2017年03月14日

お嬢さん

パク・チャヌク
キム・テリ、キム・ミニ、ハ・ジョンウ、チョ・ジヌン
1930年代日本統治下の韓国。美しい富豪令嬢・秀子のもとへ、メイドとして孤児の少女・スッキがやってくる。
実は“伯爵”と呼ばれる詐欺師が、秀子の財産を奪うために、協力者として送り込んだのがスッキだったのだ。

「このミステリーがすごい!」で1位にもなった英国の小説家サラ・ウォーターズの「荊の城」が原作。
そして監督は「オールド・ボーイ」「復讐者に憐れみを」「親切なクムジャさん」などのパク・チャヌク。

第69回カンヌ国際映画祭に出品されたということで。
69な場面もあるので、説得力が増しますね。

そんなこんなでエロティックなシーンもチョイチョイあって、韓国では“成人映画指定”も受けたとか。
それでも大ヒットしたという事は、作品のデキが良いのか、みんな そんな映画を見たいのか…知らんけど。

逆に、エロいのは苦手だという声も目にしますが。
わたくし的には それらのシーンもいい感じで見られましたよ。
同様の絡みのあった「ホワイトリリー」とは比べ物にならないぐらい、コチラは良かったです。

もう一点気になるポイントとして、日本語のセリフがあります。
1930年代の日本統治下の韓国という設定。役名にも日本人名も出てきます。

それもあって韓国人の役者が日本語でしゃべる部分がとても多くて。
やぁ中にはとても流暢なそれもあれば、(ちょっと古めの単語も含めて)聞き取りにくい、理解するのにちょっと間がいるところもあります。

でも、そもそも この物語の世界観が、どこか でたらめチックだったり、必ずしもシリアスなものでもないですから。
その前提であれば、決して集中力を削がれる感じでもなかったし。なんなら雰囲気にマッチしてたようにも思いましたがね。

作中に「第一部」「第二部」「第三部」と表示されて、その都度 趣を変えた見せ方をしてきます。
それによって、驚かされる部分もあって。映画のエンタメ性も保たれていました。その点での面白さはあります。

ただし、前述のカタコトの日本語。エロティックシーン。そして時にバカバカしくなるぐらいの変態描写を受け入れられれば、楽しめるかと。
そういう意味での万人受けは難しいかもね。

主人公の一人、スッキを演じたキム・テリは 今作がほぼデビューみたいな作品だそうで。
それでいて ここまでの演技を〜というのは大したものです。

もっと そういうキレイな体を拝みたかったなと。
正直な感想でございます。

あぁもうイッチョ忘れてた。
終盤に超痛い描写もあるんだよねぇ…
やっぱ万人受けは難しいか!?

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侍女は“じじょ”と読むんだよ
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2017年03月10日

LIVE FOR TODAY 天龍源一郎

川野浩司
天龍源一郎、嶋田紋奈
長きにわたりプロレス界を牽引してきた天龍源一郎の、引退発表から最後の試合までの日々を収めたドキュメンタリー。プロレスファンでもある俳優の染谷将太がナレーションを担当する。

13歳で角界に入り、26歳でプロレスに転向。以来40年近くプロレスラーとして活躍してきた天龍源一郎。
2015年2月の引退発表から、11月15日に両国国技館で行われた引退試合までを追ったドキュメンタリー。

わたくし自身 30年来のプロレスファンで、天龍にはたいへん影響も受けましたし。
オカダ・カズチカとの引退試合は当日ライブビューイングで観戦いたしました。

天龍プロジェクトの代表を務める愛娘・嶋田紋奈と大将・天龍との二人三脚の引退ロード。その流れについては、毎週購入している週刊プロレスで一応押さえておりまして。
ただし、控室の模様なんかは窺い知ることできませんから。それらの映像は興味深かったですわ。

プロレスファンとして、ノアの広島大会にて。かつての天龍同盟時代の仲間でもある小川良成、川田利明。そして小橋建太にスタン・ハンセンらと顔を合わせる場面はグッときましたね。

ウォーミングアップで四股を踏み、鉄柱に鉄砲を打つ姿。度々映されるシューズの紐を通すシーン。
そうしながら 周囲と優しく会話をしつつ、どこか漂う緊張感が やっぱりたまらないものがありました。

一度だけ入場ガウンを忘れるということはあったけど、総じてアクシデントもなく。
常に満身創痍ではあるが、試合ができないほどのケガに見舞われることもなく。

映画の中のドラマ性には正直乏しい気もするけれど。
40年間に渡ってリングでの闘いを積み重ねた65歳の男ですから。もはや無事であることが もはやドラマであるかも。

そうして迎えた引退試合の当日。「サンダーストーム」のテーマが鳴り、いざ…という映像に目頭が熱くなりました。
それだけの重みがありました。

後に年間ベストマッチに選ばれた 対オカダ戦。
こうした経過と共に 天龍サイドの目線で見ると、やっぱりそれだけの味わい深さを再認識。
プロレスファンでよかったなと。そんな思いも込み上げてきましたです。

というところですが。
プロレスファン以外にも このアツさ、届きますかね。
それでなくても、天龍さんのコメント、聞き取りにくいし(苦笑)
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2017年03月09日

ブラインド・マッサージ

ロウ・イエ
ホアン・シュエン、チン・ハオ、グオ・シャオドン、メイ・ティン
幼少期に事故で視力を失ったシャオマー。「いつか回復する」と言われていたが、それが叶わないと悟り マッサージ師の道を目指す。
そんなシャオマーが務めるのは、多くの盲人が働くマッサージ店。その院長シャーを頼って、同級生のワンが恋人のコンと駆け落ち同然で転がり込んでくる。

中国・フランス制作による2014年の作品。様々な映画祭でも高く評価を受けております。
ちなみに原作小説があるとかで。中国でベストセラーになったとか。

この設定、世界観を 小説で表現するのは またたいへんだとは思いますが。
一方、映画は映像あってのものなので、盲人の世界を表すのは不可能なんだけど。
この映画版は ある意味の成功なんじゃないでしょうか。

幼い頃に事故で視力を失い。「いつかよくなるさ」と言われ続けて青年となったシャオマー。
しかし実際に治ることは無いと自暴自棄になり、自分を傷つけてしまいます。

一命をとりとめた彼は、勉強をしてマッサージ師となり、舞台である治療院で働き始めます。
そんな導入部だけど、このシャオマーが主人公というわけでもなく。
この院で働く(大半が)盲人たちの群像劇の面もあります。

とても小さなコミュニティでの日常を描いたものでもあり、実際に盲人の方が出演されていたりもして。
時にありがちで、時に生々しい行動や感情を見せつけられ、ドキュメンタリーかと思わされるほど 映像に引き込まれます。

盲人の立場からすると 健常者は見えている分だけ ワンランク上の別の生き物のようだ…みたいなことが語られていたんだけど。

わたくし的には、ある部分では健常者より優れた感性や感覚を持っているように思うし。
見えないままに 日常生活を送っているという、それだけでもスゴイなというトコロもあるんだけどね。
どちらが上とか下とかはわからんが。

以下は わたくしなりの見え方で。同様の意見はどこにもなかったんだけど。

自身が思いを寄せるマンさんの客にボコられたショックで、シャオマーは見えるようになってしまったのかなと。
現実にはありえないことかもだけど、ぼんやりとなのか 意識の中でなのか。見えるようになったのか、“見え方”が変わったのかと。

あの事件の後、彼の行動が“不自然”に感じられて。まるで見えていないふりをしているかのようで。
それに わざわざドゥ・ホンに「君は美人だよ」と語り掛けたり。マンさんと駆け落ちしてしまったり。

であれば、冒頭の「いつか回復するだろう」という部分にも回帰していくハナシだし。
真相はわからないけど、違うかもだけど。

わたくしには そう見えま…いや、感じられました。

見るのに 独特な感性を求められるような。独特の疲れも覚える作品でしたが。
でも すごく見応えのありました。良い作品でした。

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マッサージ夫妻
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2017年03月08日

愚行録

石川 慶
妻夫木聡、満島ひかり、小出恵介、臼田あさ美、市川由衣、松本若菜
迷宮入りとなっている一年前に起きた一家惨殺事件。週刊誌記者の田中は その真相に迫るべく、様々な関係者の証言を追い始める。やがて被害者夫妻の意外な素顔が明かされていく。
そんな田中自身も、妹の光子が育児放棄の容疑で逮捕されるという問題を抱えていた。

ポーランド国立映画大学で演出を学び、数多くの短編を手掛けてきた石川慶監督の長編デビュー作。
貫井徳郎の直木賞候補作が原作で。なぜか製作はオフィス北野という。。。

愚行とは辞書によれば まさに読んで字のごとく「愚かな行い」の意味。

さて、見終わった率直の感想は、残念ながら感じるものが薄かったなと。
いろいろ思うところある方もおられましょうが、わたくしとは合わなかった。

週刊誌記者である主人公が ある未解決事件について、取材として関係者に話を聞いてまわります。
どこか多面的な再現フィルムで 真相に向かっていく感じは「桐島、部活やめるってよ」思い出しちゃったですが。

それとは大きく構成は違うんだけど。
様々な時系列での、男側からのストーリーと女側からのストーリー。さらに回想と現在の進行。

キャラクターの特徴やビジュアルの変化。
いろんな要素を整理しながら見なきゃ全体像が理解しにくいので、そこはちょっとたいへん。

それはいいとして。
タイトルでもある“愚行”という意味合いに少々共感できず。
確かに登場人物それぞれクセがあるんだけど、愚行というほどに蔑む思いも湧かなくて。
人なんて誰でも裏表があって。クソではあるけれど、反面 よくあることではないかと。

なんなら冒頭、車内で席を譲った後の田中の行動なんてのも、ただの愚行というより ちょっと共感とか入っちゃったし(苦笑)

それぞれの愚行の果て、事件の真相まで辿り着いたけれど、やはりカタルシスも不快感も薄かったな。わたくし的には。

それよりも、各々の役者陣には思うところありで。
妻夫木くんの役の完成度はいつも素晴らしいですね。満島さんももちろんですが、満島さんは同時に「千秋さんっぽい」ってのが気になりました。どうでもいいけど。

小出恵介は 好きな役者なんで気になったし、同僚役・眞島秀和の怪しさと危うさも印象的。
ナチュラルに他者を傷つけられるお嬢様キャラを演じた松本若菜もらしさ満点で。
臼田あさ美の現在のカフェ店員姿と学生時代の姿が直結せずに こちらは戸惑い。市川由衣さんの美しさには見とれちゃいました。

それら個々の存在は気になったけど、作品全体として響くものは乏しかったですわ。
まぁ合わなかったんだからしょうがないよね。

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“3度の衝撃”ってどの部分?
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2017年03月07日

彼らが本気で編むときは、

荻上直子
生田斗真、桐谷健太、柿原りんか、ミムラ
母親が家を出て置き去りにされた11歳のトモが、おじのマキオの家を訪ねると、彼は恋人リンコと生活していた。元男性で、女性への性別適合手術を受けたトランスジェンダーのリンコに最初は戸惑うトモ。
しかし3人で過ごす特別な日々は、トモにとっても特別な時間となっていく。

『かもめ食堂』『めがね』などの荻上直子監督。前作『レンタネコ』から5年ぶりとなるオリジナル脚本作品。
どうしても その作風として、どこか寓話的な雰囲気の作品の多い荻上監督ですが、今回は いたって普通の作品と言えるんじゃないでしょうか。

前評判も良いみたいで、わたくしが見た回も満席。一部では涙をすする観客もおられましたが。
正直、わたくし的にはヒットしなかったですね。

母に家出されてしまった11歳のトモ。おじのマキオの家で世話になるのですが、そこには元男性で、今は女性の体を持つ(工事済)トランスジェンダーのリンコが。
そんな優しい二人の暮らしに すんなり溶け込んだトモ。そして三人の共同生活が始まります。

監督曰く「LGBTの人権を!」と必要以上に声高に叫ぶ意図の作品ではないと申しております。
確かに 変な美談としてのゴリ押し感はありませんで。

実際 トランスジェンダーの問題だけでなく、育児放棄の要素もありますし。
現代社会に於いて 見聞きする機会の増えた問題も描かれています。

ただし、軸となるのは女性的な面なんよね。
母と娘の関係が大きいようで、男性・父性の部分はなんとなく薄めかな。
だって チンコなんてポイポイ投げられる扱い方だしね(笑)

リンコの母は絶対的に彼女を守らんとするスタンス。
ただし その思いが強すぎるがあまり、少々他者を傷つけることもいとわずで。
なんとなく、見ててイヤな思いしちゃったな。

小池栄子演じる 母親も、最終的に息子に理解を示す描写はなかったし。

トモと母親の関係も、わたくし的には全面解決したように見えなかったし。

様々な関係性の中で それぞれが抱え込むものは提示されつつも、カタルシスを覚える部分がなかったので、男性である自分的には涙とか感動とか。そこまでの境地には至らずで。
今後も不安定さは保ったまま。と同時に、あんなラストではあるけれど、また いつでも会えるトコに住んでるんじゃないの?と。
そういう重みにも乏しかったかなぁ。

それ以外の気になった点として、序盤のお弁当で腹痛のくだりも、そんな数時間で傷まないでしょと思ったり。
リンコが入院する経緯も突然だったり、一晩ぐらいと思ったり。

なんか「おや?」という印象が所々あったのも気になりました。

さてリンコを演じた生田斗真は“女性らしさ”を見事に体現。そして編み物の手さばきも素晴らしかったです。
そこのところはタイトルにもなってるぐらいだから最重要ではあろうけど。

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ヒャクハチンコ
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2017年03月06日

WE ARE X

スティーヴン・キジャック
日本が世界に誇るロックバンド、X JAPAN の軌跡に迫る音楽ドキュメンタリー。

2014年。アメリカのマディソン・スクエア・ガーデンでのライブを行う日本のロックバンド、X JAPAN。
結成から30年余りの歴史の中で、世界への挑戦、メンバーの脱退やバンドの解散、HIDEとTAIJIの死など、多くの悲劇が降り掛かった。

そんな彼らのヒストリーを ドキュメンタリー監督のスティーヴン・キジャックが映画化。ちなみに製作国はイギリスとなってます。
そして今作は2016年の米国・サンダンス映画祭で最優秀編集賞を受賞。その他 世界各国で多くの注目と高評価を得て、この度 日本公開と。
逆輸入された作品とも言えますかね。

わたくし自身は そんなにXにはまったとか、追いかけてきたファンというわけではなく。
ただし その唯一無二の存在感。音楽性の高さは重々承知しております。

映画の基本線は、バンドのリーダーでもあるYOSHIKIを追った形で。
細い体で、満身創痍でドラムを叩き続けるその姿。医師からは「そんなにパワーに頼らずとも、音楽はできる」と諭され、YOSHIKIも「はい」と答えますが。
もちろんみんなわかってます。無理しなくても音楽はできるけど、X JAPAN の表現はこうじゃないとできないんよね。

そんなYOSHIKIの生い立ち。父親との関係は これまた驚きを隠せませんでしたが。
それらを経験して、今のYOSHIKIに辿り着いているのはよくわかりました。

80年代、90年代の音楽ファンにとっては懐かしい映像も織り交ぜつつ。
それまで圧倒的なパワーを誇っていた運動体が、97年に解散…というところがひとつの大きなターニングポイントで。

映画の中でも露骨に進言されたToshiの洗脳騒動。なんなら「アタマがおかしくなっていた時期」という表現も。
いきさつとしては、ボーカリストとして揺らいだ心の隙間に入り込まれたってことみたい。なんか、合点が言ったわ。
そんな洗脳状態から バンドとしては機能しなくなり、そして解散発表。その状況下で行われた“けじめ”のラストライブについても、生々しく語られます。

そして その直後にはメンバーだったHIDEの死が追い打ちをかけます。
X JAPAN の後、ソロとしての活動は、結果短いものであったけど、バンド時代に彼がどんな存在であったか。そして彼が放つカリスマ性は、今 当時の映像を見ても引き付けられます。

そして終盤。10年の時を経て、YOSHIKIとToshiの邂逅というエピソード。
幼なじみの彼らには言葉はいらなかったのかな。そして「Without you」という曲が、結局ミュージシャンは作品がその関係性の全てなんだとわかるものでした。

X JAPAN の再結成。普通に幼なじみ然として、TAIJI の墓参りをするYOSHIKIとToshiの姿。
そして「あれがHIDE と一緒に演った最後なんだよね」というPATAの言葉も。
終盤は さすがに込み上げるものがありましたよ。

殺気、家族、血、命…
いろんなキーワードの散りばめられた X JAPAN の歴史。
ちょっと苦言を呈するなら。90分という上映時間は短いよね。

各エピソード、もっと掘り下げられる要素ありまくりだからね。
そりゃもう、下手なドラマを上回るほどに、しっかりとした見応えのあるドキュメンタリーであったのは確かです。

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再結成してくれない?
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2017年03月05日

雨の日は会えない、晴れた日は君を想う

ジャン=マルク・ヴァレ
ジェイク・ギレンホール、ナオミ・ワッツ、クリス・クーパー
突然の交通事故で妻を亡くしたエリート銀行員のディヴィス。しかし涙も流れず、哀しみにさえ無感覚になっている自分に気付く。
「心の修理も車の修理も、まず隅々まで点検して組み立て直すんだ」という義父の言葉をきっかけに、彼は身の回りのあらゆるものを破壊し始める。

「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」という邦題に対し、原題は「Demolition」。意味としては 破壊や爆破というもの。
ずいぶんと印象が違っておりますが、いや ラストまで見れば どちらも納得のタイトルかも。

非常に多くの方が反応していますが、導入部としては昨年公開された「永い言い訳」と同様で。妻が事故で死んでしまったが、全く泣けないことに気付いた男のオハナシ。
「永い言い訳」の方は 同じ境遇の男、そしてその子どもたちとの関わりで、主人公は何かを見い出していくわけですが。

こちらは…ちょっと複雑かな。
破壊行動、ある女性との出会い、そしてその女性の息子の存在。
女性といっても 亡き妻を忘れるために互いに求め合うというほど安易でもなく。

それ以外でも、やっぱ複雑かな。
ただし 主人公の複雑な行動や心情とは裏腹に、一つひとつの場面はとても魅力的で。
特に女性の息子と心を通い合わせるくだりは、無性に楽しかったんだけど。

さて この映画のラストまで関わってくるもう一つのポイントの破壊行動。

そもそもは 男の義父から言われたアドバイス「壊れたものは、一旦全て分解してみるしかない」に端を発し。
また 妻と最後に交わした「冷蔵庫の調子がおかしいから直して」なんて会話を思いだし、実際に冷蔵庫を解体していく男。

言うても分解こそすれど、再度の組み立てはすることなく。
なんなら他の家電やパソコンや、会社のトイレの扉まで 次々分解していきまして。
やがて 家の解体現場に出くわし、家を壊すことを手伝います。

なんて言うか、もしかしたら壊れた夫婦関係も、一旦解体することで元に戻ったのかな?
でもコイツ、分解しかしないし。

それにわたくしが思うに、ネジを外しての分解と、ハンマーでブッ叩く破壊って厳密に言えば全然違う行為なんだけど。
でも、でも、メリーゴーランドを再生することで過去に決着をつけ、建物の破壊で未来に駈け出すという。

そういう一対になってるのかもしれないね。

すごくいろんな出来事が絡み合い、決してわかりやすい作品ではないし。
それでいて 様々な場面や事象がとても輝いた映像になっていたりして。ユーモアにもあふれてて。

不思議な魅力を持った映画ではありますね。
でも、その良さを的確に説明できないんだなぁ(苦笑)

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「破壊無くして創造無し」です
posted by 味噌のカツオ at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月04日

ホワイトリリー

中田秀夫
飛鳥 凛、山口香緒里、町井祥真
陶芸家志望のはるかは、著名な陶芸家・登紀子の元で見習いとして住み込んでいる。彼女は師匠の身の回りの世話だけではなく、特別な関係にあった。
しかし登紀子が有名陶芸家の息子悟を、新弟子として迎え入れたことで、3人の関係は暴走していく。

ロマンポルノリブート企画の1作。監督は「リング」などホラー作品でおなじみの中田秀夫。
そんな系統の監督がロマンポルノというテーマでどんな作品を撮るのか興味深かったのですが…

監督の経歴をチェックしたら「女教師日記 禁じられた性」なんて作品を撮ったこともあるらしく。
一応引き出しの中に そっちテイストも入ってるのかしらん?

女性陶芸家と縁あって知り合い、彼女の身の回りの世話をしながら陶芸を学ぶ女性。
身の回りとは、日常生活に加えて先生の性の処理についても…
というわけで、女性同士の絡みも描かれております。
百合系ってヤツやね。

まさにタイトルにもある“ホワイトリリー”とは白百合のことで。 花言葉では「純潔」「処女性」なんて意味合いも。
ただ 先生の方は両方イケるお方なんだけどね。

そんな二人の暮らしの中に、一人の若い男が入り込んだことで〜というものですが。

正直言って、意外性とか ひねりには乏しい展開で。
決して大きな“仕掛け”もないし、ほぼほぼ先生の自宅兼作業場で完結しており 絵的な変化もなくって。
プチ修羅場とかはあるけども、見ている側にまでドキドキが共有できるかっちゅうと、そこまでは至らずで。

結果、いくらか間延びした80分という印象だったね。

まぁ中田監督らしく どことなく怖い雰囲気も感じられつつは良いけども。
いっそ、女性と幽霊との 存在を超越した百合物語とかやっちゃえば良かったのに(苦笑)

お話の中心となる二人の女性。
先生となる登紀子役の山口香緒里は一見上品そうに見えるが、わたくし的にはタイプではなく。申しわけない。

もう一人の主人公はるか役の飛鳥凛はズバ抜けてキレイとは言わないけど。
こちらは いい具合な感じでね。これは見られて良かったなと。

でも見ていて 百合なシーンよりも、男×女の絡みの方がドキドキしたんですわね。
わたくしの真相にあるリアリティの感じ方の違いかしらね?
それが ささやかな発見でしたわ。

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ホワイトリカーは梅酒作るヤツね
posted by 味噌のカツオ at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

ラ・ラ・ランド

デイミアン・チャゼル
ライアン・ゴズリング、エマ・ストーン
夢追い人が集まる街、L.A.(ロサンゼルス)。女優を目指すミアは何度オーディションを受けても落ちてばかり。
ある日 ピアノの音色に導かれて入ったジャズバーでピアニストのセバスチャンと出会う。
やがて二人は恋におち、互いの夢を応援し合うが、セバスチャンのバンドが成功したことから、二人の心はすれ違い始める。

今年度のアカデミー賞の大本命。既に広く公開はされていますが、日本公開はわざわざアカデミー賞の発表に合わせたのか この時期で。
公開初日の初回上映に行ってきました。

久々に「これぞ!」と思わせるミュージカル作品とは聞きますが、事前にはグッとくる感覚はなく。
実際にあらすじとして、特段なにかがあるという風でもなく。恋?夢?そういう映画はありますからね。

果たして 見終えた感想は…「映画だな」と。
良かった?いや、これで良かったとは言いにくいが。それが人生であり、映画なんでしょう。
こう見えてネタバレなしでは語りにくいところもあるからねぇ。

「ヘアスプレー」なんかも好きですから。冒頭から心わしづかみ。
フラッシュモブは大キライだけど、人々のパッションが共鳴し合い、あんなところで歌い踊り出すなんてたまりません。

そんなオープニングが終わったかと思えば、切り替わることなく そのままストーリーに入っていったのも(いい意味で)卑怯だったね。

共同生活をしてる女優の卵たちが出会いを求めて出かけるパートもキレイでした。
赤、黄、緑、そして青のドレス。日本的には“スーパー戦隊シリーズ”チックだけど(笑)あれもワクワクするシーンだったね。

その後 距離が近づきつつあるセブとミアが、日の沈みかけた街を見下ろしながタップダンスをする場面も素晴らしかったです。

中盤はミュージカル要素は少なめで、二人が夢を語り、愛を深めていきます。
ただし 前に進むべく始めたことにより、その関係がかみ合わなくなり。
互いを信じあいながらも、それぞれの夢と向き合う時が訪れます。

幸せなはずの二人だけの「サプライズだ」の食事シーンでついに…
役者であり、ミュージシャンであり、表現者であるならば どうしても選ばなきゃいけない時があって。
あの時の互いの言い分は、愛があるからこそ間違っていないし。だからぶつかってしまうし。
だからこそ辛かったね。

やがて二人の関係に大きなうねりが起こり。
そして夢のような、ラストシーンが待っています。

二人の関係が近づきかけると、ちょっとした何かが起こり。すんなり進まないもどかしさ。
恋愛映画には そういう焦らしの展開はあって当たり前だけどさ。

ラストシーン見てどんどん切なくなっちゃったね。
もしあの場でキスしていたら…

泣きはしなかったけどね。だって今が そうなんだから。
でもやっぱ切ないわ〜(涙)

カラフルな映像美、役者、音楽、脚本なんてキーワードも出てきますし。
そもそも舞台がロサンゼルスの映画スタジオだったりするし。

映画愛にあふれていて、「これぞ映画!」と思わせてくれました。

夢、幸せ、愛はあるはずだけど
なぜか切ない、切なすぎるラストシーン。

幸せなんだけど、ちょっと欠けてるからいいんです。人生ってそういうもんですから。

わたくしごときにはアカデミー賞レベルなのかどうかはわからんけど。
素晴らしき映画と出会えたと。そう言いたくなるのは間違いないです。

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ラ・ラ・ライアン・ゴズリング
posted by 味噌のカツオ at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | ラ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月24日

アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場

ギャヴィン・フッド
ヘレン・ミレン、アーロン・ポール、アラン・リックマン、バーカッド・アブディ
イギリス軍諜報機関のキャサリン・パウエル大佐は、ケニア・ナイロビの隠れ家に潜むテロリストたちの自爆テロ計画を掴み、殺害作戦に移行する。
だが、破壊準備に入ったその時、殺傷圏内に幼い少女がいることが判明。軍人や政治家たちの間で議論が勃発する。

これが現代の最新鋭のハイテクを利用した戦争のカタチでもあるんですね。
「ドローンを駆使して…」という言葉に触れても、ドローンってイタズラに使用するものでしょ?なんてゆる〜い認識しかないと、大きなギャップを感じずにはいられませんが。

ここに登場するドローンというのは 地上からは気付かないほどの上空で待機しつつ、そこに搭載されたカメラで地上の状況を監視し、とてつもない精度で目標に着弾できるミサイルも発射するという。
そんな兵器がドローンなんですね。

さらには もっと近いところから、怪しまれずに相手を監視できる鳥型のカメラ。
かと思えば さらに小型で敵のアジト内まで入り込むことのできる虫型のカメラまで。

重ねて言うなら、それらを駆使した作戦を考える人、機器を操作する人、カメラの映像を解析する人、攻撃の許可を認める責任者。それぞれが世界のいたるところにおりまして。
各々が連携を取りながら、同時進行でひとつの作戦を遂行していくというのも驚きでした。

様々な情報解析の結果、過激組織のテロリストたちが潜む隠れ家を突き止め、そこを監視したところ危険人物を発見。しかも爆弾入りのベストを着用している様子まで。
それを準備しているという事は、明日あさっての話ではなく、即テロリストが行動を起こすことでもあります。

政府の立場としては 殺してはいけないと。生け捕りにするべしと。
しかし そんな悠長なことを言っていられないと。いま手を尽くさなければ さらに多くの人が危険にさらされると。

なので 敵のテロリスト、それを支持する米国人に英国人も含めて攻撃するのもやむなしという判断。
また それだけでなく、民間人を…ここでは 幼い少女も危険にさらしてしまうという状況まで起こってしまいます。

様々な思惑であり、状況判断が試される映画でして。
映画として 終始緊張感も高く、とても悩ましく、よくできた作品であります。

であるからこそ言いたいのだけど。
この「世界一安全な戦場」というサブタイトルは いらんよね。
これがあると「これからテロリストやっつけるけど、こっちは平気だもんね♪」の印象になっちゃうっしょ。

今作の主題は安全うんぬんよりも、人としての道理、軍人の矜持、責任の所在など、様々なものを問うものであって。
わたくしに言わせりゃ、この日本語サブタイトル考えたヤツは何を見ているんだと。

なんならそれを見たことで「つまらなさそう」と思ったし。
ホントはこんなにいい作品なのにね。もったいない。

そして もうひとつ言いたい。
それぞれの立場で、とてもナーバスになりながら、米国人、英国人、テロリスト、民間人、あるいはこれから起きるであろうテロの犠牲者などを鑑みながら、何が正しいのか、どうするべきかを試行錯誤するわけですが。

どうかすると アチラの国内では、警察官がまったく無実の黒人を射殺したりする事例が多くあると聞きます。
同じ人の命であるはずなのに。

この映画の枠をはみ出したところで、さらに胸の痛みを感じました。

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トイレの中でくだしたのは おなかか判断か…
posted by 味噌のカツオ at 13:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする