2017年07月21日

ひだまりが聴こえる

上條大輔
多和田秀弥、小野寺晃良、三津谷亮、高島礼子
中学時代に難聴を患って以来、周囲となじめないまま大学生となった航平。ある日、彼は大学の裏庭で、太一と出会う。
やたら明るくて思ったことをすぐに口に出す太一と次第に打ち解けていく航平。しかし、彼との距離が近づくほど期待と不安が募っていった。

“難聴の大学生と明るい同級生との温かな関係を描写したBLコミック”が原作とのこと。
どうしてもBLというワードの先入観込みで見てしまうわけですが、実際にはそれほどベッタリな風でもなくって。

その筋の方向けには ひとつの売りになるであろうBLテイストというのは ほぼほぼ感じられず。
「だから、そこがいいのよー」という声が聞こえてきそうではありますね。

ちゃんと物語に寄り添うとするならば、難聴を患っている方のエピソードとして、それはそれで見るべき点、考える点があったと思います。
全く何も聞き取れないということでもないとか。手話というのも一つの“手段”ではありますが、何やらファッション的にそういうものが扱われていたり、聴力の弱い方みんながみんな手話やってるのかっちゅうとそういうことでもないんだとね。

そういう部分を知ってか知らずか。あるいはただ美味い弁当が食いたいだけなのか。航平にやさしく向き合う太一。そんな彼に対し、他者に感じるものとは違う感情が沸き上がっていく航平。

ただし、男子同士の関係性で、感謝とか感情の高まりをこのような感じで表現することは…ないのかなと。リアルには思うわけですが。
これが女子同士ならどうなのかわからんのだけどね。

でも そこにある感情がとてもピュアであることが、この物語のファンには たまらないところなんでしょうな。
んで紗がかかったような映像も それに拍車をかけていたですかね。

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あの呼び出しにはキレて正解ww
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2017年07月08日

ハクソー・リッジ

メル・ギブソン
アンドリュー・ガーフィールド、サム・ワーシントン、ルーク・ブレイシー
「汝、殺すことなかれ」との教えを心に決めていたデズモンドは、衛生兵として国に尽くさんと陸軍に志願する。しかし銃撃の訓練を頑なに拒否し続け、最終的に軍法会議にかけられるが、とある助けを得てその主張は認められる。
やがてデズモンドら兵士は“ハクソー・リッジ”での戦闘に参加することになる。

名優であり、名監督でもあるメル・ギブソンが10年ぶりにメガホンを取った作品。
この10年の間に何があったかはアレですが。

そもそもメル・ギブさんは敬虔なクリスチャンで。かつてはキリストの苦難のみを描いた「パッション」なんて作品も監督しました。
今作でも聖書は象徴的に登場しますし。根本にあるのは、そんなキリストの教えなんでしょう。

「汝、殺すことなかれ」
ざっくりいうと、自身の手で人を殺めることはしない。決して銃を手に取らない。

しかしどうにか この戦いの力になりたいと、主人公のデズモンド・ドスは衛生兵となることを志願。
紆余曲折ありながら、彼は衛生兵として戦いの最前線に入っていくわけですが。

舞台となるのは沖縄。アメリカと日本との戦い。
実際には150mからなる崖の上。

タイトルの「ハクソー・リッジ」を直訳すると“ノコギリ崖”というもので。
その名称から どのような地形かはイメージできるかな。

(映画の冒頭部分にも少し出てくるのですが)終盤はそのハクソーリッジでの戦いが描かれているんだけど。
前半では訓練の様子も出てはきますが、いざ実際の戦地で火ぶたが切られると、それどころじゃないというのがよくわかります。

やたらめったら敵を撃ち、次々に仲間がやられ。「衛生兵〜!」と呼ぶ声も間に合わんだろうと。
互いに銃を持ってはいるけれど、銃って そんな至近距離で撃ち合うものなのか?と。そんなことを思わずにはいられません。

そんな戦火の状況を、映画的に これまでにないエゲつなさで表現しておりまして。
この手の映像に“耐性”がないと厳しい…いや、無理でしょうね。
それぐらいに生々しく痛々しくて。手法として徹底しておりました。

過去にも戦争を描いた作品は多々ありますが。
これは史実に基づいた、なおかつ日本も絡んでいる戦いということもあり、様々な感想が漏れ聞こえてくるわけですが。

一部には日本を悪く描き過ぎだとか。実際には民間人も犠牲になっているはずだとか。主人公の美談に終わっているとか。。。
いろんな意見ありますが。

実話が元になっていて、デズモンドがテーマの作品なんだから、彼の功績について描くのは映画の作りとしては当然でしょうし。
日本兵を悪として…という意見に対して、わたくし的には これっぽっちもそれは思わなかったな。
それは日本人が日本びいきで見た結果のことでしょう。

どちらにも相当な犠牲が伴ってはいるわけだし。
ぶっちゃけ米軍が〜日本軍が〜というよりも「戦争アカン」という、そっちの方が強く印象に残ったわ。

それはそれで素直な感想だけども。
デズモンドの純真な思い、また映像のインパクトと比較して。
良くも悪くも思想の部分のメッセージ性は印象に残りにくかったとは言えるかもね。

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ハクソー?吐きそう?
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2017年06月08日

ブルーバレンタイン

デレク・シアンフランス
ライアン・ゴズリング、ミシェル・ウィリアムズ
結婚7年目を迎えたディーンとシンディ夫妻。娘と共に3人で暮らしてはいるが、資格を取って忙しく働く妻シンディに対し、夫ディーンの仕事は順調ではない。互いに不満を抱えながらも、何とか平穏な家庭生活を守ろうとする2人。
そんな彼らにも、夢中で愛し合った時期があった。

製作は2010年。日本公開は2011年4月23日と記録が残っています。
6年経って、DVDにて鑑賞。

主演は今を時めくライアン・ゴズリング。そして あの「ダークナイト」のジョーカー役だったヒース・レジャーとの子どもを持つ ミシェル・ウィリアムズ。

この作品をとても評価する声がある一方で、好みではないとか、面白くないとか。そういう声もあるようで。
ライアン・ゴズリングとミシェル・ウィリアムズがゴールデングローブ賞にノミネートされたそうだけど、受賞には至っていないというのは まさにそういう評価の裏付けとも言えるのかな?

一組の夫婦が、その関係の終焉を迎える物語。それと並行して、とある男女が出会い、その関係を深めていく様が描かれています。
もちろんその“男女”というのが その“夫婦”なわけであって。

もっとも恋が深まっていく描写と、離れてしまった男女間が崩れていく現実。
それを同時並行で見せることで、より感情が際立つんだけど。

当然ながら際立つのは“起”ではなく“結”であって。
すなわち とてつもない、痛みが残されます。よく「結婚するより 離婚の方がパワーが必要」なんてことを耳にすものだし。

結婚だけでなく、普通の恋愛ぐらいは、たいがいの方が経験あるでしょう。それはそれは しんどいものです。
思い出したくない恋もあるでしょう。

だからこそ「わざわざ こんなもの見たくはなかった」という思いからの低評価なのかな?
結局 この作品を見ての評価と同時に、見た観客 各々の恋愛経験や恋愛観と向き合わされるような。そんな映画なのかもしれませんね。

だとするならば、それだけリアルに痛々しい物語を作りあげたという意味では、映画としてのデキはやっぱり素晴らしいと思うわけで。

今回 劇場ではなく、家のテレビの画面で見たこともあってか、それなりにリラックスして他人事として受け止めたので。
わたくし的には良い意味でヒリヒリした映画だと思いましたが。

でも結末をわかったうえで、恋の始まりのキラキラを見守るのも、それも痛みでしかないかなぁ。。。

さて、映画の作りとして、出会いのパートと別れのパート。
男は 髪の毛も減ってくたびれた姿になり、女は体型も変化があり どこか家庭感を漂わせていて。

日本でこういうことやろうとすると、わざとらしい髭をつけたり 線で書いたようなシワが刻まれたりするんだけど。
それらのビジュアルの作り込みからできあがっていて、間違いなく それも見どころの一つですね。

そこには愛と髪があったってことで。
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2017年05月29日

河P直美
永瀬正敏、水崎綾女、藤 竜也、神野三鈴
美佐子は、視覚障碍者向けの映画の音声ガイドの仕事をきっかけに、弱視の天才カメラマン・雅哉と出逢う。命よりも大事なカメラを前にしながら、次第に視力を奪われていく雅哉。
彼と過ごし、その葛藤を見つめるうち、美佐子の中で何かが変わり始める。

第70回カンヌ国際映画祭のコンペ部門に出品されていた今作。ただし 受賞は逃したとか。
それはそれでしょうがないとして。わたくし的には とても響くものがあった作品です。

写真家でありながら視力が奪われていく男。ある種の悲劇的状況設定を聞くと、何やら感傷的に構えたり、その男の行く末はどうなるのかと考えがちだけど。
この作品の軸はただそれだけのことでは無くて。

ズバリ“映画”というものを通して、表現すること、伝えること。センテンスの選び方や“間”、想像力と創造力。
なんなら映画の見方についてもレクチャーしてるみたいでした。

「HK/変態仮面 アブノーマルクライシス」で、はじめて水崎綾女さんを見て妙に気になっていたんだけど。
ここにきてドラマ、映画で本格的に女優としての露出も増えてきて。やっぱり「色気あるなぁ」と目が奪われてしまうのだけど。

そんな水崎さんの魅力の一つが目。大きな瞳。
今作ではアップのシーンがとても多くて。彼女の表情、目の動き、そして涙が魅力的であり、効果的に見られて嬉しく思います。

さて、アップが多いのは水崎さんだけではなく、ほぼほぼ全編が役者の顔に寄った映像で。
良く言えば役者さんにグイグイ引っ張られる印象もありますが、悪く言うとちょっとクドいぐらいで(苦笑)

さて、水崎綾女演じる美佐子は映画の音声ガイドを作る仕事をしておりまして。
これを見ると たった一本の音声ガイドを作るにしても、たいへんな苦労があることがうかがえます。

言葉、説明、感情、言い回し、タイミング、そして声。
確かに情報量の多い方が良かろうとは思うけど、それだと映画の行間を読む間や 浸る時間がとれないと。

さらには説明以外の主観が入るのはどうなのかと。
それらのくだりは とても興味深く見させてもらいましたが。

でも それって 映画を見るにあたって大切なことだったり、映画の見方そのものに言及しているようでね。
音声ガイドを抜きにしても 普通に映画について語られているようで、興味深かったです。

今さらながら気になってるのは 一部の時系列がどうだったのかということ。
美佐子の現在に対し、母親とのシーンは過去の描写だったのかなと。
まぁそれはそれとしてですが。

映画の中には希望があってほしいという美佐子の思いがあって。
そんな希望を“光”に例えることはありますが。

そもそも暗闇の中で 光によって映し出されるものが映画じゃないですか。
つまり、映画には必ず希望が宿っているものなんだな。

そんなことに気付かされましたね。

さて、水崎綾女だけでなく、「あん」に続いて河P作品に登場の永瀬正敏も素晴らしかったですし。劇中劇(監督としても)に登場する藤竜也の存在感もスゴいです。

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樹木希林さんの破壊力たるや…
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2017年04月04日

ハードコア

イリヤ・ナイシュラー
シャールト・コプリー、ダニーラ・コズロフスキー、ヘイリー・ベネット
見知らぬ研究施設で目を覚ましたヘンリー。妻エステルが、事故で傷ついた体に機械製の腕と脚を取り付け、仕上げの声帯手術に取りかかった時、桁外れの能力を持つ男エイカンの襲撃を受ける。
機械のパーツで超人的な身体能力を得たヘンリーは、妻を助け出すため、エイカンとその組織に戦いを挑む。

予告を見て 斬新な映像にそそられて見てきました。
まぁ映画というより、アミューズメント施設の映像アトラクションに近いのかなと。それは予想しつつで。
製作国は ロシア・アメリカとのこと。冷戦時代はもう過去のことやね。

オープニングの赤基調のスロー映像も興味深かったり、痛々しかったりしながら。
いきなり手術台で目覚める場面からスタート。とりあえず「妻だ」と名乗る女性が超・美人。その時点で映画には感情移入OK!

あとは声帯の手術を行えば完了〜というところで敵が登場。ただし 何やら超能力の使い手のようだ。
そうこうするうちに戦いが始まり、何とか逃れようと非常口に向かったらば…
それ以降は ほぼほぼノンストップのアクションバトル。

監督は元々はパンクのバンドマンで。自身のミュージックビデオ用に一人称視点の映像を取り入れたところ大反響。
あれよあれよと企画が転がり、90分を超える今作に至ったと。

全編が主人公の視点で構成。
時間軸としても ぬるい時間帯はカットされていて、止まっているシチュエーションはほぼ無し。
ずーっとアクションシーン全開。もしくは誰かが撃たれるか 爆弾で吹っ飛んでるかというもの。

ボルダリングのように建物を登っていったり、大きな橋の鉄骨部分を走っていく映像の臨場感はスゴかったし。
サイドカーで前方のバンの車内に突っ込んでいくトコなんか、もう よくわからんほどに(笑)

そして何人も存在しながら一人としか同期せず、次々に意識がリレーしていくジミーというキャラも面白かったわ。

特殊なカメラを用いて撮影されているのでしょうが、それでも どう撮影した?と言いたくなる映像の連続。
会話の中のユーモアや ひねりの利いたアクションや銃の使いなど、細かいところまでアイデアが詰め込まれた仕上がりで。
それについてはいちいち感心しながら見ておりました。

ですが、ホントにずっーとアクションで、映像が動き続けていて。疲れました。
なんなら誰かが吹っ飛ぶ姿ばかり過ぎて…眠たくなりました(苦笑)

ホントに最近のシューティングゲームみたいなビデオゲームをやっている方であれば慣れているかもだけど。こっちは普段ゲームとかやらないので。とても疲れる映像やったね。
終盤 事の真相も明かされるんだけど、眠たくて なんだか素直に驚けずで。

作品のクオリティが素晴らしいのは間違いないけれど、ちょっと長いかな〜と。60分が限度かな〜と。わたくし的にはね。

それから、通常の2D字幕で上映されてたけど、3D、なんなら4Dに向いてる作風でしょうな。

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GAME OVER はしない、死なない
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2017年04月01日

パッセンジャー

モーテン・ティルダム
ジェニファー・ローレンス、クリス・プラット、マイケル・シーン
20××年。5,000人を乗せ、新たなる居住地を目指す豪華宇宙船アヴァロン号。だが、冬眠装置で眠る乗客のうちエンジニアのジムと作家のオーロラは予定より90年も早く目覚めてしまう。
次第に思いを寄せ合っていく2人だったが、予期せぬ出来事がその運命を狂わせていく。

5,000人もの乗客・乗員を乗せ、120年をかけて地球から遠く離れた星に移住をする人々。
本来なら冬眠装置で眠ったまま進み、到着の4か月前に目覚めて、着陸に備えるというプログラムであった。

しかし アクシデントによって予定よりも90年早く冬眠ポッドが開いてしまって…というSF作品。
かと思いきや、それだけのお話ではなくって。

おおまかなあらすじは知っていましたが、前半にとある仕掛けがありまして。
なので 何か語ろうとするとネタバレになるので少々難しいトコロもありますが。

その仕掛けに於いては、なんかちょっと考えさせられる要素もあり。
なんなら、観客が“試される”トコもあるかな。

確かに あんなことしちゃうのには驚きましたが。ぶっちゃけわたくしがその立場で、エンジニアとして そんな技術があるのならば。やっぱり似たようなこと、考えちゃうだろうね。
一方で その巻き添えを食うようなシチュエーションだったら「うぎゃー!」って叫ぶわな。間違いなく。

その仕掛けの存在があることで、観客的には とてもヒリヒリして面白いです。

ただ 別視点として。あの要素を隠して物語を見せるやり方もあったかな。そして観客もアーサーにそれを教えてもらうという。
それだと この物語の印象も大きく変わってくるかな。
なんだか そっちのが面白いんじゃないかって気もするけど。

でもそうしなかったことで、ある種の純愛度がUPされてるというか、ちゃんとした着地点に到達できるのだろうね。

という感じで、SFとして、宇宙でのサバイバルモノとして、でも実はLOVEロマンスがメインのような。
そもそもイケメンと美女だから成立してるところもあるでしょうに(苦笑)

ちょっと欲張りな気もしますが、ドキドキ ワクワク楽しめる作品でした。
普通にその後の90年がどうなったのかも気になるけどね。

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無重力のプールはコワイね〜
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2017年03月09日

ブラインド・マッサージ

ロウ・イエ
ホアン・シュエン、チン・ハオ、グオ・シャオドン、メイ・ティン
幼少期に事故で視力を失ったシャオマー。「いつか回復する」と言われていたが、それが叶わないと悟り マッサージ師の道を目指す。
そんなシャオマーが務めるのは、多くの盲人が働くマッサージ店。その院長シャーを頼って、同級生のワンが恋人のコンと駆け落ち同然で転がり込んでくる。

中国・フランス制作による2014年の作品。様々な映画祭でも高く評価を受けております。
ちなみに原作小説があるとかで。中国でベストセラーになったとか。

この設定、世界観を 小説で表現するのは またたいへんだとは思いますが。
一方、映画は映像あってのものなので、盲人の世界を表すのは不可能なんだけど。
この映画版は ある意味の成功なんじゃないでしょうか。

幼い頃に事故で視力を失い。「いつかよくなるさ」と言われ続けて青年となったシャオマー。
しかし実際に治ることは無いと自暴自棄になり、自分を傷つけてしまいます。

一命をとりとめた彼は、勉強をしてマッサージ師となり、舞台である治療院で働き始めます。
そんな導入部だけど、このシャオマーが主人公というわけでもなく。
この院で働く(大半が)盲人たちの群像劇の面もあります。

とても小さなコミュニティでの日常を描いたものでもあり、実際に盲人の方が出演されていたりもして。
時にありがちで、時に生々しい行動や感情を見せつけられ、ドキュメンタリーかと思わされるほど 映像に引き込まれます。

盲人の立場からすると 健常者は見えている分だけ ワンランク上の別の生き物のようだ…みたいなことが語られていたんだけど。

わたくし的には、ある部分では健常者より優れた感性や感覚を持っているように思うし。
見えないままに 日常生活を送っているという、それだけでもスゴイなというトコロもあるんだけどね。
どちらが上とか下とかはわからんが。

以下は わたくしなりの見え方で。同様の意見はどこにもなかったんだけど。

自身が思いを寄せるマンさんの客にボコられたショックで、シャオマーは見えるようになってしまったのかなと。
現実にはありえないことかもだけど、ぼんやりとなのか 意識の中でなのか。見えるようになったのか、“見え方”が変わったのかと。

あの事件の後、彼の行動が“不自然”に感じられて。まるで見えていないふりをしているかのようで。
それに わざわざドゥ・ホンに「君は美人だよ」と語り掛けたり。マンさんと駆け落ちしてしまったり。

であれば、冒頭の「いつか回復するだろう」という部分にも回帰していくハナシだし。
真相はわからないけど、違うかもだけど。

わたくしには そう見えま…いや、感じられました。

見るのに 独特な感性を求められるような。独特の疲れも覚える作品でしたが。
でも すごく見応えのありました。良い作品でした。

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マッサージ夫妻
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2017年03月04日

ホワイトリリー

中田秀夫
飛鳥 凛、山口香緒里、町井祥真
陶芸家志望のはるかは、著名な陶芸家・登紀子の元で見習いとして住み込んでいる。彼女は師匠の身の回りの世話だけではなく、特別な関係にあった。
しかし登紀子が有名陶芸家の息子悟を、新弟子として迎え入れたことで、3人の関係は暴走していく。

ロマンポルノリブート企画の1作。監督は「リング」などホラー作品でおなじみの中田秀夫。
そんな系統の監督がロマンポルノというテーマでどんな作品を撮るのか興味深かったのですが…

監督の経歴をチェックしたら「女教師日記 禁じられた性」なんて作品を撮ったこともあるらしく。
一応引き出しの中に そっちテイストも入ってるのかしらん?

女性陶芸家と縁あって知り合い、彼女の身の回りの世話をしながら陶芸を学ぶ女性。
身の回りとは、日常生活に加えて先生の性の処理についても…
というわけで、女性同士の絡みも描かれております。
百合系ってヤツやね。

まさにタイトルにもある“ホワイトリリー”とは白百合のことで。 花言葉では「純潔」「処女性」なんて意味合いも。
ただ 先生の方は両方イケるお方なんだけどね。

そんな二人の暮らしの中に、一人の若い男が入り込んだことで〜というものですが。

正直言って、意外性とか ひねりには乏しい展開で。
決して大きな“仕掛け”もないし、ほぼほぼ先生の自宅兼作業場で完結しており 絵的な変化もなくって。
プチ修羅場とかはあるけども、見ている側にまでドキドキが共有できるかっちゅうと、そこまでは至らずで。

結果、いくらか間延びした80分という印象だったね。

まぁ中田監督らしく どことなく怖い雰囲気も感じられつつは良いけども。
いっそ、女性と幽霊との 存在を超越した百合物語とかやっちゃえば良かったのに(苦笑)

お話の中心となる二人の女性。
先生となる登紀子役の山口香緒里は一見上品そうに見えるが、わたくし的にはタイプではなく。申しわけない。

もう一人の主人公はるか役の飛鳥凛はズバ抜けてキレイとは言わないけど。
こちらは いい具合な感じでね。これは見られて良かったなと。

でも見ていて 百合なシーンよりも、男×女の絡みの方がドキドキしたんですわね。
わたくしの真相にあるリアリティの感じ方の違いかしらね?
それが ささやかな発見でしたわ。

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ホワイトリカーは梅酒作るヤツね
posted by 味噌のカツオ at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月15日

僕と世界の方程式

モーガン・マシューズ
エイサ・バターフィールド、サリー・ホーキンス、レイフ・スポール、ジョー・ヤン
自閉症スペクトラムと診断されたネイサン。大好きだった父を事故で亡くした後、母の勧めで数学の個人指導を受け その才能が開花。
やがて数学オリンピックのイギリス代表チームに選ばれ、台北合宿に参加したネイサンは、そこで中国チームの少女チャン・メイと出会う。

先日見た「ザ・コンサルタント」では主人公が高感度自閉症という設定でありました。
方やこちらは自閉症スペクトラムということで。

似て非なるもの?
まぁ人それぞれで症状や状況は違うのでしょうが。

この主人公ネイサンは全く社会性がないというわけではなく。
少々難しいところはありつつ、数学に関しての才は並外れていると。そして唯一 彼と“合う”存在だったのが父親で。
しかし その父が事故で亡くなってしまい、その後 母ひとりによって育てられていくのですが。

愛情はあるんですよ。親子ですから。
だから しいて言うなら“合わない”母と子と思いました。

そして母は彼の数学の才能を生かすべく、ある数学教師に個人指導を依頼。また国際数学オリンピックの存在も知り、それを目指していくことに。
やがて数学オリンピックに向けた合宿の場で、ネイサンは中国チームのチャン・メイと出会います。

しかしある出来事で 二人は離れ離れに。
ネイサンは全てを投げ打って 彼女を探します。

こういう言い方すると元も子もないんだけど、たぶん それは恋なんでしょう。
でも そもそもコミュニケーションが苦手なネイサンにとっては、恋という概念自体が希薄なのかもしれません。

ですが、あの別れの日を思い出し、彼女を無くしてはいけないと思い立ちます。
と同時に、母ともわかり合うことになるのですが。

わたくし自身、この作品を見ながらイマイチ乗っていけなかったんですよね。ある瞬間まで。
ところが まさに母と子が打ち解けられた瞬間、思わずホロリ…泣けてしまいました。

しかも まさか あんな手法で彼が笑うとは思いませんで(笑)
もう それだけで、なんか良かったなと。そんなことを思わされた映画でした。

それから、ひとつのストーリーとして、ネイサンが数学オリンピックで活躍するのかと思いきや、あんなことになってしまったので。
それもまたちょっとした驚きでしたね。

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鼻とイモで全て解決
posted by 味噌のカツオ at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

ふたりの桃源郷

佐々木聰
田中寅夫、田中フサコ、ナレーション・吉岡秀隆
還暦を過ぎ、余生を送る場所として 以前暮らしていた“山”を選んだある夫婦。そしてその家族を25年に渡り追い続けたテレビ番組を再編集した映画版。

先日発表になった「2016年 キネマ旬報ベスト・テン」にて、文化映画部門で1位に輝いたドキュメンタリー。
元々は山口放送が自社制作のドキュメンタリー番組として取材を行っていたもので。その都度 放送されていたもの 25年分を、映画版として再編集した作品。

一番最初に少々失礼な物言いしますが。
冒頭に映し出された おばあちゃんの顔立ち、そしてヘアスタイルが なんとなくJBさんに見えまして。なかなかファンキーだなと。
実際のおばあちゃんの元気な立ち居振る舞いは、やっぱりわたくし的にはファンキーに映ったのですが(苦笑)

閑話休題。
戦後間もなく、「自分たちの食べるものは 自分たちで作ろう」との思いから、ふたりは山を切り開き ほぼ自給自足の生活を行います。
しかし 子供たちの成長を考え、一旦大阪へ。タクシードライバーとして子どもたちを育て上げ、手が離れた頃合いに ふたたび山での生活を始めます。

自分たちの速度で、自分たちの生き方で、山で暮らすふたり。
しかし それぞれ独立した3人の娘たちは「いつまでもこのままではいられない」としばしば思うのですが。
やはり ふたりは「自分たちでできることは自分たちで」と、山へ帰っていきます。

ですが当然ながら ふたりにも“老い”という問題がやってきて。
そして気付けば ふたりを見守る娘たちも“高齢者”という年代になっていきます。

リチャード・リンクレイター監督の「6才のボクが、大人になるまで。」や「ビフォア」シリーズも リアルな年月をかけた人間ドラマなんてものもありますが。
こちらは元はテレビ番組のそれではありますが、ここまで長期に渡って取材をするというのもスゴイですね。

監督のコメントでは、テレビ放送した際にも“ここが”というひとつではなく、様々な場面に 何かを感じる視聴者の声が寄せられたと。観る人の数だけ思いが生まれる作品になったと語っておられました。
それほどまでに 見るべきところ、感じる点が散りばめられています。

山での暮らしへのあこがれ、家族の結びつき、老いとの向き合い方。そして別れまで。
わたくしも 見ていて涙がこぼれそうな場面がいくつかありました。

病気で歩行も困難になったり、認知症で記憶があいまいになっていったり。流動食を口に運んでもらって食したり。
当然のごとく 老化って、見ていて辛いなと・・・

いや待てよ、生きていたら誰でもそうなっていくんだよね。
しかも このふたり、ずーっと自分たちの好きな山で暮らし続けて。今も子どもたちに想ってもらってるわけじゃん。メッチャ幸福やん。
あぁこの涙は幸福な涙なんだな。

タイトルにある“桃源郷”とは。
辞書によれば「世俗を離れた別天地。理想郷。ユートピア」とされています。

確かに この山がふたりの桃源郷であり。
我々観客からすれば ふたりが桃源郷だよねと。
そんなことを思わされました。

ちなみに その桃源郷は、また次のふたりの桃源郷となり。
引き続き取材されているとのこと。
桃源郷は有り続けます。

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廃バスが寝床とは
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2017年01月08日

ひそひそ星

園 子温
神楽坂恵、遠藤賢司、池田優斗、森 康子
幾度となく大きな災害と大きな失敗を繰り返してきた世界。ロボットが8割、人類が2割となった未来の宇宙。
アンドロイドの鈴木洋子は宇宙船に乗って星々を回り、人間の荷物を届ける宅配便の配達員として働いていた。

率直に言うならば、よくわからんがキライじゃないと。

振れ幅の広い作品の数々を撮ってきた園子温監督が、震災後の福島で多くのロケを敢行。地元の被災者の皆さんが出演もされています。

そもそも今作の脚本や絵コンテは1990年ごろに作られていて。
諸々の事情で製作されなかったとのこと。

ちなみに近年では絶えず作品を撮り続けていた園監督。特に2015年は4本もの新作が公開になっていて。
だからなのか、なんなのか、そろそろ“自分の為に”撮ろうかというモードになったのかな。
だから主要キャストも私生活でのパートナーであったりするし。

仮に私的なものであったとしても、初期のようなただのアングラとも受け止められそうな作風ではなく。このような作品に仕上がったのかも。

設定もあって、キャラクターもあって、展開もあって。
でもそれらを構成して一本になっているというわけではなく。(これまでの監督経験や人生に於いて)その都度 感じたことや表現したいことを、一本の中に配置していったような。
だから このシーンはこうであり、あのシーンはあれを表現していたり…

監督自身 それをひとつひとつ種明かするつもりもないだろうし、観客も一本筋の通った作品として理解することはできないでしょう。

なのでわたくしも「これはこうなのか」と「あれはあぁなのか」と。そんな風に鑑賞しました。

数年の誤差は厭(いと)わないとして、人間の元に届けられる宅配便。

あの箱に入ったそれぞれは他愛もない物体かもしれない。でも 届けられる側にとってはとても尊いもので。
各々に秘められた大切のバロメーターは誰にも計れないものなんだろうね。

でも あの空とか海とか草木は誰にとっても平等なもので。
だから色が付いて見えたのかもしれない。

終盤、影絵のように映し出された人々の暮らし。なんとなく暖かみをもった昭和に感じられて。
でもそれはここには無いんだよね。もう全部 障子の向う側のものなんだよね。

かつて人が住んでいたであろう街並みの中を、自転車で走り抜けていきます。
街があったってことは、今ではもう人も暮らしもぬくもりも失せてしまった世界なんだね。

あの廃墟を劇映画のセットとして作ろうとしたら、とんでもないコストかかるだろうな。
でも、あれ現実だよね。リアルに多くのものを奪われた街なんだよね。
それを思うだけで、不思議な悔しさが込み上げてきます。

なんでアンドロイドがクシャミするんだろう?
誰かが鈴木祥子のことを思い出して、ウワサ話でもしてるのかな?
だとすれば、数年間も宇宙を彷徨ってるようにみえる彼女も、間違いなく誰かとつながっていて。決して孤独じゃないんだろうね。
アンドロイドですらね。

長い年月をかけて、人々の元に宅配便が届けられるって話だけども。
そもそも このストーリーだって、着想から25年が経って完成したわけであって。
もともとがタイムカプセルなんだね。

というのがわたくしの感じたこと。
園監督の思いとは全然違うかもだけど。
作品というのは世に出た以上、受け止めた側のものでもあるからね。

やっぱり、よくわからんがキライじゃない一本であります。
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2016年12月12日

変態だ

安齋 肇
前野健太、月船さらら、白石茉莉奈、奥野瑛太
大学のロック研究会を経て ミュージシャンになった男。その後 結婚し一児をもうけ、幸せな家庭を築きつつも、学生時代から続く薫子との関係を断ち切れずにいた。
ある日 地方の雪山で行われるライブに薫子とともに出かけるが、その客席に妻がいることに気付いてしまう。

原作は みうらじゅんが2014年に発表した短編小説。そしてソラミミストとしてもおなじみの安齋さんが初の映画監督に挑戦。

尺は短めの75分。基本全編モノクロではありますが、とても重要な場面だけ(?)カラーになってくれます。ありがたいことです(笑)

学生時代、無理やり入部させられたロック研究会。
わけもわからず、ただギターを弾いていた男。

しかし先輩が音楽を辞めてしまい、それならば〜と自らが奏でた曲が 意外にも人の心を捉えることになり。やがてプロのミュージシャンとして活動をしていきます。

やがて結婚して子供にも恵まれ、一見幸せな家庭を築いた彼には裏の顔があり。
それは変態プレイに興じることであると。

亀甲しばりにボールギャグ。様々なカタチで責められてる男。
前日には妻を責めていたにもかかわらずで。

みうらじゅんさんのコメントに「生まれつきDNAに組み込まれたものだったのか?」との文言があります。
そこから察するに、変態とは何ぞやと問うたのでしょうか。

事実 縛られて鞭で打たれること、誰もが受け入れるものではありません。
しかし受け入れるどころか、求めるものも中にはおります。
まさにこの男がそうなんだけど。

一方で、男は誰に教わったわけでもなく、美しい曲を奏でることができました。
それが持って生まれた才能とするならば、変態という嗜好も ある意味持って生まれた才能であるのかも…
そのような考えの下、この作品が生まれたのでしょうか。

吹雪の中、雪山で繰り広げられる終盤の展開。
変態性と生を問うものだったのでしょうか。

シュールであったと片付けるのは どこか逃げのような気もして。
ハッキリ言って よぅわからんというトコではありますが。

考えてもごらんなさい。
これまでの日本の名作と呼ばれた作品の中にも 常人では理解しがたいものもあったはずで。

それが文学だと代々残っていくものだとするならば。
今作はみうら文学の金字塔とも言えるのではないでしょうか。

決して万人ではないにせよ、この作品を名作と呼ぶ人は存在することでしょう。
そう言える人こそが、変態なのかもしれません。

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才能、変態、そして熊
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2016年12月04日

フルートベール駅で

ライアン・クーグラー
マイケル・B・ジョーダン、メロニー・ディアス、オクタヴィア・スペンサー
2009年、新年を迎えたばかりのサンフランシスコのフルートベール駅で、22歳の黒人青年が、警官に銃で撃たれ死亡した。
その前日である 2008年12月31日。彼はどのように過ごし事件に至ったのか。

2013年制作のアメリカ映画。
サンダンス映画祭で作品賞と観客賞をW受賞後、2014年3月に日本公開されました。
公開からずいぶんと時間は経ってますが、DVDにて鑑賞しました。

実話を元にした作品というものは、昨今ではとても多く作られております。
そしてモデルが現代に近い出来事であればあるほど、詳細な資料があり、写真があり、なんならまだ本人が存命であることも。
この映画にあっては主人公は命を奪われてしまっておるわけですが、実際の動画が残されておりまして。

たいがい本編の終了後、その後の経過と共に写真や映像が映し出されるわけですが。
今作では、冒頭に その実際の動画が流されます。

見る側の緊張感をグッと引き上げたところから映画が始まる構成。
それがとても効果的だと思いましたね。

その日は母の誕生日。
娘と遊び、
家族と少しケンカをし、
友人と笑いあった。
僕の人生、最後の日だった。

というチラシの文言そのままですが。
悪く言うなら、遅刻がたたって仕事をクビになり、やむを得ず密売で稼ぐべきか…と。そんな一面もあるんだけど。
家族思いで、仲間思いで。なんとか仕事について、パートナーとも籍を入れて人生を立て直そうとしていた矢先の悲劇。

いや、単なる悲劇じゃないかな。
その民族に根付く何がしかの“意志”であり“悪意”みたいなのを感じてしまいます。

聞いた話ですが、当の警官は相手を失神させる銃(劇中に出てきた黄色いヤツかな?)と間違えて、実弾を発射してしまったと。
そんな過失もあり、11か月で出てこられたそうです。

もう何とも言いようがないんだけど。
公開からずいぶんと時間は経ってますが…いや、事件があった2009年からはもっと経ってますが。
今もって何も変わっていない印象があるよね。

あとは、映画を見た人 それぞれがどう思うか。
実状と照らし合わせてどう思うかですよね。

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8年が過ぎても…
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2016年12月02日

ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気

ピーター・ソレット
ジュリアン・ムーア、エレン・ペイジ、マイケル・シャノン、スティーヴ・カレル
20年以上仕事一筋に生きる女性刑事のローレルは、ステイシーという若い女性と恋に落ちる。年齢、性別、偏見などを乗り越え、二人は一軒家を購入し一緒に暮らすことに。
しかしローレルにガンが見つかり、余命半年と宣告される。彼女はステイシーのために遺族年金を残そうとするが、同性のパートナーへの受け取りは法的に認められなかった。

一応 どんなテーマでどんな設定なのか、入れてから見るべきかな?
冒頭、おとり捜査で麻薬犯を捕えるシーンは普通にクライムストーリーのそれで。
この後 主人公がどんな犯罪組織から狙われるのか…という印象。

ですが、つづいてバレーボールのレクリエーションかと思えば、よく飲み込めない会話のやり取りから、ローレルとステイシーが“デート”に至ると。

まず主人公は刑事ですが そっち方面の話ではなく。ローレルとステイシーが仲良くなるのはレズビアンであること。なおかつ歳の差があるので、見てる方としては 多少あらすじを知ったうえでないと混乱するかもですね。

同姓の歳の差カップル。世間からの偏見を気にしつつ、家を買い、犬を飼い、“パートナー”として暮らし始めます。
ところがローレルがガンを患っていることが分かり、せめて自身の遺族年金をステイシーが受け取れるようにと訴えますが、同性のパートナー同士でのそれは法的に認められなかった。

そこでローレルのバディであった男性刑事や同姓愛者である活動家らが、制度改正を求めローレルのサポートに立ちあがり、郡政委員と相対するわけですが。

実話がベースであり、尺や展開もコンパクトにまとまっていて見やすいのはいいんですが。わたくし的には ノリきれない流れでもあったかな。
登場人物の想いに一体感が得られなかったのが気になりまして。

ローレルが求めるのはあくまで平等な権利。ステイシーも当初は 権利よりも病に打ち勝つ方にモチベーションが向いてましたね。
多くの同性愛者を束ねる活動家は、なんならローレルを“ダシ”にして同性婚を見据えているようで。
真摯にローレルの力になろうとする かつての相棒の刑事ですが、それ以外の同僚は なかなか重い腰を上げない感じもあって。
見ていて結末に向けてグイグイ勢いが増す風にはなかったなぁ。

郡政委員にも温度差があって。それはいいんだけど。
その郡政委員の裏について触れる部分も「これで大逆転!」というカタルシスには乏しく。
5人のうち1名が欠席したことで「満場一致はない」ということだったのに…あれれ〜って感じで。

感想の中には感動したという声もあるにはありますが。
正直、スッとしなかったですね。わたくし的には。

ただし、エンドロール前に映された モデルとなった実際の二人の笑顔には、グッとくるもの、ありましたね。

余談ですが、今作に製作としても名を連ねているエレン・ペイジは、自身が同性愛者であることをカミングアウトされているそうです。
スティーヴ・カレルがどうなのかは知らないっす。

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ジュリアン・ムーアの髪型も見どころ
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2016年11月04日

ベイブルース 〜25歳と364日〜

高山トモヒロ
波岡一喜、趙a和、安田美沙子、小川菜摘、石田えり
漫才師を目指す河本は、高校の同級生である高山と共にNSCの門を叩く。卒業後はコンビ名を“ベイブルース”とし、新人賞を次々と獲得。将来を嘱望されるコンビとなった。
しかし 1994年秋、河本はテレビのロケ中に体調不良を訴え、入院を余儀なくされる。

ベイブルース。河本栄得と高山知浩のコンビ。
高校卒業後にNSCへ。雨上がり決死隊、トゥナイトのなるみ、ナインティナインの矢部浩之の兄・矢部美幸らが同期の7期生。
卒業後は様々なコンテストで受賞するなど若手芸人として頭角を現していきます。

印象として、河本はネタに対して結構厳しかったとか。一方の高山はポーッとした雰囲気で。
当時 ネタも見たことあるし、名古屋でレギュラー出演してた番組もあって、それとなく馴染みはあったんよね。

あるとき、ふとその番組を見たときに河本の訃報を聞きまして。
追悼VTRが流れ、高山が悲しみを感じさせることなく「河本〜ネタ帳、どこにあるんや〜」と訴えかけてたのを覚えています。

それから20年が経って、2014年に公開されたこの映画。
気になってたんだけど、DVDではありますが やっと見られました。

ちなみに誕生日が1968年11月1日。そして1994年10月31日が命日と。
ちょうど今ぐらいの時期だったんだね。

映画としては、決して面白い感じでは。そのまま二人のヒストリー。
もうちょっとユーモア入れるか、泣かせに走ってもよかったんじゃない?と思わんでも。

でも本職の監督でもないし。高山さんやし(苦笑)
それに倒れてから亡くなるまで2週間ぐらいと。泣く余裕も無いままだったのかな。

少々失礼なこと言うならば。これはこれで ひとつのメモリアルであって。
芸人としてのベイブルースを偲ぶのであれば、実際のネタを見たい思いもあったりして。

そんなこと思ってたら、エンドロールの際に ネタの音声が流れましたね。
テンポも早くて勢いのある漫才やってたんだなと、あらためて思わされました。
これが20数年前なんだよね。

劇症肝炎による脳出血。25歳と364日。ベイブルースとしての活動期間は6年も無いぐらいなのか。
もし存命だったら…とか言うのは野暮なことだろうけど。
もっと見たかったよね。ベイブルースの漫才。

今となっては、こうして思いを馳せることが、せめてもの…かな。
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2016年10月31日

PK

ラージクマール・ヒラニ
アーミル・カーン、アヌーシュカ・シャルマ、スシャント・シン・ラージプート
留学先で大失恋し、今は母国インドのTV報道局で働くジャグー。ある日 地下鉄で黄色いヘルメットを被り神様の絵に“行方不明”と書かれたチラシを配る男と遭遇。
テレビのネタになると思い男に取材を試みると、彼は途方もない いきさつを語りはじめるのだった。

「きっと、うまくいく」の監督と主演が再タッグ。となれば、この作品も“きっと うまくいく”のではないかと。
そんな期待を込めての鑑賞。

事前情報でわかっていたのは、謎の男がインドで神様を探す…という一点。さすがにそれだけでは内容が全く読めないんだけど。
しかし 冒頭からとんでもないものが飛んできてビックリ!

これ最初のシーンでわかるのでネタバレ感に乏しいので書きますが、主人公は宇宙人なんですね。
それもあって地球上のアレコレに変な解釈をしたり。神様や宗教観が全く理解できていなかったり。おまけに あのギョロ目に大きな耳も合点がいくかな。
そのトンチンカンな振る舞いから「PK(酔っぱらい)」と呼ばれるようになります。

すると今度は いきなり舞台はベルギーへ。
テレビ制作に携わるのが夢というジャグーのパート。
彼女と恋人の存在。父親との関係。この辺りが描かれます。

それからインドに戻ったジャグーがひょんなことから PKと出会い、彼の主張に共鳴。それを訴えていくわけですが…

その主張というのは、神とは何か、宗教とは…信仰とは…
そもそも人口も多く、近隣諸国との関係から その辺りの問題はデリケートな部分もあるとは思いますが。
我々日本人はクリスマスで騒ぎ、正月には初詣に参り、近所の仏様にも手を合わせる。そもそもがフランクな(?)信仰スタイル。

なのでこの映画のタブー感や不可思議な事情は肌感覚で理解はできないのかもだけど。
でも もちろん言いたいことはわかります。そこはさすがに。

そのうえで言うならば、やはりこのストーリー展開で2時間半は長かったかな。全般的に冗長な印象はぬぐえなかった。
んで コメディの線にしても、そんなにバカバカしく笑える感じも少なかったか。

もしかしたら PK=宇宙人 というのをもっと隠しておくとか、留置所での回想シーンで観客に明かしても良かったんじゃないかな。

全体を通して、グッと感情移入できる感じでもなかったし。
終盤のネコと手紙のエピソードも「うまい」とは思ったけど、それほど泣けはしなかったしね。

前作の「きっと、うまくいく」からの流れで期待をしちゃってましたが、う〜ん やっぱそんなにうまくはいかないか!?
わたくし的にはいくらか長く感じた2時間半でした。

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インドでは そんなに車も踊ってるの?
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2016年10月12日

淵に立つ

深田晃司
浅野忠信、古舘寛治、筒井真理子、太賀
小さな金属加工工場を営む鈴岡家に 夫・利雄の旧友・八坂が現れる。利雄は彼を雇い入れ、自宅の空室を提供。誠実で礼儀正しい八坂の姿に、妻の章江も、娘の蛍も彼に好意を抱いていく。
しかし八坂は 家族に残酷な爪痕を残し、姿を消してしまう。

カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞受賞作。
こう言ってはなんですが。決してメジャーな監督でもないし、有名どころも浅野忠信しか出ていないし(しかも前半でアウェイ)。
しかしながら映画としての見応えは超・ヘヴィー。

もちろんクオリティの高さと後味の良さは必ずしもイコールではないのですが。

夫、妻、娘。ある意味 平凡な家庭に、素性のしれない男がやって来ます。
そうは言っても 我々観客的には“絶対に怪しい”感を受け止めながらでありまして。
変な話、家族に浸透していくくだりは 眠気すら漂ってきちゃったんだけど。

そして中盤。案の定 その奥に隠された、もうひとつの顔をあらわにしていきます。
“やっぱりか”というところでもあったんだけど。

しかし その男の残した傷というのが、いくらか想像以上の酷さを伴っていて。
やぁ、見ていて、ひたすら辛かった。

夫は男を探し出して、せめて真相を聞き出したいと願い。妻は 過去は忘れて前に進みたいと願い。
そんなところに、男の“手がかり”が示されたことで…

この手の作品って、どこかに救いなのか希望なのかあるものだけど。この映画には それが無いのかな。
しかも、元々あった幸せを壊すではなく、元々絆があったのかすら怪しく見えて。

初めから危うかった家族というコミュニテイ(厳密には夫婦関係か)を、さらにズタズタにしてみせるような。
なんなら よくもまぁこんな残酷な物語を書けるよなと。そこまで思っちゃうね。
ちなみに原作は深田晃司監督自身の小説ということですが。

役者陣は全員素晴らしかった。
あの飄々とした雰囲気と怖さの中間をキープした存在感は浅野忠信にしか出せないかも。
古館寛治さんは サブのポジションが多いし、メガネとヒゲに隠されたぼんやりしたキャラが大半なんだけど。今作では 見事に話の軸となっておられて。

そして筒井真理子さんの前半に見せる色気を残した母親としての顔。そして後半は娘を思うがあまり心身ともに変わり果てた姿を披露されてて。
なんでも8年後の撮影に入る3週間のインターバルの間に13kg体重を増やしたそうで。
あの変わりようは強烈な説得力を保ってみせましたね。

ストーリーの鍵となる難しい役どころだった太賀くんも良かったですね。
イケメンでないと見向きされない世の流れはありましょうが。彼のような一見 普通の若者で。しかも芝居の上手いのは今後注目ですよ。

まぁ演技が上手いとは言いましたが。正しくは振る舞いやセリフが不自然じゃないという感じで。
太賀くんも古館寛治さんも ふとした瞬間に上手さを感じさせるんよね。

前半と後半の8年の間に、この家族に何が起きてどんな変化があって。
その描かれていない部分が伝わるから、見ていてより辛くなってしまいます。
でも やっぱり、初めからつながりは薄かったように思うけどなぁ。

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早食いは刑務所の名残り
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2016年09月26日

ハドソン川の奇跡

クリント・イーストウッド
トム・ハンクス、アーロン・エッカート、ローラ・リニー、オータム・リーサー
2009年1月15日、真冬のニューヨーク。その上空で旅客機が事故により全エンジンが完全停止。しかしサレンバーガー機長の瞬時の判断で、ハドソン川への着水を敢行。乗員乗客155名全員無事という奇跡の生還を果たす。
一躍 国民的英雄として称賛を浴びる機長だったが、彼の判断を巡り、国家運輸安全委員会の追及が行われることに。

“名匠”イーストウッドの新作は、2009年に起こった USエアウェイズ1549便不時着水事故、通称“ハドソン川の奇跡”の映画化。
主人公は旅客機の機長なのですが、トム・ハンクスはそのイメージ打って付けですな。わたくしの印象ではね。

バードストライクにより全エンジンが停止。マンハッタン上空850メートルという低さで空港に戻るのはリスクが高い。そこで最善の策としてハドソン川への着水を決意。
その着陸の技術も素晴らしく、乗員乗客155名全員無事に着水に成功したという。

もちろんそれだけでも十分なドラマですが、今作はその後に そんな危険なことをせずとも、近隣の空港に戻ることも可能だったのではと。
奇跡のヒーローから一転、乗客を危険に導いた機長として、国家運輸安全委員会から審問を受けることになっていくと。

そこまで書いても、映画としては 決してそんなに壮大なストーリーではないかな。
それに状況が大きく変わっていく際のポイントも驚くような“ひらめき”ではないし。
ただし その顛末の見せ方、構成が素晴らしく、なおかつ96分というコンパクトな尺に収められていることもあり、見終わると実にスッキリ。
それも含めてイーストウッド監督の手腕と言うべきか。

さて 当然ではあるけど、映画の山場となるのは着水から救助までの“再現フィルム”パート。
もちろん史実としてわかっている以上「助かるのかしら?」というドキドキはないのだけれど。
それでもね、見ていて思わず目頭が熱くなる感覚を覚えたんですよ。

乗員乗客ら、そして救助にあたった人たちの「全員無事に助け出す」という姿勢。その描写がたまらなかった。

ニューヨークという街…そして飛行機…とても辛い出来事を乗り越えてきているんですね。
それらを体感してきた人々の思いと言っても良いのかわかりませんが、少なくともわたくしには“9・11より成熟したNYの心”を感じてしまったんですね。あの救助シーンにね。

今作のエンドロール・キャストの中に“himself”もしくは“herself”という表記がいくつかありました。
すなわち、実際に当時の事故に関わった本人が、今回の映画にも 本人役で出演されておると。
それもまた、この映画のリアリティにつながっているのかな。

さすがはイーストウッド作品。
大作感はなくとも、しっかりと「素晴らしい洋画を見られた」という思いを残してくれますね。

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“Hudson”ってゲームメーカーあったよね
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2016年07月20日

ファインディング・ドリー

アンドリュー・スタントン
(声)室井 滋、木梨憲武、菊地 慶、八代亜紀
「ファインディング・ニモ」から1年後の世界。なんでもすぐに忘れてしまうナンヨウハギのドリーだったが、ただひとつ忘れなかったのは“家族の思い出”であった。
ドリーはかすかな記憶を頼りに、ニモとマーリンと共に家族を探す旅に出る。

「ファインディング・ニモ」から1年後の設定。とはいうものの、現実世界では13年も経っておりましてな。
「ニモ」も見てるけど、さすがにあまり覚えがないのだが(苦笑)

そういった細かいことは抜きにして、率直に今作を見た感想は…やっぱり わたくしにはダメだったわ。
ストーリーとしては、両親とはぐれてしまったドリーが、周囲の助けを得ながら家族と再会するまでを描いたものですわね。

ハッキリと明示はされてこそいないけど、ドリーは記憶障害なのかな。
症状としては 細かな記憶が続かない〜というものですが。

わたくし的には あれだけベラベラしゃべって、一カ所にジッとしていられなくって。
多動性障害?アスペルガー?いろんな見方ができるかとも思ったんだけど。

幼少時に親と生き別れて。それなりに成長した状況から映画は展開。
あんなに記憶のままならないヤツが、そこそこ大きくなるまで放浪していたってのも少々心配なのだが。

周囲には優しい生き物ばかりで。わりと普通に、ドリーはドリーとして接しているんだけど。
どうなのかな、記憶障害のある子には それ前提で応対しないと、いくらかまずいことになりゃしないかと。その点から考えて、マーリンが怒鳴ってしまうシーンなんてのはリアリティありましたね。

それはさておき、わたくしが映画としてツラいなと感じたのは、展開の早さとセリフの多さ。
登場人物(?)は皆よくしゃべる。それでいてドリーが「忘れちゃった」で話を止める。
映像的にも あっちの海から こっちの水槽まで、どんどん転がっていきます。

そのくせ、決して大きな事件が起こっていないんじゃないかと。
その中に“悪役”が登場するでもなく。基本的に主人公が迷路の中をグルグル回るお話で。
それを あのペースで見せられ、あのペースでしゃべられて。
疲れた〜を通り越して ちょっとアタマ痛くなってきたし。

そして終盤のカーアクションのパート。ワシ、こういう道徳無視をまるで美談のように見せるのは大キライで。
あのカワイイ ラッコちゃんたちを盾にしてトラックを止めたり、タコに車を暴走させて逆走させるのは大迷惑でしかないのだが。

そんな大パニックの果てに、感動の再会はちょっとノリきれなかったよね。既に頭痛だったしさ。

エンドロール後のエピローグも、そういうことなのかな〜はわかるけど、イマイチ本編のテーマとリンクしていない蛇足な印象が拭えなくて。
それ自体は良いことなのはわかるけど。

序盤に 舞台のお芝居の演出っぽいなってのはちょっと考えたけど。あまり意味ないことだけど。
結果的に、これだーって場面が印象にない。

強いて言うなら、八代亜紀って何回言うねんと(笑)
これはいい意味でのインパクトだったか。
あとマーリンが木梨憲武というのをエンドロールで見てビックリしちゃった。

ぶっちゃけ、起承転結で言うなら、最終的にドリーがパパとママと再会を果たすのは…織り込み済みなわけなんですよ。
なので そこに至るまでの部分にサプライズ的な何かが欲しかったか。

あるいは ああいうキャラの子ならではのメッセージが欲しかったかな。
むずかしいかもしらんけどね。

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ベッキーは汚名返上できたかな?
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2016年06月26日

FAKE

森 達也
佐村河内守
2014年にゴーストライター騒動で話題となった佐村河内守氏を追ったドキュメンタリー。

様々なメディア、様々な業界で話題となっている作品。
名古屋地区での公開初日に見てきました。しかも監督のトークショー付きで。

タイトルの「FAKE」を一般的に訳すと 偽造、見せかけ、いんちき の意ではありますが。
奇跡の作曲家と言われた佐村河内守とは、はたしてどんな存在なのか。

この佐村河内氏を見ていると、やはりどこか胡散臭く見えてしまいます。
そうなると 映像のどこかに“アラ”があるんじゃないかと、余計に意識を集中させて見入ってしまいました。

佐村河内氏と妻と猫が暮らすマンション。
タバコを吸いにベランダに出ると、電車の音、遠く聞こえるバイクの音、あるいは様々な生活音。
これらの音も 彼には聞こえていないのか?

部屋は終始薄暗く。
これは途中でわかったんだけど、目が悪いので強い光が苦手なようで。

そんな薄暗い中での食事シーン。
奥様の作ったハンバーグに手をつけることなく、ジョッキに入った豆乳を黙々と飲み続ける佐村河内氏。
劇場内、妙なクスクス笑い。

そんな感じで、ほぼほぼ全編、緊張感と何とも言えない“ユルさ”が漂っていました。

冒頭の監督によると、描きたいのは佐村河内氏の怒りではなく悲しみだと。
様々なメディアが、彼を起用したいと、取材したいと訪れますが。
確かに その行く末は、どこか悲しげな着地点となります。

そこで監督は彼にある提案をいたします。ある意味 驚きの提案。
その代わり「僕も映画ができるまでタバコやめますよ」と監督。
これにはニャンコも目を丸くしてビツクリ(笑)

これがいわゆる「ラスト12分間の衝撃」につながっていくのですが・・・ネタバレになってしまうので細かくは言えないけれど。。。
わたくし的には それがとても神々しい光景に映ったのですが。

この映画を見終わって。
ホントに十人十色ではないけど、見た人それぞれで引っ掛かるポイント。感じる事。彼が聴こえているのか、いないのか。
様々だと思いました。

「監督も以前取材されたプロレスもガチなのか八百長なのかが着いてまわります。でも良い試合を見たら、そういう論調はどうでもよくなります。
佐村河内氏がホンモノなのかFAKEなのかも、ラストのアレを聴いちゃうと、どうでもよくなります。
そのうえで、今の社会ってどうにも白か黒かをつけたがりで、FAKEが入り込む隙が無いんじゃないかと。
この作品は、そういったことへのメッセージにも思えました」

上映終了後、パンフにサインを入れてもらいながら、わたくし監督に直接感想をお伝えさせていただきました。

その帰り道。その自分の言った言葉を また一歩引いて考えると。

もしかしたら 佐村河内氏の残した素晴らしきアレも、実はFAKEであって。ガチじゃないのかもしれないね。
それに、この映像に残されていない部分で、打ち合わせや演出を施しているのかもしれない。
そうだとすれば、それを知るのは、たぶん、猫だけなのかも(笑)

まぁ仮にこの作品全体がFAKEであったとしても、素晴らしい“ドキュメンタリー映画”を見た事実は変わらないわけで。
これを糾弾したり、穿った見方をするよりも、全てを飲み込んだうえで 各々が意識するべきなんでしょうね。

結局 佐村河内氏が怪しいとしてですよ。
この鑑賞後に あらためて全体像をよーく見てみると、新垣氏やジャーナリストの神山氏も“同じくらい”胡散臭く見えます。
率直な印象です。

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監督、ケーキいくついただいたん?
posted by 味噌のカツオ at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする