2018年05月06日

タクシー運転手 〜約束は海を越えて〜

チャン・フン
ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジュンヨル
ソウルのタクシー運転手マンソプは、高額報酬につられて ドイツ人記者ピーターを乗せて光州に向かう。
見事に検問をくぐり抜け、二人は光州に入るが そこには予想もしていなかった光景が広がり「危険だからソウルに戻ろう」と言うマンソプの言葉を聞かず、ピーターは撮影を始める。

1980年5月、韓国で起きた光州事件…といわれても さすがにピンとはこなくって。一応ネットの百科事典で“予習”しての鑑賞。
非常戒厳令が敷かれ、メディアへの情報統制がされるなか ドイツ人記者がタクシーで現地へ乗り込んで取材を敢行。後に現場で何が行われていたかを明らかにしたという 実際の事案を映画化。

「JSA」や「グエムル 漢江の怪物」などでもおなじみのソン・ガンホ演じるタクシー運転手が主人公。
しかしこの運ちゃん。なんとも いいかげんなおやっさんで。

大家の奥さんに家賃滞納を責められ、大家の旦那に借金を頼むというムチャクチャぶり。
今回の本筋である ドイツ人記者を事件の現場まで連れて行くという業務も、同僚が受けた依頼をかすめ取ってのことであって。

まぁそれだけ見聞きすると“ひどいヤツ”でしかないんだけど。
なんというか あえて例えるなら、寅さんであるとか、こち亀の両さんであるとか。

利己的で楽天的なそぶりも見せつつ、どこか憎めない飄々とした雰囲気を纏ってて。
そんな主人公・マンソプの立ち居振る舞いに、とことん笑わされながら 引っ張られちゃうんだよね。

口八丁なやり方でドイツ人記者・ピーターを乗せ、ソウルから光州へ。
軍の厳しい検問もすり抜け、なんとか現地に辿り着き。そこで活動する学生と知り合ったかと思えば、同業である現地のタクシー運転手たちとはひと悶着あったり。
しかし天性の明るさで出会った人々に溶け込み、マンソプとピーターは現地での取材に向かうわけですが…

この辺りから 映画のテイストがジワジワ変わってまいります。
悪い意味で、嫌な思いで、現実と向き合うことを余儀なくされます。
前日まで普通に語り合っていた学生らに銃が向けられ、マンソプとピーターもギリギリの状況まで追い詰められることに。

映画に限らずですけど、普段 笑いや笑顔を振りまいてる人が やけにシビアな状況になるというのは、とても胸が痛くなるもので。
今作でのマンソプも、前半のコメディタッチな振る舞いから一転。あのようなシチュエーションに“放り込まれる”のは、見ていてホントに辛かったです。

ぶっちゃけ この中盤からの展開は涙無しには見られなくって。
以下ネタバレにもなってきますが。

一旦は ひとり残してきてしまった娘のためにも早く帰ろうと、ひとりソウルへとタクシーを走らせますが。
途中で立ち寄った食堂で耳にした“現実”。不意に振る舞われた“おにぎり”。
それらにほだされ、ふたたび光州に戻りピーターたちと再会。

さらに厳しい“現実”と向き合いつつ、なんとか「ここで実際に起こっていることを伝えてほしい」との思いを乗せ、ピーターとともにソウルに向かいます。
しかし案の定 全ての道に検問が設置されており、通り抜けることは不可能だと打ちひしがれるのですが…
この難局をクリアする場面なんかもね、ある種の思いと魂を感じる瞬間。胸にグッとくるものがありました。

『紆余曲折』を経て、マンソプは無事に“お客さん”を目的地まで乗せ、約束を交わしてピーターを見送ります。
やがてピーターが取材した記事が世界に届けられ、時を越えて その報道の意味と意義はひとつの評価を受けるのですが。

彼が本当にそれを伝えたい相手との“約束”は果たせないまま…となってしまいます。

あらためまして。作中の『紆余曲折』の部分に関しては、見ていて さすがに「おやおや?」と思ったわけで。
シビアに考えたら「そら ないわ〜」ではあるけど、エンタメで見れば「イケイケ〜!」だし。

正直 戸惑った描写となっておるのですが。
わたくし的には それがあっても、それを差し引いても。良しと思えましたので(苦笑)
決してマイナスではありません。

まさに 笑い、涙、怒り、社会的メッセージに、アクションと。
映画というエンターテイメント要素が 絶妙に盛り込めれた傑作。

あえてツッコむとするならば「予告編を見た限りでは こんなにいい映画だとは思わんかったぞ!」と。
そういう趣旨でモノ申したい(苦笑)

韓国映画の傑作がまた一本誕生しました。

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果たせなかった理由は wikiに載ってました
posted by 味噌のカツオ at 22:56| Comment(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月01日

君の名前で僕を呼んで

ルカ・グァダニーノ
ティモシー・シャラメ、アーミー・ハマー、マイケル・スタールバーグ
1983年夏、北イタリアの避暑地で家族と夏を過ごす17歳のエリオは、大学教授の父が招いた24歳の大学院生オリヴァーと出会う。
同じ時間を過ごすうち、エリオはオリヴァーに恋心を抱く。やがてその思いは通じるが、夏の終わりが近づくとともに、オリヴァーが去る日も近づいていた。

今年のアカデミー賞で 作品賞・主演男優賞(ティモシー・シャラメ)・脚色賞・歌曲賞 の4部門にノミネート。うち脚色賞を受賞した作品。
それもあってか わたくしが見に行った回は満席でしたね。

とかく今の時代、LGBTをテーマにしたもの。またメインやサブに関わらず そういうキャラが登場する作品は非常に多い。
いや多いというか、ほぼほぼ入ってますな(極論ですが)。

今作は17歳の少年と、24歳の大学院生である青年の物語。
互いに男性でありますが、厳密にはゲイとか同性愛でもなくて。17歳のエリオは女性とも(普通に)関係もったりしてるからね。

今作で一つ話題になってるのは この二人の美貌。
イケメン、美し過ぎる、美術品の彫刻並みとかいろいろ。
まぁそれはわかりますが、さすがにわたくしはその点で萌えることはありませんで。

逆に言うなら、そんな二人のラブシーンもキレイなもんで。
全然エグくはなかったね。何を期待しとるんだと言われそうですが(苦笑)

露骨に見せることなく、変な生々しさは出さず。
作品のテイストといえばそれまでですが。。。まぁそういうものなんでしょう。

さて、結論づけて言うなら、わたくし的には正直 退屈な時間に終始してしまいましたね。
そこで表現されていることは“なんとなく”わかりましたが。

やっぱり1983年の北イタリアの文化。アメリカ人のスタンス。
必要以上にフレンドリーであったり、家庭内もやけにオープンだったり。
そういう状況下での 人と人のコミュニケーション。性へのアプローチ。すんなり 飲み込みきれなかったという印象。

彼と彼が行う行為に偏見は全くありません。
なんなら こういう ひと夏の恋なんて、これまでにも、世界中であったようなドラマであって。
この作品では それが“男同士”であること以外の 真新しさを感じなかったんだよね。

この映画独特の…という意味では「君の名前で僕を呼ぶ」というのがあるけれど。その意義がちょっと伝わらなかったんで。

様々感想を見ていると、多くの人が感じるものがあったという、息子エリオに父親が語り掛けるラストのシークエンス。

設定を見ると、このファミリーは毎夏 北イタリアでバカンスをしているそうで。
で 大学教授である父親は、助手役として大学院の生徒さんを招いているとのこと。

これ、自身の息子の特性と、その相性を見抜いてオリヴァーを招いていたとするならば…
お父さん、神やね。

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桃缶 ならぬ 桃姦
posted by 味噌のカツオ at 23:34| Comment(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月28日

リズと青い鳥

山田尚子
(声)種ア敦美、東山奈央、藤村鼓乃美、山岡ゆり、本田望結
北宇治高等学校吹奏楽部でオーボエを担当する みぞれと、フルートを担当する希美。二人の最後のコンクールで演奏する「リズと青い鳥」にはオーボエとフルートが掛け合うソロがあった。
しかし普段は親友である2人のソロは上手く噛み合わず、距離を感じさせるものだった…。

テレビアニメでも人気の『響け!ユーフォニアム』のスピンオフ作品。
わたくし自身はアニメを知らなかったので…無料で公開されていた第1シリーズ(全13話)を見たうえで、鑑賞してきました。
厳密には今作の中心になるキャラクターは第2シリーズに登場するそうなんだけど…まぁそれはそれ。

オーボエを担当する鎧塚みぞれと、フルートを担当する傘木希美。
コンクールで演奏する自由曲「リズと青い鳥」にはオーボエとフルートによるソロの掛け合いがありました。

映画では積極的なキャラである希美と 彼女の後を着いていくような みぞれの姿が描かれています。
ただし あくまでその距離感を理解した ふたりの関係性であって。それはそういうものだとは思うわけですが。

それでも高校3年生として進路について。ふたりとは別の第三者との関係性に置いて。そして何より ふたりの掛け合いの演奏に関して。
それらを通じて、互いの想いが交錯していきます。

そんな彼女たちの姿と同時に、演奏曲「リズと青い鳥」の世界観についても表現がされています。
ちなみに そのパートに登場するリズと青い少女の二役を 本田望結が演じています。

子役として活躍はしていますが。ストレートに言うなら…この作品の中では異質な存在でしたね。
決してアニメ声じゃなくて。声の質、演技としての表現。いずれもアニメのそれとは違うというか。

ただし その部分はイメージでの描写でもあるので、本編とは違う雰囲気を醸すという点では その役割は十分に果たしていたと思います。

あらためて。
リズと青い鳥(青い少女)の関係性。みぞれと希美の関係性。
それらが ある種の対比になってはいるんだけど、必ずしもそれが そういうわけにもいかずで…

物語的には見る側が翻弄される部分でもあるけれど、でも女子高生の生態って意味では「そういうもんだよね」とも思わされ。
なんとも ヒリヒリとした部分を見せつけられます。

この作品、わずか90分の上映時間ではありますが、無駄なセリフが一つもないですよね。
核心を突くようなものだけではなく、彼女たちの日常の会話も、おどけたようなやりとりも。

それらすべてが 愛おしく、それらすべてが 彼女たちのすべてで。
そんな言葉で紡がれた少女たち。でも実際のそれぐらいの女の子たちも、ちょっとしたことに心揺れたり、わざと本音を伝えなかったり、思ってもみなかった本心に自分で気が付いたりするんじゃないですかね。

そういう曖昧さの上の緊張感。セリフ、表情、行動、音…いろんなところに散りばめられています。
ここまでの感情表現は、間違いなくアニメだからこそできたもので。心に響くもの、考えさせられることが多々ありました。

さて、表現という意味ではもう一点。
終盤にある練習中の演奏シーン。

そのソロパートの演奏に全員が何かを感じ取る描写があるんだけど。
これ小説やマンガであれば そういう説明でクリアできるでしょうが、映画の場合 ホントに“音楽”でそれを感じさせなきゃいけないんですけどね。
その演奏に説得力がなかったら、ドラマとして成立しなくなっちゃうんだけど。

ここでは それをやってるんですよね。
ホント、あの演奏シーンは じんわり涙にじんできましたから。

そんなこともありまして。
なんだか とんでもないもの見ちゃったなと。それぐらいクオリティの高い作品であります。

ただ この手の作品、見る側の感性も問われるところ多分にあるとは思いますが。
山田尚子監督、京都アニメーションの凄さ。やられましたです。
posted by 味噌のカツオ at 02:09| Comment(0) | ラ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月22日

女は二度決断する

ファティ・アキン
ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヨハネス・クリシュ
ドイツ、ハンブルク。ドイツ人のカティヤはトルコからの移民ヌーリと結婚。彼はかつて麻薬の売人だったが、今では足を洗い 息子共々幸せな家庭を築いていた。
しかしある日 ヌーリの事務所の前で爆弾が爆発し、カティヤは夫と息子を失ってしまう。やがてドイツ人のネオナチ男女が容疑者として逮捕されて裁判が始まるが…

カンヌ国際映画祭でダイアン・クルーガーが主演女優賞を受賞。そしてゴールデングローブ賞で外国語映画賞にノミネートされた作品。
それもあってか劇場はメチャ客入ってましたね。

予告編で見る限り ドラマとして、またダイアン・クルーガーの醸す雰囲気は目を引きました。
そんな思いで見てきましたが、率直に言うなら 良い作品だとは思いますが、決して“スペシャル”な域では無かったか。
というのも…ほぼほぼこちらの問題でもあるんだけど。

もっと今作が訴えんとするテーマであり、バックボーンを理解したうえでないと 伝わるものも伝わらないかと。
ざっくりと あらすじをおさらいすると、主人公はドイツ人の女性で、彼女の夫と息子が爆発で殺害されたと。

犯人はヒトラー崇拝のネオナチで、外国人移民をターゲットにしたと。まさに殺害された夫はトルコからの移民でありました。

容疑者は起訴され裁判となりますが、証拠不十分で補償金をもらって やすやすと(?)釈放。
実際に自白もなく、グレーである以上は“推定無罪”ということでして。家族を失った妻にしたら“飛んだ茶番だ”というトコロですわね。

その辺りもドイツの国民性というか、裁判の傾向というのはじんわり横たわっているのかもしれません。

さて あらためて。結局 舞台となっているドイツに根付くそうした歴史、文化、国民性。
ネオナチの存在と その排他的な思想など。その辺りを 肌感覚とまでは言いませんが、イチ問題として理解していないと…

裁判、不条理な判断、そこで何が行われているのかがわかっても、この映画の感情まで共有するには至らなかったというべきか。

感想なんかを見ても、受け止め方も様々で。
もちろん表面的な状況だけでも十分にヒリヒリした感覚は伝わってきますがね。

彼女は完全な孤独ではなく。しかし彼女の願うことは安易なものでもなく。
ある種 究極の選択かもしれません。

その身をかけて、命をかけての復讐に向かいます。
一旦は踏みとどまるものの、ふたたび…という(邦題ですが)二度の決断ということでしょうか。

作中、主人公のカティヤは精神的なダメージからか、生理が止まってしまったと語ります。
しかし 終盤に、また月経が始まる様子がありまして。

これは心に感じた憎しみ、頭で考えた復讐心とは別に、体は この苦しみを乗り越えてしまったと。
それが許せないと思って、あの決断に至ったのかな。

いろんな見立てがあるけれど。なんかそんな風に思いました。

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女は子宮で考える
posted by 味噌のカツオ at 02:39| Comment(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月21日

クソ野郎と美しき世界

園子温 、 山内ケンジ 、 太田光 、 児玉裕一
稲垣吾郎、草g剛、香取慎吾
「新しい地図」が製作を手がけ、稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾と4人の監督がコラボレーションしたオムニバス。

『ピアニストを撃つな!』監督・脚本:園子温、出演:稲垣吾郎、浅野忠信、満島真之介、馬場ふみか
『慎吾ちゃんと歌喰いの巻』監督・脚本:山内ケンジ、出演:香取慎吾、中島セナ
『光へ、航る』監督・脚本:太田光 出演:草g剛、尾野真千子
『新しい詩』監督・脚本:児玉裕一 出演:クソ野郎★ALL STARS

という構成で。
オムニバスなので それぞれの作品をどう感じたのか書くべきなのかもですが。
わたくし的には それぞれが何かを感じるほどまとまっていないように思えまして。
そういう方向では語りにくいってかな。

それでなくても『新しい詩』は決して一本の(短編)映画ではないしね。

とは言いつつも それとなく書いていきますが。
『ピアニストを撃つな!』は そもそも園子温監督の作品が好きだったりもするので。これは手放しで楽しんじゃいました。
夢のような象徴的に物や色が配置された部屋。ありえない個性の登場人物。わざとらしいまでに賑やかな祭り感。そして また出た(監督の)地元・豊橋でのロケ。

程よく ぶっ飛んだ設定と奇抜な設定。ラストの「ギャー!!」まで楽しかったんだけど。
あえて言うなら…吾郎ちゃんの良さに関しては希薄になってたか。

一方で『慎吾ちゃんと歌喰いの巻』になったとたん…一気に眠気が。余りにもトーンが違い過ぎるのもあってだけど。
テイストとしては「世にも奇妙な物語」にも近いのかな?そんなダークファンタジー。

歌喰いの少女によって 歌うことを奪われた人々。
ただし その少女のウンコを食べると歌が戻る…と言うのだが。普通にその設定が気持ち悪いと思ったんだけど。無理くり「クソ野郎…」というタイトルだからそういうものかと 気持ちを維持したけど。

品の無い女のウンコだったら妙に下世話な物語でスルーできたけど、少女を絡めたスカトロは ちょっと嫌だなと。あくまで感覚の問題。
そして“歌喰い”と謳っているのに、歌では無いものも奪っていっちゃうんだよね。。。

『光へ、航る』とても映画的ではあったろうし、草g剛、尾野真千子も役者としては悪くはなかった。裏を返せば キャリアのある役者としては これぐらいできるとは思うわけで。
途中の時事ネタ系のユーモアもわかるけど。どうせやるなら もっとブッ込んでも、太田光テイスト入れても…とは感じました。

『新しい詩』では それまでのキャストが一堂に会する場になっていまして。
とはいえ それぞれの物語が“絶妙に絡み合って”大河ドラマとなっての完結…ではなく。謎のクラブにみんなが(必然性もなく)集まってという感じでね。
もちろん それぞれの話が 突拍子も無さ過ぎることを思えば、それを望むのはハードル高いだろうけどね。

ただし香取慎吾くんの歌、ダンスは理屈抜きにワクワクしました。やっぱり そういう点ではエンターテイナーであって、人の目を引く存在感には脱帽です。
どうせなら、物語がキレイに一本にならないのなら。せめて主演の3人が おそろいの衣装でビシッと歌い踊るエンディングぐらいはあっても…と。逆に思っちゃいました。

これを単なる“ファンムービー”と称する向きもあるだろうけど、決して安易な“ファンサービスムービー”ではなかったし。ちゃんと映画として向かっていってたとは思いましたよ。
わざわざ声高に“駄作だ!”などと叫ぶつもりもないけど。わずかな準備期間でできることをやり切った意欲作。
第二弾の製作も決ったそうなので。この次が正念場かな?

さて、ちょっと余談ではありますが。今作の『ピアニストを撃つな!』『新しい詩』そして『光へ、航る』にも ちょっと絡んだ浅野忠信さん。
この人も なかなかなカメレオン俳優ではありますが、ここではかなりイッちゃってるキャラで。存在感っちゅう意味では「新しい地図」の3人を食ってたと言っては過言かな。

その浅野忠信さん、木村くんのドラマでも主役以上に印象に残る役どころ演じておられたような。
「だから何?」って事ではありますが。

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ベーグルもイイけどカレーもね♪
posted by 味噌のカツオ at 21:22| Comment(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月17日

ちはやふる ー結びー

小泉徳宏
広瀬すず、野村周平、新田真剣佑、上白石萌音
3年生に進級した千早たち競技かるた部。2人の新入部員を獲得し、高校生活最後の全国大会に向けてのスタートを切るが、千早は卒業後の進路を未だに決められず。太一ら他の面々も大きな悩みを抱えながら生活を送っていた。

2016年に公開された「上の句」と「下の句」。確か公開と同時に続編の製作が発表になったのかな。
あれから2年が経って 今回の「ー結びー」ということで。映画としては今回が完結編となります(原作は継続中)。

現実の時間軸と同じく、前作で1年生だった千早らが3年になったという設定。
名人戦・クイーン戦 という個人戦が今作のイントロダクションとして描かれていますが、本筋は高校の全国大会に絞った物語になっています。

競技かるた部に新1年生が入部。その一方で、自分の進路も見据えて かるた部とは距離を置く太一。
そんな太一が出会って支持するようになった ちょっと変人(?)な最強の名人・周防。
そして福井でかるた部を立ち上げ、全国大会を目指す新(あらた)。

各々のキャラクターとストーリーラインを上手く配しつつ。
それらを上手い具合に全国大会の場につなげていく展開の妙が素晴らしい。

そして競技かるたのポイントを紹介しつつ、勝敗の行方にも興味をもたせるわけですが。
一般的なスポ根モノであれば いろんな駆け引きに、技、プレイで見せ場を持たせるんだろうけど。

基本「札を取る」という行為のみで成り立ってるかるたを、手に付けたカメラの映像やハイスピードカメラを駆使して、結構なスペクタクル映像に引き立てています。
これも スゴイ見どころのひとつ。

また本来は1対1の勝負でもある かるたですが、団体戦をクライマックスとしたことで、チームの物語 = 友情ストーリー にしてみせたことも正解だったと思います。

わたくし的にはメンバー表を提出しに行った奏(上白石萌音)の指が腫れ上がって…という あのくだりを余計な説明を語ることなく、サラリと伝えて見せたのが印象に残ったシーンでしたね。

もちろんそれ以外にも 肉まんくん、机くん も愛すべきキャラクターだし、松岡茉優演じるクイーンも(良くも悪くも)存在感示してたし。
時には いかにもマンガチックな絵を作って楽しませてくるのも良かったし。

そんな今作を より味わうには前作の「上の句」「下の句」の予習はしておくべきですな。
登場人物の個性・関係性を入れておく意味合いと、前作に描かれたシーンやアイテムが伏線となり、今作につながってくるなんて手法もやっておられるのでね。

あとは百人一首の札の持つ意味合いなんかも理解できていれば、もうワンランクもツーランクも上の感動を得られること間違いなし。

とまぁそれだけの見せ場があって、ドラマ性、テーマ性に富んでいながら、きちんと交通整理をしたうえで(決して長すぎない)128分に収めた監督の手腕もお見事。
さらに見終わった後には ちはやたちの成長も感じつつ、広瀬すず、野村周平、真剣佑ら若手俳優たちのリアルな成長も感じられるわけですから。
なんとも奥深い映画体験ができるわけです。

さて、映画のシリーズモノって一般的には数を重ねるごとにクオリティが下がりがちですが。これは明らかに 今作の方が超えてきてますね。
ただしこれで完結となるわけで。ちょっともったいないと思うぐらいですわ。

間違いなく、邦画として今年ベスト級の作品。大満足の一作であります。

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カルタ映画
posted by 味噌のカツオ at 01:47| Comment(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月16日

ミスミソウ

内藤瑛亮
山田杏奈、清水尋也、大谷凜香、大塚れな
東京から田舎に転校してきた野咲春花は、学校でひどいいじめを受けていた。彼女の唯一の味方は、同じく転校生の相場晄。彼の存在を頼りに学校生活を送っていた春花だったが、いじめはエスカレートしていく。
そんなある日、春花の自宅が火事になってしまい…。

原作は未読。学校でのいじめがエスカレートして両親が焼き殺されて…というあらすじと、そこから主人公が復讐を果たしていく展開まではチェック。
事前に“胸クソ悪い系”というのも目にしてたし、そんなあらすじ読んで、ますます見るのに気が重くなってしまったんだけど。映画ファンとしては見ておくべき作品かなと、足を運んできました。

主人公・春花は中学3年生。冒頭から かなり理不尽ないじめの描写。
学校は、親は何をしとるんじゃと思いきや、先生は「もうすぐ廃校だからやり過ごして」と。一方 父親は学校で生徒の襲撃を受け、娘に「学校に行かなくていいぞ」と優しく指南します。

いじめの理由は東京から来たよそ者に対しての“村八分”的な要因なのか「東京に帰れ」とか言われてたけど。でも妹は普通の学校生活をおくっていて。
実際のところ、春花のいじめの加害者側の子らは、また別の抑圧があって〜という点は後々わかりましたが。
一般論として、それがいじめ容認なんてことにはならんからね。

春花が学校を休んだことで、今度は流美が標的に。それは困るということで春花に学校に来るよう訴える流美。
いろんなスクールカーストの図式が見えてきます。

春花のわずかな頼りは 同じく転校組のクラスメート・相場くんの存在。
それぞれの思惑が交差する中で、さらなる悲劇が…いや、これは殺人ですからね。

事前のあらすじで見ていたくだりが 思いのほか早い段階で提示されていきまして。
これ以降が復讐パートとなっていきます。

ここまでが気持ち的にヘヴィーになってたけど、ここからは いわゆるゴア描写が次々と。また別のテイストに。
もちろんこれまでにもエゲツないのもチョイチョイ見てきてはいますが、これはこれでそういう視点のクオリティは非常によろしいですね。
当然 気分は悪いけど(苦笑)

さて ここからですが。主人公のいじめ、親の仇という要素とは別で、また違った戦いがくるんですね。
特に主人公と最後に向かい合うこととなるアイツはまたクソな存在で。
あれも また気分悪いエピソードになっておりました。

今作に称賛の声も実に多いんだけど。個人的にはなかなか昇華しきれないって感じで。
駄作とは言いませんし モヤモヤが残るわけでもなく。

一応はやり切ってましたね。悪い意味で…いや、悪い要素をね。

ネタバレとはなりますが。
いじめ。暴力。親のエゴ。虐待。少年犯罪。殺人。DV。。。
かと思えば、恋愛。友情。ちょっと百合を思わせる場面もあって。
決して多くは無い登場人物ので、わずか2時間の中で、テーマを欲張り過ぎというか、詰め込み過ぎというか。

そういう意味で昇華しきれなかったですね。
もちろん映画として、高いレベルであることは間違いないけど、ここまで複雑な思いが交錯する面白味があるなら、連続ドラマで次々に「実は彼女そうだったんだ」「えっアイツの本性は!?」が提示されるぐらいが合うような気がしました。

そんな物語を演じた若手俳優の皆さん、各々素晴らしかった。雪山の中で血のり 撒き散らしながら、結構ハードだったと思いますよ。
特に主演の山田杏奈はキレイでしたね。雪の中で3割増し!?いやいや、見入ってしまう目力もリラックスしてる笑顔も魅力的だったし。普通にこれからオファー増えるでしょうよ。

この映画を見た後で、無料でアップされてるコミックス1巻を拝見しましたが。
まったく そのまんまでしたね。

マンガのイメージをここまで忠実に映像化しつつ、映画としても いいものに仕上げてるのは珍しいんじゃないかな。
確かに原作ファンも納得の実写化作品でしょう。

ただし一般の方々にはねぇ。こういう描写への耐性がないと おススメはしにくいか。
posted by 味噌のカツオ at 00:03| Comment(0) | マ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月15日

ラッキー

ジョン・キャロル・リンチ
ハリー・ディーン・スタントン、デヴィッド・リンチ、ロン・リヴィングストン
90歳の無神論者ラッキーは、いつものように一人暮らしのアパートで目覚め、コーヒーを飲みタバコをふかし、いつものバーでブラッディ・マリアを飲み、馴染みの客たちと過ごす。
そんな日々の中、彼はふと人生の終えんが近いことを実感し、死について思いを巡らせる。

日本では“終活”という言葉も度々目にしますが、今作は90歳まで生きた男が、その人生のラストとどう向き合うかというトコロがテーマであって。
その主人公・ラッキーを演じたのが実際に齢90歳の俳優 ハリー・ディーン・スタントンさん。

プロフィールにはこれまでの出演作も多々ありますが、主演ってってのはほぼ無いのかな?
いわゆる名脇役、バイプレーヤーということで。わたくし自身はハリーさんの印象ってのが 不勉強ですがありませんで。

監督のジョン・キャロル・リンチはもともと役者さんで、これが初監督となります。
もしかしたら監督業というよりも、ハリーさんの生きた証を残すべく、監督を名乗り出たところもあるのかな?

そもそもこの脚本は主人公のラッキーの物語というよりも、ハリーさんの当て書きで作られたということで。
彼の人生経験や思想的な部分も反映されてたと聞きます。

そしてこの作品を終えた2017年9月15日に、ハリー・ディーン・スタントンさんはその生涯を終えており、まさにこれが遺作となったそうです。

そういう重みを…さほど感じさせず。ある種 淡々とラッキーじいさんの日常が描かれます。
朝目覚めてラジオを付けて、タバコ吸って、行きつけのダイナーでパズルに興じ。夜はバーで仲間と語らい…
そういうのをずっと見せられる「パターソン」みたいなイメージも湧きましたが。

基本、映画の雰囲気はユルめで。とんでもない事件や めんどくさいトラブルも起きるわけではなく。
友人の誘いで誕生日パーティーという(ごく小さな)非日常に触れたり。自宅で倒れて“老い”という言葉を投げかけられたり。
そうしてハリー自身が「人生の終わり」というものを意識していくわけですが。

これは寝不足だった自分のアレもありますが、ときどき意識がフワフワと。
チョイチョイ字幕の文字を見落としてしまいました(苦笑)

かろうじて気になったのは(他者を全く見かけない)最後のラッキーの散歩のシーン。
あれはもう、そういうことだったのかな。そして ひとり遠くへ歩んでいくという。

わたくし的に 何がしかのメッセージがズバン!ときたとは言えないんだけど。
「Alone・独りと Lonely・孤独は違う」「Aloneの語源は“All+One(みんな一人)なんだ」というセリフと共に。

ラッキーであり、ハリー・ディーン・スタントンさんの生き様を見届けさせていただきました。
ちょっと寂しさも漂いつつ、前向きな気持ちにもなれる映画でした。

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ラッキーは逝っても亀は長生き
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2018年04月06日

娼年

三浦大輔
松坂桃李、真飛聖、冨手麻妙、小柳友、猪塚健太
大学生のリョウがバイトするバーに同級生であるホストが連れてきた静香。恋愛や女性に「興味がない」というリョウに静香は“情熱の試験“を受けさせる。それは、静香がオーナーである秘密の会員制ボーイズクラブ、「パッション」に入るための試験であった。

原作は直木賞候補になった石田衣良の恋愛小説。2016年に舞台化もされており、その際の主演であった松坂桃李が今作もリョウを演じています。
そして「愛の渦」「何者」の三浦大輔が監督を担当。

プチ情報として。松阪桃李は現在29歳。で演じるリョウは20歳の大学生という設定。
それはさすがに…と言いたくもなるが、意外にも(?)そういう点は全く気にならなかったね。そもそも浮かれたキャラでもなかったし、ある意味(希望を持っていない)大学生らしく見えましたよ。

作中、桃李くんが様々な女性と対戦するんだけど、決して売れてる女優さんではなかったね。
ふた昔ぐらい前であれば、そんな人気女優さんの“濡れ場”という部分で話題となることもありましたが。とにかく桃李くんはムチャクチャやってましたが、今売れてる女優さんもチャレンジしてほしいなぁ。
もう そういう時代じゃないのかなぁ。。。
そんな心のつぶやきはさておき。

冒頭。映画は桃李君の桃から始まります。スゴイです。いきなりのバトルシーン。
それから程なく別のバトル。いきなりボスキャラかと思いきや、別の相手が登場。耳が聞こえず、話すことはできない女性とのことでしたが、話せはしなくても 発する声はそうなるのかな…と思ったり。

そもそも女性に、性行為に興味がないというリョウ。
しかし謎の女性 静香に促されるままに「男娼」となって。様々な事情を抱えた年上の女性たちと、様々な情事を重ねるうち、真の性と向き合い。そして人としても成長していきます。

まずは、映画としてよくできてました。
この手の設定の作品って、ぶっちゃけSEXシーンが抜けた話題になるわけで。それがまた どうかすると、わざとらしかったり、なまぐさかったりしそうなんだけど。その点もクリアしてました。
いや、なんなら ホントに「ふたりだけの世界」を客席で見せられるので、思わず笑っちゃう感じもあったよね。

さて「絡みのシーンは男性監督らしい描き方だった」との(女性から?)感想が多かったんですが。
わたくし的には、決して女性向けを意識して下手に美化してるとは思いませんでしたし。男性目線というならば、もっと露骨で面白味もないものが世に蔓延してるからね。
そもそもわたくしは今作ではピンとはきませんでしたし。でも映画としてはじつに上手くされていたなとは思いましたよ。

そして何より そこにあるドラマ。
おもらし、糖尿病、手に触れただけで…であるとか。バーではタダだけど ここではお金が…というのも なんか切なかったですね。
さらには静香が抱えていた秘密にはガツーン!と。胸がギューンでした。

そんな女性たちの事情に、リョウのトラウマも相まって。
性行為、性、人生、仕事。いろんなテーマを投げかけてましたね。

一般的に言われる男性にとっての「娼婦」って、結局は“行為”であり。それでしかないんだけど。
ここに登場する女性たちが求めるのは、わたしが私であること「自己同一性」を認めてもらいたいって感じに見えました。

そんな中、今作で描かれる絡みのシーンって、ホント“対話”っぽかったよね。
そうやってわかり合っていく中で女性は解放され、リョウは成長していくという。

男性も女性も この映画と向き合うことで、今以上の何かを感じられるんじゃないかな。
思ってた以上に、手応えのある映画でした。

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アズマくんへのお礼が…(>o<)
posted by 味噌のカツオ at 23:22| Comment(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月25日

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齊藤工
高橋一生、松岡茉優、神野三鈴、リリー・フランキー
13年前に突然失踪した父が余命3カ月で見つかった。母と兄は見舞いを拒むが、幼い頃にキャッチボールをしてくれた父の記憶が忘れられないコウジは病院を訪れ、再会を果たす。
やがて父はこの世を去り 迎えた葬儀当日。参列者が語るエピソードから、父の真実が明らかになっていく。

齊藤工の初長編監督作。長編とは言っても上映時間は70分なので、本当の意味で(?)長編でもないかも。
んで 世界中の様々な映画祭に出品。一部では受賞も果たしていまして。

ただ、結構 日本的な、昭和的なテイスト、味わいが多い作品で。
それが海外でどう受け止められて評価されたのかは気になるけどね。

冒頭の葬式の受付の場面。
これが なかなか不条理コントみたいな やりとりで結構笑えたんだけど。
場面変わって。

2人の少年。麻雀に興じる父親。やさしさと温かみを感じさせる母親。
そんな彼らの家の玄関を叩き、汚い言葉で返済を迫る借金取り。
家の中で息をひそめる家族。

またある時は 家の外に借金取りが がなりつける中で、音を立てずにカレーライスを食べ続ける家族。

もうそのシチュエーション。ファッション。アパートの情景。タバコの“日本専売公社”の文字。
良くも悪くも昭和だよね。その時代を経験してるモノからすると、それだけでもヒリヒリ感じるところあるんだけど。

ある日「タバコ買ってくる」と言ってそのまま失踪した父親。
子どもたちのために、生きるために、昼夜を問わず働き続ける母親。
事故で顔を腫らしながら…という あの姿は泣けたなぁ。

あと母親と次男のキャッチボールシーンも堪らなかったし。
これらは その時代を象徴する、素晴らしい描写だったですね。

それから13年の時が流れ、父親の現状が分かったと。大病に冒され余命長くはないと。
んで、お見舞い行くの?どうなの?ってことに展開をしていきます。

その一方で父親の別の真実に迫るお葬式のパート。
佐藤二郎が狂言回し役となって、何とも言い難い雰囲気が醸されるわけで(笑)

葬儀に まばらに集まった参列者が故人との思い出を語るということなんだけど。
それらを見守る高橋一生、松岡茉優が設定忘れて笑い出すんじゃないかと思うぐらい、ある意味クセモノたちのフリースタイル的な。
これはこれで 妙な世界観でしたね。

そんな昭和を思い起こさせる過去の描写。病院での父と息子。そして葬儀の場面と いろんなテイストが楽しかったし。
場面が変わる際のフィルムが燃えるようなオレンジ色からノスタルジー思い起こさせたし。

なんだかちょっとした瞬間の(齊藤監督の?)こだわりも垣間見えて。予想以上に面白い映画でしたよ。
こんな感じなら もっと齊藤監督の作品見てみたくなるよね。

あ、あとは神野三鈴の母親役はズバ抜けて伝わるものがありました。

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J太郎だ!
posted by 味噌のカツオ at 01:54| Comment(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする