2017年03月26日

わたしは、ダニエル・ブレイク

ケン・ローチ
デイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ
大工として働く59歳のダニエルは、心臓の病を患い医者から仕事を止められる。しかも複雑な制度に翻弄され、国の援助を受けられない。
そんな中、シングルマザーのケイティと二人の子供の家族を助けたことから、交流が生まれる。しかし、厳しい現実が彼らを追いつめていく。

ケン・ローチ監督は 今作により、カンヌ国際映画祭で二度目の最高賞・パルムドールに輝きました。
そもそも既に引退を表明していたケン・ローチ監督が、そのような高評価を得る作品を作ったこと。なにより、引退を撤回してでも 今伝えなくてはならないテーマがあったということですが。

引退を撤回といえば、日本では長編作品は撮らないと言っておった宮崎駿監督も、ここにきて企画が進行しているなんて話も聞かれます。
引退するしないは 各々の決断。それ以上でも以下でもありませんが。わたくし的には 良い映画が見られればそれはそれで嬉しいことだったりするんだけどね。

大前提として この映画、イギリスが舞台となっていて。
そこでの制度や人のライフスタイルは、日本と重ね合わせるには いくらかの違いもあるので。

100%同じ目線で“痛みを”理解することはできないかもですが。
そのうえで…終始 座りの悪いというべきか、苦々しい状況というのは“痛いほど”伝わってきました。

特に、フードバンクでシングルマザーのケイティが、突然 缶詰を開けた場面。
一瞬「えっ、どうした?」と思ったのですが、ただ ホントに限界であったがための衝動であったのかと。
そして周りのみんなが「何も悪いことではない」と見守ってくれる温かさ。

そんな ささやかながら、誰かを思いやる姿勢に 胸が押しつぶされそうな思いでした。

この映画を見ていて、あまりにもマニュアルチックで、融通の利かない、こころの通わない 役所の対応には憤りを覚えるばかりですが。
現実のイギリスでも実際にこんな感じで、なんならもっと“非道”とも言えるケースも存在するとかで。

そういった現状への異議と そこで生きていかんとする人の心。
「尊厳を失ったら終わりだ」という言葉の重み。「わたしは、ダニエル・ブレイクだ」と記される あの場面、あの訴え。込み上げてくるものがありました。

それこそがケン・ローチが復帰を決め、訴えなければならなかったメッセージであり。
それを真摯に映像化してみせる監督の手腕もまた素晴らしいものであります。

やっとのことでダニエルが辿り着いた「申し立て申請」の手続き。
「これなら大丈夫だ」と弁護士さんと思しき方が受け止めてくれたのですが。

始めは気付かなかったけど、その弁護士さん、車いすやったんですね。
ダニエルのような社会的弱者を守ろうとするのがハンディのある方だということ。

思い起こせば、序盤にケイティの家の近くにいた犬も 後ろ足が片方無かったような。

そういった何気ないところにも、複雑な思いを感じずにはいられませんでした。

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だれもが、ダニエル・ブレイク
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2016年11月02日

われらが背きし者

スザンナ・ホワイト
ユアン・マクレガー、ステラン・スカルスガルド、ダミアン・ルイス
モロッコで休暇中だったペリーと妻のゲイルは、偶然知り合ったロシアンマフィアのディマから、組織のマネーロンダリング情報が入ったUSBをMI6に渡して欲しいと頼まれる。
ディマと家族の命が狙われていると知り、仕方なく引き受ける二人だったが、世界を股に掛けた危険な亡命劇に巻き込まれてゆく。

元MI6(イギリス秘密情報部)の作家、ジョン・ル・カレ原作のスパイサスペンス。
これまでにも同氏の原作がいくつか映画化され、この作品も評判良さ気だったので見に行ってきました。

が、わたくしには合わなかったですなぁ。

主人公は大学教授で その妻は敏腕弁護士。
そして なにかと大声で話しかけ、豪快に笑うロシアンマフィアの男。

怪しげな雰囲気のまま、機密のUSBが登場して…というストーリーなわけですが。

そもそも冒頭の雪道でキレイなお姉ちゃんが撃たれる映像とか。
本編での登場人物らの相関関係が飲み込みきれず。また会話での駆け引きが、字幕を読むだけで理解しきれず。
誰が敵で誰が仲間で追いつこうとするうち、やがては眠気に襲われる悪循環。

ただし中盤あたりからスリリングな展開もわかってきまして。なんとなく盛り上がってきたところで クライマックスとなってしまいまして。
ほぼほぼ楽しめないで終わってしまいました。

さしあたって言えることは、ユアン・マクレガーはメチャメチャええヤツやったなと。
そんな程度で申し訳ない。

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「われらが背きし者」ってどういう意味?
posted by 味噌のカツオ at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月29日

わたしはマララ

デイヴィス・グッゲンハイム
マララ・ユスフザイ、ジアウディン・ユスフザイ
2014年に17歳にしてノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイの素顔に迫るドキュメンタリー。

「わたしはマララ」というタイトルも書籍として大変多くの方に読まれているもので。
マララさんのストーリーは多くの方の知るところではありましょう。

そのうえであらためてまとめますと…

パキスタン生まれのマララさんはブラッド・ピットが好きなごく普通の女の子。
“女性にも教育を”と実名を伏せてブログから発信していたものの、身元が分かってしまったことでタリバンに狙われ、15歳の時に瀕死の重傷を負う。
しかし一命をとりとめた彼女は 世界を巡りながら再び教育の大切さを訴えかける。やがてその活動が認められ、17歳にしてノーベル平和賞を受賞する。

というものなんだけど、このストーリーの中で密かに大きなウェートを占めるのは実は彼女の父親の存在で。
そして父はかつてから自身で学校を立ち上げ、オープンに学べる環境を作ろうとしていたと。一方、彼女の母親は教育を受けることができずに、文字の読み書きができないと。

そんな中で生まれた娘に、アフガニスタンの英雄的な少女“マラライ”の名を取り“マララ”と名付けます。そこには勇敢との意味もあるとか。
そういった両親の下で、そのような名前を受け、まさにマララさんの歩んだ道は生まれ持った宿命だったのかもしれません。

ちなみにこの映画の原題「He Named Me Malala」は“彼は私をマララと名付けた”というものらしいです。

さて、大きな講演会場で、物怖じもせずメッセージを発するマララさんの姿はとても17歳とは思えない堂々としたもので。
方や、きょうだい達を前に見せる屈託のない笑顔からは、普通の少女であることもよくわかります。

そんなマララさんと家族を映したこの作品。様々なレビューを見ますと「ぜひ見てほしいと」絶賛の声多数なんですが…

ぶっちゃけ映画としては眠たかったよね。
見せ方というか、ある意味で娯楽という側面でみるとイマイチ響いてこなかったですわ。

この作品のグッゲンハイム監督は、アル・ゴア元副大統領と環境問題を取りあげた「不都合な真実」の監督でもあります。
ちょっと気になったので、わたくし自身の「不都合な真実」の感想を読み返してみたら…なんと、同様の感想が記してありました。
ドキュメンタリーのテーマはさておき、映画としての面白味に欠けるなと。

それでもこの映画の一般的な評価が高いのだとするならば、たまたま わたくしがグッゲンハイム監督と相性が悪いということなのかな。それならそれでいいんだけど。
でもキーとなるポイントをアニメで表現してたのは確かにわかりやすかったですね。

まぁわたくし的な率直な感想としては、そういうことになっちゃうということです。
惜しいな。

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マララライ!マララライ!
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2015年06月04日

私の少女

チョン・ジュリ
ペ・ドゥナ、キム・セロン、ソン・セビョク
小さな港町の所長として赴任した女性警察官ヨンナムは、14歳の少女ドヒと出会う。ドヒに対する学校でのいじめ、継父ヨンハとその母親からの暴力。それらを見かねて、ヨンナムはドヒを自宅に招き入れる。
か細いドヒの心を救おうとするが、自身の過去の問題もありヨンナムも窮地へと追い込まれていく。

難しい映画でした。
わたくしのような優柔不断なモノにとっては、何とも難しい映画でした。

ただし難しいといっても ストーリーは決して難しくはなくて。様々な判断というか…
あんなだけどこうである。こうなんだけどそうであるみたいな。
それらをどう受け止めるべきか、受け入れるべきか。
難しい映画でした。

しっかりとした女性警察官なんだけど、じつは同性愛者である。
いつも落ち着いているようだけど、じつは酒が無いと落ち着かない。

集落で唯一の若者。彼がいるから仕事が回っているけど、酒癖が悪い。
そこでこき使われている外国人労働者。国に帰りたい、けど実は不法滞在。

自宅でしばかれまくっている少女。でも継父のおかげで生活ができている。
いや、それでも暴力はいけないよね。でもじつは祖母を…継父を…

この世に聖人君子なんて なかなか存在しなくって。人には良い面もあれば悪い部分もある。
それらを それとなく散りばめながら物語が進むので、こちらも道徳的な部分が試されているというか、正義が見い出しにくい作品に思えました。が…

そうは言ってもやはりヨンナムとドヒに思い入れを持って鑑賞してしまうんだな。
とにかくそれぐらいペ・ドゥナとキム・セロンが素晴らしい。

丸顔で団子鼻でニコリと笑顔のかけらも見せないペ・ドゥナ。もっと美人な女優さんいっぱいおるはずだけど、なぜか彼女に視線が奪われてしまう。
キム・セロンよりもカワイイ女の子はおるはずだけど、やはり(過去作も含めて)その演技力や眼差しに引き込まれてしまう。

この2人の女優の邂逅、そしてそれを撮りあげた女性監督。そしてプロデュースのイ・チャンドンの思いも全てハマった感じですね。

ドキドキしながらもじっくりと見入ってしまったこの作品。
先にも述べたように「本当にこれでよかったのかな?」という思いもわずかに漂わせつつ。
でも何から何までハッピーなんてことはないわけで。その危うさもリアリティ。
そして見応えのある一本でありました。

ちなみに わたくしは同性愛者への偏見はありませんで。そんな事情で地方へ左遷されちゃうんだ〜と思って見ていたんだけど。
キリスト教が広く信仰されている韓国では、その辺りいろいろ厳しいらしいですね。

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バイクで爆走する婆ちゃん(B・B・B)
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2015年05月08日

ワイルド・スピード SKY MISSION (2D・字幕)

ジェームズ・ワン
ヴィン・ディーゼル、ポール・ウォーカー、ドゥエイン・ジョンソン
オーウェン・ショウ率いる国際犯罪組織を壊滅させしたドミニクたち。そんなドミニクのもとにオーウェンの兄デッカードから「お前たちの仲間を殺した」と電話が入る。
復讐心をたぎらせる最強の敵デッカードと怒りに燃えるドミニクたちの熱き戦いが始まる。

世界的にも人気のシリーズ、7作目。
とはいうものの…わたくし この「ワイルド・スピード」には一度も触れたことが無いのだな。
車というものに さほど思い入れもないし、車でブンブン〜という映画にイマイチそそられなかった。我ながら えらく幼稚な印象ですが。

しかし映画として非常に評判が良いこと。そして…ラストシーンは涙抜きでは見られないということで。少々ハードル高まった状況で見てきました。

シリーズ初参戦という事で、登場するキャラクターや人間相関図は無理解のままではありましたが、見ているうちに それとなく理解できるような作りだったのでひと安心。
今作のキーとなる女性がチームメンバーのキャラをプロファイルするシーンなんかもあったし(笑)

聞いた話ですが、過去のシリーズではカーアクションだったり 車自体のカッコよさがひとつのウリだったんですかね。
彼らのチームと警察側との対立もあったのかな。

ですが今回は完全に警察側(プロレスファン的にはロック様)とドミニクとの協調関係がありつつ、別の敵との戦いという構図。
まぁその辺りのストーリーはシンプルでわかりやすかった。

そしてもうひとつの見せ場、カーアクションなんですが。
シリーズのファンの言葉を借りるなら 純然たるカーアクションではなく、そこに車は絡んでいるが やってることはスパイアクションみたいだったと。
なるほど。

ただし シリーズとしての思い入れの無いわたくし的には、これはこれで十分に楽しめましたよ。
以下ほぼネタバレになりますが、輸送機からパラシュートで車を降下させて、空から相手にアタックだとか。
ミサイルを背負ったドローン戦闘機vs車とのバトルだとか。

もうほぼほぼ戦争映画だったね。かなりムチャクチャやってましたわ。
ここまで破壊を尽くす映像を見せられますと、スパイムービーというのは撤回。もはやアベンジャーズクラスの戦いっぷり。

個人的に目を見張ったのは、崖っぷちから落ちていく護送車の上部を駆けていくシーン。
そして予告編でも見てた高層ビルから高層ビルへ飛んでいくシーン。おぉこれか〜と思いきや「ブレーキが効かねぇ」といって、もう一回飛んでったのは ちょっと予想外。やられました。

とにかくそれらのアクションについては、CG使いまくりであったとしても 十分に見応えあり。どうかすると見ていて疲れちゃうぐらい(苦笑)のドッカンドッカンでした。

さて。そんな緊張感の連続で張り詰めた観客の熱をクールダウンさせるような 安らぎの映像が、エピローグとして用意されています。
俺たちは家族だ。だがブライアンには本当に守るべき家族ができたんだ。これ以上 共に走るわけにはいかないが…“サヨナラ”は言わない。

「なんだよ水くさい」とばかりにドミニクと並走するブライアン。だけどやっぱり…

映画の中にある物語とサイドストーリー…いや、現実というパラレルワールドと交差させると、こういうことになりますかと。
初めて見たシリーズではありますが、この愛あふれる映像には涙がこみ上げてきましたね。

とても美しい映画に昇華はされていますが、単純に「あぁいいもの見た」と言うのは抵抗があるよ。本当なら、生きていてほしかったよね。
でも、でも、素晴らしい作品に出演したということは、役者としては本望なのかな。

もう事故から1年半が経過してはおりますが、あらためてポール・ウォーカーに合掌。

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金爆さんの声も聞けました(爆)
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2014年11月13日

嗤う分身

リチャード・アイオアディ
ジェシー・アイゼンバーグ、ミア・ワシコウスカ、ウォーレス・ショーン
存在感の薄い さえない男サイモン・ジェームズは、向かいに住む同僚ハナの部屋を望遠鏡で覗くことが楽しみな男だった。
そんなサイモンの職場に彼と瓜二つのジェームズ・サイモンが入社してくる。やがてジェームズはサイモンの生活を浸食し始め、その“存在”の全てを奪い去られる恐怖を感じ始める。

ヤバいかな〜と思いながらも、予告編の映像がキレイだったので見てきました。
率直な感想は、絵はキレイだったけど、内容はヤバかったなと。
そのまんまじゃん(爆)

設定としてこれは今なのか過去なのか。舞台となっているのはどこなのか、何の職業なのかよくわからない。
もちろんストーリーはありますが、そこには二人の自分が存在したり、理解不能な行動を取る登場人物たちとやはりよくわからない。

当然作る側も、ただただトンチンカンなものをこしらえているわけではなく、それなりの意味を持って作っているのだろうけど。
そういうのがバチッとハマるときもあるけれど、この作品はちょっと合わなかったな。

映像の中には自然光を使った場面がないとか、光と陰とで表情を見えにくくしてる絵があったり。
なんかそういうのを見ると、主人公の心理に迫った夢の中のお話。夜の間に見てる夢の世界なのかなと思ったりして。
であれば整合性の無いやりとりも合点がいく。

ところがこの映画には原作があって。
それがロシアの文豪ドストエフスキーの「分身(二重人格)」なんだとか。
となると夢ではなく、もっと普通にドッペルゲンガー寄りってことなのか。

そんなこんなで考えてたけど、残念ながら自分なりの答えは見いだせず。
まぁそんな作品もあるでしょう。

でも主演のジェシー・アイゼンバーグは自然に目を奪われる役者だったかな。
ただそれも 映画の中に2人存在してたせいかもだけど。
そしてミア・ワシコウスカ可愛らしさも再認識。

あとは劇中歌として60年代の日本の歌謡曲が使われているのがちょっとしたポイント。
これが違和感なく雰囲気にマッチしてましたね。ジャッキー吉川とブルーコメッツの「ブルーシャトー」とか坂本九の「上を向いて歩こう」とか。
ちなみにエンディングには韓国の歌謡曲が使われてまして。

一部には「日本語曲も韓国語曲も一緒くたか!?」と憤慨してるレビューもあったけど、ワシだってアメリカ人だろうがスウェーデン人だろうがオランダ人だろうが…
どこの人が歌ってるかはワッカリマセ〜ン。

日本の映画でも洋楽使うことあるわけだし。
あくまでそこはフィーリングでいいんじゃないですか。

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嗤う身分
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2014年08月09日

私の男

熊切和嘉
浅野忠信、二階堂ふみ、モロ師岡、藤竜也
奥尻島の大地震による津波で孤児となった10歳の花は、遠い親戚の淳悟に引き取られる。
やがて愛に飢えた二人は、禁断の関係を結んでしまうが、地元の名士・大塩はそれを察知。なんとか二人を引き離そうとするのだが…

2014年 モスクワ国際映画祭でコンペティション部門の最優秀作品賞 & 最優秀男優賞(浅野忠信)W受賞の快挙を成し遂げた作品。
ちょいと遅めではありましたが、気になったので見てまいりました。

見てまいったわけですが、ズバリ言ってしまえば…特にピンとこなかったという印象。

設定はわかります。真相もなんとなくわかります。
でも映像的にも展開的にも“コレ”という要素を感じられなかったですねぇ。

エグさでは「渇き。」とかには及ばない。北国のもの悲しさであれば「そこのみにて光り輝く」のが伝わってきました。
エロさについても あの程度の“脱ぎ”では全くそそられませんよ。
いずれも中途半端にしか思えなかったです。

とあるレビューを見ていたら原作の小説との比較みたいのも記してあったんだけど、そちらで語られている点や描写の方法が映画版では表現が弱くなってしまっているようです。
映像の方が全てを見せることができるはずなのに、感情や心の澱(おり)については小説で文字として記さないと見えてこないという…

何ぶんテーマがテーマですから、見た目や行動ではなくそっち側のが主題であるので。
そして、残念ながらそういったデリケートな部分までが映像を通して伝わってきたかというと…少なくともわたくしにはダメでしたね。
もちろん、浅野忠信も二階堂ふみも好演されていますし、監督も頑張ってはいるのだろうけど。

結果としてモスクワで賞も獲っているわけだし、見た方の中でも感銘を受けた人も多いはず。
ただ、わたくし的には 引っかからない作品でしたわ。
残念。

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彼女の実家がゴミ屋敷(爆)
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2014年04月22日

ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!

エドガー・ライト
サイモン・ペッグ、ニック・フロスト、パディ・コンシダイン
学生時代に失敗した“1晩で12軒のハシゴ酒”に再挑戦すべく、イギリス郊外の街ニュー・ヘイヴンに戻ってきたアラフォー5人組。
ところが街の人々は何者かによって操られており、彼らは自由を取り戻すべく、ひたすらビールを飲むことに…

わたくしこれまで未見なんですが、エドガー・ライト監督、サイモン・ペッグ、ニック・フロスト主演という作品がこれまでにも制作されていて、固定ファンもついておられるみたいですね。
ちなみに そのいずれもが“トンデモ映画”的な作風らしいけども…

いろいろウワサになっていたこの作品も、なかなかのトンデモ映画でありましたね(笑)

学生時代につるんでた悪友5人が再会し、当時成し遂げられなかった12軒の酒場でハシゴ酒をすると。
それぞれキャラがハッキリしている登場人物らが、当時のコト、そして現在のコト。様々な思い出やエピソード、人間関係が交錯しながらグラスを空けていく…

確かに それだけでも1本の映画になりそうだけど、さすがにそれだけでは終わりゃしない。
だからといって そんな方向に行かなくてもいいだろうというトンデモっぷり。

とにかくスタート時の設定とラストの情景が違いすぎるんだよねぇ。まあオモロいからいいけどさ(笑)

イントロダクション、学生当時の登場人物の紹介映像とか音楽とかスゴくカッコいいんだよね。そのままの流れで現代になり、かなりのスピードで飛ばす前半。
そして突然訪れる若者とのファイトシーンで一気に違う展開へ。

その後に次々現れる謎の“敵”とバトルの場面がまたイカシてます。リズムのある殴り合いと“酔拳”は必見ですね。

とまぁ起承転〜までは見入ってしまったんだけど、結〜の部分までは正直 ノリきれなかったですわ。わたくしは。
だって最後ガチなんだもん(苦笑)

スタートがバカバカしくて途中がエキサイティングで。ならいっそのことラストはもっとコメディータッチでも良くないかい?
世界征服を企む悪の組織が なぜか幼稚園バスを襲う〜レベルのヤツで。でも正義感は抜かりないみたいな。

言ってしまえば好みの問題なのかもだけど、後半だけが期待と違ってたかな。
でもそれまではメッチャ気持ち高まりながら見られたので。

冒頭にも書いたエドガー・ライト監督、サイモン・ペッグ、ニック・フロスト主演という作品が気になりだしちゃったわ。

余談ですが、この映画の公式サイトに町山智弘さんの解説(動画)があるんだけど…
「わかんねぇよ!」と笑うのが精いっぱい。ぜひそちらも見てほしいです。
少しは参考になります(笑)

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007せんせい
posted by 味噌のカツオ at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月06日

ワールドプロレスリング 3D 第7弾 G1 CLIMAX 2013

2013年8月1日から11日にかけて行われた新日本プロレス『G1 CLIMAX 23』の模様を、テレビ朝日『ワールドプロレスリング』製作チームが3D映画化。ド迫力の3D映像と5.1chサラウンドの音響を駆使し、会場の興奮そのままに、選手たちのパフォーマンスをスクリーンに映し出す。

気が付けばこのプロレス3Dのシリーズも7回目。でありながらわたくし初の鑑賞となりました。
劇場はイオンシネマ大高。今回 棚橋弘至選手の舞台挨拶があったこと、スケジュールが空いてたこと…で見てきました。
さすがに400人入るスクリーンは満席。

『G1 CLIMAX 23』シリーズの巡業のオフショット。各会場の熱戦の様子などがありつつ、本編は最終日の数試合。優勝決定戦はノーカットだったのかな。

わたくし基本的に3D映画って好きじゃないというか、ようは必然性が無いと思ってるんですよね。
ですが(以前 誰かも言ってたことなんだけど)ハッキリ言って、プロレスというコンテンツこそ3Dに適してると思いましたよ。プロレスファンだからではなく、映画ファンとしての素直な印象。

試合会場の両国国技館の奥行きもリアリテイがあったし、観客席、リングやロープ、そこで向かい合う選手たち、それらの遠近感は生観戦とはまた違った臨場感を生み出していたんじゃないかな。
突進する曙のプレスや飯伏の飛び技も上手く捉えてましたし、選手たちの肉体の隆起もある意味3Dならではの見栄えしました。

逆に気になった点を挙げるとするなら、選手のコメントが聞き取りにくいかな。
会場のバックステージは次の選手の入場テーマだったり観客の歓声が響いているので、どうしても選手のコメントがわかりにくくなっちゃいますね。
コメントの内容より、試合直後の選手の姿をフューチャーするのが目的であれば、表現としてそれもアリだけどね。

あと後半は試合の映像が続きまして、疲れちゃいました(苦笑)
本来ならインターバルがあって両者の入場シーンがあって、試合があって退場して…なんだけど。
試合の映像のみを立て続けに見るのは、若干大変でしたね。ラストはより力のこもってしまう優勝決定戦なわけだし。

そんなこんなで思うところアレコレありながらですが、トータルでは予想以上に楽しめました。なんで今まで見に行かなかったんだろう〜みたいな(笑)
また来春、東京ドーム大会の3D版あったらそのときはまた見に行きますかね。
posted by 味噌のカツオ at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月17日

ワールド・ウォー Z

マーク・フォースター
ブラッド・ピット、ミレイユ・イーノス、ジェームズ・バッジ・デール
人間を凶暴化させる未知のウィルスが猛スピードかつ世界的規模で感染。元国連調査官のジェリーは緊急招集され、各国を回りウイルスの感染原因を突き止めるよう依頼される。

ホラー映画界の最高の革命と言えば、ゾンビの登場が上げられるかもしれません。
古典であればドラキュラ・オオカミ男・フランケンシュタインなどのモンスターもおりましたが、襲われた人間がまたゾンビと化す事でどんどんその数が増えていく、増殖するという。そんな特色も手伝って人気キャラクターの地位を不動のものとしましたですね。

そんなゾンビも時代を重ねるごとに凶暴性が激しくなったり、全速力で走るなど おおよそ死人とは思えない進化も続けております。
でもゾンビという括りは残しつつ、いくらかのテイストを足したり引いたりすることで、映画のバリエーションは広がるわけで。
ゾンビというキャラが様々な可能性を秘めているのは事実。

さぁそこでこの「ワールド・ウォー Z」ですよ。
ゾンビ映画って基本はゾンビが主役(?)なので、あまり有名な役者さんが出ていない場合もあるんですが、「ワールド・ウォー Z」の主人公はナントあのブラッド・ピット。
果たしてブラピがゾンビたちとどんな戦いをするのか〜なんて期待もありましたが。。。

世界を回っていくという点では まさにワールド・ウォー。しかしスリルやアイデアについての真新しさはに乏しく。ゾンビ映画ファンにとっては残念な仕上がりでしたね。
全くドキドキしないとまでは言わないが、ツッコミどころの多さや強引な展開に興ざめしてしまうと言っても過言では無いかも。

なんでも聞いた話によれば 映画会社的にはこの作品、ゾンビ映画ではなく ブラピ主演の家族愛を描いた映画として売り出したかったんだとか。
確かに「ワールド・ウォー」って言葉でイメージされるのは「世界大戦」だろうし。企画についても宣伝に関しても、ウイルスに感染した者たちはゾンビではなく‘Z’ということになってますしね(笑)

まぁそこんところの匙加減が良いのか悪いのかは何とも言い難いけれど…
かのアンジーのダンナの勇姿を拝みに来た一見さんや、夏休みのデートでこの映画をチョイスした高校生カップルであらば、十分に楽しめるレヴェルではありますわ。

一方でコテコテのゾンビ映画ファン、あるいはパニック映画ファンが見るには、さすがに浅いと言わざるを得ない。
その意味では企画者・製作者の勝利と言えるのかも(笑)
業界的には こういう映画も必要だよね。

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ワールド・ウォー 乙!
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2013年04月24日

藁の楯 わらのたて

三池崇史
大沢たかお、松嶋菜々子、藤原竜也、山崎 努
7歳の幼女が惨殺され、殺人事件の懲役を終えたばかりの清丸に容疑がかかる。その後、殺された幼女の祖父・蜷川が清丸を殺した者に10億円支払うとの新聞広告を打ち出し、身の危険を感じた清丸は福岡県警に出頭。
全国民の欲望と好奇心が集まる中、5人の警察官が清丸を福岡から東京へ移送することに。

「この男を殺してください。御礼として10億円お支払いします」
結論から言えば、そうしたところで被害者は帰ってはこないんです。でも、言いたいこと、その思いはよくわかります。
ましてや10億円。その対象が社会の悪であるとするならば、人殺しも辞さないという輩も出てくるかもしれません。

そうやって踊らされる人たちにも、それぞれ悲しいストーリーがあって。容疑者を守る役割りを担うSPにも悲しい過去があって。そしてその容疑者自身も、ふいに悲しい知らせを聞くこととなり。
そもそも、お金を使うことでしか復讐ができないということも悲しいっちゃあ悲しいのだけど。

物語が進むにつれて 次から次へと悲しみのスパイラルに陥っていくような展開なのですが、それらを終始 緊張感を緩ませることなく骨太にまとめあげたのは、さすがに三池監督だなという印象。
登場人物が次々に脱落していく部分の描写は容赦がないので、フジテレビが作るような 最終的には主人公がヒーローになって大団円!みたいのがお好きな方には‘嫌な映画’に思われるかもしれません。
例えるなら大島優子が「悪の教典」は嫌いですと言ってのけたようにね(苦笑)

そうは言いつつも、どの立場から どのようなスタンスで見るかで印象が変わってくるようにも思います。そして単純に「何が正義か、何が悪か」的なテーマもありつつ。
これらは一朝一夕に答えが出しにくい面があるわけだし、‘彼’の最後のひと言を含めて、複雑な感情を残す作品ですよね。
今の時代ならではとも言えるけど。

松嶋菜々子や岸谷五朗らも、とてもいい芝居してます。それもこの作品を押し上げてる事には間違いないです。
ただやっぱり藤原竜也がイマイチだわ。もはや好みの問題と言えなくもないけれど、やっぱわたくしはこの人の演技は乗り切れない。
激情型というか劇場型というか。感情の高まり方がワンパターンなんだよね。
それを思うと、大沢たかおが後半に見せた‘叫び’には結構な迫力ありましたよ。

これはあくまでイメージなんですが、この犯人の性格や印象からすると、藤原竜也よりもバカリズムが演じた方がハマると思うんだけど。なんとなく うなずいてくれる人いませんか!?

さてさて。「なごやロケーションナビ」の尽力なのでしょうか?近ごろでは名古屋地区で撮影された映画というのも増えております。
この映画も中京テレビさんの協力とともに、名古屋ロケが敢行されたそうで。

ウチから程近いところも写ってましたし、見覚えのある街並みも…福岡市内という設定で見られましたね(苦笑)

厳しい見方をするならば、若干…おやおや?あれあれ?と言いたくなる描写もあるにはありましたが、トータルでは見応えのある作品に仕上がってますよ。

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10億?それとも銃置く?
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2012年11月01日

わたしたちの宣戦布告

ヴァレリー・ドンゼッリ
ヴァレリー・ドンゼッリ、ジェレミー・エルカイム、セザール・デセック
出会った瞬間から恋に落ちたロメオとジュリエット。息子・アダムも誕生し、家族三人で幸せな日々を送っていた。
しかし アダムの様子がおかしいと感じた2人。病院で検査を受けた結果、告げられた病名は脳腫瘍という重いものであった。。。

原題の「LA GUERRE EST DECLAREE」は直訳すると「戦争の開始を宣言する」ということらしいです。つまり この邦題そのまんまってわけだね。

どうかすると いくらか物騒な言葉のタイトルではありますが、産まれたばかりの赤ちゃんが脳腫瘍を患っているとなった場合、またそれがさらに難病とされる主要であった場合、ある意味で‘戦争’というぐらいの覚悟が必要であるのでしょう。
それはわかりますが・・・

この作品の映像や音楽のセンスが結構スタイリッシュでしてね。
難病を抱えた赤ちゃんというテーマが横たわっている割には、所々での見せ方はミュージッククリップみたいでカッコよかったり。また主人公の二人の振る舞いも、さほど悲壮感を感じない。
二人で原付バイクで駆け抜けたり、パーティや遊園地に出かけたり、タバコをスパスパやりながら・・・みたいなライトな描写が多いんですよ。

ある意味 楽しそうな感じすら漂ってくるんだけどね。「その後わたしたちは別れを選んだ」という言葉 以降は、また描かれていないんだよね。
ただ、これはわたくしなりの受け止め方なんですが、スクリーンに映されていない時間帯や心のうちという部分こそ 観客が想像しなくてはいけないことなのかもしれないと。
ホントは苦しいくせに明るく振る舞ってるヤツの痛々しさみたいな。ちょっとそんな印象で見ておりました。

実は冒頭のイントロダクションの映像に ひとつの答えが出ておりまして。
ラストシーンもそこに繋がる絵だったので、ただのお涙頂戴的な物語ではなく、若い家族のしっかりとした強さを見せてくれる映画だと思いました。
主演の二人もイケメン&美女で、赤ちゃんも見せるべき時に不安そうな表情を浮かべたりして。名演技でしたね(笑)

さてさて、これは後でわかったことですが。。。
実話ベースの映画ということなんですが、そのモデルになったのはジュリエット役と監督を務めたヴァレリー・ドンゼッリ自身なんだと。
そしてそのパートナーは ロメオ役のジェレミー・エルカイムだとかで。

えぇっ!この主演の二人が実際の二人なの!?
映画に従うとするなら実生活では距離をおいた二人が夫婦役で主演!?キョンキョン&永瀬を越えてるね(苦笑)

さらに申せば、ラストに登場する8歳のアダムは、実際の二人の間に生まれた子どもなんだとか。
驚きと共に、病を克服して元気でいることにちょっぴり感動しましたよ。

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ただ、タバコのポイ捨てはやめましょうね
posted by 味噌のカツオ at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月02日

ワン・デイ 23年のラブストーリー

ロネ・シェルフィグ
アン・ハサウェイ、ジム・スタージェス、パトリシア・クラークソン
1988年7月15日、大学の卒業式で初めて言葉を交わしたエマとデクスター。二人は互いに意識し合いながらも、恋愛に発展させることなく友人関係を続けていく。
時には共に過ごし、時にはすれ違いながら、積み重ねていく二人の7月15日の行く末は・・・

一組の男女の恋と友情を、1988年の大学卒業式にはじまり、23年後の2011年までの7月15日のみにスポットを当てて描くという、一風変わった表現スタイルの作品。
大河ドラマ的に長いスパンで見せるものあったかもだけど、同じ日付のみを追うことで、そこから見えてくるものは・・・

上映時間(107分)とは別にして、やはり長い長い物語だったですね。ある意味クドいぞってぐらいに(苦笑)
その長い年月の中で どちらかの思いが強くなったり、どちらかの人生が浮いたり沈んだり。そりゃいろんなことがあるわけですわ。

そういう面で見れば、確かに観客の共感する瞬間もありましょう。あって当然じゃないかしらん。
それと共に、何やら友情と言いながらも(日本人からすると)結構チュッチュしてるし、二人きりで旅行にも行っちゃってるし。
ただし相当‘密’になりながらもSEXだけはしていないと。
それをプラトニックと言っていいのかは複雑なところで。

そもそも男女で23年間も続く友だち関係って、相当な田舎町だったらありえるか?
それでいてそんな距離で付き合ってたら、もっと早い段階でやっちゃってんじゃないの!?ってね。
逆に昔SEXしたけれど、今はそれぞれパートナーもいて友だち付き合いしてるって人もいるだろうに。

そりゃ確かに恋愛であっても友情であっても いろんなカタチがあるのでねぇ。
そうなってきちゃうと、共感できそうでできない。

結局このプラトニックとリアリティの間を推し量りながら見てたわたくしでしたわ(笑)

以下ネタバレっぽくなりますが。。。
最終的に そうなるのは読めました。早い話がチョイと前の韓国ドラマの定番パターン。
映画という‘作り物’の世界にあっては、こういう決着の付け方しかないだろうなって思うわけで。
ただ彼女の方が取り残されるのかな〜と予想していたので その点は意外やった。

そんな 彼女が残したものとは・・・
彼への思い出。元彼への思い出。彼の娘への思い出。あとは出版した本もあったけれど。その部分も少々弱い気がすんだよね。
言ってしまえば、観客としてのわたくしの中には イマイチ煮え切らない思いが残っちゃっただな。

さて、最初の場面では‘ハリーポッターか?’と思ってたアン・ハサが徐々にキレイになっていくのが良かった。そもそもキレイなんだけどよ。
23年という年月の中。二人とも少しづつ気付かないうちに老けていってる訳で。
その辺りの作りこみは、ラストに2011から1988に戻ることで、そのデキのよさがわかります。

でもやっぱ物語としては、ちょっと惜しかったなぁ。。。

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家はワン・デイ・ケイですよ
posted by 味噌のカツオ at 15:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月19日

私が、生きる肌

ペドロ・アルモドバル
アントニオ・バンデラス、エレナ・アナヤ、マリサ・パレデス
最愛の妻を亡くして以来、完ぺきな肌の開発に打ち込む形成外科医のロベル。彼の自宅の一室には、まさに亡き妻にそっくりの美女が幽閉されていた。
彼女は一体何者で、どのような宿命のもとにロベルと巡り合ったのか…

変態映画。
そうやって言い切っちゃうと元も子もないのだけれど。何がどう変態なのかっちゅうと・・・
監督が変態、主人公が変態、この作品の持つニオイに誘われて(?)鑑賞してしまった観客も変態。
もちろんわたくし自身も。

でも正直、見終わった後に 何かを語りたくなるような。観客に訴えかける‘何か’を内包しているのは間違いないです。
この作品を「見てよかった」「面白かった」という評価が意外にも高いということは・・・映画ファンの心のどこかに眠ってる変態があるんじゃないかしら。

映画の中盤、あのパーティの場面。彼女と並び立った彼の体格が小柄に思えたんだけど、それがそういう部分でリアリティにつながるとは。そこもやられました。
最初に行なった‘手術’については、いわゆる‘アベサダ’じゃないけど一種の復讐と思ってました。
でもその後も開放されること無く月日の流れを追うにつれ、どんどん引き込まれちゃいましたね。この狂気の世界。

なぜに‘彼女’が幽閉されているのか全くわからない前半部分と、そこに辿り着いていく過程を見ながら「キ●ガイ博士」というワードがなんども浮かんできたけれど。
さらにその奥に浮かんできたイメージ。これ例えとしてどうかとは思いますけど・・・「仮面ライダー」でしたね。
ショッカーによって拉致されて、改造人間とされてしまった本郷猛。しかし脳改造をされる直前に脱出・・・というヤツ。

だからこの作品にシンパシー感じたなんて言うつもりは無いけれど、構図としては近いんじゃないのって(笑)

しかしまぁそうやって変態とか仮面ライダーとかぶった切るのは簡単なんですが、それと同時に気になった要素もありまして。
劇場に貼られていたこの作品に関するポップに監督のコメントが出てたんです。

要約しますと、それらの表面的なことより 最も描きたかったのは主人公の感情の欠如だったと。
「精神を病んだ者たちの定義とは、彼らが‘他人’の立場になれないことである」
他人の痛みを感じたり想像したりできないこと・・・と。

なるほど なるほど。
これはこれで身近であり、すごく大事なテーマだからこそ、何かを語りたくなってしまったのかな。
まぁだからといって その表現行為は常軌を逸してるのだけれど(苦笑)

展開はかなりイッちゃってますが、エグい映像はそんな出てこないので、コテコテの映画ファンだけでなく、一般の方でも案外すんなり見ることはできましょう。
そのうえで何かしら心に残るモノがあるはずで。

ただ それは決して心地良いものじゃなくて、心の澱(おり)みたいなもんだけど。
わたくし的にも‘残る’一本でした。

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全身タイツフェチにもオススメ
posted by 味噌のカツオ at 00:46| Comment(0) | TrackBack(1) | ワ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月28日

わたしを離さないで

マーク・ロマネク
キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、キーラ・ナイトレイ
外界と完全に隔絶された寄宿学校で学ぶ少年少女たち。やがて18歳になったキャシー、ルース、トミーは農場のコテージへと移り住み 共同生活を始める。
新たな環境の中で恋を育むルースとトミー。そして孤立していくキャシー。しかし彼らに定められた、運命の時が訪れようとしていた。

舞台は英国なんでしょうかね。ただ時代背景がハッキリしていないんだけど、'60〜'80といったトコだと思いますが。
で それよりも欲しかったのが設定なんですけども。

ここに登場する少年少女たちはとある目的のために‘生かされている’わけなんですが、その時代の英国に実際そのようなシステムがあったんでしょうかね。
「オリジナル」なんて言葉が出てくると方や「コピー人間」なのかとも。
もっと具体的にいうなら、そこがどのような運営で資金はどこから出ていて、国や医療機関は・・・道徳的な倫理は・・・

この手の物語は設定がリアルでないと(フィクションであってもリアリティは欲しいし)説得力が薄まってしまうのでねぇ。

さらに 主人公3人の恋心もどうもあやふやで。
キャシーという存在があったトミーが、どんないきさつでルースへと心変わりしたのか。
寄宿学校からコテージへと移るのに なぜそんな三角関係を抱えたものが一緒にいるのか。

まるでちっちゃい子みたいに「なんで?どうして?」を意識していくうちに、結局作品に感情移入できないまま・・・

もっと3人の心情を理解できていたら、きっとラストのトミーの咆哮で涙していたことでしょう。
う〜ん、ちょっと残念。

「わたしを離さないで」という邦題も決してストライクでは無い気がする。
原題「Never Let Me Go」があってサブタイトルに「わたしを〜」を付けるぐらいのがしっくりくるかな。
その点もちょっと残念。

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雑巾提供で勘弁してくれんか?
posted by 味噌のカツオ at 17:42| Comment(0) | TrackBack(1) | ワ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月08日

わたしの中のあなた

ニック・カサヴィティス
キャメロン・ディアス、アビゲイル・ブレスリン、アレック・ボールドウィン
11歳の少女・アナが有名な弁護士の事務所を訪れ「両親を訴えたい」と申し出る。
アナの姉であるケイトは生後まもなく白血病を患い、そんな姉のドナーとなるべく生まれてきたアナは、"両親の承諾のもと"臓器提供を余儀なくされていた。

映画の冒頭、ちょっとドキッとさせられるような アナのナレーションがあります。
生命の誕生とか、家族計画とか・・・(苦笑)

まさに姉・ケイトを救うためという「家族計画」によってこの世に生を受けたアナ。
幼い頃から(今もまだ11歳だけど)姉のために何度も何度も その小さな体に注射針を刺され、自身も体調を崩してしまうような生活を強いられていたと。

このような設定はややもショッキングではありますが、実際に・・・オフレコのレベルでそういう事例は勧められることもあるらしいです。
ドナーとするべく 子供をつくるということがですね。

出産時の母親と胎児を結ぶ"臍帯血"はこのような病気の治療に非常に有効であると聞きますし、臓器提供にしても いつ現れるかわからないドナーを待つより、血の繋がりのあるもの同士の方が 格段に適合するパーセンテージも上がるのでね。

そんな中で次女のアナは 将来の自身の体を案じて両親を訴えるわけですが、映画は 必ずしもその裁判の行方が軸ではなく、家族一人ひとりの視点や その思いが響いてきます。

わたしのこと、あなたのこと、そして家族のこと。
人としての生き方、病気の恐ろしさと恋の力。

様々なアプローチで心を揺さぶられます。

数年後、この家族は多少の距離を保って生きていくことになるんですが、フィッツジェラルド家にとってはこれが最もベストな結びつきであるのかな。ちょっと切ないけれど。
とにかく、非常に良くできた あたたかい映画だと思えましたです。


母親役のキャメロン・ディアスが どうも気にいらなくてね。
いや、これは ふさわしくないの意味ではなく「非常に気にいらない母親」の役という意味でして。長女のためにエキセントリックな程に全てを投げ打ってしまう母親を好演でしたよ。
女優として見事だったですね。

次女のアナを演じたのは「リトル・ミス・サンシャイン」で美少女コンテストを目指していた あの娘だってのはちょっとビックリ。
子役の成長とは感慨深いもんですね(笑)

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たわしの中のあなた
posted by 味噌のカツオ at 10:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月21日

私たちの幸せな時間

ソン ヘソン
カン ドンウォン、イ ナヨン、ユン ヨジョン
度々自殺を試みるも 未遂に終わり生き続けている元歌手のユジュン。
3人を殺害したとして死刑囚となり、執行を待つばかりユンス。
ユジュンはシスターに誘われて ユンスの面会をするようになり、やがて互いに心を通わせながら"生"というものに向き合っていく。

やっぱ韓国の女優さんはキレイですねぇ。この映画のイ・ナヨンさんも魅力的でした!
日本にもキレイな方は多いけど 韓国映画の主演女優さんって100%といっていいほど、わたくしは見とれちゃいますね。
ただ・・・韓国のお母さん役(日本で言う熟女美人ってヤツ)でキレイに思う人はいないですねぇ。
若い頃はキレイでもそれなりの歳になるとそれなりになっちゃうんでしょうか(爆)

それはさておき・・・
(日本でおなじみの)韓国映画の王道といえば!『男女がドラマチックに恋に落ちて、どちらかが病気で死んじゃう』というもの。
まぁそれはわかっちゃいるんだけど、見るとついつい泣けちゃったりするんよね(爆)

この作品はちょっと似た趣はあるのかもしれませんが変化球(?)ってかな。
裕福な家庭に育ちながらも ある"出来事"により心に傷を負うユジュン。
そして親に捨てられ 自力で生き抜きながら、ある"事件"により死刑となったユンス。

それぞれ"愛"に見放された二人。
またユジュンは自殺、ユンスは死刑執行と"死"と向き合いながら日々を過ごしていたと。
しかし どこか似たような二人だからこそ、あらためて自分を見つめなおす事ができたんでしょうね。

流れていく方向はわかります。わかっているんだけど泣けますわ(T_T)
わたくし的には ユジュンが 過去のある"出来事"を「赦す」と叫ぶところが辛かったですねぇ。。。

そして最後の最後にも。。。

さて、以前にも書きましたが 韓国にはキリスト教徒の方が非常に多いそうです。
この作品にもそんな絵やアイテムなど多数出てきますし、根底にもそんな教えが流れていると思います。
それはそれとして、これはこれとして良い作品でしたよ!
posted by 味噌のカツオ at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月29日

私の頭の中の消しゴム

イ ジェハン
チョン ウソン・ソン イェジン・ペク チョンハク・イ ソンジン
コンビニエンスストアで運命の出会いをしたスジンとチョルス。ひょんなきっかけで再会して付き合うようになり、そして結婚。
幸せな新婚生活に思えたのもつかの間、スジンは記憶がなくなっていく病気であるとの診断を受ける。

「四月の雪」にも出演しておりましたソン イェジンはかわいらしさとはかなげさが同居して感じで良いですね。
一方、共演のチョン ウソンは初めて見ました。予告編やらチラシでは感じなかったけど、この作品で見ますと 表情というか雰囲気というかが福山雅治っぽかったっすねぇ。なんかそんなん感じた人いませんか?
ストーリーラインはじつにシンプル。驚くようなひねりはありません。
韓国の恋愛映画では、恋人が病気や事故でよく亡くなったりしちゃうんですが、この映画でもキーポイントは病気です。といっても頭の中に消しゴムが出来てしまう病気ではなく、若年性のアルツハイマー病というものです。命までなくなるという性質の病気ではありません。
この病気によって、存在こそあれど 愛していた記憶や思い出だけがなくなってしまうということが起こってしまいます。
しかし、記憶が消えていくという設定はなかなか切ないもんですよ。モノだったら また買い直すこともできたりするけど、2度と撮れない子供の頃からのアルバムがなくなったら取り返しつかないと思うし。
とにかく これといった治療法のない病気ですので、ラストでミラクルが起こることはありませんが、ほんのりあたたかくなるといったところでしょうか。
ただ 診断を下す医師は、あんな胡散臭いのでなくて もっとちゃんとしてても良かったんでないのか?というのは少々気になりましたです。

ちなみに2001年・よみうりテレビ製作「Pure Soul ~君が僕を忘れても~ 」が元ネタ(?)になっているとのこと。みんな覚えてるかな〜?
posted by 味噌のカツオ at 20:36| Comment(0) | TrackBack(4) | ワ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする