2017年06月05日

リトル京太の冒険

大川五月
土屋 楓、清水美沙、アンドリュー・ドゥ、木村心結、眞島秀和
あの日以来、どこに行くにも防災頭巾を手放さない12歳の少年・京太。大好きなティム先生と単語帳を片手にカタコトの英語で会話することを楽しみにしていた。
ある日、アメリカからモリーという女性がやってくる。そのことがきっかけで京太はある行動に出るのだが…

本来は他に見たい作品がありながらも、時間が合わなくって 今作を不意に見に行ったわけですが。
そもそも この作品をチラシで見た印象は、頭巾をかぶった変わり者の少年の“よくある”成長のオハナシなんでしょうと。見終わったら ほのぼのとあたたかい気持ちになるんでしょうと。
そう思っておりました。

実際 そのイメージは決して遠くはなかったんだけど。
同時に どこか“一筋縄ではいかぬ”という、そんなことも思っちゃいました。

露骨な描写こそ無いものの、彼が防災頭巾を手放せなくなってしまったのは 震災の影響で。
確かに それは人々に大きな影響と、様々な傷を残していったのも事実。

だからといって万人が そこまでなのかと。周囲の人々が、学校の友だちが 汗かきながら頭巾を被ったまま生活しているのかといえば さにあらず。
ということは やっぱり京太は(良くも悪くも)どこか特異な影響を残した少年なのかな。

彼がなぜ英語を頑張っているのか。なぜティム先生と親しくするのか。
彼と仲良くなる詩織とその父親の存在。彼と母親との関係。

それこそ一筋縄ではいかないような、そんな思いが交錯していて。
少年主体の物語でありながら、広い意味で どこか身につまされる面もあって。

ただし 子ども目線も入ってたりするし、監督の作風も手伝ってか 変に深刻にはさせないのが、わたくし的には良かったですわ。

そして 途中でインサートされる回想とされるシーンにもチョイチョイ驚き。
回想シーン。もちろん 今回の本筋 以前の出来事なんだけど。

そこに登場する京太は 黄緑色の頭巾こそ被っているものの、今よりもちょっと小柄で。声変わりもしていない。
だけど 顔は間違いなく京太なんだよね。
これはいったい!?と思ったらば…

後でわかったんだけど、じつは2012年に「京太の放課後」という短編があって。
その後には同じく短編で「京太のおつかい」という作品が製作されていたんですね。

それを受けて、今回 大川監督初の長編作品として、キャストも同じくして、この作品が製作されたと。
何気に5年の歳月を経て至っているストーリーだったんですね。
アイツ、5年間も頭巾被ってたんやね(苦笑)
それはさておき。

当然 京太の成長は描かれますが、もしかすると 大人の中にも彼と似た不安や危機感を抱えた大人もいるはずで。
それらの要素を少年、そして頭巾というアイテムでわかりやすく伝えてくれた作品だと思いました。

ちょっと難を言うならば、過去の映像を入れるのはいいけど、多用しすぎてゴチャつく感もなくはなかったかな。
5年前の京太はわかるけど、大人たちは見た目がそんなに変化なかったりしてね。

でも京太の佇まいは何か独特の雰囲気があって。
じんわり気になるキャラクターでね。
素直に、見て良かったと思える作品でした。

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清水美沙さんはリアル アメリカ在住だって
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2017年06月04日

SHARING

篠崎 誠
山田キヌヲ、樋井明日香、高橋隆大、木村知貴
3・11の東日本大震災から3年。震災の予知夢を見た人々に関する調査を行っている社会心理学教授の川島瑛子は、今なお震災で亡くなった恋人の夢を見続けていた。
一方、大学の演劇学科に通う水谷薫は、311をテーマにした公演の稽古に追われている。そんな彼女も この芝居をはじめてからある不思議な夢にうなされていた。

ストレートに向き合おうとすると いくらか難しい映画ではあります。

時系列、登場人物の関係性、彷徨う男。
震災と予知夢について調査する教授。被災者と同化しようとする学生。

それができるのか、できないのか。

実際に予知夢を見ていたとしても、今さらそれを伝えられないし、確かなものでもない。
自分が被災者となって表現するにしても、実際に被災していない以上、想像力でそれになるしかない。

作品に登場する様々なパーツを見た人それぞれが結びつけていって。結局は脳の中でしか正解が無いように思えます。

それが繰り広げられるキャンパスも、迷路のような作りだったり。芝居の稽古場が丸見えだったり。
芝居の内容、役者の感情もそう。

教授のやろうとしていること、今 悩まされていること。それに至る動機。

決してわかりやすい作風じゃないので、それらを結び付けるにしても 各々でカタチが変わってくるだろうからね。

いつの時も映画って、ヒットするとか注目されるとか関係なく、多くの作品が撮られています。
日本で作られた映画を余すことなく認識することは不可能で。ましてや鑑賞することは不可能で。

それだけの映画は多く作られている事実は、それだけの作家がいることの証であり。
あの震災を経験してしまった以上、映画、演劇、ドラマ、音楽…いろんなものを創作する人は、アプローチの仕方は問わず、やはりそれをテーマにしたものを残したいだろうし。
意識せずとも それ以降で作風に変化がでることもあるわけで。

またそれを見聞きした観客は、それでまた考えるわけで。

上手くは言えませんが、あの震災が残したものは、あまりにも大きいな。

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シェアせざるを得ない
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2017年05月29日

河P直美
永瀬正敏、水崎綾女、藤 竜也、神野三鈴
美佐子は、視覚障碍者向けの映画の音声ガイドの仕事をきっかけに、弱視の天才カメラマン・雅哉と出逢う。命よりも大事なカメラを前にしながら、次第に視力を奪われていく雅哉。
彼と過ごし、その葛藤を見つめるうち、美佐子の中で何かが変わり始める。

第70回カンヌ国際映画祭のコンペ部門に出品されていた今作。ただし 受賞は逃したとか。
それはそれでしょうがないとして。わたくし的には とても響くものがあった作品です。

写真家でありながら視力が奪われていく男。ある種の悲劇的状況設定を聞くと、何やら感傷的に構えたり、その男の行く末はどうなるのかと考えがちだけど。
この作品の軸はただそれだけのことでは無くて。

ズバリ“映画”というものを通して、表現すること、伝えること。センテンスの選び方や“間”、想像力と創造力。
なんなら映画の見方についてもレクチャーしてるみたいでした。

「HK/変態仮面 アブノーマルクライシス」で、はじめて水崎綾女さんを見て妙に気になっていたんだけど。
ここにきてドラマ、映画で本格的に女優としての露出も増えてきて。やっぱり「色気あるなぁ」と目が奪われてしまうのだけど。

そんな水崎さんの魅力の一つが目。大きな瞳。
今作ではアップのシーンがとても多くて。彼女の表情、目の動き、そして涙が魅力的であり、効果的に見られて嬉しく思います。

さて、アップが多いのは水崎さんだけではなく、ほぼほぼ全編が役者の顔に寄った映像で。
良く言えば役者さんにグイグイ引っ張られる印象もありますが、悪く言うとちょっとクドいぐらいで(苦笑)

さて、水崎綾女演じる美佐子は映画の音声ガイドを作る仕事をしておりまして。
これを見ると たった一本の音声ガイドを作るにしても、たいへんな苦労があることがうかがえます。

言葉、説明、感情、言い回し、タイミング、そして声。
確かに情報量の多い方が良かろうとは思うけど、それだと映画の行間を読む間や 浸る時間がとれないと。

さらには説明以外の主観が入るのはどうなのかと。
それらのくだりは とても興味深く見させてもらいましたが。

でも それって 映画を見るにあたって大切なことだったり、映画の見方そのものに言及しているようでね。
音声ガイドを抜きにしても 普通に映画について語られているようで、興味深かったです。

今さらながら気になってるのは 一部の時系列がどうだったのかということ。
美佐子の現在に対し、母親とのシーンは過去の描写だったのかなと。
まぁそれはそれとしてですが。

映画の中には希望があってほしいという美佐子の思いがあって。
そんな希望を“光”に例えることはありますが。

そもそも暗闇の中で 光によって映し出されるものが映画じゃないですか。
つまり、映画には必ず希望が宿っているものなんだな。

そんなことに気付かされましたね。

さて、水崎綾女だけでなく、「あん」に続いて河P作品に登場の永瀬正敏も素晴らしかったですし。劇中劇(監督としても)に登場する藤竜也の存在感もスゴいです。

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樹木希林さんの破壊力たるや…
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2017年05月21日

夜明け告げるルーのうた

湯浅政明
(声)谷 花音、下田翔大、篠原信一、柄本 明
両親の離婚で東京から寂れた港町・日無町に越してきた中学生の少年カイ。自作の音楽をネット上にアップしたことで、クラスメイトの国夫と遊歩にバンドに誘われる。
練習場所である人魚島で彼らが演奏を始めると、人魚の少女・ルーが3人の前に現れた。そんなルーと交流を深めていくうちに、カイは周囲に心を開いていくが…。

「夜は短し歩けよ乙女」に続く湯浅監督の最新作。
前作では中村佑介作のキャラクター造形も大きな見どころのひとつでした。
一方の今作、ねむようこさんが担当されたそれはまた、やはり独特な存在感を醸しておりましたが。

いずれにせよ、それらの登場人物・キャラクターが躍動する様は湯浅マジックというべきか。

そもそも湯浅監督の見せ方や演出は今どき無いものではありますが、実は実は、「ちびまる子ちゃん」や「クレヨンしんちゃん」で長く原画を担当されていたとのことで。
見るともなしに、視聴者の中に入り込んでいる作風なのかもしれません。

昨今のアニメって わりと写実的であったり、リアルを追及したものが主流だと思うんですよ。
意地悪な言い方をすると「だったら実写でええやん」という印象の。

ですが今回、湯浅作品を見て感じたのは、アニメの良さや特性を生かしてるということでして。
ジャンルは違うけど、CGを使ってクオリティの高い質感の怪獣映画よりも、着ぐるみでミニチュアの街並みを破壊する方が「This is 怪獣映画」を感じられるように。

湯浅監督の作品では、わたくしが子どもの頃に見たベタなアニメのワクワク感や、海外アニメのカラフルさやサイケなタッチを思い起こされて。
それを童心に帰るというのかわかりませんが、何か素直に見入ってしまうんですね。

そんな今作は、正直 ストーリー展開なんかは「もうちょっとひねっても良かったんじゃない?」というぐらいにストレート。
人魚であるルーというキャラ設定や、終盤に起こる港町的な状況は あまりにも「ポニョ」チックであったのは否定できません。

でも、これは好みの問題と言ってしまえばそれまでですが、観客へのアプローチの仕方は断然こっちの方がお好きでね。
何かジブリ作品って“育ちの良い子”な臭いがしたり、どこか説教くさく思えたりしちゃうんだけど。

湯浅監督の方が、より楽しいんだよね。色使い、線のタッチ、ざっくり感も含めてさ。
あえて言うなら終盤の傘の用い方はホントにステキでしたし。
カイくんの歌声も あんなに胸に響くとは思わなかったし。

今回はテーマ的にも(声の)キャスティングも、「夜は短し〜」あるいはジブリ作品と比較しても地味なのかもしれません。
でもやっぱりわたくし的には この映画はメチャ楽しめたわけで。

もしかしたら万人には届かない、響かない作品なのかもしれませんが、個人的には大好きな作品です!!

というリアクションへのアンサーが、そもそも この作品のテーマなんだってね(笑)

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犬魚
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2017年05月17日

スプリット

M.ナイト・シャマラン
ジェームズ・マカヴォイ、アニャ・テイラー=ジョイ、ベティ・バックリー、ジェシカ・スーラ
クレアの誕生パーティーに招待されたケイシー。その帰り際、突如車に乗り込んできた男によりクレアとマルシアと共に拉致されてしまう。
密室で目覚めた3人は、扉の向こうから男と女性の会話を耳にするのだが…

ボウリングでピンが両端に残った時に「スプリット」とは言いますが。
直訳すると「分裂すること」の意味なんですね。

この映画に登場するのは 自身の中に23の人格を擁する男。
潔癖症の冷徹な男。優雅で品のある女性。どこかやんちゃな9歳の少年。ちょっとオネェ系で心病みがちなデザイナー。
言うても23人分の人格が総出でくるわけではないけど。

見ていて元々の自分は誰だっけ?とか思いつつも。
ちょっと面白いのは、それらの人格が理解しあって共存しているところ。

彼のカウンセラーの女性が そのあたり語ってくれますが、それぞれの人格によって個性や肉体の機能(力が強くなったり 特定の持病があったり)も変わってくると。実際の医療的にもそういうものなのかな。知らんけど。
それらの人格が肉体に現れるのを“照明”と言ってたのも独特やね。

そんな多重人格のメカニズムであり、何がしかのきっかけで〜という部分をキチンと説明してくれるので、その点で作品に乗っていきやすかったです。

しかし23の人格たちが最も恐れているモノ。それがビーストという存在。
ビーストとは何者なのか。直で言うと“野獣”なのだけど。

そのビーストへのいけにえが必要であると。
それで3人の女性が誘拐されるという話になるわけですが。

普通の映画なら、そんな多重人格の狂人と女子高生3人組が闘うとなりそうだけど。
今作でちゃんと向き合えるのはたった一人で。

そして なぜ彼女がそうなのかと。なぜ彼女の下着姿が拝めないのかと。これまたちゃんと意味合いが明示されるので、そこは素直に「なるほどな」と 合点がいきました。

シャマラン監督の作品って結構 強引な着地点にするモノもありまして。
かつての「アンブレイカブル」では不死身の男が登場して。大きな災難に見舞われるが何故か生き残るという。
んじゃなぜ生き残れるのか…

それは、彼が特殊な体だったから…という。
もうちょっと道理とか、説明とかないんかと。

それに比べると 今作での彼女の過去…いや、なんなら現在も そうなのかという。
果たして彼女は救われたのか、それとも 今後も苦しんでいくのかと。
そんな余韻を残すラストは映画として面白かったです。

しかし 物語はそこで終わらず。
超 意外過ぎる「To Be Continued」を置いていきますので。
これは映画ファン的に面白かったですわ。

シャマラン作品で、珍しく ちゃんとしたドキドキを味わえました。

多重人格よろしく、24に分割されたエンドロールもなるほどねと。
それから ひとりでいくつもの人格を演じ分けたジェームズ・マカヴォイも もちろん素晴らしかったですよ!

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シャマランもアベンジャーズ化?(笑)
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2017年05月16日

マンチェスター・バイ・ザ・シー

ケネス・ロナーガン
ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ、カイル・チャンドラー、ルーカス・ヘッジズ
ボストン郊外で便利屋として働く男リーは、兄ジョーの死をきっかけに、故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ってくる。
しかし 兄の遺言で、16歳の甥パトリックの後見人を引き受けたリーは、故郷の町に留まるうち 自身の過去の悲劇と向き合うことになる。

2017年アカデミー賞にて、ケイシー・アフレックが主演男優賞を。そして監督でもあるケネス・ロナーガンが脚本賞を受賞した作品。
とても静かで。とても丁寧で。ある意味で現代的な作品だと思いました。

アメリカ・ボストンで アパートの便利屋として働く男 リー。
そこそこ腕は良いが、ろくに他者と挨拶もせず、時に汚い言葉を吐く リー。

彼の元に兄の訃報が舞い込み。故郷であるマンチェスターまで車を走らせます。
移動時間は1時間半(正確には1時間15分?)。しかし その車中、彼の胸には様々な思いが…

そんな兄が遺言として残したのは、リーも幼い頃から知る16歳の息子パトリックの後見人となること。

リーにはマンチェスターに根を張る思いはなく。
しかしパトリックには、そこでの暮らしがあり、友があり、受け継ぐものがあって。
こうして二人の思いが交錯していくわけですが。

とても寒々しいマンチェスターの街並みから始まり。
リーが なぜその街を離れ、なぜ彼が他者との交流を嫌い、どうしてそんなに口汚い会話をするのか。
そのあたり、リーの過去が少しづつ明らかになります。

このマンチェスター・バイ・ザ・シーでリーにどんな暮らしがあって。家族との間にどんなことがあって。
そして冒頭の便利屋としての姿があって。今、こんな決断を迫られていると。

決断というと言い方キツいかもだけど。未成年の後見人とはそういうことでもあると思うのでね。

全部が全部ツラいことではなく、一人の男として順風満帆な時期もあったことでしょう。
でも大きな出来事、小さなトラブル。自身のこと、周囲のこと。それらが数珠つなぎになっていることに妙なリアリティを感じて見ておりました。

一方のパトリックは、父親の死をどのように捉えていたのか。
その直後に友人たちと談笑したり。バンド仲間と二股の彼女と…

父の亡骸と真正面から向き合うことなく。
しかし葬儀まで冷凍保存という点に 必要以上に反応して。

スマホ、メール、船、母親。
こう言っちゃなんだが、彼の気持ちは決して真摯なものに思えなかったけど。
でも、今の若者の心って そうしたものなのかなという納得感もあって。

そこが ある意味で現代的だなと。わたくし的に思った次第。

物語として大きなものではなく。ほんの二人のパーソナルなお話。
でもじんわりと向き合うことのできる作品だったかな。

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ベン・アフレックは生きている
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2017年05月13日

ノー・エスケープ 自由への国境

ホナス・キュアロン
ガエル・ガルシア・ベルナル、ジェフリー・ディーン・モーガン、アロンドラ・イダルゴ
メキシコ=アメリカ間の砂漠の国境。不法入国を試みるモイセスと15人の移民たちに、突如 襲いかかる銃声。摂氏50℃、水なし、武器なし、通信手段なしという状況下で、訳もわからぬまま 命懸けの逃走劇が始まる。

かねてからメキシコからアメリカへの不法入国者というのは後を絶たないのでしょう。
それによって生じる国の不利益等を見過ごすことはできないと、トランプ大統領は その国境に壁を立てると表明。

そして両国に於ける緊張の度合いは また高まるという現実。
そんな中にあって、まさに その国境を越えることを題材にした映画が公開されました。

製作国は メキシコ=フランス で、製作年は2015年と。
トランプ氏が就任するよりも前の企画であり、スタンスとしてもメキシコ寄りといってもいいのかな。

手引きをする案内役の男と、それぞれが訳ありと思しき男女 約15名。
監視の手薄そうな砂漠地帯をぶっ飛ばして来たものの、車の故障により彼らは徒歩での移動を余儀なくされます。

果てしなく道なき道を歩いていくが、やがてその歩みにも差が開き。
先を急ぐ集団と 大きく離された者たち。

体力的にもこれ以上早くは進めない…となったところで突然の銃声が鳴り響きます。
狙われたのは先行の集団。一発、一発の銃弾が的確に彼らを打ち抜き、そして全員が息絶えることに。

撃ったのは犬を連れ添った一人の男。
しかも誤射ではなく、何がしかの理由があるでもなく。このような“不法入国者”をただ狩ることを楽しんでいる。そんなそぶりを見せます。

遅れた後続の彼らは 難を逃れ、どうにかそこから逃げようとしますが。
やがてハンターに存在を見つかってしまい、狙撃の対象とされてしまいます。

日差し、岩場、サボテン、そしてガラガラヘビ。
そんな砂漠の中で、彼らの逃走劇が始まります。

わたくし未見の作品ですが、2016年日本公開で「追撃者」という作品がありました。
マイケル・ダグラス演じる大富豪が、砂漠の中に人を放ち 人間狩りゲームを楽しむという設定。
これと似たシチュエーションではありますな。

正直 展開的には大きなひねりはなく、基本的には 追うものと逃げるものの対立の構図。
でもただそれだけで見るものをシンプルにドキドキさせてくれます。

88分というコンパクトな上映時間もハマっているので、映画としては及第点の満足度だと言えましょう。

ただし、半歩引いて考えるなら。前述の通り、製作はメキシコ側なわけだから。
シチュエーションとしては密入国者を“是”として描いているようにも見えますね。

当然ながら殺人は許されるものではないし、そうしてまで生きていこうとする人々の行動の裏には、国としての問題もあるはずで。
そうやって考えると、なかなか難しい問題提起の作品でもあるのでしょうね。

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酒飲んだら よけいに喉が乾くよ
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2017年05月09日

映画 立候補

藤岡利充
マック赤坂、外山恒一、羽柴秀吉
2011年11月。橋下徹が仕掛けた40年ぶりの大阪府知事・市長のW選挙。
世間的にも注目を集める中、その府知事選挙に立候補した泡沫候補たち。また日本の様々な選挙に登場する泡沫候補とされる彼らは、なぜ 300万円の供託金を支払ってまでして、敗北必死の選挙に立候補するのか。

選挙というのは 決まった数の議席に対し、誰がふさわしいのかを競い合うシステムであることに間違いはないことでしょう。
競い合ったうえで勝者・敗者が生まれるわけですが…

その反面、絶対に当選しないであろうという立候補者がいるというのもね。
んで“泡沫候補”という言葉が存在することがなんだろうかと思うわけで。

しかも誰でも手をあげればというわけではなく、供託金を支払って 言わば“負け戦”に向かうという構図。
これはいったい何なのかというのは、凡人には分かり得ないところであります。

過去にも選挙をテーマにしたドキュメント作品はありましたが、これらの泡沫候補を追うというのも確かに興味深いです。

そんな中、作品の軸となるのはマック赤坂候補と そのただ一人のスタッフである櫻井氏の二人。
彼がマックさんの選挙に関わることになったいういきさつには ちょっと笑ってしまいます。

どこか不可思議な二人三脚。
ホテルの部屋で政見放送を見て「面白い」と語るマックさん。マックマニアにはたまらない恰好をしておられます。
そしてツイッターの反応が好評ですよと櫻井氏。

やがてその選挙戦術はエスカレート。
駅の構内での立ち合い。果ては選挙区外の京都でのパフォーマンス。
いやいや、なんぼなんでも大阪府知事候補が京都でアレは荒れるでしょと。

ところが、公職選挙法には選挙運動としては、どこで何やっても良いらしく。
しかも 当該の選挙区以内のみ〜という縛りはないとか(推奨はしていないだろうけど)。

また選挙法により、警察・公安であってもそれを制止することはできないという。
無法?無秩序の無双状態。

秘書役となった櫻井氏も よくこんなイカレたおっさんについてくなと思いましたが。
その櫻井氏も 実際はなかなか難しい立場に於かれていて。その事実に迫った部分では驚きというかなんというか。

そして もう一人、マックさんの実の息子さんも登場します。
マックさんが立ち上げた貿易会社を切り盛りする息子さん。
彼の父の選挙に対するスタンスがまた。。。

一般的な会社員(経営者)で、父親にあんな形で動かれても、そりゃそやわなぁと。
それに関しては、いくらか同情してしまいます。

マックさんのスマイル体操だかなんだか知らんけど、あれはなんなんやろうか。
「候補者として もっとちゃんとするべき」という声は正しいと思う。

一方で「歌うとみんな見てくれるけど、真面目な話をしだすと みんなどっか行っちゃう」とマックさん。

パフォーマンスの合間に口にするのは水ではなく 小さなパック。そこには“鬼ころし”と書いてある。
おい、酒かよ! 確かに飲まなきゃ人前であんなことできないかと 微妙に説得力あったり。

通りがかった外国人が 一言「クレージー」だと。
単純に…いや ちょっと深くなるけど。

一般的には「当選するわけない」と思われる候補者が4人も5人も名乗りを上げたり。
選挙運動だとして 突飛もないゲリラパフォーマンスを繰り広げ、政見放送だと言って ギリギリの発言をテレビを通して訴える。
外国でこのように泡沫候補みたいな存在っておるんかな。

一部の危険な国家では 投票箱が強奪されたり、有権者が誰の名前を書くか見張りがいるとか。そういうのもあるんだよね。
それを思えば、マックさんのような存在が躍動するのは日本が平和であり、開かれた選挙制度に裏打ちされている証なのかな。

その反面、もっと敷居を高くではなく整備するべしとも思うけどね。

映画的なクライマックスはマックさんが 橋下氏と松井氏の街頭演説に直接挑んでいく場面。
あれを見て マックスゴイと見るか、あまりにも品がないと見るか。それぞれでしょうけど。
わたくし的には「マックさん、いつものやってくださいよ」とエールを送った橋下氏の懐の深さに 慣れたもんだなと思いましたが。

そんな大阪府知事選アフター。
マックさんの秘書の櫻井氏の姿。そして彼の長男が初めてある人と会う姿に 少し胸を打たれました。

長男といえば、もう一人。
ボーナストラック的に映し出される 彼の姿。
あまりにも意外な、むき出しとなった人の感情のぶつかり合い。

とても劇的なアングルでとらえられた映像。そこに響くマックさんの声。
見ていて なぜか涙があふれ出します。

まさかこんな思いで見終わるとは。
もちろん選挙・泡沫候補というテーマではありますが。
ドキュメンタリー映画というのは、何よりそこに“人”があってこそですね。
素晴らしい作品でした。
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2017年05月07日

帝一の國

永井 聡
菅田将暉、野村周平、竹内涼真、間宮祥太朗
4月。赤場帝一はある夢を胸に、国内屈指の名門校である海帝高校へ入学する。その夢とは、総理大臣になり自分の国を作ること。
海帝で生徒会長をつとめたものには、将来の内閣入りが確約されると言われており、2年後に控えた生徒会長選を見据え、帝一も野望への第一歩を踏み出した。

映画にはコミックス原作の映画も非常に多くて。
この後にも名のあるコミックスの実写化作品がズラリと並んでおります。
今作もそんなコミックス原作の一本で。

ただし わたくしはマンガは読まないので、今作がどのように人気なのか、支持されているのかまではわかりませんが。
それよりも映画「ジャッジ」の監督の新作であると。そちらに引っ掛かって見てまいりました。

要は、内容とか設定とか知らんかったんだけど。
いやいや、それでも十分に楽しめましたわ。

ゆくゆくは総理大臣となり、自分の国を作るという野望を持った帝一が、その手始めとして 名門高校で生徒会長を目指すという。それだけといえば それだけのことのなのだが。
そこで行われるのは ただの学園ドラマだけでなく、まさに政治ドラマ的な面白がり方もできるんよね。

んで主人公とライバルの闘争という図式だけでなく、ルーム長と副ルーム長という2人を立てることでバディ感を醸すことにも成功しているし、2年生という先輩をメインの対立軸とすることで、主人公の自由度が増しているように思えました。

そんな政治ドラマ的生徒会選挙に 程よいバカバカしさを重ねてあるんだけど。
全般的に ハズしていないのも素晴らしい。

ギャグのセンスに役者たちの上手さも相まってのことだろうけど、実際に思わず声出して笑っちゃうシーンもしばしば。
特に、帝一と父親がテストの点数を発表していく場面のすさまじさ(笑)

もはやあれは菅田将暉と吉田鋼太郎の役者としてのハイテンションバトルとして面白かったけどね。

今の時期もいろんな作品が公開されております。
中には大きなスクリーンで見るなら、もっと派手なアクション映画がいいって声もあるだろうけど、これはこれで満足度の高いバカバカしさで。
わたくし的には見て良かった作品です。


というところで、以下余談として。

なんだかエリートという前提でありながら 傍から見てるとバカかと思えたり。
法被にふんどしでウロウロする描写なんかもそうなんだけど。

わたくしが子供の頃に読んだ 小林よしのり氏のマンガ「東大一直線」が頭によぎりました。
それも好きな一因かも。

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永野芽郁のギタープレイが…♪
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2017年05月04日

夜は短し歩けよ乙女

湯浅政明
(声)星野 源、花澤香菜、神谷浩史、秋山竜次
クラブの後輩である“黒髪の乙女”に思いを寄せる“先輩”は、“なるべく 彼女の 目にとまる”の頭文字を取った“ナカメ作戦”で彼女の気を引こうとする。
しかし いたずらに季節だけが過ぎていき、進展はさせられず。果たして“先輩”の思いの行方は?

第4回本屋大賞第2位に輝いた森見登美彦の小説をアニメ映画化。
これより前に、同じく森見の小説「四畳半神話大系」が、湯浅監督でテレビアニメ化されており、今作はその流れを受けての企画。

原作は春夏秋冬の4部に別れているものを、一夜の物語という設定で93分に仕上げました。
まぁ93分となると 通常の映画とすれば短めではあるが、そこに映し出される情報量の多さはハンパなく。

さすがに一度体験しただけでは味わい尽くすことはできないんじゃないかな。
反面 短時間に目まぐるしく情景や展開が進むので、集中力が問われるところ、あるけどね。

アニメ作品というジャンルにはなりますが、昨今ヒットしている写実的なタッチではなく、かと言ってマンガ漫画したものでもなく。
どこか滑稽で、それでいてオシャレなタッチ。やっぱりこれはこれで“アニメーション”なんでしょう。

ありそうでなかった独特な表現も目を引きまして。
確かに丸っこいウイスキーのボトルを“ダルマ”と称することはありましたが、それをそのままダルマにしてしまったり。
アイスクリームのコーンが妙なところにベタリ!というのもバカバカしくて面白かったわ。

ストーリー的には 学園祭で勝負をかける“先輩”の熱き思いに不覚にも涙。
パンツさんが見惚れた彼女の正体に軽く驚愕。
それらも十分に面白かったです。

湯浅政明監督の作品って2004年の「マインド・ゲーム」以来、13年ぶり2作目ということで。
さすがにわたくしは その存在を知らなかったわけですが。まもなく3作目「夜明け告げるルーのうた」が公開とか。

こちらも前評判が非常に高いので。
楽しみにさせていただきます。
posted by 味噌のカツオ at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする