアに魂が宿り、彼らは本当の親友となる。
あれから27年。ジョンはダメ男に成長、テッドは下品なジョークとドラッグの日々。そんな中、ジョンの彼女・ローリーは自分かテッドのどちらかを選ぶようジョンに迫る。

友達のいない少年が、クリスマスプレゼントに送られたテディベアが「友達であればいいのに」と願うと奇跡が舞い降りて、テディベアに魂が宿り 本当の親友になると。
そこまでであれば素敵なファンタジーですわ。

ですがこの映画の本編は、それから27年先の世界。少年は35歳になり、テッドもそれと同じく歳を取っていくわけで。しかしまぁ、なんでまた こんなやさぐれた風に成長しちゃったでしょうね(苦笑)

ぶっちゃけストーリー展開はシンプルそのもの。いわゆるバディムービーのテイストで。2人のだらけた男が共に騒ぎ、時にケンカをし、命の危機に陥るってね。
それはそれで ありがちだけど、特異なのは 一方のビジュアルがクマということ。そして、人間のほうにはちゃんと恋人がいること。

通常のドラマであれば、二人の男が一人の女を奪い合うようになるかもだけど、ここでは主人公が親友と恋人、どっちが真に大切なのかで揺れ動きます。
つまり‘友情と愛’を並列で描いたというのはこれまでにないパターンで。この設定ならではだよね。

しかしまぁこの作品、堂々とドラッグをやってる場面が流れるわけですよ。今の日本映画ではタバコを吸うシーンですら はばかられてるっていうのに。たいしたもんだわ(苦笑)
とにかくそれら下品なネタ、会話、下世話なジョークが飛び交って。個人的にはそういうの嫌いじゃないので、十分に笑えましたし。
テッドがレジ打ちのお姉ちゃんに色目を使って。ハンドソープを顔につけたら表情が渋ったという。
素晴らしい(凄まじい?)描写でした(笑)

「フラッシュゴードン」を引っ張り出してくるのは渋すぎて。わたくしは一応知ってたので楽しめたけど、普通の人は元ネタわからんだろうね。
いろんな意味で悪乗りの集大成。でもスクリーンに映ってるテッドの姿を見ると、洗剤だか柔軟材だかファーファのCMを思い出すような癒し系で。何だか許せてしまうんよね。
罪作りなキャラクターだわ。

さて、チビッ子がシネコンに貼ってある「テッド」のポスターを指差して「クマさんのが見たい〜」というので親子して見に行ったら…なんて話も聞きますが。
確かに かわいいクマさんがリアルに動くビジュアルは子どもたちも注目だと思うので。一応 親子で鑑賞しても堪えうる作品なんじゃないですか。
えっ、R15指定?言うても会話の内容は子どもにはわからんだろうし。関係あらへん、いったれ いったれ(笑)

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トイ・ストーリーのみんなもこうなるのかな?
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2013年01月15日

トイ・ストーリー3

リー・アンクリッチ
(声)唐沢寿明、所ジョージ、永井一郎
大学進学のため家を離れることとなったアンディ。そんな彼が大切にしてきたおもちゃたちは、ひょんなことから保育園に寄付されてしまう。
一見 子どもたちに遊んでもらえる環境だと思いきや、そこは乱暴な子どもたちばかりのおもちゃたちにとっての地獄だったのだ。

テレビで放送されたモノを見ました。
一作目が1996年、二作目が2000年に日本公開。そしてこの作品はそれから10年後の2010年。
一口にシリーズものといっても その間15年も開いてるんやね。そりゃアンディも大学行くわな(笑)

さてさて それだけの年月を経て、アンディと共に製作スタッフも歳を重ねていったと聞きました。ある意味 作る側の成熟。

このパート3はシリーズを通してみても、非常に評価が高い。
その評価はどこで得たのか言うたらネットのレビューや掲示板。つまり鑑賞した‘オトナのユーザー’が書き込みをしてるはずですわ。
わたくし自身 その感動(?)を受けるべく、事前に一作目も二作目も見ました。でも率直な印象としては そんなに面白いもんじゃないと。基本、子供向けにつくられた物語…いや、映像作品と思ったわけですわ。

ですが今回は間違いなく、オトナが見てダイレクトに受け止められる作りになってます。
それこそがまさに作る側の成熟かなと。かつては映画の製作会社として 子ども向けの作品を作ったけど、あれから10年・15年の時が流れて。自分たちの心にある映画を撮ることができたんじゃないかなと。

一作目も二作目はストーリーの枠も小さなものに思えたけど、今作はおもちゃたちの活躍するフィールドがグッと広くなっていると思います。
次から次へとピンチが訪れる手法はドキドキしながら見ることできましたし。

そして何より、これまではウッディやバズたちが紡ぎ上げてきた物語だったのを、最後の最後 アンディ目線でのエピローグにもっていったのがねぇ。卑怯だよね(笑)
正直 テレビ画面でリラックスしながら見ても胸に響くものありまして。劇場で見てたらきっとウルウルきてたでしょうな。

今の子どもたちがこの作品を見てもそれはそれとして楽しめるとは思うんだけど、我々のような大人世代が見ても十分に楽しめる作品ですわ。

でも もしかしたら…一作目&二作目を子供の頃に見て、この作品を大学生になって見た人もいるのかな。
それこそ映画に登場するアンディと同じ世代。子どもの頃に遊んだ人形やおもちゃが家の押入れの中で埋もれてて…なんて世代。最もリアルにシンパシーを感じられるかもね。

余談ですが、トトロのぬいぐるみが登場してちょっとビックリ。
トトロにはできてもピカチュウには越えられない壁があるのだろう。
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2012年09月23日

トイ・ストーリー2

ジョン・ラセター
(声)唐沢寿明、所ジョージ、永井一郎
カウボーイ人形のウッディはひょんなことでおもちゃ屋のアルにさらわれてしまう。実はプレミア人形であったウッディは、他のおもちゃたちと共に日本の博物館に送られることになってしまったのだ。
ウッディの身を案じたバズ・ライトイヤーたちはアルの所在を突き止め、ウッディの救出に向かう。

1996年3月に公開された「トイ・ストーリー」の続編。日本公開は2000年3月ということなので、前作から4年も経過しとったんやね。
テレビで放送されたモノを見ました。

時は流れても色褪せない登場人物(おもちゃ)たちのイメージキャラクターはそのまま。アニメだから当たり前か。

ストーリー展開は今回もシンプル。その流れでおもちゃたちが繰り広げるアドベンチャー。
ドキドキを含んだわかりやすい起承転結は、子どもたちが見たらそれとなく楽しめることでしょう。が、やはり40過ぎのおっさんが一人で見るには眠たくてしょうがなかった。

エレベーターの攻防、飛行機からの脱出。
実写だったらもっと迫力あるんだろうけど、アニメの限界でもありますわね。

1作目は多少なりとも 人とおもちゃの関係性。思いのこもったおもちゃたちを大切に・・・といったメッセージもほんのり感じられたけれど、今作は小さなおもちゃたちの活劇に終始してたので、それも眠たくなっちゃった一因かもしれないですね。
いや 実際はメッセージ性あったのにも関わらず、ワシが受け止められなかっただけかもしれんけど(苦笑)

さてさて、エンドロール時に「NG集」とした映像が流れてたけど、あれはちょっとキツかったなぁ。好みの問題かもしれないけれどさ。
製作側の遊び心と言うほどに 見ていて面白いものではなかったですよ。アニメ作品の王道であるディズニー・ピクサーがあんな小技を使う必要はなかろうと。。。

余談ですが・・・ウッディがギターを掻き鳴らしながら歌う場面があったんだけど、なぜか映画「20世紀少年」のシリーズのラストを思い出しちゃいましたよ(笑)
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