2017年05月13日

ノー・エスケープ 自由への国境

ホナス・キュアロン
ガエル・ガルシア・ベルナル、ジェフリー・ディーン・モーガン、アロンドラ・イダルゴ
メキシコ=アメリカ間の砂漠の国境。不法入国を試みるモイセスと15人の移民たちに、突如 襲いかかる銃声。摂氏50℃、水なし、武器なし、通信手段なしという状況下で、訳もわからぬまま 命懸けの逃走劇が始まる。

かねてからメキシコからアメリカへの不法入国者というのは後を絶たないのでしょう。
それによって生じる国の不利益等を見過ごすことはできないと、トランプ大統領は その国境に壁を立てると表明。

そして両国に於ける緊張の度合いは また高まるという現実。
そんな中にあって、まさに その国境を越えることを題材にした映画が公開されました。

製作国は メキシコ=フランス で、製作年は2015年と。
トランプ氏が就任するよりも前の企画であり、スタンスとしてもメキシコ寄りといってもいいのかな。

手引きをする案内役の男と、それぞれが訳ありと思しき男女 約15名。
監視の手薄そうな砂漠地帯をぶっ飛ばして来たものの、車の故障により彼らは徒歩での移動を余儀なくされます。

果てしなく道なき道を歩いていくが、やがてその歩みにも差が開き。
先を急ぐ集団と 大きく離された者たち。

体力的にもこれ以上早くは進めない…となったところで突然の銃声が鳴り響きます。
狙われたのは先行の集団。一発、一発の銃弾が的確に彼らを打ち抜き、そして全員が息絶えることに。

撃ったのは犬を連れ添った一人の男。
しかも誤射ではなく、何がしかの理由があるでもなく。このような“不法入国者”をただ狩ることを楽しんでいる。そんなそぶりを見せます。

遅れた後続の彼らは 難を逃れ、どうにかそこから逃げようとしますが。
やがてハンターに存在を見つかってしまい、狙撃の対象とされてしまいます。

日差し、岩場、サボテン、そしてガラガラヘビ。
そんな砂漠の中で、彼らの逃走劇が始まります。

わたくし未見の作品ですが、2016年日本公開で「追撃者」という作品がありました。
マイケル・ダグラス演じる大富豪が、砂漠の中に人を放ち 人間狩りゲームを楽しむという設定。
これと似たシチュエーションではありますな。

正直 展開的には大きなひねりはなく、基本的には 追うものと逃げるものの対立の構図。
でもただそれだけで見るものをシンプルにドキドキさせてくれます。

88分というコンパクトな上映時間もハマっているので、映画としては及第点の満足度だと言えましょう。

ただし、半歩引いて考えるなら。前述の通り、製作はメキシコ側なわけだから。
シチュエーションとしては密入国者を“是”として描いているようにも見えますね。

当然ながら殺人は許されるものではないし、そうしてまで生きていこうとする人々の行動の裏には、国としての問題もあるはずで。
そうやって考えると、なかなか難しい問題提起の作品でもあるのでしょうね。

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酒飲んだら よけいに喉が乾くよ
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2017年03月15日

The NET 網に囚われた男

キム・ギドク
リュ・スンボム、イ・ウォングン、キム・ヨンミン、チェ・グィファ
北朝鮮の漁師チョルが漁に出たところ、エンジンに網が絡みボートが停止。そのまま韓国側に流され、スパイ容疑で韓国の警察に拘束されてしまう。
一途に妻子の元に戻ることを望むチョルだったが、厳しい取り調べと亡命の強要を受けるのだった。

キム・ギドク監督は、これまでにも南北問題をテーマにした作品に携わってきておりまして。
別に日本人にはそんなものは関係ないと。そんな見方もあるかもしれません。

でもキム・ギドクが映し出す、メディアには映らない部分での ひとつの真実の姿。そういうものを見ておくのも意義があると思います。
また単純に映画として、エンターテイメントとして 見応えがあるからね。

北朝鮮で妻と小さな娘と つつましやかに暮らしていた男チョル。彼のボートがエンジン故障で境界を越え、韓国側へ流れついてしまいます。
そのまま男は警察が預かる身となるのですが。

フィクションであるとはいえ、北の川で魚を取って暮らす男の暮らしぶりと、韓国の暮らし向きの差というのがね。
ほんの川ひとつ越えただけで、これほどまでに文化の違いが現れるものなのかと。舞台が別世界になってしまうという。その点に あらためて驚かされました。

やがて ひと通りの取り調べを受けるわけですが。今後 彼をどう扱うべきか、警察内でも意識の差が明らかになっていきます。

以前 日本でも度を越えた一方的な取り調べが問題になりましたが。この映画ではチョルはスパイだと決めつけ、あまりにもヒドい取り調べを行い、自身のシナリオに沿った調書を作ろうとする刑事が出てきます。
またチョルが北で学んできた“技術”が災いし、自らを追い込んでいくなんて皮肉な場面も。

かと思えば 韓国の野村周平的な若いイケメンくんは「甘すぎないか?」と言いたくなるほどに、彼に寄り添います。

しかし彼らの上司は 貧しい北から一人でも多くの人を救いたいと、亡命させることを望みます。

彼を北からのスパイとして裁くのか。亡命者として受けいれるのか。本人の希望に沿って、北で待つ家族の元へ帰すべきか。
まさに韓国 国内にある北へのスタンスって、実際にこういうものなのかと。
国民によっても意識の温度差はあるんでしょうね。

こうして それぞれの思惑に翻弄されるチョルがソウル見物を“させられる”のですが。
彼がそこで見たものについて、吐き捨てるように訴える場面にドキッとさせられました。

こんな自由が、贅沢が、無駄使いをすることが幸福なのかというような。そんな疑問を投げかけるんですが。
そんな問題提起をしてみせるのがキム・ギドクの主張であり、真骨頂という感じがします。

この物語。果たしてチョルがどうなっていくのかと。
結果 ひとつの着地点は提示されるんだけど。

その後に ダメ押しのようなドラマが待っています。
それもまた見る側に大きくのしかかってくるんだよなぁ。

網に翻弄されたひとりの漁師。
その数奇な運命を通して、本当の幸福ってなんだろうかと。
そんなことを突き付けられる物語でした。

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ピカチュもクレしんも心配してたよ
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2017年01月29日

ねぼけ

壱岐紀仁
友部康志、村上真希、入船亭扇遊、秋山勇次
噺家の三語郎は、真剣に落語と向き合わず、飲んだくれてばかりのだらしない毎日を送っている。ついには弟分の恋人に手を出し 最悪の事態に。
苛立ちを募らせた三語郎は、彼の成功を願っていた恋人の真海を傷つけてしまい、彼女は姿を消してしまう。

落語をテーマにした映画というのもチョイチョイ存在しますが、意外と見てきていなかったなと。
いわゆる人情噺「替り目」をモチーフに、映像作家・写真家として活動する壱岐紀仁が長編初監督。

主演は監督とは公私ともに交流のあった友部康志。
言い方は悪いが デブでブサイクで、落語は好きだが芸として真剣に向き合うことなく。その苛立ちを酒で誤魔化すという。そんなキャラクター。

落語のネタに出てくるダメな男って、それでもどこか憎めなかったり、しょうがねぇなぁ感があったりしますが、この三語郎というヤツはそれすらも無く。
なんだか ジトーっと、イヤーな感じでストーリーに付き合わされまして。

それまで三語郎の成功を信じ、何があっても彼をサポートしてきた恋人の真海だったが、三語郎が彼女の心の拠り所であった“あるもの”に手をかけたことで、ついに愛想をつかして故郷に戻ってしまいます。

こんな どうしようもない男ではあるが、そこに手を差し伸べるのが師匠の仙栄亭点雲。
しかも芸でもって それをするというのがまた良かったですね。

紆余曲折あり、三語郎と真海はふたたびよりを戻すわけですが…

落語の映画ですので、実際に落語を聞かすクライマックスがあるわけですが。
いくらか そこに至る展開は唐突な気もしましたが。

それはさておき、その落語のシーンは、さすがに泣けましたね。

本来 寄席で見る落語は楽しむこと、笑うことを期待しますが。落語とはそれだけでもないんだね。
いやいや、十分に笑わかせつつ 涙を誘う人情噺という。これも落語の芸のひとつです。

映画の中でそれを見せる場合、芸が弱くては映画としての説得力も無くなる危険性あるんだけども。
もう十分でした。素晴らしかった。

それを役者として演じて見せた友部康志がお見事でした。

ただし映画として ちょっと欲を言うならば、せめて前半部だけでも いくらかの笑い、ユーモアが欲しかったね。
せっかく落語を取り扱う映画なんだから、そういう要素があった方がより楽しめたかと。

はっきりと理解することができなかったんだけど、人の魂は海に帰るという神話があるんですかね。
それと同じく、ワカメの入った味噌汁という海に魂に見立てた卵がありや…なしや…と。

安易な受け止め方だったらごめんなさいね。。。

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女房の鏡
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2016年12月29日

ねむれ思い子 空のしとねに

栗栖直也
(声)井上喜久子、田中敦子、平田広明、松田健一郎
産院から自宅に向かう車で事故に遭い、両親を亡くした織音。19年後、ある事件で逃亡を続ける織音は 謎の組織のエージェント・ユリに捕えられる。
逃亡の手助けと引き換えに、実験用宇宙ステーションへと連れて行かれた織音を待っていたのは、20歳の姿をした母だった。

栗栖直也監督がほぼ一人で、7年がかりで制作した3DCGアニメ。
尺としては50分と決して長くはないんだけれど、一人で製作ってスゴイね。

でも一人であるからこそ、思う存分 自身の世界観を表現できるとも言えるし。
なんなら今を ときめいちゃってる新海誠監督だって「ほしのこえ」を一人で製作。それが評価を受けて、徐々に大きな作品を生み出していったわけで。

もうひとつ栗栖監督と新海監督の共通項があるとするならば、宇宙に関わるSFベースの物語ってのもありますか。

一方で栗栖監督が独特なのは、3DCGアニメという手法。
言うなればテレビゲームなんかで見られるようなキャラ造形ですかね。

それとなく繊細なリアリティ表現もできるのですが、正直 好みの別れる表現方法かも。
ぶっちゃけ わたくしはそっち側で(苦笑)

アニメならアニメならではの表現でいいと思うし。
この3DCGアニメって、幾分か感情移入がしにくく思えるし。

特に、わたくしに限っていうなら、エンドロール時の母が娘の出産に至るまでのダイジェスト映像が登場するんだけど、あぁいうのが よりウソ臭く見えてしまうんだよね。
映画という作り物である上に、アニメという作り物なのであって。エンドテーマの流れる中 吹替えも無いから、余計に魂が込められにくい部分なわけで。

ストーリーは、生後間もなく両親を亡くしてしまった娘が19歳になり、宇宙ステーションで母親と再会するという。
ざっくり書くと「どういうこと?」って話なんだけど。

実際の印象としても 展開として雑な印象が出てきてしまう。
もうちょっとわかりやすいようにしてほしいような、要所要所に必然性が欲しいような。
確かに見る側の想像力が試されてるのもわかるけど。今作に限っていうなら、それをやるにしても50分では厳しいかなと。

そのせいなのか。ベースとしての母と娘の物語はわかるんだけど、こちら側に響いてこないところはあるよね。
比べちゃ悪いけど、新海監督の「ほしのこえ」はもっとシンプルだったんじゃないかな。設定も想いも。

ただし100%の断罪は致しません。
設定などに於いて魅力的であるのは確かで。
でもやっぱり 一人で作る限界はあるでしょう。だって7年っちゅうたら、時代も技術も変わってきちゃったりする長さだからねぇ。。。
そういう意味で、なんか惜しい作品でした。
posted by 味噌のカツオ at 01:22| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月03日

何者

三浦大輔
佐藤 健、有村架純、二階堂ふみ、菅田将暉、岡田将生
就職活動の情報交換のため ひとつの部屋に集まった、5人の22歳。企業に入れば特別な「何者」かになれるのか、そして自分は「何者」になりたいのか。
そんな疑問を抱えながら就活を進めるが、やがて内定を決めた人物が出てくると、抑えられていた嫉妬や本音が露になっていく。

映画化された「桐島、部活やめるってよ」の原作でもある朝井リョウの直木賞受賞作を、演劇ユニット「ポツドール」を主宰する三浦大輔が映画化。
これまでにも映画を撮ったりもしているそうですが、言いようによっては“異業種監督”でもあるのかな。その演劇的要素が作品中であり、見せ方の演出として活かされています。

就職活動と直面する5人の若者たち。もうちょっとワクを広げると、大学院生である主人公の先輩。そして主人公が意識し続けるかつての演劇仲間の存在。
それらも含めての群像劇なのかな。

これがバブル期だったらね。若者たちが就活で駆け引きしながら 恋の駆け引きもワチャワチャあって。
佐藤健と有村架純のキスシーンでエンドロール…な展開だったのかもだけど。
今どきの就活はそんなわけにはいきませんな。

基本的には買い手市場。それに翻弄されつつエントリーシートを書き綴り、わずか1分間の自己紹介で全てを量られ。
ひたすら“内定”というゴールに向かっていくと。

また表面上は和気あいあいとやりながら、裏アカという名のもう一つの顔での探り合いも。
ホント、しんどい時代だよね。

さて 現在45歳のわたくし自身は、今作のような就活のリアルは実感できないし、ツイッターもやっていないので その点の表現も100%共感できるわけでもありません。
逆に 現在の若者、あるいは同様な就活を経験してきた人たちにはある種の共感は得るでしょうけど。

ただし作品の評価としては、ぶっちゃけ微妙だよね。
例え共感を得たとしても あまりに現実過ぎて、映画で見ても感動するには至らないだろうし。もしくは あまりに現実過ぎて、ただひたすら痛みを覚えるだけという方も。

というわけで、わたくしにとっても、なんとも言い難い物語でありました…と。
その反面。。。

非常に多くの方が、この作品にやられちゃってますね。
この場合の“やられ”は胸に響いた〜ではなく、胸をえぐられたという側で。

その就活の厳しさ以上に、人間描写であったり、いやらしいまでに描かれる心の内。
こんなやつおるおる。そんなことズケズケ言うたんなや。いや、これは10年前のオレ自身や。

しかもそれらって、基本 他者と語り合ったりする部分でもないし。なかなか客観的に見る機会がない要素だったり。
そんな痛いトコを映画を使って、他の登場人物の言葉を使って指摘されることの気恥ずかしさ。
やっぱそれなんでしょうね。

感性という表現がいいのかわからんけども。この作品を見ても ただ「つまらんかった」という人。「見ててキツかった」という人。大きく分かれると思うんだけど、結局は感性の問題だと思うわ。

主人公の拓人は他者を観察・分析するのは上手いと言われつつ。大事な時にコミュニケーションの瞬発力は決して長けている方ではないよね。
その分析も言っていいこととアカンことの線引きがあって。アカンことは裏アカに記して悦に入るという。
わかるわぁ〜(苦笑)

ただコイツの弱点って、きっと冷静に他者を見ながら、自分自身の行動をコレっぽっちも客観視できないトコなんだろうな。
だからソコを突かれてグサグサなっちゃって。
わかるわぁ〜(苦笑)

そうやって一人ひとり語っていくと尽きなくなっちゃうけど。どいつもこいつもイタいわ〜と言いたくなるような。
エンターテイメントとしての映画とはまた違った意味で、何かを残す作品でしたわ。

良作が連発されている今年の邦画界にあって。
必ずしも高評価とはならないまでも、映画ファンなら見ておくべき一本でしょう。

なんか、こわいね。

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烏丸、大学やめるってよ
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2016年10月16日

永い言い訳

西川美和
本木雅弘、深津絵里、堀内敬子、竹原ピストル
人気作家の津村啓こと衣笠幸夫は、妻がバス事故により亡くなったと知らせを受ける。が その時、不倫相手と密会していた幸夫は悲しむことができずにいた。
そんなある日、幸夫は 同じ事故で妻を亡くした大宮陽一に会い、ふとした思いつきから彼の子どもたちの世話を買って出る。

西川美和監督の作品って いずれも明確な着地点は明示されないんですね。
サラリと見ると、いくらかモヤモヤ感が残るのは否定しません。

でも丸わかり過ぎないトコロ、観客の心に委ねるトコロが、映画ファンから支持される点でもあるんだけど。

その手の映画ってヒリヒリきたりダークだったりものですが、いい感じの微笑ましさを配するのも西川監督は上手いですよね。
あと あまり同一の役者を起用しないのも、その都度 登場人物のキャラクターに多様性を持たせてる感じがして面白いです。
この「永い言い訳」も まさにその西川監督の“らしさ”が活かされております。

キャスティングについては、当て書きというのがありまして。ある役者さんをイメージして脚本を書くという手法なのですが。
西川監督の場合、自身の書いた原作のイメージに、より合った人をキャスティングするのが上手いんでしょうね。

この作品の本木雅弘もそうですし、竹原ピストルさんも超ハマり役。
ちょっとコワモテだけど、真っ直ぐでピュアでいくらか不器用なトラック乗り。素晴らしい(笑)

そして子どもたちの演技も良かったです。
ただしこの場合、西川監督の師匠筋の是枝監督の手法。設定だけ決めて 子どもたちには自由にさせてしまう感じの撮り方やってるみたいですね。
それなら こうなるわな〜という思いと、それで あの誕生日の鍋のシーンを撮ったのはスゴイなとも。

さて、物語の展開や登場人物の心の動き、大方はわかるんだけど。いろんな感想をチェックしても、核心的な部分について コレってのがなくて。様々な受け止め方があるのかな。

妻・夏子が あんなメールを残していた訳。またあれが本心なのか。
幸夫の妻への想いは。そしてあのメールを見て何を感じたのか。
幸夫は何に涙し、なぜあの本を記し、これからどこへ向かうのか。

それから もうひとつ気になったのが、それぞれの髪の毛の長さと、随所にある髪を切るシーンに関して。

夏子が幸夫の髪を切る場面から始まり、終盤では それまで他者には触らせなかった髪を、妻の元同僚にカットしてもらっています。
陽一の息子・真平も季節と共に 髪は伸びていくのですが。最後 中学生となった段階で 驚くほど短くなって。
娘の灯(あかり)は 自分で前髪を揃えようとしていました。父・陽一はずっと坊主だったけど(多少の伸びはあり)。

女性が髪を切ると「失恋した?」「ただの気分転換?」いろいろな意味合いを探られちゃったりするんだけど。
この映画でのそれも、人としての成長や成熟とか。何か意味があるのかな。
結局 答えは見つからないんだけどさ(苦笑)

監督の過去作と同じく、明確な心理表現や明らかな未来は提示されません。
結局 わからないことだらけなんだけどさ(苦笑)

でも アイツだってコイツだって、なんなら自分自身だって。実際の日常の中でも丸わかりの心なんて そんなにないわけで。
露骨な お涙頂戴映画がどこかしっくりこないように、明確すぎないから、より多くの観客に沁みていくのかもしれないね。

今後も西川監督の作品に期待します。
また3年後ぐらいかな?

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♪ ちゃぷちゃぷローリー
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2016年07月07日

日本で一番悪い奴ら

白石和彌
綾野 剛、中村獅童、YOUNG DAIS、植野行雄、ピエール瀧
大学柔道部での腕を買われ、北海道警察の刑事になった諸星。当初は正義感の塊であったが、悪徳刑事・村井から「裏社会に入り込んでS(スパイ)を作って点数を稼げ」とのアドバイスを得る。
やがて諸星は規格外の捜査に乗り出すが、その手法は次第にエスカレートしていってしまう。

2002年に起こった“日本警察史上、最大の不祥事”とされる「稲葉事件」をモチーフにした作品。
一応“フィクションです”とも出ますし、登場人物もモデルとされる人とは違う役名になっています。

でも堂々と「北海道警察」と出しちゃってるけど。その点は大丈夫だったのかしらん(苦笑)

まずは何よりキャストがみな素晴らしかった。
ピエール瀧の“ホンモノ”感。意外と つぶらなお目目の印象のある中村獅童は終始グラサンで 雰囲気バッチリ。
「TOKYO TRIBE」以来となる YOUNG DAIS も、デニスの植野行雄もキャラクターがハマってました。

そして今作でも絶賛の声が多い綾野剛。
「ガッチャマン」の当時は「まぁイケメンの人なんでしょ」ぐらいにしか思っていなかったけど、それ以降の作品はいずれも好印象で。気がつけば 信頼できる役者として認識しております。

大学を卒業後、柔道の腕を買われて警察へ。
北海道警察の柔道部を全国優勝に導いたものの、捜査や事務に於いてはなにもかも上手くはいかずで。

しかし悪徳先輩刑事からレクチャーを受け、刑事とは なんたるか〜とレクチャーを受け、バカ正直にそれを実践。
根っからの素直さゆえ、そっちの道に邁進。みるみる出世街道をまっしぐら。

名前を売るために名刺をばら撒き、やがてススキノを歩けば誰からも声をかけられるような存在に…
って この姿が「新宿スワン」での綾野剛ともかぶってた感じ。

物語的には どんどん上り詰めていってるわけですが、こっちから見てると 自分が落ちるための落とし穴を掘り進めているようにしか見えなくて…笑えます。

目先の悪事を積み重ね、やがては上司からも“それ”を期待され、そのバリューがどんどんエスカレート。
そんな計画が膨らみに膨らんだところで、裏切られ、転落の道へ。

映画は綾野剛演じる諸星が逮捕されるところまでで終わりますが。
モデルとなった実際の事件に関して、裁判や本人の著書を通じて「北海道警 最大の不祥事」がその裏にあることが明かされていきます。

この主人公の男、若い頃には柔道全国大会優勝で道警の名を広め、晩年には最大の不祥事で悪名を広めたというのも因果なものです。

確かに悪いことをしでかしたのは間違いない。
ただ その動機については、ただ真っ直ぐに、純真に、信じた道を進んでいったことによるものだと。そんな印象。

だからといって この不正の数々が許されることは無いであろうし、悪気が無い分 たちが悪いって気がするけどね。

そんな実際の事件がモデルとなっているので、現実離れしすぎた展開こそないものの。悪事のひとつひとつ、人間関係のエピソード、それぞれが滑稽なので。全編面白おかしく見られるのですが。
2時間15分という上映時間も相まって、後半はこちらも疲れてきちゃったな。
楽しめたけど、もうちょっとコンパクトにまとめられてたら。。。

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あぶない刑事(笑)
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2016年04月03日

人魚に会える日。

仲村颯悟
儀間果南、平良優大、木村海良、Cocco
ジュゴンに魅せられ不登校になってしまった結介。担任の良太とクラスメートのユメと裕人が結介の部屋へ行くと、そこには基地移設反対デモのプラカードなどであふれていた。
米軍基地の近くで生まれ育ち、それ当たり前のように感じていたユメだったが、彼女の心にも様々な思いが押し寄せる。

沖縄の基地問題をテーマにした作品。
13歳の頃から映像を作り始めた監督が14歳の頃に書いていた脚本を元に20歳になって製作。
主要スタッフは沖縄の大学生が務めている。

基地問題は基本的には地元・沖縄の問題。
もちろん全国ニュースで報道されますし日米関係と思えば、日本全国、我々の問題とも言えますが。

実際のところ沖縄の人たちはどのように考えているのか。
そういったところが感じられれば〜と思いつつの鑑賞。

ただ 正直言って、映像、脚本、演技など作品としてちょっとアラが多すぎて。
申し訳ないが そっちのが気になっちゃって、本筋まで意識がいかなかったよ。
さすがに もうちょっとなんとかならんかったんか・・・

たとえばソフトクリームのくだりとか、コントにもなり切っていないし。そもそもアレいるか?と。
そして取材として降り立った浜辺で「段取りしてないの?」とか。大人として、メディアとして、普通には考えられない事例を見せらえると、単純にイラーっとしてしまって(笑)
その直後に起こる“怪事件”がショッキングだったのでなおさらもったいない。

飛行機の音が苦手だとする前フリがありながら、バラバラバラ・・・
ヘリコプターの音で耳をふさぐ少女。「昔から飛行機の音が…」
そこは飛行機の音で良くないか?

こういうのイチャモンっていうのかな。
でも他にも室内のシーン、夜のシーンで真っ暗で顔も何も見えないとか。
「アイツ、お前の事好きだったんだ」えっ、いま言う事?とか。
「一緒に暮らさない」えっ、そうなん?とか。

キレイに撮れた写真を見せない、海を見せない。描かれた絵を見せない。
こういうのも感情移入させない要因の一つだったかも。

なれない素人演技が続く中で、中盤に登場する Coccoさんの存在感が大きすぎて。
あれも余計にアラが目立つ結果になっちゃったですね。

そういう気になるトコが多すぎで。
さすがに もうちょっとなんとかならんかったんか・・・


当初は 気にしていなかった基地問題。
でも実は飛行機の音を好まない自分自身の中にも、実は基地問題があったと。
そうしたとき、こんな私にもなにか出来ることが無いかと考え、考えついた答えが・・・
ということでいいのかな。

厳しいことも書きましたが、たとえば「基地反対」といった張り紙に「ホントにこんなことしてる人いたんだ」なんてつぶやいてしまう人もいるとか。
所々でドキッとさせられるセリフが入ってて。

地元の人であり、リアルに直面している人でないと語れないポイントもあったんだよね。
そういう要素は素晴らしかったです。

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かりゆしのセンセイがヤバすww
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2016年02月06日

猫なんかよんでもこない。

山本 透
風間俊介、つるの剛士、松岡茉優、市川実和子
漫画家である兄の家に居候状態のミツオ。その兄が子猫の兄弟“チン”と“クロ”を拾ってきた。
ボクシングに人生を捧げるミツオは そもそも犬派。超やんちゃで超気ままな2匹に振り回されっぱなしだったが、いつしか彼らは極貧生活を支え合う運命共同体になっていく。

なんとも魅力的な猫映画ではありますが、コミックが原作なんですね。
まさに作者自身の自伝的な映画と言っていいのかな。
作者は杉作さん。

ん?J太郎さんではないよね(笑)

ボクサーとしての夢へ向かい、全てを投げ打って漫画家である兄の家に居候を始めたミツオ。
そんな折、2匹の子猫を拾ってきた兄。やんちゃな子猫に振り回されながら、ボクサーとして前進するミツオ。

しかし試合で負ったケガによりボクシングの道を断念。
いつしか兄は結婚を決め、猫を残して家を出る。そして残されたミツオと2匹の猫たちは…

ストーリーとしては決して突飛なものではありません。
軸となるキャストも決して多くはありません。
でもしっかり楽しめましたよ。

猫を相手にのびのびと演技をする風間俊介に好感。
飄々とした兄、つるの剛士。「猫ならしょうがない」というスタンス(?)の大家さん、市川実和子。いずれも らしくって良かったです。
松岡茉優はそもそも好きなのですが。圧倒的な美人じゃないキャラ。でも知識があって真面目で、ちょっと人付き合いに奥手みたいな感じがね。

それはそれとして、やはりこの映画の最大にして最高のポイントは…当然猫たちですよ。

ドタドタと部屋を走り回る姿。寝ようとして布団をめくりあげたときに飛び込んでくるあのタイミング。絶妙。
それ以外にも子猫の習性や“あるある”みたいな猫写…いや描写の一つ一つがカワイくって印象に残ります。

聞いた話だと その秘訣は猫たちに演技を期待しなかったと。猫たちにやりたいようにさせつつ、それに役者たちが合わせるような。そうしていくうち その思いが通じたのか、猫の魅力がを最大限に引き出すことができたようです。

猫モノの映画多々あれど、猫のクオリティは最高レベル。猫好きは大満足だと思います。
もしかしたら“猫派”ではない方も 主人公と同様、次第にやられちゃうかもしれませんね(^-^)

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猫にゃんかよんでもこにゃい。
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2015年09月07日

野火

塚本晋也
塚本晋也、リリー・フランキー、中村達也、森 優作
第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。敗戦が色濃くなる中、結核を患った1等兵の田村は野戦病院行きを命ぜられる。しかし多くの負傷兵を抱える病院には相手にされず、元の部隊からも追い出され、照りつける太陽の下で空腹と孤独と戦いながら島をさまようことに…

戦後70年。そして安保法案の是非が問われている今。
単館上映ながら、若者を中心に 非常に話題になっているという作品。先日、NHK「ニュース9」でも取りあげられたほど。

テーマとしては戦争の悲惨さ。作品を通じて戦争について考えてもらうという事なんでしょうが。
とはいえ、数多の戦争映画のように ストレートに戦争の悲惨さを描くのではなく、パーソナルな視点でそれが表現されています。

この映画に限っていえば、(厳密には)そこがどこなのか、なぜこのような状況下に置かれているのか。どこへ向かおうとしているのかも ほぼほぼ語られてはおりません。
戦地に残され、もはやその存在は浮遊霊のように、行くあてもなく さまよう兵士。
そんな兵士の過酷な状況や心情を通して、戦争の何たるかを問うています。

ただ わたくし自身が少々集中力を欠きながら鑑賞したこともあり、また公開1ヶ月も過ぎ なんとなしに情報が入ってきちゃってることもあってか、正直さほどの衝撃は受けなかったですね。
厳しいことを言うならば、低予算ながら でき得るこ最大限のことをやっているんだなと。余計なことを思わせたりで。

終盤の 深夜に一気に移動を…というところで敵軍の集中砲火に遭ってしまうという場面。
光と影、音、そしていくらかグロい描写で表現されているんだけど。敵軍の存在が映されない分、想像力も働く一方で 妙に寓話的に感じられたりもしてしまって。
それまでが 暗い映像が多かったこともあり、悲惨さプラスαが見えちゃったんだよね。

そしてその後の展開。
極限状態のなかでサルの(とされる)肉を口にさせられ、それで命をつなぐことになるわけですが。
ただ前述の通り ちょっとそこそこ事前情報のある状況で、はたしてこれが何を表すのか。センセーショナルな表現なのか、異常な行動であるのか。あるいは だから戦争は反対なのか。
いくらか 受け止めに困る要素でもあったですね。

あと こまかいことをツッコむなら、冒頭で咳き込みながら肺を患っているとした主人公が、ろくな養生も受けないまま、たいそうな過酷な状況下でありながら その後は病気を感じさせる描写がなかったのもちょっと気になりました。

一方で、リリー・フランキーの醸す独特の雰囲気、中村達也の存在感は間違いなく映画のクオリティを高めておりました。

厳しいことも書きましたが、このような映画って変に山場を作っちゃってエンタメ寄りになっては戦争の厳しさが伝わらない。ドキュメントで事実関係を追うだけではハートに刺さりにくい。
いち個人の目の前で起きた、あるいは巻き込まれた 等身大の過酷さや恐怖を届けてこそ。

ただわたくし的には決してストライクではなかったのですが。
結果、今どきの若い人たちが戦争について思いを馳せ、何かを考えるきっかけとなったのかな。

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のびのびた
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2015年08月23日

ナイトクローラー

ダン・ギルロイ
ジェイク・ギレンホール、レネ・ルッソ、ビル・パクストン
定職を持たないルイスが、たまたま出くわした事故現場で ナイトクローラーと呼ばれるパパラッチの姿を目にする。さっそく自らもカメラを手に入れ、カメラに収めた映像をテレビ局に売ることに成功。
しかしテレビ局からは より刺激的な映像を求められ、それに応えるべく ルイスも過激な手段を取りはじめる。

アメリカでは様々な事件現場にカメラを持って出向き、イチ早く現場を撮影し、テレビ局に売るという“報道パパラッチ”なる職業があるんですな。
よく凶悪犯が車でハイウェイを逃走し、その様子を上空からヘリで追い続ける…なんて映像も見ますが。それらも報道パパラッチによるものなのかな。

日本ではスマホの動画、車のドライブレコーダー、あるいは防犯カメラの映像がニュースに登場します。が、それら報道パパラッチ専門で〜という人はおらんやろね。
逆にいえば、それほど犯罪の起こらない平和な国である証拠かな。

主人公はそもそも無職の男・通称ルー。それがナイトクローラーの存在を知ったことで、見よう見まねで そこに参入していくと。

ビギナーズラックというべきか、いきなり捉えた映像がそこそこの値段で売れまして。味を占めて次々に現場へと挑戦していきます。
とはいえ初めの映像も、ルール無視(そもそも知らない)で被害者に接近したのが、買い手の女性ディレクターの志向にマッチしたってのもあるけれど。

そして次第に、よりセンセーショナルな映像を押さえるべく、彼の行動もエスカレートしていくわけですが。
車の事故で倒れている被害者を、ヘッドライトが当たる、いわば被写体が見やすい位置まで引きずり撮影するルー。

カメラを頭上高く差し上げて撮影するその姿を、映画ではルーのバストショットで、なおかつカメラが映らない手首までで映してありまして。
これが まるで新たな発見をしたかのような、何かに勝利したかのような、バンザイにも見えるんだよね。

そのようにして“一線を越えた”ルーの手法は過激の一途をたどり。
大金をせしめ、その一方で助手がひどい目にあうという。そんなことになっていきます。

何と言ってもルーのキャラの不気味さが際立ちますね。
ギョロ目でどこか笑みを含んだような口元。女性ディレクターを食事に行く場面ではイマイチ 何を考えているのかつかめず。
どのような経歴の男なのかはわからないけれど、駆け引きや状況判断力に異常に長けていたり。
これは金になると思えば 突き進むことも、ビッグマウスも、人の命もいとわない。

そんな彼が仕掛ける罠、そしてラストシーンの(事業)展開。なかなか後味の悪いものでしたね。
ですが、ひねくれた見方をするならば痛快とも思えてしまうのがタチ悪いんだけども。

そんな印象を放ちつつも、走る車や夜の情景をスタイリッシュに見せるものだから。そこに騙されちゃってるトコもあるかもだけど、映画としては考えさせられながらも 見応えのある一本になっております。
予想以上に見て良かったと思える作品です。

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無いと苦労らー
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2015年06月15日

予告犯

中村義洋
生田斗真、戸田恵梨香、鈴木亮平、濱田 岳、荒川良々
新聞紙製の頭巾を被り、法では裁けぬ悪や罪への制裁をネット上で予告し実行する“シンブンシ”。集団食中毒を起こしながらも開き直る食品加工会社が燃やされ、政治家の殺害予告までも。
吉野絵里香ら警視庁サイバー犯罪対策課は映像を解析し、シンブンシが単独犯ではなく複数犯であることに気付く。

社会的な問題を事件・サスペンスに絡めつつ、エンタメとして仕上げてみせる中村義洋監督。その最新作です。

新聞紙で作ったマスクを被り、ネット上に予告動画を投稿。翌日に実行して見せるという“集団”。
ネット動画、ツイッターでの反応、“支持する”と“支持しない”で世論を巻き込む。いかにも今どき〜という感じですね。

派遣労働者の待遇というのも この物語の起点となっておりまして、そこもかなりタイムリー。

確かに今の時代、一概に正しいと言いきれない事例も非常に多いです。
“制裁”といった行為は決して認められはしませんが、保身の下に誰かを傷つけるなんて行為はやはり許せません。

そういう意味で、序盤に描かれたいくつかの制裁行為は(現実ではありえないだろうけど)映画としてある意味“痛快”ではあります。

んで“シンブンシ”と呼ばれる、これらに携わっていた彼らの真の目的というのが別にありまして。
要約すると、彼らの同志ともいえる存在の願いをかなえてやることだったわけですな。

あぁそのために。あぁそのためにこんなことを…
なんて胸アツなエピソード…

などと単純に感動できなかったわたくし。

同志である“ヒョロ君”のためはわかるんだけど。
その件と、社会の悪とかただのバカをぶっ飛ばすことと、自決行為が 感覚的な部分でどうも一本の線につながらない。
広い意味での制裁というなら、ゲイツの元の会社にも何らかやってほしかったり。願わくば、臓器売買というシステム(!?)にも 一石を投じてほしいなどと思えてしまって。

とにかくブツ切りの美談が わたくしのなかで相乗効果を得られず、どこかいびつな印象になってしまい、感動にまで至らなかったですね。

またそれぞれのケツの拭き方も、ゲイツの野郎 一人でカッコつけやがってみたいに感じてしまうし。他の3人は“約束を守って”首謀者はゲイツだと言ってのけるんですが、それも裏切りに思えてしまうんだよなぁ。
彼らの絆って、深そうで浅かったのか。

ワシの想像力が貧困なのかいな!?

ストーリー展開、そして全体の雰囲気も悪くないです。お好きです。
でも核となる部分が イマイチ腑に落ちないというのが、わたくしの印象。

一方、良かった部分でいえば、役者陣はみな素晴らしかった。
シンブンシの4人はもちろんですが、ヒョロ役の新人さん福山康平も。
それから宅間孝行さんにも自然と目がいきましたね。

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生田斗真ってダークなキャラ多いよね
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2014年04月01日

ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅

アレクサンダー・ペイン
ブルース・ダーン、ウィル・フォーテ、ジューン・スキッブ
100万ドルが当たったという通知を受け取ったウディは、遠く離れたネブラスカまで歩いてでも賞金を取りに行くと言ってきかない。
息子のデイビッドは ただのインチキだと思いながらも、父の様子を見兼ねて一緒に車で旅に出ることに。

アカデミー賞6部門ノミネート。そしてカンヌでも賞を取っているということで期待をしていたんですが…

わたくしがとても眠たかったこと、全編が白黒映像であること、そして穏やかなストーリーだったこと。諸々の事情によりノッていけなかったですね。

とにかく字幕を読みながら目が閉じてしまう。
寝る前に布団に入って雑誌に目を落としつつ、気付いたら落ちてる〜みたいなパターン。

ちなみにアレクサンダー・ペイン監督は小津安二郎や黒澤明をリスペクトしており、この作品もそれらの影響を受けての作品。
白黒での映像、家族の物語、何もない田舎町を舞台にしている なんて辺りは、まさにそういうことらしいです。

逆にわたくしは そういった作品に触れてきていないので、なおさら刺激を受けなかったってかな。

唯一印象に残ってるのは、丸顔で少々キツい言葉も吐くお母ちゃん。
あのキャラクターだけはインパクトありまくりでしたわ。

長い時間の暮らしの中で、互いにそんなに踏み込むことのなかった父と息子が、小さな車の中で、また何もない父の故郷で共に過ごしていくうちに、宝くじよりも大切なものを手に入れる。そんな作品。
ラストも ほんわかと優しさを感じられる結末に持っていってるんだけど、なにぶん わたくしの集中力がなさ過ぎて。
ここまでしか書けません(苦笑)

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テブラっスカ?
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2014年03月04日

猫侍

山口義高
北村一輝、蓮佛美沙子、津田寛治、寺脇康文
かつて百人斬りと恐れられた斑目久太郎。しかし今ではしがない浪人暮らしの身。そんな彼の元に、敵対する一家の親分が飼っている“猫”を斬れという仕事が舞い込む。
渋々依頼を引き受け屋敷へと踏み込むと、愛らしい一匹の白い猫が久太郎を見上げていた…

『ねこタクシー』や『幼獣マメシバ』などの動物ドラマシリーズ10作目とのこと。
テレビ版を見ていたわけではないけれど、猫大好き、そして北村一輝も好きな役者だし。これは押えておくべきでしょと。
いざ見に行ったら、津田寛治、寺脇康文、温水洋一、小野寺昭と 結構いろんな人が出演しておられてちょっとビックリ。

でも…でも…一番の目的は かわいい猫を見ることだったりして(笑)

そんなこんなで深く考えずに見ていたわけですが。久太郎が介錯人としての自分に迷いが生じた理由ってのがハッキリとはわからなかったんだけど。
弱い?優しい?心が芽生える中で出会った白い猫に、それまで感じなかった“癒しの感情”を覚え、それが家族愛・父性へとフィードバックされていきます。
それに、猫も家族だもんね。

キリリと眉毛を吊り上げながら「猫…猫…」としか語らない寡黙な久太郎。しかし その心の声は妙に雄弁だったりして。
あのナレーションも北村一輝がやってたのかな。声だけだと若干印象が違ったんだけどね。
それからナレーションだけでなくって 微妙な歌声も心を揺さぶったんだけど(苦笑)

さて そんな「猫侍」のもう一匹の主人公・玉之丞。
この真っ白いネコちゃんがまた可愛かったぁ。しかも演技がお上手。
食べ物に興味を示さないシーン、上目使いに久太郎をみつめる仕種。抱っこされてる時もおとなしくしてるし。

そして殺陣の場面で久太郎が玉之丞を抱きかかえたままチャンバラする場面があるんだけど、あんな動きをしてる中で そのままジッとしてる猫は初めて見ましたよ。
個人的には 刀と刀で命のやり取りをしている図の中に、カワイイ猫がいることの違和感。若干のシュールさを伴っていて、実に印象深かったです(笑)

妻と子供を残し、一人でもう一度 侍としての矜持を取り戻さんとする男が猫と出合い(猫泥棒?)、やがて猫も家族の一員だと悟り、ふたたび家族の元へ帰っていくというストーリーも良かったんじゃないかと。
正直 前半は弱いかな〜とも思ったけど、終わってみれば しっかりほっこりさせてもらえた作品。
猫好きであれば見て損はないですよ(^-^)

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この時代にも猫の貯金箱ってあったの?
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2013年09月02日

猫と電車 -ねことでんしゃ-

香西志帆
篠原ともえ、藤真美穂、安達雅哉、梶剛
自称・キャラクター作家の雫は友だちの家を転々とする‘野良ねこガール’。しかし最後の親友の結婚が決まり、いよいよ一人での生活を決意。
ところがその思いとは裏腹に、雫は様々なトラブルに見舞われる。

あいち国際女性映画祭での上映と、香西志帆監督、篠原ともえ、藤真美穂によるティーチインも見てきました。

本職は銀行員という女性監督。社内報などを長く手がけてきた縁が元で映像製作に携わり、今作が10本目にして初の長編。
本職との兼ね合いなんでしょう、篠原ともえを香川に招いての撮影期間はGW期間中1週間だったとか。

脚本を読んだスタッフが「これは篠原さんしかないでしょう」と即決のキャスティング。
実際、放浪しつつも明るさを失わないデザイナーという役どころはピッタリでしたよ。

それぞれの生き方をめぐり衝突する雫と姉の遥が、亡くなった母親にまつわるエピソードを打ち明けて心を通い合わせると。
また同じような境遇の兄弟との交流に、雫のデザイナーとしてのストーリーも。

OLの遥とデザイナーの雫という2人のキャラクターは、銀行員でもある香西監督の分身なんですかね。
堅実に日々を生きていくことと、どう転がっていくかわからない作家としての夢。今現在、両立している監督の苦労と苦悩が感じられますね。

夢という点では、住処を追われた雫が公園に現出させたケーキ型のダンボールハウス。あれは夢が詰まってる思いがしたね。
あんな場所で遊ぶこと、だれもが子供の頃に夢みたと思うし、そんな感覚が大人である雫と遥が嬉々として ウエディングケーキを用意するシーンにつながっていくわけで。
いくつになっても、夢は見たいのだよ。

幼少時代の雫を演じた女の子が ものスゴくかわいかったんだけど、この作品を通じて女優魂に火が点いたらしく。その後、様々な映画やドラマで活躍してるとか。
もしかしたら芦田愛菜ちゃんに続くスターになっていくかもしれません。

チョイチョイ映像は出てきましたが、本筋に猫が登場することはありませんでした。ネコ好きなわたくしにはそこのところが少々物足りなかったかな。
しかし「猫と電車 -ねことでんしゃ-」というタイトルの中には、舞台となっている香川の鉄道‘ことでん’が入っていると聞きまして。その遊び心にすくわれた感じ(笑)

最後に…
主人公の「わたやしずく」をアナグラムにすると「わたしクズや」となるな〜と気になっちゃって。
ティーチインの際にそんな話をぶつけてみたら苦笑いされました。
わたくしが深読みし過ぎでした(笑)
posted by 味噌のカツオ at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月16日

嘆きのピエタ

キム・ギドク
チョ・ミンス、イ・ジョンジン、ウ・ギホン
債務者に重傷を負わせ、その保険金を利子としてかすめ取る。非道な取り立て屋・ガンドは親の顔を知らず、天涯孤独に生きてきた。
そんなガンドの前に 彼を捨てた母だと名乗る謎の女が現れる。当初は疑念を抱いてはいたが、女性から注がれる愛情に次第に心を開いていく。

良くも悪くも、キム・ギドクの映画はキム・ギドクにしか作れないって気がしますね。
男・女・性・暴力・金・悪意…それらのキーワードをどのように組み合わせていくか。
この作品も同様で。ただ主人公がしゃべったので「おっ」と思ったけど(苦笑)

良くも悪くも、この空気感はキム・ギドクにしか作れないものでして。
日本人のわたくしからすると、本当にこのような状況は現代の韓国にも存在するのかな。
どうやっても生計を立てられないんじゃないかと思いたくなるような自営の部品製作所とか。暴利で債務者を苦しめ、体を傷つけさせては保険金を奪い取る貸金業者とか。

あるいはこのフィルムに映っているもの全てが、キム・ギドク監督の思想を繁栄させた寓話なのか。

そうやって考えていくと、映画として なかなかストレートに受け止めにくかったり、結構なエネルギーを要したりするわけで。
惜しむらくは、わたくしが疲れてる状況で今作を鑑賞してしまったことでして。

それであっても、ここに描かれた人のおかしみや不条理さは感じました。
そのうえで、「こんな人間どうなってもいい」なのか、「それでも人の子じゃないか」なのか。やはり受け止め方は難しいね。
そこは見た人によって思いも違うだろうし、同じ人でも見た時によって感じ方も変化しそうだし。

「キリストの亡骸を抱く聖母マリア」のことを‘ピエタ’と称するそうですが…
チラシに写っている女性が誰で、抱えられた男性が誰なのか。
それすらもあやふやな気がするね。

2012年 ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞受賞作品。
余談ですが、母親を演じたチョ・ミンスが岸本加世子さんのイメージとちょっとダブって見えました。

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タイガー戸口はキム・ドク
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2013年02月22日

脳男

瀧本智行
生田斗真、松雪泰子、二階堂ふみ、江口洋介
無差別連続爆破事件を追う刑事の茶屋は犯人のアジトを突き止め、一人の男の身柄を確保する。“鈴木一郎”と名乗るその男は精神鑑定を受けることになるが、担当となった精神科医・鷲谷は彼の態度に違和感を覚える。

日本テレビが製作に関わっておられるので、きっと1年後ぐらいに「金曜ロードショー」でやるんかな〜とも思いますが…
実際、結構キツめな描写もありまして。んーその点どうなんでしょ!?

そんなことを考えちゃうぐらいの場面があったり、次々に人が死んだりします。
おぉ、あらためて思い起こせば ほとんど死んじゃってるよ。

さて、映像としてバスの爆破や 後半の病院の爆破のシーンは迫力十分です。ここは間違いなく見応えアリ。
生田斗真くんのビジュアルも洗練されてて、その点も文句は無いです。

が いかんせん、作品のテーマがなんかわからない。芯がハッキリしていない。
善と悪?という割には その他のキーワードが多すぎて、見てても集中できないよね。

主人公・脳男(このネーミングもどうかと思うが)の生い立ちや感情の物語がありつつ、精神科医(松雪さん)の家族に関わる過去の物語があり。
そこに現在進行形の爆弾事件がかぶさってきて。

この縦軸と横軸を越えた向こう側に、善と悪というテーマがある…ようには感じられなかった。なんか全部バラバラのお話をゴテゴテに張り合わせたみたい。
善と悪で考えるなら、バットマン・ダークナイトのが断然わかりやすかったけどね。
ストレートにメッセージが伝わらないというのは惜しいなぁ。

それと関連するかはアレだけど、どこに爆弾があるかわからない状況で、建物の中に入るのは非常に危険だと思いました。
しかも、病院の職員が爆弾処理班を案内するとは。。。危ないって。

あと 車にバンバンはねられてるのに 何度も立ち上がってくるのも興醒め。痛みを感じない肉体と、身体の耐久力は別だと思うんだが。
そういう説得力の無さも、この作品を陥れてる一因じゃないかしらん。

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悩男
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2012年11月06日

のぼうの城

犬童一心、樋口真嗣
野村萬斎、佐藤浩市、山口智充、上地雄輔
戦国末期。天下統一を目前に控えた豊臣秀吉は、小田原城の支城である忍城(おしじょう)を落とすよう、家臣・石田三成らに命じる。
“のぼう様”と呼ばれ、領民からの信頼も厚い忍城の城代・成田長親は わずか500人の軍勢で、2万の軍勢を誇る秀吉軍を迎え討つことを宣言する。

聞いた話では8年も前から構想はあったそうで。しかし その進行やら撮影規模からするとそれぐらいの時間はかかるのかなと思ったり。
さらには昨年起きた東日本震災の影響もあって、予定されていた公開が延期になり、1年半の時を経て やっと日の目を見ることができた作品です。

その公開延期の要因となったのは、ストーリーのある意味‘肝’とも言える水攻めの描写について。
決して大きな見せ場とはなっていなかったように思えましたが、もしかしたら当初の完成版よりも若干カットされてるのかもしれないですね。
それでも やはり当時のニュース映像の記憶とシンクロされて、複雑な気もしますね。

震災のちょっと前に公開された「ヒアアフター」という映画は、モロに津波のシーンがありまして。結局公開中止になりましたからね。

でも決してそんなつもりで製作してるわけではないので、こればかりはしょうがないんだけど。。。

それはそれとしましてですよ。
わたくし歴史には疎いもんだから、この手の物語は心底楽しめなかったりもします。
なんちゅうか登場人物の名前が覚えられなかったり、当時の言葉や言い回しの意味がすんなり理解できなかったりで。
ですが この「のぼうの城」は、思いのほか その世界観に入っていくことができましたですね。
なんだろう?アクの強い人たちがハッキリした意思を表現させてたからなのかな。

何より萬斎さんの声質、語り口、さらにアクションも含めてですが、受け止めやすくて わかりやすいんですよ。狂言師やら役者である以前にエンターテイナーですよ。
その一挙手一投足に意識が奪われっぱなし。

戦(いくさ)の不利な戦況を打開するべく、のぼう様の取った作戦は なんと踊ること!!
でも その殺伐とした状況下で、敵味方の分け隔てなく視線を引き付けていく、さらには見るものをも踊らせる。それができるかできないかはともかく・・・実際に映画を見てる観客もその気にさせてしまう踊りのリアリティが確かにありましたね。
ホントにあの船の上のシーンは面白かったですよ。

例えは変かも知れませんけども、あれぐらい人を引き付けられる力を持った人ってのが、今の混迷した日本、ひいては世界の中でも求められるんじゃないかしら。
政党が細分化して 各々がバラバラの方向を向いてしまっているこの時代。それらを一つにまとめ上げるリーダーが必要だなと。

のぼう様のやってみせたことは下ネタの馬鹿げた踊りだけども、その根本には農民や部下や側近かの信頼があるわけで。そしていざとなれば、己の体も犠牲にしてしまわんとする意気。
今の時代と表裏って感じしましたね。

萬斎さん以外のキャスティングの妙と言えば、やはりぐっさん・山口智充ですね。あまり映画やドラマで見た印象無いけれど、ガッシリしたカラダに白い眼がハマってました。
そして上地雄輔も「この人こんな役できるんだ」と素直に思えるぐらい好演。 わたくしの中で株上がりましたよ。
あとは今よりずいぶんと若い(笑)芦田愛菜ちゃんも女優してたね。

そしてエンドロールでは舞台となった地域の 今の情景が映し出されて。あぁここに歴史があるんだな〜ということも感じさせてくれます。
大きなスケールで、時代モノとしてのエンターテイメント作に仕上がっております。
2時間半の間 まったく飽きさせない力量は素晴らしいの一言。楽しかったです!!
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2012年01月22日

ネコを探して

ミリアム・トネロット
主人公の女性の子猫・クロが行方不明になってしまう。その子猫を探すうち、彼女は時空を超えた世界へと旅を続け、様々な猫たちと出会っていく。

フランス在住でドキュメンタリーなどを手掛けている映像ジャーナリスト、ミリアム・トネロット監督。2009年製作のフランス映画ということになります。
ですが舞台はフランスにとどまらず、日本をはじめ世界中に、また現代だけでなく過去にまでさかのぼり、人間と猫の関係を探っていきます。

‘日本をはじめ…’と書きましたが、実際に日本に於けるお話の比率は結構大きくありましたね。
絵画の中に猫が描かれるようになったのは日本人作家の影響があったですとか、水俣病の発見に際し多くの猫が犠牲になっていたとか。あと話題のネコ駅長・たまちゃんも登場します。

海外でも古くから駅舎にネコが住んでいたという話がありまして。
電気ケーブルなどをネズミがかじって破損させたりショートさせたりを防ぐ為、駅員と共にネコが目を光らせているだとか。

ミネソタ州では‘キャットハウス’というものがあり、訪れた客が風俗嬢(アメリカではキャットと称されることもある)ではなく 本物のネコちゃんとお泊りをする施設があるとか。

飼い猫の首輪にカメラを搭載し、ひとりで外をブラブラしている間の写真を撮り、そのネコがどこを散歩してきたのかを確認できるなんておもちゃ(?)も紹介されてました。
うん、ワンちゃんは人間と一緒に散歩するけど、ネコは勝手にあちこち行ってふいに帰ってきたりしますからね。このカメラで確認したいという気持ち、ネコ好きにはよくわかります(笑)

いろいろ興味深い話も多かったんですが、トータルでは何か…響いてくるものが乏しかったというか…

その時と場所を超えた旅の舞台が地続きになっていて。切り替えポイントがあいまいで、気が付いたら全く別のエピソードになっていたり、どこの国なのか何の話なのかが少々わかりにくかったですね。

作品的にも人間の悪しき部分というヤツにスポットが当てられていたりしまして、必ずしもネコ賛歌たるようなものではなかったのでね。
「もっとネコのことを知りたい」「かわいいネコちゃんが見たい」というネコ好きの欲求を満たすようなモノではありませんでした。
そういう意味での期待はずれ感は拭えないですかね。。。

そして、ナレーションが女性によるフランス語の語りだったというのが、どうも眠気を誘いまして。それも集中力をそがれる要因だったかな!?
正直 途中からウトウトと。まぁ‘寝子’と書いて‘ねこ’ですから(苦笑)

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‘おくりねこ’には来てほしくないか(苦笑)
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2012年01月04日

ニューイヤーズ・イブ

ゲイリー・マーシャル
ヒラリー・スワンク、サラ・ジェシカ・パーカー、ロバート・デ・ニーロ
1年で最も煌びやかな大晦日のニューヨーク。カウントダウンイベントが行なわれるタイムズスクエア。さらには とある病院やパーティー会場などで繰り広げられる、8組の人々による群像ドラマ。

戦争でボロボロになった日本が立ち直らんとするとき、そこにはアメリカへの憧れがあり、アメリカの影響が大きかったわけです。
映画やドラマで見るアメリカ人のおじさんみたいに渋くキメたい。アメリカ人のお姉さんみたいにセクシーでキレイになりたい。

そんなアメリカ人の家族の生活。みんなが集って大きなチキンとマッシュポテトを食べ、特大グラスにミルクが入はいっとるのです。暖炉もあって家の中があったかそうです。
そんな幸せへの憧れが、我々の心のどこかに刷り込まれていることは間違いないっしょ。

この「ニューイヤーズ・イブ」という作品。
誰が主演という訳でもない豪華なキャスティング。予告編の映像から受けた華やかな雰囲気。
明かに「これを見ればみんなHAPPYになれるよ」というテイストがあふれています。

ということで、わたくしも‘ソレ’だけを期待して見て来ました。
ファーストディ料金の元旦です。「ニューイヤーズ・イブ」のニューヨークで何が起きていたのかを知るためです。

ストーリーはイチイチ書きだすと面倒なので割愛。
群像劇なのでいくつものドラマが同時進行していきます。
もしかしたら、そのどれかひとつのエピソードだけをピックアップして引き伸ばしても、90分ぐらいのライトなラブコメは作れましょう。
でもそうじゃなくて、いくつかのエピソードを様々なスターが紡ぎだす事こそが、こんな映画の楽しみ方なので。

小さなトラブルや思い通りにならない事も乗り越えつつ、みんなで「A HAPPY NEW YEAR!!」と叫ぶと。
言ってしまえばそれだけなんですが、そのことこそが やっぱり幸せだったりするんじゃないかな。ささやかだけど。

紙ふぶきが4〜5枚舞っていても何とも知れませんが、それが大量に空から舞い降りてきたら感動しちゃうんだよね。

この手の作品は過去にもいくつか製作されていますが、見る側として、否定的な見方をしてはいけません。さらに申せば、ニュートラルなスタンスでもアカンでしょ。
確実に幸せを受け止めたいと。HAPPYを分かち合いたいと。それぐらいのハートで向き合ってこその作品です。

ホラー映画とは怖いもの見たさで見るもの。ホントに怖いの苦手だったら見ちゃダメです。
それと同じく、この作品も露骨なまでに幸せオーラ出してるわけだから(笑)

日本ではありえない規模のカウントダウンの盛り上がり方。これぞアメリカ式のド派手なバカ騒ぎ。米国サイコー!!
おっと、エンドではNG集みたいのもありまして。とことん楽しめる作りにしてあります。

そんな期待通りの展開で、わたくし的には100%楽しめた作品でした。


余談ですが、帰宅後に夜のニュースで‘リアルな’ニューヨークのカウントダウンの映像が出てました。映画で見たのといっしょだ。
ちなみに この映画は一年前のカウントダウンの際に撮影を行ってたそうです。そりゃリアルなはずだわね(笑)

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ボール・ドロップとは おとしだまのこっちゃ
posted by 味噌のカツオ at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする