2016年01月03日

マン・オン・ワイヤー

ジェームズ・マーシュ
フィリップ・プティ、ジャン=ルイ・ブロンデュー、アニー・アリックス
1974年8月7日。フランスの大道芸人が、ニューヨークのワールド・トレード・センターのツインタワーを、命綱なしで綱渡りに挑戦。関係者の証言や再現フィルムを交えて その真意に迫る。

2009年製作。第81回アカデミー賞ドキュメンタリー長編賞ほか、数多くの映画賞を獲得した作品。
同テーマを取り扱った劇映画「ザ・ウォーク」がまもなく公開というわけで、その予習(?)も兼ねてDVDにて鑑賞。

舞台となるのはワールドトレードセンター(WTC)。かの同時多発テロによって破壊されてしまい、今となっては残っていない建物なのですが。
その2つのタワー間にワイヤーをかけ、 地上411メートルの高さでの綱渡りという挑戦。

大道芸人であるフィリップ・プティは実際のWTCが建設されるより前、“こんなものが建設されます”という新聞記事を見て この挑戦を思い付いたんだとか。
その後に大道芸人としての腕を磨き、建設中から完成後まで多くの調査・下調べを敢行。
他の施設で同様の挑戦を行い、度々逮捕されながらその時を待っておりました。

そして協力者らと共に実行に移します。
実際の映像が多く残っているわけではないのは残念ではありますが、フィリップさん本人がテンション高く語ってくれるのでそれはそれで面白味はあるかと。

そのフィリップさん、準備段階で不安があったり、当日は睡眠も取れていない中で綱渡りに挑戦したそうなんだけど。
でもいざ綱の上に乗ってしまったら 笑顔も出て、地上411mで8往復ぐらいされたそうで。

綱の上では怖いもん無し。
そんな性分の方も世の中にはおられるんでしょうな。

さて このプランは偉業であり犯罪で。犯罪でもあって偉業でもあって。だからドキュメンタリー映画のテーマになったんでしょうがね。
ぶっちゃけ映画として面白いかと言われればそれほどでも無いのかな。

筋立ての展開をちょっといじってるので、説明がないとわかりにくいかも。
それから起承転結 全般に於いてあまりにすんなり行き過ぎて、こっちが心配したりハラハラしたりする要素に乏しいんですね。

実際には関わった面々のメンタルに多少のズレがあって、場合によっては仲間が崩壊して実行に至らないかもというポイントだったり。
機材を搬入するさ際に警備員とニアミスがあったにも関わらず、何事もなくスルーできてしまったり。

ドキュメンタリーではありますが、その辺りの緊張感をもう少し強調したほうが、より楽しめたんじゃないかな。
それがないので、映画としてはやや退屈な印象も。

ただし、この大きな“まつり”を終えたあと、このチームのそれぞれの去就というのが決してすんなりではありませんで。そのあたりが じつに一興であります。

最後に。監督をされたジェームズ・マーシュさんは「博士と彼女のセオリー」(2014年)の監督でもあるんだよね。こちらは長軸の物語であって。かなりスタンスの異なるものを手掛けられていたことに驚きました。

このドキュメンタリー版でひと通りの概要は見させていただいたので。
事前の情報では非常に評判のいい「ザ・ウォーク」がどんな仕上がりになっているか。期待しております。

あぁ忘れてた。ワシ高所恐怖症なので、落ち着いて見られないだろうな〜という自信はあるけどね。
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2015年12月31日

マッドマックス 怒りのデス・ロード

ジョージ・ミラー
トム・ハーディ、シャーリーズ・セロン、ニコラス・ホルト
資源が底を突き荒廃した世界。元警官のマックスは、砂漠を牛耳るイモータン・ジョーの一団に捕らわれでしまう。
一方、ジョーの配下の女戦士フュリオサは、ジョーに囚われた女たち“ワイブズ”を率いて反逆を企て、自由への逃走を開始する。

今年6月公開の「マッドマックス」シリーズ最新作。遅れてDVDで鑑賞。
公開時に「絶対に劇場で見ておくべき」との声を聞いておったんですが…実際に見て その意味がわかりました。

ウチのテレビで見ていても結構な迫力で。そりゃスクリーンならもっと…

先に言っときますが、作品のパワーがスゴ過ぎで。わたくしが何を書いても追いつかないだろうなと(苦笑)
こういう言い方も変な話ですが、ネット上に出ている今作の絶賛レビューを読んでも さほど伝わらないけれど、作品を見ると圧倒されます。
言葉では追いつかない作品です。

近未来の設定。そこに登場するキャラクターやマシンがカッコいい。セリフやワードもシビれるもの多数。音楽も絶妙で。
結局のところ、もう全部がカッコいいんよね。

ストーリーはとてもシンプル。逃亡した奴らを追う悪党。それに巻き込まれるマックス。しかし向かおうとした楽園が今はもう無くなってしまったと。それなら元の地に帰ろうと。
その中で展開されるカーアクション。人間ドラマ。

いずれもメッチャクチャにも思えるけど、全部が理に適っているのでグイグイ引き込まれます。一時たりとも目が離せません。しかも2時間ノンストップですから。

印象としては大胆な作品ですが、全編に渡ってじつに細やかに作り込まれているので、一度見ただけではわからない部分が多々あるので。何度も見て、体感したくなる作品。

この映画が誕生したことが2015年の映画界の事件のひとつと言えるかも。
それぐらいな一本であります。

今後 この作品に続くシリーズも製作されるとのことですが…
これはこれで、劇場で見ておけば良かったなぁ〜(^。^;)

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イモーターン!!
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2015年11月26日

マイ・インターン

ナンシー・マイヤーズ
ロバート・デ・ニーロ、アン・ハサウェイ、レネ・ルッソ
新進のファッションサイト運営会社のCEOジュールズ。彼女のもとにシニア・インターンのベンがやってくる。
慣れない40歳年上の部下に戸惑うジュールズだったが、やがて人生経験豊富なベンの助言が救いとなっていることに気付き、やがて彼女の人生に変化を与えていく。

オシャレなオフィスが舞台。アン・ハサウェイがベテラン俳優と共演。
そういうトコロから「プラダを着た悪魔」とイメージダブらせてみたくはなりますが、別物は別物で。当たり前だけど…w

実際はキャストのクレジットもアン・ハサよりもデ・ニーロの方が上にあるので、そういうことなんでしょうが。
それでもやっぱりアン・ハサに目がいっちゃうよね。だって美人だもん!!
と、そんなわかりきった結論はさておき…

映画の設定として、急激に人気となったファッションサイトを運営する30歳のジュールズ。
そして(社会貢献としての側面も含みつつ)シニア・インターン(見習い社員)として採用された70歳のベン。

仕事に関しての熱意は誰にも引けを取らない。代わりに日常の細やかな部分にまでは気が回らないジュールズ。
一方、誰とでも心を通わせられる人懐っこさと、人生経験に裏打ちされた洞察力も持ち合わせるベン。

年長者に対する苦手意識のあった彼女も、彼の振る舞いや言葉の前に やがて大きな信頼を寄せていきます。
これはオフィスを舞台にした人と人の物語ではあるけれど、実際に昨今では若い女性が年長者とお付き合いをしたりするケースも多いと聞きます。

この作品では両者の間に恋愛感情が芽生えるわけではないけれど、人と人の心の結びつきというのはそもそも そういうものなんじゃないかと。そう思わせてくれます。

いや逆に 妙な恋愛関係への煩わしさを覚え始めてる“ワーキングウーマン”からすると…
さりげない優しさ、今欲しい言葉、スーツを着こなせるオシャレさ、気配りなどなど、それらを持ち合わせている男性は 密かな理想像なんじゃないかな。しかもSEXが絡まないと。
んで それに値する若いヤツがいないってのがリアルなのかもだけど。

もひとつ言うなら、徹底的な“悪人”が出てこないのもそれなのかな。
確かにダンナが あんなことしちゃうんだけど、それだってそもそもはワタシが仕事に向き合い過ぎたからであって。彼は悪くないし〜的な。

あとついでに言うなら 実母の電話にも辟易してるとかさ。
アン・ハサのファッションもステキだし。

とまぁ女性ウケしそうな要素はありますが、わたくし男性目線で言うならば、70まで仕事させてもらえるのもありがたいことだろうし、若者たち(この際 男性女性は関係なく)から慕われるのは嬉しいと思うし。
そして家のクローゼットにも、はたまた心の中にも、いろんなアイテムを持ち合わせている男性。しかもデ・ニーロですから。

総合的にどちらのスタンスであったとしても、等身大のアナタなのか、理想のアナタなのかは知らんけど、見て気持ちよくなれるストーリーであるのは間違いないです。

全編に渡って嫌味もなく、終始BGMが流れてるような感じなのでテンポもよく、母親のPCに対するミッションで軽く笑えて。多くの人の支持を得られる作品でありましょう。
わたくしとしては、ずっとキレイなアン・ハサを見られたので。それだけでも満足ですわ。

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齢70でも まだまだ“現役”です!!
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2015年09月04日

ムカデ人間3

トム・シックス
ディーター・ラザール、ローレンス・R・ハーヴェイ、エリック・ロバーツ
暴動数、医療費、離職率などの諸問題を抱え、状況の改善がされなければクビだと宣告された刑務所の所長・ボス。様々な方法を試みるも効果は得られず。
が 彼の部下であるドワイトは 映画「ムカデ人間」を参考にし、囚人をムカデ状にすることを進言する。

たぶんおそらく、一見さんお断り的な。シリーズ1作目・2作目を見てきた人。さらには それらで面白がれた人だけ見ればいい作品。

というわけで わたくしも大きな期待をせず。
当初から3部作であると謳われていたこともあり“コンプリート”するべく見てきました。

そのうえで 結論を言うならば、どーでもいい映画だったんだけど(笑)

このシリーズは1〜3までが連作ということではなく。1が存在して 2が成立する。1&2があるから 3の世界観が出来上がるという、そのつながりが面白い。
やぁ“つながり”という事自体が まさびムカデ人間のコンセプトでもあるんだけど。

良かったポイントを上げるならば、1作目のマッドサイエンティストと2作目のイカレたおっちゃんが、役柄を変えながらも そろい踏みを果たすと。まさに夢の狂演。
さらにシリーズの監督 トム・シックス氏も出演しております。

良かった点は…以上!
あとはアカンところなんだけど(苦笑)

その1作目の博士が今回の舞台である刑務所のボスなんですが、コイツが相当イカレてまして。
なんとも粘っこい芸風で ほぼほぼ一人芸。しかも つまらないうえに長いときてるから たちが悪い。
これにつき合うのはそれなりの辛抱が必要です。

作品のキモであるムカデ人間。1作目は3人、2作目では12人を。そして今回は なんと破格の500人というのがウリでもあるんだけど。
なんとそこに至るのはホントに終盤で。怪獣映画で ここまで何も出てこなかったら盛り上がらんやろ〜ってぐらい引っ張りまくり。

しかも やっとお披露目かと思えば、これまでは生々しさ覚えるようなビジュアルだったのが、今回は みなオレンジの囚人服を着用しているので、それぞれの“密着感”も薄い。
また過去作では なんとか抵抗を試みようとするムカデたちも、500人となると全く動けず、ただ四つん這いになっているだけで“躍動感”もナシ。
まさにムカデ人間として手足をもがれたようなもんですよ!!

ある程度は織り込み済みとも言えるけど、それにしても このシリーズならではの良さは味わえずだったな。
とは言え、オチに当たる部分のシニカルさは いくらかシュールで。思わずニヤリとしちゃいましたけどね。

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監督が無駄にイケメンで
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2015年05月13日

マタンゴ

本多猪四郎
久保 明、土屋嘉男、小泉 博、太刀川寛、水野久美
7人の若者を乗せたヨットが、嵐のため無人島に漂着。そこには一隻の難波船が漂着していたが生存者はおらず、残された航海日誌には「キノコを食べるな」と記されていた。
やがて食料の残りが少なくなり、彼らは1人、また1人と禁断のキノコに手を出していく。

本編は本多猪四郎監督。そして特技監督を円谷英二が勤めておられます。
非常に多くの方が称賛の声を送り、あるいは少々のトラウマにもなっているという名作。

であるにもかかわらず、わたくしはこれまで未見で。ただ“マタンゴ=キノコ人間”という方程式だけ知ってたというか。
「昭和名作シネマ上映会」ということで。DVDビデオではなく、スクリーンでの上映というわけで見てきました。

ウィキペディアでチェックしたところ 公開は1963年(昭和38年)8月11日で、『ハワイの若大将』と同時上映とのこと。結構ビックリ(苦笑)
果たして この2作品に共通のニーズがあったのかどうか。これに続いて『キノコ若大将』なんてのが製作されたとするならば…

冗談はさておき。
始まって早々から“キ●ガイ”などと現在ではキマズイ単語連発が時代を感じさせます。

物語は7人の男女が洋上で遭難。ボートで流されるままに漂着した無人島でサバイバル生活を強いられる。
その島には多くのキノコが自生していたが、一般に“毒キノコ”というものも多く、手を出さないようにしていた。しかし空腹に勝てず、ひとり またひとりとキノコを食べていってしまい…
という感じ。

本来なら助けを乞うべく、再度海へチャレンジするというのが物語になりやすそうだけど、そこはさすがに“変身人間シリーズ”の流れをくむ特撮を盛り込んだ作品。キノコを食べて人間がキノコ化してしまうと。

そのキノコを食するという決断に至るまでに、無人島という極限状態の中で、人の心にある葛藤や強欲を描くことでテーマ性がより明確になってまして。
まさにキノコ人間の恐怖と、追い詰められた人間の愚かさが並列で描写されております。
キノコと化した人間。あるいは人間の欲。どちらも醜い姿ではあるのだけど。

ラストシーンでは成長期を迎える東京で、環境の変化に流されず、人としていかに生きるかということも現されます。
それはその当時なりメッセージなのではありますが、いやいや 今見ても褪せることは無くって。
ある種 不変のテーマなのかもしれません。

人がキノコと化してしまう。そしてキノコ人間が襲ってくるというシチュエーションの怖さは、いわゆるゾンビ映画にも通じる部分もあります。
ですが、実際に映画「ゾンビ」が大ヒットするのは これより15年も後のことなんですね。それだけ この創作が優れたものであったかという証でもあるよね。

このようなアプローチを、現代にそのままやってみせるのは状況がマッチしないかもですが、「世にも奇妙な物語」みたいな語り口ならアリかも。
とにかくウワサ通り、見応えあるドラマだったです。
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2015年05月06日

Mommy/マミー

グザヴィエ・ドラン
アンヌ・ドルヴァル、スザンヌ・クレマン、アントワン=オリヴィエ・ピロン
矯正施設から退所したスティーヴと喜怒哀楽が激しいシングルマザーのダイアン。ADHD(多動性障害)のスティーヴに手を焼くダイアンだったが、隣家のカイラと出会う事で新たな希望を見つける。
精神的ストレスから吃音に苦しんいでいたカイラも快方に向かのだが、3人のバランスを揺るがす事態が訪れる。

ADHD(多動性障害)と診断された15歳の息子スティーヴ。おとなしくしていることができず、常に高圧的なしゃべり方で、時には乱暴な行動も起こしてしまうのだが、実は母親への深い愛情も持ち合わせている。
ただし、その愛の表現方法すら少々問題があるのだが。

シングルマザーのダイアナも喜怒哀楽が激しく、感情表現が極端。ファッションも派手目。しかし それぐらいの人間力が無ければ、この息子を受け止めることはできないのではと。

夫と小さな子供と暮らすカイラ。元高校教師ではあるが、現在は精神的ストレスから休職中。しかしその経験を活かし、スティーヴの家庭教師となる。

「経済的・身体的・精神的な危機に陥った際に、法的手続きを経ずに子供を施設に入院させることができる」
そんな法律が整備された架空のカナダが舞台。

物語の序盤は、常に大声でがなり 態度も乱暴な息子と、それに対するような、どこかエキセントリックな感じすら覚える母親。そんな二人のぶつかり合いで、不快な印象と疲労感すら覚えました。
そんな二人の間に、よりによって 心が疲れて休職中という女性が絡んでいくって…
正直ムチャクチャだと思ったんですが。

ダイアナが仕事に出掛けた後に、カイラがスティーヴをやり込める場面。ダイアナとカイラが飲みながら爆笑してる場面なんかでグイグイ引き込まれていきましたわ。
人の心ってデリケートでもの凄く難しいものでもあるけれど、ちょっとしたことで打ち解けたり、解放されたりするんだね。

自分は一人モノの男なのでね。
母親から息子への愛情とか、女同士の友情みたいな部分を理解はできないのかもしれないけれど。
人間関係における駆け引きとかを知らないスティーヴを介することで、たいがいのことがストレートに表現されていたのが、ある意味でこの映画の強みなのかもしれないですね。

大きなスクリーンでありながら、そこに映し出されるのは両端が真っ黒で。アスペクト比1対1のほぼ真四角の映像。
が ある瞬間にスティーヴがその世界を大きく広げてみせます。

かと思えば 再び小さくなったり、また大きく広がったり。
なるほど、そういう表現方法もあるのかと。

それはそれでわかるんだけど、その細いフレームの中に3人が並んで立っている絵もバランス良く見えたけどね。
そこは決して開かれていないんだけど、誰にも邪魔されず、その三者だけで幸福に思えるカットもあったんじゃないかな。

決してハッピーエンドとは言えないようなエンディング。
だけど ピュアに見て良かったと思える作品でした。
でも、ちょっとだけ、胸が痛いかな。

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森永マミーみたいに甘くはないよ
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2015年03月19日

幕が上がる

本広克行
百田夏菜子、玉井詩織、高城れに、有安杏果、佐々木彩夏
演劇部の部長となった高橋さおり。しかし自分が何をすべきか悩める日々が続く。そんな時、元学生演劇の女王と呼ばれた吉岡先生が学校に赴任。彼女に稽古をつけてもらう中、演劇部は全国大会出場を目指すことに。

わたくし自身は“モノノフ”というわけではなく。あくまでイチ映画ファンでしかありませんで。
そのスタンスからなんですが、この映画は「ただ ももクロちゃんがアイドル映画に出ました」というものではなく、本気の映画を作ってこそ ももクロだというプロジェクトで製作されたと聞きました。
また、試写の反響も上々ということもあり、超期待して鑑賞してまいりました。

テーマは高校の演劇部。彼女らが 目の前の問題に葛藤しながら、全国大会を目指しながら、成長していく姿を描くというもの。
そう書くとなんかベタであるし、実際そういう設定なんだけども。でも言うほど安っぽくはなくって。
それどころか、結構な名作と言えるぐらいのクオリティに仕上がっております。

前評判から期待をして行ったので、正直 冒頭の辺りの演技には「・・・」とは思いました。
また ももクロの子たちって、そんなにカワイくないよなと。間違いなくAKBの中心メンバーの方がアイドルらしい華あるし。そんな視線も投げかけておったんですが。

序盤に現れる黒木華さん演じる謎の女教師の登場以降、グッと雰囲気が変わりまして。
「公演を打ちましょう」として挑戦した「肖像画」のくだりは それまでの普通の女子高生から、人前に立つ者のそれになっておったんですね。あれには ちょっと目を見張りましたね。

前述の通りストーリーライン的には わりと普通で。
でも普通の中に感じられる部分。自分たちが何かをやろうとする際の不安から、仲間がいることの喜びから 見事に自然体で表現されているんですね。
キラキラとヒリヒリが並行して存在する感じ。なんかグイグイと感情移入させられて。
こんなん初めてですが、中盤からラストまで胸アツなりっぱなしでしたわ。

そんな 演劇部のももクロを見守る存在として登場するのが、かつて学生演劇界の女王と呼ばれた美術教師。
それを演じる黒木華さんの存在感、キャラクター(低めの声がたまらない)、そして何より演技力がズバ抜けて素晴らしい。
「小さいおうち」でも見事な演技を見せてくれていましたが、あれを軽く超えるぐらい。

顔立ちは蒼井優さんっぽくて幼い感じもあるんだけど、女優としてはちょっとかなわないですね。

キャストで言うなら ムロツヨシさんのハズしっぷりの絶妙さ。「ウインタータイムマシンブルース」という台本もちょっとツボ。
お父さん役で出演している我らが天龍源一郎のセリフも見事。天龍さんがセリフをしゃべって、玉井ちゃんが「わかった」と答える場面には驚愕しました(笑)

清水ミチコさんのお母さん役、国語教師・志賀廣太郎さんの声にもしびれました。

それから個人的にヒットしたのが…さわやか!!
大会終わりにみんなでメシ食いに行くことはありがちだけども。あの場面がなんとも“さわやか”だったね(^-^)


さて、本広克之監督。そしてフジテレビが製作みたいなの聞くと まぁまぁ「ウゲッ!」って思う人もおるでしょうが、今回はそういった先入観を大きく吹き飛ばすような満足度。
ただ ツルベさんやマツザキさんの登場で「あぁ」となる部分もあるけど。そこは最小限度だったかな。

これはいろんなコメントやインタビューを通して感じたことなんだけど。
「映画は監督のもの」みたいな言い方もあるけれど、今回はその逆で。現場で疲れた顔一つも見せず、常に明るく振る舞う ももクロの5人存在が、監督以下スタッフらの未知なるパワーを引き出した部分があるみたいですね。

こういう作品との出会いがあるから、映画ファンはやめられないです。
率直に、なんかスゴイものを見てきたと、そういう思いであります。おススメです!!
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2015年03月02日

女神は二度微笑む

スジョイ・ゴーシュ
ヴィディヤー・バラン、パラムブラト・チャテルジー、ナワーズッディーン・シッディーキー
2年前に地下鉄無差別テロ事件のあったコルカタへ、行方不明となった夫を探すべく、ロンドンから妊婦のヴィディヤが降り立つ。
しかし勤務先、宿泊先からも 夫の存在を証明する証拠は見つからず。やがて夫と似た男が国家情報局に追われていることが判明する。

インド版アカデミー賞とされる フィルムフェア賞で監督賞、主演女優賞など5部門を受賞。さらにはハリウッドリメイクも決定というほどですから、さすがに期待しちゃうわね。
ちなみに今作、インド映画でありながらダンスシーンは入っておりません。だからハリウッドでのリメイクも可能なのかな?(苦笑)

失踪した夫を探しにやって来た女性が主人公。舞台がインドのコルカタ(旧名カルカッタ)でもあり、ロンドンから来た設定にはなっていますが、もちろん主人公もインド人。
ただし なんと妊婦であるという設定。

上映時間は123分。でも始まって それなりの時間で「Intermission」も出ましたので、オリジナルのインド版はもっと長いんだろうね。その分 結構カットされてるのかな。

また、人物紹介と共にいろんな登場人物がポンポン出てきますし。
ジャンルとしてはサスペンスなので、相関関係やセリフも押えておきたいんだけど、カットによる前半の展開の早さも相まって、少々ゴチャついている感は否めません。

そして当方の事前情報も把握しきれてなくって。
失踪した夫は2年前のテロ事件に関わってる。そして主人公は妊婦。
夫が失踪したなら、そのお腹の子供は…誰の子?

後々知ったんだけど、夫が失踪したのは1か月前という設定みたい。あぁそうやったんや。それならそれで(^-^;)

優しい警察官の協力を得ながら、夫の足取りを追うんだけれど、これがなかなか話が進展しない。
夫が存在していた証拠はなく、じゃあどこで何をしてるの?誰かと入れ替わったの?確信に近づくどころか手がかりも乏しくて。
前半から中盤にかけて もう少し、小さなカタルシスを得るポイントがあった方が 乗って行きやすいんだけど。

しかし そうこうするうち、後半になってガガッと動き出し、ついに決定的な、この映画の“真相”が明かされます。しかもまぁその鮮やかなこと(笑)
そして なかなか進展しないと思われたそれまでの出来事、セリフ、行動が、じつは ちゃ〜んと意味があったことも知るわけです。
おう、確かにこれは意表をつかれた!!

これは一般的な心理に訴えかけるサスペンスではなく、チラシのコピーにもある「サスペンス・エンターテイメント」という表現が言い当て妙。
もちろんツッコミどころとか ミスリードっぽい部分もありますが、多くの映画ファンが気持ちよく騙されるような、上手い作りになってます。

あとは この物語のベースとなっているインドの神であり、祭りの“いわれ”をわかっていたら、なお唸らせられるんだろうな。

日本での上映は単館ロードショーで、あまり大きく紹介もされてはいないようですが、どうか騙されたと思って見ていただくこと、お勧めします。
良い意味で騙されるんだけどねぇ(笑)

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必殺仕事人!?
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2015年02月25日

マジック・イン・ムーンライト

ウディ・アレン
コリン・ファース、エマ・ストーン、サイモン・マクバーニー
現実主義者で皮肉屋のマジシャンのスタンリーは旧友と共に南フランスへ向かう。ある大富豪をとりこにする女占い師の真偽のほどを見抜いてくれと頼まれたのだ。
しかし実際に対面した占い師ソフィーの透視能力の前に、スタンリーは人生観を覆される羽目に。

恋多き老人(!?)ウディ・アレン監督お得意の、ちょっと滑稽なスタンスのラブコメと言っていいのかな。

舞台となっているのは1928年。
冒頭から使用されるクラシカルな音楽が その時代を感じさせてくれます。

主人公はイギリス人でありながら 中国人に扮装してイリュージョンを繰り広げるマジシャン。
スピリチュアルなものは全く信用せず、会話をすれば皮肉ばかりを繰り出すという堅物。

相対するのは 人懐っこく美しい瞳をもつ若い女性占い師。
ズバリ ズバリと相手の過去を言い当て、交霊会として亡くなった人物との交信までしてしまう。

当初は「そんなのインチキだ」と取り合わないスタンリーであったが、あまりの的中率の前に敬服。すっかり信用をしてしまう。
キッチュ松尾貴史さんが ぽっちゃりCHIEちゃんの虜になっちゃうって感じかな(笑)

ただ この占い師ソフィーは、ウクレレで安っぽいラブソングを歌い続ける富豪の息子氏に見初められ、プロポーズもされていると。
そんな若い女性占い師と皮肉屋のベテランマジシャンの対決が、気付けば 互いに意識しあうようになるという…ラブファンタジー。

現実的に考えたら 若い金持ちの息子に落ち付くのだろうが…
わたくしのような根無し草の中年世代にとっては、なんとか おっさんに幸せになってほしいなと。変な共感をしてしまうわけで(苦笑)
そんな薄っぺらい若造より、優しくて懐の深いおっさんのがいいぞと。今はそんな時代なんじゃないのかな。。。

しかしまぁ「この恋にタネも仕掛けもありません」なんてコピーも掲載されているんですが、もひとつ言うなら…たいした ひねりも乏しいかな。
ただし回転チェアに瞬間移動するマジックには かなりビックリさせられるけどね(笑)

コリン・ファースもエマ・ストーンもウディ・アレン監督作品に初参加らしいんだけど、仕上がりとしては(良くも悪くも)ウディ・アレンらしい仕上がりと言えるんでしょうね。

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おっさん、元々婚約者おったけどな
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2015年02月15日

マエストロ!

小林聖太郎
松坂桃李、miwa、松重 豊、西田敏行
不況により解散したオーケストラの再結成が話が舞い込む。練習場の廃工場に集まったメンバーの前に現れたのは、天道と名乗る謎の男。その破天荒な練習方法に楽団員らは戸惑うが、やがて互いの信頼も芽生えていく。そしてコンサートの日が近づくのだが…

この作品も 元々は原作のコミックがあるんですね。
原作を知っていると より映画版も楽しめるという側面もあるけれど、と同時にオーケストラの何たるか、ベートーベンやシューベルトの音楽を知っているという方であれば、また深く楽しめるかもですね。
わたくしは音楽に詳しいわけではないけれど、小林聖太郎監督の作品は好きですので。そういう期待感を持っての鑑賞でした。

一度は解散したオーケストラ。別の道を歩んでいる者もいる中、残った負け組(?)の面々が集まっての再結成。
練習場となる工場に集まり、楽団をまとめるコンマスの指示の元で音を出すがピリッとしない。そこへ割って入ったのが土木作業員のような格好をした男。実はこの男こそが指揮者であり、コンサートの発起人でもあったと。

こんな感じで指揮者とは別にコンマス(コンサートマスター)という存在があることがわかります。監督とキャプテンの違いみたいなもんか?
また上映時間に限りがある中で、主要メンバーの個性や人間関係も提示されるのでとても感情移入しやすいです。なんなら自分も楽団の一員として存在するぐらいの感覚(笑)

そもそもオーケストラたるもの、ひとりひとりの使う楽器が違います。各々が良い音を出し、なおかつ周囲との調和が取れてこそ、ひとつの楽曲が完成するんですね。この仕組みは他のスポーツや演劇などとも同じでしょう。
音楽のことを知っていればより楽しめるのはそうでしょうが、それ以外であれ集団生活の経験があれば その部分も実感できるんじゃないかな。

ベーシックな映画の見せ方でもあるけれど、なかなか指揮者と楽団との信頼のバランスが築けないところがあります。
結局それが縮まるのは指揮者がどれだけ演奏者の“音”を引き出して見せるか。そこだけなんですよね。
練習場が工場じゃないですか。元来 工場って様々な製品を作り出す場なんだけど、そこで“音”が作り出されていく様も良い設定ですよね。

そして迎えたコンサートの日。ここで演奏される「運命」の響きは、ふだんクラシックに触れる機会の無いわたくしでも「あぁ良い演奏だったな」と感じられる素晴らしいものでした。
こういう演奏のシーンの説得力が高くてこそ、作品もクオリティも保たれるものです。
で、そんぽ一体感が見事に表現されてましたよね。

そしてこの演奏のシーン、練習中は演奏者側からしか映されなかった楽団を客席側から見せることで、練習と本番との緊張感の違いも見られました。
さらに「指揮が早いぞ」とか楽団員が楽器で会話を交わす場面もリアリティありました。

監督の小林聖太郎はこれまでも家族をベースに じんわりくる物語を撮ってきています。この作品でも そういうアプローチあるんですが、なんちゅうかそこをベタっと押し売りして安易にお涙頂戴に持っていかなかったことも好感。
そしてラストに“天籟(てんらい)”という自然の音の共鳴を配し、物語全てを包み込むことで とてつもない爽快感で劇場を後にすることができました。
ホントに素晴らしい映画に出会えたなと。これが素直な感想です。

劇中の演奏は佐渡裕が監修を担当していると。そしてエンディングに流れる辻井伸行のピアノも心地よいです。
また指揮者のパフォーマンスが音をリードするとするならば、西田敏行の表現力も脱帽です。

最後に、借金取りの親分としてテントさんが出てきてイスがらずり落ちそうになりました(笑)
そこで喜ぶ人は超・少数派だろうけどね(^-^;)
とにかく良いもん見させてもらいました!!

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たくあんポリポリ
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2014年12月18日

メビウス

キム・ギドク
チョ・ジェヒョン、ソ・ヨンジュ、イ・ウヌ
一見するとごく普通に見えるある一家。しかし夫の浮気を確信した妻は、嫉妬に駆られて就寝中の夫の性器を切り取ろうとするが失敗。すると怒りを抑えられず、なんと息子の性器を切断し、やがて姿を消してしまう。

“この作品にはセリフがない”と紹介されていますが、キム・ギドクの作品は そういうの多いですから。
今回は主要キャストだけでなく、全ての登場人物しゃべらないんだけど。これはいままであったのかな?
まぁだからといって驚きはしないけど。

浮気をしている夫のナニを 妻がちょん切っちゃおうとして失敗。そのとばっちりで息子の息子がひどい目にあうと。そしてそのまま妻は失踪。
ナニをちょん切っちゃうという設定は、率直に痛々しい。
肉体的な痛みもそうだし、その後の精神的な痛みも付いて回るわけで。

なんなら“小ぶりだ”ってだけでも引け目感じることあんのに、“ない”となるとその痛みは如何ほどか。男子にしかわからんことだろうけどさ。

まぁまぁそんな痛みとは裏腹に、どうも滑稽な描写も多くて。
ことあるごとに息子はパンツ脱がされるんだけど。あれ、韓国で流行ってるのか?ってぐらいに。
もっとナチュラルに追い詰められる場面があっても良さそうに思うんだけど。

それに切り落としたナニを食べちゃったり、ナニが車に轢かれたりもねぇ(苦笑)

さて、父が息子に与えたテクニックで。性器でのエクスタシーを味わえない中、体に痛みを果たすことで それ相当の快感を得ることなんてホントにあるのか?
石で皮膚をこするならまだしも、刃物でグリグリは…痛いやろうって。

キム・ギドク監督の描く独特の寓話というのはわかるけど、ちょっと飛躍しすぎじゃないかしらん。そこまでいくと、男子でも共感を得にくいような。
結果 着地点も腑に落ちるとまでは…

ただ これまでの起承転結を、全編セリフ無しで表現しきったのはスゴいですね。
そしてもう一点。狂喜をはらんだ妻と、めちゃめちゃカワイイ愛人さんが、まさかとは思ったけど同一人物だったんだね。
ビジュアルもキャラクターもよくぞ演じ分けたもんだと、これまた関心。しかもナイスおっぱい!!

あんなカワイイ娘さんが目が合っただけでおっぱい見せてくれるという。あの店、どこにあるねん!?
ついつい そんなことも思ったりしたわけで。あそこが最大の見せ場だったといえなくもないか(苦笑)

男子はナニが全てというのも一理あるけれど、映画としては ズドンとくる程の感覚は無かったです。
ギドクが製作にまわった「レッド・ファミリー」が良かっただけに、やっぱ物足りないかな。

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ナニはなくても愛はある
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2014年10月06日

マザー

楳図かずお
片岡愛之助、舞羽美海、真行寺君枝、中川翔子
漫画家・楳図かずおのもとに半生を記した書籍の企画が舞い込む。取材を重ねた編集者の若草さくらは、亡くなった母親イチエの影響が楳図の創作に大きいことを知る。
さくらはイチエの故郷へ向かい取材を続けるが、そんな彼女と楳津の周辺で恐ろしい現象が頻発する。

稀代の恐怖漫画家・楳図かずお。腱鞘炎などもあって長らく新作の漫画は手掛けておられないそうなんですが、この作品は 自らが監督・脚本を手がけたという作品。
しかも撮影当時、監督は77歳だってんだから こりゃまた驚き。もちろん初監督であります。

有名な漫画家さんには様々な代表作がありますが、その多くがテレビアニメ化で広く知れ渡るというのが通常だと思います。
が、楳津かずお氏にはそれがないんですよね。

「まことちゃん」「漂流教室」(実写映画化されている)などの作品もありますが、氏の作品はちょっとコワすぎるのか、テレビアニメでメジャーになったものはないんですよ。
その一方で、氏の描いた数多の恐怖漫画は、多くの小中学生が一度は手に取り、その世界観の洗礼を受けたことがあるんじゃないでしょうか。

今回は人気作品の実写化ではなくオリジナル脚本ですが、自らが監督しての映画化となりました。
しかも主人公は漫画家の梅津かずおという設定。そしてそれを演じるのは、ラブちゃんこと片岡愛之助さん。

その愛之助さんが主演とあらば、ファンの奥様方が わんさと見に来ても良さそうですが、さすがにこのような作品ではどうなんでしょうなぁ!?
正直、意外なキャスティングではありますが、赤白のボーダーシャツが思いのほかしっくりきてたけどね(笑)

日本映画界には夏の定番として、あるいは女子高生向けに、恐怖映画・オカルト映画のジャンルもコンスタントに作られてきてはおります。
同級生が謎の死を遂げたり、恐怖のツールとしてスマホやパソコンが登場したり。そういう系統のヤツですわ。

が、この作品の切り口はそれらとは若干の違いがありまして。
その恐怖の象徴というのが、母親なんですね。自らを生んだ母親の情念が、主人公やその親族に襲いかかるという設定。
こういうパターンはありそうでなかったように思いますね。

決して予算も時間も多くはない中で作ったものと思われます。ましてや梅津かずお氏は初監督であり、斬新な技法やテクニックがあるはずもありません。
「リング」や「呪怨」に代表されるような“ジャパニーズホラー”と比べたら、そのデキは察しが付くものと思われます。

しかし だからこそ言いたい。
商業ベースありきの企画であったり、今どきの若者に受けそうなテイストを入れたりが前提のモノとか。それはそれですよ。
そうではなく、この映画には もっとシンプルな“恐怖”というか、もっと言うなら“楳津かずお”という存在が底辺にあると。そういうことなんじゃないかな。

映像のクオリティや時代性は及ばずとも、楳津かずおの足跡がここにあると。
要はレジェンダリーとしてのアイコンであると。映画の主人公が“楳津かずお”になっているのは、まさにそういうことの象徴だと思うわけで。

昨今 世にあるジャパニーズホラーのルーツは、ほぼ楳津かずおであるはず。
であるなら、もっと楳津かずおの存在がクローズアップされて然るべきに思えてきた。
僕らは もっとダイレクトに楳津かずおの世界に触れるべきだとも思えてきたぞ。うん。

余談ですが…余談じゃない、この映画のことだ(笑)
ヒロイン役の元宝塚の舞羽美海さんが程よくイイ女でしたね。個人的な好みとしてです。

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「グワシッ!!」は中指と小指を曲げるんだ
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2014年07月30日

マレフィセント

ロバート・ストロンバーグ
アンジェリーナ・ジョリー、エル・ファニング、シャルト・コプリー
とある王国のプリンセス、オーロラ姫の誕生パーティー。しかしそこに招かれていなかった邪悪な妖精マレフィセントが現れ、姫の16歳の誕生日に永遠の眠りにつくよう呪いをかける。
はたして彼女はなぜ恐ろしい呪いをかけたのか?答えは、謎に包まれたマレフィセントの過去にあった。

“アナ雪”に続くプリンセスが登場するディズニーのファンタジー。
そもそも わたくしのようなおっさんがプリンセスもの見るのもどうかと思うのだが、昨今これらの作品が大きな話題になっておるので見てまいりました。

さて、その話題となっている要因。ひと昔前であれば、現実にはありえない夢の世界に浸るという“憧れ”をテーマとしておったのですが、いまやそうではなく。
舞台はファンタジーでありつつ、リアリティや共感を得る物語にアダプトして来ております。

この作品の元になっているのは古典的名作「眠れる森の美女」。それを魔女であるマレフィセントの立場から描いたというモノ。
なぜ彼女が幼い姫に対し「16歳の誕生日に永い眠りにつく」との呪いをかけたのか。。。

呪いをかけるっちゅうと恐ろしい印象はありますが、それに至る裏切りに悲しみ。そしてその後の苦悩まで表すことで、観客の感情を見事にコントロールしてくれます。見事です。

悲しみに暮れるプリンセスを白馬に乗った王子さまが助ける〜という王道路線は今どき流行りませんから(苦笑)
そしてこれはこれでちゃんと“真実の愛”であることは間違いないですし。またわかり易いのも良いと思います。

主演のアンジーはね、正直言って怖いですよね。妙な痩せこけ方が(-_-;)
でもあんな顔ですから頭から角が生えてても全く不自然じゃございませんし、やはり一流の女優さんですから、どんなビジュアルであれ観客を引き込むキャラクターをしっかり演じております。

あと個人的には、あの大きな翼で怪しげに宙を駆け巡るシルエットがデビルマンに登場した妖鳥シレーヌとダブりましてね。心の中に眠っていたトラウマを揺り動かされた思いであります。

それはさておき、一部では「アンジーのアンジーによるアンジーのための…」という見方もされています。
実際、主人公のマレフィセントの恋・苦悩・愛がお話の軸となっているんだけど。

もうちょっと映画的なアクセントをつけるなら、前半に姫の誕生祝で呪いをかける場面を見せて、後半で実は彼女は彼からこんな裏切りにあっていた〜という展開もできたのかなと。
端からマレフィセントをベビーフェースと位置付けるでなく、ダークヒーロー的にすることもできたのかなと。
そこまでやると また面白味は深まりそうだけど、一般ウケしなくなっちゃうかな?(苦笑)

いろいろそんなことも思いながらでしたが、わたくしのようなおっさんでも、メチャメチャ楽しめました。
キャラクターたちの感情がとてもよく伝わってくるのが第一。そしてファンタジックな映像も見応え十分。
あの3Dアニメのタッチが苦手なわたくしからすれば、「アナ雪」よりも全然見応えありましたですよ。

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レッドブルを飲ませてあげたいね
posted by 味噌のカツオ at 19:36| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月03日

マダム・イン・ニューヨーク

ガウリ・シンディー
シュリデヴィ、アディル・フセイン、メーディ・ネブー
2人の子どもとビジネスマンの夫のために尽くす ごく普通の主婦シャシ。彼女は家族の中で唯一英語ができないことが悩みだった。
ある日親戚の結婚式の手伝いを頼まれ単身渡米。そこで目にした「4週間で英語が話せる」という広告を頼りに、シャシは英会話学校へ通い始めるが…

いろいろ気になる映画があります。「絶対見ておこう」「一応見ておこう」「スルー」…
この映画は「上映時間が合ったから」ってのが第一の理由。それで見た感想は〜素直に「見て良かった!」でしたね。
それでなくても ここのところ微妙なのが多かったので、なおさら「ヒット!」やったわ。

インド映画って基本 上映時間が長いんよね。この映画は2時間14分。
ただし途中で「インターミッション」の文字も出てきてたので、ノーカット版は御多分に漏れず3時間越えなんだろうね。
でも上映時間が長い分、細かいやり取りも見せてくれる。そんな丁寧な作り込みが より観客を作品に引き込む要因であると思います。

そしてインド映画に外せないものが歌とダンスのシーン。
ただし この作品、それが少なかったんよね。カットされちゃってる!?(笑)

しかしまぁ普通のミュージカル映画見るとイライラするのに、インド映画のダンスシーンって楽しいんだよね。
台詞を無理矢理歌にしてしまうのと、気分が高まったところで音楽が鳴りだして踊りだすという違いかな。
説明難しいんだけど、自分の中で合点がいくポイントに気付きました。

この映画、舞台がインド→ニューヨークと変わっていきます。今やインドでは英語も公用語とされているらしく、ストーリーの芯になっているのが主人公の英語へのコンプレックス。

わたくしたち普通の日本人もぶっちゃけ英語はチンプンカンプン。
それで英語とヒンディー語の混ざった映画観て違いがわかるのか心配でしたが、それは杞憂に終わりまして。
それどころか主人公が通う英語学校で交わされる“初歩的な”英会話を聞いて、ワシもニューヨーク行けるかも!?と思えたぐらい(笑)

さて、物語を追っていくうちにわかりますが、英語へのコンプレックスというのは あくまでひとつの取っ掛かりで。
言葉だけでなく、家族との関わり、友人・仕事・趣味・恋・そして自分らしく生きることまで見つめ直すきっかけを与えてくれる…そんな作品なんですね。

クライマックスは主人公のスピーチ。「今あるものに失望すると新しいものを求めてしまう。すると やがて、今まであったものも美しく見えてくる」そんなことが語られるあのシーン。たまらなかったですねぇ。
そこに至るまでのいきさつも見事で。さらにそのスピーチが引き立つようになってるんだわ。

それから…
主人公のシュリデヴィさんはインドでもトップ5に入るぐらいの女優さんで、まぁキレイ。今50歳ということなので、インドの黒木瞳と言っても過言ではないかしらん(笑)

役どころは 2人の子供を持つ普通の主婦。そんな彼女に恋心を抱いたフランス人男性が甘い言葉をささやくんですが。
当然ながら子持ちの主婦がそんな誘惑になびくことはないんだけど…

いくつになっても、結婚してても恋心を抱く人はおられるでしょう。それが人生を輝かせることもあります。でもそうじゃなくて。
思いもよらない相手から“ときめかれること”でも、女性は変わるんですよ。あ〜その手もあったなと。

受け入れるか否かはさておいて、誰かから告白されることで「わたし、見られてる」的な意識で人が変わるって。あるよね〜(笑)
そんなトコに妙なリアリティを感じましたね。

基本、女性向けでありお母さん向けの映画なんだとは思いますが、わたくしでもしっかり楽しめました。
なかなかの佳作に出会えて思わず嬉しくなって。
歌って踊りだしたくなりますた(笑)

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あの坊主のいたずらも…結果オーライですか!?
posted by 味噌のカツオ at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月01日

ミスターGO!

キム・ヨンファ
シュー・チャオ、ソン・ドンイル、キム・ガンウ、オダギリジョー
最弱の球団・ベアーズが起死回生の策として迎えたのは、資金難のサーカスから雇い入れたゴリラのミスターGOだった。
ゴリラ使いの少女と共にやってきたミスターGOは、初打席からホームランを放ち、その後も代打の切り札として大活躍。やがてライバル球団までもがゴリラの投手ZEROSを投入し、ゴリラ対ゴリラという世紀の対決が実現する。

この作品の情報を聞くや否や「面白そう!」と色めき立ったわけでありまして。
もちろん“名作”スタンスではなく“B級テイスト”の前提でね。
ただし、韓国映画ってのは 時にもの凄いエネルギーみなぎったものを作ったりするので、油断はできません。様々な思いをもって鑑賞してまいりました。

中国の片田舎。立ち行きいかなくなったサーカス団。ここに芸達者なゴリラと、生後間もなくそのゴリラと生活するなかで、ゴリラと会話ができる少女がいる…というドキュメント映像がイントロダクション。
しかしそのサーカス団は大きな借金を抱えて返済に苦慮していると。そこへ飛び込んできたのが、韓国のプロ野球チームから ゴリラと選手契約をしたいという珍案。
なかなか成績の上がらないチームが大物助っ人を呼ぶというのはありますが、その対象がゴリラだったと。

この物語をリードしていくのはゴリラでも少女でもなく、そのゴリラを呼び寄せたエージェントの男。
実はその時点から、様々な選手を日本やアメリカへ斡旋することで稼いできたこの男。

ただし 中には故障を抱えてて選手生命が長くないのに「買い物でっせ!」と売ってきたこともあると。
そしてこのゴリラも膝に爆弾を抱えていることを承知で契約をするという。
映画的には小悪党ですが、ある意味リアリティがあって この点は面白かったですよ。

その後ゴリラは“MR.GO”の登録ネームで代打の切り札として大活躍。ホームランを量産してチームの活性化に貢献します。
ただ こんな強打者がおっても敬遠されたら打てないわけで。それはどうなん?と思いきや、MR.GOは敬遠球も攻めていって見事ホームランにしてしまいます。
あぁ昔 新庄がそんなんしてたなぁ〜とそんなん思い出して笑ってしまいました。

やがて噂が噂を呼び、(実名で)日本の読売ジャイアンツと中日ドラゴンズが MR.GOをスカウトするべく身分照会の打診をしてきます。
後に両オーナーが韓国まで来てストーリーにも絡むという。ここまでくると虚虚実実入り乱れてますます面白くなっていったわけですが。

なんだか後半は展開がゴテゴテしすぎて、正直ピリッとしない感はぬぐえません。ある意味それは予想通りなんだけど、着地点が難しいですかね。
もう一つ思うのは 2時間13分という長さ。やっぱ上手いことやって2時間以内に仕上げた方が良いかな。このテイストの作品は。

そうは言っても ゴリラと野球が融合していく様は非常に引き込まれますし、何よりCGのクオリティの高さは目を見張ります。
間違いなく、日本映画では期待できないレベル。それも大きな見どころです。

あとどうでもいいことですが、ゴリラと会話できる少女ウェイウェイちゃん。決して美少女ではないけど鞭を振るう姿が様になっております。
そして、こんな女の子が野球のユニフォーム姿ってのもいいなと。気付きました(笑)

最後に。MR.GOがけがで欠場し、観客が「GOを出せ!」とバナナをスタジアムに投げて抗議の意志を表すんですが…
昨今のリアルなスポーツ界では バナナを投げ入れるという行為が人種差別的な意味合いも含んでいるとして、世界的に問題視されています。
この映画が製作された時点では決してそうではなかったはずですが、妙なところで世間とシンクして、わけもなくヒリヒリと見てたわたくしでした。

そもそもB級テイスト期待で見に行ったのですが、それについては及第点。
わたくしなりに楽しめた一本でしたよ。

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名古屋にはミスター6号がおったな
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2014年03月08日

魔女の宅急便

清水 崇
小芝風花、尾野真千子、広田亮平、宮沢りえ
魔女の血を引くキキは、13歳になったのを機に黒猫ジジを連れて魔女修行の旅に出る。やがて辿り着いた海辺の町コリコで、パン屋の女将おソノに気に入られ居候させてもらうことに。
そこでキキはホウキに乗って空を飛ぶ魔法を生かし、お届けもの屋を開業する。

ウワサの実写版「魔女の宅急便」。ジブリのアニメ版で予習(?)してから見に行ってきました。

冒頭に映し出されるキキの実家が不思議に作り込まれており、ファンタジーっぽさを感じて期待を覚えました。

そして修行に出たキキが暮らすことになるコリコの街。
アニメではヨーロッパベースの無国籍感で表現されていましたが、ここでは日本のやや古い小さな街並みにファンタジックさが融合されていて、言わばミスマッチな印象。
でも良い意味で現実感を忘れさせてくれるかな。そんな世界で物語は転がっていきます。

原作の小説があるのでアニメとの比較はおかしいのは承知の上ですがね。
登場するキャラクターは同じでもストーリー展開はアニメとは全く違います。それが理由ってわけではないでしょうが、描かれるエピソードが どうもしっくりこない。

ベースがファンタジーであるので、多少の滑稽さは目をつぶらなくてはいけないけれど、どうもスクリーンへの求心力がない。
ベースがファンタジーであるので、どこかにやさしさを期待するんだけど、主人公の少女は魔女だと言われて差別的な扱いを受けちゃう。

そうこうするうちにスランプで空を飛べなくなり、事件に巻き込まれてふたたび大切な心を取り戻すわけなんだけど。
様々なエピソードがブツ切りなうえにシンクロしてなくて。説得力も必然性もない出来事が数珠つなぎ。

治療のためにカバを離島まで運ぶと。
動物園のアイツはなぜそんなにキレている?なんでこんな嵐の日に行かせる?こんなに命がけの挙句、それで治療終わりだって?
傷ついた修行中の少女が、幾多の困難を乗り越えて成長していくお話でイイじゃないですか。なのに そこに介在するものがマジでやってるのか スベったギャグなのか理解できかねるエピソードばかりで。

さらに謎を深めたのが、小ぶりなマツコさんみたいな伝説のシンガーが雨の中で歌うシーン。
誰?なぜ?ホントにそんなに良い曲ですか?
ちょっとしたコントに見えたぐらい。

ファンタジーっぽい世界のつもりで見ていたら、突如出てくる人種差別的な悪意や負の感情が生々しいほどに厳しくて。見ていて非常に不愉快で。
そのくせ その厳しい状況をひっくり返すのがカバとは。馬鹿みたいな話ですよ。
残念ながら脚本に必然性も説得力も感じられないのだわ。

ついでに言うならジジの声も決してマッチしていたとは思えないし。
所々で特撮映像がショボいことも気になったね。

結局これは誰向けなんでしょう。少なくとも大人が見るには、あまりにも…ですよ。
極論ではありますが、やりようによっては「パコと魔法の絵本」みたいな方向性もできたんじゃないかな。もちろんあそこまでやるには 相当な時間もお金もセンスも必要だけど。
ただ ここでちゃんとしたもの出しておかないと、原作の「魔女の宅急便」にも ジブリアニメにも失礼だって。

と ここまで厳しいこと並べてきましたが、主演の小芝風花ちゃんには可能性を感じましたね。彼女は悪くない。
表情とか雰囲気とかイイもの持ってるし。この作品 唯一の希望ですし。今後の活躍に期待したいですね。

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マッチョの卓球部員
posted by 味噌のカツオ at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月06日

魔女の宅急便

宮崎 駿
(声)高山みなみ、佐久間レイ、山口勝平、戸田恵子
13歳になったら修行に出るという掟に従い、魔女のキキは黒猫のジジと旅立つ。翌朝、港町コリコに着いたキキは、パン屋の女主人おソノに気に入られ、その店先を借りて宅急便を開業する。

実写版が公開になるということで ブルーレイにて鑑賞。
制作は1989年ということなので今から25年前の作品となりますか。テレビでも度々放送されていますが、今の今までわたくしは見ていなかったんだよね。
そもそもジブリ的なモノが好みでもなかったりするので…

当時の記録を調べてみると、これ以前に公開された「火垂るの墓」と「となりのトトロ」が興行的失敗に終わったものの、この作品は大ヒットとなったとのこと。

ひとつは“宅急便”と黒ネコがキャラクターとして登場することで ヤマト運輸のスポンサーを取り付け、宣伝が効果を発揮したと。
そしてユーミンの曲がオープニング&エンディングに採用されていると。25年前の当時、ユーミンといったら お年頃の女性への影響力は今以上に大きかったですから。

さらに申せば“魔女”という要素がね。
13歳の少女が魔女になるための修行をするというプロローグ。
男の子がウルトラマンや仮面ライダーに憧れるように、女子は魔女ってのに反応しちゃうんじゃないですかね。

宮崎駿監督がアニメ作家として注目を浴びた作品って『ルパン三世 カリオストロの城』に『風の谷のナウシカ』だと思うんだけど、それらは基本 男性ファンをリードしてきたものであって。
その後「となりのトトロ」でワンクッションありつつ、この“魔女宅”で女性の支持を多く集めたと。

もちろん魔女というキーワードもそうだし、(主人公の設定と重ね合わせて)実家を出て一人暮らしをしつつ 日々の仕事に追われてる女子が見たら号泣すること間違いない。
ワンルームマンションので一人ビデオを見ながら「キキが頑張ってるんだからわたしも」と勇気付けられ、「黒ネコ飼いたいな」と余計な願望もチラつくことでしょう。そもそもペット禁止のマンションだったりするのにね。

さすがに男子として設定やストーリーにクラッとすることは無いけれど、シンプルに受け止められる作品だと思います。監督の作風が徐々に小難くなっていくことを思えばね。

ほうきで空を飛ぶシーンにはときめいちゃうし、風の中を駆け抜けるシーンは宮崎監督の得意技だし。
さらに不意に流れるBGMにやられちゃうし。久石譲さんの曲って素晴らしいなと再認識させられました。
今の時代に見ても褪せない魅力の詰まった映画であるのは事実。

元々原作は別にあるんだけど、それをジブリの…宮崎駿の手を通してこれだけの作品に仕上げたということで。
そのうえで、この平成26年に公開される実写版とは如何ほどのものなのか。気になるわけであります。
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2014年02月08日

メイジーの瞳

スコット・マクギー、デイヴィッド・シーゲル
オナタ・アプリール、ジュリアン・ムーア、スティーヴ・クーガン
両親が離婚し、共同親権を持つ父と母の家を行き来することになった6歳の少女メイジー。父の家には元々仲良しだったベビーシッターがいて、母の再婚相手の優しいバーテンダーとも友達になった。
だが父も母も自分のことに忙しく、次第にそれぞれのパートナーにメイジーの世話を押し付け始める。

ロック歌手の母と画商の父の下に生まれたメイジー。
その両親がケンカに明け暮れる中、やってきた宅配ピザの兄ちゃんにメイジーがお金を渡す…そんなシーンから始まります。
そもそも両親は仲が悪く、メイジーはしっかり者の少女であるとすぐにわかる導入部。

母は自宅にミュージシャンの仲間を集めガンガンに音楽をかけながら酒を飲み。また時が来ればツアーと称して家を空けてしまう。
一方の父親も常に目の前の相手そっちのけで、ケータイ電話で仕事の話に没頭。そして画商として買付けだかバカンスだかでどこかへ行ってしまう。

やがて身も心もすれ違いの二人は離婚。だが父も母もそれぞれが一人娘を愛しており、結局メイジーは10日ごとに互いの家を行き来することに。
ところがそれぞれ生活リズムの不規則な職業ゆえ、いつしか10日ごとに〜という約束も破綻。

父と再婚した(元々メイジーと仲良しだった)ベビーシッターと、母と再婚した優しいバーテンダーも巻き込み、メイジーの日々は続いていきます。

見ていればわかるんだけど、確かに実父も実母も愛情はあるんでしょう。
でも母が親権を求めたのは何やら夫への対抗心からにしかみえず。相手が若い元ベビーシッターと結婚したのを知って、張り合うように自分も若いバーテンダーと結婚をしてみせる。
父は父で気付けば あんなに若くてキレイな奥さんと、かわいい娘を手放して どこかへフェードアウト。
そんなもんなんですかね。。。

すると今度は置いて行かれた彼女と、ケンカ別れした彼とが惹かれあうという展開。まぁ美男美女やからそうなるでしょう。
そしてそれまでは周囲に翻弄され続けたメイジーが、自身の意志として彼らと共に過ごすことを願うわけで。

見ていて憤りを覚えてしまう身勝手なパパとママ。そしてそれを見かねたように優しく手を差し伸べる若い二人の存在。そして大人たちの間で翻弄され続ける少女の人生。

どうかすると近年話題になる生みの親か育ての親かの話にも関わってきそうだけども。

正直言って、ひとつのドラマではあるけれど、決してパンチが効いてる映画とまでは言えないかな。
でも タイトルでもある“メイジーの瞳”から希望とか温かみを覚える人もおられることでしょう。

まぁわたくしが最終的に感じたのは、少女の成長を描いたおとぎ話というべきか。
メイジーは6歳で。そばかす交じりの表情も、振る舞いもホントに愛くるしくて。
でもやけに細くて長い足は なんかのイラストに描かれた少女のようにも見えてくるし、彼女の衣装や小物なんかからもファンタジーが発散されてるみたいに思えるんよね。

そのメイジーのキャラクターって、寂しげなリアリティよりも絵本の中に描かれた冒険の物語に近いような気がします。
(6歳の少女が身を置くには)状況は決して明るくないんだけれど、決して不幸な状況ではないのは救いじゃないかな。

前述の通り、パンチの効いた映画ではないけれど、メイジーという主人公と出会えてよかったと。そう思える温かな作品でした。

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チョコレートはメイジー
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2013年11月29日

マッキー

S・S・ラージャマウリ
スディープ、サマンサ・プラブー、ナーニ
近所で暮らす美女・ビンドゥに思いを寄せる青年・ジャニ。やっとのことで彼女と心が通い合ったのだが、同じくビンドゥに夢中になっていた建設会社社長にしてマフィアの男・スディープによって命を奪われてしまう。
しかし、なぜかジャニの魂がハエに転生。スディープへの復讐を果たすべく、ジャニはハエのまま立ち向かっていく。

四半世紀以上前だと思いますが、物質転送装置の中に人間とハエが入ってしまい、ハエ人間が誕生するという「THE FLY」という作品がありました。
あれはちょっとしたホラーというかSF的なジャンルになるのかな。
ですが、こちらは全く違うテイストで。

ぶっちゃけこの映画のあらすじや設定を聞いて、誰もが「なんじゃこりゃ」と思うことでしょう。もちろんわたくしもそう思いましたよ。
他のモノや生物に姿を変えたり、あるいはゴーストとして〜というのはありがちだけど、よりによってハエとは。。。
インド映画の発想たるや驚きです。

場合によっては あの大きな複眼も見ようによっちゃ仮面ライダーウィザードっぽく見えなくもないけど、やっぱりハエはハエだわな(笑)

主要キャストはわずか3人。しかも一人は前半で亡くなってしまい、あとはハエの独壇場です(苦笑)
そのハエが登場する場面から、ふんだんにVFX映像が出てくるんですが、これが思いのほか見応えありまして。

迫りくる水から逃げるシーン。テニスボールに足が絡まったまま投げられるシーンはドキドキ。
シャボン玉の中に入ってしまうなんて独創的な描写は(ハエだけど)キレイでしたね。

さらには鳥に追いかけられる映像は戦闘機が飛び交う映画と見まごうほどのスペクタクル感ありました。

そしてインド映画ではおなじみのダンスシーンもハエが踊ってるし、復讐を誓いハエが自らトレーニングに励む様もおかしかったし。
映像技術の素晴らしさに見合わないチマチマした設定が面白かったですよ。

戦うにしても 初めは耳の周りでブンブン飛び回る(これもうっとおしいけどね)だけだったのが、様々な作戦を駆使してエスカレート。
とてもハエが巻き起こしているとは思えない大バトルへと発展していきます。

物語のトンデモ加減と 映像のクオリティのバランスのおかしさったら(苦笑)
正直、バカ負けしましたよ(^-^;)
もちろん褒め言葉ですよ!!

ちなみにあちらの言葉でハエのことをマッキーと言うみたいですね。

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結局また…ハエなんだね(苦笑)
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2013年11月04日

もうひとりの息子

ロレーヌ・レヴィ
エマニュエル・ドゥヴォス、パスカル・エルベ、ジュール・シトリュク、マハディ・ザハビ
テルアビブに暮らすフランス系イスラエル人のヨセフは兵役検査を受けるのだが、両親とは血液型が合わないとの診断を受ける。さらなる調査の結果、ヨセフが生まれた病院のミスで、パレスチナ人家族の息子ヤシンと取り違えられていたことが発覚する。

現在大ヒット中の「そして父になる」も子どもの取り違えにまつわる映画ですが、この映画もその点は同様。
ただしスタート地点は同じだったとしても、映画としての設定も そのアプローチの仕方も全くの別物ですね。

あちらの主眼は福山雅治演じる父親であって。こちらは当事者の子どもたち自身にスポットがあてられております。
ただ 子どもといっても18歳ですからね。もう自分たちで考えて行動できる年代という設定ですから。

しかし平和な島国・ニッポンでのん気に暮らしているわたくしには、イスラエル、パレスチナ、フランス〜といった舞台の状況や関係性などデリケートなトコが全くといっていいほどわからない。
そもそも我が国では“兵役検査”という制度自体が…

なので その辺りは手探りながら見ていくしかなかったのですが。

ただそれが発覚した際のショックはそれ相当なんだと思うんだけど、お国柄なのか 今どきの若者というべきか。そんなに悲壮感だとか戸惑いなんかは感じませんでした。
それどころか当事者の二人はそれとなく意気投合して、友だち関係のようになっていきます。
また各々 音楽を通じて気持ちがつながっていったり、アイスクリームを売るなんて才能を開花させては(大げさ?)とにかく自分の居場所みたいなものを確立していくんですよね。

18年前に病院で起こったことは悲劇であるし、現在の彼らが置かれている状況はとても複雑。でありながら そう簡単に悲壮感やお涙頂戴にはいきません。
あまりにその部分がすんなりし過ぎて 物足りなくも思いつつ…というところで事件が起こるんだけど。結果的にそれすらあまり引っ張ることなくラストシーンへ向かっていきます。

果たして彼らが、どのような未来を目指していくのか。その辺りも決して明確ではなく、薄口にしか描いていなくて。
でもそれはそれでフランス映画らしいトコロでもあるのかな。

この状況、当事者のアイデンティティは揺れまくるんでしょうが、観客としては期待していたほど揺さぶられはしなかったけど。
その分じっくりと この状況を見つめることができた映画だったのかな。

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憎むべきは湾岸戦争
posted by 味噌のカツオ at 17:35| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする