2017年06月17日

STOP

キム・ギドク
中江 翼、堀 夏子、武田裕光
2011年3月11日の東日本大震災により福島第一原発に重大事故が発生。原発から5km圏内に住んでいた若い夫婦は、妊娠中の妻の赤ちゃんへの影響も考え、東京への移住を決意する。
そんな中、謎の政府の役人が現われ堕胎を強く迫り、2人は激しく動揺してしまう。

奇才キム・ギドク監督の最新作ですが。東日本大震災と福島第一原発の事故に対し危機感を覚えた監督が、それらをテーマにした作品を作りたいと。

「SHARING」の時にも思ったんですが、創作に携わる者であれば、それをテーマに何か作品を、思いを残したいと思うのは間違いないと。
そしてギドク監督自身は、これまでにもメッセージ性の強い作品を残してきている方なので、今作の企画というのはわかるのですが。

韓国でもメジャーでは作れない(作らない?)監督が、日本を舞台に、しかもこのようなテーマで〜というのはさらにハードルが高くって。
単身日本に乗り込んで、10日間で完成させたそうです。

そう聞きますと「たいそうなこっちゃね」と単純に思いますが、どうやらわたくしが思ってる以上に異常な状況で作られたようで。

ホントに別のスタッフのいない中、監督・脚本・撮影・録音・編集 そして配給まで、自身一人で行ったとか。
つまり役者は日本人だけど、あとはギドクただひとり…ということで。

そのせいもあってか、わたくしが思ってた以上に 作品のクオリティは雑で。
じっくりした場面でも(手持ちカメラで)映像がぶれるし、新宿のロケでは 雑踏の中にまぎれてセリフが聞き取りにくくなるし。

聞いた話では 今作を上映できる劇場がなかなか無かったそうなんだけど。
どうかすると、テーマ的な意味合いではなく、作品のデキとして 上映に値しないという判断されてたんじゃないの?なんて勘ぐっちゃうほど。

でも 確実に感じたのは、ある種のパッション。
粗削りながら ほとばしる情熱は間違いなく映像から感じられたわけであります。
と チョビットだけ褒めつつ。

実際には そのパッションを差し引いても、映画の展開のうえだからと割り引きして見ても、アカン部分が多すぎで。

人として そんな行動とらないよとか。どうしてそんな思考に至るの?だとか。
電気を遮断するために たった2人で鉄塔を倒そうと。でも疲れたからビール飲んで休もうとか。そういう「えっ?」となる部分も多々あって。
妊娠中の奥さんは「アンドウミキ」と呼ばれているのに、福島の家の表札は別の名前だったり。

好きな監督でもあるので、なんとか好意的に受け止めようという思いもありましたが…
う〜ん、やっぱダメだな。
しょうがない?残念?

さてさて。
このような事故があった場合、様々な情報が噂が人々の間を駆け抜けます。
原発に関わる危険性もアレコレ伝え聞きます。かと思えば必要以上に危機感を募らせて風評被害というのもついてまわります。

ただし僕たちは 言わなくても良いようなことを「ワーワー」叫ぶのも良くないし。
変に頭でっかちになったりして、聞かなくてもよい声を聞いてしまうのも、ある種不幸なことかもしれません。

そんなことも感じたラストシーンでありました。

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でもパチンコ屋は節電してもいいかも
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2017年06月08日

ブルーバレンタイン

デレク・シアンフランス
ライアン・ゴズリング、ミシェル・ウィリアムズ
結婚7年目を迎えたディーンとシンディ夫妻。娘と共に3人で暮らしてはいるが、資格を取って忙しく働く妻シンディに対し、夫ディーンの仕事は順調ではない。互いに不満を抱えながらも、何とか平穏な家庭生活を守ろうとする2人。
そんな彼らにも、夢中で愛し合った時期があった。

製作は2010年。日本公開は2011年4月23日と記録が残っています。
6年経って、DVDにて鑑賞。

主演は今を時めくライアン・ゴズリング。そして あの「ダークナイト」のジョーカー役だったヒース・レジャーとの子どもを持つ ミシェル・ウィリアムズ。

この作品をとても評価する声がある一方で、好みではないとか、面白くないとか。そういう声もあるようで。
ライアン・ゴズリングとミシェル・ウィリアムズがゴールデングローブ賞にノミネートされたそうだけど、受賞には至っていないというのは まさにそういう評価の裏付けとも言えるのかな?

一組の夫婦が、その関係の終焉を迎える物語。それと並行して、とある男女が出会い、その関係を深めていく様が描かれています。
もちろんその“男女”というのが その“夫婦”なわけであって。

もっとも恋が深まっていく描写と、離れてしまった男女間が崩れていく現実。
それを同時並行で見せることで、より感情が際立つんだけど。

当然ながら際立つのは“起”ではなく“結”であって。
すなわち とてつもない、痛みが残されます。よく「結婚するより 離婚の方がパワーが必要」なんてことを耳にすものだし。

結婚だけでなく、普通の恋愛ぐらいは、たいがいの方が経験あるでしょう。それはそれは しんどいものです。
思い出したくない恋もあるでしょう。

だからこそ「わざわざ こんなもの見たくはなかった」という思いからの低評価なのかな?
結局 この作品を見ての評価と同時に、見た観客 各々の恋愛経験や恋愛観と向き合わされるような。そんな映画なのかもしれませんね。

だとするならば、それだけリアルに痛々しい物語を作りあげたという意味では、映画としてのデキはやっぱり素晴らしいと思うわけで。

今回 劇場ではなく、家のテレビの画面で見たこともあってか、それなりにリラックスして他人事として受け止めたので。
わたくし的には良い意味でヒリヒリした映画だと思いましたが。

でも結末をわかったうえで、恋の始まりのキラキラを見守るのも、それも痛みでしかないかなぁ。。。

さて、映画の作りとして、出会いのパートと別れのパート。
男は 髪の毛も減ってくたびれた姿になり、女は体型も変化があり どこか家庭感を漂わせていて。

日本でこういうことやろうとすると、わざとらしい髭をつけたり 線で書いたようなシワが刻まれたりするんだけど。
それらのビジュアルの作り込みからできあがっていて、間違いなく それも見どころの一つですね。

そこには愛と髪があったってことで。
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2017年06月07日

メッセージ

ドゥニ・ヴィルヌーヴ
エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィッテカー
突如地球に降り立った、巨大な球体型宇宙船。言語学者のルイーズと物理学者のイアンは、宇宙船に乗ってきた者たちの言語を解読するよう、軍からの依頼を受ける。
やがて言語をめぐる謎が解けていくうちに、ルイーズは時間をさかのぼるような不思議な感覚に陥っていく。

アカデミー賞で8部門にノミネートされ、音響編集賞に輝いたSFドラマ。
わりと難しい…みたいな話も聞いていましたが。わたくし的には「インター・ステラ―」なんかと比べても、全然 楽しめましたね。コチラの方が。

原作となっているのは テッド・チャンによるSF短編小説「あなたの人生の物語」。
そして映画版の原題は「Arrival(アライバル)」。到着する、出現するの意。
一方 邦題では「メッセージ」。

突如 世界の12カ所に(日本は北海道に)現れた謎の宇宙船…と思しき物体。
世界中がパニックとなる中、軍は調査を行い地球外生物との接触に成功。しかし相手の意志が分かり得ないために、言語学者のルイーズと物理学者のイアンにその解読を。そして「地球に 何しに来たん?」を聞くように依頼します。

ここまでの展開は素早く。そして実際に宇宙船で彼らと対面するドキドキ感もしっかり味わえて。そういったSFとしての面白味も十分で。

やがて徐々に互いの意思確認に成功。ところが世界の中には 強硬手段に出ようとする国も現れ。
足並みが乱れることで、各国とも連携を拒否し、世界は危険な道を辿ろうとしていきます。

んで核心に入っていきますが、彼らはある種の警告を携えてやって来たのであろうと。
彼らとコミュニケ―ションを取ることで、ルイーズはとある能力を身に付けた…のか、もともとあった その力に気付いたのかはわかりませんが。

その能力というのは“時制”を超えるというもの。
ざっくり言うと 未来が見えるような力なんだけど。

その未来を掴むことで、危機を回避することに成功。
また 自身自身にどんな未来が待っているのか。それすら見えてしまいます。

露骨に言ってしまうなら、ルイーズはイアンと結婚。そして一人の娘を授かります。
しかし やがて二人の関係は破綻。シングルマザーとなりますが、その娘とも 悲しい別れが待ち受けています。

ここからがまた難しくなるんだけど。
それがわかっていながら、彼女は彼と結婚するのか。
いや、それは未来の選択という大それたことではなく、認識したうえでその道しか歩めないということなのかもしれません。

でも昨今では 子どもを妊娠した際に、子どもが持病を持ったまま生まれる可能性ってのを調べることができるんですよね。
じゃあ それを知らされた時に、パパとママは病気を持った子を出産するのか。自分たちよりも先に旅立つかもしれない子どもを産むのか。
そういうケースとも似ているなと。

本来のこの映画、あるいは原作に込められたテーマは違うのかもしれませんが。
そういった命のこと、世界が連携を取って 諸問題に立ち向かうべきだということ。
考えさせられました。

最初に書いた通り、事前に「わりと難しい」と聞いていましたが。
ホントに難しいのは、このテーマを理解することよりも、その立場になった時に、正しい判断を導けるのかということかもしれませんね。

世界の12カ所に この宇宙船が現れたということですが、“12”という数字も なんだか時間という概念をイメージいたしました。

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ばかうけ?おつまみ柿の種?かつお節?
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2017年06月06日

皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ

ガブリエーレ・マイネッティ
クラウディオ・サンタマリア、ルカ・マリネッリ、イレニア・パストレッリ
一匹狼のチンピラ、エンツォはアクシデントで超人的な力を得る。そのパワーを私利私欲に使ってのだが、闇取引の最中に世話になっていた“オヤジ”を殺害され、その遺された娘を守らんとするうち、正義に目覚めていく。

まさか2017年に「鋼鉄ジーグ」なんてワードを目にするとは思いませんでした。

ちなみにわたくしが 子どもの頃。
持っていましたよ、鋼鉄ジーグのおもちゃ。頭、両腕、両脚を 磁石でボディに引っ付けられるという。
もちろん首のところから脚を生やしたり、肩から横向きに首を付けてみたりとか。
そんなこんなでヘラヘラと笑っていた。そんな時代から既に40年以上。

イタリアでは日本製のアニメが多々放送されていたそうで。
そんな中でも、永井豪氏原作とされる この「鋼鉄ジーグ」が人気であったと。
ぶっちゃけ日本では わりとマイナーなキャラだけどね。

韓国ではそれなりの俳優だったペ・ヨンジュンが日本で大スターとなったようなものか!?

本作のイントロダクション。
警察に追われていた男が その最中、河の中に逃げ込んだところで、水中にあった放射能廃棄物まみれになってしまって。それ以降 不死身の肉体となってしまいます。

この男、そもそもは街のゴロツキで。マフィア絡みの裏取引に関わったりする輩で。
しかし 世話になっていた“オヤジ”を殺され、自身も巻き添えとなってしまうが、なぜか一命をとりとめて。それで 自分の体の変化に気が付きます。

そして その特殊な怪力でATMを破壊。ようは私利私欲に使おうとするんだけど。
“オヤジ”の娘が悪党に狙われ、彼女の面倒をみるうち、彼の心に少しづつ変化が訪れます。

しかし見ていて気になったのが、その彼女。
その人がまさに「鋼鉄ジーグ」の大ファンで、まさに狂信的に憑りつかれたかのような状態。
その度合いというのがかなりイタめ。この際イタリア映画だからってわけではないがね。
わたくし的には彼女と恋に落ちることは、少々キツいのではないかと。なんなら見た目からして ちょっとヤバそうだし。

そして敵役となるアイツも、そこそこイケメンではあるが ひどくイッちゃってる男で。
そもそも主人公も がっしり体型でヒゲのもっさりした男だったりして。

ぶっちゃけ登場人物、誰ひとりとして 感情移入する要素には乏しくて(苦笑)
アクションとかバトルシーンも取り立てて斬新な演出もなく。
ホントそんな感じではあるんだけど。

だからこそラストシーン。“友達もいない”彼が。ただのゴロツキであった彼が。
ひっそりと正義ってヤツと向き合うシチュエーションに感じるものがあるんだよね。
チラシのワードじゃないけど“胸熱”かよ…ってね。

厳しい言い方をするなら、イタリア版のアカデミー賞的なもので 最多16部門ノミネートとあるけど、そこまでは…って気はするが。
'70年代の日本が発し続けてきた“正義のヒーロー”スピリットは、しっかりと届きます。
そういう面での愛すべき作品であることは間違いないよね。

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悪から正義なら「デビルマン」じゃね?
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2017年06月05日

リトル京太の冒険

大川五月
土屋 楓、清水美沙、アンドリュー・ドゥ、木村心結、眞島秀和
あの日以来、どこに行くにも防災頭巾を手放さない12歳の少年・京太。大好きなティム先生と単語帳を片手にカタコトの英語で会話することを楽しみにしていた。
ある日、アメリカからモリーという女性がやってくる。そのことがきっかけで京太はある行動に出るのだが…

本来は他に見たい作品がありながらも、時間が合わなくって 今作を不意に見に行ったわけですが。
そもそも この作品をチラシで見た印象は、頭巾をかぶった変わり者の少年の“よくある”成長のオハナシなんでしょうと。見終わったら ほのぼのとあたたかい気持ちになるんでしょうと。
そう思っておりました。

実際 そのイメージは決して遠くはなかったんだけど。
同時に どこか“一筋縄ではいかぬ”という、そんなことも思っちゃいました。

露骨な描写こそ無いものの、彼が防災頭巾を手放せなくなってしまったのは 震災の影響で。
確かに それは人々に大きな影響と、様々な傷を残していったのも事実。

だからといって万人が そこまでなのかと。周囲の人々が、学校の友だちが 汗かきながら頭巾を被ったまま生活しているのかといえば さにあらず。
ということは やっぱり京太は(良くも悪くも)どこか特異な影響を残した少年なのかな。

彼がなぜ英語を頑張っているのか。なぜティム先生と親しくするのか。
彼と仲良くなる詩織とその父親の存在。彼と母親との関係。

それこそ一筋縄ではいかないような、そんな思いが交錯していて。
少年主体の物語でありながら、広い意味で どこか身につまされる面もあって。

ただし 子ども目線も入ってたりするし、監督の作風も手伝ってか 変に深刻にはさせないのが、わたくし的には良かったですわ。

そして 途中でインサートされる回想とされるシーンにもチョイチョイ驚き。
回想シーン。もちろん 今回の本筋 以前の出来事なんだけど。

そこに登場する京太は 黄緑色の頭巾こそ被っているものの、今よりもちょっと小柄で。声変わりもしていない。
だけど 顔は間違いなく京太なんだよね。
これはいったい!?と思ったらば…

後でわかったんだけど、じつは2012年に「京太の放課後」という短編があって。
その後には同じく短編で「京太のおつかい」という作品が製作されていたんですね。

それを受けて、今回 大川監督初の長編作品として、キャストも同じくして、この作品が製作されたと。
何気に5年の歳月を経て至っているストーリーだったんですね。
アイツ、5年間も頭巾被ってたんやね(苦笑)
それはさておき。

当然 京太の成長は描かれますが、もしかすると 大人の中にも彼と似た不安や危機感を抱えた大人もいるはずで。
それらの要素を少年、そして頭巾というアイテムでわかりやすく伝えてくれた作品だと思いました。

ちょっと難を言うならば、過去の映像を入れるのはいいけど、多用しすぎてゴチャつく感もなくはなかったかな。
5年前の京太はわかるけど、大人たちは見た目がそんなに変化なかったりしてね。

でも京太の佇まいは何か独特の雰囲気があって。
じんわり気になるキャラクターでね。
素直に、見て良かったと思える作品でした。

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清水美沙さんはリアル アメリカ在住だって
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2017年06月04日

SHARING

篠崎 誠
山田キヌヲ、樋井明日香、高橋隆大、木村知貴
3・11の東日本大震災から3年。震災の予知夢を見た人々に関する調査を行っている社会心理学教授の川島瑛子は、今なお震災で亡くなった恋人の夢を見続けていた。
一方、大学の演劇学科に通う水谷薫は、311をテーマにした公演の稽古に追われている。そんな彼女も この芝居をはじめてからある不思議な夢にうなされていた。

ストレートに向き合おうとすると いくらか難しい映画ではあります。

時系列、登場人物の関係性、彷徨う男。
震災と予知夢について調査する教授。被災者と同化しようとする学生。

それができるのか、できないのか。

実際に予知夢を見ていたとしても、今さらそれを伝えられないし、確かなものでもない。
自分が被災者となって表現するにしても、実際に被災していない以上、想像力でそれになるしかない。

作品に登場する様々なパーツを見た人それぞれが結びつけていって。結局は脳の中でしか正解が無いように思えます。

それが繰り広げられるキャンパスも、迷路のような作りだったり。芝居の稽古場が丸見えだったり。
芝居の内容、役者の感情もそう。

教授のやろうとしていること、今 悩まされていること。それに至る動機。

決してわかりやすい作風じゃないので、それらを結び付けるにしても 各々でカタチが変わってくるだろうからね。

いつの時も映画って、ヒットするとか注目されるとか関係なく、多くの作品が撮られています。
日本で作られた映画を余すことなく認識することは不可能で。ましてや鑑賞することは不可能で。

それだけの映画は多く作られている事実は、それだけの作家がいることの証であり。
あの震災を経験してしまった以上、映画、演劇、ドラマ、音楽…いろんなものを創作する人は、アプローチの仕方は問わず、やはりそれをテーマにしたものを残したいだろうし。
意識せずとも それ以降で作風に変化がでることもあるわけで。

またそれを見聞きした観客は、それでまた考えるわけで。

上手くは言えませんが、あの震災が残したものは、あまりにも大きいな。

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シェアせざるを得ない
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2017年05月29日

河P直美
永瀬正敏、水崎綾女、藤 竜也、神野三鈴
美佐子は、視覚障碍者向けの映画の音声ガイドの仕事をきっかけに、弱視の天才カメラマン・雅哉と出逢う。命よりも大事なカメラを前にしながら、次第に視力を奪われていく雅哉。
彼と過ごし、その葛藤を見つめるうち、美佐子の中で何かが変わり始める。

第70回カンヌ国際映画祭のコンペ部門に出品されていた今作。ただし 受賞は逃したとか。
それはそれでしょうがないとして。わたくし的には とても響くものがあった作品です。

写真家でありながら視力が奪われていく男。ある種の悲劇的状況設定を聞くと、何やら感傷的に構えたり、その男の行く末はどうなるのかと考えがちだけど。
この作品の軸はただそれだけのことでは無くて。

ズバリ“映画”というものを通して、表現すること、伝えること。センテンスの選び方や“間”、想像力と創造力。
なんなら映画の見方についてもレクチャーしてるみたいでした。

「HK/変態仮面 アブノーマルクライシス」で、はじめて水崎綾女さんを見て妙に気になっていたんだけど。
ここにきてドラマ、映画で本格的に女優としての露出も増えてきて。やっぱり「色気あるなぁ」と目が奪われてしまうのだけど。

そんな水崎さんの魅力の一つが目。大きな瞳。
今作ではアップのシーンがとても多くて。彼女の表情、目の動き、そして涙が魅力的であり、効果的に見られて嬉しく思います。

さて、アップが多いのは水崎さんだけではなく、ほぼほぼ全編が役者の顔に寄った映像で。
良く言えば役者さんにグイグイ引っ張られる印象もありますが、悪く言うとちょっとクドいぐらいで(苦笑)

さて、水崎綾女演じる美佐子は映画の音声ガイドを作る仕事をしておりまして。
これを見ると たった一本の音声ガイドを作るにしても、たいへんな苦労があることがうかがえます。

言葉、説明、感情、言い回し、タイミング、そして声。
確かに情報量の多い方が良かろうとは思うけど、それだと映画の行間を読む間や 浸る時間がとれないと。

さらには説明以外の主観が入るのはどうなのかと。
それらのくだりは とても興味深く見させてもらいましたが。

でも それって 映画を見るにあたって大切なことだったり、映画の見方そのものに言及しているようでね。
音声ガイドを抜きにしても 普通に映画について語られているようで、興味深かったです。

今さらながら気になってるのは 一部の時系列がどうだったのかということ。
美佐子の現在に対し、母親とのシーンは過去の描写だったのかなと。
まぁそれはそれとしてですが。

映画の中には希望があってほしいという美佐子の思いがあって。
そんな希望を“光”に例えることはありますが。

そもそも暗闇の中で 光によって映し出されるものが映画じゃないですか。
つまり、映画には必ず希望が宿っているものなんだな。

そんなことに気付かされましたね。

さて、水崎綾女だけでなく、「あん」に続いて河P作品に登場の永瀬正敏も素晴らしかったですし。劇中劇(監督としても)に登場する藤竜也の存在感もスゴいです。

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樹木希林さんの破壊力たるや…
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2017年05月21日

夜明け告げるルーのうた

湯浅政明
(声)谷 花音、下田翔大、篠原信一、柄本 明
両親の離婚で東京から寂れた港町・日無町に越してきた中学生の少年カイ。自作の音楽をネット上にアップしたことで、クラスメイトの国夫と遊歩にバンドに誘われる。
練習場所である人魚島で彼らが演奏を始めると、人魚の少女・ルーが3人の前に現れた。そんなルーと交流を深めていくうちに、カイは周囲に心を開いていくが…。

「夜は短し歩けよ乙女」に続く湯浅監督の最新作。
前作では中村佑介作のキャラクター造形も大きな見どころのひとつでした。
一方の今作、ねむようこさんが担当されたそれはまた、やはり独特な存在感を醸しておりましたが。

いずれにせよ、それらの登場人物・キャラクターが躍動する様は湯浅マジックというべきか。

そもそも湯浅監督の見せ方や演出は今どき無いものではありますが、実は実は、「ちびまる子ちゃん」や「クレヨンしんちゃん」で長く原画を担当されていたとのことで。
見るともなしに、視聴者の中に入り込んでいる作風なのかもしれません。

昨今のアニメって わりと写実的であったり、リアルを追及したものが主流だと思うんですよ。
意地悪な言い方をすると「だったら実写でええやん」という印象の。

ですが今回、湯浅作品を見て感じたのは、アニメの良さや特性を生かしてるということでして。
ジャンルは違うけど、CGを使ってクオリティの高い質感の怪獣映画よりも、着ぐるみでミニチュアの街並みを破壊する方が「This is 怪獣映画」を感じられるように。

湯浅監督の作品では、わたくしが子どもの頃に見たベタなアニメのワクワク感や、海外アニメのカラフルさやサイケなタッチを思い起こされて。
それを童心に帰るというのかわかりませんが、何か素直に見入ってしまうんですね。

そんな今作は、正直 ストーリー展開なんかは「もうちょっとひねっても良かったんじゃない?」というぐらいにストレート。
人魚であるルーというキャラ設定や、終盤に起こる港町的な状況は あまりにも「ポニョ」チックであったのは否定できません。

でも、これは好みの問題と言ってしまえばそれまでですが、観客へのアプローチの仕方は断然こっちの方がお好きでね。
何かジブリ作品って“育ちの良い子”な臭いがしたり、どこか説教くさく思えたりしちゃうんだけど。

湯浅監督の方が、より楽しいんだよね。色使い、線のタッチ、ざっくり感も含めてさ。
あえて言うなら終盤の傘の用い方はホントにステキでしたし。
カイくんの歌声も あんなに胸に響くとは思わなかったし。

今回はテーマ的にも(声の)キャスティングも、「夜は短し〜」あるいはジブリ作品と比較しても地味なのかもしれません。
でもやっぱりわたくし的には この映画はメチャ楽しめたわけで。

もしかしたら万人には届かない、響かない作品なのかもしれませんが、個人的には大好きな作品です!!

というリアクションへのアンサーが、そもそも この作品のテーマなんだってね(笑)

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犬魚
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2017年05月17日

スプリット

M.ナイト・シャマラン
ジェームズ・マカヴォイ、アニャ・テイラー=ジョイ、ベティ・バックリー、ジェシカ・スーラ
クレアの誕生パーティーに招待されたケイシー。その帰り際、突如車に乗り込んできた男によりクレアとマルシアと共に拉致されてしまう。
密室で目覚めた3人は、扉の向こうから男と女性の会話を耳にするのだが…

ボウリングでピンが両端に残った時に「スプリット」とは言いますが。
直訳すると「分裂すること」の意味なんですね。

この映画に登場するのは 自身の中に23の人格を擁する男。
潔癖症の冷徹な男。優雅で品のある女性。どこかやんちゃな9歳の少年。ちょっとオネェ系で心病みがちなデザイナー。
言うても23人分の人格が総出でくるわけではないけど。

見ていて元々の自分は誰だっけ?とか思いつつも。
ちょっと面白いのは、それらの人格が理解しあって共存しているところ。

彼のカウンセラーの女性が そのあたり語ってくれますが、それぞれの人格によって個性や肉体の機能(力が強くなったり 特定の持病があったり)も変わってくると。実際の医療的にもそういうものなのかな。知らんけど。
それらの人格が肉体に現れるのを“照明”と言ってたのも独特やね。

そんな多重人格のメカニズムであり、何がしかのきっかけで〜という部分をキチンと説明してくれるので、その点で作品に乗っていきやすかったです。

しかし23の人格たちが最も恐れているモノ。それがビーストという存在。
ビーストとは何者なのか。直で言うと“野獣”なのだけど。

そのビーストへのいけにえが必要であると。
それで3人の女性が誘拐されるという話になるわけですが。

普通の映画なら、そんな多重人格の狂人と女子高生3人組が闘うとなりそうだけど。
今作でちゃんと向き合えるのはたった一人で。

そして なぜ彼女がそうなのかと。なぜ彼女の下着姿が拝めないのかと。これまたちゃんと意味合いが明示されるので、そこは素直に「なるほどな」と 合点がいきました。

シャマラン監督の作品って結構 強引な着地点にするモノもありまして。
かつての「アンブレイカブル」では不死身の男が登場して。大きな災難に見舞われるが何故か生き残るという。
んじゃなぜ生き残れるのか…

それは、彼が特殊な体だったから…という。
もうちょっと道理とか、説明とかないんかと。

それに比べると 今作での彼女の過去…いや、なんなら現在も そうなのかという。
果たして彼女は救われたのか、それとも 今後も苦しんでいくのかと。
そんな余韻を残すラストは映画として面白かったです。

しかし 物語はそこで終わらず。
超 意外過ぎる「To Be Continued」を置いていきますので。
これは映画ファン的に面白かったですわ。

シャマラン作品で、珍しく ちゃんとしたドキドキを味わえました。

多重人格よろしく、24に分割されたエンドロールもなるほどねと。
それから ひとりでいくつもの人格を演じ分けたジェームズ・マカヴォイも もちろん素晴らしかったですよ!

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シャマランもアベンジャーズ化?(笑)
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2017年05月16日

マンチェスター・バイ・ザ・シー

ケネス・ロナーガン
ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ、カイル・チャンドラー、ルーカス・ヘッジズ
ボストン郊外で便利屋として働く男リーは、兄ジョーの死をきっかけに、故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ってくる。
しかし 兄の遺言で、16歳の甥パトリックの後見人を引き受けたリーは、故郷の町に留まるうち 自身の過去の悲劇と向き合うことになる。

2017年アカデミー賞にて、ケイシー・アフレックが主演男優賞を。そして監督でもあるケネス・ロナーガンが脚本賞を受賞した作品。
とても静かで。とても丁寧で。ある意味で現代的な作品だと思いました。

アメリカ・ボストンで アパートの便利屋として働く男 リー。
そこそこ腕は良いが、ろくに他者と挨拶もせず、時に汚い言葉を吐く リー。

彼の元に兄の訃報が舞い込み。故郷であるマンチェスターまで車を走らせます。
移動時間は1時間半(正確には1時間15分?)。しかし その車中、彼の胸には様々な思いが…

そんな兄が遺言として残したのは、リーも幼い頃から知る16歳の息子パトリックの後見人となること。

リーにはマンチェスターに根を張る思いはなく。
しかしパトリックには、そこでの暮らしがあり、友があり、受け継ぐものがあって。
こうして二人の思いが交錯していくわけですが。

とても寒々しいマンチェスターの街並みから始まり。
リーが なぜその街を離れ、なぜ彼が他者との交流を嫌い、どうしてそんなに口汚い会話をするのか。
そのあたり、リーの過去が少しづつ明らかになります。

このマンチェスター・バイ・ザ・シーでリーにどんな暮らしがあって。家族との間にどんなことがあって。
そして冒頭の便利屋としての姿があって。今、こんな決断を迫られていると。

決断というと言い方キツいかもだけど。未成年の後見人とはそういうことでもあると思うのでね。

全部が全部ツラいことではなく、一人の男として順風満帆な時期もあったことでしょう。
でも大きな出来事、小さなトラブル。自身のこと、周囲のこと。それらが数珠つなぎになっていることに妙なリアリティを感じて見ておりました。

一方のパトリックは、父親の死をどのように捉えていたのか。
その直後に友人たちと談笑したり。バンド仲間と二股の彼女と…

父の亡骸と真正面から向き合うことなく。
しかし葬儀まで冷凍保存という点に 必要以上に反応して。

スマホ、メール、船、母親。
こう言っちゃなんだが、彼の気持ちは決して真摯なものに思えなかったけど。
でも、今の若者の心って そうしたものなのかなという納得感もあって。

そこが ある意味で現代的だなと。わたくし的に思った次第。

物語として大きなものではなく。ほんの二人のパーソナルなお話。
でもじんわりと向き合うことのできる作品だったかな。

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ベン・アフレックは生きている
posted by 味噌のカツオ at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする