2017年02月15日

僕と世界の方程式

モーガン・マシューズ
エイサ・バターフィールド、サリー・ホーキンス、レイフ・スポール、ジョー・ヤン
自閉症スペクトラムと診断されたネイサン。大好きだった父を事故で亡くした後、母の勧めで数学の個人指導を受け その才能が開花。
やがて数学オリンピックのイギリス代表チームに選ばれ、台北合宿に参加したネイサンは、そこで中国チームの少女チャン・メイと出会う。

先日見た「ザ・コンサルタント」では主人公が高感度自閉症という設定でありました。
方やこちらは自閉症スペクトラムということで。

似て非なるもの?
まぁ人それぞれで症状や状況は違うのでしょうが。

この主人公ネイサンは全く社会性がないというわけではなく。
少々難しいところはありつつ、数学に関しての才は並外れていると。そして唯一 彼と“合う”存在だったのが父親で。
しかし その父が事故で亡くなってしまい、その後 母ひとりによって育てられていくのですが。

愛情はあるんですよ。親子ですから。
だから しいて言うなら“合わない”母と子と思いました。

そして母は彼の数学の才能を生かすべく、ある数学教師に個人指導を依頼。また国際数学オリンピックの存在も知り、それを目指していくことに。
やがて数学オリンピックに向けた合宿の場で、ネイサンは中国チームのチャン・メイと出会います。

しかしある出来事で 二人は離れ離れに。
ネイサンは全てを投げ打って 彼女を探します。

こういう言い方すると元も子もないんだけど、たぶん それは恋なんでしょう。
でも そもそもコミュニケーションが苦手なネイサンにとっては、恋という概念自体が希薄なのかもしれません。

ですが、あの別れの日を思い出し、彼女を無くしてはいけないと思い立ちます。
と同時に、母ともわかり合うことになるのですが。

わたくし自身、この作品を見ながらイマイチ乗っていけなかったんですよね。ある瞬間まで。
ところが まさに母と子が打ち解けられた瞬間、思わずホロリ…泣けてしまいました。

しかも まさか あんな手法で彼が笑うとは思いませんで(笑)
もう それだけで、なんか良かったなと。そんなことを思わされた映画でした。

それから、ひとつのストーリーとして、ネイサンが数学オリンピックで活躍するのかと思いきや、あんなことになってしまったので。
それもまたちょっとした驚きでしたね。

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鼻とイモで全て解決
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2017年01月13日

ふたりの桃源郷

佐々木聰
田中寅夫、田中フサコ、ナレーション・吉岡秀隆
還暦を過ぎ、余生を送る場所として 以前暮らしていた“山”を選んだある夫婦。そしてその家族を25年に渡り追い続けたテレビ番組を再編集した映画版。

先日発表になった「2016年 キネマ旬報ベスト・テン」にて、文化映画部門で1位に輝いたドキュメンタリー。
元々は山口放送が自社制作のドキュメンタリー番組として取材を行っていたもので。その都度 放送されていたもの 25年分を、映画版として再編集した作品。

一番最初に少々失礼な物言いしますが。
冒頭に映し出された おばあちゃんの顔立ち、そしてヘアスタイルが なんとなくJBさんに見えまして。なかなかファンキーだなと。
実際のおばあちゃんの元気な立ち居振る舞いは、やっぱりわたくし的にはファンキーに映ったのですが(苦笑)

閑話休題。
戦後間もなく、「自分たちの食べるものは 自分たちで作ろう」との思いから、ふたりは山を切り開き ほぼ自給自足の生活を行います。
しかし 子供たちの成長を考え、一旦大阪へ。タクシードライバーとして子どもたちを育て上げ、手が離れた頃合いに ふたたび山での生活を始めます。

自分たちの速度で、自分たちの生き方で、山で暮らすふたり。
しかし それぞれ独立した3人の娘たちは「いつまでもこのままではいられない」としばしば思うのですが。
やはり ふたりは「自分たちでできることは自分たちで」と、山へ帰っていきます。

ですが当然ながら ふたりにも“老い”という問題がやってきて。
そして気付けば ふたりを見守る娘たちも“高齢者”という年代になっていきます。

リチャード・リンクレイター監督の「6才のボクが、大人になるまで。」や「ビフォア」シリーズも リアルな年月をかけた人間ドラマなんてものもありますが。
こちらは元はテレビ番組のそれではありますが、ここまで長期に渡って取材をするというのもスゴイですね。

監督のコメントでは、テレビ放送した際にも“ここが”というひとつではなく、様々な場面に 何かを感じる視聴者の声が寄せられたと。観る人の数だけ思いが生まれる作品になったと語っておられました。
それほどまでに 見るべきところ、感じる点が散りばめられています。

山での暮らしへのあこがれ、家族の結びつき、老いとの向き合い方。そして別れまで。
わたくしも 見ていて涙がこぼれそうな場面がいくつかありました。

病気で歩行も困難になったり、認知症で記憶があいまいになっていったり。流動食を口に運んでもらって食したり。
当然のごとく 老化って、見ていて辛いなと・・・

いや待てよ、生きていたら誰でもそうなっていくんだよね。
しかも このふたり、ずーっと自分たちの好きな山で暮らし続けて。今も子どもたちに想ってもらってるわけじゃん。メッチャ幸福やん。
あぁこの涙は幸福な涙なんだな。

タイトルにある“桃源郷”とは。
辞書によれば「世俗を離れた別天地。理想郷。ユートピア」とされています。

確かに この山がふたりの桃源郷であり。
我々観客からすれば ふたりが桃源郷だよねと。
そんなことを思わされました。

ちなみに その桃源郷は、また次のふたりの桃源郷となり。
引き続き取材されているとのこと。
桃源郷は有り続けます。

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廃バスが寝床とは
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2017年01月08日

ひそひそ星

園 子温
神楽坂恵、遠藤賢司、池田優斗、森 康子
幾度となく大きな災害と大きな失敗を繰り返してきた世界。ロボットが8割、人類が2割となった未来の宇宙。
アンドロイドの鈴木洋子は宇宙船に乗って星々を回り、人間の荷物を届ける宅配便の配達員として働いていた。

率直に言うならば、よくわからんがキライじゃないと。

振れ幅の広い作品の数々を撮ってきた園子温監督が、震災後の福島で多くのロケを敢行。地元の被災者の皆さんが出演もされています。

そもそも今作の脚本や絵コンテは1990年ごろに作られていて。
諸々の事情で製作されなかったとのこと。

ちなみに近年では絶えず作品を撮り続けていた園監督。特に2015年は4本もの新作が公開になっていて。
だからなのか、なんなのか、そろそろ“自分の為に”撮ろうかというモードになったのかな。
だから主要キャストも私生活でのパートナーであったりするし。

仮に私的なものであったとしても、初期のようなただのアングラとも受け止められそうな作風ではなく。このような作品に仕上がったのかも。

設定もあって、キャラクターもあって、展開もあって。
でもそれらを構成して一本になっているというわけではなく。(これまでの監督経験や人生に於いて)その都度 感じたことや表現したいことを、一本の中に配置していったような。
だから このシーンはこうであり、あのシーンはあれを表現していたり…

監督自身 それをひとつひとつ種明かするつもりもないだろうし、観客も一本筋の通った作品として理解することはできないでしょう。

なのでわたくしも「これはこうなのか」と「あれはあぁなのか」と。そんな風に鑑賞しました。

数年の誤差は厭(いと)わないとして、人間の元に届けられる宅配便。

あの箱に入ったそれぞれは他愛もない物体かもしれない。でも 届けられる側にとってはとても尊いもので。
各々に秘められた大切のバロメーターは誰にも計れないものなんだろうね。

でも あの空とか海とか草木は誰にとっても平等なもので。
だから色が付いて見えたのかもしれない。

終盤、影絵のように映し出された人々の暮らし。なんとなく暖かみをもった昭和に感じられて。
でもそれはここには無いんだよね。もう全部 障子の向う側のものなんだよね。

かつて人が住んでいたであろう街並みの中を、自転車で走り抜けていきます。
街があったってことは、今ではもう人も暮らしもぬくもりも失せてしまった世界なんだね。

あの廃墟を劇映画のセットとして作ろうとしたら、とんでもないコストかかるだろうな。
でも、あれ現実だよね。リアルに多くのものを奪われた街なんだよね。
それを思うだけで、不思議な悔しさが込み上げてきます。

なんでアンドロイドがクシャミするんだろう?
誰かが鈴木祥子のことを思い出して、ウワサ話でもしてるのかな?
だとすれば、数年間も宇宙を彷徨ってるようにみえる彼女も、間違いなく誰かとつながっていて。決して孤独じゃないんだろうね。
アンドロイドですらね。

長い年月をかけて、人々の元に宅配便が届けられるって話だけども。
そもそも このストーリーだって、着想から25年が経って完成したわけであって。
もともとがタイムカプセルなんだね。

というのがわたくしの感じたこと。
園監督の思いとは全然違うかもだけど。
作品というのは世に出た以上、受け止めた側のものでもあるからね。

やっぱり、よくわからんがキライじゃない一本であります。
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2016年12月12日

変態だ

安齋 肇
前野健太、月船さらら、白石茉莉奈、奥野瑛太
大学のロック研究会を経て ミュージシャンになった男。その後 結婚し一児をもうけ、幸せな家庭を築きつつも、学生時代から続く薫子との関係を断ち切れずにいた。
ある日 地方の雪山で行われるライブに薫子とともに出かけるが、その客席に妻がいることに気付いてしまう。

原作は みうらじゅんが2014年に発表した短編小説。そしてソラミミストとしてもおなじみの安齋さんが初の映画監督に挑戦。

尺は短めの75分。基本全編モノクロではありますが、とても重要な場面だけ(?)カラーになってくれます。ありがたいことです(笑)

学生時代、無理やり入部させられたロック研究会。
わけもわからず、ただギターを弾いていた男。

しかし先輩が音楽を辞めてしまい、それならば〜と自らが奏でた曲が 意外にも人の心を捉えることになり。やがてプロのミュージシャンとして活動をしていきます。

やがて結婚して子供にも恵まれ、一見幸せな家庭を築いた彼には裏の顔があり。
それは変態プレイに興じることであると。

亀甲しばりにボールギャグ。様々なカタチで責められてる男。
前日には妻を責めていたにもかかわらずで。

みうらじゅんさんのコメントに「生まれつきDNAに組み込まれたものだったのか?」との文言があります。
そこから察するに、変態とは何ぞやと問うたのでしょうか。

事実 縛られて鞭で打たれること、誰もが受け入れるものではありません。
しかし受け入れるどころか、求めるものも中にはおります。
まさにこの男がそうなんだけど。

一方で、男は誰に教わったわけでもなく、美しい曲を奏でることができました。
それが持って生まれた才能とするならば、変態という嗜好も ある意味持って生まれた才能であるのかも…
そのような考えの下、この作品が生まれたのでしょうか。

吹雪の中、雪山で繰り広げられる終盤の展開。
変態性と生を問うものだったのでしょうか。

シュールであったと片付けるのは どこか逃げのような気もして。
ハッキリ言って よぅわからんというトコではありますが。

考えてもごらんなさい。
これまでの日本の名作と呼ばれた作品の中にも 常人では理解しがたいものもあったはずで。

それが文学だと代々残っていくものだとするならば。
今作はみうら文学の金字塔とも言えるのではないでしょうか。

決して万人ではないにせよ、この作品を名作と呼ぶ人は存在することでしょう。
そう言える人こそが、変態なのかもしれません。

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才能、変態、そして熊
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2016年12月04日

フルートベール駅で

ライアン・クーグラー
マイケル・B・ジョーダン、メロニー・ディアス、オクタヴィア・スペンサー
2009年、新年を迎えたばかりのサンフランシスコのフルートベール駅で、22歳の黒人青年が、警官に銃で撃たれ死亡した。
その前日である 2008年12月31日。彼はどのように過ごし事件に至ったのか。

2013年制作のアメリカ映画。
サンダンス映画祭で作品賞と観客賞をW受賞後、2014年3月に日本公開されました。
公開からずいぶんと時間は経ってますが、DVDにて鑑賞しました。

実話を元にした作品というものは、昨今ではとても多く作られております。
そしてモデルが現代に近い出来事であればあるほど、詳細な資料があり、写真があり、なんならまだ本人が存命であることも。
この映画にあっては主人公は命を奪われてしまっておるわけですが、実際の動画が残されておりまして。

たいがい本編の終了後、その後の経過と共に写真や映像が映し出されるわけですが。
今作では、冒頭に その実際の動画が流されます。

見る側の緊張感をグッと引き上げたところから映画が始まる構成。
それがとても効果的だと思いましたね。

その日は母の誕生日。
娘と遊び、
家族と少しケンカをし、
友人と笑いあった。
僕の人生、最後の日だった。

というチラシの文言そのままですが。
悪く言うなら、遅刻がたたって仕事をクビになり、やむを得ず密売で稼ぐべきか…と。そんな一面もあるんだけど。
家族思いで、仲間思いで。なんとか仕事について、パートナーとも籍を入れて人生を立て直そうとしていた矢先の悲劇。

いや、単なる悲劇じゃないかな。
その民族に根付く何がしかの“意志”であり“悪意”みたいなのを感じてしまいます。

聞いた話ですが、当の警官は相手を失神させる銃(劇中に出てきた黄色いヤツかな?)と間違えて、実弾を発射してしまったと。
そんな過失もあり、11か月で出てこられたそうです。

もう何とも言いようがないんだけど。
公開からずいぶんと時間は経ってますが…いや、事件があった2009年からはもっと経ってますが。
今もって何も変わっていない印象があるよね。

あとは、映画を見た人 それぞれがどう思うか。
実状と照らし合わせてどう思うかですよね。

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8年が過ぎても…
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2016年12月02日

ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気

ピーター・ソレット
ジュリアン・ムーア、エレン・ペイジ、マイケル・シャノン、スティーヴ・カレル
20年以上仕事一筋に生きる女性刑事のローレルは、ステイシーという若い女性と恋に落ちる。年齢、性別、偏見などを乗り越え、二人は一軒家を購入し一緒に暮らすことに。
しかしローレルにガンが見つかり、余命半年と宣告される。彼女はステイシーのために遺族年金を残そうとするが、同性のパートナーへの受け取りは法的に認められなかった。

一応 どんなテーマでどんな設定なのか、入れてから見るべきかな?
冒頭、おとり捜査で麻薬犯を捕えるシーンは普通にクライムストーリーのそれで。
この後 主人公がどんな犯罪組織から狙われるのか…という印象。

ですが、つづいてバレーボールのレクリエーションかと思えば、よく飲み込めない会話のやり取りから、ローレルとステイシーが“デート”に至ると。

まず主人公は刑事ですが そっち方面の話ではなく。ローレルとステイシーが仲良くなるのはレズビアンであること。なおかつ歳の差があるので、見てる方としては 多少あらすじを知ったうえでないと混乱するかもですね。

同姓の歳の差カップル。世間からの偏見を気にしつつ、家を買い、犬を飼い、“パートナー”として暮らし始めます。
ところがローレルがガンを患っていることが分かり、せめて自身の遺族年金をステイシーが受け取れるようにと訴えますが、同性のパートナー同士でのそれは法的に認められなかった。

そこでローレルのバディであった男性刑事や同姓愛者である活動家らが、制度改正を求めローレルのサポートに立ちあがり、郡政委員と相対するわけですが。

実話がベースであり、尺や展開もコンパクトにまとまっていて見やすいのはいいんですが。わたくし的には ノリきれない流れでもあったかな。
登場人物の想いに一体感が得られなかったのが気になりまして。

ローレルが求めるのはあくまで平等な権利。ステイシーも当初は 権利よりも病に打ち勝つ方にモチベーションが向いてましたね。
多くの同性愛者を束ねる活動家は、なんならローレルを“ダシ”にして同性婚を見据えているようで。
真摯にローレルの力になろうとする かつての相棒の刑事ですが、それ以外の同僚は なかなか重い腰を上げない感じもあって。
見ていて結末に向けてグイグイ勢いが増す風にはなかったなぁ。

郡政委員にも温度差があって。それはいいんだけど。
その郡政委員の裏について触れる部分も「これで大逆転!」というカタルシスには乏しく。
5人のうち1名が欠席したことで「満場一致はない」ということだったのに…あれれ〜って感じで。

感想の中には感動したという声もあるにはありますが。
正直、スッとしなかったですね。わたくし的には。

ただし、エンドロール前に映された モデルとなった実際の二人の笑顔には、グッとくるもの、ありましたね。

余談ですが、今作に製作としても名を連ねているエレン・ペイジは、自身が同性愛者であることをカミングアウトされているそうです。
スティーヴ・カレルがどうなのかは知らないっす。

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ジュリアン・ムーアの髪型も見どころ
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2016年11月04日

ベイブルース 〜25歳と364日〜

高山トモヒロ
波岡一喜、趙a和、安田美沙子、小川菜摘、石田えり
漫才師を目指す河本は、高校の同級生である高山と共にNSCの門を叩く。卒業後はコンビ名を“ベイブルース”とし、新人賞を次々と獲得。将来を嘱望されるコンビとなった。
しかし 1994年秋、河本はテレビのロケ中に体調不良を訴え、入院を余儀なくされる。

ベイブルース。河本栄得と高山知浩のコンビ。
高校卒業後にNSCへ。雨上がり決死隊、トゥナイトのなるみ、ナインティナインの矢部浩之の兄・矢部美幸らが同期の7期生。
卒業後は様々なコンテストで受賞するなど若手芸人として頭角を現していきます。

印象として、河本はネタに対して結構厳しかったとか。一方の高山はポーッとした雰囲気で。
当時 ネタも見たことあるし、名古屋でレギュラー出演してた番組もあって、それとなく馴染みはあったんよね。

あるとき、ふとその番組を見たときに河本の訃報を聞きまして。
追悼VTRが流れ、高山が悲しみを感じさせることなく「河本〜ネタ帳、どこにあるんや〜」と訴えかけてたのを覚えています。

それから20年が経って、2014年に公開されたこの映画。
気になってたんだけど、DVDではありますが やっと見られました。

ちなみに誕生日が1968年11月1日。そして1994年10月31日が命日と。
ちょうど今ぐらいの時期だったんだね。

映画としては、決して面白い感じでは。そのまま二人のヒストリー。
もうちょっとユーモア入れるか、泣かせに走ってもよかったんじゃない?と思わんでも。

でも本職の監督でもないし。高山さんやし(苦笑)
それに倒れてから亡くなるまで2週間ぐらいと。泣く余裕も無いままだったのかな。

少々失礼なこと言うならば。これはこれで ひとつのメモリアルであって。
芸人としてのベイブルースを偲ぶのであれば、実際のネタを見たい思いもあったりして。

そんなこと思ってたら、エンドロールの際に ネタの音声が流れましたね。
テンポも早くて勢いのある漫才やってたんだなと、あらためて思わされました。
これが20数年前なんだよね。

劇症肝炎による脳出血。25歳と364日。ベイブルースとしての活動期間は6年も無いぐらいなのか。
もし存命だったら…とか言うのは野暮なことだろうけど。
もっと見たかったよね。ベイブルースの漫才。

今となっては、こうして思いを馳せることが、せめてもの…かな。
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2016年10月31日

PK

ラージクマール・ヒラニ
アーミル・カーン、アヌーシュカ・シャルマ、スシャント・シン・ラージプート
留学先で大失恋し、今は母国インドのTV報道局で働くジャグー。ある日 地下鉄で黄色いヘルメットを被り神様の絵に“行方不明”と書かれたチラシを配る男と遭遇。
テレビのネタになると思い男に取材を試みると、彼は途方もない いきさつを語りはじめるのだった。

「きっと、うまくいく」の監督と主演が再タッグ。となれば、この作品も“きっと うまくいく”のではないかと。
そんな期待を込めての鑑賞。

事前情報でわかっていたのは、謎の男がインドで神様を探す…という一点。さすがにそれだけでは内容が全く読めないんだけど。
しかし 冒頭からとんでもないものが飛んできてビックリ!

これ最初のシーンでわかるのでネタバレ感に乏しいので書きますが、主人公は宇宙人なんですね。
それもあって地球上のアレコレに変な解釈をしたり。神様や宗教観が全く理解できていなかったり。おまけに あのギョロ目に大きな耳も合点がいくかな。
そのトンチンカンな振る舞いから「PK(酔っぱらい)」と呼ばれるようになります。

すると今度は いきなり舞台はベルギーへ。
テレビ制作に携わるのが夢というジャグーのパート。
彼女と恋人の存在。父親との関係。この辺りが描かれます。

それからインドに戻ったジャグーがひょんなことから PKと出会い、彼の主張に共鳴。それを訴えていくわけですが…

その主張というのは、神とは何か、宗教とは…信仰とは…
そもそも人口も多く、近隣諸国との関係から その辺りの問題はデリケートな部分もあるとは思いますが。
我々日本人はクリスマスで騒ぎ、正月には初詣に参り、近所の仏様にも手を合わせる。そもそもがフランクな(?)信仰スタイル。

なのでこの映画のタブー感や不可思議な事情は肌感覚で理解はできないのかもだけど。
でも もちろん言いたいことはわかります。そこはさすがに。

そのうえで言うならば、やはりこのストーリー展開で2時間半は長かったかな。全般的に冗長な印象はぬぐえなかった。
んで コメディの線にしても、そんなにバカバカしく笑える感じも少なかったか。

もしかしたら PK=宇宙人 というのをもっと隠しておくとか、留置所での回想シーンで観客に明かしても良かったんじゃないかな。

全体を通して、グッと感情移入できる感じでもなかったし。
終盤のネコと手紙のエピソードも「うまい」とは思ったけど、それほど泣けはしなかったしね。

前作の「きっと、うまくいく」からの流れで期待をしちゃってましたが、う〜ん やっぱそんなにうまくはいかないか!?
わたくし的にはいくらか長く感じた2時間半でした。

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インドでは そんなに車も踊ってるの?
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2016年10月12日

淵に立つ

深田晃司
浅野忠信、古舘寛治、筒井真理子、太賀
小さな金属加工工場を営む鈴岡家に 夫・利雄の旧友・八坂が現れる。利雄は彼を雇い入れ、自宅の空室を提供。誠実で礼儀正しい八坂の姿に、妻の章江も、娘の蛍も彼に好意を抱いていく。
しかし八坂は 家族に残酷な爪痕を残し、姿を消してしまう。

カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞受賞作。
こう言ってはなんですが。決してメジャーな監督でもないし、有名どころも浅野忠信しか出ていないし(しかも前半でアウェイ)。
しかしながら映画としての見応えは超・ヘヴィー。

もちろんクオリティの高さと後味の良さは必ずしもイコールではないのですが。

夫、妻、娘。ある意味 平凡な家庭に、素性のしれない男がやって来ます。
そうは言っても 我々観客的には“絶対に怪しい”感を受け止めながらでありまして。
変な話、家族に浸透していくくだりは 眠気すら漂ってきちゃったんだけど。

そして中盤。案の定 その奥に隠された、もうひとつの顔をあらわにしていきます。
“やっぱりか”というところでもあったんだけど。

しかし その男の残した傷というのが、いくらか想像以上の酷さを伴っていて。
やぁ、見ていて、ひたすら辛かった。

夫は男を探し出して、せめて真相を聞き出したいと願い。妻は 過去は忘れて前に進みたいと願い。
そんなところに、男の“手がかり”が示されたことで…

この手の作品って、どこかに救いなのか希望なのかあるものだけど。この映画には それが無いのかな。
しかも、元々あった幸せを壊すではなく、元々絆があったのかすら怪しく見えて。

初めから危うかった家族というコミュニテイ(厳密には夫婦関係か)を、さらにズタズタにしてみせるような。
なんなら よくもまぁこんな残酷な物語を書けるよなと。そこまで思っちゃうね。
ちなみに原作は深田晃司監督自身の小説ということですが。

役者陣は全員素晴らしかった。
あの飄々とした雰囲気と怖さの中間をキープした存在感は浅野忠信にしか出せないかも。
古館寛治さんは サブのポジションが多いし、メガネとヒゲに隠されたぼんやりしたキャラが大半なんだけど。今作では 見事に話の軸となっておられて。

そして筒井真理子さんの前半に見せる色気を残した母親としての顔。そして後半は娘を思うがあまり心身ともに変わり果てた姿を披露されてて。
なんでも8年後の撮影に入る3週間のインターバルの間に13kg体重を増やしたそうで。
あの変わりようは強烈な説得力を保ってみせましたね。

ストーリーの鍵となる難しい役どころだった太賀くんも良かったですね。
イケメンでないと見向きされない世の流れはありましょうが。彼のような一見 普通の若者で。しかも芝居の上手いのは今後注目ですよ。

まぁ演技が上手いとは言いましたが。正しくは振る舞いやセリフが不自然じゃないという感じで。
太賀くんも古館寛治さんも ふとした瞬間に上手さを感じさせるんよね。

前半と後半の8年の間に、この家族に何が起きてどんな変化があって。
その描かれていない部分が伝わるから、見ていてより辛くなってしまいます。
でも やっぱり、初めからつながりは薄かったように思うけどなぁ。

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早食いは刑務所の名残り
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2016年09月26日

ハドソン川の奇跡

クリント・イーストウッド
トム・ハンクス、アーロン・エッカート、ローラ・リニー、オータム・リーサー
2009年1月15日、真冬のニューヨーク。その上空で旅客機が事故により全エンジンが完全停止。しかしサレンバーガー機長の瞬時の判断で、ハドソン川への着水を敢行。乗員乗客155名全員無事という奇跡の生還を果たす。
一躍 国民的英雄として称賛を浴びる機長だったが、彼の判断を巡り、国家運輸安全委員会の追及が行われることに。

“名匠”イーストウッドの新作は、2009年に起こった USエアウェイズ1549便不時着水事故、通称“ハドソン川の奇跡”の映画化。
主人公は旅客機の機長なのですが、トム・ハンクスはそのイメージ打って付けですな。わたくしの印象ではね。

バードストライクにより全エンジンが停止。マンハッタン上空850メートルという低さで空港に戻るのはリスクが高い。そこで最善の策としてハドソン川への着水を決意。
その着陸の技術も素晴らしく、乗員乗客155名全員無事に着水に成功したという。

もちろんそれだけでも十分なドラマですが、今作はその後に そんな危険なことをせずとも、近隣の空港に戻ることも可能だったのではと。
奇跡のヒーローから一転、乗客を危険に導いた機長として、国家運輸安全委員会から審問を受けることになっていくと。

そこまで書いても、映画としては 決してそんなに壮大なストーリーではないかな。
それに状況が大きく変わっていく際のポイントも驚くような“ひらめき”ではないし。
ただし その顛末の見せ方、構成が素晴らしく、なおかつ96分というコンパクトな尺に収められていることもあり、見終わると実にスッキリ。
それも含めてイーストウッド監督の手腕と言うべきか。

さて 当然ではあるけど、映画の山場となるのは着水から救助までの“再現フィルム”パート。
もちろん史実としてわかっている以上「助かるのかしら?」というドキドキはないのだけれど。
それでもね、見ていて思わず目頭が熱くなる感覚を覚えたんですよ。

乗員乗客ら、そして救助にあたった人たちの「全員無事に助け出す」という姿勢。その描写がたまらなかった。

ニューヨークという街…そして飛行機…とても辛い出来事を乗り越えてきているんですね。
それらを体感してきた人々の思いと言っても良いのかわかりませんが、少なくともわたくしには“9・11より成熟したNYの心”を感じてしまったんですね。あの救助シーンにね。

今作のエンドロール・キャストの中に“himself”もしくは“herself”という表記がいくつかありました。
すなわち、実際に当時の事故に関わった本人が、今回の映画にも 本人役で出演されておると。
それもまた、この映画のリアリティにつながっているのかな。

さすがはイーストウッド作品。
大作感はなくとも、しっかりと「素晴らしい洋画を見られた」という思いを残してくれますね。

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“Hudson”ってゲームメーカーあったよね
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2016年07月20日

ファインディング・ドリー

アンドリュー・スタントン
(声)室井 滋、木梨憲武、菊地 慶、八代亜紀
「ファインディング・ニモ」から1年後の世界。なんでもすぐに忘れてしまうナンヨウハギのドリーだったが、ただひとつ忘れなかったのは“家族の思い出”であった。
ドリーはかすかな記憶を頼りに、ニモとマーリンと共に家族を探す旅に出る。

「ファインディング・ニモ」から1年後の設定。とはいうものの、現実世界では13年も経っておりましてな。
「ニモ」も見てるけど、さすがにあまり覚えがないのだが(苦笑)

そういった細かいことは抜きにして、率直に今作を見た感想は…やっぱり わたくしにはダメだったわ。
ストーリーとしては、両親とはぐれてしまったドリーが、周囲の助けを得ながら家族と再会するまでを描いたものですわね。

ハッキリと明示はされてこそいないけど、ドリーは記憶障害なのかな。
症状としては 細かな記憶が続かない〜というものですが。

わたくし的には あれだけベラベラしゃべって、一カ所にジッとしていられなくって。
多動性障害?アスペルガー?いろんな見方ができるかとも思ったんだけど。

幼少時に親と生き別れて。それなりに成長した状況から映画は展開。
あんなに記憶のままならないヤツが、そこそこ大きくなるまで放浪していたってのも少々心配なのだが。

周囲には優しい生き物ばかりで。わりと普通に、ドリーはドリーとして接しているんだけど。
どうなのかな、記憶障害のある子には それ前提で応対しないと、いくらかまずいことになりゃしないかと。その点から考えて、マーリンが怒鳴ってしまうシーンなんてのはリアリティありましたね。

それはさておき、わたくしが映画としてツラいなと感じたのは、展開の早さとセリフの多さ。
登場人物(?)は皆よくしゃべる。それでいてドリーが「忘れちゃった」で話を止める。
映像的にも あっちの海から こっちの水槽まで、どんどん転がっていきます。

そのくせ、決して大きな事件が起こっていないんじゃないかと。
その中に“悪役”が登場するでもなく。基本的に主人公が迷路の中をグルグル回るお話で。
それを あのペースで見せられ、あのペースでしゃべられて。
疲れた〜を通り越して ちょっとアタマ痛くなってきたし。

そして終盤のカーアクションのパート。ワシ、こういう道徳無視をまるで美談のように見せるのは大キライで。
あのカワイイ ラッコちゃんたちを盾にしてトラックを止めたり、タコに車を暴走させて逆走させるのは大迷惑でしかないのだが。

そんな大パニックの果てに、感動の再会はちょっとノリきれなかったよね。既に頭痛だったしさ。

エンドロール後のエピローグも、そういうことなのかな〜はわかるけど、イマイチ本編のテーマとリンクしていない蛇足な印象が拭えなくて。
それ自体は良いことなのはわかるけど。

序盤に 舞台のお芝居の演出っぽいなってのはちょっと考えたけど。あまり意味ないことだけど。
結果的に、これだーって場面が印象にない。

強いて言うなら、八代亜紀って何回言うねんと(笑)
これはいい意味でのインパクトだったか。
あとマーリンが木梨憲武というのをエンドロールで見てビックリしちゃった。

ぶっちゃけ、起承転結で言うなら、最終的にドリーがパパとママと再会を果たすのは…織り込み済みなわけなんですよ。
なので そこに至るまでの部分にサプライズ的な何かが欲しかったか。

あるいは ああいうキャラの子ならではのメッセージが欲しかったかな。
むずかしいかもしらんけどね。

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ベッキーは汚名返上できたかな?
posted by 味噌のカツオ at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月26日

FAKE

森 達也
佐村河内守
2014年にゴーストライター騒動で話題となった佐村河内守氏を追ったドキュメンタリー。

様々なメディア、様々な業界で話題となっている作品。
名古屋地区での公開初日に見てきました。しかも監督のトークショー付きで。

タイトルの「FAKE」を一般的に訳すと 偽造、見せかけ、いんちき の意ではありますが。
奇跡の作曲家と言われた佐村河内守とは、はたしてどんな存在なのか。

この佐村河内氏を見ていると、やはりどこか胡散臭く見えてしまいます。
そうなると 映像のどこかに“アラ”があるんじゃないかと、余計に意識を集中させて見入ってしまいました。

佐村河内氏と妻と猫が暮らすマンション。
タバコを吸いにベランダに出ると、電車の音、遠く聞こえるバイクの音、あるいは様々な生活音。
これらの音も 彼には聞こえていないのか?

部屋は終始薄暗く。
これは途中でわかったんだけど、目が悪いので強い光が苦手なようで。

そんな薄暗い中での食事シーン。
奥様の作ったハンバーグに手をつけることなく、ジョッキに入った豆乳を黙々と飲み続ける佐村河内氏。
劇場内、妙なクスクス笑い。

そんな感じで、ほぼほぼ全編、緊張感と何とも言えない“ユルさ”が漂っていました。

冒頭の監督によると、描きたいのは佐村河内氏の怒りではなく悲しみだと。
様々なメディアが、彼を起用したいと、取材したいと訪れますが。
確かに その行く末は、どこか悲しげな着地点となります。

そこで監督は彼にある提案をいたします。ある意味 驚きの提案。
その代わり「僕も映画ができるまでタバコやめますよ」と監督。
これにはニャンコも目を丸くしてビツクリ(笑)

これがいわゆる「ラスト12分間の衝撃」につながっていくのですが・・・ネタバレになってしまうので細かくは言えないけれど。。。
わたくし的には それがとても神々しい光景に映ったのですが。

この映画を見終わって。
ホントに十人十色ではないけど、見た人それぞれで引っ掛かるポイント。感じる事。彼が聴こえているのか、いないのか。
様々だと思いました。

「監督も以前取材されたプロレスもガチなのか八百長なのかが着いてまわります。でも良い試合を見たら、そういう論調はどうでもよくなります。
佐村河内氏がホンモノなのかFAKEなのかも、ラストのアレを聴いちゃうと、どうでもよくなります。
そのうえで、今の社会ってどうにも白か黒かをつけたがりで、FAKEが入り込む隙が無いんじゃないかと。
この作品は、そういったことへのメッセージにも思えました」

上映終了後、パンフにサインを入れてもらいながら、わたくし監督に直接感想をお伝えさせていただきました。

その帰り道。その自分の言った言葉を また一歩引いて考えると。

もしかしたら 佐村河内氏の残した素晴らしきアレも、実はFAKEであって。ガチじゃないのかもしれないね。
それに、この映像に残されていない部分で、打ち合わせや演出を施しているのかもしれない。
そうだとすれば、それを知るのは、たぶん、猫だけなのかも(笑)

まぁ仮にこの作品全体がFAKEであったとしても、素晴らしい“ドキュメンタリー映画”を見た事実は変わらないわけで。
これを糾弾したり、穿った見方をするよりも、全てを飲み込んだうえで 各々が意識するべきなんでしょうね。

結局 佐村河内氏が怪しいとしてですよ。
この鑑賞後に あらためて全体像をよーく見てみると、新垣氏やジャーナリストの神山氏も“同じくらい”胡散臭く見えます。
率直な印象です。

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監督、ケーキいくついただいたん?
posted by 味噌のカツオ at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月09日

ファイナル・ガールズ 惨劇のシナリオ

トッド・ストラウス・シュルソン
タイッサ・ファーミガ、マリン・アッカーマン、ニーナ・ドブレフ
母を亡くしてから3年。マックスは女優だった母が出演していたホラー映画の上映会に誘われる。
しかし上映中に映画館で火災が発生。スクリーンを切り裂いて逃げようとしたマックスたちは、なんと映画の世界へ入り込んでしまう。そこで当時の母と再会を果たすマックスだったが、殺人鬼も現れて…

日本未公開作品ですが、一部でなかなか話題になっていましてDVDにて鑑賞。

こういったホラー映画はいろんなスタンスで作られております。
でも それとなくお決まりのパターンが「あるあるネタ」として語られることはありますね。
そういうのって 日本でもアメリカでも変わらないのかな。

また それを逆手に取って、ネタとして映画に取り取り込むのもよくありますが。
この映画は その組み込み方が、設定が上手いですよね。

ホラーテイストであり、それを逆手に取ったコメディであり。
んで異世界に入り込んでしまうファンタジーであり、見せ方としてはタイムリープものにも通じる部分も。

要は、映画ファンであれば このプロットを聞いたら自然とワクワクしちゃうよね。

それでいて展開は普通に面白いし、そこに絡むギャグ(アドリブ?)もいい感じで笑えます。
かと思えば、ママとか娘とかを織り込んだ会話に ジワっと胸がアツくなったり。

一部キャスティングの(B級を下回る)C級感が惜しい気もするけれど、そこはご愛嬌か。
そしてラストも“予想通りの” To be continued で、十分満足。

どうかするとドキドキ感ゼロで、ただビックリさせるだけのホラーとか、設定に凝り過ぎてしらけてしまうような作品も無きにしも非ずですが。
そんなの見るぐらいなら、余程 今作の方が楽しめますよ。
いや、これはこれで素晴らしい作品です。お見事!
posted by 味噌のカツオ at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月31日

ヒメアノ〜ル

吉田恵輔
森田 剛、濱田 岳、佐津川愛美、ムロツヨシ
ビル清掃会社のパートタイマーとして働く岡田は、同僚からカフェの店員ユカとの恋の橋渡し役を頼まれる。
そのカフェで高校時代の同級生・森田と出会った岡田。ユカは森田からストーキングされていると岡田に相談。その流れで告白された岡田は、なんとユカと付き合うことに。
思いもがけない幸せな日々が始まったかに見えたのだが…

V6の森田剛主演。そしてジャニーズ事務所も製作に関わっている作品。
でも 自分らが若かった頃のアイドル映画の在り方と、今現在のそれとは全くモノが違いますね。

V6をアイドル扱いしていいのかは知らんけど、少なくとも劇場には 普段見ないような若い女性がとても多かったです。
んで、そんな娘たちがこの作品を見て、どのように思うのか、感じるのか。もしかしたら「見なきゃよかった」ってぐらい、エグい場面もあるんだけど。
一応 R15+ ではあるんだけど、R18でも…みたいな部分もあります。

その一方で、一般の映画ファンの多くからは高評価を得られる仕上がりだと思います。

予告編を見ていたら、この作品のおおよその展開は認識してましたが。この本編だからこそ成し得たその演出がありまして。それがタイトルの出るタイミング。
この作品なりの2重構造だからこそですが、あのタイトルの出た瞬間は「おぉっ」と、ゾクッとなりましたもんね。

とにかく前半のラブコメパートは普通にバカバカしくて微笑ましい。
安藤さんとユカちゃんが岡田をはさんで絶叫する場面、あれは秀逸(笑)

そんなオモシロ要素を引っ張るムロツヨシ。
「変態仮面」の大金玉男ともかぶるかのようなおかしさで。でも あんなしゃべり方で、あんなプラス思考(?)のキモい人、今どきはありえそうで。
これ以上 過剰なキャラになっていたら、逆にリアリティを逸脱していたんじゃないかな。
その おかしいけど、ギリギリあるってのは大切なポイントですわね。

そしてヒロイン役の佐津川愛美がまた良かった。
有村架純に負けず劣らず、無条件にかわいい。岡田との恋人モードはあざと過ぎるかわいさ。あんな風に迫られたら、見つめられたら、そりゃ落ちますよと。
欲を言えば、もうちょっと見たかったなと。。。
ホントに欲なんだけどね(苦笑)

安藤、ユカ、そして森田と直接絡む岡田。
おどおどした態度に 安定の童貞感も濱田岳にはハマり役…と言っては失礼か!?

そしてなんと言っても森田役の森田剛が凄かったね。ホントに感じ悪かった。ホントに怖かった。
あの口を尖らせたような稚拙な口調で「初めて来たんだよ」だの「タバコ吸ってないよ」だの、取り繕うだけのウソを言う描写も上手かったし。

様々な場で狂気を振るう演技も素晴らしく怖かったし。
「殺してからヤったっていいんだぞ」などとサラリとのたまう鬼畜なキャラクターが、(良くも悪くも)たまらなかったですね。

そんな岡田と森田(V6じゃないよ)の対比も興味深くって。
同じ高校出身で、同じゲームで遊んでいたけれど、今の二人は全く別の存在であって。
でも着てるものは色こそ違えどパーカーだったり。
全く違う行為だが、女性とバンバンやってたり。

似て非なる存在とも言えるし、どこかに共通項があるのかもしれないね。

そんな二人が直接 相対することになるラスト。
岡田を人質状態にして、刃物を持ったままハンドルを握る森田。
ところが 目の前に犬の散歩をしている人を避けようとしてクラッシュ。

正直、この森田であれば そんなもん跳ね飛ばして進むだろうが!と腑に落ちなかったんだけど。
その後に、グッと感情をわしづかみにされるラストシーンが待っています。
すんなりとした後味の悪さが、一瞬で青臭く揺り戻される感じ。
やられましたわ。

ちなみに原作は古谷実のコミックス。
そちらとはアプローチや行き付く先はだいぶ違うようですが。
この映画版、これはこれで語れる作品になっております。

笑えて、ときめいて、恐怖におびえて、ちょっと泣ける…
ある意味で 今の邦画のパワーを再認識できると言ってもいい一本かも。

決して万人にはおススメはできないけど、間違いなく見応えはありますな。
とにかく森田くんがサイコで最高です!!

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スマホはソフトバンクであってほしいな
posted by 味噌のカツオ at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月27日

HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス

福田雄一
鈴木亮平、清水富美加、柳楽優弥、ムロツヨシ
姫野愛子のパンティをかぶり、変態仮面として悪と戦う色丞狂介。しかし複雑な思いに苛まれ、愛子は狂介からパンティを返してもらう。
時を同じくして世界中のパンティが消える事案が発生。未曽有の危機が訪れる中、変態仮面の前に最強の敵が現れる。

3年の時を経て、帰ってきました変態仮面。
鈴木亮平、清水富美加も前作から引き続きの出演。「もうそこそこ売れましたから、今さら“変態”でもないでしょ」などというスタンスは取らず、続投というわけで。
なんといっても2人にとっての出世作ですからね。黒歴史だなんて言わせないぞー!

それだけ時は流れ、2人が高校生から大学生になった事以外、全体の設定はほぼ同じ。
続投のキャストもいれば、柳楽優弥も参加というわけで。

何と言いますか、設定は変態だけども、こういう おバカな作品に出たいという役者サイドのニーズもあるんでしょうかね。それなりに(苦笑)

一方 見る側は、小難しいことは抜きにして、そのまんま この世界観に身を委ねるべきでしょうな。
世界中からパンティが無くなるという設定。各人のゆるいキャラクター。バカバカしい会話。
男女のスキンシップを願うではなく、あくまでパンティにこだわる変態加減。
いずれも 受け入れて楽しんで、ところどころでクスっと笑ってね。

“おいなりさん”ネタもバンバン。それはパットではなくバットだとかも良かった。

何だかよくわからんけど「モテキ」到来のわっしょい わっしょいのシーンであったり。
変態らしく縛り用の縄でビルの谷間をすり抜けていく演出も個人的にはお好きですよ。

なんなら今度の「アベンジャ―ズ」の端っこの方にコイツが見切れちゃってたりしたらサイコーなんだけど。
さすがにマーベルはそこまでウツワ、でかくないだろうな。

冗談はさておき、ちゃんと及第点の「変態仮面」だったと思います。
なんならパート2で大きく評価を下げるシリーズものが多い中、及第点をキープしたデキになっているのはお見事なのかも。

欲を言えば、もっと屋外でのバトルシーンを多くして「この格好でロケするの、恥ずかしいだろうな〜」と思わせるぐらい。作り手全体の辱めを感じたかったよね。

さて わたくしごとではありますが、この前日に「ディストラクション・ベイビーズ」を鑑賞しておりまして。
そちらでの柳楽優弥のキャラクターがなかなかキツいものがありましてねぇ。

それもあって、序盤に柳楽優弥出てきたときに「うわっ、絶対に殴られる!」と・・・
正直、頭ん中プチ混乱でしたわ(苦笑)

でも「変態仮面」→「ディストラクション〜」の順番の方がダメージがでかいかも。
posted by 味噌のカツオ at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月09日

バンクシー・ダズ・ニューヨーク

クリス・モーカーベル
2013年10月。覆面アーティストのバンクシーが1ヶ月に渡って、1日1点の作品をニューヨークの路上に発表するという。そのゲリラ的アート活動を追ったドキュメンタリー。

バンクシーという名前は「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」という作品で触れております。あれが2011年の8月ってことで、もう5年弱も前なのか。

その素性が全く分からない覆面アーティスト・バンクシーが1ヶ月間ゲリラ的に作品を展示させると。
ただし それがニューヨークのどこにどんな形で現れるのかはわからないという事で。

作品を見たいという人々はSNSを駆使して情報を集めたり、あるいは街中を駆け回って作品を探すと。
そんなアート活動を追ったドキュメンタリー映画だったわけですが。

しかしこれはこれで様々な波紋を呼びまして。
ストリートや私有地へのグラフティアート(いわゆる落書き)は そもそもが犯罪行為で。
まぁこのシリーズの最初の作品でバンクシー自身もそれをテーマにしてたりするんだけど。

とにかく そんな作品を見たい人もいれば、犯罪行為だとして発見次第塗りつぶしたり、バンクシーの創作に否定的な面々はその作品の上からスプレーをかぶせたり。
そんなわけで せっかく展示されても3〜4時間で姿を消される作品もあったり。
それを持ち帰っては ひと儲け企む輩がおったりといろいろ。

そういった作品群にはグラフティアートもあれば立体のものも。はたまた車で移動しながらなんて作品も。
そもそもアートというのは形や枠にとらわれず、何がしかを訴えかけるもの、あるいは感じてもらうもの。

映画の中でも これらがどのような意図でもって製作されたのか解説する人もおったけど。
バンクシー自身も社会への風刺的なメッセージもあるようですがね。

そうやって見た人次第で捉え方が様々なのがアートだけれど。
ある日、露天商が匿名でバンクシーの作品を60ドルで販売するというのがありまして。8枚売れたのかな。
その後に、バンクシー作でしたと公表したことで、それらが25万ドルの値が付くなんてエピソードも。

そういうのを見ると、ん〜結局は作品うんぬんではなく、作家次第で価格・価値が決まっていくってことなんじゃんと。
もちろんこれまでに素晴らしい作品を残してきたから名前が上がっているというのも事実だろうけど。

良し悪しはさておき、そんなアートの価値というのも曖昧なもんだなと思ったりしてね。

そんな作品の数々を一度に見ることができるという意味では、やっぱりこれはこれで面白いもので。映画で見るミュージアムとも言えるかも。
もしTOKYOで こんな風にゲリラ的に作品を“投下”するアーティストが出てきたら。それはそれで賛否巻き起こるかな。
そういう反応も含めて、世間に波風立てるのもアートの一面であると思うけどね。

ってか、そうやって世間を巻き込めるアーティストという存在がいないか!?日本には。

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アサ?ヒル?バンクシー!!
posted by 味噌のカツオ at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月22日

パリよ、永遠に

フォルカー・シュレンドルフ
キャストアンドレ・デュソリエ、ニエル・アレストリュプ
1944年8月25日未明。コルティッツ将軍はヒトラーからナチス・ドイツ占領下のパリの破壊命令を受ける。
標的はセーヌ川に架かる橋の数々、ノートルダム大聖堂、ルーヴル美術館、エッフェル塔…
スウェーデン総領事のノルドリンクは計画を阻止すべく、コルティッツを訪問する。

1年ほど前に劇場で予告を見て気になりつつ、見落としていたのでレンタルDVDで鑑賞。

わたくし自身、パリには行ったことありませんで。
それに そもそも歴史にも大そう疎いので、第2次世界大戦についてもそんなによくはわかっていない。
それでも、いや それだからこそ、こういう映画で史実の一端に触れようかなと思った次第。

美しいパリの街。しかし 実際にはそんな危機が迫っていたと。
誰もが知るパリの名所たる名所、全てを爆破、焼き尽くさんとする恐ろしい計画。
もちろん“美”としての視点もそうですが、そこには多くの人も存在するわけで。

アドルフ・ヒトラーからの指令。
家族を人質のように取られてしまったドイツ軍将校。その命令に背くことは自身の、また家族の命にも関わってきます。

一方、パリ生まれパリ育ちというスウェーデン総領事。
誰に頼まれたわけでもなく、ただ純粋に この美しきパリの街並みを守らんとするその思いから将校の説得を試みます。
しかしタイムリミットは刻一刻と近づいていきます。。。

結論から言うと、計画は実行されなかったんですよね。だってパリ、今もそのままあるから(苦笑)
その中で どのような説得と駆け引きが行われたのか。というところですが、取り立てて大胆な〜という風でもなく、わりと現実的でノーマルな印象。
それより“隠し階段”とか“ミラー”の設定のが気になったりして。

基本的に密室での会話劇。
原作は舞台で上演された芝居と聞くとそれも納得。
その分 映画のフィールドで見ると、少々物足りない感はついてまわりますが。

本編とは関係ないんだけど、冒頭に荒涼とした廃墟の古い映像がインサートされます。
まさに戦争の跡なんでしょうかね。

その国の人々が作りあげた街であり文化というものを、戦争の名の下に異国の者が焼き尽くしたという証なのかな。
あの映像が そのまま複雑な思いとして残りましたです。

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パリパリ伝説
posted by 味噌のカツオ at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月08日

ビューティー・インサイド

ペク
ハン・ヒョジュ、パク・ソジュン、イ・ジヌク、上野樹里
18歳のときから目覚めると老若男女…外見が変わるようになってしまったウジン。人に会う仕事ができないため、インターネットを駆使して家具デザイナーとして働いていた。
ある日、家具屋で働いているイスと出会い、次第に心を奪われていったウジン。イケメン姿となった日に意を決してイスをデートへ誘う。

元々は現在29歳の男性なのだが、ひとたび寝て目覚めると全てが変わってしまうウジン。
その代わり方たるや年齢、性別、国籍も様々で。

そんなトンデモ設定ではありますが、そんなファンタジーをそのまんま進めていけるのが映画の良いところ。
その設定をいかに不自然さを感じさせず見せられるのかが作り手の手腕ならば、我々もそこにどれだけ感情移入できるかが楽しむポイント。

基本はラブストーリー。
彼女にしてみれば 心は同じであることは大前提。それなら今日はどんな姿になっているのかを楽しむのも一興。
とはいうものの、それが毎日続くとなると さすがに不安になっていきます。
職場の同僚からは「あの娘、いつも違う男と…」なんて良からぬ声も出てきます。

それらを乗り越えて、果たしてそんな奇妙な男性と付き合えるのか。

もしも自分がウジンの立場だったら、彼女とどう接するか。
自分がイスの立場だったら、変わらず彼を思い続けられるか。
いろいろ試されるなぁと思いつつ。

でも、でも 究極的にはね、日々同じ姿であっても愛し続けられない関係だってあるわけじゃん。

ふと そういうことを考えるとね。
ある意味 これはこれで、シンプルでピュアな愛の物語であるのかなと。
やっぱり観客が試される映画なんでしょうな。

恋する日々のなかでイケメンもあればハゲる日もあり。子どもにでもなればおじさんにもなる。
ただしキーとなる日は わりとイケメンの時が多かったような。

もちろんイケメンの日だからこそ勝負できるってのもあるだろうけど。決定的な日にブサメンってのはなかったのは・・・
ラブストーリーだからね。コメディじゃないからかね(苦笑)

国籍までも変わっちゃうという中で、日本からは上野樹里が参加。
以外とターニングポイントとなる日の設定だったのはちょっと嬉しかったです。

イス役のハン・ヒョジュは 中森明菜さんをスラリと若くしたような顔立ちで美人やったですね。
あんなキレイな人が大塚家具におったら、やっぱ通いたくなるわね(笑)

さてさて、エンドロール時に もう一つの物語がありまして。
う〜ん、さすがに親子なんだねぇ〜と思いました。

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パスポートの写真とか、どやったん?
posted by 味噌のカツオ at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月27日

バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生

ザック・スナイダー
ベン・アフレック、ヘンリー・カヴィル、エイミー・アダムス、ジェシー・アイゼンバーグ
人類を守るため異星人と戦ったスーパーマン。だがその代償として都市に大きな被害を出してしまう。地球人にとって脅威と化したその力を取り除くべく、バットマンが立ち上がる。
神に等しい力を持つスーパーマンに、“生身の人間”バットマンはどう立ち向かうのか?

アメコミヒーローズの作品といえば昨今はマーベルコミックの「アベンジャーズ」が話題になってますが、ここにきてDCコミックスも動き出しましたぞ〜っと。
それがこの「バットマン vs スーパーマン」であります。

日本人とすれば、マーベルとDCの2大ブランドの存在や関係に それほど馴染みがあるわけでもないのが正直なトコ。
ぶっちゃけ「アイアンマン」「キャプテンアメリカ」なんてキャラクター知ったのもここ数年でしょ(笑)

その一方で「バットマン」「スーパーマン」は子供の頃から存在は知ってたよね。さすがに。
その両者が対峙するんだから気になりますわね。

ただ率直に申しまして。「アベンジャーズ」のヒーロー大集合のお祭り感であり 無駄な明るさに比べて、こっちの世界観の まぁなんとも暗いこと(-_-)
あっちが「西部警察」だとしたら、こっちは「特捜最前線」かってなぐらい(!?)

そんなハナシはさておき、個人的には「アベンジャーズ」よりもシリアスなテイストの今作のが好みではあります。
スーパーマンの前作「マン・オブ・スティール」のザック・スナイダーが監督。「バットマン」シリーズのクリストファー・ノーランが製作総指揮にと。これはこれで良いバランスでは。
その分「マン・オブ・スティール」と「バットマン」のダークナイトシリーズの予習は必須ですね。
んでないと この物語の設定が飲み込めないかもです。やぁ間違いなく。

冒頭、ブルース・ウェイン少年時代のエピソードから始まります。非常に悲しい描写ではあるんだけど、あまりの映像のキレイさについつい引き込まれまして。
この時点で「あぁ良い映画だなぁ」と(笑)

そしてスーパーマンを見つめるブルース・ウェイン。
レックス・ルーサーを介してのクラーク・ケントとブルース・ウェインの邂逅。
それに割って入る謎の美女…

そうやってストーリーは展開していくんだけど。決して眠たいわけだは無いんだが、編集が雑なのか映画としてのリズムは正直イマイチ。
ただし、スーパーマンが公聴会に招かれて〜という辺りでやっとスイッチが入ったかな。ちょっと驚きの展開でもあったので。

そこからバットマンのスイッチも入って(?)大きく話も動きだします。戦いが、バトルが始まります。
とはいえ いきさつとしては、多少 思ってたのと違ったですかね。ぶっちゃけ予告編では、スーパーマンが もっともっと一方的に悪役ポジだと思ってたので。良し悪しは別にしてね。
まぁ「ダークナイト」ではバットマンも その戦いが受け入れられていないトコもあったからなぁ。

そして新たな敵、「お前のツレだろ?」という新たなキャラクターも登場。戦いはさらにグローバルになっていきます。
正直「マン・オブ・スティール」のバトルシーンではその戦いっぷりよりも、やり過ぎる破壊のが気になっちゃってて。これ、地球滅亡すっぞと。

ところが結果的に今回もそういう規模にまで発展。
また多くの犠牲が出ちゃってないかい!?
あららら・・・(苦笑)


さて 正直なこと言うと、決して「名作だ」とか「沁みた」と言えるほどには高まっていないかな。
戦いの規模が大きくなり過ぎて、僕らの問題としてハートには響かなかったか。それとなく親子というキーワードも入ってるけど、それほどアツくはないし。

イケメンなカヴィル。そしてマッチョなアフレックも及第点。
それらのキャラクターとしての満足度はあっても、やっぱり物語としては弱かったかな。
“VSモノ”っちゃあ どうしてもそうなるでしょうが。「キングコング対ゴジラ」というわけにはいかないよね。

でも そんなステレオタイプな展開を超える要素がもっとあればよかったんだけど。
あぁラストの流れは意外といえば意外だったけど。
ただし絶妙な To be continued でしたな(笑)

それにしても暗い映画だったね。
嫌いじゃないけど。むしろ そこは好きかもだけど。

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葬式にはじまり 葬式に終わる
posted by 味噌のカツオ at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月24日

僕だけがいない街

平川雄一朗
藤原竜也、有村架純、鈴木梨央、中川 翼
売れない漫画家でフリーターの藤沼悟は、何か悪い出来事が起こると、原因が取り除かれるまでその時間がループする『再上映(リバイバル)』が起こるようになる。
やがて藤沼の母が犠牲となる事件が発生。それをきっかけに彼は18年前の小学生時代へとリバイバル。過去と現在を行き来しながら事件の真相に迫っていく。

人気のマンガが原作。ただし 最終巻はまもなく発売だと。
さらに現在並行する形でテレビアニメ版も放送中。
この映画版はオリジナルの結末という事ですかね。

なので「原作を知っている」「アニメでハマった」「全くこの作品を知らない」という各々のスタンスで評価も別れる感じ。
ちなみにわたくしの場合 予備知識は映画の予告編だけで。そのうえで…

う〜ん、なんとも難しい。
面白くないわけではないんだけど、物足りない気もする。

そもそも話の奥行きが深いので、2時間に収めるためには 細部が端折られるのはしょうがない。んでそうなると展開は雑になっちゃう。
本当なら時間軸も登場人物も噛みしめたらもっと味が出そうなんだけど。

通常であれば“コッテリ”味の藤原竜也だけど、この作品では それが最小限に抑えられております。
どうしてもあのクドい演技が〜という向きにはちょうどいい加減かも。しかし…
実際にはどこか物足りなく思えてしまったのも事実。

やはり目をひんむいてがなり立てる藤原竜也を無意識のうちに期待してしまっているのだろうか!?

そんな藤原竜也の少年時代(正しくは悟の少年時代)を演じた中川翼くん。この子がなかなか上手やったわ。
体は小学生だけど意識は藤原竜也(正しくは悟)ということで、子役ながらしっかりと暑苦しさ感じられたからね。

そして やはり難しい表現が求められたであろう鈴木梨央ちゃんも上手かったですよ。
この子役2人は素晴らしかった。

その分 有村架純ちゃんがピンとこないというか。
正直ストーリーの核には絡んでいないような立ち位置で。だったらこんなにカワイイ架純ちゃんじゃなくて、もうちょっと地味な人のが良かったような。
とにかくカワイイんだ。カワイイさのバランスと役のポジションがストライクじゃないような気がしました。

あとは石田ゆり子さんがまたステキ。見ながら「こんなにステキなのに、なんでこの人独身なんだろう」と思うぐらい若々しいの。
ただ 若々しさ故、藤原竜也の“母さん”には思えない。

そんなこんなで あれやこれやと余計な事を次々考えつつ。。。
2時間 駆け足でストーリーをこなしていくのが最重要な印象で。結果 メリハリというか、山場へ向かうタメが乏しく思えてしまった。
なんだか大きなどんでん返しや驚きもなく、ラストまで行ってしまった感じで。もったいなかったなぁ。

それ以外にもツッコミどころ、気になるポイントがチョイチョイあって。
トータルすると、2時間に収めるには、やや無理があったのかも。
決してつまらなかったわけじゃないんだけどなぁ。

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僕街diary
posted by 味噌のカツオ at 01:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする