2015年10月08日

バクマン。

大根 仁
佐藤 健、神木隆之介、小松菜奈、山田孝之、染谷将太
クラスメイトの高木秋人に誘われてマンガを書くこととなった高校生の真城最高。当初は拒否していたものの、声優志望のクラスメート亜豆美保への恋心をきっかけに、漫画家になることを決意。
彼らが目指すのは週刊少年ジャンプでの連載。果たして二人はジャンプの頂点に立てるのか?

製作が発表になってからかなり話題になっていた企画。
ですが、映画は見るけどマンガを読まないわたくし的には、その盛り上がり感を共有できず。
とはいえ、映画とあらば見るでしょ〜という感じで見てまいりまいた。

コミックの実写化には多くの否定的意見が付いて回りますし、今作に限っていえば「サイコー(佐藤健)とシュージン(神木隆之介)のキャスティングが逆では?」という声は何度も聞いたわけで。
その辺りの評価は 原作を知らないわたくしには何とも言いようがないんだけど(苦笑)

さて、さすがは大根監督と言えるような絵作り、音作りは見事でしたね。
サイコーとシュージンがライバル・エイジと競い合うバトル描写は この作品の世界観を上手く表現しておったと思います(佐藤健がカップヌードルを食べたわけではないのだね)。
そしてマンガを書くシーンでペンの走る“カリカリ”や“ザーッ”という音は(リアルでは無いだろうが)リアリティを感じました。

とにかく登場するキャラが濃いのも一つの特徴。個性的なマンガを書く個性的な漫画家らが登場するんだけど。
いやいや、そのキャラにごまかされそうになったけど、よくよく見たら今の日本映画でキーになるような役者さんばかりじゃん。

染谷将太、桐谷健太、新井浩文、皆川猿時、宮藤官九郎、山田孝之、そして リリー・フランキーですよ。
そりゃこんな人たちが一堂に会したらいい作品に仕上がるでしょ。
と言いたいところだが。。。

正直 ストーリー展開、起承転結は平凡と言わざるを得ないか。
コミックス全20巻の物語を2時間という尺の中でどこまで見せるか、どのように見せるか。それに気を使い出すと なかなか難しいわけで。

実際の原作のファンからは「よくまとまっていた」という感想も目にするんだけど、わたくしのような一本の作品として向き合うと、(あっさり言うなら)2度目のチャンスで漫画家になりました&頑張って締め切りに間に合いました〜というだけの話に思えてしまう。
もう少し 深み、驚き、意外性が味わえたらよかったんだけどね。

主演の二人がイキイキと演じているのが伝わってきたからこそ、余計にストーリーのインパクトのなさがもったいなく思えてしまう。

でもイチ漫画家が、少年ジャンプの敷居をまたぐまでの道のり。連載を勝ち取るまでのハードルの高さ。打ち切りという言葉の持つシビアさ。これが分かったのは収穫。

あとは本編が終わってサカナクションの「新宝島」(何気にいい曲)が流れてきて。本棚がアップになる映像があるんだけど。
ここにそんな遊び心が潜んでいるとは。これ下手するとわからん人にはわからんかもだけど、ジャンプの歴史の片鱗を見ながらスタッフロールという。これにはやられました。

端々から放たれるジャンプ愛。今を時めく役者たち。そしてそれを形にする監督の技量。それらがあって、原作ファンからも受け入れられる作品に仕上がったと言えますかね。
余談だけど「こち亀」のランキングは?ってのも その都度 気にしてたんだけど(苦笑)

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クドカンがマーシーに見えたよ
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2015年09月23日

ぼくらの家路

エドワード・ベルガー
イヴォ・ピッツカー、ゲオルグ・アームズ、ルイーズ・ヘイヤー
シングルマザーの母親と6歳の弟と暮らす10歳のジャック。しかし母親は恋人と過ごしたり夜遊びにも出かけてしまう。
そんな中、ある原因から 弟は母の友人宅へ、ジャックは施設へと離れ離れに。なかなかその生活に慣れないジャック。やがて夏休みがやってくるが、母親から迎えに行けないとの電話が…

ドイツ映画。奔放なシングルマザーと10歳と6歳の二人の男児の物語。
「ぼくらの家路」というタイトルではありますが、小さな弟は 基本 兄に連れられて行動をするのみ。その兄がひたむきに成長していく姿がメインと言ってもいいのかな。
そもそも原題は「JACK」というもので、兄の名前そのものなんよね。

自身のことだけでなく、甲斐甲斐しく弟の世話もする兄のジャック。
母と外出することもあるけれど、母は友達連中と「もう一軒行くから先に帰ってな」と 子供たちのみを帰宅させます。

かと思えば、子供が寝てる間に男を家に招き入れ、性行為に興じると。それはそれとして。
そこでジャックの取る行動に(男として)メチャ驚いたんだけど(汗)

かと思えば さも当然のごとく女の顔から親に変わる母にもビックリ。しかも「もぅいっちょいく?」って、あの場で言えますか!?

やがて ある出来事により、母と二人の息子、3人バラバラの暮らしを余儀なくされます。正しくはバラバラではない約束じゃなかったかとは思うんだけど。

決して本意ではない状況かに置かれながらも、自身のやるべきことをこなすジャック。
このあたりについては それ以前にも、10歳とは思えない手際で やけにテキパキと物事をこなす場面が妙に印象に残ってて。

そして夏休み、やっと母と再会できるかといったところへ、思いもかけない電話が…と。

全編見終わって、わたくし的には そんなに響かなかったというのが正直なところで。
後半はジャックが弟を連れて ただひたすら家と街をウロウロする展開。決してそこに救いはないんだけれど。裏を返すと決して世間も厳しいとは思えなくて。
それを言うなら、理不尽な暴力を振るわれる施設の方が(少年にとっては)イヤな出来事に思うし。

ジャックの母への思いも確かにあるのでしょう。母親も子供たちを思う気持ち、しっかりとあるんでしょう。
でも…間違ってたら申し訳ないんだが、ジャックが求めてたのは“家の鍵”であって。母親を求めていたように思えないんだな。

いや、そりゃ母親はおった方がいいんだけれど、そもそも母親というのは外に遊びに行くものだという刷り込みがジャックの中にあって。
母親とは四六時中そこにいて抱きしめてくれる存在などというデータが、ジャックには無いようにも思えてね。

方や母親も罪悪感の無いまま、仕事・遊び・男・育児が同列に考えてる節があったですね。
「迎えが3日間遅れる」という話で、実際に3日後には帰宅。そこで広げた食事も(もしかして)3人分だったとしたら…それが彼女のライフなのかなと。
まぁ罪悪感がなさそうってのも今の時代 十分に罪なんでしょうが。

とにかくバラバラにずれながらも3人は(それしか知らない)家族のスタイルとして成立しちゃってるようにも見えて。
そういう意味で、悲壮感を感じない…なんて言ってるワシが無責任なのかな。

ただ一つハッキリしているのは、ジャックは成長していってるってことだよね。

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世知辛い世の中だね
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2015年09月14日

ピクセル

クリス・コロンバス
アダム・サンドラー、ミシェル・モナハン、ケヴィン・ジェームズ
1982年、NASAは宇宙に向けて、当時流行していたゲームを収録した映像などを宇宙に送っていた。
しかし それをキャッチした異星人が それを宣戦布告と解釈してしまい、メッセージとして送られたパックマンやドンキーコングのキャラクターに姿を変え、地球に侵攻。それを迎え撃つべく、かつてのゲーマーたちが集められる。

予告編を見た時点で「なんだこれは!?」と気になってた作品。
ビデオゲームともアーケードゲームとも称されておりますが、それらのキャラクターが地球を襲うというその発想の面白さ。
またそれを、当時のゲームチャンピオン(現代のゲームにはうとい)らが迎え撃つと。夢が広がる設定じゃないですか。

導入部に描かれているゲーム大会は1982年となっていますか。わたくし11歳ぐらい。
実際にパックマンやドンキーコングなんかも(なけなしのおこづかいで)よくやりましたし。
また当時の人気漫画「ゲームセンターあらし」のエキサイティングさを「プラモ狂四郎」のように自分自身で体感するなんて。そりゃときめくでしょ!!

ただし。そのビジュアルイメージのワクワクはあっても、ストーリー的にはアレかな〜という。
かつてのゲーム少年と現代の映画ファンとがまじりあった冷静さも持ち合わせておりますので。
必要以上に期待せずに…の鑑賞でしたが。

結果的に、良くも悪くもそれで正解。
シチュエーションや映像の楽しさはあるけれど、映画としてはまぁまぁね。
その辺りは、既に公開されているアメリカでの評判。日本で鑑賞した人の感想を見てもその通りという感じで。

そもそもテーマがファンタジー性をもった、ありえない話ではあるけれど。その世界の“大統領”がイケてないぽっちゃりおやじであると。んで、その幼なじみのオタクが普通にホワイトハウスに出入りすると。
リアリティのかけらもなく、マンガ的に楽しむべき物語。

主演がアダム・サンドラーだからコメディ路線としてそれはいいんだけど、合間に挟まれる会話などが全く面白くない。
翻訳がイマイチなのか、元ネタがイマイチなのか。はたまた日本人にマッチしないだけなのか。噛み合わない会話にどうでもいいおちゃらけが眠気を誘いつつ。

確かにパックマンやドンキーコングが実際に現出するワクワク。はじけて飛び散るピクセルキューブ映像の煌びやかさ。
これはいいんだけど、尺としてはそれほど長いわけではなく。それとなくリアルなゲーム感を再現している反面、見る側の予想を超える場面やどんでん返しは乏しいと。

正直、もうちょっと映画的な見せ場や面白味が欲しかったですな。
それもこれもある意味 予想通りではあるけれど。それを上回ってこそ…ね(^-^;)

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ドラクエ送ってたら、話が長引いてたか?
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2015年09月06日

劇場版プロレスキャノンボール2014

マッスル坂井
高木三四郎、鈴木みのる、葛西 純、マッスル坂井
プロレス団体・DDTを中心に集められたプロレスラー達が4チームに分かれてマイカー移動。得点を競いながら東北のゴールを目指していく様子を追ったドキュメンタリー。

「プロレスキャノンボール2009」からの第2弾企画。と言っても前作のことは 正直知らないんだけど。
何にせよ、この“2014”バージョン。ザックリとではありますが、それとなくウワサは聞いておりました。そして今回 名古屋で1週間のレイトショー公開ということで、ギリギリで見ることができました。
ちなみに、既にDVD化もされているらしく、劇場ではそれを購入していかれる客を2人もみました。

この「プロレスキャノンボール」は、プロレスラー計4チームが東京から福島、福島から盛岡と2日間をかけて大移動。その最中で様々な相手とプロレスを行いつつ、ポイントを競っていくというもの。
その場その場でアポ取りをしては 試合をマッチメーク。対戦相手のグレード(?)、勝敗、プラスアルファで付与する得点を競いながら各チームが優勝を目指す。

果たして そんなことが成立するのかしらん?と思いながら見てたんだけど、これが まぁ世の中には、様々な場所に様々なプロレス者が(こちらの予想を上回るほど)いるもので。

冒頭から新日本プロレスへ道場破りを企てる場面が登場。かと思えば、学生プロレス、社会人のアマチュアプロレス、元プロレスラー、地方に拠点を置くプロレス団体が次々登場。
戦う場所もリングに限らず、公園から事務所内から個人宅に治療院まで多岐にわたります。

各日ゴール地点まで到着したところで、どんな闘いをしてきたのか映像のプレビューを行うと。
それが畳敷きの旅館の一室で 酒飲みながら、ワーワー言いながらというシチュエーションで。こういうトコが“文科系プロレス”の真骨頂って感じで、また一段と楽しそうでしたね。

さて、ここに登場したのは DDTスペシャルチーム、世界一性格の悪い大社長チーム、酒呑童子チーム、ガンバレプロレスチームのDDTを中心とした4チーム。
そもそもプロレスとは勝負論と同時にエンターテイメントとしての側面も非常に強いものでありまして。

この企画の中でも初日を終えたプレビューに於いて、ダントツの得点を叩き出していたガンバレプロレスチームに対し「勝ちに行くのはいいけど、V(映像)がつまらない」とガチのダメ出し。
この構図が、選手間に漂うシビアな空気が、これぞプロレスの真骨頂という感じで面白かったですわ。
そのガンプロチームが2日目にとった秘策も斜め上をいっちゃってて。素晴らしいドラマでしたね。

そして全チームが最終ゴールを果たしたとき、もはやキャノンボールのレースを越えて、また新たな道であり 新たな夢が広がるという構成も、ある意味でプロレス的でした。

この企画にしろ、そして落としどころにしろ、DDTらしいフットワークの軽さによるところも大きいよね。
路上プロレスというのもありますが、興行に飛び入りする形で試合をブッキング。それがツイッターで瞬時に拡散され、さらにファンがその輪を広げていくと。
DDTらしいというならば、さらにはアイデア・発想力、瞬発力、思い切りの良さも挙げられるかな。

それらを駆使するど真ん中に プロレスがあるというのがまたなんとも。
ある種のプロレスの本質も映し出しながら、プロレスの秘めた可能性も提示されているこの映画。
プロレスファンであり映画ファンでもあるわたくし。見て良かったですわ。

ただ もしかしたらプロレス知らない人がこれを見ても、イマイチ ハートにヒットはしないかもだけど。
そんな人でも、普通にリングでの闘いを見たら感じるものあるはずなので。
まずはそこに触れてほしいかな。
posted by 味噌のカツオ at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月18日

バケモノの子

細田 守
(声)役所広司、宮崎あおい、リリー・フランキー、大泉 洋
母親を事故で亡くし、ただひとり渋谷の街を徘徊する9歳の少年・蓮。そんな彼が渋天街のバケモノ・熊徹に出会う。やがてバケモノの世界に迷い込んでしまった蓮は、九太と名付けられ 熊徹の弟子となる。
粗暴な性格で品格の無い熊徹と衝突を繰り返す九太だったが、少しづつ強さをまとっていく。

スタジオジブリが小休止状態の今、いやがうえにもアニメ作家として注目されてしまう細田守監督。
過去3年スパンで新作を公開しておるのですが、その4作目となりますか。

そんな過去作のクオリティ 及び 評判もあり、期待値もグンと上がっている今作なのですが…

一般の評価はまずまず。
ただ映画ファンの間では賛否分かれてますかね。

わたくし自身 様々な感想を目にしたり、近い仲間と語り合ったりしたこともあって、パーソナルな印象を書きにくい状況になっちゃったのではありますが…

シリーズものの映画に於いて、ナンバーが増えていくごとにクオリティは落ちてしまうという現状は発生してしまいます。
それと同様に(?)細田作品も 新作ごとに評価が厳しくなっているところもあるのかな。

もはやただのアニメ作家とはいえず、作品について多くの期待やプレッシャーもかけられるでしょうし、商業的な成功も背負わされる側面もあるでしょう。
そうなるとなかなか地味ながらも芯のある作品を作っても、芯はあるが地味という評価に収まってしまうことになるかも。
ひたすら好きなことだけやれる状況ではないのかも…なんて深読みをしつつ。

当然 物語の設定や展開はドキドキしますし、感情移入もできます。熊徹役の役所広司さん、その両脇を固める大泉洋さん、リリー・フランキーさんの存在感も見事ですよ。
ただ ざっくり言ってしまうと、9歳の九太が(あっという間に)17歳に成長した辺りから ちょっとリズムが変わってきちゃったかな。
前半の(バケモノの世界である)渋天街のパートは観客も その世界の“ガヤ”的に、彼らの動向を見守れたけど、後半に九太が現実の渋谷に帰ったぐらいから、何か観客は置いてけぼりな展開になっちゃったみたいな。

九太が渋天街と渋谷をチョイチョイ行き来するくだり。現世とパラレルワールドを、毎日のように簡単に往来しちゃうと、それぞれの意味合い自体が軽く感じられちゃって。
物語全体の重みが損なわれちゃうような。

大学受験も(普通の人にとっては)大切。恋愛も大切。生き別れた実父との邂逅も大切。
でも短時間で一気にそれらを通過しようとすると、詰め込み過ぎという印象に陥っちゃうかな。

細田監督が これらの描写を通して何を訴えようとしていたかは、正直わかり切っていないのですが。シンプルに渋天街を舞台として、もっと熊哲と九太の関係を軸にしたオハナシのが伝わりやすかったんじゃないかなぁ。

さて、前作「おおかみこどもの雨と雪」では親と子の関係を母親目線で描いたと言われておりました。
一方 今作では熊哲と九太を通して理想の父親像を提示したと言われております。

んが、個人的には熊哲の存在って、父親と言うよりも祖父というイメージがあるんだけどなぁ。昭和な長屋の偏屈なジジィみたいなキャラで。
それでなくても父親は別におるわけだし。
まぁ知らんけど。

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熊哲はバレエの師匠なんです
posted by 味噌のカツオ at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月11日

ふたつの名前を持つ少年

ペペ・ダンカート
アンジェイ・カクツ、カミル・カクツ、ジャネット・ハイン、ライナー・ボック
第二次世界大戦下。8歳の少年スルリックは、ポーランドのユダヤ人強制居住区から脱走。寒さと飢えで倒れたところを、ヤンチック夫人に助けられる。
夫人は彼にポーランド人孤児のユレクと名乗らせ、迫害から逃れ生きる術を与える。やがてヤンチック夫人の下にも追手が迫り…

一足早く試写で鑑賞。
正直 世界の事、歴史のことに疎いわたくしですが、試写用の資料であらすじや当時の政治的状況を読ませてもらっていたので、その点 助かりました。

当然ながら我々の想像をし得ぬ 異国での戦争。
その戦火の中を8歳の少年が生き抜いていくという、実話の映画化。

非常に厳しい時代であったころは容易に想像つきますが、そんな中でも 少年を匿(かくま)ったり、逃げる手はずを整えたり。
もちろん最初に登場するヤンチック夫人。彼女が彼に生きる術を伝えたこと。これに尽きるのかな。

ユダヤ人の誇りを内に秘めつつ、周囲の人々に溶け込み生きていくユレク。
少年なりの知恵を凝らし、またある時は“それ”を悟り、自らその場所を後にする。

途中あらすじには記されていなかった とある事故のシーンがかなり衝撃的なんだけど。
心も体も傷を負いながら、次の場所へと進んでいく姿は素直に感動いたします。

時に子供が演じるには難しい設定やハードな状況もあります。
しかし主演の子が、見事に演じているのだけれども…

特筆すべきは この少年…いや、少年たち…
じつは一卵性双生児の双子の少年が、一人のユレクを演じていたんですね。

オーディションを経て選ばれて、二人とも素晴らしい才能を持っていたものの。
特に一人は内向的な、もうひとりは外交的な表現力に長けており、ユレクの心境に合わせて二人が演じ分けたのだとか。
そんな撮影法もあるんやね。

映画では希望と絶望が次から次へと提示されます。
しかしラストシーンは、希望を未来につなぐ映像であることに、わたくし自身も救われるような思いでした。

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割礼のおかげで。。。
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2015年05月22日

映画 ビリギャル

土井裕泰
有村架純、伊藤淳史、吉田 羊、田中哲司
名古屋の女子高に通う さやかは、喫煙がバレて停学処分になり、本来ならエスカレーター式に大学まで進めるところが、それすらピンチに。
母は そんなさやかに塾へ通うことを提案。それまで学年ビリの成績だったさやかは ひょんなことから慶応大学を目標として、猛勉強をスタートするのだが…

ベストセラーとなった「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」の映画化。
全くどんなお話なのか皆目見当もつきませんが、どうやら学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格に至るという物語らしいです。なるほど。

そんな体験談を書籍化したら、結構儲かるでしょうなと。そんなこと思ってましたが、この“体験談”はビリギャル本人ではなく、塾の講師の方が書かれているようですね。なるほど、なるほど。

そもそも実際には名古屋の女子高生のお話らしく、ロケも名古屋が中心で。見慣れた街並みがいっぱい登場。名古屋で撮影される映画、どんどん増えております。
この映画撮影してる時期に、もう栄のドンキってあったっけ?とか、新幹線そっちは東京でなくて大阪方面じゃね?など疑問を覚えつつも、名古屋のフィルムコミッション、頑張ってるなと感慨深く見てました。

ぶっちゃけベタベタのストーリーではありますが、起承転結がわかりやすくて受け入れやすい感じで。思いのほか好印象。
ちなみに監督の土井裕泰さんは「いま、会いにゆきます」「涙そうそう」「麒麟の翼 劇場版・新参者」なんかを撮ってきておるそうなので、人間ドラマはお手の物という感じかな。

とはいうものの、個人的には少々言いたいこともある。
お母さんが学校に乗り込んでアレコレ注文をつけるのは、やっぱり今どきのモンペみたいでちょっとキツいなぁ。
それに娘が塾で、自宅で一生懸命勉強を頑張っているんだから、学校の授業中しか寝る時間無いでしょうなどと堂々とのたまうのはいかがなものかと思いますわ。
全体が美談っぽいところに あんなん放り込んでくるとは。けっこう引きました。

あとお父さんの極端さも、見ていて痛々しかったです。そしてその帳尻合わせのような受験日当日の“お父さんじつは優しいエピソード”も取って付けたようで鼻につきました。

もうひとつ。試験中のさやかちゃんの腹痛もいらん。緊張とか、大事な時に限ってとかはあるけども、あれは別に必要ないでしょう。
そもそも有村架純ちゃんのようなカワイイ子はウ●コなんかしないんだから。。。

あぁカワイイで思い出した。
元々チャラいギャルっ子だったさやかが、遊びの誘惑を断ち切るためにおかっぱヘアにして「なんかブサイクになった」という設定があるんですが。
これ残念なことに おかっぱの方が似合ってますますカワイさUPという逆転現象が発生してしまいました。

とにかく、架純ちゃんはカワイイ。正直 非の打ちどころないぐらいカワイイ。
その点で映画としてはOKなんだけど、そのカワイさが故に 狙いどころをハズすというのは惜しいものです。

いろいろ書きましたが、基本的には万人受けする作品。
今 勉強を頑張っている学生にとっては励みにもなるでしょうし、かつて受験を頑張ったという大人だって感情移入はしやすいはず。

ですが わたくしはもうひとつ感じるものがありました。それは伊藤淳史演じる先生の振る舞いですわ。
先生に限らず、親、上司、先輩、仲間の立場で やる気をなくしてたり落ち込んでいるヤツを引き上げるために何ができるのか。どんなことをするべきなのか。

そもそも0点のさやかを見捨てるそぶりも無く、勉強は楽しいと思わせるのもそう。モチベーションを上げるために慶応の下見したらどや?というのもそう。
そういう声掛けのポイントを意識してアドバイスするということも参考になりましたですよ。

最後に。これはネタバレになるかもしれませんが、最終的に主人公さやかは…合格します!!
あぁ知ってる?

でもラストに塾に駆け込んださやかが「合格したよ」と告げるまでの表情が良かったんですよ。
なんでしょう、本来なら“合格=嬉しい”でいいんだけど、これまでの努力や感謝、そしてこの塾を“卒業”する寂しさも感じさせてくれて。絶妙でした。

あとダメ押しでもう一点。エンディングのサンボマスターの「可能性」も良い曲ですよー!!

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トイレではブリギャル
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2015年05月17日

ビフォア・ミッドナイト


リチャード・リンクレイター
イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー
列車の中で出会い、その9年後に再会し互いへの愛に気付いたジェシーとセリーヌ。今ではパリで家庭を築き、双子の娘にも恵まれていた。
ギリシャでバカンスを過ごす彼らのため、友人が二人きりの夜をセッティング。しかし 険悪なムードが漂いはじめ、セリーヌはホテルの部屋を飛び出してしまう。

言わずと知れた「ビフォア〜」シリーズ第3弾。
9年ごとに公開されているシリーズ。おおよその年代として、23歳、32歳、ときて今作では41歳というところ。

冒頭。離れて暮らす息子とジェシーの空港における見送りのシーン。
この場面だけでも…「息子さん大きくなったんや」「嫁さんとの関係は?離婚したんか?」「父の名残り惜しさはわかるけど、息子の真意は如何ほど?」など思うところいろいろ。
そして一人空港をあとにするジェシー。車に乗り込むと、そこには…というそんな展開。

この9年の間の変化、現在のふたりの立ち位置が少しづつわかっていく感じもたまりませんね。
まさに前作は9年ぶりの再会だったわけですが、見る側にとっては それこそ9年前に離れた恋人と再会して、これまでのいきさつを聞くような趣ですから。
まるで同窓会と同様に、ちょっとドキドキしつつ、ジェシーもセリーヌも本質は変わっていないなと。そんな嬉しさがじわじわくる前半部分ですね。

このシリーズの肝になるのは何といっても二人の会話。時にお茶しながら、時にブラブラと歩きながら。
なんですが、今回は年代も生い立ちも異なるような仲間らとの会話というのが登場します。

なんだろう。話の内容もさることながら、二人だけではない生活やコミュニティができているのかな。
初対面で互いだけを見つめる二人でもなければ、再会して想いを伝え合う若者でもなく。もう大人になっているんだなと。そんな感じを覚えました。

その後、友人の勧めで用意してもらったホテルまで…やはりやってきました、ふたりの散歩語り。
実際、ふたりは結婚してはいなくって。パートナーという関係。娘たちから「どんな結婚式だったの?」と問われて困るみたいな話題も。

そして辿り着いたホテル。子供も預かってもらい、思う存分に愛し合える〜というところで一本の電話によりアレしちゃうんだけど。

先にも述べた通り、このシリーズの肝は二人の会話。
しかし 子供もおるようなアラフォー世代の男女でありながら、よくしゃべりますね。でもその会話の中身については、過去2作では考えられないようなものになりますので。
それも含めて見応えありますし、倦怠期の夫婦・カップルには もしかしたら思うところあるかもしれないし、参考になるところがあるかもしれませんな。


この3部作。それぞれの年代のリアルトキメキを描いておりますので。
見る側の年齢によっても、それぞれ3作の印象が変わってくるだろうし。
そしてこの3作目を見たうえで、今でこそこんなになっちゃったけど、ジェシーとセリーヌの人生で最も美しかった日とはどんなもんだったかと、1作目を見直すのも面白いでしょうね。

シリーズを通しても、あるいは今作を単体で見ても楽しめるかな?
そして「3部作」とか言っちゃってますが、2022年に4作目が、アラフィフのジェシーとセリーヌに出会えるのかしらん!?
楽しみにしておきましょう。
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2015年04月26日

フォックスキャッチャー

ベネット・ミラー
スティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロ
レスリング金メダリストのマークは、デュポン財閥の御曹司ジョンから、ソウル五輪でメダル獲得を目指すチーム“フォックスキャッチャー”に誘われる。
恵まれた環境の中で結果を残していくマーク。しかし同じく金メダリストの兄・デイヴがチームに加入し、3人の関係のバランスが崩れていくことに。

96年に起きたデュポン財団御曹司によるレスリング五輪金メダリスト射殺事件。そこに至るまでの三者三様の人間模様を描いた作品。
これまでコメディー系の作品で活躍してきたスティーヴ・カレルが、どこか鬱屈とした狂気を感じさせる富豪を演じたのも話題となっています。

そしてチャニング・テイタムとマーク・ラファロが、それぞれレスリングで金メダルを獲得した兄弟を演じています。
演じているのですが、弟マーク役のチャニング・テイタム。ワシこれまで全くと言っていいほど、彼の作品を見てきていないことに気付きました。
偶然っちゅうか巡り合わせっちゅうか。それでキャスティングにイマイチ ピンとこなかったのかな(苦笑)

冒頭から音・光・天候の演出もあってか、終始 暗い雰囲気。そして、それぞれ登場人物の心持ちというのも、ダークで怪しげに写されていきます。
登場人物と言っても、ようはジョン・デュポンのそれなんですが。

普段 日の当たらないスポーツに手を差し伸べ、メダルを目指すチームのスポンサーとなるのは素晴らしいことですが、どうも何か腹に一物あるんじゃないかと思わせる雰囲気がね。。。

結果的にその取り組みは一定の成果も出すのですが、ジョン自身の本当の欲求…実母に認めてもらう…といったトコロは満たされないまま。
そしてさらなる高みを求めて マークの兄デイヴをチームに招くのですが、それによって少しづつ全てのバランスが歪んでいくことになります。

正直、スクリーンを見ていたら何が起きているのかはだいたいわかります。
大財閥として裕福な環境に身が置かれていたとしても、それで全てを手に入れることができるわけでもなく。満たされない心の落としどころを見失った結果の恐ろしい決断であると。

ただ細かい感情の歪み、ズレ、本音が 実に事細かに配されておるようで。それらが理解できると、より深くこの映画を味わえるんですが。わたくしも解説を聞いて、やっと「なるほど」と飲み込めてきた感じ。
言われてみれば、確かに人って そういう感情あるよねって。

1度見ただけでは そんな繊細な心の動きを100%理解はできないけれど、わかればわかるほどに響く映画であります。

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ラストはヴァンダレイ・シウバかと思った(笑)
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2015年04月16日

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
マイケル・キートン、エドワード・ノートン、ナオミ・ワッツ、エマ・ストーン
かつてヒーロー映画「バードマン」で一世を風靡した俳優リーガン・トムソン。落ち目となってしまった現状を打破すべく、舞台に再起をかけていた。
しかし共演者との関係に悩み、娘との不仲もあり、精神的ダメージからリーガンは現実と幻想のはざまで追い込まれていく。

まさに注目作であります。
その要因は、なんといってもアカデミー賞で作品賞や監督賞など4部門受賞した点。
そして まるで長回しワンカットで撮影されたかのような独特のカメラワーク。

映画はかつてヒーローモノで大ヒットを出しながら、その後はパッとした活躍ができずくすぶっている男が主人公で。かつて「バットマン」を演じたマイケル・キートンがその役であるというのもポイントかもしれませんね。

確かに映画賞で評価された作品は注目に値しますが、こればっかりは映画祭のカラーや審査員の思考もありますし、見る側の好みもあるので過度な期待は禁物かな。
んでこの作品、主人公の役柄が俳優という点。そして暗に映画、舞台、批評家といったものへのメッセージも含まれてまして。
主に映画関係者が投票権を持つアカデミー賞として、受け入れられる作品だったのかもしれません。

だからといって一般の映画ファンの視点と、必ずしもイコールというわけでもないでしょう。

さて、失礼ながらマイケル・キートンが「バットマン」を演じたと言われても、イマイチ響かない。わたくし的にはやはり“ダークナイト”クリスチャン・ベールのイメージなもので。
エドワード・ノートン演じるマイクは新聞が一面で取り上げる程の才能の持ち主という設定らしいのだけど、見ていると ただのエキセントリックでイヤなヤツにしか見えなかったし。
そういうこともあって、登場人物にも さほど感情移入ができなかったです。
唯一、娘エマ・ストーンはイイ女だったけどね。

それから長回し風の…もう“風”と言っちゃってますが、近頃はこのような作風増えてますわね。これはこれで面白いと思います。
映画でありながら 舞台のお芝居がテーマ。映画と違い、実際の舞台って演者と観客が同じ時間軸を体感するもの。この映画では時間のカットが行われていますが、この手法を用いることで視点とかも含めた一体感は表現できているのかもですね。

その分、風景を写して間とか時間を感じさせるとか、そういう表現はできなくて。基本、画面(カメラ)の近くに人がいるんですよね。
となると 必ずセリフが入ります。ほぼほぼが会話劇の様相を呈してきます。とにかくセリフが多い。
これを字幕で鑑賞するとなると、やはり伝わりにくくなってしまうかな。

字幕として出せる文字数、字幕が出ている時間、皮肉っぽい ちょっとひねった表現を観客の脳内でストレートに変換する感性。
これらが読み取れないと、やはり楽しめない…味わえない…ということになるよね。

映画ファンとしては字幕版でそのままの雰囲気で鑑賞したい思いはあるんだけど、会話が多いものについては、吹替えの方が着いていきやすいのかな。

それでなくても まぁまぁ特異な設定ですから。
それよりも親子なり恋愛なりがテーマの感情が伝わりやすいものだったり、ドッカン ドッカンやっちゃうような派手なアクションのが、日本ウケする洋画なんだろうね。

結局、ニュアンスとしてわかる、理解しうる部分もあるにはありますが「アカデミー賞です!」と看板を掲げられてしまうと「これがそうなの?」という印象になってしまいますね。

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バードマンって、パーマンの上司みたいなヤツでしょ?
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2015年04月12日

ビフォア・サンセット

リチャード・リンクレイター
イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー
パリへ向かう列車の中で出会い、ウィーンの街で語り合い、夜明けと共に別れたジェシーとセリーヌ。
そして9年後。作家となったジェシーは、新刊本のプロモーションで訪れたフランスでセリーヌと再会。2人は互いのその後について会話を弾ませるが、ジェシーがニューヨークに発つ時間が近づいていた…

「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)」から9年を経ての続編。公開は2004年です。

あの一夜をテーマに、ジェシーが書き上げた小説がヒットとなり、プロモーションでパリの書店を訪れる。
記者らとの質疑に応じていたところ…そこには セリーヌの姿が。そして、あの日以来の再会を果たす…と。

前作、長距離列車の中で出会って意気投合。しかし別れの時が近づき「半年後にここでまた会おう」と約束して離れた二人。
その後、彼らがどうなっていったのか〜が語られる作品。ほぼ全編が二人の会話で構成されてますので、まさに“語られる作品”なのであります。

我々観客も「あの日の約束は果たされたのか?」「その後どうなって今に至っているのか?」そのいきさつが語られる点には興味津々。
ではありますが、なんというか 男と女の会話の妙も楽しめますね。

積もる話もあれば 時にちょっとエッチな表現が出るのもオトナな証拠。差しさわりの無い話もあるけれど、動揺するぐらいの本音もやはり伝えるべきであって。
そんな 様々な話を聞き出さんとする持って行き方とか。もしかしたら駆け引きという感じのやりとりもいいんですよね。
ただロマンチックだけ〜というわけでもなくって。

そんな会話劇を見ながら心がヒリヒリしたり苦笑いをしてしまったり。
恋をしたことあるオトナなら、いろいろな思いが巡るんじゃないかな。

前作と同様、これ一本だけ 単体で見たら物足りないかもしれません。
でもこの作品より9年前、そして9年後を意識して見ると、ホントにドキドキしちゃいます。

こんなシリーズをプロデュースしたリチャード・リンクレイターも素晴らしいですし、イーサン・ホークとジュリー・デルピーにもグッと親近感湧きますし。
脚本はこの3人が共同で作り上げていると。そして それぞれが経験してきた9年間の実生活も、多かれ少なかれ投影されているというのも魅力ですね。

前作ではちょっと切なく、見えない未来へつなぐ“ To Be Continued ”でした。
そして飛行機の時間が迫る中でのエンディング。その後にどんな時間が流れるのか。。。

次が気になるわぁ。
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2015年04月08日

博士と彼女のセオリー

ジェームズ・マーシュ
エディ・レッドメイン、フェリシティ・ジョーンズ、チャーリー・コックス
天才物理学者として将来を期待されていたスティーヴン・ホーキングは、ケンブリッジ大学大学院に在籍中、詩を学ぶジェーンと出会い恋に落ちる。
その直後、スティーヴンがALSを発症し余命2年の宣告を受けるが、ジェーンは彼を支えることを選択し結婚。共に難病に立ち向かっていく。

難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)に冒された物理学者スティーヴン・ホーキングと それを支え続けた妻ジェーンの愛の物語。
物理学者としてブラックホールに関して語る場面もありますが、あくまで基本はラブストーリーであります。

ALSとは脳が筋肉を動かそうとする信号が正しく伝わらなくなることにより、体の動きが制限されてしまう病であります。
人の体の動きは全て筋肉が司っているんだね。

以前 世界的に流行った“アイスバケツチャレンジ”というのは、このALSに関するチャリティでした。
氷水をかけることで筋肉が縮み上がり、ALSと似たような状況になるという意味があるとのこと。
指を動かすのも、足を動かすのも、言葉を話そうとする口の動きも筋肉であって。そして最も恐ろしいのが、呼吸をしようとする筋肉が正しく動かなくなると…呼吸不全になることも。

まさに人の生死にも関わる病なんですが…
“せいし”という事でいうなら、ナニについては また別の仕組みであるらしく。博士は難病にかかりながらも、立派に3人のお子さんに恵まれます。。。

それも含めての愛の物語。
なんともホーキング博士の半生は…などと言いたいところですが、じつはこの映画は妻ジェーンさんの書籍が原作なんですね。
それもあって物理学者としてのホーキング博士より、ラブストーリーとしての側面が大きいんでしょう。

二人の信頼と揺らぎ。そして二人をサポートするジョナサンとの関係やエレインの存在も含めて、興味深く描かれていると思います。
確かに身体の不自由なホーキング氏を介してはいますが、一人の男、一人の女とすれば なかなかデリケートな部分もありますよ。

そういう面白味もありつつですが、ホーキング博士の宇宙論が本当に理解できるかというと少々アレだし、神の存在に関わるくだりも日本人的には やや遠い部分かもしれませんがね。


さて この作品で、ホーキング役のエディ・レッドメインがアカデミー賞、ゴールデングローブ賞にて主演男優賞に輝いております。

少々デリケートな話にはなりますが、健常者がハンディを持つ人を演じるのってどうなんでしょう。快く思わない人もいるのかな?
言うても 揶揄するわけではなく、演じるということですし。演じて表現をすることで「世の中にはこのような病と闘っている」ということを伝えることにもなりますからね。

ハンディを持つ人が健常者を演じることができないように、健常者がALSのカラダを演じるのは とんでもないエネルギーが必要だったと思います。
そういう視点で考えても、エディ・レッドメイン演技は素晴らしかったです。

あとジェーンを演じたフェリシティ・ジョーンズもキレイで良かったですね。

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放棄ing
posted by 味噌のカツオ at 00:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月19日

はじまりのうた

ジョン・カーニー
キーラ・ナイトレイ、マーク・ラファロ、アダム・レビーン
同じミュージシャンの恋人デイブに裏切られたグレタは、旧友の勧めでライブバーで歌うことに。すると その演奏を見た音楽プロデューサー・ダンに声をかけられ、契約を持ち掛けられる。
が、デモ製作の予算も無いダンは、ニューヨークの街角でゲリラレコーディングを提案する。

原題は「BEGIN AGAIN」。ざっくりと訳すなら“再出発”ってかな。

前を通るといつもいい臭いのする飲食店。そこに入って食べてみたら、予想してた以上に美味しかったと。そんなエピソードと同様に…
この映画も予告を見るだけで ストーリー展開も、こんな雰囲気なんだろうな〜というのもだいたい想像がつきます。そのうえで見た感想は、やっぱり見て良かったなと。

予告から受け取るイメージを、より増幅させてくれる要素がありまして。
それは作品中で演奏される楽曲であり音なんだけど。それらが場面ごとに沿った曲ばかりで。
映画を邪魔していないどころか、音楽のおかげで映画の魅力が増しております。まちがいなく。

冒頭、小さなライブバーのシーン。主人公がアコギ1本である歌を歌います。
客の反応も決して良くない。ようは失意が込められたような曲なんです。

それを見ていた やさぐれた音楽プロデューサー。彼はそれを見ながら「アレンジが湧きでてくる」と言います。
その後、リズムやメロディーを際立たせた演奏を聞けば、これが失意の曲ではなく まさに再出発へ向かう曲になっていくと。
やっぱ、アレンジメントとか編曲って大切なんだなとか、そんな楽しみ方もさせてもらいました。

浮気されたり、仕事で結果を出せなかったり、マイナスな要素も織り込みつつだけど、やはり全体から感じるテーマは前向きでとても明るいもの。
「アルバムを作ろう」「バンドは?」「退屈してるミュージシャンを連れてくるさ」と言って人が集まり、新たな音楽が生まれていきます。

近くで騒ぐ悪ガキたちにコーラスさせたり、腕前の知れない娘にギターを弾かせたり。なんだかんだで 輪が広がって作品が作られる様はホントに見てて気持ちがいい。
夢が広がるとはこういうことですよ。

「予算が無くてスタジオが使えない?」「だったらここでレコーディングしよう。この街の全てがスタジオだ」というのも面白かった。
厳密にいえば現実的な録音方法ではなかったとしても、そこにある生活音も空気も取り込んでしまうライブ感。そこで奏でられた音が〜と言い切れちゃうのは、音楽の根源なんじゃないの?
と楽器の一つも扱えないわたくしは思うんだけどね(苦笑)

この素晴らしい音楽の前には いかなる理屈も関係ないのかな。
音楽、恋心、夫婦関係といろんなことに対しての BEGIN AGAIN。
とにかく見てハッピーな気持ち、爽快感を得られる前向きな映画です。

さてさて本テーマには関係ないことだけど。
ラストシーンで音楽業界の“しくみ”をひっくり返しちゃうような描写がありまして。
「あんなんされたらお金は回らないじゃん」とか思いつつ、今の世の中 何かきっかけみたいのがあれば100万ドルにもなるんだよね。
ひと昔前とはマーケットの在り方が違うんだなぁ。

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恥マリの歌
posted by 味噌のカツオ at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月09日

百円の恋

武 正晴
安藤サクラ、新井浩文、重松収、根岸季衣
自堕落な日々を送る32歳の一子は、実家でいざこざを起こし一人暮らしを始めることに。
100円ショップの深夜労働にありつき、帰り道で出会ったボクサーの狩野と落ちるも長続きせず。そんな一子が衝動的にボクシングを始める。

今の邦画界、そのスジからの注目を一身に集めているのが、女優・安藤サクラでしょう。
昨年公開された「0.5ミリ」を見られなかったのはチョット後悔してますが、それに続く今作は見られました。
思ってたよりも観客が入ってたのも意外だったかな。

安藤サクラが演じるのは、32歳の引きこもり女性。
その怠惰な生活模様は、ファーストカットで映る ムダな肉の付いた腰からもよくわかります。

実家は持ち帰りのお弁当屋さん。そして息子を連れて出戻ってきた妹と大喧嘩の末、親から貰った支度金で家を出て一人暮らしを始めると。
そこで働かなくては〜ということでバイトを始めたのが100円均一のコンビニ店。
決して社会性はないものの、なんとか新生活スタート。

そもそも半開きの目で会話もボソボソ。その端々からやる気のかけらも感じ取れません。
また 彼女の周りに集う人々も、案の定ではありますが、やはり まともな人間はおりません。
正直言って登場人物に感情移入もできないし、しょぼいコメディタッチになんとも言えない雰囲気。

この作品のキーポイントとしてボクシングが登場します。
それにしたって(新井浩文の演じた)狩野のボクシングの試合シーンもピリッとせず。ひょんなことからボクシングを始めることとなった一子のフォームもグダグダで。
ますますヤバい感が漂ってきたのですが…

気が付けばガラッとフォームも様になり、なんとなくボディラインもスリムになり。縄跳びもモノ凄い勢いで跳べるようになり。
さらに驚いたのがフットワーク…というかステップですね。その足さばきの素晴らしさったら。

ファーストカットではボテッとしたボディだったのに、生活のすべてが停滞してたはずのに。
表情から話し方から、まとっている雰囲気までガラリと一変して、それまでの一子と同一人物とは思えない変わりよう。

もはやここまでくると、主人公・一子の変化を超え、女優・安藤サクラのスキルがスゴイんだと。
確かに役作りとして、表情・雰囲気・体型を作り込むのも役者の勤めではありましょうが、こういうカタチで表されると、グイグイ作品に引きつけられますわね。
もしかするとストーリー展開はありがちなものなのかもだけど、安藤サクラの放つ女優力にヤラレタって感じ。

終わってみれば、間違いなく予想以上にクオリティの高い作品だったです。


しかしあれだけのトレーニングをしても初めての試合では一方的に打ちこまれて。ジムの会長も言ってたけどパンチって、結構痛いものなんだろうね。
でもその痛みを超えて、一人のオンナとして成長していくんだろうな。

ちなみに、初めて男性と一戦交えた後も「イタイ、イタイ…」って言ってたね。
でもその痛みを超えて、一人のオンナとして成長していくんだろうな。

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税込みで100円なの?
posted by 味噌のカツオ at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月01日

ビッグ・アイズ

ティム・バートン
エイミー・アダムス、クリストフ・ヴァルツ、クリステン・リッター
1950〜1960年代に一大ブームとなった絵画「BIG EYES」シリーズ。作者のウォルター・キーンは一躍脚光を浴びるが、じつは真の作者は彼の妻マーガレットであった。
「このままでは自分を失ってしまう」と危惧したマーガレットは真相の公表を決意する。

ティム・バートン監督の最新作。
ただし、実際にあったゴーストぺインター(?)騒動を映画化したということで、変なキャラクターや妙な世界観は登場しない、ストレートな作品になっております。

舞台設定は1950〜1960年代。今から50年以上前のサンフランシスコなんですが、衣装も小道具などからも さほど時代性は感じません。
その点も、すんなり物語を追っていける要素ですかね。

画家である若い二人が出会い、ひょんなきっかけで結婚。
風景画作家の夫と、大きな目の女の子を書き続ける妻。なかなか絵が売れず厳しい状況となるも、夫のトラブルが新聞沙汰になり、それが宣伝につながって、妻の絵が売れ始めると。

若い頃からまともに仕事に就いたことも無く、ただただ絵を描き続けてきた妻。一方、絵の腕前や知識よりも弁の立つ夫。
ある客からこの「BIG EYES」を書いたのは?との問いかけに、「私の作品です」と飄々と名乗り出たことをきっかけに、妻はゴーストの立場へ。

本来、優秀な作家と一流の営業マンが噛み合うことで企業は発展するというもの。歌手やタレントと事務所の関係もだって然り。
しかし、口の上手い夫が一方的にペースを握ってしまったことがある種の悲劇なのかな?

でも序盤に妻が開いたフォーチュンクッキーに「成功の入り口にいる」なんて書かれてたっけ。
紆余曲折はありながら、ゆくゆくか夫は化けの皮がはがれ、妻が安定を手にするという意味では、当たってるのかな。フォーチュンクッキー。

そんな夫婦の物語であるんだけど、決して妻の方が絶対的ベビーフェースとして扱われた映画という感じではなく。個人的には夫の印象の方が残ってしまってます。
様々な局面を口八丁で切り抜けたかと思えば、“妻の作品”の悪評を聞きつけ我が事のように激怒して見せる。また家族に対し狂気のままに迫って追い出してしまうという。

そしてその真骨頂とも言えるのがクライマックスとなる法廷シーン。ここがかなり笑えるぐらいに滑稽で。
普通に考えたら ろくでもない男なんだけど、個人的にはこんな調子の詐欺師おるよね〜と思えてしまって。
実際に法廷の場であんな振る舞いされたらバカ負けして笑っちゃうと思うし。人として憎み切れない可笑しさがありましたよね。

まぁあそこまでいくと、ウォルター・キーンがスゴイというより、演じたクリストフ・ヴァルツの見せ場なのかもだけど(笑)

現実の世界に於いては、夫の方は2000年に亡くなられ、妻の方はいまだ健在。
映画のラストで、そのモデルとなったマーガレットさんと主演のエイミー・アダムスの並んだ写真が映し出されまして。あれ、何気に良い写真でしたね。
あと、母と その後ろに座る娘が手を取り合うシーンも印象的だったなぁ。

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ウソをついたら大目玉食らうよ
posted by 味噌のカツオ at 19:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月12日

ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)

リチャード・リンクレイター
イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー
列車でウィーンを目指すアメリカ人のジェシー。同じ列車でパリへ向かうフランス人のセリーヌ。何気ない会話を交わすうちに二人は意気投合。
セリーヌもジェシーに誘われるままに途中下車。ウィーンの街をぶらつきながら、互いのことを語り合う。しかし夜が明け、それぞれの生活に帰る朝がやってくる…

1995年9月公開だから、約20年前の作品なんだね。
今だから言えることですが、この作品から9年後、そして18年後と続編が作られているシリーズ。
そんなスパンで恋愛ものを、しかも同一キャストでなんて公開当時は思われていなかったのかもしれないですね。

だから日本公開時には「恋人までの距離(ディスタンス)」という邦題がつけられました。その後に“ビフォアシリーズ”となっていったことで、邦題も「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)」とあらためられたようです。

そのような長い長いシリーズ展開となると、人の(登場人物の)感情や人生そのものが反映され、重みも増すというもので。
ですがその前提なく、この作品を単体で見たとすると、少々煮え切らないラブストーリーに映るかも。

設定は二人とも20代の前半ぐらいかな。
たまたま乗り合わせていた長距離列車で出会った男と女。会話を交わすうちに互いに何かを感じ。そして列車を途中下車して翌朝までウィーンの街をぶらつくことに。

何がしかあてのあるデートではなく、ただその場にある場所に立ち寄り、そこであった人を交流もありながら、基本は二人の会話で映画は構成されています。
正直その会話というのも、見ていてピンとこないものも多かったり。二人の感覚も120%合致しているようには見えません。

でも その互いの手のうちのわからないままに進んでいく会話や、自分の考えにないような話を受け入れる様って、初めてのデートでは往々にしてあることで。
あのぎこちなさの中で歩み寄ろうとする雰囲気に、何だかヒリヒリとしたリアリティを覚えましたね。

深夜の公園、芝生の上で愛を語り合う二人。でもあくまで一夜の…「だからSEXはしない」とは言ってましたが、夜が白み始めた頃に彼女のTシャツが無くなっていたのはどうしてだろう?とか、そんなことを気にしながら 別れの時がやってきます。
そして ある約束を交わして、それぞれの方向へ向かっていきます。

前述の通り、これだけ見ると 若い男と女が一晩かけてウィーンの街をブラブラしただけの映画にも見えますが、長い物語の第1章としてであれば、とてもピュアで美しい作品であると思いました。
まさに今のようにケータイとかネット環境とかが それほど普及していない当時だから、こういう着地点になるですわね(笑)

これから9年後、いや 半年後に二人はどうなるのか。
続編、気になるよ〜!!
posted by 味噌のカツオ at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月06日

ベイマックス

ドン・ホール、クリス・ウィリアムズ
(声)本城雄太郎、川島得愛、小泉孝太郎、菅野美穂
サンフランソウキョウに暮らす14歳の天才児ヒロは、たった一人の肉親で兄のタダシを亡くしてしまう。そんなヒロの心を救ったのはタダシが残したケアロボット・ベイマックスだった。
やがて兄の死に疑問をもったヒロは、恐るべき陰謀の存在に気付く。

舞台となるのはサンフランソウキョウという架空の都市。サンフランシスコ&東京がモデルとなっています。
登場人物はヒロ、タダシ。まさに日本人の名前だね。仲間の中にはワサビなんてニックネームもいたし。
とにかく今作は 日本を大きく意識した設定になっております。

もっと言うなら、ベイマックスの顔のモチーフになっているのが“鈴”であるとか、「となりのトトロ」も参考にしたという話も。

予告編などを見ると少年と心優しきロボットの友情物語に思えますが、実際はかなり趣は違ってまして。
勧善懲悪、正義のヒーロー、兄の死の謎。それらがキーワードのアクション映画ですかね。

そもそも「ベイマックス」なんてタイトルですが、原題はマーベルコミックの「BIG HERO 6」というもので。
エンドシーンを見たらわかりますがアベンジャ―ズを彷彿とさせる6人のヒーローストーリー。

それを「ベイマックス」とドン!と打ち出して、(予告で)あんな優しいナレーションを付けるとは、なかなか見事な戦略ですね。
プチだまし討ち(苦笑)

でもいずれにせよ ドキドキハラハラさせつつ、正義の心や前向きなメッセージ、そして感動を含んだ良作になっております。
じつに気持ちよく劇場を出られること、間違いなしです。

とはいうものの、わたくしのような ひねくれたおっさんとしては、手放しで拍手を送るには抵抗がある。
そもそも あの“いやし系”然としたフワフワのキャラクターが卑怯だなと、そういう部分はさておいて。

本編、冒頭の部分からケチをつけたくなるんだけど、14歳の少年があんな地下組織にもぐりこんで、屈強な男を挑発して金を巻き上げるなんて。ちょっと子供には見せたくないプロローグだなと。
まぁ中学生ぐらいなら多少ダークな世界に興味を持つのもわかるけど、あれは…犯罪だよね。実際そう言ってたし。
もっと他のアプローチなかったんかいな?

あとは全体の展開がとても早くてひっきりなしで。ずっとジェットコースター状態。
疑問点とかアラとかを感じさせる前に次から次という感じで。もう少し落ち着いた見せ方とか、溜めとか欲しいかなと。
そういう情緒的なことを求めるには 根本が違い過ぎるのかな。

たぶん同じことを「クレヨンしんちゃん」がやったのならギャグとかで笑って済ませられるんだけど。
どうもディズニーとかジブリとか、真面目そうなやつから そういう一面が見えると、なんか受け入れがたく感じてしまう。シャレじゃ済まないような気がしてしまう。
ワシがカタすぎるのかもだけど(苦笑)

あとエンドロールが終わった後に、もうひとネタありますから。本編が終わっても なるべく席を立たないように!!


<追記>
「ベイマックス」が始まる前に「愛犬とごちそう」という短編があります。
これもワンちゃんのやさしさに、思わず熱いものが込み上げてきちゃう…そんなショートムービーなんですが。

それはあくまで脳天気な見方であって。
わたくし的には そこに描かれてる食べさせ方の雑さとか、ワンコにあんなに気を使わせてやるなよと。見ていて若干不快な印象を抱いてしまいました。

また実際に犬を飼っている方からすると、あんなに栄養価の高いものを次から次へと犬に与えたら、寿命を短くしてしまうよと。否定的な意見が出ているようです。

ホントに映像はキレイだし、ペロリ、ペロリと変わっていく情景の見せ方が素晴らしいだけに、惜しいなと思ってしまいました。

そんな不信感を抱いたまま…「ベイマックス」本編を見たわけであります。
そしたら いきなりアレだったんだよ(苦笑)

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米マックスバリュー
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2015年01月04日

風俗行ったら人生変わったwww

飯塚 健
満島真之介、佐々木希、松坂桃李、谷村美月
29歳の童貞男・遼太郎は、自分を変えるために意を決してデリヘルに電話をするが、あまりの緊張から過呼吸に。しかし 風俗嬢・かよにやさしく介抱されたことで一目惚れ。
やがて かよと親しくなっていく遼太郎だったが、彼女がなぜ風俗で働くのか疑問を持ち始める。

2013年11月9日に公開の作品。
公開当時もそこそこ好評で。こちらもそこそこ気になって見に行こうかどうか迷っていたのですが…テレビでやっていたので鑑賞できました。
結果、金出して見に行かないでよかったなと。率直な感想。

元ネタ、原作となっているのは 2ちゃんねる掲示板に投稿された物語。
それが評判になっての映画化。そのパターンは他にもチョイチョイあったけど。

パターンといえばその製作までのプロセスだけでなく、ストーリー展開も似たのは存在しますわな。
イケてない男がネット民のヘルプやサポート受けてハッピーになっていくというヤツ。
ある種の展開が想像ついちゃうとなると、次はそれをどうみせるのか〜ということになっていくんだけど。
まぁ、それがショボイってかな。

そもそもイケてない主人公のキャラがなんか違う。ガチのキモオタ、イケてないヤツには見えない。満島真之介も衣装も動きとかも。
それを演じようとしてる感は拭えない。実際そうなんだけど、主役の役作りって大切ですよ。

そしてヒロインとなる佐々木希はバツグンにカワイイ。が、風俗嬢の役にもかかわらず、エッチなシーンは一つもない。かと言って 露出が多いわけでもない(怒)
それであれば、ひと肌脱げるセクシー女優さんの方が説得力あるんじゃないのかな。十分かわいいグラビアアイドルもいるしね。

あとは一般論として、お気に入りの風俗嬢と連絡先交換してプライベートで外で会うとか、そんな夢のようなことが簡単にあるわけないし。
彼女のこれまでのいきさつとか、元カレとのどうのこうのとか、借金の借用書とか。ひとつがひとつが説得力ナシ。

しかも後半は一段とコメディ要素が強くなるんだけど、その見せ方がひとつも面白くない。
高校生当時のエピソードを安いコントみたいに再現するとか、使い古されたああいうのが全く生きてない。
ただただ残念な仕上がりになってます。

キャラクター設定もストーリーも演出もピリッとしなくって。
それらが積み重なって、結局 全部共感できないという仕上がりに。

一応、頑張って最後まで見たご褒美的に佐々木希ちゃんのパンチラシーンがあるんだけど、それも思い切りが無くて微妙なんよね。
「愛のむきだし」の満島ひかりを見習えといいたくなりましたわ。

ほぼボロクソ状態の感想になっちゃったね。
かろうじてロックファンであればTシャツを見て「ふふふ」と思うのかな。

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キョンシー!!
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2014年11月11日

福福荘の福ちゃん

藤田容介
大島美幸、水川あさみ、荒川良々、平岩 紙
福田辰男は、福ちゃんの愛称で親しまれている32歳の塗装色人。古めかしいアパート・福福荘に住み、住人たちからも信頼もされてはいるが、恋愛にはオクテの女性恐怖症でもある。
そんな福ちゃんの下に、中学時代の初恋相手であり、女性恐怖症に陥れた張本人の千穂が訪ねてくる。

そもそもこの企画は、監督・脚本の藤田容介が大島美幸をおっさん役に据えて映画を撮りたいと思い立ったことは始まったそうな。
その前提で脚本を書き、丸刈りになって ぽっちゃり体型を維持するという条件のもと大島美幸にOKをもらい、出来上がったとのこと。
そこで大島さんの出演NGとなっていたら企画自体がお流れになっていたと。

それだけの熱度(?)が込められていることで、場合によっては“出落ち”になる危険性もあったみたいだね。

確かに男性が女装とかオネエとかはよくあります。ベテランの役者さんがママを演じる映画ってのもあります。
でもその逆は少ないんじゃないかな。

女性を演じられる華奢な男性はいてても、女性が男性を演じるのは骨格とか声とか無理があるし、実際それをやっても違和感が残ると思うし。
タカラヅカなんかは全員が女性なので成立する設定だろうし。

“男装の麗人”なんて言葉も聞くけれど…まさに30代女性が おっさん役になるってのは、世界でも例がないのでは。
それもあってか、カナダの「ファンタジア映画祭」で最優秀女優賞の栄誉を勝ち取れたんじゃないかな。

ぶっちゃけ、ストーリーとしては そんなに突飛でもなく、すんなり見られます。それなりに滑稽な描写もあるので程よく笑えます。
失礼な言い方をしちゃうと、想像通りとも言えるかも。

あくまで軸になっているのは大島さんのキャラと存在感。でもそれが間違いなく成功してます。これはこれで素晴らしいことですよ。
お話の中で、カメラマンを目指す千穂(水川あさみ)が福ちゃんの写真を撮りたいとなり、モデル役を任されるんだけど、その表情とか見てて幸せな気分になってきますもん。
「もし福ちゃんの写真集が出たら売れるのかな?」となるんだけど、実際 こんなおっさんのイキイキした姿で救われる人もおるんじゃないかな。

まさにタイトルそのものだけど、みんなに幸福を与えられる福ちゃんなんだろうね。

ただし苦言を呈するとしたら、やっぱり“映画”としてのダイナミズムは弱いと言わざるを得ない。決して悪い作品じゃないけれど、思い返してみるとパンチ不足だったかな。
あとは 仕事仲間の“しまっち”(荒川良々)がどうやっても兄弟にしか見えないというのもマイナス要素(笑)

それは冗談として。それなりに楽しいけれど、どこか惜しい?もったいない?
そんな感想は残っちゃったかな。

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凧好きの作るたこ焼き
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2014年10月19日

FRANK フランク

レニー・エイブラハムソン
マイケル・ファスベンダー、ドーナル・グリーソン、マギー・ギレンホール
キーボード奏者として とあるバンドに加入することとなったジョン。そのバンドのリーダー・フランクは、常におかしな被り物を装着した男であると同時に、独特の音楽性で妙に魅力的な存在でもあった。
ある日 ジョンが投稿したバンドの映像が話題となり、彼らは音楽フェスへ招待されることに。

たまたま「ジャージー・ボーイズ」に続いて観てしまったのがこの作品。
バンドもの、音楽もの〜という広い括りはできるけど、果たしてそういう分け方で合ってるのかな?この作品は。

とにかく予告編で見たときのインパクトというか“引き”が強くて見てきたわけですが、ぶっちゃけ本編に関しては心惹かれる要素は弱かったなぁ。

そもそも あんな仮面をつけていないとコミュニケーションを取れない人というのは、それなりの事情があってですわね。
でもその辺りの描写は至極普通で。しかもあっさりで。観客の想像を越えたり裏をかくようなモノではなかったわけで。

バンドとして「レコーディングだ!」といって1年も山籠もり生活をするという点もなんであろうかと。
それだけの時間があるのなら、いくつかの作品が提示されてしかるべきだがそれもない。

またメンバーがフランクと行動を共にするモチベーションも、本来は圧倒的な音楽の才能があってかと思うんだけど、決してスクリーンからそれも伝わってこない。
となると、ちょっとカルトに陥ってる路線なのかなと。

結局のところ、登場人物の人としてのキャラも魅力の掘り下げも浅いような気がします。そして演奏される作品も同様。
その部分が浅いと映画を物語を引っ張っていけないわけで。

そういう説得力の弱さが、(比較していいのかな?)「ジャージー・ボーイズ」と雲泥の差となっちゃってるよね。
こういうのがお好きな方もおられるかもだけど、わたくしには予想以上に響いてこなかったですわ。

ただ ラストで“素顔の”フランクが奏でたあの曲は良かったですよ。

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FRANK な GUY
posted by 味噌のカツオ at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする