2017年11月09日

ポンチョに夜明けの風はらませて

廣原 暁
太賀、中村 蒼、矢本悠馬、染谷将太
ただ何となく毎日をやり過ごしている又八、ジン、ジャンボの男子高校生三人組。仲間の中田と共に卒業式乗っ取りライブを計画。だがその直前、ジャンボの父親の愛車を無断で借り、高校生活最後の旅に出る。
道中、ハチャメチャな体験をする3人。果たして彼らの行く先は?そして中田の待つ卒業式に間に合うのか?

「淵に立つ」「アズミ・ハルコは行方不明」で見て いい役者やな〜と思っていた太賀くん。
そして「ちはやふる」で肉まん食ってた良いキャラクターの矢本悠馬くん。

わたくしが気になってる若手俳優が共演ってことで。これは押さえておくべきでしょ〜と見てきました。
あぁ「ヒメアノ〜ル」や「貞子vs伽椰子」の佐津川愛美も出てるね。

一応原作あるんだなと。
あまり事前情報を入れずに見に行ったんだけど。そんなにストーリーとかも気にせず、コイツらと同乗した感覚で見て正解なのかな。

タイトルの「ポンチョに夜明けの風はらませて」って、なんのこっちゃと思う人もいるのだろうが。
一定の年齢以上であれば、アニメ「母をたずねて三千里」の歌のフレーズというのは思い浮かぶわね。
ただし、この映画は“母をたずねる”お話ではありませんで。

一流大学を受験しながら不合格となってしまったジン(中村蒼)。親父の車をボロボロにしてしまい まさに合わす顔が無い状況のジャンボ(矢本悠馬)。なんでジャンボというニックネームなのかは…!?
そして自分がどこへ向かうのか。あるいはどこから来たのかも見えない又八(太賀)。

三者三様、良い個性を持っていて。決して強くもないし、かといってバラバラでも無い3人が、行き当たりばったりの旅に出ると。
途中 破天荒なグラビアアイドルの愛、内気な風俗嬢マリアも巻き込んで、手の届く範囲内でのやりたい放題。

あることに 熱い思いを注ぐ又八だけど、傍から見てると、絶対そんなことはないと。そして やっぱりな〜という展開(笑)

たいして深みも無く。基本思いつきとその場のノリでのワチャワチャ。全然ドラマチックでもないが、良くも悪くも 実に高校生チックというか。

言い方は悪いけど、見ていて さほど得るものもないし。3人が何かを得たとも思えない。
でも 何も得なくても、その場その場で 心の底から笑いあっていたのは間違いなくて。

そして卒業式を越えたらそれはそれで、どこかに向かわなくっちゃならないし。
でも今はまだ、皮の剥いていないバナナみたいなもので。

一方、ただ一人ギターを練習していた中田くんは、体育館で、あるいはラジオのメッセージで。小さな何かを動かしていたように思います。

いずれにせよ、どっちもどっち。
漂うのも抗うのも、青春ってそんなもの…なんて感じはあるよね。

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丘を越え 行こうよ 口笛 吹きつつ
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2017年10月10日

パーフェクト・レボリューション

松本准平
リリー・フランキー、清野菜名、小池栄子、余貴美子
幼少期に患った脳性麻痺の影響で車椅子生活を送っているクマ。そんな彼が ある日、髪をピンクに染めた人格障害を抱えた風俗嬢ミツと出会う。
車椅子の生活をものともしないクマに感銘を受けたミツは、障害者同士でも幸せになれることを世界に証明しようと彼に持ち掛ける。

実際に身体障害者のセクシュアリティーに関する支援を行う活動家・熊篠慶彦による、実話を基にしたラブストーリー。
脳性まひにより手足を動かすことはできないが、健常者並みに(それ以上に?)性的な興味があるという主人公をリリー・フランキーが好演。

たしかにリリーさんエロそうに見えるけど、決してそれだけではなく。まひを持つ障害者の役を見事に演じられておりました。

この男、冒頭のシーンから そのエロキャラを発揮。パンチラ狙いに 胸チラ狙い。エロ雑誌を購入して車イスには“TENGA”のステッカー。
身体障害者の性についての著書があり、講演活動も行うという。ある意味で裏表のない人でしょうが、“一部の人たち”には抵抗あるかもね。

そんな“クマさん”が一人の女性と出会いますが、その女がデリカシーが無いというか、行動が強引というか。
しかも髪の毛ピンクやし、いろいろ困るな〜という女。

“ミツ”と名乗るその女が いきなり「クマピーのこと好き」と言い出してつきまとってきます。
いくら女好きなクマさんでも、さすがにこれは警戒するわね。

とはいえ、一回やっちゃうと そこから関係性変わってくるトコあるからな。
結局2回目から 正式に付き合い出したということで(笑)

しかし、障害者と付き合うということは 様々な障害があるもので。
かと思いきや、実は この女自身も人格障害(エンドロール時にはパーソナリティ障害という補足もありました)であると。
なるほど、それで 異常なまでの積極性だったのかと これまた納得。

まぁ人格障害と言われると まるで人格が破たんした人みたいに思われそうだけど、実際には幼少時の環境の影響から、心の発達が遅れているというか大人げない正直さの持ち主ということなのかな。
であるが故、良い時は明るく素直な子に見えるけど、場合によっては それが狂気へと転換されちゃうんだな。

事前の印象では身体障害者の恋愛話かと思ってたんだけど、彼女の方にも心の障害があるのかと。
また それだけに収まらず、周囲の視線や世間体というヤツが 二人の恋の障害にもなってしまって。
ちょっと難しい…というか光の見えない展開になっていってしまいました。

「結婚しよう!子どもが欲しい!」というミツに対し、現実問題として「(ある理由から)障害児が生まれる可能性もあるし、この体では育てられない」と冷静に返すクマ。
認められないミツのイライラがバランスを崩し、やがて大きな局面を迎えてしまいます。

周囲の協力も得て、結局 距離を置くこととなったクマとミツ。
そして悲しきラストシーンを迎えるわけですが…

ぶっちゃけ 障害者をテーマにした作品として かなり突っ込んだ作りとも言えるわけで。
おそらく世間一般が持っているであろう 障害者に対するイメージだとか偏見を逆手に取った作りだったのかも。

その分 序盤のレストランでのケンカやら、テレビ局の求めるドキュメント性みたいのを提示されてイラ〜っともしつつ。
二人が見せたラストダンスの悲しみにハァ〜っとため息をつきつつ。

ところが、その後にとんでもない…こっちにしてみればどんでん返しがありまして。
ため息どころか 思いっきり心の中で涙しながらバンザーイ!と叫びたくなったわ。やぁスゴイ!スゴイ!

障害を持つ二人が起こす完璧なる革命。“パーフェクト・レボリューション”ですか。
あのラスト2分ぐらいで一気にやられました。メチャ気持ちのいい映画でした。

さて、リリーさんについては先に書いていますが、一方の清野菜名も 内面的には結構難しい役どころだと思いますが、よくぞここまでやり切ったなと。素晴らしかったです。
そして これは過去にも書いてるはずですが、主人公の友人というようなポジションでの小池栄子は最高。安心して見ていられる名バイプレーヤーですね。
そして余貴美子さんも 程よく怪しさを纏っていて。この主要キャストは みな素晴らしかったです。
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2017年10月02日

HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話

佐藤慶紀
西山 諒、西山由希宏、荒川泰次郎、岩井七世
43歳のビジネスウーマン・晴美。現在は夫と2人で平凡に暮らしている。そんなある日、一人娘のみちよが、娘婿の孝司に殺されてしまう。
やがて孝司は死刑判決を受けるのだが、当初それを当然の事と考えていた晴美は、ある時から孝司の死刑を止めようと考え始める。

いくらか重いテーマの作品ではありますが、そういうのもわたくしお好きなもので。
主演の母親役・西山諒さんの舞台挨拶付きの回にて鑑賞いたしました。

あらすじの通りではありますが。
夫とケンカをして実家にふらりと現れた一人娘。しかし彼女を追って夫が家に乗り込み、母親を切りつけ、娘は殺されてしまいます。

それが原因で 残された夫婦の関係にも壊れていき、弟夫婦は極端に姉のことを案じ。
様々な人間関係のバランスが崩れていきます。

さてさて、以下ネタバレしないと話の論点がアレになるわけですが。
娘が実家に戻ったのは 夫との不仲によるもの。ただし、運命の人だと思っていた相手とは別の運命の人が現れたと母親に告げます。

そこに乗り込んできた夫。娘の部屋に押し入り凶行に及びます。
ですが、じつはここに来る前に、もう一人。おそらく娘の“もう一人の”運命の人を殺害したと思われます。

娘婿は逮捕。その供述は 妻が別の男と共謀して自分に保険金をかけて殺そうとしていたと。その証拠が、妻の携帯に残っていると。
ところが警察が捜査を尽くしても、妻の携帯は見つからず。なぜなら母親が隠し持っていたから。

そのまま裁判が開始。夫が死刑となったのは“2人”を殺害していたことが大きいでしょう。一人の殺害だけではそこまではいかないかな。
ただし、妻側が何かを考えていたとするならば、情状酌量が認められたかもしれません。

しかし、それを証明できる証拠の携帯電話は、母親が“故意に”隠し持っていたと。
であるが故に、夫の死刑は覆らなかった。すなわち、彼を死刑に追いやったのは母親の“意思”であるとも言えるわけで。

そこに 絡むサイドストーリーとして この母親の夫というのも理解が無いというか、心を壊してしまったというべきか。
何がしかの宗教に関わり、一旦は心を取り戻すわけなんだけど。

そして母親の娘夫婦。彼らの言い分や心配も間違ってはいないけど、多少アプローチの仕方がキツいなと。

隠されたままの娘の携帯。パスワードが分からず、中身は謎のまま。
そして終盤。母親が娘婿からそれを聞き出します。彼がパスを知っていたということは実際に 何がしかの証拠の存在を確認していたと思われます。

恐る恐る パスを解除して、そこに書かれていた文言をみて泣き崩れる母親…
ただし観客には その内容は明かされません。

そんな状況を提示させられて。
良く言えば『別離』や『セールスマン』などのアスガー・ファルハディ監督の感じにも通じるところがあるような。
「あなたなら どう行動しますか?どう考えますか?」と試されるような。

ただ 今作に於いては、大方の登場人物全員がNGを抱えてるトコがあって。
考えさせられるほどの感情移入ができないのが…惜しいかな。

さらにややこしいツッコミ入れるならば、もう一人被害者となった男性の遺族も…本来なら関わってくるはずなんだけどね。

ストーリーとしては引き込んで見入ってしまう作りだったのは良かったけども。
全編に渡って 手持ちカメラの揺れ具合が過剰なのがキツかった。
意欲作ではありますが、少々モヤモヤの残る作品でもあるかな。

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はぁ?まざあ?
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2017年09月27日

パターソン

ジム・ジャームッシュ
アダム・ドライバー、ゴルシフテ・ファラハニ、永瀬正敏
ニュージャージー州パターソンでバスの運転手をしているパターソン。いつものように目覚め、仕事に向かい、帰宅して夕食を終えると愛犬と散歩がてら BARで1杯だけ飲んで、妻と眠りにつく。
そんな何気ない日常のなか、パターソンは心に浮かぶ詩を秘密のノートに書きとめていた。

月曜日の朝。ベッドから起きだす夫婦の姿。
そして一日がはじまり、夫のパターソンは仕事へ向かう。バスの運転手としての勤めを終え、帰宅すると妻との夕食。そして愛犬の散歩に行き、途中の行きつけのBARで酒を飲み、帰宅。

火曜日の朝。ベッドから起きだす夫婦の姿。
そして一日がはじまり、夫のパターソンは仕事へ向かう。バスの運転手として・・・

という具合に、月曜日から日曜日まで、パターソンの一週間を描いた物語。

平日はほぼほぼルーティーンワーク。
普通に生活していると、普通に仕事をしていると、そんなもんだよね。何も変わらない基本線。

でも自分は変わらなくとも、それと関わる周囲に変化はあって。
バスに乗車する客。妻の行動。そんな妻の手によって変えられてく部屋の内装。BARでは 突然男女の情念が暴発したりして。

それらに翻弄されているとも言えるし、そもそもが そんなもんでもあるだろうし。

そんなパターソンの ささやかな趣味と言えるのが秘密のノートに自作の詩を書き留めること。

まぁ単純に“詩”と言ってもさ。わたくし的には“おっ”と思うことは無くて。
英語の詩を日本語に変換するって、翻訳家のセンスにも左右されるトコロあるだろうからね。

それはともかく。夫の書く詩が大好きな妻。
そんな妻が、週末にケーキを売って ひと儲け。
そのご褒美のおかげで、パターソンにとって悲劇が訪れるのですが。。。

ほとんど変化の無いような日々だったはずが、気付けばしっかり物語に見入ってしまって。
そしてふいに登場する日本人男性。あ、永瀬正敏だ。

知ってたけど意表を突かれました。

そこで交わされるパターソンと日本人の会話。
それまでの流れからすると、とても劇的なシーンであって。細かいことは覚えていないけど、ものスゴく不可思議で心地良い世界観を見せてくれましたね。
それだけ突然の日本人というキャラクターであり、永瀬正敏の芝居はインパクト大ありでした。

もうひとつ加えるなら、愛犬役のワンちゃん。カンヌ国際映画祭で最も優れた演技をした犬に送られる賞「パルム・ドッグ賞」受賞したそうで。
それほどまでの名犬であり名演でした。

全体を通じてドッカン!ドッカン!な派手さはなくとも、気付けば妙な感情移入をさせられて。
見終わった後には「ええもん見たわ〜」という満足度高い作品。
素直に 見て良かったですわ。

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ア〜ハンww
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2017年09月02日

ベイビー・ドライバー

エドガー・ライト
アンセル・エルゴート、リリー・ジェームズ、ケヴィン・スペイシー
幼い時の事故による耳鳴りに悩まされながら、iPodで音楽を聴くことで驚異のドライバーと化すベイビー。
犯罪組織の逃がし屋として活躍するが、デボラという女性と恋に落ちたことで、裏社会の仕事から手を引こうと考えるが…

エドガー・ライト監督が20年前から考えていたという、音楽とカーアクションの融和。
物語に歌とダンスを取り入れるのがミュージカルとするならば、これはそれを車でやっちゃうという。

ネット上でも実際の映画の冒頭部が公開されてまして。あらためて見直してみましたが、セリフの無いまま 展開される約6分のシークエンス。
カーアクションが素晴らしく、それを見るだけでも引き込まれるし。なんならセリフなしでも物語が伝わるし。
アクション的には、高架を使って相手を騙すシーンはやられましたね。

それに続く コーヒーを買いに行くシーンもたまらない。
音楽に合わせた動き、街のディスプレイに合わせたサックス。ショップを出るタイミングまでも絶妙。

その後も音楽から登場人物の会話から、なんなら ほんの指先の動きまで目が離せない。いや目だけではなく、耳も油断ならないという(笑)
銃撃シーンでも、ちょっとハードなシーンではあるのだが、「テキーラ!」の使い方ひとつでつで うまい具合にエンターテイメントに昇華してくれてます。

さらに物語が流れていき、多くを語らずとも“ベイビー”の生い立ちから、なぜ この童顔の青年が、こんな裏家業を手伝っているのかがわかるようになっていて。無駄がなかったっすね。

そもそも逃がし屋と呼ばれるドライバーのベイビー。いかにもワルそうな悪党ヅラと共にいることでのギャップも味わえるけど。
一転してラブロマンスのパートでは その童顔がまた良い方に働いて。それを思うと このキャスティングも完璧だと思いますよね。

それだけ映像、音楽、ストーリーでも引きつけられますが、ベイビーが所々に残していった優しさが、ラストに結びついていくという回収の仕方も上手いですし。
ものスゴ楽しめました。

ホントに冒頭から大なり小なりの仕掛けに小ネタが散りばめられていて、気の抜けない2時間で。
欲を言うならば、集中力が試されるというか、なかなか疲れましたね(苦笑)

実際の完成度も高いし、世界的にも満足度が高いにも関わらず、日本ではこれだけの小規模上映ってのは…
日本の映画界は、日本の客はどうしたもんかなと。

そんなことを思わせるほどに 見どころの多い作品でした。
おススメです。
posted by 味噌のカツオ at 21:47| Comment(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

ハローグッバイ

菊地健雄
萩原みのり、久保田紗友、渡辺真起子、もたいまさこ
クラスで「委員長」と呼ばれる優等生だが、両親との関係が薄く、その寂しさを紛らわせる為に万引きを繰り返している葵。元彼との間に子供が出来てしまったのではないかと一人悩んでいた はづき。
普段は合い入れないクラスメートの二人が 認知症のおばあさんと出会い、初恋の人にラブレターを渡したいという彼女に協力しようと決める。

今どきの女子高生って(高校生って)、たいへんだよね。
LINEなんてものがあるから、身近な友達との いろんな情報があからさまになってて。

噂話も真実ではないことも、たいがいのことが“筒抜け状態”で。
かと思えば LINE上とは別に、リアルでフォローしあうことも必要で。

その一方で、スクールカーストみたいのがあったり、全くかかわりを持たないクラスメートが“身近”に存在してたり。

そういうのを見せられて「不可思議な関係だね」だの「もっと声かければいいじゃん」だとか言うのは野暮なんでしょう。
それで互いの関係性がバランスとって成立しちゃってるし。それを崩すのはめんどくさいことなんだろうね。

この映画に登場する優等生の葵は、学校での“ポジション”とは別の顔があって。
近所の100円ショップで(生活苦ではなく)万引きを繰り返しています。それを知った はづきは「どうせ親に振り向いてもらいたいとか ちっぽけな理由でしょ」と言ってのけます。図星です。

これまで いくらでもあるドラマの中では、それは大きなテーマとして扱われる要素でもあったと思うんだけど。
今どきの女子高生からすると、そんなもんなんだね。

とにかく 立場も考え方も、おそらく生き方も違うであろう二人が、困ったおばあさんのために協力し合って目的達成に向け…という美談なのかと思ったら。
確かに それはそれで間違いないんだけど、おばあさんのエピソードはゴールではなかった。主体はホントに この二人の関係で。

ものスゴく 思いっきりぶつけ合って。それこそ安っぽくつながるわけでもなく。
そして結論を言っちゃうと、 そのエピソードを通過しつつ、また別の道を歩いていくというのがある意味で驚かされました。

もちろん二人が同じ出来事を共有したことで、二人でしか共有できない感情も芽生えたと思うんだけど、安易にそれで“親友”にはならないんだね。
なんだか2017年の青春のリアリティ感じたわ。

ただし、ただし、もしかしたら彼女らが歳を重ね、記憶がおぼろげにならんとするころになって、初めて“伝えておくべきだ”と思うのかもしれませんな。
感情は似ていても、彼女たちとおばあさんのこととは、状況とかはまるで違うけどね。

80分の作品。内容に起伏がありながらもコンパクトにまとめあげられてて。
現在と過去を描きつつも、テーマは不変なものだと思うし。
映画として 見やすく、かつ 見応えもありました。

主演の二人も若いのに素晴らしい表現力あるし。
もたいさんって どこか“謎”を秘めた要素を期待しがちなんだけど、ここでは純粋に認知症のおばあさん役で。メチャ説得力ありました。
そして木野花さん、渡辺真起子さんも少ない出番ながら、存在感が素晴らしかったし、渡辺シュンスケさんが担当した音楽も見事でした。

「早紀ちゃんは人見知りだけど…」と不意に語りだすおばあさん。
認知症だとか、やさしさだとか そういうの関係なく、自然とそういう“言葉”がこぼれるのが母親なんだよね。
いつまでたってもさ。
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2017年07月21日

ひだまりが聴こえる

上條大輔
多和田秀弥、小野寺晃良、三津谷亮、高島礼子
中学時代に難聴を患って以来、周囲となじめないまま大学生となった航平。ある日、彼は大学の裏庭で、太一と出会う。
やたら明るくて思ったことをすぐに口に出す太一と次第に打ち解けていく航平。しかし、彼との距離が近づくほど期待と不安が募っていった。

“難聴の大学生と明るい同級生との温かな関係を描写したBLコミック”が原作とのこと。
どうしてもBLというワードの先入観込みで見てしまうわけですが、実際にはそれほどベッタリな風でもなくって。

その筋の方向けには ひとつの売りになるであろうBLテイストというのは ほぼほぼ感じられず。
「だから、そこがいいのよー」という声が聞こえてきそうではありますね。

ちゃんと物語に寄り添うとするならば、難聴を患っている方のエピソードとして、それはそれで見るべき点、考える点があったと思います。
全く何も聞き取れないということでもないとか。手話というのも一つの“手段”ではありますが、何やらファッション的にそういうものが扱われていたり、聴力の弱い方みんながみんな手話やってるのかっちゅうとそういうことでもないんだとね。

そういう部分を知ってか知らずか。あるいはただ美味い弁当が食いたいだけなのか。航平にやさしく向き合う太一。そんな彼に対し、他者に感じるものとは違う感情が沸き上がっていく航平。

ただし、男子同士の関係性で、感謝とか感情の高まりをこのような感じで表現することは…ないのかなと。リアルには思うわけですが。
これが女子同士ならどうなのかわからんのだけどね。

でも そこにある感情がとてもピュアであることが、この物語のファンには たまらないところなんでしょうな。
んで紗がかかったような映像も それに拍車をかけていたですかね。

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あの呼び出しにはキレて正解ww
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2017年07月08日

ハクソー・リッジ

メル・ギブソン
アンドリュー・ガーフィールド、サム・ワーシントン、ルーク・ブレイシー
「汝、殺すことなかれ」との教えを心に決めていたデズモンドは、衛生兵として国に尽くさんと陸軍に志願する。しかし銃撃の訓練を頑なに拒否し続け、最終的に軍法会議にかけられるが、とある助けを得てその主張は認められる。
やがてデズモンドら兵士は“ハクソー・リッジ”での戦闘に参加することになる。

名優であり、名監督でもあるメル・ギブソンが10年ぶりにメガホンを取った作品。
この10年の間に何があったかはアレですが。

そもそもメル・ギブさんは敬虔なクリスチャンで。かつてはキリストの苦難のみを描いた「パッション」なんて作品も監督しました。
今作でも聖書は象徴的に登場しますし。根本にあるのは、そんなキリストの教えなんでしょう。

「汝、殺すことなかれ」
ざっくりいうと、自身の手で人を殺めることはしない。決して銃を手に取らない。

しかしどうにか この戦いの力になりたいと、主人公のデズモンド・ドスは衛生兵となることを志願。
紆余曲折ありながら、彼は衛生兵として戦いの最前線に入っていくわけですが。

舞台となるのは沖縄。アメリカと日本との戦い。
実際には150mからなる崖の上。

タイトルの「ハクソー・リッジ」を直訳すると“ノコギリ崖”というもので。
その名称から どのような地形かはイメージできるかな。

(映画の冒頭部分にも少し出てくるのですが)終盤はそのハクソーリッジでの戦いが描かれているんだけど。
前半では訓練の様子も出てはきますが、いざ実際の戦地で火ぶたが切られると、それどころじゃないというのがよくわかります。

やたらめったら敵を撃ち、次々に仲間がやられ。「衛生兵〜!」と呼ぶ声も間に合わんだろうと。
互いに銃を持ってはいるけれど、銃って そんな至近距離で撃ち合うものなのか?と。そんなことを思わずにはいられません。

そんな戦火の状況を、映画的に これまでにないエゲつなさで表現しておりまして。
この手の映像に“耐性”がないと厳しい…いや、無理でしょうね。
それぐらいに生々しく痛々しくて。手法として徹底しておりました。

過去にも戦争を描いた作品は多々ありますが。
これは史実に基づいた、なおかつ日本も絡んでいる戦いということもあり、様々な感想が漏れ聞こえてくるわけですが。

一部には日本を悪く描き過ぎだとか。実際には民間人も犠牲になっているはずだとか。主人公の美談に終わっているとか。。。
いろんな意見ありますが。

実話が元になっていて、デズモンドがテーマの作品なんだから、彼の功績について描くのは映画の作りとしては当然でしょうし。
日本兵を悪として…という意見に対して、わたくし的には これっぽっちもそれは思わなかったな。
それは日本人が日本びいきで見た結果のことでしょう。

どちらにも相当な犠牲が伴ってはいるわけだし。
ぶっちゃけ米軍が〜日本軍が〜というよりも「戦争アカン」という、そっちの方が強く印象に残ったわ。

それはそれで素直な感想だけども。
デズモンドの純真な思い、また映像のインパクトと比較して。
良くも悪くも思想の部分のメッセージ性は印象に残りにくかったとは言えるかもね。

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ハクソー?吐きそう?
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2017年06月08日

ブルーバレンタイン

デレク・シアンフランス
ライアン・ゴズリング、ミシェル・ウィリアムズ
結婚7年目を迎えたディーンとシンディ夫妻。娘と共に3人で暮らしてはいるが、資格を取って忙しく働く妻シンディに対し、夫ディーンの仕事は順調ではない。互いに不満を抱えながらも、何とか平穏な家庭生活を守ろうとする2人。
そんな彼らにも、夢中で愛し合った時期があった。

製作は2010年。日本公開は2011年4月23日と記録が残っています。
6年経って、DVDにて鑑賞。

主演は今を時めくライアン・ゴズリング。そして あの「ダークナイト」のジョーカー役だったヒース・レジャーとの子どもを持つ ミシェル・ウィリアムズ。

この作品をとても評価する声がある一方で、好みではないとか、面白くないとか。そういう声もあるようで。
ライアン・ゴズリングとミシェル・ウィリアムズがゴールデングローブ賞にノミネートされたそうだけど、受賞には至っていないというのは まさにそういう評価の裏付けとも言えるのかな?

一組の夫婦が、その関係の終焉を迎える物語。それと並行して、とある男女が出会い、その関係を深めていく様が描かれています。
もちろんその“男女”というのが その“夫婦”なわけであって。

もっとも恋が深まっていく描写と、離れてしまった男女間が崩れていく現実。
それを同時並行で見せることで、より感情が際立つんだけど。

当然ながら際立つのは“起”ではなく“結”であって。
すなわち とてつもない、痛みが残されます。よく「結婚するより 離婚の方がパワーが必要」なんてことを耳にすものだし。

結婚だけでなく、普通の恋愛ぐらいは、たいがいの方が経験あるでしょう。それはそれは しんどいものです。
思い出したくない恋もあるでしょう。

だからこそ「わざわざ こんなもの見たくはなかった」という思いからの低評価なのかな?
結局 この作品を見ての評価と同時に、見た観客 各々の恋愛経験や恋愛観と向き合わされるような。そんな映画なのかもしれませんね。

だとするならば、それだけリアルに痛々しい物語を作りあげたという意味では、映画としてのデキはやっぱり素晴らしいと思うわけで。

今回 劇場ではなく、家のテレビの画面で見たこともあってか、それなりにリラックスして他人事として受け止めたので。
わたくし的には良い意味でヒリヒリした映画だと思いましたが。

でも結末をわかったうえで、恋の始まりのキラキラを見守るのも、それも痛みでしかないかなぁ。。。

さて、映画の作りとして、出会いのパートと別れのパート。
男は 髪の毛も減ってくたびれた姿になり、女は体型も変化があり どこか家庭感を漂わせていて。

日本でこういうことやろうとすると、わざとらしい髭をつけたり 線で書いたようなシワが刻まれたりするんだけど。
それらのビジュアルの作り込みからできあがっていて、間違いなく それも見どころの一つですね。

そこには愛と髪があったってことで。
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2017年05月29日

河P直美
永瀬正敏、水崎綾女、藤 竜也、神野三鈴
美佐子は、視覚障碍者向けの映画の音声ガイドの仕事をきっかけに、弱視の天才カメラマン・雅哉と出逢う。命よりも大事なカメラを前にしながら、次第に視力を奪われていく雅哉。
彼と過ごし、その葛藤を見つめるうち、美佐子の中で何かが変わり始める。

第70回カンヌ国際映画祭のコンペ部門に出品されていた今作。ただし 受賞は逃したとか。
それはそれでしょうがないとして。わたくし的には とても響くものがあった作品です。

写真家でありながら視力が奪われていく男。ある種の悲劇的状況設定を聞くと、何やら感傷的に構えたり、その男の行く末はどうなるのかと考えがちだけど。
この作品の軸はただそれだけのことでは無くて。

ズバリ“映画”というものを通して、表現すること、伝えること。センテンスの選び方や“間”、想像力と創造力。
なんなら映画の見方についてもレクチャーしてるみたいでした。

「HK/変態仮面 アブノーマルクライシス」で、はじめて水崎綾女さんを見て妙に気になっていたんだけど。
ここにきてドラマ、映画で本格的に女優としての露出も増えてきて。やっぱり「色気あるなぁ」と目が奪われてしまうのだけど。

そんな水崎さんの魅力の一つが目。大きな瞳。
今作ではアップのシーンがとても多くて。彼女の表情、目の動き、そして涙が魅力的であり、効果的に見られて嬉しく思います。

さて、アップが多いのは水崎さんだけではなく、ほぼほぼ全編が役者の顔に寄った映像で。
良く言えば役者さんにグイグイ引っ張られる印象もありますが、悪く言うとちょっとクドいぐらいで(苦笑)

さて、水崎綾女演じる美佐子は映画の音声ガイドを作る仕事をしておりまして。
これを見ると たった一本の音声ガイドを作るにしても、たいへんな苦労があることがうかがえます。

言葉、説明、感情、言い回し、タイミング、そして声。
確かに情報量の多い方が良かろうとは思うけど、それだと映画の行間を読む間や 浸る時間がとれないと。

さらには説明以外の主観が入るのはどうなのかと。
それらのくだりは とても興味深く見させてもらいましたが。

でも それって 映画を見るにあたって大切なことだったり、映画の見方そのものに言及しているようでね。
音声ガイドを抜きにしても 普通に映画について語られているようで、興味深かったです。

今さらながら気になってるのは 一部の時系列がどうだったのかということ。
美佐子の現在に対し、母親とのシーンは過去の描写だったのかなと。
まぁそれはそれとしてですが。

映画の中には希望があってほしいという美佐子の思いがあって。
そんな希望を“光”に例えることはありますが。

そもそも暗闇の中で 光によって映し出されるものが映画じゃないですか。
つまり、映画には必ず希望が宿っているものなんだな。

そんなことに気付かされましたね。

さて、水崎綾女だけでなく、「あん」に続いて河P作品に登場の永瀬正敏も素晴らしかったですし。劇中劇(監督としても)に登場する藤竜也の存在感もスゴいです。

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樹木希林さんの破壊力たるや…
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2017年04月04日

ハードコア

イリヤ・ナイシュラー
シャールト・コプリー、ダニーラ・コズロフスキー、ヘイリー・ベネット
見知らぬ研究施設で目を覚ましたヘンリー。妻エステルが、事故で傷ついた体に機械製の腕と脚を取り付け、仕上げの声帯手術に取りかかった時、桁外れの能力を持つ男エイカンの襲撃を受ける。
機械のパーツで超人的な身体能力を得たヘンリーは、妻を助け出すため、エイカンとその組織に戦いを挑む。

予告を見て 斬新な映像にそそられて見てきました。
まぁ映画というより、アミューズメント施設の映像アトラクションに近いのかなと。それは予想しつつで。
製作国は ロシア・アメリカとのこと。冷戦時代はもう過去のことやね。

オープニングの赤基調のスロー映像も興味深かったり、痛々しかったりしながら。
いきなり手術台で目覚める場面からスタート。とりあえず「妻だ」と名乗る女性が超・美人。その時点で映画には感情移入OK!

あとは声帯の手術を行えば完了〜というところで敵が登場。ただし 何やら超能力の使い手のようだ。
そうこうするうちに戦いが始まり、何とか逃れようと非常口に向かったらば…
それ以降は ほぼほぼノンストップのアクションバトル。

監督は元々はパンクのバンドマンで。自身のミュージックビデオ用に一人称視点の映像を取り入れたところ大反響。
あれよあれよと企画が転がり、90分を超える今作に至ったと。

全編が主人公の視点で構成。
時間軸としても ぬるい時間帯はカットされていて、止まっているシチュエーションはほぼ無し。
ずーっとアクションシーン全開。もしくは誰かが撃たれるか 爆弾で吹っ飛んでるかというもの。

ボルダリングのように建物を登っていったり、大きな橋の鉄骨部分を走っていく映像の臨場感はスゴかったし。
サイドカーで前方のバンの車内に突っ込んでいくトコなんか、もう よくわからんほどに(笑)

そして何人も存在しながら一人としか同期せず、次々に意識がリレーしていくジミーというキャラも面白かったわ。

特殊なカメラを用いて撮影されているのでしょうが、それでも どう撮影した?と言いたくなる映像の連続。
会話の中のユーモアや ひねりの利いたアクションや銃の使いなど、細かいところまでアイデアが詰め込まれた仕上がりで。
それについてはいちいち感心しながら見ておりました。

ですが、ホントにずっーとアクションで、映像が動き続けていて。疲れました。
なんなら誰かが吹っ飛ぶ姿ばかり過ぎて…眠たくなりました(苦笑)

ホントに最近のシューティングゲームみたいなビデオゲームをやっている方であれば慣れているかもだけど。こっちは普段ゲームとかやらないので。とても疲れる映像やったね。
終盤 事の真相も明かされるんだけど、眠たくて なんだか素直に驚けずで。

作品のクオリティが素晴らしいのは間違いないけれど、ちょっと長いかな〜と。60分が限度かな〜と。わたくし的にはね。

それから、通常の2D字幕で上映されてたけど、3D、なんなら4Dに向いてる作風でしょうな。

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GAME OVER はしない、死なない
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2017年04月01日

パッセンジャー

モーテン・ティルダム
ジェニファー・ローレンス、クリス・プラット、マイケル・シーン
20××年。5,000人を乗せ、新たなる居住地を目指す豪華宇宙船アヴァロン号。だが、冬眠装置で眠る乗客のうちエンジニアのジムと作家のオーロラは予定より90年も早く目覚めてしまう。
次第に思いを寄せ合っていく2人だったが、予期せぬ出来事がその運命を狂わせていく。

5,000人もの乗客・乗員を乗せ、120年をかけて地球から遠く離れた星に移住をする人々。
本来なら冬眠装置で眠ったまま進み、到着の4か月前に目覚めて、着陸に備えるというプログラムであった。

しかし アクシデントによって予定よりも90年早く冬眠ポッドが開いてしまって…というSF作品。
かと思いきや、それだけのお話ではなくって。

おおまかなあらすじは知っていましたが、前半にとある仕掛けがありまして。
なので 何か語ろうとするとネタバレになるので少々難しいトコロもありますが。

その仕掛けに於いては、なんかちょっと考えさせられる要素もあり。
なんなら、観客が“試される”トコもあるかな。

確かに あんなことしちゃうのには驚きましたが。ぶっちゃけわたくしがその立場で、エンジニアとして そんな技術があるのならば。やっぱり似たようなこと、考えちゃうだろうね。
一方で その巻き添えを食うようなシチュエーションだったら「うぎゃー!」って叫ぶわな。間違いなく。

その仕掛けの存在があることで、観客的には とてもヒリヒリして面白いです。

ただ 別視点として。あの要素を隠して物語を見せるやり方もあったかな。そして観客もアーサーにそれを教えてもらうという。
それだと この物語の印象も大きく変わってくるかな。
なんだか そっちのが面白いんじゃないかって気もするけど。

でもそうしなかったことで、ある種の純愛度がUPされてるというか、ちゃんとした着地点に到達できるのだろうね。

という感じで、SFとして、宇宙でのサバイバルモノとして、でも実はLOVEロマンスがメインのような。
そもそもイケメンと美女だから成立してるところもあるでしょうに(苦笑)

ちょっと欲張りな気もしますが、ドキドキ ワクワク楽しめる作品でした。
普通にその後の90年がどうなったのかも気になるけどね。

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無重力のプールはコワイね〜
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2017年03月09日

ブラインド・マッサージ

ロウ・イエ
ホアン・シュエン、チン・ハオ、グオ・シャオドン、メイ・ティン
幼少期に事故で視力を失ったシャオマー。「いつか回復する」と言われていたが、それが叶わないと悟り マッサージ師の道を目指す。
そんなシャオマーが務めるのは、多くの盲人が働くマッサージ店。その院長シャーを頼って、同級生のワンが恋人のコンと駆け落ち同然で転がり込んでくる。

中国・フランス制作による2014年の作品。様々な映画祭でも高く評価を受けております。
ちなみに原作小説があるとかで。中国でベストセラーになったとか。

この設定、世界観を 小説で表現するのは またたいへんだとは思いますが。
一方、映画は映像あってのものなので、盲人の世界を表すのは不可能なんだけど。
この映画版は ある意味の成功なんじゃないでしょうか。

幼い頃に事故で視力を失い。「いつかよくなるさ」と言われ続けて青年となったシャオマー。
しかし実際に治ることは無いと自暴自棄になり、自分を傷つけてしまいます。

一命をとりとめた彼は、勉強をしてマッサージ師となり、舞台である治療院で働き始めます。
そんな導入部だけど、このシャオマーが主人公というわけでもなく。
この院で働く(大半が)盲人たちの群像劇の面もあります。

とても小さなコミュニティでの日常を描いたものでもあり、実際に盲人の方が出演されていたりもして。
時にありがちで、時に生々しい行動や感情を見せつけられ、ドキュメンタリーかと思わされるほど 映像に引き込まれます。

盲人の立場からすると 健常者は見えている分だけ ワンランク上の別の生き物のようだ…みたいなことが語られていたんだけど。

わたくし的には、ある部分では健常者より優れた感性や感覚を持っているように思うし。
見えないままに 日常生活を送っているという、それだけでもスゴイなというトコロもあるんだけどね。
どちらが上とか下とかはわからんが。

以下は わたくしなりの見え方で。同様の意見はどこにもなかったんだけど。

自身が思いを寄せるマンさんの客にボコられたショックで、シャオマーは見えるようになってしまったのかなと。
現実にはありえないことかもだけど、ぼんやりとなのか 意識の中でなのか。見えるようになったのか、“見え方”が変わったのかと。

あの事件の後、彼の行動が“不自然”に感じられて。まるで見えていないふりをしているかのようで。
それに わざわざドゥ・ホンに「君は美人だよ」と語り掛けたり。マンさんと駆け落ちしてしまったり。

であれば、冒頭の「いつか回復するだろう」という部分にも回帰していくハナシだし。
真相はわからないけど、違うかもだけど。

わたくしには そう見えま…いや、感じられました。

見るのに 独特な感性を求められるような。独特の疲れも覚える作品でしたが。
でも すごく見応えのありました。良い作品でした。

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マッサージ夫妻
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2017年03月04日

ホワイトリリー

中田秀夫
飛鳥 凛、山口香緒里、町井祥真
陶芸家志望のはるかは、著名な陶芸家・登紀子の元で見習いとして住み込んでいる。彼女は師匠の身の回りの世話だけではなく、特別な関係にあった。
しかし登紀子が有名陶芸家の息子悟を、新弟子として迎え入れたことで、3人の関係は暴走していく。

ロマンポルノリブート企画の1作。監督は「リング」などホラー作品でおなじみの中田秀夫。
そんな系統の監督がロマンポルノというテーマでどんな作品を撮るのか興味深かったのですが…

監督の経歴をチェックしたら「女教師日記 禁じられた性」なんて作品を撮ったこともあるらしく。
一応引き出しの中に そっちテイストも入ってるのかしらん?

女性陶芸家と縁あって知り合い、彼女の身の回りの世話をしながら陶芸を学ぶ女性。
身の回りとは、日常生活に加えて先生の性の処理についても…
というわけで、女性同士の絡みも描かれております。
百合系ってヤツやね。

まさにタイトルにもある“ホワイトリリー”とは白百合のことで。 花言葉では「純潔」「処女性」なんて意味合いも。
ただ 先生の方は両方イケるお方なんだけどね。

そんな二人の暮らしの中に、一人の若い男が入り込んだことで〜というものですが。

正直言って、意外性とか ひねりには乏しい展開で。
決して大きな“仕掛け”もないし、ほぼほぼ先生の自宅兼作業場で完結しており 絵的な変化もなくって。
プチ修羅場とかはあるけども、見ている側にまでドキドキが共有できるかっちゅうと、そこまでは至らずで。

結果、いくらか間延びした80分という印象だったね。

まぁ中田監督らしく どことなく怖い雰囲気も感じられつつは良いけども。
いっそ、女性と幽霊との 存在を超越した百合物語とかやっちゃえば良かったのに(苦笑)

お話の中心となる二人の女性。
先生となる登紀子役の山口香緒里は一見上品そうに見えるが、わたくし的にはタイプではなく。申しわけない。

もう一人の主人公はるか役の飛鳥凛はズバ抜けてキレイとは言わないけど。
こちらは いい具合な感じでね。これは見られて良かったなと。

でも見ていて 百合なシーンよりも、男×女の絡みの方がドキドキしたんですわね。
わたくしの真相にあるリアリティの感じ方の違いかしらね?
それが ささやかな発見でしたわ。

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ホワイトリカーは梅酒作るヤツね
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2017年02月15日

僕と世界の方程式

モーガン・マシューズ
エイサ・バターフィールド、サリー・ホーキンス、レイフ・スポール、ジョー・ヤン
自閉症スペクトラムと診断されたネイサン。大好きだった父を事故で亡くした後、母の勧めで数学の個人指導を受け その才能が開花。
やがて数学オリンピックのイギリス代表チームに選ばれ、台北合宿に参加したネイサンは、そこで中国チームの少女チャン・メイと出会う。

先日見た「ザ・コンサルタント」では主人公が高感度自閉症という設定でありました。
方やこちらは自閉症スペクトラムということで。

似て非なるもの?
まぁ人それぞれで症状や状況は違うのでしょうが。

この主人公ネイサンは全く社会性がないというわけではなく。
少々難しいところはありつつ、数学に関しての才は並外れていると。そして唯一 彼と“合う”存在だったのが父親で。
しかし その父が事故で亡くなってしまい、その後 母ひとりによって育てられていくのですが。

愛情はあるんですよ。親子ですから。
だから しいて言うなら“合わない”母と子と思いました。

そして母は彼の数学の才能を生かすべく、ある数学教師に個人指導を依頼。また国際数学オリンピックの存在も知り、それを目指していくことに。
やがて数学オリンピックに向けた合宿の場で、ネイサンは中国チームのチャン・メイと出会います。

しかしある出来事で 二人は離れ離れに。
ネイサンは全てを投げ打って 彼女を探します。

こういう言い方すると元も子もないんだけど、たぶん それは恋なんでしょう。
でも そもそもコミュニケーションが苦手なネイサンにとっては、恋という概念自体が希薄なのかもしれません。

ですが、あの別れの日を思い出し、彼女を無くしてはいけないと思い立ちます。
と同時に、母ともわかり合うことになるのですが。

わたくし自身、この作品を見ながらイマイチ乗っていけなかったんですよね。ある瞬間まで。
ところが まさに母と子が打ち解けられた瞬間、思わずホロリ…泣けてしまいました。

しかも まさか あんな手法で彼が笑うとは思いませんで(笑)
もう それだけで、なんか良かったなと。そんなことを思わされた映画でした。

それから、ひとつのストーリーとして、ネイサンが数学オリンピックで活躍するのかと思いきや、あんなことになってしまったので。
それもまたちょっとした驚きでしたね。

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鼻とイモで全て解決
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2017年01月13日

ふたりの桃源郷

佐々木聰
田中寅夫、田中フサコ、ナレーション・吉岡秀隆
還暦を過ぎ、余生を送る場所として 以前暮らしていた“山”を選んだある夫婦。そしてその家族を25年に渡り追い続けたテレビ番組を再編集した映画版。

先日発表になった「2016年 キネマ旬報ベスト・テン」にて、文化映画部門で1位に輝いたドキュメンタリー。
元々は山口放送が自社制作のドキュメンタリー番組として取材を行っていたもので。その都度 放送されていたもの 25年分を、映画版として再編集した作品。

一番最初に少々失礼な物言いしますが。
冒頭に映し出された おばあちゃんの顔立ち、そしてヘアスタイルが なんとなくJBさんに見えまして。なかなかファンキーだなと。
実際のおばあちゃんの元気な立ち居振る舞いは、やっぱりわたくし的にはファンキーに映ったのですが(苦笑)

閑話休題。
戦後間もなく、「自分たちの食べるものは 自分たちで作ろう」との思いから、ふたりは山を切り開き ほぼ自給自足の生活を行います。
しかし 子供たちの成長を考え、一旦大阪へ。タクシードライバーとして子どもたちを育て上げ、手が離れた頃合いに ふたたび山での生活を始めます。

自分たちの速度で、自分たちの生き方で、山で暮らすふたり。
しかし それぞれ独立した3人の娘たちは「いつまでもこのままではいられない」としばしば思うのですが。
やはり ふたりは「自分たちでできることは自分たちで」と、山へ帰っていきます。

ですが当然ながら ふたりにも“老い”という問題がやってきて。
そして気付けば ふたりを見守る娘たちも“高齢者”という年代になっていきます。

リチャード・リンクレイター監督の「6才のボクが、大人になるまで。」や「ビフォア」シリーズも リアルな年月をかけた人間ドラマなんてものもありますが。
こちらは元はテレビ番組のそれではありますが、ここまで長期に渡って取材をするというのもスゴイですね。

監督のコメントでは、テレビ放送した際にも“ここが”というひとつではなく、様々な場面に 何かを感じる視聴者の声が寄せられたと。観る人の数だけ思いが生まれる作品になったと語っておられました。
それほどまでに 見るべきところ、感じる点が散りばめられています。

山での暮らしへのあこがれ、家族の結びつき、老いとの向き合い方。そして別れまで。
わたくしも 見ていて涙がこぼれそうな場面がいくつかありました。

病気で歩行も困難になったり、認知症で記憶があいまいになっていったり。流動食を口に運んでもらって食したり。
当然のごとく 老化って、見ていて辛いなと・・・

いや待てよ、生きていたら誰でもそうなっていくんだよね。
しかも このふたり、ずーっと自分たちの好きな山で暮らし続けて。今も子どもたちに想ってもらってるわけじゃん。メッチャ幸福やん。
あぁこの涙は幸福な涙なんだな。

タイトルにある“桃源郷”とは。
辞書によれば「世俗を離れた別天地。理想郷。ユートピア」とされています。

確かに この山がふたりの桃源郷であり。
我々観客からすれば ふたりが桃源郷だよねと。
そんなことを思わされました。

ちなみに その桃源郷は、また次のふたりの桃源郷となり。
引き続き取材されているとのこと。
桃源郷は有り続けます。

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廃バスが寝床とは
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2017年01月08日

ひそひそ星

園 子温
神楽坂恵、遠藤賢司、池田優斗、森 康子
幾度となく大きな災害と大きな失敗を繰り返してきた世界。ロボットが8割、人類が2割となった未来の宇宙。
アンドロイドの鈴木洋子は宇宙船に乗って星々を回り、人間の荷物を届ける宅配便の配達員として働いていた。

率直に言うならば、よくわからんがキライじゃないと。

振れ幅の広い作品の数々を撮ってきた園子温監督が、震災後の福島で多くのロケを敢行。地元の被災者の皆さんが出演もされています。

そもそも今作の脚本や絵コンテは1990年ごろに作られていて。
諸々の事情で製作されなかったとのこと。

ちなみに近年では絶えず作品を撮り続けていた園監督。特に2015年は4本もの新作が公開になっていて。
だからなのか、なんなのか、そろそろ“自分の為に”撮ろうかというモードになったのかな。
だから主要キャストも私生活でのパートナーであったりするし。

仮に私的なものであったとしても、初期のようなただのアングラとも受け止められそうな作風ではなく。このような作品に仕上がったのかも。

設定もあって、キャラクターもあって、展開もあって。
でもそれらを構成して一本になっているというわけではなく。(これまでの監督経験や人生に於いて)その都度 感じたことや表現したいことを、一本の中に配置していったような。
だから このシーンはこうであり、あのシーンはあれを表現していたり…

監督自身 それをひとつひとつ種明かするつもりもないだろうし、観客も一本筋の通った作品として理解することはできないでしょう。

なのでわたくしも「これはこうなのか」と「あれはあぁなのか」と。そんな風に鑑賞しました。

数年の誤差は厭(いと)わないとして、人間の元に届けられる宅配便。

あの箱に入ったそれぞれは他愛もない物体かもしれない。でも 届けられる側にとってはとても尊いもので。
各々に秘められた大切のバロメーターは誰にも計れないものなんだろうね。

でも あの空とか海とか草木は誰にとっても平等なもので。
だから色が付いて見えたのかもしれない。

終盤、影絵のように映し出された人々の暮らし。なんとなく暖かみをもった昭和に感じられて。
でもそれはここには無いんだよね。もう全部 障子の向う側のものなんだよね。

かつて人が住んでいたであろう街並みの中を、自転車で走り抜けていきます。
街があったってことは、今ではもう人も暮らしもぬくもりも失せてしまった世界なんだね。

あの廃墟を劇映画のセットとして作ろうとしたら、とんでもないコストかかるだろうな。
でも、あれ現実だよね。リアルに多くのものを奪われた街なんだよね。
それを思うだけで、不思議な悔しさが込み上げてきます。

なんでアンドロイドがクシャミするんだろう?
誰かが鈴木祥子のことを思い出して、ウワサ話でもしてるのかな?
だとすれば、数年間も宇宙を彷徨ってるようにみえる彼女も、間違いなく誰かとつながっていて。決して孤独じゃないんだろうね。
アンドロイドですらね。

長い年月をかけて、人々の元に宅配便が届けられるって話だけども。
そもそも このストーリーだって、着想から25年が経って完成したわけであって。
もともとがタイムカプセルなんだね。

というのがわたくしの感じたこと。
園監督の思いとは全然違うかもだけど。
作品というのは世に出た以上、受け止めた側のものでもあるからね。

やっぱり、よくわからんがキライじゃない一本であります。
posted by 味噌のカツオ at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月12日

変態だ

安齋 肇
前野健太、月船さらら、白石茉莉奈、奥野瑛太
大学のロック研究会を経て ミュージシャンになった男。その後 結婚し一児をもうけ、幸せな家庭を築きつつも、学生時代から続く薫子との関係を断ち切れずにいた。
ある日 地方の雪山で行われるライブに薫子とともに出かけるが、その客席に妻がいることに気付いてしまう。

原作は みうらじゅんが2014年に発表した短編小説。そしてソラミミストとしてもおなじみの安齋さんが初の映画監督に挑戦。

尺は短めの75分。基本全編モノクロではありますが、とても重要な場面だけ(?)カラーになってくれます。ありがたいことです(笑)

学生時代、無理やり入部させられたロック研究会。
わけもわからず、ただギターを弾いていた男。

しかし先輩が音楽を辞めてしまい、それならば〜と自らが奏でた曲が 意外にも人の心を捉えることになり。やがてプロのミュージシャンとして活動をしていきます。

やがて結婚して子供にも恵まれ、一見幸せな家庭を築いた彼には裏の顔があり。
それは変態プレイに興じることであると。

亀甲しばりにボールギャグ。様々なカタチで責められてる男。
前日には妻を責めていたにもかかわらずで。

みうらじゅんさんのコメントに「生まれつきDNAに組み込まれたものだったのか?」との文言があります。
そこから察するに、変態とは何ぞやと問うたのでしょうか。

事実 縛られて鞭で打たれること、誰もが受け入れるものではありません。
しかし受け入れるどころか、求めるものも中にはおります。
まさにこの男がそうなんだけど。

一方で、男は誰に教わったわけでもなく、美しい曲を奏でることができました。
それが持って生まれた才能とするならば、変態という嗜好も ある意味持って生まれた才能であるのかも…
そのような考えの下、この作品が生まれたのでしょうか。

吹雪の中、雪山で繰り広げられる終盤の展開。
変態性と生を問うものだったのでしょうか。

シュールであったと片付けるのは どこか逃げのような気もして。
ハッキリ言って よぅわからんというトコではありますが。

考えてもごらんなさい。
これまでの日本の名作と呼ばれた作品の中にも 常人では理解しがたいものもあったはずで。

それが文学だと代々残っていくものだとするならば。
今作はみうら文学の金字塔とも言えるのではないでしょうか。

決して万人ではないにせよ、この作品を名作と呼ぶ人は存在することでしょう。
そう言える人こそが、変態なのかもしれません。

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才能、変態、そして熊
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2016年12月04日

フルートベール駅で

ライアン・クーグラー
マイケル・B・ジョーダン、メロニー・ディアス、オクタヴィア・スペンサー
2009年、新年を迎えたばかりのサンフランシスコのフルートベール駅で、22歳の黒人青年が、警官に銃で撃たれ死亡した。
その前日である 2008年12月31日。彼はどのように過ごし事件に至ったのか。

2013年制作のアメリカ映画。
サンダンス映画祭で作品賞と観客賞をW受賞後、2014年3月に日本公開されました。
公開からずいぶんと時間は経ってますが、DVDにて鑑賞しました。

実話を元にした作品というものは、昨今ではとても多く作られております。
そしてモデルが現代に近い出来事であればあるほど、詳細な資料があり、写真があり、なんならまだ本人が存命であることも。
この映画にあっては主人公は命を奪われてしまっておるわけですが、実際の動画が残されておりまして。

たいがい本編の終了後、その後の経過と共に写真や映像が映し出されるわけですが。
今作では、冒頭に その実際の動画が流されます。

見る側の緊張感をグッと引き上げたところから映画が始まる構成。
それがとても効果的だと思いましたね。

その日は母の誕生日。
娘と遊び、
家族と少しケンカをし、
友人と笑いあった。
僕の人生、最後の日だった。

というチラシの文言そのままですが。
悪く言うなら、遅刻がたたって仕事をクビになり、やむを得ず密売で稼ぐべきか…と。そんな一面もあるんだけど。
家族思いで、仲間思いで。なんとか仕事について、パートナーとも籍を入れて人生を立て直そうとしていた矢先の悲劇。

いや、単なる悲劇じゃないかな。
その民族に根付く何がしかの“意志”であり“悪意”みたいなのを感じてしまいます。

聞いた話ですが、当の警官は相手を失神させる銃(劇中に出てきた黄色いヤツかな?)と間違えて、実弾を発射してしまったと。
そんな過失もあり、11か月で出てこられたそうです。

もう何とも言いようがないんだけど。
公開からずいぶんと時間は経ってますが…いや、事件があった2009年からはもっと経ってますが。
今もって何も変わっていない印象があるよね。

あとは、映画を見た人 それぞれがどう思うか。
実状と照らし合わせてどう思うかですよね。

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8年が過ぎても…
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2016年12月02日

ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気

ピーター・ソレット
ジュリアン・ムーア、エレン・ペイジ、マイケル・シャノン、スティーヴ・カレル
20年以上仕事一筋に生きる女性刑事のローレルは、ステイシーという若い女性と恋に落ちる。年齢、性別、偏見などを乗り越え、二人は一軒家を購入し一緒に暮らすことに。
しかしローレルにガンが見つかり、余命半年と宣告される。彼女はステイシーのために遺族年金を残そうとするが、同性のパートナーへの受け取りは法的に認められなかった。

一応 どんなテーマでどんな設定なのか、入れてから見るべきかな?
冒頭、おとり捜査で麻薬犯を捕えるシーンは普通にクライムストーリーのそれで。
この後 主人公がどんな犯罪組織から狙われるのか…という印象。

ですが、つづいてバレーボールのレクリエーションかと思えば、よく飲み込めない会話のやり取りから、ローレルとステイシーが“デート”に至ると。

まず主人公は刑事ですが そっち方面の話ではなく。ローレルとステイシーが仲良くなるのはレズビアンであること。なおかつ歳の差があるので、見てる方としては 多少あらすじを知ったうえでないと混乱するかもですね。

同姓の歳の差カップル。世間からの偏見を気にしつつ、家を買い、犬を飼い、“パートナー”として暮らし始めます。
ところがローレルがガンを患っていることが分かり、せめて自身の遺族年金をステイシーが受け取れるようにと訴えますが、同性のパートナー同士でのそれは法的に認められなかった。

そこでローレルのバディであった男性刑事や同姓愛者である活動家らが、制度改正を求めローレルのサポートに立ちあがり、郡政委員と相対するわけですが。

実話がベースであり、尺や展開もコンパクトにまとまっていて見やすいのはいいんですが。わたくし的には ノリきれない流れでもあったかな。
登場人物の想いに一体感が得られなかったのが気になりまして。

ローレルが求めるのはあくまで平等な権利。ステイシーも当初は 権利よりも病に打ち勝つ方にモチベーションが向いてましたね。
多くの同性愛者を束ねる活動家は、なんならローレルを“ダシ”にして同性婚を見据えているようで。
真摯にローレルの力になろうとする かつての相棒の刑事ですが、それ以外の同僚は なかなか重い腰を上げない感じもあって。
見ていて結末に向けてグイグイ勢いが増す風にはなかったなぁ。

郡政委員にも温度差があって。それはいいんだけど。
その郡政委員の裏について触れる部分も「これで大逆転!」というカタルシスには乏しく。
5人のうち1名が欠席したことで「満場一致はない」ということだったのに…あれれ〜って感じで。

感想の中には感動したという声もあるにはありますが。
正直、スッとしなかったですね。わたくし的には。

ただし、エンドロール前に映された モデルとなった実際の二人の笑顔には、グッとくるもの、ありましたね。

余談ですが、今作に製作としても名を連ねているエレン・ペイジは、自身が同性愛者であることをカミングアウトされているそうです。
スティーヴ・カレルがどうなのかは知らないっす。

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ジュリアン・ムーアの髪型も見どころ
posted by 味噌のカツオ at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする