2017年01月10日

14の夜

足立 紳
犬飼直紀、濱田マリ、門脇 麦、光石 研
1987年の田舎町。悶々とした日々を送る中学生のタカシはある噂を耳にする。町に一軒だけあるレンタルビデオ屋にAV女優のよくしまる今日子がサイン会にやってくるというのだ。
噂の真偽を確かめるべく、タカシは柔道部の仲間と共にレンタルビデオ屋へと自転車を走らせる。

舞台は1987年ということで。モデルとしては現在 43〜44歳の世代ですかね。
わたくしも ほぼ同世代であるので。わりとシンパシー持って鑑賞に至ったわけですが。

中心となる中学生たちを演じてるのは新人が多いけど、光石研、濱田マリ、門脇麦といった面々が脇を固めてくれいてます。
主人公タカシと姉の門脇麦とが なんとなく雰囲気似てたね(笑)

学校ではとりあえず悶々とし。家では親父のクズっぷりに辟易し。外に出れば鬱陶しいヤンキーに絡まれて。
彼らのエネルギーの向かう先は…おっぱいであったと。

そう言ってしまえば早いのだが。
なんか、しっくりこない。

確かに 多くの中学生が通ってきた道でしょう。こういう青春は。
なので 周囲の状況や行動パターンとしての理解はできます。
ある種の あるあるパターンではある。

ただ、ハッキリ言って、笑えないんだよね。
実際そうなんだけど、その実際に〜を笑いにまで高められていないのかな。

クスクス、ウフフ…の感じはあるけど、「うぉ〜そうそう!」とか「バカだね〜ゲラゲラ〜」というレベルまでには仕上がっていないのね。

もう一点、親父の狼狽ぶりもわりと普通で。「あぁそうだろうな」とは思っても、やっぱりカッコ悪いおっさんを見てるだけで。笑えるまでには至っていない。

別にコメディをやりたいと、笑わせようというわけではなかったとしても。
それほど共感を得るまでの“引き”の強いエピソードでもなかったよね。

おバカでエロくて。でもなんとなくデリケートに未来を憂いている“中二時代”を正しく描けていたとしても、映画としての強さ、パワーはイマイチで。
結局 見終わってコチラのテンションは上がりきらなかったかな。

ビデオ店から出た後「お前なんで鼻血出してんだよ。もしかして揉んだのか?」みたいなやりとり期待したんだけど。
やり方ひとつなような気もするので、ちょっと惜しいって気持ち。

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盗んだ自転車で家帰る?
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2017年01月08日

ひそひそ星

園 子温
神楽坂恵、遠藤賢司、池田優斗、森 康子
幾度となく大きな災害と大きな失敗を繰り返してきた世界。ロボットが8割、人類が2割となった未来の宇宙。
アンドロイドの鈴木洋子は宇宙船に乗って星々を回り、人間の荷物を届ける宅配便の配達員として働いていた。

率直に言うならば、よくわからんがキライじゃないと。

振れ幅の広い作品の数々を撮ってきた園子温監督が、震災後の福島で多くのロケを敢行。地元の被災者の皆さんが出演もされています。

そもそも今作の脚本や絵コンテは1990年ごろに作られていて。
諸々の事情で製作されなかったとのこと。

ちなみに近年では絶えず作品を撮り続けていた園監督。特に2015年は4本もの新作が公開になっていて。
だからなのか、なんなのか、そろそろ“自分の為に”撮ろうかというモードになったのかな。
だから主要キャストも私生活でのパートナーであったりするし。

仮に私的なものであったとしても、初期のようなただのアングラとも受け止められそうな作風ではなく。このような作品に仕上がったのかも。

設定もあって、キャラクターもあって、展開もあって。
でもそれらを構成して一本になっているというわけではなく。(これまでの監督経験や人生に於いて)その都度 感じたことや表現したいことを、一本の中に配置していったような。
だから このシーンはこうであり、あのシーンはあれを表現していたり…

監督自身 それをひとつひとつ種明かするつもりもないだろうし、観客も一本筋の通った作品として理解することはできないでしょう。

なのでわたくしも「これはこうなのか」と「あれはあぁなのか」と。そんな風に鑑賞しました。

数年の誤差は厭(いと)わないとして、人間の元に届けられる宅配便。

あの箱に入ったそれぞれは他愛もない物体かもしれない。でも 届けられる側にとってはとても尊いもので。
各々に秘められた大切のバロメーターは誰にも計れないものなんだろうね。

でも あの空とか海とか草木は誰にとっても平等なもので。
だから色が付いて見えたのかもしれない。

終盤、影絵のように映し出された人々の暮らし。なんとなく暖かみをもった昭和に感じられて。
でもそれはここには無いんだよね。もう全部 障子の向う側のものなんだよね。

かつて人が住んでいたであろう街並みの中を、自転車で走り抜けていきます。
街があったってことは、今ではもう人も暮らしもぬくもりも失せてしまった世界なんだね。

あの廃墟を劇映画のセットとして作ろうとしたら、とんでもないコストかかるだろうな。
でも、あれ現実だよね。リアルに多くのものを奪われた街なんだよね。
それを思うだけで、不思議な悔しさが込み上げてきます。

なんでアンドロイドがクシャミするんだろう?
誰かが鈴木祥子のことを思い出して、ウワサ話でもしてるのかな?
だとすれば、数年間も宇宙を彷徨ってるようにみえる彼女も、間違いなく誰かとつながっていて。決して孤独じゃないんだろうね。
アンドロイドですらね。

長い年月をかけて、人々の元に宅配便が届けられるって話だけども。
そもそも このストーリーだって、着想から25年が経って完成したわけであって。
もともとがタイムカプセルなんだね。

というのがわたくしの感じたこと。
園監督の思いとは全然違うかもだけど。
作品というのは世に出た以上、受け止めた側のものでもあるからね。

やっぱり、よくわからんがキライじゃない一本であります。
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2017年01月03日

MERU/メルー

ジミー・チン、エリザベス・C・バサヒリィ
コンラッド・アンカー、ジミー・チン、レナン・オズターク
高度6,500m。ヒマラヤ・メルー峰のシャークスフィンは 多くのクライマーにとって、難攻不落の壁とされていた。
そこに挑む3人の男たちのチャレンジを記録したドキュメンタリー。

なぜ山に登るのか?そこに山があるからだ…なんてことはよくいわれますが。
この映画の予告編の中で、気になる言葉を見つけました。

「理由が無いから、夢がある」
「師匠と登るのは危険だ。なぜなら信頼しすぎてしまうから」

そんな言葉に惹かれて鑑賞してきました。

そもそも 登山家・クライマーという存在自体、わたくしには馴染みがない中で。
ひとつのプロスポーツとして彼らが存在し、生計を立てていると。
同時に、誰も成功したことのない山に挑戦したいという。
男の夢ってのもあるんですね。

まさに「そこに山があるからだ」ということでしょう。

登場する3人の男たち。
経験、信頼、役割、判断力。それらを持ち合わせた者たちでないと山は登れません。場合によっては命の保証もないという。
寒さや天候の状況。食料の問題など、どれだけ過酷なことなのかと。リアルな映像が観客に迫ってきます。
ギリギリの状況下、時間とも勝負しながら頂上まであとわずかというところで断念に至る。

あぁ成功するまでのドキュメントかと思ったら、一旦失敗してしまうのね。
その後、数年かけての再挑戦。

しかしそこに至るまでの 紆余曲折。
山に於ける師匠の存在や大切な仲間たち、そして家族との関係。
そんなサイドストーリーもあって。

高い山とは裏腹に、人間ドラマはとても深かいものがありました。

ただ 正直言って、じっくりと経過を追い、丁寧なインタビューの映像の多さに、ところどころで眠気に襲われまして。
ここで寝たら死ぬぞーという思いも去来しながらの鑑賞でございました。

その結果、本編の中で 冒頭に記した気になる言葉とは遭遇しなかったんだけど。
ホントに出てきてた?

それはそれとして。
果たして 誰もたどり着いたことのない境地に辿り着いたその時。
彼らは何を見るのか。彼らは何を思うのか。

ドキュメンタリーであり、リアルな人間ドラマでもあります。

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夫婦の“なれそめ”に驚いた
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2017年01月02日

ちょき

金井純一
増田璃子、吉沢 悠、藤井武美、和泉ちぬ
和歌山市の商店街で美容室を営む直人。5年前に先立った妻の仏壇にコーヒーをあげ、仕事へ向かう直人。
妻・京子は美容室の2階で書道教室を開いていた。そこに通う7歳の少女サキを 二人は自分の娘のように可愛がっていた。
それから10年後、直人の美容室に高校生となったサキから電話がかかってくる。サキは視力を完全に失っていた。

和歌山の商店街…その裏通り的な場所にひっそりと存在する小さな美容室。このロケーションがたまらない。

レコードとコーヒーが好きな直人。そして住民たちからも好かれる直人。
5年前に先立たれた妻への変わらぬ思いが、彼のやさしさのベースなのかな。

彼の元にかつて娘のように可愛がっていたサキからの電話が。
普段通りのやさしさで彼女を受け入れる直人。

10年ぶりに再会したサキは視力を失っていた。
もうひとつ言うなら、17歳になっていたってことだよね。

やがて学校を出て 新たな進路、新たな一歩を踏み出さなくてはならないサキ。

わたくし的には彼女の思いが、伝わりきらなかった。
今後の暮らしのために直人が必要だったのか。そもそも直人への淡い想いがあったのか。妻が亡くなっていることを知っていたのかも。

ある出来事により視力を失ったサキ。その時点で彼女の過去も止まっているとも言えるけど。
直人からすれば、あの日小学生だった女の子が、成長して自分を頼ってきて。

「一緒に暮らそう」にはどんな思いがあるのか。
やっぱり娘として受け入れるのかな。彼とすれば他の誰かと再婚なんて考えられないけれど、サキならば妻も受け入れてくれるとの思いもあるのか。

なんとも言い切ることのできない感覚が残ってしまって。
やや消化不良な部分もあるのだけど。

戸惑いの一因であるのが、チラシにあるビジュアルで。
その写真の中のサキは赤い服を着ているんだけど。

実際の映画の中のサキは赤を纏うような女性じゃないんだよね。
それとも この写真は、映画の後日談の情景として割り切っていいのかな。
いずれにせよ この赤色は自分の中ではミスリードな要素になってしまったですわ。

やさしくて、物静かで、ふんわりとした映画の雰囲気と、チラシのビジュアル。
登場人物たちに秘められたホントの思い。

わたくしの中でそれらが同期できなくって、ちょっと戸惑っちゃったなぁ。

でも吉沢悠さんはもちろん、今作が初主演という増田璃子さんも素晴らしい雰囲気を醸していたことは間違いないです。

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ウルフじゃいじめられるよね
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2016年12月30日

この世界の片隅に

片渕須直
(声)のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞
昭和19年(1944)、18歳のすずは広島から呉へとお嫁に行くことに。戦争の影響で、配給物資も減っていくがすずは工夫を凝らし、食卓をにぎわせていた。
昭和20年(1945)、戦火は呉にも広がり空襲の続く中、すずが大切にしていたものが失われ。そして夏がやって来る

こうの史代の同名マンガを片渕素直監督がアニメ映画化。
そしてクラウドファンディングによって製作資金を募り、多くの支援を受け完成しました。
バックに大きな資本が着いていないこともあって(?)公開館数は少なめ。でも見た人の満足度の高さで、クチコミで、じわじわと支持を広げていっております。

主人公は 時に空想の中で遊び、絵を描くことが大好きなすずさん。彼女の幼少の頃から物語は始まります。
「あんたはぼーっとしとるけん…」という ゆったりしたセリフとは裏腹に、序盤はテンポよく進行。
バケモノに出会ったかと思えば 座敷わらしにスイカを勧めて。まるで恋心のようなものを覚えつつ、広島から呉へとお嫁に行くことに。

ちょっとしたエピソードのおかしさ、微笑ましさ。言うなれば四コマ漫画のようでもあり。

どんな相手かもわからない。どんな暮らしかもわからない。
そんなところへ当然のごとく嫁に行くのも、その当時ならあることなのか、はたまた すずがぼーっとしてるからなのか(笑)

さやしい家族。ちょっと厳しいお義姉さん。食べるものや着る物にも影響が出はじめる中、そこに生きる人々は 工夫を凝らし、笑顔を絶やさず。
クサい言い方だけど、心は豊かだったんですね。

やがて戦艦なども立ち寄る港町・呉には他国の攻撃も激しくなり。寝る間も奪われるほどに空襲警報が発令され。
あまりの多さに「空襲にも飽きた」と言えるまでに。

なんて憎まれ口を叩ける間はいいけれど。
その中で すずは大切なものを奪われます。
命、肉体、日常、笑顔…

「このまま ここにはいられない」と一旦 広島へ戻ろうとするすず。
8月6日には地元の祭りもあるから…

僕らは敗戦国の人間として、生まれながらに 戦争というものが いかに惨たらしくて、辛くて悲しみを残すものか。映画やドラマ、教育の中で教え込まれて生きてきました。
一方で 今作はあからさまに戦争の是非を問うような、そんな作品ではありません。
是か非か。それで言うならもちろん…ですが。

でも もはやその当時の戦争を経験してきた人は少なくなってきました。
それを伝え聞いた人が、また伝えていくという現実。時代はまた次の段階にきてるのかもしれませんね。
ストレートに戦争の悲惨さを訴えるのではなくなってきてしまったと。

この映画に描かれているのは、そんな時代に、そんな町に暮らした人々がいたことであって。
戦争ではなくとも 天災、災害、さまざまな争い。それらと向き合いながら、日常を生きている今の時代にも通じる作品だと思いました。

すずさんのいたあの当時でも、わたくしたちが暮らす今の時代でも。
そこが それぞれの世界の片隅なわけで。

映画としても素晴らしい作品であり、日本映画として普遍的な一本であるのでしょうね。

いっぱい笑えて、何度もこみ上げてくるシーンもあったけど。
手を振るラストはこらえきれなくなりました。

あと すずさんを演じたのんさんについても。
よくぞ彼女をキャスティングしたなと思いましたし、この作品で彼女の表現力を(今まで以上に)思い知らされました。

すずさんも大切なものを奪われてしまったわけですが、のんさんも名前を失ってしまったわけだし。
そういう重なる部分もあったわけで。

アニメ作品のアフレコって、映像に(ある意味での)魂を吹き込むことでもあるわけで。
のんさんだからこそ、すずさんが生きたというところ、あるでしょうね。

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ただただ、素晴らしかった
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2016年12月29日

ねむれ思い子 空のしとねに

栗栖直也
(声)井上喜久子、田中敦子、平田広明、松田健一郎
産院から自宅に向かう車で事故に遭い、両親を亡くした織音。19年後、ある事件で逃亡を続ける織音は 謎の組織のエージェント・ユリに捕えられる。
逃亡の手助けと引き換えに、実験用宇宙ステーションへと連れて行かれた織音を待っていたのは、20歳の姿をした母だった。

栗栖直也監督がほぼ一人で、7年がかりで制作した3DCGアニメ。
尺としては50分と決して長くはないんだけれど、一人で製作ってスゴイね。

でも一人であるからこそ、思う存分 自身の世界観を表現できるとも言えるし。
なんなら今を ときめいちゃってる新海誠監督だって「ほしのこえ」を一人で製作。それが評価を受けて、徐々に大きな作品を生み出していったわけで。

もうひとつ栗栖監督と新海監督の共通項があるとするならば、宇宙に関わるSFベースの物語ってのもありますか。

一方で栗栖監督が独特なのは、3DCGアニメという手法。
言うなればテレビゲームなんかで見られるようなキャラ造形ですかね。

それとなく繊細なリアリティ表現もできるのですが、正直 好みの別れる表現方法かも。
ぶっちゃけ わたくしはそっち側で(苦笑)

アニメならアニメならではの表現でいいと思うし。
この3DCGアニメって、幾分か感情移入がしにくく思えるし。

特に、わたくしに限っていうなら、エンドロール時の母が娘の出産に至るまでのダイジェスト映像が登場するんだけど、あぁいうのが よりウソ臭く見えてしまうんだよね。
映画という作り物である上に、アニメという作り物なのであって。エンドテーマの流れる中 吹替えも無いから、余計に魂が込められにくい部分なわけで。

ストーリーは、生後間もなく両親を亡くしてしまった娘が19歳になり、宇宙ステーションで母親と再会するという。
ざっくり書くと「どういうこと?」って話なんだけど。

実際の印象としても 展開として雑な印象が出てきてしまう。
もうちょっとわかりやすいようにしてほしいような、要所要所に必然性が欲しいような。
確かに見る側の想像力が試されてるのもわかるけど。今作に限っていうなら、それをやるにしても50分では厳しいかなと。

そのせいなのか。ベースとしての母と娘の物語はわかるんだけど、こちら側に響いてこないところはあるよね。
比べちゃ悪いけど、新海監督の「ほしのこえ」はもっとシンプルだったんじゃないかな。設定も想いも。

ただし100%の断罪は致しません。
設定などに於いて魅力的であるのは確かで。
でもやっぱり 一人で作る限界はあるでしょう。だって7年っちゅうたら、時代も技術も変わってきちゃったりする長さだからねぇ。。。
そういう意味で、なんか惜しい作品でした。
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2016年12月27日

ドント・ブリーズ

フェデ・アルバレス
スティーブン・ラング、ジェーン・レヴィ、ディラン・ミネット、ダニエル・ゾヴァット
訳あって盗みを重ねる3人の若者が、事故で娘を亡くし、多額の示談金を受け取った盲目の老人宅へ忍び込む。ところが この男、退役軍人としての“腕”を持ち、どんな“音”も聴き逃さない異常者だった。
当初は簡単な仕事だと思っていた若者たちが、暗闇の中で追い詰められていくことに…

決してメジャーな作品ではないけれど、全米ではジワジワ評判が広がって今年の夏の大ヒットとなったという作品。

日本でも公開館数は多くは無いけれど。その分 わたくしの見に行った回は満席状態。
冬休み需要で高校生だか大学生だか若者がいっぱい。

それだけ客がおったら 上映中に会話が聞こえたり、集中力を削ぐような客もチラホラ出そうなもんだけど。
まったくそれがありませんで。

ひとつは 映画としての緊張感が張り詰めていた事実であり、もう一点、作中の設定として 声を出せない、なんなら Don't Breathe“息もできない”作品だったからでしょう。

わたくしの率直な感想は…泣けました。
ただし初めてでした。怖くて泣けてきたのは(笑)

こちらから相手は見えている。向こうは見えていない。でもこっちの存在には気付いてる。
それだけでも怖いのに、地下室の真っ暗闇の中に場が移っちゃったら。こっち敵わんやん(涙)

オバケやモンスターの怖さとは違って、狂気を孕んだ人間とストレートに向き合う怖さ。
ところが、その直接対決の怖さに加え、別要素の“胸クソ悪さ”も迫ってきたり。意外な展開がチョイチョイ差し込まれるので。
(悪い意味で)ものスゴ楽しかったですわ。

基本的には一軒の家だけで、わずか88分で。これだけの見応えあるのは素晴らしいっす。

サスペンス系であり、ホラーの要素もあり。
一応おススメですが、怖いのダメな人にはホントにダメだと思うよ(^-^;)

ちなみに続編も企画されてるってウワサなんだけど、どうなるやら!?

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体液軍人とはよくいったもので
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2016年12月14日

アズミ・ハルコは行方不明

松居大悟
蒼井 優、高畑充希、太賀、葉山奨之、石崎ひゅーい
地方都市在住で27歳の会社員 安曇春子。独身で恋人もいない彼女が突然姿を消した。やがて街には彼女の捜索願いをモチーフとしたグラフィティアートが拡散され、JK集団が無差別で男を襲う事件も頻発。
なぜ春子は行方をくらましたのか。ふたつの事件と春子との関連はあるのか?

安曇春子が行方不明になる映画です。
そらそやけども。

わりと時間軸がバラバラに描かれているので、映画慣れしてない人は ついていけなくなるかな。
わたくし的には その辺りで戸惑うことは無かったけどね。

もうひとつ言うなら、基本 女性が話の軸の映画なので、男性客からのウケとか共感は薄いかも。
ただし、見終わってから 様々なレビューを見て、合点がいくところはありました。

結局のところ、安曇春子が行方不明となったというよりも。
アズミ・ハルコのアイデンティティが行き場を無くしてしまったと。そういった感じなのかな。

自分、家族、仕事、地方都市、そして男。
どこにも居場所が無くなってしまって…

最終的には、ハルコのとびっきりの笑顔で映画は終わるんだけど。
本音を言えば、そこに居続けることが決して良いとは思えなくて。
ですが、今の時代はそうなんだよね。

実際、女性が共感を得る作品というのはよくわかります。
その分、男性が監督だというのが意外だよね。
原作は女性だけどもさ。

蒼井優さんは前作の「オーバーフェンス」同様、地方都市の痛々しくもリアルな女性像を見事に演じられてまして。
やっぱスゴイ女優だと再認識。

高畑充希ちゃんって こんなキャラクターのイメージなかったので、新鮮でもアリ、驚きもアリ。
ベッドの上でのウザすぎる かまってちゃんっぷりが。思いのほか良かったです。
でも、キスシーンはナシなのね。

街中にグラフティアートを仕掛けるユキオ。地方在住ながら「何かデカいことやりてぇ」感がヒシヒシ。
友達にはなれないけど、キャラとしては輝いてたね。彼、いい役者だな〜と思ってたら…

「淵に立つ」に出てた太賀くんだったんだね。
事前には気付いていなかったけど、やっぱ彼の芝居 好きやわ。
今後に期待したい役者さんです。

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ハムスター探してますって…
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2016年12月12日

変態だ

安齋 肇
前野健太、月船さらら、白石茉莉奈、奥野瑛太
大学のロック研究会を経て ミュージシャンになった男。その後 結婚し一児をもうけ、幸せな家庭を築きつつも、学生時代から続く薫子との関係を断ち切れずにいた。
ある日 地方の雪山で行われるライブに薫子とともに出かけるが、その客席に妻がいることに気付いてしまう。

原作は みうらじゅんが2014年に発表した短編小説。そしてソラミミストとしてもおなじみの安齋さんが初の映画監督に挑戦。

尺は短めの75分。基本全編モノクロではありますが、とても重要な場面だけ(?)カラーになってくれます。ありがたいことです(笑)

学生時代、無理やり入部させられたロック研究会。
わけもわからず、ただギターを弾いていた男。

しかし先輩が音楽を辞めてしまい、それならば〜と自らが奏でた曲が 意外にも人の心を捉えることになり。やがてプロのミュージシャンとして活動をしていきます。

やがて結婚して子供にも恵まれ、一見幸せな家庭を築いた彼には裏の顔があり。
それは変態プレイに興じることであると。

亀甲しばりにボールギャグ。様々なカタチで責められてる男。
前日には妻を責めていたにもかかわらずで。

みうらじゅんさんのコメントに「生まれつきDNAに組み込まれたものだったのか?」との文言があります。
そこから察するに、変態とは何ぞやと問うたのでしょうか。

事実 縛られて鞭で打たれること、誰もが受け入れるものではありません。
しかし受け入れるどころか、求めるものも中にはおります。
まさにこの男がそうなんだけど。

一方で、男は誰に教わったわけでもなく、美しい曲を奏でることができました。
それが持って生まれた才能とするならば、変態という嗜好も ある意味持って生まれた才能であるのかも…
そのような考えの下、この作品が生まれたのでしょうか。

吹雪の中、雪山で繰り広げられる終盤の展開。
変態性と生を問うものだったのでしょうか。

シュールであったと片付けるのは どこか逃げのような気もして。
ハッキリ言って よぅわからんというトコではありますが。

考えてもごらんなさい。
これまでの日本の名作と呼ばれた作品の中にも 常人では理解しがたいものもあったはずで。

それが文学だと代々残っていくものだとするならば。
今作はみうら文学の金字塔とも言えるのではないでしょうか。

決して万人ではないにせよ、この作品を名作と呼ぶ人は存在することでしょう。
そう言える人こそが、変態なのかもしれません。

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才能、変態、そして熊
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2016年12月09日

めぐり逢わせのお弁当

リテーシュ・バトラ
イルファン・カーン、ニムラト・カウル、ナワーズッディーン・シッディーキー
お昼どき“ダッバーワーラー”が弁当を配り歩くインドのムンバイ。その中のひとつ、主婦イラが夫のために作った弁当がサージャンのもとに届けられる。
夫との会話からそのことに気付いたイラが、サージャン宛の手紙を忍ばせたことで、二人は弁当を介して心を通わせていく。

2013年の映画。製作はインド・ドイツ・フランスとなっていますが、舞台はインドのムンバイ。

そこにはダッバーワーラーと呼ばれる弁当配達人たちがおりまして。
午前中に各家庭や飲食店で弁当を受け取り、自転車や電車を乗り継いで、それぞれの職場へ弁当を届けるというお仕事。

食後にはふたたび弁当箱を回収。電車や自転車を乗り継ぎ、空の弁当箱を返却すると。
一見すると「効率悪そう、めんどくさそう」にも思えますが、誤配送の確率はわずか600万個に ひとつという。確立されたシステムであることが分かります。

この映画では その誤配送がきっかけで、とある主婦と とある男が、コミュニケーションをとるというおハナシ。

主婦のイラは小学生の娘と夫との3人家族。
保険会社の会計係をしているサージャンは、妻に先立たれ早期退職を間近に控え、今は一人暮らし。

イラは弁当の誤配に気付くが、自分の作った弁当を(夫と違い)美味しく、キレイに食べてくれるサージャンに弁当を作り続けます。手紙を添えて。
また その手紙に返事を書くサージャン。

そうこうするうち、互いに心を開き合い、わかり合い。
イラはサージャンと合うことを計画します。

イマドキ、見ず知らずの相手とネット上で知り合い、チャットなんかで意気投合。じゃあ合ってみようか…なんてこともありますが。
それと似たような感じではあるかな。超アナログだけど(笑)

女は現状に不満を持ち。何がしかの刺激を求めている感じもあるのかな。
しかし“おっさん”は、自分がおっさんであることに、やや引け目を感じているというリアリティ。

結論言っちゃうと…
映画の中で二人が出会うことは無いんだけど。
おっさんの方は彼女をこっそり見てるという。
一方的だし、いやらしい対応だなとも思うが、これまた控えめなおっさんのリアリティで。

映画のエンディングのその先に、二人がどうなるのかは観客に委ねられ。見た人それぞれが思いを馳せればいいわけだけど。

今のご時世、不倫ってやつには大そう厳しくなっていますが。
妻と向き合う気の無い夫も 全くもって褒められたものでなく。

そんなイラの心を 揺さぶる?導く?実の母と上の階に住むおばさんの存在が 素晴らしいアクセントになっていて。うまい作りに仕上がっています。

正直 多少のモヤっと感は残りますが、アレコレ考えさせるのも映画の楽しみのうち。
見る人の年齢や立場で感想は変わってくるだろうけどね。
アナタならどうする!?
posted by 味噌のカツオ at 01:56| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする