2018年03月24日

去年の冬、きみと別れ

瀧本智行
岩田剛典、山本美月、斎藤 工、北村一輝
結婚を間近に控えたルポライター耶雲恭介は、猟奇殺人事件の容疑者である天才カメラマン木原坂雄大のスクープを狙っている。
耶雲は取材と称して事件の真相を探ろうとするが、木原坂の危険な罠は彼の婚約者にまで及びぼうとしていた。

「見た人 全員が騙される」なんて謳い文句の作品。
結構 この手のヤツはクセのある作品も多いんだけど、率直に言って、これは、当たりでした。とても面白かったです。

瀧本智行監督の過去作を見て、なるほどと。
「星守る犬」「はやぶさ 遥かなる帰還」「脳男」「グラスホッパー」と。ヒューマンドラマとサスペンス要素のあるクライムムービーと言いますか。
今作は そのどちらの良さも込められてますよね。

ガンちゃん演じるルポライター恭介が とある事件の真相を取材して連載・出版をしたいと売り込んできます。
その事件の対象者であるカメラマンの取材にこぎつけ、謎に迫ろうとしますが、今度は恭介のフィアンセが事件に巻き込まれていくと。

ちょっと面白かったのが、冒頭に画面に映し出される「第二章」の文言。
そこから話を進めておいて…そこに至るのに どんな事情があったのかを見せると。よくある手法だけど「第二章」というのは分かりやすかったですね。

主要な登場人物は5人。そのいずれもが虚と実を抱えていて。
それぞれの立場や証言が裏返って 真相に向かう感じがあって。
それだけ「そうなのか」と思わせるポイントがありながらも、とてもすんなり無理がなく。

ただし映画としての不自然さやアラは 皆無とは言わないまでも、かなり上手にまとめられていましたね。
ぶっちゃけ2時間の映画で これだけのことを描こうと思ったら、それなりに詰め込みがちにはなるわけで。その点では十分に及第点だったですよ。

さて端っから「見た人 全員が騙される」と“挑発”されてる以上、こちらも“それ相当”の疑いをもって見た結果。ここで言うところの 最大のトリック(?)はわかりましたが。
それでも 見せ方の妙と、動機と言いますか、その心のピュアさと切なさが沁みまして。とてもイイ映画見たなって思いましたわ。

以下はちょっと内容に関わるポイントになってきますが。
序章というのを 彼が書きあげた本を使って辿っていくのも面白いと思ったし。
映画の序盤に出てきた取材の場面は、実はそういう時間軸だったってのは上手いミスリード。

そして終盤、ひとつの決着をやりとげた後に彼女の口から発せられる「途中からは本気だった」という思いのほんの少しの切なさ。

さらに彼が語るこの作品のタイトル「去年の冬、きみと別れ…」の意味に もう一回やられるという。ねぇ。

映画の序盤。主演のガンちゃんの演技が、正直ちょっと弱いかなと、心細いかなと思ったんだけど。次第に良くなって気にならなくなったのでそれはOK。
ただし、エンディング m-flo の主題歌が、ちょっと合わなかったかな。ラップじゃなくて もっとストレートなラブソングで良かったよね。

でも本編は おそらく 誰が見ても楽しめる映画じゃないかなと。
純愛・サスペンスとして かなり満足度の高い作品でした。

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ネタバレ無しでは書きにくいよね
posted by 味噌のカツオ at 22:39| Comment(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月20日

素敵なダイナマイトスキャンダル

冨永昌敬
柄本 佑、前田敦子、三浦透子、尾野真千子
幼少期に実母が隣家の息子とダイナマイトで心中するという体験をした末井昭。
高校卒業後、職を転々としながらエロ雑誌業界へと辿り着いた末井。やがて写真家・荒木経惟など 錚々たる表現者たちと出会い、発禁と創刊を繰り返しながら、名編集長となってゆく。

1970〜80年代にサブカルチャーを牽引した雑誌編集長・末井昭。
作中「NEW SELF」「ウィークエンド・スーパー」「写真時代」といった雑誌名も登場しますが。
わたくし的には かろうじて「写真時代」を知ってるぐらいかな。
懐かしいね。

それらの雑誌の創刊に携わった末井昭の自伝をベースにした作品。
その末井さんは幼少時、実母が浮気相手だった隣家の息子とダイナマイトで心中するという体験をしているそうな。壮絶な過去…ではあるよね。

そんな末井さんが高校を卒業して上京。
グラフィックデザインを学ぶ中、ひょんなことから風俗店の看板書きの仕事からエロ雑誌の世界にスライド。

新たな雑誌を創刊しては“わいせつ”としてギリギリ・アウトの判定を喰らって廃刊。また似たような雑誌を作って廃刊。
そんなことを繰り返してきていたと。

ぶっちゃけ今の時代、ネットで検索すれば“超簡単に”ギリギリアウトの画像や動画が見られちゃうものですが。
当時は 末井さんの雑誌にお世話になった人たちもホント、多かったんでしょうね。

今にして思えば。それらの雑誌って100%のエロではなく。いわゆるサブカル的な情報や読みものも充実してましたよね。
そんなエロ写真を目当てに購入しつつ、サブカル系マニアックな知識ってのも目にしてたものでして。

一方 現代のネット検索ではエロはエロであり。
あとは各々の興味のあることだけは掘り下げていきますが、出会い頭のマニアックな情報を知識として得る機会は激減しているんだろうね。

そんな考察はさておき。

イチ映画としてね、主人公の歩んできた足跡は辿れますが。
それらの雑誌が どんな思いで作られてきたのか。雑誌として、エロとして、芸術として、警察への挑戦として。
それらがほとんど触れられていないんだよね。

そしてタイトルにもなっている母親のダイナマイトスキャンダルも、それが彼の人格形成に影響があったのか、なかったのか。
率直な印象としては幼少時のことだし、その情景を本人が見てたわけでもないので。
爆死であろうが(遅かれ早かれ)結核で亡くなろうが…と思わなくもないわけで。

結局 雑誌への関わりも、生い立ちもそんな風だし。
なんか、こっちに伝わってこないんだよね。なんなら爆風も振動も。

昭和の風情。ノスタルジーを感じるおっぱい。
それはそれなんだけど、映画としては やや退屈な138分でしたね。
長っ!!

登場人物の多くがメガネをかけていたんだけど。
それは コンタクトレンズとかも普及していない当時だからそう見えたのだろうけど。

それら皆さんのメガネのレンズが汚れまくってたのは何かのメタファーなのかな?
それとも当時の あるあるネタの類なのか。
知らんけど。

冨永昌敬監督の作品を見るのは4作目になるのですが。
過去の感想を紐解いてみると「乱暴と待機」「ローリング」「マンガをはみだした男 赤塚不二夫」いずれも残念な評価になってて。
わたくしとは完全に合わない監督さんなんじゃろうね。

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素敵なダイ・スキ
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2018年03月19日

さよならの朝に約束の花をかざろう

岡田麿里
(声)石見舞菜香、入野自由、茅野愛衣、梶 裕貴
10代半ばで外見の成長が止まり、数百年生きることができるイオルフの民。そんな彼らの長寿の血を求めてメザーテ軍が侵攻してくる。命からがら森の中へと逃げ込んだマキアは、親を失った赤ん坊と出会う。
赤ん坊だったエリアルは少年へ成長していくがマキアは少女の姿のまま。時代が変化するなか、二人の絆は色合いを変えていく…。

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』や『心が叫びたがってるんだ。』などの脚本を担当してきた岡田麿里が初監督を務めたアニメ。
これまでにも様々な作品を手掛けてきてはいますが、その名を広めた上記の作品とはテイストの異なるストーリーで、はたしてどうなのかというとこでしたが。

かなり思い切った設定とも言えるけど。
ぶっちゃけ 見る側としてたいへんっちゃあたいへんでした。

基本ファンタジーとしてやり過ごせばいいことではあるのだが。
如何せん 登場人物の名前、舞台設定の名称もなかなか覚わらんし(苦笑)
時間軸もとても長いものなので、そこそこの登場人物があったり、成長と共にビジュアルも変わっていくからね。

ちょっとその辺りは見る側の頑張りが必要かな。

主人公はマキア。10代半ばの外見のまま数百年生きる“少女”であると。
そんな彼女が ふいに出会った赤ん坊にエリアルと名付け、母親となって生きていきます。

しかし成長する子供と年を取らない母親。いつまでもそんな生活ができるわけはなく、暮らす場所を変えながら、周囲からの視線を気にしながら時が流れていきます。
やんちゃだった男の子が。やがて少年となり、青年となり。

そんな姿を見ていたら。ずっとわたしはこのままなんだから、あんたも 一番かわいい 姿のままでいてくれたらなと。そんなこと思ったりして。
でも そんなわけにもいかずエリアルは成長し、反抗期が訪れ、ひとり立ちの時を迎えると。

そんな大河ドラマ(?)のラストシーン。
息子の旅立ちを見守る母。

これ もしかしたら、マキアではなくエリアルの成長譚とも言えるのかもね。実際は。
と同時に、エリアル目線で考えたらあるモチーフが浮かんだんだけど。

子どもは成長していくけど 永遠に変わらない母親の姿。
例えば若くして子どもを産んで、そのまま命を落とした母親というか。

写真の中で 生前の姿のまま、息子の成長を見つめてる母親というか。
なんかそんなイメージもあるなって思ったりして。

映画なので、ファンタジーなので、それはそれでいろんな受け止め方あっても良いのでしょうが。
必ずしも スッと水が沁み込むように理解できるかっちゅうと、そこまでは言えないかな。

まぁ決して悪い作品とは思いませんが。もうちょっと全体の人間関係が分かりやすいと楽しめたかも。
2時間でそれは酷なことだけどね。

ぶっちゃけ世間一般のアニメファンよりも、世の母親たちに支持を得られる作品なんじゃないのかな。

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岡だまり
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2018年03月17日

シェイプ・オブ・ウォーター

ギレルモ・デル・トロ
サリー・ホーキンス、マイケル・シャノン、オクタヴィア・スペンサー
1962年、米ソ冷戦時代のアメリカ。政府の研究所で清掃員として働く孤独なイライザは、同僚のゼルダと共に極秘の実験を見てしまう。
アマゾンで崇められていたという、人間ではない不思議な生きものに心を奪われたイライザは、周囲の目を盗んで“彼”に会いにいくようになる。

今年のアカデミー賞で最優秀作品賞を受賞した「シェイプ・オブ・ウォーター」。
長いアカデミー賞の歴史の中でも、ヒューマンドラマを越えて、モンスターや異形の類が登場する作品が受賞するということは、これまでになかったと。
そういう意味でも偉業を達成したと言われております。

監督は「パシフィック・リム」でその名を広めたギレルモ・デル・トロ。
怪獣やロボットの いわゆる“ヲタ”と言ってもイイ方で。

そもそも幼い頃にメキシコから移住して来られて、当時は(人種の違いからか)友達もできず。
それで ひとり怪獣に思いを馳せていたと。

そして 自分の中で様々な思いを、創作を巡らせ、大人になり。
「パシフィック・リム」で稼いだ資金で、ほぼほぼ自前で今作を製作したと。

ざっくり言うと 言葉を話せない女性が、アマゾンの奥地から捕らわれてきた異形の生物に“恋心”を抱き。彼をなんとか助けたいとする物語。

障害者、社会的マイノリティ、そして監督自身が移住者であると。
それ以外の登場人物たちも同性愛、有色人種…

とにかく今のアメリカの社会的状況では たいへん生活しにくいバックボーンを持つ方たちのような描写が多くて。
それも今回のアカデミー賞の“風向き”と合致したとの見方もあるようです。

もちろん物語としてよくできていまして。
昨今「本当は怖いグリム童話」的な。昔から知られた童話にオトナの解釈、現代社会の実情を照らし合わせて、ちょっとダークに仕上げて見せる作品とかもあるけれど。
この作品も ハッキリとした原作はないだけで、そういう雰囲気はあるのかな。オトナが見る童話という。

確かに はんぎょどん の存在こそありますが、物語としてはそこまで突飛な展開はなく。
イチ純愛ストーリーという体で見ればよくできたオハナシだと思います。
んで その分の裏を返せば、少々 物足りない感じもなくはないわけで。

あとは 彼女が“彼”に惚れた要因が伝わってこなくって。
そこがピンとこなかった点がちょっと惜しいというか。

個人的には「スリー・ビルボード」の方が(アカデミー賞を競いあった作品では)心に爪痕残していく感じで“好み”であるとは言いたいけど。
この作品のアドバンテージを挙げるとするなら、ビジュアル的なところはあるのかな。

はんぎょどん の造形も考えられてるなと。チョビット仮面ライダーアマゾンっぽいなとも思いましたが。
その彼が閉じ込められている水槽も 舞台映えしそうな雰囲気が印象に残ってますし。
水中でのシーンなんかも幻想的で良かったですよ。

昨年のアカデミー賞「ムーンライト」なんかも様々な意見あったりなかったりしましたが。
今作も(2018年の)時代背景込みで、見ておいて損はない一本だと思いますよ。

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シェイプ・オブ・ヲタ
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2018年03月05日

15時17分、パリ行き

クリント・イーストウッド
スペンサー・ストーン、アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス
2015年8月21日。アムステルダム発パリ行きの高速鉄道タリスに、武装したイスラム過激派の男が乗り込み無差別テロを企てる。
500名以上の乗客全員が恐怖に怯える中、ヨーロッパ旅行中だったアメリカ人の若者3人が犯人に立ち向かった―。

“名匠”イーストウッド監督による なんとも異色の作品。
近年、実話の映画化作品を手掛けている監督が今回テーマにしたのは、パリへ向かう高速鉄道内で起きようとした無差別テロを、たまたま乗車していた3人の若者が防いだというお話。

いわゆる事件の映画化はよくある話ですが、この映画の異色なところは、実際にテロリストに立ち向かった3人が主演しているということで。自身が自身の役で再現フィルム化していると。

それはそれで驚きですが、もっと驚いたのは、彼ら以外にも多くの当事者が出演して、自分の役を演じているとのことで。
ちなみにテロ犯の人は役者さんらしいですが(当たり前か)。

前作の「ハドソン川の奇跡」はトム・ハンクスを主演に迎え、実際の飛行機事故に遭遇した乗客たちがエキストラで出演されていました。
「それでイケるんだったら 主演も主要キャストも本人使っちゃえ」ってな感じか!?

監督的には 当事者から話を聞いて、役者に伝えて演じてもらうことが面倒だったと。だったら本人がやった方が早いやん…という意向だったそうなんだけど。それでできちゃうものなの?
でも 結果的にできちゃったんだから、そういうものなのか?(苦笑)

そんな作品ではありますが。アメリカでの評判は決して芳しくはありませんで。
また日本に於いても それなりの評価にとどまっています。

それについての理由はハッキリしてますね。
「テロを防いだ若者らの話」としてPRされていますが・・・ぶっちゃけそうじゃないと。
94分の作品中、そのくだりは終盤の20分ぐらいなのかな。

そこに至るまで、3人の出会った小学生時代。青年となったスペンサーの軍隊での様子。
休暇を利用した3人が、楽しくヨーロッパを旅行する模様で構成されています。

大半の観客が、おそらく、そこそこ早い段階で「何を見せられているんだろう?」と思うこと間違いなし。
若者らとテロリストの攻防、駆け引き、ハラハラのアクションを期待してた客からすると拍子抜けでしょうな。
その気持ちはよくわかります。予告で映ってたあのシーンは最後にチョロってでるだけやんってね。

ですが わたくし的には、そのチョロっとしたシーンにブワッと涙があふれちゃいました。

彼らが高速鉄道に乗るまで、正直 何も事件は起こらないし、輝かしいエピソードの一つもないんだよね。なんなら基本劣等生扱いの彼らであって。
ごく普通の彼らの過ごしてきた日々。でも 自分はどうなりたいのか、自分はどうあるべきか。それについては所々で語られます。

そして・・・楽しいはずの旅行中、目の前で事件が起こります。
ずいぶんと無謀な行動でもあり、それによる代償も決して小さくはなく。
突然訪れる日常と非日常の境界線。たとえ普段から いろんな思いがあったとしても、果たして実際にそんな行動ってとれるのかな。

そんな思いから、一瞬で感情がMAXになりまして。
「コイツらスゲェ!」あるいは「メッチャ怖えぇ」のモードで涙があふれちゃいました。
わたくし自身も、まさかクライマックスでこんなにも揺さぶられるとは思いもよりませんでした。

本当に日常を過ごしていた(一見すると)普通の若者たちが、ほんの一瞬でこんなヒーローとなることが。何かを成し遂げることもあるんだと。そんなことを見せつけられました。

と同時に。
ごく普通の若者たちが、映画に主演しちゃうなんて、そんなことも起きちゃうんだね(笑)

世間の評価以上に わたくしには響いて届いた一本であります。
さすがイーストウッド。恐るべしです。

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撃たれたあの人も本人役だそうです
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2018年03月04日

ぼくの名前はズッキーニ

クロード・バラス
(声)ガスパール・シュラター、シクスティーヌ・ミュラ、ポーラン・ジャクー
母親がつけた“ズッキーニ”というニックネームを大切にしている9歳の少年イカール。不慮の事故で母親を亡くした彼は、同年代の子供たちが集まる孤児院に連れて行かれる。
はじめは馴染むことができずにいたが、それぞれに複雑な事情を抱える仲間たちと過ごすうち、次第に心を開いていく。

第89回アカデミー賞長編アニメ映画賞にもノミネートされた スイス制作のストップモーション・アニメ。

まんまるお目目の…あるいは“ギョロ目”の子どもたちのキャラクター人形がとても印象に残ります。
非常に 評判も高いので、しっかりとあらすじをチェックして、予習して見てまいりました。

ですが、なんとも言いようがないのだけど。
予習で(本編66分の)大方の流れを知ってしまったが故(?)、驚きというか、感嘆からは遠のいてしまったかな。
なんならラストの着地点以外は、展開を知っちゃってたみたいな。

それが理由といえるのかどうかは なんとも…ですが。
結果的には、わたくし的にはイマイチ響かなかった、ノレなかったですね。

基本線はズッキーニの施設での日常。
そこでの 子どもならではの残酷さや、子どもなりの やさしさも伝わっては来たのですが、不思議とわたくしには沁みませんでした。

あえて言うなら、冒頭のお母さんの亡くなり方なんかも、 なかなかのトラウマ案件だと思いましたし。

ラストの落ち着くポイントも、生活という部分に於いては安心なことですが、彼らの恋心に軸を置くとするならば、そうじゃない方が…と思ったものです。

結果的にはズバリ好みの問題にはなるけども。
物語の全般を支配する ほの暗い雰囲気というのも ノレない一因でしたね。

登場するキャラクター(人形たち)が良かったであるとか、ストレートな感情表現も涙を誘ったという意見もわからないではないけども。
やっぱり 今作を見た日のわたくしには合わなかったってかな。

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ズッキーニ好きにはたまらない
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2018年02月26日

グレイテスト・ショーマン

マイケル・グレイシー
ヒュー・ジャックマン、ミシェル・ウィリアムズ 、ザック・エフロン
興行師のP.T.バーナムは妻と娘たちを幸せにすることを願い 挑戦と失敗を繰り返してきたが、オンリーワンの個性を持つ人々を集めたショーをヒットさせ成功をつかむ。
しかし美貌のオペラ歌手ジェニー・リンドと出会ったことで、彼は新たな野望へと駈け出していく。

ちょっとダークな作品に目を奪われたり、アカデミー賞の注目作が気になったりで、恥ずかしながらこの作品はしっかりとチェックしていませんで。

とはいえ今作もアカデミー賞の主題歌賞にノミネートされてるのね。
さらに「ラ・ラ・ランド」の製作チームが携わっているというポイントがあるにも関わらず、それほど気にしていなかったですし。

そんなこんなでミュージカル映画という事以外、あまり概要を知らないままに鑑賞しましたが、予想以上に良かったです。
もともとハッピーを伝える歌やダンス、“ショー”というものは大好きなのでね。

幼い頃から幸福感あふれるショーへの憧れや アイデアを持っていたバーナム。
銀行をだまして(!?)借り入れたお金で博物館をスタートさせますが、全く反応は芳しくなく。
そこで思いついたあるプランを実行に移します。それは誰もが“オンリーワンになれる場所”というコンセプトの、いわゆる“サーカス”でありました。

背の小さな男、大きな男。ひげの這えた女性。そして空中ブランコの経験者。様々な動物たち。
もう楽しそうなのもあれば、現代では人権的にチェックが入りそうなものまで。それらを寄せ集めて、言い方は悪いけど「見世物小屋」のコンセプトだよね。

批評家からは「こんなものは芸術ではなく、評価に値しない」と一刀両断。一部の人からは徹底的に非難を受けるその一方で。
いわゆる“大衆”からは これがウケて、バーナムはひと財産を築きます。

やがて英国でオペラ歌手のジェニーと出会い、その歌声に惚れこんだバーナムはサーカスと家族を残し、ジェニーと全米ツアーに旅立ちます。

ざっとそんな展開ですが。
主人公の生い立ちから 浮き沈み、様々な紆余曲折。サブキャラたちのサイドストーリーまでミュージカルを交えながらの1時間45分。

その尺にそれだけ詰め込んでることもあってか、ストーリーとしては正直めっちゃ雑(苦笑)
言いたいこと、伝えたいことはわからんでもないけど、結構ざっくりだったり「おや?」っと思わされる場面もしばしば。

主人公と妻の なれそめのパート。ここにも そこそこ重要な設定が盛り込まれているんだけど、かなりのダイジェスト扱い。
今のショーを手放してジェニー・リンドの歌を届けるべく全米を回ろうと決意するタイミングも「なんで今?」と首ひねりたくなったし。

ただし、それら もうちょっと欲しいな〜と思う要素も、圧倒的なミュージカルシーンのパワーで押さえこんじゃってるトコロはあるうかな。
それが良いのか悪いのかで問うのは難しいけれど。

結果的に これはこれで「楽しい」が「見て良かった」が残る作品にはなってるのでね。

こういうこというのもアレですが、そんな展開の雑さが故、アカデミーの主要部門にはノミネートされていないのかも。
ただし 公開後、観客の満足度はとても高いわけで。

でも そんな今作の状況と、作中のバーナムのサーカスに対する評価ってリンクしてるわけで。
それが狙いなのか たまたまなのかは知らんけど。
やっぱりこれはこれで大成功なんだと思うよね。

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グレイテスト小満
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2018年02月25日

悪女

チョン・ビョンギル
キム・オクビン、シン・ハギュン、ソンジュン、キム・ソヒョン
犯罪組織の殺し屋として育てられたスクヒは、育ての親ジュンサンに恋心を抱くようになり、やがて結婚する。
しかしジュンサンが敵対組織に殺害され、逆上したスクヒは復讐を実行。その後彼女は国家組織に身柄を拘束され、10年後の自由と引き換えに国家専属の暗殺者となる。

予告編の時点でメッチャ期待度MAXだった「悪女」。
その後、本編映像・冒頭のバトルシーンが youtube にて公開されまして、予習がてらそちらも見ましたが…ぶっちゃけ それで半歩引いたところあったんだけど(苦笑)

引いた理由は殺戮の“エグさ”ではなく。リアリティの無さに ちょっと笑えちゃって。
この場合のリアリティとは“現実味”ではなくて“映画らしさ”ってトコなんだけど。

そこで思い当たったのは、ゲームの画面みたいだなと。
期待してた映画としてのバトルアクションのそれとは違うって感じでね。
確かによくできたスゴイ映像ですが、素直に「映画としてスゲー!」と思えなかった自分がいます。

ただし、一人称映像から鏡を経由して視点が変わる瞬間はハッとさせられたけどね。これはメチャ良かった。

一応の あらすじも事前チェックしてはいましたが、少々当方の理解が追いつかない部分もありまして。
進行形と回想シーンのインサート。時系列による演者の入れ替わり。登場人物の顔の違い。整形、メイク、ヘアスタイル。
この辺りを見ながら整理するのがたいへんではありました。

そのうえで、複雑に入れ違う復讐劇という図式にイマイチ感情移入ができなくて。
さらに言うなら、主人公がシャバに出た際のノーマルなラブコメムービーのような接近の仕方も、見ていてちょっとウザいなと感じたり。

ある方が書いていましたが、男の素性は観客にも伏せておいた方が、より悲哀も驚きも増したですよね。
でも それだと男の葛藤が得られないか?
悩ましいトコだけど。

一方で前半の訓練所時代を共にするキャラクターたちの配し方、使い方は良かったですね。
それによって非情さや 苛立ちが伝わりました。

そんなこんなでドラマパートは良し悪しあれど。
アクションシーンは確かに見応えありました。

中盤にはバイクアクションと殺陣のMIXなんてのも いいアイデアだと思ったし。
終盤のムッチャクチャなバスの使い方。ワンカットであそこまで見せていく映像編集の素晴らしさは見応えありました。

ただ ちょっとケチつけるなら あのギリギリで走るバスの横を、別のバスやダンプが追い抜いていくのは余計だったね。
あっちの方が危険な走り(スピード)してるっぽくなっちゃうのでね。

結果的に、アクションは及第点以上の満足度はありましょうが。
ドラマ的な意味だったり、復讐劇としてはこちらの感情を煽り切れていなかったかなと。
そういう意味では、惜しい…という印象も残りました。

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主人公ってそんなに“悪女”ですか?
posted by 味噌のカツオ at 17:08| Comment(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月18日

犬猿

吉田恵輔
窪田正孝、新井浩文、江上敬子、筧美和子
印刷会社に勤める真面目な弟と、トラブルメーカーで刑務所帰りの兄。太ってはいるが仕事のできる姉と、ルックスは良いが要領の悪い妹。
複雑な感情を抱く二組の兄弟・姉妹の出会いを境に、それぞれの関係が大きく歪みはじめる。

やられましたね。冒頭から、やられましたね。
予告編も終わり“カメラ男”も出てきて「さぁはじまるぞ」と思いきや また予告映像が。
「なんやねん」…と思ってたら、やられましたね(苦笑)

あらためて映画「犬猿」なんですが。
兄弟・姉妹、二組の物語。

映画やドラマの経験のある新井浩文と窪田正孝が兄弟を。
お笑いのニッチェの江上敬子と芝居経験の少ないであろう筧美和子が姉妹を。

利口なやり方とすれば達者な人と拙い人をペアにした方が安定しそうだけど。
できる人同士はいいとして、もう一方はベタベタにならないかと。そんなことも思いましたが杞憂に終わりました。
いろんな形で4人が絡みますし。それを差し引いても、素直に江上敬子も筧美和子も上手かったですわ。

そもそも原作モノではなくオリジナル作品ということもあって。もしかして当て書きなん!?とも思ったり。それぐらい役柄も際立ってて、それぞれがハマっていましたね。
江上敬子も筧美和子も また役者としてのオファー増えるんじゃないの。

世間一般でなかなかムショ帰りの兄弟がいるってことは無いでしょうから、一概に“あるある”とは言えないけども。
それでもそれぞれの関係性、影響、嫉妬、パワーバランス。兄弟・姉妹のいる人であれば、思い当たるところあるやろうなぁ。

わたくし自身、5歳違いのアニキがいて。
長い事同じ家で暮らしてたし。その都度腹の立つこともあったけど。それでも一生兄弟であることは変えられないからね。

そんなこともあって。クライマックスとも言える二組の感情が高まっていく描写には、流したくもない涙がじんわり滲んできちゃってね。

「子どもの頃、ずっと“お兄ちゃん、おにいちゃん”って着いてきてただろ」とか、今さら言われてもなぁ(苦笑)

素晴らしい4者のキャラに演技に見入ってしまい。その物語に感情移入してしまいましたが。
それでいてラストをそういうところに落ち着かせるってのもニクイものでございます。

さて世に言う「犬猿の仲」とは、非常に仲が悪いことのたとえであって。
実際は反目しあってるばかりでもないんだけどね。

そんな揚げ足も取りながらですが、映画自体はものスゴく楽しめましたよ。

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一人っ子が見ても響くのかな?
posted by 味噌のカツオ at 22:45| Comment(0) | カ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月12日

スリー・ビルボード

マーティン・マクドナー
フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル
ミズーリ州の田舎町。7か月前に娘を殺されたミルドレッドは、犯人を逮捕できない警察に苛立ち、警察を批判する3枚の広告看板を設置する。
署長の部下や町の人々に脅されても、彼女は一歩も引かず。やがて周辺で不穏な事件が次々と起こり、事態は思わぬ方へ動き始める。

本年度のアカデミー賞で主要6部門7ノミネートされており“台風の目”となるであろう作品。
タイトルは直訳で「3つの看板」。まさに その3つの看板から始まるストーリー。

「娘はレイプされて殺された」「犯人はまだ捕まっていない」「なぜ?ウィロビー署長」といった3つの看板。
広告を依頼したのは被害者の母。そんなんされたら 警察は、名指しされた署長はたまったもんじゃないよね。

でも これを普通に受け止めるなら、警察の捜査の怠慢というものが頭に浮かびます。
やがて それ以外の周辺情報が明かされていきます。

黒人に暴力を振るった過去があるディクソンという署員の存在。批判を受けた署長は実は大病を患っている。母親にはかなり意固地な面もある。

さらに母親と家族の関係、そして娘との会話。ディクソンの思想。署長がとったある行動。
そして母親の別れた元夫の存在。彼女を脅した街のゴロツキの男。体の小さなミゼット男の助け舟。そして看板を管理している若い広告屋の兄ちゃん。

物語が進むにつれて、それぞれの登場人物から受けていた印象が、ジワリジワリと覆されていきます。
翻弄されるという言い方もできるけど、そんな単純なものでもなく。
ずいぶんと、揺さぶられましたね。

その一番のポイントは、やっぱり広告屋の「オレンジジュース飲む?ストローもあるよ」というセリフかな。
あれにはかなりやられちゃったよね。

様々な物事、誰かに対する印象。
昨今、ネット上でちょっとした話題がでるだけで、多大なバッシングが寄せられることがあります。
でも 広い意味で そこに至る過程であるとか、晒される情報の切り取り方ひとつで、その伝わり方が全く変わってきてしまいます。

そして そのことを理解している輩の何と少ないこと。
そこにあった小さな記事だけで 全てを判断したと思いこみ、エゲツない非難に至ってしまうと。本質は全然違うのに。結果“炎上”。

そして人と人も 深くわかり合うことなく、上辺のことだけでいがみ合ってしまうことも多いですよね。

この映画はそれらの事象の反面教師にも思えますし。
人間って そんなに単純なものでもないし、ほんのちょっとしたことで、同じ方向を見つめることができるものなんでしょうね。

あのラストシーン。必ずしも美しいものってわけではなく。
ちょっとむず痒さも覚えたし、気恥ずかしくて微笑んでしまえたし。

とても不器用な人々の、どうにもいびつな他者との関わりを、よくぞここまでまとめ上げたなと。
ひとことでは表現しにくいけど、とても上手い映画であることは確かです。
やっぱアカデミー最有力か!?

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仇を恩で返していく物語
posted by 味噌のカツオ at 01:38| Comment(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする