2017年11月04日

ゲット・アウト

ジョーダン・ピール
ダニエル・カルーヤ 、アリソン・ウィリアムズ、ブラッドリー・ウィットフォード
ニューヨークで写真家として活動している黒人のクリスは、週末に恋人の白人女性ローズの実家に招かれる。歓待を受けるが、窓に映った自分を凝視する黒人の家政婦。深夜に庭を猛スピードで走り去る黒人の管理人を目撃し、クリスは動揺する。
翌日、パーティーに出席した彼は白人ばかりの中で一人の黒人を見つけるのだが…

低予算ながら初登場1位を記録するなど全米公開時には大ヒットとなった作品。しかし日本では普通に小規模公開。
予告編などから、アメリカで根強く残る黒人への人種差別モノという雰囲気は伝わりますが。。。

冒頭、黒人の若者が住宅街で白い車につきまとわれる描写があります。
アメリカでは赤や黒などハッキリしたカラーの車は多いものの、白い車って ほぼ無いと昔聞いた覚えがあります。

この時点で“白い車”というだけで不穏な雰囲気を感じながら。
その後に映し出される“モノクロ写真”たちも、被写体の白と黒が印象的。
さらに黒人の主人公が髭を剃っている場面。その肌に、これみよがしに白いシェービングクリームが塗られていきます。

これだけわかりやすい導入部も無いかな(苦笑)

そんな主人公が白人の彼女の実家に向かい、初めてその家族と会うことになります。
「恋人が黒人であることを伝えたのか?」と問う彼。彼女は「ウチの家族はオバマ支持者よ」と返します。

途中、道に飛び出してきた白い鹿と車が接触。そんなトラブルに見舞われながら到着した実家で、彼は歓迎を受けます。
そして予告通り「オバマを支持する」なんて話も聞かされます。

さらに、母親からは「タバコを吸うの?催眠術でやめることもできるわよ」なんて話も聞かされます。
ここまでの展開は 実に不穏で、何がしかの怪しさを覚えつつ、裏読みしつつ見ましたが。
結論から言うと、これらはガチでした(笑)

怪しさで言うのなら、家政婦として働く黒人女性。深夜に全力疾走する黒人の管理人が実に謎めいていて。
個人的には…こんなヘアスタイルの黒人女性って始めて見たな〜と。それも不気味さの一因だったけど。

翌日に行われたパーティには多くの白人が集まって。かと思えば、一見若そうだが やけに覇気のない黒人男性がひとり。
ところが この男がカメラのフラッシュに突如激高。

もう 怪しさ、不可思議さがどこかしこに散りばめられながら、ズンズン物語は進みます。
そうしてずいぶんと終盤まできて、やっと(?)タネ明かしパートになるわけですが。

正直 なんとも言えない…ちょっと思ってた方向と違う真相に、良くも悪くもビックリ(苦笑)

物語のキーともなるちょっとキモい主人公の親友が登場するんだけど。
彼が密かにこぼしていた「アイツ、白人連中に捉えられて“性の奴隷”にされちまう」って論が意外とアレでまたビックリ(苦笑)

正直 見終わった直後の感想は“どストライク”でもなくって。
いくらか消化不良だったんだけど。

その後に解説を聞いて、いろんなトコが合点がいきました。
監督のジョーダン・ピールは冗談抜きにコメディアンなのだとか。

アイデアの大元はコメディであり。笑いと恐怖は表裏一体であるという特性をうまく生かした作品だったんですね。

人種差別的な側面が描かれ、主人公もとてもコワい思いをさせられるんだけど。
ある意味で彼らは“黒人礼賛”のスタンスもあって。「オバマを支持する」のはホンネだったのかとあらためて思わされました(苦笑)

余談ですが、当初のラストシーンは別バージョンだったそうで。
それはそれでブラックな着地点だったという。

もしヒラリーが大統領選に勝っていたら、そっちっだったとか。ウワサですがね。
DVDリリース時には そのバージョンも収録されるのかな。
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2017年11月02日

彼女がその名を知らない鳥たち

白石和彌
蒼井 優、阿部サダヲ、松坂桃李、竹野内豊
15歳年上の男・陣治と共に生活している十和子。下品で地位も金もない陣治の稼ぎに依存しながら、妻子持ちの男・水島との情事に溺れていった。
そんな中、8年前に別れた黒崎が失踪したと聞かされる。黒崎への思いを断ち切れていなかった十和子は、陣治が黒崎の失踪に関わっているのではないかと疑いを持ち始める。

原作は沼田まほかる による同名小説。
同じく今年公開の「ユリゴコロ」も沼田まほかるの作品だとか。
そちらも気になってたんだけど見られなかったんだよなぁ。

そして監督は「凶悪」「日本で一番悪い奴ら」などの白石和彌。

ざっくり言うと、沼田まほかるは愛すべくダメ人間の描写が上手く。
白石和彌は愛すべくダメ人間を映像化してみせる手腕に長けていると。
そもそも企画として、相性のいいマッチングなのかもしれませんね。

簡単に“愛すべくダメ人間”なんか書いちゃったけど。
今作の登場人物らは、どうかすると“愛らしい”部分は無いのかなぁ。

全否定はできないけど、決して関わりたくないようなタイプのキャラしか登場していないというか。
そういう意味で、登場人物を介しての作品への感情移入はしにくいね。
見る側として基本は傍観者。

そんなキャラクターたちを見守りつつ、徐々に作品的にはミステリータッチにもなっていきます。
不自然で不可思議な点が多いけど、実際は何があったのか。その本意はどこにあるのか。

陣治と十和子に関して言うならば、冒頭と中盤とラストでは二人に抱く印象がじんわりと変わっているかと思います。
それがこの映画の面白い点でもあり、キモでもあるんだけど。

そのうえで ちょっとアレかなと感じてしまうのは、展開として面白いし、感情を揺さぶられたところもあるんだけど。
100%やられた〜という域までいかないというか。前述の通り 全面的な感情移入がしにくいというトコなのかな。

人の良さ、都合の良さ、悪意、浅はかさ。そして純粋すぎる正直さ。
人なら そういう面あるよね〜というのが図星だったり、痛いトコ突かれてることの裏返しなのかもしれないけれど。

そんなどこか生々しい主人公を演じた蒼井優と阿部サダヲは素晴らしかったですね。

そして全編にナチュラルな暗さを描く白石和彌監督の作風が活きてます。
ホント、この人の作品は明るい雰囲気は登場しませんな。
そういう意味で、らしさが味わえます。

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あの日見た鳥たちの名前を彼女が知らない。
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2017年10月30日

ミックス。

石川淳一
新垣結衣、瑛太、広末涼子、瀬戸康史、永野芽郁
“天才卓球少女”と称されながら、平凡なOLとなった多満子。しかしバラ色の人生目前で、卓球選手との恋愛に挫折して帰郷する。
亡き母が経営していた卓球クラブは もはや憩いの場と化していたが、多満子はクラブの再建と打倒・元カレを誓い、元プロボクサーの萩原とペアを組み、全日本卓球選手権の混合ダブルスへの出場を目指す。

「エイプリルフールズ」(2015年)の石川淳一監督&古沢良太脚本による作品。製作はフジテレビも関わってるのね。

なんとなくこの手の作品って“チャラさ”を感じて(?)足を運びにくいんだけど。
思いのほか 好反応なので見に行ってきましたが、ズバリ言って、楽しめました。
全体のバランスの良さなのか、予想以上に面白かったです。

幼少時に母から卓球のスパルタ指導を受けていた主人公の多満子。
ですが その子ども時代がガッキ―の子ども時代ではなく、どうにも某卓球選手の幼少時にそっくりで。ビジュアルが。
誰が主演かは関係なく、もはや それが全国民の描く“卓球少女”の図なんでしょうな(笑)

序盤の展開は実に小気味良く、観客を乗せてくれます。
基本コメディタッチな作りではあるけれど。変に欲張った笑いの取り方ではなく、「どうぞ笑ってください」「おもしろいでしょ(笑)」的に笑いを押し付けてくる感覚ではなくて。
加減が良いんだろうね。

多満子と萩原の「押し倒したから」「そっちが立ったから」といったやりとりの軽さ。
ペアを組む昔の卓球仲間を呼びました〜の後、一瞬でドアを閉めるトコだとか。
そういう小さい笑いの散りばめ方が上手いなと思いました。

個人的には蒼井優演じる楊さんの態度がサイコーで。
あのしゃべり方、麻婆豆腐の置き方には泣けましたね。笑い過ぎて。

そんなコメディであると同時に、卓球をテーマにしたスポーツのサクセスストーリーでも無くはないが。
それよりも軸となっているのは、いろんな生き方をしているみんなの物語。

恋、夫婦、親子、学校、仕事…いろんなことを織り交ぜながら、見せてくれて。
局面が変わっていく際に多満子が歩きはじめる描写があったり。萩原が道路を作る仕事をしている点も、そういったことを感じさせてくれます。

みんないろんなことに悩んだり つまずいたりしても、歩みを止めることはできないし、なんならその道は自分で切り開いていくものなんだなんてね。

キャストも多いし、その分のサイドストーリーもあれこれ絡みつつ、キレイに問題点を回収してる感じも良かったですし。
大げさな感動の押し売りではなく、いい物語に触れられたと。そんな後味を残しくれて。
やっぱり加減が良いということに尽きるのかな!?

主演のガッキーは、正直言って、カワイかった。
あざとさではなくナチュラルにカワイかった。

対する瑛太さんは、あくまでわたくし的な印象ですが。
ロバートの秋山を8頭身にしたら こういう雰囲気かなと思ったりして。

ガッキーを支える存在として広末涼子さんがいるんだけど、わたくし的にはヒロスエも全然ヒロインでイケるやん〜とは思うのだが。そうか、もはやアラフォー世代なんだもんね。そういう役どころなのか。
そんなヒロスエが髪にスプレーして“戦うスイッチ”オンにする描写がたまらなくシビレました。

遠藤憲一と田中美佐子演じる夫婦にも ある設定があるんだけど。
ちょっと見せ過ぎかな。写真さえあれば…映像として見せるのは過剰なサービスだったかな。

あとはガッキーのライバル・恋敵を永野芽郁が演じましたが。ガッキーから男を寝取る女となると、やっぱそれぐらいカワイイ子じゃないと説得力なくなるもんね。

それ以外にもトレンディエンジェルの斎藤さん、声聞かないとわからない生瀬勝久さん。
ホントに贅沢なオールスターキャストで楽しめましたし。

SHISHAMOの挿入歌・主題歌もマッチしていました。
とにかく満足度の高い娯楽作品に仕上がっておりましたです!!

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卓球教室の先生が柔道着
posted by 味噌のカツオ at 00:37| Comment(0) | マ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月22日

猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)

マット・リーヴス
アンディ・サーキス、ウディ・ハレルソン、スティーヴ・ザーン
猿と人類の全面戦争が始まってから2年。シーザー率いる猿の群れは森の奥地に砦を築いていたが、ある日、奇襲によってシーザーの妻と息子の命が奪われてしまう。
仲間たちを新たな隠れ場所に向かわせたシーザーは、人類の軍隊のリーダーである大佐に復讐するため、オランウータンのモーリスらと共に旅立つ。

往年の名作「猿の惑星」へと至る3部作。「創世記(ジェネシス)」「新世紀(ライジング)」に続く今回の「聖戦記(グレート・ウォー)」です。
本来なら 前2作もおさらいしておいた方が楽しめるはずでしょうがね。

いきなり物騒な戦いのシーンから始まる今作ですが。
森の中で 猿たちの砦に奇襲をかける人間たち。ホントに戦争映画のような戦いの場面ではありますが。
一般的な兵士の視点ではなく、ドローン映像といいますか、攻め込んでいく様子を上空から捉える視点はなかなか斬新。

“グレート・ウォー”というだけあって、期待値も高まりました。
が、正直 その直後から失速という感は否めない。

猿たちと人間の戦いが激化。
新たな住処を見つけて戻ってきたシーザーの息子ブルーアイズ。ところが そこへ攻め込んできた人間たちによって妻とブルーアイズが殺されてしまいます。
シーザーは次の住処へと仲間たちを送った後、大佐への復讐を誓い 側近らと復讐の旅に出ます。

ここまでの展開はわかるけど。
今作に於いて、息子ブルーアイズは戻ってきた早々に犠牲となっているので、イマイチ(見る側として)復讐心が燃えにくいというのもあったし。
そもそも そんな大胆な攻撃を、えらそぶってる大佐が行うのかという疑問も。それは部下の実行部隊がやるもんじゃね?
殿様が直々に敵の大将の首を獲りに行くなんてハナシ聞いたことないから。

敵陣へと向かう道中。人の住む小屋での銃撃。ウイルスにより言葉を話せなくなっていた少女を小屋の中に置き去りにはできず、ともに旅を始めるのだが。
あの少女も猿たちが親の仇だと 薄々わかるんじゃないかと。それでも行動を共にする心境って…

雪の舞い散る山中。敵陣に辿り着くもシーザーが囚われの身に。
他の猿たちと共に奴隷のごとく壁作りを強要されます。何やら現米大統領の政策を匂わせる展開。

近く北軍がやってくるが、それらを受け入れない目的で壁を作っているとのこと。単純に、何で?
人間と猿の覇権争いの世界で、人間同士の争いがこのようなカタチで描写されることの意味合いは?

奴隷となっている猿の群れを救出できないか…というトコロで“都合よく”地下道を発見。これを使えば助かるぞ。
その計画実行のため、さっき仲間(?)となった少女がシーザーの檻に行き、水や食料を渡すんだけど。
人間の見張りは気付かなかったのか。結構大胆な行動だったのになぁ。

そしてついに救出作戦を実行。
地下道に水が漏れだしていたけど大事には至らず(?)。
しかし、ちょうどこのタイミングで北軍が攻め込んできた!!

かなりの大部隊。上空からヘリでの容赦ない攻撃。
何のために壁作ってたん!?

こっち側の軍も対抗するが、大佐は姿を現さず。
いったいどうしたのかと思いきや、ウイルスにやられてベッドに伏せる大佐。
日常生活の中でインフルエンザに感染しちゃうなんてことあるけども。おい、ずいぶんとえらそぶってあんたが、そんな退場の仕方しちゃうんだと。薄々感じてはいたけれど。

最終的にはシーザーがドッカーンとやって、北軍が「ウォー!」。
でもドッカーンの衝撃で雪崩が発生。残ってた人間はみんなドサー!!
猿たちは身体能力を発揮して気に上って「ウェーイ!」。

そして猿たちと一人の少女は安住の地で、新たな生活を始めます。
で「猿の惑星」第一作目につながっていくのかな。

「聖戦記(グレート・ウォー)」とのタイトルが付いてはいますが、猿と人類との大局ではなく、シーザーの抱いた大佐への個人的な復讐劇が中心。
また舞台の大半の時間が彼らの基地でのやり取りに終始されていて、とてもミニマムな世界観に感じられました。

にもかかわらず 140分という尺であるため、どうにも中盤の中だるみありましたわね。
正直 気持ちの盛り上がる仕上がりとは言いにくいデキだったですね。

ただし、あの猿の姿、その表情、人間との絡みはすべてCGで作られたものであるという。
その描写は素直に素晴らしかったです。

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シーザーサルダ
posted by 味噌のカツオ at 18:31| Comment(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月15日

ドリーム

セオドア・メルフィ
タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイ、ケヴィン・コスナー
1960年代初頭。アメリカは国家の威信をかけて、ソ連遅れを取っていた有人宇宙飛行計画に乗り出す。
NASAの頭脳として重要な役割を担った3人の黒人女性、キャサリン、ドロシー、メアリー。差別や偏見と闘いながら、彼女らも計画の成功のため奔走し続けていた。

アカデミー賞の 作品賞、脚本賞、助演女優賞にノミネート。全米で大ヒットとなり 興行的にも成功を収めた作品。
これまた実話をベースとした物語でありまして、エンディングにはモデルとなった3人の写真も登場します。

原題は「Hidden Figures」。直訳では「隠された人たち」というものであり、Figuresには“数字”との掛け言葉でもあるとか。

日本公開にあたって原題ではわかりにくいとして「ドリーム 私たちのアポロ計画」というタイトルが用意されまして。
ところが実際に作中で描かれているのが“マーキュリー計画”であるにもかかわらず“アポロ計画”とはなんなん?とのツッコミが入り、サブタイトルが消されて「ドリーム」というタイトルで日本公開となりました。

まぁ宇宙計画だから“アポロ”ならニッポンジンにもわかるだろうという考えがあったのかな。それ自体がアホくさいけど。
どの結果 落ち着いた「ドリーム」だけでは、これはこれでイメージ付きにくいんだけど。
なんか変な さじ加減。

そんな日本の配給会社なのか誰かは知らんけど、微妙なことになっておりますが。
唯一の救いは、作品自体が高評価を得られるものであるという点ですかね。

前述の通り、アカデミーでも評価を得て、日本での見た観客の満足度も高水準。

ただし。
わたくし的には、それほどでもなかったというのが正直なところ。
目を奪われるような描写も、グッとくるシーンも、いくらか弱かったかなと。

ストーリーの軸となるのは3人黒人女性。
その中でも中心となるのは天才的な数学者のキャサリン。

彼女が計画に際してとても重要な部署に回されるんですが、当初は正当な評価もされず。卓越した技術力(計算力)も発揮できず。そして有色人種であることでの周囲の対応。
いずれも恵まれない状況下にあると。

やがて彼女を受け入れてくれる人、理解を示してくれる人が“点”として現れて。ケヴィン・コスナー演じるボスの配慮(あるいはソ連への対抗心?)により、それまで日の目を見ることのなかった実力を発揮していきます。

そのストーリー展開はわかるんだけど。
その計算力の優れた要素。どんな公式を用いて難局を乗り越えたのか。他者ができずに彼女が成し得られた計算とはどんなものだったのか…というのが、伝わらなくって。
ようは、ちゃんと計算ができたということなんだろうけど。

新たな必殺技をあみだした。新たな細菌を発見した。人類史上最も早く走った…のような結果が提示された感じではなく。
そういう意味で、彼女が認められた要素というのがぼんやりしているがために、何がしかのカタルシスを得られなかったという思いが残りました。

映画に於いては、これまでにも黒人への差別をテーマにした作品。同じく実話をベースにしたものも数多く制作されております。
これまで わたくしが見てきたそれらの作品と比べるならば、痛快さとか、感情を高ぶらせるものは弱かったかなと。

また1960年代のNASAでそういう動きがあったにもかかわらず。
2017年の大統領が何を訴えかけているのかと。それを思うと虚しさが残るというのが率直な気持ちでしてね。
それとこれ(作品のデキ)とは関係ないけども。

作品の作りは丁寧で、程よい軽妙さもあって楽しめる作りなのは間違いないけれど。
「これで良かった」と言い切るのには抵抗があるんだな。
ホントに私論ではあるけどね。

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NASAには差別はNAISA
posted by 味噌のカツオ at 22:25| Comment(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

アウトレイジ 最終章

北野 武
ビートたけし、西田敏行、大森南朋、金田時男
関東の山王会と関西の花菱会の巨大抗争後、大友は韓国に拠点を移していた。彼は日本と韓国の裏社会で暗躍する張会長の下にいたが、韓国滞在中の花菱会幹部・花田がトラブルを起こし、張会長の手下を殺してしまう。
この事件を発端に、張会長と花菱会の関係は険悪になり、全ての因縁に決着をつけるべく、大友も日本に戻ってくる。

北野武監督の「アウトレイジ」シリーズ、3作目にしての“最終章”。
テレビで1作目・2作目を放送していたので、そちらで過去作をおさらいしてからの鑑賞。
やっぱり これまでのいきさつや人間関係が入ってた方が、より分かりやすいし楽しめます。

前作のラストで刑事を殺した大友は張会長の手引きで韓国に渡り、デリヘルの元締めをしているという設定。
んなわけで 韓国の夜の繁華街から始まるわけですが、この辺りの映像がめちゃキレイ。

走る車の上部に現れるオープニングタイトル。
車の輝き、ネオンの反射。日本ではこういう色気って出せないなぁ。
その後の子分たちと釣りを楽しむシーンでの ある意味微笑ましくて印象的。

そんな大友たちが、トラブルを治めに行くところから今作の流れが始まるわけですが。
基本線は やった、やられた での応酬。そこに過去の因縁が入り込み、今の組織での権力争いが、またまた取り返しのつかない規模に発展していきます。

そういう意味でのストーリーの意外性こそないものの。
監督の思いとしては、普通の社会でも 一般の会社でも、誰かがミスをしての揉め事。同僚への妬みや裏切り。大きな会社であれば 部署が違うことで発生する無理解。それは一緒であると。
その関係性の中に銃を持たせただけと。

なるほど、そう考えると より分かりやすくなりますね。

さて、権力闘争としてのストーリーはわかりやすく。一方で 過去作よりもドンパチのシーンはかなり控えめ。
シリーズでは豪華キャストでありながら、それらがみんな殺されるという。役者とすれば“退場”ということになるんだけど。

今回は追加された新キャストよりも、前作からのキャストがわたくし的には響きましたね。

筆頭は なんといっても西田敏行さん。
何やら自宅ベッドから転落して頸椎亜脱臼を経験されたことで、首を動かすことができないと。
その分ずっしりとした威圧感が増して。それでいて関西ヤクザ的(?)なのか映画的にはアドリブ(?)なのか、時として妙な語り口から目も耳も外せません。

そして その補佐役の塩見三省さんも大病を経験されたそうで。
噂によると脳出血で2年ほど休業されていたとか。そして前作からの流れで この最終章に登場しまして。
その前作でソファで足を組んだまま「なにさらしとんじゃい!ワレ!」と怒鳴るシーンと超コワかったんだけど。

今作では驚くほど痩せてしまった上に、言葉もやや呂律が回っていないような状況で。
にも関わらず…この数年で また修羅場くぐってきたんだなと。見事にそっちに転換されていました。
歩くシーン一切なし。座ったままか 立ったまま。それぐらい体調は厳しかったのかもしれませんが、キャラクターとしては見事ですし、それで撮影を成立させられた制作陣も見事だと思います。

それから問答無用の存在感を誇っていたのが張会長役の金田時男さん。
それこそ大きな動きもセリフも多くはありませんが、映るだけで画面に緊張感が走りますし。この方の前ではヘタこけないなという雰囲気がビッシビシ。
元々役者さんじゃないからね。ホントに実業家としての、人としてのスゴ味ですよね。

たけしさんも含めて、体は動かないし、しゃべりも聞き取りにくいし。
芝居としては決して良いことではないんだけど、それ以上に その“人”を見せられている感じで。大満足でした。
ほぼほぼリアル「龍三と七人の子分たち」の味わいだけどね(笑)

あとはピエール瀧さんもキャスティングはハマっていましたし、ポジション的にはおいしい役どころでしたね。
一方ネプチューンの原田泰造さんなんかは、これまでにも映画・ドラマ多々経験してきているのに、軽い役過ぎて意外やったね。

ほぼ全編通して…いや シリーズを通して。今この時代に“やくざ映画”というジャンルで魅せられる人、いや撮れる人もいないと思います。
それだけに新鮮だったり、のめり込ませる緊張感を保っていたり。
見応えのある作品でしたね。

ただし、今作で最終章というのは ちょっと寂しい思いは残ります。

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アウトレイジ 済州島
posted by 味噌のカツオ at 22:59| Comment(0) | ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月10日

パーフェクト・レボリューション

松本准平
リリー・フランキー、清野菜名、小池栄子、余貴美子
幼少期に患った脳性麻痺の影響で車椅子生活を送っているクマ。そんな彼が ある日、髪をピンクに染めた人格障害を抱えた風俗嬢ミツと出会う。
車椅子の生活をものともしないクマに感銘を受けたミツは、障害者同士でも幸せになれることを世界に証明しようと彼に持ち掛ける。

実際に身体障害者のセクシュアリティーに関する支援を行う活動家・熊篠慶彦による、実話を基にしたラブストーリー。
脳性まひにより手足を動かすことはできないが、健常者並みに(それ以上に?)性的な興味があるという主人公をリリー・フランキーが好演。

たしかにリリーさんエロそうに見えるけど、決してそれだけではなく。まひを持つ障害者の役を見事に演じられておりました。

この男、冒頭のシーンから そのエロキャラを発揮。パンチラ狙いに 胸チラ狙い。エロ雑誌を購入して車イスには“TENGA”のステッカー。
身体障害者の性についての著書があり、講演活動も行うという。ある意味で裏表のない人でしょうが、“一部の人たち”には抵抗あるかもね。

そんな“クマさん”が一人の女性と出会いますが、その女がデリカシーが無いというか、行動が強引というか。
しかも髪の毛ピンクやし、いろいろ困るな〜という女。

“ミツ”と名乗るその女が いきなり「クマピーのこと好き」と言い出してつきまとってきます。
いくら女好きなクマさんでも、さすがにこれは警戒するわね。

とはいえ、一回やっちゃうと そこから関係性変わってくるトコあるからな。
結局2回目から 正式に付き合い出したということで(笑)

しかし、障害者と付き合うということは 様々な障害があるもので。
かと思いきや、実は この女自身も人格障害(エンドロール時にはパーソナリティ障害という補足もありました)であると。
なるほど、それで 異常なまでの積極性だったのかと これまた納得。

まぁ人格障害と言われると まるで人格が破たんした人みたいに思われそうだけど、実際には幼少時の環境の影響から、心の発達が遅れているというか大人げない正直さの持ち主ということなのかな。
であるが故、良い時は明るく素直な子に見えるけど、場合によっては それが狂気へと転換されちゃうんだな。

事前の印象では身体障害者の恋愛話かと思ってたんだけど、彼女の方にも心の障害があるのかと。
また それだけに収まらず、周囲の視線や世間体というヤツが 二人の恋の障害にもなってしまって。
ちょっと難しい…というか光の見えない展開になっていってしまいました。

「結婚しよう!子どもが欲しい!」というミツに対し、現実問題として「(ある理由から)障害児が生まれる可能性もあるし、この体では育てられない」と冷静に返すクマ。
認められないミツのイライラがバランスを崩し、やがて大きな局面を迎えてしまいます。

周囲の協力も得て、結局 距離を置くこととなったクマとミツ。
そして悲しきラストシーンを迎えるわけですが…

ぶっちゃけ 障害者をテーマにした作品として かなり突っ込んだ作りとも言えるわけで。
おそらく世間一般が持っているであろう 障害者に対するイメージだとか偏見を逆手に取った作りだったのかも。

その分 序盤のレストランでのケンカやら、テレビ局の求めるドキュメント性みたいのを提示されてイラ〜っともしつつ。
二人が見せたラストダンスの悲しみにハァ〜っとため息をつきつつ。

ところが、その後にとんでもない…こっちにしてみればどんでん返しがありまして。
ため息どころか 思いっきり心の中で涙しながらバンザーイ!と叫びたくなったわ。やぁスゴイ!スゴイ!

障害を持つ二人が起こす完璧なる革命。“パーフェクト・レボリューション”ですか。
あのラスト2分ぐらいで一気にやられました。メチャ気持ちのいい映画でした。

さて、リリーさんについては先に書いていますが、一方の清野菜名も 内面的には結構難しい役どころだと思いますが、よくぞここまでやり切ったなと。素晴らしかったです。
そして これは過去にも書いてるはずですが、主人公の友人というようなポジションでの小池栄子は最高。安心して見ていられる名バイプレーヤーですね。
そして余貴美子さんも 程よく怪しさを纏っていて。この主要キャストは みな素晴らしかったです。
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2017年10月09日

RE:BORN

下村勇二
TAK∴(坂口 拓)、近藤結良、斎藤工、大塚明夫
石川県加賀市のコンビニで働きながらサチという少女と暮らしている男・黒田敏郎。彼の住む田舎町で不可解な殺人事件がおこる。それはファントムと呼ばれる謎の男からの警告だった。
かつて特殊傭兵部隊にいた敏郎には、自分の所属部隊を壊滅させた過去があった…

あらすじを読んでもピンと来なかったし。なんやよくわかりませんが、評判がよかったので見に行ってきました。
しかし、予想を上回るクオリティに驚くとともに、その支持率の高さに合点がいきましたし。

俳優を辞めてアクションの監修などを行っていた坂口拓が役者として復帰と。
同じくアクション俳優の経験を持つ下村勇二監督が、坂口拓 改め TAK∴のポテンシャルを最大限に引き出す映像を作りあげたという感じでしょうか。

あらすじというかプロットというかは、そんなにグイグイではないものの。
でもちゃんと機能はしてるかな。

サチという少女と暮らしている敏郎。
この 女の子も、なかなかいい目力してるなとも思ったし、こんな殺人マシン男と一緒におったら、そりゃ将来は武田梨奈になるわなと思ったり(苦笑)

そういった前フリはさておき。
やっぱり今作の最大の売りはアクション・バトルシーンであります。

突然 加賀の街中での銃での襲撃。後ろで見切れてるエキストラかと思ってた人がいきなり襲ってきたり。
元AKBの篠田麻里子サマがエレベーターや電話ボックスなんて密室バトルに興じたり。
コンビニ(というか昔ながらの商店風の)店内でのシーンは、その狭さ、陳列棚、アイテムを生かしたものになってるし。

ひとことで“アクション・バトル”とは言いますが、敏郎の…いや敏郎を演じるTAK∴の動きがスゴ過ぎて。
今までの戦う映画とは一味違った“エグさ”や“リアリティ”を感じましたね。

スティーブン・セガールも何やら格闘術に長けているとは申しますが、今作でTAK∴が披露しているのは、より実戦を想定した戦闘術‟ゼロレンジコンバット”というもので。
それを映画用に…ではなく、ガチで体得。そのスペックを披露しているというんだから。

そして終盤に対峙するアビスウォーカー役の稲川義貴は、ゼロレンジコンバットの先生でもあるそうで。
なので その直接対決のシーンは、かなりのハイレベルに仕上がっております。

さらに驚いたのは、通常のアクションシーンって 動きの型があるものですが、今作では“フリー”もあるそうで。
すなわち、敵役のスタントマンに「どう攻撃してもいいですよ」と「TAK∴さんが全ていなしますよ」というシーンもあるとか(笑)

それらを見て感じたのは、止まっていた車が動き出すのに時間がかかるように、体を揺らした状態から打つほうがスピードが乗るのかなだとか。

至近距離で銃を構えながら 誰も引き金を引かないのは、構えあったまま動かない剣道と同様に、隙が無いのかなと。
引き金を引こうという間合いが無いというか。引き金を引こうもんなら逆にやられそう…という気を放っているのかなと。

また撃たれた銃弾をスウェイでかわすシーンも、敵から視線を外すことのない完全な水平移動の仕方に、妙なスゴ味を感じて。
これもアリかと思わされましたし。

ホントに、それらのアクションの一つ一つから目が離せないという映像になっておりました。

そして その他のキャストでも加藤雅也、斎藤工、いしだ壱成さんなんかが出ていたり。
声優としてキャリアを誇る大塚明夫さんが“顔出し”で登場。それでも 声の持つインパクトであり、声が内包するラスボス感。大切だなと思わされた次第。

公開の劇場も少なけりゃ期間も短いけども。
これは多くの人に届けたい和製アクションムービーですよ。

やぁ最悪DVDでもいいので、このリアルな“戦闘”を体感してほしいですね。

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おら、戦いに戦(行くさ)!!
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2017年10月08日

サーミの血

アマンダ・シェーネル
レーネ=セシリア・スパルロク、ミーア=エリーカ・スパルロク、マイ=ドリス・リンピ
1930年代、スウェーデン北部で暮らす先住民族、サーミ人は差別的な扱いを受けていた。
寄宿学校に通う少女エレ・マリャはスウェーデン人のふりをして夏祭りへ忍び込み、ある少年と恋に落ちる。やがて今の暮らしから抜け出すため、エレは、彼を頼って街に出る…。

世界中にはいろんな人種差別があって。民族間のいさかいがあって。
でも人類の歴史が進むごとに そういうことは良く無いという論調が上がるのですが、みんながそれにうなずくのですが、無くなることは一向にありません。
なんなら減っていってるという感覚も得られにくいように思います。

この作品の舞台はスウェーデン。その北部に暮らす少数民族・サーミ人の物語。
北欧のラップランド地方でトナカイを飼い、独自の言語を持つ彼らは いわれなき差別を受け、一般のスウェーデン人よりも劣る“生き物”といった扱いをされていたと。

露骨な差別こそないものの、今現在もサーミ人はそういった暮らしをしているそうで。
そういう民族があることを わたくしは全く知らなかったし、そんな北欧の少数民族の歴史や事情を 日本人が知る由もないでしょう。

そういうことを学べるという意味でも 見て良かった映画でありましたし。
ちなみに監督もサーミ人であり、中心となる姉妹は実のサーミ人の姉妹(もちろん映画・役者の経験はありません)で、今でもトナカイを追って暮らしているとか。

他のサーミ人キャストも、本当のサーミ語が話せるという点から、実際のサーミ人がキャスティングされているそうです。

物語はひとりのサーミ人少女が 差別であり、厳しい扱いをされることを嫌い、 スウェーデン人として暮らしていこうと。
言わば 自身の人生を切り開いていこうとするものであります。

そのための苦難・苦労があり。そして それは大切なものを“捨てる”行為でもあって。
主人公が そうしていった後で、本当の幸福を得られたのか。それはここでは…

見た観客がどう感じるかにゆだねられるところだとは思いますが。

正直なことを言えば、わたくしも見ている間は よくわからない点がいくつもあったんだけど。
様々なサイトでの解説などを見て納得した部分も多々あります。

差別や迫害を受けた主人公が、それらと同様に、まるで差別をする側の理論で「こんなところにはいられない」とする部分に、見ていて不快だという意見もありました。
いじめられるのが嫌だから、いじめる側に立ちたいというべきか。

でも それはあまりにも少女だったからなのかもしれませんし。
彼女が もう少し大人であれば、別の方法や、解放の道筋を模索できたかもしれませんで。

見たところでスッキリとする作品ではないけれど。
前述の通り、世界の中のひとつの出来事に触れられたことに、大きな意義はあった作品でしたね。

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こういう暮らし(妹)のが短命なのかな?
posted by 味噌のカツオ at 22:20| Comment(0) | サ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月02日

HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話

佐藤慶紀
西山 諒、西山由希宏、荒川泰次郎、岩井七世
43歳のビジネスウーマン・晴美。現在は夫と2人で平凡に暮らしている。そんなある日、一人娘のみちよが、娘婿の孝司に殺されてしまう。
やがて孝司は死刑判決を受けるのだが、当初それを当然の事と考えていた晴美は、ある時から孝司の死刑を止めようと考え始める。

いくらか重いテーマの作品ではありますが、そういうのもわたくしお好きなもので。
主演の母親役・西山諒さんの舞台挨拶付きの回にて鑑賞いたしました。

あらすじの通りではありますが。
夫とケンカをして実家にふらりと現れた一人娘。しかし彼女を追って夫が家に乗り込み、母親を切りつけ、娘は殺されてしまいます。

それが原因で 残された夫婦の関係にも壊れていき、弟夫婦は極端に姉のことを案じ。
様々な人間関係のバランスが崩れていきます。

さてさて、以下ネタバレしないと話の論点がアレになるわけですが。
娘が実家に戻ったのは 夫との不仲によるもの。ただし、運命の人だと思っていた相手とは別の運命の人が現れたと母親に告げます。

そこに乗り込んできた夫。娘の部屋に押し入り凶行に及びます。
ですが、じつはここに来る前に、もう一人。おそらく娘の“もう一人の”運命の人を殺害したと思われます。

娘婿は逮捕。その供述は 妻が別の男と共謀して自分に保険金をかけて殺そうとしていたと。その証拠が、妻の携帯に残っていると。
ところが警察が捜査を尽くしても、妻の携帯は見つからず。なぜなら母親が隠し持っていたから。

そのまま裁判が開始。夫が死刑となったのは“2人”を殺害していたことが大きいでしょう。一人の殺害だけではそこまではいかないかな。
ただし、妻側が何かを考えていたとするならば、情状酌量が認められたかもしれません。

しかし、それを証明できる証拠の携帯電話は、母親が“故意に”隠し持っていたと。
であるが故に、夫の死刑は覆らなかった。すなわち、彼を死刑に追いやったのは母親の“意思”であるとも言えるわけで。

そこに 絡むサイドストーリーとして この母親の夫というのも理解が無いというか、心を壊してしまったというべきか。
何がしかの宗教に関わり、一旦は心を取り戻すわけなんだけど。

そして母親の娘夫婦。彼らの言い分や心配も間違ってはいないけど、多少アプローチの仕方がキツいなと。

隠されたままの娘の携帯。パスワードが分からず、中身は謎のまま。
そして終盤。母親が娘婿からそれを聞き出します。彼がパスを知っていたということは実際に 何がしかの証拠の存在を確認していたと思われます。

恐る恐る パスを解除して、そこに書かれていた文言をみて泣き崩れる母親…
ただし観客には その内容は明かされません。

そんな状況を提示させられて。
良く言えば『別離』や『セールスマン』などのアスガー・ファルハディ監督の感じにも通じるところがあるような。
「あなたなら どう行動しますか?どう考えますか?」と試されるような。

ただ 今作に於いては、大方の登場人物全員がNGを抱えてるトコがあって。
考えさせられるほどの感情移入ができないのが…惜しいかな。

さらにややこしいツッコミ入れるならば、もう一人被害者となった男性の遺族も…本来なら関わってくるはずなんだけどね。

ストーリーとしては引き込んで見入ってしまう作りだったのは良かったけども。
全編に渡って 手持ちカメラの揺れ具合が過剰なのがキツかった。
意欲作ではありますが、少々モヤモヤの残る作品でもあるかな。

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はぁ?まざあ?
posted by 味噌のカツオ at 00:50| Comment(0) | ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする