2017年05月13日

ノー・エスケープ 自由への国境

ホナス・キュアロン
ガエル・ガルシア・ベルナル、ジェフリー・ディーン・モーガン、アロンドラ・イダルゴ
メキシコ=アメリカ間の砂漠の国境。不法入国を試みるモイセスと15人の移民たちに、突如 襲いかかる銃声。摂氏50℃、水なし、武器なし、通信手段なしという状況下で、訳もわからぬまま 命懸けの逃走劇が始まる。

かねてからメキシコからアメリカへの不法入国者というのは後を絶たないのでしょう。
それによって生じる国の不利益等を見過ごすことはできないと、トランプ大統領は その国境に壁を立てると表明。

そして両国に於ける緊張の度合いは また高まるという現実。
そんな中にあって、まさに その国境を越えることを題材にした映画が公開されました。

製作国は メキシコ=フランス で、製作年は2015年と。
トランプ氏が就任するよりも前の企画であり、スタンスとしてもメキシコ寄りといってもいいのかな。

手引きをする案内役の男と、それぞれが訳ありと思しき男女 約15名。
監視の手薄そうな砂漠地帯をぶっ飛ばして来たものの、車の故障により彼らは徒歩での移動を余儀なくされます。

果てしなく道なき道を歩いていくが、やがてその歩みにも差が開き。
先を急ぐ集団と 大きく離された者たち。

体力的にもこれ以上早くは進めない…となったところで突然の銃声が鳴り響きます。
狙われたのは先行の集団。一発、一発の銃弾が的確に彼らを打ち抜き、そして全員が息絶えることに。

撃ったのは犬を連れ添った一人の男。
しかも誤射ではなく、何がしかの理由があるでもなく。このような“不法入国者”をただ狩ることを楽しんでいる。そんなそぶりを見せます。

遅れた後続の彼らは 難を逃れ、どうにかそこから逃げようとしますが。
やがてハンターに存在を見つかってしまい、狙撃の対象とされてしまいます。

日差し、岩場、サボテン、そしてガラガラヘビ。
そんな砂漠の中で、彼らの逃走劇が始まります。

わたくし未見の作品ですが、2016年日本公開で「追撃者」という作品がありました。
マイケル・ダグラス演じる大富豪が、砂漠の中に人を放ち 人間狩りゲームを楽しむという設定。
これと似たシチュエーションではありますな。

正直 展開的には大きなひねりはなく、基本的には 追うものと逃げるものの対立の構図。
でもただそれだけで見るものをシンプルにドキドキさせてくれます。

88分というコンパクトな上映時間もハマっているので、映画としては及第点の満足度だと言えましょう。

ただし、半歩引いて考えるなら。前述の通り、製作はメキシコ側なわけだから。
シチュエーションとしては密入国者を“是”として描いているようにも見えますね。

当然ながら殺人は許されるものではないし、そうしてまで生きていこうとする人々の行動の裏には、国としての問題もあるはずで。
そうやって考えると、なかなか難しい問題提起の作品でもあるのでしょうね。

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酒飲んだら よけいに喉が乾くよ
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2017年05月09日

映画 立候補

藤岡利充
マック赤坂、外山恒一、羽柴秀吉
2011年11月。橋下徹が仕掛けた40年ぶりの大阪府知事・市長のW選挙。
世間的にも注目を集める中、その府知事選挙に立候補した泡沫候補たち。また日本の様々な選挙に登場する泡沫候補とされる彼らは、なぜ 300万円の供託金を支払ってまでして、敗北必死の選挙に立候補するのか。

選挙というのは 決まった数の議席に対し、誰がふさわしいのかを競い合うシステムであることに間違いはないことでしょう。
競い合ったうえで勝者・敗者が生まれるわけですが…

その反面、絶対に当選しないであろうという立候補者がいるというのもね。
んで“泡沫候補”という言葉が存在することがなんだろうかと思うわけで。

しかも誰でも手をあげればというわけではなく、供託金を支払って 言わば“負け戦”に向かうという構図。
これはいったい何なのかというのは、凡人には分かり得ないところであります。

過去にも選挙をテーマにしたドキュメント作品はありましたが、これらの泡沫候補を追うというのも確かに興味深いです。

そんな中、作品の軸となるのはマック赤坂候補と そのただ一人のスタッフである櫻井氏の二人。
彼がマックさんの選挙に関わることになったいういきさつには ちょっと笑ってしまいます。

どこか不可思議な二人三脚。
ホテルの部屋で政見放送を見て「面白い」と語るマックさん。マックマニアにはたまらない恰好をしておられます。
そしてツイッターの反応が好評ですよと櫻井氏。

やがてその選挙戦術はエスカレート。
駅の構内での立ち合い。果ては選挙区外の京都でのパフォーマンス。
いやいや、なんぼなんでも大阪府知事候補が京都でアレは荒れるでしょと。

ところが、公職選挙法には選挙運動としては、どこで何やっても良いらしく。
しかも 当該の選挙区以内のみ〜という縛りはないとか(推奨はしていないだろうけど)。

また選挙法により、警察・公安であってもそれを制止することはできないという。
無法?無秩序の無双状態。

秘書役となった櫻井氏も よくこんなイカレたおっさんについてくなと思いましたが。
その櫻井氏も 実際はなかなか難しい立場に於かれていて。その事実に迫った部分では驚きというかなんというか。

そして もう一人、マックさんの実の息子さんも登場します。
マックさんが立ち上げた貿易会社を切り盛りする息子さん。
彼の父の選挙に対するスタンスがまた。。。

一般的な会社員(経営者)で、父親にあんな形で動かれても、そりゃそやわなぁと。
それに関しては、いくらか同情してしまいます。

マックさんのスマイル体操だかなんだか知らんけど、あれはなんなんやろうか。
「候補者として もっとちゃんとするべき」という声は正しいと思う。

一方で「歌うとみんな見てくれるけど、真面目な話をしだすと みんなどっか行っちゃう」とマックさん。

パフォーマンスの合間に口にするのは水ではなく 小さなパック。そこには“鬼ころし”と書いてある。
おい、酒かよ! 確かに飲まなきゃ人前であんなことできないかと 微妙に説得力あったり。

通りがかった外国人が 一言「クレージー」だと。
単純に…いや ちょっと深くなるけど。

一般的には「当選するわけない」と思われる候補者が4人も5人も名乗りを上げたり。
選挙運動だとして 突飛もないゲリラパフォーマンスを繰り広げ、政見放送だと言って ギリギリの発言をテレビを通して訴える。
外国でこのように泡沫候補みたいな存在っておるんかな。

一部の危険な国家では 投票箱が強奪されたり、有権者が誰の名前を書くか見張りがいるとか。そういうのもあるんだよね。
それを思えば、マックさんのような存在が躍動するのは日本が平和であり、開かれた選挙制度に裏打ちされている証なのかな。

その反面、もっと敷居を高くではなく整備するべしとも思うけどね。

映画的なクライマックスはマックさんが 橋下氏と松井氏の街頭演説に直接挑んでいく場面。
あれを見て マックスゴイと見るか、あまりにも品がないと見るか。それぞれでしょうけど。
わたくし的には「マックさん、いつものやってくださいよ」とエールを送った橋下氏の懐の深さに 慣れたもんだなと思いましたが。

そんな大阪府知事選アフター。
マックさんの秘書の櫻井氏の姿。そして彼の長男が初めてある人と会う姿に 少し胸を打たれました。

長男といえば、もう一人。
ボーナストラック的に映し出される 彼の姿。
あまりにも意外な、むき出しとなった人の感情のぶつかり合い。

とても劇的なアングルでとらえられた映像。そこに響くマックさんの声。
見ていて なぜか涙があふれ出します。

まさかこんな思いで見終わるとは。
もちろん選挙・泡沫候補というテーマではありますが。
ドキュメンタリー映画というのは、何よりそこに“人”があってこそですね。
素晴らしい作品でした。
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2017年05月07日

帝一の國

永井 聡
菅田将暉、野村周平、竹内涼真、間宮祥太朗
4月。赤場帝一はある夢を胸に、国内屈指の名門校である海帝高校へ入学する。その夢とは、総理大臣になり自分の国を作ること。
海帝で生徒会長をつとめたものには、将来の内閣入りが確約されると言われており、2年後に控えた生徒会長選を見据え、帝一も野望への第一歩を踏み出した。

映画にはコミックス原作の映画も非常に多くて。
この後にも名のあるコミックスの実写化作品がズラリと並んでおります。
今作もそんなコミックス原作の一本で。

ただし わたくしはマンガは読まないので、今作がどのように人気なのか、支持されているのかまではわかりませんが。
それよりも映画「ジャッジ」の監督の新作であると。そちらに引っ掛かって見てまいりました。

要は、内容とか設定とか知らんかったんだけど。
いやいや、それでも十分に楽しめましたわ。

ゆくゆくは総理大臣となり、自分の国を作るという野望を持った帝一が、その手始めとして 名門高校で生徒会長を目指すという。それだけといえば それだけのことのなのだが。
そこで行われるのは ただの学園ドラマだけでなく、まさに政治ドラマ的な面白がり方もできるんよね。

んで主人公とライバルの闘争という図式だけでなく、ルーム長と副ルーム長という2人を立てることでバディ感を醸すことにも成功しているし、2年生という先輩をメインの対立軸とすることで、主人公の自由度が増しているように思えました。

そんな政治ドラマ的生徒会選挙に 程よいバカバカしさを重ねてあるんだけど。
全般的に ハズしていないのも素晴らしい。

ギャグのセンスに役者たちの上手さも相まってのことだろうけど、実際に思わず声出して笑っちゃうシーンもしばしば。
特に、帝一と父親がテストの点数を発表していく場面のすさまじさ(笑)

もはやあれは菅田将暉と吉田鋼太郎の役者としてのハイテンションバトルとして面白かったけどね。

今の時期もいろんな作品が公開されております。
中には大きなスクリーンで見るなら、もっと派手なアクション映画がいいって声もあるだろうけど、これはこれで満足度の高いバカバカしさで。
わたくし的には見て良かった作品です。


というところで、以下余談として。

なんだかエリートという前提でありながら 傍から見てるとバカかと思えたり。
法被にふんどしでウロウロする描写なんかもそうなんだけど。

わたくしが子供の頃に読んだ 小林よしのり氏のマンガ「東大一直線」が頭によぎりました。
それも好きな一因かも。

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永野芽郁のギタープレイが…♪
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2017年05月04日

夜は短し歩けよ乙女

湯浅政明
(声)星野 源、花澤香菜、神谷浩史、秋山竜次
クラブの後輩である“黒髪の乙女”に思いを寄せる“先輩”は、“なるべく 彼女の 目にとまる”の頭文字を取った“ナカメ作戦”で彼女の気を引こうとする。
しかし いたずらに季節だけが過ぎていき、進展はさせられず。果たして“先輩”の思いの行方は?

第4回本屋大賞第2位に輝いた森見登美彦の小説をアニメ映画化。
これより前に、同じく森見の小説「四畳半神話大系」が、湯浅監督でテレビアニメ化されており、今作はその流れを受けての企画。

原作は春夏秋冬の4部に別れているものを、一夜の物語という設定で93分に仕上げました。
まぁ93分となると 通常の映画とすれば短めではあるが、そこに映し出される情報量の多さはハンパなく。

さすがに一度体験しただけでは味わい尽くすことはできないんじゃないかな。
反面 短時間に目まぐるしく情景や展開が進むので、集中力が問われるところ、あるけどね。

アニメ作品というジャンルにはなりますが、昨今ヒットしている写実的なタッチではなく、かと言ってマンガ漫画したものでもなく。
どこか滑稽で、それでいてオシャレなタッチ。やっぱりこれはこれで“アニメーション”なんでしょう。

ありそうでなかった独特な表現も目を引きまして。
確かに丸っこいウイスキーのボトルを“ダルマ”と称することはありましたが、それをそのままダルマにしてしまったり。
アイスクリームのコーンが妙なところにベタリ!というのもバカバカしくて面白かったわ。

ストーリー的には 学園祭で勝負をかける“先輩”の熱き思いに不覚にも涙。
パンツさんが見惚れた彼女の正体に軽く驚愕。
それらも十分に面白かったです。

湯浅政明監督の作品って2004年の「マインド・ゲーム」以来、13年ぶり2作目ということで。
さすがにわたくしは その存在を知らなかったわけですが。まもなく3作目「夜明け告げるルーのうた」が公開とか。

こちらも前評判が非常に高いので。
楽しみにさせていただきます。
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2017年05月03日

人生タクシー

ジャファル・パナヒ
ジャファル・パナヒ監督がタクシー運転手に扮し、乗車した様々な客の姿を通して、テヘランに生きる人々の人生模様や、リアルなイラン社会が浮かび上がってくる。

イラン政府への反体制的な活動を理由に、2010年より“20年間の映画監督禁止令”を受けてしまったジャファル・パナヒ監督。
しかし2011年には、自身の新作映画の構想について語る映像が「これは映画ではない」というタイトルで海外流出(?)され、話題となりました。

今作はパナヒ監督が…いや、パナヒおじさんがタクシー運転手のフリで客を乗せ、そこで たまたま交わされた会話であり 人間模様を、録り溜めた映像。

なんか「これは映画じゃないからいいでしょ?」とお上に掛け合ったようだが、結局“NG”をくらって国内上映には至らず。
ところが これまた何故か海外流出され、2015年のベルリン映画祭で金熊賞の受賞のほか、様々な映画祭で高評価を得てしまったという映像。

冒頭。パナヒおじさんのタクシーに乗車するのは 死刑制度について議論する教師と路上強盗。
ちょっとヒリヒリする会話であると同時に、なんで別々の客が乗ってるの?と。
乗り降りのタイミングは?料金はどうなるの?

本気で そんなことを気にしてたら、こっちが“乗り遅れ”てしまうので そのあたりはスルー。

それでも車が走っていても構わず周辺を歩く歩行者の姿に「ぶつかるぞ」とヒヤヒヤ。
そうこうしてると、事故に遭ったという血まみれの夫と その付き添いの妻が乗車して病院まで。

そんな滑稽な客から、不思議な行動パターンの客。謎の会話。
あまり大きく動かない物語。
ひたすら読まされる字幕。
そしてやってくる睡魔。

ということで、わたくし的にはイマイチ 作品にノリきれなかったですね。
もうちょっとイラン、テヘランの状況であり、パナヒ監督のストーリーなりが分かっていたら、もうちょっと受け止め具合も違っていたのかも。

これみよがしに 自国以外の映画作品の(海賊版)DVDをチラつかせたり。
国内で映画を上映するルールを、皮肉っぽく“子ども”に語らせるのも…なんかね(苦笑)
そういうの、キライじゃないけれど、わたくしの眠気を超えるまでではなかったな。

さて そういった作品自体よりも、パナヒ監督が今後どのような“仕掛け”をしてくるのか。
そっちの方が楽しみだな。

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おすすめがメル・ギブソンって(笑)
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2017年05月02日

笑う招き猫

飯塚 健
清水富美加、松井玲奈、落合モトキ、荒井敦史
結成5年目の女漫才師「アカコとヒトミ」。ある日 いつもネタ合わせをする河川敷で、自転車泥棒の中学生を捕まえてから 二人の運命が動き始める。
バラエティ番組出演が決まり、大学時代の旧友と再会したり。やがて漫才師として売れる兆しが見えて来るのだが…

「ボクたちの交換日記」「ベイブルース 〜25歳と364日〜」「漫才ギャング」古くは「二人が喋ってる。」など。漫才をテーマにした作品って、チョイチョイあるんよね。
そもそも“漫才”という芸自体が日本特有のものですから。まさに日本でしか作られない、成立しないジャンルでもあるのかな。

ただし それらを映画で表現するとなると、漫才シーンが入るのは必然。
しかし ネタがつまらなかったり、掛け合いがぎこちなかったりすると、そのリアリティは大きく下がっちゃうから。結構難しいんよね。

中でも今作は女漫才師ですから。一段とハードルが高そうに思えたんだけど。。。
結論から言うと、楽しかった。素晴らしかった。響きました。

前述の通り、漫才って日本特有のものであり、さらに漫才コンビという関係性も あまり他で例えらえないものでもあって。
簡単に言えば 夫婦や恋人のようでもあり。でも基本は同性の二人という決定的な違いもあるわけで。
でもそんな愛おしくもデリケートなスタンスを上手く表現するのに成功していました。

まずはなにより、主演の二人の素晴らしさ。言うなら女優としても、漫才師としてもね。
女漫才コンビって、プロでも笑いを取るのに難しいトコロあるのに、この二人はちゃんと完成されてたんじゃないかな。

ネタのシーン以外での、ノリの良い女子二人のチョケ方も様になってて。
ホントに面白いと思えたし。

そしてその脇を固める役者陣も見事で。
旧友役の浜野謙太に前野朋哉。母親役の戸田恵子、弁当屋の諏訪太郎。
事務所の社長の岩松了に マネージャ役の東京03・角田も完璧な役どころ。

そういう上手い役者のサポートも、今作のクオリティを押し上げる存在であるのは間違いないですね。

あらためて、この手の映画は漫才シーンに違和感があると台無しになるんですよ。
だからと言って(映画の中で)オモロイ漫才を表現できるかは微妙。
意図してそれができるのであれば、今くすぶってる漫才コンビも みんな売れるでしょ〜ってハナシなわけで。

だから 今作の漫才を監修した なすなかにしも、それを演じた主演の二人も素晴らしかったですね。

そんな中、あえて苦言を呈するならば、127分という尺は少々長いかな。
なんとかあと10分短くして120分以内にしてほしかった。

最終的に二人の関係がクローズアップされはしますが、そこに至るまでに もうちょっとカットできる要素があったはずでは。


というところで、あえて最後に言いたい。
やっぱり清水富美加という女優は素晴らしいよ。漫才師という特異な役を堂々と演じられるのは見事だと思います。
それだけに、私的な理由で芸能界引退を表明したのは もったいない。もったいなさ過ぎます。

飯塚監督も“相方”の松井玲奈もいい仕事ができたと手応えはあったようなのに、公開時に彼女がいないという事実。
なんかもったいないわ。

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エンドロール映像がオシャレやった
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2017年05月01日

スウィート17モンスター

ケリー・フレモン・クレイグ
ヘイリー・スタインフェルド、ヘイリー・ルー・リチャードソン、ブレイク・ジェナー
情緒不安定な母親と優秀で人気者の兄と暮らすネイディーン。17歳にしてキスも未経験で イケてない日々を過ごしている。しかし たった一人の親友と信じていたクリスタが、寄りによって大キライな兄と恋に落ちてしまう。
ただ一人取り残されたような気持ちになった彼女は、あるとんでもない行動に出るのだが…

主人公は17歳のこじらせ女子。
こちとら40代半ばのおっさんですが。それでも“面白い映画”と聞いたなら、一応押さえておかなくてはと。
そんな感じで見たけれど、割りと前半から笑えるポイントもあって。

この世には2種類の人種がいて。アニキのように自分中心で自己顕示欲が強いようなのと、これらが絶滅することを望んでいるのと…って。
こういった表現から引き込まれちゃったですね。
わたくしは後者のタイプだけどね。

男子・女子はさておき、誰もが17歳だった頃があって。
時に青臭くって、時に知ったかぶって。エッチなことに興味はあるけど、エッチを突き進むほどの勇気は無くて。
そのくせ 誰もいないところで とんがってみたり、「わたしバカだ」と後悔で頭を抱えたり。

チョイチョイ心当たりがあったりして。憎めない主人公なんだよね。

今作 主演のヘイリー・スタインフェルドは、女優であり歌手でもあるのか。
ちょいポチャなスタイルで、決して美人じゃないけれど、見る角度だったり、時折見せる表情がとても魅力的。

日本のドラマで“イケてない主人公”とか言いつつ 結構カワイイ子がキャスティングされたりして。
「全然ブサじゃないじゃん」とかで反感をかうことあるけれも。
そこのところ、彼女は ちょうどいい感じで(失礼か?)。

だから そんな彼女の不遇な面に共感を覚えて。
映画として楽しめるんだよね。

ただ、ただし、最終的には超豪邸住まいで才能もある彼の存在が…なのでね。
そこのところは、まぁまぁ…そっとしておくべきか。

邦画で女子の共感を呼ぶとされる「アズミ・ハルコは行方不明」というのがありましたが。
あそこまでいくと わりと現代チックなものになりがち。

それに対してこちらの方が、広い年代に引っ掛かる要素があるように思いますね。
予想以上に見て良かったといえる一本でした。

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タカミザワさん似の母親
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2017年04月30日

タレンタイム〜優しい歌

ヤスミン・アフマド
マヘシュ・ジュガル・キショール、パメラ・チョン
ある高校で、学内で催される芸能コンテスト“タレンタイム”が開催される。
ピアノの上手な女子学生、二胡を演奏する優等生らが、宗教や民族の違いによる葛藤を抱えながら、タレンタイム当日を目指す。

2009年に製作されたマレーシア映画。
作品自体は評価は高かったものの、監督のヤスミン・アフマドが完成後に51歳の若さで脳内出血で急逝。

それから8年の時が流れ、晴れて日本での劇場公開となりました。

さて、そもそもマレーシア映画と言われても…なんならマレーシアと言われても…あまり予備知識もなく、手応えとして少々つかみにくいところはあるのですが。
それに加えて、作品内の設定が、やや ややこしい。

女性高校教師が“タレンタイム”の開催を提案。
そのタレンタイムとは、学校内でのいわゆる音楽コンクール。

腕のあるものたちが選ばれ、演奏を披露します。
当初は一部の教師も出場することになっていましたが、なんとなくなくなります。

物語は そのタレンタイムに出場することになった生徒たち、そしてその家族らによる群像劇。

さて、問題はここからなのですが。
その登場人物が、マレー人、インド系、中華系、お父さんがイギリス人? となんだか複雑なうえ、ヒンドゥー教にムスリム(イスラム教)と、各々の生い立ちから宗教の違いまで。
さらに 裕福な家庭、悲劇を背負った家庭、さらには母親が入院中という生徒まで。

その辺りは 決してハッキリと説明されないし、そのルーツの違いや宗教観など、日本人にはすんなりと分かりずらいものであるのは確かで。
また字幕だからわからないけど、どうやら マレー語、タミル語、英語、広東語が登場しているとか。

かと思えば、挨拶も返さない 不愛想なバイクの少年は、これまたある“病”を抱えていたりして。

そのいろんなわからない設定、わからない相関図を ぼんやり見ているうちに、だいぶ眠たくはなってきたけども。
果たして そんなバラバラな登場人物たちがわかり合うことができるのか。
その前に、わたくしが この作品世界をわかることができるのか!?

そんなところでしたが…
そのバイクの彼が 何故に不愛想なのかがわかったり。
タレンタイムの直前に不幸に見舞われた彼が演奏を披露する際に、ひそかにライバル心を持っていた子が二胡でサポートする場面であるとか。

ほんの17〜18歳という高校生でありながら、とても重い状況や環境と向き合うことを余儀なくされる。そんな描写には胸を締め付けられる思いがいたしました。

国境を越えて、言葉を越えて、思想も越えて。
感情とか 音楽なんかは、あっさりと国境を越えて伝わるものがあるんだなと。
とてもあたたかい映画。まさに“優しい歌”でしたね。

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マツコさん似の女性教師
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2017年04月18日

午後8時の訪問者

ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
アデル・エネル、オリヴィエ・ボノー、ジェレミー・レニエ
診療時間を過ぎた午後8時。診療所のドアベルが鳴らされるが、ジェニーはそれに応じなかった。しかし その翌日、診療所近くで少女の遺体が発見されたことで、ジェニーはドアを開けていれば…と自責の念にかられる。
あの時彼女は何を伝えようとしていたのか。ジェニーは少女の生前の足取りを調べようとするが…

ダルデンヌ兄弟の作品って過去にも気になるのはありましたが、「ロルナの祈り」しか見ていないんだ。
我ながらちょっと意外だ。

その作風は サスペンス調に見えるけど、着地点としてはさにあらずと。
まさに今回見ていて そういうことかと思いましたが。

主人公は その診療所に来て間も無い、若い女医のジェニー。
診療時間を1時間も越えて診療所のベルが鳴るが、それに応じることはしませんでした。

見ていればわかりますが、彼女がドアを開けなかったのには理由が…いや、たまたま その場の状況で“開けない”ことになってしまうんですね。
この状況作りは上手いなと。

その翌日、一人の少女の遺体が発見されるのですが(カメラの映像と併せて)、ジェニーがドアを開けていれば 彼女は助かったのではと。
そのように思い始めます。

身元もわからない彼女のために、せめて何か出来る事は…とジェニーは行動を起こすのですが。
結果 その街で暮らす人々との間で、様々な摩擦が発生してしまうという。

自分は医師なので秘密は守りますという信条の下、おそらく純粋に被害者のことを思ってのことだと思うのですが、訳ありな人たちにとっては決してそういうわけにもいかず。
そうこうするうち、彼女の名前、事件の真相、そして彼女の人となりが見えてくるのですが。

そこまで辿り着くのに、登場人物の相関関係やそれぞれが抱えた問題点や闇の部分など。どうにもイマイチ乗り切れず。
また最初に言った通り、サスペンス作品ではないので、結果としてのカタルシスが得られる風でもなく。
「あ〜」と言う間にエンドロールになっちゃったですわ。

残念ながら わたくしには、合わない作品だったね。
唯一残ったのは、アデル・エネルが魅力的だということオンリー。
こんな女医さんに診てもらいたい…って(苦笑)

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白衣とか着ないんだね
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2017年04月12日

LION ライオン 25年目のただいま

ガース・デーヴィス
デヴ・パテル、ルーニー・マーラ、ニコール・キッドマン、デヴィッド・ウェナム
インドのスラム街に暮らす5歳のサルーは、兄と出かけた先で迷子になり、たった一人 回送列車で遙か遠くの町まで運ばれてしまう。やがて彼は、オーストラリアへ養子に出され、不自由のない暮らしをおくる。
その後25年が経ち、母と兄への募る想いから 本当の自分の家を捜すことを決意する。

アカデミー賞やゴールデングローブ賞にて それぞれ数部門ノミネートされつつ、受賞はできていないんだ。
でもわたくし的には 思いのほか響いてきましたけどね。

あるいきさつにより、わずか5歳にして たった一人で迷子になってしまった主人公サルー。
彼が25年という時間を経て、生まれ故郷に帰るという。

これまた実話がベースの物語と謳われていることもあり、邦題に野暮なサブタイトルがついていることもあり、その点については承知の上で。
さらに予告を見ると おおよその展開も想像ついたけど。
意外とさにあらず。
今は何不自由なく暮らす主人公が“告白的”にいきさつを明かすのかと思いきや、時系列通りに物語は進みます。

故郷で兄と共に、貧しいながらも知恵を使って生きていくサルー。
そして思いがけないアクシデントで迷子となり、様々 危機的な状況に近づきながらもそれらを回避し。
オーストラリアの夫婦から養子縁組の話が舞い込みます。

ん〜なんで突然オージー?とは思いましたが、その意味合いもちゃんと後々明かされます。

20年の時が経ち自分の道を進んでいくサルー。
しかし心のどこかで 自分のルーツを意識しつつ。しかし育ての親を前にそれを明かすことはできず。
といったところですかね。

前述の通り時系列通りの構成で、よりストーリーを掴みやすかったと思います。
また 本来なら主人公と恋人との恋愛パート、“弟”との複雑な関係あたり もっとコッテリ描けそうだったのを、できるだけあっさりとサイドストーリー化したことで、とても見やすかったです。

そしてクライマックス。
生まれ故郷を訪ねるサルーを迎え入れた現実。わかっていてもグッときちゃうし、知らなかったからこそ こらえきれないし。

この近年の出来事がモデルとなっているお話に関しては、ほぼほぼ慣例通り 実在の当事者たちの姿も見られるわけですが。
これがまた作品の重み、深みを増してくれますね。

幼少時のサルーを演じた子の顔立ち、声のかわいらしさ。そして純真なまなざし。
この作品に於いて、彼が果たした功績も大きいよね。
いい映画でしたよ。

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サルじゃなくてライオンね
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